その怪しげな出店を見つけたのは、辺りも薄暗い夕方時のことだった。
「そこのお姉さん、不思議な飴玉はどうだい?」
ハスキーボイスで呼びかけてそう手招きしたのは、真っ赤なローブにとんがり帽子の装いをした女性。
外国人だろうか。
金色のショートに淡いブルーの目をした女性の周りには、フラスコやアルコールランプ、様々な色の液体に満たされたビーカーが置かれ、上から何かの草を束ねたものが幾つも吊るされている。
まるで魔女の工房のようだと美玖は思った。
「飴玉、ですか?」
「そうだよ、世界のどこにもない不思議な飴玉さ。なんと、ひと口食べただけで、デジモンの姿になれてしまうんだ」
「デジモンの…?」
気づけば近づいていた。
女は美玖の興味津々な様子を見て満足げに笑う。
「すこーしの間デジモンの姿になれる不思議な飴玉さ。お姉さん、興味がお有りのようだね?この店は気まぐれだから今日を逃せば次にどこで出るかわからない。買うなら今だよ?」
確かに、今まで見たことのない出店ではあった。
飴玉を見れば、ひと粒ひと粒と大きめのそれが、宝石のようにきらきらしている。
デジモンになれる、という効果の真偽はともかく、こんな飴玉を見て素通りできる人間はおるまい。
「……一つ、ください」
「あいよ、一つ五百円。毎度あり。……ああ、そうそう。ひとつだけ言っておこう。デジモンになれると言っても、好きなデジモンの姿になれるわけじゃあない。どんなデジモンになってしまうかはお楽しみだよ……はい」
ーーーー
「ただいま」
「おかえりなさい、せんせい。いま、ごはんつくってるさいちゅうだよ」
帰ってきた探偵所にはラブラモンとグルルモンがいる。
シルフィーモンは留守だ。
「せんせい、きょうはわたしがぜんぶつくるね!」
「え、いいの?」
「うん」
「わかったわ、ありがとう」
オフィスワークでもしようかと椅子について、ふと飴玉を思い出す。
受け取った小さな紙袋を開けると、照明の明かりを受けてきらきら輝くピンク色の飴玉がころりと出てきた。
「ちょっと口寂しいからひと舐めだけ…」
包装を破り、飴玉を口に入れた。
美味しい。
フルーティで優しい甘さ。
ひと舐めのはずが、気づけば舌の上でなくなるまで転がし続けている。
(これ、美味しい…もう一つくらい買っておけば良かったな)
もう口の中は空になってしまい、美玖はため息をついた。
……その時である。
(あれ、なんだか、頭が……)
ぐわんぐわんと。
ズキズキと。
痛みと気持ち悪さがセットでやってきて、思わず立った。
「ちょっと、外の……空気、を…」
ふらついた足で探偵所の外に出るが、そこで膝をついた。
もう立っていられなかった。
ーーーー
「………んんっ………」
何時間気絶していたのか。
まぶたを開くが、妙に視点が低い。
(あ、れ……私、どのくらいの時間まで…)
「プギィアー…」
口から妙な声が出て、思わず口を閉じた。
そういえば、両腕の感覚が全くない。
それを不思議に思ったその時である。
「……オマエ……」
振り向けばグルルモンがガレージから出てきていた。
しきりに鼻をうごめかし、口からヨダレが垂れている。
(グルルモン、怖い顔してるけどどうしたの?)
「ぷぎぃ、ぷぎゃっ、プギィー!」
(だめだ、また変な声が…!)
「オマエ、美味ソウナ匂イダナ!」
そう言ったグルルモンが口を開け、食らいつこうと飛びついた。
(グルルモン!?)
「ぷぎ!?」
慌てて脚を動かせば、思った以上に速く動ける。
グルルモンのあごがさっきまで美玖がいた場所をガチリッと噛んだ。
(グルルモン、一体どうしたの!?)
「ぷきゃ、ぷき、ぷぎ!?)
明らかに飢えた獣といった様子でグルルモンが美玖を見下ろす。
デバイスを使おうにも、腕の感覚がないため止める手段もない。
(に、逃げなきゃ…!!)
そう思った瞬間、その場から脱兎の如く走り出した。
「せんせい?あれ……せんせい?ぐるるもんもどこ?!」
夕食ができたのに近くに美玖がいないことを心配し、玄関へ出たラブラモンが見たものは。
先程まで美玖が着ていたはずの衣服に、デバイスとツールだった。
ーーー
(はぁ、はあ、はぁっ…)
「ぷぎ、ぷ、ぷきゅ…」
ようやく追跡を振り切った美玖が逃げ込んだ先は公園の女子トイレ。
ここに逃げ込めばさすがのグルルモンも嗅覚を頼りに追っては来れない。
(でも、なんでこんなに足が……待って、じゃあ私、本当にデジモンになれたんだ…)
でなければ、人間の足でグルルモンの足に勝てるはずもない。
問題は、どんなデジモンに変身したかだ。
あの、出店の女性の言葉を思い出す。
(確か、何のデジモンになれるかは食べるまでわからないって……)
幸いにもここはトイレだ。
鏡がある。
「ぷ、ぷ、ぷ」
身体こそかなり小さいが、程度こそ弱くも飛ぶことができるのに加えて脚が強いのか、苦もなく鏡のある位置まで登っていく。
そこで、鏡に映る自分を見た。
(この、姿は……)
一言でいえば、ダチョウやキウイのような地面を走る鳥とドラゴンフルーツの合いの子だろうか。
全身がカラフルなピンクに近い赤と緑色で固めな表皮に覆われている。
両腕の感覚がないのも当然のこと、どこを見ても腕と呼べるものがなかったのである。
あるのは、申し訳程度に小さな羽と身体の下にある二本の鳥の脚だけだ。
鏡に顔をグッと寄せ、ぱちくりと目を瞬かせる。
(このデジモン、なんだろう?)
鳥デジモン、だとは思うが見た事がない。
シルフィーモンなら何かわかるだろうかと思うも、気になるのは先程のグルルモンの様子だ。
まるで自分を食べ物としか見ていないような口ぶりだったことに身震いする。
(もし、シルフィーモンも私を見てグルルモンみたいになったら…?)
そうなったら、どうしよう。
一日、効果が持続するそうだが、それまでずっと外にいなければいけないのか。
あれこれと考えを巡らせていた時、小学生とおぼしき一人の少年の姿が鏡越しに映った。
振り向くと、少年は不思議そうに鏡の前の美玖を見つめている。
「……なにこれ」
少年は背中にリュックを背負っていた。
塾通いにしては少し膨れているのが気になる。
「ぷき、ぷぎぎ、ぷきゅ?(きみ、どこの子?)」
「うわ、こいつおもちゃじゃないのか!…もしかして……デジモン?」
少年は周りを見回した後、美玖の目前までやってきてその身体を抱え上げた。
「ぶきゅっ?」
「一人だとさみしいんだ。おまえ、ヘンチクリンな奴だけど、ちょっとだけで良いから一緒にいてよ」
ーーー
少年は名前を昇(のぼる)といった。
今年で小学四年生。
昇がもう20時を過ぎた時刻というのに外にいるのには理由があり。
「俺、母さんに会いに来たんだ。もうあいつと一緒に暮らすのはいやだ」
聞けば、両親は離婚して別離。
父親に引き取られたもののアルコール中毒の父親から度々暴力を受けていた。
耐えられたのも引き取られて始めのうちだけ。
暴力は次第にエスカレートし、耐えかねた昇は母親の住む家を訪ねるため一人抜け出してきたのだ。
見れば確かに、昇の身体にはアザが幾つも残っている。
「母さん、この辺りに住んでるから後少しなんだけど…暗くなっちゃったよなあ」
「ぷきゅ、ぷき、ぷきゅ…(お母さん、見つかるといいわね)」
心配げに話しかける声も、ヒトの言葉のそれではない。
それでも昇にはちゃんと意図は届いているようで、力強く美玖の頭の部分を撫でた。
「なんか、心配されてるみたいだな。見た目ヘンチクリンだけどおまえのこと気に入った!」
うちにデジモンいたらなー、と独りごちる昇。
デジモンはペットじゃないからうちで飼うとかできないんだよなあ、と。
バスケットボールほどの大きさになっている美玖は、昇からすれば抱えるのにちょうど良いらしく。
リュックから出した毛布にくるまるように、その一晩は公園のベンチで昇に抱かれながら眠った。
………
「美玖!美玖!!」
「せんせーい!」
探偵所近辺をシルフィーモンとラブラモンは走り回った。
グルルモンが戻ってきたところを問いただしても、美味しそうな果実の匂いに惹かれて気づけばかなりの距離を走ってしまったと言う。
美玖の姿を見た人間もいないため、ラブラモンは泣きそうになった。
「せんせい、どこいったの…?」
玄関前に落ちていた服とツール、デバイス。
美玖が露出狂だとしても、服を脱いで走り回ったのなら目撃者はいたはずだ。
もっともそんな事、十中八九有りもしない。
「美玖を見たものがないとなると…可能性としては…」
何かデジモンに襲われて姿を変えられ連れ去られたか。
だがガレージから出る前までの記憶を覚えていたグルルモンからの証言では、周囲にデジモンの気配や匂いは全くなかったという。
ただ。
「美玖ノ声ガスグソバデ聞コエテ、倒レタ音ガシタノハ確カダ」
「で、出てきたところで理性を忘れるくらい美味しそうな匂いがしたと?」
「…………アア」
そうして探偵所前で三体が考え込んでいると、一台のパトカーがやってきた。
中から阿部警部が顔を出す。
「お、いたいた。ここに戻ってきてたか」
「阿部警部?」
「よう、ちょっと、グルルモンに用があってな」
「俺ニ?」
パトカーを降りた阿部警部は神妙な顔でグルルモンを見やった。
「お前さん、気をつけろよグルルモン。今日この辺りの住民からうちに電話があってな。『大きな獣型デジモンが小さいデジモンを追い回して走っていた』って。どんな奴かと聞いたらお前さんのことらしくてな、通報した人はたいそう怖がってたぞ」
「……スマナイ」
「小さなデジモン?」
シルフィーモンとラブラモンは顔を見合わす。
「阿部警部、その小さなデジモンというのは?」
「ん?聞いた限りだが、ドラゴンフルーツって果物は知ってるか?」
「いや、聞いたことないな」
「ちょっと待て……こんなやつだ」
言いながら阿部警部は検索した画像をシルフィーモンに見せる。
「こいつに足が生えたような奴を追っかけ回してたそうなんだ。それもヨダレ垂らして凄い勢いと足の速さでな」
「……小さなデジモン……これは…」
ドラゴンフルーツの画像を見たシルフィーモンの頭の中で、何かが一致する。
「もしや…グルルモンが追い回していたのはポームモンか」
「ポームモン?」
「成長期の植物型デジモンだ。鳥とこの果実を合わせたような見た目をしている。体内に濃い甘い汁を蓄えているんだ。あれはジュースのように美味いぞ」
「美味い?」
阿部警部の言葉にシルフィーモンは一度目をそらして咳払いした。
「…ともかく、その甘くて美味い汁目当ての鳥デジモンや虫デジモンなど天敵が多くて、ポームモンはそいつらから逃げ回るだけの足の速さを持ってるんだ。…うん、確かによく似ている。……てことは、だ」
シルフィーモンは阿部警部に向き直った。
「阿部警部、このポームモンを探すのを手伝ってくれ!」
「お、おう、急にどうした?」
「グルルモンが追い回していたのは、本来のデジモンとしてのポームモンじゃない!美玖だ!」
「は!?」
「なぜか私もわからないが、今、美玖はポームモンの姿に変えられて彷徨っている」
「五十嵐が!?どういうことか説明してくれ!」
…………
夜が明け、目を覚ませば朝の6時半。
「…これ、食べられる?」
そう言われ、差し出されたのは学校給食の残りだったろうコッペパンの半分。
リュックに無理矢理突っ込まれてぺちゃんこだが、久しぶりの給食の味だ。
コッペパンを分け合った朝食を終えて昇はリュックを背負った。
「それじゃ俺行くけど…一緒についてく?」
「ぷぷっ(行くわ、心配だし…)」
まだ空気も冷たい朝、人通りのない道を並んで歩く。
昇は手に持った紙をにらみながら団地へと足を踏み入れた。
「母さんの住んでるアパートはこの辺の……」
カァー
カアー
カラスが数羽停まった木の下を通ると、不穏な視線に嫌な予感を美玖は覚え振り向いた。
カラスの目が全て美玖に向けられている。
(私を、狙ってる…!?)
グルルモンの時を思い出して思わず足が止まった。
気づいた昇も止まった。
「ん?どうしーー」
カアッ!
バサバサっと羽音激しく飛び立ち、カラス達は美玖めがけて襲いかかってきた。
「ぷぎっ(か、カラスまで…)!」
美玖を狙って舞い降りたカラス達は、クチバシや爪で美玖をつつき、ひっかいてきた。
表皮が傷つき、血の代わりに汁がにじみ出す。
クチバシに汁がついたカラスがその味に興奮して鳴きたてた。
昇が美玖を守るためリュックをカラス達に向かって振り回す。
「おい!弱いものいじめはやめろ!あっちに、いけっ!」
「ーーっ」
しかし数羽のカラスが相手は無謀だ。
せっかくの美味い獲物を横取りされてなるものかと言わんばかりに、カラス達は昇にも攻撃を仕掛けてきた。
「いてっ、くそっ、このっ!」
美玖を守りながらリュックを構わず振り回す昇は傷だらけだ。
傷が増えていく一方に、美玖は痛みに耐えながら立ち上がる。
「ぷぎいっ!!(やめて!)」
今の身体では叶わないなりに、カラスに向かっていこうと決意した時。
どこからともなく金色の影が飛翔し、カラス達へ高速で突っ込んできた。
「えっ…!?」
黒の羽根が舞い散り、昇はその中を縦横無尽に飛ぶ金色の鳥を見る。
「ぷぎ!(フレイア!)」
突然の乱入に動揺するカラス達を、一羽、また一羽と叩き落としていく。
この特攻に面食らってか、カラス達はたちどころに飛び去っていった。
「はぁ…はぁ…い、いった、のか?」
美玖も周りを見回すが、すでにフレイアの姿も見当たらない。
そこへ、女性の声がかかった。
「…昇!?」
黒い羽根が舞い散る中、一人の女性がこちらに向かって走ってくる。
昇も気づき、顔に笑顔が戻った。
「母さん!!」
「昇!」
駆けつけた女性に昇は抱きついていった。
二人の間に漂う安堵の空気に、美玖は見守ろうとして。
後ろから力強い白い腕に抱きかかえられた。
「それでね、母さん!あそこのデジモンに……… あれ?」
昇が振り返って、そこで姿がないことに気づいた。
ーーーー
ーーー探したよ。紋章の力を感じないと本物のポームモンとは見分けがつかないのは困ったものだ。
美玖を抱きかかえながら、ヴァルキリモンはため息をついた。
フレイアがじっとその肩から美玖を見下ろしている。
「ぷき…(せめて、あの子を見送りたかったです)」
ーーー貴方の場所へ戻ったら、どうにか元に戻す案を考えるとしよう。何者かに捕食される前に見つかってよかった。
白鳥の外套をはためかせ、飛翔するヴァルキリモン。
探偵所へはあっという間で着いた。
ーーーいるか、アヌビモン!……無人か、仕方ない。
知己の姿を探すも見当たらない。
全員、美玖を探すために外へ出払っているのだ。
ガレージに入ると、端末が目に入る。
本来はグルルモンが探偵所内に入るためのものだ。
ヴァルキリモンはその端末に近づくと起動し、ネットワークへと入っていった。
電子の道を通り、探偵所内のパソコンを通して侵入する。
ーーーお邪魔するよ。
ソファーの上に美玖を置いてやると、短い足で立ちながら美玖はヴァルキリモンを見上げた。
「ぷきっ?(どうするんですか?)」
ーーーなぜ貴方がデジモンの姿になっているか理由を聞きたいところだが、生憎貴方の言葉が人のそれではないためどうしようもできない。ひとまず、傷の手当てはさせてもらうかな。
そう言ったヴァルキリモンの鎧が淡く美しいオーロラ光を帯びた。
本来は力尽きたデジモンのデータを再生させるために使われる力を、データの修復を行う程度に調整して使う。
ーーーちょっとだけ味見してみたかったけど、それは無理なのでやめておくかな。
「ぷ?(えっ?)」
オーロラ光が美玖の表皮の傷を修復していく。
傷口周りの痛みがすうっと引いていった。
ーーーこの力も普通に使えるが、おそらく貴方と一緒にいる時だけだな。肉体を失った痛手がここでくるか。
呟きながらゆっくりとソファーへ腰を下ろす。
初めて気づくが、ヴァルキリモンの身長は存外人型デジモンとしては大柄ではない。
シルフィーモンよりも頭一つ高い程度だ。
ーーーしかし、人間の家の中というのも悪くはないな。肉体があれば存分にくつろぐこともできただろうが…。
ピイッ
フレイアが肩の上からソファーに飛びうつる。
ーーーここは貴方の家のような場所らしいが、落ち着くよ。デジタルワールドに家らしい家を持たなかったものでね…。
言いながら、膝の上に美玖を抱きあげた。
目の前の戦士に穏やかな表情を見出して美玖が話しかけようとした時。
どくん
(え、あ…あ……っ?)
身体中がよじれるような、くすぐられるような感覚。
頭の中が絞り上げられるような……。
…………
「ん?」
捜索中、シルフィーモンは端末が鳴っていることに気づいた。
「ドウシタ?」
「ガレージ内の端末から反応を受信した。誰か、デジモンが探偵所内に入ってきたようだな」
探偵所のドアには不在の張り紙がしてある。
ガレージ内の端末は、入り方さえわかればどんなデジモンでも侵入ができる。
普段はグルルモンが使うためのものであるため油断していた。
「お前は阿部警部と一緒に行動してくれ。ポームモンを前にしてまた理性を失われても困る」
「ワカッタ」
今回の件でグルルモンも申し訳なく思っているようで、いつになく大人しい。
下手をしたら取り返しのつかないことになっていたところだから。
ーーーー
(…探偵所内に人間一人とデジモンの気配。属性は、フリー)
美玖のツールにあるモーショントラッカー機能で探査する。
美玖ではないが、どのみち何の目的で入ってきたか問う必要がある。
「ーー誰だ!ここは探偵所だ、不法侵入である以上、目的を聞かせてもらおうか!」
ドアを開けてすぐの広間へ入った。
そこで、シルフィーモンは硬直した。
目の前のソファーに見慣れない白い外套の人型デジモンが座っている。
それは良い。
問題は、そのデジモンの膝の上に座っている人間だ。
「…………美玖!!?」
美玖も、デジモンも戸惑った面持ちで硬直していた。
「シ、シルフィーモン!」
ーーーナイスタイミング……と、言いたいところ、だが……。
そう、ナイスタイミングだ。
美玖の変身が解けたのだから。
…それだけだったなら。
「!!?」
美玖は自分の今の姿に気づいて顔が真っ赤になった。
「…………み、見ないで!!」
パンっ!パンっっ!!
……二体分。
平手打ちの音が小気味よく探偵所に響いた。
ーーーー
「そうだったのか…無事で良かった」
「ほんとうによかったよ、せんせい!」
「迷惑かけてごめんなさいね…」
服を着た後、知らせを受けて戻ってきた面々に美玖は事情を説明。
それを聞いてほぼ全員が胸を撫で下ろした。
阿部警部が思い当たりがあるのか呟く。
「そういや…ちょっと前から小学生の間でウワサがあったとか話があったな」
「ウワサ…ですか」
「おう、デジモンになる飴玉を売ってる女のウワサだ。多分五十嵐はその女から買ったんだろ」
「確かに、出店の雰囲気は魔女とか魔法使いの工房だと思いましたが…」
まだヒリつく頬を押さえながらシルフィーモンはツールに表示された画像を見せた。
「美玖、これが君がなっていたデジモン、ポームモンだ」
美玖が覗き込むと、そこには鏡で見たあの姿があった。
それにうなずく。
「この姿よ、こうして見るとちょっと可愛いわね」
「そんなこと言ってる場合か。ポームモンは色々なデジモンから捕食されやすいんだ。下手をしたらグルルモンどころか他のデジモンに間違って捕食されていたんだぞ。今回は助けがあったから良かったが……」
なお、その助けことヴァルキリモンは美玖から平手打ちを喰らった反動でフェードアウトしている。
「早急にその出店をとっちめないことにはな。それは俺も今回の件を上に報告して対処を検討してもらうことにする」
「それが良い」
ーーー
後日。
出店の出処はすぐに割れた。
警察によってではない。
その証拠に、探偵所に一通の手紙が届いたからだ。
「差出人は……ミスティモン?」
魔法使いデジモンの出身が多い、別次元のデジタルワールド『ウィッチェルニー』。
その出身デジモンにして有力者からだ。
出店の店主である女性…否、ウィッチモンによる商売の被害者へのアフターケアと詫びを主な文面とし、美玖が見、食べたものと同じ見た目の飴玉の袋が同梱されている。
手紙には、詫びの気持ちの一部として、飴玉そのものは好評だったらしいということで、デジモンへ変化する効力のないただの飴玉として送ることが書かれていた。
「あの店主…デジモンだったのね」
それはそれとして、今度は安全にあの美味しい飴玉が食べられるのは嬉しい。
シルフィーモンは懸念したが、ラブラモンと一緒に飴玉を食べた後何も変化はないため安心した。
その頃。
昇は一人、部屋の中で手を動かしていた。
辺りには、切った布の破片と裁縫箱。
最後のひと針を縫い終え、玉止めの後に糸を切った。
「できた!」
ひと抱えできる程の大きさと、手に心地よくフィットする生地の手触り。
満足げに昇は作品を見つめる。
それは、ポームモンの姿そのままを作ったぬいぐるみだ。
家庭科を受けて気づけば手芸が趣味になっていた昇にとって、会心の出来といえるものだった。
「…今、あいつ元気にしてるかな?傷だらけだったけど…きっと元気でいるよな!」
母親が呼ぶ声が聞こえる。
夕食の時間だ。
それに元気よく応えて、リビングへ行く前に。
「…また、会いたいな」
ぬいぐるみを、昇はぎゅっと抱きしめた。
*当作品は連載シリーズ・『こちら、五十嵐電脳探偵所』からの単発となります。
最低限設定の説明がないよう払拭しておりますが、もしこのSSがきっかけでシリーズに興味をお持ちになった方はぜひともお気軽にどうぞ。
あ、さてはこの店主アルケニモン(人間態)だなと思ったらウィッチモンだった夏P(ナッピー)です。
どうもデジモン化が主題なのもあって赤いローブと言われた途端にアルケニモンがまず浮かんでしまうのは我が悪癖。変身してしまった際に衣服が散らばっていた時点でオチがああなると確信してしまったのは内緒です。あの飴玉、さてはデジモンが舐めたら逆に人間になるな……? シルフィーモンいつぞや化けたカッコいい男性になるな……? そして本編で有能だったはずなのにグルルモンとかいうトラブルメーカー。うっかり洒落にならんことになってた!
ポームモンだったか……個人的にデジモン小説を読むにあたり、地の文の描写だけで名前が出る前に何モンか当ててやるぜってのが密かな楽しみでもあるので、これは全く気付かなくてちょっと悔しい。ダチョウやキウイという単語に惑わされ過ぎたか、完全にペックモンとキウイモンしか浮かんでませんでした。ドラゴンフルーツと言及されてたのに。
昇君の話はとても短編らしく良かったのですが、本人が一時だけ仲良くしたデジモンは年上の女の人だったんだよって真実がちょっとインモラル。飴玉は最終的に改良されて単なる飴玉にされてしまったようですが、デジモン化を自由にできるよう改良して昇君にもう一度会いに行ってあげましょうぜ。
それではこの辺で感想とさせて頂きます。
どうも、今回は企画にご参加いただいて本当にありがとうございます。主催のユキサーンです。
先んじてスペースなどでお聞きにはなってましたが、まさかの五十嵐電脳探偵所の世界観でのデジモン化とは……というか美玖さんいくら飴玉が綺麗だからって値段的にも少しは怪しもうぜ!!!???
ラブラモンがお料理を作ってる(本編でそれが出来る事は知ってたけど普通にすごい)間に飴玉を舐めた結果、美玖さんはポームモンにデジモン化……ていうかキャストオフだとォ!!!??? 服が構成要素として数えられないタイプのデジモン化!! つまりこれデジモン化の対象がもっと大きめのデジモンだったら服が脱げるのではなく服を破くのパターンになっていた、と……くっ、じれってぇなちょっと世代上げてパラサウモン辺りになる飴玉を追加発注させてきm(自主規制)
ていうかこれ、飴玉一個一個が異なるデジモンになる効能が付与されてるのなら、一度に複数の飴玉を口にしたらどうなってたのかしら……そんな疑問はさておいてビーストモードと化したグルルモンに追いかけられて女子トイレに逃げ込む美玖ポームモンさん。言葉を喋れなくなった元人間はかわい 失礼脱線しました。偶然出会った男の子と一緒に男の子の母親の住むアパートを目指しているとカラスの群れに襲われ、あえなく真っ裸の美玖ポームモンさんは全身から蜜をもr
(斬撃音と空気が弾ける音と骨の折れる音と馬鹿の悲鳴と断末魔)
雑賀「ここは良い子のデジモン創作サロンだぞ。急にそういう路線に持ってくんじゃねぇ!!(ケルベロモン姿になっている)」
苦朗「まぁ本編でも未遂で終わったとはいえ結構きわどいシーンあったし、書いた当人にもそういう意図はありそうだけどなー(手持ちのノートを閉じる)」
好夢「セコムのヴァルキリモン&フレイアがこなかったら大変な事になってたよね……カラスの群れを退けられたとしても傷はそのままだったわけだし、人間に戻った時に生傷がすごい事に……(なんか手足が光ってる)」
蒼矢「何はともあれ、無事に戻れて良かったと思いますよ。男の子こと昇くんも母親と暮らせるようになって、元気にぬいぐるみを作ってましたし、誰も大事にならなくて良かった(メガシードラモン姿になっている)」
雑賀「それにしてもポームモンなぁ。飴玉一個一個に別のデジモンになる要素があるのなら、美玖さんこれ大分運が悪い方のを買ってしまったっぽいよな……せめてガブモンとかホークモンとかそのぐらいのになれてたら最初のグルルモンが我を忘れることもカラスの襲撃も何も無かったろうに」
好夢「お詫びの飴玉も貰えたし、何はともあれハッピーエンド。あのウィッチモンは今後も同じようにデジモンになる飴玉を売ったりしてるんだろうけど……」
蒼矢「本編で絡んでくる可能性も否定は出来ませんよね。ドラッグの話とかもありましたし、そういう技術がある以上は……」
苦朗「このウィッチモンが別の企画作品とかゴスゲの次の話の元凶だったのか……!!(すっとぼけ)」
雑賀「空前絶後のウィッチモンブーム」
蒼矢「何もかも違いますからね?????」
好夢「とりあえず、今回は企画にご参加いただいてありがとうございました。まさかの形で五十嵐探偵事務所の一幕が見られて面白かったです。本編の方の今後の話も楽しみにしています」
苦朗「それじゃ、今回の感想はここまでって事で」
雑賀「馬鹿の事はこっちで処理しとくんでお気になさらず。じゃ、またいつか!!」
(にくへん)