「そのホークモンを『ユニオン』がある都へと護衛……か」
「それを依頼したいのでござる」
「受領はするが、本当に何があったんだ? 君達の技術であれば、わざわざ俺達『ギルド』に依頼などするまでもなく、自力で保護も護衛も完遂出来ると俺は見ているわけだが」
「そう評価していただけるのは光栄でござるが、残念ながら今は頭領も上忍も別の問題の対応に追われている状況。一人を安全に護衛する、それだけの事にさえ人員を割くのが難しい状態なのでござる」
「君達の里に何かあったのか? まさか……」
「ご安心を。良からぬ事があったのは事実でござるが、リュオン殿が危惧するような事にはなっていないはずでござるよ」
「それもそうか。つまり、そこのホークモンは君達がその身を挺してでも護らなければならないと、そう判断するほどの『何か』を有するデジモンというわけだな」
「察しが良くて助かるのでござる」
明らかな訳知り顔のリュオンと来訪者のレナモンの会話に、ユウキもベアモンもエレキモンも、そしてレッサーも言葉を滑り込ませる余地は無かった。
というか、会話の内容にしろ何にしろ、いろいろとノンストップ過ぎてどこから疑問を投げつけるべきか思考が追いついていなかった。
ともあれ、どうやら銀毛のレナモンことハヅキの依頼を受領する事にしたらしい、リーダーであるレオモンことリュオンに向けてまず最初にユウキが疑問を投げ掛けた。
「……えぇと、その……『ユニオン』ってなんですか?」
「? あぁ、そういえば君はあまり世間の事を知らない身だと長老が言っていたな」
「ユウキ、メモリアルステラの事も知らなかったもんね。まぁかく言う僕も『ユニオン』の事は知らないんだけどさ」
「どっちもどっちじゃねぇか」
(俺も知らないんだけど馬鹿と思われたくねぇし黙っとこ)
どうやらユウキだけではなくベアモン(と沈黙しているエレキモン)にとっても初耳の単語だったらしく、レッサーのツッコミを皮切りに三人は『ユニオン』の説明を受けることになるのだった。
リュオンが言うには、
「『ユニオン』とは、俺達のようなデジモンが住むような町や村よりもずっと文明が発展した場所……ハヅキも言っている都と呼ばれるレベルの環境で作られた組織のことだ。依頼を受領する側という点では、俺達が管理している『ギルド』とそう大差無いな」
「? 大きな違いも無いのなら、どうしてわざわざその『ユニオン』ってとこの方に用事があるの?」
「重要なのは組織そのものと言うより、それがある環境の方だな。組織の規模は、その住まいの文明がどれだけ発展していて、住まい……言い方を変えれば縄張りとして強固であるのかを指すものだ。『ギルド』がある村や町よりも『ユニオン』がある都や国に匿ってもらった方が確実に安全だと考えたということだろう。それ以外にも理由はありそうだが」
「……おい、しれっと匿うとか安全とか言ってるけど……要するに追われてるのか? 敵に?」
「ああ。レナモン……ハヅキとあのホークモンは、敵に追われている身なんだろう。それも、自分達の元の居場所から抜け出さざるもえない状況に追いやられた上で。故に、せめて敵をどうにか出来るまでは安全な場所に置いておきたい。だが『ユニオン』がある場所は遠く、昨今の狂暴化デジモンの出現などもあり、二人で向かうには危険だと判断した。だからこの『ギルド』を頼りに来た。そんなところだろう」
「ご明察。相変わらず、多くを語らずとも理解を得るその賢さは尊敬に値するものでござるな」
要するに田舎のおまわりさんに匿ってもらうよりは都会の警察機関に保護してもらったほうが安全ってことか、と内心でリュオンが口にした言葉の意味を人間社会の言語へ勝手に当てはめて一人納得しようとするユウキ。
というか、短時間に一気に出て来た多くの情報を、一つ一つの言葉を飲み込むだけでも。
具体的な背景こそ部外者であるユウキやベアモン、そしてエレキモンには頭の中で映像化することも出来ないが、どうにかこうにか噛み砕くに、銀毛のレナモンことハヅキの事情はこのようなものらしい。
一つ、敵の襲撃により住まいから脱せざるも得ない状況に追いやられ、今もなお元凶の脅威は迫ってきている。
二つ、それからホークモンを逃すために、通称『ユニオン』と呼ばれる組織が存在し、文明のレベルからも安全性を確約出来る『都』へと向かいたい。
三つ、そのためにリュオンが管理する『ギルド』の援助を受けに来たというか、受けないとあまりにもリスクが大き過ぎるので、助けてほしい。
――そこまでの情報を時間をかけて知覚し、真っ先に口を開いたのはベアモンだった。
「……ちょっと待って。敵に追われて住まいをって、もしかして故郷をやられたってこと!? 大丈夫なの、まさか皆殺しにされたり……!!」
「既にリュオン殿にも告げている事でござるが、心配は無用。故郷を離れることになるのは心苦しいが、命を懸けるほどのものでもなし。各々無事に逃げ果せているはずでござるし、里はまた作れば良いだけの話でござるよ」
「……そ、そうなんだ……」
ハヅキの回答に、心の底から安堵したような息を吐き出すベアモン。
ユウキもユウキで内心で安堵していると、ハヅキはユウキやベアモン、エレキモンとレッサーの4名をそれぞれ見やり、そして今更のように問いを口にした。
「……ところで、先ほどから無視していたわけではないのだが、君達は『ギルド』の構成員でござるか? それとも単に依頼しに来た者?」
「構成員だよ。俺もベアモンも、そこのエレキモンも」
「そうだったのでござるか。リュオン殿が既に述べてくれたが、私の個体名はハヅキと言う。以後、よろしく頼むでござる」
「お、おう……よろしく。そんで、お前が護衛してほしいと頼んでる、あのホークモンは……」
「……っ……」
何か面食らった様子のエレキモンが、会話中ずっと建物の入り口で顔だけを覗かせているホークモンの方を指差すと、ホークモンは何やら怯えた様子で顔を隠してしまう。
見ず知らずの相手に怖がられたという事実にちょっぴりショックを受けた様子エレキモンに対し、どこか申し訳なさそうにハヅキはホークモンの事について口にした。
「申し訳無い。彼は人見知りというか、誰かと言葉を交わすのが苦手な部類でな。君が怖がられているのは、君が悪いわけではないから気にしないでくれ」
「そ、そうなのか。なんていうかまぁ、俺も気にはしてないから……オイ馬鹿共何か言いたげだな」
「いや、まぁ、なんというか……ねぇ? ユウキ?」
「まぁ、うん。事あるごとに電撃浴びせてくるドS鬼畜生のエレキモンにもそういう側面はあるんだなぁって」
「うんうんなるほどな。後で覚えとけよクソ共」
どうあれ。
どんなに唐突な話であろうと、断る理由は特に無く。
基本的に、余程悪どいことでも無ければ援助するのが『ギルド』の方針らしく。
「チーム・チャレンジャーズ」
「「「…………」」」
「考えもしなかった事態だが、どうあれこれが依頼である以上、無視出来る話でも無い。彼等が元々いたであろう忍び里、それを襲った者達の正体も襲ってきた理由も何もかも現時点では不明。これから追加でいろいろ情報を聞き出すつもりではあるが、全てを知ることは出来ない。そして目的地を考えると、これは今まで君達が受けてきた依頼のそれを越える遠出になる。それらの事実を前提として、聞かせてもらう」
そして現在、他の『ギルド』の構成員はそれぞれ別の依頼で既に出払っている状態で。
手が空いているのは、寝坊やら朝食やらで他のチームより出遅れたチーム・チャレンジャーズと、リーダーのリュオンや副リーダーのレッサーぐらいで。
事情を鑑みると、あまり来訪者をこの町に留まらせ過ぎるのも、双方にとってよろしくなくて。
何をどう考えても、決断は早急に行う必要があった。
「ユウキ、アルス、トール。各自可能な限りの準備をした後、レッサーと共にこの大陸にある中で最も近い『ユニオン』持ちの都――ノースセントラルCITYへとハヅキとホークモンを護衛するこの依頼、受けてくれるか?」
「「受けるっ!!」」
「お前ら揃って安請け合いし過ぎだろ」
「ま、リーダーの言う事なら別にいいけどよ」
ユウキとベアモンはほぼ同時にリュオンの問いに回答しており、エレキモンは呆れた風な言葉を漏らしながらも方針を違えることはなく、レッサーは大して悩む様子もなく同行を容認する。
そもそもの話、この場にいるデジモン達はどちらかと言えばお人好しの部類なのだった。
(事情がどうあれ、助けを求められてるのなら断るのは嫌だしな)
(とても放っておけない。本当に故郷を追われてしまったのなら、絶対安心出来るところまで連れていってあげないと……)
(まぁ、どうあれこいつ等を放っておく理由にはならないからな)
でもって。
方針が決まって、すぐに出立の準備をしようとユウキとベアモンが踵を返して『ギルド』の拠点から出ようとした、そのタイミングで。
エレキモンは、今更の確認事項としてリュオンに対してこう聞いていた。
「――ところで、そのノースセントラルなんとかってのは、どのぐらい遠いんだ?」
実際のところ。
日本横断なんてやったことがあるわけも無いユウキは当然として、発芽の町から数時間で到着出来る程度の場所にしか日常的に出向いた経験が無いベアモンとエレキモンにも。
こうして問うまで、ユウキとベアモンとエレキモンの中では、自分が立っている場所が大陸のどの辺りの位置なのかとか、そもそもこの大陸がどのぐらいの広さを有しているのか、端から端までを横断するのにどのぐらいかかるのかなんて、ぼんやりとも考えられてはいなかった。
直後に、返答がこう来た。
「大陸の端にあるこの町から、大陸の中心近くにまで行くわけだからな。徒歩になる以上は途中にある山や森なども視野に入れて……軽く見積もっても、行きだけで五日は見積もるべきだろうな」
「「「五日ぁ!?」」」
真剣な表情で告げられた目的地への遠さに、善意で安請け合いした二名と世話焼きの一名から思わず驚嘆の声が漏れる。
行きだけで五日もかかる、なんてことは考えもしなかったのであろう声色だった。
それもそのはず。
今の今まで、チーム・チャレンジャーズは「朝出発して、夕日が落ちる頃には戻れている」程度の距離の移動で済む場所の依頼しか受けたことは無かったのだから。
今更依頼を受けたことを後悔などはしないが、それはそれとして楽をしたいと思ってしまうのが仕事をする者の心理というわけで。
「エレキモン!! 今からでもバードラモンとかに進化出来ない!? 空飛べればすぐでしょ!!」
「唐突に気にしてる事を突きやがってっ……!! ユウキ、お前こそ何か飛べるようにならねぇの!?」
「そこで何で俺に振るんだか!? というか成熟期に進化出来るようになったばかりの俺がそんなすぐにメガロれるわけが無いだろ!?」
「……リュオン殿。このお三方、本当に大丈夫でござるか?」
「……まぁ、レッサーもついていくのだから大丈夫だろう。少なくとも足手纏いには……ならないはずだ……」
「一気にオイラの責任重くなったなオイ。つーかメガロれるって何?」
前途多難なやり取りがありながらも、各々は準備を進めていく。
護衛の依頼というよりは、一種の冒険あるいは遠征とでも呼ぶべきもの。
その先にあるものを何も知らぬまま、彼等は運命に片足を突っ込んだ。
第一節『積もる疑念、来訪の忍』終