その男は、少女に何でも欲しいものを与えてくれた。
知りたい事を、何でも教えてくれた。
もっと速く。もっと前へ。いつだって少女を置いて行く事が出来た筈なのに。必ず隣に並んで、歩調を合わせて。少女の手を引いて歩いてくれた。
たまたま少女が口に出して願わなかっただけで。
それは、我が儘以外の何だったと言うのだろう?
「マスター、戻ってきて下さい……! 私、今度こそ、今度こそ……言う事を、聞きますから……。もう二度と、マスターの命令に逆らいませんから……!」
だから、良い子になろうと思った。
「行かないで下さい」
もっと良い子になれば、彼は「こんな真似」をしなくてもいいと。
「行かないで下さい……置いていかないで下さい……」
ただただ、祈った。懇願した。
「『お兄ちゃん』……!」
―――そんな我が儘を……言わないで、下さいよ。
残された鏡の盾が、泣きそうな声でそう応えた気がした。
*
「……」
「おはよう! 突然だがハンバーガーをお食べ」
「もがあ」
起き抜けに、三角は馬門によってハンバーガーを口に突っ込まれた。
「馬門ッ!!」
通知音もそこそこに、名城の怒号が響き渡る。
「何をやっているんです!? 三角が喉を詰めたらどう責任を取る気なのですかッ!?」
「ばうばう!」
三角の隣で丸まっていたらしいバウモンも、名城に同調して吠え立てる。だが、当の馬門はどこ吹く風だ。
「データの塊なんだから、その時はそちらからハッキングして分解すればいい話だろう? ランサーのハンバーガーの効能は、ボクやアサシンを見ての通りだ。善は急げと思ってね」
「え、えっと……ありがとうございます? おいしいです」
「三角、三角。とりあえずで礼を言うのはおやめなさい。今からなんとかしてリソースを回しますから、紋章を使って爆散させるべきですよコイツ」
「ばう……」
「はいはい、ラタトスク所長代理ともあろうものが、ワタシの紋章の私用兼悪用兼無駄遣いを人類最後のテイマーに発案するのはよしたまえ」
ワタシから説明しよう、と、興奮気味の名城とまるで悪気を感じない馬門を制して、テディちゃんが通信用に展開した画面に躍り出る。
「時刻は午前10時過ぎ。ライダー・風峰冷香との戦闘終了後、キミは極度の疲労で気を失っていたのだよ」
そうだったんですね、と、一先ず口元からハンバーガーを下ろした右手を見下ろす三角。
手の甲からは、紋章の模様が1画、雑に消しゴムをかけたかのように消え去っている。
シフにさぞかし心配をかけただろうなと、彼は小さく息を吐いた。
「とはいえバイタルに問題は無いよ。文字通り、緊張の糸が切れただけ。……よく頑張ったね、三角」
「いや、俺は……」
「謙遜する事は無い! このイリアスの大天才・テディちゃんからの褒め言葉だぞ? 心から受け止めたまえ!」
若干引き笑いではあったが。ここでようやく、本当の意味で三角の緊張が解けた。和やかな雰囲気と共に、勝利の実感が湧いてきたのだ。
たった一歩でも、相違点の修復に向けて前進した、と。
「とはいえ味方エインヘリヤルの損傷はそこそこ大きくてね」
「! みんなは大丈夫なんですか!?」
「そこは見ての通りだテイマー。ほら、かすり傷一つ無いだろう?」
馬門が白衣の袖をめくる。
そこには真っ直ぐな切り口の跡が、くっきりと残されていて。
「……あの、馬門さん」
「いっひっひ。安心してよ、これはただの、氷のスピリットに適合するための手術の痕。『デジモンプレセデント』敵陣営流ジョーク」
「あなたマジで黙ってて下さい」
「ばうぅ」
名城とバウモンに本気のトーンで吐き捨てられて、軽く肩を竦めてから脇に引っ込む馬門。
こほん、と咳払いを挟んで、テディちゃんが続けた。
「特にアサシンの負傷が酷かったんだが……キミが今し方口に突っ込まれた、エビバーガモン・バーガモン姉妹のハンバーガーのお陰でね。もはや心配は要らないレベルでピンピンしているよ」
「ハンバーガーで?」
「ハンバーガーとは言っても、その実態はエインヘリヤルがリソースを変換したもの。見ての通り彼女達は戦闘に特化したエインヘリヤルでこそ無いが、代わりに類い希なる回復の力を持つらしい。少なくとも彼女達自身が、ハンバーガーとは食べたものを幸せに―――心や身体に癒やしを与えるものだと、定義付けているのだろう」
身も蓋もない言い方をすると、高性能の回復(リカバリー)プログラムだね。とテディちゃんは続けたが、馬門に突っ込まれた分の続きに齧り付いていた三角には、たとえデータの塊だとしても、温かくて、柔らかくて、優しい味がして。
「ボクらの『親』も見習った方がいいよね、その辺」
「その点は完全に同意ですね」
「……」
ここに来て意気投合する馬門と名城。
そういえば、『デジモンプレセデント』の作者の別作品には「碌でもないバーガモン」がいるんだっけか。本当に、あんなに可愛らしいデジモンをどうやったら碌でもなくできるのか。聞きたいような、聞きたくないような―――等と、思考を巡らせ首をかしげる三角に、ずい、と馬門が身を乗り出した。
「そういう訳だから、そのハンバーガーを食べればキミの体調はおおよそ万全! 何より食べる元気があるなら心配は無いって事さ」
「だからって起きがけに食わせる奴はいないのですよ普通」
「残念、ボクってば読者公認のマッドサイエンティストだからね! 第一フツーのキャラクターはエインヘリヤルになんてならないのさ。……と、そろそろここらで、閑話休題」
不意に馬門が表情を切り替える。それでも半分笑ったような顔つきをしているが、それは単に彼の口角が元々上がっているからで、これでいて笑っている事の方が珍しいのだと、そろそろ三角も悟り始めてはいて。
「実のところ、状況はあんまり芳しくは無い。なんたって、デビドラモン経由でボクらの居所はバレたも同然だからね」
ただ、と彼にしては神妙な面持ちで、馬門は更に続ける。
「闇の闘士がライダーから情報を入手したらしいのと、ボクらからも行動方針について提案がある。……ようは作戦会議ってワケだ。寝起きのところ悪いけれど、応接室に来てくれるかい? テイマー」
「ちゃんとした用があるならなおの事寝起きの人間の口にハンバーガー突っ込むんじゃ無いですよ」
根に持つタイプだねと馬門が軽薄に笑う。
とはいえ三角に馬門の提案をはね除ける理由は無い。むしろ味方エインヘリヤル達を待たせすぎたくらいだろうと、ベッドから跳ね起きた三角は急いで身支度を調える。
「ところでさ」
そうして、バウモンを抱えて部屋を出た三角に、先導する馬門が不意に問いかける。
「? はい」
「「お兄ちゃん」って呟いてたけど、キミ、お兄さんがいるのかい?」
「そう……なんですか? 俺、一人っ子なんですけど」
「そうなんだ。ボクと一緒だね! ……え、じゃあ何で?」
恐らくは、と、首をかしげる三角達に、再び通信機越しに口を開く名城。
「三角。あなた、闇の闘士―――京山玻璃と契約を交わしたでしょう」
頷く三角に、名城は続ける。
「テイマーとして、彼女の『物語』を追体験したのかもしれません。わたくしに経験はありませんが、夢の中でもパートナーと一緒、という体験。案外多いらしいですから」
当然、パートナーデジモンのいない三角にも、そんな経験は無い。
だから、そもそも夢の内容をぼんやりとしか覚えていない三角には、確かな事は何も言えなくて。
「へえ、テイマーとエインヘリヤルも、なかなか興味深い関係にあるんだねぇ」
そんな中、一緒に話を聞いていた馬門だけがにやりと口角を更に持ち上げる。
名城が呆れたように溜め息を吐いた。
「言っておきますが。……そして三角も覚えておいて下さい。エインヘリヤルとの契約は、いくらリソースがラタトスク持ちだとは言っても負担がかかります。もし更なる契約を交わせたとしても―――しかもこれ自体も、理論上、です―――今のあなたでは、あと1騎が限界です」
無茶をしないように、と三角には釘を刺し、
あなたに割く枠は無いと、馬門には忠告する名城。
「心配しなくても、そこまでは望まないよ」
いっひっひ、と。馬門はまた、笑ったような声を上げる。
「ボクの見るような夢なんて、なーんにも見所は無いからね。そんなつまらない真似はしないとも!」
*
「先輩! ……ああ、良かった。おはようございます」
三角が部屋に入ってくるなり、ほっとした表情を浮かべるシフ。程度の差はあれ、エインヘリヤル達の反応は似たり寄ったりだ。
心配をかけてごめんねと、三角はその場の全員に頭を下げた。
「いえ、……こちらこそ、無茶をさせてしまった事、どうか謝罪させてください」
「そんな。ランサー……ううん、玻璃が頑張ってくれなかったら、俺達、きっとライダーには勝てなかった。……ありがとう、玻璃。俺達を守ってくれて」
もちろんみんなも、と、三角が改めてエインヘリヤル達を見渡せば、エビバーガモンとバーガモンはにこりと笑い、糞山の王はにやりと口角上げて軽く片手を上げ、神原ヒトミは僅かに唇を尖らせて目を逸らしたが、その隣ではギギモンがぱたぱたと尻尾を振っていて。
そうして―――玻璃もまた、僅かに唇の片側を持ち上げるようにして、微笑んだ。
「さて」
それぞれの無事を確認し終えたと見て、馬門がテーブルの前に立って音頭を取る。
「……何故貴方が進行役を務めようとしているのですか、馬門」
「紛いなりにも年長者だからね! ふざけないから、そんなこわ~い顔しないでよ闇の闘士」
「もはや貴方の存在自体がふざけきっていますが。……仕方ないですね」
言ったところでどうにもならないだろうと、不本意だけは隠そうともせず玻璃が身を引く。
改めて、ぱん、と馬門が手を叩いて、注目を集めた。
「まずは、敵陣営のライダー撃破について。これは快挙と言えるけれど、良いことばかりじゃ無い。恐らくボクらの拠点や構成が「向こう」に知られてしまったし―――アサシン」
「へーい、大王さまだヨ! 引き続きベヒモスくんが引きこもってて俺様も大公爵も大・困・惑! ようするにぃ、引き続き俺様、能力値が低下したまま、顔だけ星5ランクの超大当たりエインヘリヤルで~す!」
「……えっと」
困惑する三角に、そういやサマナーもといテイマーにはまだ説明してなかったっけかと、一転して糞山の王は比較的真面目な調子でライダー・風峰冷香と戦った際の所感を口にする。
風峰冷香の異常とも言える騎乗スキルによって、乗り物の特性を持つベヒモスが魅了されてしまっていた事。
その「乗り物」が働かないがために、竜を駆るアスタロトもまた動けないという事。
「糞山の王さんの世界では……えっと」
「その辺は言っちゃっていいヨ」
真名を隠している彼に目配せするシフに、説明を許可する糞山の王。
ありがとうございます、と小さく頭を下げてから、シフは続けた。
「糞山の王さんの世界では、デジタル・モンスターとは、神話の存在が様々な形で融合したものとして描写されています」
「神話の存在が……融合?」
「例えば……作者の方が以前例として挙げていらした、カオスデュークモン。カオスデュークモンは、『ニーベルンゲンの歌』という叙事詩に登場する龍殺しの英雄・ジークフリートの剣と同名の魔槍『バルムンク』と、ギリシャ神話の怪物姉妹の名を冠する魔盾『ゴーゴン』を所持しています」
「私自身も良い例だ。ゴーゴンの眼(アイオブザゴーゴン)を持つ、吸血鬼の王――かの作者には、是非とも私の解釈を聞かせてもらいたいところだ。……と、そんな私情はさておき」
デジモンには、往々にしてそういうところがある。と、グランドラクモンがシフの説明を引き継ぐ。
「ようするに、デジモンのそういったちぐはぐさを「神話の存在の融合」と説明付けた作品が、アサシンの出典という訳さ。……解ってくれたかな」
「えっと、なんとなくは」
神話の存在が融合している。
スケールの大きさに戸惑いはあったものの、シフやグランドラクモンの例を踏まえると、三角には腑に落ちる部分もあって。
「つまり、大王様はベルゼブブ・アスタロト・ベヒモスが融合したデジモンで、アスタロトとベヒモスが向こうのライダーの影響で力を発揮できなくなってる、って思ってたのが――」
「そ、全然解消されてないワケ。ライダーのリソースを回収できりゃあ力を取り戻せたかもしれねエが、アイツ、自爆でデータを吹っ飛ばしやがった。……クレバーだが、ガキがやる戦法じゃねぇっつーの」
「……」
肩を竦める糞山の王。相変わらずノリは軽いが、彼自身も困惑しているのだろ。僅かにではあるが、寄せた眉間に焦りが感じられた。
そんな彼の焦燥はもちろんの事、自分よりもずっと幼い少女が簡単にそんな選択をして見せた事実を思うと、気がつけば三角も表情を歪めていて。
彼女の出身作だという『デジモントライアングルウォー』とは、どれほど恐ろしく壮絶な物語なのだろう、と。
とはいえ感傷に浸っている場合では無いと、あくまで冷静に。観測者として名城が、空気を切り替える合図の代わりに、ふむ、と、宙に展開されたモニターの中で左手を口元に添えた。
「封じられているのがあくまでベヒモスだけ、というのであれば、巨獣に特攻を持つエインヘリヤルが、敵陣営に他にいるのかもしれません。小さき者が巨大な相手に立ち向かうというストーリーは、オーソドックスといえばオーソドックスですから。捉え方次第では、スキルや宝具でベヒモスを封じられる可能性がある。こちらでも、該当しそうな物語の登場人物がいないか調べてみましょう」
「ん、ヨロピク」
「それと念のため、向こうのバーサーカーの出典も洗い直しておきます。元々何をしでかすか解らない作品の主人公ですし、何よりあのマンモンは―――」
「向こうのバーサーカー?」
さも正体が判っているかのような言い方に、ふと我に返った三角が首をかしげる。
「ああ、順番が前後しちゃうけど、これはいい知らせのひとつだよテイマー。ダスクモンが連れていた2騎の真名が判ったらしい」
「と言っても、キャノンビーモンもマンモンも、物語の登場キャラクターとしては珍しい部類ですからね。今まで判らなかったというより、伝えるタイミングが今になっただけというか」
逢坂鈴音 出典『X-Traveler』
主人公の最初の協力者であり、知識欲の塊の女子大生。
ゲイリー・ストゥー 出典『Everyone wept for Mary』
本作の主人公であり、絵本屋と呼ばれる薬の売人。
なお、『Everyone wept for Mary』の作者は『デジモンプレセデント』と同じである。
「『X-Traveler』……」
「? 先輩、ご存知なのですか?」
「あ、いや。タイトルと、1人だけ、ちょっと知ってるキャラクターが」
「? 1人だけ?」
「一先ず作品談義は後ですシフ。……詳細は後ほどデジヴァイスに送信しておきますが、2騎ともかなり強力なエインヘリヤルであると予想されます。連れているのが完全体とはいえ、油断はしないで下さい。エインヘリヤルの世代差なんて、正直なところあまりあてにはなりませんから」
「そーそー。昨日だってぶっちゃけボクよりエビバーガモン達の方が活躍してたしね!」
「それはあなたが弱いだけです」
「姉さんは、やるときはやるエビバーガモンなのよ! 甘く見ないでよね!」
「あ、いや、間接的にあなた方を弱いと言った訳では……はい、すみませんでした」
名城とバーガモンのやりとりに一瞬和んだものの、アーチャーとバーサーカー――逢坂鈴音とゲイリー・ストゥーとの力量差は、邂逅時に思い知らされている。
絶対に油断する事はしないと、三角は改めて意志を固めた。
「それで、アサシンの事情と、敵陣営のエインヘリヤルの情報の次は……うん、闇の闘士。キミがライダーから聞いたって話、もう一度テイマーの前で話してくれる?」
話を振ってきた馬門にジト目で応じつつ、すぐに玻璃はテイマーの方へと向き直った。
「冷香は最後に、とあるエインヘリヤルの情報を教えてくれました」
「エインヘリヤルの情報?」
「「この相違点にはもう1騎、『かわいい妹エインヘリヤル』がいるわ」と」
―――寂しい思いをしているようだけれど、私達のBOSSですら静観を決め込む程度には、超特級の問題児エインヘリヤル。
―――でも1人の『お姉ちゃん』として完全には見過ごせないから、私が『彼女』を最後に確認したポイントを伝えておくわ。お人好しのシャッチョさんにだけ特別アルヨ。
風峰冷香の台詞を一言一句、至極真面目な表情で再生する玻璃。
「正直、罠じゃ無いかなとボクは思っている」
馬門は真顔でそう口にした。
「……」
「そんな顔しないでったら、闇の闘士。そりゃ、直接対峙したキミにしか判らない部分もあるだろうけれど、常識的に考えて、自爆が出来る敵の言葉なんて信用に値しないだろう?」
「貴方の口から常識という単語を聞ける日が来るとは思ってもみませんでした。……とはいえ、腹が立つ事に真っ当な意見です。……私自身、何故冷香の提案をテイマーに開示しようと思ったのか、信じられない程度には」
「でも、玻璃さんが信じてみようって思ったなら、会いに行ってみてもいいんじゃない?」
そう意見を投げかけたのは、今まで黙って話を聞いていたヒトミだった。
「ヒトミさん?」
「べつに、鋼の闘士がそう思ったなら、そういうものなんじゃないかって思っただけ」
「……私は」
「ちゃんとその『盾』を使えたんだもん、もう「言い訳」はナシ。わたしとギギモンが知りたいのは、玻璃さんがそのエインヘリヤルに会いに行くか、行かないか。その判断だけ」
玻璃が目を瞬く。てっきり嫌われているとばかり思っていたヒトミに自分の意見を肯定されて、逆に戸惑っている風だ。
「えっと、ヒトミちゃんに乗っかる訳じゃ無いけど、俺もそのエインヘリヤルに会いに行ってみてもいいと思う」
「三角?」
「向こうのライダーはすごいエインヘリヤルだったけど、玻璃が「戦いたくて戦ってる風には見えなかった」って思ったその判断が嘘だとは思えないし、それに」
三角は、紋章を1画切った右の拳を、左の手の平で包んでぎゅっと握りしめた。
「仮にそれが罠で、敵が待ち構えていたとしたら―――それは、いつかは戦わなきゃいけない相手だから」
「先輩……」
「……」
数日前からは想像も出来ないような顔つきで、三角は自ら契約を結んだランサー・京山玻璃を見据える。
真の意味で、「戦う事」を覚え始めた人間の顔。
……最も、画面の向こうで彼らを見守る名城には、それが好ましい顔つきだとも、とてもそうは思えないとも、指摘することなど、出来はしなかったが。
「……私は、冷香の言葉を信じてみたい、です」
「じゃ、決まりだね」
とはいえ、と、改めて馬門が机の方に身を乗り出す。
「こっちからも提案がある。っていうのは話しただろう? これも、ひょっとしたら味方になってくれるかもしれない人物についての情報なんだけれど」
カジカPって言えば分かるだろう? と、馬門の続けたその名前に、シフと玻璃が同時に顔を上げる。
「カジカPさん!?」
「馬門、カジカPがどこにいるのか知っていたのですか!?」
「ピノッキモンさんが残しておいてくれた情報に、カジカPっていうか、水のスピリットの現在地が、まあ、ざっくりとだけど。……いや、隠してた訳じゃないんだって。作戦会議は夜が明けてからって、それは最初から決めていただろう? その時に話そうと思っていたのさ」
「貴方は……本当に……」
言いつつ、玻璃の語調からは若干棘が抜け落ちているように感じる三角。
闇の闘士と氷の闘士が言葉を交わしている間に、カジカPとはデジモンプレセデントの主人公の1人だと、シフが簡単に三角や出身の違うエインヘリヤル達に説明する。
「彼はエインヘリヤルですらない一般人。戦闘も全然得意じゃないけど、ボクと違って人の心が解るヤツだからね。仲間に引き入れられれば、ひょっとすると「向こう」にいる『デジモンプレセデント(ボクらの物語)』の主人公達と、何らかの交渉ができるかもしれない」
最悪カジカP本人がいなくても、水のスピリットは回収できるしね、と、馬門。
「ハイリスクハイリターンと、ローリスクフツーリターンってところ!」
どうする? テイマー。と、馬門は三角に問いかけた。
「両方……は、難しいですか?」
「それは向こうのご機嫌次第!」
「手分けするのはどうだい?」
提案は、グランドラクモンから。ううん、と馬門が首を捻る。
「戦力が分散する点は?」
「それは間違いなく懸念事項ではある。ただ、大所帯よりは素早く動けるというメリットもあるにはあるとも」
「まあ、ボクは年長者ってだけで、こういう作戦立てはキミ達ラタトスクの方が得意だろうしね。勝算があるなら、異を唱えたりはしないよ」
じゃあ、チームを分けるとして、と。
名城がモニターを切り替え、それぞれ「妹エインヘリヤル」と「カジカP」と書かれた枠を表示する。
「まず、三角とシフは同チームで。これは確定です」
「そうですね。先輩のお側を離れるわけにはいきませんので」
「ボクと闇の闘士は分かれた方がいいだろう。それぞれの行き先の提案者ってのもある」
「では、私が冷香の言っていたエインヘリヤルを探索し、カジカPのところへは馬門が案内する、と」
「わたしとギギモンが一番強いんだから、テイマーのところにいたほうがいいんじゃない?」
「ンじゃ、一応戦闘できる組の俺様は、違うチームに入った方が良いか。それに、ベヒモス以外のアシなら動かせる。騎乗持ちの旦那ともバラけとこう」
「わたしたちはどちらでもいいですが……知らないエインヘリヤルさんと仲良くなるなら、わたしたちのハンバーガーが、きっとお役に立てる筈です!」
「姉さんのハンバーガーは世界一だもの! きっとよろこんでもらえるわ!」
と、相談の結果。
・妹エインヘリヤル
玻璃
糞山の王
エビバーガモン&バーガモン
・カジカP
三角
シフ
馬門
ヒトミ
との並びが、モニターに表示される。
「俺、玻璃さんと一緒じゃ無くて大丈夫なの?」
「心配には及びませんよ、三角。もちろん出力は若干低下する可能性がありますが、それでも昨日までよりもステータスは大幅に上昇していますので」
「それに、紋章にはエインヘリヤルの転移機能もあると教えただろう? 1画を必要とする以上、使用は緊急時に限るけれど、万が一の場合は京山玻璃だけでも呼び寄せる事が出来るんだ」
あと、流石に「ハイリスク」の方に三角とシフを連れて行ってもらうのはね。と、紋章の機能説明と共に補足するテディちゃん。
ご心配なく、と、玻璃がもう一度繰り返した。
「私は、ヒトミさんと貴方が背中を押してくれただけでも、既に十分、心強く思っていますから」
「……。……ヒトミでいいよ。敵のライダーが呼び捨てで、わたしがさん付けなんて、ちょっと変でしょ?」
「あ……それは失礼しました。では、以後はそのように」
テイマーをよろしくお願いしますね、ヒトミ。と。玻璃が唇の片側を持ち上げて微笑みかけると、ヒトミは表情を変えないまま頷いて、彼女の膝の上のギギモンは尻尾をぱたぱたと振って応えた。
「よし、そうと決まれば準備を始めよう!」
馬門が立ち上がる。準備? と三角は出入り口に歩いて行く彼を目で追う。
「決まってるだろう?」
「お弁当作りです!」
「お弁当作りよ!」
その後に、ソファからぴょんと跳ねたエビバーガモン達が続いた。
「ちょっとのんきすぎない? ―――って、あっ、ギギモン!」
ヒトミの膝を飛び降りたギギモンが、先に駆け出していたバウモンの側に並ぶ。ヒトミも、慌ててその後を追った。
肩を竦めつつからりと笑って、糞山の王もその後について行く。
三角はシフと、そして玻璃と顔を見合わせて、それから思わず、微笑み合った。
*
「……それで、ライダーを敵陣営に単騎で送り込んだのですか」
「だって、遅刻してきたんだもん」
何か文句ある? とふてくされたように唇を尖らせるのは、ダスクモンの姿を解除した京山玻璃。
怒っているわけではありませんよ。と、彼女の兄―――スーツの男は、すぐに妹に向けて、優しく微笑みかけた。
「エインヘリヤル達は貴女の駒。好きに扱う権利があります」
「でしょう?」
「ただ、玻璃。貴女がゲームのつもりで彼ら彼女らを動かしているのなら―――貴女が勝利という楽しみを味わうために、時に我慢強く慎重な一手を打つ必要もあります」
「……」
「貴女が「負けて悔しい」なんて思いをしないためにも、『ラタトスク(奴ら)』に何かを仕掛ける際は、ワタクシに一言相談してください」
「んー……」
「それに、貴女の言うとこの『虫』の処理を、可愛い妹にやらせる訳には―――」
途中まで言って、ふと振り返るスーツの男。
部屋の壁際には、黄色いカーディガンを羽織った女子大生―――アーチャー・逢坂鈴音がもたれ掛かっていて。
「……すみません。悪気があっての言葉選びでは無いのです」
「ソウイウノイイカラ」
君達は似たもの兄弟だね。と、キャノンビーモン―――アハトの台詞とは正反対に、笑って返す鈴音。
玻璃が、微かに眉間に皺を寄せながら息を吐く。
「わかったよ、もう。お兄ちゃんが心配するなら、次はそうする」
言いつつ、息を吐き抱いたというのに、少女は頬を膨らませていて。
と、
「ほぉらはりちー! かわいい顔が台無しだよぉ」
玻璃の柔らかな頬を、気配遮断込みで距離を詰めたアサシン・中舞宵が付く。
ぷすう、と情けない音と共に空気が抜けて、玻璃の頬は、今度はかあと熱を帯びる。
「アサシンッ!!」
「やぁん、怒んないでってばはりちー」
「誰がはりちーよ!」
眉を吊り上げ舞宵に噛み付く玻璃に対して、舞宵はむしろ微笑ましそうに目を細め、素早く彼女の小さな手を取って軽く引いた。
「まよ、りゅーちんと一緒に「かわいいの」作っちゃったのぉ! はりちーにも見せてあげなきゃってぇ、急いでここまで来たんだよぉ?」
「「かわいいの」……? っていうか、リューカは私の友達なんだから! あんまり勝手にリューカを連れ回すなら、殺すわよ」
「ふふ、だぁりんにも共同作業し(手伝っ)てもらったのぉ。つまり「あのこ」は、まよとだぁりんの、愛の結・晶……きゃっ♡」
「それは今聞いてない」
「そもそもそんなものじゃないぞ」
一瞬霊体化を解いて彼女のパートナーであるネオヴァンデモンも突っ込むが、舞宵はカーディガンの袖を口元に当て、相変わらずどこ吹く風できゃらきゃらと笑っている。
ついに、テイマーである玻璃の方が折れた。
「……分かった。分かったからその「あのこ」とやらのところに案内して。つまらないものを作ってたら承知しないから」
「はぁい」
それじゃあ、行ってくるから、お兄ちゃん。と、兄に一声かけてから、半ばスキップするように廊下に出て行った舞宵の後を追う玻璃。
小さく手を振って妹を見送るスーツの男に、その様子を眺めていた鈴音が歩み寄った。
「少し意外だったね。妹のやり方には口を出さない主義かと思ってた」
「基本的には出しませんよ。ただ、最低限リスクの軽減は試みます。大事な妹ですからね」
「それはいいね。放任も過干渉も、碌な結果を生まないものだ。人様……人? まあいいか。人様のお家の方針に挟める口なんて持ち合わせていないけれど、少しくらい思うところはある」
言いつつ、鈴音は別段彼と玻璃の兄妹仲に対して何かを感じている風では無い。思うところがある。というのは本当だろうが、「想う」ところは、無いのだろう。
「貴女を見ていると」
「うん?」
「ワタクシが父のところに居た頃の知り合いを思い出します」
「ふうん。私のように優しいお姉さん属性の人間(ひとでなし)が、この世に2人といるんだね?」
「イヤナハナシキイタ」
「まあ本人はワタクシが殺したのですが、どうやらエインヘリヤル化したモノが呼ばれているようなので、この先顔を合わせる機会があるかもしれませんね」
楽しみにしておくよ、と、微笑みを湛えているものの、特に楽しみには見えない様子で、鈴音。
アハトに至っては、溜め息が聞こえてこないのが不思議な程、無言だけで妙な圧を放っていて。
「貴女方は、妹の駒」
スーツの男が目を細める。
「「虫の扱い」よりも失礼なこの発言だけは、覆すつもりはありません。ですが同時に、貴女達が妹にとって有益である内は、出来うる限り快適な時間を提供し続けると約束しましょう」
ワタクシ、嘘は吐きませんよ。と、スーツの男。
「案外自分の発言を引きずる質なんだね。別に気にしてはいないよ。気にする資格も無い。……ただ、君の言うところの「快適な時間」だけは、引き続き享受させてもらうとしよう。私の世界と理(ことわり)は違うけれど、雲野さんのモンスター講義はなかなか興味深いし―――世界が滅ぶ過程を間近で観察できるなんて、一生の内にそう何度もある事では無いからね」
「気に入っていただけているなら何より」
「あとはもう少し甘味を用意してもらえれば、モチベーションも上がるのだけれど」
「……聖解でリソースを甘味料に変換できるか確認してみます。在庫がもう残り少ないので」
たのむよ、と一言添えてから、鈴音はスーツの男に背を向ける。
時刻を確認すれば、今し方の会話の中にもあった、雲野環菜による講義の時間が迫っていた。
環菜は教員では無かったが、鈴音や柳花相手にそれらしい真似をして、それなりに楽しんではいるらしい。
妹の事とは別に、自分の主たる彼女が擬似的にでも穏やかな時間を過ごせている点も、スーツの男にとっては喜ばしい事柄であった。
「……そういう訳ですから」
鈴音を見送り、彼は部屋の奥の方へと振り返る。
「敗北を理由に貴女を処分したりはしませんよ、ライダー。貴女の存在には、まだ価値があるようですからね」
そこに居たのは、全身を包帯で覆い、紫色のアフロカツラを装着した少女であった。カラーリングだけでいえば、なんとなしにマミーモンを彷彿とさせなくは無い。
……さっきからこんな姿だったっけか、と、スーツの男は眉間を押さえる。
「ふがふが、ふがふがふが」
「マミーモンも口元は空いてるんですよ」
ぱちん、と指を鳴らすスーツの男。
途端、データで出来ていた包帯が分解され、元のライダースーツが露わになる。(アフロだけはそのままだったので、どこで調達してきたのだろうとスーツの男は訝しんだ)
……ラタトスク陣営に倒された筈の、風峰冷香だ。
「あんまり間を置かない再登場だから、せめてダメージ感とか、あわよくば謎の新エインヘリヤルを演出したかったのよ。わかってプリーズ」
「味方にそれをやっても意味は無いんですよ」
「とはいえベヒちゃんを失い、目つきの悪いベルゼブモンも召喚出来なくなった今、私に残されたのは『あの時借りパクしたアレよアレ』こと『アッピンの紅い本』だけ。背表紙で殴る事しか出来ない私は、もはやライダーではなくハンマァーと言えるでしょう」
「そんなクラスはありません」
「ちなみに環菜さんも宝具名に『鉄槌』が入っているという話だから、ハンマァーに適性があるという噂よ」
「……本当にそんなクラスがあるなら、次回からはそれで喚ばれてくれるといいですね」
溜め息を吐いて、しかしこれ以上は乗せられる訳にもいかないと、「なんにせよ」と無理矢理話を切り替えるスーツの男。
「貴女には、ラタトスク陣営のアサシン―――ベルゼブモンの力を封じる能力がある。『戦闘続行』スキルを以てしても、霊核が破損したその身体では長くは持たないでしょうが、他の対策を考える時間くらいは稼げるでしょう」
「……」
「貴女も残りの時間を、こちらのアサシンやアーチャー同様に、好きなように、ただし大人しく過ごして下さい」
そうして、スーツの男もまた、この陣営のエインヘリヤル達が集う大部屋を、冷香を残して後に使用とする。
と、
「一つだけ聞かせてちょうだい」
アフロカツラを外した冷香が、解放された長い髪を揺らして整えながら、スーツの背中に声をかける。
「何でしょう」
「ラタトスクのランサー。……解っているとは思うけれど、ハンバーガーと関係無い方よ」
彼女は、「貴方にとって」何者なの?
そんな冷香の問いに、スーツの男もまた、首を横に振る。
そのまま彼は、沈黙を答えとして、部屋を後にした。
そうしてスーツの男が足を向けたのは、下階の一室。
他に調度品も無い、というより運び出したこの部屋には、『選ばれし子供』を狂化のトリガーとする、バーサーカーが隔離されている。
バーサーカーはリアライズして足を折りたたみ、床につくばったマンモンの腹を枕代わりにして目を閉じている。
ダスクモンに穴を空けられた腹部には未だ血糊がこびりつき、『ブルートエボルツィオン』の性質上いくらか構成データを失っているようだが、回復にそう時間はかからないだろうというのがスーツの男の見立てだった。
来訪者に対して、微かに警戒と抗議の色が混ざった鳴き声を上げるマンモン。
「……妹の手荒な真似については今一度謝りますが、少々急ぎの用でしてね。バーサーカーを起こして下さい」
自分達の実質の主でもある彼にそう言われては、マンモンに選択肢は無い。彼女は長い鼻でパートナーの肩をゆっくりと揺らし、彼の覚醒を促す。
「ん……」
「バーサーカー」
サングラスの奥に古木色の瞳が覗くなり、スーツの男は問いかける。
「答えてほしい事があります。「向こう」の―――ラタトスクに手を貸している、■■■■について」
もっとも、スーツの男はバーサーカーの要領を得ない言葉自体には何ら期待していない。
彼が聞くのは、あくまでバーサーカーに寄り添うマンモンが、千里眼を用いてバーサーカーのスキルから読み取る「答え」だ。
バーサーカー。
ゲイリー・ストゥー、と。ラタトスクは真名を判断したが、この男に本当の意味で真名と呼べる名前は無い。
故にこの狂戦士は、彼の作中での肩書きにして、マンモンの千里眼と組み合わさっているスキルの名を名乗る。
絵本屋
そして、絵本屋と千里眼の複合スキルは、名を『ラプラスの魔』という。
スーツの男、そして京山玻璃の『父親』、エンシェントワイズモンの必殺技と、同じ名を冠したスキルであり―――全てを識ると騙る、悪魔の名。
「……同じもの、か」
絵本屋の「答え」を前に、ぽつりと零れたスーツの男の独り言は、そのまま誰に知られるでもなく部屋の空気へと溶けて消えた。
*
「……」
「闇の闘士達が気になるのかい? それとも、結局一泊二日の縁とはいえ、やはり拠点を破棄するのは寂しいとか?」
再び天井の凹んだワゴンに乗り込み、馬門の運転で「水のスピリットの在処」付近まで向かうことにした三角達。
後部座席について振り返る三角の姿をミラーで確認した馬門が、そんな話を彼へと振る。
「ああ、いや、ええっと。……ジュレイモン―――幸助さんの事が、やっぱり、ちょっとだけ」
もちろん闇の闘士達の事も考えずにはいられなかったが、同時に、ただの人間でしか無い自分が心配するような話でも無いだろうとも理解している。
それよりも三角の思考を占めていたのは、研究所の二階で眠りこけている、『チェリーボム』すら装備していないジュレイモン……本物の京山幸助、ゼペットの成れの果てであって。
「優しいねキミは」と、馬門が笑う。
「だけど、多分心配はいらないよ。ボクらが拠点を捨てる事は想定済みだろうし、少なくとも、向こうの京山玻璃を、幸樹さん―――彼女のお兄さんは、あそこに近づけたがらないだろうからね」
「? そうなんですか?」
「彼女にとって、あんまりいい思い出がある場所でも無いからさ。触れさせたくも無いんだと思うよ。……そうじゃなきゃ、ピノッキモンさんが自分のパートナーを、あんな解りやすいところに隠すとは思えないし」
「……」
三角に倣うように、シフも既に遠くなった研究所の方へと振り返る。
読者として、思うところがあるのだろう。闇の闘士が生まれた場所だとは、当初から馬門が言っていた事だ。
「まあどうにしたって、幸助さんに対してボクらが出来る事は無い。木のスピリットも回収したから、ボクらのもう居ないあの研究所を消し飛ばす理由があるとすれば、それはもはや嫌がらせでしか無い。ダスクモンはもう合理性や必要性を考えるような真似はしないと言っていたそうだけれど、本当に何も考えないで行動するなんて、それはそれで難しい事だよ。ましてや、彼女は優秀な闘士の器だからねぇ」
絶対に安全とは言い切れないが、それに関しては、この相違点のどこに居たって同じ事だ。
ジュレイモンだけではない。自分達だって本来なら、気を抜ける瞬間なんて、1秒たりともある筈が無いのだ。
無い、筈なのに。
「……でも、あそこで過ごした時間は、やっぱり、少しだけ楽しかったから」
デジヴァイスを見下ろして、三角は僅かに微笑む。
この中にデータとして保存してあるハンバーガーは、エビバーガモンとバーガモン指導の下、皆で協力して作ったものだ。
「……そうですね、先輩」
「ばう!」
そんな場合では無いと、そう考えなかった訳ではないけれど。
三角があえて言語化したその感情を、シフも、そしてバウモンもまた、肯定する。
文字の列として追いかけていた「彼ら」が隣で笑い合う光景は―――やはり、物語を愛するシフにとっても、かけがえのない体験で。
故に、もしも叶うのならば。
ジュレイモンも、そして彼の眠る研究所も、この先無事であればいいと。
当たり前に、ささやかに。三角とシフは、祈るのだった。
「……と、和やかな雰囲気になっているところ申し訳ないのですが」
しかしやはり、想定通り、穏やかな時間を許し続けてくれる程、相違点は甘くない。
とはいえ多少空気を読んでか、台詞通りやや申し訳なさそうに、ラタトスクから名城が報告を入れる。
「デビドラモンです。このまま進むと、かち合います」
「ギギモン」
助手席のヒトミのリュックからギギモンが飛び出す。
シフもワゴンの扉を引き、身を乗り出しながらガルムモンへの変身を開始する。
「振り切れなくはないけれど、逃がすと敵陣営に情報が行って厄介だ。頼むよ2人とも」
「馬門さんも、安全運転をお願いしますね!」
シフがワゴンを飛び出し、少し遅れてギギモンを進化させ、彼に抱えられたヒトミも続く。
三角達が目指すは、水のスピリットの在処。
そしてかのスピリットの持ち主―――カジカPとの邂逅を求めて。ガルムモンと化したシフを先頭に、三角達は、曇り空の相違点を駆けた。