今日は、じいちゃんが死んでちょうど一年になる。
俺は母さんと共に××県の山奥に近い実家へ向かった。
元々閉鎖的な集落で、各々の家で育てて採った野菜による自給自足をやってるが時代の流れでかくも変わるもので。
今は、ブランドものを打ち立てる形で品種改良された野菜を村一同で育てて出荷している。
……それを除けば、ごく普通の小さな村だ。
「あら、美穂子さんと賢太君。いらっしゃい。ちょうど今、お母さんが住職さんを呼びにお寺へ行ってるわ」
「こんにちは、節子さん。最近暑くなってきましたね」
「ええ、また一段と早くなってきたわ。ささ、お茶を淹れるからあがって」
迎えてくれたのは節子さん。
血縁としては遠いが、なにかとお世話になってきた人だ。
とても穏やかな人で、この人の顔を見るといつも、そしてなぜか、俺はほっとする。
ガキの頃からよくこの人に面倒を見てもらっていたからだろう。
今年で40代くらいだったと思うが、俺の周りの同年代の女性と比べても物静かな人でもあった。
最近はじいちゃんの身体が悪く、ばあちゃんだけじゃ負担が重いからと気に掛けてくれ、同居していたと母さんから聞く。
「どうぞ」
「ありがとう」
風鈴の音に縁側を吹きつける風。
いかにも夏といった感じではあるが、それでも今年は例年よりもまだ早い暑さだ。
節子さんが出してくれたお茶と水饅頭はとても美味しく、俺も母さんもここまでの道のりの疲れが吹き飛ぶ思いだった。
「………眠い……」
それなのに、妙に眠い。
俺はまぶたを擦りながら、涼やかな風の中で横になり目を閉じた。
ーー
「……ん……」
ぬるい風に頬を撫でられて、俺はふと目が覚めた。
どれだけ寝ていたんだろう?
遅ければ母さんがきっと起こしてるはずなので、ばあちゃんが住職と戻ってくる頃には間に合っているはず。
…だと思ったのに。
「………は?」
身体に感じるは、木の感触と匂いではなく少し固い土の感触と匂い。
ぬるい風がまた頬を撫でるが、それがまた微妙に気持ち悪くて俺は立ち上がった。
「なんだ、一体…… ここは?」
そこは、古びたお寺のような場所だった。
いつもじいちゃんが世話になっていた住職のお寺とは全然違う。
破れ寺…というやつだろうか。
周りは竹林に囲まれていて、とてもではないが不気味だ。
「……これは、夢、か?」
軽く自分の頬をつねってみるが、痛い。
でも、俺は確かにばあちゃんの家の縁側で、横になっていたはずなのだ。
それに、ガキの頃からよくばあちゃん達の家の近くの山で遊んでいたからよくわかる。
ここは……俺の知る山の光景じゃない。
「ん?」
がさり、と竹林の奥で何かの気配がした。
こんな所に人だろうか?
俺は、音のした方へと足を進める事にした。
「おうい!」
竹林を歩きながら、俺はその奥にいるだろう誰かに向かって声を張り上げた。
何かが動くのが見えた。
それを目指して走っていると、足元に突然赤々とした絨毯が広がる。
なぜ、彼岸花が?
(この時期にはまだ早すぎる…)
そんな考えが思わずよぎった。
ともかく俺が、彼岸花に囲まれた中にいるそいつに声をかけると、そいつはぴたりと止まった。
「………」
「すみません、どういうわけか道に迷ってしまって。帰る道を探しているんですが…」
そいつは、何も答えず、ゆっくりと俺を振り返った。
「……ひいっ!?」
今思えば話しかけなければ良かったかもしれない。
そいつは人かと思っていたけれど、よく見たら全然違う。
身長は俺の腰くらい低くて、身体は岩そのものでできている。
ゲームにこんなやつがいたような気がするが、当然そんなことを考えてる場合じゃない。
「なっ…」
俺は言葉を失った。
こいつと同じような奴が、何人?何体?ともかくそれだけ沢山の数で俺を取り囲んでいたのだ。
暗がりの中、目を真っ赤に光らせて…。
「jdmtlgn#gvkgptm!!」
「うわああああ!」
ノイズがかかったような声と共にそいつらが俺に襲いかかる。
俺はとっさに背を向けて逃げ出した。
幸い、そいつらの足は速くはないようだが…竹林の中を走りながら俺はゾッとした。
(まだ、何人もいるのか!?)
ともかくあちこちに、光る目があった。
どれも俺を睨み、まるでお前はここにいるべきではない、と言っているかのようだった。
「うわっ!?」
周りに気をとられすぎて、前に何がいるかもわからずぶつかってしまった。
ぶつかった時の感じからして、俺よりも背の高い奴のようだ。
「あ?なんだ、お前」
どこか気怠げに俺を振り返ったのは、これも人じゃなかった。
人のようだけど背丈が2.5mくらいで、青いザンバラ髪に沢山の髑髏を首飾りのように掛けている。
…まるで河童のような頭に、あれ?と俺は首を傾げる。
銃の弾を入れる部分と三日月の形をした刃物を強引にくっつけたような棒は別にしても、どこかでこんな奴を見た覚えが……。
「cgukkgrscjmhyy!」
さっきの奴らが追いついてきた。
それを見た河童に似た奴が舌打ちするのを俺は聞いた。
「…おい、人間」
「は、はい!」
「巻き込まれたくなきゃ、頭を下げてろよ。ーーー降妖杖・渦紋の陣!」
そいつが手に持った武器を持ち上げ、凄い勢いで振り回す。
凄い重い物だろうそれが、うずくまった俺の頭上で風を起こしながらブン回されることに生きた心地がしない。
その時、水飛沫のようなものが顔にかかって、俺は思わず顔をあげてしまった。
「これ、は…」
出処はわからないが、水の竜巻のようなものがさっきの奴らを片っ端から呑み込んでいる。
まるでゲームやアニメのキャラクターが出すような、現実ならあり得ない技という現象に俺は唖然とした。
(一体、なんなんだ…?)
瞬く間に水の竜巻がかき消えて、河童のような奴は俺を見下ろした。
「おい、もう立っていい。この辺りの連中は片付いた」
「は、はあ…ありがとうございます」
「にしても、なぜ人間がここにいる?ここは人間の来るところじゃないぞ」
俺は、名乗ってすぐに事情を説明した。
どうやらこいつはさっきの奴らと違って俺を襲わないようだし。
夢なのかどうかさえわからない、と話すとそいつは気むずかしげな顔をした。
「そいつは……てか、お前。まさか、あいつの世話になってるのか?」
「あいつ?もしかして、じいちゃんかばあちゃんの事?」
「違え。……まあ、良い。おそらくお前は魂だけが飛んでここに来ちまってるんだろ。ともあれあいつに免じて現世に帰してやる。そのままでいろよ」
河童のような奴が言いながら何かを念じると、頭の中がぼんやり霞がかってきた。
「心配いらん。お前はすぐに目を覚ます」
その言葉を最後に、俺は倒れてしまった。
ーー
「………た!賢太!」
「ん……」
何度も揺さぶられ、俺はぼんやりと目を開けた。
木の匂い、感触、聞き覚えのある声。
閉じたまぶたの隙間から差し込む茜色の光。
「!」
起き上がる俺を母さんが呆れたように見下ろしていた。
「おばあちゃんが帰ってきたわ。こんな所で寝てたら風邪ひくわよ。今から支度をするから、お風呂にでも入ってなさい」
「は、はあい」
気の抜けた返事に、母さんはすぐ踵を返す。
夕飯の準備をするんだろう。
気づけば夕方か…縁側に差し込む夕陽に俺は目を細める。
のそのそと起き上がり、すっかり冷めたお茶を口にしながら部屋を見回した時、本棚に目が止まった。
「……これ」
それはかなり古い絵本だった。
日焼けした部分やめくれ跡がどれだけこの絵本が読まれていたかわかるほど。
いかにも子ども向けといった感じの絵だが、そこに描かれたものに俺はあっと言葉を吐いた。
白い馬に乗った坊さんに、雲に乗った猿と熊手を担いだ豚、そして…。
「そうだ、沙悟浄とかいうやつ…」
俺を助けてくれた、あの河童に似た奴への既視感の正体。
あれは、西遊記の登場人物にいた三蔵法師の弟子の一人の沙悟浄だったんだ。
それにしちゃあんな武器じゃなかったような気もしたが。
そこへ、畳を踏む音がした。
「その絵本、昔よくあなたに読み聞かせてわね賢太君」
「節子さん」
節子さんがにこにこと微笑みながら、そばにやってきた。
「懐かしいわ、西遊記。金角と銀角との戦いがあなたの一番お気に入りだったわよね」
「……そうだっけ」
全然覚えてなかったが、それでもちょっとした談笑を終えた俺は風呂へ向かうことにした。
ーーー
「………」
節子は、一人部屋に佇みながら、絵本のページをそっとめくった。
そこへ、声がかかる。
「お前も好きものだよな、人間の家にやってきてまで世話をかけるなど」
「シャウジンモン」
振り向く節子は、すでに人間としての姿ではなかった。
姿こそ人間のようであるが、大胆に露出度の高い袈裟姿をした女性の姿。
そこに人ならぬ空気を纏う。
「いい加減戻ってこいよ、サンゾモン。…ゴクウモンがヘソ曲げる前な」
「ふふ、あなたも変わらずですね。ですが、せめて。もうしばらくは世話になった人間がいた此方にて、功徳を積もうかと思っております。ゴクウモンにも伝えてくださいね」
「やれやれ…あの坊主からお前の気配を感じた時には何事かと思ったんだがな。俺がいたから良いようなものの、"こちら側"の奴らが坊主を襲った原因を作ってどうするんだよ」
「……そうですね。それは失念していました」
節子……サンゾモンはため息をつく。
西遊記の三蔵法師がそうであるように、サンゾモンもまた他のデジモンから狙われる身。
「あの子には、本当に申し訳ない事をしました。礼を言わせてくださいね」
「やれやれ」
……人の姿に戻った節子は縁側から外を見る。
少しばかり空気が湿っぽくなるのは、雨の兆しか。
「…今年はあの人の一周忌。参りましょうか」
そっと立ち上がり、絵本を本棚に戻して節子は。
住職の手伝いをするべく仏間へと歩みだした。
了
いつも『こちら、五十嵐電脳探偵所』楽しく読ませてもらっております、wB(わらび)です。
シャウジンモンの名前、そんな由来があったんですね……ますますサゴモンの立場が危うくなっていく。
お話の方は、身近な人間が実は……っていうちょっとホラーなスタンスながらも内容は非常に暖かみに溢れており、穏やかな気持ちで読み終えました。
ゴツモンってなかなか親しみやすいお顔ですが、わけわからん言語を発しながら襲いかかってきたり大量に囲まれたら冷静に考えてめちゃめちゃ怖いですね。
果たして賢太君が見たのは夢か、はたまた現実か……なんにせよ無事で何よりです。
節子さん、作中で40代と明記されていましたが、物静かかつ秘密を抱えたミステリアスさと、正体がサンゾモンということからかなり魅力的な女性なのでは?と思ったり。
勝手に賢太君とのおねショタ(もちろん健全な方面ですよ!!)とか勝手に想像してしまいます。賢太君が節子さんの正体を知ってしまった時の反応とか見てみたいですね(最低)
初めましてになりますが感想を。
個人的な趣向の話になりますが、かつての英雄やその仲間が今を生きる少年少女を助ける展開が大好きだったりします。要するに結構いいところにパンチを食らったような気分だということです。
最初からあからさまに怪しい節子さんでしたが、実際は古い本のページを捲るように彼女らのバックボーンを紐解きたくなるような、そんな方でした。
短くまとまりに欠けますが、これにて感想とさせていただきます。
短編も書かれてるー! というわけで呼び出て飛び出た夏P(ナッピー)です。
まさかのデジモンサヴァイブ。いやまあ今のデジモン界隈で彼岸と言われると彼岸花でつまりデジモンサヴァイブが浮かぶのは必然。ゴツモンまでそのまんまだったので、青いザンバラ髪と表現されて「まさかタクマさん!? 生きていたのか!?」と戦慄したのは内緒。いやその前に2.5mって書いてあったわ……サンゾモンと絡める意味でもサゴモンではなく敢えてのシャウジンモンでしたが、後書きの理由を拝見して納得。サンゾモンというか節子さんは一応人間としては40代とのことで、お、おはry
ああ、これってつまり一年前に死んだじいちゃんの……。
それではまた連載の方でも宜しくお願い致します。
みなみさん、彼岸花の蕾が開きに参加して頂きありがとうございます。
サンゾモンとシャウジンモン、お彼岸がそもそも仏教由来であることからのつながり、正道ど真ん中、間違いなくお彼岸らしいデジモン達ですね。
というわけで感想です。
祖父の一周忌に合わせての帰省、そこから魂のみが本来いる場所から離れて……とデジモンのチョイスもそうでしたがお彼岸らしさ真っ直ぐなお話で好きです。
節子さん……サンゾモンとシャウジンモンのキャラクターもいいですね。シャウジンモンが世話を焼く関係はよく知られたそれのみならずさらに元ネタの方にまで踏み込まれていて素敵ですし、何気なくいる遠縁のおばさんが実は、というのもなんともいいですね。
短くまとまっていながらちらほらと漏れる発言にどことなく世界観の奥行きも感じて雰囲気に浸るのが楽しかったです。
最後にあらためまして、彼岸花の蕾は開きに参加して頂きありがとうございます。大変面白く読ませて頂きました。
今回企画に参加させていただきました、みなみと申します。
『こちら、五十嵐電脳探偵所』をよろしくお願いしますという宣伝と共に、今回彼岸や仏教テーマという事で出したデジモンや軽く舞台設定での説明を。
【シャウジンモン&サンゾモン】
サンゾモンに関しては、企画の一例にありましたように仏教からの繋がりという事で一つ。
そして、サゴモンかシャウジンモンどちらかを選択するかで悩みました。
どちらも沙悟浄が元なデジモンなわけですが、悩んだ末、サンゾモンの元ネタたる三蔵法師と縁深い沙悟浄の中国読みだろうシャウジンモンを選択。
史実においての三蔵法師と神仏のひとつである深沙大将(深沙神、深沙大王とも)には深い関わりがあり、三蔵法師の旅ならず彼が持ち帰った般若心経の守護を務めた守護神です。
かつその深沙大将と同一視される沙悟浄が首に掛けている髑髏は全て三蔵法師の前世だった人間(僧)のものという説もあります。
この辺りのソースはネットでも調べられますが、頭蓋骨の下りについて自分が知った初見は京極夏彦シリーズの『狂骨の夢』からです(あまりのページ数ゆえ安易に勧められませんが…
そのため、仏教と縁深く、かつ西遊記のラストにてお経を持って唐へ帰った後に再び天竺へ帰依した三蔵を含めその後の弟子達の後から金身(菩薩)羅漢へとなった沙悟浄が元ネタとなるセレクトとなりました。
主人公たる賢太君(の魂)が迷い込んだ場所ですが、ぶっちゃけ元ネタになった場所はデジモンサヴァイブのあの彼岸花咲き乱れた所ですね彼岸花なので(強引ちゃ強引なこじつけです
凝りに凝りすぎた結果、こじつけにしても捻りがなくなってしまった心残りはありますが此度は企画を設けてくださったへりこにあん様、どうもありがとうございます。