「ひどくやられたみたいですね」
暗い倉庫の中、姫芝がそう問いかけた先にいたのは、真珠だった。
「……まぁね、アイツらを倒すためにメモリの補充に来たの。作った駒も全部取られたしね。メフィスモンがまた宿る様のブランクメモリももらってく」
「それでメモリの保管庫に……医務室とかに先に行った方がいいのでは?」
「私は怪我してないわ。メフィスモンがやられたけど」
「身体はあなたのもの使ったんですよね?」
「そうね。胸の辺りは痛む、でも肉体はメモリ使用時と解除時に再構成されてるんだから傷とかは残ってない筈。この痛みはきっと、パートナーを奪われた痛みよ」
そう、と言うと。真珠はズンズンと姫芝に迫った。
「美園夏音は私と私のパートナーをウッドモンメモリの餌にした……」
そして、そう無理やり爆発しそうな怒りを抑え込んでいるような声で言った。
「データを調べてわかった……あのメモリは組織の規格なのにかの保管庫にあった履歴がない……幹部メモリとも別に組織に履歴を残さない様に造られたメモリ」
そう言いながら、真珠は知ってたかと聞いた。
「……いえ」
「やっぱりあなたも知らないんだ。私と同じであの姉妹にとっては捨て駒って訳ね」
「……それで、これからどうするんですか?」
「組織を抜ける。そして……そうね。まずは生産部門のトップ、ミラーカを探すのがいいかもね」
「ミラーカ……ですか?」
困惑する姫芝に、真珠も首を軽く傾げた。
「……案外組織入ってからの歴が浅いんだ? ちょっと前まで幹部は三人じゃなくて四人いたのよ。研究に本庄。生産にミラーカ。販売に織田。それぞれの部門のトップに一人ずつ幹部がついていた。でも、ミラーカはある日突如消えた」
「それは……どうしてでしょう?」
「知らないけど、組織に入った頃からサポートしてた私さえ捨て駒にする夏音なら、ミラーカに特製のメモリを用意させて闇に葬るぐらいするんじゃない?」
真珠の言葉に杉菜は思わずごくりと唾を飲んだ。
「あなたも来る? あなたにも関係ある話なのは、わかってるでしょ? 私達の組織はシャウトモンなんてメモリを販売ルートに乗せてない。当然、ここにも記録はない……けど私達の規格で風切王果はメモリを持ってる」
そう聞いて、少しだけ杉菜は気持ちが揺らぐのを感じた。
「同じ捨て駒仲間として仲良くしよ? 美園姉妹をぶち殺すの。夏音の下にいたって本当に雑草らしく踏み潰されるだけよ、何もなせやしない」
「……私は、ただ踏み潰されたりしない」
杉菜が踏み止まったのは、打算とかそういうのではなかった。
確かに、風切の持つメモリは杉菜にとっても謎だ。誰がメモリを売ったのか確かめる為に、風切にメモリを売ったと組織に嘘の報告をしたら、新規の客として杉菜が担当になった。
所属を明かして風切に聞いても、メモリの出所はポストに封筒で届いた以上の情報はなかった。
もしかして、接触しすぎて警戒されてるのかと距離を取ることにし、夏音に声をかけられたのを幸いと担当から外れてメモリを送ってきた人間の接触を待っていた。
しかし、風切にメモリの知識を与えてはいけなかったのだ。杉菜の後任として担当になった男からメモリがどういうものか聞いた風切は、杉菜を無理やり組織から抜けさせる為にバイヤー狩りを始めた。
何も杉菜はなせていない。せっかく社会に害をなさなくなった親友にまた殺人をさせてしまい、止めることもできていない。親友に最初に殺人をさせてしまった理由を否定する為に大成したいのにそれも程遠い。
でも、なせていないからこれからも成せないのだと諦めるわけにはいかないのだ。
「私は何度でも立ち上がる。あなたみたいに折れない」
杉菜の言葉に、真珠はひどく感情を逆撫でされた。
メフィスモンを奪われて逃げてきた自覚はあった。それでも負けてないと口で言っても、勢いだけで個人では勝てないと認めていた。だからこそ、また戦力がいると思ってメモリを欲してきたのだ。自分だけでは勝てないから、折れたのだ。
それを見下している相手に見透かされた様に思えてひどく真珠の癪に触った。
「……じゃあせっかくだし夏音に伝言お願い。お前を殺して豚の餌にしてやるぞって、この雑草みたいにズタボロにしてからなって」
真珠はそう言いながら、メモリ保管庫から出ると、建物の中庭のドアを開け、メモリを取り出した。
「自分の口でお願いします」
杉菜もそう言いながら、中庭へと出ると少し真珠から距離を取ってメモリとトループモンメモリの装填された銃を取り出した。
『メフィスモン』『ザッソーモン』
同時にボタンを押し、同時に体に挿す。
そして変化が終わると、まず動き出したのは真珠だった。
「死なない程度に溶けろ!」
両手を前に突き出して、中庭に充満させんと黒い霧を噴き出させた。
『ト『ト『ト『トループモン』
杉菜の出した四体のトループモンを見ても、真珠は余裕の笑みを浮かべていた。黒い霧の前にそんな隙間だらけの肉壁がどれだけ役目を果たせるのかと。
しかし、直後に杉菜がトループモンの首を殴り折ると、笑みは驚愕に塗りつぶされ、次いで炸裂した閃光と爆音をモロに食らってしまった。
杉菜の狙いはトループモンの死亡時の爆風で霧を霧散させること。しかし、それがわかったとしても閃光で目を爆音で耳を奪われた真珠には取れる手がない。
真っ白で耳鳴りだけが聞こえる世界で、真珠の首に何かひも状のものがまとわりつき、締め上げてくる。
「何も見えなくとも、雑草に負けるほど弱くないんだよぉッ」
そう叫びながら、締め上げて来たものを引きちぎると、今度は口の中に何か冷たく固いものが押し込まれた。
『トループモン』
聞こえて来た音声と、の中で何かが膨らみ出す感覚に真珠は恐怖を覚えて、口の中で膨らみつつあるものに爪を突き刺し、咥えさせられた固いものを乱暴に引き抜いて投げ捨てた。
口の中でトループモンを生み出して、その膨らむ過程で頭を吹っ飛ばす。そんなこと思いついてもやるなんてイカれてる。
真珠は少し回復して来た視界でぼんやりと杉菜を捉えたが、もう、それまでと同じ様には見られなかった。
真珠から見た姫芝は恐怖だった。
杉菜の片腕は千切れていた。口に咥えさせていた銃を投げられた時に一緒にダメージを受けたのか、顔にはあざもできていた。今の攻防でよりダメージを受けたのは真珠では無く、間違いなく杉菜の方だった。
ザッソーモンは堅い樹皮に覆われてもない。傷の痛みを感じないわけでもない。杉菜も痛みを感じてないとは真珠から見ても思えない。
目は血走って涙が滲んで、唇も痛さに耐えるために噛みちぎったらしく見える。それだけ腕をちぎられた痛みは耐え難いものだった。
でも、杉菜の目は全く痛みに怯んでいない。それが真珠には怖かった。
痛いのは痛い、苦しいのは苦しい、でもそれをコストとして割り切って痛みに耐えて行動をしてくる。ちょっとした痛みならともかく、腕一本失う痛みを。
スペックの上ではザッソーモンの姫芝にメフィスモンの真珠が負けることなどあり得ない。トループモンもメフィスモンのスペックを考えればザッソーモンとの間を埋めるには弱すぎる。わかっているのに、恐ろしかった。
真珠は息を整えながら空に舞い上がると、その場で呪言を紡ぎ始めた。
真正面から殴り合ってもメフィスモンは身体能力もlevel4にはまず負けないデジモンだが、特殊能力は格上にも通じ得るデジモン。
だからこそ、猗鈴達はまずそれの対策をして自分の強みの格闘を押し付けた。逆に言えば、対策をせず立ち回りだけでは強みを押し付ける以前に負けてしまうと判断したのだ。
真珠が一節呪言を紡ぐと、杉菜の目から涙に混じって血が流れ出し、二節目で血を吐いて地に臥した。
真珠がメフィスモンから聞いた話では、大抵のlevel4は一節で足を止め二節目で全身にダメージが伝播し。三節も聴けば死に至る。同格以上でも唱え続ければ命までは奪えなくとも戦闘不能にするのは容易い。耐性がなければlevel6だって十分殺せる。
これで大丈夫と安心したところで、杉菜は水から中庭の池の中へと飛び込んだ。
水の壁が音を阻み、杉菜に届く呪さえも歪める。これでは杉菜を呪い殺すことはできない。
しかし、真珠は安心していた。とりあえず杉菜を退けた。水からは出てこれまい。
でも、その後に起きたことに真珠は言葉を失った。
ぼこぼこと水面が揺れ、中から何体ものザッソーモンが飛び出したのだ。それは杉菜にとってさえ予想外のことだった。
デジタルワールドにいるザッソーモンの中には稀に、水分を取ること分身を生み出すことができる個体がいる。人間界とのゲートを自由に開けないリヴァイアモン達がザッソーモンという他のlevel4と比べてもパッとしない種をわざわざ送った理由も実を言えばそこにあった。
しかし、適合率の問題か組織内で今までこの能力が発現したものもいなかった。
水の中から現れて、蔦を伸ばしてメフィスモンにしがみついてくる。脚に翼に角に、払い除けようと振るった腕にさえしがみつき、引きずり落とそうとする。
咄嗟のことに言葉を止めていた真珠だったが、それが振り払えないとなると、パニックになりながらももう一度呪言を唱え始めた。
二節も聞けば分身達は生き絶えて、蔦も緩む。今度こそ離脱できると真珠は思ったが、次第に分身達の蔦の絡め方が変わりだした。
死んで力が抜けても、蔦が身体に結びついたままになれば錘になる。徐々に重さに引き摺り下ろされて、地面に山となった分身達の死骸を見て、また真珠は恐怖を覚えた。
死骸が既に死んだ別の分身に噛み付いたり、そもそも蔦を伸ばす前に近くの死体にひっかけていたり、真珠を引き摺り下ろすためだけに、地獄絵図が産まれていた。
恐ろしくなって、真珠は呪言を唱えながら闇雲に黒い霧を腕から噴き出した。
さっき、トループモンで吹き散らされたのも忘れての苦し紛れだったが、それは中庭という四方を建物に囲まれた空間では絶大な効果を発揮した。
水中にいて、トループモンも使える杉菜本体には届かなかったが、分身や地面に山と積まれた死骸達が溶けていくことで真珠の身体は軽くなり、遂に蔦も届かない高さまで離脱することに成功した。
「あんなのを基準にしたら、怖いやつなんてどれだけいるか」
ふぅふぅと息を整えると、真珠は真っ暗な山中から、光り輝く街へと飛んだ。
「でもまだ負けてない……やり直せるんだから負けてない……」
霧が中庭のあらゆるものを溶かして消えると、杉菜は水から出て変身を解いた。
「お疲れ様、遅かったから見に来たのだけど……なかなか面白いものを見れたわ。メフィスモンじゃなくて真珠な分実力は落ちるだろうけれど、それでも平均的なlevel5ぐらいの強さはあるはず。体力に特化したザッソーモンは体力なんて関係ない呪いには相性も悪いのに」
ぱちぱちぱちと夏音は拍手しながら中庭に現れた。
「……殺されて豚の餌にされるらしいですよ」
「へぇ、楽しみね」
そう軽い調子で言う夏音は、真珠の造反を意に介していないどころか面白がっている様にさえ見えた。
「……美園さんも戦ってたら、逃さなかったのでは?」
「でしょうね。でも、いいのよこれで。彼女元から今の待遇に不満あって、外と連絡取り合ってたみたいだから」
「外っていうのは……」
「ミラーカさんかもしれないし、違うかもしれない。でも、別のデジモン関連の技術を引っ提げてやってきてくれるなら……好都合でしょ?」
夏音はそう言って、激辛チップスと書いてある袋に一味唐辛子の瓶の中身を全部入れてかき混ぜると、真っ赤になったポテチを一枚取って食べた。
「ミラーカさんってどんな人なんですか?」
「一応、今も本庄さんが籍を残させてるから役職上は生産部門のトップ。そして、ミラーカなんてわかりやすい偽名を使う変人」
だけど、と夏音は杉菜をじっと見た。
「会うことはないんじゃない? もし組織に戻ってくるとしても……それは組織と敵対する為だろうから」
杉菜には、夏音が確信している様に見えた。
「じゃあ、さっき頼んだことお願いね。真珠のせいでできてないでしょ?」
そう言って夏音は踵を返した。
それを見てメモリの保管庫に戻ると、杉菜は真珠の発現を確かめるべくウッドモンとシャウトモンのメモリについての記録を探し始めた。
「……確かに記録にない。王果の背後にいる人間はもう組織にはいない……?」
夏音が信じられないというのは杉菜も思う。利用して強くなって大成して王果の言葉を否定するにも、夏音は杉菜を失っても気にも留めないだろうと思うと危ういとは思う。
だが、今取れる別の手も思いつかない。少なくとも組織に関連して王果が動けば伝わって、王果に関して一任されてもいる。今いる夏音の部下というポジションが泥舟だとしても捨てるには、覚悟がいる。
「せめてlevel5に通じる武器を手に入れるまでは…」
杉菜は手元の銃を見て、メモリ保管庫の中に山と積まれたメモリを見た。
前回一気に追い付かせて頂きましたが投稿が速い! そんなわけで夏P(ナッピー)です。
おおう敵(?)同士のバトルだ! 死んだわ姫芝と思ったら超絶頑張ってたザッソーモン。各陣営の強さ量るのにもってこいなパーさんは、やはり特撮お馴染みの最初の幹部ポジションだったか。てっきりザッソーモンのメモリには秘められたとんでもない力が存在して「最初からお父様は若菜に最強のメモリを……!」展開が来るのかと警戒していましたが、まだ第一章だった。雑魚と見下され続けた能力が覚醒して最強になるのはいつだって男の浪漫だからな……。
お姉ちゃんやっぱりスパイラルの鳴海清隆だわーっ!
それでは次回もお待ちしております。
あとがき
という感じの10話でした。今回もありがとうございました。
前回の後書きで言ってたセイバーハックモンメモリが想定外の挙動してるよという話ですが、次回にまわります。
姫芝パワーアップ回挟むタイミングがそこそこなさそうだったんで、元々の10話との間に割り込ませる形にしました。
それに、この世界観のメフィスモンは身体能力も格闘戦でからレベル、遠中距離攻撃もそれなりにあって、当たったらおしまい系の技もあると全般的にバランス良く、でも同じlevel5の特化型にはどの部分も勝てない感じなので……戦力測る定規にぴったりなんです。
セイバーハックモンメモリ猗鈴さんは近距離特化、中距離は一応炎出るけど、遠距離はなんもできんという形なので、そこそこ距離とって霧だばぁされ続けると実は完封されるぐらいの実力差。だから精神攻撃と対策する。
分身込み姫芝は増えてもあくまでlevel4なので、メフィスモン倒せる決め手もないし、真珠さんが劣化メフィスモンとはいえ息が続かなくなるまで霧を満たして、顔出したらブラックサバスとか、池に向けてなんか謎の攻撃魔術的なのを連発すればぶっちゃけ完封できるんですね。なのでただでさえ疲弊してるところに精神攻撃する訳ですね。
爆弾は火力はあるけど、level5と戦えるほどではないし、銃からはトループモンしか出ないのでまぁ……
次回こそは、セイバーハックモンメモリのそれに触れつつ、新キャラとして一部の人が喜びそうな種族がわらわら出てくる流れ。
今回まで、というか前回までで一応第一章? 「猗鈴さんが『探偵』になるまで+通して出てくる予定の人達の顔見せ」みたいな感じなので、次回からは第二章、吸血鬼編(仮)に入ります。やっと本当の二号ライダーキャラが出てくる章になる筈です。マスターlevel5だらけの戦いにはついていけない程度のダメージは織田さんとの戦いで負ってるので、ここぞという時以外は感知・推理役に徹してもらいたい。
まぁ、いろいろありますが、今の10話の次の話は今回の話書き始める前から書き始めてたので、今度の話はある程度間髪入れず出せる筈です。
おまけ
適合率は結構高いけど夏音さんに比べると適合率低くて準幹部に留まり、背が高くてスタイルもいいけど夏音さんに比べるとやっぱりちょっと微妙で、それでも夏音さんに信頼されていると思っていたのに、気が付いたら姫芝とかいう私兵を重用してたし、捨て駒にもされた、やなパーさん。