ピンポーン
聞き慣れている筈のその音が、人生最大の決断をした自分にとっての祝福と激励の鐘の音に聞こえた。
この春に小学3年生となり、背の低い順で遂に前から二番目になるという彼にとっては大きな進歩を遂げた少年・河合翔大(かわい しょうた)は、自宅から隣の一軒家の前に立っていた。
「翔く~ん! 約束守ってくれたんだねぇ~!」
扉を勢いよく開けて出てきたのは、ポニーテールの活発そうな中学生の女の子・桐井愛音(きりい あいね)。
「は、はい! ま、まぁその…えっと…」
愛音は、翔大の初恋だ。
物心付いた時から、彼は愛音を実の姉の様に慕い、彼女もそれに笑顔で応えてくれた。
そんな彼女の屈託のない笑顔は、翔大に恋心というものを目覚めさせるには十分なものだった。
そんな初恋の相手にいきなり呼び出され、しかも二人っきりだという。
こんなの緊張しない訳がない。
「はいはい、話は部屋に入ってから!」
「えっ!? あ、えっとじゃあ…お邪魔します…」
少し強引に家に招き入れようとする愛音に、少々戸惑いながら初恋の相手の家に入る翔大。
そのまま彼は、愛音の部屋に入り、夢にまで見た個室で二人っきりの状態になる。
「ごめんねぇ~、いきなり呼んじゃって」
「い、いえ!ぜ、全然大丈夫れ…大丈夫です!」
緊張で少し噛みながら姿勢を正す翔大。彼の目の前には、予め愛音が用意していたのであろうお菓子とジュースが置いてある。
「いいよ食べても」
「あ、えっと…頂きます!」
翔大は緊張から喉が渇いていたのか、置いてあるジュースを一気飲みする。
「飲むねぇ~。そんなに飲んでくれてると私も嬉しいよ~。ほら、お菓子もあるよ」
「えっ…あ、は、はい。い、いただきます…」
愛音の言葉に逆らう訳にもいかず、翔大は言われるままにお菓子を食べる。
「うんうん、よく食べる。やっぱり翔くん見てると、改めて気持ちが固まったよ!」
「え…固まった?」
愛音のよく分からない発言に、翔大の手が固まってしまった。
「…あれ?」
そう、文字通りに。
「いきなり一人で来てって言った理由、話してなかったでしょ? 実はね私、パートナーが欲しいんだよね」
「え、いや、あの、これ…何が…ッ!」
青色に染まっていく翔大の体。
だが、愛音は気にせず話を続ける。
「何でも気軽に話せちゃうような…それでいて弟のような…そういうパートナーが欲しいんだよねぇ~」
「あ、あの!愛ねえ!これ、これ変だよ!?」
翔大の服は粒子状になって散り、その姿が露わになった。
全体の体色は青く、口元と腹部の白がよりその青色を引き立てる。
目元や額には黄色いアクセントが付いており、本人には見えないだろうが、特に額の模様がV字に見えて特徴的だ。
翔大は体が変わったことに驚愕しながらも、突然服が消えたことにより思わず自分の股間部を隠す。
「あはは、大丈夫だよ翔くん。君が思ってる様なものはその体には無いから。あ、翔くんじゃなくて、もう『ブイモン』か」
「ど、どういうこと愛ねえ…。ぼ、僕…か、から、体が…」
「もう!パートナーなんだから『愛ねえ』じゃなくて『愛音』って呼んでよ。ね? ブイモン」
「だから何言ってんだよ愛音!あれ?僕いま愛音のこと…じゃなくてその…愛、愛ねえのこと…」
何故か『愛ねえ』と呼ぶのに抵抗を感じる。まるで、今まで慣れ親しんできた呼び方を突然変えてしまった様な違和感だ。
「ボク…前から愛音のこと愛音って呼んでた?い、いやそんな筈…でも…何だこれ…」
翔大だったブイモンは怖くなり、愛音から距離を取り始める。
すぐ後ろにはドアがあり、今からでも逃げ出せる位置にブイモンは立った。
だが、そこでも不思議な事が起きた。
「どうしたのブイモン?私から逃げようと思ってる?そんな事しないよね?だって私達パートナーだし」
愛音の言葉に、ブイモンは震えた。
いや、震えようとした。
自分を別の何かに変えてしまったこの人間に対し、恐怖を感じて逃げ出したいと頭の中では叫んでいる。
しかし、心の何処かで愛音を『大切な存在』と感じてしまっている。
そんな大切なものを置いて何処かへ行くなどあり得ない。ブイモンの中に、そんな考えが広がっていく。
「お、お願い…戻して愛音…。ママとパパが心配しちゃう…」
「そんな事言わないでよブイモン。ブイモンにとって一番大事なのは誰?」
「そんなの!もちろん愛音に決まってるでしょ!」
愛音の言葉に、ブイモンは食い掛るようにそう答えた。
しかし答えた直後に違和感を感じ、思わず「あれ?」と声を漏らす。
「今ボク何を…?一番大事なものって言われて…それでボクは愛音って答えて…それで…終わり?いや、そんな訳…どこかに変なところがあった筈…」
ブイモンはこの違和感を探ろうと部屋を見渡す。
そして、自分のすぐ後ろに部屋から出るドアがあることに気付いた。
自分は部屋から出ようとしたのだろうか?一体何故?自分は初めて出会った時から愛音のパートナーで、ずっと愛音と側にいたのに何故今更?
それに、初めて出会ったっていうのはいつ?
頭の中で考えを反芻するブイモンと何処か不安気にも見つめるものの、それを顔に出さない様に笑顔を作る愛音。
そんな笑顔の愛音を見て、ブイモンはある出来事がフラッシュバックした。
毎日出会う度に見せてくれる眩しい笑顔。
その笑顔に惹かれて、彼は愛音に恋をしたのだ。
そう、『河合翔大』は…
「………あ、そうだ。ボク、人間だ」
ブイモンは自分の過去を思い出した。
そして、不安そうな顔をする愛音の方に振り向く。
「愛音、ボクを『しょーた』って人間からデジモンにしたんだね?」
「あぁ…惜しかったのに思い出しちゃったかぁ~…。じゃあ今度は…」
「大丈夫だよ愛音」
悔しそうに何か別の手を打とうとする愛音に、ブイモンは近づいた。
その顔の距離は僅か数センチ。
「ボクから『しょーた』を完全に消したいんでしょ?でも、もう無理だと思うし、そんな事やっても無駄だよ?だってボク、愛音のパートナーなのは変わらないもん」
「あぁ…ブイモぉン…なんて嬉しいことを…!」
念願のパートナーを手に入れて、愛音は思わずブイモンに抱き着いた。
ブイモンは少し恥ずかしかったが、パートナーなんだからいいかと考え、それを甘んじて受け入れた。
(前のボクだったら、恥ずかしくて狼狽えるなぁ…)
呑気にそんな事を思っていると、ブイモンはあることを思い出した。
「ねぇ愛音。前のボクの…『しょーた』の両親とか友達はどうするの?行方不明になったら探しに来るよ?」
「あっ…やば。そこ全然考えてなかった」
「もう…愛音ったらぁ…」
ブイモンは考えなしに行動する愛音に呆れながらも、怒ったり焦りはしなかった。
確かに「河合翔大」という人間が行方不明となってしまえば間違いなく捜査が始まる。
そして捜査が進むに従って、疑いの目が愛音に向くことは避けられようが無いだろう。
だが、今の愛音には「パートナー」がいる。
「もし愛音に酷いことをする奴がいたら、ボクが倒してあげるから安心してね」
「もしそれが、翔くんのママやパパでも?」
愛音の質問に、ブイモンは首を傾げる。
「もちろん倒すけど…なんで???」
どうも、今回は企画へのご参加ありがとうございますうるでz……失礼、てるジノ坊主さん。企画発案者のユキサーンです。
おねショタだと思ったか? 洗脳物だよ!! というかこの流れ支部で見た事があるぞ!? またこの人ショタに人外を上書き保存してる……。
不思議なお菓子食べちゃって~。不思議なくs ジュース飲んじゃって~。ブイモンに~なっちゃった~ じゃねぇよ怖えよ何者だよこの愛音って娘。
構成がシンプルにTF物の王道を突いてるというか、デジモン化作品を書くの難しいと言ってる方に「こうするのだ!!」と見せたら色々理解されちゃいそうというか、やはりデジモン化業界の食通(?)……理解している。
とりあえずデジモン化→衣服が粒子になってキャストオフ→股間を隠すけど何もねぇの流れは種族に依存する流れとはいえ全ての(男性の)デジモン化作品に取り入れてもいいと思う程度には芸術的なアレなので、良きでした。ところで翔大くんだったブイモンの進化ルートのご予定は何処へ?
それでは、簡易的にはなりましたが今回の感想はここまでに。
重ね重ね、今回は企画に参加いただいて本当にありがとうございました。
これはいいおねショタ……では全然なかった、夏P(ナッピー)と申します。
ポニーテールの文字に惹かれて来たらこんなことに。てっきり翔君はそもそもデジモンで、初恋の感情自体が元々パートナーになる者としてプログラムされていたのかと思えばそんなことではなかった!何だそのお菓子とジュースは!? 何が起こったというのだ!? 実は世界観的にこんな感じの誘拐からのデジモン化のコンボが数多起きていたりするのか!?
愛音姉の“念願のパートナーを手に入れて”という一文が怖い。どれぐらい怖いかって言うと、自分の前の記憶を残しながら普通にパパママでも倒すとか言ってる精神までデジモン化したブイモンより怖い。でも(元)初恋の相手に抱き着かれて割と平然といられるようになった辺り、翔君的には実は幸せだったりするんだろうか……。
それではこの辺で感想とさせて頂きます。