Digital Monster Bloodline(デジモンブラッドライン)
File1 軟体生物型デジモンの上陸
パソコンの画面には今、海底の熱水噴出孔が映っている。
煮えたぎった硫化水素と共にアミノ酸が吹き出る、生と死が共存する過酷な環境だ。その周辺にタマゴらしき物体が6個存在しているのを発見した。
タマゴならば孵化するのだろうか?このまま静観するのもいいが、我々は対照実験のために一個を比較的水温が低く穏やかな環境へ移すことにした。この映像を撮影している小型探査機「デジドローン」を操作し、マシンアームでタマゴを掴み、穏やかな環境へと移動させた。
やがてタマゴにヒビが入り、何かが飛び出してきた。クラゲに目と口がついたような生物型オブジェクトが孵化したのである。
クラゲは海中をふわふわと漂い、植物プランクトンと思わしき小さな粒を食べている。しばらく経つと、突如クラゲは光り輝いた。発光が止むと、クラゲは目が大きくなり、触手が生えた姿へと変態していた。成長したクラゲはさらに活発に泳ぎ回り、海中を漂う粒を食べ始めた。我々は仮称として、変態前のクラゲ型生物に「ポヨモン」と、変態後の姿に「プヨヨモン」と名付けた。プヨヨモンの周囲には別個体のポヨモン達が十体ほど漂っている。
そこへ突如、大きな影がやってきて、数体が飲み込まれてしまった。出現したのは魚のような姿の捕食者だ。この魚型生物は「スイムモン」と仮称しておこう。
プヨヨモンは岩場の隙間へ隠れた。スイムモンはプヨヨモンを追跡したが、岩の隙間が狭くて接近できない。
するとスイムモンは口を大きく開き、すさまじい勢いで水流を噴射し、岩を吹き飛ばした。驚くべき攻撃能力である。隠れ蓑がどかされた今、もはやプヨヨモンに逃げ場はないだろう。
岩の影にいたのは……既にプヨヨモンではなかった。シャコガイに似た大きな二枚貝だ。プヨヨモンはまたしても変態したのだった。この大きな二枚貝に、我々は「シャコモン」と名付けた。
スイムモンは水流を噴射し、シャコモンの殻を攻撃した。だが大きな硬い貝殻はびくともしない。スイムモンは三発ほど水流を放ったが、シャコモンにダメージはないようだ。やがてスイムモンは背を向けて泳ぎ去ろうとした。疲弊して捕食を諦めたのだろう。
その隙を狙ったシャコモンは、高速で真珠を放ち、スイムモンの腹部を狙撃した。スイムモンは吐血し、ふらふらと逃げていった。
プヨヨモンはこの短期間のうちに環境に適応し、捕食者を撃退してのけたのである。最早これは個体の成長というレベルの変態ではない。種そのものの進化。そう、「進化」と呼ぶべき現象だ。
さて、今我々が見ているこの映像は、実は現実世界の光景ではない。
とある正体不明のサーバー内のデータを、特殊なソフトで可視化したものである。
あるとき世界中で、コンピュータのメモリ上に奇妙なデータが出現するようになった。そのデータは、コンピュータ上のファイルを勝手に消す、データサイズが大きくなる、ゴミデータを生成するなど、まるで生き物のようにふるまうのである。
プログラムの実行ファイルが見つからず、いかなるウィルス定義パターンとも合致しないため、マルウェアとは呼べない。端末をネットから切断しても動作が停止しないため不正トラフィックとも呼べない。ゆえに「謎のデータ」以外に呼びようがないのだ。この奇々怪々な正体不明のデータ達は、世間ではデジタルモンスター……略してデジモンと呼ばれている。
これらがモンスター(怪物)などと大げさな呼ばれ方をするのには理由がある。通常のプログラムであれば、いかなるものであってもCPUから計算資源を割り当てられなければ動作しないし、電源が入っていなければHDDやSSD、メモリ上のビットを書き換えられないはずだ。だが、デジモンはコンピュータの電源がオフの状態でも平然と活動する。HDDの磁気ヘッドを動かさずに磁化膜の極性を直接書き換えるし、電流が流れていない状態でもフラッシュメモリの半導体に蓄積された電荷を直接書き換えてしまう。そんな物理法則を無視するような振る舞いをし続けるため、怪異・怪物のたぐいと噂されているのである。
デジタルモンスターの出所を調査すると、ある正体不明のサーバーからやってきていることが突き止められた。だが地球上のどの地点から接続されている端末なのかが全く分からない。サーバーのアクセス可能な領域の情報をもとに調査したところ、世界中の全てのデータセンターのデータ量を足しても到底届かないほど巨大なデータが蓄積されていることが予想された。しかし、それらのデータがいったい何のファイル形式であり、どうデコードすれば解析できるのかが分からないため、「ひたすらに巨大なデータベース」という以上の事実が掴めなかった。
そこで我々は研究を重ね、デジモンがデータの収集に使っているプロセスをコンピュータ・プログラムによって疑似的に再現することに成功した。さらに、デジモンと同じ知覚処理と運動ができるデジタル探査機「デジドローン」を開発した。このソフトを使って巨大データベースにアクセスすれば、デジモンと同じ仕組みの視聴覚によってデータベース内部の情報をデコードし、我々の視聴覚と同じスペクトルの可視光と可聴域音声の信号に変換することで映像化が可能になる。
そうしてデジドローンによる巨大データベース探査実験を行った結果見えた光景が、先ほどの熱水噴出孔と、その付近のタマゴから生まれたデジタルモンスターである。生き物のようにふるまうデータであることからモンスター(怪物)と比喩されていたが、まさかデジモンが本当に生物の姿をしているなんて……ましてやデジモン達が暮らす世界と生態系が存在するなんて、夢にも思わなかった。この広大な仮想空間を、我々はデジタルワールドと名付けた。
…さて。シャコモンは海底をゆっくりと移動し、海藻を食べている。スイムモンが度々襲ってくるが、そのたびに真珠を射出して追い払っている。防御は硬いが、積極的に攻めていくタイプではないようだ。
だがある時、新たな捕食者がシャコモンに近寄ってきた。大きな蟹のような姿をしたデジモンだ。この大きな蟹……「ガニモン」は、大きなハサミでシャコモンの殻を殴った。シャコモンの殻にヒビが入った。シャコモンは真珠を放ってガニモンへ反撃したが、ガニモンの硬い甲殻は真珠を弾いた。
そしてガニモンはハサミでシャコモンの殻をはさみ、力を込めた。すると殻はめきめきと音を立ててきしみ始めた。このままでは、シャコモンは殻を砕かれ捕食されてしまうだろう。……我々は研究者を名乗る身である。ならばこのまま自然の成り行きを見届けるべきなのだろう。そう思っていると、とある女性研究員が口を開いた。
「あのまま食べられちゃうのかな。かわいそう……」
私は彼女に返答をした。
「仕方ないよクルエさん。自然の成り行きだ」
「……いや、助ける!えいっ!」
彼女はとっさに、大量のゴミデータをその場へ送りつけた。ゴミデータはまるで墨汁のように水中を黒く染め、闇が広がっていく。驚いたガニモンはその場からとっさに逃走した。
「ほっ……よかった」
間一髪助かったシャコモンを見て、彼女はほっとした。どうやら彼女はこの個体に愛着を持ってしまったようだ。
「自然への干渉、あまりよくないことだよ」
「えー?でもデジ太郎だって、この子が生まれたタマゴを熱水噴出孔から移動させてたじゃん。同じだよ同じ」
「まあ、それも干渉といえば干渉か……」
女性研究員の手助けによって、一時的に危機を脱したシャコモン。だが、再びガニモンに襲われたら次こそ命はないだろう。
この環境へ適応するために、シャコモンは高い方へと移動をし始めた。そうしてシャコモンは、少しずつ、少しずつ……汽水域へ、河口へと近づいていった。時間をかけて、ゆっくりと淡水へ体を慣らしながら。周囲を警戒し、外敵を見かけたら砂に潜って隠れてやり過ごした。
やがて、とうとうシャコモンは川を登った。淡水に住み着くようになったのである。シャコモンは川から顔を出した。陸上には草が生い茂っていた。昆虫型のデジモン達が草を食べたり、花の蜜を吸ったりして生きていた。
これらを見たシャコモンはなんと、重くて大きな二枚貝を捨て去り、移動しやすい肉体へと進化した。進化したシャコモン……「ヌメモン」は、幼虫型デジモンの「ワームモン」に狙いを定めると、泥(?)の塊を発射した。
泥はワームモンの体に当たり、くっついた。ワームモンはもがくが、粘度の高い泥のせいで身動きが取れない。ヌメモンは跳ねて近寄り、強靭な顎でワームモンを噛み千切って捕食した。なんとたくましい進化であろうか。
ヌメモンは捕食能力以外の面でも秀でた生存能力を持っていた。普段は沼地に住み、藻や苔を舐め取って食べている。デジモンの死骸や排泄物を見つけると、それを貪って分解する、スカベンジャーとしての一面も持つ。小さな昆虫型デジモンを見つけると、泥(ではなく排泄物らしい)を投げて動きを封じ、捕食するのである。大型のデジモン……たとえばタランチュラに似た大型デジモン「ドクグモン」などが近寄ってくると、ヌメモンは沼の中に沈んで隠れ、目玉だけを出して外敵を観察した。足場がぬかるむ沼には、体重が重いデジモンは追ってこられないのだ。雑食かつ悪食であり、隠れるのも得意なヌメモンは、とても合理的な進化を遂げたようだ。
やがて、ヌメモンは沼地にタマゴをいくつか産んだ。単為生殖である。それらのタマゴからは、泡状の姿を持つスライムデジモン、「バブモン」が誕生した。驚いた、てっきりクラゲ型のポヨモンが生まれると予想していたが……。
バブモン達は藻や泥炭を餌にして成長し、やがてプヨヨモンを経て、シャコモンへと進化した。沼地に巣を作ったヌメモンの周りには、バブモン、プヨヨモン、シャコモンが暮らしており、生活圏を広げていた。
だがある時、空を飛ぶ大きな影がコロニーを襲撃しにきた。トンボの姿をした肉食昆虫デジモン、「ヤンマモン」だ。ヤンマモンは素早く飛行し、プヨヨモンを捕獲して飛び去っていく。常に飛び続けているので、地面が沼地であろうと関係ない。運動能力はヌメモンより遥かに高く、別格というほどまでに強さに差があった。
それにもかかわらず、ヌメモンはヤンマモンに立ち向かった。翅を狙って排泄物を投擲するヌメモン。素早く飛び回るヤンマモンは排泄物を難なく躱し、ヌメモンの首へ噛み付いた。鋭い牙がヌメモンの皮膚や筋肉を引きちぎっていく。傷からはおびただしい量の体液が噴き出ている。しかしヌメモンは最後の力を振り絞り、ヤンマモンの翅に排泄物をぶつけることに成功した。これによりヤンマモンは飛行能力を失うこととなった。
だが、それがヌメモンの最後の抵抗であった。ヤンマモンはヌメモンの首の傷に頭を突っ込むと、核のようなオブジェクトを引きずり出し、それを食いちぎって飲み込んだ。ヌメモンの体からぐにゃりと力が抜け、潰れたように沼に突っ伏した。ヤンマモンはヌメモンの肉体を貪り食い尽くした。
ヤンマモンは飛び立とうとして何度か羽をばたつかせたが、粘着質の排泄物はとれない。ヤンマモンは清流の方へと歩いていった。きれいな川の水で翅を洗うためだろう。
こうしてヌメモンは死んだ。だがその子供達は、親が時間を稼いでいる間に川を下っていき、無事にヤンマモンから逃げ切ることができたようだ。
なんのことはない、どこにでもある只の食物連鎖の一環である。今捕食されたヌメモンの一個体のことは、やがて誰もが忘れ去っていくであろう。
だが、この川に軟体動物の姿をしたデジモンが繁栄しているという事実が……。かつて海から上陸した一体のデジモンの勇敢な生涯を、誰にも知られずに語り継いでいくのである。
File2 鉱物型デジモンの出現
硫化水素とアミノ酸が吹き出る熱水噴出孔。その付近にあるタマゴから、デジモンが産まれた。
この黄色いスライム状の幼いデジモンは、やがて熱水噴出孔から離れ、海底をズルズルと這い始めた。このデジモンを「ズルモン」と命名しよう。
さて、このズルモンだが、スイムモンやガニモンに見つかっても、一向に捕食される様子がない。時折スイムモンが飲み込もうとするが、すぐに吐き出してしまう。どうやら肉体に毒素を含んでいるようだ。自力で毒素を生成しているのか、あるいは毒素をもった微生物を摂食してその毒を体に貯蔵しているのか……。
しばらくすると、ズルモンはやがて進化した。石のような甲殻に覆われた、二本足で歩く単眼のデジモンだ。この種には「ゴロモン」と名付けた。
ゴロモンは二本足で海底を歩き回り、海藻を食べている。それだけでなく、砂をたくさん飲み込むこともある。おそらく砂の中から微生物や、死んだデジモンの残骸、その他有機物などを選り分けて吸収しているのであろう。飲み込んだ砂は、石のような外殻を形成するのに利用しているようだ。ゴロモンはこの石そっくりな外殻のおかげで石に擬態することができる。スイムモンやガニモンは、擬態中のゴロモンを見かけても、特に反応を示さない。こうやってゴロモンは外敵から身を守っているようだ。
だが、ゴロモンやズルモン達にも天敵がいる。二枚貝型デジモン、シャコモンである。シャコモンはズルモンやゴロモンを積極的に襲って捕食する。どうやらズルモン体内の毒素を消化したり、ゴロモンの甲殻を溶解したりできる消化酵素を持っているらしい。ヌメモンがあれだけ悪食なスカベンジャーへと進化できたのは、そもそもシャコモンの時点で既に驚異的な消化能力を持っていたためなのだろう。
そうして多くのゴロモンは海中で暮らし、その多くがシャコモンに食われ、生き残った一握りはサンゴのような体を持ったデジモン「サンゴモン」へと進化した。しかしゴロモン達の中に一匹、河口へ向かっていく個体がいた。シャコモンがいない環境を目指して上陸を試みているのだろうか。面白い、この個体を観察してみることにしよう。
このゴロモンは、時折天敵のシャコモンと出くわし、襲われることがあったものの、幸運にも命からがら生き延びた。だがシャコモンは、ひっそりとゴロモンの後をつけてくる。このままではいずれ運が尽き、食べられてしまうだろう。それを察したのだろうか、ゴロモンは予想外の方法で環境への適応を試みた。なんと活火山から流れ出た溶岩が流入している水域へ移り住んだのである。溶岩に混ざった硫化水素が海水に溶け、硫酸によって水が毒化している水域だ。いくら消化器官が強いシャコモンでもさすがにこの環境は無理なようであり、ゴロモンの追跡をやめて遠ざかっていった。一方のゴロモンは平然としている。この個体は強い毒への耐性を持っているようだ。白兵戦闘力ではシャコモンに太刀打ちできずとも、極限環境に適応した姿で孵化したというアドバンテージを活かすことで強者から身を護ることに成功したのだ。
やがてゴロモンは川を上っていき、その途中で進化した。石のような甲殻に身を包んだ、たくましい手足をもつ姿に、我々は「ゴツモン」と名付けた。ゴツモンは多様な植物が生い茂る森林へたどり着いた。どうやら草食性のようであり、植物を食べて生活している。イネ科の特徴をもつ硬い草は消化できないらしく、柔らかい草を選んで食べている。
ゴツモンはドクグモンやヤンマモンなどの強力な捕食者デジモンに狙われることが無かった。なにせ見た目が岩なのである。岩に擬態して外敵をやりすごせば、戦う必要も逃げる必要も無かった。
だがある日。ゴツモンが枯れ木のそばを歩いていると、突如枯れ木に襲われた。枯れ木だと思っていたモノに突如襲われたゴツモンは、驚いて逃げようとした。だが枯れ木が伸ばした枝は、ゴツモンの右腕に絡みつく。枝はゴツモンの右腕に深く突き刺さり、体液を吸い取っていく。やがて枯れ木にははっきりと目と口が現れた。にったりと笑っているような表情だ。なんと枯れ木に擬態したデジモンだったようだ。我々はこの種を「ウッドモン」と名付けた。
ゴツモンは、己の右腕を切り離して逃げた。ウッドモンは切り離されたゴツモンの右腕から体液を吸い尽くすと、それを地面へ放り捨てた。
驚いた。こんなデジモンがいるとは……。現実世界にも食虫植物などはあるが、ここまでアグレッシブに捕食活動をする植物など存在しない。強いて言うならば、ハナカマキリやアヅチグモなど、植物に擬態する節足動物がいる程度だろうか。ウッドモンはどのような系統のデジモンなのだろうか。
…右腕を失ったゴツモン。彼は不幸なのであろうか?
否、見方によっては幸運ともいえる。あれだけ獰猛な捕食者に襲われながら、失ったのが右腕一本で済んだのだから。これまで天敵を知らずにのんびり陸上生活していたゴツモンであったが、ウッドモンという天敵が現れた。
「枯れ木に近寄らなければいい」と思うかもしれないが、ウッドモンには歩行能力がある。擬態などせずとも、ゴツモンやワームモン、ヌメモン等に対しては、普通に歩いて襲いかかるだけでも捕食できるのである。
そして森林に潜み植物に擬態する捕食者はウッドモンだけではなかった。ウツボカズラそっくりな体を持つ植物型デジモン、「ベジーモン」が、蔓を伸ばしてゴツモンに襲い掛かってきたのである。ゴツモンはウッドモンに襲われて間もない頃であっため、周囲の植物に気を配っており、辛うじてベジーモンの素早い蔓に捕まらずに済んだようだ。
片腕を失ったゴツモン。これからどのように生きていくのであろうか。普通に考えれば、ベジーモンやウッドモンに襲われないように逃げながら生活するものだと予測できるだろう。だがゴツモンが選んだ行動は我々の予想を遥かに超えていた。なんとゴツモンは、樹木に左拳を打ち込み、己の肉体を鍛錬し始めたのである。
我々が知る限り、野生動物は鍛錬をしない。狩りや飛行の練習をする動物はいるが、筋力トレーニングをする動物など見たことがない。それもそのはず、野生動物は「筋トレ」の概念を知らないし、そもそもする必要が全くないのだ。ゴリラを思い浮かべれば分かりやすいだろう。ゴリラは一切筋トレをしなくても、人間がどれだけ鍛えても敵わないほど凄まじい筋肉が身につく。動物の肉体につく筋肉量は、自身の生活サイクルに最適な無駄のない発達をするように遺伝子によってプログラムされているのだ。筋肉量が多ければそれだけ運動能力が高まるが、強靭な筋肉を維持するには大量の栄養を消費するため腹が減りやすくなる。強大な筋力をもつ動物は、一日中大量の食糧を獲得探し続けなくてはならないので大変なのである。
しかしながら、紛れもない野生動物であるはずのゴツモンは、ひたすら己の拳を樹木へ打ち付け、鍛錬を積んだ。勝手な想像だが、おそらくこの行動は意図して「トレーニング」をしているものではない。己の右腕を奪ったウッドモンへの恨みと憎しみから、樹木へ八つ当たりの攻撃をしているのだ。その反復行動が意図せず筋トレになっているようだ。
ある時、ゴツモンは再びベジーモンに襲われた。蔓を伸ばしてゴツモンを捕えようとするベジーモン。だがゴツモンは素早く飛びのいて距離をとった。そして木に登り始めた。ベジーモンは木の下で大きく口を開けた。ゴツモンが疲れて落ちてくるのを待っているのだろう。
そんなベジーモンの真上にいるゴツモンは、なんと跳躍し、自ら勢いよくベジーモンの上に飛び降りた。そして鍛え上げた左拳に落下の勢いを乗せて、ベジーモンの頭部へパンチを放った。まさか獲物が反撃してくると思わなかったのだろう、意表をつかれたベジーモンは、そのパンチを眉間に思いっきりくらった。比喩でなく本当に岩のように固い拳の一撃を受けたベジーモンの顔面は陥没し、ゴツモンの拳と地面に挟まれて潰れた。なんということであろうか。捕食者のベジーモンを、被捕食者のゴツモンが殴り倒し、逆転勝利してしまったのである。ゴツモンはベジーモンの死骸を巣に持ち帰り、数度に分けて食べた。
それ以来、ゴツモンはこの空中殺法によってベジーモンへ戦いを挑むようになった。森の中で己が頂点捕食者だと驕っていた(?)ベジーモン達は、次々とゴツモンに倒されていった。
そうしてゴツモンは、己の左腕を鍛え続け、ベジーモンを捕食し続けているうちに、次の段階へと進化した。硬い外殻は星型五芒星の形になり、さらに硬度を増した。失った右腕は進化によって再生できたようだ。両腕の筋力は以前よりも発達しており、ボクシンググローブのようなものを装着していた。さらにこのデジモンは、走るスピードが早くなっただけではなく、原理不明の飛行能力を獲得した。流れ星のように高速で空中を移動できこのデジモンを、我々は「スターモン」と名付けた。
ある日スターモンは、ウッドモンに襲われた。枝の位置などの体の細かい特徴から察するに、かつてゴツモンの右腕を奪ったものとは別個体のようだ。枯れ木に擬態した状態からの不意打ちは、簡単に見破れるものではない。ウッドモンが伸ばしてきた枝がスターモンの右腕に絡みつく。このままでは、根を突き刺されて体液を吸われてしまうだろう。だがスターモンは、なんと高速パンチのラッシュを放ちウッドモンを滅多打ちにしたのである。ウッドモンは昏倒した。そして恐怖の悲鳴を上げて、スターモンに背を向けて逃走した。スターモンが自分より強いことを悟ったのだろう。
だがスピードではスターモンの方が遥かに上だ。ウッドモンの後頭部をスターモンのパンチが叩き割り、ウッドモンは地に倒れ伏した。そうしてスターモンは、打倒したウッドモンの死骸から樹皮をはぎ取った。中身は動物的な体組織をしていた。そのままスターモンはウッドモンを捕食した。たくさんのデジモンから栄養を吸い取っていたウッドモンの肉体は、豊富な養分を持っていたようだ。
そうしてスターモンは、ベジーモンやウッドモンを見つけては、それに自ら挑んで殴り倒し、捕食するようになった。筋力や運動能力が格段に増した分、基礎代謝量が上がり、腹が減りやすくなったらしい。スターモンの主食は植物型デジモンであり、昆虫型デジモンは捕食の対象外のようだ。いずれ、かつて己の右腕を奪った個体へのリベンジを果たすことができるのであろうか。
いつしかスターモンの巣の周りには、ワームモンや、テントウムシ型の昆虫デジモン「テントモン」といった、ベジーモンやウッドモンに食われやすい昆虫型デジモンが住み着くようになった。彼らの目には、スターモンは天敵を打ち倒してくれるヒーローのように映っているのかもしれない。
やがてスターモンは、巣の中でいくつかタマゴを産んだ。産んだタマゴからは、ズルモンではなく、砂に似たデジモンが産まれた。てっきりズルモンが産まれるものとばかり考えていたが……。我々はこのデジモンを「スナモン」と名付けた。
このスナモン達は、親と同じスターモンへと成長するのであろうか?それとも、異なる姿へと育つのだろうか。
それからしばらくの時がたった頃。スターモンは空腹に苦しんでいた。スターモンが強者であると知ったベジーモンやウッドモン達が、いつからかスターモンに挑むのをやめて、スターモンから逃げ隠れるようになったためである。スターモンは「挑んでくる強者」に対しては攻勢に出られるが、逃げ隠れる獲物を探すのは苦手なようだ。
ベジーモンやウッドモンは植物への擬態が可能であるが、これは獲物を捕らえる罠として機能するだけでなく、スターモンから身を隠す手段としても機能しているのだ。高い運動能力をもつ肉体を維持するために、多大なカロリー摂取を必要とするスターモンは、獲物が逃げに徹するようになったことで餓えに苦しむようになってしまったのである。さらに、スターモンはゴツモンの頃に持っていた、草を食べて消化する力を喪失していた。草を消化するためには重くて大きな消化器官が必要だが、スターモンは戦闘に特化した身軽な肉体を得るために、消化器官を小型化した。その結果、食糧の選択肢から草が外れてしまったのだ。皮肉にもスターモンは、強さを得た代償として食糧の獲得が困難になってしまったのであった。
デジモンの強さは、単に白兵戦闘能力の高さだけで決まるものではない。ウッドモン達はウッドモン達で、スターモンにはない強さを持っているのである。
File3 デジタルモンスターのレベル
我々は、これまでにふたつの個体の成長と進化を見届けてきた。その中で、デジモンの進化には「レベル」があることが確認された。
【レベル0】…デジタマ
デジモンのタマゴである。同じタマゴでも、置かれていた環境によって孵化する幼年期デジモンの形質に差が出る。つまり、進化はタマゴの中で既に始まっているのである。故にデジモンのタマゴ…デジタマは、レベル0のデジモンといえるだろう。
【レベル1】…幼年期Ⅰ
ポヨモン、バブモン、ズルモン、スナモンがこれに該当する。とても弱い存在であり、被捕食者になりがちである。体の小ささを活かして身を隠すなどして外敵をやりすごさなければ、この時点で息途絶えることになるだろう。
【レベル2】…幼年期Ⅱ
プヨヨモン、ゴロモンがこれに該当する。活発に動き回れるようになり、さらなる進化のために餌を探し回る。消化吸収能力が向上するため食べられる餌の量が増す。
レベル3以上の肉食デジモンにとっては、相変わらず弱くて捕食しやすい格好の餌だ。
【レベル3】…成長期
シャコモン、ゴツモン、スイムモン、ガニモン、ワームモン、テントモンなどがこれに該当する。身体機能が一気に発達し、戦闘能力を獲得する。捕食や自己防衛のために戦いの日々に明け暮れることであろう。
戦闘能力ではレベル4には敵わないことが多いが、環境が激変しても進化による適応の余地があることがこの世代の強みといえる。
【レベル4】…成熟期
ヌメモン、スターモン、ベジーモン、ウッドモン、ヤンマモン、ドクグモンなどがこれに該当する。戦闘能力はさらに強大になり、成長期デジモン程度ならば造作もなく打ち倒せる。
スターモンは、高い戦闘能力を持つが、その分多くの食事を必要とする。
ヌメモンは、他の成熟期に比べ戦闘能力ははるかに劣るが、基礎代謝量が少なく、わずかな餌で生き延びることができるため、様々な環境に適応可能だ。基礎代謝量の多さと戦闘能力の強さは比例する傾向が見られる。我々は暫定的に、「身体能力の強さと基礎代謝量の多さ」を表す数値として「DP」というステータスを定義した。
…現在、レベル5のデジモンは見つかっていない。成熟期がデジモンの最終形態なのであろうか。
さて、あれからスターモンはどうしているかというと……、前述の通り、空腹でヘロヘロになっている。スターモンの周囲には捕えやすい昆虫型成長期デジモン達もいるのだが、なぜかスターモンはそれらを襲って食べようとすることはなかった。理由は不明である。
ある時、森の中で一体のテントモンがベジーモンに襲われ、捕まった。蔓で絡めとられたテントモンは大声を出して叫び暴れた。だがベジーモンの蔓は外れない。そのままベジーモンはテントモンを飲み込もうとした……。
その時だった。空を飛んでその場へやってきたデジモンがいた。スターモンである。スターモンはベジーモンの擬態を見破る術を持たないが、テントモンの悲鳴を聞きつけてこの場へやってきたのである。スターモンはベジーモンを殴りつけた。ダメージを受けたベジーモンは、テントモンを離してからスターモンへ反撃をした。蔓を鞭のように打ち付ける打撃だ。攻撃を受けたスターモンはふらつき、地に膝を付いた。明らかに苦戦している。
普段ならばベジーモンの攻撃など固い甲殻のおかげで意に介さない。だが長い空腹が続いたせいでエネルギーが不足し、弱っているようだ。どれほど強靭なデジモンでも、腹が減っては戦ができないのだ。窮地に陥るスターモン。ベジーモンは今が勝機と判断し、スターモンを蔓で絡めとった。そのまま大きな口でスターモンをかみ砕く気だ。
だがスターモンは、なんと蔓に絡めとられたまま空を飛んだ。高度はどんどん増していく。ベジーモンは慌てている。高度20mになったあたりで、スターモンはベジーモンを真っ逆さまにひっくり返して両腕でつかんだ。そして地面に向かって急降下をし……、ベジーモンの頭部を思いっきり地面へ打ち付けた。パイルドライバーである。頭部を強く打ったベジーモンは倒れ、二度と動かなくなった。
辛うじて勝利したスターモンだったが、スターモンもまたその場に倒れた。飛行のために大量のエネルギーを消耗したようだ。もはやベジーモンを捕食する力すら残っていない。スターモンは救ったテントモンがその場から離れていくのを眺め、静かに目を閉じた。
だが、テントモンは戻ってきた。それも仲間のテントモン達を連れて。テントモン達は花の蜜から作ったのであろうハチミツのような粘液を、スターモンの口元へ差し出した。スターモンは蜜の香りを嗅いで目を覚まし、蜜を舐めとった。糖分たっぷりの消化にいい蜜は、スターモンの全身へ迅速にエネルギーを届けた。どうにか身を起こせるだけの体力を取り戻したスターモンは、ベジーモンの死骸を捕食して栄養補給し、飢えを満たすことができた。この助け合いは、明らかに本能でプログラムされた行動ではない。その行動には、はっきりとした知性を感じた。
いつしかスターモンはテントモンと共生関係を結ぶようになった。テントモンはスターモンに蜜を与え、スターモンは対価としてテントモン達のボディーガードをするようになった。テントモンが外敵に襲われると悲鳴をあげて助けを求め、スターモンはそれを聞いて現場へ飛んでくる。そうしてスターモンはテントモンを襲っていた外敵を殴り倒して捕食する。全く異なる種同士だが、互いに利益のある共生関係を築くことができたようだ。
ある日、スターモンがテントモン達とともに森を歩いていると、突如赤い体色をしたベジーモンが5体現れ、スターモン一向に襲い掛かってきた。スターモンは一体の赤いベジーモン、「レッドベジーモン」にカウンターパンチを放った。殴り倒されたレッドベジーモンは、痛がりながらもすぐに起き上がった。通常のベジーモンならば、快調のスターモンから全力のパンチをくらったら一撃でノックアウトしてしまうというのに。レッドベジーモンは随分タフなようだ。
レッドベジーモン達はスターモンを取り囲み、蔓で殴打を連発した。蔓の先端にはトゲが生えた硬いメイスのような部位があり、スターモンの硬い装甲越しに内部の体組織を打ち付ける。スターモンは明らかにダメージを受け、苦戦している。これらレッドベジーモンは明らかに通常種のベジーモンより戦闘力が高い。おそらくスターモンに対抗するために生まれた新種であろう。スターモンは反撃しようとしたが、レッドベジーモン達の蔓に捕まってしまった。このままでは身動きがとれないまま滅多打ちにされてしまう……!
しかしその時、突如空がまばゆく光った。なんと隕石が降ってきたのである。猛スピードで落下する高熱の隕石はレッドベジーモン一体の頭部に直撃した。レッドベジーモンの頭部は著しく損壊し、倒れ伏した。驚くべき事態である。これは偶然なのだろうか……?
他のレッドベジーモン達が慌てていると、一瞬拘束が緩んだ隙にスターモンは蔓の束縛から脱出した。そして後方へ飛びのくと、テントモン達を抱え、空を飛んで一目散に逃走した。レッドベジーモン達はスターモンの後を追うが、空を飛ぶスターモンのスピードには追いつけなかった。多数のテントモンを抱えながら、これほどのスピードで飛行できるのは、驚異的と言わざるを得ない。
それまで戦闘では無敵の実力を誇っていたスターモンであったが、この時初めて逃走を選んだ。巣に戻ったスターモンは、彼の子供であるゴツモン達へ戦闘のトレーニングを施した。おそらく新たな強敵の登場に危機感を持ったのだろう。
トレーニングは実に過酷であった。樹木へ拳を撃ち込む鍛錬だけでなく、実践も伴うものだ。実際にゴツモン達をテントモン達のボディーガードにつけて、森の中を歩き回って果実や花の蜜を集めるというものだ。ベジーモンが襲ってくることがあったが、ゴツモン達は集団で戦うことで、ベジーモンを打ち倒し、勝利を収めることができた。
やがてゴツモン達の前に、強敵レッドベジーモンが一体現れた。スターモンは手を貸さず、ゴツモン達に自力での解決をさせるつもりのようだ。ゴツモン達はいつものようにチームで戦いを挑んだ。だがレッドベジーモンは恐ろしくタフだ。ゴツモンの一体を捕えると、それを丸のみにしてしまった。
ゴツモン達は救出のためにパンチや体当たりを繰り返すが、まるで応えていない。このままでは、胃袋の中のゴツモンは消化され始めてしまう……。
そんな危機の中、とうとうスターモンは動いた。レッドベジーモンの腹部へパンチの連打を繰り出した。ボディーブローを何発もくらったレッドベジーモンは、腹の内容物を全て吐き出した。飲み込まれていたゴツモンは胃液まみれになりながら這い出してきた。苦しむレッドベジーモンを、ゴツモン達は集団で取り囲み、鍛えた拳で打ちのめし……、ついにこれを打倒した。喜びに歓喜するゴツモン達は、レッドベジーモンを解体して切り分け、捕食した。スターモンはゴツモン達を褒めているようだ。強く育った我が子が誇らしいと感じているのだろう。
植物型デジモンは、そのすべてがゴツモン達に対して敵対的な反応をするわけではなかった。ヒマワリに手足と尻尾と羽が生えたような姿の大きなデジモン、「サンフラウモン」は、ゴツモン達を見つけても、にっこりと笑みを浮かべるだけだった。サンフラウモンは一日中日向ぼっこをしており、時折木の葉を食べるという草食生活をしていたので、他のデジモンを捕食する必要が無いようだ。それにしても、ゴツモン達に向けたのはいったい何の笑みなのだろうか……不気味である。
やがて厳しい戦闘訓練を積んだゴツモン達は、親同様にテントモンの警護をしながら蜜を貰うという共生関係を築くようになった。興味深いことに、最も優秀なゴツモンは、ベジーモンと真正面からタイマンで殴り勝てるほどまで実力を伸ばしていた。デジモンの個体の強さは、トレーニングによって大きく伸びるようだ。
だが、スターモンは忘れていた。かつて己が岩に擬態し、ある外敵から身を隠していたことを。ゴツモン達が岩への擬態をせずにアクティブに活動するということは、その外敵から再び狙われるようになるということを……。
ある日スターモンが森のパトロールをしていると、テントモン達の動揺する声が聞こえてきた。現場へ飛んでいくと、そこにはゴツモンの死骸があった。前述の、ベジーモンすら打ち負かす最も優秀な個体だ。スターモンは我が子の骸を抱き上げると、それを詳しく調べた。ゴツモンの死骸は甲殻の中身の軟組織がミイラのように干からびていた。甲殻の隙間から太い針を突き刺され、体液を吸い尽くされたようだ。スターモンは立ち上がり、我が子を仕留めた相手を探し回った。
やがてその強敵は、自らスターモンの前に姿を現した。タランチュラに似た肉食節足動物型デジモン、ドクグモンである。ドクグモンはスターモンを見て舌なめずりをした。どうやらスターモンを捕食するつもりのようだ。スターモンはドクグモンを睨みつけ、拳を構えた。
死闘は熾烈を極めた。互いに拮抗した実力の持ち主。守護者と捕食者、ふたつの頂点が、激しい戦いを繰り広げた。二体の格闘中、突如空から隕石が降ってきた。隕石はドクグモンの脚部にぶつかり、左側の脚を3本ほど吹き飛ばした。信じがたいことに、この隕石はスターモンが落としたもののようだ。如何なる原理かは不明だ。隕石をくらったドクグモンは地面に突っ伏している。
スターモンが、とどめの一撃を繰り出そうとした時……、突如ドクグモンの体は光に包まれた。光が消えた時、そこには新たな姿へと進化したドクグモンの姿があった。サソリのような姿のデジモン……名付けて「スコピオモン」。この土壇場でドクグモンはついに、前人未踏の領域であるレベル5へ到達したのである。
激しい格闘戦を再開する二体。パワーもスピードもスコピオモンの方が明らかに上だ。全身を打ちのめされ、ふらつき始めるスターモン。だがスターモンの巧みな攻撃もまた、少しずつスコピオモンに効いてきている。全く歯が立たないというわけではないようだ。
そうして殴り合っている最中に、スコピオモンは口から真っ黒な液体を噴射してスターモンの目へ浴びせかけた。毒霧による目つぶしである。視界を封じられたスターモンは、もはや勝機がないと察したのか、空中へ飛び去ろうとした。しかしスターモンが離陸するよりも早く、スコピオモンの尻尾の針がスターモンの装甲を突き破った。それでも飛行態勢に入っていたおかげで、突き刺された針を引っこ抜き、飛び立つことができた。
飛行中のスターモンは、次第にふらふらと動きがぶれていき、どんどん高度が下がっていき……。やがて、森の中へ墜落した。
File4 生態系崩壊
しばらく経つと、テントモン達により、木の枝に引っかかったスターモンが発見された。テントモンの巣へと搬送されたスターモンは、弱々しく呼吸をするものの、立ち上がることができず、どんどん弱っていった。どうやら、スコピオモンの尻尾の針がほんの一瞬突き刺さった際に、麻痺毒を注入されていたようだ。
テントモン達は、スターモンの口元へと蜜を運ぶ。スターモンは、それを飲み込むことさえできなかった。
スターモンが倒れた今、森はどうなったであろうか。彼が育てたゴツモン軍団がボディーガードを引き継ぎ、食虫植物デジモンと戦っていた……?
…否、そんな生易しい状況ではなかった。テントモン達も、ゴツモン達も、食虫植物デジモン達でさえも。次々とスコピオモンの餌食となっていったのである。
スコピオモンの闘争欲求は異常なほど強かった。腹が減っていないときでさえも、動くデジモンを見つけ次第襲いかかり、麻痺毒を注入。巣へと運び、保存食として貯蔵したのである。こんな異常なペースで狩りを続けていては、いずれ森のデジモンが滅び、生態系が完全崩壊してしまうことは想像に難くない。
スコピオモンの巣には大量の獲物が転がっていた。ゴツモン、テントモン、ワームモン、レッドベジーモン……。麻痺させられ保存食と化したそれらのデジモン達を、スコピオモンは時折まるで自慢のコレクションかのように眺めていた。
スコピオモンの巣には一箇所、不自然に土が盛り上がった台座のような部分があった。これは何のためにあるのだろうか。自分が座るための王室だと予想されるが、真相は定かではない。
やがてスコピオモンは、保存食デジモン達の腹部へ毒針を突き刺して回った。何をしているのであろうか?
数日後、保存食デジモン達の腹部が蠢いた。やがて腹部を食い破って、小さな蜘蛛型デジモンが這い出てきた。小さなドクグモンだから「コドクグモン」と名付けられた。
しかし、盲点だった。捕食されやすい幼年期をどのように生き延びるかは、デジモン達の最大の課題ともいえる問題だったが……、スコピオモンは寄生蜂のように他デジモンの体内へタマゴを産み付けて、その体内で幼年期を孵化・成長させるという生存戦略をとったのである。おそらく生命維持に必要最低限の心肺機能を残したまま、消化器官や筋肉などを貪り食っていき、長く生かし鮮度を保ったまま幼虫の餌にしていたのだろう。
これは危険だ。成長期まで育ってしまえば、デジモンはかなり活動能力が増す。スコピオモンの子供達は、きっとスコピオモンのコレクションを食べて成長し、外敵に襲われることなく成熟期まで育つのであろう。
あるとき、ヤンマモンがスコピオモンの巣へ近づいてきた。コドクグモンを狙おうとしているようだ。だが、大量のデジモンが食い散らかされた残骸の転がる巣を見たヤンマモンは、戦意を喪失し、一目散にその場から去っていった。日に日に拡大していくスコピオモンの巣だが、大抵のデジモンはその恐ろしい光景を見ただけで力の差を思い知り、恐怖のあまり侵入する気が失せてしまうようだ。賢明な判断といえるだろう。
それにもかかわらず、無謀にもスコピオモンの巣へ侵入してきた命知らずのデジモンがいた。ご存知ウッドモンである。かつてゴツモン(現スターモン)の右腕を奪ったあの個体だ。ウッドモンは枯れ木に擬態しながら、少しずつ主が留守中の巣へと近寄り……、巣の育児室へ侵入に成功した。そしてコドクグモン達に枝を伸ばして襲いかかり、次々と体液を吸い尽くしていったのである。
それだけではない。ウッドモンはスコピオモンにタマゴを産み付けられた宿主デジモン達からも体液をどんどん吸い取った。宿主デジモンは干からびたミイラになった。こうなっては寄生している幼虫デジモン達は食うものがなくなってしまう。ミイラの腹を食い破って体内のコドクグモン達が脱出してきた。それをウッドモンは素早くキャッチし、体液を搾り尽くした。やがて腹がいっぱいになったウッドモンは、巣の外へ出てごろんと寝転がると、枯れ木に擬態しながら眠った。なんと豪胆なことだろうか。ウッドモンという、己の弱さと強さの両方を知る捕食者だからこそ可能な荒業である。
新たな保存食を持ち帰ったスコピオモンは仰天した。子供達が巣で干からびているのだから。スコピオモンは子供達の仇を探したが、視界内にあるのは地面に転がった枯れ木のみ。怒り狂ったスコピオモンは、まだ残っているコレクションの山をハサミでズタズタに引き裂き、その肉片をヤケ食いした。生き残った数匹のコドクグモンもそれを共に貪った。
スコピオモンは巣の外へ出ると、転がっている枯れ木に八つ当たりのハサミ攻撃を放った。すると、枯れ木はその苦痛で苦しんだ。スコピオモンは驚いた。完全に枯れ木だと思っていた物体が、生きたデジモンだったのだから。身を起こすウッドモンの姿を見たコドクグモン達は、怯えてスコピオモンの後ろに隠れた。
我が子の怯える様を見て、スコピオモンは確信したようだ。このウッドモンこそが、我が子達をミイラにした張本人なのだと。
スコピオモンは怒声を上げると、ウッドモン目掛けて毒針攻撃を放った。だがウッドモンは伸ばした枝をスコピオモンの尾へ絡みつかせ、この一撃を防いだ。大量にデジモンの体液を吸ったせいでパワーが有り余っているのだろうか、並のウッドモンを上回る反応速度だ。ウッドモンはスコピオモンの尾へ枝を食い込ませ、体液を吸い始める。予想外の反撃を受けたスコピオモン。だがスコピオモンは鋭利なハサミを掲げた。
ウッドモンの枝を断ち切らんとする、スコピオモンのハサミに……
……空から飛来した隕石が直撃し、ヒビが入った。
スコピオモンは周囲を見回した。この厭らしく強力な攻撃を仕掛けてくるヤツの姿を探した。そいつは自ら姿を現した。なんと宿敵スターモンが、ふらふらとよろめきながら、巣に乗り込んできたのである。どうやら万全ではないものの、テントモン達の看病により息を吹き返したようだ。おそらくゴロモン時代の毒耐性がスターモンにもまだ残っていたおかげで、少量注入された麻痺毒を解毒することができたのだろう。だが正直、今のスコピオモンに戦いを挑んで勝ちの目があるようには思えない。
研究員としての私見を述べるなら……スターモンが取るべき最善の選択肢は、飛行能力を活かして逃げることだ。ゴツモン達もテントモン達も忘れて遠くへ逃げ延びれば、スコピオモンは追ってくることができない。森を離れ、逃げ去ることが、スターモンが取るべき最善の生存戦略といえる。
だが、スターモンは逃げなかった。ウッドモンと取っ組み合っているスコピオモン目掛けて突進し、スコピオモンの顔面へパンチを放ったのである。
スコピオモンはよろめいた。その口元は、まるで笑っているかのように吊り上がった。そしてスコピオモンは、巣の中にある不自然に盛り上がった台座の方を見た。
これまでは、あの台座が何のためにあるのかが分からなかったが……。今ならば分かる。あの台座は、宿敵スターモンをコレクションとして飾るために作った特別席なのだと。
スコピオモンは、尻尾の毒針をスターモンに向けて突き出そうとした。だが、ウッドモンはさらに深くスコピオモンの尾へ枝を食い込ませ、体液を吸いながら毒針攻撃を封じる。スコピオモンが枝を切断しようとウッドモンへハサミを振りかざすと、スターモンはすかさずそのハサミの付け根を殴りつけた。
かつて宿敵同士として争ったスターモンとウッドモンの奇妙な連携攻撃が、意外にもスコピオモンに効果を発揮していた。
激しく殴り合う、スコピオモンとスターモン。
そのダメージは、やはり成熟期であるスターモンの方が大きく、スターモンの外殻はどんどん砕けていく。
だが、スコピオモンはだんだんバテて来ているように見える。ウッドモンにどんどん体液を吸われ、エネルギーが足りなくなってきているのだ。スコピオモンは、再度ウッドモンの枝を切断しようとハサミを繰り出すが、ボロボロのスターモンは「それだけはさせない」と言わんばかりにハサミを殴りつける。
このまま戦えば、スターモンはもたないかもしれないが、ウッドモンがスコピオモンの体液を搾り尽くせるかもしれない。レベル4のデジモン達が、下剋上を成し遂げ、レベル5のスコピオモンを仕留めるかもしれない。
そう思った矢先……。突如、ウッドモンが動きを止めた。そして、よろよろと体をふらつかせ、昏倒した。ウッドモンの足元には大量のコドクグモンが群がり、前足に生えた爪を突き刺していた。兄弟を殺された恨みのこもった毒爪が、ウッドモンへ親譲りの麻痺毒を注入し、体を痺れさせたのだ。先に下剋上を成し遂げたのは、コドクグモン達だったのである。
ウッドモンが弱ったのを察したスコピオモンは、体液を大量に吸われて痩せこけた尾に力を込めて、ウッドモンを持ち上げ、それをスターモンへハンマーのように叩き付けた。
その衝撃で、ウッドモンの枝は尾から外れた。だがそれと同時に、スコピオモンの尾は真ん中あたりから千切れた。ウッドモンの吸収攻撃により、脆くなっていたのである。
苦痛と怒りで、恐ろしい咆哮を上げるスコピオモン。怒ったスコピオモンは、麻痺したウッドモンをハサミでズタズタに切り裂いた。スコピオモンは毒針攻撃がなくても、純粋な格闘能力だけでも強い。
スターモンがスコピオモンへパンチを繰り出す。だがこれまでスターモンが多少なりともスコピオモンに張り合えていたのは、ウッドモンがスコピオモンから体液を吸って気を散らさせていたからである。ブチ切れたスコピオモンの捨て身の全力ラッシュを叩きこまれたスターモン。その外殻はどんどんひび割れていき、ついに完全に砕け散った。
軟組織がむき出しになったスターモンの腹部へ、スコピオモンのハサミのパンチが突き刺さった。スターモンは大量に出血しながら吹き飛び、ズタズタになったウッドモンの上に打ち付けられた。
うつ伏せのスターモンは、かすれた目で下を向いた。
ウッドモンの下には大量の保存食デジモンの山が積み重なっていた。
その中には、かつてスターモンが鍛錬した彼の子供達…ゴツモン達の姿があった。
それを見た瀕死のスターモンは涙を流していた。おそらく察したのだろう。ゴツモン達は、テントモンを護り共生するという己の生き方に殉じて、スコピオモンに挑み、仕留められたのだと。
研究員である私としては、何ともコメントし難い。生物の強さとは、環境への適応能力である。時には己の生き方という固定観念から脱することも、生存戦略としては重要なはずである。私には、ゴツモン達の生き方が、スターモンがここへ来てスコピオモンへ挑んだ理由が……分からない。
スコピオモンは、コドクグモン達を連れて、瀕死のスターモンの方へとにじり寄ってきた。スコピオモン本体の毒針が折れた今、コドクグモン達の神経毒を使ってスターモンを麻痺させるつもりのようだ。
スターモンは、スコピオモンを一瞥した後、彼の下敷きになっているウッドモンを見た。するとスターモンは、腹部から流れる己の血液を、ウッドモンの口内へ流し込んだ。
これは、何をしているのであろうか?毒耐性のある血液をウッドモンへ与え、麻痺毒を解毒でもしようというのであろうか……。
やがて、麻痺していたはずのウッドモンは、枝をスターモンの口元へ伸ばし、樹液を垂らした。つい先ほどコドクグモン達や保存食デジモン、そしてスコピオモンから大量の体液を吸ったウッドモンは、体内に大量のエネルギーを貯蔵しているはずだ。ウッドモンはウッドモンで、スターモンへエネルギーを与えて治癒しようとしているのだろうか。
互いが互いを必要としている。戦うための力として、互いの存在を、己の身を削ってでも生かそうとしている。かつて敵同士として争った二体が、己の肉体を分け合って、力を与え合おうとしている…。
その時、奇妙な現象が起こった。
ウッドモンの肉体が、細かい根へと分解されていく。
スターモンの肉体が、硬質の岩石と強靭な肉体へと分解されていく。
それらは互いに絡まり合った。
そして、保存食として積み上げられているスターモンの子供達、ゴツモン達の瀕死の肉体もまた、小さな石片へと分解されていく。
一度分解されたそれらは複雑に、絡み合い、まとまり合い…
やがて、一つの存在となった。
スターモン譲りの筋肉と、ゴツモン譲りの硬い外殻。
それを支える、ウッドモン譲りの植物の肉体。
その全てを兼ね備えた、ひとつのデジモンへと融合したのである。
我々は後に、この融合デジモンを「ジャガモン」と名付けることになる。
File5 融合
融合デジモンは、スコピオモンを威嚇するように吠えた。
スコピオモンは融合デジモンへ突進し、ハサミによるパンチを繰り出した。
すると融合デジモンは、外殻である石のひとつを隕石のような勢いでスコピオモンのハサミへ飛ばした。ハサミはその一撃を受けて破砕し、ズタズタに千切れた筋繊維が露出した。そこへ、融合デジモンの外殻の隙間から伸びた根が絡みつき、スコピオモンの筋繊維へ食い込んだ。
スコピオモンは、もう片方のハサミでパンチを繰り出す。融合デジモンも前足でパンチを繰り出し、スコピオモンのハサミと激突した。ばきりと音が鳴り、スコピオモンのハサミが千切れ飛んだ。スターモンが執拗に放った、スコピオモンのハサミの付け根へのパンチは、確実にダメージを蓄積させていたのである。その傷が、ここにきて一気に響いたのであった。
スコピオモンは、尾とハサミを失った。
それでもスコピオモンは逃げない。
否、逃げられない。
片方のハサミに、融合デジモンが伸ばした根が深々と突き刺さっているからである。
スコピオモンに残された最後の武器……それは、強靭な顎であった。スコピオモンは、融合デジモンの顎の下を狙って、噛みつきを繰り出す!
融合デジモンは勢いよく頭突きを放ち、額の硬い角をスコピオモンの顔面へ打ち込んだ。スコピオモンの顔面の甲殻にヒビが入る。融合デジモンは、何度も何度も、角をスコピオモンの顔面へ打ち付けた。顔面のヒビはどんどん広がり……ついに砕けた。
そして、最後の頭突き攻撃によって、スコピオモンの頭部は破裂した。頭部を失ったスコピオモンは、地面にうつ伏せに突っ伏し、しばらく手足をばたつかせていたが、やがて動きを止めた。
コドクグモン達は、親の死を目の当たりにして、一目散に逃げ出した。融合デジモンは、それらを追いかけることはなく……森へと帰っていった。
我々研究チームは言葉を失った。デジモン同士が融合して、ひとつのデジモンになる。こんな現象は全くの想定外だったからだ。融合現象に対する議論は一晩中交わし続けられた。とりわけ注目されたのは、デジモン融合現象がいかなる条件で起きる事象なのか、再現性があるのか、という点である。単に戦闘で危機に陥ることだけが条件ならば、ヌメモンがヤンマモンに襲われたときや、ゴツモン達がレッドベジーモンと戦った時も融合現象が発生し得たはずである。だが、そのときは融合現象が発生しなかった。なぜスターモンとウッドモンがスコピオモンに立ち向かったときにのみ、融合現象の発生条件を満たしたのか……。仮説としては「ウッドモンが保存食デジモンやスコピオモンから大量にエネルギーを吸い取っていたため、そのエネルギーが融合現象のトリガーとなった」と考えられているが、サンプル数が少なすぎるため裏付けは得られずにいる。
融合デジモンは森の中で寝そべり、そして眠った。やがて融合デジモンの周囲の草木が枯れ始め、代わりにナス科植物の特徴を持った背の高い茎や葉が地面から生え始めた。融合デジモンは地中に地下茎を張って、広い面積から光合成で栄養を獲得できるようにしたのである。スターモンの頃のように小型昆虫デジモンを護るわけでもなく、ウッドモンの頃のように小型昆虫デジモンを狩るわけでもなく……ただひたすら、じっと動かずに光合成をし続けた。
目の前で、ゴツモンがウッドモンに捕食されようとも。
ウッドモンが、二代目のスターモンに打倒されようとも。
何ら干渉せず、それを見守った。
おそらく、融合デジモンは分かっているのだ。レベル5の肉体は著しく高い基礎代謝量となるため、動き回って活動していたら今度は自らが第二のスコピオモンになるということを。だから冬眠のような仮死状態となって基礎代謝量を落とし、ひたすら眠り続けるのである。地下茎を伸ばしてたくさんの太陽光を得て光合成をする姿から、我々は融合デジモンに「ジャガモン」と名付けた。
ジャガモンが次に目覚めるのはいつになるかは分からない。だが、もしもその時が来るならば…、それは本当に第二のスコピオモンが生まれたときになるだろう。
さて、このままジャガモンを観察し続け、森のデジモン達の関係がどう移り変わっていくのかを見守るのもいいが、我々は研究員である。デジモンについて、より多くの情報を得なければならない。故に、いったん観察対象を別のデジモンへ移すことにしよう。
File6 上陸する魚デジモン
我々は、観察対象を再び海中に移した。
かつて観察していた範囲では、スイムモン、ガニモン、シャコモン等の成長期が生態系の頂点として、熾烈な戦いを繰り広げているように見えた。だが観察を進めるにつれて、それらを凌ぐ戦闘力をもつ成熟期デジモンが、海中で猛威を振るっていることが判明した。
たとえば、シャコモンが進化してイカに似た姿となったデジモン、「ゲソモン」。素早い遊泳能力を身に着け、スイムモンなどを捕食している。
他にも、ガニモンが進化してエビの姿となった「エビドラモン」というデジモンもいる。高い瞬発力と強靭なハサミで獲物を仕留める強力なハンターだ。……カニ型デジモンがエビ型デジモンに進化するとは面白い。我々の世界では、エビの一種がヤドカリへ進化し、それがカニへ進化するという進化系統を辿った。だがデジタルワールドでは真逆の進化が起こっている。興味深い現象である。
スイムモンが進化した成熟期デジモンには、エイの姿をした「マンタレイモン」や、マンボウの姿をした「マンボモン」などがいる。どちらも積極的に戦いを挑むタイプではないようだ。
さて、これら3つのうち2つの系統……軟体動物型デジモンと甲殻類型デジモンは、既に陸上へ進出済みである。軟体動物型の系統は、陸上へ進出してヌメモンとなった。甲殻類型系統は、調査を進めたところ遺伝子の大部分がスコピオモンやコドクグモンと一致していた。どうやらドクグモンは昆虫型の系統ではなく、我々の世界でいうならばサソリやカブトガニ、クモが属する鋏角類型の系統であり、ガニモンら甲殻類型系統と同一のルーツを持っているようだ。
だが、スイムモンら魚類系統は、未だに陸上への進出は確認されていない。様々なエリアを流し見したのだが、陸上脊椎動物型のデジモンはまだ発見できていないのである。見つけていないだけなのか、まだ陸上進出していないのか……。
ある時。海の中で5体のスイムモンがゲソモンに追いかけられていた。そのうち1体が捕獲され、残り4体は辛うじて逃げ延びた。それらは浅瀬に向かい、やがて汽水域へ向かったが……、塩分濃度が薄い汽水域は肉体への負担と苦痛が大きいようであり、うち2体は海へ引き返していった。一方、残りの2体は苦しみに耐えながら徐々に淡水へ体を慣らし、河口へ住み着いた。デジモンはトレーニングによって身体能力が劇的に向上することが、ゴツモンの観察結果から知られている。淡水への慣れもトレーニングの成果といえるだろう。そして2体のスイムモンは川を上った。いずれ2体とも上陸を果たすのだろうか。
しかし、そう簡単にはいかなかった。川に住み着いたスイムモンのうち1体が、水面付近にいるミジンコ型幼年期デジモン「ピチモン」を捕食しようとしたとき……、スイムモンは空中から来た敵に捕獲されてしまった。御存知ヤンマモンである。スイムモンは必死に暴れているが、ヤンマモンからは逃れられない。ヤンマモンは凄まじいスピードで飛び、デジドローンの視界外へと去っていった。……きっとこれが、水棲デジモンがなかなか上陸できない理由だ。過去幾度となく、様々な水棲成長期デジモンが上陸を試みたのだろう。だがそれらは全て、ヤンマモンが見つけた傍から狩り尽くしてしまったため、今の今まで脊椎動物デジモンは上陸できずにいたのだ。ヤンマモンが強すぎる!
生き延びたスイムモンは、兄弟が捕まったことに恐怖したのだろう。すぐに川を下り、河口へ戻った。すると、一度は別れたスイムモン兄弟のうち一個体と再会した。スイムモン達はしばらくの間、河口のあたりで生活していた。……しかしここも安全ではなかった。仲間のスイムモンが、エビドラモンのハサミに捕まったのである。エビドラモンの中には、塩分濃度が薄い水域に適応している個体もいたのだ。貪り食われていく兄弟を見て、スイムモンは再び川へ逃げた。だが川にはヤンマモンがいる。……強大な外敵達に挟み撃ちにされてしまったのである。
どちらにも逃げ切れずにいたスイムモンは、やがて……進化した。硬い銀の鱗で覆われ、手足のように発達したヒレ、鋭いカギヅメを持った魚類デジモンだ。肉鰭魚類のような特徴を持つため、「シーラモン」と名付けた。
シーラモンは川に住み着いた。そして、川に住んでいるピチモンやガニモン、シャコモンなどの成長期デジモンを餌として生活した。エビドラモンに襲われたときは、発達した手足で陸上へと逃げた。シーラモンは鰓呼吸だけでなく、腸呼吸や原始的な肺呼吸ができるので、短時間ならば陸上で活動できるのだ。ヤンマモンに襲われたときは、硬いウロコで攻撃を耐え、鋭い爪で牽制して追い払った。ヤンマモンを戦って倒すことはできないが、守りに徹すれば傷を負いながらも追い払うことは可能だった。
やがてシーラモンは、陸上への進出を試みた。体を乾燥に慣らし、肺を鍛え、陸上で活動できるようになることを試みたのだ。……だが、その望みは叶わなかった。どれだけ鍛錬を積んでも、身体機能は十分に「陸で生活できる」というレベルまでは発達できなかったのである。それがシーラモンという種の限界だったのだ。
あるときシーラモンは、水草の影にタマゴを5個産んだ。そこから生まれた幼年期デジモンは、一本のトサカが生えたデジモン……命名「ツブモン」。トサカを尾鰭のように動かして泳ぐ姿はオタマジャクシのようにも見える。やがてツブモンたちは、藻を食べながら成長していき、ウーパールーパーと呼ばれる両生類によく似た鰓を持つ幼年期デジモン、ウパモンに進化した。これらが両生類型の成長期デジモンへと進化すれば、親の代わりに陸上への進出に成功するだろう。
だが、当然ヤンマモンがこの格好の餌を狙わないはずがない。二体のヤンマモンがウパモンを狙って襲い掛かってきた。高性能な複眼は濁った水中の奥底まで見通し、獲物を捉える。シーラモンは必死に反撃し、ヤンマモンを追い払おうとした。だが、一匹、また一匹とウパモンは捕まっていき……、ついにすべてのウパモンがヤンマモンに捕食されてしまった。
全ての子供たちを失ったシーラモンは途方に暮れていた。シーラモン自身は、進化によってヤンマモンに対抗できる頑丈な肉体を手に入れた。だが子供達を守り切れるかというと話は別だ。ヤンマモン達はおそらく「上陸を試みたデジモンや、その子孫を主な餌とするデジモン」なのだ。シーラモン程度の相手ならば腐るほど狩ってきたのだろう。なぜ脊椎動物デジモンが未だに陸上に見当たらないのか、ようやく理由が分かった。ヤンマモンが上陸を阻む捕食者として完成されすぎているがゆえに、未だに脊椎動物型デジモンは一度も上陸に成功していないのだ。たとえシーラモンがこの場でデジタマを産み続けたとて、それらは全てヤンマモンの餌になる運命なのだろう。
あまりにも強すぎるヤンマモン達を避けるために、シーラモンは海へ戻ろうとした。だが汽水域から海へ出ようとしたシーラモンは、激しく苦しみ、汽水域へ戻ってきた。シーラモンは塩分濃度が薄い水域での生活に適応したがゆえに、もう海へ戻れなくなってしまったのだ。「海水から淡水に適応する」よりも「淡水から海水に適応する」方が、遥かに困難なのである。これが成熟期デジモンの弱点だ。一度決めてしまった生き方を変えることができないのだ。
それからシーラモンは、タマゴを産まなくなった。何度産んでも子供達がヤンマモンに捕食されてしまうためだ。むやみやたらに野生動物に人格を見出すのはよくないことだが、私にはどこかシーラモンが失意の中にいるように見える。
そんなある時、シーラモンがいる川の周辺に台風が来て大雨が降った。凄まじい大豪雨だ。川が氾濫し、川のデジモン達が激流に押し流された。シーラモンもその中にいた。どんどん押し流されていくシーラモン。川にいるサンゴモンやガニモン、シャコモンなどは、流されまいと必死に耐えていたが……、シーラモンはもはやどうとでもなれと言わんばかりに一切の抵抗をやめ、激流に押し流されていった。
やがて雨が上がると、シーラモンは湿地帯にいた。腹が減ったのだろう、とりあえず沼に潜って餌を探すシーラモン。だが、泥沼の中は視界が悪く、餌を探すのも一苦労だ。ようやく見つけた獲物は、黄色い体色をしたヌメモンの亜種、「ゲレモン」だった。おそらく、以前観察したヌメモンの子孫が進化したものだろう。シーラモンはゲレモンに襲い掛かり、噛みついた。だがシーラモンは噛み千切った肉片を吐き捨てて去っていった。よほど不味かったのか、あるいは毒があったのか……。
他に餌になるデジモンはいないのかと探していると、またヌメモンの亜種が見つかった。巻貝のような貝殻を背負った新種のヌメモン、「カラツキヌメモン」だ。カラツキヌメモンに襲い掛かるシーラモン。カラツキヌメモンは粘着質の排泄物を投げて反撃するが、シーラモンはそれを鋭い爪で払いのけた。カラツキヌメモンは貝殻の中に体を引っ込めて防御態勢をとった。この貝殻は非常に硬く、シーラモンの鋭い爪でも簡単には破壊できないようだ。だが、シーラモンのDPは決して低くはない。その爪と牙はシャコモンやガニモンの硬い装甲を砕くパワーがある。30分ほどカラツキヌメモンの貝殻を滅多打ちにしたり噛みついたりした結果、ついに貝殻は割れた。流れ着いた環境が元いた環境と違いすぎて適応しきれずにいたシーラモンだったが、やっと獲物を狩ることができたのである。
それから数日後。沼地を観察すると……、水面から新種のデジモンが顔を出した。オタマジャクシに似た姿の成長期デジモン、「オタマモン」だ。オタマモンはふだん沼の中に潜って生活しているようだ。主な餌は、泥の中にいるゴロモンやピチモンなどの幼年期デジモンや、藻、水草などだ。それを泥ごと丸のみにして、消化器官内で餌を濾し取って消化。泥は排泄物とともに排出するのである。そうやってオタマモン達はヤンマモンから身を隠しながら生きている。この脊椎動物系統の姿は明らかにシーラモンの子孫である。おそらくシーラモンは、餌を摂るのに一苦労なこの環境の中に活路を見出したのだ。自分が餌をとり辛い環境ならば、ヤンマモンもまた餌をとるのは容易でないであろう……と。その結果、シーラモンの子孫であるオタマモンは湿地帯へたくましく適応し、ヤンマモンから身を隠す術を獲得したのだ。
やがてオタマモンは進化し、黄色いカエル型成熟期デジモンの「フロッグモン」となった。フロッグモンの背中には葉っぱに似た器官が生えている。これは何に使うのだろうか……。
フロッグモンは沼地にデジタマを産み、そこから生まれたツブモンはウパモンへ成長した。すると、待ってましたといわんばかりにヤンマモンが飛んできた。ウパモンを狙いに来たのだ。フロッグモンは背中の葉っぱ型器官を切り離し、ヤンマモンへ向けて飛ばした。葉っぱは回転しながら高速で飛び、ヤンマモンの胸部に掠った。ヤンマモンの胸部の傷口からはわずかに体液が流れ出た。なんと葉っぱは刃物になっていたのである。フロッグモンはヤンマモンを不意打ちで仕留める気だったのだろうが、それを躱し軽傷で済ませたヤンマモンの動体視力はさすがである。フロッグモンとシーラモンはヤンマモンを威嚇する。ヤンマモンは傷口を抑えながら飛び去って行った。こうしてシーラモンは、子供達をヤンマモンから護ることに成功したのだ。
自然界は適者生存。環境に適応できない者は淘汰される。だが時として、大洪水のような天災が味方をし、適応可能な新たな環境へ導いてくれることもあるのだ。
やがてウパモン達は、なんとも形状しがたい姿へと進化した。緑色の体色をしており、全体的なシルエットはカエルに近い。しかしカエルと異なり、手足の先端に水かきがなく、代わりに一本の爪が生えている。目は飛び出ておらず、背中には橙色の大きなトサカが生えている。このトサカは哺乳類の祖先である単弓類、ディメトロドンなどがもつ特徴である。つまりこのデジモンは、両生類の形質を持ちながら、爬虫類や哺乳類の特徴も持ち合わせた、それらの中間ともいえる身体的特徴を備えているのである。我々はこれらに「ベタモン」という名をつけた。
ベタモン達はフロッグモンよりもさらに乾燥に強く、陸地に適した形質を持っていた。沼地に留まる個体もいたが、ここを離れる個体もいた。シーラモンとフロッグモンは親元を去るベタモン達を見送った。それらはサバンナや熱帯雨林などへ移動していった。
移り住んだベタモン達は、生き残ることができるのだろうか。
File7 魔境の熱帯雨林
デジタルワールドを照らす太陽。
それは大地を照らし、光と熱というエネルギーを植物へ提供するだけではない。我々の世界の太陽とは異なり、明確な物質としての「栄養素」をデジタルワールドへ降り注いでいる。デジモン達にとっての栄養素、それはすなわちデジタルデータである。どうやら我々の世界から消えた情報は、原理は不明だがデジタルワールドの太陽から大地へと降り注がれているらしいのだ。デジタルワールドの植物はやけに成長が早いが、それは光合成だけでなく、太陽光から直接、ミネラルのような働きをする栄養素を供給されているためなのだろう。
さて、4体のベタモンがやってきた土地は、樹木が密集して生えており、頻繁に雨が降る熱帯雨林だ。我々の世界の熱帯雨林は赤道付近にあるため、強い日差しと上昇気流、激しい降雨に年中晒されている。そのおかげで植物がめきめきと育つ。だが地面が常に雨で洗い流されるため腐葉土層がなく、養分の少ないやせた土壌となっている。だがデジタルワールドの熱帯雨林は、先述の理由で大量の栄養素が日光と共に直接降り注ぐためか、地面に特殊な堆積層があり、栄養分を蓄積しているようだ。ゆえに、これまでに観察してきた土地よりも富栄養環境となっているようだ。
あるときベタモン達は、低木にミノムシ型幼年期デジモン「ミノモン」が複数体ぶら下がっているのを見つけた。ベタモンの跳躍力ならばこれを捕獲することは容易だろう。さっそく一体のベタモンが、ミノモンの真下に移動した。
……その直後だった。ベタモンのすぐ隣の地面が、まるで蓋が開くようにパカっと捲れ、その下の穴からドクグモンが飛び出してきた。ドクグモンはベタモンに毒牙で噛みつき、そのまま巣穴へと引きずり込んでいった。……一瞬の出来事だった。ミノモンたちは罠だったのだ。どうやらこのドクグモンはスコピオモンへ進化した個体とは異なり、トタテグモのように罠を張って獲物を狩るようだ。自分の子供達を罠の仕掛けにすることで、子供を安全に守りつつ食料を獲得する生存戦略らしい。どうやらデジタルモンスターは、同一の外見であっても、個体群によって形質や習性が全く異なる場合があるようだ。兄弟の突然な死を目の当たりにした三体のベタモン達は、その場から一目散に逃げた。
……「個体群」という言葉に馴染みがない人のために説明すると、ざっくり言えば「犬種の違い」みたいなもんである。たとえばチワワとシェパードは見た目も大きさも戦闘力も大きな差があるが、それらは両方とも「イエイヌ」という同じ種の動物であり、交配も可能である。だが純血種のチワワとシェパードが同じ親から生まれてくることは決して無い。それらが生育されている環境には物理的に隔たりがあるのだ。純血種のチワワはブリーダーがそれ専用の飼育環境で育てており、純血種のシェパードもまたそれ専用の飼育環境で育てられている。このように、同じ種の中でも育った環境の隔たりによって形質に差が出る場合があり、今ここではそれを「個体群」という呼び方をしている。
そのうちベタモン達は、黄色い幼虫型の成長期デジモンと相対した。「クネモン」と名付けておこう。一体のベタモンはクネモンに電撃攻撃を放った。驚いた、ベタモンにはこんな力があったのか。電撃を食らって痺れたクネモンを、捕食しようとして近づくベタモン。だがクネモンは上体を起こし、口から糸の網を吐いた。網に絡まったベタモンへ、クネモンは電撃攻撃を放った。だがあまり効き目がない。どうやらベタモンもクネモンも両者ともに電撃攻撃の遣い手らしく、ゆえにどちらも電撃への耐性があるようだ。
網から逃れようともがくベタモン。その間にクネモンは逃げようと……しない。クネモンはベタモンをじっと見ている。なぜ逃げないのだろうか?その理由はすぐにわかった。突如、耳をつんざくようなけたたましい羽音を響かせて、大きな昆虫型デジモンがやってきた。蜂と蛾の中間のような特徴を併せ持つ、クネモンによく似た顔の羽虫型デジモン、「フライモン」が飛んできたのである。ベタモン達は大きな音に恐怖を感じて逃げようとした。だが、糸が絡まった個体はうまく逃げられない。フライモンはそんなベタモンに毒針を突き刺して麻痺させ、背中にクネモンを乗せてどこかへ連れ去った。逃げ出すことに成功した2体のベタモンは、それぞれ別方向へ逃げていたため、離れ離れになった。
その後、ベタモンを運び去ったフライモンは、巣を目指して飛んでいたが……、飛んでいる途中に、カマキリのような姿をした昆虫型デジモン「スナイモン」から鎌による襲撃を受けた。とっさに回避するフライモン。フライモンとスナイモンは熾烈な餌の奪い合いを繰り広げた……。
熱帯雨林は富栄養環境であるためか、やたらとDPが高い成熟期デジモンが多い。ゆえにベタモン達は頻繁に強敵と出くわし、逃げまどう日々を送ることになった。
独りぼっちになったベタモンの一体が餌を探していると、奇妙なデジモンを見つけた。紫色の毒々しいキノコの子実体に手足と顔が生えたような姿をしたデジモン、「マッシュモン」である。ベタモンはマッシュモンに接近すると、放電攻撃を放ってマッシュモンを痺れさせた。ベタモンは痺れたマッシュモンに近づき、かぶりついた。その直後、ベタモンは猛烈に嘔吐して苦しみだした。どうやらマッシュモンには猛毒があるらしい。このままベタモンは毒によって死んでしまうのだろうか?そう思って観察していると……なんとベタモンは、大きな口から裏返った胃袋を丸ごと吐き出した。そして胃壁を前足で擦って洗い、毒物を除去した。そして胃袋を引っ込めると……ベタモンは元通りに、元気そうにぴょんぴょんと跳ねて移動した。
我々の世界のカエルにも、このように異物を飲み込んだ時に胃袋を吐き出し、胃洗浄できる種が存在する。カエルに似た姿のベタモンはその形質を獲得していたらしい。祖先のシーラモンがゲレモンを食べて苦しんだ経験がルーツとなったのかもしれない。
胃洗浄を終えたベタモンは、周囲を見回して再び獲物を探した。するとカラツキヌメモンを発見した。カラツキヌメモンは排泄物を投擲しようと構えたが、それより先にベタモンの電撃攻撃がカラツキヌメモンを痺れさせた。体を貝殻に引っ込めるまもなくその場に昏倒したカラツキヌメモン。ベタモンはそれに近寄った。ようやく食い出のあるサイズの獲物を捕えた……そうして捕食しようとしたとき。空中から何者かがやってきて、カラツキヌメモンを横取りした。そう、御存知ヤンマモンである。翅にうっすらと茶色い汚れがあることから察するに、我々が最初に観察したヌメモンを仕留めたあの個体だ。ベタモンの放電攻撃は短時間に連発することはできないようだ。このままヤンマモンは横取りしたカラツキヌメモンを持ち去って食べてしまうのだろう……。
我々研究員の誰もがそう思っていた。
だが。
突如、消防車の放水のように凄まじい勢いの水流が飛んできて、空中のヤンマモンを吹き飛ばした。
何事かと思い、水流が飛んできた方を見ると……そこには異様な姿のデジモンがいた。体高はおおよそ3~4メートル。トゲが生えた巨大な巻貝の貝殻に下半身を収め、力強い両腕で地を這っていた。どこか亀にも似た頭部には、発達した顎がある。おそらくヌメモンの子孫の陸生軟体動物型デジモンとみられるが、非常にパワフルな体つきだ。命名「モリシェルモン」。そいつが口から水流を放ってヤンマモンを吹き飛ばしたのだ。ヤンマモンは起き上がって逃げようとしているが、モリシェルモンは貝殻の中に手足をしまいこんで、高速回転してヤンマモンへ突進してきた。その直撃をくらったヤンマモンは全身が粉々に千切れ飛んだ。凄まじい威力である。
そしてモリシェルモンはカラツキヌメモンを救出すると、飛び散ったヤンマモンの死骸を食った。ベタモンはその隙にその場から逃走を試みた。だがモリシェルモンは物音に気付き、ベタモンの方を向いた。当然だ。死んだ獲物を貪るよりも、今この場にいる生きた獲物を狩る方が得られる餌の量は多くなるのだから。モリシェルモンは頬を大きく膨らませて水をチャージし、再び勢いよく水流を放った。
だが、水流攻撃が放たれたのはベタモンのいる方向ではなかった。水流が直撃して粉砕されたのは、こっそり目を覚ましてその場から逃げようとしていたマッシュモンであった。
モリシェルモンはまるでベタモンなど眼中にないかのようにマッシュモンの残骸へ駆け寄ると、それらを夢中になって貪った。どうやら祖先のヌメモンから受け継いだ強靭な消化能力によって、マッシュモンの猛毒を解毒できるようだ。なぜか無視されたベタモンは、必死に逃げ……無事に生きてその場から離れることができた。
おそらくモリシェルモンは、カラツキヌメモン達のボス個体だ。カラツキヌメモンが外敵に襲撃されたときにフェロモンを発し、それを嗅ぎ取ったモリシェルモンがフェロモンの発生源へ駆けつけて、外敵を狩って捕食する習性があるのだろう。ある意味ではスターモンのような生態ともいえる。あちらと違って振る舞いに知性は感じられないが……。
しかし、なぜモリシェルモンはベタモンを眼中に入れずにマッシュモンを食べることに夢中になったのか?仮説だが、おそらくマッシュモンが猛毒を持つためだ。一見すると意味不明に聞こえるかもしれないが、多くの動物は「自分だけが消化できる毒物を好んで食べる」という習性を持つ。たとえばアルコール。これは多くの動物が分解できない猛毒であり、人間やハムスターなどごく一部の動物のみが分解可能である。ただし人間であっても接種しすぎれば肝機能を害する。にもかかわらず、人間はアルコールを好んで摂取する。時として我が身を滅ぼすほどまでに。これは狩猟・採集時代の人間が、自然発酵した果実を好んで収集するように進化したことで、他の動物よりも餌の独占において有利になったために残った習性と考えられている。人間以外の動物もそうだ。ニホンリスはベニテングタケを好んで食べるし、フグはテトロドトキシン毒をもつ微生物を好んで食べる。ハムスターに水の入った器とアルコールが入った器を差し出すと、アルコールへ一直線に向かって飲み干す。それらと同様に、モリシェルモンはマッシュモンを好む習性があるため、ベタモンよりも優先して捕食したということだ。……つまりベタモンが助かったのは、隣にちょうど気絶から目を覚ましたばかりのマッシュモンがいたからだ。それは単なる偶然ではない。「マッシュモンを捕食しようとして失敗した」という経験のおかげなのだ。常に成功の道をたどることだけが正解とは限らない。時として、失敗が奇妙な巡り合わせによって身を助けることもあるのである。
もう片方のベタモンは、兄弟たちが強敵に仕留められたのを相次いで目撃したせいか、ひたすら外敵がいない環境を目指して旅をした。やがてマングローブ域へたどり着いた。海水を吸って育つ植物が繁茂している環境だ。長旅をし続けて空腹が限界に近付いてきたベタモンは、そこでマメに似た植物を見つけた。我々の世界でいうとズールーラブビーンという有毒植物に似ている。「ジャックと豆の木」のモデルになった豆である。ベタモンはその実をもぎとって食べた。リアクションを見るに、毒は無く、なかなか美味であるようだ。似ているからと言ってズールーラブビーンそのものではないということだろう。このマングローブ域には外敵が少ないうえに、意外にも食べやすい植物が多いようであり、ベタモンはマメや果実などの植物性の餌を食べながら暮らした。
ある時このベタモンは、向こう岸に渡ろうとして、マングローブの海へ飛び込んだ。ベタモンはもともと湿地帯で生まれたデジモンだ。泳ぐのが好きなのだろう。着水したベタモンは、しばらく泳いでいたが……突如、猛烈に苦しみだした。どうやらベタモンは既に海水への適性を失ってしまっていたらしい。塩分がベタモンの薄い皮膚からどんどん体内に入り込んでいき、浸透圧によって細胞質の様々な成分が水分とともに体外へ出ていく。急いで上陸しようと必死に泳ぐベタモン。どうにか上陸には成功したが、皮膚に残った塩分のせいでどんどん水分が流出していき……やがて、干からびて死んでしまった。
このベタモンは、実に惜しかった。外敵の少ない環境を見つけ出し、安定して餌を獲得することにも成功していた。もう少し長生きできていれば、植物性の餌を食べる生活に特化した成熟期デジモンに進化できていたかもしれなかった。だが、たまたま遊泳を試みてしまったがために、それらすべての努力が水の泡となってしまったのだ。あまりにも不運であった。
マングローブの周辺をデジドローンで探索していると、断層を発見した。その断層をよく観察すると……なんと、ベタモンの骨格そっくりの化石が埋まっているのを発見した。この化石には「モドキベタモン」と仮称を与えておく。きっと、かつて陸上脊椎動物型デジモン達は、「ここまで辿り着いた」ことは幾度かあったのだ。魚類デジモンが上陸し、ヤンマモンの空襲をかいくぐり、密林にたどり着いたことは初めてではないのだろう。だが、それらはここまできて、強力な肉食昆虫型デジモンがひしめく弱肉強食の世界で敗れ去り、淘汰されていったのだ。地上の世界はすでに強者で満ち溢れすぎていた。
残ったベタモンはただ一体だけになった。モリシェルモンから逃げ延びた個体だ。この個体は、熱帯雨林の真ん中を通る巨大な川に飛び込み、その中での生活を試みた。それを見た私は「最悪だ!」と叫んでしまった。この巨大な川を見て連想されるものといえばアマゾン川。ピラニアやカンディル、ピラルクーなどの危険生物がひしめく魔窟を髣髴とさせる。
だが、予想に反してベタモンは快適に暮らしていた。川の中には枯れ葉から流出した栄養分が満ちており、それを吸収して生きる小型幼年期デジモンや藻、水草などの餌が豊富に満ちていた。ベタモンはそれらを食べて、悠々自適に暮らし始めた。なぜだ?なぜ陸上にあれだけ強力な肉食昆虫型デジモンがいるのに、タガメやアメンボ、ヤゴやミズカマキリのような水棲肉食昆虫型デジモンがいないのだ?……そう疑問に思ったが、いないものはいないのだ。とにかく、奇妙なことに熱帯雨林を流れる川の中という一見危険そうなニッチは空白となっており、水中に適性のあるベタモンにとっては安全な生活圏だったのである。
それからしばらくの時が過ぎた。フライモンがけたたましい羽音を鳴らし、川へ近寄ってきた。水を飲もうとしているのだろう。そうしてフライモンが口を川へ近づけると……、突然水中から何者かが飛び出てきて、フライモンの首に深々と牙を突き立てて噛みついた。それはティロサウルスやモササウルスなどの魚竜……古代の水棲爬虫類に似た姿のデジモンであった。命名「ティロモン」は、川の中に潜み、獲物が水を飲みに来るのを待ち構えていたのだ。フライモンは尾の毒針での反撃を試みるが、ティロモンはフライモンの首に噛みついたまま激しく回転した。フライモンの頭部は捩じ切られ、水中へ落下した。胴体はしばらくめちゃくちゃに飛び回っていたが、やがてコントロールを失い、川のそばに墜落した。ティロモンは川から這い出して、その胴体を水中へ引きずり込んで捕食した。
……このティロモンは、最後に生き残ったあのベタモンが進化した姿である。川の中というニッチの空白に潜り込み、その中で捕食者として新たな地位を築くことに成功したのだ。
その後、ティロモンはデジタマを5個産んだ。そこから生まれた幼年期デジモン達は、ツブモン、ウパモンへ進化した後……、2種類の成長期へ進化した。5体のうち3体は、手足に水かきがあり、背中にギザギザしたトゲが生えた、単孔類のような特徴を持つデジモンの「ギザモン」へ進化した。残りの2体は、ベタモンに似たシルエットだが、長い耳と複数の尾、体毛をもつ、原始的な哺乳類に似た姿の「エレキモン」だ。どちらもベタモン以上に頑丈な皮膚を持っており、海水の中を泳ぐことも可能だ。これらの成長期デジモンは、熱帯雨林の中でたくましく生き、そしてすべてが成熟期への進化に成功した。ギザモン3体のうち1体は、長い首で木の葉っぱを食べて生きる偶蹄類型デジモンの「バルキモン」へ進化した。2体目のギザモンは、イルカに似た姿の「ルカモン」へ進化し、ティロモンと共に川の中で生活した。3体目のギザモンは、氷のように冷気を放つトゲが背中に生えたハリモグラ型デジモン、「トゲモグモン」へ進化した。
エレキモン2体のうち1体は、風船で空を飛ぶ摩訶不思議な有袋類型デジモン「オポッサモン」へと進化し、熱帯雨林から他の地域へ移り住んでいった。もう1体のエレキモンは、全身にまるで炎のようなオーラを纏ったイノシシ型デジモン、「ボアモン」へ進化した。
なんと数奇な運命であろうか。魚類デジモンは一度川から上陸した後、残っていた水棲適性を活用して再び川へ戻ることによって、厳しい食物連鎖が繰り広げられる熱帯雨林への適応に成功したのだった。こうして初上陸に成功した脊椎動物型デジモン達は、熱帯雨林でたくましく繫栄していくことだろう。
File8 デジタルモンスター研究報告会
本日はデジモン研究報告成果を発表するためのシンポジウムの日である。
我々のグループは、一般の方々や学者の方々を招き、これまでの観察結果や、その情報をもとに分析した研究成果を発表した。
デジタルワールドのこと。
そこで進化を遂げたデジタルモンスター達のこと。
まるでSF映画のような事実に、聴衆は大いに沸いた。
質疑応答の時間では、あまりに多くの質問が飛び交うため、タイムキープが大変だった。
その中で、遺伝子工学の研究者から面白い質問があった。
シーラモンの子孫であるウパモンがベタモンに進化したとのことだが、いったいウパモンの骨格や筋肉、神経系、循環器系は、どのような段階を経て変異・発達してベタモンのものへと移り変わっていったのか、という疑問だ。
なるほど、ごもっともな疑問だ。水中で泳ぎ回っていたシーラモンの子供が、たった一世代で十分に陸上生活ができるほど発達した皮膚や手足や肺、さらには発電器官まで手に入れる進化をしたとすると、当然ながら進化の前に「完全に機能する骨格と筋肉、循環器系の構造」の設計図ともいえる遺伝子情報を得ていなければならない。
その遺伝子情報を、ベタモンはどうやって得たのか…ということだ。
私は正直に答えた。「まるでわからない」と。
デジモンの進化という現象が、いかなる法則に従って引き起こされているのか、現段階では仮説が立たないのだ。我々の世界の生命の進化は、「自然選択説(ダーウィンの進化論)」と「メンデルの法則」で説明される。ざっくり言うと、進化とは精細胞のランダムな突然変異によって引き起こされ、それが子に遺伝する…というものだ。
たとえば、魚のヒレの形状に変化があったとする。それが単に泳ぎづらくなるだけの変異ならば、遊泳スピードが落ちて、生存に不利になって消えていくだけだ。だが、変化したヒレのおかげで泳ぐスピードが上昇するとか、はたまた地面を這うのに有利な骨格・筋肉を得るといった有利な変異であったならば、より生存に適した姿へ「進化した」といえるのだ。
我々の世界の生物は、一握りの成功を得るために、無数の失敗をしているのである。
そうして「有利に働くか不利に働くかが未然に判断できない遺伝子変異」に莫大な試行回数をかけてトライするからこそ、地球上の生物種はこれほどまでに多種多様な生物種へと分化していったのである。
ところで、ダーウィンの進化論が主流になるより以前には、別の説が有力視されていた時期があった。「ラマルクの進化論」である。
ラマルクの進化論は「自然選択説」ではなく「用不用説」といわれる。「よく使われる部位が発達し、使われない部位は退化する」という説だ。だがこの説は、様々な反論を受けた。たとえばネズミを使った実験では、22世代にわたって尻尾を切断し、尻尾を「使わなくさせる」ことで、尻尾が短くなるかを調べたのだ。だが、22世代目になっても、使わなくなったはずの尻尾は短くならなかった。この結果によって「使わない部位は退化する」という説は否定されたのだ。
…さて。デジモンの進化は、そのどちらにも当てはまるようでいて、どちらにも当てはまらないのだ。一見すると、「用不用説」が近いように見える。
たとえば魚型デジモンであるスイムモンが、陸に近づきたいと望んだことで、肺を持ち淡水に適応できるシーラモンへ進化した。その子であるウパモンは、進化して手足のある両生類型デジモン、ベタモンとなった。これは当初「強く望んだ形質を得ている」ものと見なされていた。
だが、冷静に考えるとおかしいのだ。ウパモンはどうやって肺とそこへ空気を送り込む喉のポンプ、肺胞などの完璧に機能するひとまとまりの呼吸器官の構造を、試行錯誤なしに知り得たのか?陸上をうまく歩行できる手足の骨格や、乾燥から身を護る皮膚の構造の獲得を、どうやって一度の失敗もせず成し得たのか?それらの身体構造が欲しいと望んだとするなら、どうやってその「望み」を具体的な身体構造の仕組みに落とし込めたのか?
両生類型デジモンだけではない。全てのデジモンがそうだ。
シャコモンがヌメモンに進化して上陸に成功したのは、一見すると「大した変化ではない」ようにも見える。しかし、このたった一回の進化の間に、ヌメモンは「陸上で呼吸できる肺」や、「体を乾燥から守るための粘液を分泌する腺」、「陸上を移動し、排泄物を投擲できる筋肉の構造」を獲得しているのである。
たとえどれだけシャコモンが「陸に上がりたい」と望んだところで、その場でそれらの構造を瞬時にゼロから閃くことなど、いくらなんでもあり得ない。
それでも尚、分かっていることを分かっている範囲で仮説を立てるならば……、「デジモンは、己の望みを叶えるための身体構造データをどこかからダウンロードし、それを肉体へ実装する手段を持っている」と考えられる。
そして、最も重要な質問が飛んできた。「デジモンの産業利用は可能なのか?」「世界各地で起こっている、デジモンによるデータ消去被害は抑止・解消できるのか?」というものだ。ごもっともな質問である。我々に投資してくれているスポンサーの皆様は、ただの親切なお金配りおじさんではない。研究成果を商業利用につなげて、出資額以上の収益を上げて配当として還元することを求めることだろう。そうでなければ投資の意味がなく、研究は打ち切られてしまう。
これからは、デジタルモンスターとデジタルワールドを観測し、未知の解明に努めつつ、その研究成果を人間社会の利益のために役立てるアプローチを模索していくものとする。
さて、ようやくシンポジウムのごたごたが片付いた。再びデジタルワールドの観察に取り掛かるとしよう。……そう思って研究所のメインPCを起動した矢先。私はあることに気づいた。パソコンのゴミ箱の中が、ひとりでに消えていっている。ファイル消去の操作をしていないのに。それに反して、ディスクドライブ上の総データサイズは少しずつ増えていっているのだ。パソコンの電源をしばらく落としても、その現象は止まらない。これは……間違いない。研究用のパソコンに、デジモンが侵入したのだ。
観測するということは、すなわち干渉するということ。なぜ今まで気づけなかったのだろうか。デジタルワールドの側から我々に干渉してくるという可能性に。
File9 デジモン被害とその対策
問題が起こったとき、まず何をどうすればよいか。如何なる問題であっても最初にやるべきことはおおむね同じだ。まずは「先人の知恵を借りる」ことだ。というわけで、世界中で報告されている、パソコン上にデジモンが発生したときの被害状況と、それに対しとった対策の結果について情報収集をした。デジモン対策意見交換会のようなコミュニティが既に存在していたようで、研究第一人者の我々は温かく迎え入れられた。
まずは「デジモンが発生した時に生じる被害」について情報収集した。
デジモンには様々な種類があるため、それが住み着いたときに生じる被害も多種多様である。さらに、同じ外見でも個体群によって進化の上限レベルに違いがあり、被害の様相も異なる。
最も被害が小さいのは、種子型幼年期デジモンの「ニョキモン」、およびそれが進化する花の姿をした幼年期デジモン「ピョコモン」だ。これらは自らデータを食べることはあまりしない。どうやらパソコン上で普段通りの正常な処理によってデータの抹消が行われる際、ディスクドライブ上からは消えたように見えても、「デジタル空間」と呼ばれるレイヤー上には細かい残滓となって残るらしい。これらはデジタル植物にとって、ミネラルのような栄養分として働く。ニョキモンやピョコモンはこのような「削除されたデータの残りカス」を吸収して成長するそうだ。ゆえに種子型デジモンによる重要なデータの食害はほとんど発生しない。物好きな者達は、ちょっとした観葉植物でも眺めるかのような気分でそのままパソコン上に住まわせることもあるようだ。
次に被害が小さいのは、クラゲ型幼年期デジモンのポヨモンやミジンコ型幼年期デジモンのピチモンのうち、「幼年期Ⅰのままデジタマを産み増えていき、それ以上のレベルに進化しない個体群」……通称「プランクトンデジモン」達だ。デジタルワールドの海や川などの水場には大抵こいつらがいる。これらが住み着いたパソコンでは、最初は少量のデータが消え続けていくが、次第に消えるデータ量がネズミ算的に増えていく。ただしこれらプランクトンデジモン達は生息密度が高くなるとデジタマを産まなくなる習性があり、一個体あたりが食べるデータ量は極小規模であるため、あまり大規模な被害に発展しないことが多い。パソコン内の様々なソフトやOSが日常的に生成し消去していく一時データだけで十分な餌が賄えることもあるのだとか。これらはディスク容量を最大で600MBほど圧迫することがあるが、デジモンは基本的にCPUの演算資源を必要とせずに活動するため、パソコンの処理が重くなるなどの副次的な被害は生じないそうだ。
若干注意が必要になってくるのは、特定の系統に限らず「成長期まで進化したデジモン達」だ。成長期デジモンの多くは幼年期デジモンに比べて桁違いにDPが増し、食べるデータの量が増加する。だから常にパソコンのゴミ箱を空にする習慣があるユーザーは、これらがパソコンに住みついたら書類データなどを食べられてしまうことがあるらしい。ただ幸いなことに、成長期まで進化したデジモンはそこで進化が止まり、成熟期にはならないケースが多いそうだ。おそらくデジモンが成熟期へ進化する条件には「外敵の存在を認知すること」があるのだろう。
言われてみれば確かに、外敵がいない環境であれば、成熟期に進化して不必要に基礎代謝量を向上させ、無駄に腹を空かせる必要がないし、デジタマを産んで餌を奪い合う相手を無駄に増やす必要もない。生存戦略として合理的である。ちなみに、具体的な種を挙げるとガニモンやシャコモン、スイムモンやサンゴモンなど、海に住む成長期デジモンが多いようだ。
現在確認されている中で最も被害が大きいのは、黄色いスライム型の幼年期デジモン、ズルモンである。パソコンに侵入してくるズルモンの多くはプランクトンデジモン同様に幼年期Ⅰで進化が止まる。ただしこの個体群のズルモンはデジタマを産まずに分裂によって増えるため、増殖のスピードが早い。加えて生息密度が高くなっても増殖をやめないため、食われていくデータ量は二次関数的に増加していき、やがてパソコン上の全データが食い尽くされてシステムが完全に破壊されてしまう。そのパソコンをネットワークに接続していれば、他のパソコンへ移住するが、スタンドアローンにしていればやがて餌を食い尽くしたズルモン達は飢えて自滅していくそうだ。なんとも恐ろしい話である。
そして、これらのデジモンへの対応策だが……、パソコン上から除去するアプローチをとる場合は「幼年期Ⅰのうちに、デジモンキャプチャー(※デジドローンのマジックアーム)で捕獲し、外付けメモリへ隔離したり、デジタルワールドへ放逐する」という方法が一般的なようだ。なぜなら、現状の技術水準ではこれ以上に有効な手立てが開発されていないためである。大量に増殖したズルモンやピチモンに対しては、一匹一匹つまんで放り投げて……を繰り返したところで焼け石に水である。
全く別のアプローチもある。パソコン上のデータが食われないように、大量のデータを生成してデジモンの餌として食わせるという手段だ。所謂デジモンの飼育である。成長期のデジモンに対しては、デジモンキャプチャーではパワーが足りず隔離・放逐できないため、この方法がよく用いられる。ただしデジモンは容量が大きいだけのランダムノイズ(無意味なデータ)を食べようとはせず、同じ大容量データを繰り返し複製して与えると食わなくなるという習性を持つ。どうやらデジモンにとって栄養価の高いデータとは、「データサイズ」が大きいものではなく「情報量」が大きいものであるようだ。
情報量とは何かを詳しく説明するには、情報工学的な解説が必要になるが……、大まかにいえば「消失したら迷惑になるデータ」ほど「情報量」が大きいといえる。たとえば、「工事現場の騒音を24時間録音した音声データを複製したもの」ならば、どれだけデータサイズが大きかろうとも、それが消えたところで誰も不幸にはならない。このようなデータは「情報量が小さい」と定められる。その一方で、「顧客データと関連付けられたID番号」がバックアップのない状態で消失した場合、たかが十数文字の文字列が消失しただけであっても復旧に多大な手間がかかり、大迷惑や大損に繋がる。このような情報は「情報量が大きい」と定められる。要するに、デジモンにとっては「消えて欲しくない情報」であるほど栄養価が高いものとなるのだ。
ゆえにデジモン用の餌データには、高性能なコンピュータのデータマイニングソフトで大量に「価値あるデータ」を生成し、それを食べさせることが多い。もっとも、大量のデータマイニングには多額の電気代を要するし、高性能PCを餌の生成のためにフル稼働させるならば他の用途に利用する機会を失うため、「デジモンの餌となるデータ」の生産コストは決して安価ではない。
他のアプローチとしては、デジドローンを改良して「デジモンを攻撃して死滅させるための武器ドローン」を開発しているチームもあるという。だが現状では大した殺傷力は発揮できておらず、幼年期レベルⅡデジモンからは逆に破壊されてしまう程度だそうだ。
凶悪なズルモンがパソコンに住み着いたらどうすればいいのかも一応聞いてみた。帰ってきた答えは「重要なデータが食われないうちにできるだけ早くバックアップをとり、パソコンのディスクドライブを破棄する」というものだった。ディスクを初期状態にフォーマットしても、なんとデジモンは消えないのだそうだ。個人用のパソコンならそれもできるだろうが、企業が管理するサーバーにズルモンが侵入したら……凄まじい損害になることだろう。
中にはデジモンとの対話を試みる者もいるようだが……、現状パソコン上に出現しやすい種のデジモンは、「対話する」という脳機能を獲得していない種が多いようだ。まあそれはそうである。我々の世界の蟹や魚、二枚貝と人間が対話できるかというと難しいだろう。「対話」という脳機能はそれだけ複雑で高度な進化の果てに獲得できるものなのである。そしてガニモンやシャコモンなどの種は現状、それを獲得していない。
さて、事前調査として聞ける情報はだいたい聞いた。情報提供者には深く感謝した。次にやるべきことは、我々の研究用パソコンの被害調査だ。具体的にどのようなデジモンが住み着いているのかをデジドローンで調べることにしよう。
File10 守護者の素質
そうして情報取集をしている間にも、ゴミ箱内のデータが消えていくスピードはどんどん増していた。研究メンバーの仲間が、スパコンによるデータマイニングで生成したシミュレーションデータをゴミ箱へ放り込み続けてくれていたおかげで、貴重な研究データは消えずに済んでいる(一応バックアップは取っているが)。
研究用メインPC内のデジタル空間へデジドローンを飛ばし、どのようなデジモンが住み着いているのかを調査した。すると……、ゴミ箱の周辺が異様な光景になっていた。白い糸のようなもので編み込まれた巨大な砦がゴミ箱を覆っている。砦の最上部には穴が開いており、そこへ絶えず生成データが放り込まれ続けている。砦の表面にはびっしりとカビのような繊維が生えているようだ。なんなんだこの砦は。何かの昆虫デジモンの巣だろうか?その砦の中に入ろうと思ったが……、入り口は狭い。それに、中に強力なデジモンが居た場合、デジドローンが攻撃され破壊されてしまう可能性がある。デジドローンは特殊な人工知能によって生成・操作しているので、一度破壊されると再生成には一か月ほどの時間を要する。二つも三つもホイホイとスペアを用意できるものではないのだ。だからリスクを鑑みて、砦の内部へデジドローンで侵入して調査するのは諦めた。
そんな私に対して、研究員の一名、借亜 元太(かりあ げんた)……通称カリアゲ氏が喝を入れてきた。
「いやいや、何を今更怖気づいてんだ?デジ太郎。デジドローンでスコピオモンの巣の育児室まで侵入したことだってあったろ?」
デジ太郎というのは私の愛称だ。申し遅れたが、私の名は出島 太郎(でじま たろう)という。カリアゲの言葉に、私は返答した。
「言いたいことは分かるよ、カリアゲ。だけどそれこれとは話が別なんだ。メインPCに、これまでの報告例にないデジモンが侵入し、巣を張られている。危険な状況なんだよ、今は。あのときのように観察で情報収集することが最優先だったときとは勝手が違う。破壊されたら要塞を確認できなくなってしまうんだ。だからデジドローンを破壊されるリスクを負うわけにはいかないんだよ」
「うーん……じゃあ仕方ないか。どうすんだよ?」
「どうしようか……。意見交換会で聞いた手段の中で使えそうなのは、ディスクドライブを丸ごと入れ替えることだけども……。このパソコンのSSDを破棄するとなると、生成したデジドローンも丸ごと破棄することになる。そうしたら研究がかなり遅れてしまうよ」
「どうにかなんねえのかよ、これ……」
我々がそうして話していると、女性の研究員が口を開いた。
「じゃあ、目には目を、歯には歯を!っていうのはどうです?」
彼女の名は 繰枝 累子(くるえ るいこ)。愛称はクルエだ。
カリアゲは眉をひそめる。
「えっと、どういうことだ?」
クルエさんの提案に対して、首を横に振る男性研究員がいた。眼鏡をかけた痩せた研究員だ。
「残念だけど、デジモンとの対話に成功したと客観的に評価できる事例は一件もないよ、クルエ。そこら辺のデジモンを連れてきて飼育し、あの要塞に放り込んだとしても、勝った方が次の厄介者になるだけだ」
そう悲観的な発言をした研究員の名は芽芽 出出太(めが でいた)。愛称はメガだ。
「ええ、だめかなーメガ。スターモンとかが味方に付いてくれたら嬉しくない?」
「いや、スターモンはテントモンの味方をしてるだけだよクルエ。僕らの味方じゃない」
デジモンを飼育するという案も難しそうだ……。そこへ、我々の研究所のリーダーがやってきた。
「面白い。やるぞ、そのプロジェクト」
リーダーの名は切平 康太(きりひら こうた)。キリヒラさんと呼ばれている。キリヒラさんの言葉に、メガは驚いた。
「やるって……算段はあるんですか?キリヒラさん」
「わからない。だが可能性のあるデジモンはいるぞメガ。ジャガモンだ」
「ジャガモン!?あれをどうやって連れてくるの?どうやって味方につけるの?無理でしょ、現実的に考えて」
メガは全否定している。だが私は、キリヒラさんの言葉の真意に気づいた。
「……そうか、ジャガモンのデジタマを拾ってきて育てるのか!幼年期のうちに言語教育を施して、対話できるようにするんだ!」
そう言った私を見て、メガはため息をつく。
「それができたらみんな既にやってるってば、デジ太郎。ガニモンやシャコモンと対話に成功した例は一件もないんだって」
「いいやメガ、それらとジャガモンには決定的な差がある。共同体意識だ」
「共同体意識?」
「そう。ジャガモンはその気になれば第二のスコピオモンみたいな暴君になることもできたのに、そうしなかった。何故だと思う?メガ」
「えーっと、それは……そうなると、生態系のバランスが崩れるから?」
「そうだよメガ。普通、野生動物は生態系のバランスなんて気にしない。自分が生きていくので精いっぱいだからだ。だけどジャガモンは違う。スターモン時代から持っていた社会性が、敵対する立場のウッドモンと融合したことで、敵と味方の両方の立場を俯瞰して考え、将来を予測できるまで知能が発達したという証拠だよ」
「そう言われてみれば……そうかもしれないね、デジ太郎」
私とメガの会話を聞いて、キリヒラさんが頷いた。
「その通りだ二人とも。ジャガモンには高度な知性と社会性がある。我々のもとで育てれば、味方のセキュリティデジモンとして活躍してくれる可能性は大いにあり得る」
そう言うキリヒラさんだが、メガはまだ納得できていないようだ。
「そうは言うけど……対話できるまで進化するのはやっぱり難しいんじゃない?ジャガモンよりもずっと前から地上で繁栄していたであろう昆虫デジモン達だって、未だに会話という能力を獲得していないんだよ。それなのに、拾ってきたデジモンの脳にいきなり言語野が生えてくるとは思えない」
「いいや、何も一世代で人語を話せるようになるほどまでの進化を求めてはいないぞ。盲導犬や警察犬、猟犬に人語が話せるようになることを求める者はいないだろう?」
「……ああ、そのくらいのレベルを目指すんだね。なるほど、それならいけるかも……」
ようやくメガは納得したようだ。キリヒラさんは腕を組んで頷いた。
「よし、では早速ジャガモンのデジタマを採取するぞ!善は急げだ!チームを2班に分ける。片方はデジタマ採取計画班、もう片方は飼育用ビオトープ準備班だ」
キリヒラさんがそういった直後、カリアゲが立ち上がった。
「待ってくれキリヒラ!その前に、どうしても必要なものがあると思うんだ!」
「なんだカリアゲ?必要なものとは」
「……なあメガ。俺が今から言うソフト、作れるか?」
ソフト開発が得意なメガは、カリアゲの要望を聞き、それを一週間ほどで開発した。
そして、研究所内でそのソフトのお披露目会がひそかに行われた。
「できたよ!デジドローンVRだ!このVRヘッドセットと、モーションキャプチャー用センサーを着けてみて、カリアゲ」
「さすがだぜメガ!どれどれ……?」
カリアゲは言われた通りの機器を装着した。すると……
「うお!ほんとだ、VRでデジタル空間が見えるぞ!まるで本当にデジタルワールドにいるみたいだ!」
カリアゲは感動しているようだ。
「じゃあモーキャプのテストをするよ。手を動かして」
「おいしょっと」
カリアゲが手を動かすと、サブPCの画面に映し出されたデジドローンからホログラムの立体映像が出てきた。カリアゲの上半身が映し出されたのだ。そのヴィジョンはカリアゲが動いた通りに追従して動いている。……尚、この映像はサブPCにインストールしてある、ローカルエリア用の簡易版デジクオリアで撮影している。画質もフレームレートも、メインPCに入っている完全版のデジクオリアに比べてはるかに劣る。
「サンキュー!これが必要だったんだよ!ナイスだメガ!」
リーダーのキリヒラさんはソフトの出来映えを見て拍手した。
「よく一種間で仕上げたなメガ。だがカリアゲ、このデジドローンVRがあるとないとで何か違うのか?自分の姿を立体映像で映し出せるようになったとして、それが何だというんだ?」
「そりゃ違うだろ、キリヒラ。デジモンに猟犬くらいの知能を求めるんならさ、猟犬の目線で考えてみろよ。顔も知らない、どこにいるかも分からない相手が、マシンアームと声だけでコンタクトしてきたとして、それに仲間意識が持てるか?」
「……!」
「仮に言葉を教え込んで、命令が理解できるくらい賢くなったとして、だ。じゃあデジモン側は、顔も姿も分からねえ、声だけの相手から、おっかねえ要塞に入って戦えと命令されたとして……何の義理があってその命令に従うんだ?従わねえだろ」
「……そう、かもしれない」
キリヒラさんも、私もメガも、クルエさんも。全員言葉を失っている。
「デジモンに言うこと聞いてほしいんならさ。姿を現して、対等な仲間っていうか、親子や兄弟みたいに仲のいい友達にならなきゃさ、何にも始まらないんじゃねえか?」
カリアゲの言葉はあまりにも正論だった。それはそうだ。我々はデジモンを利用し、従わせ、命令を聞かせるようにすることを目指そうとしていた。だが、デジモンの側が我々のそんな要望に応える義理は何だ?餌を与えて面倒を見たからと言ってどんな命令にでも従うように育つのか?
否。デジモンはただのプログラムではないし、ロボットでも奴隷でも、ましてや正義のヒーローでもない。自分の命を第一に考える、我々と同じ生き物なのだ。無条件に命令に従うように育てようとしてもうまくいくはずがない。危険を冒してもらえるように育てるには、こちらからデジモンへ愛情を注ぎ、良好な関係を築き、内発的動機付けを促さなければならない。
……今まで多くの者達がデジモンとの対話に挑戦して失敗したのは、それに気づけなかったためではないだろうか。
さて、必要なソフトが準備できたところで、私はジャガモンのデジタマ採取を試みることにした。例の森林にデジタルゲートを開き、デジドローンを飛ばした。そしてすっかり動かなくなったジャガモンの周囲を探索したが……、ジャガモンのデジタマは発見できなかった。考えてみれば当たり前だ。基礎代謝を極限まで抑えて仮死状態で眠っている最中に、産卵のような多大なカロリーを消費する行為などするか?いいや、するわけがない。
まいった、いきなりプランが崩れたぞ。この一週間の間に目星くらいはつけておくべきだった!代わりになるデジモンはいないか……?そう思って周囲を探索していると、興味深いデジモンがいた。パンチグローブを両腕につけた、二足歩行の大きなサボテン型デジモンだ。あまり動かずにボーっとしているそのサボテンデジモンを観た時、私は直感的に理解した。このデジモン……命名「トゲモン」は、ジャガモンの子孫であると。植物の肉体と、スターモン譲りのパンチグローブを持っている。それら両系統の遺伝子が組み合わさっている証拠といえる。
私は数日かけてトゲモンを追いかけまわし、デジタマを産む瞬間を狙った。だがトゲモンは一向にデジタマを産まない。どういうことだ……?しばらく観察し、ようやくその理由が分かった。このトゲモンは……ジャガモンの地下茎が発達して地面から生えてきたデジモンなのだ!
トゲモンの幼体はジャガモンの地下茎から地中で生えてきて、ジャガモンから栄養を供給されて、地中で育ちながら、幼年期、成長期と育ち……そして成熟期になったら、活動を始めるのだ。まいった……さすがにこれはデジタマを採取しようがない。デジドローンのパワーでは地面を掘り返すことはできないし、地下茎から幼体をもいだら死んでしまうことだろう。
なんてこった、またもやダメだった……。いや、ジャガモンやトゲモンのデジタマを狙うのはダメだということが分かった、それはそれで価値ある情報だと前向きに考えよう。それにしても、他の候補なんて何がいるんだ……スターモンの子孫である鉱物系デジモンでも探すか?
そうして私が沈んだ気分になっていると、クルエさんが話しかけてきた。
「ねえ、あの子はどうかな?」
そう言ってクルエさんが指していたのは、トゲモンとじっと向き合っているサンフラウモンだった。そういえばいたな、あんな奴。木の葉を食べたり光合成をしたりして生きる植物型デジモンだ。我々が探し求めているのは、「社会性を持つデジモン」なのだが、こいつにはあるのだろうか……。トゲモンとじーっと向き合っているサンフラウモンは、やがてにこっと笑った。……本当になんなんだ、こいつは!?なぜ笑顔を向けるんだ。そういえば、笑顔とは本来、古い類人猿が牙を見せて威嚇をするための表情だと聞いたことがあるが、そういうアレだろうか。ともあれ……サンフラウモンの振る舞いには、あまり知性らしきものは見られないのだけど。
「最初から決めつけても仕方なくない?デジ太郎。とりあえずたくさんデジモンを育ててみればいいじゃん。もしかしたらその中から、社会性のあるデジモンが出てくるかも」
たくさん……社会性……?
「あ!在り得るかもしれないぞ!」
ビビっときた私は、そう叫んだ。
「社会性が備わったデジモンが見つからないなら、私達のビオトープで社会を作り、そこに住まわせたデジモン達に社会性を芽生えさせればいいんだ!」
「お、おおー?なんかわかったようで、よかったね」
そうだ。我々の世界で動物がこれだけ多様化したのは、進化に失敗して滅びていった個体が出るリスクを許容したからこそだ。我々が今からやろうとすることだってそうだ。いちいち最善手ばかりを選んでいられない。このサンフラウモンのデジタマを愛情をもって育ててみて、うまくいけばいいし、ダメならダメで結果は得られるはずだ。もしかしたら我々のPCを謎の要塞から奪還するのが間に合わなくなるかもしれないが……そのときはそのときだ。試して得られた知見は次に活かせるはずだ。
というわけで、私とクルエさんはサンフラウモンのデジタマを採取してみた。これがどう育つか……、やれるだけのことをやってみよう。
「ねえデジ太郎、デジタマは1個だけでいいの?」
「そう言われてみれば……、デジモンに社会性やコミュニケーション能力を持たせたいなら、複数のデジモンを一緒に飼育した方が良さそうだね、クルエさん。だけどサンフラウモンは今のところこれ以上デジタマを産む様子はないよ」
「そっか。じゃあ他の地域から探してみる?」
「他の地域に……社会性のあるデジモンなんていたかな?今まで……。うーん……?」
「ねえデジ太郎、テントモンはどう?スターモンに蜜をあげたりしてた虫」
「テントモンか。確かに社会性はあるかもしれないけど、見た感じあの個体群は戦闘能力に乏しすぎるな、武器が無い。もっとこう、ベタモンやクネモンみたいに、電撃攻撃でもできる個体群が居れば話は違うんだろうけども……」
「じゃあスターモンは?ジャガモンになったのとは別に、二代目がいたよね」
「スターモンは今、高い木の上にタマゴを産むようになってるみたいで。デジドローンの飛行性能じゃそこまで届かないんだよ……」
八方ふさがりだろうか。そう思っていると、メガが話しかけてきた。
「やあデジ太郎、そっちの調子はどう?僕たちはサブPC内でビオトープを作ってるよ」
「こっちの調子か。うーん、とりあえずサンフラウモンのタマゴを確保したけど、他にも候補が欲しいんだよな。なんかいない?メガ」
「挙げられる候補はいないな。話は変わるけども、サバンナは観察しないの?デジ太郎」
「さ、サバンナ?なんで?」
「湿地帯のベタモン達は、熱帯雨林以外にも、サバンナに向かった個体も何体かいたらしいじゃん。そっちは観察しないのかなって思ってさ」
「……あ!!!忘れてた!!!!」
完全に忘れていた。サバンナに向かったベタモン達がどうなったのか見届けるのを。
「ナイスだメガ!ちょっとそっち見てみる!」
「頑張ってねー」
そうして私はサンフラウモンのデジタマを、ビオトープづくりをしているメガとカリアゲに預けて、サバンナを観察しにデジドローンを飛ばした。
File12 衝撃のサバンナ
デジタルワールドにも季節はあるようだ。このサバンナがちょうど乾季の様相を示していることからそれが分かる。イネ科の特徴をもつ広い草原と、まばらな低木があちこちに生えている。雨季ならともかく、乾季の強い乾燥は、皮膚が薄く定期的に水浴びがいるベタモン達が適応するには厳しいのではないだろうか……。
そう思って周囲を見回すと、背の高いデジモンがのっしのっしと木に近づいてきた。長い尻尾とトサカが生えた草食恐竜型デジモンだ。こ、これは!恐竜……恐竜だ!動く恐竜だ!!こんなものを見てテンションが上がらない男はいない。私は大はしゃぎでそのパラサウロロフスに似た草食恐竜型デジモン、「パラサウモン」を観察した。
パラサウモンは地面の草を食べたり、木の葉を食べたりしている。社会性は見受けられないが……、なんてカッコイイんだ!生きた恐竜をじっくり眺められる機会などそうありはしない。ああ!この時代に生まれてこれてよかった!デジモンの観察研究に携われてよかった!ああ!多分に個人的な趣味趣向に基づいた行動であるが、私はじっくりとパラサウモンを観察した。……そうしている間に、クルエさんが私の脇腹を小突いてきた。
「ほらデジ太郎!次いくよ次!」
「おうっふ!……ねえクルエさん、あのパラサウモンのデジタマを採取しちゃダメかな?」
「……デジ太郎。さっきは私、デジタマたくさん集めればいいじゃんって気軽に言ったけどさ。冷静に考えると、デジモンの餌代ってかなりするんだよね。賄えるの?」
「うっ……」
昨今、生物学の研究所がもらえる研究費は年々減ってきている。我々はスポンサーさんから出資してもらえているが、それでも資金は無限ではない。デジタマを採取するなら、厳選は必要だ。私は泣く泣く、男のロマンともいえる恐竜型デジモンのタマゴ採取を諦めた。だが、もし十分に餌を確保できるようになったら、絶対に恐竜型デジモンを育成してやるからな。個人的な趣味として。
……さて、そろそろ真面目に仕事をしよう。私は正気に戻った。お見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。だがそれほどまでに生きた恐竜デジモンの姿は私にとって魅力的だったのだ。それにしても、あの恐竜デジモンはベタモンが進化したものなのだろうか?あるいは、それよりももっと前に陸上進出に成功した脊椎動物型デジモンが進化したものなのだろうか。気になるところだが、今は社会性のあるデジモンを探すことに専念しよう。
そうしてクルエさんと共にサバンナを観察していると……、突如、黒光りする影が大量にガサガサと地を這った。
「うわ!何今の!?」
デジドローンでそれらを追跡すると、やがてそれらの黒い影はピタっと止まった。それらのデジモンは、ゴキブリそっくりな大きな姿をしていた。名付けて「ゴキモン」。どうやら灰色の体色をしたベジーモンの亜種、命名「ザッソーモン」の死骸を集団で貪り食っているようだ。
「イヤアアアアァァアア!!!!無理無理無理無理!!!次いこ次!」
クルエさんがその光景を見て悲鳴を上げた。
「でも集団生活してるし……もしかしたら社会性あるんじゃない?」
「虫は無理なのマジで!!!ほんと勘弁して!!」
「でもクルエさん、さっきはテントモンを推してなかった?」
「あれはいいじゃん!可愛いから!」
「どう違うんだ…」
どうやらゴキモンは駄目らしい。
他には、何体か蜂型デジモンを見かけたが……、どれも狩り蜂タイプであり、集団生活するタイプの蜂デジモンは見つからなかった。他には灰色のヤンマモン「サンドヤンマモン」もいたが、まあ社会性が皆無なのはわかり切ったことである。隣でクルエさんがため息をついた。
「うーん……。見つからないね、それっぽいのは」
「やはりベタモン達には、サバンナの乾燥に適応するのは難しかったんだろうか。せめて、進化系が少しでも見つかればいいのに……」
そうして私がデジドローンをぐるぐる回していると……。クルエさんが急に叫んだ。
「ん!?何今の!?ちょっと、あっち向けてカメラ!」
クルエさんが反応した方を見ると……予想外なものが目に入った。
それは……「柵」だ。
木の杭がいくつも地面に打たれ、それらがロープと言えるほどではないが藁をよりあわせて作られたであろう紐でつながっている。
「……え?なんで柵があるの?なにあれ……?」
今まで見てきた光景とは明らかに異なる、異様な物体。否応なく「文明」の萌芽を感じさせる。木で道具を作る知恵が無ければ絶対に成立し得ないものだ。
恐る恐る柵を越えてみると……、そこに広がる光景は、川から水を引いて農作物を育てている「灌漑農業」の光景だった。二足歩行の小さな爬虫類型成長期デジモン達がせわしなく働いている。……驚いた。狩猟・採集文明を飛び越えて、既に農耕文明が存在していたとは。農園の中心を見ると、藁でできた小屋があった。その中をデジドローンで覗く……のはリスクが大きすぎるので、中から住人が出てくるのを待っていると、やがて小屋からデジモンが出てきた。
その姿を一言でいえば、背が高い「トカゲ人間」とでもいうべき姿だった。人間そっくりの手足と指を持っており、直立二足歩行で歩行をしている。周囲の爬虫類型成長期デジモンには、独自の言語で話しかけているようだ。成長期デジモン達は、「ガー」と鳴いて返事をしている。
やはり見えている部分だけで結論を出すべきではなかった。きっとこのサバンナには、我々が観察したベタモン達が来るよりもずっと前に、既に脊椎動物型デジモンが進出していたのだろう。私はそう思い、トカゲ人間型デジモン「ディノヒューモン」から自然に剥がれたウロコを採取し、遺伝子を解析してみた。
すると……恐るべき事実が判明した。なんとこのディノヒューモン、我々がかつて観察したシーラモンの遺伝子を継いでいたのだ。これはつまりどういうことか……?答えは一つしかない。ディノヒューモンは、湿地帯から旅に出たベタモンのうち一体が進化したものだということだ。
この事実をチームの皆に報告したところ、彼らは雷に打たれたような衝撃を受けていた。私もそうだった。メガは目を見開いて叫んだ。
「ないないないないない!在り得ない!流石にないでしょこんな急激な進化は!」
カリアゲも首を傾けていた。
「俺らちょっと前まで、熱帯雨林のベタモン達を見て、猪やイルカに進化できて偉いねーって褒めてたとこだったよな?それがなんだ……こんな短期間の間に、ベタモンの一体がトカゲ人間の姿に進化して、農業するようになったってのか!?何があったんだこれ!」
リーダーのキリヒラさんは、冷や汗を垂らしてその光景を眺めていた。
「信じがたい事実だが……同時に福音でもある。セキュリティデジモンのデジタマを採取するなら、これ以上はないくらいうってつけだろう」
誰もが頷いた。そうして我々は、ディノヒューモンが小屋を留守にしている間に、そのデジタマ採取を試みたのだが……、小屋の前には三体のトカゲ型デジモン「スナリザモン」が陣取って警備をしていた。か、賢すぎる!デジタマを狙われないように警備までしているなんて……。不自然なほど、異常なほどに急激な社会性の発達に、我々はただただ驚かされた。
メガはその光景を見て、眉をしかめている。
「どうする?警備がいるよ……あれじゃ小屋の中のデジタマを採取できないよ」
それを聞いたクルエさんは、少し考えると……。
「ねえメガ、メインPCに住み着いたデジモンに与える餌のデータあったよね。あれ貸してもらえる?」
「いいけど、どうするの?」
「こうしてみたらどうでしょうか?えいっ」
クルエさんはデジドローンのマシンアームで、餌データを小屋から少し離れたところへ投げた。するとスナリザモン達は、その餌データの方へ一直線に走っていった。そして餌データを食べ始めた。
「よし、今だ!取っちゃえ!デジタマ!」
私はすかさずデジドローンを小屋の中に突っ込ませ、藁のベッドの上に安置されているデジタマを一つ採取し……、それを持ち帰ることに成功した。
「やったぁ!」
……私は少々、この集落のデジモンの賢さを買いかぶりすぎていたようだ。トップがどれだけ賢くても、末端までそうだとは限らないのだ。
こうして我々は、サンフラウモンとディノヒューモンのデジタマを採取することに成功した。これらを愛情をこめて育ててあげれば、セキュリティデジモンとして育ってくれるのだろうか。