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水月 凪(みなづき なぎ)
5月24日
最終更新: 5月25日

デジモンクレイドル 第一話

カテゴリー: デジモン創作サロン






この時、私は何も知らなかった。



優しい両親に可愛い妹。

大好きな家族とこれからもずっと幸せに暮らしていけるとただただ漠然と信じていた。


この幸せは決して壊れることは無いのだとずっと思っていた。





でも───。






この世界は何処までも理不尽で残酷だった。









デジモンクレイドル 第一話








四人の子供達とパートナーデジモンがデジタルワールドを救って早2000年。

人間界では10年と言う月日が流れた。


あの時、完全な消滅を免れた"あの存在"は今──。





二つの世界に再び牙を剥こうとしている。












"クスクスクス"



"クスクス、クスクスクス"






人間界の裏側でナニカが嗤う声がする。

"ソレ"は魚のように群れを成して人間界へ侵入(はい)り込めるゲートを探す。




"サガソウ、サガソウ"


"ゲート!ゲート!"


"ミツケテススモウ、ニンゲンカイヘ"




不気味な緑に輝く目が人間界を見据えている。

それはかつて四人の子供達とパートナーによって倒されたあの存在によく似ていた──。




"アソボウ、アソボウ。ニンゲンデ!"


"ニンゲンッテサユウニオモイッキリヒッパッタラドウナルカナァー?"


"ニンゲンハアナヲアケテモイキテラレル??"


"ワカラナイカラジッケンシヨウ!ホンモノノニンゲンガイッパイイルセカイニイクンダカラ!"




次元の壁の向こう側。

その間にある狭間と呼ばれる何もない空間。

広大である筈のその場所を埋め尽くさんばかりに増えるモノ。



増えて、増えて、増えて、増えて、増えて。

狂気が世界を覗いている。


世界の影で蠢きながら狂気が此方を見つめている。





世界すら覆い尽くさんばかりに増え続ける数多の狂気から逃れる術など──最早、存在しなかった。
















新緑の深まる季節。

春が過ぎ去り、初夏の訪れが迫る頃。




「ふぅ、暑くなってきたわねぇ。そろそろ今年も夏かぁ…」




長い蒼髪に映える赤いリボンが風に揺れている。

何処にでも居る普通の女子高生、音無愛(おとなし めご)は小学校の昇降口の近くでスマホの時計を見ながら待ち人が来るのを待っている。

この小学校に通っている五歳下の妹を彼女は迎えに来ていたのだ。




『──あ~っ!姉さんっ!迎えに来てくれたの?』




彼女と同じ蒼髪を揺らして駆け寄る少女、愛の妹・涙(るい)だ。

待ち人の姿を捉えると愛はニッコリと微笑みかける。




「おかえり、ルイ。部活が無い日だから迎えに来たのよ」


「やったぁ!姉さんと一緒に帰れるの嬉しい!」




その場でぴょんぴょんと嬉しそうにはしゃぐ涙。

その隣をクラスメートの一人が通り過ぎる。




「ルイちゃーん!また明日ねー!」


「あっ、ゆこちゃん!うんっ、まったねー!」




手を振るクラスメートに涙もブンブンと音が聞こえるくらいに元気良く手を振った。

その様子を愛は微笑ましそうに見守ると涙に向かって右手を差し出す。




「さぁ、家に帰りましょ?母さん、今日はハンバーグ作ってくれるんだって」


「ホント!?あたし、ママのハンバーグ大好き~!」




夕食にハンバーグが出ると知ると途端に表情を輝かせる涙。

差し出された愛の手をギュッと握り返し、鼻歌を歌いながら帰路につく。




ありふれた当たり前の日常。

普段過ごしている時は何も感じないくらいに当たり前になったもの。



しかし、そのありふれた日常が壊された時──人は当たり前など存在しないことを知るのだ。











「たっだいま~!ママー!ハンバーグは~!?」


「あらあら、お帰りなさいルイ。

ふふ、ルイはハンバーグ大好きだもんねぇ?もうちょっと待ってね、あとはソースを作って盛り付けるだけだから…。

あ、帰って来たんだからご飯の前にうがい手洗いするのよ?」


「はぁーい…」




玄関で靴を脱いでから一目散に涙が駆け込んだのはキッチンだ、其処では母が夕飯の準備中でハンバーグにかける手作りソースの材料を並べている。

涙は躊躇いなく母へ抱き付いて満面の笑顔で言うとやんわりと手洗いうがいをして来るようにと促される。




「ハンバーグぅ…しょぼーん…」


「もう、ルイってば…。母さん、ただいま」


「メゴもお帰り、部活がお休みとは言え悪いわねぇ」


「いいわ、ちょっとした寄り道みたいで楽しいもの」




しょんぼりしながら洗面所へ向かう涙を見送りながら愛も母に声をかける。

愛と涙は目の色以外は母似で三人だけならば姉妹に見えるほどだ。


此処までなら普通の家族に見える。

しかし、彼女達は一家一同に"普通"の家族とは少しだけ違っていた。




『めえちゃん、おっかえり~!』


『う~っ♪』


『きゅ~っ♪』


『ぽよぉ~っ!』




リビングの方から勢い良く愛と涙に飛び付く小さな四つの影。

愛と涙は慣れたように飛び付く影を抱き留める。




「ただいま、ルウ。みんな、お利口さんにしてた?」


「シャオメイー!えへへ、ピーチもポポも!ただいま~!」




愛にルウと呼ばれていたのはルナモンだ。

涙が生まれる前にムンモン姿の彼女に出逢い、以来パートナーとして10年近く一緒に暮らしている。

そして、涙が抱き締めているのはギギモンとピチモンとポヨモンの幼年期達である。

シャオメイと呼ばれたギギモンが涙のパートナーで他の二体は両親のパートナー。


そう彼女達の家族は姉妹達本人も含めて家族全員がテイマーと言う珍しい一家なのだ。





二人が帰ってから程なくしてから父も帰宅する。




「パパ~!お帰りなさい!今日はハンバーグだよ!早く早く~!」


「おー、ただいまルイ。はは、そうだなぁルイはハンバーグ大好きだったもんなぁ…。

よーし、パパも手洗いうがいしたらすぐ行くから」


「うんっ!早くね~!!」




仕事から帰った父を出迎えると涙はパタパタとリビングへと戻って行く。

そして、家族四人とパートナー四体が揃って音無家では夕食の時間になった。


母の手作りハンバーグに舌鼓を打ちながら無邪気に笑う涙とシャオメイ。

父はビールを飲みながら少しずつ箸を進めていて母はピチモン達のソースだらけの口を拭いてあげている。

普段と変わらない日常に愛は胸がいっぱいだ。





(幸せだなぁ…、こう言うの。本当に幸せ…)





美味しい夕食を食べながら愛は幸せそうに微笑んだ。










❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ✿ ❀







「──あら、封筒切らしてたわ…。困ったわねぇ…」


「母さん、どうしたの…?」




夕食を食べ終えた後、妹達をお風呂に入れ終えた愛。

リビングで困った顔をしている母を見かけて声をかける。




「ああ、メゴ…。この間ね、東北のお祖父ちゃん達から野菜を沢山貰ったでしょう?

それでお礼を書いてたんだけど、丁度封筒切らしてたみたいなのよ」


「えぇ、それは大変じゃない!コンビニに封筒売ってるだろうから私買ってくるわ」




困った様子の母に愛はそう告げる。

しかし、20時を過ぎた夜に買いに行かせることに不安を感じる母は首を縦に降ろうとしない。




「いや、悪いわよ…。母さん、明日買ってくるから…」


「いいのいいの!母さん、毎日家事で忙しいんだから。これくらいさせてよ」


「──ありがと。それじゃあ、お願いしようかな」




愛の言葉に少し驚いたような表情を見せた後、母はニコリと笑う。

財布から封筒の分のお金を出すと愛に手渡した。




「ごめんねぇ?助かるわぁ…」


「いいの!じゃあ、行ってくるね母さん!」




愛がスニーカーを履いて外へ出ようとすれば髪を乾かし終えた涙が出て来る。

すると、





「あれぇ?姉さん、何処行くの??」


「コンビニよ、今から封筒を買いに行くの」


「えぇ~!ルイも!あたしも行く~!」


「ダメよ、もう夜遅いのよ?ルイ、もう寝る時間じゃない…」


「やーだー!いーくーのー!!」


「あらまあ…困ったわねぇ…」




ダンダンと地団駄を踏みながら涙は言う。

こうなると涙はなかなか止まらない、自分の要求が通るまでは。



散々ごねられ折れた母は21時前までには必ず家に戻ることを条件に涙もついて行くことを許した。




「やった~!シャオメイも連れてこっと!」


「はぁ…、しょうがない子ね…」


「大丈夫だよ!わたしもついて行くから」


「ありがと、ルウ」


「二人とも、幾ら近所だからって不審者には気をつけるのよ?」


「「はーい」」




自宅から歩いて10分ほどの所にあるコンビニ。

愛は母から頼まれた封筒を文具コーナーで見つけると二つ手に取った。

次に切らした時に慌てて買いに行かなくてもいいようにと考えた上でである。

レジへ行こうとすれば洋服の裾を控えめに引っ張られた。




「姉さん、姉さん。ポッキンアイス~!アイスも買って~!」


「ちょっと…!もう、ダメじゃない…!貴女もう歯を磨いたのよ?」


「明日!明日シャオメイと分けっこするの!だから買って~!!」


「ダメよ、今は封筒の分しかお金預かってないんだから…」


「えぇ~っ!そんなぁ」


「アイスは明日買いましょう?今日はお終いよ」


「ぶぅ~~っ!」




愛の言葉に涙は不貞腐れたように頬を膨らませる。

困ったなぁと言う表情を浮かべながら愛は会計を済ませてコンビニを後にした。

涙は膨れっ面のまま愛の後をついてきている。



これは明日のご機嫌取りが大変だなぁなんて愛は考えながら家路につく。

いつも通りに玄関のドアノブに手をかけ、扉を開いた。










「母さん、ごめんね。ちょっと遅くな───え、?」






ガサリと手にしていたコンビニ袋が滑り落ちる。

扉の向こうにはあまりにも変わり果てた光景が広がっていた。

壁には巨大なナニカに引き裂かれたような跡があり、物が至る所に散乱している。

ツンと鼻を突く鉄の臭いに愛は吐き気が込み上げてきた。




「───うっ、!?」


「姉さん…?どうしたの…?」




玄関先から家の中へ入ろうとしない愛に涙は声をかける。

まだ妹は気付いていない。

この異常事態に彼女はまだ気付いていない。





今すぐこの場から逃がさなければ、せめて妹だけは──。








「ルイ!今すぐ調布のおじい──『アレェ~?マダ、イター!』


「ひっ!!」





愛の背後から地を這うような不気味で粘着質な声がする。

血の気が引いた青い顔で愛が振り返れば其処には見たこともない生物が居た。





爛々と怪しく光る緑の双眸が嫌でも目に付く謎の生物。

ふと目を凝らすと謎の生物の体の至る所に赤い点々がついている。



怪物の持つ大きな禍々しい爪からはポタポタと赤いナニカが滴っているのが愛の視界に入った。




冷たい汗が愛の頬を伝う。

まさか、まさか、まさか──。






「父さん…母さん…?ま、さか──」





愛の目尻にジワリと涙が滲む。

ゾワゾワと感じる悪寒に泣きそうになる。





『め、ご…。る…いも…にげ──』





その時、家の中から血塗れの父が這うように出て来ようとする姿が見えた。

傷だらけの姿を目の当たりにして涙は短い悲鳴をあげる。





「──っ!パパ?パパぁ…っ!!」


「!? ルイ!ダメ、そっちに行っちゃ!!」


『ウルサイナァー、チョットシズカニシテテ』




父に駆け寄る涙よりも先に生物の巨大な爪が父を襲った。

グチャッと言う生々しい音と共に壁に叩き付けられた父。



生暖かく赤いナニカが涙の頬や服にベッタリと張り付く。

恐る恐る涙は頬についたソレに触れる。




涙の小さな手のひらには真っ赤なソレがベッタリとついている。

ソレが父の鮮血であることを涙が理解するのに時間はかからなかった。







「──ひっ、イヤァァァァァァッ!!」


「ルイっ!!」




壁に容赦なく叩き付けられた父は即死だった。

腕や脚はあり得ない方向へねじ曲がっている状態だ。


無残な父の姿を見て泣き叫ぶ涙を愛は懸命に抱き締める。

何故こんなにも残酷な光景をまだ幼い妹が見なければならないのだろう?



そう思いながら何とかあの生物から逃げなければ次は自分達がやられてしまうと愛は必死に考え続ける。




『アーア、ニンゲンッテモロイナァ。チョットアナヲアケタラスグシンジャッタ。

カベニブツケタダケデモシンジャッタ、ツマンナーイ!』


「どうして…どうして…?パパ達が何をしたの…?」




ボロボロと泣きながら涙は言う。

自分達は普通に暮らしていた、ただそれだけだった筈なのに──。

頭の中はもうグチャグチャで何の考えも纏まらないし、浮かばない。


此処から逃げたいのに足が竦んで動けない。

恐怖でギュッと目を閉じそうになる。








『アハハハハッ!アノネ、アノネー?

"テイマー"ガネ、ジャマナノ!ダカラキミタチモイマシンデネ??』





謎の生物はケラケラと嗤いながらしれっとそう答えた。

不気味な表情を浮かべながら生物はゆっくりとした足取りで愛と涙に近付いてくる。




殺された父の姿に釘付けになっている涙は固まったように動かない。

そんな涙に大きく鋭い凶爪が襲いかかった──。
















「─────あ、れ…?」




ハッと気がついた時に涙の視界いっぱいに広がっていたのは鮮やかな蒼。

安心感のある温もりが涙を包み込み、甘くて優しい匂いがする。

そして、ジワジワと蒼を浸食するように後から広がってきたのは緋色である。



蒼いモノはバラバラと夜風に舞って散らばっていく。

目に映ったものが髪の毛だったことを理解するまで時間がかかってしまった。





「──はっ、はぁ…はぁ…っ!ねえ、さん──?」




震える声で途切れ途切れになりながら涙は言葉を紡ぐ。

目の前の生物の凶爪から身を挺して涙を守ったのは愛だった──。

真っ赤な血が愛の服をあっという間に真紅に染めていく。


背中や首の近くを鋭いあの爪で切り裂かれたらしく愛の出血は止まらない。

涙は恐怖や絶望でごちゃ混ぜな表情(かお)になりながら愛の出血を止めようと必死だ。



それでも彼女の小さな両手の隙間から血は流れ続ける。

どんどん愛の体から熱が失われていく。




「ねえ、さん…!ねえさん…!やだよぅ…!いやだぁ…!」


「る、い…にげ、なさ…い…。は、やく──」


「やだ!やだよぉ!起きてぇええ!!」


「だ、いすきよ…かわ、いい…わたしの──」




二人の足下に愛の真っ赤な血溜まりが広がる。

愛は残る力を振り絞って涙に逃げるように促すとそのまま血溜まりの中へ倒れた。

涙は泣きながら倒れた愛に縋りついて座り込む。




「あっ、ああああ…ああああああっ!!」


『ニンゲンッテオモシローイ!カバッタ、カバッタ!アハハハハッ!』




絶望する涙の耳元に届く不快な声。

妹を守ろうとした姉を嘲笑(わら)うあの生物の姿が目に入る。






ユ ル サ ナ イ ─ 。






その瞬間、涙の視界が真っ黒に染まった。





「──────、」


『ンンー?ナンカイッター?』




微かな音に反応し、謎の生物が首を傾げながら涙を見た。

涙はブツブツと何かを呟きながらゆらりと立ち上がる。







『マッ、イッカァ!ジャア、オマエモ────ア?』




ズバッと何かが引き裂かれゴトリと重い物が落ちる音がする。

謎の生物は涙の方に伸ばしていた自分の右腕が肩の付け根から無くなっていることに気付いた。




『アレ?アレェ?ボクノテガナイー??』




辺りを見渡せば目の前に見慣れたモノが落ちている。

それは無くなった自分の右腕だった。

拾って繋げようとすればそれよりも早くも赤いナニカが落ちている右腕を粉々に砕く。


謎の生物がハッとして前を向くと其処に居るのは涙だ。

しかし、先ほどまでと違うのは彼女の背後に別の何かが見えること。


土煙の向こうにぼんやりと浮かぶ赤い光がジッと見つめて来ているのが分かる。




「ゆる、さ…ない…」




前髪の合間から不気味な色とどす黒い憎しみを覗かせる幼い少女の目がはっきりと見えた。

唖然とする謎の生物に涙は憎悪を隠さない声色で言う。

その手には赤と黒のデジヴァイスがしっかりと握られている。

出かける前にポケットに入れていたのを涙が無意識に取り出していたようだった。






「──殺す、殺す、殺してやる…」


「──グルルルルル…ッ」




土煙の向こうに居たのは究極体デジモンの一体で邪悪な竜との呼び声高いメギドラモンであった。

メギドラモンは涙を護るように硬い鱗で覆われた尾で彼女を囲む。

その視線は鋭いまま謎の生物を睨みつけている。




『ア、アア?ナゼ…?コンナノガイルナンテ、イワレテナイ!シラナイ!』


「そう…、じゃあとっとと消えろよクソヤロウ」




涙の持つデジヴァイスから眩い閃光が溢れ出した。

音無家を襲った謎の生物が最期に見たのは光の中から現れた暗黒騎士の姿と混沌の力を帯びた魔槍が自分を貫く瞬間だった──。

















翌日、アメリカ・ニューヨーク。

此処には国際安全保障機関、通称【EDEN】の本部がある。






「──なんと、なんと言うことだ…。

たった一夜でこれほどの規模でこれだけの被害が出たと言うことなのか…」




EDEN本部ビルの中にある会議室では頭を抱えて座り込む白人の壮年男性が居た。

彼のデスクの上にあるPCには世界中から続々と緊急のメッセージが届いている。




「ルーカスさん、頭抱えてないで仕事して下さい。

もう、彼らの存在を人々から秘匿してられる段階は過ぎてしまったんですよ」


「──ホシノ君、簡単に言わないでくれ…」




ルーカスと呼ばれた白人の壮年男性は大量の資料を持って現れた彼にそう返す。

サイドが少し長めに整えられた濡れ羽色をした髪と赤い瞳が印象的な人物である。




ルーカス・ガルシア。

アメリカ出身で50代と言う若さながら国際安全保障機関の長官を勤めているエリートである。

そして今彼にホシノ君と呼ばれたのは日本出身の星野仁(ほしの じん)と言う男だ。


仁は頭を抱えたままのルーカスに対して溜め息混じりに呆れ顔をすると彼のデスクに容赦なく大量の資料を重ねていく。




「全世界でほぼ同時多発的にこれだけの被害が出てるんです。

そして───」




仁が一枚の写真をデスクに置く。

其処には創作にある悪魔のような姿の生物がハッキリと写し出されている。




「個体名:ディアボロモン。究極体クラスに相当する謎のデジモン。

世界中で多くの人間を襲ったのはコイツです」


「それは"イリアス"の神から提供された資料で把握している!

だが、なんだ?こんな異常行動は資料に記載されてはいなかった!」


「──ヤツがただのディアボロモンではなく突然変異個体だからですよルーカスさん」




グッと唇を噛み締めながら写真のディアボロモンを睨み付ける仁。

視線から滲むのは怒りと嫌悪の色だ。




「このディアボロモンは我々がデータで知る他のディアボロモン種と大きく異なっている。

分裂してなお本来の能力と変わらぬ力を維持し続けられる上により凶悪で残忍な行動を取るようになっているんです。

これはもう突然変異個体と言う他無いでしょう、今後も同じような個体が現れかねない。

一刻も早く対策を立てなければ──」


「従来の個体であれば分裂すれば本来の能力から分裂体の能力値は下がる…それを物量で押してくるのがディアボロモン種の特徴だったのに…。

ただでさえ厄介なデジモンが最悪な想定の方向に突然変異していたなど…」




仁がそう言うとルーカスははぁと深い溜め息をついた。

力無く椅子に体を預け天井を睨む。




「もう、無理なのだな…。"女神"との約束は──」


「女神とも定期の連絡が出来なくなっています。

恐らくはデジタルワールドでもヤツらによる何らかの事態が引き起こされているんでしょう…」


「ああ…なんてことだ…。こんなにも早くデジモン達が実在することを公表する日が来るなんて──。

欲深い国ならば軍事転用しかねないと言うのに…」


「各国の首脳にも協力を要請し、今後起こり得る事態に備えないと…。

──今更そんなバカな真似する国出てきやしませんよ。

アレだけの事件を引き起こしてるんです…そんな甘ったれた考えで手に負える相手ではないとすぐに理解しますよ…」


「──分かっている、それにもう何千件と今回の事態に関して説明を求めるメッセージが届いているからな…。

軍事転用が現実にならなければ約束を違えたことにはなるまい…とても心苦しいが…」




ズキズキと痛むこめかみに手を当てながらルーカスは言う。

ディアボロモンによるあの惨劇は日本でのみ起きていた訳ではなかった。

世界中でそれも同時多発的に発生し、各国に多くて百人程度は居たテイマー達を優先的に狙って引き起こされたものだったのだ。



後に『血の惨劇』と呼ばれる今回の事件。

これによって全世界で約2000人の民間人が犠牲になった。

それも犠牲者が数少ないテイマーとその家族と言う特異性を以てだ。






そして、この日の午後。

国際安全保障機関【EDEN】の長官ルーカス・ガルシアの声明が全世界に向けて発表された。



ゲームの中にしか居ない想像上の存在と言われていたデジモン達が実在すると言う事実と先日の事件の犯人がそのデジモンであることを初めて公にEDENは認めた。

全世界に対してEDENは非常事態を宣言し、各国同士の綿密な連携が国際社会の安全の為に必要であると訴えた。





これによって全世界で急速にデジモンの存在が認知されていくことになる──。










❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ✿ ✿








一方、デジタルワールド。

視察の為に聖域から地上へ降りていた女神ホメオスタシスと護衛のロイヤルナイツ達。



此処には獣に属するデジモン達が多く暮らしていた集落があった筈だ。

土地が貧しく幼年期達への物資が乏しいと訴えがあり、ガンクゥモンに頼んで物資を届け他の地域からも支援が届くように環境を整えた。


今回はその後の経過を知る為にホメオスタシスは直接やってきたのである。





「──おかしい、ですね…」


「ホメオスタシス…?どうなされました」




立ち止まるホメオスタシスにマグナモンは声をかける。

キョロキョロと周囲を見渡してホメオスタシスは以前は感じなかった違和感を覚える。




「もうすぐ集落の筈です、以前は貧しかったとは言え活気がありました。

それなのに──気配さえ感じない…」


「確かに──これは妙ですね…」


「何か起こってんのかもしれねぇな…。

ホメオスタシス、集落の様子を見たらすぐに聖域に戻ろう。

──嫌な予感と胸騒ぎがしやがる…」


「ええ、そうですねジエスモン。貴方ほどの騎士が言うのです…様子を確認したら戻りましょう。

──本当は何もなければいいのですけれど…」




警戒感を剥き出しにするジエスモンにホメオスタシスは言う。

マグナモンとジエスモンはホメオスタシスの周囲の警戒しながら集落へと急いだ。



すると、






「────っ!!」


「こ、れは…これは…!」


「なん、だよ…!これじゃあまるで数千年前の…!!」




彼らの目の前に広がるのは跡形も無くなっている元集落。

住居の痕跡が僅かに残るのみで此処で暮らしていたデジモン達の姿は何処にも無い。


此処に住んでいたデジモン達には当てはまらない奇妙な形の足跡だけが多く残されていた。








"───ヤット、キタァ…メェガァミィ…"


「……っ!!」


「ホメオスタシス!!くぅっ!!!」




粘着質な声が不意に響いた。

ホメオスタシスの丁度死角から何かが彼女に向かって飛んでくる。

それに気付いたマグナモンはホメオスタシスを庇ってそのまま彼女と倒れ込む。

黄金の鎧を掠めた程度だがその掠めた箇所がブスブスと嫌な音を立てて焼け焦げている。




「マグナモン!私を庇って…!」


「私は無事です!これは掠めた程度、それよりも警戒を!ジエスモンっ!!」


「応っ!こりゃあもう囲まれてやがる!援軍が来るまでオレ達で護るぞ!!」


「当然だ!ホメオスタシス、どうか我々から決して離れないよう願います!」


「分かりました…気をつけて…!!」




ホメオスタシスがそう言うと周囲の空間がグニャリと歪んだ。

歪んだ空間にビシビシと音を立てて大きな亀裂が走る。

ガラスが割れるように一カ所が崩れ落ちて穴になると薄紫の小さな何かが大量に穴から噴き出すように出て来た。

その小さな何かに続くように穴の向こうからヌゥッと大きな何かの手が現れてガシッと端を掴んでは力ずくで穴を更に広げる。



真っ暗な穴の向こう側。

その先に不気味な緑の光が二つ、ぼんやりと浮かんでいる。





不気味なその光にホメオスタシスは見覚えがあった。

彼女自身の記憶から失われていても体と魂が"ソレ"を憶えている。



2000年前のあの日、まだ と呼ばれていた頃に見たモノと同じ。





「───っ!何故…何故…っ!貴方は消滅した筈ですっ!!」





穴の向こう側から姿を現したのはディアボロモンであった。

ニタリと狂気に満ちた表情を浮かべてディアボロモンは嗤っている。




「…アハァ♡オ久シブリデェス。2000年前ノ続キヲ始メニ来マシタヨォ?

サァ、サァ!死ンデ下サーイ、女神?今!此処デ!」


「くっ!ホメオスタシス!」


「任せろマグナモン!アト、ルネ、ポル!!」




ジエスモンが叫ぶとオレンジ色に輝く三つのオーラがホメオスタシスに迫るディアボロモンに容赦なく攻撃を繰り出す。

隙の無いジエスモンの連撃を喰らってなおディアボロモンは止まらない。



真っ直ぐに、真っ直ぐにホメオスタシスへと迫る。

突進しながら狂気的な目つきでホメオスタシスを見つめてベロリと舌なめずりをした。

ホメオスタシスの目前にまで迫るディアボロモン。

女神を護る為にマグナモンがその間に割って入った。





「ホメオスタシスに指一本触れさせるものかァ!

食らえ!シャイニングゴールドソーラーストーム!」





黄金のレーザー光線がディアボロモンに炸裂する。

複数の敵を一掃する威力を誇るマグナモンの必殺技だ。



しかし、それを諸に喰らってもなおディアボロモンは止まらない。

その上でディアボロモンは幾ら傷を負ってもすぐに再生していくのだ。



立ちはだかるマグナモンとジエスモンを薙ぎ払い、遂にディアボロモンはホメオスタシスの目の前に立つ。




「消エヨ!忌々シイ女神ガァァァッ!!」




かつてイグドラシルを葬り去った凶爪が今度はホメオスタシスの命を襲わんと迫る。

だが──。










バチンッと何かが弾ける大きな音がした。





「グァッ!キ、サマァ…ッ!!」


『───私も、随分とナメられたものですね…ディアボロモン…!!』




分厚いヴェールの奥でホメオスタシスがキッとディアボロモンを睨む。

ディアボロモンの凶悪な爪による一撃を阻んだのはホメオスタシス自身が作り出した結界である。


デジ文字を用いた高度な結界を球体状に彼女は自分の周りに展開したのだ。

それは亡きイグドラシルが持たなかった自分の身を守る為の力。




「忌々シイ…!デジブラッドトデジゲノムノ複合能力デスネェ!」


「貴方のような存在が三度現れないとも限らない…!

私はあの日からずっとこのような時の為に備え続けてきたのです!」




ホメオスタシスは結界を維持したまま叫ぶ。

この結界を突破しなければ目的を達成出来ないディアボロモンは忌々しそうにホメオスタシスを睨み付け歯軋りをした。














『無事か!?ホメオスタシス!』


『マグナモン、ジエスモン!よく持ちこたえた!』


「アルファモン!オメガモン…!皆さん…っ!!」


「──やっと来たか…!遅いぞ、お前達!」




ホメオスタシスを護るように幾つもの光の柱が現れる。

柱の中からアルファモンやオメガモンを始めとする他のロイヤルナイツ達が姿を見せた。

世界を護る全ての聖騎士達が今この場に集った。







「アハァ♡イイッ♡イイデスネェ!実ニ丁度イイ!!

目障リナオ前達ヲマズハ消スコトニシマス!」




ディアボロモンがバッと天を指差すと周囲を取り囲む大量のクラモン達が合体し、銀の繭のようなデジモン・インフェルモンへと姿を変える。

そしてディアボロモンもまた大量の模倣体(コピー)を作り出した。



その数は2000年前の比ではない。

一帯を埋め尽くす勢いで模倣体の増える勢いは止まらない。




「はぁぁ~っ!鉄拳制裁!!」


「スパイラルマスカレード!」


「ブレス・オブ・ワイバーン!!」




三体の聖騎士による強烈な一撃が模倣体を次々と消滅させていくがそれを上回る速度でディアボロモンが増えていく。

それはインフェルモンも同じで倒しても倒してもその数が減る気配が無い。





一騎当千の力を持つロイヤルナイツ達だが徐々にディアボロモンに押され始める。

このままではホメオスタシスが再び危険に晒される。

結界を扱えたとしても圧倒的物量に押されては女神とは言え、一溜まりも無い。




ガンクゥモンは戦いの僅かな合間にジエスモン達と目配せをしあう。

そして、アルファモン達以外の聖騎士達11体は此処である覚悟を決めた。

デジタルワールドの女神を護る、その為に必要な覚悟を。







『──アルファモン、オメガモン!よぉく聞けい!!』


「な、ガンクゥモン!?」




クロンデジゾイド製のちゃぶ台ごと無数のディアボロモン達をひっくり返しながらガンクゥモンが声を張り上げた。

未だに数を増し続ける敵に対してガンクゥモンは険しい表情を浮かべながら静かに告げる。




「──お前達は女神を連れて此処から離脱せい。

このままではどの道押し切られてホメオスタシスが殺される、それだけは何が何でも避けねばならん」


「しかし!オレとオメガモン抜きでお前達はどうする気だ!!」


「ワッハッハッ!儂らも侮られたモンだ!

お前達二体抜けたところで今更何も変わらんわい!」


「その通り!ならば双璧であるお前達と共にホメオスタシスを此処より離脱させる方がまだ希望が繋がるだろう!?」




渋るアルファモンに対してガンクゥモンは豪快に笑ってみせ、クレニアムモンはクラウ・ソラスを強く握り締めた。


この世界の要であるホメオスタシスを護る為に自分達が殿になると彼らは言っているのだ。





「──っ!ですが、それではあまりにも…!!」


「いいえ、ホメオスタシス。私達は騎士です。

世界を、そして貴女を護る為に在る誇り高き騎士なのです」


「オレ達のことは心配要らねーって!何せ、凄い力もアンタに貰ってるんだからな!」


「お急ぎ下さい!ホメオスタシス!我々は必ず、貴女様の下へ帰ります!!」




マグナモンに背中を押されホメオスタシスはアルファモン達の側に立つ。

必死に戦い続ける彼らの姿に胸が締め付けられた。




彼らの覚悟を此処で無駄にしてはいけない──。

ホメオスタシスも覚悟を決め、真っ直ぐに彼らを見てその勇姿を目に焼き付ける。

そして、アルファモン達に向き直ると己を奮い立たせて言った。




「──っ、離脱します。アルファモン、オメガモン…頼みます!」


「「御意!」」




アルファモンは片腕にホメオスタシスを抱いて空を飛んだ。

其処へ襲い掛かる模倣体達をオメガモンがグレイソードで斬り捨ててガルルキャノンで凍結させていく。







ロイヤルナイツの双璧と呼ばれた二体の聖騎士は女神を連れてこの場から一気に離脱していった。

残った聖騎士達はそれを満足げな表情で見届けた後、増え続けるディアボロモン達を前に気合いを入れ直す。





『──さぁてと!やってやろうじゃあねェか!』


『ホメオスタシスは貴様らに渡さん!この命に替えてでも必ず護り抜く!』


『さぁ、来るがいい!我が聖槍に挑む勇気があるのならな!』


『一歩たりとも我々は退かん!ロイヤルナイツの誇りにかけて!』





勇ましく誇り高い聖騎士達はそう叫んで敵陣に突っ込んで行く。

圧倒的な数で押すディアボロモンを前にしても彼らが退くことは決して無かった。











しかし11体の聖騎士達の消息はこの後、ぷっつりと途切れてしまうのだった──。











デジモンクレイドル 第一話

【憎たらしい位に理不尽で残酷な世界で】














次元の狭間。

それは何処の世界にも属さない何処でもない空間。

その広大さ故に宇宙に近いが宇宙のようにブラックホールや惑星が数多に存在している訳ではない。

ただ何も無い空間が世界と世界の間にクッションのように広がっているのだ。


かつて神によって創られた次元の壁とは存在理由が異なるモノ。

その空間のとある場所にディアボロモンは居た──。






『フフ、フフフ…フフフ…』




クリスタルのような結晶体に頬を寄せ、不気味に嗤うディアボロモン。

そのままうっとりとした表情でディアボロモンは呟く。




『フフフフ…。嗚呼、モウ少シデスヨ…我ガ母ヨ。

次コソハアノ忌マワシイ女神ヲ殺シ、ソノ力ヲ奪ッテ…アナタヲ解キ放チマショウ…』




一見するとディアボロモンがとち狂っ