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へりこにあん
3月27日

ドレンチェリーを残さないで ep12

カテゴリー: デジモン創作サロン


「天青さん、マタドゥルモンというデジモンに会いました」


心配する便五を今度説明するからと無理矢理帰して一晩たって、いつものように喫茶店にいた天青に対して猗鈴は開口一番そう投げかけた。


すると、天青はポケットの中からサングルゥモンメモリを取り出してその中にカードが入ってるのを確認して、猗鈴の顔を見た。


「……それは、どこで?」


「佐奈と呼ばれていた男の頭から出てきました。こっちのことを知っているみたいで、男の方はメモリも使っていました」


「頭から……少しまってて」


そう言って、天青は地下室へと降りていき、数分すると博士と共に一冊のファイルを持って上がってきて、それをカウンターに置いた。


そして、外に出て店の看板をOPENからCLOSEDに切り替えるとまた猗鈴の顔を見た。


「……何か飲む? きっと長い話になる」


「いつも通り、クリームソーダで。それで、彼等は何者なんですか」


天青がクリームソーダを作り出すと、代わりに博士がファイルめくって中学生か高校生ぐらいの男の子の写真が貼られた書類を出した。


「多分これが高校一年の時の彼。彼等は、私達と同じ高校の一学年下の世代」


「同じ高校なんですか?」


猗鈴がそう聞くと、天青はこくりと頷いた。


「そう、私達の時は、高校生の脳をデジモンデータの記録媒体にしていたから、私達の母校はその培養器になっていた」


天青はそう淡々と告げた。


「彼自身の事は詳しく知らない。けど、このファイルにまとめられているのは、事件が終わった後に脳に寄生していたデジモン達をデジモン達の世界へと送らなかった、送れなかった人達」


「その佐奈という人は何故……」


「彼は、記録によると私達が送り返す準備を整えるよりも前に、父親の仕事の都合でスペインに渡ってる。そこから更に南米に行ったことまではわかっているけど、デジモンに関しての情報はなし。本人も当時は寄生されてる自覚がなかったと思われる」


私達も直接の面識はないと天青は締めくくった。


「つまり、何もわからないんですね」


猗鈴としては単なる事実の確認だったが、天青は少し申し訳なさそうな顔をした。


「……そうだね。でも、今の時点の戦闘力もそうだけど、将来的に見た方が厄介かもしれない」


盛実もいつものテンションはナリをひそめて真剣なトーンでそう言った。


「何がですか」


「マタドゥルモンは進化させちゃいけないデジモンなんだ」


「でも、level5ですよね? そう簡単にlevel6になれるんですか?」


「……そのマタドゥルモンなら、なれてしまうと思う」


やはり真剣なトーンのまま、盛実は続けた。


「デジメモリの中に入ってるのはデジモンのデータだから、相性がいいとは言っても基本的にヒトである限りその力を100%は引き出せない。半分引き出せれば上等、九割近く引き出せる猗鈴さんとかはかなり異常な部類って感じ。でも同時に、デジメモリはヒト用に加工されたクロンデジゾイドを使ってるから、デジモンに組織のデジメモリを挿してもそもそも力を引き出せない」


風切がデジモンの姿で挿して意味があるのは根本的に人間だからかなと猗鈴は思った。


「ヒトの脳内で育ったそのマタドゥルモンは、ヒト由来の性質を持ったデジモン。マタドゥルモンに相性がいいメモリ……例えば、それこそマタドゥルモンメモリなんてものがあれば、おそらく簡単に挿して力を倍増させることができてしまうし、その結果進化してもおかしくない」


「いや、でもそれは都合よくメモリが見つかればなんじゃないですか? 男の方がデスメラモン使ってたのは、多分、そんなメモリがないからじゃ……」


それがそうでもないと天青はサングルゥモンメモリを猗鈴の前に出した。


「サングルゥモンメモリは、マタドゥルモンメモリを私が扱えるようにデチューンしたものなの」


マスターの適性は堕天使を中心にしてるから、純正の生まれつきの吸血鬼のデジモンは適性低いんだよと、博士が横から補足した。


「……もし、彼等にこのメモリが渡って、使われたらどうなるんですか?」


「おそらく、吸血鬼王グランドラクモンになる。以前話した、戦闘力なら組織がこっちに喚ぼうとしている大魔王に匹敵する種のデジモン」


「グランドラクモン……」


猗鈴が復唱すると、そう、と盛実は重々しく頷いた。


「人間世界に悪影響を与えられるデジモンとして考えた場合、グランドラクモンは最悪と言える一体。声だけで天使を堕とし、瞳を見たものの心を闇に引き摺り込む。その強さも他に似たような性質を持つデジモンの遥か上を行く。一言……例えば殺し合えなんて喋る動画をネットに流すだけで世界中の人が殺し合いを始めるかもしれない、そんなデジモン。それがグランドラクモン」


「……サングルゥモンメモリを壊すのはダメなんですか?」


「それも良くない。これがないと、グランドラクモンの魅了に対抗できない」


盛実はそう言って、サングルゥモンメモリをつまみ上げた。


「対抗できるんですか?」


「このメモリを解析して作ったプログラムを耐性のある人か耐性のあるデジモンのメモリを使った人に使わせれば、理論上は無効化できる」


「……それでも、恐れる必要はあるんですか?」


「理論通りには多分いかない。そこまで高い耐性のひともいないだろうし、プログラムが体質にあって100%機能することもまずあり得ない。長くて数時間しか効果は持たない」


それに、と天青は博士を見ながら口を出した。


「グランドラクモンの大魔王と並ぶ強さはその洗脳によるものじゃないでしょう?」


「そう、多分大魔王クラスには洗脳効かないから、並ぶとされている強さは洗脳能力を除いた上でのもの、だろうね」


「……勝てるんですか?」


「多分無理。でも、これはデジタルワールドにいるグランドラクモンの話でもある。彼等がグランドラクモンに進化したとしてすぐに大魔王クラスになるわけじゃない筈だしね!」


そもそも私製のメモリは基本的には生身に使えないしと博士は急に気の抜けた顔をした。


「だけど、奪われたらきっとすぐに対応される。一番の対策は組織に渡さないことかな」


天青はそう言いながら、しかし少しだけ笑った。


「猗鈴さんのウッドモンメモリがあればサングルゥモンメモリは使わなくてもいい。どこかに隠しておくなりなんなりしておくこともできる。組織の基盤はこの地域だから、一度別の土地に移すとかも手だろうし」


そこまで天青が言って、ふと猗鈴は佐奈の言葉を思い出した。


「そういえば……その人達、例の組織の人じゃなかったのかもしれないです」


「……どういうこと?」


「小手調べって言ってたんです。私達のデータは姫芝達が収集していた筈、でも、彼等は少し話を聞いた程度という雰囲気でした」


猗鈴の言葉に、天青と盛実はま眉しかめた。


「組織とは関係ないってこと?」


「でも、デスメラモンのメモリを使ってたんだよね?」


「はい、それにセイバーハックモンメモリに驚くそぶりもなかったので、柳さんとは関係あると思います」


「なら組織なんじゃないの? 柳は組織の人間だったわけでしょ?」


博士の発言に、天青は難色を示した。


「でも、彼女は任せられた内容も考えると準幹部クラスだった筈、今までの印象だけど、その情報をぞんざいに扱える程組織の幹部層は厚くないはず、柳が組織から他所に情報とメモリを流しているとか?」


確かにと猗鈴は頷いた。


「組織からメモリを買っているどこかの犯罪グループ所属とかも考えられるかもです。自分達の組織じゃないから、ややぞんざいに扱われるとか」


猗鈴の意見にあるかもしれないと天青達は頷いた。


そして、ふと天青はしっと人差し指を立てると、つかつかと店の入り口へ歩いて行き、そーっと扉を開けた。


「よう、今大丈夫かい?」


「大西さん……えぇ、丁度警察の協力が要るかもしれない話をしてたんです」


ところで、と天青は大西の後ろに立っている背が高いひょろっとした男をちらりと見た。


「あぁ、俺はこの人の紹介のために来たんだ。入れてくれ」


「……わかりました。先にそっちの話を聞かせてください」


どうぞと天青は二人を店の中に通した。


男は猗鈴の目にはどこか奇異に映った。天青の様に他人には見えない翼が見える訳でも、佐奈の様に頭からデジモンが出ている訳でもなかったが、何か二重に見えている様なそんな違和感があった。


「……その人も、デジモンの関係者ですか?」


「……えぇ、僕は警察庁からここのデジメモリ犯罪対策室長に赴任しました。小林公竜です」


男はそう言ってぺこりと頭を下げた。


「デジメモリ犯罪対策室……」


「大学の件があったろ。理事の中には県の有力者もいた。デジメモリ犯罪に関しての体制を再編することになったんだ」


ほれ、俺もデジメモリ犯罪対策室対策課第一班長になった。と大西は新しい警察手帳を見せた。


「そして、聞いた話だと警察庁では昔から秘密裏にデジモン関係の犯罪に関わってきたらしい」


大西が心強い味方だろと言うと、天青と博士は微妙な表情をした。


「……そちらの事情は、ある程度知ってます。印象良くないのもわかってますが、僕が当時警察に勤めてすらないのもわかりますよね?」


公竜の言葉に、猗鈴はその場にいる全員の表情を見た。大西は事態が飲み込めないという様子で、何も知らされてなかった様に見え、盛実は天青を天青は盛実を気遣っているように見えた。そして公竜はどこか冷めて見えた。


「今日ここに僕が来たのは、後でトラブルにならないために、所属と僕のスタンス、あと要求を一つ伝えておくためです」


そう言って公竜は指を三本立て、所属はお伝えしましたと一本折った。


「僕は大西さんを通じてあなた達を詮索したりしませんし、大西さんからあなた達に情報を流したり支援したりするのを止めることはありません。しかし、それはあなた方を認めている訳ではなく、野放しにして事件なら収まりがつかなくなるのを避けるためです」


これまで対処できなかったのは警察側の不手際である為というのもあります。と言いながら、公竜は二本目の指を折った。


「……要求、というのは?」


「吸血鬼デジモンのメモリです。それを渡して頂きたい」


それを聞いて、天青の目は明らかに敵意を見せていた。


「何故?」


「詳しく言えませんが、それを私達はあなた方より使えます」


公竜の言葉には歩み寄ろうという様子は見えなかった。


「……サングルゥモンメモリの力を強く引き出すのは危険過ぎる。私達より適性があるなら尚更渡せない」


「まぁ……そうなりますよね。でも、その内に渡してもらいます。私から見たらあなた方と例の組織との戦いは暴力団同士の抗争の様なものですからね」


では、失礼しますと言って公竜はスッと立ち上がった。


「あ、ちょっ……室長」


大西が止めようとしたが、公竜は黙って店から出て行こうとした。


「おまえさん達も誤解してるって、室長はそんな悪い人じゃねぇよ? あっ、だから待ってくださいって室長!」


大西の言葉に天青は何も答えなかった。猗鈴には、盛実はどう天青に声かけたらいいかわからなくてヤキモキしている様に見えた。そして、盛実もわからないのに猗鈴には尚更わからなかった。


ふと、店内に公竜と大西が戻ってきて、猗鈴が何があったのかと見てみると、その奥から便五がひょっこりと顔を出した。


「あ、あの……なんかタイミング悪かったですか?」


「さっきぶりだけど、どうしたの便五君」


「いや、なんか……さっきここに持って行くようにってこれを渡されて……」


そう言って、便五は可愛らしいクマのぬいぐるみを取り出した。


「……天青さん」


「うん、私にも見える」


「便五くん、それそこの机にゆっくり置いて距離取って」


「え? うん……」


よくわからない様な顔をしながら、便五は机の上にぬいぐるみを置いた。


そして、そのまま数歩下がった。


「じゃあ、そのままそこから動かないでね」


猗鈴はそう言うと、ウッドモンメモリに手をかけた。


『ウッドモン』


電子音が鳴ると同時に、ぬいぐるみが急に爆発した。


「え!? ば、爆弾!?だったの!?」


「……まだ終わってない!」


猗鈴がそう口にし、何かを探す様に見回していると、不意に公竜が懐に手を入れて四角い箱を取り出した方思うと振りかぶって何かを壁に叩きつけた。


「ぎゃっ!!」


そう小さな悲鳴を上げたのは、丸いカプセルの様な鳥の様な手ですっぽり覆えるサイズの生き物だった。


「……こいつがぬいぐるみを中から爆発させたのか?」


「いえ、違います。押さえつけたままは危ない……そいつ自身が、爆発する!」


猗鈴がそう言うと、公竜の持った箱と壁の間でその生き物が爆発した。


「っぐ……この箱は特別性だ。そんな程度で破損することはない」


爆発に壁には焦げ跡とヒビが入ったものの、公竜の持った箱はびくともしなかった。


『ミミックモン』


反対の手で灰色のメモリを取り出すと、公竜はそれを箱に挿した。すると、箱に面が一つスライドして、檻のような格子が現れた。そして、それをよく観察する時間もなく、その中から黒い腕が伸びたかと思うとカプセル状の生き物を中に引き摺り込んでしまった。


「……今のは本体というより能力で生成された使い魔か」


そう言うと、公竜は爆発で床に千切れて転がったぬいぐるみの残骸を拾うと、中から金属製のカードを取り出した。


「犯行予告だ。お前達が来ないと『鳥使い』は街中に今の鳥をばら撒く。そう書いてある。差出人の名前はファウスト、心当たりは」


睨んでるような目で公竜は部屋の中をじろりと見渡した。それに、盛実は一瞬ひゅっと声を上げた。


「……ふぁ、ファウスト博士は戯曲の登場人物で!メフィストフェレスを呼び出した人で……」


「……つまり?」


「私達はメフィスモンというデジモンのメモリを使う、柳真珠という組織の女性と戦っている。万が一第三者に見られた時のために遠回しな表現にしたのかと」


写真はこれ、と天青は真珠の写真を公竜の足元に投げ捨てた。


「……この女を探し、もしばら撒かれた時のために街に警官を配備します」


そう言うと、公竜は写真を拾い、カウンターの上に金属製のカードをバンと叩きつけるように置いて帰っていった。


「……猗鈴さん、この場所にあなた一人で行くようにと書いてある。私と博士は今回はちょっと先にやることがある」


わかりましたと言って、椅鈴が出ていくと、ふーと深くため息を吐いたあと博士は怪訝そうな顔をした。


「……マスター、見えてたよね。あのチビキウイモン」


「……チビキウイモンって言うんだあれ」


「マスターの眼はただデジモンを見られるだけじゃない、動体視力もデジモン並なのは知ってる。爆発で目眩しして飛び出したからって、見えてないわけがない。動けなかったんでしょ」


「まぁね、この前サングルゥモンメモリ使った時に幹部と戦った時の傷口開いてて……爆発に対して動こうとしてまた開いた」


そう言いながらベストを脱ぎ、シャツから腕を抜くと、腕全体を覆うように巻かれた包帯の至るところに赤色が滲んでいた。


「……世莉さん」


「久しぶりね、その呼び方」


「魔王が現れたら、吸血鬼王が現れたら、マスティモンのゲートは唯一の勝ち筋なんだよ。その状態じゃマスティモン仕様のベルトが準備できても魔王を送れるだけのゲートを開けなくなる」


「そうだね……本格的に、メモリ使うの禁止かな」


「そう、世莉さんがやっていいのは五感による探知役のサポートだけ」


そもそも前の時点でそのつもりだったんだけどねと盛実はじっとりした視線を天青に向けた。


天青は盛実から目を背けて自分の手を見た。念じながら力を入れれば皮膚は黒くデジモンのそれに変わっていくが、それと同時に皮膚にばっくりと亀裂が入って血が流れだす。


「……メモリを使えばマスターの肉体は反射的に肉体をレディーデビモンのものへと換えようとしてしまう。でも、マスティモンの反動でレディーデビモンの腕は皮膚が焼け骨は崩れかけてる様な状態。表面上傷が塞がって見えてもそんなの瘡蓋みたいなもので、中身はズタボロなんだからね」


世莉さんは不死身じゃない。と盛実は念を押すと白衣の下に着た作業着のポケットから一枚の絵を取り出した。


「……いや、回復にエカキカキ使ったらベルトの出力落ちるでしょ。人命がかかってる」


「自分も人なの……忘れてない?」


『エカキモン』『エカキカキ』


盛実は作業着の下に着たベルトに刺さったメモリのボタンを押した。

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へりこにあん
3月27日

猗鈴が指定された場所に着くと、側に車が一台止まっていて、その窓の中に妙な違和感を覚えた。


通りすがり様にちらりと猗鈴が見ると、公竜ともう一人紫色のメッシュを入れて眼鏡をかけたポニーテールの女性が乗っていた。


「どうも、さっきはいませんでしたが公達さんの補佐の鳥羽です」


「あ、どうも。美園です」


鳥羽にぺこりと挨拶され、猗鈴も軽く頭を下げてそう返す。そのやり取りが終わるのを待って公達は話し出した。


「……本当に一人で行くつもりですか。あなたを誘き出す為だけのブラフかも」


そう言いながら公竜は車を降りて猗鈴の前に立ち塞がった。


「だとして、彼のことは知ってるみたいですからね。行かないと多分彼が真っ先に狙われるんじゃないかと」


「……彼とは親しい関係で?」


「久しぶりに再会して昨日映画見に行っただけですけど、他に適当な人がいなかったんだと思います。両親のこともそれなりに好きなんですが、ご近所からは親子仲は冷えてると思われてるみたいですし……」


「……なるほど、他に親しそうな人がいないからで巻き込まれてるのだとしたら、彼かなり不憫ですね」


「全くです。理科の実験でカルメ焼きやった時、彼は自分の分食べられなかったりしてたので、貧乏くじ引きやすい人なのかも……あ、そうか、カルメ焼きくれた子か……」


「あなたが食べたから無くなったのでは……?」


「詳細は覚えてないですが、食べて感謝されたので、焦げたやつを押し付けられてたとかじゃないですかね。私は子供の頃から苦いのもいけたので」


まぁそれは置いといて、と続ける。


「乱入されたら被害広がるかもと危惧しているのですが?」


「状況は見ます。大西さんと別の刑事達が、未確定ではあるものの組織の拠点の一つがこの辺りにあるだろうという報告を上げています。ご存じでしたか?」


「……今、初めて聞きました」


「でしょうね。未確定のあやふやな情報なので、報告した刑事達以外にまでは共有されてないんです。情けないことですが、追跡調査もできてない」


「……つまり、なにが言いたいんです?」


「一人で行くのは多勢に無勢だということです」


「嫌だ、といって聞いてくれるならば嫌だと言いますけど」


「まぁ聞きませんね」


じゃあ意味ないじゃないですかと言うと、猗鈴はそのまま歩みを進めた。


そして、その背中を押すようにふっと風が吹いた。


「……この街の風はなんとも嫌な気分になる」


そう呟くと、公竜は車に乗りなおした。


「僕も君達の味方ですよって言えばよかったのに」


「……警察は善良な市民の味方だ。彼女達は戦力にはなるし治安維持に貢献しているがメモリの製造や使用はグレーゾーン。それに、少なくとも国見は、黒木世莉は信用できない」


「悪魔・吸血鬼差別よくないですよ。なんせ自分に返ってくるんですからね、がおー」


そう言うと、鳥羽は爪を見せるように両手を上げて襲うようなポーズを取った。そのポーズや声色はふざけていたが、尖った歯列や犬歯は普通の人のものには見えなかった。


「……実際ろくでもないものだろ君も、僕も」


公竜はそう言うと、指差し確認をしてから車をゆっくりと発進させた。






指定された場所は、なんの変哲もないビルのように見えたが、猗鈴が近づいていくと、その影からひょっこりと腰より少し大きいぐらいの白い仮面をつけた鳥、便五が事務所に持ち込んだ爆弾を大きくした様なデジモンが出てきた。


「……盛実さん。見えてますか」


胸ポケットのスマホカメラの位置を調節しながら、猗鈴がそう小さく呟くと、もちろんとイヤホンから声がした。


『キウイモン、level4、想定通りのデジモンだし能力はさっき見た通りで、あまり強いデジモンじゃない。セイバーハックモンメモリはもちろんウッドモンメモリでもまぁまぁ負ける要素はないよ』


「……となると、やっぱり増援があるやつですかね。この近辺に組織の拠点あるかもらしいので」


『それどこ情報?』


「さっき態度悪かった警察の人です。街に散ってる警察官達が爆弾を見ていないって情報と併せて教えてくれました」


『了解、いざという時のために準備しとく』


何を、と猗鈴はききたかったが、その前に目の前のキウイモンが話しかけてきた。


「熱心にお喋りしてるけど、狙撃の準備でも整えてたりするのかしら」


「まぁ、一人で来いとしか言われてないので、そういうこともあるかもです。ところで、柳さんはどこに?」


「すぐに会えるわ」


そうキウイモンが答えると、その身体から小さなキウイモンの姿をした爆弾がころころと出てくると、次々に建物の扉と壁の隙間に嘴を差し込み、その場で爆発して鍵を破壊した。


それを見て、一瞬猗鈴は困惑したがすぐにベルトに手をかけた。


『ウッドモン』『セイバーハックモン』


「キウイモンが鍵を破壊しました、もし無関係のビルなら内部の人を人質に取られる可能性があります」


『了解、準備でき次第発進する』


何を、とやはり猗鈴は気になったが、キウイモンが建物に入っていくところだったので、疑問を置いてキウイモンに一息で追いつくと、追いつき様にドロップキックをして建物内の壁に叩きつけた。


「げぇ!?」


「屋内には入れさせない」


立ちあがろうとするキウイモンに対し、猗鈴は立ち上がらずに地面に横になったままキウイモンの脚に脚を絡めると、腕と上半身の力で身体を跳ね上げてキウイモンの頭を地面に叩きつけながら自分の身体を建物の内側に位置させた。


そして、お互いに立ち上がると、何かするより先にキウイモンを建物から蹴り出した。


「あなたが人質を取った以上、何も連絡させる訳にはいかないんです」


『ウッドモン』『ブランチドレイン』


ウッドモンのメモリのボタンを押すと、猗鈴はキウイモンに向かって改めて駆け出した。


「く、そがぁッ!」


爆弾が猗鈴の近付くのを止めようと次々に寄ってくるが、猗鈴はテニスボールでも弾く様に腕についた盾で振り払いながらあっという間に距離を詰めると、脚を高々と振り上げた。


そして振り下ろそうとした瞬間、猗鈴は視界の端に光るものを見て脚を振り下ろす先を地面に変えた。


コンクリートの地面を割りながら伸びた枝に、次々とエネルギー弾が当たって孔を穿っていく。


「……だから、level4じゃ引き込めないって言ったのよ」


「柳さん、やっぱりいたんですね」


「そうよ。そいつが中に引き込んで狭い廊下で挟み撃ちの二対一、爆発も使ってデスクラウドをあなたのところに集中させて溶かすつもりだったのに……」


「……柳さん、嘘吐くの下手ですよね」


「はぁ?」


「嘘じゃなかったとして、それだけのプランじゃないですよね。だったら建物の鍵は開けておけばいい、そもそも人のいない廃墟を使えばいい」


猗鈴はそう言いながら、離れていくキウイモンを視界に入れつつ柳に向き合った。


「誘導先がこの建物でなければいけない理由が別にある。そして、それはこの建物が組織の建物であり、あなたが組織から離反したから」


それは実際のところはカマをかけただけだった。単に一般企業の建物だったとしても人質を取りながら戦うという点でこの建物を使う理由自体はある。


もしそうなれば、猗鈴はブランチドレインを使うなりして、あらゆるものを溶かす黒い霧から会社の中の人達を隔離しながら戦わなければいけなかった。


それだけでも確実に不利になるから、前にそうであった様に柳を挑発してこの建物がなんであるか確定する必要があった。


「……織田ぁ! 全部バレてるじゃない!」


「お前がぁッ! お前がペラペラ喋んなきゃまだ誤魔化しようがあるのに喋りすぎなんだッ!」


織田と呼ばれたキウイモンはそう叫ぶと、不意に人間の姿になった。その人は黒髪のショートヘアの女性で、ライダースジャケットを着て髪の内側に銀色のメッシュを入れていた。


「人質作戦だなんだと幾らでも誤魔化しようがあったのによぉ……」


ガリガリと頭を引っ掻き回しながらキウイモンのメモリを捨てると、別のメモリを懐から取り出した。


「私はお兄ちゃんの仇のもう一人の探偵の方がやりたいのにこんなのに付き合わされて……」


『メタルグレイモン』


そう言うと、女はそのメモリのボタンを押すとロングブーツとタイトスカートの隙間から見える太ももにメモリを突き刺した。


猗鈴は、二本目のメモリを使った事実よりも、兄の仇という言葉に揺さぶられていた。


「……お兄さんの仇って」


全身を青と銀の装甲や兵器で包み込んだ紫色の恐竜に変じた織田に対し、猗鈴はそちらへと柳が目に入らなくなるぐらいに身体を向けた。


「……お兄ちゃんはさぁ……控えめに言って最低だった」


そう、織田は話し始めた。


「足は臭いし、すぐ手が出るしキレやすいし、久しぶりに会ったあたしに対して少しは胸大きくなったかとかセクハラするし、母さんを捨てて出てったクソ親父に顔も似てきたし派手な銀髪に染めて肌を黒く焼いて髭も生やして……付き合いある友達もガラ悪いくそみてぇな奴らしかいなかった。挙句の果てにデジメモリなんてものを扱ってる怪しい組織の幹部になってた」


組織の幹部と聞いて、猗鈴の中で蘇ったのは天青と盛実が包帯だらけでlevel6のメモリを使う幹部と交戦したと言ってきた日のことだった。


「家にほとんど顔出さないのも、せいせいしてたぐらいだった。でも、クソ兄貴は昔の優しかったお兄ちゃんのままでもあった」


織田の言葉に、猗鈴は夏音を思い出さずにはいられなかった。


「くそみてぇな奴らは、お兄ちゃんに頼まれてちょくちょくあたしや母さんがトラブルに巻き込まれないか見てた、くそだけど根のいいやつらだった。家にほとんど顔見せないのも髪染めたり肌焼いてるのも自分の顔がクソ親父に似てきたからだった。怪しい組織も金払いがいいらしくて、あたしが大学行く為の学費をそれで用立ててた」


そう聞くと、夏音の裏返しに猗鈴には思えた。嫌なところを妹に見せない様にしていた夏音と、逆に嫌われていい様にしていた織田の兄、どちらも家族を大切にしていた。


「……でも、お前の上司が殺した。まめにあった連絡がなくなって心配になったくそみてぇな奴らが私にお兄ちゃんの真実を教えてくれた」


そう言って、織田は猗鈴へと鋭利な機械の爪を向けた。


「客観的に見たらやっぱお兄ちゃんは最低だった。でも、私にとっては一人だけの兄だった」


「……あなたは」


「ちなみに兄の役職を奪ったのはお前の姉。でも、私はお前はどうでもいいの。お前の姉に用はあるけれど、お前自身はどうでもいい……」


猗鈴は織田にどう声をかけていいかわからなかった。彼女は他人だったが猗鈴には自分の影に見えた。姉の背中を追って出会った相手が天青達でなかった自分。


猗鈴は、今まで共感できる敵に会ったことがなかった。仮にある程度の理解はできても、自分は違うと思っていた。でも、織田は違った。


もし、猗鈴の前に現れたのが組織から離反した柳だったら、柳の目的が夏音でなく別の幹部だったら、猗鈴はついていっただろうと思った。


ルールは守るべき、善い人であるべき、独りでも生きられるべき、猗鈴の中にある『望ましい自分』よりも夏音の存在は重い。


一瞬、猗鈴の視界がぐにゃりと曲がった。


ふらっと猗鈴が体勢を崩すと、同時にさっき壊れたドアからトループモンがずらずらと出てきた。


「……時間稼ぎはできたみたいね」


『猗鈴さん、状況どうなってる? 時間稼ぎって何?』


「え……」


猗鈴がふと柳のいた方を見ると、その姿がなくなっていた。


「……もしかして、あなた達の目的は、組織のメモリ?」


猗鈴達との戦いを陽動とし、組織の拠点からメモリを掠め取る。猗鈴には空を飛ぶ手段がないが、メフィスモンはもちろん目の前のメタルグレイモンも機械の翼を持っている。


最終的には猗鈴を置き去りにして逃げ出せる。途中まではキウイモンという飛べない種でそれを悟らせないこともできる。


「どうかしら? あたしの標的はわかってるでしょ、そっちに別働隊が向かってるかも」


確かに、その可能性はあった。猗鈴はマタドゥルモン達と会っている。


柳がここまで明確に組織と反するならば、マタドゥルモンが猗鈴の力を試した訳もわかる。組織にとって裏切り者の柳が自分達を裏切っていないとは限らない。だから、情報を確認した。


「いや、でもそれは違う……自分でやらなきゃあなたにとってそれは終わらない」


自分が、でなければ意味がない。それは、猗鈴自身がそう思っていることだった。


猗鈴と織田が睨み合っていると、すぐに二人とも多数のトループモン達に囲まれた。


「跳べっ!」


不意に聞こえてきた声に猗鈴と織田が跳び上がると、その足元をトループモンをはねながら車がドリフトで通過してそのままトループモンをクッションとして挟む様に建物に横付けした。


「柳は僕が追います。あなたはここに専念して下さい」


「いや、いくらなんでも生身じゃ……」


公竜がアタッシュケースを片手に車から降りて入り口へと走ると、また入り口からわらわらとトループモンが出てきた。


「やっぱり……!」


「大丈夫ですよ、さっき届いたので」


公竜に次いで車から出てきたスーツの女がそう言うと、公竜は上着からメモリを取り出し、腰に巻いた変身ベルトを露わにした。


『ミミックモン』


ボタンを押したメモリをベルトに取り付けられたダイヤル状の部分に差し込み、ダイヤルを回すと、ベルト中央の檻を模したパーツがパカッと軽い音を立てて開き、中から銀色に光るものが溢れて公竜の身体を覆って形を変えていく。