時は少し遡る。
自身の所属する組織『ギルド』のリーダーであるデジモン――レオモンの命令を受け、個体名で『レッサー』と名乗るミケモンは水棲生物型のデジモンと共に多くの水源が目に映る山――『滝登りの山』へと、やって来ていた。
「……こっちも特に異常は無しっと」
周囲の木々や生息しているデジモンの様子を見てミケモンはそう呟き、通り縋った際に木に成っている所を見つけた黄色い果実を齧りながら、獣道を坦々と歩く。
歩いている最中に見られる風景は木々や草花といった自然界の産物のみで、特に異常を感じさせるような物体は見えない。
野生のデジモン達も、特にいがみ合ったりなどの問題を起こさずに平和を満喫しているように見える。
ここ最近は『凶暴化』だとか『崩壊』だとか、物騒な情報をよく耳にするが、とてもその情報が本当とは思えないほどに自然で平和な風景だとミケモンは思っていた。
「……ん?」
少なくとも、前方の遠い地点から平和とは程遠い印象がある荒々しさを感じさせる吠え声を聞き取り、それによって生じた音の発生源を察知するまでは、特に疑問を抱く事も無くそう思えた。
ミケモンのような、ネコ科の動物に似た一部の獣型デジモンの耳の形状は頭の上から立つ形のものであり、両方の耳を前方に向ける事で高い指向性を発揮する事が出来る。
ただ歩いているだけでも周囲の音声情報を細かく取り入れる事が出来るため、ミケモンは自分の居る位置から遠い位置に居る標的との距離と方向を知る事が出来た。
声の性質から判別して、何らかの竜型のデジモン。
更に足音から判別して、重量級のデジモン。
「……?」
そして、よく聞くとその荒々しい声を漏らしているデジモンの近くからは、三体ほどのデジモンの危機感の篭った声も聞こえる。
最近会った事のある、自分自身が期待している三人組の声のように聞こえた。
「……マジかよ」
思わずぼやくと、ミケモンは|齧《かじ》っていた果実を咥えたまま、前足を地に着けて疾走する。
耳で得た情報を元にして素早く移動を続けていると、ミケモンの目は遠方にて3対1の戦闘を繰り広げているのデジモン達の姿を視界に捉えた。
三体ほどのデジモンの正体は昨日『ギルド』の本部へ訪問して来た、ベアモン・エレキモン、初対面の何故か個体名を所持していたギルモンで、荒々しい声を漏らしていたデジモンの正体は、鎧竜型デジモンのモノクロモン。
(……げっ!?)
来た時には、既にその3対1の戦闘が終結しそうになっている時だった。
ベアモンは左足に、ギルモンは背中に大きな火傷を負っており、唯一目立つほどの怪我が見えないエレキモンも、少し前に転倒でもしてしまったのか、直ぐに体勢を立て直せるような状態では無かった。
そして今、襲撃者(と思われる)モノクロモンは、自身の角を前に突き出した状態で襲い掛かろうとしている。
それからギルモンとエレキモンの二体を守ろうと、ベアモンが盾になるように立ち塞がる。
(この距離じゃ間に合わねぇ……!!)
目に見えていても、ミケモンが走って間に合う距離では無かった。
モノクロモンの角がベアモンの体を貫く未来図が、容易に想像される。
「!!」
しかしその時、ベアモンの体から蒼い色の光が溢れた。
突進して来たモノクロモンを弾き飛ばしたその光は、デジモンなら誰もが知っている現象の合図。
(進化……か?)
言っている間に光の繭は内部から切り裂かれ、中からベアモンよりも大きな獣型のデジモン――グリズモンが現れる。
モノクロモンはグリズモンに対して強力な火炎弾を放つが、グリズモンはそれを爪の一閃で切り裂き左右に分け、そのままモノクロモンに対して上段から鉄槌のような打撃を決め、モノクロモンの顔面を地に叩き付ける。
モノクロモンは角を突き立て必死の抵抗を心見たが、グリズモンはそれを軽くいなすとそこから更に連続で打撃を加え、シメに正拳突きを叩き込んだ。
(……あの格闘のキレ具合といい、身を挺してでも仲間を守ろうとする姿勢といい、やっぱり俺の知るあのベアモンか)
グリズモンに殴り飛ばされたモノクロモンは更に気性を荒々しくさせ、再度グリズモンに向かって角を突き立てながら突進する。
(……にしても、あのモノクロモン……『狂暴化』してやがるな。何が原因なんだか……)
辺りの地を鳴らしながら突進してくるモノクロモンの角を、グリズモンは両前足で掴む事によって受け止めるが、勢いと重量を殺しきる事が出来ていないのか徐々に後ろへと下がっている。
だが、
(……勝ったな)
グリズモンは四肢に力を命一杯注ぎ込み、重量級デジモンであるモノクロモンの巨躯を投げ上げた。
空中で前足と後ろ足をバタバタと動かすモノクロモンの姿は、最早何の抵抗も出来ない事を示しているようでもあって、グリズモンは浮いて落下して来るモノクロモンにトドメを刺すために構えている。
そして、決着は着いた。
グリズモンの右前足による一撃がモノクロモンの顎へと炸裂し、轟音と共にモノクロモンの巨躯が吹き飛ばさせ、仰向けの状態となって倒れる。
その喉からは、先程まで聞こえていた荒々しい竜の声など聞こえてはいなかった。
(最後まで諦めない意思……『感情』の力が、欠けたパズルのピースを埋め合わせるように、『進化』が発動するのに足りない『経験』を補う。あの小僧に、まさかここまでのポテンシャルがあったとはなぁ)
命の危機にでも瀕する逆境に出くわさない限り、電脳核を急速回転させて『進化』を発動させるほどの『感情』のエネルギーは生まれない。
だが、だからと言って、何の『経験』も積まずにただ『感情』だけを昂らせただけでは進化は発動しない。
本当の意味で進化を望み、|切磋琢磨《せっさたくま》した者達にだけ、その奇跡は訪れる。
(オイラの目に狂いは無かった。アイツ等は、鍛えれば十二分に面白い奴等になりそうだ)
そんな思考と共に口に咥えていた果実を一口齧るミケモンだったが、目の前でグリズモンの体が光に包まれるのを見て、齧っていた果実を再び咥えながら疾走していた。
そして、現在に至る。
「……まぁ、こんな感じだ」
「ふ~ん……なるほど。レオモンさんの命令で来たんだ」
ミケモンからこの場に現れた経緯を聞いて、ベアモンは納得したようにそう言葉を返した。
「まぁ、この辺りは『ギルド』の情報でも安全と聞いてたんだがな。まさかこんな所で、暴走してるモノクロモンを目にするとは思わなんだ」
「僕も、何でなのか分からないんだけど……何で、モノクロモンが暴走して突然襲って来たんだろう」
「さぁな。少なくとも、お前等が悪いわけじゃないって事は確かだろ」
「さぁなって……まぁ、いつかは分かるかもしれないからいいけどさ。『ギルド』の情報網では分かってないの?」
「まだ、完全にはな」
ミケモンはそう言ってから、聞き耳を川の方へと立てる。
透明な水が心地良い音と共に流れる川の方では、先ほどの戦闘で背中に大きな火傷を負ったギルモン――ユウキが、エレキモンの手によって火傷の応急処置を行わされていた。
「痛っ!! 水かけぐらいもうちょっと優しく出来ないのかよ!?」
「つべこべ言うな。これ意外に治療法が無いんだし、その程度の火傷で済んだだけ良かったと思え」
「俺の種族は炎の属性に耐性を持ってるっぽいからな……っていうか、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと愛想良く接せないのか?」
「……まぁ、確かに助けてくれた事には感謝してやるさ」
「おいおい、何だよそのツンの要素しか無い台詞。対して可愛げも無いお前がやってもちっとも価値無いし、普通に誠意ある言葉でほら、言ってみろよ」
「………………」
「何無言になって……痛ってぇ!? 何だよデレの一つも無しで常時ヤンかよせっかく体張ったのにィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
何やら水の弾けるような音と共に馬鹿の悲鳴と電撃の音が聞こえたが、ベアモンとミケモンは気にしないし目も向けない。
二体の赤いデジモンの喧嘩を余所に、彼等は話を続ける。
「完全にって事は、何か分かっている事はあったりするの?」
「ここ最近の異変が、何らかの『ウィルス』によって引き起こされている物って事ぐらいだ。黒幕が居るのか、自然発生した産物なのか、そこまではまだ明確になってねぇ」
「そうなんだ……あんなのが自然発生してたら、町とかにも被害があると思うんだけど」
「だから、高い確立で黒幕が居ると俺達も見ている。だが、可能性は複数用意しておくに越した事は無いだろ」
確かに、とベアモンは素直に思えた。
この数日、自分の事を『人間』だと名乗る不思議なデジモンを釣り上げたり、お腹が空いたという理由で外出した先で命を奪われかけたり、そこで一度も戦闘を経験していないはずのデジモンが『進化』を発動させたり、そして今日、また命を失いかけた実経験を持つベアモンにとって、こういったトラブルに対する心構えは常に用意しておくべきだという事は嫌と言うほどに理解している。
そうでなければ、様々な状況に応じて仲間を守る事など出来はしない。
野生の世界では、泣いて叫ぶ者を命賭けで助けてくれるような都合の良い勇者など常に存在はしないのだから、失いたく無い者が居るのなら、その場に居る『誰か』が勇者として戦うしか無いのだ。
ベアモンはそう思った所で、ミケモンに対してこう言った。
「ところでミケモン。僕等はこの後、食料調達を再開するわけなんだけど、そっちはどうするの?」
「どうするっつってもなぁ。オイラはお前等の戦闘する音を聞いて来たってだけで、やってた事はただのパトロールだぞ? 丁寧に来た道を戻るのも面倒だし、このまま『メモリアルステラ』のある場所を確かめに行くさ」
メモリアルステラ。
デジタルワールドの各地形や環境といったデータの流れを、永続的に記録する一種の巨大な保存庫の事で、覗き込むことが出切ればこの世界の情報を全て握る事が出来ると言われている石版のような形状の物体の事で、それに何らかの異変が起きれば環境そのものにも影響が及ぶ可能性も秘めているらしい。
ここ最近の異変に関係があるとするなら、確かに調べるのは得策だろう。
もっとも、環境そのものに変化は見受けられないし、そんな変化があれば『ギルド』の情報網が既に情報を掴んでいるはずなので、何らかの情報が得られるとも思えない。
だが。
「ねぇミケモン。もし良かったら、僕等もミケモンに着いて行っていい?」
「? 別にオイラは構わないが、何か理由でもあんのか?」
「ユウキに『メモリアルステラ』の事を見せてあげたいんだ。彼、色々と知識不足だから」
「……今のご時勢でアレの存在を知らないとかあるのか……?」
ミケモンは当然と言わんばかりの反応を見せたが、発案者であるベアモンは普段通りの口調を崩さないままこう言った。
「彼、実は『記憶喪失』なんだ。自分の名前以外の事を覚えてなくて、デジタルワールドの常識にも乏しいんだ。だから、この機会に見せておきたくてね」
「……あぁ、前にあのギルモンが言ってた『複雑な事情』って、そういう事か」
ベアモンの発言(大嘘)で合点がいったのか、気の抜けた声と共にミケモンはそう返す。
「大方、記憶が無くて行き場も無いから、お前の家に居候でもさせてもらったんだろ。それなら、まぁ納得がいく。オイラとしてもお前等が近くに居るってだけで守りやすいし、構わないぜ」
「ホント? 何から何まで、ありがとうね」
どうやら、理由に納得する事が出来たらしい。
ベアモンが言った事は当然その場で作った嘘に過ぎないが、事実ユウキには『デジタルワールドでの記憶』がほぼ無いに等しいため、半分は嘘では無い。
ミケモンの『見回り』に同行する事が決まり、ベアモンは何だか静かになった川の方を向く。
視線の先では話題にも上がっていたギルモンのユウキが、何故か川の上でうつ伏せのような体勢になっていた。
よく見ると、何らかの電撃を受けてガクガクと痺れているのが分かる。
わざわざ原因を調べるために考える必要も無かったので、ベアモンは素早い動きでユウキを川から引き戻し、言う。
「ちょっとおおおおおおお!? エレキモン、お前何してくれてんの!?」
「ちょっとムカっと来たから」
「いや何冷静に、清々しいほどの笑顔でそんな事言ってんの!? ほら見てよ、ユウキの口から白い泡が漏れてるんだけど!! てかお前、さっきユウキに助けられたのに何でこんな事してるんだよ!?」
「……誰だったかなぁ。こんな言葉を言っていたデジモンが居たんだ」
「何? ってかそんなのどうでもいいから、水を吐き出させるのを手伝ってよ!?」
「……あぁ、思い出した……昨日の友は今日の敵」
「逆だからね!? あと別に昨日も今日も敵じゃなかったからね!?」
「少なくとも俺はそいつの事を完全に信頼してるわけじゃないから、あと友達って認めてるわけでも無いから、つい」
「つい!? 昨日あんな出来事があったのに、エレキモンとユウキの信頼関係はそんなに脆かったのか~!!」
そんな二人の言葉の応酬を傍から見ているミケモンは、呟くようにこんな事を言っていた。
「……やっぱ、こいつ等面白いな」
ひと時の休息を終え、三匹の成長期デジモンと一匹の成熟期デジモンは再び山を登り始めていた。
歩く獣道の傾斜もほんの僅かだが角度が広くなっているような気がして、ふと横目に見える川の水が流れる速度や音も、山を登るにつれて増しているように見える。
剥き出しの岩肌の上や緑の雑木林などに生息している、野生のデジモンの数は山の麓や中腹と比べてもそれなりに増えていて、土地の関係からか果実の成っている木の本数が多い事が理由なようだった。
無論、そもそもの目的が『食料の調達』にあったギルモンのユウキ、ベアモン、エレキモンの三人は、進行中に見つけた木に成っていた果実を取って食べながら歩いている。
それぞれが大自然の産物を吟味している中、ユウキは一人、黙々と思考を廻らせている。
それを見て不思議に思ったのか、ベアモンが声を掛ける。
「ユウキ、何考えてるの?」
「……ん。いや、進化の事を考えてた」
「進化の事?」
「ああ。さっきの闘いで、お前は進化をしていたよな。お前等の情報曰く、俺も昨日は進化を発動させていたらしいが、俺はその時の実感が無い。お前には自我があったけど、俺は進化した時に理性が無かったらしいからな……違いが分からん」
「あ~……なるほど。僕もその辺りは分からないんだけどね」
そこまで返事を返すと、先頭を歩いていたミケモンが唐突に話に割り込んで来た。
「進化の際に自意識が失われるってのは、そこまで珍しいもんでも無いぞ」
「? そうなの?」
ミケモンは、何やら人生の先輩的なポジション的な立ち回りが出来る事を内心で嬉しがっているのか、それとも単に『ギルド』の留守番で退屈だったからなのか、何処か調子の良い素振りを見せながら喋る。
「どんなデジモンにも、潜在的に色んな性質が電脳核に宿ってる。癇に障る奴が居たら叩き潰したいと思う感情とか、その逆であまり戦いを好まずに出来る限り大人しくしていようとする感情とか、尊敬する誰かに仕えようとする感情とかな。だが、そういった感情が単純化され過ぎていて、ほとんど思考もせずに感情を表に出すタイプも存在する。脅威を感じた相手に対して反射的に威嚇したりする事とか、縄張りを侵されただけで理由とか考えず即座に排除しようとする事とかは、その極形だ」
まるでよく吠える犬とあまり吠えない犬の違いみたいだな、なんて事を思って、他人事を聞いているような顔をしているユウキに対してミケモンは指を刺しながら。
「お前さんの種族はそういった『本能』の面が濃いんだよ。多分『感情』のエネルギーで進化したんだと思うが、念を押す意味でも言っておこう」
ミケモンは一泊置いて。
「『感情』のエネルギーによって発動する進化は、発動したデジモン自身に強い感情を抱きながらも平静を保とうとするだけの『意思』が無いと制御出来ず、その時に昂った『感情』に呑まれる可能性がある。お前さんが進化をした時に自我を失っていたのは、お前さんが進化を発動させた時に有ったのが感情『だけ』で、それを制御しようとする自分の『意志』を持ってなかったからさ」
「……感情『だけ』?」
ユウキが『う~ん……』と疑問に対して何らかの答えを出そうと言葉を作っていると、今度は彼の進化を間近で見ていたエレキモンが口を出してくる。
「要するに……あれか。あんまり考えずに突っ走った結果がアレって事か」
「一応『感情』を生み出す過程で何らかの『目的』と、それを果たすために必要な『方法』が頭の中にあったんじゃないか? そのギルモン――ユウキって奴が進化した時の状況をオイラは知らんけど」
「……言われてみれば」
当時、フライモンとの闘いの際にユウキは進化を発動させて、成長期のギルモンから成熟期のグラウモンに成っていたが、その時のグラウモンには理性が感じられなかった。
だが実際、理性が無いにも関わらず、グラウモンはフライモンを撃退した後にベアモンとエレキモンを背に乗せるという行動を起こし、更に間違う事も無く町に向かって走り出していた。
最終的に町へ到達する目前でエネルギー切れを起こしたが、その行動には何らかの理性が宿っていたとしか思えない。
理性の無い竜に明確な目的を与えたのは何か、考えると意外と簡単な事が分かっていく。
当時、ベアモンを助ける方法を求めていたユウキに対してエレキモンはこう言っていた。
『町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる』
『だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!』
この言葉で、進化が発動する前のユウキ――ギルモンの電脳核に、目的を達成するための『方法』が入力されたのだとして、その後にユウキを『進化』に至らせる要因となった『感情』は何か。
つい最近の事でありながらおぼろげな記憶をなんとか掘り返し、ユウキは呟く。
「……『悲しみ』と『悔しさ』だ。多分、あの時に俺が抱いていた感情を表現するんなら、それが適切だと思う」
「どっちも処理の難しい感情だな……ウィルス種であるお前の電脳核は、そういった『負』の感情に同調しやすい性質を持ってる。ハッキリ言って危険だぞ。聞いた感じだとお前さんが進化した時の目的は『仲間を助ける』って所だったんだろうが……」
念を押すように、刃物なんて比では無い危険な兵器の使い方を教えるように、ミケモンは言う。
「その『目的』が別の何か――例えば『敵の殲滅』とかになって、お前さんが『感情』を制御出来なかった場合、お前さんを止めに掛かった仲間すら『邪魔』と認識して傷を付けかねない。それどころか、殺しちまう可能性だって高いな」
「な……」
「言っておくが冗談じゃねぇぞ。過去にもそういった理由で、敵味方構わず皆殺しにしたデジモンが居るって情報はそう少なくない。ウィルス種のデジモンだと得にな」
思わず絶句した。
ユウキ自身、自分の成っている種族の危険性ぐらいは他の三人よりも理解しているつもりだった。
一歩間違えれば、自分は核弾頭一発分に相当する破壊を何回も撒き散らす化け物に変貌してしまう可能性についても、別に考えてなかったわけでも無い。
だがそもそも、予想の土台自体がフィクション上での情報に過ぎなかったわけで、心の何処かで『そこまでの事にはならないかもしれない』と楽観視してしまっていた。
まだ、この世界の法則がどういう物なのかを理解しているわけでも無いのに。
デジモンに成っている今、ミケモンから伝えられた事実は人間だった頃と変わらない『現実』で感じた物と同じ物として受け入れられ、そこから伝わる責任感や恐怖心は紛れも無く本心だ。
まるで、見知らぬ誰かに重々しい火器を渡され、その引き金に指を掛けさせられているような錯覚すら覚える。
銃口を向ける相手を間違え、引き金に込める力が一線を越えた瞬間、取り返しの付かない事態に成りかねないのだ。
ユウキが自分自身で想像していた以上の恐怖心を抱いている一方で、ミケモンの言葉に何となく不安を覚えたベアモンが、思考に浮かんだ言葉をそのまま述べた。
「さっき僕も進化したけど、自我はちゃんとあったよ? 暴走なんてしてなかったし」
「そりゃあ、お前が抱いていた感情はそいつと明らかに違う物だっただろうし、そもそもお前みたいなワクチン種のデジモンは『負』の感情よりも『正』の感情に同調しやすいからな。余程の事が無い限りは危険な事にもなり難いし、あとは単純に精神面での違いだろう」
聞いて、またもやベアモンとの実力の差を実感し、溜め息を吐きながらユウキは言う。
「精神面……かぁ。俺って、そっちの面でもお前に負けてるのな」
「ふっふ~ん。君と違って、僕はそれなりに鍛えられているからね!!」
誰かに勝っている部分がある事がよっぽど嬉しいのか、『えっへん!!』とでも言うように上機嫌で威張るベアモン。
そんな彼を放っておいて、エレキモンはミケモンにこんな事を言った。
「随分と『感情』の『進化』について詳しいが、その知識はアンタ自身の経験からか?」
「いや? 当然、オイラ自身も『進化』の事に関してハッキリとまでは分かってない。今言ってた事も、所詮はヒマな時とかに読んだ書物とかからの引用が殆どだ」
「その書物は信用出来るものなのか?」
「歴史書とか図鑑とかそういう物は大抵、ダストパケットみたいにデータ屑が集まり自然発生した物じゃなくて、過去に生きたデジモンが自分の記憶を未来まで知恵を残すために書き記されたもんだ。結構信憑性のある内容だし、俺は信じてる」
「ふ~ん……俺はそういう文献とかに興味が無いからなぁ。目にする事のある本なんて、ベアモンの家か長老の家にある面白い物語が書かれた本ぐらいだ。面白いのか? そういうの見てて」
「興味が沸いたりして面白いぞ? 暇潰しとかに厚めの本はもってこいだしな」
「……アンタ、留守番中に居眠りだけじゃなくて読書までしてんのか?」
「もう殆ど読み終わったから、最近は寝てる事が多いけどな」
そんなこんなで雑談を交わしながらも、一行はこの『滝登りの山』の頂上までやって来た。
周辺の地形は斜面から平地に近くなり、周りの樹木が謎の材質で形成された石版のような物体を外部から覆い隠すように生えていて、その石版の周りには明らかに自然の産物とは言えない材質の台座が存在していた。
明らかに他の空間から浮いているような印象しか受けない、それでいて神秘的な雰囲気すら思わせるこの物体こそ、この世界の環境の情報が束ねられし保存庫――『メモリアルステラ』である。
今、この場に来たメンバーの中で唯一この物体の事を知らないデジモンであるギルモン――ユウキに対して、ベアモンは質問する。
「アレが『メモリアルステラ』なんだけど……本当に見覚えは無い?」
「無いっていうか、初見だからな。遺跡とかにありそうな石版としか思えないが……」
本人からすれば当然の反応をしたに過ぎないのだが、その一方でユウキの事情を(本当の意味では)知らないミケモンは、本当に驚いたかのようにこう言っていた。
「お前さん、本当に知らないんだな……こりゃあ重症だわ。常識が足りてない」
「?」
「あ~気にしなくていいから。そんな事より、始めて見るんだしもっと近づいてみてみない?」
「あ、あぁ」
ベアモンに手を引っ張られる形で、ユウキは『メモリアルステラ』の近くまで近づいていく。
「……おぉ」
(……本当に初めて物を見る目だ)
近くに寄ると遠くから見ている時点では神秘的に思えた物体が、不思議と近未来的な雰囲気を帯びた電子機器のようにも見える。
ユウキは思わず関心の言葉を漏らし、そんな彼の横顔を見てベアモンが内心で呟いている。
その少し後ろではエレキモンが二人の様子を眺め、ミケモンは『メモリアルステラ』の方へと視線を送っていた。
「まぁ、やっぱり見た感じ『メモリアルステラ』に異常は見られないな……平常稼動しているみたいだし、ここ最近の異変にアレは関連性が無いって事かねぇ……」
「となると、やっぱり何者かの仕業って事になるのか?」
「そう考えるのが妥当だろ。自然的な問題なら『メモリアルステラ』に異常が起きててもおかしくないし、まず何者かによる意図的な原因があるに違いねぇ。あのモノクロモンが異常なまでに興奮してるって時点で、そう考えるのが普通だろ」
「……チッ、本当に最近は災難続きだな……」
だが、一日の中で流石にこれ以上の災難は起こらないだろう、とエレキモンは思う。
というか、自分は一日に二回以上の災難に遭遇するぐらいに運の無いデジモンでは無いのだと、エレキモンは切実に思いたかった。
どうもどうも、プロローグに引き続き第一話の感想を喋らせていただきます。
とりあえず思ったこととして……一話が濃い!!!
一難去ってまた一難からの二度あることは三度ある一難! 『進化』があるとはいえ、成長期3体(+α)で一日に成熟期4体との立て続けのバトルとは……。その中でも初戦でユウキを庇い、続く二戦で進化を果たしたベアモンのタフさが際立ちますね……! 体力ザッソーモンかよ(誉め言葉)
大切な仲間同士で庇い合う構図、友情としては美しいけれども、いつか取り返しのつかない事態に発展してしまいそうでお父さん心配です(突然の父性)。とりわけベアモンの博愛っぷりは、タフネスゆえに自分の限界超えて動いてしまいそうで読んでいてハラハラしますね……。
ザッソーモンと言えば(大胆な話題転換)、第一話の三つのお話で全てに植物型デジモンを出してくださったことに感謝を申し上げたい。怪しい何者かに時計型麻酔銃(アサルトライフル)を撃ち込まれたウッドモンも、きっと元々は村長のジュレイモンと同じく穏やかな性格だったに違いない……合掌。しかしそのウッドモンとガルルモンを暴走させた奴……一体何ンドラモンなんだ……。
一話の中でたっぷり修羅場を潜り抜けてきたおかげか、ユウキも少しずつ『デジモン』らしさを身に着けてきた感がありますね。特にモノクロモンとの対戦経験から自分の必殺技をイメージするところなんか、デジワーの技習得のくだりっぽくてニヤニヤしてました。とはいえ赤ちゃんプレイを強要されて露骨に拒否したり、ちょっと厨二臭さのあるネーミングセンスとか、良い意味で年頃の人間の男の子らしさはまだちゃんと残ってて一安心。……大丈夫だよね? これから先、『進化する度に人間としての記憶や感情が消えていく』とか無いよね……?
他にも、『メモリアルステラ』という文字列を見て僕の中の進〇ゼミが覚醒したり(リデジでやったところだ!)、エレキモンの進化先が意外だったけど納得したり(尻尾の形状とか色合いとか)、レッサーをCV:平田広明で再生してたらまさかの本家の方(レオモン)が現れて焦ったりといった感じで、第一話の感想とさせていただきます。
想像以上に投稿ペースが早かったので、今後も気合入れて読まなきゃですねコレヴァ
戦いは終わった。
周囲から『敵』の気配は感じられず、その場には静寂が訪れる。
途中から戦いを見ている事しか出来なかったベアモンは、戦う力を根こそぎ奪われたガルルモンのそぐ傍で気を失った親友を腕に抱いていた。
その瞳から、一粒一粒と涙が出てくる。
「……エレキモン……」
結果的に、ベアモンは助かった。
エレキモンの方だって、命には別状も無いはずだ。
だけど、それでも、結局。
ベアモンが、エレキモン守り抜けなかった事には変わりが無い。
もっと自分が強ければ、ここまで危険な状況に至らせる事なんて無かったはずだ。
そもそも、最初の時点で『敵』の奇襲にさえ気付けていれば、ここまで追い詰められる事だって無かったはずだ、と思ってしまう。
「……ごめん……」
言葉を発しても、意識を持たない親友は返してくれないだろう。
言い知れぬ不安を抱きながらその場で動かずにいると、坂道の方からニ体のデジモン――ガルルモンに襲われたベアモンとエレキモンを助けるために疾走していたミケモンと、それよりちょっと遅れてギルモンのユウキが、多少呼吸を(特に後者が)乱しながら近づいて来た。
彼等はそれぞれ、気を失って倒れているエレキモンの姿と、彼を抱き抱えているボロボロなベアモンの姿を見て言葉を述べる。
「おい、大丈夫か!? 怪我とか……はある、な……」
「あんな事があったのに命があるだけ十分だろ。ホントなら、死んでてもおかしくなかったぞ」
「……ユウキ、ミケモン……」
二人の顔を見て、ようやく安心を取り戻すベアモン。
涙が出てくるのを止められないまま、彼は言う。
「……エレキモン、怪我も疲労も僕より酷くて……僕もガルルモンと戦ったんだけど、何も出来なくて……」
「何も言わなくていい。遠くの方からでも、お前等二人のものと思われる『進化の光』は確認出来たから、どういう事があったのかは大体予想がついてる。というか、明らかにお前の方が酷い有様だろうが」
ミケモンはそう言うと、ベアモンの腕の中で気を失っているエレキモンを自分の腕で抱え上げる。
疑問を浮かべたベアモンが、涙を拭いながらミケモンに対して質問する。
「……どうするの……?」
「お前もエレキモンも、ついでにユウキも、怪我と疲労が明らかに酷いからな。これ以上は俺も見過ごす事は出来ねぇよ。単刀直入に言うが、今からお前等は俺が町まで連れ返す。食料に関しては仕方ねぇから、俺の方から分けてやるよ」
「……うん、分かったよ……」
ベアモンはそう言うと、エレキモンの事をミケモンに任せて立ち上がる。
ユウキもミケモンの意見に異論を唱える事は無く、同意したように頷いていた。
食料の問題はミケモンが援助してくれるだろうから、とりあえずは山の中で食料を求めて彷徨う必要が無くなったからだ。
ただ、ユウキから見てもベアモンのショックは大きいらしく、ユウキも表情を曇らせている。
そんな時、エレキモンを抱えたまま山を下り始めようとしたミケモンが、視線を行き先へ向けたまま、ベアモンに対して言葉を飛ばした。
「……気に病むな。こいつの怪我もお前の怪我も、どちらかと言えば保護者でもあるオイラに責任があんだから。それでも気にするんなら、せめてこの『経験』を次に活かす事を考えろ。自分だけに責任があると思ってんじゃねぇぞ」
ユウキには、その言葉がベアモンやミケモンだけでは無く、自分自身にも宛てられているものに感じられていた。
互いに言葉を交わしながらも、目的の無くなった彼等は山を下り、帰る場所へと戻る。
いっそ不自然なほどに、帰る途中『敵』との遭遇は一切無かった。
――――目を覚ました時、エレキモンの目が見たのは、よく見知った天井だった。
「……ん……」
自分達は助かったのか。
ベアモンやユウキはどうなった。
そういった疑問は、自分が自分の住んでいる家で眠っていた、という事実によって収束された。
眠っている間に何があったのかは知らないが、エレキモンの眠っている傍には明らかにリンゴとは違う食料――焼けた肉や、健康に良い果実として有名な超電磁レモンが皿代わりの葉っぱの上に置かれていて、いつの間にか空腹になっていたエレキモンは、食欲に身を任せるようにそれ等を口に運んでいた。
こういった様々な食料が山で手に入ったとは思えない。
間違い無く、ミケモン辺りの援助があったのだろう、とエレキモンは思っている。
眠っている間に意外と時間が経っていたのか、視線を家の外へ向けるとオレンジ色の空――夕焼けが広がっているのが見えた。
「……戻って、これたのか」
安心感の一方で、ベアモンやユウキが今どうしているのかが気になった。
体を起こそうとするが、食料でエネルギーを補給した上でも体は重く感じられた。
四つの脚で体を支える事さえ難しいのか、もしくは眠りから覚めたばかりで意識が覚醒しきっていないからか、エレキモンは寝床から起き上がる事も出来ずに横になる。
「……だりぃな……」
そんな事をぼやいていると、入り口の方から来客があった。
自分と同じくボロボロなはずのベアモンと、モノクロモンとの戦いの時には自分を守って背中に大火傷を負っているギルモンのユウキだ。
彼等はエレキモンが目を覚ましている事に気付くと、早速声を掛けてきた。
「エレキモン、大丈夫……? まだ『進化』した時の消耗が回復しきれてないんだね……」
「……そういうお前はどうなんだ。お前なんて山の中で二回も『進化』を発動した挙句ぶっ倒れてたじゃねぇか」
「僕は大丈夫だよ。ここに来る前、町に戻ってからミケモンがくれた食料を食べたり昼寝したりで回復に専念してたから、本調子とまでは言えないけどずっとよくなってるし」
「お前ってホントに頑丈なのな……昨日といい、今日といい……」
二日間の間に三回も成熟期のデジモンと戦っていながらもすぐに回復するベアモンに、呆れたような言葉を口にするユウキだが、ベアモン自身は自分の体の損傷よりも他人の体の損傷の方が心配の優先度が高いのか、気にせずにエレキモンに声を掛ける。
「大丈夫なようで何よりだよ……エレキモンがコカトリモンに進化した時は、本当に驚いたけど……やっぱりエレキモンは強いや。君がいなかったら、僕はあそこで死んでたよ」
「……へっ、何を言ってんだか。モノクロモンとの戦いの時、俺やユウキを助けてくれたのはお前だろうに」
「でも、僕一人じゃ無理だったという事実は変わらないよ。いつも一緒に居てくれてありがとう」
互いに微笑ましい会話を交わす中、話題を切り出すようにユウキが言葉を投げ掛ける。
「ベアモン。褒めあうのは良い事だと思うんだけどさ、忘れてないか?」
「……あっ、うん。分かってるよ」
「? 何かあったのか?」
どうやら、エレキモンが眠っている間に二人の方で何かがあったらしい。
エレキモンの無事を確認し、ようやくベアモンも切り出すべき話題を口にする。
「あのね、落ち着いて聞いてね?」
エレキモンが目覚める、少し前。
周りを木造の壁に囲まれ、本棚や食料貯蓄庫といった設備が整った特別製を感じさせる部屋。
『ギルド』の拠点である建物の奥で、組織のリーダーであるレオモンと、受付員(と言う名の留守番係)なミケモン――レッサーは互いに言葉を交わしていた。
レッサーが山へ向かってから戻ってくるのに大分時間が掛かっていた事に疑問を浮かべていたレオモンだったが、遅れた事情とその後の言葉を聞いて、その表情を強張らせていた。
「……ふむ。狂暴化したデジモンによる二度の襲撃。それによって生じた負傷者の保護。まぁこういった事情があるのなら、戻ってくるのにここまでの時間が掛かったのも仕方無い、か……」
「そう思うだろ? ったく、あいつ等も不運なもんだよ。一日どころか、二日に三度も狂暴化したデジモンの襲撃を受けるなんてな」
「……全くだな。様々な野生のデジモンが生息しているにも関わらず、彼等だけが襲撃された。不運と例えるのも間違いでは無いだろう」
元々、最近様々な地域で見られる野生デジモンの『狂暴化』は、発生条件も犯人も分かっていない。
他と比べても比較的安全『だった』地域へミケモンを送ったつもりだったのだが、話を聞いた通り、見回りをさせた地域でも『狂暴化』の問題は発生している。
当然、これについては他の地域の『ギルド』でも調べられているのだが、芳しい情報は得られていないと聞く。
また、危険な可能性を臭わせる地域が増えた。
だが、レオモンが顔を強張らせている理由はそこ『だけ』ではない。
彼はレッサーの目を真っ直ぐに見ながら、こう言ったのだ。
「……だが、正気か? 確かに成熟期のデジモン――それも狂暴化している個体を相手にして生存出来るほどの強さが本当ならば、『試験』で実力を確かめる必要も無いのは分かる。むしろ、この町の『ギルド』はメンバーも少ない方だからな。働き手は大抵歓迎する。だが……俺はまだ、その子達の事を知らない。『試験』も飛ばして『ギルド』に入団させるなど、すぐには決められん」
一方で、レッサーは適当とも真面目とも言えない調子で言った。
「いいんじゃねぇの? オイラは少なくとも、アイツ等には大物になる可能性があると見てるぜ」
「……はぁ……」
レオモンは思わず、溜め息を吐いた。
ミケモンが嘘を言っているわけでは無い事ぐらいは分かっているのだが、まだ素性も見た事が無いデジモンを含めた『チーム』の結成など、安易には決められない。
実力があるのは分かったが、それに見合う心構えはあるのか。
レオモンは考え、そして言った。
「……分かった。だが、後で……夜でも構わない。一度俺の前に顔を出すように伝えてくれ。これから先やっていけるのか、見定める必要があるからな」
大層な大義名分や大事な機密情報などを抱えているわけでも無いが、素性も何も知らないデジモンを無条件で受け入れるわけにはいかない。
ミケモンのレッサーの事を疑っているわけでも無いが、どの道これは必要となる過程なのだ。
そんな真面目くさい事を考えているレオモンに対して、レッサーは「へ~へ~、分かりましたよっと」なんていう面倒くさそうな言葉を漏らしながら、受付カウンターのある場所まで足を運ぶ。
レオモンもまた、自らの役割を遂行するために文献――自らが書き記した情報に目を通す。
昨日の時点で依頼を大分達成してきたからか、今日この『ギルド』に宛てられた依頼は比較的少なかったらしい。
レオモンにはそれが、平和と言うより――嵐の前の静けさのように思えた。
思わず、彼はこう呟いた。
「……あの子は大丈夫なのだろうか……」
と、いうわけで。
要するに、とユウキの隣でベアモンが言葉を紡ぐ。
「ミケモン曰く、レオモンを信用させられるだけの言葉と、僕達の『個体名』と、何より納得を得られるだけの目的を用意しておけだってさ」
「これまた唐突だな……。そりゃあ俺からしても『ギルド』に入団出来る事に越した事は無いけど、まさか『試験』を飛ばすなんてよ。そういう『特別』な事例って今まであったっけ?」
「あるんじゃない? そもそも『試験』の内容と実績が被っているんなら、そもそもそれまでの『経験』が『試験』の達成条件と混同したっておかしくないし。とは言ってもあくまで『実力』の面での『試験』が終わっただけで、多分リーダーであるレオモン――――『個体名』は『リュオン』だっけ? どの道、もうすぐ向かう事になる所でレオモンに承諾してもらえないと、入団出来ない事に変わりは無いよ」
ベアモンはそう言ってから視線を隣で立っていたユウキの方へと向け、それからエレキモンの方へ振り向き直すと、こう言った。
「……思わぬ出来事で入る事になったから、これから早速色々と決めておきたいんだ。僕等の『個体名』と僕等の『チーム』を指し示す名前を」
「……レオモンに俺達の事を承諾させられるだけの言葉の方は?」
「ぶっちゃけ考えるだけ無駄でしょ。僕等の『そのまま』をぶつける事でしか承諾しそうに無いし、こういう事は考えるよりも包み隠さずに言った方がいいと思うよ。ユウキもそう思うよね?」
「俺も、流石に考えぐらいはするけど、一言で納得を得られる都合の良い理由を出しても駄目だと思う。そういうのは下心を読まれただけで簡単に崩れ去る。そもそもの『ギルド』って組織に入りたい理由を、ベアモンの言う通り『そのまま』喋った方がいいんだと思う」
実際の所、どんなに都合の良い理論武装をしても、簡単に納得させる事は出来ないだろうとユウキは思った。
レオモンという種族名を聞いただけでも、その性格がどのような物であるかを大体予想出来たから。
当人と直接出会ったわけではないが、ちゃんと芯の通った言葉をぶつけない限り納得を得るのは難しいだろう事は容易に考えられる。
ならばベアモンの言う通り、自分達の思いをそのまま告げた方がいい。
明確な『理由』が無いのなら、そもそも『ギルド』という組織に入ろうと思わないからだ。
「はぁ。ま、あのリーダーに包み隠された部分のある言葉が通用するとも思えないしな。優先すべきなのは、そっちの方か」
「そう思うよ? と、いうわけでカッコいい名前を決めちゃお~!!」
「結構大事なことだと思うのに軽いなオイ!!」
この世界において大抵は仕事に使う二つ名だったり、それぞれの『個』を確立させるための物として使われる物が『個体名』なのだが、どうやらベアモン自身もまだ自分の『個体名』を決めていなかったらしい。
ちなみにエレキモンも決まっておらず、とりあえずしっくり来そうな名前を(ベアモンが自分の家から持ってきた)絵本から摘出する事になったのだが、あまり進展はしていない。
「ユウキも手伝ってよ。元は人間だったんだし、カッコいい名前ぐらい付けられるでしょ?」
「そんな無責任な」
ベアモンにそう言われたユウキ自身も、テレビゲームの登場人物に付ける名前にどうしても時間を掛けてしまうタイプだったりして、ベアモンとエレキモンの名前を決め兼ねている。
そうこうしている間に時間は過ぎていく。
「ん~、じゃあベアモン。『ブラオ』とかどうだ?」
「ちょっとそれは……う~ん、三文字なのはいい良いけど……しっくり来ないなぁ」
「俺も考えてみたんだが『ナックル』とかどうだ……?」
「流石にそれは……やだなぁ」
「直球すぎるだろ……。まんま『拳』って意味じゃねぇか」
一応こんな形で案が出てくる事もあるのだが、どうも納得のいきそうなキーワードは出てこない。
空の色も、どんどんオレンジ色から夜の闇色に染まり出していく。
犬や猫といった獣の名前でも付けるのなら、適当にポチだとかなんだとか決められたかもしれないが、これから互いに協力し合う仲間の名前をこうして付けるとなると簡単には決められない。
そうして、決めきれずに時間だけが過ぎていった。
「……駄目だ。というか、お前等……流石に何処かで妥協しろよ!?」
「って言われても……『グレイ』とか『ガーディン』とか、ユウキが変な名前を付けようとするんだから困惑するに決まってるじゃん」
「俺の方も『トニトゥルス』とか『ルベライト』とか、よく分からない名前だったしな。そっちからすれば理解出来るかもしれんが、俺たちがお前の言葉を全部理解出来るとは思うなよ」
「これでも色々頑張って考えたんだぞ!? 名前に使えそうな個性の少ないベアモンはともかく、エレキモンの方には色々と反映させてみたし!!」
ただのデジモンであり、人間世界の言語に詳しくないエレキモンに知る由は無いが、どちらもエレキモンの特徴に関連した語句だったりする。
「それが分かりにくいんだって言ってんだ。ってか三文字ぐらいでいいだろ無駄に長いんだよ!!」
「唐突な三文字縛り!? お前いい加減にしてると一文字ネームにすんぞこの野郎!!」
「君らさ、意味も無く喧嘩しないでほしいんだけど……まぁ、語呂の良さってのもあるし、僕も二文字から四文字ぐらいで十分っていうか、要するに三文字で呼びやすい名前でお願い」
「……三文字だな? 確認するけど、本当にそれでいいんだな?」
「ユウキだって三文字だし、ね。ただ『グレイ』はやめてね。モンって付けただけで実在するデジモンの種族名になっちゃうから」
「何その下らない理由!? 意味も全く違うのに!!」
そんなこんなで、夜になるまで名前の厳選は続いていた。
この三日間の間、色々な出来事があった。
元人間を自称するデジモンと、偶然遭遇した。
現実として存在するはずの無い生き物と対面した。
互いに素性も知らぬまま、元居た場所に一緒に帰った。
地や木を這う大量の芋虫に襲われ、不本意ながらも戦った。
低空を舞う巨大なる羽虫の怪物に奇襲され、生死の境を彷徨った。
出会ったばかりの『友達』を守るため、狂暴な怪物のように戦い駆けた。
条件を付けた上で、出会ってそう時間も経ってない者同士が、その手を繋いだ。
その他にも色々な危機が襲って来たし、様々な『感情』が三人の役者を強くしている。
この三日間の間、三人の思考には様々な思いが生まれていた。
ある者は、自分の存在が別の何かに成り変わっていた事に困惑して。
ある者は、『友達』の事を『被害者』にする『加害者』に対して怒りを覚え。
ある者は、心を寄せる相手とさえ居られるのならどんな無茶をも厭わないと思った。
前に進む事しか知らない子供達は順当に『成長』し、一歩一歩の感触を認識しながら進んでいる。
先も見えないまま、ただ自分の目的の指す方だけを見つめ、それを当たり前のように思いながら。
夜中になり、ユウキとベアモンと(何とか起き上がって歩けるようにはなった)エレキモンの三人は、『ギルド』の拠点である建物に訪問した。
暗がりでも周囲をよく見えるようにするためなのか、内部の所処には小さな炎が付いているカンテラが設置されていて、それが不思議と夜風の冷たさを和らげているようにも見える。
三人の事を待っていたのか、内装の一つである受付用カウンターの上には、ミケモンの『レッサー』が退屈そうに寝転がって待機していた。
「待ってたぞ。リーダーが裏の方で待ってる」
「「「………………」」」
三人は、緊張の所為か無言になってしまいながらも歩いて、受付用カウンターの先にあるのだろう部屋を隠しているカーテンを手で退けて、その先へと足を踏み入れる。
入った部屋の方もカンテラの明るさで視界が確保されており、部屋の奥ではミケモンと同じように三人が来るのを待っていたのだろう、この『ギルド』で最も位の高い存在が|胡坐《あぐら》を掻いて待機しており、三人の姿を視界に入れると共に、確認するようにこう言った。
「来たか」
そのデジモン――レオモンの姿を見た一同は、会話が出来る距離まで固い動きのまま近づく。
彼が何らかの『気』を振りまいているわけでは無いのだが、それでもこの町の『ギルド』という一つの組織の長という事前情報と、彼そのものが纏っている風格から、なかなか緊張感を解く事が出来ない。
そんな彼等を見て、軽く笑い微笑みながら、レオモンは言った。
「そう緊張しなくてもいい。せっかく座って話せる場を設けたのだからな。こちらとしても特別な扱いを受けるのは好ましくないからな」
「は、はい……」
ベアモンとエレキモンは柔らかい言葉を告げられて緊張の糸を解き始めるが、ユウキだけは面接に赴く学生のような姿勢でピタッと制止してしまっている。
一度深く呼吸をするのを見て、二人だけでも冷静になったのを確認してから、レオモンの方から話題を切り出す。
「さて。ミケモンから君達の事は聞いているし、ミケモンから君達も、俺が聞きたい事ぐらいは聞いているだろうが……まずは自己紹介といこう。俺の種族名は見ての通りレオモンで、『個体名』は『リュオン』だ」
「ベアモンです。多分、僕とは何度か会ってると思います」
「エレキモン。右に同じくって感じです」
「……ギルモン。個体名は『コウエン・ユウキ』。色々あってベアモンの家に居候させてもらってます」
「…………ふむ…………」
自己紹介を終えると、ほんの数秒だが、レオモンはユウキの目を見つめながら思考していた。
レオモンからすれば、ベアモンとエレキモンは多少の面識があっても、ユウキに限ってはこの辺りの地域ではあまり目にしない種族である上に、既に『個体名』を保有している事が不思議に思えたのだろう。
見つめられて、思わずユウキは息を呑む。
そして思考が終わると、レオモンは次の話題を切り出した。
「では単刀直入に聞かせてもらうのだが。君達は『ギルド』に入るつもりなのだな?」
「はい。前々からこの組織で働いて、外の世界を見てみたかったので」
「俺もベアモンの理由とは別件だけど、同じように『ギルド』には入るつもりだったっす」
「……俺はベアモンに協力したいってのと、同じく別件の理由で入るつもりです」
それぞれの回答を聞いて、レオモンは自己紹介の時と同じリアクションを起こす。
小説とかで台詞の意味をそれなりに深く考えるタイプなのだろうか? なんて事を思うユウキだったが、思えばこれは自分達の事を試すための会話だった事と、この町における自分自身のイレギュラーっぷりを思い出し、即座にその思考を消し去る事にした。
一呼吸置いて、レオモンが口を開く。
「……分かった。前提となる情報の確認は、もういいだろう」
そう言って、続けて言葉を紡ぐ。
「では、次の質問だ」
どういう質問が来ても良いように、三人は心構えをする。
ここからの質問に対する対応で、この会話から決定する事項が変わるかもしれないから。
そして、来た。
「――君達には、危険を冒してでもこの仕事をやるような理由があるのか?」
そもそもの前提に、答えを出すための質問が。
最初に問いに答えたのは、ベアモンだった。
「確かに危険を冒してまでやるほどの物として、僕の『理由』っていうのはちっぽけかもしれない」
まず、危険と願望を天秤に乗せてから。
「だけど、それでも僕は手を伸ばしたいんです。この世界に存在してる、色んなデジモン達に出会いたい。色んな景色を見たい」
ベアモンの『理由』は。
子供でも抱く、ただの好奇心。
だけど今は、それだけでは無かった。
「……最近は色々な問題が発生してて、のどかな風景がどんどん崩れてる。罪も無いはずのデジモンが被害に遭って悲しんで、それを分かっていながら何もしないのは嫌なんです。そして何より、そんな風に一方的に他者の幸せを奪っているような奴を放っておけない」
その言葉に秘められた物は。
間違い無く、ユウキが巻き込まれている問題も入っている。
「これが、僕の『理由』です」
「………………」
次に、エレキモンが口を開いた。
「まぁ、俺はベアモンほど立派な『理由』を持ってるわけじゃないっすけど、あえて言うなら」
別に重々しいわけでも無い、とても軽い口調で。
「コイツと一緒に……いやそうでも無いかもしれないけど、目指したい夢がある。その過程で危険が付き纏うんだとしても、それを諦めて何の感慨も無い生を過ごすのはゴメンってヤツですよ」
「………………」
多くを語るのは苦手なのか、エレキモンはそれ以上『理由』を言う事が無かった。
そして、ユウキの番がやってきた。
「……俺は……」
頭の中で決めていた言葉を、ただ告げる。
「俺は、ベアモンやエレキモンの物とは違うんですけど……ただ、知りたい事があるんです」
「……知りたい事?」
「別にこの世の真実だとか、学者さんが求めそうな物じゃないですよ。ただ、自分が知らない真実っていうのを知りたい。それだけです」
「……本当に、それだけなのか?」
最も不明な点が多い人物を相手にしているからか、途中途中にレオモンも問いを入れる。
「君の『理由』を否定するわけではないが、知らない方が幸せと言えるような真実も世の中には存在するだろう。何も知らないままで、平和に過ごしているだけという道もある。それを分かった上での選択なのか?」
「……正直、怖い所はありますよ」
見えない恐怖に真っ向から立ち向かうように、言い放つ。
「だけど俺は、知らないといけない……そう思うんです。そりゃあもしかしたら辛い現実そのものが真実かもしれませんし、知ろうとした結果、命を落とすほどの危険に見舞われる事だってあるかもしれない……」
自分自身が人間からデジモンに成った理由。
人間の世界からデジタルワールドにやって来た理由。
何より、まだ人間だった頃の最後に会った青いコートの人物の目的。
「けど、覚悟ならもう決めました」
それを知るまで、絶対に進む事を止める事は出来ない。
力強く、挑むように宣言する。
「どんなに過酷な道でも進んで、真実を見つけ出す。その過程で戦う事になるとしても」
それは、自分がまだ弱い事を知っているからでこそ、それを実感しているからでこそ、出せた答えだった。
「…………なるほどな」
他者から聞いたら、他人任せな弱者の言葉とも受け取れるような言葉を聞いて。
「……まったく。ここまで堂々と返してくるとはな……ミケモンは言っていたが、君は本当に記憶喪失なのか?」
「事実としては間違ってないですよ。間違い無く俺の記憶には『知らない事』が合間に挟まってる。だから、それを探すために頑張りたい」
そして、三人の『理由』を頭に入れた上で、レオモンはこう返答する。
「……合格だ。認めよう」
短く告げられ、三人は率直に歓喜した。
さて。
『ギルド』への加入が認められたのは良いのだが、まだやり残している事がある。
「ではまず、君達の『個体名』を決めなければならないな」
「そうだった。まぁ大丈夫なんだけどね~」
「そだな。さてユウキ君、決定した俺達の『個体名』を発表しやがれください」
「お前ら結局俺にだけ名前の案を任せてたのかよ!! てかエレキモン、お前そんなキャラだったっけ?」
「やだなぁ。これから一緒に活動するんだから仲良くやるのは基本だろって事だからとっととしろ」
「そうだよ。もう決めてあるんでしょ?」
「早速この二人に信頼が持てなくなって来たけど、なんか後戻りが出来ないから言いますね」
「うむ。変なもので無い限りは大丈夫だ」
何時の間にやら、シリアスな空気は換気されてしまったのだろうか?
明らかに扱いがおかしいのにも関わらずレオモンは味方してくれないし、それどころかベアモンやエレキモンの言葉を止めてくれたりしない。
もう何と言うか、この流れから脱する事の方が難しく思えたらしく、ユウキは言われるがままに言った。
「……ベアモンは『アルス』……帽子に書いてあるアルファベットの『BEARS』から後半の三文字――『A』と『R』と『S』を取った物。エレキモンは『トール』……まぁ、こっちは適当だけど」
「おい待て、適当ってどういう事だ電撃ぶつけんぞ」
ユウキが(人間が書いた神話の事なんて言っても分からないだろうからという理由で)適当と述べたため、人間世界の文献までは知らないエレキモンには知る由も無いが、エレキモンに名付けられた名前の元となった対象はトンでも無い存在だったりする。
何とか両方とも三文字で収められた辺りは、ユウキもそれなりに頭を使ったのかもしれない。
ちなみにベアモンは、掴みが悪くないと感じたのか、特に苦情も無かった。
三人分の『個体名』が決まった所で、今度は三人の『チーム』の名前を決める事になる。
「では最後に『チーム』の名前を決めてもらおう。案は用意しているか?」
「あ、はぁい!! そっちは僕が考えてま~す!!」
「そっちは考えられたのに何で自分の名前は決められて無かったんだ……」
ユウキが何かを言っていたが、ベアモンはそっちの方に意識を向ける事は無く、エレキモンも特に反論を残そうとしなかった。
ベアモンが、何処か誇らしげに宣言する。
「僕達の『チーム』の名前は……『チャレンジャーズ』!!」
どんな困難にも立ち向かい、道を切り開く。
ベアモンの付けた名の意味は、単にそういう物だった。
そしてレオモンは、その名の意味を理解した上で、最後にこう告げた。
「……では、改めて歓迎しよう……『チャレンジャーズ』。この『ギルド』へようこそ。そして、これからはよろしく頼む」
その言葉を区切りに、会話は終了した。
三人は疲れを癒すために、それぞれの居場所に戻っていく。
場に残ったレオモンが思考していると、部屋の中にミケモンが入ってきた。
そして彼が、ニヤニヤとした笑顔でこう言ってきた。
「うっす。あいつ等、面白かっただろ?」
「……さてな。ひとまず、信用に足り覚悟も備わった者達、という事は分かったさ」
ユウキ達が『チーム』を結成し、そして『ギルド』に入団した頃。
変わらぬ清らかな水の音と、夜風が木の葉を揺らすような音が散らばる山にて。
夜の闇に紛れるような形で、その環境からすると場違いな姿をした誰かが、独りで。
「…………はい」
誰かと、話をしていた。
その耳と思われる部分には、何らかの電波を発生させる事で会話を可能にする、夜の闇と色が同化した機械が押し付けられている。
多少でも電子機械の事を理解している者ならば、携帯電話と言われているであろう物が。
目に見えてさえ居れば誰もが違和感を抱くであろう光景だが、誰もその光景を視界に入れる事は出来ていない。
迷彩のような何かによって視えていないのだから、当たり前ではあるのだが。
何者かが、言葉を紡ぐ。
「予定通り『紅炎勇輝』のレベルは上昇中。その仲間も、影響を受けるような形ではありますが、成長しています。……はい、はい。了解してます」
その言葉の意味を理解出来る者は、この場には居ない。
ただ、ただ、情の感じられない言葉だけが続く。
「……では、交信を終了します。次の交信は……そうですか。はい」
この場に居ない相手との会話が終わったのか、彼は手に持っている機械の電源を切る。
「………………」
ユウキにもベアモンにもエレキモンにも。
戦うだけの理由という物は確かに存在し、それのために戦う事は既に確定している。
だが。
何も、理由を持っているのは当然彼等だけでも無い。
命を賭けて戦えるだけの理由を持っている者は、余程の事が無い限りは揺らぐ事も無いし、どんなに綺麗事を述べようが、それぞれはそれぞれの事情を抱いて戦いに赴き、いつかは潰し合う。
これは、そういう者たちによる物語なのだから。
次の章へ
そんな危険な状態にある一方で、ミケモンとユウキはウッドモンと交戦していた。
交戦とは言っても、この戦いで成すべき事はあくまでもウッドモンが立ち塞がっている(つもりで無くとも)先の道を進み、ガルルモンに襲われているエレキモンと、ガルルモンを追いかけて転がっていったベアモンの救援に行く事であり、ウッドモンを優先してまで倒す必要は何処にも無い。
ミケモンだけなら、無視して通り抜ける事も難しくは無かっただろう。
だが、この場に取り残されたもう一体――ユウキが突破する事は、現時点では難しい。
ミケモンには野良猫のように身軽で素早い動きをする事が出来る体を持つのだが、ギルモンはその体形から見て分かる通り、四足歩行を行ったり二本の足を使って素早く動く事に適していないのだ。
そして、ミケモンからしても置いていくわけにもいかないため、仕方なくウッドモンを『倒す』選択をしているわけである。
「とっとと行かねぇといけねぇんだ……悪いが押し通るぞ」
早急に決着を付けなくてはいけない状況であるが故に、ミケモンはいちいち相手の出方を窺う事などはせず、即行で攻め始める。
ミケモンの武器は、茶色のグローブに包まれた前足に備わっている硬い肉球に爪と、高い瞬発力を発揮させるための後ろ足。
ウッドモンは自身の武器である棒状の腕をミケモンに突き出すが、ミケモンはそれを横移動で避けると一気にウッドモンの懐へ四足で接近し、顔面の部分に飛び掛るとそのまま前足に備わっている鋭い爪で引っ掻いた。
「ネコクロー!!」
ザシュザシュザシュザシュッ!! と、まるで木工刀で削り取ったかのような音が連続する度に、ウッドモンの体を構成している樹木の体が削れていく。
ウッドモンは苦痛の声を漏らしながらも、自分に取り付いているミケモンをもう片方の棒状の腕で叩こうとするが、ミケモンはウッドモンの体に爪をくい込ませると共に両腕に力を込め、地に足を付けていない状態でありながら、上に跳んだ。
脚力の基点となるものが無いが故に大したジャンプ力は発揮されなかったが、それでもウッドモンの攻撃を避けられるぐらいの高度は跳べており、ウッドモンは自分自身の腕で自分の顔面を殴ってしまう。
空中で回転しながら落下するミケモンは、再びその爪でウッドモンの顔面部分を引っ掻く。
そして地に降り立つと、今度は爪ではなく硬い肉球で一撃。
「肉球パンチ!!」
鈍い音と共に衝撃がウッドモンの目と目の間に炸裂する。
反撃など許さない。思考する時間も与えない。無駄な行動を取らない。
常に自分が『攻める側』に立ち続ける事こそが、戦いにおいて最も優勢に近い立場に居られる方法である事を、ミケモンはよく知っていた。
だが。
「……やっぱり、ジリ貧だな」
ミケモンの爪によって削り取られたり、衝撃によって小さな亀裂を生じさせていたウッドモンの体は、まるで擦り傷が治る光景を高速で見せられているかのように、失われた部分を内部から『成長』させる事で再生されていた。
原型が樹木であるが故に、養分さえあれば最低限の傷は高速で修繕出来るのだろう。
ただの引っ掻き攻撃やパンチだけでは、攻撃力が再生力を上回るのに時間が掛かってしまう。
即座に思考を切り替え、一端ウッドモンと距離を取ったミケモンは、自分の戦闘に割り込むと邪魔になるとでも思ったいたのであろう――先ほどから攻めあぐねているギルモンのユウキに声を掛ける。
「おい、ユウキとか言ったな。手を貸せ、こいつを倒すぞ!!」
「やけに簡単に言ってくれるが、どうやって!!」
「お前の『必殺技』が必要だ。俺がこいつの『腕』を止めるから、最大級のをブチかませ!!」
ギルモンの『必殺技』は、口から強力な火炎弾を放つというもの。
実際、ウッドモンというデジモンはその体を構成しているデータが『樹木』であるが故に、火の属性を伴った攻撃には滅法弱い。
ミケモンの判断は間違っていない。
ただ一点を除いては。
「………………」
「……おいまさか、記憶喪失だから種族としての技の出し方すら分かってないなんて言わないよな?」
「…………はい」
実際は記憶喪失などではなく本当に『知らない』だけなのだが、なんかもう申し訳なさ過ぎて、ユウキは思わず敬語で謝っていた。
なんてこった、とミケモンは思わず天を仰ぎたくなった。
ウッドモンの両腕が、ミケモンとユウキのニ体に向かってそれぞれ伸び突き出され、会話しながらもそれを何とか避けると、ミケモンは責める事も無くユウキに向かってこう叫ぶ。
「でかい炎を吐き出す自分自身をイメージしろ!! んで、それを実際にやる時、自分の『必殺技』の名前を叫べ!! それが必殺を現実にするための切っ掛けになる!! 『必殺技』の名前は分かるか!?」
「そっちは何となく分かってるけど、この状況で明確なビジョンをイメージするなんて……!!」
「俺が時間を稼ぐ。だから遠慮せずにやれ!! お前の仲間の命運が掛かってんだからな!!」
「ッ!!」
ミケモンはウッドモンの顔面に再び飛び掛ると共に引っ掻いて、ウッドモンの意識をユウキから外す。
その間にユウキは、何とかしてイメージする。
だけど。
(……そんなの、イメージ出来るわけがねぇだろ!!)
ユウキは、元は人間『だった』デジモンだ。
そんな彼の『経験』に、炎を吐き出すなどという物があるわけが無い。
イメージを形成するには、材料が足りない。
だが、そんな彼の思考を知っているわけもないまま、ウッドモンに攻撃を続けているミケモンは二つ目の言葉を放つ。
「イメージするのは、自分以外の物で例えてもいい!! とにかく頭で考えて、それを表に出す事だけに集中しろ!!」
「自分、以外の物……?」
「さっき戦ったデジモンの事を忘れたわけでも無いだろ!!」
さっき戦ったデジモン。
それがどんなデジモンであったか、ユウキはとてもよく覚えていた。
何故なら、一時間程度しか時間の経っていない、新たな『経験』の元となったデジモンだったから。
(……モノクロモン!!)
その戦いの記憶は、恐怖や痛みと共に根強く『経験』に刻まれている。
力不足からほとんど傍観する事しか出来ず、力になろうとして無様に失敗した、苦い記憶。
それを活かすべき時は、間違いなく今なのだろう。
根強く残っている『実際の』記憶を掘り起こし、それと元としてイメージする。
口を大きく開け、喉の奥から空気ではなく熱気を生成し、その時の感覚を記憶に取り入れながら。
一度、口を閉じる。
目の前の敵を一回でノックアウトさせるための、強大な一撃を放つための『溜め』の動作として。
口の中に篭る熱気はどんどん膨張していき、鼻の穴からも蒸気に似た白く熱い空気が漏れる。
人間の体だったならば、口中どころか顔中が大火傷となっていて大惨事の行為だっただろうが、ギルモンの体であるからか痛みは全くと言っていいほどに無かった。
ただ、やはり呼吸をしない状態を継続しているため、息苦しくなる。
「グ……グ……!!」
ミケモンは、ユウキが『必殺技』を放つ準備を終えた事を確信し、ウッドモンの目元付近を爪で引っ掻き削り取って直ぐに『必殺技』の射線から出る。
ウッドモンは目元の痛みから腕を目元付近まで動かし、痛みを和らげようとしているのかは分からないが痛がる様子を見せ、更に大口を開けて苦痛に満ちた声まで上げている。
いくら再生しようが、樹木そのものである自分の体を傷付けられて『痛み』を感じない事は無いのだ。
そして、自分の体に走る『痛み』の方へと意識を向けているが故に。
そして、結果的に腕を使って視界を封じてしまっているが故に。
そして、ミケモン自身もその状態を狙っていたが故に。
「今だ。撃て!!」
(ファイアー……)
ミケモンの声を聞いた直後、ユウキはずっと苦しそうに溜めていたものを解き放つように口を開ける。
「――――ボオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!!」
技の名を叫ぶと共に、ギルモンの口内に溜められていた火炎が一個の球を形成しながら放たれた。
放たれた火炎球は、真っ直ぐウッドモンの体――正確にはその大きく開けられた口の中に向かって突き進み。
直後、火球がウッドモンの体の内部で爆ぜた。
よほど火力が強かったのか、爆炎は凄まじい音を伴ってウッドモンの体を内部から焼き尽くし、口元から灰色の煙を噴出させる。
自身の弱点である炎を食らい、ウッドモンは断末魔に似た叫び声を周囲に響かせると共にその場にへたり込んだ。
戦意さえも炎によって灰にされたのか、技を放ったユウキにもミケモンにも抵抗しようとはしない。
それが示す意味を理解出来ないほど、二人も馬鹿ではなかった。
「行くぞ」
「……あ、ああ!!」
野生の世界は弱肉強食とは言え、やはり相応の罪悪感は感じてしまう。
ユウキはミケモンにそう言われ、やるべき事を再認識した上でウッドモンのすぐ脇を通り、坂道を下り始めた。
時間がとにかく足りない。
周囲に見える茂みのどこからガルルモンが襲って来るのか、目で追うだけでは判別出来ない。
ただ待つだけでも、グリズモンのタイムリミットは迫ってくる。
「クッ……」
自分自身のタイムリミットを意識するあまり、冷静に戦術を構成する事が出来ない。
攻撃しようにも、その範囲は『技』で拡張しない限りは腕の長さと同じぐらいが限度だ。
そしてこの時も、キョロキョロと周囲を見回すグリズモンの視界の死角からガルルモンが襲い掛かる。
「――――!!」
グリズモンは気配に反応する形でガルルモンの方を向き、何も考えないまま右拳を突き出す。
それが裏目になった。
「フリーズファング!!」
ガルルモンは本能的に技の名を言うと共に、突き出された拳に向かって噛み付き牙を食い込ませる。
すると技の効果なのか、グリズモンの拳がどんどん冷たくなっていき、やがて氷に包まれると共に動かなくなってしまった。
「ッ……ぅらあッ!!」
腕から伝わる激痛に苦痛の声を漏らすグリズモンだが、反撃と言わんばかりにもう一方の左拳を突き出す。
今度は、腕に牙を食い込ませていたがために、ガルルモンはその拳を避ける事が出来ない。
しかし、グリズモンの拳にモノクロモンとの戦いの時のような力強さが宿る事も無い。
ガルルモンは頬に拳を食らい、その威力でグリズモンの右腕から引き剥がされる。
だが、それだけだった。
「ぐぅ……っ!!」
利き腕である右前足から力を感じない。
それどころか、全身からどんどん力が抜け落ちている。
攻撃を受けてしまったのが拙かったのか、グリズモンの膝が地に付くと共に『進化』が解除され、元の姿であるベアモンに戻ってしまった。
既に疲弊していた体を酷使したのだから、消耗した体力は既に気力で補っても補強出来ないレベルにまで削られているだろう。
そして、視界から最も脅威を感じる『敵』が居なくなった事で、ガルルモンは茂みに隠れる事も無く近づいて来る。
そんな光景を、エレキモンは見ている事しか出来なかった。
(くそ……っ)
エレキモンは、悔しさのままに内心で嘆く。
(俺って奴は……ッ!! 何でまた守られてんだよッ!! 何でいつも、最終的には……!!)
力が――度胸が――強さが。
足りないからなのだろうか。
ベアモンやユウキには有って、自分に無い物は何なのか。
(クソったれが……ッ)
涙腺が悔しさに刺激される。
頭の中が色んな感情に塗れていく。
その全てが、今はどうでもよくなってくる。
今求める物は、ただ一つの結果だけ。
(いつまでも守られてばかりなんてお断りだ……今度は、俺が……)
ガルルモンが、今にも倒れ掛かっているベアモンを噛み砕こうとする。
エレキモンは、ベアモンを守るために立ち塞がる。
ガルルモンが構わずに飛び掛った、その時。
「俺が、こいつを守れるような俺にならねぇとダメなんだッッッ!!」
光が、煌めいた。
エレキモンの全身が、火花に似たオレンジ色のエネルギーを纏って繭に包まれる。
飛び掛ってきたガルルモンは、それに当たると共に弾かれ距離を離された。
それは色こそ違う物の、ユウキやベアモンが『進化』を発動させる時に出てくる物と同じ物だった。
「エ……レ……キモン……?」
繭の中で、エレキモンの姿が明確に変わっていく。
全身の体毛は赤色から白色になり、孔雀のように広がっていた尻尾は先の方に赤を残して更に広がる。
前足は飛ぶ事に適してなさそうな大きな羽に、後ろ足は体重を支えるための巨大に発達した脚に。
首元では羽毛が一種の髭のように変化した物になり、頭部には薄黒いトサカが生える。
そして上顎の部分は黄色く硬化しクチバシに、目は得物を射殺すかのような赤い瞳になった。
――――エレキモン、進化……!!
繭が膨張し、卵に衝撃を加えた時のように亀裂を奔らせると、内部からエレキモン――だったデジモンが姿を現す。
進化した自分の存在を肯定するように、名乗る。
「――コカトリモン!!」
バジリスク、という名を持った架空の生物がいる。
現実に存在『する』情報として古代に記述された時点では、頭部に冠状のトサカがあり、その目で見ただけで死をもたらす蛇の王様と呼ばれていたが、中世に時代が移るごとに、コカトリスという別の架空生物の伝承と合流し、姿に鶏の要素が取り入れられるようになった。
時が経つにつれ、蛇の王様という外見情報は頭に鶏冠を持った蛇だとか、八本足のトカゲなどに塗り替えられ、バジリスクの別称としてコカトリスが用いられるようにもなった。
更に時代が進むにつれて、バジリスクという生物の危険性はどんどん大袈裟に語られるようになった。
例えば、蛇なんて比にもならないレベルの大きな生き物とされたり、口から火を吹くようになったり、先に述べたように目を合わせた者が石に変えられたり、その声だけで生物を死に至らしめるなどとされたりした。
だが、そもそも、現実にそこまで危険な生物が居るのだとすれば、実際に見た者は何の情報も伝える事さえ出来ずに死んでいるはずであり、かえってその情報は信じられなくなっていった。
そして、現代に至る過程で、既にバジリスクは現実には存在『しない』生物として語られ、ファンタジーを舞台にする絵本や映画やゲームなどに強敵として登場するようになってしまった。
その殆どで使われている要素は『猛毒を持つ』事と『視線で石化する』という点であり、バジリスクという架空の生物を現す有名なステータスとして認識されるようにもなった。
そして、バジリスクとコカトリスという異なる名前を持った二つの生物の情報は混同されたまま、デジタルワールドへと反映された。
デジタルワールドに生息しているデジモンの種は、大半が何処からともなく送られる情報を原型としたものであり、ガルルモンやグリズモンのように人間の住まう世界に実在している動物を原型としたデジモンもいれば、グラウモンのように実在しない生物を原型としたデジモンもいる。
エレキモンが進化したデジモンであるコカトリモンは、言うまでも無くコカトリスという伝説の生物を原型としており、後者のグループにあたるデジモンである。
そして、その能力も当然、伝説上の情報を元としている。
エネルギーの繭を破って現れたコカトリモンの最初の行動は、ただ単純。
その視線を真っ直ぐガルルモンへと向け、一度目を閉じて、それから大きく見開きながら『必殺技』の名を叫んだだけ。
「ぺトラファイアー!!」
名を言った瞬間、コカトリモンの目から水色の炎のような物が光線のように放たれ、放たれる前に前兆を察知していたガルルモンは素早く横に跳躍する事で避けるが、先ほどまでガルルモンが居た場所のすぐ後ろの方の木の一部分が、まるで焼け跡のように灰色に変色――石化していた。
技を放つ過程で視界が塞がるため、コカトリモンは回避後のガルルモンが襲ってくる方向を理解するのに時間が掛かり、気付いた時には既にガルルモンが真っ直ぐ飛び掛ってきていた。
だが、コカトリモンは防御手段を取る事も無かった。
次に行った行動も、ただ単純。
「ぅらあッ!!」
「ガ……ッ!?」
強靭な脚力を秘めた両脚、その内の右で、飛び掛ってきたガルルモンの顎を思いっきり蹴り上げたのだ。
ただ蹴っただけにも関わらず、ガルルモンの体が首ごと上向きになるほどに反り、その状態を狙ったコカトリモンの嘴がガルルモンの腹部に突き出される。
ドスッ!! と、一点に力が集中された攻撃がガルルモンの体を容易く吹き飛ばし、激痛を奔らせる。
「ぐっ……」
コカトリモンは間髪を入れずに再び『必殺技』を放とうと思ったが、突然体に疲労的な重みが圧し掛かり、集中を乱してしまう。
元々、進化する前から彼は消耗しており、その上にコカトリモンの巨体を維持するだけのエネルギーが明らかに不足しているため、進化を維持するどころか、単に体を動かすだけでも相当な負担が掛かっているのだ。
コカトリモンというデジモン自体がそもそも、エネルギーの消耗が激しい戦いを苦手としているため、ガルルモンとマトモに戦える時間もそう長くは無い。
それを分かっているからでこそ、コカトリモンは少しでも当たれば動きを封じられる『必殺技』を使う事を常に視野に入れていたのだが、ただの一発を放つだけでも相当な消耗を強いられてしまった。
だが、進化を解くだけにはいかない。
ここで彼が戦う事を止めたら、間違い無く後ろに居るベアモンが殺されてしまうだろうから。
自分一人でも、意地で守り抜いてみせる。
「ぺトラファイアー!!」
目で標準を合わせ、気合いでもう一発『必殺技』を放つが、コカトリモンが集中を乱した間にガルルモンが態勢を立て直していたらしく、今度は跳んで避けられる。
跳び掛ってきた所を『必殺技』で狙う事も、言葉で言うだけなら容易かもしれないが、技の予備動作の間に喉笛を嚙まれては元も子もない。
強力な技であるが故の欠点か、放つまでの『溜め』が少し長いのだ。
だからでこそ、ガルルモンに避けられるだけの隙を与えてしまう。
「ガルルスラスト!!」
跳んで回避したガルルモンは、そのまま体を回転させ肩口のブレードでコカトリモンを切り裂こうとする。
今度は蹴りによる返しは出来ない。
後ろにベアモンが居るため、回避も出来ない。
取れる手段は、退化している両翼を交差させる事による防御以外に無かった。
「ぐ…………ッ!!」
当然、両翼は切り刻まれ、激痛がコカトリモンを襲う事になるが、それでも切断はされない。
交差した両翼を強引に振り、ガルルモンを押し返す事に成功したコカトリモンは、三度目の『必殺技』を放つために一度目を閉じた。
着地地点は予想が付いている。
ガルルモンには空中で移動する、という回避手段が無いため、最も安定して狙えるタイミングは着地の寸前、地に脚が着く直前。
後は冷静に狙いを定め、放つだけ。
「ぺト…………ッ!?」
そう、思っていた。
ただ、盲点があった。
この状況で、この環境で使うわけが無いと思っていたからでこそ、その当たり前の反撃を予測する事が出来なかった。
技を放とうとしたコカトリモンと襲ったのは、ガルルモンの口から放たれる青い炎――ガルルモンの『必殺技』だった。
「フォックスファイアー!!」
そもそも使うわけが無い。
そう思っていただけに、突然使われたそれの防御策などあるわけも無く。
無防備なコカトリモンへ、青色の炎が牙を剥いて襲い掛かってきた。
「ぎっ、ああああああああああああああああああああ!!?」
「え、エレキモン……ッ!?」
なまじ体が大きい所為か、炎は一切他の物に焼け移る事も無くコカトリモンの体を焼く。
幸いなのは、コカトリモンの羽毛がそれなりに耐熱性を含んでいた事だろう。
それが無ければ、間違い無くこの時点で死んでいた。
体の大きさも、ベアモンを守るための盾代わりになってくれたと考えれば、そう悪い気もしなかった。
「ぐっ、くそっ……お構い無しかよ……ッ!!」
このような森の中でも遠慮無く炎の技を使った、という事は、既にガルルモンの理性は殆ど失われていると見ていいだろう。
『沸点』を超えさせてしまったのは、恐らくコカトリモンが顎に放った一発の蹴り。
こうなると、もうガルルモンはコカトリモンを仕留めるまで攻撃を中断する事も、茂みの中に隠れて隙を突こうともしないだろう。
だが同時に、冷静さを失ったガルルモンには、もう攻撃よりも回避を優先するほどの判断能力は残されていないはずだ。
ならば、これは残り僅かなチャンスだ。
「ガルルルルルルルルルルルル――――ッ!!」
(……やべぇ、すげぇ怖い)
自分で怒らせといてなんだが、という話ではあるのだが、やはり剥き出しの殺意を向けられて怯まないほど彼の精神は強くない。
それでも、負けられない。
腹を括り、コカトリモンは次の行動に出る。
「ぺトラファイアー!!」
四度目となる『必殺技』を放ち、視線を向けた先にある樹木や葉っぱを石化させる。
ガルルモンはそれを上に跳んで避けると、口に再び炎を溜める。
コカトリモンはそこで視線を空中のガルルモンへと移し、しかし『必殺技』は使おうともせずに身構える。
ガルルモンは口から炎を吐き出した状態のまま回転し、文字通り火だるまのような姿のままコカトリモンを襲う。
それに対してコカトリモンが行ったのは、またも単純な事だった。
両肩口から伸びているブレード、高い切断能力を持ったそれが存在しない、背中の中央へ。
自身の嘴を前方に突き出しながら、まるで体当たりでもするかのように跳躍したのだ。
接近した代償として両肩を切り刻まれ嘴に火傷を負うが、その一撃はガルルモンの体を打ち上げ、生じた衝撃の影響でガルルモンはバランスを崩し、ゆっくりとした回転で地面に落ちていく。
そしてコカトリモンは、地に脚を付けるまで一切の抵抗も出来なくなったガルルモンの落下ルートに横槍を入れるかのように、その高い脚力のままに跳び掛かり、ガルルモンの腹部を全体重を乗せた嘴で突いた。
「ビーク……スライドォ!!!」
その結果。
鈍い音と共に、ガルルモンの体は押されるような形でその背後にあった灰色――石化した樹木へ、コカトリモンの巨体とサンドイッチになる形で激突し、辺りへ石が砕けるパラパラ細かい音を響かせた。
数瞬後、コカトリモンの姿は輝き、羽根のような粒子が舞い散ると共に元の姿――エレキモンに戻る。
そして、衝撃と共に意識を消失させたガルルモンが石柱のような木に寄り添う形で崩れ落ちる。
「へ……へっ……ざ、まぁ……ねぇな……」
勝敗が決した事を確信したエレキモンの意識は、初となる『進化』を解除した事から来る凄まじい疲労感と虚脱感から薄らいでいき――――意識が途絶える瞬間感じたのは、親友の暖かい腕の感触だった。
まだ朝から昼へと変化していない時間。
平和を思わせる青空に太陽が輝く中。
山の中に大量に存在する樹木の中の一本。
それに寄り添うような形で、そして風景に溶け込むような形で『何か』が居た。
周辺の野生のデジモンは、その『何か』に気付いていない。
「………………」
ただ無言で山頂の方へと視線を向けている事すら、周りのデジモンは気付かない。
そして、彼は何も言わないまま、手に持ったアサルトライフルの弾丸を装填する。
視線を山頂から、山頂に近い位置に見える獣型のデジモンへと移す。
「…………」
何も言わないまま、そのアサルトライフルに外部から取り付けられたと思われるスコープを覗き、引き金を引いた。
一発の銃声が鳴る。
射線上に見えるデジモンの首筋に、弾丸が突き刺さり――沈み込む。
そこまでの事があってやっと、周辺のデジモンは本能的に危険を察知し、逃げ出した。
それに意識を向ける事も無く、彼はもう一回引き金を引いた。
同じ銃声が鳴る。
移した視線の先に居るデジモンの首筋に、再び弾丸が突き刺さり、こちらもまた体内に埋め込まれていく。
それを確認した後に、彼はこう呟いた。
「……さて、どうする」
色んな場所から水の流れる山の頂――『メモリアルステラ』のある神秘的な空間から出て、早五分。
時刻も町に戻る頃には昼間へと突入するぐらいになり、ミケモンはこの山に来た目的を既に達成しているらしいため、偶然の邂逅もそろそろ終わりに近づいていた。
「……で、ベアモン。『メモリアルステラ』を見物出来たのはいいんだが、これからどうするんだ」
「どうするって……決まってるでしょ? 元々僕等がこの山に来た目的を忘れたわけでも無いでしょ」
ユウキとベアモンとエレキモンの三人は、まだこの山に来た最優先の目的である『食料調達』をまだ満足に終えていないため、ミケモンと違ってこの山を降りる気は現時点で無い。
というのも、昨日に引き続き危険なデジモンが居るからとか、もうそろそろ夜になって夜行性のデジモンが出没して危ないからとか、そういった理由でせっかく登った山をあっさり下ってしまうのもそれはそれで癪な上に、もしこのまま数日か最低でも一日は生計を保てるぐらいの果実(もしくは野菜)を入手出来なかった場合、ここ数日ずっと口にしている塩辛い魚介類をまた釣りにいかなくてはならなくなる。
まだ、三人はこの山を降りるつもりにはなれなかった。
特に、ベアモンほど魚介類が好みの食料でも無いユウキとエレキモンは。
「まぁ、現時点の腹持ちは悪くないんだがな。もう二日間も魚とかしか口にしてないのが嫌だし、元々俺は果実の方が好きだし? とりあえず採取を続ける方向なのは確定だろ」
ボロボロと本音のような何かを口から漏らすエレキモンだったが、そこでユウキは今更過ぎる考えを口にする。
「……てか、エレキモンもベアモンも、何でバケツを持ってこなかったんだ? アレでもあれば、ちっとは楽に採取した果実とかを持ち帰れるのに」
「あのな。昨日アレに魚を入れてたから知ってると思うが、海水浸しのバケツだぞ? そんなもんに入れたら、持って帰る間に果実が腐るだろ。そうでなくても塩っぽいのが付着して味が酷くなる」
「川の水とかで洗えばいいんじゃないか。それだけでも大分マシになるはずだし」
言われて、エレキモンは怪訝そうな表情を浮かべると、溜め息を吐きながら言い返す。
「……お前、自分ではそういう納得の出来る事を言ってるが、そもそもバケツの中に入ってた海水を、ベアモンが魚を全部食い終わった後に処理してなかっただろ。その上、俺の方のバケツもまだ溜めておいた貝が結構入ってるから使えない。更に根本的な事から言えば、そもそもナマ物が入ってたバケツの中にリンゴとか入れる奴が普通いるか?」
「……それもそうか」
エレキモンにそう言われ、ユウキは渋々納得したようにそう返した。
そんな会話に先頭からミケモンが聞き耳を立てていたが、特に反応して面白そうな話題では無いと判断したのか、特に言葉を発したりする事は無かったようだった。
山の下り道の途中でベアモンは視線を動かすと、ユウキに対してこんな事を言った。
「ユウキ。ちょっと採ってくるから、ちゃんとキャッチしてよね?」
「? キャッチってどういう……」
「見れば分かるレベルの事だし、細かい説明は必要無いでしょ」
視線の先にあった木にベアモンが登ると、ベアモンは枝から赤色に熟された林檎を取り外し、木の根元近くから見上げていたユウキの方に向けて、次々と落とし始める。
何となくベアモンの言っていた言葉の意図を察したユウキは、上方から落ちて来る林檎を両方の前足で掴もうとする。
人間の時のような『両手』による精密な動きは出来ないものの、二日間の間でデジモンとしての体の動かし方に少しは慣れてきたのか、取りこぼしも殆ど無い。
「意外とそういう事は上手なんだな。今度からそういうのを任せても大丈夫か?」
「よっ、ほっ。このぐらいならもうちょっとテンポを速くしても大丈夫――ちょっ、待っ……ぐぇっ!?」
「……うわぁ」
尤も、その言葉を聞いた途端に、林檎を落としてくる速度を本当に上げてきたベアモンの方を見上げようとしたユウキの額に、一回り大きめの林檎が直撃した事もあったが、エレキモンやミケモンの協力もあって無事に採取する事が出来た。
量としては三人で分けて一食分、二人で分ければ二食分はカバー出来るぐらいだろうか。
やはり、人間としての暮らしにしか慣れていないユウキからすれば、買い物籠やフルーツバスケットのように、食料を大量に納める事が出来る道具が欲しくなる所だが、それ等を作れるほどの技術も無ければ素材も無い。
結局の所、採取した林檎を町まで持ち帰るのには、ユウキとベアモンが林檎をそれぞれ抱え込んで運ぶしか無いわけである。
ちなみに運んでいない面々について捕捉すると、エレキモンは一度に多くの物を抱えきれるほど前足が長いわけでは無いし、ミケモンはそもそも『手伝ってやる義理も無い』などとぼやいて現在進行形で面倒くさがっているのだ。
ユウキもベアモンも、抱え運んでいる林檎を落とさないように慎重に歩いている。
慎重に、歩いて、いたのだが。
「……っと!? あ、ちょっ!!」
「あ?」
何の前触れも無くベアモンが抱えていた林檎の一つが落ちて、コロコロと坂道を転がり始めた。
仕方なく、エレキモンが四足で駆けて林檎を確保しようとする。
「やっぱり、何かカゴみたいな物を運べる道具が必要なんじゃないか?」
「……って言われてもねぇ。そういうのを作れるほど僕等って技術持ってないし……」
「てか、せめて一枚の布ぐらいは無いのか? 風呂敷として使えば、包み込んで運ぶ事ぐらいは出来るだろ」
三人はその音の正体にも存在にも気がついていないのか、視線がコロコロと転がる林檎の方に向けられていた。
もし、彼等の内の一人でも冷静に耳を澄ませていたならば、音の発生源がどんどん近づいて来ている事に気が付けたかもしれない。
その音がどんな進路を辿って移動しているのか、予想するのも出来なくは無かったのかもしれない。
もし、彼等の内の一人でも近づいて来る気配に気付く事が出切れば、その気配のする方を向いて警戒する事だって出来たかもしれない。
気配の源が到達する前に声を出して、仲間に危険が迫っている事を伝える事だって出来ただろう。
そして、音と気配を三人が同時に認識した時。
そして、ベアモンの背筋に生存本能から来る寒気が奔った時。
そして、黒い影のような何かが茂みの奥から林檎を抱えているベアモン目掛けて飛び掛ってきた所で。
「肉球パンチ!!」
甲高い打撃音が、三人の直ぐ近くで炸裂した。
それと共に襲撃者――鋭利な黒色の体毛をした狼のような姿をしたデジモンが、ミケモンの硬質化した肉球による横殴りの打撃を左頬に受け、重心をズラされながらも、転倒する事もなく四つの脚を地面に着けた。
襲撃者の姿を明確に視認したエレキモンが、嘆くように叫ぶ。
「ガルルモン……!? 今日はどういう日なんだ、またこういうのが襲い掛かってくるのかよ!!」
同じ事を、ユウキも危機感を表に出した顔のまま内心で嘆くが、襲撃者であるガルルモンはこちら側の事情など知る由も無く、剥き出しの殺気を乗せた視線を獣特有の唸り声と共に向ける。
その目に宿っている感情が何なのかまでは判別出来ないが、ガルルモンの目を見たベアモンが第一に浮かべた印象は、少し前に自分やユウキ、そしてエレキモンが戦った鎧竜型デジモンから感じた物と同じ――ただ単に凶暴になっていると言うよりも、冷静な判断能力すら失われた、狂気とも言える『怒り』の感情だった。
「……やっぱり、普通じゃないよ、こんなの……」
「だろうな」
ミケモンの呟くと共にガルルモンの次の動きがあった。
ガルルモンは両前足で素早く山道を駆けると、一度茂みの中へと姿を隠したのだ。
辺りから茂みの揺れる音と共に、何かが通り良く切れる音が周囲から聞こえる。
「……ガルルモンの体毛は、伝説のレアメタル――『ミスリル』のように硬いって聞くが、マジみたいだな」
ただ身を潜めて攻め時を待っているだけでは無く、その肩口から生えている体毛の刃で辺りの草木を切り裂く事で、些細な音を散らしながら駆け回っているようだ。
ただ一直線に攻めてきたモノクロモンと比較しても、攻め方は明らかに違う。
何らかの違いでもあるのかと思ったが、結局襲い掛かってきている事に変わりは無いため、むしろ確実に獲物を仕留めようとするガルルモンの姿勢は、ユウキ達からすれば脅威を強めるマイナス要素でしか無い。
故に、その違いは、ただ新たな恐怖として認識される。
だが。
「……とにかく、コレは放り捨てとくぞ……」
ユウキは平静を出来る限り装いつつ、抱えていた林檎を纏めて近くの茂みに投げて避難させる。
もう流石に、二日の間に何度も命の危機に見舞われた所為か、ある程度の脅威に対しては腰が抜けたりする事も無くなったようだった。
「仕方無い。後で回収できればいいんだけど……!!」
ベアモンも同じように抱えていた林檎を茂みに放つと、拳を構えて臨戦態勢に入る。
一方で、一番最初にガルルモンに攻撃してミケモンはと言うと。
(……チッ、音が断続し過ぎてて判別がつきにきぃな……)
自身の長所である聴覚を惑わされ、ガルルモンの位置を特定することが難しくなっていた。
何故なら、周囲から聞こえる音の種類が複数存在し、その中で最も重要な音を他の音が阻害しているのだ。
この状況で最も聞き取る必要のある音とは――ガルルモンが地を駆ける際に生じている足音。
本来ならそれを辿る事で動きを予測するのだが、ガルルモンが移動の際に通っている茂みがざわざわと揺れる際に発生する雑音が、ガルルモンの両肩から生えている希少金属レベルの硬度を持った体毛の刃が、周囲の木に傷を刻み込む際に発生する摩擦音が、足音の位置を特定しようとするミケモンの聴覚を邪魔している。
だが、だからと言って目だけには頼れない。
相手は四足歩行を基本とした『獲物を追いかける』事を得意とするデジモンであり、体格の差から見ても走行速度はミケモンが四足で移動している時よりも上回っているのだ。
当然、ミケモンは自身の攻撃を当てるために接近する必要があるのだが、普通に追いかけて殴ろうとしても避けられて隙を作るのがオチだろう。
だが、ガルルモンがヒット&アウェイの戦法を行っている以上、接近して来た所を一気に叩く以外に勝算は無い。
それも、現状ではガルルモン相手に狩られ兼ねない三人が、次にガルルモンが攻撃してくる可能性のある『標的』として存在している状態でだ。
故に、ここで取るべき選択は一つ。
速やかに現在居るメンバーを一箇所に集め、十分に迎撃出来る状態を整える事。
「おいエレキモン。そんな所に居たら恰好の獲物だぞ。早くこっちに合流しろ!!」
実を言えば、一箇所に集まった所をガルルモンが種族特有の『必殺技』を使う可能性もあり、それを使われると、被害が個々の領域を越えて環境にすら影響を及ぼしかねない事もミケモンは知っていた。
だが、あのガルルモンには本能的とはいえ『戦法』を行えるだけの理性が、当時ユウキ達を襲っていたモノクロモンとは違って、ある程度残されている可能性が高い。
そして、野生が引き起こす本能は、決して『自分が危険に遭う選択』を取る事は無い。
故に、この状況で『必殺技』を使ってくる可能性は、余程狂気に蝕まれていない限りは有り得ない。
「言われなくても分かってるっての……!!」
苛立ちを含んだ声でエレキモンがミケモンに応えると、エレキモンは周囲を警戒しながらこちらに向かって四足で駆けて来る。
後は、一度の迎撃につき複数の攻撃をくらわせてやれば、最小限の実害で事を済ませられる――はずだった。
が、
「っ!?」
突然、隣の茂みの方から太い棒状の何かがエレキモンに向かって突き出された。
エレキモンは何とか反応し、間一髪の所で後ろに跳躍する事で直撃を免れようとしたが、棒状の物体は突き出された状態から更に動き、その直ぐ真横へ回避に動いていたエレキモンを叩き飛ばした。
「エレキモン!?」
それを目撃したベアモンが叫び、思わずエレキモンの飛ばされた方へと走り出すが、同時に少し離れた場所で茂みが揺れる。
「!! ベアモン、左の後方から来るぞ!!」
ミケモンが叫び終わった時にはエレキモンを狙って、ガルルモンが茂みの方から飛び掛ってきていた。
エレキモンが飛ばされた方へ走っていたベアモンは、仲間思いな性格が原因で、その接近に気付く事に遅れてしまう。
「!? うわぁッ!?」
ベアモンが半ば反射的に転ぶような体勢を取った事で、牙を剥き出しに飛び掛ってきたガルルモンはベアモンの体を飛び越える形になってしまったが、その直後、ベアモンは自分の行動に後悔を覚えた。
何故なら。
ベアモンが走っていた先では、謎の物体に叩き飛ばされたエレキモンが山道を転げ落ちている最中なのだ。
当然、偶然によって生まれた状況とはいえ、ガルルモン――肉食獣をモチーフとされたデジモンが、目の前に見える格好の獲物を逃そうとする道理など無い!!
ベアモンは、何らかの策を思考する間も無く、追い掛けるためにわざと斜面で転び、その勢いのまま丸くなる事で坂道を一気に下る。
その場に取り残される形となったユウキとミケモンも、エレキモンを助けるために追いかけようとしたが、それは出来なかった。
偶然にも、道を塞がんとする一体の大きなデジモンが、茂みの中からゆっくり現れていたからだ。
「……こんな時に……ッ!!」
ユウキは思わず、歯を噛み締めていた。
視界に入ったデジモンは、全身が枯れ果てた大木のような形状をしており、明らかな殺意をこちらに向けて襲い掛かろうとしている。
早急に倒さなければ、ベアモンとエレキモンの身が危ない。
「チッ……とっとと倒すかすり抜けるかして、アイツ等を助けに行くぞ!!」
ユウキとミケモンの目の前に存在する障害物の名はウッドモン。
エレキモンを襲い掛からんとしている獣の名はガルルモン。
いっそ作為さえ感じられる状況の中、この日二度目の戦いは始まった。
山の斜面というのは、その山の高さと広さによって角度が成り立っている。
この『滝登りの山』は、その名の通りに『滝』が形成される場所があり、中腹付近では単なる川がよく見受けられるものの、水が流れる元となった位置である頂上付近では、当然ながら山の大地の傾きが激しい部分も存在する。
エレキモンが叩き飛ばされ、その勢いのままに転がり落ちている坂道は、少なくとも普通に歩いて登る事が出来るレベルの坂道。
だが、それでも緩やかなものでは無かった。
冷静に思考する事も、強引に打開する事も出来ないままエレキモンの体は坂を転がり続け、やがて進行していたルートの先にあった一本の樹木に激突する形で、ようやくその動きは止まった。
「っ……ぅあ……!!」
後頭部に奔った鈍い痛みから蹲り、泣きそうなほどに弱弱しい呻き声を漏らすエレキモン。
だが、その痛みが治まる間も無く、次の脅威が迫ってくる。
明らかな敵意と、狂気に近いほどの殺意を含んで突然襲い掛かって来た、ガルルモンと言う名の黒く鋭利な体毛を持った一匹の獣だ。
ここまで走って来た勢いのまま跳躍し、回転しながら自分に向かって来るガルルモンを見て、何とか反射的に横の方へエレキモンは回避運動を取る。
間一髪で避ける事に成功したが、エレキモンの後方にあった樹木はノコギリによって斬られたかのような激しい音を発生させながら倒れ、辺りの地面を静かに揺らしていた。
もし回避に成功していなかったら、エレキモン自身があの無慈悲な刃によって体を裂かれていたかもしれない。
それを想像してしまい、ゾッとした冷たいものを背筋に感じてしまうエレキモンに、実行者であるガルルモンが狂気を宿した目を向ける。
やはり、相手を『敵』としか認識していない目だった。
間を空ける事も無くガルルモンは前足ごとエレキモンの居る方へと振り向き、獣特有の唸り声を漏らしながら近づいて来る。
舌なめずりなどはせず、確実に『敵』を仕留めるために。
「っ……!!」
何とか逃げるために足を動かそうとするが、体に奔る痛みがそれを阻害する。
そもそも、ちょっと前に受けてしまった打撃の所為でエレキモンの体力は大分削られていた。
四足で大地を駆けるガルルモンから逃げ切るだけのスピードを出す事など、どう考えても無理な話である。
「ふざけんな……まだ、俺は……!!」
死にたくない。
そう言おうとしたエレキモンを前足で押さえ込もうとするガルルモンだったが、そんな時。
ガルルモンが通ってきた坂道の方から、まるで先ほどまでの自分自身を再現しているように、青に近い黒色の物体がゴロゴロと回転しながらやって来た。
そしてそれ――ベアモンは、回転の勢いを止めないまま体を強く地面に打ち付ける事で跳躍し、ガルルモンの横っ腹に体当たりを直撃させた。
体格差はそれなりにあったはずだが、その重量と坂道によって加速された速度が合わさる事で生まれた衝撃が、ガルルモンの体を3メートルほど突き飛ばした。
それによって、エレキモンは九死に一生を得る。
「エレキモン、大丈夫!?」
「何とか、な……」
ベアモンが、ボロボロになっているエレキモンを見て|切羽《せっぱ》|詰《つま》った表情になるが、今は多少の傷を意識している場合でも無い。
突然の奇襲によって距離を置いたガルルモンも、視界に入ったベアモンを新たな『敵』として認識する。
「それよりどうすんだ……!! 何か策はあるのか!?」
エレキモンの声色も、焦りと恐怖で自然と変わって来ていた。
対するベアモンは、何も言わずに気を張り歯を食い縛る。
「おい、何か言ったら――!!」
エレキモンが怒鳴るように問おうとした時、ベアモンの体が青色の輝きを伴うと共にエネルギーの繭に包まれた。
それが『進化の光』である事を、既に進化する光景を二度も目の当たりにしているエレキモンは理解していた。
だが、その進化の繭が膨張する速度は、明らかに遅かった。
理由は単純で、エレキモンにもすぐに分かった。
(さっきぶりってレベルの時間しか経ってないのに、まだマトモに体を休ませる事も出来て無いのに、そんな状態でまた『進化』を発動したら……!!)
不安が思考を過ぎる中、目の前でベアモンの体は大きくなっていく。
幸いにも、目の前の現象を警戒してか、ガルルモンは襲ってくる様子も無い。
そして、モノクロモンとの戦いの時と比較して倍近くの時間を経て、繭は砕かれた。
中からはベアモンでは無く、その進化形態であるグリズモンが現れガルルモンと相対する。
「ベアモ……グリズモンッ!!」
思わず名を叫ぶエレキモンの目の前で、グリズモンは一気にガルルモンの居る方へ向かって四足で駆け、両方の前足を使って押さえ付けようとした。
だがそれは空を泳いだだけで、ガルルモンを捕らえる事は出来ず。
逆に、後ろに跳躍する事でグリズモンと距離を置いたガルルモンが、隙を見せたグリズモンに向かって飛び掛ると共に、空中で回転する。
「ガルルスラスト!!」
ガルルモンの技の一つ――両方の肩口から伸びているブレードを使って標的を寸断するその技を、グリズモンは両前足に装備された防具で受け止める。
だが。
「……ッ!!」
徐々に、グリズモンが装備している防具に鋭利なブレードによって多くの傷が付けられ、その耐久性をどんどん削られていた。
まるでそれは、グリズモン自身の体力が限界に近づいている事を示しているようでもあって。
今にも崩れ落ちそうな体を、気力で支え込んでいるだけに過ぎない事を示していた。
「こんの……ッ!! いい加減にしろおおおおッ!!!」
グリズモンは吠えると共に力技で前足を振りぬき弾き飛ばすが、ガルルモンは回転しながらもあっさり四足で着地すると、即座に茂みのある方へと駆け出して行った。
決して、グリズモンとエレキモンを見逃したわけでは無い事ぐらい、当たり前だった。
(……マズイ。このままじゃ、グリズモンでもガルルモンを退ける事が出来ねぇ……)
同じ獣型のデジモンでも、双方ではそれぞれ特化した能力が違う。
グリズモンは、爪や牙に秘められた殺傷性と、抜群の格闘センス。
ガルルモンは、四足歩行の敏捷性と、獲物を確実に仕留める正確性。
この状況においてグリズモンの能力が発揮されるには、ガルルモンとの距離を詰める以外に無い。
だが、ガルルモンはそれを知ってか否か、それとも視界に入っている重量級の前足――『熊爪』を警戒してからか、奇襲するその時までグリズモンの攻撃範囲から大きく出ている。
グリズモンには、万全の状態ならばどの方向から奇襲されても対応出来る能力が備わっている。
だが、今の彼は万全の状態と言うには程遠く、あとどのぐらい『進化』を維持出来るかすら危うい状態なのだ。
タイムリミットは、あと何十秒か、それとも数秒か。
どの道、危険な状態である事に変わりは無かった。