「オレ様、マ○ラタウン(ばりのクソ田舎)の蛇苺! こっちは手下のブギーモンフェレ」
「ブッブギギー」
その女性の姿をしたデジモンは、汚物系デジモンの投げたウンチを見る時のような――ひょっとすると、それ以下、あるいは未満のモノに向けるような一瞥をオレ様達にくれ、その後は再び、手元の本へと視線を落とした。
「兄貴、兄貴」
ブギーモンは別に自分の名称に使われている文字以外では喋れない訳では無いので、いたって普通に、ただし声を潜めてオレ様の耳元に囁きかける。
いわゆる悪魔の囁きなのだが、オレ様も悪魔なのでただの内輪話だ。
「どうするんスか兄貴。完全にファーストコンタクト失敗じゃないッスか」
「オレ様だってヤメときゃ良かったって思ってるフェレよ。どうして誰も思い付いた時に、具体的に言うと昨日の飲み会の時に止めてくれなかったフェレか」
「みんな酔ってたんスよ。オレ達デジモンなのにその手のネタで攻める兄貴の漢気に、みんなが酔ってたッス」
「へへっ、よせやい、照れるフェレ……じゃなくて」
部下に恵まれたのか恵まれてないのかイマイチわからない自らの境遇に、こんな時どんな顔をすればいいのかわからなくなっていたオレ様だったが、手下は笑ってやり過ごしてくれても肝心のしばらく長期の任務を共にする同僚の態度はクールを通り越して『デジモンゴーストゲーム』第17話仕様。本家は比較的感情が豊かという話だが、目の前の彼女は前髪に若干の類似性が見出せなくはない程度の綾○系だからか。その表情はテンプレじみた『無』を貫き通していた。
とはいえ、過ぎてしまったものは仕方が無い。オレ様は切り替えの早いフェレスモンだった。
「第一印象が最悪」という事は、逆を言えば、それ以上印象が悪くなる事は無い、という意味でもある。
どうせ時間は有るので、好感度は徐々に上げていけばいい。ステップアップのためのハードルが低い所から始められると思えば、「自己紹介でサムいギャグかまして滑ったイタいフェレスモン」からオレ様の伝説が幕を上げるというのもけして悪くは無い。
ご機嫌麗しゅう我が同士。オレ様は「自己紹介でサムいギャグかまして見事に滑ったイタいフェレスモン」こと蛇苺だ。「自己紹介でサムいギャグかまして見事に滑ったイタいフェレスモン」の蛇苺をよろしくな。
……わりぃ、やっぱつれぇわ。
「……まあ、用は済んだから持ち場に戻っていいフェレよブギーモン」
「ウッス。じゃ、兄貴も頑張ってくだせぇ」
「うい……」
「自己紹介でサムいギャグかまして見事に滑ったイタいフェレスモン」に巻き込みで事故をもらったブギーモンは、だというのに嫌な顔一つせず、言われた通り、警備のために『城』の方へと戻って行く。
やはりオレ様には過ぎた配下だ。
別にオレ様自身気苦労が増えるだけの出世などしたくはなかったのだが、こればっかりは、進化してしまった以上は仕方の無い事だった。
いくら宮仕えの身とはいえ、過酷なダークエリアにおいて完全体というのは、それだけで、割合貴重なので。
ブギーモンのプリケツが見えなくなるまで見送って、今度こそ他にする事も無くなってしまったオレ様は、意を決して再び女性の姿をしたデジモンの方へと向き直る。
白い長髪に、橙色の瞳。タイトな赤いドレス。多少色白が過ぎるが、それでもレディーデビモン程では無い。
本来なら帽子とサングラス、それから靴と手袋が、この種族が人間に化けている時はお得なセットとして付いてくるらしいのだがそれらは見当たらない。代わりに、と言うのもおかしな話ではあるが、左の足首が、地面に打ち込まれた杭に鉄の足枷と鎖で繋がれていた。
彼女は、アルケニモン。
『畑』を管理するためにこの領地の宰相・ワイズモンに囚われ、ここに拘束されているらしかった。
「改めて、オレ様はフェレスモンの蛇苺。『畑』の警備のために『城』からこんな土臭いところに派遣されてきたフェレ。可哀想な身分同士、仲良くやるフェレよ」
アルケニモンは、もはやこちらに視線を向ける事すらしなかった。
「……ふっ、おもしれー女フェレ」
視線はくれなかったが、オレ様がそう呟くなり、彼女は足元の鎖を少しでも俺から遠退けるかのように自分の元に手繰り寄せた。
ようするに、セカンドアプローチも失敗、という事らしい。
見誤っていた、アルケニモンからオレ様への好感度には、まだ底があったようだ。
前途多難である。
先にも記述した通り、これは長期の任務。しかも終了期間未定の、だ。
この『畑』の作物--『暗黒の花』の栽培が終わるまでは、基本的にオレ様、アルケニモンと、2体っきりらしい。
まあ、まだ落ちる程アルケニモンからオレ様への嫌悪感が根深いと言うのなら、逆を言えばポジティブな変化への伸びしろは大きいという事だ。
気長に頑張ろう。
ワイズモンは「危険な任務」だとのたまっていたが、こんなダークエリアのクソ辺境の花畑(予定地)、腹をすかせたボアモンの類だろうがそうそう荒らしにはやって来るまい。
ようは、どうせ、暇だから。
どうしてもダメそうなら、今、そうしているアルケニモンを倣って、後日ブギーモンに自宅から愛読書を運んできてもらうのもいいかもしれない。
……等々考えながら。オレ様はダークエリアの空を見上げて、渦巻く黒雲の向こうに多分無いラ○ュタに思いを馳せたり馳せなかったりするのだった。
少なくともこの時は、オレ様、随分とのんきに構えていたのである。
*
辞令は突然に。
突然ワイズモンに王の間へと呼び出されて、「オレ様またなんかやっちゃいましたフェレか」とおっかなびっくり顔を出したオレ様に言い渡されたのが、先の『暗黒の花畑』の警護の任務だった。
比較的最近別世界『ウィッチェルニー』出身という設定が『デジモンプロファイル』に記載されて「その設定前からあったっけ」と界隈を騒然とさせたワイズモンは、その、なんか別世界とか時間とか空間も好きなように行き来できる力(※これは前からある設定だぞ)とかしこい頭を駆使して、とてもすごい闇の力を秘めたアイテム--『暗黒の種』を入手・複製に成功したのだそうだ。
『暗黒の種』がどんなアイテムなのかは、各自『デジモンアドベンチャー02』あたりを視聴してくれ。
オレ様も復習しようと思ってア○プラで開いたら、ページトップの全体用サムネが何故かアグモンと細目状態の太一でとても微妙な気持ちになってしまったのでみんなにも同じ気持ちを味わってほしい。
閑話休題。
で、この『暗黒の種』。成長すると、彼岸花という花に似た『暗黒の花』を咲かせるのだが、それが滅茶苦茶闇属性デジモンのパワーアップに有効なのだそうで。
我らが王に捧げる供物として栽培するために、急きょ畑と育成者を用意した。
万が一にも奪われると困るので完全体の警備員も立てたい。いざとなったらすぐに部下も動員できるオマエが行け。
……と、いうのがワイズモンの主張だった。
人事部っていつもそうフェレね中間管理職の事何だと思ってるのフェレか。と一応訴えてはみたものの、アンデッドがあふれた世界でオレ様は普通に襲われる立場。ついでに言うと我らが王は襲う側の筆頭で、ワイズモンが抑えていない限りは部下だろうと見境なしである。
結局、我らが王の腕の一振りで脅されたオレ様に拒否権は無く、直属の配下であるブギーモン達とささやかな宴会を開いたその翌日、領地の端にある、RPGの類だったら絶対『迷いの森』等名付けられていそうな暗い森の中の『暗黒の花』畑予定地へと飛ばされたのであった。
まあ、普通にそんな迷うような土地でも無いし
ついでに言うと、うちの領土はそんなに広く無いので、『城』に帰ろうと思ったら飛行で半日もかからないのだが。
……通勤でも良かったんじゃないかなぁ。
*
「と、オレ様がここの警護についたのはそういう経緯フェレ」
「ああそう」
勤務3日目。
その相槌がアルケニモンの口から発せられたものだと気付くのに、たっぷり数秒。
理解した瞬間、オレ様は思いっきり腰を抜かした。
多分、オレ様達フェレスモン種の必殺技『デーモンズシャウト』を喰らった相手っていうのは、こんな感じの気分になるのだろう。
何せアルケニモンはこの間、暇を持て余して一方的にしゃべりかけるオレ様にあんまりにもあんまりなくらい無反応を貫いており(厳密には近寄るなオーラは常々出していたし、オレ様が顔を近づければ反対の方向に目を逸らしたりはしていたが)、オレ様の方もオレ様の方で、コイツ、ひょっとして口が利けないんじゃないかとか、フェレスモンのもう一つの必殺技『ブラックスタチュー』って、石化技じゃ無くて未来道具でいうところの『石ころぼうし』みたいな効果でそれが暴発したんじゃないかと疑い始めていたところだったのだ。
それが、喋った。
なんという事だろう。たった4文字ではあるが、0からの4文字である。無から有を作り出したと言っても過言では無い、とんでもない快挙である。
この瞬間、宇宙が爆誕した。
「……喋って欲しくないなら、一生黙ってる」
「アッちょっと待って。ごめん、ごめんフェレ。オレ様が悪かった」
宇宙猫ならぬ宇宙悪魔……いや、この表現はなんかマズいな。なんとなくマズい。コズミックホラーチックでよろしくないのと、オレ様、元ネタを同じくする宇宙人がいるのでややこしいのだ。
兎も角、そういった類の表情を浮かべて固まっていたらしいオレ様に、ぱたんと読んでいた本を閉じたアルケニモンが、一言。
ひっくり返っているオレ様から、死にかけのゴキモンあたりを連想しているのかもしれない。こちらに寄越した視線はきっと、遠い業界ではご褒美なのだろう。
とはいえオレ様が望んだのは強いプレイでの応えではないし、そういう意味で痛みを知るただ1人にはなりたくないので慌てて礼ではなく謝罪を繰り返してみたところ、ふぅ、と、何もかもを諦めたような一息を、アルケニモンは吐き出した。
「しつこかったし。面倒だけど、こっちの対応をワイズモンに言いつけられて、これ以上待遇が悪くなるのも、嫌だから。それにしつこかったし」
「重要なポイントなんだろうけど2回も言わないでフェレくれ」
「本当にしつこかったから。……質問があるなら答えるから、気が済んだら、静かにして」
人(デジモン)の嫌がる事を繰り返すだなんて、この女、よほどのサディストである。オレ様よか悪魔だこの蜘蛛女。
とはいえこのまま台詞を忘れた俳優のように固まって、クールごとのNG大賞にノミネートされるでもなくアルケニモンと永久に口を利く機会を失ってしまってはたまったものではない。
誰かがそこに居るのに無言、という空間は中々に堪える。
そうでなくても、ここでの任務。思った以上に、暇なのだ。
オレ様、饒舌な悪魔なので、そろそろ口寂しかったのである。
「とりあえず自己紹介するフェレ。呼び名も解らんようでは有事の際とオレ様が暇な時に困るフェレからね」
「基本的にしゃべりかけないんでほしいんだけど」
はぁ、と今度は心底嫌そうに大きなため息をついて、しかし自分から持ち掛けた提案に応える程度の律義さはあるのだろう。
目を合わそうとはせずに、アルケニモンは続けた。
「アルケニモン。完全体魔獣型。……ワイズモンから聞いてるでしょ、そのくらい」
「そのくらいオレ様だって知識として知ってるフェレ。ただ個体名があったら把握しておくのが筋フェレし……そもそもオレ様、キサマの仕事が何なのか、まずそこから知らないフェレのだが?」
「……」
別に、と。
しばしの沈黙を挟んで、吐き捨てるようにアルケニモンは言う。
「私は、ここに繋がれているのが仕事なの。ここにずっと繋がれて、気の滅入る本ばかり読んで、ずーっと嫌な気持ちでいるのが仕事。……もう、どこにも行けないの」
「フェレェ? 何フェレか、キサマ。好きなキャラに勝手にあてがうキャラソンにいつも米津○帥の曲とか使うタイプフェレか?」
「は?」
「いや、わかるフェレ。気持ちは痛い程わかるフェレ。オタクを概念で殴り殺す曲ばっかり書いてるフェレもんな、彼。でもデスクワークの辛さまで代弁させるのはちょっとどうかと思うフェレ。ようするに、キサマの仕事は『暗黒の種』の成長記録係フェレね?」
「……バッカみたい」
低めた声で罵倒されて。
それっきり、アルケニモンはこちらから顔を逸らした。
後は元の木阿弥である。いや、さっきより酷い。完全無視。
気を引こうとして目の前でソーラン節とか踊ったりしてみたがまるで効果が無かった。アルケニモンのオレンジ色の瞳は本の文字だけを追い続け、ついぞ就寝時間までこちらを顧みる事は無かったのである。
こうして宇宙は滅んだ。
*
と、思ったのだが、再び話をするチャンスは、想定よりも早く。
次の日の昼下がりに、思わぬ--そしてあまり願わぬ形で訪れた。
「イービイビイビイビ! ここが魔獣王の畑イビね!?」
勤務4日目。
どこからともなく。わかりやすく描写すると『無印』52話みたいな感じで湧き出てきたイビルモンの群れが、畑の上空を覆ったのだ。
オレ様は戦慄する。先鋒を務めるイビルモンの口調がオレ様と丸かぶりだったからだ。
「……友達?」
加えて眉をひそめたアルケニモンのいぶかしげな視線までもが突き刺さる。
こんな時でなければ新たな宇宙の誕生を寿いだりしたかったのだが、会話のきっかけになるとしてもアレとねんごろな仲だと思われるのは心外が過ぎる。
「オレ様にあんな品の無い顔のフレンズは居ないフェレ。マコトくんに謝るフェレ」
「誰だよ」
「マコトくんは親が転勤族故転校をくりかえしていた孤独な卓球少年フェレ。まあ別にオレ様の友達じゃないフェレけど、同族のよしみで紹介しておくフェレ。詳しくは『デジモンクロスウォーズ』第3期の」
「お前に友達がいないことは解ったから、後にしてくれる?」
それに顔面の品の無さは似たり寄ったりよ、と付け加えられたような気がしたけれど聞かなかったことにした。正確に言うとその手前の部分もすごく刺さったけど、たとえ胸の傷が痛んでも夢を忘れず涙を零さずにいれば愛と勇気は友達なので、オレ様はその場から飛び立った。
まあ、実際。
先にどうにかした方が良いのは、事実だった訳で。
畑を背に、イビルモン達の前に躍り出る。
「我が名は蛇苺! クソ田舎の果てよりこの地に来たフェレ! そなたたちはダークエリアの源とかいうよくわからん設定を持つ、古い小悪魔型フェレか!?」
「キャラ被りは帰れイビ! イビ達はそこにある暗黒の種に用があるのイビ! それさえあれば、大悪魔型への進化も夢じゃないのイビ! 完全体だからって、この数に敵うと思うなイビよ、大人しく種を」
「『デーモンズシャウト』!」
キャラ被りイビルモンが喋っている内に、背景と化していたイビルモンズにオレ様のシャウトを浴びせる。
途端、攻撃を喰らったイビルモンズは残らずぐるりと目玉を回し、手近な相手--もちろん、同胞であるイビルモン達だ――に攻撃を仕掛け始める。
「イビ!?」
「初手で混乱かけてまともに行動させない」。闇に連なる者の基本戦術だ。千○繁御大ボイスのマタドゥルモンもそうだそうだと言っています。
オレ様はすかさず技にかかっていないという意味では混乱していない、しかし状況にはしっかり混乱しているイビルモンに、片っ端から攻撃を仕掛ける。殴る蹴る、三又槍で突く。
本気でやる必要は無い。イビルモンは、ただでさえ正面からの戦闘は避けたがるタイプのデジモンだ。まともな連携も取れない状態で格上の相手など続ける筈も無い。
1体、また1体。と。あっという間に、蜘蛛の子を散らすように。イビルモン達は散り散りに逃げ去っていく。
「ちょ、お、オマエら!? 待つイビ、暗黒の種さえ手に入ればこんなヤツ――」
「ひとつ教えておいてやるフェレよ」
それでもなお仲間を引き留めようとするイビ野郎を、ひとまず首謀者と判断。
後ろから頭を掴んで、こちらを向かせる。
「イ--」
「大悪魔型どころか、デジモンには小悪魔型以外の『悪魔型』は現在存在しないフェレ」
イビルモンのただでさえデカい目玉が驚愕に見開かれる。
悪魔っぽいデジモンは主に、オレ様のような堕天使型に分類される。完全体で例外と言えば、ぱっと思い付くのは、アンデッド型のスカルサタモン、水棲獣人型のマリンデビモン等だろうか。
つまり『02』のデーモンの配下には、見た目は文句なしに悪魔だけれど分類は違う3種が揃っていたのだ。魔王の人望の厚さが成せる業と言えよう。
ちなみに『天使型』には大天使型も小天使型もいる上、もっと細かい分類まであるぞ! テストに出るから気を付けろよな。
「脳みそはそのままにしておいてやるフェレから――一から勉強し直すフェレ! 『ブラックスタチュー』!!」
「イビー!!??」
驚きの表情をそのままに、イビルモンが石化する。
後でブギーモンに取りに来てもらって、城で「『よくわかるデジモンの分類』的なCD教材を耳元で鬼リピし続ける」的な拷問にでもかけておくよう言っておこう。
畑の柵の向こうにイビルモン石を投げ捨てて、俺はアルケニモンの元へと舞い戻った。
アルケニモンは何事もなかったかのように、手元の本に視線を落としている。
「あのフェレな~」
蜘蛛の子を散らす、という表現が脳裏を過った時に思い出したが、アルケニモンにはドクグモンだかコドクグモンだかを使役する必殺技があった筈だ。
本人は鎖で繋がれているから、百歩譲って加勢しないのは仕方ないにせよ--
「ちょっとは手伝ってくれてもよかったフェレしょ。今回はたまたまパニックバリアDXとか積んでないやつばっかりだったからよかったフェレけど、『デーモンズシャウト』だって混乱確定技じゃ無いのフェレよ?」
「……本当に、ワイズモンから何も聞いてないの?」
「フェ?」
「……ずっと、バカにしてるのかと思ったけど。その反応を見るに、お前がバカなだけなのね」
「レ!?」
ふぅ、とまた呆れたように息を吐いて、今回は比較的素直に、アルケニモンは顔を上げる。
瞳には若干の憤りが混じっていたが、それより何より、諦めの感情が色濃くて。
「私、ワイズモンの魔術で姿を……なんなら力も、人間のものに固定されてるの。もちろんドクグモン達も取り上げられた。少しくらいなら糸は出せるけど、それだけ」
「はぁ? なんでフェレ」
ワイズモンは頭の良いデジモンだ。ウチの場合は王がアホ過ぎるだけだが、この領地を実質牛耳り、周辺の諸侯を相手取れる程度には、ワイズモンはうまく立ち回っている。
そんな奴が、わざわざ完全体の戦力を不完全にして手元に置く意図がわからない。アルケニモンが反骨精神溢れる女傑だとしても、奴ならどうとでもしそうなのだが。
「『暗黒の花』の開花条件は? それも聞いてないの?」
「……あ」
実を言うと聞いてはいないのだが、『02』の知識はあるので、言われてみれば。思い当たる節がようやく見つかった。
『暗黒の花』は「人間の」負の感情を糧に育つ花だ。
とはいえ現在のデジタルワールドは、デジモン・人間双方の世界間の渡航を厳しく制限している。一部の選ばれし子供やそのパートナー、管理システム『イグドラシル』の端末と、あとは空間を自由に行き来する能力持ちのデジモン以外は、おいそれとリアルワールドに行ったり来たりなどできないのだ。
ちゃんと数週間前から管理局に書類を提出して、引っ掛け問題まみれのテストをクリアすれば行けない事も無いのだが、「『暗黒の花』を育てたいので人間さらってきます!」なんて横行が、そもそも許される筈も無く。
そうとなったら、その頭脳を駆使して代替案を用意するのがワイズモンというデジモンだ。
ははーん、だいぶ読めてきたぞ。アルケニモンってデジモンは――
「……迷惑な話。最初の『アルケニモン』が人間のデータを持ってたとか何とかで、人間とは縁もゆかりも無い私みたいなアルケニモンにも、類似のデータが混ざってるんだとさ」
--他ならぬ人間の代替品、という訳だ。
「だから言ったでしょう。私の仕事は、ずーっと嫌な気持ちでここに繋がれている事。……そうしたら、その内『暗黒の花』が花開くんだと」
「そういや、昨日は「気が滅入る本」云々言ってたフェレね。……何の本読まされてるのフェレか」
「ワイズモン曰く、『大手ライトノベル新人賞の第一次選考落選作品の問題点だけを学習したAIに書かせた超大作学園ファンタジー』らしいわ」
「……」
「この章、文の締めの文字が全部「た」で終わりそうよ」
つらい。
つらすぎる。
クソ田舎領宰相の卑劣な策だ。ひとのこころとか無いんか。いや、ひとのこここが無いのはデジモンだから当たり前かもしれんが、青く若い人の子の夢と情熱を「気が滅入る」ポイントに使うのは、アルケニモン以前に全国のワナビー・ザ・ビッゲスト・ドリーマーにも失礼だ。やめてくれワイズモン、その術はオレ様にも効く。
「ちなみに今ヒロインが花の嵐にさらわれていったところ」
「キサマ……消えたのフェレか」
噂を聞くに、新人賞だと無茶苦茶多いそうだな、その〆。
いやまあ、それはさておき。
「とりあえず事情は分かったフェレ。こっちはワイズモンに、キサマの仕事は畑の管理としか聞いてなかったのフェレよ。悪気があって聞いた訳じゃ無いとは弁明しておくフェレ」
「……別に。心底ウザいと思ってただけで、存在そのものを気にしてないから」
「世間じゃそれを気にしてると言うフェレし、せめて存在は認識しておいてほしいフェレ」
「必要無いでしょう。私を嫌な気分にさせ続けたいなら、それをお前の仕事だと私も割り切るけれど、そのつもりも無いなら話しかけないで。気が散るから」
「フェレ~。カタいコト言うなフェレ、長期の任務フェレよ? オレ様が暇だから喋ろうぜアルケニモン」
「……私は、お前の任務も少しでも短くしてやるために言っているのだけれど」
また、深く息を吐いて、飽きれた双眸をアルケニモンはこちらに向ける。
「まあいいわ。じゃあ、こうしましょう」
「ん?」
「さっきみたいに、お前がこの畑を襲撃する輩を追い払ったら、戦闘の手段を持たない私はその礼として、お前と会話してあげる」
ええー、と、思わず声が漏れた。
「それってほぼほぼ「喋らない」宣言じゃないフェレか。さっきのイビルモン達は芋々しさからして周辺住民だろうフェレけど、基本こんなクソ田舎の辺境の畑、そうそう襲撃されないフェレよ」
と、ここで。
ほんの僅かに、アルケニモンが唇を弓なりに歪めた。
とは言っても、どちらかといえば疲労感を感じざるを得ないような、嘆息のついでのような笑みだったが。
「どうかしらね」
そして結局、それがアルケニモン本日最後の台詞となった。
後はいつもの通り、何を言っても、何をやってもだんまりである。ためしに目の前で幻のラジオ体操第3とかやってはみたが、イビルモン相手に多少は動いたオレ様の身体のクールダウンになっただけだった。
……だが。それから数日というもの。
オレ様は、アルケニモンの言葉が沈黙の宣言であれば良かったのにと、遺憾ながら思い知らされる事となる。
以下、ダイジェストでお送りしよう。
*
「ヒャハハハハハ! ボクはデジモンの顔が苦痛に歪む姿を見るのが三度の飯よりも大好きなサイコパスジョーカーモンだよぉサイスぺろぺろ! 真っ赤な鮮血の紅い花を咲かせたくなかったら、†暗黒†の種をボクに」
「「真っ赤」か「紅い」のどっちかにするフェレ『ブラックスタチュー』!」
「ぎゃー!?」
「その手の登場人物は、この本の中だけの存在でいてほしかったわね。……赤い花、ねえ。私も、成熟期の頃は似たよなものだったわ。レッドベジーモンだったの、私」
*
「オラオラオラ! 誰の断りを得て畑なんか造りやがったんだオラオラ! こんなところに段々の畝があったら気持ちよくパラリラできねえだろうがオラオラ! 今すぐ真っ平らにして」
「田舎のヤンキーがやめろフェレ『ブラックスタチュー』!」
「ぎゃー!?」
「本当は、ピストモンみたいな、自由に好きなところを走り回れるデジモンになりたかったのだけれど。……ま、本当だったら、アルケニモンにだって、走り回る事自体は出来なくは無いでしょうけどね」
*
「見つけたぞ! ここが暗黒の種を違法栽培しているという魔獣王の畑だな? 我が名はホーリーエンj」
「大天使型の相手とかまともにしていられないのフェレよ不意打ち『ブラックスタチュー』!」
「ぎゃー!?」
「でも、こんなことになるくらいなら、進化なんてしたくなかった。人間のデータが混ざっているからって、こんな仕事を押し付けられるくらいなら、ね」
*
「スンスンスンスンスーハースーハー! 食事! 新鮮な食事のにおいがする!! このゴートモンの食欲を刺激する新鮮な書類データのスメル!! うおおおおそこの女その本を私によこせええええええ!!」
「そんなパターンもあるのフェレか!? 『ブラックスタチュー』!」
「ぎゃー!?」
「……いや、それは食わせてやればよかったんじゃない? 私、いいんだけど。別に」
*
「兄貴ー、蛇苺の兄貴ー! 頼まれてたもん持ってきたっすよー」
「『ブラックスタチュー』!」
「ぎゃー!?」
「ってわー!? ごめん、ブギーモンじゃねえか!! つい反射的に」
「……」
*
「クックックック……オレはグルスガンマモン。アニメのクソつよグルスガンマモンとは全くの別個体。いたって標準の成熟期デジモンだ……。アニメ個体のようなインパクトを手に入れるべく、オレの力を強化できそうなめちゃすごアイテムがあると聞いてここまでやって来た。寄越してもらおうか……!」
「ちょっと不憫だけどそれはそれとしてやるわけないだろ『ブラックスタチュー』!」
「ぎゃー!?」
「フン、闇のデジモンを強化する暗黒の花、ね。……咲いたあかつきには、魔獣王の頭も強化されてくれればいいんだけれど」
*
勤務11日目。
「効率が悪い」
畑の畝に沿ってケーブルを這わせながら、オレ様はひとりごちる。
「宰相はとにかく効率が悪い」
ワイズモンの事は立場の件さえ無ければ、っていうかアイツが魔獣王をコントロールしてさえいなければビンタをかましてやりたい程度には好きじゃないのだが、どうせ叶わぬ夢なのでとりあえず、オレ様はオレ様の責務を全うしている次第なのだった。
「……いや、ぼそぼそ言いながら何やってるの? ブギーモン共まで来てるし」
「何って、畑の改良--」
オレ様はその場でひっくり返った。
先程まで椅子代わりにしている岩にもたれかかって眠っていたアルケニモンが、いつの間にか目を覚まして声をかけてきたからだ。
オレ様、今日はまだ誰とも戦っていないのに、である。
「これだけ騒がしければ起きるわよ。で? 何してるの。畑の改良って」
状況が状況なためか、普段の冷たい視線は訝し気な態度によって若干緩和されている気がある。
最も、余計な事をするなと言いたげな空気は感じないでも無いのだが、ブギーモン達も居る以上、ワイズモンからの指示である可能性も考慮してとりあえず話は聞こうと判断したのだろう。
この件に関しては100%オレ様が独断で動いているのだが、オレ様の方もオレ様の方で同僚を蔑ろにするのは気が引けるので。
というか、アルケニモンに頼む事もあるし。
同じ作業をしているブギーモンに断りを入れてから、オレ様はアルケニモンの隣へと並んだ。
話をする時の、定位置である。
「おう。この畑、10日経っても全然芽吹きもしないクセに、襲撃者だけは毎日のように来るフェレだろう? あんまりにも効率が悪いから、ちょっとばかし手を加えてやる事にしたのフェレ」
部下のブギーモンズは畑の中と外、いくつかの組に分かれて作業中である。
外のブギーモンズの仕事は穴掘りだ。落とし穴を作らせている。
襲撃者の傾向から見て侵入口は大体把握したので、陸路で来る奴は大体落ちるだろう。底にはブギーモンの三又槍を穂先を上にして敷き詰めるよう指示してあるので、落ちたが最後、並の成熟期ならひとたまりも無い筈だ。
武器を手放すのに抵抗があるのでは? と疑問を抱く諸兄も居るだろうがそこは安心してほしい。アイツらは不思議な呪文の類も使えるし、城に戻れば予備もある。
というより、安全に落とし穴で処理した敵デジモンのデータも三又槍を介して自身に還元されるので、正面切って戦うタイプでは無いブギーモンズ的にはむしろ万々歳の策なのである。
で、畑の中。
オレ様のように畝沿いにケーブルを敷いたり、畑の端で人間界で言うところのスマートフォンに近い端末を操作しているブギーモンズは、何をしているのかという話になるのだが。
「ま、これに関してはオレ様が実演してみせた方が早いフェレな」
オレ様も自分の端末を取り出して、液晶画面をアルケニモンの方に向けた。
同時に、使用するアプリを開く。空色を背景に、白い鳥のマークが表示された。
「……ねえ、これって」
「おっと皆まで言うなよアルケニモン。これはオレ様達にとっての幸運の青い鳥フェレ」
多分な、と付け加えて、ほぼほぼ部下とデジモン公式関連で形成されたTLから、検索の画面へと移行する。
適当な人気コンテンツの名前を入力し、話題の項目では無く、最新を選択。
――半年待って推しの扱いがこれとかスタッフ本当にやる気あるの?
――周年ガチャなにコレ。全然未実装キャラ推し勢の救済してくれないじゃん。信じて損した。
――新要素要らないんですけど……これやるくらいならメインストーリー更新できたよね?
イイネなどまず付いていない、あったとしても身内のが多くて2、3個といった個人のネガティブな呟きを、片っ端から引用でリツイートしていく。
添えるコメントなどは適当だ。大事なのは、この引用リツイートという様式。これが相手にプレッシャーを与える上で重要なのである。
「……何やってるの?」
「オレ様、そして部下達の青い鳥アカウントは、現在鍵垢になっているフェレ。フォローしていない鍵垢のリツイートは、引用のも含めて通知が表示されないのフェレ」
「いや、それは知ってるけど……」
「こういう攻撃的なツイートを鍵も付けずにTLに流す奴のツイートは基本的に愚痴が大半フェレ。それも片っ端から引用リツイートしていくフェレ」
すると、気付いたアカウントの主は、姿の見えない引用リツイートの主に対して「誰?」から始まり徐々に攻撃的なお気持ちを、ようするに新たにネガティブな呟きを投稿するようになる。
さっさと自分も鍵にすれば良いものを--いや、まあ、そのお蔭でオレ様達の仕事が捗るのだから多くは言うまい。
「で、オレ様達が引用リツイートしたネガティブな呟きは、自動的にダークエリアのこの区画、魔獣王のサーバに流れ込むよう連結しておいたのフェレ」
「まさか、このケーブルって」
「御明察! 城のサーバから、ネガティブツイートをこっちに流しているのフェレ。直のキサマからの感情に質は劣るフェレだろうが、量だけは腐る程あるフェレからな。安定供給できる筈フェレ」
そも、元の暗黒の種だって、咲かせていたのは1人につき1輪だ。アルケニモンの負の感情がいくら深かろうとも、畑ひとつを賄える程太く逞しい根ではあるまい。
やはり戦いは数。この辺は、魔獣王という強大な個体に依存しているワイズモンと、ブギーモン上がりのオレ様との思考の差だろう。
「……」
アルケニモンは、特に何も文句は言っては来なかった。
正直意外だ。余計な事をするなと目くじらを立てるとばかり思っていたのだが、今現在、彼女は困惑を瞳にありありと浮かべながら、オレ様の端末と畑の畝との間で視線を行き来させるばかりで。
と、やがて。
「お前って」
目線をこちらに寄越す事はせずに、しかしオレ様に向けて、アルケニモンは口を開く。
「バカのくせに、弱くはないし、頭が悪いわけじゃないのね」
「バカでもないのフェレだが?」
「なんでワイズモン共に仕えてるの? これだけ部下も居るなら、誰かに仕えなくても、もっと好きなように暮らせるんじゃないの?」
「……」
どうやってバカを訂正させようかめちゃんこ賢い頭を捻っていたオレ様は、しかしバチクソ賢いのでそれよりも重要な事に気付いてしまった。
これは、アルケニモンがオレ様に振って来た、初めての、オレ様自身に対する興味感心だと。
やった。
やったぜ。
苦節11日。ようやくこの段階まで辿り着いた。長かった。「自己紹介でサムいギャグかまして滑ったイタいフェレスモン」からここに至るまでの辛く険しい道のりが走馬灯のよに
「話したくないならもう聞かない。黙ってる」
「あっ待って。話す。ちゃんと話すから。ちゃんとお話聞いてフェレ」
慌てて浸るのをやめて、過った11日間よりもさらに向こう、若かりし頃の思い出を引っ張り出してくる。
と言っても、そう特筆するべき事は何も無い。濃度で言うなら、ここ数日の方が濃いくらいだ。
「自分で言うのも何フェレが、オレ様、ブギーモンの頃からそこそこ要領が良かったのフェレ」
同じブギーモンでも、戦闘が得意なやつ、飛ぶのが上手いやつ、呪文を覚えるのが早いやつ、と、様々な個体が居た。
オレ様の場合、悪魔としての性質--「願いを叶える」能力が、昔から特化していたのである。
自他問わず、対象が抱いた「願い」を叶えるための効率的なルートが、すぐに頭に浮かんでしまう。
戦闘能力自体は高くは無かったが、相手の裏をかく戦術を立てるのは得意。
飛ぶのが上手いわけじゃないが、目的地に辿り着く為の最短ルートを見つけられる。
呪文の覚えも悪かったが、知っている呪文は組み合わせるなりしていい感じに使える。
大した能力も無いのに、能力がある奴と同じ結果が出せるものだから、いつの間にか群れのリーダーを任されて。
ついでに経験値稼ぎも効率よくやった結果、同世代の誰よりも早く、フェレスモンに進化してしまった、というワケである。
「まあいうて、ブギーモンの群れとか、この前のリベリモン程じゃ無いフェレけど田舎のヤンキーみたいなもんフェレ。だから昔は気楽に、悠々自適に暮らしていたのフェレけど……」
ワイズモンがオレ様達を訪ねてきたのは、この辺の区画で究極体が出た、という噂が流れてきた、その数日後だった。
結論から言えばその噂は本当で、しかも件の究極体の事は、ワイズモンが管理しているという。
その究極体デジモンは理性の無い獣で、野に放てば周辺を無茶苦茶にしてしまう。
日々の安寧を護りたいなら、自分に仕えてその管理を手伝え、というのがワイズモンの言い分だった。
もちろん嫌ではあったが、ここで断ればワイズモンが時空石に封じている究極体デジモンを解き放つのは目に見えていて。
なんてったってオレ様、聡いフェレスモンなので。
「とまあ、そんなワケで、オレ様とオレ様の部下達は、魔獣王……というか、ワイズモンに仕えているのフェレ。いうて衣食住は以前よりしっかり保証されてるフェレからな。一長一短ってところフェレ」
「……そう」
そう言って、アルケニモンは遠いところを見ていた。
自称聡いフェレスモンだとは言っても、コイツの考えている事の詳細まではわからない。思ったより不自由しているオレ様に同情しているのか、自分よりは自由だと妬んでいるのか。
「アルケニモン」
「ところでアレもお前の部下なの?」
違った。
遠いところじゃ無くて普通に畑の中見てやがった。
慌てて視線を追うと、畑の中央で、引いたばかりのケーブルをじぃっと見つめる1つ目玉がふよふよと浮かんでいて。
何かにつけて闇系デジモンの幼年期に充てられる事と、デジモン図鑑で検索すると何故かダークネスバ『グ』ラモンもヒットする(ふしぎだね。)事でお馴染みの正体不明種・クラモンである。
「さてはここに集まってる呟きから孵ったフェレね?」
クラモンはネットワーク上での争いが具現化したデジタマから生まれるデジモン。呟きの主たちは、どうやらママになったんだよ!
……それが可能な程度にはネガティブな呟きが集まっているという証拠ではある。が、畑のデータを食い荒らされては敵わない。
オレ様は畑に入って、駆除のためにむんずとクラモンを鷲掴みにした。
「くぅ~?」
うわぁめっちゃやわらかいんだが。もにもにのぷにぷになんだが。
オレ様昨今のスクイーズブームとかよく解らないまま乗り過ごした勢なんだが、なるほどこういうことか。これはヤバい。やみつきになる触り心地。あとなんだこのけしからんつぶらな瞳は。
ダークエリアで生まれたての幼年期デジモンに触れる機会なんてそうあるものでは無い。思えばオレ様も、少なくともフェレスモンになってからこの手のデジモンに直に触ったことは無かった気がする。
「はわわ……ちいさきいのち……!」
「何やってんの」
アルケニモンのツッコミは至極真っ当だが、こうなるとこのままコイツをぷちんと潰すだなんて、オレ様には到底出来そうに無い。
「オレ様……オレ様ちゃんとお世話するフェレから……飼っていいフェレか……?」
「いや勝手にしなさいよ」
涙ながらに訴えるオレ様に、いつもの塩っけを取り戻すアルケニモン。
彼女は心底呆れたように髪をかき上げる。
「っていうか、何? そんな成りして、可愛いもの好きなの? そういえば、個体名も蛇苺とかいうやけにファンシーな名前だったし……」
「おお~ん? ジャパニーズ・オタク・カルチャー『KWAII』をナメるなフェレよ?? ……ってか、オレ様の名前覚えてたのフェレな」
「くぅ~」
どこから出しているのかはさっぱりわからんが、クラモンが合の手を入れるかのようにか細い鳴き声を絞り出す。
ふふっ、愛い奴め。その鳴き声と大きな瞳、そして悪魔を堕とした触り心地に敬意を表して名付けよう。今日からお前はあいぷるだ。立派な金貸しとかに育てよう。
「覚えない方が無理でしょ、そんな見た目と噛み合わない名前。それに名乗りもしつこかったし」
「ひとこともふたことも余計フェレねキサマは。あいぷるを見習うフェレ」
「あい……ぷる……?」
「それに、蛇苺は由緒ある名前フェレ。人間どもの聖典において最初の人間を誘惑した生き物と、彼らに知恵を与えた赤い果実。その2つを融合させた名前フェレよ?」
蛇苺の名は、群れの長になった時に自分で付けたものだ。惰性で引き受けたものとはいえど、だからこそ、名前の持つ威厳を利用したかったのである。
いくらオレ様が要領のいい悪魔だとは言っても、その手の知識が勝手についてくるワケじゃない。それらしい名前を探し出すのはなかなかに骨が折れたが--その分、思い入れのある名前だ。
……だというのに、コイツ。なんて顔でオレ様を見てやがるんだ?
「おいアルケニモン。オレ様本物の貴族じゃないから大概の無礼は気にしない事にしてるフェレけど、人さまの名前を馬鹿にするムーブは流石に看過できないフェレよ?」
「いや……。……そう、ね。お前が気に入ってるなら、うん。いいんじゃない。悪かったよ」
「?」
何だろう、馬鹿にしている、という類の振舞いでは無い気がしてきた。
アルケニモンの台詞は妙に歯切れが悪く--まるで、オレ様の知らない何かを知っている風にも見て取れて。
「素人質問で恐縮フェレけど、キサマ、何かひっかかってるのフェレか?」
「……聞いても後悔しない?」
「このまま聞かないでもやもやしてるよりはいいフェレ。話すフェレ」
「くぅ~」
橙の瞳に色濃く躊躇を覗かせていたアルケニモンは、しかし「どうせこいつずっといるしな」みたいなノリで観念したのだろう。失礼な奴だな。
彼女は至極億劫そうに、口を開いた。
「あのね、人間に知恵を与えた果実は、一般的には林檎だと言われているわ」
「……フェ?」
「もちろん諸説はあるけど。でも、ワイズモンから渡された本に嫌という程血のように赤い林檎が登場したから、間違いないと思う」
「……」
「あと、苺は果物じゃなくて野菜のカテゴリーよ」
元レッドベジーモンが言うなら、少なくとも苺が果物じゃなくて野菜なのは確実なのだろう。
何故、何故だ。何故オレ様は今の今まで知恵の果実を苺だと思って生きてきたんだ。
えっじゃあ今までオレ様が自己紹介した相手はみんな「なんでこのデジモン、蛇苺なんて名前なんだろう」と思ってた……ってコト!?
「イヤッ、イヤッ、ヤダーッ」
オレ様は裏声で悲鳴を上げながらその場で涙目になりながら転がりまわった。
アルケニモンの冷たい瞳にも僅かながらに同情心が混じっており、小さくてかわいい輩たるあいぷるは、何してるんだろうコイツと言わんばかりにつぶらな瞳でじっとオレ様を見つめている。
「……なんで、そんなサブカルチャーに詳しいっぽいキャラしときながら、そんな勘違いしてたのよ」
「そんなのオレ様が聞きたいがー!? もう顔真っ赤フェレよ」
「……それはひょっとして、ギャグのつもりで言ってるの?」
「おっ、どうしたんスか蛇苺の兄貴。顔真っ赤ッスよ」
「……」
聞かないで……と声を絞り出すオレ様と、もう何も言わないでおこうと決めたのか口を噤むアルケニモン。
……とはいえ部下の前でこの体たらくでいる訳にもいかないので、オレ様は申し訳程度に表情を整えて立ち上がり、やって来たブギーモンに用件を尋ねる。
「落とし穴が完成したのッス」
「ああ、ご苦労さんフェレ。地表テクスチャの調整はオレ様がやっておくフェレから……っと、そうだ」
オレ様は再び、アルケニモンの方へと向き直った。
「アルケニモン、キサマ、その状態でも糸なら出せるのフェレよな?」
「……ほんのちょっとだけよ」
「長ささえあれば数はいいのフェレ。空から来る奴用に鈴を吊るして張るのフェレよ。ブギーモンに渡してやってほしいのフェレ」
まあ、そのくらいなら。と。相変わらずなげやりな調子ではあるが、アルケニモンは比較的協力的な様子を見せていた。
知らない方が良かった真実を教えた事実に引け目を感じているのか――いや、あまり深くは考えないでおこう。単純に、思い返すとオレ様のこころがしんどい。
まあ、コイツときっちり会話が出来た事自体は、そう、悪くは無かったので。
「そうそうアルケニモン」
あいぷるを頭に乗せてから、落とし穴の最終チェックに向かう前に、オレ様はまた、彼女の方へと振り返る。
「何」
「もしこの試みが上手くいったら、青い鳥作戦の発案者はキサマだったという事にするといいフェレ」
アルケニモンが、目を見開いた。
「……なんで?」
「言ってるフェレだろう? オレ様、無駄に優秀なのがバレて仕事を増やしたくないのフェレ。だがキサマは手柄と実績さえあればここから解放してもらえるし、何なら今後、ある程度自由に行動できるだけの地位を貰えるかもしれないのフェレ」
あのワイズモンは嫌な奴だが、目的のためにより良い方法があるなら、それを取り入れるだけの柔軟性は持ち合わせているタイプのデジモンだ。
そも、アルケニモンをここに縛り付けている理由が無くなるのなら、他の利用方法も考えはするだろう。どうせ逃げられないのなら、より良い待遇を求めるに越した事は無い。
「兄貴~! アカウントが止められやした~!? 一体どうすれば」
「バカ! リツイートのペースは考えろっつったフェレだろ!? そういうのは上限があるのフェレよ。……と、まあ。オレ様はあっちに行くフェレから、こっちは頼んだフェレよ」
「……考えとく」
気を回してやってもどこまでもそっけない対応で返すアルケニモンに肩を竦めつつ、それから後は、ほぼ1日中。オレ様は部下の仕事をチェックするために、畑のあちこちを駆けずり回った。
……その甲斐が現れたのは、早速、次の日。
勤務12日目にして、『暗黒の種』が芽吹いたのだ。
「夢だけど!」
「くぅ~」
「夢じゃ無かったフェレ!」