salon_logo_small.jpg
▶​はじめての方へ
デジモン創作サロンは​、デジモン二次創作を楽しむ投稿サイトです。
▶​サイトTOP
この動作を確認するには、公開後のサイトへ移動してください。
  • すべての記事
  • マイポスト
快晴
2020年1月25日
  ·  最終更新: 2020年1月25日

『デジモンプレセデント』12話

カテゴリー: デジモン創作サロン

≪≪前の話       次の話≫≫


Episode ウンノ カンナ ‐ 5


「いやー、いやー……。好くないよ、器物損壊は」

 枠組みが完全にへし曲がったブランコを眺めながら、人間の姿のままエテちゃんの拳を回避したホヅミが、呆れたように、そんな事をほざく。

「……アナタの事、殴るつもりだったんだけどね」

「俺? それなら傷害か。……いや、殺人?」

「安心しな、エテちゃんにそんな罪を背負わせるつもりは無いよ。これはただの挨拶さ」

「そうか、それは好い! なかなか情熱的だ!」

 ホヅミがデジヴァイスを構える。

 『炎』の文字が、画面に浮かび上がった。

「スピリットエヴォリューション・ユミル!」

 そしてホヅミを包む、進化の光。

 一瞬にして変わったその姿は、この1ヶ月で散々、画像データを見て目に焼き付けてきたものと全く同じだ。

 朱い鎧の、火の魔人。

「『バーニングサラマンダー』!」

 進化と同時に放たれた炎の竜が――きっとクリバラを殺したものと同じに違いない火が、エテちゃんの胸筋の前に、弾けた。

「……こんにちは、ウンノ カンナ。そしてメタルエテモン。会いたかったぜ……!」

「アタシもさ」

 拳を握り締める。

 食い込んだ爪が手の平を抉る。

 炎の闘士、アグニモン。

 ネットの防御壁『ファイヤーウォール』の化身にして守護者。

 本来はその出自に相応しい武人的な性格であると、資料に書かれていた。

 ……そう、本来は。

「へへ、やっぱり資料と本物は違うなあ。すごく綺麗だ! そんな日本人離れっつーか下手すると人間離れしちゃってるピンク髪が有無を言わさない感じでしっくり来てるってだけで、素体の良さが滲み出て」

 長々とアタシの外見を褒め出したホヅミに向けて、エテちゃんが再び、殴りかかる。

「ちょ、『サラマンダーブレイク』!」

 間近まで迫ったエテちゃんの拳に瞬時に反応して放たれた炎を纏う回し蹴りが、エテちゃんの腕と、交差した。

「――っ! なんつー馬鹿力、だっ!」

 お互いに弾かれ合い、間合いがエテちゃんの動く寸前同様にまで広がる。

「なんだよなんだよ、せっかく褒めてんだから最後まで聞いてけよ、別嬪さんが台無し」

「『ダークスピリッツデラックス』!」

「喋らせてってば!? 『バーニングサラマンダー』!」

 ホヅミまでの距離を埋めるように展開された闇の球体を飲み込むようにして放たれる炎の竜。全てを飲み込む『ダークスピリッツデラックス』は例外無くアグニモンの必殺技をも消し飛ばすが――その直後に、掻き消えてしまう。

 ……相殺だ。

「カンナはね」

 しかし間髪入れずにエテちゃんは踏み込んで、闇と炎の破裂に舞い上がった砂煙を抜けて真っ直ぐに拳を突き出した。

「っ」

「アナタとお喋りしに来たわけじゃ、無いの」

 今度こそ、炎の闘士の顔面を、エテちゃんのストレートが捉える。

 ホヅミの身体が大きく傾き――しかし倒れるよりも早く手を着いて、側転の要領で何事も無かったかのように直立の姿勢に戻る。

「そうなのかぁ? 俺はあんたと話したい事がいっぱいあるし、あんただって、俺に聞きたい事くらいあるんじゃないの?」

 返事はしなかったし、何の素振りも返さなかった。

 コイツの声をこれ以上聞きたいとは思わない。

 まあ、聞きたい事が本当に0かと聞かれれば――それを聞くのは、こいつの両手足を引き千切ってからでも遅くは無い、程度の答えしか、出てこないのだけれど。

「まあいいや。こういう時は根気よく話しかけるのが相手の心を開くコツ――」

「エテちゃん。喉から潰して」

「ええー……」

 殴るために握り締めていたエテちゃんの鋼の手が、開かれる。

「うわあ、聞いちゃう? そこ。パートナーだからって」

「アナタだって、自分のパートナーにさせてたんでしョ?」

 アタシの指示通り明確に喉を狙って伸ばされる手を回避しながら、ホヅミは目を丸くした。

「へえ、ご存じなワケ? 俺――いや、俺達の活躍を。そりゃ好いや、懐かしい!」

 丸くした目が潰れる様に緩やかなカーブを描いて、言葉通りの感情を乗せて、ホヅミは笑う。

「とはいえ、あいつと一緒に活動できたのはほんの1ヶ月だったけどなぁ。嫌がるんだもん。あんなに綺麗な、燃やすためだけに生まれてきたような身体してんのに」

「アナタよりずっとまともな感性してたってコトでしョうね!」

「……まとも?」

 うねる様に首元まで伸びた銀色の腕を寸前で捌き、それとは反対の手でホヅミの方も拳を構えた。

「『バーニングサラマンダー』!」

 今まで放たれるばかりだった火の竜を拳に纏ったまま、ゼロ距離の必殺技がエテちゃんの腹部に炸裂し、その全身を包む。

「……火は燃えているのが『まとも』だろう? そこに好い凶いがあるなら『綺麗』か『汚い』かだ。その点」

 エテちゃんを包む炎の熱によるもの以上に、ホヅミは唇を一種艶やかに歪める。

「クリバラ センキチは」

「よく燃えたんだろう」

「っ!?」

 ホヅミの頬に、銀色の針が突き刺さった。

「……外したね。眼を狙ったんだけど」

 完全に意識が針へと動いた瞬間を見計らって、燃え盛る炎の中心になっていたエテちゃんは、炎などお構いなしにホヅミの喉へと改めて掴みかかる。

「な――ぐっ」

 だが寸でのところでホヅミは単純な蹴りでエテちゃんの胴体を蹴り飛ばし、今度は後ろに転がるようにして難を逃れる。

 その反射神経があったからこそ、パートナーを失ってもなお、警察から逃れつつ、各地で犯行を繰り返すことが出来たのだろう。

 何でも燃やし、その過程で何人も何体も殺して日本中を震撼させた、人とデジモンの関係が始まって以来最悪とまで言われる連続放火魔。

 その正体が明らかになったのは、捜査の過程でも何でもなく――最初の数件の時点で罪の意識に耐えられなくなった彼のパートナーによる、一種の『自首』が原因だったと。

 それでも結局捕まる事無く今ここでのうのうと炎の闘士の器なんてやってられるのは、最終的に、キョウヤマというパトロンを得たからだ。

 もちろんモモちゃんがそう感じたような、一見した時の『人の好さ』……燃やす事を善とも悪とも思っていないが故に悪意の欠片すら無いある意味での純粋さも、この男の逃亡にも犯行にも、ひと役買っていたのだろうけれど。

 確か、本名は――

 ……まあ、それはどうでもいいか。

「ってて……なにコレむっちゃ痛いんだけど」

 頬から針を引き抜きつつ、ホヅミはエテちゃんだけじゃなくアタシからも目を逸らさないようにしている。

 それが何かは判らないまでも、どこから飛んできたのかは、まあ、一目瞭然だから、仕方が無い。

 アタシはそのまま、構えたスマホを下ろさずホヅミに向け続ける。

 針。

 エテちゃん――メタルエテモンの表皮であるクロンデジゾイドを一部採取し、それを針状に加工してコピーによって増やした物だ。

 純度はエテちゃん本体と比べてかなり低いが、それでも解析で弾き出した炎の闘士の鎧なら、場所と入射角にもよるが十分貫ける強度であり、なおかつ元がエテちゃんである以上、スマホからリアライズの要領で発射する事が出来る。

 生体兵器、という事になるだろうか。

 もちろん、違法だ。だけどそれが何だと言うのだろう。

 エテちゃんに、ホヅミを殺させるつもりは無い。

 アタシが自分の手で殺すからだ。

 どうせ手を汚すなら、他に、何したって、一緒だ。

「いやはや恐ろしい。……だけど想像以上に好い女だ、ウンノ カンナ」

 それでもなお、ホヅミは口の減らない男のままらしい。

 黙らせようと2発目を放つが、避けられたのは当然の事、左頬から血が流れているにも関わらず口の回転も止まる気配を見せない。

「それだけに、惜しいな」

 アタシからの攻撃を追うように飛び出したエテちゃんの攻撃も回避しつつ、ホヅミは心底残念そうに頭を横に振る。

「そこまでして俺の事殺したいなら、せめて助手くらい連れてくれば良かったのに」

「……」

「いや、もっと好いのはキョウヤマの旦那連れてくる事なんだけど。俺、己惚れるつもりは無いぜウンノ カンナ。あの人――じゃないな。あのデジモンとメタルエテモンが連携すれば、俺なんかあっという間に捕まえられて骨という骨をぽっきんぽっきん」

「アンタとの戦闘に関して、アイツを頼るつもりは最初から無いよ」

「キョウヤマじーさんの息子だから?」

 答えないのを肯定と受け取ったのか、ホヅミはエテちゃんから逃げ回りながらけらけらと笑う。

「だとしたら同じ男として同情しちゃうぜ! ふられたってもんじゃないぞコレ! いや、ホント可哀想に! 夏休みの宿題ほっぽり出してまで尽す系男子やってたろうになぁー。こりゃキョウヤマじーさんにも好い土産話が出来たぜ。できればあんたの事は生け捕りにして、セラとモリツが連れ帰る筈の旦那の目の前でつま先からじりじり焼いてやれって言われてたんだけど、いや俺、燃やすのは好きだけどそういう趣味じゃないからって」

「『バナナスリップ』!」

 油を塗ったかのように舌の回転がさらに調子を上げていたホヅミの足元に、バナナの皮が投げ込まれるが、ホヅミはそれによって転ぶよりも後ろに身体を前に倒し、バク転で踏む事自体を回避する。

 ただ、ようやく。少し、黙った。

「セラと、モリツ」

 だが、今度はエテちゃんが一度攻撃の手を止め、ホヅミへと口を開く。

「その2人って……1ヵ月前、コウキちゃんにやられたんじゃ?」

「え? コウキちゃんって呼ばれてんの? キョウヤマの旦那。……ぷふっ、似合わね」

「エテちゃん」

 笑うために尖らせた唇に向けてクロンデジゾイドの針を発射しつつ、アタシはエテちゃんを咎める。

 この男の声など聞きたくないと、エテちゃんは解ってくれているだろうに。

「今、それ、どうでもいい」

「カンナ……」

「パートナーの疑問くらい解消してあげなよぉ。好いよ好いよ、俺が勝手に答えるって! つっても、そっちにスピリットがある以上モリツは解るっしょ? まだ土のヒューマンスピリットはあるから。セラは――ああ、なんだ。いつの間に。もうやってんじゃん」

 ホヅミは遠くの方を指さした。

 アタシは見なかったし、流石にエテちゃんも、つられなかった。

「……ゆっくり話もできやしない」

 ホヅミだけが心底残念そうに、火の闘士の姿で肩を竦めるのみだった。

「ま――」

 ただし、その雰囲気は、先程と同じという訳では無い。

「俺も今のセラはともかく、ハタシマに後れを取るのはヤだしなぁー……」

 大きく地面を蹴るホヅミ。

 エテちゃんはが追うよりも早く。素早く取り出されたらしいホヅミのスマホが、またしても光を放つ。

「スライドエヴォリューション!」

 その光は瞬く間に炎に変わり、ホヅミの身体を包み込み、ホヅミ自身を、竜へと変えた。

 インド神話における、干ばつを招く魔竜の名を関した炎の闘士のビースト形態――ヴリトラモンだ。

「せいっ!」

 姿が変わってなおアタシの指示通りホヅミの首に掴みかかるエテちゃんに対して、ホヅミの方も腕の銃器――『ルードリー・タルパナ』という名前らしい武器を起動させて、両腕をエテちゃんへと向ける。

「『コロナブラスター』!」

 ほぼ同じ距離で、しかし先程の『バーニングサラマンダー』とは比較にならない威力の必殺技をぶつけられて――堪えはしたものの、地面に踏ん張った両足で平行線を描きながら、強制的な後退を余儀なくされるエテちゃん。

 その隙を見て、橙色の翼を広げたホヅミは青空へと飛び上がった。

「『フレイムストーム』!」

 ある程度高度を上げたホヅミは、振り返りざまに全身の、鎧の隙間から真っ赤な炎を噴き出して、ばさり、ともう一度羽ばたいた翼の勢いに乗せて、それらを一斉にエテちゃんの元へと送り込む。

「『ダークスピリッツデラックス』!」

 しかしその炎も、アグニモンの時の火の竜と同じように、闇の球へと取り込まれ――互いを、消失させた。

 その衝撃の合間を縫うやり方も、先程と、一緒だ。

「『バナナスリップ』!」

 ブンブンと振り回した腕の勢いをそのまま乗せて、バナナの皮らしからぬ速度で天に上ったそれはべちゃりと、見事にホヅミの頭部にぶち当たり――

「なあっ!?」

 ――空中でありながら、ホヅミを『滑らせ』て、『転ばせ』た。

 急転直下。地面に倒れる代わりに空から落とされるホヅミに向けてアタシはスマホを構え、件の針を連続で発射した。

「ぐ――」

 それでも火炎の渦を飛ばす事が出来るヴリトラモンの翼を大きく羽ばたかせ、針のほとんどを風の力で叩き落すホヅミ。

 一応何本かは刺さりはしたものの、翼は壁の役割も果たしたようで、身体の方には全く届きはしなかったらしい。

 肝心の『バナナスリップ』による叩きつけも、受け身で衝撃を殺されてしまったようだ。

 相変わらず、目に見えたダメージは無かった。

「『コロナブラスター』!」

 そして着地するや否や、ホヅミは再びエテちゃんにルードリー・タルパナの照準を向けて火の弾丸を連続で撃ち込み始める。

 受けても大したダメージにはならない筈だが、受ける衝撃に関しては先の攻撃で確認済みだ。まともにくらえばダメージ以外の意味で動けなくなると判断したエテちゃんは、間違っても『コロナブラスター』の軌道がアタシを追う事だけは無いよう方向に気を付けつつ、ジグザグに地面を疾走する。

「いやあ、なんていうか、無茶苦茶だなあ」

 エテちゃんが回避に専念しているからか、またしてもホヅミが口を開いた。

 今度こそその減らず口を縫い付けてやろうと顔面に向けて針を発射するものの、ホヅミはまたしても地面を蹴り、やや上空がら爆撃機のようにルードリー・タルパナを起動し続けるスタイルへと移行する。

「メタルエテモンというデジモンの特性を熟知し切っているんだねウンノ カンナ。バナナの皮で俺を空から滑り落とさせるだなんて、それこそ、まともな感性してたら思いつかねーよ」

 噴煙を上げているかのように、『コロナブラスター』の着弾した箇所が爆発し――炎と、煙と、そしてあらゆる種類の物が焦げていく臭いが、公園を囲うようにして充満していく。

「でもさ? やっぱりメタルエテモンは接近戦向きの性能してるっていうか……助手のパートナーはヴァンデモンだよね? 真昼間とはいえ連れてくれば、絶対に足りない分のリーチも埋めてくれただろうに」

「『バナナスリップ』!」

 もう一度ホヅミを落とそうと投げ込まれたバナナの皮を撃ち落とし、しかし落とされるまでもなく急降下して、鋭いかぎ爪でエテちゃんに掴みかかる。

「ぐぬぬ……っ!」

 クロンデジゾイドの皮膚に血管らしきものが浮かび上がる程に、自分を掴むホヅミの両腕を握り締めるエテちゃんだったが――むしろエテちゃんが掴む力さえも利用して、また、ヴリトラモンの翼から放たれた風圧が地面を打つ。

 そのまま空を目指し、太陽に成り替わる様に自らを炎で包み

「『フレイムストーム』!」

 その炎を一瞬でエテちゃんへと移して引き剥がし、地面へと、投げ付けた。

 次の瞬間には金属の塊が降ってきたような轟音と共に地面が揺れ、砂煙が舞い上がる。

「あれかな? 助手もキョウヤマの旦那と一緒で、最初から、頼るつもりなんか無かったってヤツ? それともそっちは、巻き込まないでいようっていう優しさ?」

「……」

「だとしたら残念だけど、その子、今多分ハタシマ――覚えてるよな? 冬の頃にあんたの事殺しに来たあいつだよ。……雷の闘士と交戦中だと思うぜ?」

「……」

「こんな白昼堂々――」

「だから?」

「『バナナスリップ』!」

「!」

 対象と対象の位置を選ばず転ばせるバナナの皮が、ホヅミに迫る。

 それ自体は、かわされたが

「『バナナスリップ』! 『バナナスリップ』! 『バナナスリップ』!」

 『コロナブラスター』が連射できるように

 別に『バナナスリップ』だって、展開するのにそう手間のかかる必殺技という訳では無い。

 それ自体に威力が無いが故に、放つためのエネルギーも、必要最低限だ。

「ちょ、ま――っ!?」

 最終的に、内1つに当たって――ホヅミが、『転ぶ』。

 一発目と同様に落ちてくるホヅミに向けて、落下地点から立ち上がったエテちゃんもまた、大地を蹴って宙を舞う。

 落ちるホヅミと、跳ぶエテちゃん。

 互いの力が最大の威力でぶつかり合う地点へと到達した瞬間。エテちゃんのマッシブ

な拳は、ヴリトラモンの胸へとのめり込んだ。

「がはっ」

 竜と呼んで差し支えない顔面の装甲――その下で剥きだしになっている尖った牙が大きく開いて、ホヅミの肺から空気を叩き出す。

 エテちゃんは殴った勢いをそのままに空中で半回転して、さらに拳を突き出して、その勢いで、さっきのお返しとばかりにホヅミを地面に投げつけた。

 再びの砂塵。

 再びの振動。

 さっきはエテちゃんで、今度はホヅミ。

 纏う『鎧』の性能差故に、受けたダメージは、数値にすればホヅミの方が高いだろう。

「リューカちゃんの事も、メルキューレモンの事も、今、関係無いし、どうでもいい」

 返事、と言うよりは自分に言い聞かせるつもりで口を開いた。

「アタシがすべきことは、1つだけだ」

 笑い声が聞こえる。

 遅れてアタシの前に着地したエテちゃんの事も含めて。ホヅミは、こちらを見ながら、笑っている。

「好いよ、好いよ。ウンノ カンナ……!」

 炎が、ちらついた。

「俺はね? ウンノ カンナ。無差別放火魔って言われるのが何よりも嫌いだ」

 煌めき、という言葉は、今まさにホヅミを覆うように集約しつつある火の粉の群れの事を指す言葉なのだろう。

 進化の光――否、進化の、炎。

 ヒューマン形態、それから、ビースト形態。

 ……これは、2つのスピリットが混じり合うが故に放たれる、輝きだ。

「俺が焼くのは、『綺麗』に、なおかつ『好く』燃えるものだ。……その点、あんたは最高だよウンノ カンナ」

 ――熱い。

 ホヅミの『コロナブラスター』連射で公園の木々が、囲いが、あるいは空気そのものが――燃えるものであれば、何もかもが炎を上げている。

 炎の囲い。炎の、檻。

 その中央に置かれて。噴き出す汗が、止まらなかった。

「カンナ」

「ホヅミから目を離すな」

 困惑したようにちらりと視線をこちらにやったエテちゃんを一喝する。

 目が滲むが、このくらい、どうという事は無い。

 アタシは頬を拭った。

「ああ、綺麗だ、綺麗だ。ウンノ カンナ」

 はあはあと、息を荒くしながら、高揚を隠そうともしない気色の悪い声音で、どこか囁くように火の竜は口を広げる。

「愛のためだけに、どこまでも気高いのに、自分に嘘を吐ききれずに押し潰される弱々しさ! 俺はあんたという女性を今から焼ける事を――あんたという女性を目覚めさせるためにクリバラを焼いた事を! 心の底から光栄に思うぜ!?」

 ホヅミは動いていないが、針は放たず、エテちゃんも行かせなかった。

 完全に『移り』きるまではそれをしても無駄だと、歪んだ景色と震える空気が教えてくれる。

 融合による進化さえも、暴力だと。

「だから、安心しろよ。ウンノ カンナ……」

 ホヅミの明確な『次の一手』に向けて、アタシは、エテちゃんの後ろで構えていたのに――


「その綺麗な涙も、すぐに干上がらせてやるからさ」


「――え?」

 耳を疑う。

 汗だと思った。

 汗の筈だった。

 少なくともアタシは、そうだと思っていたし、そう、思うように――

「ダブルスピリットエヴォリューション・ユミル!」

「カンナ、伏せて!」

 爆発が、起きた。

 エテちゃんが盾になって庇ってくれているが、それでも熱風が刃のように鋭く皮膚を掠めていく。

「っ」

 胸の奥が早鐘を打つ。

 やがて自身を送り出す風を失い、漂うばかりになった熱は、蛇がとぐろを巻くように、アタシの周囲を這い回す。

 抑えていた、筈なのに。

 今更になって、吐き気が、込み上げてきた。

「炎の闘士――アルダモン」

 そして、熱源のど真ん中。

 ダイペンモンの時とは違い、アグニモンとヴリトラモンの装甲が混ざり合った、まさしく融合形態と呼ぶにふさわしい――魔人ではなく、魔竜でもなく、魔神と称すべきある種の神々しさを携えた怪物が、そこに立っていた。

 アルダモン。

 炎の闘士は、その3つの形態全てがインド神話に由来するというのは既に聞いている。

 火の神・アグニ。干ばつの竜・ヴリトラ。そして、ヒンドゥー教の主神の1柱・破壊と再生の神シヴァとその妻パールヴァティが融合した姿――男性でも女性でもあるが故に完全な神・アルダーナリシュヴァラ。

 特に炎の逸話を持つという訳でもないらしいアルダーナリシュヴァラの名をこのデジモンが冠しているのは、その神性以上に『融合体の神』という特異性とそう称するに相応しいパラメーターを携えているからに他ならない。

 だが、主神とその妻の融合体が完全な神であるのに対して――

「『ブラフマシル』!」

「!」

 再度、ホヅミを中心に爆発が起きる。

 進化の衝撃とは比べ物にならない熱量に、エテちゃんは寸でのところでアタシを抱え、ホヅミから距離を置いた。

 ――神と竜の融合体であるアルダモンの姿は、完全な、化け物だ。

「気付いてなかった、って感じの顔だね、ウンノ カンナ」

 そして、アタシ達と適度な距離を作る事に成功したホヅミは、最初からそうしようとしていたように、高らかに歌うようにして、両手を広げながらアタシへと語り掛ける。

 奴を追って、と。エテちゃんに、そう言いたいのに。

 掠れた呼吸が、それを許してくれなくて。

 そんなアタシを、エテちゃんも置いては行ってくれなかった。

「いやいやいや。でも、ホントはそんな事無いだろ? クリバラ センキチの名前出した時点で、歪み始めてたぜ、顔」

 クリバラ。アタシの、大切な人。大切だった人。

 コイツに殺された、最愛の人。

 アイツの焼け焦げた死体は、その焼け跡を移すように、アタシの瞼の裏に

「違う」

 何度も、何度も、この男への恨みを忘れないために、繰り返し繰り返し思い出して。もう、見慣れる程に脳裏に焼き付けたのだ。

 だから、今更

「キョウヤマの旦那の名前を出した頃から、顔真っ青だし、もう駄目そうかな~、とは思ったけど……いやはや、よく頑張ってたよあんたは!」

 頼る訳には、いかないと思った。

 恐怖でグラグラになってたアイツの芯を持てる全てを使って揺さぶって、この1ヶ月間いいように使って――なのに、アタシに、『その先』まで提案してくれたメルキューレモンを、最後の最後で、キョウヤマに似てるってだけで、拒絶して。

 そんなアタシが、いくら利害の一致があるからって、アイツを頼るだなんて、そんなの虫がよすぎて

「違う」

 所詮は、キョウヤマの息子、後継機だ。

 ハナからアテになんかしちゃいない。炎の闘士との戦いの場さえ得られれば良かったのだから、アイツは既に、用済みだ。

 だから、アタシは、1人で

「でも助手の話を出したら流石のあんたも今度こそ駄目だったな! キョウヤマの旦那と違って、あの子は本当にただの一般人だ。いや、ハタシマが何でそんなんに執着するのかは俺にもわかんないけど……でもきっと、助からないよ、あの子とあの子のパートナー。……そのくらい、あんた程の頭脳が無くても判るともさ」

 リューカちゃん。そして、ピコちゃん。

 孤立無援だったアタシの前に、ただの偶然で現れて――なのに当たり前みたいに、助けると言ってくれた、優しい子達。

 自分達の傷は痛々しいくらいに誤魔化して、自分達にはこのくらいしか出来ないだなんて、十分すぎるほどの事をしてくれて、

 今日だって、「頑張りましょうね」と……いつも、丁寧に淹れてくれる、美味しいコーヒーを

「違う」

 最初から、利用するつもりだった。

 偶然も何もかも味方につけようと決めていた以上、リューカちゃん達だって例外じゃ無い。何も変わらない。

 何も

「それからさぁ、これは俺としては好くない……悲しい事なんだけどさぁ」

 ……ヴリトラモンの時と同じ両腕の銃器型の装備――ルードリー・タルパナが、こっちに向けられた。

「『ブラフマストラ』!」

 攻撃自体は、ヴリトラモンの時と同じだ。

 『コロナブラスター』と同じ、ルードリー・タルパナによる高熱の弾丸の発射。

 違うのは、その威力と、量。加えて、速さ。

 一瞬にして、大量の火炎の弾丸が眼前に迫り――

「あんた、火が、怖いんだろ」

「違うっ!!」

 だが叫んでみればほどんと悲鳴に違いなかったアタシの声は、『ブラフマストラ』着弾による爆炎に、掻き消された。

「やっぱり、アレか? 焼かれた人間が最終的にどうなるか、見ちゃったからってやつ? はあ……。あんなに美しい光景を綺麗なあんたと共有できないだなんて、俺は――」

「ふんっ!」


 ホヅミが、殴り飛ばされた。


「ぐはっ!?」

 エテちゃんだった。

 『ブラフマストラ』の連撃からアタシを庇い、踏ん張ったその足で焦げた地面を蹴って。エテちゃんは、ただ真っ直ぐに、クロンデジゾイドの拳でホヅミを殴ったのだ。

「カンナが、「綺麗」? さっきから何ヨ、何なのヨ、アンタ――ッ!」

 倒れ掛かって、また受け身を取ろうとしたホヅミを抑え込むように馬乗りになって、エテちゃんは何度も、何度も何度も何度も、ホヅミに向けて、拳を叩き下ろす。

「カンナはねえ! 綺麗ヨ、そりゃ綺麗ヨ! 昔からどんな可愛い服でも似合って、ピンクの髪でも霞まないくらい素敵な顔立ちで、ちょっと色々アレなところもあるけどそこがさらに魅力的で、自慢の、自慢のパートナーヨ!」

 そうやって、握り拳を振り回しながら――エテちゃんは、泣いていた。

「スカモンにはもったいないくらいの、最高に綺麗なパートナーヨ!」

 黒いサングラスから涙を振り撒きながら、黒い鼻から鼻水を垂れ流しながら、金色の歯を食い縛って、エテちゃんは

「そんな、そんなカンナの」

 拳を、振り上げる。


「一番『綺麗』だった時期を――アンタが奪ったんでしョうが―――――っ!!」


「エテ、ちゃん……」

 地面に押し付けられていたホヅミの顔面に、その一撃は、のめり込んだ。

 だが――

「『ブラフマシル』!」

「!」

 アルダモンさえ発火点となれば確実に展開される爆炎が、エテちゃんの身体を飲み込んだ。

 そして続けざまに、熱の勢いで浮かび上がったエテちゃんの身体に

「『ブラフマストラ』!」

 超至近距離からのルードリー・タルパナの爆撃が襲い掛かり――重々しいクロンデジゾイドの身体を、炎で囲った公園の向こう側まで軽々と吹き飛ばす。

「エテちゃん!」

「痛ててて……。んー。だけど拳に見合う、好いパートナーだねウンノ カンナ。好く焼ける相手では無いにしても、燃やす対象としては、申し分なく、綺麗だとも」

 兜の部分に若干のヒビが入ったホヅミは、それでもなお楽し気に、浮いているような足取りで、こちらに、近づいてくる。

「っ、あああああ!」

 スマホを、ホヅミに向けた。

 今度こそ、クロンデジゾイドの針を、こいつに――

「流石に痛いからそれは没収な!」

「っ!?」

 魔竜由来の尾が素早く伸びて、アタシが左手に構えたスマホを大きく弾く。

「さて」

 目の前に、魔神の体躯が、そびえ立つ。

「パートナーから焼こうと思ってたんだけど、クロンデジゾイドはチーズにはならないと解ったからね。あっちは後でゆっくり焼くよ。だから先に――」

 ……クロンデジゾイドで作ったのは、無数の針だけじゃない。

 アタシは


 ポケットに忍ばせていたクロンデジゾイド製のナイフを引き抜いて、スピリットを纏おうとも変わらず、人体の心臓がある位置に


「あ」

 呆けたような声は、ホヅミのものだった。

 アタシは、何が起こったのか、一瞬、解らなかった。

 ナイフが、無くなった。

 ナイフを握っていた指も――無くなった。

 炎で焼けるというよりは、炎で溶けて。右手のほとんどが、消し飛んだ。


 スカちゃんの、クリバラがくれた、指輪と一緒に。


「あ」

 次の声は、アタシのものだった。

「あ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 痛みは、少しだけ遅れてやって来た。

 痛かった。

 ただ、ただ、痛かった。

 焦げて真っ黒になった部分と、それを囲うように、生々しい、肉。そして黒と赤の隙間に、なおも白い、骨。

 アタシが今日の今まで何の疑問も無く使っていた5本の指全部が無くなって。もう無い筈なのに、その部分が、今まさに溶けているかのように、痛かった。

 まるで、報いのように。


 これがクリバラを死なせた火だと――嘲笑うように。言い聞かせるように。


「あっちゃー……やっちゃった。あんまりに殺気がすごいから、この姿じゃ加減が聞かなくて……。凶い事したなぁ、こんな焼き方、するつもり無かったのに」

 ホヅミは申し訳なさそうに、アタシを軽く突き飛ばした。

 軽く、とは言っても融合形態の火の闘士の力は大概なもので――右手を着けられないアタシは数メートルを無様に転がって、生しい肉の部分に纏わりついた砂が、まるでアタシを虐める様にチクチクと手のあったところを引っ掻いている。

「う、あああ……っ」

「でも……好いよぉ、ウンノ カンナ。復讐に燃えて、なのに罪悪感に涙を流して……だけど最期は、悲鳴を上げて死んでいくだなんて。人間らしくて、とても綺麗だ。可愛い服なんて着なくていい。化粧なんてしなくていい。……誰がなんと言おうと、今のあんたが、一番綺麗だ」

 ごう、と、音がした。

 それが、炎の闘士のスピリットが持つ疑似デジコアに火が点く音だと気付いたところで――もう、どうにもならない。

「だから俺には、綺麗なあんたを綺麗なまま、あんたをここまで綺麗にした、あの素晴らしく優秀なクリバラ センキチのところに送ってあげる義務があるのさ。それが一番、好いに決まってる」

 アルダモンの必殺技――『ブラフマシル』。

 それは、疑似太陽の展開だ。

 人の理などあっという間に焼き尽くし、溶かしつくす。しかし、人の造った、『核』の炎の再現だと。

 先ほどまでの攻撃が、威力よりも急を要して放たれていた事もあるが――いかに手加減されていたものだったのかを、思い知らされる。

「彼と同じように左腕は残して、ピンク髪は持ち帰ってじーさんの前で燃やそうと思ってたけど――気が変わった! やっぱり全部まるっと焼いた方が綺麗だからな!」

 目の前で無邪気に笑うこの男に、復讐するために来たのに――身体が、動かなかった。

 それこそ空気が燃えているのだろう。息が、苦しい。

 だけど、もう、それで良かった。

 最後の最後で、アタシを助けてくれた、助けようとしてくれた――……そして、アタシに助けを求めた人達全てを置き去りにして、1人で走って出て行ったアタシには、分相応な最期だろう。

 1人で走って――そう。

 そんなアタシであっても、隣で、必死に支えてくれて。アタシなんかのために泣いてくれたエテちゃんさえ――最後まで道具みたいに扱った、アタシみたいな、最低な女には。

「おめでとう、祝福するぜウンノ カンナ! お伽噺の錫の兵隊と紙のバレリーナみたく、灰になった2人の愛は、永遠だとも!」

 頭上に輝く本物さえ塗り潰すように、ホヅミを包んだ炎の円がさんざめく。


「『ブラフマシル』!!」


 そして次の瞬間に弾けた太陽の姿の化け物が、馬鹿なアタシを飲み込もうと、大口を開く。

 ……ああ、それでも。

 それでも、こんなアタシにも、最期に救いがあるとしたら。

 ホヅミの、言った通り――


 ――同じ火で死んだアタシは、クリバラの所に、逝けるのだろうか。

0件のコメント
0
0件のコメント
  • Twitter