File13 デジモンと人間のパートナー関係形成
サンフラウモンとディノヒューモンのデジタマが、ビオトープに置かれた。やがて幼年期デジモンが孵化するだろう。楽しみだ。
研究室では、これらのデジモンの飼育を、誰がどのように、どんなスタンスで担当するかについて議論が行われた。メガからは、複数人でのローテーション制にしたらどうか、という提案があった。だがこの案は却下された。「幼年期デジモンでは大勢の研究員を見分けるのは難しそうだから、懐きづらくなるのではないか」「多忙な者や飼育をしたくない者が嫌々ながら義務的にデジモンの世話をしたら、愛情を込めて育てることができず、デジモンと仲良くなれないのではないか」いう反対意見が出たためだ。ごもっともである。
メガは顎に手を当てて悩んでいる。
「でも実際、愛情を込めて育てるって、どうすればいいんだろう?どんな態度を示せば、デジモンから見て『自分が愛情を注がれている』と認識するんだろう?」
どうって……そういえば、どうすればいいんだろう。
「そもそもデジモンは、『愛情』という概念を理解できるのかな?」
メガの疑問を聞いたカリアゲは、先日参加した意見交換会で聞いた意見のひとつをピックアップした。
「先にガニモンやシャコモン、スイムモンを育てた人達の中には、愛情を込めて育てたら懐いたって言ってる人もいたぞ」
キリヒラさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「だがそれらの実態は、『餌をあげる仕草を見せたら寄ってくるようになった』というだけの話だそうだ。ようは人間に懐いているのではなく、餌が投入される条件を覚えたというだけの話だ。パブロフの犬だな」
「はぇー、ペットの飼い主って『餌をあげようとしたら寄ってくるようになること』を『懐く』って言いがちだからなぁ。俺達が目指してる、お互いに助け合ってミッションを達成する関係とは違うか」
カリアゲの言葉にクルエさんが頷く。
「まあ、熱帯魚やインコが飼い主の仕事を手伝ってくれるってのは聞いたことないですよねー。人以外の動物とのコミュニケーションってのはやっぱり厳しいのかなー」
いや……そうか?そうでもないぞ。
「そうでもないよクルエさん。動物には『家畜化しやすい条件』というのがあるんだ。デジモンに関係ありそうなとこだけ挙げるなら……、成長が早くて品種改良を促しやすいこと。飼育下で繁殖しやすいこと。気性が穏やかであること。驚いたときにパニックを起こさないこと。そして、序列制のある集団を形成することだ。これを満たす動物は、家畜化に適しているといえるんだ」
私の言葉を聞いたクルエさんは、予想外のリアクションをとった。
「え、なに?デジモンを家畜にしようって言ってるの……?ひどくない?見損なったよデジ太郎!」
「え!?」
なんだ……?私はなんか変なことを言ったか?周囲をきょろきょろしていると、カリアゲが不思議そうにしている。
「おい、どうしたんだよクルエ?デジ太郎は変なこと言ってないだろ!」
「いや、だってさ。デジ太郎はデジモンを家畜化しようって言ってるんでしょ?」
そうだけども……。何がおかしいんだ。私が慌てふためいていると、キリヒラさんがため息をつきながら口を開いた。
「どうやら『家畜』という言葉が指す意味について、本来の原義と現代語でのニュアンスでは大きな差があるようだな。クルエ、家畜という言葉について、採卵用や食肉用、毛皮採取用などに限定したイメージを抱いていないか?」
「そうですけど……何か間違ってますか?キリヒラさん」
「……パラダイムシフトだな。動力機械が発達する以前の時代では、車道を走っているのは自動車ではなく馬車だった。畑を耕すのはトラクターではなく牛だった。遠隔地へメッセージを送っていたのは無線機ではなくカワラバトだった。そして今でも、猟犬や警察犬が人と共に働いているし、下水処理場の反応タンクでは微生物が下水の浄化をしている。本来、『家畜』というのはそういった人と共に仕事をする動物全般を指していたんだ。今はもう機械への置き換えが進んでいて、家畜の役割は食用や毛皮などの原料採取に限定されつつあるがな」
「へ、へぇー……」
「デジ太郎、お前が言った『家畜化』というのはそういう意味だろう?」
「あっハイ!そうです!そういうことです!」
「なんだ、そうだったんだ……。見損なったとか言ってゴメンねデジ太郎」
そう、我々人類の先人達は、馬や犬などの家畜とパートナー関係を築く術を編み出してきたのだ。我々がデジモンとのパートナー関係を築きたいならば、それらが先行研究として大いに参考になるはずだ。
……そうして様々な論文や文献を漁りながらあれこれ考えていると、メガが頭をわしゃわしゃとかきむしりながら嘆いた。
「ああもう面倒くさいなぁー!全部のデジモンが最初から、知性と社会性が合って、人間と対話できる言語能力が備わってたら楽なのに!」
そうボヤくメガを見たキリヒラさんが、冷静に口を開く。
「もしもそうだったら、パソコンに住み着いたデジモンに『迷惑だから出て行ってください』と言えば済む話だろう」
「そ、それはそうだね……」
「だいいちデジモン達にそれほどの知性が備わっていたら、デジタルワールドはあれほど野性的な生存競争をしていない。もっとあちこちで文明が興っていたり、軍対軍の戦いになっていたりするはずだ」
「わかってるから!冷静なツッコミはやめてくださいキリヒラさん!」
「だいたい、もしもそうならデジモン達の姿も野生動物然としたものでなく、もっと文明に適した形質へ進化して……」
ジョークに対して冷静なツッコミを連発するキリヒラさん。正論なのは間違いないが、さすがにメガがかわいそうだからフォローを入れておこう。
「あ、あのキリヒラさん。話が脇道に逸れてますよ。今の論点は、具体的にどうやってデジモンと信頼関係を築くかってことでしょ」
「そうだったな」
我々がうんうんと頭を悩ませていると、メガがペン回しを始めた。くるくると回るペンには、可愛らしいアライグマのキャラクターが描かれている。それを見たクルエが口を開いた。
「アライグマ……可愛いですよね。たまに動画サイトで見るんですけど、子供のアライグマって可愛いんですよ。人にも良く懐くし」
どうやら場が雑談タイムに入ったようだ。まあいいだろう。気分転換にこういうのも必要だ。クルエの言葉に、カリアゲが返答する。
「えぇ、アライグマ?あいつら俺の地元によく出没するんだけさ、スッゲー迷惑なんだぜ。小屋の屋根に巣を作るわ、スイカに穴あけるわ。実際畑で見てみろよ、全然可愛げないぞ」
メガはペン回しをやめて口を開いた。
「アライグマはこのアニメキャラクターが流行った影響で、かつて海外からペット用にたくさん輸入されたんだ。実際、子供のころは人によく懐くから可愛がられた。でも大人になると凶暴化して飼い主に反抗するようになるから、野に捨てる飼い主が続出した。結果、害獣として大繁殖することになったんだ」
クルエはその話に少し引いている。
「うわぁ、身勝手な話だなぁ……。でも、なんで大人になると凶暴化するんだろう?」
その疑問には私が回答することにした。
「子供の頃のアライグマは親に育ててもらう必要があるから、親に給餌などの面倒を見てもらう必要があるんだ。だから親のいうことをよく聞き、よく懐くんだよ」
「じゃあなんで大人になると凶暴になるの?」
「成体のアライグマは群れを作らずに単独で生きるようになるから、永遠の反抗期が来て親離れし、肉食寄りの雑食獣として攻撃的になるんだ。ただしそのアライグマが子供を産んで子育てをするようになったら、自分の子供に対してはきちんと愛情を注いで育てるようになる。人に懐くわけじゃないけどね」
「へぇー、そっか。懐くか懐かないかって、家族関係が必要かどうかで決まるんだね」
「まあ、社会の最小単位は家族であるって言葉もあるからねぇ……」
私がそうつぶやいた瞬間……
場の空気が変わるのが分かった。
おそらく、発言者の私含めて、全員がその言葉に「ビビっときた」のだろう。
クルエは静かに口を開いた。
「……じゃあ、私たちが目指すべき最初の対パートナー関係は……『家族』の形なんだね」
何の変哲もない雑談の中から、突如天恵が舞い降りた。
これからパートナーデジモンと接するにあたり、我々は「家族」に準じたモデルのロールをすることに決めた。
もっとも、このやり方は、パートナーデジモンの遺伝子に「家族を形成する」という習性が刻まれている場合に限って有効なやり方だ。家族関係を形成しないデジモンに対して家族のように接したところで意味はない。
ディノヒューモンの方はそれでいいだろうが、サンフラウモンの方はどうだろう。
あいつが家族関係を作って子供と群れているところは見たことがない。……なんか不安になってきたぞ。
そうして話しているうちに、ビオトープに置かれたデジタマが揺れ動き、ヒビが入り、幼年期デジモンが孵化した。サンフラウモンのデジタマからは、種子型幼年期デジモンのニョキモンが生まれ、ディノヒューモンのデジタマからは、黒い体毛で覆われた幼年期デジモンの「ボタモン」が生まれた。二匹はぴぃぴぃと鳴きながら、ビオトープ内を這いまわっている。
それを見たクルエが口を開いた。
「ねえみんな。結局まだ飼育担当が決まってないけどさ、私がやっていいですか」
クルエの若干食い気味な言葉に対し、メガが理由を問う。
「どうして?」
「だって……。か、可愛いから」
……デジモンに愛情を注ぎ、心を通わせるコツが何かといえば、それはデジモンを愛でる心があるかどうか。それが「素質」というものなのだろう。
「なるほど、いいぞ。デジモン達のメンタルケアは任せた」
それを察したであろうキリヒラさんは、快く承諾した。続いてカリアゲが席から立ちあがった。
「じゃあ、俺も一緒に飼育担当やっていいか?」
「ふむ。理由は?」
「強く、カッコよく育ててやりたいからだ」
……デジモンを、我々と共にミッションをこなすパートナーとして育成するコツが何かといえば、それはデジモンを鍛えてやりたいという心があるかどうか。それもまた素質だ。
「わかった。強く育ててやってくれ。デジモン達のトレーニングは任せた」
その光景を見たメガは、にやにやしながら口を開いた。
「なんか……ママとパパっていうか。夫婦みたいだねキミ達」
メガの言葉を聞いたキリヒラさんは、いかつい表情をして、メガの腕を引っ張った。
「ちょっとこっち来い」
「ひぇ!?なんですか!?」
メガはキリヒラさんに引っ張られ、奥の部屋に連れ込まれた。やがて、部屋から声が漏れてきた。
『メガ!この令和の時代に!なんてコンプライアンス意識に欠ける発言をするんだッ!そんな遅れたジェンダー観に基づいた発言、二度とするんじゃあないぞッ!』
『ヒィィ!ご、ごめんなさーーーいッ!!』
……漏れてきた声を聞いたクルエは、冷や汗を垂らしている。
「別に冗談だって分かるのに。あんなに怒ることないんじゃない?」
私はため息をついて返答をする。
「まあ……これはキリヒラさんが正しいよ。親しき中にも礼儀ありだ」
カリアゲはぞっとした表情をしている。
「コワー……」
File13 パートナーデジモンのトレーニング
ニョキモンの飼育は主にクルエさんが、ボタモンの飼育は主にカリアゲが担当した。彼らはプライベートの時間でも、デジドローンVRをリモートで操作して、デジモン達とコミュニケーションを取っている。趣味の一環として楽しんでいるようだ。……私やメガが飼育を担当したらビジネスライクな対応にしてしまいかねないな。私にはない才能の持ち主が同じ研究チームにいてよかった。
やがて、ボタモンは大きな口を持つ真っ白な幼年期「コロモン」に、ニョキモンは花が咲いた球根型デジモンの「ピョコモン」へ成長した。餌については、当初はデータマイニングで生成したデータを直接与えていた。しかし、デジタルワールドから採集したキノコを原木に埋め込み、それにデータを与えてキノコを栽培し、収穫したキノコをデジモン達の餌として与えた方がエネルギー摂取効率がいいことに気づき、以降はそれを与えるようにした。
幼年期レベルⅡになったので、本格的なトレーニングと学習が始まる。ただ肉体を強く鍛えればいいというだけではない。ただ命令を聞くようになればいいというだけではない。時として命令なしでの現場判断も必要になるだろう。だから簡単な言語教育を試みて、児童用の知育ソフトによる学習も行わせた。ソフト単体で与えても反応を示さなかったが、クルエさんやカリアゲがそれをデジモンと一緒にやろうとすると、一緒に知育をするような反応を示した。
しかし、トレーニングの内容が単調になりがちである。現状の設備では、デジタルワールドから拾ってきた木を攻撃するとか、筋トレをさせるとか。そういう実戦経験からかけ離れた基礎トレーニングしかできない。コロモンとピョコモンに模擬戦をさせてはどうかという案も出たが、それをやるとお互いを敵同士だと認識して、やがて仲が悪くなって死闘に発展しかねないので却下した。いいトレーニング機材はないものか……。
そんなある時、先日の意見交換会で話した人の一人から連絡が来た。「バキュン・ソフトウェア」という会社の社員、打粉 孟是(うちこ もうぜ)氏だ。私は彼の応対をした。
「どうもご無沙汰ですな、デジ太郎さん。うちらの会社では、デジモンを武力で直接倒すプログラムボット兵器の開発をしとるんですわ。でも出力がぜんぜん出なくって、幼年期レベル1のデジモンですら駆除できない程度でして……」
「それはまあ……今後に期待ですね」
「それが正直、プログラムボットでこれ以上の出力を出すのは難しいんですわ。デジタルワールドから石炭や石油、硝石や鉄鉱石でも掘って、ちゃんとしたブツとして兵器を作れば随分話は違ってくると思うんですがねぇ。そんなわけで、まともなリターンを得られそうにないからこの事業畳もうかと思うとるんです」
「ええ!そんな、勿体ない!」
「そう言いますけどね、おたくらが人の言うことを聞くセキュリティデジモンを育てられるようになったらうちらお役御免でしょう。損切は早々にやるのがビジネスのコツですわ」
ん……?待てよ……?
「……そちらのプログラムボット、我々の研究室に売ってもらえませんか?」
「え!?ええですけど、なんに使いはるんです?幼年期一匹仕留められないポンコツですよ」
「だからいいんですよ。幼年期デジモンのトレーニング用にはうってつけです」
「あ……なーるほど!」
そういうわけで、事業撤退寸前だったバキュン・ソフトウェアから、我々はデジモン駆除兵器の失敗作を購入し、トレーニングに導入してみた。その結果、非常に効果的な実践想定訓練を行うことができた。
我々がその成果を公表すると、あちこちでデジモン飼育を試みている研究機関から、バキュン・ソフトウェアへ失敗作兵器を買いたいという問い合わせが殺到した。その売り上げのおかげで、どうやらバキュン・ソフトウェアは事業撤退の方針を切り替えて、「デジモン用トレーニングボットの開発」へ事業転換して継続していくことに決まったようだ。
何が役に立つかわからないものである。
やがて、ピョコモンは成長期へ進化した。頭部と両腕が花弁になっている、二足歩行の植物型デジモン、「フローラモン」である。このフローラモンは両腕から花粉を撒くことができるようだ。これがかなり強力なアレルゲンのようであり、一緒にトレーニングをしていたコロモンはひどい花粉症に苦しんだ。そのため、コロモンと一緒にいる間は花粉攻撃を封印せざるを得なかった。
フローラモンは事前の想定以上に、我々に対し積極的にコミュニケーションを取ろうとしてきた。なんならごく簡単な語彙で、チャットソフトを使って我々に言葉を発することもしてきた。声帯が未発達なため、人語を直接発生することはできないようだが……。「社会性のあるデジモンを育成する」という試みは大成功だ。案外うまくいくものだな。
一方のコロモンだが、予想外の進化をした。トレーニング中に、突然戦闘訓練用のプログラムボットを食べ始めたのだ。どうしたコロモン!そんなもの食べて腹を壊さないのか!?そう心配していると……コロモンは進化した。迷彩柄の体色をしており、自動小銃と手榴弾で武装した爬虫類型デジモン、「コマンドラモン」である。私は驚いた。まさかコロモンが、武器を使えるデジモンに進化するなんて……。これは心強そうだ。ディノヒューモンのデジタマを採取したのは大正解だったようだ。
成長期になってからは、戦闘訓練だけではなく、迷路探索などの「作戦遂行の訓練」も行うようになった。迷路には罠や攻撃用ボットを仕掛けてある。一番奥の宝箱へたどり着くことができれば課題クリアとなる。この迷路を使い、私は二体へ、「待て」「進め」「攻撃しろ」「逃げろ」「周囲を警戒しろ」「行動をやめろ」などの命令を教育した。
一日が経つ頃には、ごく単純な指示は一通り教えることができた。
翌日。私は、ミッションサポート用のアイテムを揃えた。デジモン達へのエネルギー補給用のキノコや、盾としてその場に出せるドローン、揺動用の戦闘訓練ボット等だ。
そうして、メインPCに救う謎の要塞への突入作戦がいよいよ明日決行されることになった。この二体でできるのか?不安は残る。
そうして私が準備を整えている最中、カリアゲは……、デジドローンVRを使い、フローラモンやコマンドラモンとキャッチボールをしていた。何だ?遊んでるのか?
「キャッチボールってよ、良い練習になるんだよ。俺はデジドローンVRの練習になるし、コマンドラモンたちは飛んできたものをキャッチして、意図したところへ物を投げるという練習になるんだ」
なるほど、キャッチボールで体育をしているということか。それにしても、フローラモンもコマンドラモンも、とても楽しそうにしている。……常に肩を張っていても仕方がない。こうやって息抜きの時間を共有することが、仲間意識をはぐくむのには重要なのかもしれない。
さて、いよいよ明日はメインPCに巣食う謎の要塞を調査するミッションの日だ。
愛情を込めて育て上げた二体のパートナーが、どうか無事でありますように。
そして、うまくミッションをこなせますように……。
File14 要塞突入
まずはデジドローンを飛ばして、例の要塞を視察した。前に見た時よりも大きくなっている。増設したのであろうか。中に何がいるかは分からない。ドクグモンみたいな罠を張る敵がいたらどうしよう……。
だが、恐れていては何も進まない。フローラモンとコマンドラモンには、いざとなったら撤退ができるように指示する訓練も施してきたのだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず!
我々はデジタルゲートを開き、その場にフローラモンとコマンドラモンを呼び出した。そして二体は、デジドローンと共に、白い繊維で編まれた要塞の中へ侵入した。
要塞の中は、外観と同様に白い繊維で編まれ、白いカビのような糸が生えた壁の廊下が続いていた。しばらく進むと、地面にキノコが生えているのを見つけた。フローラモンはそのキノコを見て、大喜びで駆け寄った。食べようとしているようだ。いや待て……毒キノコかもしれない!そう思った私はとっさに叫んだ。
「待て!」
フローラモンは、動きを止めて首をかしげた。だが次の瞬間。なんとフローラモンは命令を無視して、再びキノコへ手を伸ばし、それを掴んだ!
しまった。我々は、フローラモン達に「食欲を前にして自制する」という訓練を全くさせてこなかった。しかしながら、フローラモンの立場で考えてみれば、待つ理由など全く思いつかないだろう。我々はフローラモンに一種類の食用キノコしか与えてこなかった。ゆえにフローラモンは毒キノコの存在を知らない。『キノコ=食べても安全なもの』という認識になるのはご自明の理だ。いつも食べているようなキノコに、何を警戒することがあろうか。
フローラモンは、地面からもぎとったキノコを口へ運んだ……。
しかしコマンドラモンが、フローラモンの持っているキノコを地面へはたき落とした。
フローラモンは怒って、コマンドラモンへ吠えた。コマンドラモンはデジドローンの方を静かに指差した。フローラモンは怒りの表情で、キノコと自分の口を交互に指さしている。コマンドラモンは横に首を振り、再びデジドローンを指さした。
なんてこった。こんなことで二体が喧嘩になるとは……!
……私はドローンから上半身を出すと、コマンドラモンだけにラズベリーに似た果実を与えた。これは常食用の餌ではなく、明確に「ご褒美」を意味する報酬として教えてあるものだ。コマンドラモンは果実を受け取って食べた。フローラモンは、自分も欲しいと言わんばかりに手に近付いてきた。私はフローラモンを甘やかさずに、厳しく注意した。
「床のキノコ、食べる、ダメ。私が手渡すキノコ、食べる、良い。分かった?」
フローラモンは、不機嫌そうだが、しぶしぶ頷いた。その直後、フローラモンは先程キノコを触っていた手のひらを痒そうに掻き始めた。
うわぁ!フローラモンの手の花弁にブツブツが生えている!やはり毒キノコだったらしい。フローラモンは痒がっている。なにか薬草でも持っていればいいのだが……そんなものはない。デジモン用医薬品については全くの未開発である。私はドローンから水筒を取り出して、フローラモンの手へかけた。そして手を藁の包帯でよく擦ってやった。キノコの毒は手の表面から流れたらしく、それ以上症状が進行することはなかった。
……毒キノコが床から生えた、白い糸の要塞……。ますます正体が掴めなくなってきた。
我々は要塞の廊下を進んだ。すると、ついにデジモンを発見した。キノコから手足が生え、顔がついたような姿をしたデジモン。マッシュモンである。マッシュモンは我々に気付くと、こちらを訝しげに観察してきた。警戒しているようだ……。
コマンドラモンが小銃を構えようとしたが、それを下げさせた。なにもこちらから攻撃する必要はない。避けられる戦闘なら避けたい。ディノヒューモンの小屋の前のスナリザモンを追っ払ったように、餌で追っ払えないだろうか。私は、データマイニングによって生成したシミュレーションデータ……ゴミ箱へ絶えず放り込んでいる餌を、デジドローンのマシンアームで放り投げた。マッシュモンは、一瞬きょとんとした顔で餌を眺めた。やがてマッシュモンは驚いたような表情をした後、大声をあげながら要塞の奥へと走っていった。
我々は、慎重に廊下を進んだ。廊下には、いくつかの部屋の入り口が並んでいる。とりあえず、ひとつの部屋に入ってみた。部屋の中には、このパソコンにプリインストールされているピンボールやソリティア等のゲームソフトがあった。なんだ?ゲームセンターか何かでも作ろうとしているのか?
そうして部屋の中を覗き終わり、廊下に出た時。廊下の奥からマッシュモンの声が聞こえた。コマンドラモンとフローラモンは部屋の中に隠れた。そしてコマンドラモンは……なんと、体を透明にして、周囲の風景に溶け込んだ。光学迷彩だ!こんなことができたのか、すごいぞコマンドラモン!一方のフローラモンは、植物へ擬態した。
デジドローンで廊下の様子を確認すると……、我々は目を疑った。大量のマッシュモンが、一列に並んで歩いてきているのである。マッシュモン達は不気味な歌を歌いながら、各自餌データを右手に持って掲げながら行進している。
何体いるんだ?すれ違うマッシュモンの数を数えてみた。十、二十、三十……四十体を超えた。ばかな……こんなことがあり得るのか?このマッシュモン達はどこから湧いて出たんだ。親となる成熟期デジモンがいるのか……?だが、そうだとするとあまりにもハイペースでデジタマを産みすぎだ。確かに要塞を確認してからしばらくの月日が経ったが、それにしてもここまでたくさん殖えるのは想定外である。
やがて、46体のマッシュモンが通り過ぎた後、ようやく列の最後尾となった。
コマンドラモン達は、慎重に一本道の廊下の奥へと進んだ。この先に、マッシュモン達を産んだ成熟期がいるのだろうか…?
やがて我々は、廊下の最奥の部屋へたどり着いた。
そこにいたのは…
…何もいない。
いや、何もいないわけではない。
先ほどフローラモンがうっかり食べそうになった毒キノコが、たくさん生えている。
それに、よく見たらいるぞ、デジモンが。
床から、発育途中の小さな小さなマッシュモンが8体ほど生えている。
なんだこれは?幼年期デジモンか?
これを産んだ親は留守なのか?
私は小さなマッシュモンのデータを分析してみた。……成長期デジモンだ、これは。幼年期ほどのサイズだというのに。一体どういうことだ?
やがて、大勢のマッシュモンの足音が聞こえてきた。先程の不気味な歌が近付いてくる。
マッシュモンの戦闘力がどれだけあるかは分からないが、相手はこれだけの数だ。今のこちらの戦力では、まともにやり合ったら歯が立たないだろう。できれば一旦この場から離脱したいのだが、残念ながら技術的に、今ここへデジタルゲートを開くことはできない。
デジタル空間には、アクセスポイントという地点が存在する。簡単に言うと、デジタルゲートはアクセスポイントがある位置にしか開けないのだ。しかしながら、今ここにアクセスポイントは存在しない。
マッシュモン達の足音と歌声は、もうそこまで近づいている。このままでは、追い詰められてしまう……!
どこかに脱出できる隙間はないのか?必死に出口を探していたのだが、間に合わなかった。とうとうマッシュモン達は、我々のいるこの部屋へとやってきた。数は合計46体……多すぎる。成長期でこの数なら、親はどれだけいるのだろうか。
コマンドラモンは、デジドローンの前に出て銃を構えた。デジドローンとフローラモンが脱出するまでの時間稼ぎをしようとしているのだろう。このような自己犠牲的な行動をとれるなんて、コマンドラモンはあまりにも優秀に育った。この場で犠牲になんて……絶対にしたくない!だが、この状況でどうすればいいんだ……!
そう思っていると、クルエがデジドローンのコントローラーを握った。
「試しに、さっきやったみたいに餌なげてみればどうでしょうか?ほいっと」
クルエが操作するデジドローンは、部屋の隅っこへ餌をたくさん投げた。マッシュモン達が次々と、撒かれた餌に歩み寄り、それを拾い上げた。だが、廊下から脱出できるほどの隙間は作れない。相手の数が多すぎるのだ。万事休すか……?
すると、体が一回り大きいマッシュモン一体が、我々の前に出てきた。
そして、受け取った餌データを両手に持って掲げると……
我々のデジドローンへ向かって、何かを叫んだ。
「ミシャモショ!モショモマシャマ、メンモメムシモマムメメムメマ!シャミシャマ!」
すると、46匹のマッシュモン達が、いっせいに叫んだ。
「シャミシャマー!ミマシマム!シャミシャマー!」
そしてマッシュモン達は、先程の不気味な歌を歌いながら、その場で踊り始めた。コマンドラモンは、ポカーンとしてマッシュモン達を見ている。
歌が止むと、先頭のマッシュモンは地面に膝をつき、手を上に伸ばして、私に頭を下げた。
「シャミシャマー!」
それに続いて、他のマッシュモン達も同じ動作をした。
「シャミシャマー!」
これは、マッシュモン達の独自の言語だろうか。私は「あなた達は何者ですか?」と問いかけてみた。
「シャミシャマモ、モモママ、ママシマメシュ」
……言語によるコミュニケーションは成立しないようだ。だが、ひとまず襲ってくるつもりはない……のだろうか。
マッシュモン達は、しばらくマッシュモン語で話しかけてきが、やがて言葉が通じていないことを察したらしい。一番大きなマッシュモン、仮称「ボスマッシュモン」は、我々に対してどう接しようか悩んでいるようだ。
このままではらちが明かない。意を決して、私はデジドローンを操作し、廊下の方へ進んだ。
するとボスマッシュモンは、廊下にいるマッシュモン達へ何か声をかけた。
「シャミシャママ、モモーシシマムショ!モショショモシェ!」
ボスマッシュモンがそう言うと、マッシュモン達は道を開けてくれた。安全に帰してくれるということだろうか。我々一行は廊下を進んで、要塞からの脱出を試みた。
すれ違うマッシュモン達は、デジドローンに「シャミシャマー!」と声をかけてきた。
……そして我々は、無事にアクセスポイントの位置まで引き返すことができたのだが……、マッシュモン達が我々の後ろについてきている!ゲートを開けたら、一緒にビオトープまで入ってきかねないぞ。
だが、ここで立ち往生するわけにもいくまい。私はデジタルゲートを開けた。コマンドラモンとフローラモンは、デジタルゲートをくぐってビオトープ内へ帰還した。
だが、ゲートが閉じる瞬間……、なんと、ボスマッシュモンがゲート内へ飛び込んできた!そうしてボスマッシュモンは、我々のビオトープへと侵入してきた。ど、どうしよう。もしも敵意があったら、ビオトープを壊されてしまうぞ……!私がそうして動揺していると、カリアゲが私の肩をポンと叩いた。
「もし俺たちに危害を加えるつもりがあったら、要塞の中でとっくに袋叩きになってただろ。きっとこのボスマッシュモンは、そういうつもりで来たんじゃねえと思うぞ」
「……それもそうか。少なくとも、今のところ我々への敵意は無いってことか」
未だに未解明の部分は多いが、何はともあれ、フローラモンとコマンドラモンは生還した。変なのを一体引き連れて。
だが、帰還に成功しただけだ。事態は何も解決していない。メインPCのゴミ箱は、依然として繊維の要塞に覆われており、40体以上のマッシュモンが住み着いている。マッシュモン達を産んだであろう成熟期デジモンは見つかっていない。調査はまだ終わっていないのだ。
言葉が通じず、戦っても勝てないであろう莫大な頭数をもつ相手に、我々は一体どうすればよいのだろうか…。
それにしても。
今回の我々の動きは、振り返ってみると正直杜撰すぎた。運よくマッシュモン達に敵意がなかったおかげでコマンドラモン達は無事生還できたが、敵意があったら犬死にしていた。これは猛反省点である。今後このような作戦を行うときは、もっと技術的にデジモン達をサポートし、緊急脱出などができるようにしなければならない。
File15 マッシュモンの謎
コマンドラモンとフローラモンの助力を得て、マッシュモン達やその巣について詳しく調査をした。
まずは、マッシュモン達の親となる成熟期デジモンがどこかにいないかを調べた。デジタル空間を隅々まで徹底的に探したものの、そのようなデジモンは見当たらなかった。では、このマッシュモン達は一体どのようにして増えたのだろうか?
そういえばマッシュモン要塞の最奥の部屋には、毒キノコや、とても小さいマッシュモンが生えていた。あれは何だったのだろうか?我々はフローラモンを連れて、再度あの部屋を訪れてみた。すると、以前見た小型マッシュモンが、明らかにあのときよりも大きくなっていた。あのとき毒キノコと思っていたものは、小さな小型マッシュモンになっていた。これらの地面から生えているマッシュモン達をしばらく観察していると、やがて一番大きな個体が地面から足を引っこ抜き、周囲を歩き回り始めた。
この部屋の床の断片を詳しく調べると、どうやら細かい菌糸がびっしりと張り巡らされているようだった。この菌糸の遺伝子を採取し、ボスマッシュモンと比較してみた。すると、それらの遺伝子が完全に一致していた。これは初めて見るケースだ。異なる世代なのに、遺伝子が完全に一致するとは。
まさかと思い、私はこのコロニーを形成する白い繊維や、毒キノコを採取し、その遺伝子を調べてみた。……やはりだ。ボスマッシュモンも、床の菌糸も、要塞の壁も、毒キノコも。遺伝子が完全に一致する。
念のため、熱帯雨林で見かけたマッシュモンの遺伝子を採取して、ボスマッシュモンのものと比較してみた。すると、その遺伝子はかなり異なっていた。外見は同じなのに。どうやらデジタルワールドにいる全てのマッシュモンが同じ形質を持っているわけではなく、この特異な形質は我々のパソコンに住み着いた個体群特有のものであるようだ。
これはどういうことなのか?
結論から言うと、この巨大な要塞自体がマッシュモンなのである。
我々は当初、子実体に手足が生えたひとまとまりの個体を「マッシュモン」と定義していた。熱帯雨林で見かけた個体はそうなのだろう。だが実際のところ、今我々のPCに住み着いている個体群のマッシュモンの正体は、それを構成する「菌糸」である。
そこら中を歩き回っているのは、それ単体がマッシュモンの一個体というわけではなく、菌糸が寄り集まってできている、運動能力を持った「子実体」だ。
この巨大な要塞は、菌糸が寄り集まって巣の形になったマッシュモンのひとつの形態ということだ。最奥の部屋は、菌糸を依り合わせて子実体を形成するための部屋ということだろう。
……何なんだこいつは!?とんでもない奴が住み着いたものだ。始末に負えない。敵対的な反応はしていないが……だからこそ対応を悩む。このような相手に対して「駆除」という選択肢を取るのは、可能かどうかは置いておいて、正直……心が痛む。
だが、いつまでも足踏みしてはいられない。つい先日、ついにボスマッシュモンが、ビオトープ内の土の上で胞子をばら撒いたのである。このまま放置していれば、ビオトープにもマッシュモンが大量増殖しかねない!それは流石にご勘弁願いたい。
ビオトープの様子を見ると、なんとフローラモンがボスマッシュモンと対話を試みていた。教材ソフトを使って我々の言語を教えているようだ。我々は誰もフローラモンにそのような指示をしていない。フローラモンが自発的に、ボスマッシュモンへの教育を始めたのだ。
ボスマッシュモンは、もともと独自の言語を使って会話をする能力を持っていた。社会性を持ち、言語野が発達しているデジモンということだ。そのおかげか、我々の言語も比較的早く覚え、チャットソフトによる対話ができるようになった。お手柄だぞフローラモン!
早速私は、チャットソフトに文字を入力し、マッシュモンに見せた。
『わたしたちは あなたとの たいわを のぞんでいる』
するとマッシュモンは、チャットによって返事をしてきた。
『かみよ、ありがとう。われわれに、ごはんをくれて。たすかっている、とても』
……かみ?神のことか?まさか、我々のことを神と呼んでいるのか。
『あなたたちは どこからやってきたのか? いつからいたのか?もくてきは?』
『わからない。あのばしょで、うまれた。なかまいない。だから、なかまふやした』
『もうすこし くわしく おしえてほしい。あのいえは どうやってできたの?』
『きがついたとき わたしは ひとりだった。なかまが ほしかった。だからわたしは なかまを ふやした。わたしは ことばを かんがえて かれらに おしえた。さびしく なくなった』
マッシュモン語はボスマッシュモンが考えたのか。
『みんなで げーむをたのしんだり ごはんをくれるかみさまに いのりのおどりを ささげるのは たのしかった。だけど おそろしいてきが くるきがした。だから おおきな しんでんを つくった。そうして いまに いたる』
あの要塞、神殿だったんだ。まさか、シミュレーションデータを大量に放り込む我々を神と崇めていたとは。でも、マッシュモン達の餌を生産するためにお高いスパコンをひとつ占有してしまっているんだ。正直、これ以上スパコンが使えない期間が長引くと研究に響いてくる。永遠にマッシュモンフード生産専用機にしてはいられない。
『じじょうは わかった。だが、あげられる ごはんの りょうには げんかいがある。これいじょう えさのかずを ふやせない」
『それはこまる では ほかのものをたべて いきていくしかない』
まあそうなるよね。対話はできたが……どう説得すればいいんだ?このまま飢えて死んでくれなんて言えるはずもない。悩んでいると、メガが私の代わりにチャットを打ち込んだ。
『では べつのところへ うつりすんでくれない?』
そう言ってメガはデジタルワールドで撮影した映像の一部を見せて、サバンナや森林などへの移住を勧めてみた。
『いきたくない。そこには、とてもおそろしいてきがいる、きがする。たべられてしまう。たべられたくない』
『ここで うまれたのなら そんなきおくは ないんじゃないの?』
『おぼえてはいないけど、わかる。おおきくてつよいやつがいる。だれか、だいじなだれかが、たべられた。からだが、おぼえている。たべられたくない。たべられたくない』
どうやら、潜在意識の中に外敵への警戒心があるらしい。よくあることだ。我々人類を含む多くの動物は、よく「黄色と黒の縞模様」を怖がる本能を持つ。これはスズメバチという危険な外敵をピンポイントで警戒するための本能が遺伝子に刻まれているためだ。たとえスズメバチそのものを見たことが無くても、この模様自体が本能的な恐怖を引き起こすのである。ボスマッシュモンが抱いている本能的な恐怖も、これと同様のものだろう。
しかし、デジタルワールドへ帰すことができないなら、こいつらどうすればいいんだ?もしも餌の供給が追い付かなくなり、パソコン内の貴重な研究データを食べるようになったら、紛れもない「敵」となってしまうだろう。
対応を悩んでいると、クルエがチャットへ入力をした。
『ところで、なんで すのなかに ピンボールとか ソリティアみたいな ゲームがあったんですか?』
『あれはだいじなもの。たいくつなとき、みんなであそべる。さびしくならない』
『そのだいじなものが なくなったら こまる?』
『とてもこまる』
『ピンボールや ソリティアを たべてしまおうとするやつがいたら どうする?』
『それはてきだ。たたかって、やっつける』
『きみたちが えさのかわりにしようといっている データは、わたしたちにとって ピンボールや ソリティアみたいに だいじなもの なんだよ』
ボスマッシュモンは返答に困っているようだ。
『もし それらを たべようとするなら、きみたちが ゲームをまもるために やるといったことを、わたしたちが あなたたちにやらなくてはならなくなる』
『かみさまと、たたかいたくはない』
一通りボスマッシュモンと話し終えた後、我々は協議した。例のデジモン対策意見交換会にも知見を借りたところ、様々な意見が飛び交った。
「もっと安いパソコンをたくさん買い、そこへ移住させればいいのでは?」
「安全な移住先を見つけたと噓をついて騙し、デジタルワールドへ放逐してしまえばいいのでは?」
「もう面倒臭いし、だいたいマッシュモン共のことは分かったから、ディスクドライブを破棄してしまえばいいのでは?」
ヒドいと思うかもしれないが、現実問題として我々は危機に直面している。何の対策も取らずに先延ばしにするわけにはいかないのだ。彼らは彼らで真剣に我々の身を案じてくれているのである。どの案も一長一短あるが、採用できる案はひとつしかない。結局その日は解散した。明日、どれか一つ意見を決めて、それを決行することにした。
その晩、私は高校時代の友人と宅飲みしながら、マッシュモンのことを話してみた。
「こういう奴がうちの研究所のパソコンに住み着いてるんだよ。どうすればいいんだろうね……」
すると友人は意外な反応を返してきた。
「え?パソコン内に住んでて、喋れる生き物?おもしろそー、飼ってみてー!」
「いやいや、すごい勢いで殖えるんだぞ。パソコン内にうじゃうじゃ増えたらどうする?」「パソコンが危ないなら、ゲーム機とかに入れればいいんじゃね?デジモン飼育専用の端末とか用意してさ」
「そういう問題じゃなくってさ……。ゲーム機の中でも増える可能性はあるだろ」
「そりゃそっか!あーあ、暇つぶしにいいと思ったのにな」
「まったく、簡単に言ってくれるな。……ん?待てよ?その意見……悪くないかもしれない」
「お?何か名案が浮かんだか?」
「……いけるかもしれない、それ」
研究者ではない一般人目線で挙げられる意見は、机の上で凝り固まった私の考えを超えてくることがある。私はこの時、友人の言葉から大きなインスピレーションを受けた。
File16 デジタルモンスター
研究グループ内で、マッシュモン対策案についての最終協議が行われた。今ここで決まった案が最終決定案となる。もしかしたらここで出る案は最適ではないかもしれない。後からもっといい案が浮かび、当時の決定が後だしジャンケンで非難を浴びるかもしれない。だがそれでも、どう対処するかを必ずいつか決めなくてはならない。それが今なのだ。今回の協議には、我々のデジモン研究に出資してくれているスポンサーの方もオンライン通話で加わっている。
まず口を開いたのは、リーダーのキリヒラさんだ。
「俺が最初に提案してしまうと、皆それに引っ張られかねない。俺はまず聞く側に回ろう」
最初に挙手して案を挙げたのはメガだ。
「僕は……PCのディスクドライブを破棄して、新しいものに入れ替えるのが最善策だと思う」
それを聞いたカリアゲは「えぇ…」とドン引きしている。
「だってさ。…元々マッシュモン達を今の今まで残していたのは、生態の調査をするためでしょ?謎はすべて解けた。だったらもう、終わりにしてしまっていいと思うんだ」
カリアゲは怒りを露わにして立ち上がった。
「いやあ……そりゃねえだろメガ。マッシュモン達は、俺らのことを神様と呼んで慕ってくれてんだぞ!対話が通じる相手なんだ!それを皆殺しにするなんて……もうちょっとやりようがあるだろ!」
「じゃあ何?問題を先送りにし続けて、ずっとスパコンを使用不能なままにすればいいの?あるいはこいつらにメインPCのデータを再起不能になるまで食わせればいいの?」
「そ、そうは言ってねえけどさ……」
「じゃあどうするの?代案は?」
「……昨日の意見交換会で出た、安いパソコンをいくつか用意して、そこに住ませるって案はどうなんだ?」
「それで、そのパソコンが餌の供給の限界を迎えたら、また何台も新しいパソコンを買うの?マッシュモンを飼い殺しするためだけに?電気代もパソコン代も無限にかかることになるよ。その場しのぎにしかならない、先延ばしにしているだけじゃない?」
それを聞いたスポンサーさんが口をはさんできた。
『ハッハッハ!いい指摘だねメガ君!我々が提供した資金を、何の役にも立たない無駄な出費のために浪費するようなら、我々は別の研究グループへ出資対象を映すことを選ばせてもらうよ、カリアゲ君?』
今発言したのは、スポンサー企業「クロッソ・エンジニアリング」の投資部門の重役、太心 厳(ふところ きびし)氏である。愛称はキビシさんだ。
「う、うぅ…」
カリアゲは押し黙ってしまった。やがて、キリヒラさんが他メンバーへの発言を促した。
「他に案のある者はいるか?」
すると、クルエさんが挙手した。
「ねえメガ。昨日の意見交換会ではさ、マッシュモン達を騙してデジタルワールドへ放逐するっていう案が出てたよね。その案はどう思ったの?」
「どう思ったのかって……。つい最近、ペットのアライグマが野生化したくだりの話をしたばかりだよね。僕たちが同じことをデジタルワールドにやるつもり?
「……そ、そっか。デジタルワールドの環境保全も大事だよね……」
「他には案はないか?」
よし……そろそろ私の案を挙げることにしよう。私は挙手して発言した。
「提案の前に、ひとつ質問があります。マッシュモンは、なぜあんなにたくさんパソコンの中で増えたのでしょうか?」
リーダーは返答をした。
「外敵への恐怖感からくる防衛本能だ……と聞いているが」
「なるほど、そうかもしれません。では、何故ただのキノコのように地面に生えるのではなく、歩き回り、歌ったり踊ったりゲームをしていたのでしょうか?」
「それは……。何故だ?分からない。餌が限られた量であれば、無駄に歩き回ってエネルギーを消耗するのは効率的な生き方ではないな。それに外敵を恐れているのであれば、歌を歌って自分たちの居場所を知らせる必要もない」
「そうです。本当に生き残りたいのならば、毒キノコに擬態したまま動かなければいい。少ない餌で長く生きられるように、増殖せずに独りぼっちでいればいい。生存戦略的にはそれが最適解のはずです。にもかかわらずマッシュモンは、パソコン内でたくさん殖え、そして歌や踊り、ゲームをして、あろうことか礼拝までしている。何故そんなことをする必要があるのでしょうか?」
「……分からん」
「マッシュモンはおそらく、デジタルワールドにいた頃から、仲間達と意思疎通や交流をしながら集団生活をしていた。集団生活をするということは、裏を返せば孤独を恐れるということです」
カリアゲはピンと来ていないようだ。
「ど、どういうことだ?デジ太郎!」
キリヒラさんは手をポンと叩いた。
「わかったぞデジ太郎。つまりマッシュモンは、社会性と共に高度な感情を『得てしまった』デジモンだ。それ故に、孤独と退屈を『苦痛』と感じるようになってしまった。だから一見エネルギーの無駄ともいえる非効率的な行動をして、寂しさを紛らわせて生きていかなくてはいけなかった……。そういうことだな?」
「そういうことです。マッシュモンは我々を神と崇め、神殿まで作っていました。おそらくパソコン内にあった宗教的行事に関するデータを真似たのでしょう。それは餌の物乞いをしていただけじゃない。我々とコンタクトをとり、構ってほしかったんですよ」
「……つまり?結論は何だ?デジ太郎」
「マッシュモンが増殖する理由は2つ。外敵から身を護るため。そして孤独を紛らわすためです。つまり、人間に護ってもらい、構ってもらえる安心感さえ得られれば、マッシュモンは大量増殖する必要がなくなるんです」
「……筋は通っているが、あくまで未検証の仮説だな。それで、デジ太郎はどんな案を提案するんだ?」
「マッシュモンを、ゲーム機のような小型端末へ収納し、それを有志へデジタルペットとして販売するんです」
その言葉に、メガは驚いた。
「ええ!?そ、そんなことをしたら!マッシュモンによる被害がさらに拡大するぞ!ネットに流出して大増殖したら責任取れるの!?」
「当然、端末には脱走防止用のファイヤウォールを施します」
「デジタルペットなんて言うけどさ。昨日の意見交換会での反応を見た?誰も『自分が面倒を見たい』なんて言う奴はいなかった。皆がマッシュモンを敵視していた。その反応が現実だ。マッシュモンはペットとして愛されないよ」
「それはただのエコーチェンバーだよ、メガ。昨日の意見交換会は、デジモンによる被害に悩まされ、憎しみを抱いている人たちが大勢集まった。そんなデジモン嫌いの人達の意見ばかり聞いていたから、自然と『マッシュモンは愛されない厄介者』という前提に意見が流されてしまったんだ。私の友人は、飼いたいと言ってくれていたよ」
「そんなの……酔っぱらいの戯言だろう!本当に最後まで面倒を見れる人なんているのか!?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない!だけど私達の頭の中だけで決めつけた結果が真実とは限らない!実際に協力者を募集し、聞かなきゃわからないんだよ!」
「……それは!まあ、そうか……。でも、果たしてマッシュモンはユーザーにとって魅力的な商品に映るの?」
メガがそう言うと……。
「映るよ!」
「映るぞ!」
クルエとカリアゲが、同時に声を上げた。
「私はプライベートの時間でも、リモートでフローラモンと一緒に遊んだりお話したりしてる。その時間はとっても楽しいし、心があったまるよ!」
「俺もだ!コマンドラモンにいろいろ教えてあげる時間はいいもんだぞ?メガはデジモンの世話を担当してないから共感ができねえだろうけどな。もしデジタルペットとして売ったら……流行るぞ、絶対に」
「いやでも……」
メガが何か言おうとした途端。
『素晴らしいいいいい!』
スポンサーのキビシさんが感嘆の声を上げた。
『デジモンの飼育はねぇ!攻略サイトを見れば結果が分かってしまうような育成ゲームとは違う、本当の未知の領域だ!そこに魅力を、知的好奇心を感じる者がいるというのは、研究者であるメガ君なら理解できるはずじゃないかね?』
「……そういうマニアがいるのは理解できますけども……」
メガはしばらく押し黙ってしまった。
『さて、大枠はいいとしてだ。デジ太郎君、そのデジタルペットの売り方について案はまとめてあるのかね?』
「はい」
端末には、一般的なWifi搭載タブレットを使用する。
マッシュモンは他者との対話を好むため、言語教育用の教材ソフトをプリインストールしておき、ユーザーと音声読み上げ機能で話ができるようにしておく。
さらに、デチューンして処理を軽くした廉価版のデジクオリアとデジドローンをプリインストールすることで、マッシュモンとの疑似的な触れ合いを可能にする。
価格はだいたい30万円前後の想定だ。
その価格を聞いたカリアゲは眉をしかめた。
「さ、30万円?た……高くないか?」
「猫のスコティッシュフォールドの相場が30万円です。犬のトイプードルなんて60万円しますよ。それより希少で、人語を話せるペットなんです。安上がりな方でしょう」
『ムム?安上がり、と言ったが……きちんと利益は出るのかね?』
しばらく黙っていたメガが、口を開いた。
「利益以前に、餌はどうするの?一般的なタブレット端末を使うと言ったけど、それにデータマイニングソフトでも積むの?悪いけど、そのスペックじゃまともに動かないよ」
「餌となるペレットは我々が生産し、有料DLCとして販売します。利益はそれで出します」
『ハーッハッハ!いいねぇデジ太郎君!素晴らしい、是非とも君の案でいきたいねぇ!
もしよかったら、スポンサー特権で是非とも優先的にマッシュモンを売って欲しい客がいるんだが、いいかね?デジ太郎君』
「いいですけど、誰ですか?」
『私の娘だ』
「……なるほど。普段からねだられてるんですね。デジモンが欲しいって」
『分かってるじゃないか。需要があることはうちの家庭内で実証済みさ』
しかし、メガはまだ食い下がる。
「……もしも在庫がたくさん余ったら、どうするのさ」
うぅ、ごもっともな指摘だ。考えてなかった。
「ええと、そ、それは……」
私が悩んでいると、キリヒラさんがぼそっとつぶやいだ。
「別に売れないなら売れないで、構わないだろう」
「え?いいの?」
私とメガは同時にそう言った。キリヒラさんは腕を組みながら続きを話した。
「話の本筋を見失うな。オレ達の当初の目的は何だ?メインPCの奪還だろう。マッシュモン達を他の端末へ移送することさえできれば、それで本来の目的は十分達成されるんだ。安いタブレット端末数十台でそれができるのなら安いものだ。デジタルペットが売れるかどうかなんていうのはオマケの話だ。在庫が余ったら処分すればいい。違うかメガ?」
「そっか、もともとそういう話だったね。じゃあ、それでいいや……」
キリヒラさんは場の仕切り直しをした。
「勝手にいろいろ話を進めてしまったが、他に案のある者はいるか?」
カリアゲは頷きながら肯定した。
「異議なし!」
「そうか。クルエはどうだ」
「いいんじゃないですか?いちばんみんなが幸せになれるのはそれですよ」
「……メガ。俺は別に多数決で少数派を押しつぶすつもりはない。今はどう考えてる?」
「リスク対策はしっかりやってよね」
メガは苦笑いしながらそう答えた。
「……ならば、決まりだな」
リーダーが場をとりまとめると、どこか場が和やかな雰囲気になった気がした。
メガはいろいろと厳しい意見を言っていたが……私にはわかる。本当は、メガも含めてこの場にいる全員が、マッシュモンを不幸な目に遭わせたくなどなかったのだ。いろいろ問題を抱えつつも、なんだかんだで我々のことを慕ってくれているボスマッシュモンのことを、本気で嫌っている者はこの場に一人もいなかった。だから、誰も不幸にならずに済む結論を導き出せてほっとしているのだろう。
やがて、キビシさんが拍手する音が聞こえた。
『では!そうと決まれば!私は早速研究協力者を募るとしよう!君たちは端末の用意とマッシュモンの説得を頑張りたまえ!君達の素晴らしい活躍に期待している!』
……チームの中では案が通った。だが一番重要なのは、ボスマッシュモン自身からの合意が得られるかどうかだ。マッシュモンに今の案の話を受け入れられるか、ブラックな側面をうまく隠して聞いてみた。
『われわれは かみさまと はなればなれに なるのか』
「別れがあれば、出会いもある。私達だけでは、これだけたくさんのマッシュモンをみんな面倒見るだけの余裕はないんだ。これからは、新しい神様と仲良くしてほしい」
『なかまたちは わたしが、せっとくする。……だが、このわたしも、あなたと はなればなれに なるのか』
「必要以上に殖えないなら、ここにいてもいいよ」
『それは ほんとうか』
「……できれば他の個体たちに、我々の言語を教育してあげてほしい。頼める?」
『それが おんがえしになるなら そうする われらが かみよ』
それから、私達が端末販売の準備をしている間。ボスマッシュモンは、部下のマッシュモン達に我々の言語を教えた。しばらく経つと、部下のマッシュモン達もみんなチャットを使えるようになった。語学力すごいな。
やがてボスマッシュモンは集会を開き、部下マッシュモン達の前で演説をした。
『もうすぐ この世界は 闇に閉ざされる。だが神は、我々に方舟を用意してくださった。もうすぐ出航の時は訪れるだろう、その時こそ我等は神の遣いとなり、新たな神と出会い、新世界のために使える使徒となるのだ』
ボスマッシュモンが仰々しく語ると、大勢のマッシュモン達は感涙しながらバンザイをしていた。
それからしばらく経った。キビシさんは、購入希望者の募集をしてくれたらしく、結果を我々に伝えに来た。
『デジ太郎君!研究協力者を募ってみたよ。そうしたところ…どうなったと思う?』
「どうなったんでしょうか?」
『販売予定の端末56台に対して、世界中から合計10万件を寄せる購入希望者が応募してきたよ!問い合わせが殺到している!素晴らしい!』
「ヒエッ……。在庫処分は余裕そうですが、競争率が半端ないですね」
『もっとたくさん作れないか?マッシュモンってたくさん殖えるんだろう?』
「さすがにマッシュモンに10万体以上繁殖しろって言うのは無理筋です。我々にも応えられる期待と応えられない期待があります」
『それもそうか!ハハハ!……それはそうと君!いちばん大事なもの決め忘れていないかね?』
「いちばん大事なもの…?」
『そう、このデジタルペットを入れた端末の商品名だよ!なんかこう、ビシっとカッコよくて、それでいて親しみが持てそうな感じの商品名をつけてくれたまえ!』
「分かりました。端末の商品名は……」
私は、一度深呼吸してから、商品名の案を告げた。
「商品名は……。『デジタルモンスター』です」
File18 鉄鋼会社からの調査依頼
マッシュモンを入れたデジタルモンスターは、無事に発送完了した。ユーザーからは極めて好評であり、DLCもよく売れている。つい最近は、端末同士の通信機能を解放し、お互いのマッシュモンをテニスなどのスポーツで競わせるという対戦コンテンツの提供を始めた。これは大変盛り上がっており、オンライン対戦ができるようにしてほしいという問い合わせがよく寄せられている。それについてはちょっとセキュリティ面の安全性確保の都合があるので、しばらく待ってもらっている。
尚、マッシュモンを端末から出すことに関しては、決して許可していない。脱走したマッシュモンが思わぬ社会的リスクを引き起こす可能性があるためだ。だから常に端末のログデータを集計し、端末からマッシュモンが脱走していないことを確認している。
ビオトープに撒かれた胞子から誕生したマッシュモン達には、言語教育を施した後に、二次募集分のデジタルモンスター端末へ入れて発送した。
ボスマッシュモンは少し寂しそうにしていたが、フローラモン及びコマンドラモンと共に同胞の旅立ちを見届けると、心の整理がついたようだ。
ボスマッシュモンはもう孤独ではないのだ。
キビシさんからは「もっとマッシュモンを殖やせないか?」と何度か要望が来る。そういえば、デジモンってデータを複製したら個体が増えるんだろうか?試しにマッシュモンを構成するデータをコピー&ペーストして個体を増やせないか実験してみたが……、ペースト先に生成されたのは、デジモンの体を為していないランダムノイズデータだけだった。どうやらデジモンを複製することはできないらしい。
それと、要塞を最初に調査した時に我々はあまりに杜撰で軽率な行動をとり、パートナーデジモン達の身を危険に晒してしまっていたため、深く反省した。そして今後も同様にフローラモンやコマンドラモンにデジモン事件の調査をしてもらうときのために、サポートアイテムを開発した。名付けて「ランドンシーフ」。揚陸艦という意味だ。外観はデスクトップパソコン型のワークステーションだ。
この端末には、パートナーデジモンが居住するためのスペースと、彼らヘの餌となるデータをマイニングするソフトウェアが仕込まれている。強固なセキュリティによって内部のデジタル空間を保護しており、有害なデジモンを封じ込めておくための隔離チェンバーも設けてある。さらに、ランドンシーフを直接接続されているネットワーク上のデジタル空間では、全ての座標がアクセスポイントとなる。いかなる位置にも瞬時にデジタルゲートを開くことができるのだ。これがあれば、以前のようにコマンドラモンとフローラモンが多数のデジモンに取り囲まれてもすぐに避難できるのだ。
それだけではない。デジモンの遺伝子を調べるためのシーケンサーソフトも搭載済みだ。これで未知のデジモンと相対しても、細胞の断片を採取すれば遺伝子を調べることができる。
このように、反省と対策をきっちりやってこそ、真に「事態は収束した」と言えるのである。
そうしてマッシュモン騒動が収束し、本来の目的であるメインPCの奪還に成功した今、我々はデジタルワールドの観察研究を再開している。
そんなある日、鉄鋼会社の「アマラン鉄鋼」から我々の研究所へ調査依頼の電話がきた。
曰く、会社のサーバーのインターネット回線の速度が異常なほど低速化しており、それと同時にデータのトラフィック量が爆増してしまったそうだ。
様々なセキュリティソフトを試したが効果がない。もしかしたらデジモンの仕業かもしれないので、調査してほしい……との依頼であった。
我々は依頼を引き受けることにした。早速、アマラン鉄鋼のオフィスへ向かった。そして情報セキュリティ部門の担当者から改めて状況を聞いた後、ランドンシーフを社内ネットワークへ接続した。ランドンシーフの居住スペースには、フローラモン、コマンドラモン、そしてボスマッシュモンを連れてきている
まずは様子見のため、ネットワーク内にデジドローンを飛ばして偵察を行った。やがてデジクオリアの画面に、デジドローンから送信された映像が映し出される。
デジタル空間の中は、図書館を彷彿とさせる風景であった。様々な資料が入ったバインダーが、棚に陳列されている。会社の資料庫はこんなふうに可視化されるんだな。オシャレだ。
だが、異変はすぐに見えた。黄色いスライム状の物体が、デジタル空間の床や棚をウジュウジュと大量に這い回っているのである。これは……見たことのあるデジモン。ズルモンだ。「一番厄介だ」と言われているデジモンである。
やがて、十体ほどのズルモンは動きをいったん止めると、一か所に集まった。それらはひとつにまとまり、くっつき……、やがて大きな目玉と、大きな口が形成された。こいつは見たことあるぞ、黄色い体色をもったヌメモン亜種、ゲレモンだ。な、なんだ……?ジャガモンのようにデジモン同士が融合したのか?
ゲレモンは、棚からバインダーを取り出すと、それを開き、資料を舌でベロンベロンと舐め回した。舐められた資料のデータは消えてはいないため、どうやらデータを食べているわけではないようだ。どうやらズルモンやゲレモン達は、ゴミ箱の中のデータを食べて栄養を補給しながら、資料舐めをしているようだ。
ゲレモンは他にもいた。ある一体のゲレモンは、まだズルモンがいないライブラリに到達すると……、体を風船のように大きく膨らませて、そして破裂した。飛び散った破片は丸くなり、やがてズルモンとなって、周囲を這いまわった。
その様子を見たクルエは引きつった顔をしている。
「うわ、キモ……無理……」
メガはゲレモン達の行動を観察し、分析している。
「データを食べることなく、舐めている……?どうして?何のために?」
キリヒラさんは、このズルモンやゲレモン達の形質を観察している。
「ズルモンもゲレモンも、今までデジタルワールドで見たことはあった。だがこんなふうに、ズルモン同士が融合してゲレモンになるようなケースは一度も見たことが無いな。ましてやゲレモンが自爆して大量のズルモンへと分裂するようなケースも目撃例がない。なんだこいつは……?こんな形質の個体群は見たことが無いぞ」
……私は、このデジモンの形質に覚えがある。これと似た性質の生物が、現実に存在するのだ。名を「キイロタマホコリカビ」という。
キイロタマホコリカビは、普段はアメーバ状の単細胞生物として振る舞い、細菌などを食べて成長する。だが、環境が変わると、多数の個体同士が合体し、ナメクジ体と呼ばれる多細胞生物へ姿を変え、地面を這う。そして、やがて子実体を伸ばして、そこから胞子をばら撒くのである。
なんだこいつらは……一体どこでどうやって生まれたデジモンだ?私が知る限り、ヌメモン系統にこのような性質はなかったはずだが……。今までに観察してきたズルモンやゲレモンと、形質があまりに違いすぎる。未探索のエリアからやってきた個体群なのだろうか。
さて、こいつらはインターネット回線のトラフィック量の増大にどう関与しているのだろうか。我々はデジドローンを移動させ、インターネット回線の出入口付近を調査した。
やがて、トンネルのようなものが見えてきた。これがインターネット回線だ。
だが、回線はなんともグロテスクな様相となっていた。トンネルの内壁には、ズルモン同士が結合したものと思われるスライムびっしりと張り付いていたのである。まるで悪玉コレステロールのプラークが詰まった血管のようだ。そしてトンネルの真ん中に空いた狭い穴の中に、大量のデータがぎゅうぎゅう詰めになりながら飛び交っている。なるほど、こりゃ回線速度が遅くなるわけだ。このスライムデジモン達が壁に張り付き、トンネルを狭くしていたせいで、データの送受信が滞っていたのだ。
そしておそらく、ゲレモンが舐めとった情報を体内で複製して、トンネルにくっついているスライムデジモン達の層を信号線として使って、どこかへ送信している。トラフィック量が急増しているのは、スライムデジモンが回線の一部を占有して、外部へ機密情報を送信しているからだ。
今回は、デジドローンを飛ばすだけで、あらかた事態が把握できた。デジモンの仕業であることを鉄鋼会社の情報セキュリティ担当者へ伝えた。
さて、問題はここからである。これらのスライムデジモン軍団をどうすればよいのだろうか?マッシュモンのように高い知性は感じられない。対話は無理だろう。我々がそうして調査をしていると、アマラン鉄鋼の社長さんが不安そうな顔でやってきた。
「そ、それで……?うちの会社のサーバーは、直せるんですかい……?うちみたいな会社のサーバーをまるまる破棄して入れ替えるってのは正直無理ですよ……?」
社長さんの話を聞いたキリヒラさんが返答をする。
「この状態から復旧する方法は、ただひとつ。巣食っているスライムデジモン達を、駆除するしかありません」
「駆除……できるんですか?」
「やってみなければ分かりません。しかし、うちにはそれなりに戦力があります」
「それじゃお願いしやっす!」
まずは更なる情報収集と分析をして、奴らの弱点を探ることにした。できればゲレモンを一匹捕獲して、隔離チェンバーへ閉じ込め、分析をしたい。ゲレモンの力は弱そうに見えるし、DPも低いようだ。だがゲレモンは腐っても成熟期デジモンである。成長期3体で安全に捕獲できる保証はない。ノープランでいきなりケンカを仕掛けるのは得策ではない。
いかに安全に、確実にゲレモンを捕らえるか、我々は様々な案を考えた。だが確実といえる案は出てこない。
その中で、「試しにパートナーデジモンにも作戦を考えさせてみてはどうか」という意見が上がった。せっかくだし、やらせてみよう。
フローラモンは早々に飽きたようで、コマンドラモンに一任するつもりのようだ。
一方、コマンドラモンが出した案は、我々が一切予想していなかった作戦だった。
それは「普通にデジモンキャプチャー(※デジドローンについているマシンアーム)で捕まえる」というものだった。
今までデジモンキャプチャーでの捕獲成功例があるのは、デジタマと幼年期デジモンのみ。レベル3以上のデジモンを捕獲できたことはない。だが、ものは試しだ。ダメ元で、デジモンキャプチャーを使ってゲレモンの捕獲に挑戦してみよう。
我々はさっそくゲレモンの近くで、ランドンシーフ内の隔離チェンバーへ繋がるデジタルゲートを開いた。
すると驚くべきことに、なんとゲレモンは自分からゲートの中に入ってきたのである。
どういうことだこれは?とりあえず、ゲレモンがチェンバーに入ってから、ゲートを閉めた。
ゲレモンは、チェンバー内をゆっくり這い回っている。
全くの予想外だった。なぜ自分から捕まりにきたのだろうか。
我々はこれといった捕獲作戦を立案できなかったのに、コマンドラモンの言った通りにデジモンキャプチャーを起動したら、なぜかゲレモンが自分からゲートに入ってきた。
一体どういうことだ?コマンドラモンに作戦の思惑を聞いてみると、チャットで返信が返ってきた。
『よわそうだから キャプチャーで つかまえられそうだと おもった』
……そういうことだったのか。てっきり、なんかすごい計算をしているのかと思ったぞ。
だが、「成長期以上のデジモンはデジモンキャプチャーで捕まえられない」という固定観念があっては出てこない案だった。ナイスだ、コマンドラモン。
カリアゲはチェンバー内のゲレモンを眺めている。
「さて、こいつを調べると言っても、まずは何から調べるべきだ……?」
それに私は返答をした。
「決まっている。まずはゲレモンの遺伝子を、シーケンサーで調べよう。このゲレモンの遺伝子を、今まで採取してきたデジモンの遺伝子と比較するんだ」
「ほぇ?なんで?」
「ゲレモンに最も近しい遺伝子を持つ種がどれかが分かれば、そこからどのような進化を遂げてきた存在かも推理できる。そうなれば、なにか弱点が分かるかもしれない」
「なるほど、じゃあ任せたぜ」
しばらくすると、シーケンサーソフトによる解析が完了した。メガが食い気味で画面をのぞき込んでくる。
「解析結果はどうだった?デジ太郎」
「解析した結果、ゲレモンの遺伝子には、ふたつの系統の遺伝子が混ざっているみたいだ」
「混ざってる?どういうこと?」
「トゲモンのように、二体の融合したデジモンの子孫なのかもしれない。ひとつは見た目の通り、ヌメモン系統の遺伝子だ。そしてもうひとつは……」
解析結果を見た私は、我が目を疑った。そ、そんな…。そんなことがあり得るのか。
「……何?なんで溜めるの?答えを溜めるのはクイズ番組だけでいいよ!早く教えて!」
「……もう一つの系統は、ボスマッシュモンの遺伝子だ」
「え?」
「いま我々のパートナーとしてランドンシーフにもいる、ボスマッシュモンの遺伝子が、このゲレモンには組み込まれているんだよ。メガ」
「それって……どういうこと?」
「……今わかっているのはそれだけだ」
「とぼけないで、デジ太郎。それが何を意味するか……!分かっているんだろ!」
「……分かってる。この二系統が、どのような経緯をたどってきたのか……」
メガはうつむきながら語り始めた。
「ボスマッシュモンと同じ遺伝子を持つ部下マッシュモンたちは、デジタルペットとして販売され、全国各地のユーザーのもとへ届けられた。その遺伝子が、どういうわけか……どこからか流出した。その結果がこれだ!」
「ッ……!」
「スライムデジモン達は、なぜ機密情報を食べずに舐めとって複製し、外部へ送信しているんだ?ねえデジ太郎、これが、自然発生したデジモンによる生存戦略だと思う?」
「……いや、思わない。きっとデータを食べないのは、事態の発覚がバレないようにするためだ。そしてそれは、野生デジモンが自然な進化をして取るような行動じゃない」
「そう。これはデジモンを悪用した、人為的なサイバー犯罪だ。データ窃盗に都合のいいデジモンを、悪質なクラッカーが造り上げたんだ。マッシュモンとゲレモンを融合させて、その子孫をこうやってアマラン鉄鋼に送りつけてきたんだ。それ以外に考えられる!?」
「……そう、だね」
「だから僕はあの時!君の意見に反対したんだよ!だから僕の案では、マッシュモン達を……!」
メガがそこまで言いかけたとき、カリアゲがメガの言葉を遮った。
「それ以上はやめろメガ!そのボスマッシュモンは、今ここにパートナーとしているんだぞ!」
「そうだね……。言いすぎるところだったよ。ごめん、ボスマッシュモン」
「それにだメガ。お前についてはともかく……マッシュモンを売りさばく決定をしたのは俺達全員だ。発案者のデジ太郎一人が責められる筋合いはねーだろ?」
「そうだね。でも、僕が物申したいのは……『もう一つの系統』の方だよ」
「もう一つの……?」
「ヌメモンは……君があの時助けたから陸上に進出したんだ。そうだろ?……クルエ」
そう言われたクルエは、引きつった顔をしていた。
「っ……!」
「君があの時、シャコモンをガニモンから助けなければ。要らない干渉をしなければ!ヌメモン系統は陸上で繁栄していなかったんだ!そして、こうしてサイバー犯罪用デジモンが作られることもなかった!」
「わ、わたしの、せいで……?」
「君のせいじゃなかったら誰のせいだ!」
「でも私、こんなつもりじゃなくて……!」
「おい、もうやめろメガ!」
カリアゲがメガの口を手で塞いだ。
「今それを責めて何が解決するんだ!別にクルエは悪意が合ってシャコモンを助けたわけじゃねえだろうが!」
「ぜぇ、はぁ……。ごめん。熱くなりすぎた。考えてみれば今更だった。僕たちはもう、サンフラウモンのデジタマを採取したり、ディノヒューモンのデジタマを奪ったり……。いまさらと言っていいくらい干渉している。本当に、今更だった……」
メガはクルエにそう謝った。だが、クルエは恐慌状態になっている。
「わ、私のせいで、会社に迷惑がかかって……こんなことに……!」
そんなクルエさんの肩に、キリヒラさんがぽんと手を置いた。
「……クルエ。メガ。今はやるべきことやるんだ。確かにメガの言う通り、やる必要のない干渉はデジタルワールドにすべきじゃないかもしれない。だが、反省会は問題が解決した後で。まとめてやればいい」
「……はい……」
File19 スライム駆除作成
ゲレモンのデータを解析したところ、やはり毒はあるようだ。マッシュモンが持つものと同種類の毒を薄めたような感じだ。
厄介だな、コマンドラモンやフローラモンが纏わりつかれたら危険極まりない。うかつに手が出せないぞ。そうして悩んでいると、ボスマッシュモンがチャットで話しかけてきた。
『かみよ ちょっとおおめに しょくりょうを いただきたい』
「お腹減ったの?いいよ」
私はデータマイニングでキノコをたくさん作った。マッシュモンはそれらを食べまくった。するとマッシュモンの足元から、菌糸がぼわっと伸びた。やがて菌糸から、小さなキノコが生え始め、そのままミニサイズのマッシュモンとなった。
「マシー!」
ミニマッシュモンは、ボスマッシュモンの足から離れた。ど、どうする気だ?
『どくみを させる』
「…え?まさかゲレモンをミニマッシュモンに食わせる気か!?お腹壊したらどうするの!」
『だから ぶんしんを だした もんだいは ない』
「し…しかしだ。ミニマッシュモンも命じゃないの?」
『そういわれても これは わたしの いちぶだ どうするか わたしが きめては いけないのか』
「…ま、まあいいよ。君本体が無事ならいいさ。」
我々は恐る恐る、ミニマッシュモンをチェンバー内へ投入した。
ミニマッシュモンは、ズルモンの方に駆け寄ると…
ズルモンに噛み付いた!
暴れるズルモンを、ミニマッシュモンはもぐもぐと食っていく。やがてミニマッシュモンは、見事ズルモンを飲み込んでしまった。
「ンマーイ!」
「美味いの!?」
『おなじどくなら われわれに きくはずがない われわれももっている どくなのだから』
おお…それもそうか。凄いなマッシュモン。
チェンバー内では、ズルモンが食われたのを見て怒ったゲレモンが、ミニマッシュモンに襲いかかっていた。ミニマッシュモンはゲレモンに包まれた。ミニマッシュモンも負けじとゲレモンを食おうとした。お、おお……互いに互いを食おうとしている!
だが、サイズ差もあり、やがてミニマッシュモンは溶かされ始めてきた。このままではミニマッシュモンが食われてしまう……助けないと!
『いいや そのまま みていて いい』
「うーん、そう言われても、ちょっとかわいそうだな……」
やがて、ミニマッシュモンはゲレモンに溶かされてしまった。ああいうふうに体全体で消化吸収するのか。まるで移動性粘菌がやる「貪食」そのものだ。互いに互いの毒が効かないとなると、フィジカルでの勝負になるのか。
『かみよ つぎは わたしが いく』
「だ……大丈夫なのか?」
『わたしは たたかいに じしんはないが あれになら かてるかも しれない』
「本当か…?し、死ぬなよ」
私はマッシュモンをチェンバーへ投入した。マッシュモンは、ゲレモンに向かって突撃した。ゲレモンは、体を伸ばして迎撃しようとしてきた。だがマッシュモンに殴られると、伸ばした部位は千切れ飛び、壁にベチャッと貼りついた。
「おお、いけるじゃないか!続けていけ、マッシュモン!」
マッシュモンは、ゲレモンにパンチやキックの連打を浴びせた。ゲレモンはたちまちバラバラに千切れ飛び、それぞれがズルモンとなって再生した。マッシュモンは、ズルモン達を食べた。
勝利したマッシュモンを、カリアゲが褒めた。
「やったな!圧勝だったぞ、マッシュモン!お前こんなに強かったのか!」
『わたしも やれる たたかえるぞ、カリアゲ』
「よし!じゃあ……どうするんだ?たくさんいるズルモンやゲレモンを、こうやってマッシュモンがやっつけていくのか?」
『それはちょっと たいへんそうだ』
カリアゲの提案に、私は口をはさんだ。
「マッシュモンが追いかけまわすという作戦だと、マッシュモンが届かない狭いところへズルモン達が逃げ込まれてしまう可能性があります」
「そうか、スライムデジモンだからマッシュモンより狭い隙間に隠れるのか。厄介だな…」
「それよりも。奴らはデジモンキャプチャーのゲートに自分から飛び込んでくる習性があります。これを利用できないでしょうか?」
それを聞いたキリヒラさんは頷いた。
「なるほど。デジモンキャプチャーのゲートで掃除機のように吸い込み、チェンバーに隔離するのか」
「そうです。どうですか?」
「やってみるのはいいが……、なぜこんな習性があるのか、まだ分からないからな。絶対のものだと考えると、条件次第で作戦が破綻しかねないぞ」
「う、それは確かに……。しかもこいつら、ちょっとでも取り逃がせばすぐ殖えますよねきっと」
「だろうな。一匹も逃さないような作戦が必要だ」
うーむ……。なにかいい作戦はあるだろうか…。
おっとそうだ。試しておかなくてはならないことが一つあった。ズルモンやゲレモンに、フローラモンの花粉攻撃は効くのか?という検証だ。
隔離チェンバー内にゲレモン、チビマッシュモン、フローラモンを閉じ込め、花粉を撒いてみた。すると、ゲレモンとチビマッシュモンは、花粉を吸い込んでもアレルギー反応を起こさなかった。それどころか、ゲレモンにくっついた花粉は吸収・消化されたようだ。
ますますキイロタマホコリカビに似ているな…。あいつらも細菌をこうやって貪食するし。
尚、このゲレモンはコマンドラモンの爆弾で焼いて処分した。
その様子を眺めていたキリヒラさんが呟いた。
「ふむ、やはり今回の相手は、マッシュモンとコマンドラモンで対処にあたり、フローラモンは待機するのがいいのだろうか。毒があるので、くっつかれると厄介だからな」
メガが返答をした。
「だけど、逃げまどうズルモン達を、一匹も逃がさずまとめて駆除するのは難しそうだね」
カリアゲが何か思いついたようだ。
「そうだ!前にスナリザモンにやったように、餌でおびき寄せるってのはどうだ?」
「ランドンシーフの演算能力じゃ、これだけ広範囲にいるデジモン達にまとめて給餌するのは無理だよ」
「そっかぁ……」
まとめて……?そうだ!閃いた!
「いや、できるかもしれない。フローラモンの力があれば」
「え?」
「作戦はこうだ。ごにょごにょ……」
「……なるほど、その手があったか!」
そして作戦が開始された。私はデジモン達に指示をする。
「フローラモン!花粉をばら撒いてくれ!できるだけデジタル空間の隅々まで行き渡るように!」
フローラモンは指示を了承し、花粉をばら撒いた。すると、ズルモンやゲレモンが、一斉に大挙してこちらへ押し寄せてきた。
花粉とは……
自然界では、ダニや蜂、ハナムグリ、そして移動性粘菌の黄色玉誇りカビ等が、好んで餌にする物質である。
先ほどゲレモンは、吹きかけられた花粉を体外へ除去するのではなく、体内へ吸収した。つまりゲレモンやズルモン達は、花粉を餌として認識し、誘き寄せられてくるんだ
しかも、花粉は風に乗って遠くまで飛んでいけるようにできている。だからマッシュモンの手では届かないような隙間にいるズルモン達のところまで、餌付けをし、おびき寄せることができるのだ
カリアゲは感心している。
「な、なるほど…。この役割はフローラモンにしかできねえな。コマンドラモンやマッシュモンでは、こんなにうまくゲレモン達を誘き寄せられない…!」
「そうだよ。フローラモンは、戦闘能力では他二体に比べて大きく劣っているかもしれない。だけどフローラモンの技である『花粉を撒くこと』は、今この状況下では、他のどんなデジモンの技よりもゲレモン駆除に有効なんだ」
キリヒラさんも深く頷いている。
「デジモンの優劣は、単純な戦闘能力の強弱だけでは測れないな。時には弱く進化したデジモンが、強いデジモンを凌ぐ働きを見せる…」
そうして、おびき寄せられたゲレモン達は自らデジタルゲートへ入っていき、隔離チェンバー内へ閉じ込められていく。
いける!このままならいけるぞ!
……そう思った、まさにその時。
『コラァァァーーッ!キサマら、ワガハイの命令を無視して勝手に何やってる!!』
!?なんだ…?やや電子音声気味のエフェクトがかかった、日本語の音声が聞こえてきた。声がした方を向くフローラモン。
やがて、ドスン、ドスンと、足音?のようなものが近づいてきて、声の主が姿を現した。
こ、こいつは…!?
我々の世界のいかなる生物にも似ていない、奇妙な姿のデジモンが出現した。強いて言えば、その姿にはゲレモンの面影がある。
全身が黄金の輝きを放ち、肌には金属光沢がある。脚はなく、頭部から直接長い腕が生えている。顔には、ギョロっとした大きなふたつの目玉がついており、口は大きく、歯並びの良い大きな歯が生え、舌がベロンと飛び出ている。
ゲレモンとの相違点は、目玉が飛び出しておらず、きちんと眼孔に収納されていること。
肌が金色であること。長い腕があること。そして身体のシルエットは、螺旋状に巻かれており、まるで…
「う…ウ●コだあァーーーッ!!腕の生えた金色のウ●コが出たァーーッ!」
カリアゲがつい、見たままをオブラートに包まずに言ってしまった。私のまわりくどい説明よりもはるかに分かりやすい。すると黄金のデジモンは、我々のデジドローンを睨みつけてきた。
「無礼者!ワガハイはウ●コではない!我が名は偉大なるスライム王!スカモン様だーーーッ!」
「スカ…?由来はScatology(糞便学)か…?なら…。やっぱりウ●コじゃねーか!」
「カリアゲ、落ち着いて!」
私はカリアゲを制止した。
スカモンはこちらのデジドローンと、フローラモンを睨みながらさらに問いかけてきた。
「だいたいキサマは何だ!?なぜここにデジモンがいる!ワガハイ達の邪魔をするな!」
それはこっちの台詞だ!いや…なんだこいつマジで。
うちのデジモン達は人語を話すような声帯ではないから、チャットで会話をするのだが
スカモンを名乗るこいつは、明らかに口を動かして発声している。人間の言葉をしゃべれる声帯が発達しているということだろう。
「ええい!ワガハイの質問を無視するな!これ以上ワガハイの子分を誑かすなら、容赦はせんぞ!」
そう言い、スカモンは周囲のゲレモンを一体掴むと、おにぎりを握るようにこね始めた。
こねられたゲレモンは、スカモンの体のように金属光沢をもった、螺旋状の物体へと変わった。その外見はまるで…
「やっぱりウ●コだアァァーーー!!」
カリアゲ落ち着いて!
「ウ●コではない!くらえ!吾輩のドリル攻撃を!」
スカモンはそう叫ぶと、ゲレモンを硬化させて作ったドリルをフローラモンへ投げてきた。ドリルはぐるぐるとジャイロ回転している。
いかん!あれに当たったら刺し貫かれかねない!よけろフローラモン!
驚いたフローラモンは、とっさに飛び退こうとしたが…足が地面から離れない。いつの間にか、足元にはゲレモンが纏わりついていたのだ。
なんて狡猾な奴!我々とお喋りをしている間に、こっそりフローラモンの足を粘菌で固定していたのか!ふ…フローラモンにドリルがぶつかる!
その時。
連続した火薬音が鳴り響いてきた。
ドリルの側面に銃弾が当たってカーンと高い音を鳴らし、ドリルの軌道をそらした。
フローラモンから外れたドリルは床に当たり、そのまま回転しながら床を掘り進んでいった。
「ヌゥ!?なにやつ!?」
コマンドラモンは間髪入れずに、スカモンに向かって爆弾を投擲した。爆弾はスカモンの額に当たり、ボカンと爆発した。
「ギャアァァーーーッ!?熱ウゥーーッ!!」
スカモンが悶絶している間に、マッシュモンがフローラモンの足についたスライムデジモンを払い除け、それを食べた。
「ウヌヌ…キサマ、仲間がいたのか…!ワガハイのドリルをかわすとは、少しはできるようだな…!」
カリアゲがスカモンに荒げた声を発した。
「何なんだてめえは!ここで何をやってる!迷惑だからとっとと去れ!」
「フン!キサマらなんぞにワガハイの崇高なる使命を邪魔されてなるものか!」
「崇高なる使命?なんだそれは!」
「フフン知りたいか!このスカモン様の栄誉ある使命を!それはだな…」
そこまで言ったところで、スカモンの背中に隠れていた小型のネズミ型デジモンが、スカモンの背中を引っ掻いた。
「イデデデデッ!わ、わかった!言わん、言わんて!!」
スカモンがそう叫ぶと、ネズミ型デジモンは引っ掻くのを止めた。
「フー…というわけだ、ワガハイの使命はキサマら愚か者共には教えられんのだ!残念だったな!スカーッカッカッカ!」
あいつ、高笑いしてやがる…
突如、コマンドラモンが、自身の足元を銃撃した。
な、なんだ!?
…コマンドラモンが銃撃したのは、スカモンが話している間にこっそり足元へにじり寄っていたゲレモンだった。先ほど投げ飛ばしてきたウン●…じゃなかった、ドリルがゲレモンに戻り、地面の穴から這い出てきていたらしい。
「な!?ワガハイの『有り難いお話作戦』を見破るとは…なかなかデキる奴!」
カリアゲはふぅと息を吐いた。
「あぶねー、つい相手のペースに乗せられてた。サンキュー、コマンドラモン」
この短時間に二度も罠を仕掛けてきたスカモン…かなり狡猾な奴だ。
「もうおしゃべりはおしまいだ!不届き者ども!食らい尽くして本物のウ●コにしてやるわッ!」
「それはこっちのセリフだあァァーーッ!ク●野郎がァーーーッ!」
File20 激闘
戦闘開始早々、フローラモンは遠くへ走って逃げた。
「スカーッカッカッカ!臆病者めが!」
そしてフローラモンは、花粉をばら撒いた。どうやらフローラモンは、スライムデジモン達を花粉の餌でひきつけて、スカモンの周囲から戦力を削ごうとしているらしい。しかし、ズルモン達は花粉のほうへおびき寄せられない。
「バカが!さっきは自律行動させていたから誘き寄せられたが、今度はそうはいかんわ!」
スライムデジモン達は、フローラモンの方には目もくれず、コマンドラモンの方へと大挙して押し寄せた。
コマンドラモンはゲレモン達を銃撃したが、撃たれたゲレモン達は細かく砕け散り、分離してズルモンになる。まるで暖簾に腕押しだ。キリがない…!
床が粘菌デジモンで埋め尽くされていく。これを踏んづけたら足を地面に貼り付けられ、ウ●……じゃなかった、硬いドリルを投げられてしまう。しかもスライムデジモン達の体には毒がある。耐性のあるマッシュモン以外がひっつかれたら危ない。
スライムデジモンを避けるが、徐々に壁に追い詰められ始めるコマンドラモン。
コマンドラモンは、いちかばちか、スカモンへ直接銃撃を浴びせようと試みた。
「遅いわぁぁぁ!」
だが、スカモンはスライムデジモン達の上を高速で移動して銃弾を躱す。
なんだあの動き!?さっきスカモンがやってきたときは、両腕でドッスンドッスンとゆっくり歩いてたはずだが、現在は両腕を動かすことなく、スライムデジモン達の上を滑るように移動している!
それを見たキリヒラさんは、何かに気づいたようだ。
「あれは…床を埋め尽くしているスライムデジモン達が、ベルトコンベアーのようにスカモンを運搬しているんだ!」
くっ……、あいつは床一面のスライムデジモンの上を自在に高速移動できるのか。
バカみたいな見た目してて、案外隙がない…!
「でも、スライムなんかにあんな猛スピードでの移動ができるんですか?ズルモンやゲレモンの移動スピードはのろかったはずですよ」
「デジ太郎、恐らくあれは『ローリング・スウォーム』を応用しているんだ」
「ローリング・スウォーム?」
「毛虫が集団で移動するとき、他の個体の上にのって前へ移動し、一番前まで来たら他の個体の踏み台になる…という移動手段をとることがある。一匹でのそのそ歩くよりも数倍のスピードが出る。それがローリング・スウォームだ。おそらく床を覆いつくしているスライムデジモン共は、スライムの層で同じことをやっているんだ。だからあんな凄いスピードを出せるんだろう」
くっ、器用な奴らだな…!
どうする、唯一の攻め手のコマンドラモンの攻撃が当たらないんじゃ、攻めようがない…!
するとマッシュモンは、コマンドラモンを肩車して担いだ。
そして、エッホエッホとスライムデジモン達の上を歩き始めた。
なるほど、これならコマンドラモンが毒のスライムの上を歩かずに済むが…。
「バカが!ワシの可愛いスライム達で包んで食ってやるわ!」
マッシュモンの足元へ、ズルモン達が押し寄せてくる。
「ミマシャー!」
マッシュモンがそう叫ぶと……、デジタルゲートの中から、チビマッシュモン軍団が一斉に飛び出してきた。なんだあいつら!?いつの間に殖えたんだ!?
まさかボスマッシュモン……、自分のような司令塔が相手側にもいることを予測して、あらかじめ手駒を殖やしていたのか!隔離チェンバーに放り込まれたズルモン達を餌にして!
チビマッシュモン軍団は、床一面のスライムデジモンの上に並んでスカモンまでの道を作った。
マッシュモンは、チビマッシュモン軍団が並んでいる方へコマンドラモンを投げた。
コマンドラモンは、チビマッシュモンの上を駆けて、スカモンまで一直線に走っていく。近接格闘戦に持ち込む気だ!フローラモンも、コマンドラモンの後ろについて、スカモンの方へ駆け寄っていく。
「バカめ!一直線の道を作って進むなど、ワガハイのドリル攻撃の的になりに来るようなもの!串刺しのみたらし団子にしてやるわぁーーーッ!!!」
スカモンは、ゲレモンをこね回して、黄金のドリルを作った。まずい!
「一網打尽ンンーーーーッ!!!まとめて貫通しろォー!」
スカモンは、黄金のドリルをコマンドラモン達に向かって投げ飛ばした。
ジャイロ回転するドリルが、一直線に並ぶコマンドラモンたちへ迫る…!
…させるか!
私達人間だって、デジモン達の戦いをただ傍観しているわけじゃないぞ!
私はデジタルゲートをコマンドラモンたちの前に展開した。
黄金のドリルはデジタルゲートの中にスポっと入った。
「何ィィーーーーーッ!!?」
コマンドラモンたちが一直線に並んでいるから、的が絞れてドリルを当てやすい?
それはつまり、ドリルが飛んでくる弾道があらかじめわかっているということだ。
ならばこちらだって、あらかじめ弾道上にゲートを仕込めば、飛び道具を飲み込むことなんて容易い。
そうしてコマンドラモン達は、スカモンへと接近した。
「フンッ、粘菌包囲網を突破してくるとはデキるな…!世界の半分をやるからワガハイの部下にならんか?」
カリアゲは誘いを断る。
「命乞いなんて聞くか!」
「命乞いではない、最後の慈悲だ!だがそれを蹴るというなら、もはや容赦せんわ!ワガハイはインファイトも強いぞ、来い!」
そう言い、スカモンは長い両腕で空手の構えをとった。
うげ…そりゃそうだよな。相手は成熟期デジモンだ。格闘戦でこちらの成長期デジモン二体が優位に立ち回れる保証などない。
なら…まともに殴り合わなきゃいいだけだ!
「いけフローラモン!花粉だ!」
そう私が指示すると、フローラモンはスカモンの目に花粉を浴びせた。大量の花粉が、スカモンの眼球を覆う。
「ギャアア!何をする!」
スライムデジモンがフローラモンの花粉でアレルギーを起こさないのは先ほど検証済みだ。だがアレルギー症状なんて関係ない。スカモンは視覚センサーとして、我々人間と同じ仕組みのカメラ眼の眼球を採用している。それなら、花粉を眼球表面の粘膜にびっしり貼りつかせて、視界を封じてやればいいのだ。
「目が!目がぁぁーー!クソ!目つぶしなんて卑怯だぞ!」
スカモンは長い両腕で自分の目をこすっている。それを見たカリアゲは……眼がうるんでいる。
「うぅっ…!花粉症持ちの俺には、あんな光景…見ただけでもう目から涙が…!」
それはお辛い。
「クソがあァァーーー!スライム共!トカゲと花を止めろおおお!」
スライムデジモン達は、スカモンの方へ押し寄せてきた。コマンドラモン達を迎撃する気だ。だが、それより一手早く、フローラモンがスカモンの口を掴んで無理矢理開かせた。
「ホゲ!?にゃ、にゃぎをふゆ!!」
フローラモンを長い腕で掴み、引き剥がそうとするスカモン。
コマンドラモンは、スカモンの口の中へ爆弾を放り込んだ。
「ほご!?」
そしてコマンドラモンは、スカモンの口の中へ銃撃を連射した。
「や、やめろぉぉ!モゴォ!」
スカモンは銃撃から口の中を護るために、口を閉じ、両腕で口をガードした。
……数秒後、スカモンの口の中で爆弾が爆発した。
「ブッゴオオオォオォォオォオオォォ!!!」
コマンドラモンは成長期。スカモンは成熟期だが、口の中で爆弾を炸裂させたとあれば、いくらレベル差があってもただでは済まないだろう。
「グ…グフ…」
白目を剥いたスカモンの口から煙が立ち上り、吐血している。
コマンドラモンは、今の爆弾攻撃を使ったせいで、だいぶ体力を消耗したらしい。
コマンドラモンの銃弾や爆弾は、自身のエネルギーを消耗して生産するものだ。
こんだけ連発すれば、疲弊もするだろう。
私がデジドローンからキノコを投げると、コマンドラモンは敵を警戒しながら食べ始めた。枯渇しかけているエネルギーを補給しているのだ。
「ムッムー!ムマシュー!」
「ムマシャーー!」
マッシュモンはチビマッシュモンを引き連れて、スカモンの方へ突撃した。
とどめを刺す気か…!
すると、スカモンがカッと目を見開いた。
先程スカモン達の方へ押し寄せてきたスライムデジモン達は、スカモンを覆い隠すように包み込んだ。
バリケードで時間稼ぎする気か…!?
しかし、スカモンを包み込んだスライムの繭は、壁を伝ってズルズルと天井まで上っていき、そのまま天井から吊り下がった。
コマンドラモンの銃が弾切れである以上、天井には攻撃が届かない。どうやって破壊する……?フローラモン、コマンドラモン、マッシュモン達は悩んでいるようだ。
そうして繭を観察していると…
突然繭が破れ、中から大きな物体が落下してきた。
…体長5メートルがあろうかという、王冠をかぶった巨大なスカモンだ。
「まずい!逃げ…」
私がそう言い切る前に…
巨大スカモンの剛腕が、フローラモンの腹部に裏拳を叩き込んだ。
コマンドラモンのすぐ横を、びゅんと通り過ぎて吹き飛んだフローラモンは、壁に叩きつけられた。
倒れたフローラモンはピクリとも動かない。
File21 切り札
我々は数々のデジモンを観察し、データを計測していくうちに、「デジモンは強くなるにつれて代謝量が大きくなる」という法則を発見し、強さと代謝量を概算する「DP」という数値を定義した。
今の巨大スカモンのDPは、既存のデジモンでいうなら、だいたいティロモンあたりと同じ数値だ。これは「小細工抜きで強い、戦闘向きデジモン」を表している。
これまでのスカモン相手なら、立ち回りを工夫することでなんとか張り合えたが…
ここまで「シンプルに白兵戦が強い」デジモンには、もはや知恵比べでは埋められない実力差になるのだ。
スターモンやドクグモンのような強力なデジモンが味方にいれば、力で上回ることはできるだろうが……、そんなデジモンは今、味方にいない。
『きひゃまらあァァーーーッ!もう許ひひゃおかん!!ワガハイのキレイな歯をこんなにボロボロにひおって!このスカモン大王が!ブチ殺ひてやゆ!クソトカゲェェーーッ!』
スカモン大王を自称する巨大スカモンは、歯並びの良いキレイな歯が並んだ口を、一切動かさずにそう発声した。
くっ…さすがにこれは分が悪い。私は撤退を指示した。
「一時退却だみんな!撤退だ!マッシュモン、フローラモンを助けて!」
私はデジモンキャプチャーでデジタルゲートを開いた。
マッシュモンは、フローラモンを担いでデジタルゲートへ駆け込んできた。
「よし、マッシュモン収容完了!次、コマンドラモン!来い!」
私はコマンドラモンに指示を出す。
コマンドラモンも、デジタルゲートへ走ってくるが…
急に止まった。
コマンドラモンの目の前に、スカモン大王の右手のチョップが飛んできて、地面にめり込んだ。
凄まじい轟音だ。
コマンドラモンは、自分の直上にチョップが迫っていることに気付いたから止まったのだ。
『クッソ!もうちょっとで叩き潰せたものを!』
コマンドラモンはスカモン大王の手から遠ざかる。
『無駄だァーーーッ!ぶっとばしてくれるわ!』
スカモン大王は、左手を横に振り、コマンドラモンに思いっきりビンタした。
コマンドラモンは吹き飛び、地面をごろごろと転がる。
…あまりにも戦力差が大きすぎる…早くコマンドラモンをゲートに入れなければ!
私はデジモンキャプチャーをコマンドラモンへ近づけるが…
『させんわ!』
うぅっ、左手でデジモンキャプチャーのゲートを塞ぎやがった!
『ゲホッゴホッ…これで貴様は脱出(だっひゅつ)でひまい!ゴボッ…!』
相変わらずスカモン大王は口を一切動かさずに発声している。
や、やばいぞ…ゲートを塞がれるとは…!
このままではコマンドラモンを撤退させられない。嬲り殺しにされてしまう…!
その時。
「チビシュマーーー!!」
チビマッシュモン軍団が、スカモン大王の体を登り、眼球を攻撃し始めた。
目潰しをする気だ!
『うざいわあああ!』
スカモン大王はチビマッシュモン達を手で払い除けた。
ぼとぼとと地面に落ちるチビマッシュモン達。
『さて、まずはあのクソトカゲから…!ムム?あのクソトカゲはどこだ!消えたぞ!?』
なんと。
チビマッシュモンがスカモン大王に飛びついている間に、コマンドラモンが忽然と姿を消してしまった。
ゲートは未だにスカモン大王の手で塞がれているので、こちらへ逃げてきたわけではないようだ。
地面を見ると、コマンドラモンのヘルメットが落ちている。
だがコマンドラモン本体は見つからない。
どこへ行ったんだコマンドラモン…?
あまりにもフィジカルの差が大きすぎる。
これではコマンドラモンの体力が回復したところで、機銃や爆弾は効かないかもしれない。
奴に弱点はないのか…!
「なあ…すごくどうでもいいことなんだけどさ…」
カリアゲが呟いた。
どうした?こんな時に。
「なんであのスカモン大王、口を動かさずに喋ってるんだ?さっきは人語の発声には口や声帯を動かす必要があるって言ってなかったっけ…」
カリアゲ研究員の言葉に、メガがため息をついて答える。
「本当にどうでもいいな。腹話術でもやってるんじゃないのか」
腹話術…?
…まてよ。
さっきスカモン大王は、自分の歯並びのいい歯がボロボロになったと言っていたけど…
どう見てもスカモン大王の歯はキレイなままだよな。
メガはそれを聞き、眉間にしわを寄せる。
「そ、それが…?」
…そうだ!わかった!
スカモン大王は、あのでかい口で喋ってるんじゃない!
文字通り、腹の中から喋ってるんだ。
「腹の中から…!?」
メガは眉をぴくっとさせた。
そうだ!
スカモンはあのデカい体とまだ完全に融合しきってない!
外側のボディをパワードスーツのように着て、中に本体のスカモンがいるんだ!
「確かに…そうかもしれないな。だがどうするんだ?」
…まあ、そうは言っても。
あの金属光沢で黄金に光る硬化粘菌ボディに、付け入る隙など見当たらない…。
『クヒョトカゲエェ!どこへ消えたァァ!!』
スカモン大王は、我々のデジモンキャプチャーのゲートを左手でふさぎながら、きょろきょろとあたりを眺め回している。
チビマッシュモン軍団は、再びスカモン大王の体を登ろうとして足元に集まってくる。
『このぉ、ウザいぞ!キヒャマら祖先共は時代遅れなのだ!進化したワガヒャイこそが最新最強なのだああ!』
そう叫んだスカモン大王は、強靭な両腕でチビマッシュモン達を払いのけ、それらを叩き潰した。
『スカーッカッカッカ!クソキノコ共!まずはきひゃまらから撲滅ひてやゆぞォォ!』
コマンドラモンでさえ、一発あれを叩き込まれれば即死は免れない。
カリアゲは机をドンと叩いた。
「クソ!パワーが違いすぎる!こっちにもパワーがなくちゃ歯が立たねえ!」
…その時。
我々のもとへ、一通のチャットが飛んできた。
コマンドラモンからだ…!
内容は…?
『かめんに すべてを たくす』。
そのメッセージの直後。
地面に落ちているコマンドラモンのヘルメットから、コツン、と硬い音が鳴った。
ん…なんだ?
ガスマスクをよく見ると…
ピンがついたままの、コマンドラモンの爆弾が乗っていた。
そうか…!
コマンドラモンは今、光学迷彩で隠れているのか!
さっきまでは周囲にスライムデジモンがひしめいていたから、光学迷彩を使ったところで、踏んだスライムデジモンに感づかれて居場所がばれてしまう状況だった。
だが、スライムデジモンがすべてスカモン大王の装甲となった今…
光学迷彩で隠れることが可能になったんだ。
そうして今、我々に爆弾を一つ託した。一緒に隙を狙って戦うために。
だが、正直隙なんて見つからない……!
メガは歯を食いしばりながら、マイクを握った。
「コマンドラモン!マッシュモン!なんでもいい!強い姿に進化して、あいつらをやっつけてくれ!」
メガがそう言うが……、残念ながら、デジモンには「危機に陥った時、ちょうどいいタイミングで進化する」という身体機能は備わっていない。それは今までに観察してきた食物連鎖の結果を見れば分かることだ。もしもそんな力が標準で備わっているのなら、成熟期デジモンに捕食される成長期などデジタルワールドにいないはずだ。その場で進化するのであれば。
……だが、そうはならない。無力な者は強者の餌食になる。それが今までずっと見てきた自然の摂理である。
……自然の摂理?
まてよ。
その手があったか。
「キリヒラさん。ちょっとデジタルゲートのコントロールを借ります」
「いいが……何をする気だ?」
「クルエさん!さっきメガは、あなたのせいでこんな事態になったとクルエさんを責めた。だけど今……クルエさんのおかげで逆転できるぞ!」
「え……?私のおかげで?どういうこと……?」
戦場では、スカモン大王が右手でデジタルゲートを塞ぎながら、チビマッシュモンを叩き潰して暴れまわっている。
『クヒョトカゲ!どこだああ!!』
そう叫ぶスカモン大王の右手が……
突如、デジタルゲートの中からの攻撃を受けた。
まるで消防車の放水のような強力な水流だ。
『ぶひゃ!な、なんだああ!?』
やがて、デジタルゲートから、スカモン大王に負けないくらいの体躯を持つデジモンが姿を現した。ヌメモン系統の最強進化形態……モリシェルモンである。
『ぶへ!?な、なんだこいつぅぅ!?どっからきたんだ!』
私は覚えている。モリシェルモンの大好物が、マッシュモンの毒であることを。
ならば先ほど隔離チェンバーにたくさん閉じ込めた、マッシュモンと同じ毒を持つズルモン達を使って、熱帯雨林からモリシェルモンをおびき寄せれば!
スカモン大王に匹敵する戦力で、こちらも対抗できる!
モリシェルモンは貝殻にこもると、高速回転して、スカモン大王の硬い装甲にタックルをした。スカモン大王の表面に、メキメキとヒビが入る。
『ひ、ひえええええ!?』
モリシェルモンは、ヒビが入ったところへ噛みつき、装甲をかみ砕こうとしている!
『こ、こりゃかなわん!ひいいいいーー!』
その叫び声とともに、スカモン大王の口の中から、ボロボロな状態のスカモンが脱出してきた。ドスンドスンと両腕で逃げ回っている。モリシェルモンはそちらに見向きもせず、動かなくなったスカモン大王の外装をバリボリと貪っている。
「ゼヒー……、ゼヒー……。いったん、姿を、隠さなくては……!」
そうして身を隠そうとしているスカモンの前に……
コマンドラモンが、光学迷彩を解いて現れた。
大量に体力を消耗する光学迷彩で長時間姿を消していたコマンドラモン。体力はもう限界のように見える。
「ハァー、ハァーー…!くたばれ!クソトカゲぇぇ!」
スカモン大王は大きな口を開けて、コマンドラモンに飛び掛かった。噛みつき攻撃を放つ気だ!
「今だ!やれ!マッシュモン!」
私がそう指示をすると、コマンドラモンの前にデジタルゲートが開き……
中から半分身を乗り出したマッシュモンが、コマンドラモンから託された爆弾を投げ、スカモンの口に放り込んだ。
…直後、スカモンの口の中で、コマンドラモンの爆弾が爆発した。
「ゴッビャアアアアアアァァァァーーーーーーー!!!!」
爆風が止んだ。
スカモンは白目を剥き、口をあんぐりと開けている。
口の中からは煙が立ち上っている。
歯は全部吹き飛び、舌も千切れ飛んだようだ。
スカモンはピクリとも動かない。
…勝った…のか?
マッシュモンは爆発の衝撃で気絶している。
よくやったぞマッシュモン!
私はデジモンキャプチャーで、マッシュモンと、生き残りのチビマッシュモンを回収した。
コマンドラモンは、スカモンに向かって銃撃をしようとしたが…
エネルギーが残っておらず、弾切れのようだ。
大丈夫だ、コマンドラモン。無理にとどめを刺さなくても。
そいつはデジモンキャプチャーで回収して、隔離チェンバー内で標本にしてやる。
私は、デジモンキャプチャーをスカモンへ近づけた。
すると、そこへ。
先程スカモンの背中に乗っていたチューモンが、どこかから素早く走り寄ってきた。
な、なんだ…?
すると、なんと。
チューモンはスカモンの口の中に手を突っ込み、何かを引きずり出した。
それは……デジモンの体内に1個だけある器官、電脳核(デジコア)だ。
チューモンは、スカモンのデジコアを持ち、走り去っていく。
コマンドラモンはチューモンを追い掛けようとしたが、体力の限界が来たようであり、がくんと地面に膝をついた。
チューモンは、トンネル…インターネット回線の方へ向かった。
そして、内壁がスライムでびっしりと埋め尽くされたトンネルに飛び込んだ。
やがて、トンネルの内側にびっしりとこびりついていた粘菌達は、チューモンを包んでインターネット回線の奥へと引っ込んでいった。
…チューモンには逃げられたが、ともあれ…
我々は、スカモンに勝ったのだ。
やがて、モリシェルモンが完全にスカモン大王の以外を食い尽くしたあたりで、私はデジタルゲートを開き、その外へズルモンを数体出した。
モリシェルモンはそれにおびき寄せられ、外へ出ていった。
鉄鋼会社のサーバーに巣食っていたスライムデジモン達は完全に消え去った。
インターネット回線の中を圧迫し専有していたスライムデジモン達も、遠くへ引っ込んでいった。
ひとまず、危機は去ったのだ。
File22 継承
我々は、ランドンシーフの居住スペースで、フローラモンの様子を見ていた。
フローラモンの脈拍はどんどん弱まっていく。
何か治療を施してやりたいが、今の我々には、デジモンへの医療技術はない。
フローラモンの頭部の花は、急激に色を失っていった。
我々が見守っている中で…
フローラモンは、頭部の花を散らせた。
…そして、フローラモンの頭部は首からごろりと離れ、地面を転がった。
…フローラモンの脈拍が、バイタルサインが…
完全に停止した。
スカモンの駆除には成功した。
アマラン鉄鋼会社の社員達みんなから感謝された。
だが、勝利の代償として…
フローラモンは息を引き取った。
我々はどうすれば良かったのだろうか。
スカモンと出会ってすぐに、戦闘を回避してデジモンを全員引き連れて退却し、サーバーやネット回線を放置すればよかったのだろうか。
それとも…我々は最善を尽くしたのだろうか…。
どれだけ反省会をしても、フローラモンが息を吹き返すことはない。
哀しみに暮れる一同。
フローラモンを愛した大勢の研究員達が、涙を流していた。
今回の調査で、コマンドラモンやマッシュモンが、我々のために…
いや、見ず知らずの鉄鋼会社のために、命を懸けて戦ってくれた理由は何だろうか。
彼らには、スカモンと会ってすぐに逃走するという選択肢もあったはずだ。
彼ら自身には、命を賭してスカモンと戦わなくてはならない理由などなかったのだから。
もしも我々人間が何者かに、「見ず知らずの会社のサーバーを守るために、命がけで強敵と戦ってくれ。報酬は特にない」などと言われたら、言われるがままに戦うだろうか?
少なくとも私は、そんなことはできない。
自分の家族を守るためならともかく、赤の他人のために命を懸けて戦うことなどできはしない。
これまでデジタルワールドで、デジモン達の戦いを観察してきたが…
それらの殆どはあくまで、生存競争で己が生き残るためや、餌を手に入れるため…だった。
今回の戦いは、そういうものではない。
純然たる人助けの戦いだった。
ではなぜ、コマンドラモンやマッシュモンは戦ってくれたのだろうか…?
何が彼らの戦いの動機だったのだろうか?
少なくとも、「デジモンは命じられれば戦うのが当たり前」なわけがないのだ。
デジモンはロボットでも奴隷でも、ましてや正義のヒーローでもないのだから。
今回のスカモン戦で、いの一番に真っ先に動いたのは、戦闘能力が低いフローラモンだった。
花粉を使ってスライム達をおびき寄せて敵の戦力を削ごうとしてくれた。
それをきっかけにして戦闘が始まった。
私の個人的な推測だが…
コマンドラモンとマッシュモンは、フローラモンを守るために戦ってくれたのではないだろうか。
そしてフローラモンは、我々に喜んでもらうために、敵を排除し、勝利をプレゼントしようとしてくれたのではないだろうか…
恩返しのために。
そうだ。
マッシュモンが我々とコミュニケーションをとれるのは、フローラモンが彼らと心を通わせたいと願い、言葉を教えたからだ。
コマンドラモンがこれほど高度な対話能力を身に着けたのは、フローラモンが隣で一緒にお話をしていたからだ。
フローラモンは、今回の戦いではサポートに徹していたし、スカモン大王戦では何もできなかった。
戦闘力の低いデジモンだったと言わざるを得ない。
だがフローラモンは、「チームを結びつける」という、戦いを成立させるために最も重要なタスクを完遂してくれたのだ。
『心を通わせ、絆を結ぶ力』…。
それは時に、戦場ではいかなる武器よりも強大な力となり得るのだ。
これは奇麗事でもポエムでも、青臭い精神論でもない。
戦術論である。
古代中国の軍事思想家、孫武が書き記した有名な兵法書「孫子」では、戦いの最重要な5つの基本事項を「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、語に曰く法」と述べている。
そのうち最も重要とされている「道」とは…
「民の心を君主と一つにさせること」を指す。
フローラモンが我々にもたらしてくれたのが…まさにそれだ。
戦ってくれたデジモン達の活躍に、序列をつけることはできないし、やりたくない。
各々が自分にできる精一杯の活躍をしてくれたおかげで、勝利を手に入れたといえるだろう。
それでも、今は…今だけは…。
フローラモンに特別な感謝と、祈りを捧げたい。
そうしてフローラモンの遺骸は、ビオトープの一角に掘られた墓穴へと、コマンドラモンの手で埋められた。
…
翌日。我々は驚いた。
なんと、フローラモンの墓の土から、芽が生えている。
我々は、あまり気が進まないが…
フローラモンの墓を暴いた。
すると、さっそく芽の正体が顔を出した。
ニョキモン…
かつてフローラモンが産まれた直後と同じ姿のデジモンだった。
種子から芽が生えたような姿のデジモンである。
墓土の中には、フローラモンの頭部外殻の破片と、植物の種が真っ二つに割れたような殻があった。
…花とは、やがて果実になり、実をつけ、種を残す器官だ。
フローラモンは死の間際に、自分の頭部の花の中で種を…
ニョキモンのデジタマを遺したのだ。
まるで植物が実を落とすかのように。
我々は、フローラモンが遺したニョキモンを、大切に育てることに決めた。
数日後、ニョキモンは花のついた球根型デジモン…ピョコモンに進化した。
フローラモンと同じ幼年期デジモンだ。
そろそろチャットによる会話を教えてみようか…
すると、信じられないことが起こった。
「あるじ!あし はえた! また きたえて!」
…ピョコモンは、口を動かして人語を発したのだ。
これにはピョコモンの世話をしていたコマンドラモンとマッシュモンもぶったまげた。
まだ言葉を教えてないぞ…どうなってんだ!?
ピョコモンはさらに続けて喋った。
「ふろーら、うんこに まけた くやしい! うんと つよくなる! きたえて!」
…なん…だと?
このピョコモン、自分を『フローラ』と名乗ったぞ。
コマンドラモンは、ピョコモンにチャットを打った。
『おぼえているのか あの たたかいを』
「こまんど かこよかた!ふろーらも こまんど みたいに つよくなる!」
…
フローラモンは、ただデジタマを遺していただけじゃない。
頭部の中にある…脳を、記憶を。
肉体の死の間際に、デジタマとして切り離すことで、前世の記憶と自己同一性を維持したまま、幼年期への転生に成功したのだ。
誰も気にしていなかった。
「なぜフローラモンは、花が頭部なのか」などと。
そういうデザインなのだろう、程度にしか考えていなかった。
だが違う。
フローラモンには、こういうことができる身体機能が、初めから備わっていたのだ。
デジモンの生命力の強さは。
生存能力の強さは。
決して、白兵戦闘力だけを物差しとして測られるものではない。
一見弱そうなデジモンが。
誰よりも強い生命力を秘めている事があるのだ。
今起こったことは、奇跡だろうか?
否、違う。
デジタルワールドの激しい生存競争を生き抜いてきたフローラモンの祖先達が、遺伝子を研鑽し、鍛え上げ紡いできた生存能力。
それを受け継いだフローラモンが、自力で生き延びたのだ。
誰に頼るでもなく自力で勝ち取った勝利を、奇跡などと呼ぶことは、フローラモンの生命力に対する冒涜であるかのように私は思う。
ピョコモンは現在、コマンドラモンの指導のもとで、ハードなトレーニングを積んでいる。トレーナーを務めるコマンドラモンの表情は、どこか嬉しそうだ。
我々は、これからもデジモンを研究し、観察し続ける。
フローラモンが転生したピョコモンは、どんな姿へ進化していくのか?
ハッカーが従えるデジモン達は、どのように進化していくのか?
スカモンから脳を奪ったチューモンは、どこで何をしているのか?
…それだけじゃない。
ディノヒューモンの集落は、どのように発展していくのか?
熱帯雨林のデジモン達は、どのように反映していくのか?
…まだまだデジタルワールドは、デジモン達は、観察のしがいがある。
研究レポートのネタは尽きることがないだろう。
だが。
我々はいったん、ここで一区切りをつけるとしよう。
これまで我々の研究報告を聞いていただいたことを、深く感謝したい。
またいつの日か、我々の研究報告を聞いてもらう日が来るかもしれないし…
もうその機会は訪れないかもしれない。
だが、それでも我々は、この世界でデジモンの観察と研究をし続ける。
まずは今回の報告会で発表した研究成果について、皆様に楽しんでもらえたのなら、とても幸いだ。
それでは、皆さん。
またいつの日かまた会おう。
ノベコンお疲れさまでした!
感想を配信で喋らせていただきましたので、リンクを下に貼っておきます!
https://youtube.com/live/J_ydKSMlVGU
(2:30~感想になります)