
『ウッドモン』
『ザッソーモン』
「……私を倒すより先に殺人犯を捕まえる方が重要だと思いませんか?」
電子音の後、杉菜はすぐにそれを挿すのではなく一度猗鈴にそう聞いた。
「彼女も捕まえる。でも、あなたも捕まえる」
猗鈴の返答に、杉菜はぺっと唾を吐いた。
「……本当はお姉さんが気になるからでしょ? お姉さんが気になるから、そこに繋がる私を見逃したくない。現時点では私が助けないとあの化け物から逃げることさえできなかったのに」
「……あなたこそ、風切王果に余程気に入られている様だったけど、どういう関係?」
「答える理由が、ありますか?」
そう言うと、杉菜はメモリを挿し、猗鈴はベルトのレバーを押す。
屋上へと転がり出た杉菜は、追いかけてくる猗鈴に向けてしなる蔦をムチの様に走らせる。
そうして繰り出される攻撃を猗鈴は手の甲やすねといったアーマーで覆われた部分で受け止めながら距離を詰めると、その頭を踏みつける為に脚を上げる。
「がっ!?」
猗鈴の脚が杉菜を踏みつける瞬間、蔦が背後から猗鈴の首に巻きつく。
のこぎりの様な歯列で杉菜はにやりと笑うも、すぐにその顔を猗鈴は踏みつけた。
猗鈴は蔦の隙間に手を差し入れながら杉菜を踏み続け、杉菜は踏みつけに耐えながら必死に猗鈴の首を絞める。
「っ、私にはッ、あの化け物を止める、責任がッあるんだァッ!」
口元から血を出しながらそう叫ぶと、杉菜は蔦を引いて猗鈴を後頭部から倒し、猗鈴はバク転で蔦を振りほどきながら体勢を立て直した。
「……ゲホッ、責任って……どういうこと?」
「あの化け物は、私の親友だった……」
「風切王果と親友だった……?」
困惑する猗鈴の頬を杉菜の蔦が叩く。
杉菜が親友だと思っていた頃に、杉菜はそうやって王果の頬を叩いたことが一度だけあった。
王果が妊婦を殺した二日後の朝、誰よりも早く、空が白むぐらいの時間に校庭を走る杉菜の元に、王果はいつものように穏やかに、差し入れの水筒とレモンの蜂蜜漬けを持って現れた。
「……ねぇ、つーちゃん。バンシーって知ってる?」
「知ってる。あの猟奇殺人犯でしょ。テレビとかもすごいことになってる」
「うん、すごく、人の心が動かされたと思わない?」
「……確かに動かされたとは思うけど」
いいことじゃあないと杉菜は続けようとしたが、その前に王果が少し距離を詰めてきた。
「真似していいよ?」
王果はほんのりと頬を染めながらそう言った。
「へ?」
「報われなくとも努力できるつーちゃんはすごいけど、そろそろ報われていいと思うんだ。私に心があると初めて実感させてくれたつーちゃんに、私は心の動かし方を教えてあげる」
秘めた恋心を明かすかの様に、少し目を細め杉菜の横にぴったりと座りいつもより少し興奮した調子でそんなことを言う王果が、得体の知れない存在に成り果てた様に思えて、姫芝は思わずその頬を叩いた。
杉菜は噛み締めてしまった。風切王果という人間の表面にまとわりついた甘さと染み出してくる酸味の、その先まで。
頬を叩かれた猗鈴は、その蔦を掴むと思い切り引っ張った。杉菜は掴まれた蔦を伸ばして身体が引っ張られない様にとしたが、そうしたことですぐには蔦を手元に戻せなくなり、走り寄ってきた猗鈴のサッカーボールキックをモロに食らうことになった。
「話の、続きを言えッ」
「……嫌です。そんなに聞きたきゃあっちに聞いてください」
杉菜はそう言うと、隣のビルの屋上へと蔦を伸ばして跳んで行った。
「あ、待ッ……痛ッ」
『猗鈴さん。さっきまで通信できなくなってたけど、爆発の速報が流れてる。応答して、猗鈴さん』
「……とりあえず、一度店に戻ります。やつは取り逃しました」
今になってやっと入った通信に、猗鈴はそう返して変身を解いた。
「メモリの複数使用に、ビルの倒壊から脱出する程の力ってもう……やんなっちゃうね。究極体まではいかなくとも確実に完全体クラスの力がある」
盛実はやだやだと呟いてそう言った。
「完全体クラスっていうと……スカルバルキモンみたいな」
「そう、あの劣化状態ならともかく。今の状態だと出力が足りないね。どれだけ工夫しても乾電池一個じゃ車は動かせないよ」
クリームソーダを飲みながら言った猗鈴に、盛実はそう難しい顔で返す。
「……博士、猗鈴さんのパワーを上げるのと私が回復して私調整のベルトを支える様になるの、どっちが早いと思う?」
「んー……猗鈴さんかな。マスター用に調整する予定だったベルト、マスターが使うには幾つかハードルがまだ残っているけども猗鈴さんが使う分には多分、なんやかんやなんとかできると思う」
天青が提案すると、盛実は少し首を傾げながらそう確信を持っていなさそうな様子でそう言った。
「なんとかっていうのは……」
「奇しくも今日見てきたやつだね、デジモン同士の合体。本来のそれならデジクロスだジョグレスだ吸収合体だ色々細かな種類はあるんだけど……複数のメモリと化した状態での合体だからまた違う存在かな」
なるほどと猗鈴は頷いた。メモリを挿すごとに風切は強くなっていった、一本ごとに劇的に、猗鈴も同じことができたらとは猗鈴も、思わなくはない。
「で、その時に使うメモリはね、実は候補がある。猗鈴さんのパワーアップアイテムとして開発中だったメモリが一つあるんだ」
そう言って盛実が取り出したものは、白いドラゴンのおもちゃか何かのように見えた。
「セイバーハックモンメモリ。正直猗鈴さんとの相性がめちゃくちゃいいわけじゃないけれど……猗鈴さんは硬い樹皮とか装甲、鎧のようなもので身体を包み込むタイプの能力に強い適性があるからね、そこだけに特化して出力すれば、バイクで使った時のローダーレオモンメモリと同等ぐらいの力は出せると思う」
「装甲とか鎧ってことは、ウッドモンのメモリの上から着るみたいな感じですか?」
「そうそう、探偵のライダーの中間フォームは荒々しくトゲトゲしていてもらいたいし、それだけでも多分戦えるけど……ウッドモンメモリの力を使わないと殺さないことが難しくなっちゃうし、今回の敵は出し惜しみできなそうだからね」
盛実は時間があればもっとメモリの造形にもこだわれたんだけどなんて呟きながらそう言った。
「トゲトゲ?」
「博士のいつものやつ」
天青の少し冷たい調子で放った言葉に、猗鈴はあぁと頷いてアイスクリームのメロンソーダに浸っているところを掬って食べた。
「理想を言うならば、自分で動いて猗鈴さんを守る恐竜型セイバーハックモンメモリにしたいんだけど……自立行動させるプログラムは私には荷が重いし、メモリ内部にデジモンの人格でもないときついかな」
一応自立行動できる仕組みにはしてあると、盛実はセイバーハックモンメモリの手足を掴んでポーズを取らせた。
「……でも、メモリのスロットこれで埋まっちゃいますよね? ウッドモンのメモリはどこに?」
「だからさ、マスター用に今調整してるメモリスロット二つのベルトを使うんだよ。マスターの場合は使うメモリが反発するものだから出力を完全に等分しないと副作用出るから難しいんだけど、猗鈴さんはその心配ないからね」
今の調整で十分使えるはずと、盛実はスロットが二つあるベルトを取り出してセイバーハックモンメモリと並べた。

「なるほど……結構形違いますね」
「そりゃマスターの最終形態用デザインだもの、猗鈴さん用のスロット二つのはまだ製作入ってなかったからデザインしかないんだけど、そっちの準備ができたらそれと差し替えるから」
「デザイン変える必要あるんですか」
あるけどその話は今度にして、と盛実は話を続けた。
「ウッドモンのメモリだけでも前と同様に変身できるようにはなってるから、セイバーハックモンを持て余す様ならウッドモンだけ、デビルスロットの方に挿してね! 暴走機能は設定してないけど、中間フォームの暴走展開はお決まりだし、猗鈴さん用に差し替えるまでは油断しちゃダメだよ!」
「中間フォームって……」
猗鈴が少し呆れたような顔をすると、盛実は至って真剣な顔で猗鈴を見た。
「マジな話するとさ、多分これじゃあまだ幹部に渡り合うには足りないんだよね。level5のメモリに当たり負けしなくなる程度でしかない。猗鈴さんがlevel6と並ぶ強さを持つだろうお姉さんと対等に戦うにはもう一段階強くなれなきゃなんだよ。だからそれは中間フォームにしなきゃいけないのさ」
猗鈴はこくりと頷き、セイバーハックモンのメモリと二つスロットのあるベルトを手に取った。
「と、いう感じでとりあえずの戦力はいいとして、風切を見つける術はどうしよう。姫芝を探してた感じからすると、またあの近くに戻りそうでもあるけれど……警察も調べているしそもそも倒壊してるあの建物には戻って来ないし、探すの結構手間かもよ」
また少しおちゃらけた雰囲気に戻って、盛実はそう言った。
「できることをやろう。博士は現場から飛び立った時の風切について目撃してるSNSの投稿を探って。公共交通機関は警察が張ってるし顔が割れてるから、おそらくあまり使わない。私は実際の現場を見に行ってみる」
天青は既に決めていたらしく、速やかにそう言った。
「天青さん、私は?」
「……大学の調査かな。お姉さんの通ってた大学でのお姉さんの動きについて調べて欲しい。メモリの大量製造には設備が要る、でも今のところ私達の知る幹部には表立ってそうした目立つ機器を入手できそうな人物はいない。どこかに社会的に地位のある協力者がいる」
そう言われて、猗鈴はじゃあと居ても立っても居られずヘルメットを手に取って部屋を出た。
「……マスター、大学の調査に行かせるにしても本庄善輝のいた大学の方がまだ望みがあるんじゃない? 夏音さんは入学したのもたった四年前、組織の規模が大きくなったと思われる時期とは大体一致してるけど……一学生がどう大学の理事とかと知り合うのさ」
「空振りに終わるぐらいで丁度いいと思う。お姉さんが幹部だってことがわかって、力不足も痛感させられて、落ち着かなくなって見えるから、空振りしてもらって気持ちを落ち着かせてもらいたい。空振りも選択肢一つ減るって考えれば無駄ではないしね」
天青の言葉に、私にはいつもと変わらなく見えたけどなぁと盛実は呟いたが、天青はいやいつもと違ったよとメロンソーダに残されたドレンチェリーを摘んで口に放り込んだ。
「あれ、夏音の妹ちゃん?」
そう話しかけてきたのは明るい髪色と雰囲気の猗鈴程ではないが一般的に見て長身の女性だった。
「えっと、あなたは……」
「あー、ごめんごめん、なんか勝手に知った気になってたけど葬式の時に顔合わせたかどうかぐらいだから、わからなくても気にしなくていいよ。私は柳真珠(ヤナギ パール)、夏音の卒業研究のグループメンバーの一人」
その女性はそう言ってにかっと笑い、大学内に作られたカフェへと猗鈴を誘導した。
「姉さんの卒業研究……っていうのは、教育学部の?」
「そうそう、あたしと心理学部の臨床系の子達二人と、四人グループで、発達障害児童に対する教育場面において……あー、噛み砕いて言うと、教員が発達障害の子に勉強を教えやすいテキストを作ろう! みたいな研究ね」
「なるほど、姉さんは教育学部以外にも色々顔が広かったんですね」
「一年時からミスコンで入賞したし、成績も上の中ぐらい、だけど振る舞いとかは気安くてね。妹の話になると大体笑顔になるから、夏音の笑顔見たさにあなたの話を聞く男とかもいたぐらい、用がなくても色んな人が話しかけていた」
それは、猗鈴のよく知る夏音に近い姉の話だった。妹の話題でというそれ以外はよくよく聞く様な話。
やはり自分の知る姉もいたのだと思う一方で、それが全部演技だったらどうしようと、猗鈴は恐ろしくも思った。
「……教授とかとも、よく話をされてたんですか?」
「そうね、夏音がよく話してたのは……自分のゼミの教授よりも学長かな? 元々は精神科医で、今は心理学部の学部長で学長、つまりこの大学の教授達の中で一番偉い人でもある」
少しきゅっと眉根を寄せながら真珠はそう言った。
「そんな人と……?」
猗鈴がそう返すと、真珠はまぁと眉をまた緩めた。
「猗鈴ちゃんはそんな人って言うけども教授達は雇われだから、理事長とかの方が偉いんじゃないかな? 学長は各教授達や理事達と予算とか成績とかそういうのの間で板挟みらしいなんて噂も聞くしね」
「じゃあ、例えばめちゃくちゃ高い機材を買うみたいなことは……」
メモリを製造する為の機材について、本来聞きたいことを猗鈴はそれとなく聞いてみることにした。
「理事会の承認とかないとできないんじゃない? 流石に自腹って訳にもいかないだろうし、心理学部で使っている頭部MRIとか脳波測定する機械とかも何百万か何千万単位らしいし」
裏を返せば、何千万単位のお金も理事会を騙せれば動かせるということになる。当然猗鈴もそのことに気づいたが、その話に興味を持ったのは猗鈴だけではなかった。
「ねぇ、私もその話混ぜてくれませんか?」
そう言って猗鈴達の側にやってきたのは王果だった。
「……なんで、ここに?」
「猗鈴ちゃんはこの大学来るの初めてですか? ここは私立ですが学外の人も市民である証明ができれば入れるんですよ」
そう言って王果が取り出した保険証に書いてあった名前は雨宮雫と全く別の名前があった。
一瞬その名前が何を意味するか猗鈴はわからなかったが、すぐにその名前が死んだバイヤーの一人の名前であることを思い出した。
「雨宮さんは猗鈴ちゃんのお知り合いなんですか?」
状況の掴めてない真珠が王果にそう聞いた。
「そうですそうです。夏音さんとはちょっと顔合わせただけで、その内に猗鈴ちゃんと一緒に遊びにでも誘えたらと思っていたら亡くなって……猗鈴ちゃんとはこれからも仲良くしたいし、人となりは私も知りたいなって」
どの口でと猗鈴は思ったが、王果が本と一緒にメモリを手の中に持っているのを見てその意図がわかった。王果は猗鈴を脅しているのだ。
何を調べているのか一緒に話を聞かせろと、さもないとこの場で暴れるぞと。
側から見たらデジメモリは単なる悪趣味な外装の記録媒体でしかない。
「……どうぞ」
と猗鈴が言うと、真珠は少し変に思った様だったがそのまま話を続けた。
「えっと、学長と仲がよかったって話の途中だったね。私と夏音の卒業研究は私達の所属するゼミと学長のゼミの子との共同研究なんだけど、その間に入ったのも夏音。二年の頃には既に仲良くなってた、どう仲良くなったのかはわからないけど」
それはメモリの力か、それとも夏音自身の持つ魅力か、渡りさえ付けばどちらでもおかしくないなと猗鈴は思った。
そう話している中で、ふと真珠は時計を見ると、やべっと呟いた。
「ごめんね、次の講義に遅れちゃうからこの話はここまでで!」
またねと言って真珠は去っていった。
残された猗鈴と王果は互いに視線を交わした。
「猗鈴さんって言うんですね」
「何をしに、来たの」
「多分同じですよ? メモリの製造場所を調べているんです」
「……何故」
「壊す為。私の親友が人を化け物にするメモリの売買に携わっています。となれば、悪い繋がりは壊す他ないですよね?」
「それは姫芝杉菜のこと?」
「そう、つーちゃんのことです。つーちゃんって呼び方はあれです、植物のスギナからツクシが出てくるから、つーちゃんって呼んでるんです」
杉菜の名前を出すと、王果の態度は急激に馴れ馴れしいものになった。
「その為に、人を殺しているんですか?」
「まぁ……そういうことですね。つーちゃんに報復が行かない様にする一番簡単な方法だったので、色々教えてもらったらきゅっと。ここの教授が絡んでるらしいという話もその時に聞いてはいたんですけど、つーちゃんが会いにくるのを待っていたから今まで来れなかったんです」
お菓子作りのコツを話すみたいなテンションで話す王果に、猗鈴は心底恐怖した。
「さて、じゃあこれから私は学長を殺しに行きますが、あなたはどうしますか?」
「……まだ、関わっていると決まった訳でもないのに」
「あなたのお姉さんが関わっているんですよね? お姉さんが被害者なのか加害者なのか知りませんが……警察ではない、しかもここの学生でもないらしいあなたが他所の大学に来て話を聞いている。関係者なのは間違いないですよね。で、私は複数のバイヤーからこの大学が関係しているらしいと話を聞いています」
それで十分ですよと王果は言った。
「人一人を殺そうとする根拠としては足りない」
「この大学、医学部系はないんですよね。他に大きな機材を必要としそうな学部は理工学部しかない。どちらかの責任者はきっと不自然な支出や機材の購入に心当たりがあるはずです」
むしろ最初は心理学部がそんな機材必要なんて思ってませんでしたと、王果は微笑んだ。
「それは、二人のどっちかは何も知らないかもしれないって事でしょ?」
「まぁ、下手すると二人のどちらかどころか理事会にいたりして二人とも関係ないかもしれないですよね。でも、私多分そろそろ指名手配されるので、悠長に調べてられないんです」
残念ですよねと王果はため息を吐いた。
「なので、一人ずつ殺していくのが早いじゃん? なんて考えたんです。私のことをちゃんと通報して警察に逮捕もさせたつーちゃんがこんなことするのおかしいのも待ってられない理由の一つですね。望んでないなら尚更早くしないと」
「……おかしい?」
「そう、おかしい。つーちゃんはどれだけ報われなくても自分を高める方向に舵を切るタイプ。なんて言うんでしたっけ……そう、解釈違い?」
「私の何を知ってるって?」
王果がその声に振り返ると、本と一緒にもたれていたメモリを蔦が叩いて弾き飛ばした。
「そんなの、つーちゃんの魅力に決まってる!」
叩かれた勢いで倒れながら、王果は笑みを浮かべてそう叫んだ。
「姫芝、あなたもこの大学に……?」
「つーちゃん! 爆破するだけして挨拶もしないなんて傷ついたよつーちゃん! 焦らされ過ぎて無視されてるかと思ったし!」
『シャウトモン』『バリスタモン』『ドルルモン』
叫びながら立ち上がった王果は、袖口からメモリを三本取り出し、ワイシャツのボタンを引きちぎって胸元を露出させ、突き刺した。
「心だけじゃなくて身体も傷つけよ、まともな人間なら」
あっという間に白いロボットの様な姿へと変貌させた王果に、ザッソーモンの姿をした杉菜はカフェを飛び出?と大学構内の広場へと足早に向かった。
「私がまともじゃないのはつーちゃんが一番よく知ってる、そうでしょ!」
姫芝の言葉に王果は笑いながらそう答える。
「きゃあ!」
姫芝へ向けてズンズンと走る王果が蹴った石が当たって、一人の学生が倒れて頭から血を流した。
それを見て、周囲はあっという間にパニックに陥った。化け物同士のそれは側から見た時に現実とは思えないものだったが、流れた血によって、現実だと誰もが理解した。
猗鈴もベルトに挿そうと取り出していたセイバーハックモンメモリを握りながら思わず固まった。
「……っ今は避難させるのを優先」
『ウッドモン』
セイバーハックモンメモリを使わずウッドモンメモリ一本で素早く変身すると、猗鈴はまず倒れている人のところへと走った。
「大丈夫ですか?」
「頭は、多分切れただけだけど……脚が、捻ったみたいでうまく動かなくて……」
その人は自分の脚を見れない様だったが、猗鈴からはその脚が折れているのが見えた。猗鈴は手首から枝を伸ばして添え木にすると、その人からハンカチを借りて脚を固定した。
「おーい、俺も、助けてくれ……!」
「私も、動けないの……」
大学の授業が始まる時間に猗鈴達は話していた。それは当然ではあるが、学生達が教室から出て溢れかえる時間。王果が三メートルの巨体とデジモンの脚力で飛んだら跳ねたりすることで飛んだ石畳のかけらも、人が多くいれば誰かには当たる。
小さなかけらそのものの威力は小さくとも、人が転ぶには十分。ただ立っているならどうにでもなるかもしれないが、何かから皆が逃げ惑っているような状況ではそれだけで人は簡単に転び、怪我をする。少し倒れただけの人を周りはうまく避けれず蹴ってしまったり怒鳴りつけたりさえする。
猗鈴はその時になってやっと天青達の危惧に実感が出てきた。
今の王果の姿は猗鈴が十分戦えたlevel4相当だろう姿、それでもただ走っただけで人が傷つくのだ。それより強いデジモンなら? 大魔王とまで呼ばれるデジモンが現れたら? 現実感はやはりないが、させてはいけないのだということは十分に理解した。
「……ちょっと傷に響くかもですけれど、我慢してくださいね」
人混みから盾になるように割り込み、片手で抱え上げると枝を伸ばして落とさない様に補強した。また一人抱えて枝を伸ばす。三人目は背中にしがみついてもらって安全そうな場所まで運び、誰かに託す。それを中庭につくまで二度繰り返し、中庭について二度繰り返した。
そうして中庭に戻ると、そこは燦々たる有様だった。石畳は割れて、噴水は粉砕されて細かな水が霧の様になってさえいる。
杉菜が蔦を振るったり巻き付けたりするめ王果はそれを単に力任せで振り払ったり逆に掴んで噴水やら花壇やら石畳やらに叩きつける。
能力の差は火を見るよりも明らかだった。
「……つーちゃんさぁ、メモリに関わるのなんてやめようよ。犯罪者産み出しているだけだし、下っ端じゃ悪い意味でさえ名前が世の中に広まることはないよ」
あっという間にぼろぼろになった杉菜に王果はそう言った。
「……私だって、頼りたくて頼ってるんじゃない、これしかないからッ!」
王果に掴まれた部分よりも先端を伸ばし、王果の首や関節を固める様に蔦を巻きつける。
杉菜のぎょろりとした目が猗鈴を捉える。王果を倒す為に作られたチャンス、そうとわかると猗鈴は躊躇なくレバーを押し込んだ。
『ウッドモン』『ブランチドレイン』
猗鈴が走り出すと、王果は首だけ猗鈴に向けると力任せに蔦を引きちぎり、側頭部についた銃口から弾を連射しつつメモリを二本取り出した。
『スターモン&ピックモンズ』『スパロウモン』
王果の姿がまた変わり、背中からエネルギーを噴き出して体勢を整えると、弾の中を走りぬけてきた猗鈴へと剣を振り下ろす。
それを避け、その剣の腹に向けて猗鈴は蹴りを叩き込む。すると脚から剣に向けて枝がのび、包み込んだ。
しかし、王果が剣を振り上げると枝はあっさりと切り払われた。次いで王果がもう一度今度は地面に斜めに叩きつけるようにすると、剣そのものは避けたものの跳ね上がられた石畳の礫を何発も受けて猗鈴は地面に倒れた。
「私はつーちゃんと話があるので」
王果がそう言うと、杉菜は即座にそれに口を挟んだ。
「……私は話したくなんてないし、私はお前を倒さなきゃいけない」
それに次いで、猗鈴も立ち上がって声を上げる。
「あなた達二人が潰し合ってくれるのは勝手だけど……二人とも捕まってもらうし、姉さんと組織のことも全部話してもらう」
猗鈴はまたセイバーハックモンモンメモリに手を伸ばし、しかしそれを使うことを一瞬躊躇した。
暴走すると決まっている訳ではないし、盛実もそんな風に設定していないと言っていたが、もし暴走したら、幾ら目に見えるところに人がいないとはいえ、建物の中でやり過ごそうとしている人がいないとも限らない。
猗鈴が躊躇っていたこともあり、最初に行動を見せたのは王果だった。
「つーちゃんを説得するのは難しそうだし、やっぱり先に学長を、かな」
「させないッ」
『ト『ト『ト『ト『ト『トループモン』
王果の言葉に反応して杉菜は銃を持ちトループモンを出すが、次の瞬間には大勢のトループモン達は王果に薙ぎ払われて花火のように音を立てて弾けていた。
「今の反応、学長はやっぱり仲間、なのかな?」
聞いてた話ならと呟くと、王果は身体の前で手を組み、建物の方へと身体を向ける。
まさかと猗鈴が止めに走るも、王果はそのまま手が届かない空へと飛んでしまった。
王果が腕を開くと胸の赤いV字が煌々と光り、放たれたビームは猗鈴にも杉菜にも止められずそのまま校舎へと向かう。
『メフィスモン』
不意にそんな音が鳴り、ビームの前に黒い雲が立ち塞がると、ビームと相殺して消えていった。
「……これは何事かな、姫芝君」
そう呟いたのはいかにも悪魔という姿をしたデジモンだった。山羊の頭や蹄、コウモリの様な翼、やけに大きな前腕もまた猗鈴達には気持ち悪く見えた。
「例のバイヤー殺しと探偵です」
「なるほど、三つ巴の戦いという感じかな? 彼等の狙いはなんだ」
「この大学内にいる組織の協力者、つまりあなたです」
「おやおやそれは恐ろしい。では、学生達も大概の教職員も避難し終えた様だし、私と姫芝君はこれで失礼しよう」
そう言ってメフィスモンが腕を前に出すと、メフィスモンと杉菜を覆い隠す様に黒い雲が現れた。
「これはさっきの……」
雲に向けて王果がさっきと同じ様にビームを放つ。そうすると黒い雲は相殺されて消えたが、もうそこにメフィスモンと杉菜の姿はなかった。
「……仕方ない、かな。猗鈴ちゃん」
「……なに」
「私はここから手を引きます。バイヤーから得てる手がかりは他にもあるので、そっちを当たります」
じゃあと言って王果は空を飛んでいく。猗鈴の手がとても届かない高さまで。
その姿を見送って変身を解いた猗鈴の耳にサイレンが聞こえてきた。
「……逃げ遅れている人がいないか確認して、警察と出くわしたら大西さんに連絡」
かなと猗鈴が周りに人がいないから探していると、上等そうなスーツに身を包んだ精悍な顔つきの男性を見つけた。
「逃げ遅れた人ですか? 怪我とかしてませんか?」
猗鈴の問いにその人は首を横に振った。
「その、さっきのやりとりを遠くから見ていました。あなたは、あの悪魔を退治しに来たエクソシストか何かなのですか?」
「……とりあえず、エクソシストではありません。探偵です」
「探偵……では、依頼させて下さい。あの悪魔はこの大学を乗っ取ろうとしているんです!」
精悍な顔つきの男性は怯え興奮した様子でそう声に出した。
「どういうことですか?」
猗鈴の問いに、彼は一本の壊れたメモリを取り出して応えた。
残り2話! そんなわけで今日も夏P(ナッピー)です。
ファングメモリだと思ったらやっぱりファングメモリだった! マスターなんでめっちゃメタ的な台詞連発してるのか。もしや平成ライダー見まくってるのか。
徐々に完全体(Level5)のメンツが揃ってきましたが、段々と背景や立ち位置がわかってきたこともあってか「……実はお前が2号ライダーだったのかい?」と思えてきたザッソーモン姫芝クンの運命や如何に。俺には新しいフォームは無いけど強い仲間がいる(トトトトループモン)路線で行くのか。というか、冒頭で平成ライダーお馴染み「前回ラストで遂に待ちかねた対決の時が来た!⇒翌週アバンでサクッと解散」ノルマをこなしておられる。
もしや学長がメフィスモンだったのか!? あと何気に姉さん、スパイラルの鳴海清隆ばりに至るところに痕跡残して弟もとい妹を煽っているという説は……? そして今回出番が無くて悲しい。
それでは。
あとがき
今回も読んで頂きありがとうございました。
セイバーハックモンメモリは一旦お預けです。メモリの形は大体ファングメモリと似た感じだと思って下さい。
次回ともう一回ぐらいかけて大学にいるメフィスモンとかそこらへんの話をする予定です。若干話迷子になりつつあります。表紙絵も何描けばいいのかわからなくなってきました。
Wのオマージュみたいなアレなので、やばい女はいくらでも出していい様な気持ちで書いてますので、今後ともやばいやつらの殴り合いをお楽しみください。ではでは次回もよろしく願いします。