その日、『赤坂 一真(あかさか・カズマ)』は追われていた。
彼の傍らにはバディであるカブトムシの見た目をした青い昆虫型デジモン『コカブテリモン』の姿があり、リンカー共々に逃げている。
何から逃げている? と問われれば、それは彼らの後方に走る『存在』が物語っていた。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ!」
『カズマ、追いつかれたらヤバいぞ! 走るのをやめるな!』
「そ、そうはいっても、コカブテリモン……ノンストップで10分走りっぱなしはきつい!」
必死に走って逃げるカズマと、自分の翅を広げて飛びながらカズマを激励するコカブテリモン。
そんな彼らを追うのは、緑色の体色をした鬼のデジモン達。その数は見ただけでも数十体にも及ぶ。
赤いモヒカンと手に持ったボルト付きの棍棒が特徴的なデジモン・ゴブリモンは奇声を上げながらカズマ達へと迫っていた。
『『『ウガアアアアアア!!!』』』
「ぎゃあああああ!?」
『悲鳴を上げてる場合か!?』
鬼気迫る勢いの姿であるゴブリモン達に思わず悲鳴を上げてしまったカズマと、隣でツッコミを入れるコカブテリモン。
その背後からはゴブリモン達が投げつけてきた火の玉の技・ゴブリストライクが飛んできて、逃げる二人の周囲へと着弾。
大きな音と火柱を立てながら爆炎を上げる光景を目の当たりにして、カズマは必死に逃げる足を速めた。
なぜこうなっているかと言うと、数十分前に遡る。
~~~~
その日、カズマはコカブテリモンと共にバディリンカーとして東京の港付近に訪れていた。
目的は『港付近で姿を見せるデジモンの調査』という内容の調査依頼……ある一定数のバディリンカーにとっては、特に珍しくもない依頼だった。
オレンジレッドのカラーリングのデジヴァイスリンクスを構え、内蔵されたカメラ機能を使って港付近に姿を見せるデジモンの姿を映していた。
白鳥の姿形をしたデジモン・スワンモン、いくつものヒレを生やした黄色い体色のデジモン・ギザモン、壺を被ったタコの見た目をしたオクタモンといった具合にいつの間にか根付いているデジモン達を映してポツリと呟く。
「いやぁ、こんなに住みついているデジモンが多いとはなぁ」
『デジタルワールドが開いてもう20年近く経つからなぁ。今じゃ人間の世界住みのデジモンが多いのは明白だな……お、あそこにハンギョモンがいる』
「あ、ほんとだ。撮っておこう」
港の海で泳ぐボンベを背負った半魚人の姿形をしたデジモン・ハンギョモンの写真をカシャリと撮るカズマ。
自由気ままに調査を熟している彼らはこのまま平穏に依頼を果たそうとしていた。
――だが、コンテナが置かれた場所に足を踏み入れた時にその平穏は終わった。
人気がなさそうな場所に迷い込んでしまったカズマ達は周囲を見回しながら、脚を前へ出していく。
後から続いてコカブテリモンが続くが、その異様さに気づいた。
『なぁ、カズマ』
「んー? どうしたの、コカブテリモン」
『なんだか様子がおかしい。一旦みんなと戻った方が』
「んー、なんだよそれって。カブトムシだから虫の知らせってヤツか?」
コカブテリモンの心配する言葉を聞いて笑ってからかうカズマ。
呑気そうに歩みを進めるが、そこで何かを踏みつけ……そして視界が逆転する。
それがカズマ自身が転んだと分かったのは、地面にすっころぶ前にコカブテリモンが身体を持ち上げる形で咄嗟に受け止めたからだ。
「ぬぉっ!?」
『カズマ!』
「あっぶなぁ。」
『まったく……お前はいつも気が抜けないから心配だ』
自分より倍もあるカズマの体を軽々と持って受け止めたコカブテリモンは溜息をつく。
申し訳ないと表情を浮かべたカズマだったが、その直後にバサリと自分の顔に何かが被った。
甘ったるい異臭に鼻が付き、急いで掴むとそれはバナナの皮だった。
どうやらバナナの皮で転んだようで、カズマは素っ頓狂な声を上げた。
「ばっ、バナナ? ばなっ、バナナ?」
『バナナの皮、何故こんなところに捨てられて』
「マナー悪いなぁ。一体誰が……」
謎の捨てられたバナナの皮に悪態づくカズマだったが、そこである事に気づく。
バタバタと何かが近づく足音が聞こえてきたのだ。それも一体だけではない、二体三体と次第に多くなっていく。
やがてカズマ達の現れたのは、何体何十体も及ぶ人型の野良デジモン。
ゴブリモンと呼ばれるそのデジモン達は、鼻息を荒くしながらギロリと鋭い眼光を睨みつけてきた。
どうやらバナナの皮にスッ転んだ事で気づかれてしまったようで、しかも気が立っている。
カズマはその光景に背筋が凍り付き、コカブテリモンは冷や汗をかく。
暫しの静寂の後、ゴブリモン達は大きな口を上げて咆哮を上げた。
『『『ウガアアアアアア!!』』』
『「きゃあああああああ!!」』
――――そして、現在。
ゴブリモン達に追われたカズマとコカブテリモンは逃げていた。
一体や二体ならコカブテリモンが何とか対処できるが、追いかけてくる相手は数十体も及ぶ。
成熟期デジモンすら持ち上げるほどの怪力を有するコカブテリモンも多勢に無勢。
状況を打開するチャンスが巡り合うまで、カズマとコカブテリモンは逃げていた。
……だが、何時までも逃げられるわけでもなく、カズマは息が切れかかっていた。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……や、やばっ、息と足がっ」
『カズマッ! 気をしっかり持て!』
「そ、そんな事言われたって……あっ、げふっ!?」
コカブテリモンが激励を送るのもつかの間、足がもつれて地面へと滑り込むカズマ。
慌てて立て直そうとするが、後ろから追いついてきたゴブリモンが棍棒を振り下ろしてきた。
成長期と言えど当たれば一溜まりもない……カズマは死を覚悟した。
(あっ、これはおわっ――)
『――デスビハインド!』
棍棒が直撃する直前、何処からともかく放たれたナイフがゴブリモンの棍棒に突き刺さり、勢いよく撃ち落とした。
一瞬の出来事に何が起きたのかと思ったカズマが振り向くと、そこには見知った二人の顔があった。
カズマは思わず彼ら二人の名前を叫ぶ。
「か、カオルさん!ケイ君!」
「カズマさん、下がって!」
「ゴブリモン達の相手は僕らがやります!」
何とか立ち上がったカズマを下がらせると、二人の人物はデジヴァイスリンクスを持って身構える。
片や、黒髪のショートに切った白い和服姿の少年――『八乙女 薫(さおとめ カオル)』。
片や、綺麗に切り揃えた茶髪の甘い顔立ちの少年――『小御門 ケイ』。
二人は並び立つと、自分自身の相棒バディの名を叫んだ。
「シールズドラモン!」
『よっしゃあ、やっちゃるぜ!』
カオルの傍に現れたのは、身軽な武装を身に着けたドラゴンのようなデジモン・シールズドラモン。
彼は先程投げつけた愛用のナイフを回収し、襲い掛かるゴブリモンを斬り付けていく。
「ボンバーナニモン!」
『ああ、お熱いのをかましてやるぜ!』
ケイの傍らに現れたのは、黒く丸い体に手足が生えたような見た目の強面のデジモン・ボンバーナニモン。
こちらも徒手空拳を用いた接近戦で振り下ろされる棍棒を捌き、一撃一撃を叩き込む。
二体のデジモンに片づけられ次第に減っていくゴブリモン達。
目の前にいる奴らがただものではないと悟った彼らはそれぞれの棍棒を構え、それを大きく振り下ろす。
ゴブリストライクによる火炎弾がいくつも振り放たれて、一同へと向かっていく。
そこへボンバーナニモンが前に出て、その手に丸い黒の球体を握りしめる。
『ふせろ、お前ら! フリースローボム!』
ボンバーナニモンが投げた爆弾による攻撃"フリースローボム"が火炎弾へと直撃。
爆風によってゴブリモンのゴブリストライクによる火炎弾を相殺し、なんとか危機を回避する。
ゴブリモン達は驚きつつもその蛮勇ぶりを象徴するかの如く勢いに身を任せたまま迫ろうとするが、爆炎と煙を駆け抜けてこちらへと迫る存在がいた。
『動くなよ? 動くと痛いぜ!』
そう言いながら、爆炎から抜けてきたシールズドラモンはゴブリモンへとナイフと体術による連撃を叩き込んでいく。
目にも止まらぬ手捌きでゴブリモン達はノックアウト……そのまま地面へと倒れ込んだ。
仲間のゴブリモン達がやられ、他のゴブリモン達は慌てて退散してく。
彼らが消えると、安心したのかカズマは地面へとへたり込んだ。
「こ、怖かったぁ!」
「大丈夫?」
泣きべそ書いているカズマへカオルが手を差し出す。
その隣ではボンバーナニモンやシールズドラモンが疲れて倒れたコカブテリモンを抱えてきた。
コカブテリモンを受け取ったカズマはポツリと呟いた
「はぁ、皆みたいに強くなりたいなぁ……」
『とはいっても、BLS(ビルス)ランクCの自分達は成熟期への進化は難しい所だぞ』
コカブテリモンはカズマに抱えられながら自分達の無力さを語った。
この人間世界での決まりでバディリンカーズには幾つかのランクを設けられていた。
『Bady Linker`S Rank』、通称BLSランクと呼ばれるそれは進化したデジモンの形態にその強さを示していた。
まず大概のリンカーが持っているのは成長期デジモンがランクC、次に成長期のデジモンが進化した成熟期デジモンを有しているランクB、そして数ある成長期デジモンが強く進化した完全体のデジモンを相棒にしているランクA。
――それ以上の形態のデジモンのランクもあるのだが、カズマ自身はそれを知らない。
未だにランクC止まりで嘆くカズマに対し、シールズドラモンとボンバーナニモンは呟いた。
『ボンバーのおっさんはともかく、オレはこのままのランクBでいいぜ。正統進化すると、なぁ?』
『ああ、そうか。確かタンクドラモンだったか』
『そーそー、銃火器搭載で火力マシマシ固定値高めになるのはいいが、如何せん小回りが利かなくなるから今の戦闘スタイルに合わないんだよなぁ』
進化していいとは限らないと言わんばかりに愚痴を呟くシールズドラモン。
もちろんデジモンの進化は無限大。彼らデジモンに決まったルートはないのはわかってはいるが、それでも進化していいとは限らないのだ。
そんな話を聞いたカズマは余計に落ち込む。
「うごごごご……」
「まあまあ、焦らずに行こうよ。きっとカズマさんもコカブテリモンも強くなれるよ」
落ち込むカズマへケイは元気づける。
急ぐ気持ちはわかるが、彼らの場数が追い付いてないのはカオルとケイは察した。
正義感の強い彼ならもっと強くなれる……そう感じているが、その強くなるために必要なものはカズマ達は足りていない。
だが彼が強くなる道を見つけるのは彼自身がその道を切り開くしかないのだ。
そのため、カオルとケイたちはあえて黙る事にした。それがカズマとコカブテリモン……彼らのために。
そんな時だった、彼らのデジヴァイスリンクスに連絡が入ったのは。
カズマが自分のデジヴァイスを操作して連絡内容を確認すると、そこに書かれていたのは『BLSランク昇格試験』というものだった。
「えっ、これは!?」
『カズマ、昇格試験だ!』
「もし、これに受かれば……きっとオレ達も!」
昇格試験に目を輝かせるカズマとコカブテリモン。
二人のやる気を出して張り切る姿に、四人は半分期待・半分不安を綯い交ぜな複雑な表情を浮かべていた。
彼が行く先々でトラブルが起こるのは確かなのだから。
新人バディリンカー・赤坂 カズマ。
これはこの世界で生きる何気ない日常の一幕である。
Special thanks
・赤坂一真/花凜様