ゲイリーの肉体を使っていなかった時とは違い、今の読経には当然声も乗っている訳だが、所詮はデータに刻まれているだけの音。言葉の意味は解らんのだが、何てことは無い。効果はきちんと発動する。俺の功徳も捨てたものでは無いのだろう。
一説には密教の真言とは、修行で身体をいじめ過ぎた末トランス状態に陥った坊主共のうわ言が由来になっているという話だ。キメているのが疲労の極致か薬の作用かという差はあれど、利用する側の思惑に大差は無い。
「『無限弾幕心経』」
必殺技の宣言と共に、左手の念珠が弾け飛んだ。……ように、ジエスモンには見えていると思われる。
その名の通り相手に向かって無限に降り注ぐ朱い数珠玉は、結局のところ幻でしか無い。当たったところで、ダメージは皆無だ。
だが逆を言えば、実体という制限に縛られないこの技は、確実に相手の視界を埋め尽くす事が出来る。
「っ、『シュベルトガイスト』!!」
ジエスモンは殊勝にもパートナーを庇うように立ち塞がり、腕の二刀をそれぞれに振るう。
しかし当然のように刃は宙を斬るばかりで、ジエスモンの背中を請け負う3体のエネルギー体は、オートカウンターの性質を持つがために、逆に何の反応も示さない。
手応えの無さは違和感と成って有り余り、さしもの聖騎士にも一瞬の思考の乱れが生じたのが感じ取れた。
「『胡蝶夢経』」
聖盾の代わりに有り難い感じの数珠を振り回して発生させるのは、オレサマの哀れな分け身達や、ゲイリーの無茶ぶりに応え続けたマンモンに猛威を振るった超局所的異常気象。
ダイヤモンドダストが、ジエスモンどもの周りで渦を巻く。
「これは……!」
「おおっと、身内に聖騎士仲間がいたのかい?」
『胡蝶夢経』で再現した苦行は、スレイプモンの必殺技『オーディンブレス』。
氷河の時代を生きた獣ならばいざ知らず、毛皮を捨てた人の子には耐えられた気温では無い筈だ。
そして『選ばれし子供』とそのパートナーとの戦いにおいては、人間の殺害は『迷路』での戦闘以上に絶大な効果を発揮する。
なにせ連中に付き従うデジモン共は、力と引き換えに非力なパートナーと運命を共にする契約となっており――
「ごふっ」
血……ではなく、霧散したクラモンの塵が口から噴き出す。
左腕、両足の膝、胸5か所。それから襟巻代わりの経典が、功徳の高さとその大仰さで太刀筋を誤らせたのか。どうにかこうにか皮一枚では繋がっている、首。
一瞬で斬られた。
全く見えなかった。
しかも、ただ斬られたのではない。自分達に襲い掛かったブリザードを剣圧で振り払ったそのついでに、だ。
「……ッ」
せり上がったクラモン達が傷を塞ぐが、左腕が間に合わなかった。重力に従い数珠を巻き込んで落ちた細腕が魚のようにのたうって、『無限弾幕心経』の効果まで掻き消されてしまう。
ああ、段々と思い出してきたぜこの屈辱感。『選ばれし子供達』っつーのは、そうだ、こういう連中だったな。
本当に嫌になる。
「よほど胸でヤるのが好みとみえる。性なる騎士の名に恥じない戦い方を追及するのは結構だが、こうも解り易いと無垢を通り越して青臭さが鼻につくぜ坊や」
「本当に、中身はアーマゲモンなんだな」
次いで穴の空いた胸を修復する俺の姿に、かつての戦いを想起したのだろう。ごくりと息を呑むミヤトとかいう男の方は、やはりあの戦いでの生き残りか。
しかしまあ、この期に及んでパートナーの直感よりも女性型デジモンの見た目に引っぱられていたとは、コイツはコイツで余裕だな。輪をかけて腹が立ってきた。
「オレもここまで煩い奴だとは思わなかったけどな」
「おいおい兄弟、アーカイブを見た事はねエのかい?。俺ァちゃあんと始めから。ハジメマシテの人類に「hello‼」と挨拶できる程度には、律儀で気さくなデジモンだったぜ?」
「宣戦布告、の間違いだろ。……それに、お前が「兄弟」?」
ふざけるな、と。
次にジエスモンの台詞を聞いた時には、奴の声は俺の耳元に在って、そして次の瞬間には突き離されて。
「がはっ」
壁に身体が沈み込む。突きの威力が高過ぎて、腹を貫通するだけでは勢いが死に切らず、吹き飛ばされて叩きつけられたのだ。
「オレとお前が兄弟であってたまるものか! オレの、オレの『姉さんたち』は……!」
「ジエスモン……」
「……すまない、ミヤト。ミヤトもナツコもオレの大切な家族だ。でも、やっぱり姉さんたちの事も、同じくらい大事だったんだよ」
「大丈夫。わかってるよジエスモン。だからこれは」
「シスタモン ノワール。シスタモン シエル。シスタモン ブラン」
ジエスモンの言うところの『姉さんたち』の名を列挙する。
仇討ちだ、と、ミヤトが続ける筈だった言葉を、俺はにんまりと持ち上げた唇の端から零して聞かせた。
「オレサマに挑むには幼過ぎたお前らを逃がすために、もう1体と徒党を組んでかかってきたあの被り物女どもか。美しいねぇ、仇討ちたア騎士物語の花形だ。思い出せてよかったよ」
大口を開けて、笑ってやる。
「腹の足しにもならなくて、すっかり忘れていたからよう!!」
「『轍剣成敗』ッ!!」
金の瞳がカッと見開かれたと思うと、ジエスモンの腕の刃はもはや眼前にまで迫っていて。
とはいえいくら素早かろうが、こうも予想通りの動きをされて避けられない程俺も間抜けには出来ていない。
身を屈め、メアリーだった頃を彷彿とさせる金糸の髪をいくらか持って行かれながら、俺は右手の人差し指をジエスモンの胸に輝くクリスタルへと突き付ける。
「『胡蝶夢経』!」
形だけ真似た所で西部劇のアウトローにはなれやしないが、激昂して視野の狭まったジエスモンがとあるデジモンを彷彿とするには充分だった筈だ。
BAN! BAN! と2発。ポップな効果音と共に一直線に騎士の胸を撃つのは、そのままにしてある俺の左腕から跳んで来た数珠の玉。
今度は幻覚では無い。『胡蝶夢経』によって銃弾――サンゾモンの際に利用するべく少し前に「学習」しておいた、ベルゼブモンの『ダブルインパクト』の性質を持たせた玉である。
最も、真似ているのは別のデジモンの必殺技な訳だが。
「お前……これは!」
「やっぱり大した威力にゃならねエな! こっちはどうだい末の坊や!」
『胡蝶夢経』、と。
三又槍を出せれば良かったのだが、残念、俺の所感に嘘は無い。連中のなけなしの抵抗を苦行だなんて、とてもとても。
だが長物さえあれば、こちらも『絵本屋』の知識で再現自体は不可能では無い。
「『ディバインピース』!!」
俺は取り出した光の鉾『クリシュナ』の切っ先を、シスタモン ブランの必殺技名を叫びながらジエスモンに突き付けた。
「お……まええええっ!!」
怒りに任せて振るわれた刃の軌道を利用して、『クリシュナ』の柄を両断させる。
「お前如きが、姉さん達の技を――使うなああああっ!!」
クソ重たい刃の付いた側は落ちるに任せ、石突の付近を握り直した柄の残りを腰元で構える。
鞘も左腕も無いのは少々不格好だが
「『胡蝶夢経』」
再現する刃の鋭さだけは、目の前にある通り、折り紙付きだ。
居合。
刀を用いた攻撃の中で、最速にして最強の技。
所詮は素人の『付け焼き刃』に過ぎないとはいえ、騎士の剣術とはようするに、力任せの叩き割り。ましてや直情的な一閃ともなれば、辛うじて軌道を逸らすくらいの芸当は、ピーターモンの時の剣捌きを応用すれば造作も無い。
『胡蝶夢経』でジエスモンの剣を張り付けた『クリシュナ』の柄とかいう訳のわからない物体は、音の無い一太刀と共にどうにかジエスモンの一撃を弾き上げる。
眼前に迫ったジエスモンの、肋骨が剥き出しになっているかのような造形の胸を見据えて、俺は今度こそ、変質させた『クリシュナ』をも完全に手放した。
太刀筋をそのままに拳を引き寄せ、今一度宣言する『胡蝶夢経』が呼び覚ます苦難は、今度こそコイツがよく知る必殺技そのもの。
ホンモノのロイヤルナイツの一発なだけあって、ありゃまあまあ痛かったからな。
「『鉄拳制裁』!!」
ジエスモンの胸を打った瞬間、サンゾモンの嫋やかな指には過ぎた威力だったらしく、殴った俺の拳がまず弾け飛ぶ。
おかしいだろ。
「ジエスモン!?」
ただしまあ流石にジエスモンも無傷とはいかず、今回は奴の方が地下室の壁に叩き付けられる羽目となった。
3体の光球(そういや『アト』『ルネ』『ポル』とかいう名前だったか。どれがどれかは全くわからんが)を護衛に付けられているミヤトが悲鳴を上げる。声変わりしちゃいるが、言われてみれば懐かしい音色だ。
「ハッ、ざまあねえなァ」
ロイヤルナイツの中で最も若いとは知識にあったが、本当に青臭いことこの上ない。というかそもそも、本当に。アーマゲモン時代のオレサマとの戦いを経て師匠の後を継がざるを得なかったホンモノの聖騎士さまだったとは。
こりゃあいよいよ気分が良い。『選ばれし子供』のパートナーにして、ロイヤルナイツ。リハビリにはちょうどいい相手だ。最初の復活の時も、似たような存在だった終の聖騎士殺しから始めた訳だしな。
「お伽噺じゃ末の子は、誰よりも聡明で勇敢で、不憫な目に遭うと相場が決まっているのさ。もっとアソボうぜお坊ちゃん。次は懐かしの『ヒヌカムイ』でも出してやろうか?」
「っ、調子に乗るなよ……姉さんたちの技は、お師匠様の拳は、こんな程度じゃ無かったぞ……!」
「おいおいあんまり話を盛ってやるなよ、可哀想だろう」
俺は潰れた拳をジエスモンに見せつけて、聖人らしく微笑みかける。
「「この程度」だから、お前どころかオレサマの事も殺せなかったんだよ」
煽る合間に修復した右手を前に、ジエスモンの瞳がぐらぐらと揺れる。
焚きつければ焚きつける程に燃え上がってくれる。非常にやりやすくて笑っちまう。これならパートナーにもよるとはいえ、『迷路』産の連中の方がクレバーにやる分歯応えがあるくらいだ。
「ジエスモン」
……そう、パートナー。
ただ胸の前で両手を組んで、祈るだけで。デジモンを究極の位にまで引き上げる事が可能な、文字通りの選ばれし存在ども。
ミヤトが一度名を呼んだ、たったのそれだけでジエスモンの心中を支配していた筈の激情がすぅと静まり返る。
「惑わされちゃダメだ」
「ミヤト」
「アーマゲモンの技なんて全部偽物だ。僕達を守ってくれたガンクゥモンさんやシスタモン達が君に伝えてくれた『本物』は、ずっと僕達の傍に居てくれてるじゃないか」
生まれたての頃と違って風情も覚えたので、俺も黙って感動的な長台詞に耳を傾ける。
何せ演目も佳境なのだ。『ホンモノ』の主人公達に花が無ければ、つまらない。
「……ごめん、ミヤト。そうだね。オレたちはもう、あの頃のオレ達じゃない」
「ああ、僕には君がいるし」
「オレにはミヤトがいる。……ミヤトがいてくれるなら、オレはどこまでだって強くなる!」
「行こう、ジエスモン。絶対に、勝つんだ!」
「ああ……! いくぞ、アーマゲモン!!」
『メアリー・スー』は、そんな彼らの素敵な物語を、理不尽にぶち壊してこそなのだから。
「『アウスジェネリクス』!!」
と、ミヤトの取り出したデバイスが凄まじい光を放ったかと思った次の瞬間。ジエスモンが俺の視界から消え失せた。
「は?」
疑問符を口に出す。
……その間に、サンゾモンの身体が切り刻まれる。
「 」
こうなると声を上げる事すらできなかった。
最初に斬られた時の比では無い。細々と完璧に切り分けられて、傷口という傷口から切り離されたパーツを繋げようとクラモンが飛び出す。
だがそれすらもご丁寧に刺し貫かれて、ものの数秒。
サンゾモンの姿を維持しきれなくなって、内部に仕舞いこんでいた本体が、纏ったままにしていたゲイリー・ストゥーの肉体と共に床に投げ出された。
「ぐ、あああっ……!?」
惨めに身を捩る。まるで、この肉体の真の持ち主がかつてそうしたように。
なんてこった。遊んでいるつもりでいたというのに、本気を出していなかったのはむしろ向こうの方だとでもいうのか。
『アウスジェネリクス』。自分のデータを書き換えて、物理限界を超えた活動を可能にするジエスモンの必殺技。
ほんの短い時間しか使えない。発動にかなりのエネルギーを消費する。とリスクはあるものの、発動中は如何なる手段を用いてもジエスモンを傷付ける事が出来ず、しかしジエスモン自身はこちらを自由に攻撃できるという、まさにチートじみた『必殺』の力。
俺の予想を、遥かに上回る脅威度で。
人間であるミヤトは、改めて同じニンゲンの姿で出現した俺に一瞬たじろいではいたものの、こちらを見下ろす瞳の奥には既に覚悟の火を灯していた。
「終わりだ」
そしてパートナーが心を決めている以上、ジエスモンに迷いなど無い。
無慈悲な赤い刃が、心の臓がある位置――たったの1つになった今、本体のデジコアもそこに在るしかない位置へと突き刺さった。
「あっ……が……っ。だれ、ダレ、か」
虚空へと手を伸ばす。出来る事と言えば、もはやコイツが死んだ際の焼き直ししか無い。
「誰でもいいから、俺を愛してェ」
哀れゲイリー・ストゥーはまたしても、碌な辞世の句も遺せないまま霧散して、光の粉と成って地下室一杯に舞い上がる。
それは静かに、舞台のクライマックスを彩る紙吹雪のように降り注ぎ
「……え?」
ミヤトの皮膚に辿り着いた瞬間、みちみちといやな音を立てて、彼の肉を掻き分け、根を張った。
「なっ、ミヤ――っ!?」
ミヤトだけでは無い。菌糸の細い根は聖騎士の鎧の隙間にさえ忍び込み、瞬く間にその逞しい身体から養分を吸い上げてぐんと育つ。
マッシュモンの傘部分よりなおも毒々しい色合いのキノコが、ミヤトとジエスモンの表皮を埋め尽くした。
「いい夢見れたか? 坊やたち」
俺は。
先に斬り落とされた左腕を起点に肉体を再生し、データ化して内包していたゲイリーの肉体を纏い直した俺は、膝を付いた聖騎士とそのパートナーの無様な姿を眼下に納めながら、観劇を終えた紳士淑女のように手を叩く。
何てことは無い。サンゾモンが切り刻まれている傍ら、腕の中から唱えた『胡蝶夢経』であの苦行レベルで惨めで小うるさいゲイリー・ストゥーの幻を呼び出し、その中にはオレサマの代わりにクラモンを進化させた『とあるデジモン』を潜めさせていたのだ。
近いやり口はレンコ婆さん達にも見せた筈なのだが。やれやれ、アーマゲモンのインパクトには勝てなかったと見える。
伝令が仕事をしくじると、無残な結果になるという良い例だ。
かなりの数のクラモンを犠牲にしてしまったが、本体たるオレサマさえ無事なら再度の増殖にも大した時間はかからない。新たなクラモン達は、既に全身に行き渡っている。
それでもまだまだ足元は覚束ない。オレサマを狩ると言うのであれば、今こそ先程にも増してのチャンスだろう。
それが、出来ないのは
「うっ、ぐう……!?」
俺とは逆に、両者ともに膝を付き、立ち上がる事すら出来ないでいるからだ。
特にニンゲンのミヤトは胸まで押さえて苦しそうに顔を青くしている。吸い込んだ胞子が、喉の奥で芽吹いたのかもしれない。
「ひとつ、面白い話をしてやろう」
俺は左の眼窩から、取り急ぎ構築したディアボロモンの腕を伸ばして、主人達に代わって飛び掛かってきたアトとルネとポルを適当に爪であしらった。
「最近、ちょいとばかしイイモンを喰ったんだ。……覚醒すると胸元が弾け飛ぶ上2名せいで胸部へのフェティシズムを拗らせたとみえる性騎士殿には、すこーし刺激の強過ぎるデジモンを1体、な」
ネガのパートナー・バーガモンが、パートナーの嗜好を冠として戴いた末に至った麗しき魔王・リリスモン。
ゲイリーのリヴァイアモンが極上の餌としてアーマゲモンへの進化をオレサマに取り戻させたように、かの魔王もまた、ある意味でオレサマのコドモとも言える存在達に、悪霊達の母らしく慈愛を施したのだ。
オレサマのコドモ達。
即ち、クラモン達。
元よりコイツらは、マッシュモンの段階にまでは成長させる事が可能だった。『絵本』の材料にするために、ゲイリーがそこまでは仕上げていたのだ。
リリスモンの血肉は、コイツらのステージをさらに上の段階にまで引き上げたのである。
俺の現在の成熟期であるピーターモンではない。コイツらはコイツらで、独自の進化を手に入れるに至った。
「シャンブルモン」
引っ込めたディアボロモンの腕と入れ替わるように零したクラモン達が、俺の命令に従ってその姿へとワープ進化する。
形や大きさそのものは前段階、マッシュモンの時と変わらない。
違うのは色合いと、能力。小型ながらしっかりと成熟期然とした力で、徒党を組んだシャンブルモン達はジエスモンのお供達を囲い、拳で打ち据える。
「そして最も特筆すべきコイツらの特徴は、毒性以上に、その性質だろうな」
アトだかルネだかポルだか知らんだが、光球から生えたランスが深々と突き刺さったシャンブルモンの1体が、デジモンの摂理に乗っ取って弾け飛ぶ。
ただし、広がった粉はデータの粒子では無く、キノコの胞子そのものだ。
漂った胞子は既に相当な量が生え揃っているミヤト達の肌にそれでも付着して、同胞の根までを掻き分けて連中の皮膚に潜り込む。
「うぐうぅぅ」
「ミヤト!?」
凄まじい違和感に身を捩るミヤトの声も動きも、彼を慮るジエスモンの声もどこか弱々しい。俺は思わずほくそ笑んだ。全く以って、良い景色だ。
「毒物でしかなかったマッシュモンと違って、シャンブルモンの胞子は根を張り、育つんだ。……苗床にした相手からいろんなものを吸い取りながらなア」
アト……面倒臭いな、三馬鹿でいいだろもう。三馬鹿の処理にあぶれたシャンブルモン達が、今度は身動きの取れないミヤト達を取り囲む。
そしてその内に、シャンブルモンの1体が、ミヤトの腕に生えたキノコを引き抜いた。
途端。絶叫。
俺はケラケラと笑ったが、割合に威勢の良い声に簡単に掻き消されてしまう。
「ミヤト――ギイッ!?」
音色はイマイチだが、聖騎士サマにも黙って堪えきれる痛みでは無かったらしい。
シャンブルモンは次々と1人と1体に生えたキノコを周りの肉ごと引き抜いて、しかしその間にも降り注いだ胞子は空いた傷口に新たな根を張り、育っていく。
「そういうワケだ。せいぜい良い値で売れるキノコを育ててくれよ」
さて、ここまで場を整えれば、あとはシャンブルモン達がキノコ狩りを終えるのを待つだけでいい。
収穫のついでで生命維持が不可能になるレベルまで肉を抉り取られるのが先か、文字通り精も根も尽き果てるのが先か。死因がどちらになるかは解らないが、いくら選ばれた存在だとは言っても人間の方はそう長くは耐えられないだろう。そして『選ばれし子供』が死ねば、パートナーは、後に続く。
最期まで見届けてやりたいところだが、生憎俺の敵はコイツらだけではない。……『レヴィアタン』内臓のクラモンに接続してみたところ、リンドウのヤツ、思いの外苦戦してやがる。先に終わった以上は、アイツの矜持がどうであれ加勢してやらねばならないだろう。
だが。
「……ま、待て」
ぜい、ぜい、と。なんともまあみすぼらしい姿になったハックモンが、苦しそうに息を切らしながら。それでも自分達を取り囲んでいたシャンブルモンを斬り伏せ、立ち上がっていた。
「オレたちは、こんなところで負けるわけにはいかないんだ……!」
見れば、ミヤトもまた、その手に聖なるデバイスを握り締めている。
オレサマには必要の無い物だとばかり思っていたが、やれやれ、サングラス、取っておけばよかったな。
光が、ジエスモンの身体を包み込んでいた。
「僕達は、負けるわけには、いかないんだ……!」
パートナーと同じ台詞を、一人称だけ変えてミヤトが繰り返す。
「妹にまで……もう。もう二度と……僕達と同じような思いをさせない世界を、作るんだ!!」
「ジエスモン、進化――ッ!!」
クソッタレ。
これがあるから『選ばれし子供達』はキライなんだ。
「ジエスモンGX!!」
その若さを象徴するような、燃え盛る赤色の鎧に身を包んだ、超究極の位に叙された聖騎士が、巨大な光の拳をマントだか翼だかのように翻す。
既に新たなシャンブルモンの胞子が付着したらしくキノコが表面に浮き出し始めていたが、恐らく『アウスジェネリクス』で消費したエネルギーもジエスモンの時に受けたダメージも全快済み。手品の種が割れた今、向こうが目指すのは短期決戦。多少体力をドレインされたところで誤差の範疇だ。
俺はディアボロモンの姿を開放した。
いいだろう。認めてやる。前哨戦だと少しでも体力の温存を試みたオレサマがバカだった。生憎、1度や2度死んだところでは治らん性質らしい。
だから、先達と同じように
これ以上に惨めに惨たらしく惨殺してやる。
「お師匠様! みんな! 俺に力を!! 今度こそ――これで終りだッ、アーマゲモンッ!!」
赤い刃を真っ直ぐ前へと構え、ジエスモンGXが1本の剣と成る。
「『ナイツ・イントルーダー』――ッ!!」
ロイヤルナイツ全ての暴力が凝縮された究極戦刃に生まれ変わったジエスモンGXは、光の速度で俺へと迫り――
――「何体もの」ディアボロモンを、貫いた。
「……は?」
「残念だが、結局のところロイヤルナイツ止まりじゃア、オレサマのトケイはくれてやれねぇよ」
他ならぬ、オレサマ自身の『権能』。
アーマゲモンは、肉体の構成データをクラモンに置き換える事で燃費を押さえ、半ば不死身に近い再生能力を得る事に成功した姿だ。
だが時には最強の『個』よりも、それなりの力でもいいから数の暴力が必要と成る場面もあるだろう。故にこの旧いやり方は、一概に劣化版とも言い切れまい。
増殖。
オレサマと同じ能力を持つコピーを、ひたすらに生み出し続ける。
当然コピーも増殖の力を有しているのだ。オレサマ達はジエスモンGXが呆気に取られている内にも、延々と、倍々に増えていく。
「いや、ひょっとすると不可能じゃ無エかもしれないな」
「なんたって、お前達の先々代、最強と名高い終の騎士サマには出来たもんな」
「ゲームをしよう、ジエスモンGX」
「そう広くは無い室内でパートナーを庇いながら」
「徐々にキノコに力を吸い取られながら」
「オレサマ本体を殺せば、お前らの勝ち」
「タイムリミットを過ぎれば、お前ら負けだ」
「タイムリミット……?」
各々に喋って不協和音を奏でていたディアボロモン達の口が、一斉ににぃと半円を描く。
オレサマ達は、声を揃えた。
「ミヤトの心臓が止まるまでさ」
そして一斉に、ジエスモンGXへと襲い掛かる。
「――ッ、『聖拳滅破』ァッ!!」
悲痛な必殺技の宣言と共に、師匠を超えた亜光速の拳が次々とディアボロモン達を撲殺する。が、その上を行く物量で、オレサマ達はジエスモンGXへとじりじり距離を詰めていった。
そうしている間に。
オレサマは。俺は。
分身達に仕事を任せ、一瞬の隙を突いて。ディアボロモン達の相手で手一杯になっているジエスモンGXの傍らから、『選ばれし子供』ミヤトを掠め取る。
「あ……うう……」
「ミヤト!」
ジエスモンGXもすぐに気付いたようだが、ディアボロモン達が奴に喰らいついて離れない。……自分のコピーどもに何だが、嫌な絵面だな、不快害虫の類みたいで。
俺はもはやデバイスを握り締めているだけでも奇跡に見えるミヤトの首を、爪の隙間で締め上げる。
「う、ああ」
「生きている間に、質問に答えてもらおうか、ミヤト。……『迷路』には何人で入ってきた?」
「ジ……スモ……、……ツコ……ごめ」
俺は空いている方の手で、ミヤトに生えているキノコを適当な束にして一気に引き抜いた。
……なんだ、まだ声は出るじゃないか。これはもう少し楽しめそうだ。
「聞かれた事だけに答えろ。『迷路』には――」
――……いや。
俺としたことが、さっき反省したばかりだったな。『選ばれし子供』相手にいつまでもお遊び気分でいると、痛い目に遭う、と。
いい加減懲りねば、ゲイリーの事を嗤っていられたものではない。
「アソビは終わりだ」
俺は抜いたキノコを床に落として、ミヤトの両脇に指を差し込み、身体を固定する。
「や――やめろ、やめてくれ! その子だけは」
気付いたジエスモンGXが、泣きそうな声と共に自慢の拳を解いて伸ばした手は、あっという間にディアボロモン達に覆い尽くされ、届かない。
そして、俺に彼らの懇願を聞き入れる理由も、最初から在りはしないのだ。
俺は左右の手をそれぞれ別の方向に捻じって、ミヤトの首を圧し折った。
げ、ゲスぅーっ! 一縷の希望に懸けて逆転(ワンチャン)狙ったのを無惨に圧し折る(※物理)のに燃える夏P(ナッピー)です。
なんか何週間か前の日曜朝に見たような特殊性癖を再現されたような気がしましたが野郎とデジモンじゃねーか! 妹はどうしたァーッ!
というわけで、これは理想的な残虐ファイト。久々に選ばれし子供へのダイレクトアタック狙い展開を見たような気がします。いや主役どっちだよ。地味に以前のリリスモン(とベルゼブモン)にもちゃんと意味があったのにも唸らされましたが、アーマゲイリーやれること多彩すぎて把握するのも一苦労。でもシスタモンの技まで使うのは鬼畜過ぎて逆に笑いました。
ミヤトとジエスモンはアレだ、先んじてGX披露しなきゃまだ逆転の目はあったかもしれんのに。首折られる寸前にGXならアーマゲイリーも「そ、そんな馬鹿な!?」とかベタな台詞吐いてくれたかもしれないのに。「切り札は先に見せるな、見せるなら更に奥の手を持て」とはよく言ったもの。しかし最後にジエスモンが命乞いするとこ、フフ……柄にもなく興奮しましてね……鬼や! 展開が!
それではこの辺りで感想とさせて頂きます。
あとがき
あの
その
自分、別にジエスモンに恨みとか無いです。
本当なんです信じて下さい。
というわけで皆さまメリークリスマス。『Everyone wept for Mary』11話~聖夜のブッディストVSジーザスクライスト異教徒格闘バトル~をご覧いただきありがとうございます。大人になってからの方がむしろ「サンタさんいるもん!!」って言ってる気がする快晴です。サンタはいます。
冒頭で「ジエスモンに恨みは無い」と言いましたが、昔からデジモン図鑑であまりの無敵っぷりに「どうやったら倒せるのかなコイツ」とずっと考えていたデジモンの1体なので、そういう意味では念願叶った形でしょうか。……でも結局『選ばれし子供』っていう弱点を作って外付けしてやっとだったんだよなぁ。
皆さんも打倒ジエスモンの良い案があったら快晴に教えてくれると嬉しいです。
それからついに本作に、『デジモンゴーストゲーム』に突如実装されて快晴を騒然とさせた事が記憶に新しいシャンブルモンが登場しましたね。今回のひどめの描写は既に公式がやったコトなので快晴悪くないです。
シャンブルモンは、マッシュモンのランダム性故の強みとは逆に、バフ・デバフがしっかりとしていてそれなりに手堅い強さのデジモン、という印象でしょうか。公開はもう少し先になると思いますが、数話後にシャンブルモン関連でちょっとしたサプライズも用意しているので、どうかお楽しみにお待ちください。
さて、次回予告です。
次回は店の方で戦闘に入ったリンドウちゃん&ベルゼブモン(+レヴィアタン)VS『選ばれし子供』ナツコちゃん&プロットモンの究極体のお話となります。
恐らく年内の更新はこちらのエブメア11話が最後になる……と、思いますので、来年もこの『デジモン創作サロン』でお会いできたらと思うばかりです。
改めて、ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは皆様、良いお年を。