
「そう警戒しないで、ただちょっとあなたの考えを知りたいのよ」
その女は黒い髪を弄りながら、人間の姿に戻り苦しそうに頭を押さえる王果の顔を覗き込んだ。
「私ね、娘を探してるのよ。もう大人であなたと同じくらいなのだけどね? あなたのことはついさっき警察の人から聞いたんだけど、ちょうどいいなぁと思ったの」
王果は震える指でピースサインを作ると、吸血鬼王の目に向けて突き出す。
「ちょうどいいって、なにが……」
ペシと軽く手を払われただけで、ふらふらになりながら王果はそう吸血鬼王に聞き返す。
頭の中では目の前の女と同じ声の囁きと、殺人を打ち明けた時、喜んでくれると思った杉菜の顔が歪んだ瞬間が繰り返される。
決定的に王果と杉菜は違っていた。
王果にとって杉菜以外は【ヒト】という動物ではあっても自分と同族の【人】じゃなかった。シロツメクサを摘んで冠を作るのと同じ感覚で王果は人を殺して世を騒がす連続殺人鬼バンシーの存在を作り上げた。
その過程なんて大して覚えてさえない。
「あなたのこと、世の中の人は人でなしって言うんでしょう? 私の娘は半分デジモン、そしてあなたも……直接会ってわかったわ。隔世遺伝って言うの? 何世代も前に、救世主気取りのデジモンが血筋を残してたのね。どっちも半分人でなしなんだからちょうどいいでしょう?」
その言葉を聞いて、王果は吸血鬼王に向けて嘔吐した。
杉菜の表情について考えないとわからない自分が王果は嫌だった。
嫌だったならば、普通はまず怒るか恐怖する。ヒトはそういう動物だと王果は思っていた。
まずは防御反応、自分を守る反応、つまり王果という嫌悪の対象を拒絶する。でも杉菜はそうじゃなくて、初めて見るその顔が王果の傷になった。
「……耐性があるやつってこれだから嫌だわ。身体の拒絶反応が出る前に堕ちればこんな汚くならないのに」
足についた吐瀉物を、吸血鬼王はすぐ後ろにいた階級の高そうな男のズボンに擦り付けて拭う。
有象無象は動かせても杉菜の心を動かさない自分に、その日、王果は初めて無力感を覚えた。
それは暗闇に放り出された様な、急に足場が失われた様な、世界の終わりに近しい感覚。
「警察にいるのも、娘を探すため?」
王果は焦点の合わない目をぐるぐる動かし、冷や汗をだらだら流しながらそう問う。相変わらず頭の中では声が響き、王果に堕ちろと促してくる。
「いや、警察に来たのは息子に会う為よ。ここ最近あまり警察署にいないみたい」
それにしても、と吸血鬼王は首を傾げた。自分の眼は聞いている筈、抗体によって機能不全にされた様子もない、なのになぜ目の前の女を操りきれないのかがわからない。
すると、王果はふらりと吸血鬼王に向けて倒れもたれかかった。
効いてなかったわけではないと吸血鬼王がほくそ笑む。
「あ、そうそう、他にも手伝って欲しいことがあるのよ。美園とかいう姉妹を、ある子に殺させてあげるって話なんだけど……」
王果の唇が美園と小さく復唱する。そして、不意に起き上がって吸血鬼王に抱き着き背中で手を組む。
身体は金色の輝きを伴ってまたデジモンのそれへと変わり、同時に全身が発火する。
「私の眼を見てなんで動ける……?」
吸血鬼王のその言葉に、王果は笑みを浮かべる。
「心を動かした気になってる人でなしにはわからないわ。人の本当の強さは」
まとった炎はさらに強く、床が溶けだし吸血鬼王の服は焼けその下の皮膚さえ爛れ黒く炭化さえしていく。
ボロボロと指が崩れていくのを見て、吸血鬼王はチッと舌打ちをすると両腕を掲げた。
ぐちぐちと音を立て、炭化した皮膚を下からぼろぼろと崩しながら生えた巨腕は人間のものではなく、赤黒く艶のある毛に覆われていた。
「いい加減にしろ」
低く苛立ちを感じさせる声と共に、王果の腹に吸血鬼王の拳が突き刺さる。
思わず王果の腕が緩む、その隙に吸血鬼王は王果の頭を殴りつけて引き剥がす。
「……人間の身体はデリケートなの、そんなのまともに喰らったら再生できなくなっちゃうわ」
自身の炎で床を溶かしながら王果は落下。吸血鬼王は蝙蝠の様な翼を背中から生やし、その後を追って穴を降りていく。
その途中、何人かの警察官を見つけると、視線を合わせて自分の方に近寄らせ触れて、やじり状の水晶の塊にすると自身の周りに浮かせた。
「あなたは、要らない」
吸血鬼王の言葉と共に、穴の中に向けて水晶が降り注ぎ、一拍おいて爆発が起きる。
街に警察署の半壊と死者行方不明者百名弱を知らせるニュースが駆け巡る。ほんの数時間前の出来事だった。
これはさらにその数時間前へと遡る。
「この街ってさ、なんかこう……『なんとか都』とか、『なんとか街』みたいな名前とかない? こう、ヒーローが活躍する舞台ってやっぱなんかね、こう……あるじゃん?」
「……陽都って呼び方がありますよ。特産品にもちょくちょく名前使われてます」
杉菜がそう言うと、猗鈴はそういえばとスマホに陽都メロンと書かれたシールの貼られたメロンや陽都大福と値札に書かれたオレンジ色の大福を映し出した。
「中川くんのとこのメロンとか、便五くんちの商品にもあったっけ」
それを見て、盛実はキラキラと目を輝かせ若干気持ち悪い笑みを浮かべた。
「いいのあるじゃーん!! なんで誰も教えてくれなかったのー!?」
「普通に生活してたら目につくからじゃないですか?」
杉菜はそう言いながら盛実の前にコーヒーを、猗鈴の前にクラッシュタイプのコーヒーゼリーにバニラアイスをのせたサンデーを出した。
「基本部屋にこもってるし、コンビニぐらいしかいかないからね、博士」
天青はそう言いながらパソコンを開いてメールをチェックする。
「それはアイテム作らなきゃだし、私やられたらベルトとか機能停止するからでサブスクしか見てないからでは……あ、タワー! タワーとかある!?」
できれば切り落とされそうな風車付きの、と言う盛実に猗鈴は窓の側によると、ちょいちょいと盛実を呼び、空に向けて花が開く様に太陽光パネルを掲げた鉄骨造りのタワーを見せた。
「わー!! 太陽光パネル部分落とす怪人が劇場版で出てくるやつー!!」
「そんなことになったらこの街の人達は悲しむでしょうね。ソルフラワーはこの街の希望の象徴らしいですから」
杉菜は不謹慎ですよとそう盛実を嗜めた。
「……そうなの?」
不謹慎と言われ、流石にちょっと盛実も反省した様な顔をした。
「元はただの古いテレビ塔で、撤去するのもお金かかるからって感じの観光施設なんですけれど。五年前の大規模テロ、街の至るところで死傷者が出て電気も止まって、天気も悪くて昼なのに暗くて……」
杉菜はそうすこししんみりとした感じで話す。
「あの時、ソルフラワーの電飾がこの街の唯一の明かりだったんです。そのテロからの復興の第一歩として、正式名が県立なんとかかんとかテレビ電波塔とかだったのを、公募の結果ソルフラワーになったんです」
未だにテレビ塔とか電波塔って呼び方も根強いようですけどね、と杉菜は言った。
へぇと盛実と一緒に天青と猗鈴も相槌を打つ。
「美園さんも知らなかったんだ?」
「いつの間にか名前変わってるなぐらいに思ってました」
猗鈴はそう言ってサンデーを一口食べた。
「美園さんも大概興味ないね、この街」
「ソルフラワーの周りの公園で毎年やってるソルフラワースイーツ祭りさえ知ってれば十分です」
「十分かなぁ」
そんなやりとりをしていると、ふと天青が立ち上がり、ノートパソコンを皆の中心に置いた。
「ちょうどいい依頼が来たかもしれない。ソルフラワーの天使探し、だって」
「……ソルフラワーにて、最近天使の目撃情報が多発しています。その正体を突き止めて欲しいです。と」
「……普通探偵に頼むことですかね? まずは従業員通路の鍵とか調べて、特に何もなければ放置でいいでしょうに」
「でも、全く関係ないところから天使って同じワードが出てくるかな」
杉菜の言葉に猗鈴がそう返すと、美園さん知らないのと便五が口を挟んだ。
「五年前のテロの時、ソルフラワーの上空に一瞬だけ光が差した時間があって、その時に天使だとか悪魔だとかがいたって都市伝説があるんだよ」
どっちも一定数いるのと、テロの犯人が捕まってないことから、天使と悪魔が戦ってたのがテロの正体って噂もある。と便五が続けると、盛実は苦笑いをしていた。
「なおさら謎ですね。都市伝説を元にしたイタズラとか、鳥の見間違いの方がありそうじゃないですか?」
「まぁ、行ってみればわかるでしょ。散歩ついでに博士も行ってみたら? 監視カメラとかの解析必要だろうし」
ご当地ヒーローショーとかもやってて、今日もやるらしいよと天青は盛実に促した。
「え? 世莉さんそれ真実(マジ)!?」
盛実は地下に猛然と引っ込むと、普段の白衣とつなぎからあっという間にお洒落と無縁の野暮ったい格好に着替えて戻ってきた。
「喫茶店の体裁的に姫芝と私は残るから、二人で行ってきて」
天青に言われて、猗鈴はわかりましたと簡素に答えると、バイクの後ろに盛実を乗せてソルフラワーに向かった。
「イタズラじゃないとわかったのは、私もその影を見たからなんです」
来間恵美と名乗った依頼人はそう話し始めた。
「私はこのソルフラワーの広報部に所属していて、天使と悪魔の都市伝説はもちろん知ってます」
なるほどと猗鈴は周囲をちらちら見る。ヒーローショーの前だからと会場の設営を確認している恵美の視線の先にあるのぼりやポスターには、天使と悪魔をモチーフとしたらしい二人のご当地ヒーローの姿が描かれている。
猗鈴もそういえばテレビCMを見た覚えがある。あまり興味がないからスルーしていた。
「超神ネイ◯ーや琉神マ◯ヤーがブームを作ったご当地ヒーロー……行政や地域社会との結びつきの強さや個人がやってる故のメッセージ性を持つヒーローも少なくなくて……例えば、児童虐待を受けたライダーファンが児童虐待防止を訴えて始めた例も……」
盛実がほんのり猗鈴の側に身体を傾けて顔を近づけながらボソボソとそう呟く。
「盛実さん、詳しいですね」
「え、いや……そんなに詳しくはなくて、受動喫煙程度の知識なんだけど……ここのも知らなかったし」
「そののぼりに描かれた二人のヒーローの内、白い天使の女性が陽光勇士ゾネ・リヒター、主人公です」
来間がそう話し始め、猗鈴は脱線し出したなと思ったが、来間の目の輝きを見ていると止められなかった。
「女性のヒーローが主人公……大きなお友達が好きそう」
「五年前に現れた天使は、噂だと女性だったらしくてモチーフなんです。彼女はその天使から受け継いだ力を持ち、この荒んだ街に少しでも笑顔を増やそうと、普段はソルフラワーのレストランで働くウェイトレスですが、怪人が現れると颯爽と駆けつけるのです!」
早口で来間はそう続ける。
「で、こっちの黒い方は悪魔の方がモチーフの月光勇士モント・リヒター。昼はソルフラワーの清掃員ですが、夜な夜な怪人を狩って回るダークヒーロー……」
楽しそうに話す依頼人に止めるタイミングを見失った猗鈴は、夜な夜な怪人を狩って回る悪魔って天青さんっぽいなと少し思った。
「ちなみにモチーフの一つはテロの後に現れるようになったというメモリ犯罪者達を狩る悪魔。ですね」
これ、天青さんのことではと猗鈴が盛実に耳打ちすると、天使の方も多分そう、と盛実は返した。
「二人はお互いの正体を知らず、奇しくも同じ建物の中で働きながら、それぞれにこの陽都の平和を守ろうとしてるのです……」
「いつお互いの正体を知るのかハラハラするやつだ……」
「で、依頼に話を戻したいんですけれど……」
流石に止めないと話が進まないと猗鈴は口を挟んだ
「あ、そうでしたね。つい……天使の話です。私が見たのは、空に浮く翼の生えた人影……正体を確かめようと見たんですけど逆光でよく見えなかった上、あっという間に消えてしまいました」
「どこで見たんですか?」
そう聞かれて、来間はヒーローショーの舞台の背後を指差した。
「この第一展望フロアの窓の外……です。作業員通路はありますが、通路は鍵がかかってますし、そのあと確認しても鍵はかかったままでした」
天使のデジモン、流通してるメモリの中には実はあまり天使のデジモンはないことを盛実は知っていた。
理由は簡単で、天使と魔王は相互監視状態にある。お互い不用意に手を出すことは避けており、そのメモリはあったとして少数の筈だった。
「あと……実はですね。お客様やスタッフ達を不安にさせたくないので、表向きは探偵ということを隠して欲しいんです。例えば、webライターで、取材の為に来てるとかそんな感じで……」
「わかりました」
猗鈴がそう答えると、ではちょっとその体裁の為にうちの主役に会ってもらってと言って、来間は一人の女性を連れてきた。
「彼女がゾネ・リヒターの変身前、陽明(ミナミ アカリ)役の南燈(ミナミ アカリ)です」
「南です。よろしくお願いします」
彼女は所詮はローカルヒーローというべきか、際立って可愛かったり美人というほどではなかったが、素朴さと真っ直ぐで力を感じる目がとてもヒロインらしい顔立ちだった。
「美園です。こちらは斉藤です」
「さ、斉藤です……」
「モント・リヒター役の山田は今日休みで申し訳ないのですが……」
「いえいえ、忙しい中南さんだけでもお時間取って頂きありがとうございます。早速ですが、南さんはほぼ本名のままやられている様ですが、理由はあるんですか?」
「それは、ゾネ・リヒターを悪意に負けない善意の象徴にしたかったからです」
「五年前のテロに由来するということですか?」
「はい、警察みたいに捜査とか、噂の天使みたいに直接戦えない中で、私達にできることはって来間さんが考えてくれたんです。実際に被害に遭った人間がそのテロを子供向けのエンタメとして消費してやるんです」
「最初は不謹慎って声もあったんですけれど、今は地域にも受け入れられてきたと思ってます」
「……武器を取らない戦いの形、みたいな」
「はい! そんな感じです!」
「モデルにはそのテロの際に見られたという天使と悪魔の姿があるという話ですが、信じていますか?」
「んー……正直信じてないですね。いたとすれば、メモリ犯罪者でしょうし」
南の反応は、知らないと言っているも同然で猗鈴は無駄になりそうだなと無難にインタビューをつづけた。
インタビューを終えた後、猗鈴達はまず展望フロアを見て回り、確かに通路の鍵などが壊されてないことを確認すると、客に聞き込みを行った。
「……結構目撃されてますね、天使の影や悪魔の影」
「先に天使と悪魔の噂があるし、鳥の見間違いとかの線もありそうだけど……」
一度情報をまとめようと、二人がレストランの席に座ると、不意に二人の座るテーブルの前で人が止まった。
「僕も混ぜてくれますか?」
顔を上げた猗鈴と盛実の目に入ってきたのは公竜だった。
「小林さん、なんでここに?」
「……ここにでるという悪魔の噂が目当てです」
公竜はそう言うと、同席してもと猗鈴と盛実に伺いを立てた。
それに、盛実は少し口をもにょもにょとさせたが、猗鈴はどうぞとあっさり許可した。
「それで、悪魔の噂をなぜ追ってるんですか?」
「……鳥羽は最期にメモリを探してと言い残しました。鳥羽は、自分が死んだら出てくる仕掛けになってるメモリを探せというほど馬鹿じゃない。故に鳥羽が私の知らないところで何かしてなかったか探ってます」
これが鳥羽の部屋から出てきました。と公竜はソルフラワーの展望台の入場チケットを見せた。
「悪魔の噂で一番多いのはコウモリの様な羽根の目撃談……ソルフラワーのどこかに鳥羽はメモリを隠したのかもしれない」
「……あまり期待できないかもしれませんよ。こっちの証言で、外にいたという証言がいくつかあります。鳥羽さんがチケット買って来てたなら、目撃されてる悪魔とか天使は多分鳥羽さんじゃない」
猗鈴の言葉に公竜はそうですかと一つ呟いた。
「では、僕はもう少し調べたら引き上げます」
「え……」
盛実は思わずそう呟いた。
「あ、えと……メモリ犯罪者かもしれないのに放置でいいのかなぁと……」
「よくはないです。しかし、今のこの街の警察に僕が関わると碌なことが起きない」
公竜の眉間のしわがより深くなった。
「この街の警察上層部を吸血鬼王が洗脳して、僕と引き合わせようとしている様です。おそらくは手駒の補充の為……」
猗鈴の脳裏には、佐奈という男とマタドゥルモンの姿が浮かんでいた。level5相当が二体、出回ってるメモリはほとんどlevel4以下であることを考えると大きな戦力だ。
「それで、鳥羽さんの遺言を……」
「鳥羽が僕に隠してたことでどうしてもあの場で伝えなければいけないことがあるとすれば、それは吸血鬼王を倒せる手段の可能性が高い……」
「あの、なぜそれを鳥羽さんは隠すと……?」
「僕が暴走すると思ってでしょう。確実な代物ではおそらくない、仲間を集めたり他の勝ち筋も用意した上で運用したかった。実際、鳥羽が諌めてくれても戦いを挑んでしまった」
公竜の眉根には一生取れない様な濃いシワが刻まれていた。
「……では、これで」
「も、もう少しだけ、調べていきませんか?」
去ろうとする公竜に、盛実はそう目を泳がせながら聞いた。
「えと……そう、私の脚のこととか、ありますし」
盛実はそう言って過去に公安に撃たれた脚をさすった。
「……まぁ、一回りぐらいは見ていくつもりでしたし、構いません」
公竜は不可解そうな顔をしながらそう言った。
『ピンポーンパンポーン、もうすぐ、陽光勇士ゾネ・リヒターヒーローショーが始まります。ご観覧のお客様は展望台の特設ステージまでお越しください。パンポンピンポン』
「あ、行かなきゃ」
「なぜですか?」
「だってヒーローショーだか「ご当地ヒーローの取材をしてる記者という体で調査してるので」
「そ、そうそう……それです」
公竜は少し怪訝な顔をしたものの、恵理座のことを少し思い出してふっと表情を和らげた。
展望台の特設ステージ前はまだ始まってないのにそこそこ盛況で、子供達が前に陣取り、親達や他の大人がその背後で見守る。
親子が楽しそうにしているのを見ると、猗鈴もふと頬が緩んだ。
そんな中、不意に公竜が神妙な顔をして猗鈴と盛実の肩を叩いた。
「……あそこに怪しい人物が」
そう言われて猗鈴と盛実が見た先にいたのは、辛うじて女性な気がする程度に肌を執拗に隠したモノクロチェックのニット帽を被った人物だった。
「子連れにも見えませんがかなり高価なカメラを持っているのも、少なくとも不審者かと……」
公竜が真剣な顔でそう言うと、盛実は自分のことかの様に悲痛に声を搾り出す。
「違っ……ただ、まともな社会人のフリができない特撮オタクだっているんです……!」
「あつちの数名固まってる辺りにいるのがオタクてはないんですか? なぜ彼女はあの場所に?」
確かに、公竜の言うように観客の中にはわかりやすくグッズを持った一目で判別できる男達が数名固まっていた。
「えと、撮りたい構図があるとかもあるかもしれないけど、多分……普通に人見知り。一定数女性オタクに声かけてくる出会い厨オタクはいるけど、肌を出さない格好はおそらくそういうのが寄り付かない様にって意図があるやつ、私服センスないだけかもしれないけど……」
「そうですか」
公竜が頷く横で、猗鈴は他人のこと言えたセンスかなと思ったが口には出さなかった。
「他にも女性オタクはいるはずだけど、以前より市民権を得てるとはいえまだ社会人世代の偏見は強いし職場バレとか怖いし、擬態している筈……」
あそこの待ち合わせ風の人はよく見ると耳のイヤリングが黒い石と月、携帯のストラップも黒い三日月だからモント・リヒター推しの筈で、と盛実は別に彼女だけがオタクではないとそう必死に公竜に主張する。
その話を聞きながら、公竜は恵理座もそういう好きなキャラに関するアイテムを持っていたのだろうかと少し思った。
そうしてしばらくすると、ショーが始まる時刻になりショーのお姉さん的なTシャツに着替えた来間がステージの横に置かれたマイクの前に立った。
始まる空気に子供達も期待の視線を向け出して、周囲の注目が一点に集約されていく。
『アサルトモン』
メモリ音声が響いたかと思うと、群衆の中にいた一人の男の姿がぐにゃと形を変え始め、まずマシンガンへと変わった片手をステージに向けた。
ダダダと短い中に何十と繰り返された銃撃音、さらに重なったガラスの割れる音に、一瞬で人々は静まり返った。
そして、全身を銃火器で武装したケンタウロスの様な姿になったその男はステージ上にゆっくりと上がった。
「美園さん、斎藤博士、あとはお願いします」
『マッハモン』
その男に向けてバイクへと変形した公竜が飛びかかり、そのままソルフラワーの外へと飛び出した。
「え、待っていつ変身してた?」
「銃撃音にメモリ音を隠してた、みたいですね。ところで盛実さん、このベルトって私メインで変身できますか?」
盛実の言葉に、猗鈴はそう返して懐からベルトを取り出して見せた。
「え? いや、ソフト面いじらないとできないからここじゃあちょっと……」
「……わかりました。盛実さん。ディコットがこっちに来るまで私の身体よろしくお願いします」
『サンフラウモン』
猗鈴はベルトをつけると、サンフラウモンメモリを差し込み、そして程なく意識を失ってふらりとその場に倒れ込んだ。
「え? え? えぇ!? みんな反応早すぎない!? てか人間って重い!! 所長よく一話でパトカーまで運べたな!!」
盛実は倒れた猗鈴の頭の下に自分の太ももを入れるのが精一杯で早々に運ぶことを諦めた。
「だ、だ、だだっ大丈夫ですか?」
「あ、う……」
公達が不審者と間違えた厚木の女性がおずおずとやってきて猗鈴の足を持ち上げた。
そして、安全そうな隅に運びながら改めて周囲を見る。パニックになり、とりあえずステージから距離をとりエレベーター前に固まる人達と、それを取り囲む様に布陣する男達がいた。
そして、男達はその手に持ったメモリのボタンをぞろぞろと押した。
『コマンドラモン』『コマンドラ『コマンドラモン』『コマ『コマンドラ『コマンドラモ『コマンドラモン』『コマンドラモン』『コマンドラモン』『コマンドラモン』
元の男達の体格からすればむしろ小さくなって、一メートルより少し大きいぐらいの迷彩柄のとかげへと姿を変える。それを脅威と人々が認識できたのは、人に比べて巨大な爪や瞳ではなく、その装備したライフル銃のせいだった。
「全員エレベーターから離れてゆっくりとこちらに来い」
人々に向けてその中でも一人だけやや大きめの体格のトカゲがそう命令をした。
ちょうどWの二話構成の前編のようなお手本展開だ……夏P(ナッピー)です。
冒頭の王果サンのところがいい感じにアバンタイトルって感じですが、どーすんだ水落ちできそうにねーぞ!? 「警察に内通者が!?」とか疑う前に既に終わってることが明言されてしまってダメだった。というか、こんなシリアスムードで始まったのにメインの皆さんはAtoZの話題! ソルフラワーという名前がまさしくサンフラウモンを連想させますが、これは偶然? それとも……? ついでにめっちゃソフィア松岡に「メモリの数が違うゥ!」と切り落とされる未来が見えるようだぜソルフラワー。
町の名前・陽都に確定おめでとうございます。陽都の女や! 恐らく隣にカラーギャング改めダンサー達が鎬を削る町があるのでしょう。光と闇のご当地ヒーローということでスーパーマンとバットマンがモチーフかと思いきやモデルがまさかの。展開的に盛実サン「ほええええええ!?(超裏声」みたいな奇声発してパトカーごと牽引される奴だわコレ。スリッパのメモリを出せ!
コマンドラモン軍団がマスカレイド軍団か……なんかメモリ起動するタイミングめっちゃ規律乱してる奴がいますがいいのか。厚着の女性は挿絵まで頂いたので新(もしくはゲスト)ヒロイン化に期待ですが、こーいうこと言うと次回突如豹変して化け物なメモリで襲いかかってくることを俺は知っている。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。
あとがき
今回の大き目の出来事のまとめとしては、
・警察が終わってる。
・公竜さん迷走中。
・王果敗北?
・ついでに町の通称が陽都になりました。
って感じ。
次回に繋がるところはまぁ……最後の方ちょっとだけ見ればじゅうぶんわかると思うので。次回もよろしくお願いします。
おまけ
ご当地ヒーロー ゾネ・リヒター(陽明)
ひらひらしたスカートや剣はまともなスタントがいなくても動きが大きく見えるようにというちゃんと予算降りるまで自分達で動かしていた名残
作中時間軸的に9月か10月ぐらいなのに厚着しまくりの不審者子さん。