「……今まで何をしていたの? ライダー」
方や、姿の見えない―――己の直感を信じるのであれば、究極体デジモンを連れていると思われる―――空飛ぶ少女。
方や、闇のデジモンの頂点に立てると噂される程の力を持つ暴食の魔王・ベルゼブモン。
そんな、真名もクラスも解らない、しかし強力には違いない究極体エインヘリヤルに「逃げ」に徹された事が、余計にダスクモンの判断力をかき乱した。
もちろん気持ちの上では追撃を仕掛けたかった。今ダスクモンが動かせるエインヘリヤルが連れているデジモンは両者とも完全体。とはいえエインヘリヤルの実力は、世代だけに左右される訳ではない。戦闘になれば十分に渡り合えただろう。と、少なくともダスクモンは、そう考える。
だが、逃げ。
闇の闘士と、彼女に同調した鼠(ラタトスク)達を連れ去っていったエインヘリヤル達は、種族スペック以上の手札をほとんどさらさないまま、臆面も無く自分達に背を向けた。
それを見て「誘われている」と。「罠だ」という判断が過ってしまう程度には、ダスクモンは闘士として戦闘に慣れてしまっている。
アーチャーとバーサーカーの追撃が捌かれてしまった点も、ダスクモンの躊躇に拍車をかけた。……彼女は「幼く、我が儘である」とは定められていても、けして無知でも無謀でも無いのだ。
だが、もしも。
もしももう1騎エインヘリヤルが居れば、その限りでは無かったのに。と、ダスクモンがマスクの下で歯噛みしながら闇の闘士達が走り去っていった方角をねめつけて居た―――そのタイミングで。
ぶろろろろ、と。魔獣の唸り声のようなバイクのエンジン音を響かせながら、その「もう1騎」が姿を現してしまっては、平静を保ち続けろというのも酷な話で。
「待たせたわね」
もう1騎―――ライダースジャケットを纏った長髪の少女が、自分を乗せていたデビドラモンの背から飛び降りる。
実に見事なスーパーヒーロー着地であった。エインヘリヤルでなければ、膝の皿が粉砕していた事だろう。
「本当にただ待たせただけの奴が言う台詞じゃ無い」
流石にもっともな言い分であった。
「知らなかった? テイマー。年齢も性別も、そしてタイミングすらも関係なく。人は誰でもヒーローになっていいのよ」
「そういう話でも無い」
その通りである。
「もう一度聞くけれど、ライダー。一体、どこで、何をしていたの?」
「それは風だけが知っているわ。逆を言えば、風なら知っているから話はそちらに通してちょうだい。弁護士が着くまでは黙秘権を行使させてもらうわ」
「……一生黙っていてくれていいから、私の前で二度と『風』の話をしないで。この世で一番嫌いなの」
「……。……気分を害したのなら謝るわ。飴ちゃんをあげるから元気を出して」
「いらない!!」
「そうかい。では、それは私がいただいておこう」
ダスクモンがライダーから差し出された飴を弾き飛ばすと、ちょうど追撃を諦めたアーチャーが戻ってきた。
彼女は手元に飛んできたそれを喜色の表情で受け止め、包みを破く。中から覗いた飴は何故か必要以上に金色に輝いていたが、アーチャーは特に気にせずそれをコロンと口の中に放り込んだ。
「食べながらで良いから報告してアーチャー。連中は」
「謝っておく。まんまとこちらの砲撃を煙幕代わりにされてしまった。宝具を使えば車の方は止められたかもしれないけれど、流石に得体の知れないLevel6が上空を陣取っている状況で、日に2発目となると、ね」
「いいわ。その判断は責めないであげる。……とはいえ、鼠の巣ぐらいは確認しておきたいわ。夜中にカサコソ走り回られるのは、ひどく耳障りだもの」
ライダー、と。やや語調を強め直して、ダスクモンは騎兵の少女へと向き直る。
「遅れてきた罰よ。デビドラモン達を連れて、奴らの拠点を探索。発見次第、奇襲をかけなさい」
「えっ」
「……本気で意外そうかつ嫌そうな顔するの、やめてくれない?」
「ダメよテイマー。いくら世界が終わりかけていたとしても、ここはほぼ現代日本。未成年の労働は1日8時間までと法律で定められているわ。私も全年齢対象作品の出身者として、コンプライアンスには敏感なお年頃なの。と言う訳で、ストライキを行います。ストライキファイター・冷kライダー。私は、私より暇な奴になりに行くわ。即ちゴーホーム」
「1秒も働いていないから言っているのだけれど?」
「選ばれし子供……!」
と、いよいよしびれを切らしかけていたダスクモンの瞳の一つが、執念深く『透明なエインヘリヤル』を追いかけていたらしいバーサーカーの帰還を確認した。
恐らく、彼の狂化ランクを引き上げる要因―――『選ばれし子供』が、いよいよ探知出来ない範囲にまで離脱したからだろうとダスクモンは判断する。
代わりに彼の濁った瞳が今この瞬間睨めつけているのは、ライダー―――こちら側の、『選ばれし子供』の特性を持つエインヘリヤルで。
「……集落に投げ込む分には面白いけれど、本っ当に面倒なエインヘリヤル。さっきのおしゃべり、何だったの?」
『デジモンプレセデント』の世界の住民達は、現実と地続きの世界観である以上、よほどの例外―――『京山玻璃』のような―――を除けば、全ての人間が老若男女問わず『選ばれし子供』だ。
狂乱に任せて元人間のデジモン達を蹂躙するバーサーカーの姿はダスクモンにとって好ましいものではあったが、同時にライダーやアサシン、どころか、彼女にとって家族同然の多島柳花や雲野環菜にも噛み付きかねず、常に隔離を徹底しなければならない点については、彼女も、そして彼女の兄も、多少頭を抱えてはいて。
「―――とはいえ、丁度いいところに帰ってきたね、バーサーカー」
ライダーに掴み掛からん勢いで飛び出してきたバーサーカーの背後に素早く回り込み、彼女は竜の頭蓋に似せた手を彼の腰に当てる。
途端、飛び出した『ブルートエボルツィオン』の切っ先がバーサーカーの腹部を貫き、彼女はそのまま力尽くで彼を押し倒して、地面へと縫い止めた。
ごぼり、と血を吐くバーサーカーに、表情に変化こそ無かったものの、ライダーの肩がびくりと跳ねる。
「念のため言っておくけれど、助けた訳じゃ無い。これは、ただの選択肢」
バーサーカーの後に控えていたマンモンが抗議じみた嘶きを上げるのを片手で制し、彼女の千里眼に「余計なマネをすればもっと酷い目に遭わせる」と内心で伝えながら、ダスクモンは両の目でライダーへと微笑みかける。
その間にも、
「痛い、痛い、目が痛い……! いなくなれ、消え失せろ、選ばれし子供……ッ!! いなくならないなら」
殺し尽くしてやる。と。
自身の負傷には、自身の動きを封じる存在にはまるで気がついていないかのようにもがき、前進を試みるバーサーカーの指が何度も何度も地面を掻いていた。既に爪が捲れて、赤い線がアスファルトの上に滲んでいる。
「……と、今のコイツは貴女にご執心みたい。言う事を聞かないのなら、バーサーカーを解放して、後は彼の好きなようにさせます」
「……」
「テイマー・京山玻璃が命じます。デビドラモン達を連れて、奴らの拠点を探索。発見次第、奇襲をかけなさい」
「……ベヒちゃん」
ライダーに呼ばれた『ベヒちゃん』が、ひとりでに彼女の元に駆け寄る。
あれだけ饒舌だった少女は、それ以上は何も言わず、ライダーはそのクラスに相応しく、『ベヒちゃん』―――デジタルワールド屈指の『モンスターマシーン』の騎手となる。
そのまま登場時よりも凄まじいエンジン音を鳴り響かせ、彼女を乗せたベヒちゃんは、寂れた街の中を疾駆し、その後に何体ものデビドラモンが続いた。
ライダーの背中が見えなくなるや否や、ぱたりと、先程までの様子が嘘のように、バーサーカーが動きを止める。
「もう良いわ。起きなさい、バーサーカー」
命じられるまま、腹部からだらだらと血を流しながら、バーサーカーは身を起こした。
「何か言いたいことはある?」
「……王妃様がそう願ったのなら、俺の腹がスノーホワイトの頬や唇と同じ色でも仕方が無い」
「よくわからないけれど、従僕として弁えているならまあいいわ。帰ってお兄ちゃん達と一緒にライダーの報告を待ちましょう、アーチャー。バーサーカー」
そのままライダーの向かった方角にくるりと背を向けて、ダスクモンが自分の足として残していたデビドラモンの背に飛び乗る。よろよろと足を進めていたバーサーカーに関しては、マンモンが長い鼻で絡め取って、己の背に乗せた。
「まったく、ひとでなしばかりだね」
コクのある蜂蜜味の黄金の飴を堪能し終えたアーチャーが、ようやく所感を口にしてから、腕時計のように装着したデジヴァイス―――『X-Pass』にキャノンビーモンを仕舞いながら、ダスクモンの後に続く。
「ホントダヨ」
キャノンビーモンがぼそりと呟いた言葉が誰に当てた者なのか。それを、この場の誰もが、気に留める事は無かった。
*
馬門志年
『デジモンプレセデント』の登場人物の1人。元デジモン研究者であり、氷の闘士。
所謂敵陣営のキャラクターだが、主人公陣営との戦闘後、事実上離脱。本来であれば「ぽっと出の悪役」として、そこで彼の出番は終わっていた筈なのだが、何故か(作者自身が「なんで?」と定期的に呟いている程度には、何故か。)その後も主人公達への情報提供や戦闘への助力といった形で活躍し、後年には彼を主人公としたスピンオフ作品まで発売されている、トリックスターとでも言うべきキャラクターである。
「えっと……味方って事で、いいん、ですか?」
ワゴンの走行速度が下がったのを機に(とは言っても、ふと見えた錆ついた標識の表示からは、あからさまにオーバーしているのだが)シートに座り直した三角が、シフからキャラクターの説明を受けてから、セイバーのクラスを名乗った男―――馬門志年へと問いかける。
馬門は所謂「猫口」になっている唇の端を、軽く持ち上げた。
「いっひっひ。シフだっけ? 彼女の説明を聞いて不安に思う気持ちは解るけれど、今回ばかりは堂々と断言させてもらおうか。ボクは。いや、ボク達はキミ達の味方だよ」
「つーより、「この相違点の敵」っつった方がしっくりくるかもしれねェーな」
「わっ!?」
突如隣から聞こえた声に顔を上げると、大量のピアスで耳元を飾った見知らぬ青年が、紅に染めた髪をばさばさとたなびかせながら、さかしまに首を覗かせていいて。
思わず飛び退き、シフに身体を支えられる三角を見て呵々と笑う青年。途端、わあ! と二重に声が上がって、後部座席に腰掛けていたエビバーガモンとバーガモンが、窓の方へと駆け寄った。
「あ、あぶないですよ大王さま!」
「窓を開けるから、入ってきて下さい!」
「ンン~? おうおう、甘く見られたモンだな。この程度の車上パフォーマンスのひとつやふたつ出来ねえと、トップなんざ張れやしねエっつーの。なんならこのまま『研究所』まで逆立ちして見せてやってもいいぐらいだぜ?」
「す、すごい……!」
「流石大王さま!」
ぱちぱちと手を叩くエビバーガモン達に、へへんと自慢げに鼻を鳴らす青年。
「解ればヨロシイ。というワケで、サマナーもといテイマーにも一度見れば忘れられないイケメンのツラを公開して気が済んだので、俺様は警備に戻りまァーす。馬門の旦那。後は説明ヨロ」
す、と顔を引っ込める紅髪の青年を、エビバーガモン達がきゃっきゃと手を振って見送る。
「……大王さま?」
「『糞山の王』と名乗っていたからね、彼。ベルゼブモン―――地獄の副王ベルゼブブの異名なのだけれど、それを知らない彼女達は、別のデジモンを想起したみたいだ」
「それって」
「ではやはり、彼は先程のベルゼブモンさんなのですね?」
「ソウダヨォー」と車上から青年の声が耳に届く。
三角が言いたかったのはエビバーガモン達が想起したと思われる『黄金のデジモン』の種族名であったが、シフがそう切り出した以上話の腰を折る訳にはいかず、彼はそっと口をつぐんだ。
「彼はアサシン。そんでもって、そっちのエビバーガモンとバーガモンはランサーのエインヘリヤルさ」
「よろしくお願いします、えっと、さまなーさん? ていまーさん?」
「テイマーさんだよ姉さん。あたし達、姉妹でひとつのエインヘリヤルなの」
「……それを聞いて、少し安心しました」
こんな小さくて愛らしい2体もエインヘリヤル? と、これまでに出会ったエインヘリヤルを思い返して目を瞬かせる三角のデジヴァイスから、しばらく状況の解析に当たっていたらしい名城が口を開く。
「『デジモンプレセデント』の作者の作品には、本当に碌でもないバーガモンがいるので。エビバーガモンとセットであるなら、そのエインヘリヤルと疑う必要は無さそうです」
「よ、よくわからないですけれど、妹の種族を悪く言うのはやめてください! バーガモンは、本当にいい子なんです!」
「え? えー、あー……その、ですね。わたくしは」
「ドクター、謝った方がいいと思います。助けて下さったエインヘリヤルを悪し様に言うのは、あまり褒められた行為では無いかと」
「いや、わたくしはバーガモンそのものをけなしたわけでは……はい、謝ります。すみませんでした」
「うーん。別にいいけど、いまいち「せいい」を感じないわ」
本音を言えば、炎上作家と名高い作家が創造した「碌でもないバーガモン」が気にならなかった訳ではなかったが、詳細を聞くのもなんだか怖いので、三角は話が流れるままに任せるのだった。
「まあちゃんとした自己紹介を含め、積もる話はアーチャーと合流した後だ」
ちょうど拠点も見えてきた、と、車が向かう方角には、他と比べて何か変わった点がある訳でもないのに妙に目を引く、屋根の無い灰の壁の建造物が佇んでいて。
それが『デジモンプレセデント』の世界で重要な役割を持っていた建物なのだと、物語の詳細を知らない三角もなんと無しに察する。
「ようこそ。ボクの元職場にして、闇の闘士の生まれ故郷へ」
京山デジモン研究所。
たどり着いた建物の門に刻まれたその文字に、三角とシフは、同時にごくりと、息を呑んだ。
*
「と言う訳で、改めて自己紹介だ。ボクは馬門。馬門志年。何かの間違いで最優と名高いセイバークラスになっているけれど、戦力としては数えないでくれ給え」
「端から期待していません。と言うより、よりにもよって貴方が味方でいる事実に、心底がっかりしています」
突然滅茶苦茶辛辣だなこの人、と、再会したばかりの、姿をスーツの少女へと戻した闇の闘士を二度見する三角。
直前に三角とシフの無事を確認して胸を撫で下ろしていた彼女とはまるで別人である。ドクターへの対応も近いと言えば近いものではあるが、それに輪をかけて、いや、というより純粋に、言葉尻に嫌悪感が滲み出ているのだ。
京山デジモン研究所に足を踏み入れた三角達は、先に到着していたらしい闇の闘士、そして彼女をここまで連れてきたアーチャー―――幼年期デジモン・ギギモンを黒いリュックに入れて背負った、黒髪の少女―――も交えて、応接室へと腰を落ち着けていた。
そこで、馬門が前述していた「詳しい自己紹介」を切り出した、という流れである。
「カタい事言わないでくれよ光と闇の器―――じゃなかった、闇の闘士にして鋼の闘士。キミだって、1人でやるのには限界を感じていたから、そこのテイマーくんを仲間に誘ったんだろう?」
早速噛み付いてきた闇の闘士に、肩を竦める馬門。闇の闘士は、さらに苛立たしげに眉をひそめた。
「誘う相手は選びます。そして、貴方は論外です」
そもそも、と、闇の闘士はさらに語調を強める。
「今の私は、ただの闇の闘士―――それも、『デジモンプレセデント』本編よりも、ずっと力を失った状態の、です。出典が違うために貴方を知らないのを良い事に、勝手な推測を情報として味方に提供するエインヘリヤルを、信用する訳にはいきません」
ここで、ようやく闇の闘士が声のトーンを落とし、複雑そうな視線を隣に腰掛ける少女へと流す。
「お陰で―――がっかりさせてしまったではありませんか」
「がっかりなんかしてないよ、別に」
言いつつ、少女は革張りの椅子の立派な肘置きに軽く身を預けて、闇の闘士や馬門どころか、この場の全員から、ツンと顔をそらしている。
彼女の足下では、すっかり視認できるようになった彼女のパートナー・幼年期デジモンのギギモンが、同じく幼年期であるバウモンと顔を見合わせて、時々鏡合わせに身体を傾け合って、お互いの出方を探っているようだった。
「まあそこは弁明させておくれよ」
「嫌です」
「説明の途中だったんだ。なのに、キミを「闇の闘士であり鋼の闘士」って言った瞬間、あっという間に飛び出して行っちゃってさ」
「言ったのは言ったのではありませんか」
「でも結果オーライでしょ? わたしたちが急いで飛んでいかなきゃ、今ごろおねえさんたち、ハチ刺されじゃすまなかったんだから」
「ええっと、それは、本当にありがとう。……お陰で、助かったよ」
頭を下げる三角。
その反応をちらりと横目で見て、少しだけ気を良くしたのだろうか。ふん、と鼻を鳴らし、すぐに目を逸らしたものの
「アーチャー、神原ヒトミ。と、こっちはギギモン。「六月のおはなし」って言えば、わたしたちの物語はわかるでしょ? ……もう知ってるなら、だけどね」
と、僅かに弾んだ声で、少女は真名を詳らかにする。
「六月……『六月の龍が眠る街』……! そのお姿からして、『My Back Pages』の神原さんですか!?」
「……。……ヒトミでいいよ。神原だと、なんだかややこしいんでしょう? おしゃべりなUSBがいらないことまで教えてくれたから、知ってるんだ」
それに、特別なの、この『瞳』。と。アーチャー・神原ヒトミは、今度はしっかりと自分の出典を当てたシフを見据えて、僅かに微笑む。
その、「ありふれている」と自虐を交えて描写される薄茶色の瞳は、しかし彼女が胸に下げている琥珀と同じ色をしていて。それがどれだけ彼女にとって『特別』であるかを「読んだ」シフは、確かに、大きく頷いた。
「少し話が前後してしまうけれど」
とはいえ馬門はその辺の空気は読まない男だ。シフとヒトミの間に流れた余韻に割り込んで、説明用にあらかじめ用意しておいたらしい、何の変哲も無い黒いUSBを手の平で転がす。
「アーチャーの言う「おしゃべりなUSB」っていうのは、言うまでも無く聖解の事さ。ボクらは、聖解に「相違点に対するカウンター」として召喚されたエインヘリヤル、ってワケ」
「聖解に?」
相違点を相違点たらしめるのは聖解ではあるが、相違点の『原作』を記録しているのもまた、イグドラシルの破片である聖解だ。
無理のある改変には、元に戻ろうとする力が働く。それが、カウンターのシステム。
思い起こされるのは、やはり相違点Dのワーガルルモン。
彼は『デジモンアドベンチャー』の物語から直接エインヘリヤルへと変化したようだったが、相違点の規模や整合性から「そう」なっただけで、いっそ新たに外部から手を加えた方が早ければ、作者の違う作品の登場人物ですらエインヘリヤルとして呼び出すのだろうと、名城が三角に対して補足する。
「じゃあ、ランサーも……?」
「どう……なのでしょう」
はっきりとは解りません、と、闇の闘士は首を横に振る。やはり、戦闘や、他のエインヘリヤルとの邂逅を経ても、エインヘリヤルとしての実感が得られないでいるらしい。
「それじゃあ、馬門さんは?」
三角は同じ『相違点の元となった作品出身のエインヘリヤル』である馬門の方を見やる。
ボクは「喚ばれた」エインヘリヤルだよと、彼はまた、軽薄に微笑んだ。
「相違点のボクからエインヘリヤル化した訳でもない。なんたってアイツ、もう死んでたからね」
聞かなければ良かったと、三角の顔からさあっ血の気が引く。
気にしないで、と、本当に全く気にする素振りを見せず、馬門はどこまでも他人事のように薄く笑った。
「多分即死だったから! 首の骨が、こう……ボキン、とね? あれは多分、『先生のご子息』の仕業」
「っ」
「ボクみたいなのが苦しまずに死ねただけ、かなりラッキーだったと思うよ?」
いや、他人に対する所感であれば、むしろ大問題だろう。
三角は当初抱いた印象と、闇の闘士が彼に抱く嫌悪感の正体を、なんとなしに理解する。
『先生のご子息』という単語を耳にしたヒトミが、「強いの「だけ」は、一緒なんだね」と、どこか自分を慰めるかのように、ぽつりと呟いていた。
「ま、こっちのボクの話は良いんだ。ボク達の所属も明らかになったところで、自己紹介パートを続けよう」
「この空気で?」
怪訝そうな眼差しを馬門へと投げかけ、しかしすぐさま「まあ確かにその辺掘り下げてもしゃーねーしな」と気を取り直して、ベルゼブモンと化していた青年―――アサシンがびし、と右手を挙げる。
「ハイ! 俺様、通りすがりのイケメン様でぇ~す。以上! シクヨロ!」
「判明しているクラス名は兎も角、真名を名乗りなさい、一般通過ベルゼブモン」
大王さまは大王さまです! と声を揃えるエビバーガモンとバーガモンの姉妹に、アサシンはへらりと笑って返したが、すぐさまふっ、と、彼は表情を改める。
「つってもよォ。コレに関しちゃ見えてるんだろ? テメェら。そっちの嬢ちゃん程じゃねえケド、俺様、真名を名乗れるような状態じゃ無いって」
今回は、名城はアサシンに言って返さなかった。……つまり、ラタトスク側の観測情報でも、アサシンは「完全に力を発揮できているエインヘリヤルではない」という事になる。
「まア原因は兎も角理由は解ってるし、それがヒントにゃなるだろ。陸の獣が反応しねぇモンだから、それに乗っかる大公爵も仕事ができねえ。俺らの常識の埒外なら副王の力だけで十分なンだろうが、「さあれかし」が形になったキャラクターそのもの―――エインヘリヤルとしちゃ、どうしても十全たアいかねえンだわ」
「そ、そうなんですね……?」
「おう無理して解ったフリすんなサマナーもといテイマー。3分の1しか力を発揮できてないエインヘリヤルだと理解できりゃアそれでいい。……ンでもってぇ? この状態でも馬門の旦那より2000倍は強いから、俺様ってば超アタリエインヘリヤルだぜぇ~?」
「つまるところ、やはり、真名はお呼びしない方が、よろしいのですね?」
シフの問いに、ぴくりと動きを止めるアサシン。
その蜂蜜色の瞳が、恐らく己の真名を察していると見て、彼はにいと唇を吊り上げる。
「いい女だ。ちゃんと尽くして手放すなよサマナーもといテイマー」
「!?」
話の流れを理解できず困惑する三角と、ぽっ、と顔を赤くするシフ。
からからと2人を笑って、
「一先ず、『糞山の王』。これならベルゼブブしか機能してなくても十分に名乗れるからな。チビ達に倣って、大王さまとでも俺様のイケてるツラを崇め讃えてくれや」
よろしくお願いします。と、2人続けて糞山の王と握手を交わす三角とシフ。
実のところとてもカタギには見えない彼の風貌が少しだけ怖かった三角だが、それとなく滲んでいる面倒見の良さや、その髪の色を見ていると、彼は何と成しに、懐かしさにも近い安心感を覚え始めるのだった。
「んで、最後はチビ達か。おう、お前らの番だぜ」
「はい、大王さま!」
エビバーガモンとバーガモンは、糞山の王に促されて、ソファの上に立ち上がる。
「わたしはエビバーガモン、ランサーです。えっと、えっと、その……ディルビットモンさん、という、とても……はわわ……すてきな方が……守ってくれている大地で、妹と一緒にハンバーガーショップを営んでいます」
「あたしはバーガモン! あたしたち姉妹のハンバーガーは、デジタルワールド1おいしいの! テイマーさんたちにも、後でたくさん食べさせてあげるからね!」
何故か顔を赤らめているエビバーガモンと、快活な様子で自己紹介するバーガモンに、つられて笑みを浮かべる三角。
「恐らく『其処はきっとティル・ナ・ノーグ』に登場した2体ですね」と、三角と同様、穏やかな表情を浮かべながら、シフが情報を付け加える。
「少し前に、隣町の集落がデビドラモンに襲撃されてね。アサシン達とはそこで出会ったんだ」
「わたしたちは、町のみなさんにハンバーガーをごちそうしていて」
「俺様は「こんな世界でハンバーガーが食える」って噂の真相を確かめようと思って」
「……わたしとギギモンは通りすがっただけ」
「とまあ動機は色々だけれど、結果的にボクらは集落の救援に尽力した。直接その光景を見せられるワケじゃ無いから難しいかもしれないけれど、少なくともキミ達と敵対する理由があるエインヘリヤルじゃないって、その判断の足しにでもしてもらえたら」
「それをこの世で一番信用できない闘士が言っていなければ、私も疑いはしなかったのですが」
相変わらず闇の闘士は辛辣だったが、三角はおずおずと手を上げる。
「? なんだい?」
「その……俺達を助けてくれた時点で、……怖くないって言えば嘘になるけど、俺は、疑ったりはしてないです」
「……」
ありがとうございました、と、三角は聖解に喚ばれたというエインヘリヤル達に頭を下げた。
くすり、と。
僅かに。ほんの僅かに。馬門は「普通」の笑みを浮かべる。
「成程。相違点の修復者というものだから、どんな救世主じみた『選ばれし子供』かと思っていたけれど。……なんだかキミも、ただただ底抜けに良い奴なだけみたいだね」
「えっと……」
「そうです。先輩は、とっても『良い人』なんです」
褒められているのか? 首をかしげる三角の隣で、にこ、とシフが頬を緩める。
弧を描くようにして引き続きお互いを観察し合っていたバウモンも、ふと足を止めて「ばう」とひと鳴きした。
「さて」
そんな彼らの様子を見届けてから、馬門がその場から立ち上がる。
「協定を結ぶとなれば、もう少し話さなきゃいけない事がある。研究所の方に来てもらえるかな? ランサーは、その間に食事の準備をお願いするよ」
「わかりました」
「わかったわ」
「学者サマの小難しい話でおなかいっぱいなんてカンベンだからな、俺様はフレッシュな若者らしく、ジャンクフードの方に行ってるぜ」
「えへへ、大王さま、あたしたちのハンバーガーをたくさん食べてくれるから嬉しいです!」
「腕によりをかけて作りますね!」
応接室を出て、恐らく台所がある方へと歩いて行くエビバーガモン姉妹と糞山の王。
その後には続かず、しかし立ち上がったヒトミのリュックに、ぽす、とギギモンが潜り込んだ。
「……ヒトミさんは、彼らと一緒に行かないのですか?」
「悪い? だいじな話なら、聞いて当然でしょ? 子ども扱いしないで。あとで「知らなかった」なんて、『言い訳』なんかしたくないもん」
「……」
言い訳―――最初から気難しい雰囲気はあったものの、闇の闘士に対する態度が刺々しくなったのは、彼女が「自分は鋼の闘士を名乗る資格は無く、闇の闘士としても完全では無い」と伝えてからだ。
やはりがっかりさせてしまったな、と。しかし、嘘は吐けなかった、と。彼女は悶々としながら視線を落とす。
それじゃあ行こっか、と、2人の間の空気をまるで無視して部屋を出て行く馬門が、この時ばかりはありがたかった。
そうして馬門に続き、三角達が連れてこられたのは研究所の端。
元々あった機会の類を押しのけて、一本の巨大な木が、中央に鎮座している部屋だった。
「……いえ、木ではありませんね。これは―――」
「そ、ジュレイモン。……っていうか、京山さん―――ああ、先生じゃなくて、本物。『スマホおじいちゃん』の方だよ」
名城の言葉を引き継いだ馬門に、シフが目を見開く。
目の前のジュレイモンは、2つある洞の奥で輝いている金の瞳すら灯しておらず、部屋に三角達が足を踏み入れても、微動だにしていない。
霧散していない以上生きてはいるが、完全に、機能を停止しているらしかった。
「チェリーボムは全部回収したから安心して」と、馬門は注釈を入れてから、作中の木の闘士にして『ピノッキモンを生み出した伝説のハッカー』・京山幸助―――ゼペット、の名で通っている―――の木肌をよじ登る。
「ピノッキモンさんが、自分のデータを使ってゼペットじいさんの進化先を調節した上で、ここに隠したみたいなんだ。呪われたジュレイモンから最強最悪の悪童を生み出したハッカーが、フツーのジュレイモンになって安らかに眠っているだなんて、いっひっひ、ボクが言うのもなんだけど、なんていうか、因果だね―――っと」
と、馬門は生い茂る枝葉の中から、目的のものを見つけたらしい。
すとん、と、彼は白い床に降り立つ。こんなに身軽に動けるのも、エインヘリヤル化の恩恵だねと、ヘラヘラ笑みを浮かべながら。
「それは……木のスピリット!」
「そ。言うまでも無くゼペットじいさんが使用していたものさ」
丸っこい木製の人形と、実に変わりかけた花のがくに似た植物。六角形の上に鎮座したそのオブジェは、木のヒューマンスピリットとビーストスピリットだ。
「そしてこのボク、氷の闘士。それから闇の闘士と―――キミは光の闘士になってるんだよね? なら、光の闘士としてカウントさせてもらおう」
ここに、合計4つの属性のスピリットがある、と。馬門はジュレイモンを含めたその場にいるメンバーを見渡す。
「キミ達、スピリットについてはどのくらい知ってる? 『デジモンプレセデント』上での役割に留まらず、全て揃った際の力っていうか」
「スサノオモン……ですか」
三角達に代わって、名城が答える。
「……十闘士の力を、ひとつにするプログラムじゃないの? それって」
「キミの世界ではそうなんだね、アーチャー。それも間違いじゃあ無いけれど、ただ、それによって生み出されるデジモンは、破壊神であり、再生を司る神。……こちらの世界では『リブートシステム』と呼ばれている、イグドラシルの権能の具現化さ」
「え、それって……ほとんど『聖解』みたいなものじゃないんですか?」
そうだよ? と、馬門はあっさりと三角の所感を肯定する。
彼はピン、と、右手の指を、2本立てた。
「ようするに、『デジモンプレセデント』の異変をどうにかするためには、聖解を回収するだけじゃあダメなんだ。もちろんそれも必須ではあるけれど、この世界には、聖解の代替え品に出来るアイテムとしてスピリットが存在してしまっている。そして向こうの陣営も、当然それを知ってしまっている」
そうして馬門は、2本の指を折り畳んだ。
「絶対に10のスピリットが向こうの陣営の手に渡らないようにしつつ、聖解を手に入れる。それが、ボクらの最低限の勝利条件。ってワケ」
「……それで、私は兎も角、シフのスピリットが向こうの手に渡らないように、私達を回収した、と」
そんなところ。と、軽く闇の闘士の言葉も肯定する馬門。
「別に、あそこに居た全員、わたしたちが倒してあげても良かったんだけど」
「そうは言うけどアーチャー。向こうは聖解がある限り、何度だってエインヘリヤルを呼べるんだ。確かにキミは強力なエインヘリヤルだけれど、逆を言えば、ここで一番強いキミのカードが向こうに割れるのはとても困る」
正直、戦力差は絶望的だ、と。若干むくれているヒトミを横目に、馬門は続けた。
「ボクとランサーは戦闘向きじゃないし、アサシンと闇の闘士は何らかの事情で力を失っている。キミのパートナー、シフだっけ? 彼女も戦闘慣れはしていないんだろう?」
「……お恥ずかしいながら」
「キミ達が見た通り、向こうの闇の闘士はもちろんの事、アーチャーとバーサーカーは、完全体を連れたテイマーとはいえ、集落一つなら簡単に消し飛ばせる戦闘特化のエインヘリヤルだ。ああいうのが、向こうにはまだ何騎かいる」
こちらも、戦力を整える必要がある。と。
人の心の機微を察知する能力に欠けているからこそ、馬門は、客観的に分析した現状と、その打開策を、臆面も無く、口にする。
「戦力……仲間、という事ですか?」
「そうそう。……カウンター、って言うぐらいなんだ。聖解に呼ばれたエインヘリヤルは、多分、ここにいるボク達だけじゃない。少なくとももう1騎ぐらいは戦闘向きのエインヘリヤルが呼ばれていないと、とてもじゃないけれど、向こうに抵抗できっこ無いからね」
「仲間……」
じっと、三角が自分の手の平を見下ろす。
あの集落で、トイアグモンをどうにか助けて―――結局、助けきる事が出来なかった手だ。
この中で唯一ただの人間である自分には、やっぱり、誰かに頼る他に出来る事は無いのか、と。
……その時だった。
「みなさーん、おまたせしました!」
場違いなくらい明るい声と共に、とてとてと音を立てながら、エビバーガモンとバーガモンが部屋に入ってくる。
その後ろには、トレーの上に山盛りのハンバーガーを乗せた糞山の王が続いていて。
「ハンバーガー、できましたよ!」
「っと、食事の準備が出来たみたいだね。ちょうどキリもいい。少し食事休憩にしようじゃ無いか」
「え、えっと。はい」
ほらよ、と糞山の王から差し出されたトレーから、包みにくるまれたハンバーガーを受け取る三角。
受け取り、包装を剥がすと、まだ温かい、立派なパティの挟まったハンバーガーの香りが、三角の鼻孔をくすぐった。
食事をする気分では無い、と、直前まで思っていたはずなのに―――思わず、三角はそれに齧り付く。
「……! おいしい……!!」
ジューシーなパティの肉汁。しゃきしゃきのレタス。ふかふかのバンズ。
どれも見事に調和が取れていて、それでいて気取りすぎていない、三角にも馴染み深い、どこか庶民的な味のハンバーガー。
「そうでしょう!」と、エビバーガモン達が自慢げに微笑む。
「本当においしいよ。俺、よく向こうでも―――」
言いかけて。
唐突に、向こうに戻ったところで、それはもう二度と食べられない料理かもしれないと。ほんの些細な考えが三角の脳裏を過って。
それが何も、ハンバーガーだけに限った話ではないと思い至るのに。
……日常が、遠い、とても遠いところに言ってしまったと改めて気付くのに、そう、時間はかからなかった。
「……テイマーさん?」
「先輩?」
「ううん、ごめん。ごめん。おいしいんだ。おいしくって、つい―――」
目元から零れた塩味が味付けを邪魔しない内に、三角は思いっきりハンバーガーを頬張った。
どんなに役に立てなくても。
どんなに弱くても。
……どんなに、怖くたって。
戦わなければいけない、と。そんな思いを、飲み込みながら。
「……食べ終わったら、キミ達の話も聞かせておくれ」
馬門には、そんな三角の気持ちが、やはりわからない。
わからないなりに、そう言うべきだと判断して。彼は三角の涙の理由を尋ねる真似は、しなかった。
*
同じ頃。
「……見つけちゃったわね」
一度デビドラモンに乗り換え、上空から周辺を捜索していたライダーが、とある建物の敷地内に留められた、天井部が足型に凹んだワゴン車を発見する。
彼女は、乗り物に好かれている。
好かれていると、思い込んでいる。
だが、本来はただの思い込みだとしても―――彼女をライダーたらしめる騎乗スキルは、彼女をそういうものとして、EX(規格外)のランクを定義づける。
呪いのように。
逃走手段に用いただけの、ただの車だとしても。乗り物である以上彼女の味方として、自分の存在を導に搭乗者達の位置を知らせてしまう程に。
「一先ず、夜を待ちましょう。その方があなた達、パゥワーを発揮できるのでしょう?」
そしてそれは、この邪竜型デジモン達も例外では無い。
竜種ですら、彼女を背に乗せて空を舞う事を厭わない。
「出来れば、あなた達で仕留めてちょうだい」
私、ずるい人間なのよ。と。先程までに比べれば、ひどく静かに呟いた少女に応え、邪竜達が、そしてもう1頭の『悪魔』が、ビル風のように宙に吼えた。