遊び半分でやった占いでえらいことが起きる話です。
◇
「今どきコックリさんとかないっしょ」
教室に差し込む夕日が深くなる中、熱心な運動部しか残っていないグラウンドには既に宵闇の青が降りている。
薄暗い教室には残った3人は、ひとつの机を囲んでいた。
机上には、文字列が書かれた紙が1枚。
「ちがうって、コックリさんじゃなくってエンジェルさん!」
「似たようなもんじゃん、十円玉とか」
「呼び出すのはコックリさんみたいな危ないのじゃなくてエンジェルさんだから良いの」
「大丈夫かなあ……」
席について、準備していた十円玉をバラのイラストに乗せたら、3人はそっと指先をのせる。
「何聞くの?」
「そりゃ……恋愛のこととかっしょ」
「エンジェルさんだもんね、いくよー!」
「「「エンジェルさん、エンジェルさん。バラの明星よりお越しください。エンジェルさん、エンジェルさん……」」」
掛け声をあわせて、女子生徒3人の占いが始まった。
静かな教室の空気が張り詰めるような感覚が肌に走る。
掛け声の後に、反応は特にない。
「……ねーえ」
「今からだって今から!」
訝しげな空気の言葉にそう反論するが、疑惑の目は言い出しっぺの者へと向けられる。
「そんなすぐ来ないもんだから!」
「えー……」
「まーま、エンジェルさん、エンジェルさん……バラの明星よりお越しくださ……あっうわっ!」
1人が声を上げた。
3人が十円玉へと視線を一気に集中させる。
じ、じじ。
バラの絵に留まっていた十円玉が微かに震えるように動いている。
「き、きた!来た!エンジェルさん来た!」
「ま、マジか!?マジ?!」
「えっえっえっ!うそ……?!どうしよ?!」
「質問!質問してって!」
「え、え〜!」
ガチガチと揺れる十円玉に動揺しながらも、興奮気味に掛けられた言葉に頷く。
「じゃあアタシ行くね!エンジェルさん、エンジェルさん!明日の天気を教えてください!」
「めちゃめちゃベタだな〜……」
「マジで答えてくれるん?」
カタ、カタカタカタ、と震える十円玉がゆっくりと紙面を滑っていく。
その様子を、食い入るように見つめる。
は、れ、ご、ご、ら、い、う
「晴れ、午後雷雨!!!すごー!答えてくれた!」
「マジで……?!ガチじゃん……!じゃ、じゃあ!次カレシとデートする時どこ行ったらいいと思いますか?!」
す、い、ぞ、く、か、ん
十円玉が再び紙面を滑り、3人から悲鳴と歓喜が入り交じる声が上がる。
異様な空気に、呑まれていると自覚はあったが、その危機感がまるで羽に覆い隠されるようなそんな感覚に隠された。
「次聞きなよ!」
「大丈夫っしょこれは!」
「え、え……う、うん……!……わ、笑わないでね?」
深く息をはいて、意を決して問う。
「……わ、わたしに恋人は、いつできますか?」
「キャーッ!言った〜!」
「エンジェルさんどうなん?!どうなん?!」
ずず、ず。
い
、
ま
「……?」
十円玉の言葉に、熱狂が一気に冷え切る。
「……い、ま、……今?」
「今彼氏ができる、ってコト?」
「ハァ?」
3人の空気に、異常が滲む。
「いや、いやいやいや、エンジェルさん何、いきなり彼氏が」
い、ま
「ちょ、お前十円玉動かすなよ!冗談キツイ!」
「違うし!アタシじゃない!」
「ち、ちが、私、わた、うごかし、なんで」
い、ま
い、ま
い、ま
2つのかなを行ったり来たりする十円玉の異様さに、臓腑が一気に冷え切るような感覚が走る。
「もしかしてエンジェルさんが彼氏ってことかよ……」
「まさかそんな!」
はい
動かぬように押さえつけていた指の力を振り切る勢いだった。
十円玉は凄まじい勢いでバラの後の横にある「はい」を目掛けて滑る。
「ひ、」
「わ、わぁあ……」
他の2人が悲鳴をあげ、その勢いで指を離してしまった。
残された1人は、引き攣った悲鳴をあげながら、ガタガタと震えて背もたれにしがみつく。
「ヤバっ!十円玉から指を離したらダメなんだわ!」
「マ?!おまっはよ言えそういうの」
「た、たすけ、たすけて、おねが、ゆび、ゆびが」
指を離した2人が揉める中、1人がか細く助けを乞う。
「ゆ、び、ゆびが離れない、はなれないの、だれかが、ゆび、おさえ、て、てくび、つかんで……」
背もたれを掴んで体を揺するが、まるで接着剤でもついたかのように、指は十円玉から離れない。
指先は軽く指に触れる程度だったはずが、まるで爪の上から押さえ込まれているかのように血の気を失い真っ白になっていた。
日焼けをしていない細い手首に、じわり、と明らかに人の手の大きさでは無い手の形に鬱血している。
「え、エンジェルさん、おかえりください、おかえりください!」
「エンジェルさんおかえりください!おかえりください!かえって!かえれよ!!」
エンジェルさんを終わらせる言葉を2人が叫ぶが、状況は変わらない。
骨が軋むほど手首を握りこまれ、未だにエンジェルさんから解放されない1人はついに恐怖で泣き出してしまう。
十円玉はぐるぐると「いいえ」をさしたまま。
2人は恐怖に耐えきれず、甲高い悲鳴をあげて床を這いつくばって教室の出口を目指す。
だが、鍵の閉まっていない扉は開くことはない。まるでお約束のように。
「だ、誰かたすけて!たすけてぇ!!!」
宵闇が降りた教室の中に響く悲鳴。
扉を引っ掻き叩く音、指が離れずすすり泣く声。
「煩いな、」
すすり泣く1人の向かい側。
金髪の男が気分良さげな表情を浮かべながら呟く。
白い羽を震わせ、黒の翼を伸ばしながら、ほう、と深く息を吐く。
「ニンゲンというのは勝手だな。
この私が、こう言ってあげているのに」
こ、つ、ち、に、お、い、で
白く血の気を失った指を押しながら、十円玉を動かせば、目の前のニンゲンが更にすすり泣きをやめずに「許して」と涙に濡れた声で訴えかけてくる。
「勝手に呼び出して、一方的に質問してくるのに答えてやった、というのに。勝手に無理やり帰らせようとして、不敬を許せ、なんて、本当に自分勝手なものだ。……まあ、許してやらんこともないがな。
お前だけ、赦してあげよう。
私は慈悲深い"エンジェルさん"だからな」
細い腕を掴んでいた手を離し、目の前の人間の顎をすくい上げるように掴む。
ようやく目の前の存在に気づいた人間の、涙と体の底から粟立つ感情で歪む表情に、それは恍惚の笑みを浮かべた。
◇
「エンジェルさんの話聞いた?」
「×組の子でしょ?まだ行方不明なんだってね」
「まだあそこの教室テープ貼られてるし、中の様子見えないよね」
「だって中でその子の友達とエンジェルさんしてて……八つ裂きになって死んでたんだよ?多分清掃が……」
「うわーッ!やめてやめて!怖すぎるから!」
「エンジェルさんがその子連れて行っちゃったのかな……」
「気に入られちゃったのかもね」
「エンジェルさんって天使なのに?」
「……エンジェルさんのカワ被った悪魔だったりして」
「もうこの話やめよーよ、早く帰ろ!」
「明日テストダルいわ〜」
「また明日ねー」
「バイバーイ」
◇
【エンジェルさん】
コックリさんの派生ともいえる占い、降霊術の一種である。
五十音+濁音、半濁音、はい・いいえ、バラを書いた紙と十円玉を使い、エンジェルさんの言葉を聞く。
呼び出されたエンジェルさんは様々な質問に答えてくれるが、十円玉を離したり、雑な扱い方をしたりしてはいけない。正規のルールに則った終了の仕方をしなければならない。
それを破ると、最悪の場合死に至る、神隠しに会うと噂されている。
たまに正規のルールに則って終了を告げても帰らない場合があるが、その時は「ソミンショーライ、チノワクグリテ、ネノコクヘ」と唱えるとすんなり帰るのだという。
エンジェルさんの正体は低級霊とも言われているが、白い羽とコウモリの翼を持つ男だという話もある。しかしこれも定かでは無い。
どちらにせよ、危険なものであるから絶対にしないように。
そういえば最近だとこっくりさんではなくエンジェルさんって言うらしいですね。夏P(ナッピー)です。
夏と言えばホラー、最後に開かずの教室となった噂話も含めて完璧! 後書きまたは教訓として【エンジェルさん】の解説も付いてるの、こーいうの大好きです。普通にエンジェモンだと思ったのですが、黒い翼という文言的にルーチェモンだったか……それなら最後、逃げようとした二人が八つ裂きにされたのも納得というか、こっくりさんの時代から突発的に10円玉から指を離す行為は自殺行為ぞ。
一応、言霊的な意味で【エンジェルさん】という名前で喚んだからこそルーチェモンとして現れてしまったのであって、【コックリさん】で喚んでいたらレナモンとかキュウビモンだったのかなーなんて思ったり。
いやコックリさんもエンジェルさんも下級霊という印象があったので、突如鵺野先生的な霊能力教師が乱入してきて「我は神の使いぞ! それなのにその小娘どもはあろうことか我を軽々しく呼び立て更に不敬を働いた! よって罰を──え、ちょ、待って、本気で殴るの(バキィッ)あ、すんません実は低俗な霊なんです帰りますホントすんませんでした(※実は狸か狐が化けた姿だった」とかやると思っていたのは内緒だ! 最後まで正統派ホラーでした。むしろ油断していたのはこちらだった。
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。