※フィクションと捏造・妄想しかありません。
◇
暗い闇だ。
上も下も、前も後ろも分からぬ泥濘に身を委ねている。
時間を認識できなくなり久しく、快とか不快とかを通り越した無の境地。
ふと、目覚めた時に浴びた眩い光をおもむろに思い出す。
あの時は確か、デジタルワールドではない世界、ソトからニンゲンがやってきたのだ。
あからさまに正義感の強そうな黒髪の少年と、眩く輝く純白の装甲の聖騎士が目を覚ました自分を御しに来た。
随分と感情が激しく突き動かされた。
激痛と激情に身を委ねた。
そして、自棄に近い野望を打ち砕かれた。
しばらく動く力もない。
今は再び虚無と呪いのデータの泥濘で大人しくじっとしている。
なのに。
「誰だ、お前は」
どぶん、と泥濘に誰かが侵入した。
自棄の安息に。
丸めていた背を伸ばして、鉛のように重たい瞼を開ける。
「私の場所だ、私の場所に入ってくるな」
自分と同じくらいか、多少大きい。
悪意は感じないが、嫌悪感が凄まじい。
二重螺旋の腕を伸ばし、侵入者だろうその肉体を引き裂いた。
小さな組織がブチブチと引きちぎれるような感覚。同時に、粟立つような悲鳴が暗闇に響き渡る。
その悲鳴が、侵入者自体のものでは無いのは明らかだった。
闇の中溢れ出す、ニンゲンやデジモンの形をしたデータ。
凄惨な悲鳴や断末魔を上げながらデータ崩壊していくイキモノだったものたちの怨嗟が、身体にじわじわと染み渡っていく。
かぁ、と臓腑から沸き上がる激情が次々と二重螺旋の腕を伸ばした。
目の前の侵入者を赦してはならぬ、許せないと。
「"デスクロ……」
「待ちたまえ」
憎しみを込めた爪を伸ばそうとした手を、小さすぎる手が寸のところで止める。
「やあ、ごきげんよう。目が覚めたら凄い場所に来てしまったよ」
ヒトガタをしたデータが、爪に優しく触れながら語りかけてきた。
その間にも、魂をたらふく溜め込んだ侵入者が更にこの先の奥深くへと身を沈めていく。
「貴様、何をしたか分かっているのか」
「ああ。泳がせた。これは君1人でどうにかする相手じゃない。にしても困ったね。ここまで深く潜られたのか。フフ、いやあ嫌という訳じゃない、1回来てみたかったんだよ。根の国。イメージ通り陰鬱な感じで良いね」
◇
突然現れた電脳体は、怒りを顕にしても、意に介さずと飄々として、攻撃をしてもヒラヒラと身軽に攻撃を交わしてしまう。
その電脳体はお構いなく二重螺旋の腕を伝いながらふわふわと近づいてくる。
暗闇に光の軌道を残す。
「やあやあ、なかなかどうして美しいじゃないか。電脳体になれば夏の夜の蛍。君はご存知かね、こうして漆黒に舞うわけだ」
「……」
他のデータ達は無惨にも断末魔や怨嗟の声を上げながら消えていったというのに、こいつはなんだ。
随分とこの状況を楽しんでいる。
「ああ、悪いね。今のはなにか、なぜアレがここに来たのか、どうして私が生きているか、知りたいというとこだろう。安心したまえ。それはおいおいゆっくり話すつもりだ」
「……」
「とりあえず、君は……私のことは多分覚えてないだろうね。まあそれでいい。しばらくここでゆっくりさせてもらうつもりだが、君は1人時間が大切なタイプだろう?なら多少君に協力してもらうが考えはある」
「……よく喋るな……」
肩に悠々と腰掛けた電脳体はツラツラと澱みなく言葉を紡ぐ。
悪意もトゲのない、なんともふにゃふにゃとした柔らかく、しかもオブラートを被せまくったような真意を隠すような言い回し。物量も含めて、ゆっくりと頭を抱えた。
「まあね。よくおしゃべり好きだと言われる。で、私は君のことは知っているがすまないが名前を失念してしまってね。教えてはくれないかね。しばらく世話になるからね」
「……何が目的だ」
「OK、では仮に……道敷の大神よ。目的……私は先程のバケモノに食われた訳だが、元々はアレを倒す為に仕事をしていたのさ。私達はアレを"ストレンジャー"と呼んでいる。」
電脳体はふわふわと宙に浮き、かざされた手の上に優雅に腰掛ける。
「ストレンジャーはデジモンや人間を食らうデータ生命体。
まあ生きるために食べる生物みたいなもので、悪意なくそれを食らう。過去には似たようなものがDWに台頭したらしいが、その辺はロイヤルナイツがどうにかしたらしい。いやあ騎士様ってのは凄いね。
だが今はRWとDWが繋がった社会故に見過ごせなかったわけだ。
……まさかあんなデカいのが親玉だったなんて。あっという間に電脳化した精神体を持っていかれてしまってね」
やれやれ、と肩を竦める。
「なぜアレが道敷の大神の領域に入ったかは分からないがね、恐らく君も知らないなにかがそこにあるはず……。君も住処を荒らされるのは癪に障るだろう。だから止めてやるのさ、息の根を」
「……だが、私1人ではどうこうできぬ、と言っていたでは無いか」
「そう。だが味方を引き入れるには場所が悪すぎる。ここは基本一方通行だろう?しかもこの場所を知っているのはかなり限られた人間だけだ。私はここから戻ってきた貴重な人材を知っているが、残念ながら連絡手段がない」
空中で胡座をかいたままふわふわと揺蕩う電脳体を、金の瞳だけが追う。
さっきから何やら自分のことを知っているだろう口ぶりの電脳体は何を考えているか、何が真意なのかは言葉だけでは分からない。
普段なら敏感に察する悪意すら感じないのだから。
ここであっさりかき消して、自分の養分にしても良いのだが、何故だろうかその気は起こらないのだ。
「そうだ!なんか騒動起こせばいいんだよ。君、君。私が全責任を負う、何かしら外側に向かって色々騒動起こして揺さぶりをかけてやろうじゃあないか」
「……は?」
大名案!とばかりに発された意見に、思わず口から疑問の色が飛び出す。
電脳体は深く頷いて満足気ではあるが。
「貴様私の安寧を荒らそうと言うのか?!」
「逆にだ、この先の奥深くに君すら呑み込む可能性がある存在がいるのは不安要素じゃないかね?君は道敷の大神だ、忘れられ棄てられたものたちの終着点。それすら消されても良いのかい。恨みを晴らせず消えていくのは」
「うぐ」
体の中がぞわりと粟立つような震え。
忘れられたくない、我々はここにいる、と体の中で騒ぎ立てるような高揚。
胸を押さえ、俯く姿に電脳体はそっと寄り添うように体をつける。
「彼岸のもの同士仲良くしようじゃないか。なあ、道敷の大神よ。私が君を守ろう。君の安寧を導こう。私なら上手くやるさ、この手を取ってくれまいか」
小さな手を差し伸べられ、優しく囁かれる。
「……貴様、人たらしとか言われないか」
「よく言われるよ、子猫ちゃん達にね」
鋭いつめを優しく握りしめる電脳体は、顔がないのに微笑んだような気がする。
「…………アポカリモン」
「私はツクモ。終わりの手前の99。仲良くしてくれたまえ」
しばらくとろとろと眠るのはできない。
アポカリモンは電脳体……ツクモを肩に乗せて闇の中を浮上した。
◇
道敷大神【チシキノオオカミ】
根の国(黄泉の国)の神・伊邪那美命の別名。
道敷の大神って確か……とググろうとしたら解説が付けられていたのでした。夏P(ナッピー)です。
んー、これは冒頭の描写の時点でアポカリモン、と思ったのですが、口にしかけた「デスクロry」がどう考えてもデスクロウだったので、もしやデビモンなのかと思いましたが、最後まで読み進めるとやはりアポカリモンだったのでした。ここで改めて、そーいやアポカリモンの腕ってデビモンだったのか……と気付く次第。
九十九(ツクモ)は名前からして付喪神から取ったツクモでしょうか。もしくは無数、数多という意味での八百万を意識した九十九か……? 人を食ったような言動からして「お前は何なんだ!?」と思うのは必然でしたが、むしろそんな本人が既に食われとるというブラックジョーク。電脳体を喰らうという特性からして、ここで語られているストレンジャーというのは、イーターかあるいはデ・リーパーみたいな存在ということでしょうか。
ここの“私”がアポカリモンであることを踏まえると、ツクモの台詞は結構な地雷だったように感じますが、“自分”自身にも何かしら思うところがある故の反応だったのだなと最後まで行ってから少し戻って読み返すと実感したのでした。
ロイヤルナイツが何とかしたとは言いますが、あの最初に描写された人間と聖騎士って……? このツクモの言動を改めて見直してみなければと思うのでした。「私のことは覚えていないだろうね」とは一体……?
それでは今回はこの辺りで感想とさせて頂きます。