
花火大会当日、猗鈴と便五はまだ日も落ちない内に家の屋台を後にしていた。
「ちょうどよかったよ。森田のカード大会、大人の部は日が落ちてからだけど、子供の部はまだ暗くならないうちだし」
「……でも、参加できないんじゃ?」
「千歳のこと応援してあげたいからね」
なるほど、と猗鈴は頷いた。千歳というのは昨日会った少年のこと。猗鈴が彼からもらったお古のデッキケースにはでかでかと『大蔵 千歳』と書かれていた。
「それにしても、大人の部って人集まるの?」
「×モンも出てから八年ぐらい経ってるからね……僕より少し上とか、高校生とかだと何人かいるんだよ」
猗鈴はそうなんだと呟いた。八年前のをただ同然で売ってアレだけパックが余ってるってどうしてそんなに仕入れたんだろうと、少し思った。
「……米山くん、靴紐解けてるよ」
猗鈴は、便五の靴紐をわざと踏んでほどけさせると、優しくそう言った。
そして、便五が道の端によって紐を結び直しはじめると、スッと便五から見えない様に立ち去った。
「あれ? 美園さん?」
靴紐を結び直した便五が立ち上がって周りを見渡すと、猗鈴の姿はすでに見える範囲にはなかった。
「人混みに流されたのかな?」
まだ日も落ちてないとはいえ、既に屋台は幾らかの賑わいを見せている。
今の内に屋台で食べ物を買って花火を待つという人もいるだろうと便五は思った。
「あ、便五じゃん。ひさしぶりー」
「べんちゃんおひさー」
便五が振り返ると、浴衣を着た便五と同じくらいの女性が数人いた。
生まれがここの便五は仲のいい幼馴染も別に少なくはなかった。
そして、猗鈴もそういうことは簡単に想像ができた。彼女達は猗鈴の中学校の時のクラスメイトだった。
「久しぶり、でも、人を待たせてるから」
「あ、そう?」
「後で屋台行くねー、なんかおまけしてー」
便五がさらりとそう言うと、彼女達もさらりとそう返して、人混みに消えていった。
別れて少し急ぎ足で便五が歩いていると、ふと、視界の端に泣きじゃくる小学校高学年ぐらいの子供がうつった。
それを見て、便五は一瞬迷ったのち、人混みをかき分けてその子の方へと向かった。
「どうしたの?」
「……ママにもらったお小遣いを落としちゃったの」
ふと脇を見ると、その男の子はもう何歳か年下の子供の手を握っていた。
「いくら落としたの?」
「千円、二人で使いなさいって」
でも風で飛んでっちゃったとその子は言った。
「……それならね、さっき僕拾ったよ」
そう言うと、便五は自分の財布から千円札を一枚取り出した。
「ほんと?」
「ほんとだよ、もう飛ばされないように、しっかり持っておくんだよ」
「うん、ありがとう」
大きい方の子が頭をぺこりと下げると、小さい方の子も一拍遅れてぺこりと頭を下げた。
そして、そのまま人混みに去っていくのを便五は少し心配そうに見送った。
「さて、猗鈴さんを追わなきゃ」
そう言ってふと立ち上がって少し進むと、便五の前に黒ポニーテールに一部赤いメッシュを入れたメガネで浴衣の女、鳥羽が現れた。
「どうもどうも、米谷便五さんですよね。私、鳥羽というものです」
鳥羽はそう言って警察手帳を見せた。
「え、警察の人?」
「はい、そうです。この前探偵事務所で小林に会いましたよね。その相棒でーす」
いぇいと鳥羽は目元で横にピースを作った。
「はぁ、で……何かあったんですか?」
「いえいえ、公竜さんがお世話になったのでご挨拶までにと。あ、でもですね! 例年屋台付近でスリや痴漢が起きてますから、何か見かけたら花火大会の運営本部につめてる公竜さんか、制服巡回してる警察官、もちろん私でもいいのでご一報をって感じです」
そばに見えなかったらとりあえず私の名前を叫ぶでもいいです。近くにいれば行きます。と鳥羽は言った。
「あ、はい。その時は……」
便五が頷くと、鳥羽はそれではーと人混みに消えていった。
今度こそと便五が歩き出すと、ほどなく目の前でふらりと顔色の悪くなった女性がよろめいた。
「大丈夫ですか?」
便五と同じく即座にもう一人男性が女性に声をかけた。
「なんだか……急に、気分が」
そう言う女性に、男性もついているからと一度立ち去りかけて、便五はふと、女性を支えようとする男性の手が不自然な上ににやついていることに気がついた。
「……ッ、鳥羽さん!」
振り返って便五がそうちょっと大きな声を出す。しかし、もう鳥羽の姿は見えない。
遠くへ行ってしまったのかと女性の方に向き直ると、鳥羽は片手で女性を支え、片手で男を捻り上げていた。
「がっ、俺はその人を介抱しようとしてただけで……」
「言い分は後でちゃんと調書取りながら聞きます」
「ち、くしょう……」
『コドクグモン』
「メモリの現行犯も成立。すみません、代わりにスマホとこの人支えててください」
『こちら小林』
「こちら鳥羽、痴漢事案発生。被害者は意識があるが顔面蒼白、犯人のメモリ名『コドクグモン』から、毒を盛られた可能性あり。犯人を取り押さえたものの、脚が多く満足な拘束ができていない。被害者の介抱も居合わせた一般人に応援と救急を要請する」
子供程のサイズの大蜘蛛に変化した犯人の八本の足を手錠と浴衣の帯を使って拘束しながら、鳥羽は便五の掲げたスマホに向けて話しかけ、もうちょっとだけお願いしますと頭を下げた。
「……姫芝。こんなところで何してるの」
同級生の女子を見つけて便五から離れた猗鈴がおもちゃの森田の屋台へ着くと、そこには姫芝と車椅子に乗って、小さなザッソーモンをぬいぐるみのように抱えた永花がいた。
「戦うつもりはありませんよ」
懐のベルトに手をかける猗鈴に、姫芝は懐からザッソーモンのメモリを取り出すと、それをぽいと猗鈴になげた。
「少し、彼女と話してきます。待っていてくださいね」
屋台の裏手側に回った姫芝に、猗鈴は毒気を抜かれて大人しくついていく。
「……事情を聞かせて」
「永花さんは、組織の顧客です」
猗鈴は即座にメモリを持ってない方の手で杉菜の首を掴んで、木にその身体を叩きつけた。
「ここからの発言は慎重に、言葉を選んで話して」
「……永花さんはメモリを使わないと死んでしまう」
「なぜ」
「わからないんです。症状としては毒物を服用させられているような状況に近いものの、入院しても治らない。検査しても毒が出てこない。腎機能や肝機能にも問題がない」
「それで、何故メモリを?」
「今の彼女はまともな食事を取ることさえ身体に負担がかかる状態です。でも、メモリを使えば一時的にデジモンの身体になる。その状態でならば、症状は進まない。加えて、彼女のメモリ、シェイドモン は寄生するデジモン。消化吸収の負担を他者に任せて元の身体への負担を少なく大量のエネルギーを吸収できるし、メモリの解除時に肉体も最適化される」
「……つまり、姫芝はあの膝の上のザッソーモンは点滴みたいなもの?」
そう言って、猗鈴は手の中のザッソーモンメモリを見た。話が本当ならば、姫芝は既にザッソーモンメモリを使っている。だとすればこれは予備に過ぎないし、ザッソーモンメモリは最も安価なメモリの一つでもある。
「そういうことです。シェイドモンは宿主の心も栄養にできる。私が代わりに食べることで、彼女は食事の楽しみを追体験もできる」
「……治す方法はそれしかないの?」
「それはむしろ私が聞きたいことです。例えば、ウッドモンの能力で見つけられない毒物を吸い出すことはできませんか? いや、できなくても例えばその能力を通じてシェイドモンメモリを使わせずに栄養点滴より多くのエネルギーを補給できるだけでもかなりマシです」
「……姫芝、あなたは」
「私は、永花さんの未来を守りたい。何かに歪められる人生なんて……」
「杉菜お姉ちゃん、何してるの?」
その声に、猗鈴は静かにみえにくいように手を引いた。
「何もしてませんよ」
姫芝は、永花に対して、そう微笑み返した。
「あれ、美園の姉ちゃん知り合いなの?」
「千歳くんこそ、知り合いなの?」
「あ、うん……まぁ、ちょっとね。一年ぐらい前に、結婚するって約束した」
そう言って、千歳は顔を赤くした。
「……なかなか千歳くんもすみにおけないね」
顔を赤くしてえへへと笑う千歳に、杉菜が永花を見ると、永花は喜びながらもなんとも言えない切なげな顔をしていた。
「……姫芝。さっきの話、とりあえずうちの上司に相談はしてみます。病院の名前教えてください」
「わかりました」
そう言って、姫芝はメモに電話番号とメールアドレスを書き込んで猗鈴に渡した。
「あなたのアドレスは知ってるので、こっちの知る詳細は送ります」
「じゃあ、千歳くん。私大会のエントリーの仕方知らないんだけど、教えてくれる?」
「まだしてなかったの! もう締切間近だよ!」
猗鈴と千歳が屋台の表へと回ると、姫芝は永花の後ろに回って車椅子を押す。
「……ねぇ、杉菜お姉ちゃん。顔見たら私、言えなかったよ」
杉菜を見上げる顔は影のように黒く、ところどころに傷の様に幾つも開いた裂け目からは赤い眼がのぞいていた。
杉菜が分身を出しながら人の姿を維持しているのと同じ様に、永花もまた、シェイドモンのメモリを使用した上でここにいた。
「……なら、覚悟するしかないですね。ちゃんと治す覚悟を」
「そんなのうまくいかないよ」
「うまくいかせます」
「絶対無理だよ、杉菜お姉ちゃんが優勝するぐらい無理」
「なら、私は優勝します」
杉菜の言葉に、永花はそんなのと言いかけて、杉菜が本気で言っているのを感じて押し黙った。
「本当に……? 本当に優勝できる?」
「約束します。だから、私が優勝したら永花さんも諦めないでください」
子供の部が終わり、大人の部が始まった時、二人だけ空気が違う人間がいた。
一人は杉菜、そしてもう一人は杉菜の表情から何かを感じ取った猗鈴である。
「やけに気合入ってるけど、美園さんどうしたの?」
受付に間に合わなかった便五がそう千歳に尋ねると、千歳もわからないと首を横に振った。
「この戦いになにかを賭けている人がいる。私は、それに応えなきゃいけない」
な、わからねーだろという千歳に、便五もうんと頷いた後、でも真剣な猗鈴の顔を見てちょっといいなと頬を染めた。
小規模大会故、決勝まではあっという間だった。
トーナメントを勝ち上がった一人は当然姫芝、もう一人も当然猗鈴だった。
「……すげぇな姉ちゃん。始めたばっかでいきなり決勝だぜ」
「うん、スギナさんの方も見たことない人だけど、かなり技巧派な立ち回りをしている。でも、美園さんは立ち回りはそこそこだけど、ドロー運が天才的。『卵』デッキはどうしたってカードが腐りやすいデッキなのに……」
「……なにをかけているのか知らないけれど、負けるつもりはないから」
「それでいいです。譲ってもらった勝ちじゃ意味がない」
互いのデッキをシャッフルし、プレイマットの上に乗せると、お互いのデッキがぽわっと光り、テーブルの上を小さな光の粒が走った。
「……今のは、何」
「決勝用の演出?」
「マイスター、手が込んだ仕掛け作ったな……」
「マジでマイスターいつ仕事してるんだよ……」
猗鈴は周りの声を聞いてそういう仕込みかと納得したが、姫芝はそうじゃないと気づいていた。
自分の鼓動と別にデッキから感じるそれは、デッキの海に沈むなにかの息遣い。自分を引けと囁いている姫芝の切り札。
「……姫芝、ぼーっとしないで」
猗鈴に言われて姫芝は最初の手札を引いた。
「兄ちゃん、この勝負、どっちが勝つだろう」
「デッキ相性は互角かな。『卵』デッキは『卵白騎士団』の強力効果が出せるまでがネック。でも、『雑草今生』デッキも速攻には向かないし、お互いに明確な弱点は少なく、わりと汎用性あるデッキだから弱点を突くのは難しい……」
「いや、でも『卵白騎士団』デッキの主力除去手段は効果破壊だもん。フィールドから墓地へが条件とちょっと重いけど効果は強力な『雑草今生』の杉菜お姉ちゃんが相性有利のはず!」
「確かに、美園さんが『卵白騎士団』だけで戦うつもりならね」
便五の言葉に、永花はえっと呟いた。
「私はコストとして山札の上から一枚除外して『終末埋立地ヴァルハラ×××』を発動。このカードが場にある間、お互いの墓地に送られるモンスターはこのカードの下に重ねられ、その枚数に応じて効果が発動する」
猗鈴はそう言ってカードを一枚手元に置いた。
「そんな、墓地封じカードだなんて……これじゃ杉菜お姉ちゃんのデッキはただの紙クズになっちゃう!」
ターンエンドと猗鈴がターンを渡すと、姫芝は真剣な顔で一枚ドローし、『終末埋立地ヴァルハラ』を墓地に送ってそのカードを場に出した。
「相手の場に出された呪文カードをリリースして、『行きずり大根』を特殊召喚」
「やっぱり、姫芝さんも対策はしている。デッキ的にはこれで大体互角ってとこかな……実力的には姫芝さんが上、だけど美園さんの引きの強さはイカサマレベル……この勝負、目が離せない!」
便五が興奮気味にそう言うと、不意に二人を囲む子供達の輪をかき分けて、一人の女が進み出てきた。
「……なにか、用ですか?」
青山がそう聞くと、女は不意に懐からメモリを取り出すとそのボタンを押した。
『コドクグモン』
それを見て、猗鈴は女の手首を掴み、捻り上げながらその身体を地面に叩きつけると女の手からメモリを取り上げた。
「米山くん、警察に通報。デジメモリ犯罪対策室ってとこに……」
「わ、わかった。鳥羽さんとかいう人のいるとこだよね?」
「そうですそうです。呼ばれて飛び出て私、デジメモリ犯罪対策室の鳥羽です」
いつの間にと猗鈴が言うと、決勝戦始まった頃からと鳥羽は答えた。
「米山さんがさっき捕まえた痴漢の話は聞いてますか?」
「……痴漢捕まえてて遅れたの? 女子と話してたんじゃなくて?」
「え、あの子達とはすぐ別れたよ?」
「話戻しますね。彼から押収したメモリがなんかおかしかったんで、美園さんから斎藤博士に相談してもらえないかなぁと思ってたんですよ」
鳥羽はそう言って猗鈴の手からコドクグモンのメモリを奪うと、えいと指で押し潰した。
「……灰になった?」
「えぇ、そして……さらに光に溶けていく。まぁ、人間の世界由来の物質ではあり得ないってわけです」
くわえて、と鳥羽はスマホの画面を猗鈴にだって見せた。そこには公竜が映っていた。
『こちらでの取り調べによると、痴漢男は、今日、何者かにそのメモリを挿されて初めてメモリを使ったそうです。おそらくそこの女性もそう、何者かがデジモンの能力でメモリを複製して通り魔的に挿している可能性がある』
しかも、と公竜はさらに続ける。
『今日使用したにしては精神汚染がひどいので、犯人の複製は精神汚染が副作用としてではなく、機能として強化固定されている可能性もあります』
「つまり、挿された人間は何かしらの犯罪に出るメモリを挿す通り魔がいるという状況?」
『断言はできませんが、そこでも起こった以上そう見ていいでしょう』
警察官のパトロール人員を増やせないか今手を尽くしてますと公竜は言った。
「……私としては×モンの試合見たかったですけどね」
相手も逃げちゃいましたしと鳥羽は残念そうに言った。それを聞いて猗鈴が姫芝のいた筈のテーブルの対面を見ると、もう杉菜の姿はなく、永花の姿もなかった。
「ねぇ、杉菜お姉ちゃん、なんで? なんで逃げたの?」
「警察が売人の私を見つけたらきっと犯人と疑うでしょう。事件が解決するまで一旦身を……」
並ぶ屋台を見下ろせる近くのビルの屋上へと移動し、杉菜は
そこから祭りを見下ろした。そして、それを見た。
まず、人の群れの中に一体の蜘蛛が現れた。そして悲鳴が上がり、騒ぎになったと思ったら、また別のところで誰かが蜘蛛になって屋台を襲い出した。悲鳴が騒ぎが大きくなるとそれに呼応するかのように潜伏していた誰かが蜘蛛になっていく。
さながらパニックホラーの如き情景で、このままでは花火大会なんて行われるわけがないのは目に見えていた。
でも、杉菜が分身して止めに行けば、警察や猗鈴が行くまで被害を抑えれば、もしかすると永花は花火が見られるかもしれない。千歳の横で、見られるかもしれない。
「……杉菜お姉ちゃん、最近街にヒーローが出るって噂知ってる?」
「ヒーロー……」
「仮面をつけたヒーロー」
「……私は、知りません」
杉菜は嘘を吐いた。でもそれは、寄生している永花には筒抜けだった。
「……あの美園さんって人がそうなんだ。お姉ちゃんは、杉菜お姉ちゃんは勝負から逃げて、私に嘘を吐くの? あの人に、お姉ちゃんこのままだと負けちゃうよ?」
杉菜は、永花から目を逸らしたくなった。潜伏するならば、永花の安全を考えるならば今が最善なのに、それが今はひどく後ろめたい。気分が悪い。
もっとできる筈だと限界から先へと自分を鼓舞することは杉菜にはよくあったが、その限界の手前で燻るのは久しくない経験だった。
「行って、杉菜お姉ちゃん。大事な時には負けないんでしょ」
永花の頬を涙が流れ、杉菜は思わずそれを手のひらで受けた。
「……わかり、ました」
杉菜の手のひらが光り、ぼこぼこと泡立ち、分身のザッソーモンが現れる。そしてそのザッソーモンは、ビルの屋上についた蛇口を捻り、そこから溢れた水を杉菜へとぶっかけた。
「約束、しましたもんね」
うんと永花は頷く前で、杉菜の姿は人のものからザッソーモンのものへと変わり、その身体中がぼこぼこと泡立って分身を生み出していく。
「では、永花さんはここに。私は犯人を捕まえてきます」
分身のザッソーモンを二体残して杉菜はそう言って屋上の端に足をかけた。
「犯人の場所がわかるの?」
「大体なら……今も、蜘蛛が増えているところを探せばいいんですよ」
杉菜はそう言って、ザッソーモンの姿になると蔦になった腕を電柱に巻き付けてビルの屋上から、今もコドクグモンが増え続けている地点を目指して飛び降りた。
それに続いて、姫芝の分身のザッソーモン達が続々と屋上から飛び降りていく。
人混みを掻き分け、屋台の上を飛び跳ね、コドクグモンの元へと辿り着いた分身達は蔦を巻き付け頭に齧りつき、コドクグモンの動きを止める。
コドクグモンに噛みつかれても、その毒はザッソーモンという種の体力から見れば大したダメージにならない。
締め上げる力は弛まず、コドクグモンは逃げることもできない。
「……そういうことね」
『ウッドモン』『ブランチドレイン』
猗鈴は伸ばした棍で人混みの隙間を縫って伸ばした棍でコドクグモンを地面に縫い付け、そう呟いた。
「米山くんは子供達がパニックで逃げ出さない様に」
そう言いつつ、猗鈴は人混みから飛び出してきたコドクグモンに対し、カウンターの拳を顔に叩き込む。
「ザッソーモンって大西さんの報告書だと敵だった様な……まぁ、公竜さんは人混みだと格闘しかできないし、ありがたいんですけどね」
浴衣の袖と腕を蝙蝠の羽の様にした鳥羽は、空からそう呟くと、ザッソーモンが捉えられてないコドクグモンのところへと飛ぶと、その袖に付いた突起をコドクグモンに突き刺し、数秒経つと口をモゴモゴさせ、口から何かを吐き出した。
鳥羽の吐き捨てた液体は壊れたメモリに変わると、そのまま灰になり、光に溶ける。
「公竜さん。緊急事態だし、『吸血』してますけどいいですよね?」
『好きにやれ、鳥羽。この規模と状況、僕は前線に出る余裕がない。警察官達の指揮に専念する』
「やっぱ公竜さんその方がいいですよ。わけわからないベルトより、私のマントの方が公竜さんの顔見えますし」
鳥羽の言葉に、公竜は答えずに通信を切った。
14話に続いて15話で追い付いた夏P(ナッピー)です。
ソリッドビジョン!? 海場コーポレーションが完成させていたのか!? 前回も大概でしたが、それにも増してガチにも程があるレベルでカードゲーム回だった。シュタインズ・ゲートのフェイリス編を思い出すレベルでヤバいぜ! というか、噛ませとか尻彦さんとか言ってきましたが姫芝サン熱いヒーロー過ぎる。伊達さんいるけどやっぱり君が2号ライダーだ! 既にヒーローであるものとヒーローになろうとするものの対比! 仮面ライダーアギトだ! そして鳥羽さん何だかんだ言ってお役立ちキャラじゃねーか!
そして相変わらず便五クン悲惨。いやでも気付いたら巻き込まれてシレッとしてるのはある意味で我が友カ・ガーミン的な有能なのか……? 永花サンは今回のラストできっと──と思ったら、あとがきで真実とか凶悪なワードが待っているので不安、というか不穏。
それでは次回もお待ちしております。
あとがき
姫芝さんもワイズモンの人も真面目なので、ある程度バトルにのめり込むとツッコミがなくなっていくというバグ。
本当は、いすずさんと姫芝さんの勝負の中身も考えてたんですよ。でもね、カードの勝負一回挟むとめっちゃ長くなるんです。いすずさんがお姉ちゃん似のカードをリリースすべき場面でリリースできなくて、引いたカード的に勝てていたのに負けちゃうみたいな展開を。過去を踏み越えていく姫芝と、姉が死んだ過去を受け入れきれないいすずさんの対比になるやつ。
便五くんは若干事件ホイホイのきらいがあります。可哀想ですね。
鳥羽さんも吸血鬼。敵も味方も吸血鬼編なので、多分。
次回は、永花さんの真実。
おまけは鳥羽さん
「ボクは渾身のゲームデザインをした! 最高のゲームを作り上げた! ボク達のゲームはこの街から人気を博していつかは世界へと羽ばたいていく筈だった! でも……この街も、ボク達の作品もボク達を裏切った!」
「それがどうして花火大会をめちゃくちゃにすることに繋がるんですか」
大きな鞄にコドクグモンのメモリを大量に入れたその男は、杉菜に一回顔を引っ叩かれると、涙目で逃げ出した。
明るい屋台の群れから離れて暗い雑木林の中へ、その男を杉菜も追って走っていく。
「これは手始めなんだ! この街の魅力を、良さを、全て奪ってやる!」
「……小物の割にまあまあな野望ですが、あなたの矮小な野望よりクライアントの希望が私は大事なんです」
「ぐぅぅ……でも、暴力なんて卑怯だ! 良くない!」
「メモリ挿して回ったやつがいう言葉じゃないですよ、それ」
自分も他人のことは言えないのは承知の上で、杉菜はそう返した。
「ボクとゲームで勝負しろ! ボクの世界へ来い!!」
『ワイズモン』
男は利き腕と逆の手にメモリを挿すと、ローブの奥に姿を隠した魔人、ワイズモンへと変わった。
ワイズモンが地面をバッと手を前に出すと、杉菜の目の前に赤と黄の時空石が飛んできて眩い光を放った。
光に目が眩んだ杉菜が目を開くと、そこは白い空間で、ただお互いの前に白いテーブルがあるのみだった。
そして、ワイズモンが取り出したのは×モンのカードだった。
「どうせ、ボクのゲームなんて持ってないだろうから、君の為にここにカードの複製を……」
「必要ありません。私には私のデッキがあります」
杉菜はそう言って懐から自分のデッキを取り出した。
「……いいじゃん!! 君のこと好きになってきたかも!!」
「私もちょっとだけ見直しました。こんなことしてなかったら素直に尊敬できましたけどね」
二人はそれぞれデッキから規定数の手札を手に取る。
「……ッ!?」
手札を引いた瞬間、杉菜はこれが普通のデュエルではないと理解した。カードのモンスターの一つ一つから脈動を感じ、デッキ全体が眩く光を放ち出す。
「これは……」
「え、知らない……なにそれ……」
「カードが私に応えてくれている……」
姫芝の手の中の一枚のカードが淡い光を放つと、姫芝の前の白いテーブルは背中に草を生やしたドラゴンに変わり、その背中に広がった巨大な二葉がプレイマットになった。
「えぇ、うわぁ……ボクの空間でなんか、なんか、なに? 覚醒? されてしまった……」
だったら、とワイズモンが口にするとワイズモンの手に持ったカードも光を放ち、テーブルが黄色いヘルメットを被り、尻尾が蛇の亀に変わる。
「でも、ボクのゲームなんだよ。ボクがボク達が、生みの親なんだ!!」
ボクのターンとワイズモンは叫ぶと、手札からヘルメットを被った鳥人のカードを召喚した。
「『架空電設のハルピュイア・アエロー』を召喚! 効果でデッキから『架空電線《イマジナリーパンデミック》を発動!」
ワイズモンの言葉に合わせて、地面から何本もの電柱が建ち、その間を紫色の毒々しい色の電線が蜘蛛の巣の様に張られていった。
「『架空電設』のテーマは伝説上の生き物を電線を繋ぐ様に繋いでいくというもの! さぁ、ここからじゃんじゃん特殊召喚してくぞ!」
そう言って、ワイズモンは架空電線のカードを見せながらふふふと笑った。
「『架空電線』の効果で、場にある『架空電設の』モンスターのカード名をテキストに含むモンスターを好きなだけ、但し同名モンスターは一体まで。デッキから特殊召喚する! 『架空電設のハルピュイア・オーキュペテー』!『架空電設のハルピュイア・ケライノー!』の二体を特殊召喚!」
ふふん、と笑いながらワイズモンはさらに二体、ヘルメットを被ったハーピィを特殊召喚する。
「『架空電設のハルピュイア・オーキュペテー』の効果は『架空電設の』カードのサーチ……『架空電設のヒュドラ』を手札に加える。そして本命! 『架空電設のハルピュイア・ケライノー』の効果で、手札から『架空叙情詩アイネーアス』をコスト無視で発動!」
杉菜は、ぐっと歯噛みした。杉菜のデッキには本来なら手札からこの動きを止められるカードがある。しかし、今はそのカードが手札になかった。
「『架空叙情詩アイネーアス』の効果で、手札から攻撃力2400の『架空電設のの女神ウェヌス』を特殊召喚! また、場の『架空電設のハルピュイア』三体をリリースすることで更に効果を発動。デッキから攻撃力2900『架空電設のの女神ユーノー』を特殊召喚! そして、『架空電設のの女神』が二体いる時、手札から攻撃力3200『架空電設のの主神(しゅにん)ユピテル』×××を特殊召喚し、一枚手札からユピテルの下に置くことができる」
ふはははとワイズモンは笑いながら、三体のヘルメットを被り重機に乗った神々しいモンスターを場に並べた。
「『ウェヌス』が場にある限り、戦闘も効果もモンスターを破壊する場合、お互いは破壊する代わりにダメージを受ける。『ユーノー』が場にある限り、君は自分のターン中モンスターの召喚特殊召喚はできない。そして、『ユピテル』がある限り、『架空電設の』モンスターは相手の呪文の効果を受けない!」
「これでボクはターンエンド。次のターンに総攻撃で終わりだ」
「なるほど、つまり、あなたのターン中ならいいわけですね。ターンエンドの宣言にチェーン」
杉菜はそう言いながら、手札のカードを一枚見せた。
「手札から『侵略生命態クズ』の効果を発動します。この効果は、相手が五体以上のモンスターを召喚したターン、相手の場のモンスターを全てリリースして発動できる。このモンスターの攻撃力守備力を発動する為にリリースしたモンスターの合計値、今回は8500とし、相手のフィールドに特殊召喚する。その後、自分のフィールドに攻撃力0のクズトークンを一体召喚する」
ワイズモンのフィールドの三つの重機を足元から緑色の葉が浸食し、覆い、一体の巨人を形造る。そして、杉菜の目の前にも一体の緑の小人が現れる。
「……えぇ、遊戯◯じゃないんだからさ、そんなカードがまともに機能する程回るテーマなんてほとんど作ってなかった筈なんだけど」
「……小学生でも普通にそれぐらい回せますよ」
永花の顔を思い浮かべながら杉菜は言う。
それに対し、テストプレイが足りなかったかなと言うワイズモンに、杉菜は私のターンでいいですかと確認した。
「では、ドロー。私はクズトークンをリリース。攻撃力0『雑草蛇妖・毒蛇魅』を召喚!」
杉菜の目の前の小人を地面に引き摺り込みながら、半人半蛇の緑の女性モンスターが地面からずるりと這い出てくる。
「『毒蛇魅』は戦闘ダメージを相手に押し付ける。8000超えのクズトークンお合わせて後攻ワンキルが狙いか!?」
「急ぐんですよ、こっちは」
バトルと杉菜が言うと、『毒蛇魅』が緑の怪物に向けて噛み付こうとする。
「でも、そうはさせないんだなぁ! その攻撃宣言にチェーンして墓地の『架空電設のヒュドラ』の効果を発動!」
『毒蛇魅』の齧り付こうとした緑の巨人がボロボロと崩れて消え、その牙は空をかいた。
「この効果は一回の勝負で一回しか相手ターンに発動できないんだけど……自分の場の表側表示のカードを一枚リリースしてこのモンスターを特殊召喚する。そして、相手の場のカード一枚を破壊する……『毒蛇魅』を効果破壊!」
ワイズモンのフィールドに、数多の首を持ちその全てにヘルメットを被った蛇が現れ、『毒蛇魅』の首筋に噛み付いて破壊した。
「……『毒蛇魅』は破壊された時、手札から『毒蛇魅』以外の『雑草』モンスターを特殊召喚し、相手の場のカードを一枚破壊できる。『雑草鳥妖・痛鳥』を特殊召喚し、『架空電線』を破壊。『毒蛇魅』の効果で召喚されたモンスターはこのターン攻撃できない……」
そして、と杉菜は手札から一枚のカードを取り出した。
「私は、このターン『毒蛇魅』が相手の効果で破壊されているので『雑草満囹圄』を発動。相手フィールドの使ってないモンスターゾーン全てにデッキから『雑草』モンスターを山札の上をめくって相手に見せ、出た順に特殊召喚する」
杉菜は七枚のカードをめくって、四体のモンスターを特殊召喚し、『雑草』モンスターじゃなかった三枚のカードをデッキの一番下に戻した。
「二枚のカードを伏せて、ターンエンド」
「……ふふふ、楽しいなぁ。ボクはこんな風に色やな人達にゲームを楽しめてもらえればそれでよくってさぁ、夢を叶えてオリジナルカードを親友達と発売したんだ」
そう言いながらワイズモンは山札から一枚ドローした。
「でも、夢は夢のままが幸せだったんだよ」
そう言うと、ワイズモンは場の『架空電設のヒュドラ』の上に指を置いた。
「『架空電設のヒュドラ』の効果を発動。手札から、『架空伝説のヒュドラ×』を特殊召喚扱いとしてこのカードの上に重ねることができる」
『架空電設のヒュドラ』の頭がぐちぐちと音を立てて変形して、人間やどこの星のものともしれない生物達の頭を持ったスライムの様な姿になった。
「『架空伝説』カードは本来第二弾で出す筈だったんだ。一段でぽしゃったから見本分しかないし、想定してたメタカードは流通してない」
「……あなたは、もうカードは作らないんですか?」
「作らないね、作れたとしても作らない。君は自分の努力の結晶がゴミ箱に大量に捨てられている様を見て頑張れるかい?」
ワイズモンの顔は暗くて表情さえ伺えないものだった。
「ボクはね、子供の頃から夢だったんだ。ボクのゲームを、みんなが遊んで楽しんでくれる。その為にできることはなんでもやったよ。美大は奨学金、美大に入る為の予備校とか通う為に親はお金を出してくれなかったから、朝から晩までバイトして、それでも足りないからいわゆるママ活なんかもした」
若ければいいってやつはいくらかいるんだよとワイズモンは続ける。
「今のボクはね、自己破産して家族に合わせる顔もなくなってね。奨学金の支払いも当然できなくて、頼れるのがその昔の縁だけになってさ、でも若さももうないボクだから、ペットシッターをしているんだ。高校生を金で買う様な女の買ってる犬の糞を始末したり自分の食事より高価な犬のエサを作るのが今のボクの仕事なんだ」
夢は夢のままがよかった。とワイズモンはさらに続ける。
「夢を追っている時は苦しくてもその存在が支えだった。でも、今はもうそれを思うだけで苦しい。過去の自分と向き合いたくない」
喋りすぎたかなとワイズモンは言った。
「『架空伝説のヒュドラ』の効果を発動。自分の墓地の名前に『神』を含む『架空電設』カードを含めて『架空電設』カードを5枚、自分の場のモンスターを5体、デッキトップから5枚、全てをゲームから取り除き、デッキから『架空伝説の神・白痴の魔王アザトース』を特殊召喚する」
ワイズモンの足元から、おぞましい黒い泡がぶくぶくと溢れて宙に浮く。特定の形はなく、単なる泡。何とも言えないただおぞましくただ恐ろしいだけの泡。
「『アザトース』の攻撃力は5000で最高峰。このカードは他のカードの効果を受けず、リリースされない。そして、このカードがいる限りボクはダメージを受けず、このカード以外のボクの場のカードを攻撃もできないし効果の対象にも取れない。もう終わり、『痛鳥』は破壊された時、相手の場のモンスターを破壊してその攻撃力の半分を効果ダメージとして与える効果があるけど……それも意味ない」
バトル、とワイズモンが言うと、黒い泡は杉菜の場の『痛鳥』を飲み込んで消した。
あーあ、現実もこうだったらいいのにとワイズモンは言った。
「全ては絶対的な神の見る夢で、世の中の成功者も楽しんでるやつも君もボクもその神の目から見たら目くそ鼻くそ、目が覚めたら消えるだけの塵芥」
そうしたら、とワイズモンは続ける。
「そうしたら、ボクの過去もその失敗も、全部どうでもいいものに思えるのに」
その呟きに、杉菜は胸の中で沸々と怒りが湧き上がるのを感じた。
「……君の夢はなんだった?」
ふと、そう問われて杉菜の怒りは行き場所を失った。
杉菜の夢、人の心を動かせる様になりたいと杉菜は中学生の頃に王果に言った。でも、なんで人の心を動かせる様になりたいと思ったのか、本当になりたかったのは何か。
それを、ふと杉菜は思い出した。
「……私の夢は、ただ、敵を倒すだけじゃなくて誰かの涙を拭いて、前を向く手伝いができる。そんなヒーロー。テレビで見たヒーローでした」
中学にもなればそんなのはいないと知る。だから、せめて人が前向きになれるよう、心を動かせる存在になりたかった。それができるならば、スポーツ選手でもなんでもよかった。
王果が凶行を打ち明けてきた日までは、力なんて要らなかった。
「その夢の果てに、君もメモリなんて使ってるんだからどうしようもないね」
怒りの理由に杉菜は気づく。それは、その男の裏に見え隠れする杉菜自身。手段を選ばなかった、必死にやった、でも、側から見れば落ちぶれていくのも当たり前にしか見えない。
メモリの力を自分の力みたいに思って、より強いメモリを求めて自分自身をよくすることを怠って、都合悪いことから目を背けた。
「……確かに、今までの私はどうしようもありませんでしたね」
でも、と、杉菜は伏せてあったカードをめくった。
「『怒今生』を発動。ターンに一度、『雑草』モンスターが破壊されたターンにのみ発動できる。私はデッキの上から二枚のカードを墓地に送り、三枚目のカードが『雑草』モンスターだった場合は特殊召喚し、違った場合は先に墓地に送った二枚の中のモンスターの数×2000のダメージを受ける」
「……それ、本来デッキトップの操作するカードと合わせて使うやつでしょ? 失敗したら、次の僕のターン、『架空電設』のモンスターが何体か出たらおしまいだよ?」
「いや、引きますよ。このデッキは、永花さんの為なら私に応えてくれる。組織で腐るだけだった私と、倉庫で眠るだけだったこのカード達、どっちも再生させた彼女の為に」
そう言いながら杉菜が墓地に送った二枚は『雑草』モンスターだった。
「来るわけない、そう都合よくいくわけない! モンスター以外を引いて自爆するのがオチだ!」
そしてめくった三枚目は杉菜の手の中で眩い光を放つ。
「……萌えろ草木! 燃やせよ魂! 大地もコンクリも突き破り、ここに現れるは全ての雑草の頂き!! 『雑草王蛇・愛亜蛇榴(アイアタル)×××』!!」
口上を杉菜が叫ぶと、地面が隆起して全身に数多の雑草を生やした大蛇が現れ、その顎をぐぱぁと開けた。
「なんだよそれ、なんだその目は! 君だってメモリなんか使ってるのに、なんでそんな真っ直ぐこっちを見れる! 君もそうだろ!? ヒーローになれたか? メモリがあってさえそんなん無理だろ、ボクの夢よりよっぽどひどい!!」
「なれるかじゃない、なるんです。私は救いたい人がいる、自分の罪や失敗から目を背けていじいじしてる暇なんてないんだ!」
ちくしょう、ターンエンドだとワイズモンは吐き捨てた。
「私のターン」
そう言って杉菜はドローした。
「『雑草王蛇・愛亜蛇榴』のパッシブ効果は四つ。セメタリーの『雑草』カードの数までモンスターに攻撃できる。このカードは相手との戦闘・効果で破壊されない。自分がこのカードの戦闘で受けるダメージの半分を相手は受ける」
そして最後が、と杉菜が話し出すと、『雑草王蛇・愛亜蛇榴』の目が赤く光り、その身体に生えた雑草達がメキメキと成長していく。
「セメタリーの『雑草』モンスターの数×(200×C)、ATKを上げる。私のセメタリーには『雑草』モンスターは8体、元が0なので1600」
「ふん、残念だったね。私の『架空伝説の神・白痴の魔王アザトース』の攻撃力は5000、本来なら3400×8も食らうなんて致命傷だけど、『アザトース』がいる限り私はダメージを受けない!」
杉菜はそう言うと、伏せてあったもう一枚のカードを取り出した。
「『今生論』を、発動」
やばっとワイズモンは呟いた。
「このカードはセメタリーに『雑草』カードが五枚以上ある時にのみ発動可能。そしてこのカードを発動したプレイヤーは以外、セメタリーから発動する効果を発動できない。その代わりに、デッキからセメタリーに9枚の『雑草』カードを送り、場の×を持つ『雑草』モンスターに対して墓地から『雑草』モンスターを下に重ねられるだけ重ねることができる」
「セメタリーに雑草モンスターが17枚!?」
「いや、違います。うち3枚は『愛亜蛇榴×××』の下に集う」
「『雑草』モンスター14×(200×3)だから……8400!?でも、『アザトース』を貫通しても所詮3400、私のLPは十分残るし、後からバウンスなり除外なりいくらでもできる!」
「できませんよ、今、このカードを引きました。『今生の別れ』を手札から発動。このカードは三種類の定められた『雑草』モンスターから墓地にある一体を指定して発動できる。私は『毒蛇魅』を指定」
そう杉菜が言うと、デッキからシュッと一枚のカードが飛んでワイズモンの場に置かれた。
「ドクダミの花言葉は自己犠牲、『毒蛇魅』を指定した時の効果は、デッキから『毒蛇魅』を効果を無効にして相手の場に特殊召喚するというもの」
「……なんだこれ、ボクはちゃんと最強のカード出したのに……」
「バトル。『愛亜蛇榴』で『アザトース』に攻撃します。立ち塞がる絶望も闇も白痴の魔王も全て呑み込み、なお前へ!」
そう杉菜が叫ぶと、愛亜蛇榴はその顎門を大きく開き、無限に広がらんとするアザトースをも吸い込み、呑み下した。
ワイズモンの場に残ったのは、攻撃力0の『毒蛇魅』ただ一体。
愛亜蛇榴のその口から吐き出した青い炎は、『毒蛇魅』諸共ワイズモンの身体を焼いた。
「あ、ああああああぁ!!」
その空間にひびが入り、慌ててカードを回収した杉菜は、放り出されるようにその部屋から出てきた。
次いで出てきたワイズモンは、全身から煙を上げながら膝をついた。
「……この花火大会の直前に、ある屋台で×モンの大会をしてました。私はその為に今日デッキを持ってきてたんです」
「そんな、じゃあボクは……喜んでくれる人がいたのに……その人達を……」
「えぇ、私のクライアントなんて今日だけ特別に退院して大会に来てたんです」
杉菜の言葉に、ワイズモンは顔を上げると、パンと軽い音を立てて手を叩いた。
「……これで、複製したメモリは全部消えた。ボクも、やり直せるかな」
「きっと、やり直せますよ。あなたも、私も」
組織とは縁を切ろう。杉菜はそう決めたが不意に足から力が抜けて、そのまま倒れ込んだ。
「……まずはここから頑張ってみるかな」
ワイズモンは立ち上がって杉菜の身体を背負うと、暗い雑木林の中から、煌々と輝く花火大会の屋台の光の方へと歩き出した。