「副会長、実は私、……を持って……食べるかい?」
「……甘い……ところが苦手で」
生徒会室の薄い扉越しに、思い人の中村の声を聞いて、横田勇気(ヨコタ ファイト)は思わず手に持ったお弁当とパウンドケーキを落としそうになった。
中村の誕生日から、勇気は生徒会で集まる機会があれば毎回のようにお菓子を作っていき女子力アピールをしていたのだが、今それが全てひっくり返った。
普通に食べていたから甘いものが苦手なんて勇気は考えもしなかった。しかし、勇気が中村を好きになったのはその優しさ故で、その優しさや面倒見の良さを思えば後輩が持ってきたからと無理して食べていたということは十分考えられた。
勇気は目頭が熱くなるのを感じた。素知らぬフリして一緒に昼食をというのは勇気にはもうできなかった。
踵を返すと、勇気は廊下を早足で戻っていく。
その音に、ふらっと生徒会長の黒木は廊下に顔を出した。
「横田くん……だな。何か用事があったのか? 副会長、聞いてるかい?」
黒木は丸い鏡のストラップがついたスマホを手に取ると、連絡が来てないか確認した。
「特に聞いてませんけれど」
「ふむ……まぁ別に役員みんなが昼を生徒会室で取るわけでもないしな。ところで……やっぱりゼリービーンズはいらないか?」
「はい……甘いものは好きですけれど、ゼリービーンズはにちゃっとした食感が苦手で……」
中村はそう少し申しわけなさそうに答えた。
「ふーむ、横田くんが最近よくお菓子を持ってきてくれるからお返しの意を込めて持ってきたのに、これじゃ私一人しか食べる人がいないな……」
他の子達お昼生徒会室来ないしな、と独り言を呟きながら黒木は鮮やかな黄緑色のゼリービーンズを一つ口に放り込んだ。
「いぇーい生徒会長見てるー? お宅の庶務ちゃんとこれから二人でジャスコに買い物に行きまーす」
放課後、勇気は家庭科部部長を名乗る黒髪ツインテに瓶底眼鏡の女子に急に肩を組まれ生徒会長にテレビ通話をかけさせられていた。
『横田が何の罪を犯した。そんな拷問を受ける謂れはないはずだ』
画面に映った黒木は額に青筋を立てながら落ち着いた口調ながら怒りをおさえられない調子でそう口にした。
「ふぅー! 愛してるぜハニー!」
『要求はなんだ、なんでもする。横田は私の大切な後はーー』
ブツッ
生徒会長の物騒なセリフを遮って家庭科部部長は通話を切った。
「……よっしゃ、じゃあ許可を取ったところで買い物行こう!」
なんでこうなったのだろうと勇気は思い出す。
まず、あの昼休み、意気消沈した勇気は真っ赤な頭の幼馴染の前田米(ヨネ)を訪ねて家庭科室に向かった。
すると、米はいつもそうしているようにそこで鍋からラーメンをすすっていた。ガジラと勇気には紹介したガジモンという中型犬くらいの獣もそばにいた。
勇気は持ってたパウンドケーキをやけ食いしながら米に経緯を話していた。
そして、話は聞かせてもらったと側転しながら家庭科部部長が家庭科室に入ってくると、バランスを崩してどしーんと勢いよく倒れた。
その音を聞き、家庭科教師にして家庭科部顧問の小牧がやってきた。
小牧は状況を把握すると、インスタントラーメンの袋を確保し、米とラーメンを生徒指導室に連れていった。ガジモンは小牧が入ってくる前にしれっと隠れて無事だった。
急展開に追いつかず困惑する勇気に、家庭科部部長は安心しろと肩を叩いた。
「前田の代わりに私が君の恋愛をサポートしよう! 放課後家庭科室に来てくれたまえ、恋愛の『答え』ってやつをみせてあげよう!」
というわけで、無視するのも悪いし、中村とのことに関しては本当に藁にもすがる気持ちだった勇気は放課後に一応家庭科室に来てしまった。
その結果がこのザマである。
「あ、あの……なんで買い物に?」
恋愛相談は、と困惑する勇気に対して家庭科部部長はもちろんわかってるさとサムズアップした。
「買い物の目的はだね、ラヴレター用の便箋を買いに行くことなのさ!」
ここでバーンという効果音と続け、家庭科部部長は肩を組んだまま歩き出した。
「え? えっ!? ラヴレターってなんで……?」
「そりゃあ、告白のためよ。捨て告白……って言うとアレだけどもさ、付き合う為にはまず恋愛対象って意識させねぇとなぁ〜、一回でうまくいったら丸儲けだぜぇ〜!!」
ガハハハと笑い声を上げる家庭科部部長の奇妙さについて考える余裕は今の勇気にはない。
告白は一大事である。生徒会というつながりはあれ、今までのような純粋な先輩後輩の関係は絶対に壊れてしまう。
告白の後そっけない関係になってしまったらと思うと、名前の様な勇気はとても出ない。
「でも、君アレでしょう。面と向かってはかなりドキドキするでしょう、だから文章にする訳ですよ。同時に向こうの手元に物が残るからなかったことにもしにくいしさ」
メリットとして語られるそれは勇気の恐れを加速させる。
「……あの、告白以外ってないんですか?」
「ないね!」
「えぇ……」
「だって君さ、その彼と学年も違うわけで生徒会しか接点ないんでしょ? 部活に比べたらそこまで頻繁な活動もないし、甘いものが苦手かもしれないって情報も掴めないぐらいなわけですよ」
そう言われてしまうと勇気は全く否定できなかった。
「相手のこと知るには接点増やすのが一番早い。そして、接点増やすには関係性を増やすのが一番早い。でも、幼馴染とか同じクラスとかに生まれ変われやしないべ?」
ずんずん家庭科部部長は勇気の手を引き歩きながら喋る。
「告白することで、向こうから見た君に『自分を好きな女子』という属性がつく。これはかなり強い関係性、他の人には見せない顔を見せてくれると期待できる!」
確かにちょっと赤面する中村とか見てみたいかもしれないと勇気が顔を上げると、不意にスカイフィッシュが目の前を通り過ぎていった。
「……あ、あの、ちょっと急ぎましょう。雨降るかも」
「え? そう? 今日の降水確率2%ぞ?」
スカイフィッシュを見かけたら雨が降る、勇気は経験則でそれを知っていたがそう口には出せなかった。
勇気は他人が見えないものを見て生きてきた。夏になれば実家近くではくねくねを毎日のように見るし、スカイフィッシュは野良猫並に遭遇する。
でも、言えば周りがどう見るか知っているから、勇気は言わない。
「……あ、雨の匂いがしたんです」
「あー、あるよねそういうの。正直私にゃまだその匂いはわからんのだが……」
買い物行く気になったならよし! と家庭科部部長は笑った。
ちょっと急ぐかぁと家庭科部部長は少し早足になり、勇気もそれに追いつくべく足を早める。
でも、ほんの少しだけ足がすくんだ。中村との関係が深まるのもまた勇気は少し怖い。
勇気の感じている世界は他人から見れば妄想でしかなく、なにより勇気だけが感じるそれらは全てが無害でもない。
関係が深まって、自分のことをもっと知ってほしい理解して欲しいと思った時、それは避けては通れない。
やっぱり告白するべきではないのでは、勇気は一瞬そう思った。
ペラペラぺちゃくちゃがはははと一人で愉快に騒ぐ家庭科部部長に適当な返事を返しながら、勇気の頭の中は告白のことでいっぱいになる。
だからか、ショッピングモールの一階を歩いていた勇気は、ふと奇妙なものを見つけた。
身長数メートルはある、大きな赤黒いハットと暗緑色のワンピースを着た女性のような何か。よくよく見れば黒い手袋に覆われた指は関節などないかのように唸り、足も靴の辺りで一つになっているようだった。
その女性に、その圧に、勇気は思わず即座に目を逸らしてしまった。
勇気に気づいて、その女の様なものがぐにゃりぐにゃりと咲いていく。
ハットは花に、手は歯に、足元も花を逆さにしたかの様に変貌して、目も鼻もない緑暗色の顔面がぱっくりと裂けて鋭い歯列が覗く。
そして甘い臭いがその化け物から周囲に広がった。
甘い匂い、でもそれは心地よいそれではなく、果実を潰して腐敗させたような甘さが、勇気の鼻から入ってざわりと脳を舐めていった。
「……あ、あの、ちょっと屋上行きませんか?」
勇気はなるべく息をしない様にそう言ってその化け物に背を向けた。
「ここの屋上駐車じゃよ?」
「いいんです……それで」
家庭科部部長の言葉も無碍にし、人の多いエレベーターやエスカレーターを避けて、階段へと早足で歩き出した。
幸いにもそれはそう足が早くない、ただ、それが悪い方向にこの場では作用した。
「なにか、変な臭いしない?」
誰かがそんなことを呟いた。
自分以外にもそれの影響を認識している事実に、思わず勇気の足が止まる。
すると、その背を家庭科部部長がどんと押した。
「……止まっちゃダメよ? 大丈夫、それを本当に捉えているのは君だけ」
勇気の見てる前で、鼻を押さえた女性にむけて化け物が舌をまっすぐ伸ばしたものの、それは女性の身体をすり抜けた。
「ここで止まって観測し続けると、それが存在するという認識が周囲に波及しちゃう」
家庭科部部長は勇気を小脇に抱えると、そのまま階段に向けて走り出した。
「えと……なんで、部長さんはそんなことを……」
家庭科部部長はストラップのついた小さな丸い鏡を取り出して背後から追ってくるその怪物を確認した。
「私達ヒトはそれを普通には認識できないけど、鏡という『正しい姿と異なる姿を見せる物』を通じれば輪郭ぐらいは見えるし……」
そう言いながら軽やかに屋上駐車場まで辿り着くと、家庭科部部長は鏡を後ろから追ってくる化け物に向けた。
すると、鏡からぬるりと白魚の様な美しい指が出た。
勇気が見ている前で、手が出て腕が出て、肩、頭とあっという間に小さな鏡を通り抜けて勇気と同じ制服の女子生徒が現れた。
「横田くん、怪我はないかい?」
生徒会長の黒木山吹は、そう言うと、懐から小さな小箱を取り出して開けた。
一瞬、勇気には箱の中から明らかに箱より大きな緑色の塊が見えた気がしたが、山吹が右手を下から持ち上げる様に前に掲げるとそれは弾けて光となって卵状に山吹を包む。
「イミテイト・スピリットエボリューション」
山吹の言葉に漠然と包んでいた光が山吹の身体にピッタリとまとわりついてその姿を変質させていく。
緑色のどこか道化を思わせる鎧を着たその人型の何かは、人型ではあるけれど明らかに人ではなかった。顔のあるべき場所には口紅の塗られた鏡だけがあり、胴と両腕の鏡も不気味だった。
「うーん、いつ見てもダサいよね」
「……ルードリー・タルパナ」
家庭科部部長の言葉を無視して山吹はそう呟き、山吹は鏡の中から金と赤のどう使うのかもわからない武器らしきものを取り出した。
その先端を化け物へと向けると、ちらりと山吹は勇気を見た。
「横田君、見ない方がいい。気分のいいものではないからね」
勇気はそう言われて、なんとなく何が起きるかをわかっても化け物をみた。
「タス……ケ、テ……」
化け物は、笑みを浮かべながらそう言葉を口にした。
「タスケ、テ……シ、ニタク……ナイ……」
そう言いながら、降伏する様に頭を垂れて両の手をその化け物は広げた。
それを見て、その声を聞いて、山吹はその武器の引き金を引いた。息つく暇なく絶え間なく化け物に向けて撃ち出された焔の弾丸はその化け物をあっという間に蜂の巣にし、残った身体をもあっという間に業火で焼いた。
「いやぁ! 生徒会長様は本当にかっこいいですなぁ!」
「やめろ、うざい、白蓮うざい」
人の姿に戻った山吹を、家庭科部部長はうりうりと肘でつついてからかい、山吹は白蓮と名前で呼んで雑に扱う。
「会長と部長さんって……」
「「双子」」
私、黒木白蓮と家庭科部部長は自分の胸を親指で指した。
「……さて、では横田君。買い物なら私と行こう。壺とか買わされてないね?」
「えぇ、まぁ……来たばっかなので」
「おいおいおいいくらなんでも横暴じゃない? 恋愛相談に乗るのが罪かい? 彼女の恋心は儚い、丁寧なフォロー山吹にできるのかい!?」
突然そう身体を揺らしながら韻(ライム)を白蓮は刻み出す。
「……突然ラップするなはしたない、しかもヤクザな言いがかり。フォローできるか? やり遂げるさこの私、部外者は手を出すな、私は横田の先輩。生徒会長黒木山吹」
お前はお呼びじゃないと断言して、山吹は自分の首を親指で掻き切るジェスチャーをした。
「で、まぁ真面目な話なんだけど、この事態の説明抜きに解散! お買い物! は流石にどうなのって……」
白蓮の言葉に山吹は聞きたいと聞く様に勇気を見た。
「私は別に説明とかなくても……ああいうのに襲われるのちょこちょこありますし」
「……ちょこちょこあるの? 前田関連?」
「なんでま……えださんの話が?」
「……よっしゃ、ここは私が奢るからフードコート行こうぜ!」
「横田君、奢ったんだからと何か要求されるかもしれないからやめといた方がいい。ほら、ゼリービーンズをあげよう」
「ありがとうございます」
「……横田君も食感が苦手とかあったら無理に食べなくていいからね。副会長はこの食感が苦手らしい」
「え? 中村さんって甘いの苦手なんじゃ……」
「いや? 去年は自分でもお菓子持ってきてたしそんなことはないと思うぞ」
勇気は口にゼリービーンズを放り込むと、甘さが口の中に広がった。
「で、どうしたんですかその後」
鍋からラーメンを啜りながら、米はそう白蓮に聞いた。
「横田女史は一応便箋は買ってたよ。告白したかどうかは神のみぞ知るって感じ……いや、便箋(かみ)のみぞ知るって感じかな……」
「へぇー」
「ところで、横田女史のあの特異な能力なんだが……」
「ゆうちゃんは普通の女子高生ですよ。恋に恋するふっつーの」
米はそう言ってスープを飲み干すと腹をぽんと叩いた。それを見て、ガジモンははしたないわぁと呟いた。
どうも、二作目にも感想書きにきましたユキサーンです。
お彼岸企画の三作目と同じ世界観で描かれた新たなる物語。今回の主役というか観測者は勇気と書いてファイトな子こと横田勇気さん。家庭部部長のアドバイスというか提案というか強行というかによってラブレター用の便箋を買いに向かう事になって、その過程でオウリアモンと遭遇……危うく認知が広がってリアライズ(?)しかけた所を生徒会長の黒木さん(すっげぇ見覚えしか無い苗字)の力もといスピリットエボリューションで進化したメルキューレモンのパゥワーでどうにかしてもらった、と。イミテイト、と冠している辺りワケアリっぽいですが、まぁ黒木だし(思考放棄するな)。
形式がスピリットエボリューション、そして視点のキャラがデジモン化の対象じゃなかった都合上、デジモン化部分の描写が薄くなるのは仕方無く、されどその事が然程気にならない程度には他の要素が濃厚だったので良質に収まっているように見えます。鏡からよりにもよってあの武器を出すのすこすこ。
へりこにあんさんはスピエボがデジモン化要素としてOKなのかと危惧しておられたようですが、普通にデジモン化というかデジモン化の原点みたいなところがありますし問題ありません。自分があまりスピリットを用いないのは単に”種族が縛られてしまう”のと”スピリット周りの設定考えないといけないのが面倒くさい”から”好きな種族、成らせたい種族へのデジモン化が書けない”ため、あと”人からかけ離れた姿の種族にしたい”という欲求からでしかないので。当然スピリットはOKです。お気になさらず。
今回の企画においては二作も投稿していただいて、本当にありがとうございました。
最初はぶっちゃけ「そこまで来ないやろ……」とか思っていた企画も気付けば数多くの方が作品を投稿しておられて、結果的にへりこにあんさんには強く感謝しております。今度はへりこさんがデジモン化企画投下してもいいんですよチラァ。
それでは、今回の感想はここまでに。
重ね重ね、今回はいろいろありがとうございました。
またリポビタンD(いっぱつ)だったわ!? そんなわけで夏P(ナッピー)です。
顧問の小牧先生が米とラーメンを生徒指導室へ連れて行ったでダメだった。炭水化物ばっかじゃねえか。ガジモンの出番そこで終わりかよオオオオオオ。副会長は思い人なのにレアキャラ扱いで殆ど出番無いんですな。甘い物好きかどうかもわからない程度には。
そして八尺様かと思ったらアルケニモンか……? こ、この部長ダジャレを器用に使いこなしおって……できる! というか、先に勇気(ふぁいと)ちゃん連れ出す時の人質電話かけたの双子のじゃれ合いだったとは……ん? 黒木?
企画作品とはいえ面白い情報が。観測されると認識されて存在が固定化するのか……? あとイミテイト・スピリットエボリューションとは一体……?
それではこの辺で感想とさせて頂きます。
あとがき
なんとか元々の締め切りに間に合わせることができました。
とりあえず読み切りとしても成立するようにと書いたつもりではあるんですが……正直怪しい気がしてます。デジモン化要素もスピリットエボリューションだし。ダメだったら消します。
まぁ、とりあえずそんな感じで今回はおしまいです。素敵な企画と読んでいただいたことに感謝を。