
二人きりになった天青と公竜は、さて、と切り出した。
「本庄についてどれくらい把握している? 私達が調べた時には普通の人間という感じだったけど……違うんですよね?」
公竜はパスワードを入力しながら頷いた。
「……本庄善輝は元公安、ハッキングかなんかで調べて手に入る情報は公安の操作したダミーだと思って頂いて間違いないです」
「メモリは強力な肉体と発電能力の様だけど……」
メモリの能力に加えて副産物的な能力のあるなしは大きい。
天青は常にデジモンの五感があることで後手に回ることがほぼないし、杉菜に生身でも残る驚異的なしぶとさがなければ死んでいたかもしれない場面もいくつかある。夏音も不死が生身にも付与されるものでなければ死んでいただろう。
「そうですね。本庄は電気を溜め込むデジモンの体質を持って産まれてきた。公安はそれをコントロールさせることで、素手でパソコンのメモリを破壊できる程にしました」
「蝶野が人の記憶を、本庄が機械の記録を消していたってこと」
だから二人は組んでいて、組織に移ってもそれなりの関係があった。
「公安の、座天使派閥の中でも汚れ役が彼等の仕事。過去、貴方達に関わった時もそうでした……そして、その件にまつわる公安内部の責任追及の結果、公安を首になった」
「こっちで公安が大きく関わった部分というと……」
「ご存知の通りです」
天青の脳裏にかつて見た盛実の姿、太ももから血を流し泣き喚く姿が思い浮かぶ。
「……博士を撃ったのは」
「おそらく彼等。彼等は、座天使派閥にとって都合が悪いものを消すのが主な仕事だった」
公竜は、平気なように振る舞っていたが、ドアノブ を握る手に力が入り過ぎているのが天青には見てとれた。
天青と同じ高校に通っていた女生徒を撃ち、鳥羽恵理座という公安を産み出したのも彼等だということ。
家の中に入り、さてと公竜は振り返った。
「ここが妹の育った家です。見たいのはここにおいてきた資料ですか?」
天青はそれもあると言うと、部屋の中の写真を撮り出した。
「それも持って帰りますけど、一番知りたいのは……妹さんの気持ち。今、片付いた部屋を見る感じ、私には彼女が公安を憎んでいたとは思えなくなった」
「……そうですか?」
ここ数年人の入った痕跡のないリビングやキッチンに天青は足を踏み入れた。
「食器は棚にしまわれ、数年以上持つ缶詰なんかは置いて行っている一方、冷蔵庫の中には何も物が残されていない」
冷蔵庫の中は古いものであることは見てとれたが、放置される前に綺麗に掃除されていたことは疑う余地がなかった。
「多分、妹さんはここを出た時、いつかまたここに戻ってくるつもりだった。この家を大切に思っていた」
そうでなければ、どうなってもいいと思っただろう。綺麗に残したいと思ったから、掃除してから出てきたのだ。
「……小林さん、ここに妹さんを軟禁していたと思われる公安職員の足取りって調べました?」
その人ならば、未来がどう育ったかをちゃんと知っているだろうと天青は思った。
「軽井命は、失踪して行方が掴めていません。時期はおよそ、五年前。死んだものと考えられていますが……」
「……五年前。あの爆発テロ……組織に大きな動きがあった年、彼女は組織のことを調べて?」
「そこまではなんとも。彼女が書いた妹の観察記録は上にありますが、彼女自身の記録はほぼないです」
天青は公竜の後ろをついて歩いていると、ふと、足を止めた。
「……どうしました?」
「いや、別に何も……ただ、何かが気配がしたような気がしただけです」
気のせいだろうと天青は思いつつ、何か釈然としないものが胸に残った。
「こんにちはー、姫芝女史はいらっしゃるかな?」
「あれ、マイスター?」
夏祭りで出店に混じってカードゲームの大会を開いていたおもちゃの森田の店長だった。なお、名前は森田ではない。
「そういう便五くんはなぜカウンターの内側に?」
「彼はバイトです。本日は何用で?」
「いや、彼がね……」
杉菜の疑問に答えるように、マイスターは自分の後ろを歩く人物に道を譲った。
「やぁ、雑草今生姫芝くん! アレからもヒーローやってるみたいで何より!」
「……あー、×モン製作者の代田さん。脱獄してきたんですか?」
××(チョメチョメ)モンスター。陽都の都市部の一部で局地的に大流行している発売会社が半年で倒産したカードゲーム。倒産の際におもちゃの森田ただ一店が全ての在庫を引き取り、現在はばら撒き価格で販売している。
杉菜は永花の病室でその存在を知り、吸血鬼王によってメモリによって暴走していた×モン製作者の代田を×モンで下して自首させていた。
「それもできなくはなかったけど、正規の手続きで保釈されたんだよ」
道案内ありがとう店長、コーヒー一杯ぐらい奢るよと代田が言うと、店長は大丈夫と笑った後ぐっと親指を立てて帰っていく。
「警察署がアレだから、中にある留置所もすごいことなっちゃって、脱獄者もいっぱい出て……今の状況だと僕みたいな逃げる気なさそうなのはいるだけ仮の留置所とかの場所取るんで保釈請求して下さいというわけさ」
「なるほど、それで、今はどうしてるんですか?」
「店長のお陰で元社長とイラスト・フレーバー担当と合流して……今はこれを作ってる!」
そう言って、わりともたもたしながら鞄からノートパソコンを取り出し、あるアプリを起動した。
『××モンスター カードアリーナ』
素人らしい女性の声でそんな音声が流れる。
「×モンをアプリにしたんですか」
杉菜はへぇと思わず素直に驚きを口に出した。
「すごいんですよ、これ。結構ちゃんと処理してくれるんです!」
「……なんでお兄さんが得意げな顔を?」
猗鈴の疑問に、へへっと便五は鼻の頭を擦った。
「米山君はこの街で一番カード環境を把握してる一人だと聞いたから、デッキ構築についてアドバイスをもらったし、テストプレイも付き合ってもらったんだよ」
「カード数が多過ぎるからね。このゲームは構築済みデッキで遊ぶアプリなんだけど、見栄えがするテーマを中心に相性とか考えて幾つか収録テーマを提案したんだ」
妙に生き生きしてるなと猗鈴は思ったが、特に害もないので放置することにした。
「そうそう、で、遊べるモードは、今はフリーの対人戦とフリーのCPU戦。あと申し訳程度のストーリーモード……CPUに対して勝ち抜きするモードだけ」
「はぁ……で、今日は私にその報告をしに? 一応喫茶店なので長くなるならコーヒーぐらい注文してもらえると嬉しいんですが」
杉菜の言葉に、代田はカウンター席に座った。
「あ、じゃあコーヒーホットで。いや、でさ。自慢だけしに来たんじゃなくて……実は、お願いしたいことがあって」
「お願いしたいこと、ですか」
「プレイヤー代理のキャラに姫芝さんモデルのキャラを使いたいんだよ」
「……まぁ、いいですが、『雑草今生』テーマは収録してるんですか?」
「してるしてる。というか最初にそれだけ決めた。雑草今生シリーズは絵もいかにもって感じのモンスター感があるし、ロマン火力もあり、墓地利用っていうのが一貫しててどんなことができるゲームかって知ってもらうのにちょうどいいからね」
めちゃくちゃあの日に影響されてるなと思いつつ、杉菜はまぁいいかなと思った。永花もやるかもしれないし。
「いいですよ、扱いも悪くないみたいですし」
「やったー!!」
「しかし、アプリだけ作っても宣伝とかできるんですか?」
「……あぁ、それは……」
代田はもごもごと言い淀んだ。
「この前、陽都のご当地バーチャル配信者の人が×モンに興味持って連絡くれたって話してませんでしたっけ?」
便五の言葉に代田は苦い顔をした。
「それは、そうなんだけど……陽都野妖狐(ヨウトノヨウコ)さん、なんか来れなくなりそうらしくて」
「……来れなく? バーチャル配信者って仮想現実で……つまりは現実以外で活動するんじゃないんですか?」
杉菜の疑問に、それはそうなんだけどと代田は続ける。
「陽都の布教活動てるんだけどね、彼女。バーチャルじゃ食リポとか観光スポットの紹介できないので、立ち絵を再現したコスプレでしてるんだよ」
「バーチャル配信者ってそんなとこまでまだ含める概念なんですか?」
そう問う杉菜に答えたのは便五だった。
「僕も詳しくはないんですけど、始まりはアニメ内のアイドルキャラの作中歌を本当にそういうアイドルがいる体で売り始めた1980年代まで遡るらしく、その後、ラジオ内の企画では写真集の発売も行われたとそうですし、アイドル育成ゲームでバーチャルアイドルの需要が広がっていき、ボイスロイドの発売によって企業だけがするものからユーザーの手でできるものになって『アイドル』以上の需要、話したり喋ったりというものが生まれ、世界初を自称するバーチャル配信者は2016年に生まれました。ゲーム配信から悩み相談、生放送でのコメント返しなど、ファンと距離が近いのが強みで、商業個人含めて話題になった数年で1000人を超えるバーチャル配信者が生まれ……技術の進歩により、背景を透かせるスクリーンなどが現れたことでリアルイベントの類も増え……」
「お兄さん、長い。まとめて」
「多様化してますし、遡れば架空のキャラクターを演じていればvirtualに近い扱いだったので、キャラ遵守してる以上はvirtualと言えなくはないです」
この動画見て、と見せてくれた動画には、巫女服の様な服を着て狐耳や尻尾をつけた妙齢の女性が写っていて、実は小麦の産地、陽都の新イベント!! 陽都カレーうどんフェス!!という看板の前で服にカレーを飛ばしながらうどんを啜っていた。
白地にカレーが飛ぶ様を杉菜はどうかと思ったが、
『私染色補正技能士持ってるから!』
『こんな美味しいんだから味わうことに集中しなきゃ!』
と言いながら豪快に啜る様は、応援したくなる愛嬌がある。テーブルの上に紙ナプキンが準備されているのに気づかない事をコメントでつっこまれてもいたが。
「僕も話聞いてから初めて見たんだけど、自分で『うわキツモード』とか言っていて……」
「……その『うわキツモード』に何かあったの?」
杉菜がうわキツってと躊躇っていたからか、猗鈴が代わりにそう聞いた。
「それが……変なコスプレしたやつに変な色つけられたって言ってるんだよ。なんか普通に洗っても落ちないらしくて、衣装を新調するお金もなくてどうしようかなって感じ、らしいよ」
代田はどうしようねと肩をすくめた。
「染色補正技能士持ってるのに落とせないってよっぽどですね……」
杉菜は神妙に頷いた。
「そうなの?」
「しみ抜きで唯一の国家資格です。私も民間のちょっとした資格は持ってますが、かなり有用な資格ですよ」
ところで、と杉菜は続ける。
「×モンアプリの説明だけならバーチャルでできるんじゃないですか?」
「僕もそう言ったんだけど、×モンの『ゲームとしての面白さ』はやってもらえばわかるけど、『話題としての面白さ』は、陽都内でさらに局所的な大人気コンテンツである点にあるから宣伝効果が落ちてしまう。それじゃ魅力が全然伝わらないから、なんとかしてみるって……」
「何とかって……新調するお金なくて汚れも落ちないんですよね?」
それでどうするというのかと杉菜が言うと、代田は首を傾げた。
「うーん……実は今日、ここで打ち合わせする予定なんだよね。そこで詳しい話を聞く感じ」
「まぁ、いいですけれども先に言って欲しかったですね……」
五分もしないうちにカランコロンと玄関のベルが鳴って、普通にワイシャツとジーンズに、狐耳と尻尾を付けたまぁ妙齢ではあるが若干しょぼくれた雰囲気の女性が入ってきた。
「妖狐さん、こっちこっちー」
代田はひらひらと手を振ってその女性を呼んだ。
「あ、どうもー……いや、この度は迷惑おかけしてます」
申し訳なさそうにその女性はカウンターの代田の隣に座った。
「……普段からその格好なんですか?」
思わず杉菜の口から疑問が漏れた。
「あ、はい。妖狐として活動する時は基本これです。打ち合わせするんでちょっとうるさくするかもしれないですけど大丈夫ですかね……?」
「いいですよ。他に客いませんし」
すみませんじゃあアメリカンをと、妖狐は頭を下げ注文する。
事後承諾されるよりは幾分まともだが、格好が常識人として受け入れることを困難にさせる。
「衣装は汚されたって聞きましたけれど……」
「はい、でも耳と尻尾だけなら毛の分け目いじったり汚れたとこ切ったりしたら何とかなりそうでして……巫女服は通販で安いのをとりあえず買うつもりで……」
こういうやつ、と見せてきたのは、4000円程の巫女服のページだった。生地も薄く、ハロウィンではしゃぎたいだけの若者にしか許されないようなクオリティに見える。
「……もう少しお金出せないんですか?」
「投げ銭とか受け付けてないので、本業の方のお金から出さなきゃで……」
テレビ出る時とかはもらってますけど、日々の配信で消えるのでと妖狐は苦笑いした。
「なんで受け付けないんですか?」
「私の配信にお金出して、お金払って欲しい陽都の魅力的な部分に払うお金なくなっちゃったら本末転倒じゃないですか」
「妖狐さんの眷属達……リスナーさん達は陽都にふるさと納税したり、通販で妖狐さんおすすめの商品を買うことをお賽銭と呼んでいるんです」
「お兄さん、黙って」
はい、とおとなしく便五は口を閉じた。
「汚れ、そんなにひどいものだったんですか?」
隠してはいるんですけど、と妖狐が尻尾の毛を分けて中に隠した汚れた部分を見せる。ペンキとはまた違って、綺麗に染まった原色の紫色は、黄色い毛に悪い意味でよく映えた。
「……これはひどい。犯人はもう捕まったんですか?」
「いえ……今の陽都の警察ってやばいじゃないですか。それで、そんな事件に構ってられるかって、ろくに話も……」
「それは、困りましたね……動画の撮影中に来たんでしょう? 子供達に何かあるかもしれないのは……」
「それは、そうですね……」
ちらっと、猗鈴の視線が杉菜に向いた。それに気づかずとも、杉菜はコーヒーミルを挽く手を止めた。
「よかったら、話聞かせてください。私達は探偵もしているので」
「探偵……って、お高いんでしょう?」
妖狐はお金が、と渋る。
「探偵の値段は大概は人件費と使う時間の値段です。喫茶店の店番の業務をしながら話を聞いて、それでどうにかなる分にはお題は喫茶店の分で大丈夫でしょう」
それ、大丈夫かなと便五は思ったが、喫茶店の隅でパソコンと向き合っていた盛実が『マスターもそういうことするからOK』とタブレットに書いて掲げていた。
「じゃ、じゃあ……」
妖狐がそうして話し始めようとする後ろで、盛実はさらにタブレットに何かを書いて掲げた。
『犯人はデジメモリを使っている』
『ネットで動画が出回っている』
「……妖狐さん、犯行時の動画とかありますか?」
そうして見せてもらった動画は、陽都に出ている時のものだった。
陽都南商店街カレーフェスという看板の前で、妖狐がレポートイベントの概要を述べている。そして、食べ終わると同時にどこからか巨大なペンが飛んで来て妖狐の足元で炸裂し、七色のインクを撒き散らした。
カメラがぐるんと動いてペンが飛んで来た方向を向く。すると、円筒状の子供の描いた絵を形にしたようなロボットのようなデジモンがいた。
『ネットでも現実でも目障りなんだよ』
『Vだかご当地キャラだかもわからない中途半端なやつがでしゃばるな!』
『本物のV配信者の努力を愚弄しやがって!』
『キーホルダーなんて大事にしてみみっちい!』
矢継ぎ早に罵ると、そのデジモンは見た目と裏腹の機敏な動きでどすどす走って去っていく。
それを見て、ちらと杉菜が顔を上げると盛実がタブレットを持ち上げているのが見えた。
『デジモン由来のインクなら、私、落とせるかも』
「……妖狐さん。尻尾って取ってもらえます? インクに詳しい人間がいまして」
「え、でもここから離れて調べてもらうのは……」
「大丈夫です。そこにいるので」
盛実は汚い笑顔を浮かべて妖狐が外した尻尾を受け取ると、地下に消えていく。
「……あの人、信用していい人ですか?」
「信用していい人です。インクを調べるのはあの人に任せて……犯人に心当たりはありますか?」
杉菜の言葉に妖狐は悩みながら首を傾げた。
「……実は、この日にここに行くことってまがまぁ急に決まって、本業忙しかったんで当日になるまで告知し忘れてたんです」
「と、いうことは知ってるのは関係者……マネージャーとかは?」
「個人でやってるのでいません。それに、商店街の人達は呼んでくれた広報の人以外は結構おじいちゃんおばあちゃんだらけで、なんか有名人が来るらしいぐらいしかまだ聞いてなかったみたいなんです」
きつねちゃんって呼ばれるぐらいの認知され方でした、と妖狐は続けた。
「なるほど……その広報の人は?」
「さっきの動画でカメラ持ってもらってます」
そうじゃなくとも、わざわざ呼んだ時点で違うだろうなと、口を挟まず話を聞いてた猗鈴は思った。
メモリを使えば姿から身元は割れない。自分が関わるイベントで襲えば必ず一度は疑われるが、他人のイベントならそもそも疑われない。陽都野妖狐は陽都が拠点、なかなか行ける範囲のイベントに来ないから誘い込んだというわけでもないだろう。
「他に知っていた人は?」
「えっと……あ、直前に別の企画の打ち合わせをした他のV達との雑談で、ちょっとだけ宣伝しました」
V、バーチャル配信者を縮めて呼ぶとそうなる。
「その人達は……」
「ほぼ動画サイトとSNSのアカウントしか知らないですし……みんないい人なんですよ?」
考えられないと妖狐は言った。
「一応、可能性は全部潰すと思って……」
「えっと……まずは、鯖野味噌美(サバノ ミソミ)先輩ですね」
「鯖野味噌美」
陽都野妖狐もそうだったが、みんなそんな名前なのかと杉菜は内心思ったが顔には出さない様努めた。
「私に個人Vのイロハを教えてくれた先輩で、個人だったのが人気が出て大手事務所にスカウトされた先輩です。元々の声もかわいくて、中の人が本当に高校の先輩なんですが、趣味が料理でそれが高じて、今は関東ローカルのバラエティ番組で不定期料理コーナーを持っていて……打ち合わせもそのコーナーの打ち合わせなんです。私と他二人のゲストがお邪魔して、ゲストに合わせて先輩がレシピを出して料理初心者のアイドルがその料理を作るっていう……」
「食リポとか取る時には集まるの?」
「それで、事前に打ち合わせしたんです。実際に先輩のお手本見ながら作って食べて感想出して、コメント被らない様にって……」
「他二人とアイドルが一人、後三人がその場にいたんですね」
「そうです。天鈴(アマスズ)ザピナさんと、めせぬっぽさん。あと、川越竜人さんです」
「天鈴ザピナ……なんか曲は聞いたことあるかも」
「そうです。ザピナさんは声がとにかく透き通るみたいな感じで、歌が人気でユニットではありますけど大きなドームとかでライブもしている、この中では一番の大物です」
「めせぬっぽさんは……?」
「めせぬっぽさんは、なんか、お酒飲みながらゲーム配信とかしてる配信者の人ですね。喋りが達者で、この人は個人V、動画内だとだらしない人ですけれど、打ち合わせは真面目で丁寧でした」
だからやっぱり違うと思うんですよと妖狐は呟く。
「川越竜人は聞いたこともないけど……」
「若手アイドルです。先輩アイドルのバーターなんですが、いい子で、この番組だとレギュラーです。普通、こういう小さいコーナーだと打ち合わせはディレクターとかとだけやるんですけど、Vの私達は私以外現場に直接出向かないので、ちゃんと挨拶したいって言ったらしくて今回特別に集まったんです」
「みんなジャンル違いすぎない……? 何作るの?」
杉菜の言葉に、妖狐は写真を見せた。
「鯖味噌さといもバイです。陽都はさといもの収穫量が全国指折りなのは常識ですからね」
常識だろうかと杉菜は思ったが、何も言わなかった。
市販のパイシートの上に里芋と鯖味噌と調味料を混ぜて乗せ、上にチーズをたっぷりかけて魚焼きグリルで焼くんですと妖狐は説明した。
「とりあえず、知ってるのがその四人ならば……」
「鯖野味噌美さんとめせぬっぽさん、川越竜人は一応、アリバイがある」
猗鈴はそう言いながら、スマートフォンの画面を見せた。
「今検索した。二人はこの時間、それぞれ生配信をしてる。鯖野味噌美さんは雑談配信、めせぬっぽさんはゲーム配信で、川越竜人はSNSで前日から先輩のバックダンサーをしているって呟いてる……札幌で」
「札幌は無理としていいと思うんですが……配信中に席を外すことは?」
杉菜の問いに妖狐は首を横に振る。
「ゲーム配信なら、ネタバレとか防ぐ為にコメントを見ない時間を作る人もいるので作れるかもしれませんけれど、雑談配信はリスナーと雑談するのが肝ですし、まず無理です。それに、二人ともそんな人じゃないです」
「ちなみに、この中で陽都に住んでる人は?」
「鯖野味噌美先輩は陽都に住んでます。高校の先輩ですし……他の二人は本当に知らないです。実際の収録も今はちゃんと機材揃えればほとんどラグとかも出ませんから収録の為にスタジオで顔を合わすこともなくて……」
だからこの打ち合わせも本当に珍しいことなんだと、普段の接点はほぼないんだと妖狐は強調した。
「……テレビ出る時は、正直私は実際の顔出しの方が多いんです。バーチャル配信者というよりもご当地キャラ的で……そういうのが気に食わないって中傷はよく来るんです」
だから、誰とも知れない人なんだと思いますと妖狐は言った。
「確かに、誹謗中傷は人気に伴って増えると聞くし、たまたま陽都に住んでいるアンチがいて、虎視眈々とチャンスを狙っていたというのは決してない話じゃない。そうなると、防ぐのは難しい」
代田の言葉に杉菜は確かにと頷いた。今の組織は風切王果や吸血鬼王の手でボロボロになっている、まともにメモリを売買できるとも思えない。既に買っていてチャンスを狙っていたと考える方がありそうではある。
「キーホルダー……キーホルダーを大事にしてるんですか?」
不意に猗鈴がそう口に出した。
「え?」
「あのデジモン、キーホルダーを大事にしててみみっちいとか言ってたから……」
確かに、その言葉は他と毛色が違った。他はバーチャル配信者としてのあり方に対するものだったのに。
「えっと、私、高校の時に蒲焼子先輩と陽都動物公園遊びに行った時に買ったカメレオンのキーホルダー大事にしてて、そういうのから見える私との関係が気に食わないってことなんですかね……あ、でも、私放送ではキーホルダーのこと言ってない……」
「本当ですか?」
「味噌煮子先輩の身バレに繋がるので……でも打ち合わせの時には喋った気がする、私とやたら仲良いのをリアルの後輩だって味噌煮子先輩が口走ったから……」
マネージャーさんには止められてたけど、と妖狐は口にした。
「じゃあ、やっぱり打ち合わせしてた中に犯人がいる……」
「だけど、四人のうち三人はアリバイがある。今、めせぬっぽのファンサイトを見てたんだけど、一週間前に生放送してる時に選挙カーの音が入って自宅が地域バレしたらしい」
便五の言葉に、猗鈴が食いつく。
「どこ?」
「愛媛県。仮にゲーム配信のプレイ中の部分が録画だったとしても、一時間半の放送の最初と最後はコメントを拾っている。関東にある陽都との間を往復するには遠過ぎる」
「じゃあ、甘鈴ザピナが?」
「消去法だとそう。キーホルダーのことしれるのはその三人、うち二人はアリバイがある。となれば答えは一つ」
猗鈴の言葉に、杉菜は微妙に眉根を寄せた。
「……何か変なとこあった?」
そう問うと、杉菜は首を傾げた。
「この犯人の言う本物のVって何を指してるんでしょう」
「実写コスプレ(うわキツモード)しないってことなんじゃ……」
代田の言葉にそれも含まれるでしょうがと杉菜は続ける。
「あまり詳しくないんですが……Vという呼び方は主に配信者として力を入れている人に向けたものですよね」
「……確かに。甘鈴ザピナのチャンネルはMVがほとんどで、ゲームや実況、雑談とかの配信は基本ない……歌い手とか、先祖返りしてバーチャルアイドルに近いかも」
お兄さん色々詳しいねと猗鈴に言われて、便五は少し顔を赤くした。
「それもそうですし、甘鈴ザピナさんはご当地の私と違って全国区。地元の紹介や地元モチーフのゲームの配信がメインの私とは需要も被らないはずです」
妖狐もそう続けた。
「アリバイはないが動機もない。でも残り二人はアリバイがある。そして、知ってるのはこの四人のはず……なにかアリバイトリックが……?」
「なら動画に何か映ってるかも」
杉菜の言葉に、猗鈴は鯖野味噌美の動画を見始めた。
『ぼんじゅー、鯖? 鯖野味噌美です』
鯖缶をイメージしているのだろうか、頭の上にプルタブのついた缶の蓋の様な輪っかを浮かべ、ピッタリとした服を着たその女性は、そう言ってにこにこ笑っていた。
『今日は、予告通りの雑談配信です! 今日はね、マネージャーが病欠なので、久しぶりに一人で機材使うから時々喋り止まるかもだけど、群れのみんな勘弁してね』
味噌美ファンは群れと呼ばれるんですと妖狐が補足した。
『お、マネージャーのお見舞い代? いなりずし子さんありがとー! マネージャーが復帰したらご飯でも奢ってあげることにするね!』
『そういえば、いなりずし子さんで思い出したんだけど、いなりずしのレシピ。この前やったやつ覚えてる? 上手く包めなかったってコメント結構あったよね。分厚い油揚げを選んだのにっていうのが多かったんだけど、厚いやつより薄い方がやりやすいかも。端っこも綺麗に開けなそうだったら開けたい端を切り落としちゃってもOK、切り落とした揚げは細かく刻んで酢飯に混ぜちゃっていいからね』
『お、磯部牧彦さん、いなりで思い出したけど、妖狐ちゃんと最近コラボしてないね……そうだねぇ〜……事務所所属になってからちょっと疎遠になっちゃったね……でも、多分近く一緒にお仕事する……いや、嘘ごめん。嘘じゃないけどごめん、まだ微妙だから言っちゃダメなやつ!』
先輩、こういうの天然でやるのがかわいいんですよと妖狐は笑う。
『あ、そういえば妖狐ちゃん今日ある、陽都南商店街カレーフェス? とかいうイベントに出るって。あの子カレー好きなんだよね、本格的なインドカレーより日本らしい家庭カレーみたいなやつ。あ、勝手に宣伝したらマネージャーに怒られるかな……?』
マネージャーに怯えてて草、鯖狐助かる、なんてコメントがコメント欄に散見する。
「……コメントへの反応も早いし、録画ではとても無理ですよ、やっぱり!」
妖狐はそう杉菜に話しかける。
「めせぬっぽは?」
そう言われて、猗鈴はスマホでめせぬっぽの動画を流し始める。
『はい、音大丈夫ー? じゃあ今日はゲーム配信という事なんだけど……美味しいおつまみを送るので、ファイナ◯ソードプレイしてくださいというお手紙が送られてきました』
今更? 2020年のクソゲーGP優勝作やぞ? とコメント欄がザワザワし出す。
『お前らの言いたいことはよくわかる。完全初見っていうには有名すぎるし、俺も断ろうかなぁと思ったんだけど……送られてきたおつまみギフトセット、一万ぐらいするし、やらずに食うのはなぁ……つまみに雑念は挟みたくないだろ?』
酒好きのおっちゃんみたいな気安いキャラが人気なんですと妖狐が捕捉する。
『とりあえず、義理を果たすため、画面にワイプを一つ増やしてな? こっちにギフトセットの残りの中身を表示してな? ワイプのミニ七輪で焼きながら酒を飲む。このギフトセットがなくなるまでにクリア目指すから、お前らガイドよろしく』
「うわ、この動画よく見たら一時間じゃなくて十時間あるよ」
代田がそう呟いた。
「コメントを拾いながらのプレイって感じみたいですし、これは途中で抜けるのは無理ですね……」
「となると、天鈴ザピナ……?」
杉菜と妖狐がそう話している中で、猗鈴は便五をちょいちょいと呼んだ。
「……お兄さん。ちょっとわかったかもしれない」
こんにちは、快晴です。
前回の感想からは随分と間が空いてしまいましたが、『ドレンチェリーを残さないで』、毎回楽しく読ませてもらっています。
拙いものではありますが、感想の方、納めさせて下さい。
どこを掘り出しても大体クソみたいな情報が出てくるドレのこ時空警察に実家のような安心感を覚えつつ、前回と併せて謎感の強かった幹部・本庄さんの背景や同行もちょこっと公開されましたね。メモリがレガレクスモンなのは以前から出ていましたが、電気の能力から繋がっていると言われると、なんだか新鮮な印象だったり。海産物だけに。
公竜さんと未来さん、美園姉妹の背景が掘り下げられたりと、静かに、しかし怒濤の展開が続いた印象ですが、ここで久々の探偵パート。実家のにおいがする……。
×モン! ××モンスターじゃないか!!
xこと旧Twitterで話は聞いていましたが、復活と聞くとやはり嬉しい限り。それもアプリとは。
アプリのカードゲームは手軽さが本当にありがたいんですよね。その分手元にある種の資産としてカードが残らないのは個人的にアプリカードゲームのネックな部分だと勝手に思ってるんですが、×モンはカードがそもそもやっすいので安心。アプリをきっかけに、みんなも始めよう××モンスター。
閑話休題。
雑に扱われる便五くんはからだにいい。
染色補正技能士は知らなかったのですが、しれっと民間の資格を持っているという杉菜さんにもびっくり。杉菜ママがいればお洋服を汚しても安心。
……里芋もメロンもタワーもあるし、陽都、治安が終わってるところに目を瞑れば、案外いいところなのかもしれない。(錯乱)
結局ご当地を全国に広めるには、地道な宣伝が一番大事なんだなぁ。
今回はデジモンがオメカモンと解っている状態での推理パート。
読み返して思ったんですが、これ、打ち合わせの場にいる登場人物は(陽都野妖狐さんを除いて)4人じゃなかったりします……? もう1人、妖狐さんにはいないけれど、味噌美さんにはいる。そして動機もありそうで、確実に事件の日にアリバイが無いと明言されてしまっている人物が……。
間違ってたら恥ずかしいんですが、まあその時はオメカモンの正体を当てられなかった人にはなれるのでお得。勝手に犯人予想者にBETしておきます。
とりとめのないものになってしまいましたが、『ドレンチェリーを残さないで』、今回も楽しく読ませてもらいました。30話到達もなんだかおめでたい。
一体オメカモンは誰なのか。そしてメインストーリーも、ここからどう転がっていくのか。楽しみにしつつ、今回はこちらを感想とさせていただきます。
次回も楽しみにしております!
あとがき
久しぶりの探偵要素!!帰ってきた探偵要素!!
犯人は、ただ一人!ヒントは多分判別できる程度には出てる!!
次までは間開けないようにしたいですが、多分無理なので、ゆっくり犯人を予想して下さい。特に報酬はありませんが、オメカモンの正体を当てた人の称号が得られます。