
その大きな家は、住宅というよりは研究所のようなものだった。
地下に広がる大きな一室で、黒八木理羅(くろやぎ リラ)は、視線をディスプレイと伝送装置の間で左右させながら胸躍らせて何かを待っていた。そんな派手で長い金髪にショッキングピンクのメッシュをこさえた白衣の少女を心配そうに見つめる銅色の丸々したロボット。
「お嬢、あのメールはやはり本当なのでしょうか?」
「本当だよ、あたしのバイタルサインの反応が日増しに強くなってるし、見てなかったの?」
「ウィルスやクラッキングかもしれませんよ?」
「それに脅えちゃ研究はできないって!!」
リラはガードロモンを軽くあしらった。
その刹那、伝送装置がまばゆい光を放ち、リラは歓喜した―
デジモン・ザ・トゥモロー
「キミはどこから来たの?」
「そのクリスタル、その見かけない顔、やっぱりウィノウスだぁ!」
「え?いきなり何?!」タイシは派手な少女を前に困惑する。「あの・・・あなたは?」
「ああ、あたし?黒八木 理羅。そしてこの子は・・・」
青紫のサイボーグゴリラは相方とは反対におどおどしている。
「はじめまして・・・僕、キコです・・・。『ドンモン』という種の・・・」
「ふむ、君も見たことないデジモンだな・・・」
そんな二組をけげんな眼差しで見るチエ。「何かご用ですか?」
「う~ん・・・やっぱり見過ごせないんだよね・・・あたしとキミのパートナー」
タイシはあのウォーグレイモンの通達とウイングドラモンの忠告を思い出した。
「もしかして、誰かに狙われてるとか?」
複雑な表情でしばし周りをにらむ。そこでリラは指を鳴らし、
「そうだ、あたしのラボに来ない?そこで色々話したいの」
「え?いきなり言われても・・・あれ?外崎さん?」
「ごめん、これからお手伝いなんだ!じゃあまた!!」
猛ダッシュで帰宅するチエを前に呆然とするタイシ。とりあえずリラについていく事にした。
だが彼は、割と従順な態度で追っていった。何故なら、彼女ならワンワンに関することを少しは知っているかもしれないし、うまくいけば保健所送りだけは防げそうだと感じたからだ。
「・・・やっぱりウィノウスだ」
事は現在から3日前にさかのぼる。
黒八木家にある大型伝送装置の床からまばゆい閃光が走ったかと思うと、そこにいたのは赤髪で黒衣の壮年男性を思わせる戦士と、青紫色の毛と半機械の身体、そして朱色の結晶を持つゴリラだった。
「君なのか、私の伝言を拾ったのは」
「はい~そりゃこのわたくしに掛かれば朝飯前で~」
「とにかく早く伝えよう。我々は遠くない未来に襲い来るデジモンの新種、『ウィノウス』の脅威に備えるべく、この子らを守る任務に就いた」
「『ウィノウス』・・・?」
「ウィノウスはこの世界はおろか、次元をも書き換えうる危険な存在だ。それに対抗するには、同じウィノウスに属するデジモンを育てねばならない」
「・・・まあ、あたしがちょっと拾ったようなもんですけど、何で連れてきたの?」
「我々が追手を引き付けている間、君達はその子を正しい道へ進むよう育ててくれないか?
無責任であることは承知だ。でもこれが最善の方法なのだ、すまない」
伝送装置に稲妻が走っている、嫌な予感がした。
「わかった、この子はあたしが育てる!必ず、強くして見せる―」
「ありがとう、信じているぞ―」
戦士は光の中へ消えた・・・。
「・・・とまあ、あたしの好奇心もあってこの子を引き取ったわけ」
「好奇心って・・・事の重大さがわかってないじゃないの、リラさん」
タイシはリラの話を聞いて余計押しつぶされそうになったうえ、彼女の余裕しゃくしゃくな態度に呆れていた。
「・・・で、聞いた話はそれだけ?」
「じゃないかもしれないよ。だって、ほら・・・」
リラのザックログにはテイマーに属さないボルケーモンのアドレスがあった。とはいえその内容は文字化けしていて、判るのは火山を生やしたアメフトプレイヤーの画像のみだった。すると・・・
「このヒトからメールだ」
「でもやっぱり文字化けしてるよ」
「まあ、このくらいの文字なら・・・」
「待って、リラ!」キコが割って入る。
(お前さっきまでモジモジしてたのに急にりりしくなったな・・・)ワンワンがデバイス内でぼやく。
(二人だけの秘密にしよう)
(いや、今すぐ外部と遮断するから、まず伝えて)
リラはパソコンを操作して家中のセキュリティを強化した。
「じゃあリラ、言うね―
『この間はすまなかった。ただ伝えたいことがある。
未来の新種、ウィノウスの最大の目的は、自分たちが“新たなる支配者”として世界に君臨することだ。
その達成のため、現存デジモンはおろか現生生物全体の生態系を壊滅させかねない。
奴等は言っていた“選ばれた者達の望む、永遠の楽園をつくる”と。
だが幸いなことに、ウィノウスすべてがその思想を持っていないことと、その中でも特異な種がいる事が判っていた。
そこで私達は3つのウィノウスのデジタマを過去に運び、我々の味方となるように善良なテイマーに託す命をイグドラシルから受けた。
重ねて申し訳ないが、その子らを頼む。
ケン』」
「そうだったのか・・・だからあのとき・・・」
「どうしたの、タイシ君?」
「いやいや、オレとタイシが3匹のエアドラモンに害悪扱いされて襲われちゃってさぁ~」
「どうやらデジモンの間でもすでにウィノウスの噂は広まってるらしい・・・ワンワンさえも。オレ、そいつをどうするか迷っていたところなんだけど、余計に危ないじゃないの」
「え⁈オレを見捨てんのかよ、タイシ!!」
タイシは唇をかんで眉間にシワを寄せてうつむいた。
「親御さんには秘密に・・・なんてできないよね」
「リラさん、他人事みたいに言うなよ・・・お互い当事者なんだから」
ふと顔を上げるとそこには昨日見た顔があった。
「善良なテイマー・・・みんながみんなそうだといいんだけどな、
―武藤ソウマ!!」
武藤ソウマが部屋の隅っこでヘラヘラしていた。
「え?ムートー?この子とトラブったの?!」
「『ムートー』はやめろってんだこのケバケバ女!!」
「ふたりとも・・・知り合い?」唖然としながらタイシが聞く。
「んまぁ・・・『悪友』ってヤツ?カレも相当なデジモンと兵器マニアで・・・」
「うるせぇ!!」
「でもテイマー資格ひと月停止じゃ手も足も出んわなぁ」
「え?!あっそうなの?!あ~あ・・・やっちゃったね」
「ったくお前みたいなのにも襲われて生きた心地がしねぇよ」
歯ぎしりするソウマ。憤りながら地上に出た。
「あいつとあたしは、まあ色々とウマが合うんだけど、どーも好戦的でいかんのよ」
「それはさておき・・・」
タイシは暗めな表情でザックログを見つめる。ワンワンの表情にも少し怒りがある。
「どうにもならないな・・・」
「なんでよ?」
「だってうちはまず論外、母さんが許してくれないし、もし保護区に連れて行っても、そこにいるデジモンや職員さんたちが狙われるし、それでもウィノウスってヤツらに対抗するにはお前を育てなきゃだし・・・でも・・・オレ一人じゃ・・・」
リラは首をかしげながら少し考えた。そしてタブレット端末をいじりながらタイシに問うた。
「だったらさ、『DIGIT』のサポートを受ければどう?」
「デジット?」
デジモン国際警備及び情報収集団(Digimon International Guard and Intelligence Team)とは、近年増加するデジモン犯罪や紛争、その他の脅威に備えて結成された警備や諜報のエキスパートが集まる組織。リラとその両親はその資格を持つ会員だという。
タイシはあることを思い出した。
「そこって、『メイガス』とも関係があるんじゃ・・・」
「そ、メイガスの社員さんはDIGITに守られてるの」
「それじゃぁ・・・」
タイシは一縷(いちる)の希望を見出していた。父、悟はメイガスの社員であるため、コネクションを使ってDIGITのサポートを受けられるだろうと考えた。だが・・・
「・・・う~ん、やっぱり父さんはいつも忙しくて難しいな、サポートは」
「んじゃオレグレちまうぞ~」
「ああ~わかったよ!何とかするよ!!」にらむ相棒を前にたじろぐタイシ。リラに許可を得た後、彼は父に連絡をした。
「もしもし?タイシ?急に連絡なんてどうしたんだ?」
「実は・・・」
これまでのいきさつを話し、そして今後のワンワンの扱いやDIGITについて問いかけた。すると意外にも、
「わかった。父さんもこの件について応じる。但し母さんには内緒だぞ。数日以内にどこかで落ち合おう。追い追い連絡する」
「本当?!ありがとう・・・」
父の温かさすら覚える応対にタイシは胸をなでおろした。
「いいのかよ?そんなにやすやすと情報教えちゃって」ワンワンは少しいぶかる
「だって、今やほんの少しの情報で犯罪が・・・」
「解ってる、だけどオレには・・・」少し悔いているタイシに、
「リラはそんな悪い子じゃない!!」
さっきまで大人しかったキコが激高する。
そこにリラがなだめに入る。キコは出会って数日しかない彼女の事を非常に大事にしているので、彼女が少しでも侮辱されたと感じると怒りっぽくなるそうとのこと。
ただ、タイシにはぬぐえない疑問があった。
「あれ?ふたりとも、まだ生まれたばかりだよね?その割には、防犯とか相方のこととかよく知ってる風に見えるけど、何でだろ?」
「オレに聞いてもなぁ・・・」
「僕にもわからない、でも・・・」
二人の持つ結晶体がかすかに光っていた。リラが目を光らせた。
「おお~!そのクリスタル!!さっき進化した時光ってたよね?」
「光ってた?オレはワンワンの後ろにいたからわかんなかった。どうだ、ワンワン?」
デバイス内の相棒は少し思い起こしながら答えた
「なんかこう・・・何かが流れ込んでくるっつうか・・・」
「もしかして―」リラが割り込んでタブレットにつないだザックログをかざす。
タブレットの画面には、常人では到底読めない、おびただしい量の文章があった。しかもそれは、デジモンの生体データとは別のものも多く含まれているという。
「今でも『流れ込んでる』のか?」
「まあそんな感じだな」心配げなタイシにワンワンが答える。
「デジモンはインターネットから産まれたのもいるけど、ここまで異常な量のデータが、しかも外部から流れてるのって異常だよ。それが、ウィノウスを『新種』たらしめてるのかな?」
クリスタルがデータの流れの度合いを示しているのだろうか。心なしか楽しげなリラをよそに、不安をにじませる3人(1人と2体)。
そして陰でニヤリとする男1人。
振り向くとそこには邪悪な笑みを浮かべた少年がタイシの前に居た。
「どけ。俺にも見せろよ」
「何だよ、アンタはテイマーひと月お休みじゃなかったのかよ」
悪態をつかれると、ソウマは少し身震いした。だがすぐ持ち直して、
「このソースデータ貰ってくぜ」
呆れるタイシをよそにずけずけと要求する。思いの外リラはあっさりと許可した。だが条件があり、
「そのデータ、3日で消えちゃうから」
ソウマは愕然とし、そのまま燃え尽きた。彼のパートナー、ジメモンは、1ヶ月間都の刑務所のデジモン課に預けられるのだ。昨日タイシを不意打ちした罪で。確かに野生の範囲内ならデジモンが不意打ちするのは不思議ではないが、人間と共同の社会公共の場にいる限りは、規則を守らなければならない。
「・・・とまあ、あたしにできることはこのくらいかな」
「う~ん、とはいってもまだ、父と連絡が着かないけど、その間どうしようかな・・・」
「あたしが預かってもいいんだよ?うち、預かりデジモンが結構いるし」
パソコンの画面には10体近くのデジモンのデータがあった。
「でも、少しの間『預かる』だけだよ。その子、キミに懐いちゃってるし」
「ベ、別になついてなんかいないし!」ワンワンが顔を赤らめる。
その直後、リラのザックログに通信が入った。
「ガーちゃん、どうしたの?」
「大変ですお嬢!うちの近くに、タスクモンが暴れてます!!」
「しまった・・・ここはシェルターも兼ねてるからその程度の暴動じゃ気付かないわ」
「行くよ!リラ!!」キコが目を合わせる。
「オレ達も行くぞ!!」ワンワンが勝手にデバイスから飛び出す。困惑するタイシは階段を駆け上がった。
家の近くには、パトカー数台が停まっていて、そのすぐ隣で猟犬型デジモン数体が交戦していた。たくましい緑色の巨躯(きょく)を誇り、両肩には黒く太い角を生やしたウィルス恐竜デジモン、タスクモンがドーベルモンを次々となぎ倒してリラの家に迫る。警官たちはドーベルモンがやられてもなお、進撃する巨竜に発砲し続けた。
「ああ?ウザいんだよ、ザコふぜいが」
このタスクモンには銃弾などかすり傷かそれ以下のダメージしかない。再び黒八木家に進路を変えると、
「ディストラクショングレネード!」
追尾弾が巨竜の顔面に命中し、ひるませた。
リラ、キコ、ワンワン、そしてタイシが門前までやって来た。
「おお~カモが、しかも2匹やってくるとはなぁ・・・へへへ」
「やっぱりこいつも知ってるのか?!ウィ―」
「タイシ!!」リラが制止する。うっかり口を滑らせれば、自分達の身が危うい。ふと我に返る。
キコとワンワンは四つんばいになってダッシュし、タスクモンに迫る。
「メタルナックル!」
キコは巨竜ののど元にアッパーを食らわせた。いらつく巨竜が今度は大きな左前脚で殴りかかろうとするが、ガードロモンの光線が顔面に当たり、またもひるむ。
「ワンワン!かかとを!」
タイシが命じると、ワンワンはタスクモンの後ろ右足のけんを噛んだ。激痛が走り、思わず叫ぶタスクモン。足をばたつかせ、強引にワンワンを振り落とす。
その直後の巨竜の雰囲気は異様だった。
「・・・ったく、よくもまあ、この俺様に大ダメージを与えるとはなぁ・・・ガキが」
キレたタスクモンが左後ろ脚に力をこめる。
「ベイオネットランサー!!」今度は猛ダッシュで角アタックを仕掛けてきた。吹き飛ばされるガードロモン。その勢いはゆるむことなくキコに襲い掛かる。
「キコ!よけて!!」だがよけられなかった。
否、よけていなかった。
キコはその強化された腕で、タスクモンの大角の猛攻を抑えていた。そしてその後ろには、ワンワンの支えがあった。
「リラ、君をこんな危ない目にあわせたのは僕の責任だ。だから何としてでも君を守る!」
「タイシ、オレもおんなじだ。今の、よ~く撮っとけよ」
―IFVOLUTION…
―イフヴォリューション?!
そうリラが首をかしげるや否や、キコはまばゆい光に包まれて進化した。
全身が氷の塊である、アイスモンになった。
「何ッ?こいつ変身しやがった!!」
ワンワンが手を離すと、キコはタスクモンを投げ飛ばし、冷気を含んだ息で起き上がるところを封じた。巨竜は寒さで動きがかなり鈍っている。
「こ、このヤロー!!」辛うじて復帰しつつ突撃する巨竜を前に、
「キコ!口の中!!」
「アイスボールボム!!」
頭部から氷塊をタスクモンの口の中に3発ぶち込み、超冷気でとどめを刺した。
「こ、これが・・・お前たちの実力・・・お前たち・・・一体・・・?」
件のタスクモンは保護区から脱走した個体だった。管理員がそれを制止するも失敗し、警察のデジモン部隊が出動することとなったという。不幸にもその部隊は駆け出しの上、相手は相当な経験値を積んだバケモノであった。
そのことを聞いて、ますます不安に駆られるタイシ。
―やっぱり、こいつは・・・
そううつむいていると、スマートフォンの着信があった。父からだった。
「タイシか?明後日父さんと一緒にC番街の保護区へ行くぞ」
「本当?!ただ、大事なことを言わなきゃ―」
リラに制止される。
「もしもし?」
「ごめん、ちょっと整理したら、また連絡するから」
通話はそこで終わった。だがタイシは腑に落ちていない。
「どこまで話せばいいんだろ・・・あのこと」
「もう噂になっちゃってるけど、極力言わないほうがいいかな」
「さっきの奴も聞きつけて・・・ってお前の差し金じゃないのか?」
「ぜんっぜん。俺に何のメリットがある?」気が付けばそこにソウマがいた。
「ウィノウスだの何だのはともかく、俺は俺のやり方でやる」
「ルールは守ってね~」
「うるせぇ!クソアマ!!」
ソウマはにらんだ後帰路についた。
―もう手遅れだよ、トワダ・タイシ。
ウィノウスは我々の知っているところだ、既にな。
そのモニターには、奇怪な結晶と、複数の魔獣が映っていた。
家族を説得させ、デジモン保護区に辿り着いたタイシ。
だがそこでは最近、デジモンが夜な夜な脱走を図る事態が起きている。
その目的は何か?ワンワンか、それとも・・・
デジモン・ザ・トゥモロー
「デジモン保護区へようこそ」
明日をつくるのは、キミだ。