学生、というものは基本的に無邪気なものだ。
大人になってから思えば恥ずかしいとさえ思える事を平気で口に出来るし、その言葉を聞いた誰かが傷ついているなんて事は気付きもしなければ考えもしない――当人にその気が無かったとしても、だ。
そうして精神的に傷付いた人間の方が精神的な成熟は早いと誰かが言っていた気がするが、そんなことで感謝をしろというのはあまりにも恩着せがましく、率直に言って発言者のことをぶん殴りたいとさえ思えている。
少なくとも、下校中なボサボサ髪の高校生こと空乃伝路《そらのでんじ》にとって、学校というものはそんなものだった。
「…………」
少しずつ残暑も衰えを見せてきた秋の中盤。
何かしらの広告が多くの液晶画面に映し出されている都会の街道を歩く彼の脳裏を過ぎるのは、一週間後の行事の話。
(……体育祭、か……)
それは何処の高校でも執り行われる、一つの行事。
提示された競技を何かしらの形で組み分けされた高校の生徒一同で行い、優劣を決めるというもの。
学校側の建前としては運動を楽しむだとか生徒同士の仲を育むだとか何とか色々あるかもしれないが、生徒側の視点から言わせればそれはある種の戦争でしか無かった。
勝った方が優れていて、負けた方が劣っている、そんな単純な事実。
なまじ運の要素など組み分けの内容以外には何も無く、全てが運動神経によって決まるものである以上、負けた側の敗因――いわゆる戦犯というものはとても解りやすく見極められる。
その勝ち負けで一生を左右するわけでも無いのに、運動神経がいくら優れていようが勉学の面が優れていると証明されるわけでも無いのに、それでも多くの学生が勝ち負けに躍起になる理由はただ一つ。
自分が他者より劣っていると認めたくない――そんな、いっそのこと『子供』染みた|自尊心《プライド》が未だに根付いているからだ。
そして、そういった『子供』は負けた時にその理由や責任を他者に押し付けたがる。
実のところ、空乃はそういったしわ寄せを受け続けてきたタイプの人間だった。
(……なんで高校にもこういうのがあるんだか……)
率直に言って、彼は憂鬱だった。
特別将来を左右するような事柄でも無いのに、その失敗を自分の所為にされては憂さ晴らしの玩具にされる。
抵抗出来るほどの腕っ節の強さも無く、同級生が助けてくれるなんて都合の良い話も無く。
教師に相談してみてもマトモな助け舟は貰えない始末で、他人をアテにする気など起きなくなって。
かと言って親に相談するのも恥ずかしいし、こんな事で憂鬱になっている自分自身をまずどうにかしたいというのが実情だった。
とはいえ、そう簡単に解決出来る問題であればそもそも憂鬱になどなりはしない。
だからこそ憂鬱なのであって、彼の目からやる気と言えるものは見事に死に果てていた。
(あーあ、さっさとやらかして退学にでもならないかなアイツ……)
どうしようも無いことを考えながら歩く空乃。
どうしようも無い連中に一人でも絡まれるのを嫌った結果、空乃はどの部活動に入ることも無く、中学から今日に至るまで帰宅部だった。
だから部活動に通う生徒よりも当然下校する時間は早く、空はまだ夕方というよりは昼のものだった。
企業に勤めている会社員は未だ勤務中な時間帯であり、それ故にか都会にしては人出入りはそこまで混み合ってなく、だからこそ帰宅することそれ自体が滞ることは今のところ無い。
こんな憂鬱な時はゲームセンターに通うか、さっさと帰宅してまだクリアしていないゲームをする――というのが彼の日常だった。
が、この日はある種の特別だった。
明確な課題があって、それを出来ることなら解決したいと思う程度には悩んでいた。
だから、だろうか。
その日、普段であれば特別見向きもしないであろう場所に、彼の視線は向いていた。
「ん?」
それは、数多く立ち並ぶ建造物の隙間に佇むような形で存在する、ビジネスビルの半分程度の大きさはあろう建造物だった。
室内の様子は窓にスモークを張られているのか外から見えないが、その建造物がどういった場所として造られているのか、それだけは建造物の入り口に設置された看板によって理解が出来ていた。
看板に描かれた文字、それ自体が答えを伝えていたからである。
「トレーニングジム?」
看板にはそのように書かれていた。
本当に、何の捻りもなく――本当に『トレーニングジム』とだけ、その看板には書かれていた。
普通なら、この手の客を求める施設には何かしらカッコつけた名前の一つでもついていそうなものだが、何の変哲も無いその名付けはいっそ奇妙だった。
客を求めてのものというより、何処かの企業が使用するための副次施設なのかもしれない――と、考えられる程度には。
周りに駐車場らしい空間も見当たらず、入り口もまた正面の一つだけである事も、あるいは空乃の予想を裏付けしていた。
一周回って奇妙なその『トレーニングジム』に対し、空乃は軽めの疑問と興味を抱く。
というのも、
(……まぁ、そういう方法もある、のか?)
先にも述べた通り。
現在、空乃伝路は憂鬱だった。
つまらない人間のために心身共に疲弊してしまっている、自分自身の弱さによって。
学校はアテにならず、身内の誰かに頼ることは恥の成分から出来ず、だからこそ自分の努力でもって解決したいと彼は思っていた。
そんな時に提示された、一つの――解りやす過ぎる方法。
即ち、ジム通いによる体作り。
部活動のように面倒事に巻き込まれるリスクも(絶対とは言い切れなくとも)少なく、必要になれば大人の手で丁寧に指導もしてもらえる環境。
普通に考えて無償で通える場所では無いだろうが、ゲームセンターで使い込むよりはずっと見合うだけの価値があるように思えた。
今、この時の空乃にとっては。
(行ってみるか)
深く考えたりはせず、とりあえずの感覚で彼は『トレーニングジム』の扉を開き入っていく。
途端に、
「?」
何か、電気の弾けるような音が聞こえた気がして。
僅かに疑問を覚えたが、答えらしい答えは何も出ず、やがて気にせず彼は受付と思わしき場所へと足を運んでいた。
受付には店員――もといスタッフと思わしき引き締まった体格の男性が立っていて、彼は空乃が口を開くより先に言葉を発していた。
「いらっしゃいませ。ジムのご利用ですか?」
「あ、はい。ええと、初めてにはなりますが。お金はどのぐらい掛かりますか?」
「初のご利用ですか。であれば、今回は無料でのご提供になりますね。コースは色々ありますが、どれをご利用なされます? いずれも今回は無料です」
「無料……ですかぁ」
空乃は一時沈黙する。
スタッフが手で指した方――カウンターの上に貼り付けられたラミネート加工済みの用紙――に書かれたコースは色々あり、その内のどれかを無料で体験出来るという事実に、悩んでいるのだ。
せっかく無料で使えるのなら、出来る限り本来の料金が高いものを選んでみた方が得か、と。
どうせ帰宅部らしく時間は余っているのだから、多少時間が掛かるものであってもやって良かったと思えるコースにしてみるべきだろう――そんな風に考えながら用紙に目を通していた空乃は、やがてこんな事を口にした。
「あの、どれが一番効果が出るとか、ありますか?」
「効果が出る、とは?」
「その、体力が上がるとか。運動神経の改善というか。とにかく体が強くなるものです」
「……なるほど。体を強くしたいのですね?」
「? はい、そうです……?」
一瞬。
スタッフの口元が笑みの形に歪んだように見えて疑問を浮かべる空乃だったが、気のせい、でなくとも特に深い意味は無いだろうと思い、先を促す言葉を紡いだ。
すると、スタッフの男は用紙に書かれた項目の一つを指差して、
「それではこちらの『身体強化コース』を提案します。スタッフのガイドに従ってもらいながら、体を強化していくコースとなっておりますが、如何でしょうか」
「じゃあ、それで」
「それでは……」
とりあえず、の感覚で勧められたコースを選択する旨を口にすると、スタッフの男はカウンターの引き出しから何かを取り出していた。
それは一目見る限り、少し小ぶりのスマートウォッチのように見えた。
「これは今回のコースを利用するにあたって、装着していただくものになっております」
「腕時計……ですか?」
「腕時計でもありますが、万歩計や心拍測定器としての役割も担っている機材となっております。この『機材』が計測した数値を参照して今回のコースにおける『目標』が設定されますので、後はスタッフの協力のもと頑張ってください」
「あ、はい、解りました」
空乃は手渡された『機材』を右の手首に取り付けると、受付に立っている人物とは別のスタッフの男の案内を受ける形で、流れ流れに歩を進めていく。
道中にロッカーがあったので、スタッフの指示に従う形で学校帰りの荷物を収納する。
「……そういえば、学生服のままなんですけど俺、着替えなくても大丈夫なんです?」
「大丈夫ですよ。着替えたいのなら用意をしますが」
「あ、いや、大丈夫です」
案内された先の部屋にはダンベルやランニングマシーンといったものをはじめ、トレーニングに用いられるものであろう多くの道具が設置されており、どれもこれもテレビ番組でスポーツ選手が鍛錬を積むのに使っているような、素人目から見て高性能そうなものばかりだった。
ただ一つ、奇妙なものがあるとしたら、
「トレーニングをする場所なのに、パソコンが置いてあるんですね」
「ええ。まぁ、色々な事に使えますから」
色々な事、というのが具体的にどういうものなのかについて、深くは聞かなかった。
今後何度も通うと決まったわけでも無いのだし、特別気にする必要は無い――そう思ったために。
そうして、空乃のトレーニングは始まった。
◆ ◆ ◆ ◆
最初のトレーニングには、バーベルを用いることになった。
黒い色の台のようなものに背中を預けながら、設置されていた大きなバーベルを両腕の力だけで持ち上げる――そんな、テレビ番組で何度も見たような構図で、空乃は早速息を荒げていた。
「――お、重っ……!?」
「重くないと持ち上げる意味がありませんからね」
「こんなの、ずっと持ち上げてなんていられないんですけどっ」
「最初はそんなものですよ」
「ていうか、これちゃんと鍛えられてるんです? ちっとも持ち上がらないんですけど」
「大丈夫ですよ。未成年なら尚の事、頑張れば頑張った分だけ、体とは強くなるものなんです」
ぜぇぜぇはぁはぁ、と。
途中途中弱音を漏らしながら、バーベルを持ち上げようと腕に力を込め続ける。
しかし、腕力が足りないからかバーベルが持ち上がる事は一向になく、ただただ体力だけが費やされる時間が何分か続くだけだった。
やがてスタッフの方から少しの休憩時間を挟むよう促され、空乃は近くの椅子に腰掛ける。
初っ端から感じる疲弊に、自分の体がどれだけ弱いものなのかを改めて実感していると、スタッフの男はその手に持っていたラベルのついていないハンドサイズのペットボトルを「はい」と空乃に手渡してくる。
「ありがとうございます」
「それを飲むのも含めてのコースですからね。思いきり飲んでしまってください」
「?」
思わぬ言葉に疑問を覚え、手渡されたペットボトルを空乃は改めて確認した。
見れば、内部の飲料水の色は何処かケミカル染みた黄緑色だった。
明らかにスポーツドリンクの類には見えなかったが、
(野菜ジュースかエナジードリンクの類かな)
思い返してみれば、黄緑というのは特別珍しい色でもなかったので、言われた通りにごくりとペットボトルの中身を飲んでみる空乃。
味はスポーツドリンクやエナジードリンクというよりは、レモン味の炭酸水といった感じだった。
かなり強めの炭酸が含まれていたようで、口から喉までを激しい刺激が駆け巡ったが、その感覚がどこか心地良く、気付けば空乃は一気にペットボトルの中身を飲み干してしまっていた。
つい少し前の疲弊が嘘のようにスッキリとした気分を覚えていると、空乃に対してスタッフの男はこう問いを出してきた。
「続けられますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう返して、空乃は椅子に座っていた状態から立ち上がる。
再起してからも、鍛錬のために作成された機材を扱い体を痛めつける時間は続いた。
ランニングマシーン、ダンベル、チェストプレスマシン、アブドミナルマシン、ショルダープレスマシン、レッグプレスマシン――などなど。
結果から言って、見える範囲にある機材は流れ流れに全て試すことになった。
一つ一つ使う度に息が上がり、その度に休憩を挟んで、立ち上がってはスタッフの指示に従う形で新しい機材に挑みに向かい。
その繰り返しをしている内に、気付けば室内にある機材の全てを体験し終えたらしかった。
らしかったと他人事なのは、他ならぬ空乃自身も実感が湧いて無いからだ。
現実的に、このような短時間で体が強くなるわけも無いと解ってはいるつもりだったが、頑張りが空回りしている気がしてなんとも言えない気分に空乃はなっていた。
そんな時、スタッフの男はこんな風に切り出してきた。
「では、一周したところでもう一度ハードル上げに挑戦してみましょうか」
「え、えぇ……上げられる気しないんですけど……」
「どのぐらい上げられるのか、それを確かめるだけでも鍛錬にはなります。それに、あなたの体はここに来る前より鍛えられてますよ。その腕の機材が示す『目標』を達成し続けてますから」
「…………」
信じ難い、というのが空乃の率直な感想だった。
確かに、息が上がりながらもスマートウォッチにも似た『機材』が表示する『目標』は達成出来ている。
スタッフの男に中断を呼び掛けられたのも、決まって『目標』が達成された時だった。
単に実感が無いだけで、納得が出来ていないというだけで、ノルマ自体は確かに達成していたのだ。
(……やれるだけやってみるか)
とりあえず、の感覚で再びバーベルを用いる『機材』のある位置へ足を運ぶ空乃。
先にやった時と同じように椅子のような台の上に寝そべった姿勢のまま、腕の力だけでバーベルを持ち上げようとする。
「っ、くぅっ……!!」
腕に圧し掛かる重みが変わることは無かった。
バーベルの重量を変更したわけでも無いのだから、当然と言えば当然だ。
だが、何の変化も無いわけでは無かった。
(――あ、あれ?)
ほんの少し。
僅か数センチの話ではあるが、確かにバーベルは腕の力によって持ち上がっていた。
持ち上がっていた、と気付いた時には更に数センチ上がっており、その腕力が増加している事実を確かに示していた。
とはいえ、完全にバーベルを上げきり、腕を伸ばしきるには及ばず。
ほんの数センチ上がっていたバーベルは、数秒のち元の高さへと戻っていた。
腕力を行使していた空乃自身の体力の方こそが、先に切れたのである。
ぜぇぜぇはぁはぁと息を荒げる空乃。
そんな彼の様子を見て、スタッフの男はさも当然のようにこう言ってくる。
「それが鍛錬の成果ですよ。実感出来ましたか?」
「…………」
確かに、と納得せざるも得なかった。
率直に言って、一回目の時は僅か数ミリさえ上がった気がしなかったのに、今回は数センチを数秒でも上げようとすることが出来ていた。
些細な変化だとは思う。
ちっぽけな成果だとも思う。
だけど、自分が強くなれているという実感に、空乃は言いようの無い爽快さを覚えていた。
達成したところで大した変化も無いだろうと思っていた『目標』が、それを達成して実際に強くなれているという事実が、実感を増させる。
室内にある機材、それを用いた体験を一周しただけでもここまで出来たのだ。
もう一周、いや更に続けていったら何処まで強くなれる?
スタッフの男が、再び問う。
「続けられますか?」
「続けます」
まだ、時間も体力も残っている――可能な限り続けてみよう、と思った。
ひとまずの休憩の折に、再び黄緑色の飲料水を頂き飲み干すと、彼は鍛錬を再開させる。
一度体験を済ませたからか、二週目の『目標』を達成する過程で感じる疲れは一週目ほどもなく、いっそ順調とも言えるペースで鍛錬は進行していった。
そうして、三度目のバーベル上げチャレンジ。
一度深呼吸をして、二度繰り返した姿勢になって、鉄の棒を両手で握りしめ、腕に力を込める。
「――っ――」
(強く、なれてる……)
成果は明白だった。
数センチは十数センチに、更に数十センチに――少しずつ、確かに増えていた。
腕は未だに伸びきらず曲がったままだが、上げ続けようと力を加え続けられる時間もまた、上げられる高さと同じく増えている。
心なしか、主に腕の筋肉の量が増えてきた気がした。
強くなれている。
その事実、その実感がじんわりと空乃の脳髄を駆け巡る。
嬉しい、と思った。
同時に、もっと更にと強さへの欲求が増し出てきた。
三週、四週と加速度的に『目標』を達成しながら、彼の体は強くなっていく。
いつしか、何度も反復して鍛錬を続けたことで、体から吹き出ていた汗が衣類の外にまで漏れ出そうになっていた。
それを知ってか知らずか、スタッフの男は空乃に対してこう提案した。
「そろそろ上着も汗でびしょびしょの頃でしょう。脱いだ方が楽になりますよ」
出会ったばかりの相手に、上半身だけとはいえ裸を見せるというのは、多少なり恥ずかしさを覚えるものだろう。
だが、空乃は迷わず学生服たるカッターシャツとその下の肌着を休憩に用いる椅子の上に脱ぎ捨てていた。
そうして曝け出された体は、元の痩せ気味なだけのそれとは明確に様変わりしていた。
主に上半身の筋肉は部活動で鍛えている学生のそれと見比べても発達しており、贅肉と呼べるものはどの部位からも消えてなくなっている。
経過した時間などから考えても、現実的にはありえない成長の度合いだった。
見れば、その髪の毛もまるで静電気にでもやられたかのように逆立っていて、胸元から四方に向けて薄っすらと黄緑色の線が浮かび上がっている。
明らかに異常な成長、だがスタッフの男は疑問の表情を浮かべることもなく、変化している当人である空乃の視線や意識がそちらへ向くことは無かった。
自分が強くなれている、その事実から引き出される歓び、それを何よりも優先するように思考が変化し始めている。
まだ体力も時間もあるから、という理由は、何週目からかもっと強くなれる気がするから、という理由に変わってしまっていた。
時間の経過はおろか、自身の体力にさえ意識を向けなくなった頃には、鍛錬用の『機材』を扱って何周したのか、それすら頭に浮かばなくなった。
鍛錬を積み、スマートウォッチの形をした『機材』の提示する『目標』を達成する度に、その体はどんどん大きく成熟し、そして変わっていく。
体の色は、少しずつ小麦のそれに近しい肌色からレモンのような黄色へと変色していった。
上半身の筋肉は更にその規模を増し、鍛錬用の『機材』を掴む両手は指が五本から三本に減ってその太さと爪の長さを増し、いつの間にかメリケンを備えた指抜け手袋まで備えるようになっていて。
鍛錬を行うより以前の体からサイズが大きく増す事になった弊害か、履いていたズボンがギチギチと悲鳴を上げるようになり、スタッフの男が何を言うまでもなく、窮屈さでも覚えたのか他ならぬ空乃自身が下着の端を掴むと、異常と言えるまで発達した腕力に任せて引き千切ってしまう。
ズボンのみならず、その下にあったパンツまでも含めて、恥など微塵も感じていない素振りであっさり――ビリビリ、と。
そうしてさらけ出された下半身もまた、既に人間のそれとは異なる様相を見せていた。
人間の男であれば基本的に誰でも備わっているはずの『証』は見当たらず、腰から足先に至るまでが上半身と同じく発達した筋肉によって構成され、腰元から短くはない尻尾まで生えていて。
両の手と同じく両足もまたその指の本数を三本に減らしてしまっていて、その関節の形もまた獣のそれと同じ逆のものに成り果てていた。
「ハァッ、ハァッ」
正真正銘の全裸となった空乃の体に、人間の面影はもはや殆ど無かった。
野太くなった、どこか獰猛さを感じさせる声を漏らす口元もまた爬虫類のそれのように裂けていて。
呼吸の度にさらけ出される歯は尖り、歯というよりはいっそ牙と呼んだ方が正しく思える形状へと変化している。
いつ覚えたのかも知らない衝動のままに鍛錬を続け、第三者の手で設定された『目標』を達成し続けて、そうして変わり果てながら――彼がその変化に疑問を覚えることは終ぞなかった。
その思考は既に、自らの力を高めたいという衝動に染め上げられており。
元々の目的も理由も忘れ、得られる歓びに従順となってしまったその空乃伝路は、
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
咆哮と共にその頭部から落雷を想わせる電流を奔らせて――怪物に成り果てた。
電流が収まった後、人間だった怪物の頭部には稲妻を想わせる形状の角と、手袋と同じ色の甲殻が見えるようになっていて。
角と尻尾を生やし、三本の指から鋭い爪を生やしたそれは、鱗が無いという一点を除けば竜のようだった。
竜の怪物は、まるで糸の切れた人形のように力なく、仰向けの姿勢で鍛錬の場の床に倒れこむ。
意識は既になく、されど涎まみれの舌まで出したその表情は歓喜に染め上げられており、少なくともこの竜が元は男子高校生であったなど誰も信じられそうに無かった。
少なくとも、こう成り果てる行く末を見届けていたスタッフの男とその関係者以外は。
「よく頑張ったね」
そう言って、空乃に付き添っていたスタッフの男は力を使い果たした元人間の竜の傍から離れると、ふとして室内に設備されていたパソコンの電源を入れる。
施設の関係者だけが知るパスワードを入力し、画面に映し出された一つのアイコンをマウスでクリックすると、パソコンの画面が突如として光を放ちだした。
スタッフの男はその光が当たらない位置にまで歩くと、筋骨隆々な竜の怪物へと視線を向け、最後にこんな言葉を残した。
「頑張った君には、もっと相応しい居場所がある」
直後のことだった。
パソコンの画面から発せられた輝きの中に、奇怪な色彩の穴が生じ、竜の怪物の体はそれに向かって頭から吸い込まれていく――0と1の、デジタルな粒子と化して分解されながら。
そうして呻き声の一つもなく、竜の怪物は室内から跡形もなく消え去った。
後に残ったのは鍛錬用に用いられる『機材』と、竜の怪物を飲み込んだパソコンと、この場で鍛錬を行っていたのであろう誰かが着ていた衣類の、その残骸のみ。
何かを締めくくるように、スタッフの男はお辞儀をしながら、静かに笑みを浮かべてこう言った。
「――ご利用、ありがとうございました――」
短編……でいいのか、これは。というわけで夏P(ナッピー)です。
名前からして強そうなのに、というかチェンソーマンみたいな名前なのにスポーツ大会で憂鬱なのかデンジ君。気持ちはわかる。
……バイタルブレスだ!?
これに関しては即座にわかった! むしろまんま今の俺達の生活サイクルと言える。ハードトレーニングを一日に何度もやれたら楽なんだけどな! そうか我らのバイタルはデジモンになる為のものであったか……というか、何だあのジムトレーナーの世にも奇妙な物語にでも出てきそうな自然な応対は。
これ多分、インパルスシティだけじゃなくて他のDimに対応したジムもそれぞれどこかに存在するんだろうな……見事に最新機器(?)であるバイタルブレスを取り入れたお話を読ませて頂きました。
それではこの辺りで感想とさせて頂きます。