時は少し遡る。
自身の所属する組織『ギルド』のリーダーであるデジモン――レオモンの命令を受け、個体名で『レッサー』と名乗るミケモンは水棲生物型のデジモンと共に多くの水源が目に映る山――『滝登りの山』へと、やって来ていた。
「……こっちも特に異常は無しっと」
周囲の木々や生息しているデジモンの様子を見てミケモンはそう呟き、通り縋った際に木に成っている所を見つけた黄色い果実を齧りながら、獣道を坦々と歩く。
歩いている最中に見られる風景は木々や草花といった自然界の産物のみで、特に異常を感じさせるような物体は見えない。
野生のデジモン達も、特にいがみ合ったりなどの問題を起こさずに平和を満喫しているように見える。
ここ最近は『凶暴化』だとか『崩壊』だとか、物騒な情報をよく耳にするが、とてもその情報が本当とは思えないほどに自然で平和な風景だとミケモンは思っていた。
「……ん?」
少なくとも、前方の遠い地点から平和とは程遠い印象がある荒々しさを感じさせる吠え声を聞き取り、それによって生じた音の発生源を察知するまでは、特に疑問を抱く事も無くそう思えた。
ミケモンのような、ネコ科の動物に似た一部の獣型デジモンの耳の形状は頭の上から立つ形のものであり、両方の耳を前方に向ける事で高い指向性を発揮する事が出来る。
ただ歩いているだけでも周囲の音声情報を細かく取り入れる事が出来るため、ミケモンは自分の居る位置から遠い位置に居る標的との距離と方向を知る事が出来た。
声の性質から判別して、何らかの竜型のデジモン。
更に足音から判別して、重量級のデジモン。
「……?」
そして、よく聞くとその荒々しい声を漏らしているデジモンの近くからは、三体ほどのデジモンの危機感の篭った声も聞こえる。
最近会った事のある、自分自身が期待している三人組の声のように聞こえた。
「……マジかよ」
思わずぼやくと、ミケモンは|齧《かじ》っていた果実を咥えたまま、前足を地に着けて疾走する。
耳で得た情報を元にして素早く移動を続けていると、ミケモンの目は遠方にて3対1の戦闘を繰り広げているのデジモン達の姿を視界に捉えた。
三体ほどのデジモンの正体は昨日『ギルド』の本部へ訪問して来た、ベアモン・エレキモン、初対面の何故か個体名を所持していたギルモンで、荒々しい声を漏らしていたデジモンの正体は、鎧竜型デジモンのモノクロモン。
(……げっ!?)
来た時には、既にその3対1の戦闘が終結しそうになっている時だった。
ベアモンは左足に、ギルモンは背中に大きな火傷を負っており、唯一目立つほどの怪我が見えないエレキモンも、少し前に転倒でもしてしまったのか、直ぐに体勢を立て直せるような状態では無かった。
そして今、襲撃者(と思われる)モノクロモンは、自身の角を前に突き出した状態で襲い掛かろうとしている。
それからギルモンとエレキモンの二体を守ろうと、ベアモンが盾になるように立ち塞がる。
(この距離じゃ間に合わねぇ……!!)
目に見えていても、ミケモンが走って間に合う距離では無かった。
モノクロモンの角がベアモンの体を貫く未来図が、容易に想像される。
「!!」
しかしその時、ベアモンの体から蒼い色の光が溢れた。
突進して来たモノクロモンを弾き飛ばしたその光は、デジモンなら誰もが知っている現象の合図。
(進化……か?)
言っている間に光の繭は内部から切り裂かれ、中からベアモンよりも大きな獣型のデジモン――グリズモンが現れる。
モノクロモンはグリズモンに対して強力な火炎弾を放つが、グリズモンはそれを爪の一閃で切り裂き左右に分け、そのままモノクロモンに対して上段から鉄槌のような打撃を決め、モノクロモンの顔面を地に叩き付ける。
モノクロモンは角を突き立て必死の抵抗を心見たが、グリズモンはそれを軽くいなすとそこから更に連続で打撃を加え、シメに正拳突きを叩き込んだ。
(……あの格闘のキレ具合といい、身を挺してでも仲間を守ろうとする姿勢といい、やっぱり俺の知るあのベアモンか)
グリズモンに殴り飛ばされたモノクロモンは更に気性を荒々しくさせ、再度グリズモンに向かって角を突き立てながら突進する。
(……にしても、あのモノクロモン……『狂暴化』してやがるな。何が原因なんだか……)
辺りの地を鳴らしながら突進してくるモノクロモンの角を、グリズモンは両前足で掴む事によって受け止めるが、勢いと重量を殺しきる事が出来ていないのか徐々に後ろへと下がっている。
だが、
(……勝ったな)
グリズモンは四肢に力を命一杯注ぎ込み、重量級デジモンであるモノクロモンの巨躯を投げ上げた。
空中で前足と後ろ足をバタバタと動かすモノクロモンの姿は、最早何の抵抗も出来ない事を示しているようでもあって、グリズモンは浮いて落下して来るモノクロモンにトドメを刺すために構えている。
そして、決着は着いた。
グリズモンの右前足による一撃がモノクロモンの顎へと炸裂し、轟音と共にモノクロモンの巨躯が吹き飛ばさせ、仰向けの状態となって倒れる。
その喉からは、先程まで聞こえていた荒々しい竜の声など聞こえてはいなかった。
(最後まで諦めない意思……『感情』の力が、欠けたパズルのピースを埋め合わせるように、『進化』が発動するのに足りない『経験』を補う。あの小僧に、まさかここまでのポテンシャルがあったとはなぁ)
命の危機にでも瀕する逆境に出くわさない限り、電脳核を急速回転させて『進化』を発動させるほどの『感情』のエネルギーは生まれない。
だが、だからと言って、何の『経験』も積まずにただ『感情』だけを昂らせただけでは進化は発動しない。
本当の意味で進化を望み、|切磋琢磨《せっさたくま》した者達にだけ、その奇跡は訪れる。
(オイラの目に狂いは無かった。アイツ等は、鍛えれば十二分に面白い奴等になりそうだ)
そんな思考と共に口に咥えていた果実を一口齧るミケモンだったが、目の前でグリズモンの体が光に包まれるのを見て、齧っていた果実を再び咥えながら疾走していた。
そして、現在に至る。
「……まぁ、こんな感じだ」
「ふ~ん……なるほど。レオモンさんの命令で来たんだ」
ミケモンからこの場に現れた経緯を聞いて、ベアモンは納得したようにそう言葉を返した。
「まぁ、この辺りは『ギルド』の情報でも安全と聞いてたんだがな。まさかこんな所で、暴走してるモノクロモンを目にするとは思わなんだ」
「僕も、何でなのか分からないんだけど……何で、モノクロモンが暴走して突然襲って来たんだろう」
「さぁな。少なくとも、お前等が悪いわけじゃないって事は確かだろ」
「さぁなって……まぁ、いつかは分かるかもしれないからいいけどさ。『ギルド』の情報網では分かってないの?」
「まだ、完全にはな」
ミケモンはそう言ってから、聞き耳を川の方へと立てる。
透明な水が心地良い音と共に流れる川の方では、先ほどの戦闘で背中に大きな火傷を負ったギルモン――ユウキが、エレキモンの手によって火傷の応急処置を行わされていた。
「痛っ!! 水かけぐらいもうちょっと優しく出来ないのかよ!?」
「つべこべ言うな。これ意外に治療法が無いんだし、その程度の火傷で済んだだけ良かったと思え」
「俺の種族は炎の属性に耐性を持ってるっぽいからな……っていうか、せっかく助けてやったんだから、もうちょっと愛想良く接せないのか?」
「……まぁ、確かに助けてくれた事には感謝してやるさ」
「おいおい、何だよそのツンの要素しか無い台詞。対して可愛げも無いお前がやってもちっとも価値無いし、普通に誠意ある言葉でほら、言ってみろよ」
「………………」
「何無言になって……痛ってぇ!? 何だよデレの一つも無しで常時ヤンかよせっかく体張ったのにィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
何やら水の弾けるような音と共に馬鹿の悲鳴と電撃の音が聞こえたが、ベアモンとミケモンは気にしないし目も向けない。
二体の赤いデジモンの喧嘩を余所に、彼等は話を続ける。
「完全にって事は、何か分かっている事はあったりするの?」
「ここ最近の異変が、何らかの『ウィルス』によって引き起こされている物って事ぐらいだ。黒幕が居るのか、自然発生した産物なのか、そこまではまだ明確になってねぇ」
「そうなんだ……あんなのが自然発生してたら、町とかにも被害があると思うんだけど」
「だから、高い確立で黒幕が居ると俺達も見ている。だが、可能性は複数用意しておくに越した事は無いだろ」
確かに、とベアモンは素直に思えた。
この数日、自分の事を『人間』だと名乗る不思議なデジモンを釣り上げたり、お腹が空いたという理由で外出した先で命を奪われかけたり、そこで一度も戦闘を経験していないはずのデジモンが『進化』を発動させたり、そして今日、また命を失いかけた実経験を持つベアモンにとって、こういったトラブルに対する心構えは常に用意しておくべきだという事は嫌と言うほどに理解している。
そうでなければ、様々な状況に応じて仲間を守る事など出来はしない。
野生の世界では、泣いて叫ぶ者を命賭けで助けてくれるような都合の良い勇者など常に存在はしないのだから、失いたく無い者が居るのなら、その場に居る『誰か』が勇者として戦うしか無いのだ。
ベアモンはそう思った所で、ミケモンに対してこう言った。
「ところでミケモン。僕等はこの後、食料調達を再開するわけなんだけど、そっちはどうするの?」
「どうするっつってもなぁ。オイラはお前等の戦闘する音を聞いて来たってだけで、やってた事はただのパトロールだぞ? 丁寧に来た道を戻るのも面倒だし、このまま『メモリアルステラ』のある場所を確かめに行くさ」
メモリアルステラ。
デジタルワールドの各地形や環境といったデータの流れを、永続的に記録する一種の巨大な保存庫の事で、覗き込むことが出切ればこの世界の情報を全て握る事が出来ると言われている石版のような形状の物体の事で、それに何らかの異変が起きれば環境そのものにも影響が及ぶ可能性も秘めているらしい。
ここ最近の異変に関係があるとするなら、確かに調べるのは得策だろう。
もっとも、環境そのものに変化は見受けられないし、そんな変化があれば『ギルド』の情報網が既に情報を掴んでいるはずなので、何らかの情報が得られるとも思えない。
だが。
「ねぇミケモン。もし良かったら、僕等もミケモンに着いて行っていい?」
「? 別にオイラは構わないが、何か理由でもあんのか?」
「ユウキに『メモリアルステラ』の事を見せてあげたいんだ。彼、色々と知識不足だから」
「……今のご時勢でアレの存在を知らないとかあるのか……?」
ミケモンは当然と言わんばかりの反応を見せたが、発案者であるベアモンは普段通りの口調を崩さないままこう言った。
「彼、実は『記憶喪失』なんだ。自分の名前以外の事を覚えてなくて、デジタルワールドの常識にも乏しいんだ。だから、この機会に見せておきたくてね」
「……あぁ、前にあのギルモンが言ってた『複雑な事情』って、そういう事か」
ベアモンの発言(大嘘)で合点がいったのか、気の抜けた声と共にミケモンはそう返す。
「大方、記憶が無くて行き場も無いから、お前の家に居候でもさせてもらったんだろ。それなら、まぁ納得がいく。オイラとしてもお前等が近くに居るってだけで守りやすいし、構わないぜ」
「ホント? 何から何まで、ありがとうね」
どうやら、理由に納得する事が出来たらしい。
ベアモンが言った事は当然その場で作った嘘に過ぎないが、事実ユウキには『デジタルワールドでの記憶』がほぼ無いに等しいため、半分は嘘では無い。
ミケモンの『見回り』に同行する事が決まり、ベアモンは何だか静かになった川の方を向く。
視線の先では話題にも上がっていたギルモンのユウキが、何故か川の上でうつ伏せのような体勢になっていた。
よく見ると、何らかの電撃を受けてガクガクと痺れているのが分かる。
わざわざ原因を調べるために考える必要も無かったので、ベアモンは素早い動きでユウキを川から引き戻し、言う。
「ちょっとおおおおおおお!? エレキモン、お前何してくれてんの!?」
「ちょっとムカっと来たから」
「いや何冷静に、清々しいほどの笑顔でそんな事言ってんの!? ほら見てよ、ユウキの口から白い泡が漏れてるんだけど!! てかお前、さっきユウキに助けられたのに何でこんな事してるんだよ!?」
「……誰だったかなぁ。こんな言葉を言っていたデジモンが居たんだ」
「何? ってかそんなのどうでもいいから、水を吐き出させるのを手伝ってよ!?」
「……あぁ、思い出した……昨日の友は今日の敵」
「逆だからね!? あと別に昨日も今日も敵じゃなかったからね!?」
「少なくとも俺はそいつの事を完全に信頼してるわけじゃないから、あと友達って認めてるわけでも無いから、つい」
「つい!? 昨日あんな出来事があったのに、エレキモンとユウキの信頼関係はそんなに脆かったのか~!!」
そんな二人の言葉の応酬を傍から見ているミケモンは、呟くようにこんな事を言っていた。
「……やっぱ、こいつ等面白いな」
ひと時の休息を終え、三匹の成長期デジモンと一匹の成熟期デジモンは再び山を登り始めていた。
歩く獣道の傾斜もほんの僅かだが角度が広くなっているような気がして、ふと横目に見える川の水が流れる速度や音も、山を登るにつれて増しているように見える。
剥き出しの岩肌の上や緑の雑木林などに生息している、野生のデジモンの数は山の麓や中腹と比べてもそれなりに増えていて、土地の関係からか果実の成っている木の本数が多い事が理由なようだった。
無論、そもそもの目的が『食料の調達』にあったギルモンのユウキ、ベアモン、エレキモンの三人は、進行中に見つけた木に成っていた果実を取って食べながら歩いている。
それぞれが大自然の産物を吟味している中、ユウキは一人、黙々と思考を廻らせている。
それを見て不思議に思ったのか、ベアモンが声を掛ける。
「ユウキ、何考えてるの?」
「……ん。いや、進化の事を考えてた」
「進化の事?」
「ああ。さっきの闘いで、お前は進化をしていたよな。お前等の情報曰く、俺も昨日は進化を発動させていたらしいが、俺はその時の実感が無い。お前には自我があったけど、俺は進化した時に理性が無かったらしいからな……違いが分からん」
「あ~……なるほど。僕もその辺りは分からないんだけどね」
そこまで返事を返すと、先頭を歩いていたミケモンが唐突に話に割り込んで来た。
「進化の際に自意識が失われるってのは、そこまで珍しいもんでも無いぞ」
「? そうなの?」
ミケモンは、何やら人生の先輩的なポジション的な立ち回りが出来る事を内心で嬉しがっているのか、それとも単に『ギルド』の留守番で退屈だったからなのか、何処か調子の良い素振りを見せながら喋る。
「どんなデジモンにも、潜在的に色んな性質が電脳核に宿ってる。癇に障る奴が居たら叩き潰したいと思う感情とか、その逆であまり戦いを好まずに出来る限り大人しくしていようとする感情とか、尊敬する誰かに仕えようとする感情とかな。だが、そういった感情が単純化され過ぎていて、ほとんど思考もせずに感情を表に出すタイプも存在する。脅威を感じた相手に対して反射的に威嚇したりする事とか、縄張りを侵されただけで理由とか考えず即座に排除しようとする事とかは、その極形だ」
まるでよく吠える犬とあまり吠えない犬の違いみたいだな、なんて事を思って、他人事を聞いているような顔をしているユウキに対してミケモンは指を刺しながら。
「お前さんの種族はそういった『本能』の面が濃いんだよ。多分『感情』のエネルギーで進化したんだと思うが、念を押す意味でも言っておこう」
ミケモンは一泊置いて。
「『感情』のエネルギーによって発動する進化は、発動したデジモン自身に強い感情を抱きながらも平静を保とうとするだけの『意思』が無いと制御出来ず、その時に昂った『感情』に呑まれる可能性がある。お前さんが進化をした時に自我を失っていたのは、お前さんが進化を発動させた時に有ったのが感情『だけ』で、それを制御しようとする自分の『意志』を持ってなかったからさ」
「……感情『だけ』?」
ユウキが『う~ん……』と疑問に対して何らかの答えを出そうと言葉を作っていると、今度は彼の進化を間近で見ていたエレキモンが口を出してくる。
「要するに……あれか。あんまり考えずに突っ走った結果がアレって事か」
「一応『感情』を生み出す過程で何らかの『目的』と、それを果たすために必要な『方法』が頭の中にあったんじゃないか? そのギルモン――ユウキって奴が進化した時の状況をオイラは知らんけど」
「……言われてみれば」
当時、フライモンとの闘いの際にユウキは進化を発動させて、成長期のギルモンから成熟期のグラウモンに成っていたが、その時のグラウモンには理性が感じられなかった。
だが実際、理性が無いにも関わらず、グラウモンはフライモンを撃退した後にベアモンとエレキモンを背に乗せるという行動を起こし、更に間違う事も無く町に向かって走り出していた。
最終的に町へ到達する目前でエネルギー切れを起こしたが、その行動には何らかの理性が宿っていたとしか思えない。
理性の無い竜に明確な目的を与えたのは何か、考えると意外と簡単な事が分かっていく。
当時、ベアモンを助ける方法を求めていたユウキに対してエレキモンはこう言っていた。
『町に行けば、解毒方法ぐらい簡単に見つかる』
『だから今は急いで戻る事だけを考えろ!!』
この言葉で、進化が発動する前のユウキ――ギルモンの電脳核に、目的を達成するための『方法』が入力されたのだとして、その後にユウキを『進化』に至らせる要因となった『感情』は何か。
つい最近の事でありながらおぼろげな記憶をなんとか掘り返し、ユウキは呟く。
「……『悲しみ』と『悔しさ』だ。多分、あの時に俺が抱いていた感情を表現するんなら、それが適切だと思う」
「どっちも処理の難しい感情だな……ウィルス種であるお前の電脳核は、そういった『負』の感情に同調しやすい性質を持ってる。ハッキリ言って危険だぞ。聞いた感じだとお前さんが進化した時の目的は『仲間を助ける』って所だったんだろうが……」
念を押すように、刃物なんて比では無い危険な兵器の使い方を教えるように、ミケモンは言う。
「その『目的』が別の何か――例えば『敵の殲滅』とかになって、お前さんが『感情』を制御出来なかった場合、お前さんを止めに掛かった仲間すら『邪魔』と認識して傷を付けかねない。それどころか、殺しちまう可能性だって高いな」
「な……」
「言っておくが冗談じゃねぇぞ。過去にもそういった理由で、敵味方構わず皆殺しにしたデジモンが居るって情報はそう少なくない。ウィルス種のデジモンだと得にな」
思わず絶句した。
ユウキ自身、自分の成っている種族の危険性ぐらいは他の三人よりも理解しているつもりだった。
一歩間違えれば、自分は核弾頭一発分に相当する破壊を何回も撒き散らす化け物に変貌してしまう可能性についても、別に考えてなかったわけでも無い。
だがそもそも、予想の土台自体がフィクション上での情報に過ぎなかったわけで、心の何処かで『そこまでの事にはならないかもしれない』と楽観視してしまっていた。
まだ、この世界の法則がどういう物なのかを理解しているわけでも無いのに。
デジモンに成っている今、ミケモンから伝えられた事実は人間だった頃と変わらない『現実』で感じた物と同じ物として受け入れられ、そこから伝わる責任感や恐怖心は紛れも無く本心だ。
まるで、見知らぬ誰かに重々しい火器を渡され、その引き金に指を掛けさせられているような錯覚すら覚える。
銃口を向ける相手を間違え、引き金に込める力が一線を越えた瞬間、取り返しの付かない事態に成りかねないのだ。
ユウキが自分自身で想像していた以上の恐怖心を抱いている一方で、ミケモンの言葉に何となく不安を覚えたベアモンが、思考に浮かんだ言葉をそのまま述べた。
「さっき僕も進化したけど、自我はちゃんとあったよ? 暴走なんてしてなかったし」
「そりゃあ、お前が抱いていた感情はそいつと明らかに違う物だっただろうし、そもそもお前みたいなワクチン種のデジモンは『負』の感情よりも『正』の感情に同調しやすいからな。余程の事が無い限りは危険な事にもなり難いし、あとは単純に精神面での違いだろう」
聞いて、またもやベアモンとの実力の差を実感し、溜め息を吐きながらユウキは言う。
「精神面……かぁ。俺って、そっちの面でもお前に負けてるのな」
「ふっふ~ん。君と違って、僕はそれなりに鍛えられているからね!!」
誰かに勝っている部分がある事がよっぽど嬉しいのか、『えっへん!!』とでも言うように上機嫌で威張るベアモン。
そんな彼を放っておいて、エレキモンはミケモンにこんな事を言った。
「随分と『感情』の『進化』について詳しいが、その知識はアンタ自身の経験からか?」
「いや? 当然、オイラ自身も『進化』の事に関してハッキリとまでは分かってない。今言ってた事も、所詮はヒマな時とかに読んだ書物とかからの引用が殆どだ」
「その書物は信用出来るものなのか?」
「歴史書とか図鑑とかそういう物は大抵、ダストパケットみたいにデータ屑が集まり自然発生した物じゃなくて、過去に生きたデジモンが自分の記憶を未来まで知恵を残すために書き記されたもんだ。結構信憑性のある内容だし、俺は信じてる」
「ふ~ん……俺はそういう文献とかに興味が無いからなぁ。目にする事のある本なんて、ベアモンの家か長老の家にある面白い物語が書かれた本ぐらいだ。面白いのか? そういうの見てて」
「興味が沸いたりして面白いぞ? 暇潰しとかに厚めの本はもってこいだしな」
「……アンタ、留守番中に居眠りだけじゃなくて読書までしてんのか?」
「もう殆ど読み終わったから、最近は寝てる事が多いけどな」
そんなこんなで雑談を交わしながらも、一行はこの『滝登りの山』の頂上までやって来た。
周辺の地形は斜面から平地に近くなり、周りの樹木が謎の材質で形成された石版のような物体を外部から覆い隠すように生えていて、その石版の周りには明らかに自然の産物とは言えない材質の台座が存在していた。
明らかに他の空間から浮いているような印象しか受けない、それでいて神秘的な雰囲気すら思わせるこの物体こそ、この世界の環境の情報が束ねられし保存庫――『メモリアルステラ』である。
今、この場に来たメンバーの中で唯一この物体の事を知らないデジモンであるギルモン――ユウキに対して、ベアモンは質問する。
「アレが『メモリアルステラ』なんだけど……本当に見覚えは無い?」
「無いっていうか、初見だからな。遺跡とかにありそうな石版としか思えないが……」
本人からすれば当然の反応をしたに過ぎないのだが、その一方でユウキの事情を(本当の意味では)知らないミケモンは、本当に驚いたかのようにこう言っていた。
「お前さん、本当に知らないんだな……こりゃあ重症だわ。常識が足りてない」
「?」
「あ~気にしなくていいから。そんな事より、始めて見るんだしもっと近づいてみてみない?」
「あ、あぁ」
ベアモンに手を引っ張られる形で、ユウキは『メモリアルステラ』の近くまで近づいていく。
「……おぉ」
(……本当に初めて物を見る目だ)
近くに寄ると遠くから見ている時点では神秘的に思えた物体が、不思議と近未来的な雰囲気を帯びた電子機器のようにも見える。
ユウキは思わず関心の言葉を漏らし、そんな彼の横顔を見てベアモンが内心で呟いている。
その少し後ろではエレキモンが二人の様子を眺め、ミケモンは『メモリアルステラ』の方へと視線を送っていた。
「まぁ、やっぱり見た感じ『メモリアルステラ』に異常は見られないな……平常稼動しているみたいだし、ここ最近の異変にアレは関連性が無いって事かねぇ……」
「となると、やっぱり何者かの仕業って事になるのか?」
「そう考えるのが妥当だろ。自然的な問題なら『メモリアルステラ』に異常が起きててもおかしくないし、まず何者かによる意図的な原因があるに違いねぇ。あのモノクロモンが異常なまでに興奮してるって時点で、そう考えるのが普通だろ」
「……チッ、本当に最近は災難続きだな……」
だが、一日の中で流石にこれ以上の災難は起こらないだろう、とエレキモンは思う。
というか、自分は一日に二回以上の災難に遭遇するぐらいに運の無いデジモンでは無いのだと、エレキモンは切実に思いたかった。
まだ朝から昼へと変化していない時間。
平和を思わせる青空に太陽が輝く中。
山の中に大量に存在する樹木の中の一本。
それに寄り添うような形で、そして風景に溶け込むような形で『何か』が居た。
周辺の野生のデジモンは、その『何か』に気付いていない。
「………………」
ただ無言で山頂の方へと視線を向けている事すら、周りのデジモンは気付かない。
そして、彼は何も言わないまま、手に持ったアサルトライフルの弾丸を装填する。
視線を山頂から、山頂に近い位置に見える獣型のデジモンへと移す。
「…………」
何も言わないまま、そのアサルトライフルに外部から取り付けられたと思われるスコープを覗き、引き金を引いた。
一発の銃声が鳴る。
射線上に見えるデジモンの首筋に、弾丸が突き刺さり――沈み込む。
そこまでの事があってやっと、周辺のデジモンは本能的に危険を察知し、逃げ出した。
それに意識を向ける事も無く、彼はもう一回引き金を引いた。
同じ銃声が鳴る。
移した視線の先に居るデジモンの首筋に、再び弾丸が突き刺さり、こちらもまた体内に埋め込まれていく。
それを確認した後に、彼はこう呟いた。
「……さて、どうする」
色んな場所から水の流れる山の頂――『メモリアルステラ』のある神秘的な空間から出て、早五分。
時刻も町に戻る頃には昼間へと突入するぐらいになり、ミケモンはこの山に来た目的を既に達成しているらしいため、偶然の邂逅もそろそろ終わりに近づいていた。
「……で、ベアモン。『メモリアルステラ』を見物出来たのはいいんだが、これからどうするんだ」
「どうするって……決まってるでしょ? 元々僕等がこの山に来た目的を忘れたわけでも無いでしょ」
ユウキとベアモンとエレキモンの三人は、まだこの山に来た最優先の目的である『食料調達』をまだ満足に終えていないため、ミケモンと違ってこの山を降りる気は現時点で無い。
というのも、昨日に引き続き危険なデジモンが居るからとか、もうそろそろ夜になって夜行性のデジモンが出没して危ないからとか、そういった理由でせっかく登った山をあっさり下ってしまうのもそれはそれで癪な上に、もしこのまま数日か最低でも一日は生計を保てるぐらいの果実(もしくは野菜)を入手出来なかった場合、ここ数日ずっと口にしている塩辛い魚介類をまた釣りにいかなくてはならなくなる。
まだ、三人はこの山を降りるつもりにはなれなかった。
特に、ベアモンほど魚介類が好みの食料でも無いユウキとエレキモンは。
「まぁ、現時点の腹持ちは悪くないんだがな。もう二日間も魚とかしか口にしてないのが嫌だし、元々俺は果実の方が好きだし? とりあえず採取を続ける方向なのは確定だろ」
ボロボロと本音のような何かを口から漏らすエレキモンだったが、そこでユウキは今更過ぎる考えを口にする。
「……てか、エレキモンもベアモンも、何でバケツを持ってこなかったんだ? アレでもあれば、ちっとは楽に採取した果実とかを持ち帰れるのに」
「あのな。昨日アレに魚を入れてたから知ってると思うが、海水浸しのバケツだぞ? そんなもんに入れたら、持って帰る間に果実が腐るだろ。そうでなくても塩っぽいのが付着して味が酷くなる」
「川の水とかで洗えばいいんじゃないか。それだけでも大分マシになるはずだし」
言われて、エレキモンは怪訝そうな表情を浮かべると、溜め息を吐きながら言い返す。
「……お前、自分ではそういう納得の出来る事を言ってるが、そもそもバケツの中に入ってた海水を、ベアモンが魚を全部食い終わった後に処理してなかっただろ。その上、俺の方のバケツもまだ溜めておいた貝が結構入ってるから使えない。更に根本的な事から言えば、そもそもナマ物が入ってたバケツの中にリンゴとか入れる奴が普通いるか?」
「……それもそうか」
エレキモンにそう言われ、ユウキは渋々納得したようにそう返した。
そんな会話に先頭からミケモンが聞き耳を立てていたが、特に反応して面白そうな話題では無いと判断したのか、特に言葉を発したりする事は無かったようだった。
山の下り道の途中でベアモンは視線を動かすと、ユウキに対してこんな事を言った。
「ユウキ。ちょっと採ってくるから、ちゃんとキャッチしてよね?」
「? キャッチってどういう……」
「見れば分かるレベルの事だし、細かい説明は必要無いでしょ」
視線の先にあった木にベアモンが登ると、ベアモンは枝から赤色に熟された林檎を取り外し、木の根元近くから見上げていたユウキの方に向けて、次々と落とし始める。
何となくベアモンの言っていた言葉の意図を察したユウキは、上方から落ちて来る林檎を両方の前足で掴もうとする。
人間の時のような『両手』による精密な動きは出来ないものの、二日間の間でデジモンとしての体の動かし方に少しは慣れてきたのか、取りこぼしも殆ど無い。
「意外とそういう事は上手なんだな。今度からそういうのを任せても大丈夫か?」
「よっ、ほっ。このぐらいならもうちょっとテンポを速くしても大丈夫――ちょっ、待っ……ぐぇっ!?」
「……うわぁ」
尤も、その言葉を聞いた途端に、林檎を落としてくる速度を本当に上げてきたベアモンの方を見上げようとしたユウキの額に、一回り大きめの林檎が直撃した事もあったが、エレキモンやミケモンの協力もあって無事に採取する事が出来た。
量としては三人で分けて一食分、二人で分ければ二食分はカバー出来るぐらいだろうか。
やはり、人間としての暮らしにしか慣れていないユウキからすれば、買い物籠やフルーツバスケットのように、食料を大量に納める事が出来る道具が欲しくなる所だが、それ等を作れるほどの技術も無ければ素材も無い。
結局の所、採取した林檎を町まで持ち帰るのには、ユウキとベアモンが林檎をそれぞれ抱え込んで運ぶしか無いわけである。
ちなみに運んでいない面々について捕捉すると、エレキモンは一度に多くの物を抱えきれるほど前足が長いわけでは無いし、ミケモンはそもそも『手伝ってやる義理も無い』などとぼやいて現在進行形で面倒くさがっているのだ。
ユウキもベアモンも、抱え運んでいる林檎を落とさないように慎重に歩いている。
慎重に、歩いて、いたのだが。
「……っと!? あ、ちょっ!!」
「あ?」
何の前触れも無くベアモンが抱えていた林檎の一つが落ちて、コロコロと坂道を転がり始めた。
仕方なく、エレキモンが四足で駆けて林檎を確保しようとする。
「やっぱり、何かカゴみたいな物を運べる道具が必要なんじゃないか?」
「……って言われてもねぇ。そういうのを作れるほど僕等って技術持ってないし……」
「てか、せめて一枚の布ぐらいは無いのか? 風呂敷として使えば、包み込んで運ぶ事ぐらいは出来るだろ」
三人はその音の正体にも存在にも気がついていないのか、視線がコロコロと転がる林檎の方に向けられていた。
もし、彼等の内の一人でも冷静に耳を澄ませていたならば、音の発生源がどんどん近づいて来ている事に気が付けたかもしれない。
その音がどんな進路を辿って移動しているのか、予想するのも出来なくは無かったのかもしれない。
もし、彼等の内の一人でも近づいて来る気配に気付く事が出切れば、その気配のする方を向いて警戒する事だって出来たかもしれない。
気配の源が到達する前に声を出して、仲間に危険が迫っている事を伝える事だって出来ただろう。
そして、音と気配を三人が同時に認識した時。
そして、ベアモンの背筋に生存本能から来る寒気が奔った時。
そして、黒い影のような何かが茂みの奥から林檎を抱えているベアモン目掛けて飛び掛ってきた所で。
「肉球パンチ!!」
甲高い打撃音が、三人の直ぐ近くで炸裂した。
それと共に襲撃者――鋭利な黒色の体毛をした狼のような姿をしたデジモンが、ミケモンの硬質化した肉球による横殴りの打撃を左頬に受け、重心をズラされながらも、転倒する事もなく四つの脚を地面に着けた。
襲撃者の姿を明確に視認したエレキモンが、嘆くように叫ぶ。
「ガルルモン……!? 今日はどういう日なんだ、またこういうのが襲い掛かってくるのかよ!!」
同じ事を、ユウキも危機感を表に出した顔のまま内心で嘆くが、襲撃者であるガルルモンはこちら側の事情など知る由も無く、剥き出しの殺気を乗せた視線を獣特有の唸り声と共に向ける。
その目に宿っている感情が何なのかまでは判別出来ないが、ガルルモンの目を見たベアモンが第一に浮かべた印象は、少し前に自分やユウキ、そしてエレキモンが戦った鎧竜型デジモンから感じた物と同じ――ただ単に凶暴になっていると言うよりも、冷静な判断能力すら失われた、狂気とも言える『怒り』の感情だった。
「……やっぱり、普通じゃないよ、こんなの……」
「だろうな」
ミケモンの呟くと共にガルルモンの次の動きがあった。
ガルルモンは両前足で素早く山道を駆けると、一度茂みの中へと姿を隠したのだ。
辺りから茂みの揺れる音と共に、何かが通り良く切れる音が周囲から聞こえる。
「……ガルルモンの体毛は、伝説のレアメタル――『ミスリル』のように硬いって聞くが、マジみたいだな」
ただ身を潜めて攻め時を待っているだけでは無く、その肩口から生えている体毛の刃で辺りの草木を切り裂く事で、些細な音を散らしながら駆け回っているようだ。
ただ一直線に攻めてきたモノクロモンと比較しても、攻め方は明らかに違う。
何らかの違いでもあるのかと思ったが、結局襲い掛かってきている事に変わりは無いため、むしろ確実に獲物を仕留めようとするガルルモンの姿勢は、ユウキ達からすれば脅威を強めるマイナス要素でしか無い。
故に、その違いは、ただ新たな恐怖として認識される。
だが。
「……とにかく、コレは放り捨てとくぞ……」
ユウキは平静を出来る限り装いつつ、抱えていた林檎を纏めて近くの茂みに投げて避難させる。
もう流石に、二日の間に何度も命の危機に見舞われた所為か、ある程度の脅威に対しては腰が抜けたりする事も無くなったようだった。
「仕方無い。後で回収できればいいんだけど……!!」
ベアモンも同じように抱えていた林檎を茂みに放つと、拳を構えて臨戦態勢に入る。
一方で、一番最初にガルルモンに攻撃してミケモンはと言うと。
(……チッ、音が断続し過ぎてて判別がつきにきぃな……)
自身の長所である聴覚を惑わされ、ガルルモンの位置を特定することが難しくなっていた。
何故なら、周囲から聞こえる音の種類が複数存在し、その中で最も重要な音を他の音が阻害しているのだ。
この状況で最も聞き取る必要のある音とは――ガルルモンが地を駆ける際に生じている足音。
本来ならそれを辿る事で動きを予測するのだが、ガルルモンが移動の際に通っている茂みがざわざわと揺れる際に発生する雑音が、ガルルモンの両肩から生えている希少金属レベルの硬度を持った体毛の刃が、周囲の木に傷を刻み込む際に発生する摩擦音が、足音の位置を特定しようとするミケモンの聴覚を邪魔している。
だが、だからと言って目だけには頼れない。
相手は四足歩行を基本とした『獲物を追いかける』事を得意とするデジモンであり、体格の差から見ても走行速度はミケモンが四足で移動している時よりも上回っているのだ。
当然、ミケモンは自身の攻撃を当てるために接近する必要があるのだが、普通に追いかけて殴ろうとしても避けられて隙を作るのがオチだろう。
だが、ガルルモンがヒット&アウェイの戦法を行っている以上、接近して来た所を一気に叩く以外に勝算は無い。
それも、現状ではガルルモン相手に狩られ兼ねない三人が、次にガルルモンが攻撃してくる可能性のある『標的』として存在している状態でだ。
故に、ここで取るべき選択は一つ。
速やかに現在居るメンバーを一箇所に集め、十分に迎撃出来る状態を整える事。
「おいエレキモン。そんな所に居たら恰好の獲物だぞ。早くこっちに合流しろ!!」
実を言えば、一箇所に集まった所をガルルモンが種族特有の『必殺技』を使う可能性もあり、それを使われると、被害が個々の領域を越えて環境にすら影響を及ぼしかねない事もミケモンは知っていた。
だが、あのガルルモンには本能的とはいえ『戦法』を行えるだけの理性が、当時ユウキ達を襲っていたモノクロモンとは違って、ある程度残されている可能性が高い。
そして、野生が引き起こす本能は、決して『自分が危険に遭う選択』を取る事は無い。
故に、この状況で『必殺技』を使ってくる可能性は、余程狂気に蝕まれていない限りは有り得ない。
「言われなくても分かってるっての……!!」
苛立ちを含んだ声でエレキモンがミケモンに応えると、エレキモンは周囲を警戒しながらこちらに向かって四足で駆けて来る。
後は、一度の迎撃につき複数の攻撃をくらわせてやれば、最小限の実害で事を済ませられる――はずだった。
が、
「っ!?」
突然、隣の茂みの方から太い棒状の何かがエレキモンに向かって突き出された。
エレキモンは何とか反応し、間一髪の所で後ろに跳躍する事で直撃を免れようとしたが、棒状の物体は突き出された状態から更に動き、その直ぐ真横へ回避に動いていたエレキモンを叩き飛ばした。
「エレキモン!?」
それを目撃したベアモンが叫び、思わずエレキモンの飛ばされた方へと走り出すが、同時に少し離れた場所で茂みが揺れる。
「!! ベアモン、左の後方から来るぞ!!」
ミケモンが叫び終わった時にはエレキモンを狙って、ガルルモンが茂みの方から飛び掛ってきていた。
エレキモンが飛ばされた方へ走っていたベアモンは、仲間思いな性格が原因で、その接近に気付く事に遅れてしまう。
「!? うわぁッ!?」
ベアモンが半ば反射的に転ぶような体勢を取った事で、牙を剥き出しに飛び掛ってきたガルルモンはベアモンの体を飛び越える形になってしまったが、その直後、ベアモンは自分の行動に後悔を覚えた。
何故なら。
ベアモンが走っていた先では、謎の物体に叩き飛ばされたエレキモンが山道を転げ落ちている最中なのだ。
当然、偶然によって生まれた状況とはいえ、ガルルモン――肉食獣をモチーフとされたデジモンが、目の前に見える格好の獲物を逃そうとする道理など無い!!
ベアモンは、何らかの策を思考する間も無く、追い掛けるためにわざと斜面で転び、その勢いのまま丸くなる事で坂道を一気に下る。
その場に取り残される形となったユウキとミケモンも、エレキモンを助けるために追いかけようとしたが、それは出来なかった。
偶然にも、道を塞がんとする一体の大きなデジモンが、茂みの中からゆっくり現れていたからだ。
「……こんな時に……ッ!!」
ユウキは思わず、歯を噛み締めていた。
視界に入ったデジモンは、全身が枯れ果てた大木のような形状をしており、明らかな殺意をこちらに向けて襲い掛かろうとしている。
早急に倒さなければ、ベアモンとエレキモンの身が危ない。
「チッ……とっとと倒すかすり抜けるかして、アイツ等を助けに行くぞ!!」
ユウキとミケモンの目の前に存在する障害物の名はウッドモン。
エレキモンを襲い掛からんとしている獣の名はガルルモン。
いっそ作為さえ感じられる状況の中、この日二度目の戦いは始まった。
山の斜面というのは、その山の高さと広さによって角度が成り立っている。
この『滝登りの山』は、その名の通りに『滝』が形成される場所があり、中腹付近では単なる川がよく見受けられるものの、水が流れる元となった位置である頂上付近では、当然ながら山の大地の傾きが激しい部分も存在する。
エレキモンが叩き飛ばされ、その勢いのままに転がり落ちている坂道は、少なくとも普通に歩いて登る事が出来るレベルの坂道。
だが、それでも緩やかなものでは無かった。
冷静に思考する事も、強引に打開する事も出来ないままエレキモンの体は坂を転がり続け、やがて進行していたルートの先にあった一本の樹木に激突する形で、ようやくその動きは止まった。
「っ……ぅあ……!!」
後頭部に奔った鈍い痛みから蹲り、泣きそうなほどに弱弱しい呻き声を漏らすエレキモン。
だが、その痛みが治まる間も無く、次の脅威が迫ってくる。
明らかな敵意と、狂気に近いほどの殺意を含んで突然襲い掛かって来た、ガルルモンと言う名の黒く鋭利な体毛を持った一匹の獣だ。
ここまで走って来た勢いのまま跳躍し、回転しながら自分に向かって来るガルルモンを見て、何とか反射的に横の方へエレキモンは回避運動を取る。
間一髪で避ける事に成功したが、エレキモンの後方にあった樹木はノコギリによって斬られたかのような激しい音を発生させながら倒れ、辺りの地面を静かに揺らしていた。
もし回避に成功していなかったら、エレキモン自身があの無慈悲な刃によって体を裂かれていたかもしれない。
それを想像してしまい、ゾッとした冷たいものを背筋に感じてしまうエレキモンに、実行者であるガルルモンが狂気を宿した目を向ける。
やはり、相手を『敵』としか認識していない目だった。
間を空ける事も無くガルルモンは前足ごとエレキモンの居る方へと振り向き、獣特有の唸り声を漏らしながら近づいて来る。
舌なめずりなどはせず、確実に『敵』を仕留めるために。
「っ……!!」
何とか逃げるために足を動かそうとするが、体に奔る痛みがそれを阻害する。
そもそも、ちょっと前に受けてしまった打撃の所為でエレキモンの体力は大分削られていた。
四足で大地を駆けるガルルモンから逃げ切るだけのスピードを出す事など、どう考えても無理な話である。
「ふざけんな……まだ、俺は……!!」
死にたくない。
そう言おうとしたエレキモンを前足で押さえ込もうとするガルルモンだったが、そんな時。
ガルルモンが通ってきた坂道の方から、まるで先ほどまでの自分自身を再現しているように、青に近い黒色の物体がゴロゴロと回転しながらやって来た。
そしてそれ――ベアモンは、回転の勢いを止めないまま体を強く地面に打ち付ける事で跳躍し、ガルルモンの横っ腹に体当たりを直撃させた。