「柳さん、今日は学長との間を取り持ってくれてありがとうございます。まさか頼んですぐに会えるとは思いませんでした」
「いいよいいよー、夏音さんのこと知りたいのは私も同じだもん。若草学長に関してはさ、今日は大学にいる日だってことは学生みんなに公開されてたしね」
友達のことだからねという真珠に、猗鈴は少し微笑んだ。
「実は、それだけではないんです。昨日、別れてからすぐに起こった騒動を知ってますか?」
「あー……うん。直接見てはないけど、なんか色々出たんでしょ? でっかいロボみたいなのとか、なんか緑の小さいのとか、あと、悪魔みたいなやつとか」
「そうです。実は姉さんがそれに絡んでいて……その内の一体がこの大学の教職員か学生に化けているらしいんです」
「……そんな、いや、信じるよ」
一瞬真珠は動揺したが、すぐに何かの覚悟を決めた様でこくりと頷いた。
「あ、もしかして学長に会いたがっていたのも……その悪魔を追って?」
「そうです」
猗鈴が頷くと、ちょうどエレベーターが止まった。
「学長はこの階にある、教授としての自分の個室にいるわ」
そう言って真珠は先導して歩いていき、その部屋の扉をノックした。
「柳です。昨日メールしたように美園さんの妹を連れてきました」
「どうぞー」
「……失礼します」
部屋に入った猗鈴が見たのは、人の良さそうなお爺さんといった雰囲気の男性だった。彼が学長の若草だということは大学のホームページで見て知っていたが思ったよりも人の良さそうな顔に少し猗鈴は驚いた。
「本日はお時間作って頂きありがとうございます」
猗鈴がそう言って頭を下げると、不意に若草は真剣な面持ちに変わった。
「堅苦しいことは抜きにして、本題に入ろうじゃないか」
「……あなたがメフィスモンですか?」
「いや、違う……私は彼についていくのは疲れた。魔術で情報を口に出せないよう縛られ、不本意な肉体に閉じ込められる。そんなのはもう終わりにしたい」
若草はそう苦々しげな顔でつぶやいた。
「と、いうと」
「私が知る限りの彼らの企みについての情報を渡そう。この大学の名義で借りている倉庫がある。そこに案内する、もしかしたらその先の行き先についての手がかりが残っているかもしれない」
「それはどこですか?」
「二人ともついてきなさい。大して遠くない」
若草に導かれて車に乗り込み、着いた先は大学から車で数分のところにある倉庫だった。
「ちょっと靴紐が解けてしまった。鍵を渡すから先に行ってくれ」
倉庫の入り口で若草から鍵を受け取ると、猗鈴と真珠はシャッターの鍵を開けて中に入った。
「猗鈴ちゃん、アレ!」
真珠はそう言って一足先に、倉庫の奥に置かれたブルーシートのかけられた大きなものへと近づいていった。
「……製造機材の類は既に運ばれてる筈なので、違うとは思いますけれど」
まぁ何かヒントになるものはあるかもと呟くと、猗鈴もゆっくり奥へ向けて歩き始めた。
すると、半ばまで近づいたところで、そのブルーシートの下にキャタピラが見えた。さらに上のブルーシートの形をよく見れば、何か棒状のものにかけられた様になって見えた。
『ウッドモン』
「……猗鈴ちゃん?」
「そこから横に避けて、私とそれの間に入らないでください」
猗鈴は取り出したメモリをベルトに差し込み、変身しながらそのブルーシートの下にあるものに向けて走り出した。
直後、ブルーシートの下から耳を破壊する様な凄まじい銃撃音と共にマシンガンが放たれた。
乱射されるそれにブルーシートが飛ばされると、下から現れたのは戦車の様なデジモンだった。
ただ、不意打ちを狙って被っていたブルーシートが仇となった。適当に乱射したマシンガンは先に銃口の向きを予想していた猗鈴には当たらず、戦車のデジモン自身の視界が回復する頃には猗鈴は懐にまで入り込んでいた。
『ウッドモン』『ブランチドレイン』
戦車の装甲の間にある生身の部分へと猗鈴の前蹴りが突き刺さり、蔦が身体を覆って一泊置いて戦車のデジモンは爆発した。
その爆発に合わせてひらりとバク転して倉庫の真ん中に着地すると、猗鈴は入口の方を睨んだ。
「嵌めましたね?」
猗鈴の言葉に、ガラガラガラと音を立ててシャッターを下ろしながら若草は笑った。
「当たり前だろう。馬鹿正直にアポとって会いにくるんだから、罠にかけられる危険性ぐらいは認識しておいて欲しいね」
若草の肌が赤く変色しながら形を変える。着ていた白衣も黒色に染まり変形して翼とマントになり、手には赤い三俣鉾まで現れた。
「……もしかしてあなたが、フェレスモン」
「その通り、周りから崩していくつもりだったなら残念だったね」
フェレスモンが鉾の石突でトントンと二度地面を叩くと、倉庫内の物陰から、さらにニ体のデジモンが現れた。
これでさっきの戦車とメフィスモンを合わせれば理事四人と学長分の数とぴったり合うことを確認して、猗鈴はなるほどと呟いた。
「そして、これで終わりなんだ」
フェレスモンが三又鉾を猗鈴に向けて掲げると、そこから何か光が弾けた。
猗鈴はそれに対して腕で目を覆うようにして庇ったが、異変が起きたのは足からだった。
パキパキと音を立てながら猗鈴の脚が石に覆われていき、あっという間に腰まで石に覆われてしまった。
「石になる気分はいかがかな? これでもはや君には何もできまい」
なおもパキパキと音を立てながら猗鈴の身体は石に覆われていき、遂には首まで石に覆われてしまった。
「……じゃあ、冥土の土産に教えてくれませんか? 製造設備がどこに行ったのか」
「ふっふっふ、それは教えられない。君には仲間がいるのはわかっている。死を覚悟した君はせめて情報だけでもと考えているのではないかな?」
「なるほど……そうした情報を知れる程あなたには立場がないんですね。それは無理を言いました。忘れて下さい」
「……なんだと?」
「近くのコンビニでデザート買ってくるぐらいはできますよね?それでいいです」
猗鈴の言葉に、フェレスモンはパチンと指を鳴らすと口までを石で覆った。
「こうすれば君は喋って復唱することもできまい! 大サービスだ、耳元で住所を囁いてやる!」
そう言うと、フェレスモンは猗鈴の耳元でボソボソと小さく住所を囁いた。
それを聞いて猗鈴は一度深くゆっくり瞬きをした。
「どうだ、これで満足したかね?」
そう得意げにフェレスモンが言うと、バキバキと音を鳴らしながら猗鈴を包む石が崩れ始めた。
「へ?」
呆気に取られたフェレスモンの首を、石の中から伸ばされた猗鈴の手が掴んだ。
「な……ッ? 術は確かに成功した筈……!?」
「あなたの石化能力は先に知っていました。だから、ワクチンプログラムを用意していたんです」
首を掴むのと逆の手に石片をまとわりつかせたまま、猗鈴はフェレスモンの腹に拳を何度も叩き込む。
そして、フェレスモンがうずくまると、半歩身を引いた。
『ウッドモン』『ブランチドレイン』
立ちあがろうとしたフェレスモンを、地面に這いつくばらせる様にかかと落としが突き刺さり、遅れて脚から伸びた枝は瞬く間にフェレスモンの身体を包み込む。
「わ、私がこんな攻撃で……」
身体中を覆っていく枝を、フェレスモンは力で引きちぎろうと試みる。
『ウッドモン』『クラブ』
それに対して猗鈴は脚をフェレスモンに固定したまま筒から棍を取り出すと、その先端に自分の身体を覆っていた石片を突き刺し、フェレスモンの手に突き刺した。
「ウギィイッ!」
最後にそう悲鳴を残して、フェレスモンの身体は爆発し、壊れたメモリとただの人になったが地面に転がった。
それを遠巻きに見ていたデジモン達は一瞬信じられないという顔をした後、見合わせあって後退りを始めた。
「何を固まっている」
そのデジモン達を動かしたのは、倉庫の奥から響いたメフィスモンの声だった。
「戦え!」
半ばやけくそになって襲ってくるデジモン達は、猗鈴にとっては最早脅威ではなかった。
『ウッドモン』『ブランチドレイン』
最初に飛び掛かってきた炎に包まれた巨大な猫は棍で潰す様に殴った。
次に自分のところに辿り着いた木刀二本を構えたデジモンの脚を払い飛ばした。
青い恐竜が炎を吐こうとしたら口を下からかち上げた。
最後に海亀の様なデジモンが飛びかかってきたのには棍を伸ばして天井に縫い付けた。
そして、四体のデジモンを縫い合わせる様に伸びた枝が、この一連の動きが終わると一斉にそれぞれの身体を覆っていき、一拍置いて爆発した。
すると、地面に四人の人間と四本の壊れたメモリが転がった。それを見て猗鈴は一度ふぅと息を吐いた。
「これで……ひと段落ですかね」
「……猗鈴ちゃん、お、終わったの?」
戦車がいた辺りのブルーシートの下からひょっこりと真珠が現れた。
「とりあえずは、そういうことになります」
そう言って、猗鈴は変身を解いた。
「その、実はこっちで隠れている時に気になるものを見つけて……見て欲しいんだけど」
「それも大事ですけど、この人達をこのまま放っておくわけにはいきません」
若草学長とか年ですし、と猗鈴はを抱え上げた。
「あ、じゃあせめて地べたじゃなくてこのブルーシートの上に……」
そう言って真珠が広げたブルーシートの上に猗鈴は五人を並べていく。
「じゃあ、私救急車呼ぶね」
「お願いします」
そうして五人並べ終わり、真珠が電話をかける前で、猗鈴は改めて全員に外傷がないか座り込んでチェックする。
「う……」
すると、の口が少し動いた。
「もう大丈夫です。フェレスモンは倒しました」
猗鈴がそう言い、その背後で真珠も頷く。しかし、はそれに首を横に振った。
「……メフィスモンが、いる」
「ですけど、もう大丈夫です」
「違う」
猗鈴の言葉を再度は否定した。
「君の後ろにメフィスモンがいる」
メリメリと音を立てて真珠が山羊頭の悪魔へと変わり、元の頭よりも太くなった腕を猗鈴目掛けた振りかぶる。
そして、爆発音が倉庫に響いた。
「大丈夫なんです。私達は知った上でここにいます」
地面に転がったのは猗鈴ではなくメフィスモンの方だった。
何が起きたのかと見回してメフィスモンは変身した天青がマシンガンの様な銃を構えていることに気づいた。
「一体いつの間に倉庫へ……」
「GPSで猗鈴さんを追い、サングルゥモンの能力で通気口から潜入した」
天青はそう口にした。
「いや、おかしい。伏兵を用意していたとして、何故このタイミングで攻撃できる! 私がメフィスモンであることを知らなければ戦闘終了した後まで戦闘態勢を取っている理由が……」
「知ってたんです。あなたがメフィスモンということは」
「適当なことをぬかすな! お前達は今日、誰がフェレスモンかもわからず苦し紛れに尋ねに来た筈だ! 誰がどのデジモンかを特定できるほど情報はなかった!」
「確かに、誰がそうか全て一致させることはできませんでした。でも、メフィスモンが真珠さんであることだけはわかっていたんです」
「なんだと?」
「姫芝は律儀、とうちの上司は言いました」
「……それが、どうした」
「あなたはあの日、私と風切について姫芝に尋ねました。大学は姫芝の管轄では本来ない筈、対風切や対私が姫芝の裁量だとしても、姫芝ならば先に大学の責任者らしきあなたに連絡する筈なんです」
猗鈴の言葉に、メフィスモンは雑草ごときが脚を引っ張ってと呟きひどい舌打ちをした。
「つまり、メフィスモンは先に私に会っていたということです」
意に介さず猗鈴は話し続ける。
「私だけでなく、バイヤーを殺し回っていた風切のことも確信はなかったが認識していた。しかしどちらかがまたはどちらも姉さんと姫芝の管轄だった上に、あなたにはもう一つ気になっていることがあった。だから、姫芝を呼びつけて注意を逸らそうとしたんです」
「……何かな、その気になっていることとは」
「青葉さん達、理事達にメモリを挿すことです。大型にならない様に理事達にメモリを挿して成り代わらせようとしているのに、その現場を抑えられてしまったら大学と組織の関係がバレてしまう。探偵が二人組ということも知っていたならば、大学内で別行動しているかもと思いあたったに違いありません」
邪魔されていたらと思うのも自然と猗鈴は続ける。
「青葉さんが教えてくれました。メフィスモンが部屋に入ってきたのは、風切が暴れて校舎を破壊しようとした少し前、つまり私の前から真珠さんがいなくなった直後」
あの男とメフィスモンは歯噛みしながら話を聞いていた。
「青葉さんの話から考えても同じ結論になります。他のデジモン達に任せても十分メモリを挿すことはできた筈、なのに何故メフィスモンは現れたのか。騒ぎが起きたからならば、早過ぎます。青葉さんの話では部屋に入ってきた時は人間だった。広い校舎の中をエレベーターや階段で移動したとするならば……何かが起こる前に察知してないとおかしい。私と風切のことは認識してないとおかしいんです」
「……だが、君と風切は別に人の目に触れないところにいた訳でもない! 私だとはわからなかった筈! そんなのはたまたま当たったに過ぎない」
メフィスモンは負け惜しみを口にしたが、猗鈴は動じなかった。
「それは、姉さんの話をしている中で、私は既にあなたが組織の関係者かもと疑っていたからです。少なくとも通行人よりあなたを選ぶ理由にはなりました」
「適当なことを言ってもらっては困る! 私が一体どこでそんなミスをした!?」
「姉さんは私のことを大好きだなんて大っぴらに言いません。姉さんは、別に甘党って程甘いものが好きでないのに甘党だと言って、いろんな人に教えてもらったスイーツの情報を本当に甘党の私に教える様なことをするんです」
「……んなこと知る訳ないだろうが!」
そう言って地面を思いっきり踏みつけた後、メフィスモンはふーっと深く息を吐いた後、腕を倒れている人達に向けて突き出した。
「……取り乱して失礼したね。人の心をよく読み解いた素晴らしい推理だったよ。人間なんてどうでもよすぎてそんなところまでは気が回らなかったと言い訳させてくれたまえ」
メフィスモンは、ふふと自嘲気味に笑った。
「しかし、私でも知っていることなのだが、人は人を守るものだろう? この閉じ切った倉庫内であのビームさえも溶かし防いだ黒い霧を充満させればどうなると思うね?」
「ふふ、せいぜい必死に防ぎたまえ! 君達に敬意を表して私は一時退却してあげよう!」
メフィスモンはそう言って腕から黒い霧を出した。
『ウッドモン』『セイバーハックモン』
黒い霧を切り裂いて現れた猗鈴は、かかんと刃になったつま先で地面を叩いて確かめた。
そして、地面を蹴って跳ぶと逃走しようとするメフィスモンの頭角を蹴り折った。
「ぐうっ!? あいつらがどうなってもいいのか!!?」
『ローダーレオモン』『ボーリンストーム』
メフィスモンの声に応えたのは機械音と、それと共に天青の銃から放たれた竜巻。
竜巻は黒い霧を吸い込みながら成長し、猗鈴がメフィスモンを竜巻へ向けて蹴り飛ばすと、倉庫の屋根に大穴を開けながら爆発的に上に拡大して黒い霧を全て倉庫から追い出した。
「猗鈴さん、この人達は私が見ているから、頑張り過ぎて徹夜して寝ちゃった盛実さんの分まで全力で戦ってきて」
こくりと頷いて猗鈴は地面を蹴り、屋根の穴から跳び出した。
「……まさか私がここまで追い詰められるとはな」
メフィスモンは全身薄汚れた様子ではあったが、まだどこか余裕があるように空に浮かんでいた。
「これは、ふと思ったことなんですけれど……メフィスモン、あなたは姫芝に比べても全然怖くない」
「……ひどい侮辱だ。雑草と比較され、かつ雑草より下だと言われるとは」
「そういうところが怖くないんです」
そう言って猗鈴はファイティングポーズすら解いた。
「姫芝も虚勢は張りますが、彼女はそもそも自分を低く見ていいて張った虚勢に追いつこうとしてくる。歯を食いしばり、啜った泥水を目潰しに吹きかけてくるようなことをしてくる」
棒立ちの猗鈴に、メフィスモンは苛立ちを抑えようともせず顔をひどく歪めた。
「あなたの虚勢は目の前の脅威から目を背け自分の気持ちを守るに留まる。『他者を見下せる自分』を守る薄っぺらいたてでしかない」
「……ふふっ、君は相当私をやり込めたくてたまらないらしいな。彼女から聞いていた印象よりもひどく攻撃的だ」
メフィスモンがそう笑うと、確かにと猗鈴は頷いて筒を取り出すと、ベルトに刺さったセイバーハックモンメモリの角をガシャンと押し込んだ。
『セイバーハックモン』『セイバー』
さっきは棍になっていた筒から真っ赤な剣が伸びる。
「……八つ当たり、ですかね。姉さんに関しての不満とか、姉さんに対しての疑問とか、姉さんに対しての心配とか、どうなってるかもわからないからぶつけようがないそれを、あなたへの暴力で発散しようかと」
「とんだとばっちりじゃないか……もう夏音への義理やなんだはやめだ。私はこのまま飛んで退く、翼を持たぬ君に止められるかな?」
猗鈴は剣を構えると地面を蹴って、空へと飛び上がりつつあるメフィスモンに跳びかかった。それを見たメフィスモンは鼻で笑い飛んで避ける。
すかされてすぐ、猗鈴は剣をメフィスモンに向けると、もう片方の手でセイバーハックモンメモリの角を押した。
『メテオフレイム』
剣先から炎の弾丸が立て続けに発射され、メフィスモンの顔や腕や翼に当たって炎上する。
「ぐうっ!?」
翼を焼かれて無様に地面に転がったメフィスモンを、猗鈴はじっと見つめた。
「……私を見下すな。君達姉妹は最低な似た者姉妹だッ! 君達はいつも私を見透かした様なことを言うッ! 妙に達観して夢などないようで、他人の調子に常に合わせながらも同時に動物園の獣を見るように眺める。私をッ! 私達を見下しているのはお前達の方ではないかッ!!」
殺してやる殺してやるぞとメフィスモンは呪いのこもった言葉を唱え始めた。
「フェレスモンの石化と同じ、あなたの死の呪文には予めワクチンプログラムを使ってます」
「畜生がァッ!!」
立ち上がったメフィスモンがヤケクソに振るった拳を、猗鈴は剣の柄に当たる部分で横から弾くと、剣をふらついたメフィスモンの脚に突き刺して痛みに屈ませ、剣を捨てると膝を顎に叩き込んだ。
少し距離を取ったら今度は体勢を低く肘で腹を打ち、えづいてうずくまったらまた顎を蹴り上げた。
「……八つ当たりって、スッキリしないですね」
猗鈴はそう言うと、セイバーハックモンメモリの角とウッドモンメモリのボタンを同時に押し込んだ。
「クソ女がぁ!!」
『レッジストレイド』『ブランチドレイン』
メフィスモンの怒号を背に、ぐるりと回し蹴りの要領で猗鈴は光る脚を振るう。
そのつま先がメフィスモンの胸に突き刺さり、貫くと一瞬遅れてその穴から枝が伸びてメフィスモンの身体を包み込んだ。
「呪ってやる! 呪ってやるぞ美園猗鈴ゥ! お前も夏音も決して! 決して! 幸せになどなれないように!! 夢など抱かない様な絶望へと落ちるように!!」
そう叫んだメフィスモンの身体が完全に枝に包み込まれると、一拍空いて爆発し真珠と壊れたメフィスモンのメモリが残った。
それを見て、猗鈴はふぅとため息を吐きつつ、戦う前に聞いた盛実の言葉を思い出していた。
『メフィスとフェレスはね、level5だけど下手なlevel6なら食えちゃうそれぞれの能力がやばい。メフィスモンはなんでも溶かす霧と即死する死の言葉と二種類あるのもやばい。けど、やばいからこそ石化と即死に関してはデジモンの世界ではワクチンが既に開発されている。特殊能力に偏重してる分本体性能は低めのlevel5だけど、それでもまともにやりあえばウッドモンメモリより、猗鈴さんの適性を考えるとセイバーハックモンメモリでも互角ぐらいかもしれない。なんでも溶かす霧はワクチンもないから、そこは立ち回りでカバーしてね』
それを聞いて天青が、騙されたままのふりをして戦略の逐次投入を誘い、わざと石化を受けたり相手を挑発したり不意うちを多用して相手にペースを握らせない作戦を立てたのだ。
「なんとかうまくいったみたいだね」
「そうですね。特にあの霧を使わせずに戦えたので、なんとか取り逃さずに済みました」
そう言って、天青が改めて警察に電話をし始めると、猗鈴は少しゆっくりとまばたきをして小さく呟いた。
「……姉さんもやっぱり私と同じ、素直に喜べない、のかな」
猗鈴の言葉を、天青は聞いてないフリをした。
また一度ゆっくりと瞬きをして変身を解いた猗鈴が、真珠を抱えて猗鈴が他の人達のそばまで運ぼうとすると、不意に真珠の手が動いて猗鈴の袖を掴んだ。
「真珠さん、気がつきましたか?」
「う……メフィスモンは?」
「倒しました。だから、もう大丈夫です」
「そっかぁ……」
真珠は深く深くため息をつくと、猗鈴の袖を掴んでいた手を離し、ポケットにその手を突っ込んだ。
『メフィスモン』
その音声に猗鈴が反応するより早く、真珠はそれを自分の太ももに挿すと、猗鈴の腕の中で変貌した。
「今回は猗鈴ちゃんの勝ちだけど、メフィスモンは負けても私は負けてない。私達は負けてない」
そう言った真珠の、蹄による蹴りが猗鈴の肩を力強く打ち抜いた。
地面に転がされた猗鈴の背中をどすと一度踏みつけて、真珠は空に飛び立っていく。
「私達の呪いに怯えて生きていってね。猗鈴ちゃん」
あはははと、低音の高笑いが空に響き、悪魔はその姿を消した。
遂にこれで追い付いたのか!? どうも夏P(ナッピー)です。
結局登場人物全員悪人と言わんばかりに「貴様もかーっ!」となる展開が続いて噴く。パールさんとか流石に名有りモブかと思ってたのに当たり前のように背後から殺しに来るとは。前回名前が示された時点で「コイツ絶対やべえ奴だわ」と思っていたフェレスモン様が天井知らずの噛ませぶりを発揮したので、学長オオオオオオオオオオオオとなりつつ流石は探偵諸君だぜ有能過ぎる、だがメフィスモンはこうも行くまい──と思ってたらその話数の内に撃破という滑らかさで不覚にも笑わされました。主人公側全員優秀。
無惨に敗れ去ったパールさんは「負けたのは私ではなくメフィスモンだ!」と名護さんみたいなこと提唱して撤退してましたが、この子ポジション的に尻彦さんっぽいのでお姉ちゃんに全裸で折檻させられる奴だ。
ファングジョーカーならぬセイバーウッドと化した猗鈴サンつえーぜ! てっきり翔ちゃんみたく必殺技名は自分で考えてるのかと思ったがそんなことは無かった。そして本人のいないところでめっちゃ評価されてるザッソーモンの勇姿。
取り急ぎ追い付かせて頂いたので次回もお待ちしております。
あとがき
という感じの九話でした。
お気づき頂いていたでしょうか。メモリに乗っ取られている人達は変身する際にメモリの音声は鳴らない様になっているのですが、最初に出てきたメフィスモンは音声を鳴らしていたのです。逆に、突発的でない事前にアポ取られてきてる今話のメフィスモンが不意打ちしようとした時は既に使用した上で来てるので音が鳴ってないんですね。
猗鈴さん達のパーティは、頭脳担当天青さん、戦闘担当猗鈴さん、開発担当盛実さんの様に見えて実際は戦闘担当天青さん&猗鈴さん、開発担当盛実さんの脳筋チームなのでこんな風になるんですね。頭脳派はいない。
真珠さんにメモリを挿すことに夏音さん目線でメリットがあるのか?というとかまで考えられたら、メフィスモンとの適合率が高いか、メフィスモンメモリを使う前から組織側の人間であるかもしれないと考えられたかもしれません。
セイバーハックモンメモリとウッドモンメモリの組み合わせに関しては、次回で一応触れるのですが、盛実さん的には、え、なにそれ……仕様外なんですけど……な感じだったりします。
八話九話と短いスパンで更新したものの、七話に大体の根拠があるひどい構成になってしまいました。
では良いお年を、また来年お会いしましょう。