注意
このお話からは、執筆者(快晴)以外が作成したキャラクターが登場しています。
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「「あ、あの……?」」
月の色をした瞳の奥。小豆色の髪を独自のツインテールにした少女は、その山羊にも似た長方形の瞳孔で、じっと目の前の紫色の吸血種デジモン――ネオヴァンデモンを、見つめていた。
数分前から、ずっと。
穴が空く程、という表現は、まさしくこんな時のためにあるのだろう。と、いよいよ耐えきれなくなって口を開くネオヴァンデモン。
コウモリを模した兜の下、青白いアンデッドの肌には冷や汗まで浮き始めている。何分彼女『達』は、嫌悪を含まない視線には慣れていないのだ。
「「僕(わたし)達、何か貴女の気に障るような事―――」」
「ねぇねぇ君、好きな人っているのぉ?」
「ひゃい!?!?!?!?」
混ざりあっていた声が、突如として女性のものだけになる。死人の頬に『彼女』由来の血が通い、お手本のような赤面と共に、黒い翼がばさばさと揺れる。
と、
「うん、いるよ」
取り残されていた少年の声が、ネオヴァンデモンの表情とは裏腹に、あっさりと少女の問いかけを肯定する。……まあ、わざわざ答えずとも一目瞭然なのだが、ネオヴァンは黄金色の瞳―――本来であれば、この種の瞳は赤色である筈だが―――をぐるぐると回す。
「ちょ、ちょ―――ピコデビモン!?」
「それってぇ、君とおんなじ、ネオヴァンデモン―――だったり、しないよねぇ?」
「うん、違うよ。今は―――」
「わーーーーーーっ!!??」
いかに異形の吸血鬼とはいえ、ネオヴァンデモンが持つ口はひとつ。
そのひとつだけの口で漫才のようなやり取りを繰り広げる彼女達に―――少女はにこ! と、花のように微笑んだ。
「よかったぁ。まよに恋のらいばる出現!? なんて思ったけどぉ、むしろ恋する乙女仲間だぁ!」
「こ、恋―――」
「ごめんねぇ、女の子の月光将軍(ネオヴァンデモン)って、まよ、初めて見たからぁ。まよがびびっ! とだぁりんとはぁとの形で繋がる運命の赤い糸が見えちゃったみたいに」
「繋がっていないぞ」
「絶対にナイけど、でも、おんなじ種族の同士で惹かれあっちゃったら……万が一だぁりんが浮気しちゃったら……!」
「浮気にはならん。そもそもだな―――」
「まよ、君のこと殺さなきゃいけなくなっちゃうでしょぉ?」
ぽかん、と目を見開いて。
そうしてすぐに、ネオヴァンデモンはにこりと、口元に弧を描く。
「「両想いなんですね」」
「何故そうなる」
先程から少女の言動にちょくちょく口を挟み、今しがたネオヴァンデモンにもツッコミを入れたそのデジモンもまた、月光将軍の異名を持つ究極体デジモン・ネオヴァンデモン―――こちらは、通常通り赤い瞳を持つ―――だ。
きゃー! と、頬を紅潮させて、少女―――背後にいる方のネオヴァンデモンのパートナー・中舞宵(アタル マヨ)は、全身のトゲが軽く食い込むのも気にせず目の前のネオヴァンデモンに身体を押し付けた。
「わかってるぅ!」
「何もわかってないぞ。そいつも、お前も」
「まよ、もちろん一番はだぁりんだけど、君のことも気に入っちゃった♡」
慌てて、ネオヴァンデモンは己のテクスチャを作り変える。彼女はボディタッチを含むコミュニケーションには不慣れで、だからこそ、万が一にも舞宵に怪我をさせてはいけないと、とっさに思っての事だった。
「わっ」
突如縮んだネオヴァンデモンに、バランスを崩した舞宵を、彼女達は受け止める。
現れたのは、舞宵より若干背の低い、ややぱっつん気味の肩までの金髪に、蜂蜜にも似た金の瞳を持つ女性だった。
「「えっと、急にごめんなさい。でも、鎧で怪我をさせるわけにはいかなかったので……」」
「えぇー? いいのにぃ。まよ、だぁりんのちくちくで慣れてるもん」
「慣れるな」
「「それに、パートナーデジモンさんと同じデジモンが2体というのも、やりづらいかと思いまして。……多島柳花(タジマ リューカ)。一応こちら「も」真名なので、お好きな方で呼んでください」」
「そっかぁ。じゃあ、りゅーちんだね」
「「りゅーちん」」
「じゃあ、早速恋バナしよっか♡」
「恋バッ……!?」
咄嗟に2人の同行をによによ笑ってと見守っていた、もう1体のエインヘリヤル―――長い黒髪に白衣姿の女性・雲野環菜に助けを求めて目配せする多島柳花。
だが環菜は
「舞宵ちゃんだっけ? その子、ちょっとシャイなところがあるんだけど、悪い子じゃ―――いや、アンタの場合悪い子の方がいいのかね? まあ何にせよ、そういう話をできる相手なんて今までいなかったからね。たっぷり話し相手になってやっとくれ」
とこの調子だ。
最も、舞宵はことさら嬉しそうに、顔を綻ばせるのだったが。
「はぁい!」
「か、環菜博士……ッ!!」
「まあ実際、味方と仲を深めるのは良い事です。玻璃が帰ってくるまでは、同じデジモンに縁を持つ者同士、是非楽しく過ごしてください」
「幸樹さんまで……!?」
たじたじの柳花と、ぐいぐい行く舞宵。とはいえ柳花と共にある『彼女のパートナー』が舞宵を止めようとしないあたり、柳花自身、舞宵を悪く思っている訳ではないらしい。
もちろん、「好きな人」の話を、全くしたくないと思っている訳でも。
ネオヴァンデモンが、呆れたように息を吐いた。
「お前達。こんな慣れ合いをしながら世界を滅ぼすつもりなのか?」
「ええ」
対照的に、柳花に「幸樹さん」と呼ばれたスーツの男は機嫌よく唇の片端を持ち上げる。
「その方が楽しいでしょう? 少なくとも妹は、そのように考えていますので。実際ワタクシ自身、父のように無法者を集めて殺伐とやるのは、趣味ではありませんから」
「……その妹(テイマー)は私達以外のエインヘリヤルを連れて、夜も待たずに繰り出した訳だが」
「仕方ないでしょう。新しい玩具の性能を試したいと思うのは、子供なら誰しもが持ち合わせている欲求だと聞きます。玻璃にもそれがあって当然ではありませんか」
「……付き合っていられないな、狂人には」
「なんでぇ? さやちー、すっごくステキな子だよぉ」
「そう思うなら「狂人」の部分で反応してやるな」
なんだかんだ言いつつパートナーや契約者(テイマー)の兄に対して律義に対応してから、「寝る。起こすな」と音も無く霊体化して部屋を後にするネオヴァンデモン。
さしものスーツの男にも、高ランクの気配遮断が発動しているアサシンを目で追うことはできない。ので、とりあえず出入口の方に目をやりながら、彼は引き続き、口元に笑みを湛え続けているのだった。
「確かに妹の笑顔はプライスレス。とはいえ笑顔の貴方は、何か悩みを抱えているようね」
「……」
「私もかつては伝説の占い師、新宿のチャンネーと呼ばれたエインヘリヤル。すべてお見通しよ。そしてこれを言っておくと、すごくそれっぽい占い師ブームが出来ると最近気付いたわ。私、不思議、発見」
「ライダー」
男は流石に眉を潜めて、部屋の内窓を勢いよく開けてからガラス窓をぶち破るポーズで突入してきたライダースーツの少女の方を見やった。
「貴女は、玻璃に同行した筈では?」
「私をライダーと呼ぶ割に、このクラスの事を解ってないわね、貴方」
怪訝そうに目を細めつつ、ひとまず騎兵(ライダー)とクラス名で呼んだ少女に続きを促すスーツの男。
少女は意味深に頷いて、さらりと長い紫色の髪を掻き上げた。
「ライダー。即ち騎兵。もっと言えば、走る何かに跨る者」
「そうですね」
「つまり私達ライダーは、空と大地と海を自由自在に駆け巡る呪われた走者、悲しきRTAマシーンとも言えるでしょう」
「言えませんね」
「疾風(かぜ)になるとは、そういう事なの」
「そう……なのですか」
スーツの男は折れた。ついでに少しだけネオヴァンデモンの気持ちを僅かに理解した―――かは、誰にも解らない。だが、男がライダーを理解しきれなかった事だけは確かなようだった。
「まあ、ようするに」
そんな男の様子を、柳花にしているのと同様に見守っていた環菜だったが、ライダーが付き従っていた筈の京山玻璃と共にいない、という事態を多少重く見たのだろう。
腰かけていた机から降りて、彼女は男に助け舟を出す。
「多少離れていても、ライダーのアシなら玻璃ちゃんとすぐに合流できる、的な事を言いたいのかい?」
「よく解ったわね」
解らない前提で喋っていたのかと、男は軽く頭を抱えた。
「で、一旦こっちに戻ってきたって事は……ひょっとして、玻璃ちゃん達とはぐれたとか?」
「単独行動はアーチャーの専売特許ではない、とだけ答えておきましょう、名探偵」
「柳花ちゃん、お取込み中のとこ悪いけど、ちょっとデビドラモンを1匹連れてきとくれ」
「「は、はい! ちょっと待っていてくださいね、舞宵さん」」
「やぁん、「まよ」でいいよぉ」
はぐれたんだな、と判断した環菜が、流石に柳花を案内用のデビドラモンを呼びに向かわせる。
今度は、スーツの男が溜め息を吐く番だった。
「ライダー。初仕事という事で今回は大目に見ますが、戦力の分散は妹の危険に繋がりかねませんので。ワタクシもエインヘリヤルとはいえ玻璃とそう歳の変わらない少女を手にかけるのは『心』が痛みます。そうしないで済むよう、次からは注意して下さい」
「善処するわ」
とはいえ、と。窓の外に連れてこられたデビドラモンの方へ向かいつつ、「この子本当に解っているのか」と疑いの視線を隠そうともしない男に背を向けたまま、ライダーは語り掛ける。
「何ですか」
「歳は随分と離れているけれど、貴方はお兄ちゃん。私はお姉ちゃん。かわいい妹を持つ者同士」
「……そうですね」
「力になれる事があるなら、早めに言いなさい。新宿のチャンネーから、運勢最下位の蟹座の人に贈るワンポイントアドバイスよ」
「そう思うなら早く玻璃のところに向かってください」
やるべき事はやった、と背中で語りながら、ライダーは窓枠から身を乗り出して、デビドラモンの背へと飛び移る。
「さあ、今日の貴方はテイマー行きの超特急よ。GO!」
そして着いてきなさい、『ベヒちゃん』。と、地面にいる何者かに呼びかけて、彼女は跨ったデビドラモンの脇腹を軽く蹴る。
これほど邪悪なデジモンはいないとまで謳われるデビドラモンは、しかしそんな扱いに対してもライダーを振るい落とす事無くその背にしっかりと乗せて、彼らの拠点を飛び立った。
「全く、子供ってヤツは恐ろしいねぇ」
何とも言えない表情でライダー達を見送る男の隣に、環菜が並ぶ。
彼は何も答えず、ただ、力なく鼻を鳴らすのみに留めた。
環菜は振り返って、共に戻ってきた柳花の方を見やる。
柳花は再び彼女の帰りを待ち構えていた舞宵に飛びつかれて、顔を真っ赤にしながら『恋バナ』の続きを促されているようだ。
ライダーも、舞宵も。彼女達の振る舞いは、環菜にとっても実に好ましく、微笑ましいもので―――
「あー、ヤダヤダ。こんないい子たちに殺しを頼まなきゃいけないなんて、ホント、碌でもないハナシだよ」
それでも当たり前のように言いながら、環菜は空虚に笑うのだった。
*
第1相違点某所の児童公園にて。
闇の闘士に自分達の事情を明かした三角とシフ、それからバウモンは、彼女に促されて公園の隅に簡易キャンプセットを展開し、身体を横たえていた。
現在、周辺に敵性存在の反応は無い。見張っているので、休める時に休んで下さい。というのが闇の闘士の弁で。
「まあ、もっともな意見だ。夜は吸血種(我々)の時間だからね。君達の規則正しい生活に彼らが付き合ってくれるとは、あまり期待しない方が良いだろうから」
と、吸血種達の王、グランドラクモンにも促されて、始めはこんな陽の高い内から、と思っていた三角達も、この相違点での初戦闘を終えた緊張が徐々に解れてきたのだろう。気がつけば、揃いも揃って健やかな寝息を立てていて。
「電子人理守護機関・ラタトスク。暗がりに飲み込まれた――崩落した人とデジモンの未来を取り戻すために遣わされた、最後のテイマーとそのパートナー」
今の玻璃よりも少し上であるものの、十分に子供と言える年齢。『デジモンプレセデント』では、玻璃を除いた雲野デジモン研究所のメンバー達は皆大人で、もちろん玻璃自身は彼らの戦力となれるよう努めていたものの、彼女が前線に立とうとするのを、少なくとも正常だとは捉えていなくて。
「私の悩みなど、個人的かつ矮小なものと言えるでしょう」
故に、今の玻璃には、三角達が陥った状況があまりにも異常であると理解できる。
同時に、一緒に戦おうと言ってくれた友達の心強さも、戦う事ばかりが全てでは無いと励ましてくれたプロデューサーの優しさも、大事な仲間すら戦いに巻き込まざるを得なかった恩人の怒りや苦しみも、……そして、もう戦う必要は無いと自分を突き放した、最愛の兄の―――愛情も。
「もう1人の、闇の闘士」
独りごちりながら、答えの出ない思考を纏め続ける。
一緒に暮らしている内に、あの女研究者の悪い癖がうつったなと、微かに自嘲しながら。
「彼女は、何者なのか。……いえ、あちらからすれば、私の方こそ、でしょうね」
自分は本当に『京山玻璃』なのか。
そうであるとすれば、何故自分の側に『彼ら』が居ないのか。
そうでないとすれば、何故自分は京山玻璃の記憶や能力を持って現界したのか。
相違点に召喚されてからずっと続けている問いかけに、不安定な霊基はしかとは応じない。
「もう1人の闇の闘士に、会わなくては」
そのためには、戦力がいる。
結局自分は、困っている三角達を、彼らの世界の危機を利用するのだ。と。
闇の闘士は、以前であればまず持ち得なかった『罪悪感』に眉をひそめ、息を吐く。
それでも―――世界にとって己が『悪』だとしても、レーベモンの姿を取れる以上、彼女の『正義』を闇のスピリットが肯定してくれていると解るのは、ランサーにとっては特別心強い事だった。
だからこそ彼女は、『闇の闘士』という肩書きだけは、堂々と名乗る事が出来る。
今はそれだけが、彼女をエインヘリヤルたらしめる「よすが」であった。
だが―――皮肉にも。
「ッ!?」
彼女が闇の闘士であるが故に、本来1つで2つの側面を持つ闇のスピリットは、片割れの行動を探知する。
―――目的地はすぐそこだよ。何の目印も無いヘンピな所だけれど、私とお兄ちゃんの思い出の場所なの。
脳に直接響き渡る、無邪気な声音。
自分では出したことの無い弾んだ調子は、しかし紛う事なき自分の声で発せられているもので。
―――そんなところにさぁ。大嫌いな奴らが……私や私の友達、そしてお兄ちゃんを平気でいじめるような奴らが、虫みたいに寄せ集まってるの。嫌でしょう? 気持ち悪いでしょう?
現在光のスピリットの適合者と化しているシフが、文字通り飛び起きる。闇と表裏一体のこの闘士の性質が、闇の闘士に続いてシフにもかの存在の接近を知らせたのだ。
続けざまに、デジヴァイスの通知音がけたたましく鳴り響く。
「三角! 起きてください、多数の生体反応―――デビドラモンの群れ、及びエインヘリヤル反応です!」
それも一騎では無く、と続ける名城に、寝起きにもかかわらず真っ青な顔でがば、と身を起こす三角。
マップに表示される反応が指し示すのは、先の集落がある方角で。
―――だから、いっそのこと。もう二度と寄りつかないよう更地にして、今居る虫は虫らしく、全部潰しちゃおうと思うの。
「っ、ダメです!!」
「ランサー!?」
「スピリットエヴォリューション・ユミル!!」
ランサーの身体がバーコード状の光の帯に包まれ、少女から獅子へと変貌する。
オブシダンデジゾイドを纏った『漆黒の獅子』、獣の属性を持つ闇の闘士・カイザーレオモンだ。
一目散に、集落の方角へと駆けていくカイザーレオモン。すぐさまシフも姿をガルムモンへと切り替え、バウモンを抱えた三角も彼女の背中に飛び乗った。
インターネット回線に起源を持つと言われるガルムモンの性質上、俊敏性は現在のシフの方が勝っているらしい。
白銀の狼が、漆黒の獅子に並ぶ。
「ランサーさん、一体何が」
「もう1人の闇の闘士です! あの集落を襲おうとしている!」
「待ってくださいランサー!」
猛スピードの中口を開けない三角に変わって、名城が通信機越しに叫ぶ。
「その話が本当であればなおの事、今回ばかりは交戦の許可を出す訳には」
「いや、名城。これは考えようによってはチャンスだ。もう1体の闇の闘士―――聖解の持ち主が確実に近くにいるというのなら、多少無茶をしてでも聖解の奪取に賭ける価値はある」
「そうやって賭に出てホーリーエンジェモンに地面に縫い付けられていた奴が言う台詞ですか! ……ッ、でもどうせ言っても聞かないのでしょう貴方達も……! 総員、避難経路の割り出しと、敵性エインヘリヤルと思わしき存在の解析を! 手の空いている者はリソースをいつでも三角に回せるよう確認を! 急いで!」
グランドラクモンの提案、そして足を止めない2体の獣の闘士を前に、慌ただしく指揮を執り始める名城。三角は心の中で謝罪と感謝を繰り返しながら、一向に近づく気配のしない目的地の方を見やる。
デビドラモンの群れは、肉眼で確認できる位置にまで迫っていた。
―――あ、気を悪くしたならごめんね、アーチャー。大目に見てよ。厳密にはサイボーグ型でしょ? まあ私が一番嫌いな虫もサイボーグ型だったけれど、アレはカブトムシだったし。……気にしてない? パートナーデジモンの方は、そうは見えないんだけど。
そして獅子の瞳は、既に「もう1人の自分」と言うべき相手の姿を捉えている。
デビドラモンの背に立ち、かの邪竜達と、2体のエインヘリヤル―――巨大なコンテナを背負った巨大な蜂のデジモンを連れた、黄色いベレー帽を被った黒いロングヘアーの女性と、サングラスを装着した茶髪の男―――どちらも、闇の闘士の知らない人間だ―――を引き連れた、『悪』の闇の闘士・ダスククモンの姿を。
―――まあいいや。で? そろそろ射程圏内?
ベレー帽の女性が、どこか自信ありげに頷いた。
―――ああ、そう。じゃあ、始めて?
「エインヘリヤルの1体―――アーチャーのリソース反応が上昇! ……マズい、連中、宝具を使う気です!?」
「待って、あそこは、マスターの大切な―――」
「ランサーさん、止まってください!」
シフがカイザーレオモンを追い越し、正面に回り込む。
飛び越えていく事は、彼女には出来なかった。
もちろん、気持ちの上ではそうしたかった。
だが、向かったところで無駄であるとは、もはや火を見るより明らかで。
蜂のデジモン―――キャノンビーモンの蜂の巣にも似た巨大コンテナから、∞(ムゲン)の名を冠する量のミサイルロケットが飛び出し―――集落周辺へと、雨のように降り注いだ。
文字通りの、絨毯爆撃。
隅から隅まで、丁寧に敷き詰められた弾幕は、やがてもうもうと立ち上る爆煙へと姿を変え、その場所にあった全ての建物と取って代わる。
そしてその痕跡すらも許さないかのように、コンテナのハッチが閉じるのと同時に、キャノンビーモンの下腹部の大口径レーザー砲『ニトロスティンガー』が周囲を薙ぎ払う。
爆風に流されてきた塵が、三角の頬を掠める。
その中に、建物の残骸だけで無く、たったの数時間前に同じ場所に居た人々の残滓が混じっている事は、想像に難くなかった。
吐き気すら湧かなかった。頭が真っ白になるとは、こういう事なのだと、それを理解する余裕さえ無かった。
三角は目の前の光景をひとつも受け入れないまま、呆然と『集落のあった場所』を見つめ続ける。
それはこの場所に思い入れを持つ闇の闘士も同様―――あるいはそれ以上といった、有様で。
……故に、シフの呼びかけも、バウモンの鳴き声も、そして、名城の通信も、もっとずっと、遠いところにあって―――
「三角ッ! 気を確かに!! エインヘリヤル反応が急接近して―――」
「あっちからでもよく見えてたよ、あなた達のまぬけな顔」
ようやく三角の指示抜きでの撤退に踏み切ろうとしたシフ、そしてハッと意識を引き戻した闇の闘士の前に立ち塞がるようにして、『彼女』はその場に降り立った。
全身に紅蓮の瞳を持つ巨大な目玉のはめ込まれた、漆黒の鎧に身を包む騎士が、長い金糸の髪をたなびかせながら、一歩ずつ、だが確実に、三角達の方へと足を進める。
「だけど笑えない。笑えないよ。よりにもよって、『私』の偽物だなんて」
「偽、物―――」
「だってそうでしょう? お兄ちゃんがいない事に耐えられる私なんて、私じゃないもん」
「―――ッ」
闇の闘士の表情が凍り付き、対照的に『彼女』はにこりと細めた目で山型の弧を描く。
「だからきっちり解ってもらえるように、ちゃあんと自己紹介してあげる。私はセイバー、京山玻璃。ごきげんよう。そしてこれは、さようならのあいさつだから。どこかの駄作から来た闇の闘士さん」
「先輩、失礼しますッ!」
「!?」
「バウ!?」
三角とバウモンを背中から滑り落とし、スライドエヴォリューションの要領で戦闘服の人間形態に姿を切り替えたシフが、『リヒト・シュベーアト』を両手に構えて京山玻璃を名乗ったもう1人の闇の闘士・ダスクモンへと斬りかかる。
「やああああ!!」
目の前に、敵将がただ1人。グランドラクモンの言っていた『チャンス』であり、それ以上に、心無い『駄作』の一言がシフを突き動かしたのだ。
だが、光の刃が、ダスクモンの下にまで届く事は無かった。
「ッ!?」
ダスクモンは、竜の顔にも似た両腕から、妖刀『ブルートエボルツィオン』を抜刀してすら居ない。
代わりに『リヒト・シュベーアト』を防いだのは、ダスクモンとシフを隔てるように地面から突き出した、透明で歪な、氷の壁。
シフの表皮が、ぶるりと波打つ。それはけして、目の前に出現した壁から発せられる冷気だけとする由来するものではなかった。
次の瞬間―――氷壁の出現に気を取られ、背に走った寒気が所謂「虫の知らせ」であったと悟る寸前。光の刃からダスクモンを守った氷の壁を容易く砕きながら、巨大な鞭―――否、銀の装甲に覆われた象の鼻が、シフの細い身体をへし折ろうと迫る。
「!?」
慌てて『リヒト・シュベーアト』を交差させて受け止めるシフ。だが、咄嗟のこととはいえ、この体格差の相手に防御は悪手。
単純な質量が半ば押し潰すように彼女の守りを打ち崩し、体幹を崩して無防備になったシフの首を叩き落とさんばかりの勢いで、象の鼻が宙を折り返す。
「っ、スライドエヴォリューション・ユミル!!」
姿をレーベモンへと切り替えながら、すんでの所で割り込んだ闇の闘士が、左手に掲げた獅子の顔を模した盾『贖罪の盾』で攻撃からシフを庇い、打撃の勢いを利用してわざと弾かれ、シフを抱えながら後退する。
目論見事態は上手くいったとはいえ、象―――その巨体に反して、あまりにも静かに、迅速に。完全にシフや闇の闘士の死角を正確に突いて接近した古代獣―――マンモンの一振りは、見た目通りにあまりにも重い一撃。攻撃を受け流した筈の闇の闘士の手は、未だ残る痺れに小刻みに震えていた。
フン、と、ダスクモンが鼻を鳴らす。
「なあに、その貧相なヤツら。まさか、お兄ちゃんの代わりのつもり? 偽物にしたってもうちょっとどうにかならなかったの? 小さくて哀れで、まるで鼠みたい。私、『カンナさん』の事あんまり好きじゃ無いけど、同じ鼠でもあなた達と比べれば多少はマシ。帰ったらちょっとは優しくしてあげようと決めましたとさ」
「あんまり鼠を侮ってやるなよスノーホワイト」
と、侮蔑の眼差しで三角達を見下ろすダスクモンの隣に、マンモンの影からぬっと1人の中年男性が歩み出る。
茶色に染めた襟足の長い髪に、無精ひげ。耳にはピアス、目元には明るいブラウンのサングラス、と、見るからにチンピラじみた男は、笑っているようにも見えなくは無い弧を描いた唇の隙間から、抑揚の少ない声で流暢に言葉を紡ぐ。
「なんて言ったって『走り回る出っ歯(ラタトスク)』だ。連中、ご自慢の前歯でお前の宝物を仕舞ったこの世界(くら)に、大穴空ける気でいやがるんだぜ? それが鏡かけ壁とつるんでちゃ世話ねェが、何にせよ、陽気に笛を吹きながら潰せるような相手だとは思わない事だ」
そんな彼に対して、ダスクモンは、怪訝そうに眉間を寄せる。
「急にどうしたの? バーサーカー。貴方、そんなに喋るキャラクターだった?」
ここで、男―――その立ち位置を見るに、恐らくマンモンのテイマー―――の登場に呆気にとられていたシフが我に返る。
ダスクモンの言動の中に、聞き逃せない単語があったとようやく気付いて。
「待って下さい。環菜さん、って。まさか、雲野環菜博士も―――」
だが、当然ダスクモンが、彼女に答える義理は無い。
むしろ余計なことを口走ってしまったと大きく息を吐いて、赤い眼差しでシフを睨んで返す。
「どいつもこいつも、チューチューうるさぁい! アーチャー!!」
「はいはい、ここに居るとも」
涼しい声が三角達の耳に届くのと同時に、彼らの背後が突然爆ぜる。
再び、アーチャー―――キャノンビーモンのコンテナから放たれたものだ。
直接三角達を狙う事も出来た筈なのに、あえて彼らを巻き込まない位置を狙った理由は、ただ一つ。
お前達は逃げられないと見せつけて、こちらを嗤うために違い無い、と。
シフに庇われながら身を屈めた三角の額に、冷たい汗がつぅと伝った。
「来るのが遅い!」
「仕方が無いだろう? 実験の基本は同条件下での比較。故にサンプルは、一つでも多いに越したことは無い。君も将来理系を志す気でいるなら、覚えておいて損は無いよ」
「アドバイスありがとうアーチャー。私絶対、リケーには行かない」
「もっとも、君を待たせる程実りのある観察結果でも無かったから、その点は謝ろう。通常のモンスター……いや、デジモンと、人から進化したデジモン。両者の消滅の仕方に、差違は無かった」
「どうでもいい」
「ドウデモイイ」
ダスクモンと、どうやらキャノンビーモンが発したと思わしき声が重なる。
三角は自分の耳を疑っていた。この人は、何を言っているのだろう。と。
アーチャーと呼ばれたベレー帽の女性は薄く微笑んでいるが、三角にはそれが余計に恐ろしかった。彼女の赤ぶち眼鏡の奥にある瞳が宿す光は、軽薄ではあっても、冷酷ですら無い。自身の興味関心だけを、行動原理にしているように見えたのだ。
「知りたがりは、ミツバチでなら可愛らしいもんなンだがな」
「ふむ、花も恥じらう女子大生に酷い言い草だね」
「ジブンデイウナ」
「無力なモンスターをセイヨウミツバチに重ねて私を凶暴なスズメバチ扱いするのは結構だが、そもそもテイマーから削除(デリート)の指示が出ていた命だろう? 私の行動原理もハチの習性も、失われゆく存在を余すこと無く最後まで有効活用する姿勢には変わりない。そこに独善的な好悪の念を持ち込むのは、堅物な神父様みたいで面白みに欠けると思うのだけれど」
「なるほどお前の言う通りだ。360度の88mmを熱殺蜂球だとうそぶくミツバチと比べりゃあ、『雀』蜂だなんて、だいぶと愛嬌がある」
「ところで君、さっきまでそんなに饒舌だったっけ?」
「……雑談なら後にしてくれない?」
バーサーカー。と呼ばれたマンモンのテイマーがアーチャーに絡んでいた隙に、どうにか退路を探っていた三角は、しかしちらりと視線を流した方角にダスクモンが歩みを進めた事でその望みを絶たれる。
兜の形状によって口元こそ隠れているが、彼女が自分達をせせら笑っている事だけは、目元だけでもくっきりと伝わってきて。
呼吸さえままならなくなる。ただの人間に過ぎない三角には、圧倒的という言葉さえ生ぬるく感じる力量差。そんなエインヘリヤルが3騎も自分達を取り囲んでいて、自陣営の2騎が、その内の1騎―――完全体であるにもかかわらず―――にさえ歯が立たないことも、今し方見せつけられたばかりで。
通信機越しに、強制コネクトダイブ―――相違点そのものからの退去を準備する声が聞こえてくる。
何の役にも立っていない。
やはり無理だったのだと、皆が諦めかけている。
―――考えなければ。テイマーである自分が、なんとか指示を出さなければ。
どんどん熱を失ってい青ざめていく頬を押さえつけながら、必死で空回りする思考を纏めようとする三角を、やはりダスクモンは心底つまらない生き物を眺めるように、笑っている。
「可哀想。必死で考えればなんとかなるって、そう思おうとしているところが余計に惨めね」
「貴女は」
動揺で動けない三角と、彼の側に控えるシフを、闇の闘士が背に回す。
「貴女こそが本物の『京山玻璃』だとして。何故、そのままにしておいても滅び行く世界を、わざわざ蹂躙する必要があるのですか」
「はぁ?」
「必要性を感じない。合理的では無い。私には―――貴女の考えが解らない」
「……はぁ」
ダスクモンの笑みが、ふっとなりを潜める。
「あっきれた。そんなのだから、お兄ちゃんが犠牲にならなくちゃいけなかったんだ」
吐き捨てられた言葉に、闇の闘士の呼吸が止まる。
私ね。と、控える2騎のエインヘリヤルに制止の合図を送りながら、ダスクモンは腕を胸元へと添えた。
「私、もう我慢はしないことにしたの。子供らしく、自由に生きることにしたの。ゴーリセーだとかヒツヨーセーだとか、そんな難しい事は、もういいの。私が『普通』にしてないと―――お兄ちゃんに、また心配をかけちゃうでしょう?」
そりゃあもう、自分を犠牲に、クソ老害(おやじ)を暗黒の海に封じなきゃいけない程に。
……闇の闘士が、京山玻璃の記憶を持つ故に。
『京山玻璃』の言葉は、深く、深く。闇の闘士の『心』に、突き刺さる。
「だから、殺すの。私に、お兄ちゃんに、友達に。嫌なコトばかり強いてきた奴らに、今度は私達と同じ目に遭ってもらうの。……いいえ、そんな小難しいことは抜きにしても」
しゃりん、と、所謂鐔鳴りに近い音と共に、深紅の波状の刃が、ダスクモンの両手から飛び出した。
「子供は、理由無く虫を殺すものでしょう?」
そう、口上を決めて。
……数秒間を置いてから、振り返ったダスクモンが「貴女達の事じゃ無いよ?」と若干気まずそうに補足する。
「コンナノ、バッカリ」
「「子供」の言う事だ。大目に見てあげようじゃないか」
もはや言葉も出ないのか、代わりにがしゃん! とコンテナの奥で何らかの駆動音が鳴り響く。
同時に、マンモンも静かに前半身を傾ける。必殺技である『タスクストライクス』にも『ツンドラブレス』にも繋げられる構えだ。
「さて、おしゃべりはここまでよ闇の闘士。不完全な霊基を、偽物の証の弱々しさを噛み締めながら、そこの鼠どもと一緒に跡形も無く消え去ってちょうだい」
ダスクモンの剣『ブルートエボルツィオン』が禍々しい光を放つ。
「っ」
改めて闇の闘士が贖罪の盾を掲げ、シフも彼女に並んで『リヒト・シュベーアト』を構えるが、ダスクモンの一撃を凌いだところでキャノンビーモンの爆撃やマンモンの牙、あるいは氷結ブレスが控えている。
スピリットは、使用者の心の状態が強さに直結するアイテム。
動揺に心の乱れた彼女達では、どう足掻いても、この危機を脱する術は見当たらない。
―――それでも、巻き込んだ以上は、彼らだけでも―――!
力を貸してください、と。
縋る相手すら見つけられないまま、ダスクモンの剣の輝きは最高潮に達し―――
「待て、上だ!」
サングラスの男性の声より僅かに先んじて、その長い鼻を天へと掲げ凍てつく『ツンドラブレス』を鼻腔から噴出するマンモン。
刹那、今まさにダスクモン達目がけて降ろうとしていた火球が凝縮された冬の嵐を巻き込んで爆ぜ、両陣営が吹き付ける爆風に身体のバランスを崩す。
その、一瞬の隙を突いて。
ふわ、と。新たな風が吹いて、次の瞬間、闇の闘士の足が地面から離れる。
「!」
目を開けたときには既に地面は遠く離れ、彼女の身体は何者かに抱えられながら、いつか見た6月の空を再現するかのような曇り空目がけて、舞い上がっていた。
姿は見えずともその気配に勘付いたバーサーカーが、途端にサングラスの下にまで指を滑り込ませ、目元に爪を突き立てる。
「眩しい、眩しい。痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い!! 選ばれし子供……選ばれし子供ッ!!」
ずぶり、と爪の沈み込んだ先から、生ぬるい血液が涙のように零れ落ち、そのクラス通り、狂ったような絶叫がバーサーカーの喉を揺らす。
「―――っあアあああアァ!! マンモンッ、マンモンッ!! さっさとアレを撃ち落とせこの木偶の坊!!」
「しっかりして」
と、豹変したバーサーカーに思わず気を取られていた闇の闘士は、不意に凛と響いたその声に、顔を上げる。
見れば、ややきつい印象のつり目の少女が、肩までの黒い髪と、胸元の琥珀のペンダントを風に揺らしながら、闇の闘士の隣を飛んでいて。
否、実際に彼女自身が空を飛んでいるわけでは無い。闇の闘士を支えている存在に、同じように、抱えられているのだ。
だが、マンモンの牙をミサイルとして発射した『タスクストライクス』が隣を掠めていくのにも動じること無く、堂々と腕を翼のように広げている姿は、解っていても「空を飛んでいる」と。そう形容したくなる風情があって。
「あなた、闇の闘士で、鋼の闘士なんでしょ?」
少女が、闇の闘士へと問いかける。
「え?」
「だったら、優しいだけじゃなくて。誰よりも強くて頭がよくて、カッコよくなくっちゃ」
ぽかん、と目を見開く闇の闘士に、不機嫌そうに、しかしどこか優しさや、懐かしさを漂わせる声音で、そうでしょ? と、少女は続ける。
戸惑う闇の闘士に代わって、そこに確かに居る『龍』は、曇り空に向かって大きく吼えた。
一方で地上の三角とシフも、闇の闘士と同時に、しかし別の存在によって戦線を離脱させられていた。
黒いライダースーツを纏った高身長の人型デジモンは、降り注ぐミサイルを縫うように避わしながら、両脇にそれぞれバウモンを抱きかかえた三角とシフを挟んで、建物の隙間を駆けていく。
「クソッ、混ざってる以上は仕事してくれや大公爵! 今更王様に足使わせるとか正気か!?」
そのデジモンの吐いた悪態は、しかし三角達に向けられている訳ではないらしい。まるで、自分自身の内側に喋りかけているようだと、三角はそんな印象を覚える。
「あっ、あのっ、あなたは」
「誰なのですか貴方は!」
激しい揺れと腹部の圧迫にうまく声を出せないシフに代わって、デジヴァイスから名城が彼へと問いかける。
あん? と、三角を見下ろして、紫色の仮面の下で、ライダースーツのデジモンはにぃっと尖った犬歯を見せつけた。
「おいおい、こんなイケメン様のツラを拝んでおいて、「誰なのですか」はねエだろうよ。そんなお高い木の上から俯瞰してる以上、どうせアテなら付いてるんだろ?」
「全然。いや、マジで。もちろん種族は存じていますが、この世界にどれだけの数、キャラクターとしての『ベルゼブモン』が存在していると思っているのですか」
「……それこそマジで言ってる?」
俺様、辟易。
言いながら、一際大きく地面を蹴った人型のデジモン―――暴食の罪を司る七大魔王が1体・ベルゼブモン……の姿をしたエインヘリヤルは、背後の爆風に乗ってさらに前方へと跳ぶ。
と、
「大王さまー!」
「こっち、こっちです!」
そこにはやや大型のワゴン車が待ち構えるように停車していて、開け放たれた扉からは、三角の膝までの大きさしか無い2体の成長期デジモン―――エビバーがモンと、バーガモンが、目印にするようにハンバーガーの描かれた槍を旗代わりにして振っていた。
応、と車のちょうど手前に着地したベルゼブモンは、三角とシフを乱雑に車へと投げ入れる。
「わっ」
シートの上に重なるように、しかし全身が車内に収まったのを確認してから、エビバーガモンとバーガモンは協力していそいそとワゴンの扉を閉める。
途端、ごっ、と鈍い音を立てて車の天井に大きな足型に凹み、同時にぶろろと車のエンジンがかかった。
「心配はしなくていいよ。騎乗スキルはあるし、何より前は免許、持ってたんだ」
シフの下敷きになりながら、どうにかバウモンが抜け出す隙間を確保しつつ、運転席の方を見やる三角。
声変わりを終えたばかりのような、やや高い男性の声。それ以外は、黒い短髪である事と、辛うじて白衣を着用しているらしい事しか確認できない。
「ただ、安全運転には期待しないでおくれ。まあ、死ぬよりはマシ、ってコトで」
ただ、三角よりも少しだけ高い位置に視点があるシフは、ルームミラーに反射する男の目を見て、彼の正体に見当が付いたらしい。
「あなたは」
男がアクセルを踏み込む。
本人の言う通り、騎乗のスキルが車を問題なく起動させ、性能の事実上の限界と思われる速度―――道路交通法を間違い無く違反しているスピードにまで加速する。
もちろん、それでもある程度の俊敏性を持つエインヘリヤルからすれば大した速度では無いだろうが、車上ではベルゼブモンが構えている。ぱあん、ぱあんと鳴り響く発砲音は、アーチャーのミサイルを迎撃しているか、追っ手を牽制している際のものに違いなく。
「セイバー、馬門志年」
周囲の音が収まった頃だろうか。
ようやく、運転手の男が無理な体勢でシートにしがみ付いていた三角達の方へと振り返る。
事実上、助けられた身分ではあるものの。
先のアーチャーに負けず劣らずの、軽薄な印象の瞳だと、三角は僅かに身体を震わせる。
そんな彼を見下ろして、やはりどことなく薄っぺらい笑みを貼り付けた男―――馬門志年は、続けて彼へと、問いかけた。
「それで? 君が、ボクらのテイマーなのかい?」