
暗闇を一体のデジモンが走っていた。
彼の種族名はデスメラモン。全身に炎を纏ったデジモンである。
彼は孤独を愛し、群れを嫌った。他のデジモンと関わることもなく、何時も一人であった。
そんな彼にあるデジモンが勝負を挑んだ。彼はあっさりと倒してしまったが、その後敵討ちだと多数のデジモンに襲われ、彼は逃げるしかなかった。
彼は夜の世界を走った。
追いつかれたら袋叩きに遭うのは目に見えている。簡単にやられる程弱くはないが、多勢に無勢。こんなところでやられるのは御免だ。何処かで隠れてやり過ごそう。
そう思っていたが、運命の女神は変えを見放したらしい。
目の前の道は空虚に消えていた。
「行き止まりか…」
後ろを振り向くと、追手に囲まれていた。
「大人しくやられろよ!」
デジモン達がジリジリと近づいてくる。
どうする…どうすれば…。
彼は空虚を見て意を決し、飛び降りた。
重力が身体を下へと引っ張る感覚。
そのまま彼の意識も落ちていった。
「ここは…どこだ…?」
デスメラモンが目を覚ますと、彼は草の茂みに埋もれていた。
身体を起こして辺りを見回す。どうやらここは公園のようだった。
彼の周りでは、同じ様な顔をした多数の生物が様子を窺っている。
(こいつらは何のデジモンだ?天使型…にしては翼が無い…まさか新種か?)
考えるデスメラモンに一人の生物が近づいてきた。
思わず身構えた彼に生物は言った。
「大丈夫です。危害は加えません。安心して下さい」
安心などと言って油断した所を襲うつもりだな、とデスメラモンは臨戦態勢で相手を睨みつける。
だが、生物は肩をすくめると両手を上げた。
「見たとおり武器はありません。それに武術の心得もございませんので」
確かに目の前にいる生物はひょろっとしていて、デスメラモンが腕を振れば簡単に倒れてしまいそうだった。
彼は緊張を解くと尋ねた。
「ここは何処だ?お前達は何なんだ?」
「話をする前に場所を変えましょう。私と一緒に来て頂けますか?」
初対面の、正体の分からない生き物についていくことに不安はあったが、他に頼るあてもない。彼は大人しくついていくことにした。
案内されてやってきたのは、郊外の住宅街に建つ灰色のビルであった。
「さて…」
ビルの中の一室で、二人は向かい合って座っていた。
デスメラモンが部屋を見回していると、部屋にデジモンが入ってきた。
デジモンはデスメラモンの向かいの席に座った。
「まずは自己紹介を。私、玄田一郎と申します」
玄田はそう言うと、名刺を差し出した。名刺の裏面にはデジ文字で書かれており、デスメラモンでも読めるようになっていた。
玄田の隣に座っているデジモンも同じように名刺を差し出す。
「事務員のテリアモンなのでぃす」
語尾が変な喋り方だが、玄田は特に気にせず話した。
「貴方のお名前は…」
「デスメラモンだ」
「デスメラモンさん。はい」
玄田が言うと、隣に座っているテリアモンが書類に何かを書きこんだ。
「では簡単にお話します。ここはデジタルワールドではありません」
「デジタルワールドではない…だと!?」
「はい」
玄田はデジタルワールドではない世界…リアルワールドについて簡単に説明した。
「こちらの世界のことは何となく分かって頂けたでしょうか」
「あ、ああ…」
デスメラモンは戸惑っていた。
デジタルワールドの他にも世界があるなど考えたことがなかったからだ。
混乱するデスメラモンに玄田は淡々と話す。
「こちらの世界に来て間もないでしょうから、驚かれるのも無理もないかと。ではこれからこの世界、リアルワールドで生きる為の手続きをします」
そう言うと、玄田は書類を机に置いた。
「こちらの書類は、日本で戸籍というものを取得するための書類です」
「こせきとはなんだ?」
「戸籍はこの国に所属している証明書なのでぃす。戸籍があると身分証明に便利なのでぃす」
質問に答えたテリアモンがすごいでしょと言わんばかりのドヤ顔をした。
「近年、デジタルワールドとリアルワールドの繋がりが強くなってきておりまして、貴方のようにこちら側へ迷い込むデジモンが増えました。それで日本ではデジモンが安全に、安心して暮らせるように色々な制度を整備しました。戸籍もその一つです」
玄田は別の書類を取り出す。
「デジモンさんがデジタルワールドに帰れるよう研究も進められています。しかし、今はまだ帰る方法がありません。デジモンさんはこの世界で生きることになります。こちらをご覧ください。ここにはデジモンさんを保護する団体について記載されています。私達はこれ、この会社です」
書類に並んだデジ文字を指でなぞりながら玄田は言った。
「デジモンさんに住む家と食事、そして仕事を提供する…これが弊社『ハッピーワーク』の事業です」
それから一週間、デスメラモンは研修を受けた。
リアルワールドの基礎知識を学び、日本語の読み書きを覚えた。
身体検査と健康診断も受けた。
立ち会った看護師によると、デジモンの身体はリアルワールドとデジタルワールドで大きさが変わり、身体の大きなデジモンでも最大で5m程しかないらしい。
デジモンの身体はリアルワールドに来る時に圧縮されるという説があると看護師は語った。
成程そうかもしれないとデスメラモンは思った。
因みに彼の身長は215cmだった。
研修が終わり、デスメラモンは玄田に呼ばれて再び会った。
「研修お疲れ様でした。ではお仕事の紹介をさせていただきます」
「分かった」
「えーっと、ご希望は…」
「体を動かす仕事がいいのだが」
「少々お待ち下さい。テリア先輩、求人票を」
「これでぃすね」
テリアモンに渡された書類をチェックしていく玄田。
デスメラモンは少し緊張しながら待っていた。
チェックが終わった玄田は、少し残念そうな顔で言った。
「すみません。工事現場や工場などの仕事はもう空きがありません」
「そうか…」
「これ以外の職種に就いて頂くことになりますが宜しいでしょうか?」
「…仕方が無い。他の仕事を頼む」
「分かりました」
そう言うと、玄田は再び書類を読んだ。
そうしてチェックしていくうちに、ある求人票が目に留った。
「おや…これは…」
玄田は少し考えて、真面目な顔でデスメラモンに言った。
「貴方は家事はお得意ですか?」
「ここが貴方が働くことになるお宅です」
高層マンションの5階、右端の扉の前で、立間はそう言った。
デスメラモンに紹介された仕事は、とある家の家政婦であった。
彼は他の仕事にしてくれと訴えたが、玄田に説得され、結局家政婦の仕事をすることになった。それで、職員の立間累と共に雇い主の家へ来たのだった。
「今日は初日ですので、雇い主さんとの挨拶と家電の使い方等をお教えします。宜しいですね?」
「ああ。宜しく頼む」
では、と立間はインターホンを鳴らす。少し間があってから、はい、と小さな声がした。
「すみません、ハッピーワークです」
「ちょっと待ってください…」
かちゃりと音がして扉が開くと、小さな女の子が顔を出した。
「こんにちは。今日からこのおうちで働くハッピーワークです。お母さんはいますか?」
その問いに、少女は困ったように言った。
「お母さんは仕事に行きました」
「お仕事?」
「はい…」
「そうですか…困ったな…」
ちょっと待ってくださいねと立間はスマートフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけた。
デスメラモンがふと少女を見ると、彼女は彼をじっと見ていた。
彼は自分の身なりを改めて見直した。
鎖は邪魔だと言われて外し、炎も危ないからと消して、クリーム色のエプロンを着て、胸の辺りには名札を付けている。
デジモンとしては少々迫力に欠けるが、家政婦としては普通の恰好だ。
「俺に何か変なところでもあるか?」
デスメラモンが声をかけると、少女は扉の後ろに隠れた。
それから少しだけ顔を覗かせると、
「えっと、ううん、何もないです…」
そう言って下を向いた。
そこへ、電話が終わったらしい立間が少女に言った。
「お母さんに連絡したから、おうちで待っていていいかな?」
「うん。分かりました」
少女は二人を家に入れた。
「君、お名前は?」
「香奈です」
「じゃあ香奈ちゃん、簡単でいいからおうちを案内してくれるかな?」
「うん」
香奈…本庄香奈の住む家は2LDKで、玄関を入ってすぐ左の部屋が香奈の部屋、右にトイレと洗面所、風呂がある。廊下を真っ直ぐ進むとリビングダイニングとキッチンがあり、リビングに繋がるように寝室があった。
「では依頼主が帰ってくるのを待つ間に家電の使い方を説明しますね」
「分かった」
立間は掃除機や洗濯機、オーブン等の家電の使い方をレクチャーした。
デスメラモンは初めて使う家電をおっかなびっくり使った。
そんな様子を香奈は物陰から見ていた。
諸々の説明が終わり、立間は事務所に電話をすると言って席を外した。
彼と入れ違うように香奈がデスメラモンの傍に寄って来た。
彼女はデスメラモンをまじまじと見つめた。
「なんだ、俺のことが気になるのか?」
そう言うと彼女は、
「えっと、おじさんかっこいいなって思ったの」
と、顔を赤くして言った。
「格好いいか…」
彼は少し機嫌が良くなった。
その時、香奈のお腹がぐうとなった。
「腹が減ったのか」
「うん…」
「ちょっと待ってろ」
デスメラモンは、炊飯器に残っていた白飯と棚にあった海苔を取り出した。そして大きな手で白飯を掴むと、ぎゅうぎゅうと丸めていく。最後に海苔をぺたぺたと張り付けた。
そうして出来あがったのは特大のおにぎりだった。

「出来たぞ。食え」
「う、うん…」
香奈は両手でおにぎりを持つとがぶりと齧った。
もぐもぐと口を動かしてまたひと口、もうひと口と夢中で食べている。
デスメラモンはその様子を見てうんうんと頷いた。
「どうだ、美味いか?」
「うん…おいしいです」
そこへ戻ってきた立間が驚いて言った。
「随分と大きなおにぎりですね!?」
「ああ、幼年期にはしっかり食べて進化…じゃなくて成長してほしいからな」
「そうですか…」
立間はおにぎりを頑張って食べる香奈を見て、少し困ったような顔をした。
香奈はお茶をごくごくと飲み、デスメラモンに言った。
「おじさん、ありがとう」
「…仕事だからな」
感謝の言葉に少々照れながら、彼はそっけなくそう言ったのだった。
その後、仕事を早く切り上げて帰ってきた香奈の母親に挨拶をし、立間とデスメラモンは会社に帰ってきた。
会社と同じ敷地に建てられたデジモン用の寮に、デスメラモンも住むことになった。
同室のデジモンに挨拶をしてから布団に潜り込んだ彼は、香奈の言葉を思い出していた。
(ありがとう、か…)
俺も案外出来るんじゃないか。
家政婦という仕事に少し前向きになったデスメラモンだった。
こちらの方では始めまして、ユキサーンです。
前々から興味はあったものの、時間が作れずに読めず終いなままでした。今回はようやっと時間を作れて読むことが出来たので、ひとまず簡素ながら感想を一つ。
いやぁ、すげぇ良いですね……何が良いって、まず着眼点ですよ。デジモンがリアルワールドに転移してどうこうって話は二次界隈だとそう少なくも無い印象があるのですが、デジモンのためのハローワークとは。いやはや、すげぇ好待遇……今回のメイン視点となったデスメラモンさんの場合は家政婦となったわけですが、人型だからというのもあるのでしょうが順応っぷりがすごい。人間基準の食事の配分についてはまだまだこれから知ることになりそうですが(バレーボールサイズのおにぎりイラストを見ながら)(というかさも当然に挿絵が入っててすげぇ感動)。
描写も全体的に読みやすいですし、これは素直に日常系の描写として見習いたいものです。独特な雰囲気も相まって、かなり好みの作風。物騒な世界で生きてきたデジモン達のリアルワールドでの暮らしとか本当にこれから気になるものですし、次回も楽しみにしておりまする。
PS こんな世界でギルモンと暮らしたいでござる。