東京・某所。
都内でも有名なとある大型マンションの、とある一室には二人の人物が住んでいた。
寝室も兼ねている自室にてベットの上で寝ているのは、赤毛の少年。
10代半ばほどの年齢を彼は未だ眠りから起きず、叩き落とされた毛布が彼の寝相の悪さを物語っている。
「すぅ、すぅ……むにゃにゃ、もう食べられないぜ」
赤毛の少年は未だ夢の中。
寝息を立てて惰眠を貪っていると、彼の寝室が開いて誰かが入ってくる。
一般的に言えば、10人中10人が振り向いて綺麗と答えるほどの整った顔立ちを持った10代半ばの紺色の髪色の美少女は呆れた表情で口を開いた。
「はぁ、まだ寝てる……ヨウト、起きて」
「ううん……何だよエリヤ。まだ寝かせてくれよ」
「だーめ、いい加減起きてよ。起きない寝坊助には朝御飯抜きだから」
「おいおい、それだけは勘弁しておくれって!」
額をハの字に寄せた少女の言葉によって飛び起きた少年。
彼ら二人の騒がしい朝は今日も始まっていくのであった。
少年の名前は、『乱獅子ヨウト(らんじし・ようと)』。
少女の名前は、『如月エリヤ』。
二人はかの秋葉原最強のバディリンカー達・チームイズモと並ぶ強豪のバディリンカーである彼ら。
その名は、『チームロムルス』。
かのローマ帝国の礎となった国造りの英雄・ロムルスの名を関する彼らが今回の話の主役である。
――数十分後。
「「ご馳走様」」
朝の食事が終わった後、向かい合わせの席で手を合わせるヨウトとエリヤ。
こなれた動きで二人は空となった食器を片付け、水で軽く洗い流しながら水へをつけておく。
既に制服姿に着替えた二人は家を後にしようとした。
「んじゃあ、行くか」
「うん、行こう」
「「いってきます」」
二人の声が重なるように、バタンと家の扉は閉められ、二人は小走りに出入口へと向かっていく。
マンションから出て、すぐに通学路へと入り、自分達の学校へ向かう。
途中ではデジモンを連れた同級生達の姿がチラホラと視界に入っていくる。
中にはダチョウのような体形をしたデジモン・ペックモンやシーサーの姿を形どったデジモン・シーサーモンにトナカイの姿をしたデジモン・ムースモンなどの成熟期デジモンを用いた通学をしている生徒もいた。
最早現在の子供達によっては見慣れた光景と化している非日常を横目に、ヨウトとエリヤは特に驚きもせず歩いていく。
やがて辿り着いたのは、二人が通うとある高校。
校名は『城南大学附属高校』、知る人ぞ知るあの【城南大学】に属する学校は多くの生徒が通っている。
なんでも世界に轟かす有名人を輩出しているらしいが……そんなことはヨウトもエリヤも興味がない。
普段通りに校門を通過した後、そこで一人の少女が声をかけてきた。
「お二人とも、おはようございます」
「おぉ、奏さんじゃん。朝早いね」
「ミユキさん、おはようございます」
そこにやってきたのは、一人の少女。
淡い水色の髪色が特徴的な彼女……『奏 ミユキ』はヨウト達へ挨拶をした後、質問してくる。
「前から思っていたんですがヨウト君とエリヤさんって同じ時間にやってきますよね」
「んー? そうか?」
「まあ家はお隣同士だしねぇ」
ミユキに対してヨウトは疑問符を浮かべるような表情を浮かべ、エリヤは真実を交えて受け答えした。
……実際の所、ヨウトとエリヤは【とある理由】でいわゆる男女のカップルのような同棲当然の生活を同じ部屋でしている。
この現在社会、年端も行かぬ青春期の異性を同じ住まいに住まわせる事は健全なことなのかと問いだされかねないので、とりあえず黙っとくことにした二人。
ミユキは二人の隠している事など気付く様子もなく、次の話題に移りかけていたその時、一つの声がデジヴァイスリンクスから聞こえてきた。
『おーっと、ちょっと待ってくださいませミユキ様』
「ちょっ、ライラモン!?」
『そこの隠しているお狐様たち。お天道様が見抜けなくても、この私ライラモンがキッチリピッタリお見通しという事を教えて差し上げますわ!』
独特の言い回しをしながらミユキの隣に一体のデジモンが出現する。
ライラックの花のような意匠が入った植物と女性を合わせたような見た目をした人型デジモン・ライラモンは二人を見やった。
『むむむっ』
「おぉ、確かお前はミユキのバディデジモンか」
「私達の顔に何かついてますか?」
『いいえ、綺麗で端正な顔以外、何も貼り付いてませんわね』
訝しむ様子のライラモンにヨウトとエリヤはジト目で見返す。
まるで呆れているような表情を浮かべている二人に対して、そんな目など気にせずライラモンは言葉を紡いでいく。
『噂に聞くと、あなた方デジモンのチームとして有名じゃあありませんか』
「えっと確かチームロムルスだったよね。今世界中にいる強豪チームの中でもトップクラスで強いっていう」
『ええミユキ様。正解でございます。彼らの強さは天井知らず。ことある事に話題となる腕前とその強さは誰も彼も魅了します』
「「そりゃどうも」」
『片や冷たき月やら月光のエリヤ様、片やレッドサンやら日輪のヨウト殿とか色々呼ばれる異名持ち。そんな孤高のお二人ですがお二人のご関係ってどんな感じなんですかぁ?』
「ヨウトさんとエリヤさん、そんな風に言われてるんだ……」
『ズッバーリ! アナタ方は誰にも言えぬ恋仲なのではあっりませんかー!?』
まくし立てるように話しかけるライラモン。
そんな彼女の言葉に対して、興味なさそうに欠伸をするヨウトと一片たりとも変わらないまま笑顔を向けるエリヤ。
二人と一体の間に奇妙な空気が漂い、リンカーであるミユキはあわあわと戸惑っていた。
そんな時だった。三人の元へ声が聞こえてきたのは。
「コラー! そこの三人、遅刻しますよー!」
「わわっ、メイちゃん先生!?」
ミユキが振り向くと、そこには眼鏡をかけた長い黒髪の女性。
『メイちゃん先生』と呼ばれた彼女はわざわざ出入口から出てきて、白衣をはためかせながらやってくる。
その傍らには毛の長い猫のような見た目のデジモンが付き添う姿もあった。
「まったく、長話してるとホームルームに間に合わないですよ!」
「えっ、やばっ、もうこんな時間!?」
「それにライラモンさんもあんまり人をからかわないでください!」
『すみませーんメイちゃん先生、気を付けまーす』
メイちゃん先生に告げられて、ミユキは慌てふためき、ライラモンは不服そうに従って登校口へと向かっていく。
そうしてほとんどの生徒が校内へと入っていく中、同じく自分の教室へと向かおうとするヨウトとエリヤをメイちゃん先生が呼び止めた。
「ああそうだ、ヨウトさんとエリヤさん。お昼の休憩時間にお客さんが来ますから予定空けておいてくださいね」
「えっ、お客さん? 一体誰なんですか?」
「ディーハンターのジェイさんですよ。また捜査依頼なのかしら」
ヨウトの質問にお客さんの名前を答えたメイちゃん先生は、隣に付き添っていた猫型デジモンを抱きかかえると、彼らが呼ばれた思い当たる節を口にした。
『ジェイ』というお客さんの名前を聞いて、エリヤは先程とは異なり神妙な面持ちを浮かべる。
「ジェイさん、か。また何か事件起きてるんだろうか」
「さてな。でもどっちにしろ、腕を買われている事には違いないんだろ?」
何かデジモンによる事件が起きているのではないか……少し考えこむエリヤに対し、ヨウトは特に悩む様子もなく再び歩き始めた。
前へと向かうヨウトにエリヤは慌てて追いかけていく。
そんな二人の様子を見て、メイちゃん先生はボソリと呟いた。
「お似合いねぇ、あの二人」
『青春だねぇ、メイ』
「そうだねー、メイちゃん。あっ、私達も教室へ行かないと」
お互いに『メイちゃん』と呼び合う先生と猫型デジモンことメイクーモン。
二人が校舎へと入った後、始業を知らせるチャイムが鳴り響いたのであった。
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時間は過ぎ去り、お昼休みのチャイムが鳴り響く。
ヨウトとエリヤの二人が校内にある会議室にやってくると、そこには一人の青年がいた。
二人にとっては見知った人物であるその青年・ジェイはヨウト達が部屋に入ってくる姿が見えると、笑って出迎えてくれた。
「よぉ、ヨウトにエリヤ。久しぶり、でもないか」
「どうもジェイさん。変わらずお元気そうで何より」
「リヴさん達の他のハンターの皆は元気でしょうか?」
「ああ、元気に活動してるよ」
ジェイとのたわいもない会話を繰り広げるヨウト達。
お互いに席に座った後、ジェイは真剣な面持ちで話し始める。
「ヨウト、エリヤ。さっそく要件を伝えよう。俺達ハンターと協力してイーファングの暴走を止めてくれ」
「イーファングって、あのイーファングか?」
「前に秋葉原で暴れまわる事件を起こした奴らですよね」
ヨウト達が思い浮かべるのは、つい最近秋葉原にて起きたデジモン珍走事件。
主犯はE-FANGイーファング、ティラノモンをはじめとした恐竜のデジモンで構成されたチーム。
彼らは秋葉原にて活動するチームを潰して支配地域を伸ばそうとしていたが、駆け付けたディーハンターと"黒い剣士のバディデジモンを連れたリンカー"によって阻止されたという事を聞いている。
後者のバディリンカーについては噂は眉唾物だが、心当たりがないわけでもないが……。
それより気になる事をエリヤが訊ねた。
「でもあいつらってジェイさん達ハンターの手によって取り締まったんじゃないんですか?」
「そうでもない……イーファングは構成員だけなら他のチームより圧倒的に多い。あの時掴まえたのは、チーム構成員全体から見てもたった一握りなんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「なんというか、一昔前にあったヤンキー漫画にありそうな話ですね。それって」
ジェイから告げられた事情を聴いて聞き返すエリヤと、その隣で規模の大きさに遠い目をするヨウト。
今までも何度かデジモン犯罪に加担するバディリンカー達相手に戦った事もあるが、今回の依頼は骨が折れそうだと予感がしたからだ。
相手の人数はこちらより圧倒的に多くて危険そうにも思える……そう感じとったヨウトとエリヤだが、そこへ二人のデジヴァイスリンクスから声が響き渡った。
『ヨウト! やろうぜ、困ってるヤツを見過ごしていいわけないだろ?』
『エリヤ、アナタがその気なら私達戦うわよ』
一つは元気そうな声、一つは大人びた声。
名前を呼ばれた二人がデジヴァイスリンクスを取り出すと、そこから二体のデジモンが飛び出してきた。
ヨウトのオレンジ色のデジヴァイスからはオレンジ色の小さな体躯に獅子のような鬣を持ったデジモン・『コロナモン』。
エリヤの紫色のデジヴァイスからは白い小さな体躯に長い耳を持った兎のようなデジモン・『ルナモン』。
二人のバディデジモンである彼らはジェイの方へ向かうと大声で話す。
『ジェイさんよ、アナタがオレ達の腕を見込んで声をかけたのは見え透いているぜ』
『百戦錬磨の私達に依頼をしてくるなんてお目が高いわね』
「まあね。君達にはこっちのバディが推薦もあったからね」
コロナモンとルナモンに対し、ジェイは自身の真紅色のデジヴァイスを見せた。
そこには彼のバディデジモンの一体であるミネルヴァモンの姿が映し出されていた。
ミネルヴァモンはデジヴァイスの中から話しかけてきた。
『よぉ、お二方。元気そうじゃんか』
『『ミネルヴァモン!』』
「同郷の伝手ってやつさ。どうせ誰かに手伝わせるならチームロムルスがいいって言われてさ」
ジェイは苦笑を浮かべて、観念したかのように両手を上げる仕草を披露した。
その時口に告げた『チームロムルス』という単語を聞いて、ヨウトとエリヤの瞳の色が変わった。
「俺達をチームロムルスとして頼るってなら、やりますよ。その依頼」
「元々受けるつもりだったんですけどねぇ。理由が理由だから、より一層気合入れていかないと」
ヨウトとエリヤはそう答えて依頼を受諾した。
二人の瞳の奥には燃え滾る炎のような輝きを宿していた。
ジェイはやる気溢れる二人の姿を見て、ジェイは安堵したような表情を浮かべる。
「そう言ってくれるとありがたい限りだよ」
『チームロムルス、作りだすは英雄伝説《ヒーローサーガ》、ってか』
ヨウトとエリヤ、二人のチームの通り名を思い出すように、ミネルヴァモンはデジヴァイスの中で呟いた。
――彼らの名は『チームロムルス』。
――かの欧州に名を轟かしたローマ帝国、その礎となった国作りの英雄の名を冠するバディーリンカー達である。