未だ熱の冷め止まぬ残暑の秋、小雨の降る曇り空の下。
およそ十歳ほどの背丈の少年と九歳ほどの背丈の少女が、どこか寂しげな様子で山の中を歩んでいた。
少年の服装は白いタンクトップの肌着に茶色の半ズボン、少女の服装は薄く水色がかったワンピースと見るからに軽装の類であり、そのどちらも足にはサンダルを履いている。
二人の衣類は泥水に濡れ、衣類を纏っていない剥き出しの体の各所には切り傷や擦り傷の痕があるが、それを痛がったりしている様子は無い。
ある時、白い肌着の少年がワンピースの少女に声をかけた。
「……大丈夫、か……?」
「……うん……」
「……疲れて、ないか?」
「……うん……」
「………………」
「………………」
見るからに痛々しい傷を負っていながら、交わされる言葉は最小限で、確認作業以外の要素は何も無かった。
個々人に差異こそあれど好奇心旺盛な子供達が交わす言葉にしては、明らかに異様な雰囲気が漂っている。
いや、そもそもの話として異様なのはそれだけでは無い。
服装や交わされる言葉、そして体に負った傷などより最も気にかけるべき異様が、少年の体には存在していた。
それは、赤と黒。
少しだけ夏空に焼けた少年の右腕は赤くゴツゴツとした鱗に覆われ、長く伸びた三本の爪が指の役割を担う形となっており、即頭部からは同じ赤色の蝙蝠の羽にも似た何かが生えてしまっている。
そしてそれ以外にも、少年の体の異形の部分には黒い色で何やら紋様のようなものが描かれていた。
蛇の鱗が形作るそれとは何処か違う、ある種の呪いのようにも思える、主に三角形によって描かれた異彩なる紋様。
その意味を少年は知らないし、現時点では考えていられるほどの余裕も無かった。
「!!」
少年の即頭部にある羽のような何かが震える。
何かを感じ取ったのか、少年の視線が進行方向とは異なる方へと向けられる。
少女はそれに気づかぬまま歩き続けて、直後に山中に広大に広がる茂みの向こう側からその『何か』は現れた。
「!!」
驚き、怯えた表情を浮かべる少女の視界に映ったものは、一言で言えば獣だった。
薄く紫がかった白い毛並みを持ち、犬のようにも見える姿で、鋭く長い爪を生やした獣。
それがどういった生き物なのかなんて、少年にも少女にも知る由は無かった。
ただ一つ解る事は、この獣が自分達に襲いかかってきているという簡単な事実のみ。
そして、そんな事を理解する間も無く、赤色を含んだ少年は行動していた。
少女を狙って飛び掛かった犬に似た獣に向かって逆に自分から飛び掛かり、勢いのままに地面に組み伏せにかかる。
「ガアアアア!!」
「ッ!! ぐ、ああああっ!!」
当然、防衛本能とでも呼ぶべき抵抗があった。
獣は自らを地面に押し倒した少年の、左の肩に向かって噛み付こうとしたのだ。
牙がタンクトップの繋ぎの部分ごと人肌に食い込み、肉を破り、血液が漏れ出てくる。
当たり前の激痛が少年を襲うが、少年は赤く筋骨の発達した右腕で獣の頭蓋を殴打する。
叫びながら、必死に、何度も何度も。
いつしか自らの肌に食い込む牙の力が弱まっても、構うことなく。
やがて何かが潰れるような音と共に、獣は息絶えた。
瞬間、獣の体が突然バラバラの粒となって弾け、その場にいたという痕跡一つ残さず掻き消えてしまう。
息も絶え絶えといった様子の少年は、獣に嚙まれた左肩に異形の右手をあてながら立ち上がる。
時間にして十数秒ほどの戦い、その成り行きを見るしか無かった少女は怯えたままの表情で少年に声をかけた。
「――だい、じょうぶ……?」
「っ、平気だ……こんなの……」
言葉に反して、顔色は悪かった。
必死に笑顔を取り繕う少年の目元からは、僅かに涙が漏れ出ている。
左肩の痛みが、怪我の度合いが軽くないことは明白だった。
だけど、少女は少年に対してそれ以上何が出来るのかが解らなかった。
ただ少年の言葉を信じてあげる事ぐらいしか出来なかった。
「……っ!! うっ……!!」
「!!」
しかし、そんな少女の目の前で少年は何かに悶える様子で倒れ込んでしまう。
悲痛な声を上げる少女の目の前で、少年の体が更に異様なものへと移り変わっていく。
「はぁ……はぁ……っ!!」
まず最初に、獣に噛み付かれた左の肩の肉が、その表皮がぺりぺりと剥がれ落ちる。
曝け出されるはずの人間の骨肉はそこに無く、代わりにワイヤーフレームにも似た色彩の異質な何かが姿を現すと、それもまた即座に右腕や額の羽と同じ赤色に染まり、新たなる左肩として成り変わる。
それだけでも十分異質な光景だが、変化はそれだけに留まらなかった。
少年が半ズボンを履いている下半身、そのお尻の部分から左肩に見えたものと同じワイヤーフレームが生じる。
それが見る見る内に蜥蜴の尻尾のようなものを形作ると、左肩の時と同じように赤色が覆っていく。
そうして、履いている半ズボンを貫通する形で少年の下半身には赤い尻尾が現れた。
生えたというより、最初から少年の体には尻尾があったと、そう事実を上書きされているかのような光景だった。
事実、形成された尻尾は半ズボンを貫通しているにも関わらず、その変化に伴うはずの音は何も無かったのだから。
「……っ……」
変化が収まったのか、少年はそれまでの苦しんだ様子が嘘のように簡単に立ち上がる。
そうして自らの変化のさまを見回すと、複雑な表情を浮かべてしまっていた。
変化した少年の左の肩には力が漲り、お尻から伸びている尻尾が自分のものであるという感覚も確かにある。
本当のところ、自分の体が変わっていくその感覚に痛みが伴っていたわけではなかった。
それでも苦しむような声を漏らしてしまっていたのは、自分が別の何かになっていくその感覚と事実がどうしても怖かったから。
「……お兄、ちゃん……」
「――大丈夫だ。そっちこそ本当に大丈夫か……っ?」
落ち着きを損なった少年に少女が声を掛けると、少年は即座に平気を取り繕おうとした。
この少女――自分の妹に余計な心配をかけさせるわけにはいかないと、そう思ったが故に。
だが、どれだけ取り繕ったところで気持ちは正直で、少年の声は震えていた。
無理も無い話ではあった。
そもそもの話として、彼はただの子供であって。
このような山の中で、ろくな携行物も持たず、見知った大人の助けも無しに行くしかない――こんな現状に恐怖を覚えない方が異常だと言えるのだから。
◆ ◆ ◆ ◆
数日前の事だった。
少年と少女は、東京の外れに存在する村に家族と共に住まっていた。
都会の近くでありながらも自然豊かな場所で、そこでの暮らしに少年も少女も特に不満は無かった。
通う学校では仲の良い友達もできていたし、夏休みの間もたびたび遊ぶ事があって。
その日は学校帰りに同級生の子供を呼び、結果としてはその子供の兄姉なども巻き込んで、公園でドッジボールなどをして遊んだりしていた。
無邪気な悪口の一つや二つこそあれど、少なからず楽しいと思える時間を過ごしていた。
それに最初に気付いたのが誰だったのかまでは覚えていない。
どうあれ誰かが、夕食の時間に差し掛かった頃に声を上げていた。
その声に引っ張られる形で、他の誰もが同じものに注目を寄せていて。
少年もまたその内の一人に加わり、視線を向けていただけ。
その時の光景を、少年も少女も二度と忘れられないと思った。
視線の先、夕焼けの秋空の景色、見知った世界の色彩の中に――切れ込みがあった。
まるで口でも開いたかのような形で、空が裂けていたのだ。
当時、少年の目にはそれが、何処かへと繋がる『穴』のように見えた。
空に出来た裂け目、その向こう側には夕焼けとも青空とも夜空とも異なる色彩が広がっていたのだから。
どうしても気になって見つめていた少年とは異なり、見ていると今にも吸い込まれそうな錯覚さえ覚えるそれに少女の方は怯えて目をやる事さえ途中でやめていて、その様子に少年もまた視線を少女の方へと向けていた。
そして、そうしている間に、空の裂け目という異変を皮切りに全ては確実に変わり始めていた。
――あ……。
まず最初に、おそらくは空の裂け目に一番最初に気付いた男の子が呆然とした声を漏らしていた。
途端にその全身に服ごと緑色の線が走り、周囲の空気がバチバチとした音を鳴らしだす。
他の、空の裂け目を目撃していた少年少女の体にも、皆等しく同じ異変が起きていて。
少女の身を案じて視線を外していた少年の身にも、同じ事が巻き起こっていた。
――っ!!
その時の感覚を、少年は今も覚えている。
頭の中に知らない言葉や気持ちが入り込んでくる、自分の体の動かし方を忘れてしまいそうになる、自分というものがなくなってしまうと錯覚しそうになる――得体の知れない違和感。
少女の体にも同じ事が起こっているのか、より一層怯えた様子で身を縮こまらせていた。
ただ事では無いという事は、まだ世の中の事を詳しく知らない少年の見識でも理解が出来た。
実際、彼の目の前で驚くべき事態は既に巻き起こってしまっていた。
空の裂け目を眺めていた見知った顔の少年少女たちの体が、その色がぺりぺりと頭からめくれて剥がれだしていく。
ヒトとしての形と纏っていた服装の痕跡を残しながら、緑色の網目で形作られただけの何かに変わっていく。
目も耳も口も何も見当たらない、のっぺらぼうどころの騒ぎではない抜け殻とでも呼ぶべきもの。
見ればその中心には0と1の数字が幾多に描かれた球体が存在し、それはくるくるとコマのように回転を続けていた。
――なんだよ、これ……。
少年はその光景に恐怖以外の何の感情も抱けなかった。
元々見えていたものが何処へ消えたのかは解らないし、そんな事を考えていられるほどの余裕も無かった。
少年と少女が恐怖を抱いている間にも変化は続いていたのだ。
数字の描かれた球体の回転が勢いを増す。
それに伴うようにヒトのカタチを形作っていた線の緑色がどんどん色褪せ、それに重なるような形で新たな緑色の線が人間のそれとは全く別のカタチを描き始めていく。
まるで、人間だったものを別の何かとして作り替えるかのように。
その存在は元々そういう姿をしていたと、痕跡から塗り潰していくように。
少年の友達だったものは同じ大きさの蝋燭を想起させる形になって。
少女の友達だったものは四足歩行の蜥蜴のような生き物を想起させる形になって。
友達の兄貴分だったものはそれまでの体躯を遥かに超える恐竜のような形に変わり果てて。
そしてその全てが、遅れて新たな色彩を宿すに至っていた。
風邪を引いた夜でも見ないような、摩訶不思議極まる光景。
それを見た少年は目の前の異常事態に背を向け、少女の手を引き一目散に逃げ出した。
ここにいたら取り返しのつかない事になる。
それが何となく理解出来たから。
実際、その判断は間違いではなかった。
必死に駆け出した少年と少女の背後から、人間の発するものとは到底思えない――鳴き声が響いていたのだから。
もう、公園の中に彼等の知る者はいない。
そこにいるのはもう、本能とでも呼ぶべき何かに導かれる形で動き出した怪物だけだ。
何処に行けば良いのかなんて、子供の頭ではわからなかった。
ただ、母親や父親のいる場所にいけば大丈夫だと、根拠など無くともそう考えるしかなかった。
そうして何かに急かされるように、少年は少女と共に自宅を目指して走り続けて。
そして。
――え……?
家族と共に住んでいる家の場所は覚えていた。
何度も何度も、学校に行く度に帰ってきた家の形を忘れてしまう事は無かった。
いつも通りに進んでいれば辿り着けると思っていた。
だが、少年と少女は目撃してしまった。
いつの間にか村中には大小さまざまな体躯と姿をした怪物が住民と入れ替わるように現れ、縄張り争いでもするかのように争いあっていて。
少年と少女が住まっていた家が、跡形も無く崩れて燃えているところを。
――あ……あ……。
何処にも母親や父親の姿はなく、声の一つも聞こえない。
他の住民たちと同じように怪物に変わり果ててしまったのか、そうはならず何も知らないまま夕食を作っていて――怪物たちの争いの影響で家ごとグチャグチャに潰れてしまったのか。
――お母さん!! お父さんっ!! 何処っ、何処にいるの!?
確認のしようなんて無かった。
ワケも解らず、せり上がってくる気持ちのままに泣きながら叫びを上げる。
しかし、ちっぽけな子供の声は怪物達の喧騒に遮られるだけで。
誰の言葉も、返ってくることは無かった。
――……ぅ、ぅぁ……。
あまりの現実に少女の声は消え入っていた。
少年もそんな少女に対し、どんな言葉を投げ掛けてやればいいのか解らない。
いつだって解らない事を教えてくれた大人はもう、大人どころか人間と呼べるものですらなくなっている。
しかも、
――!! お、俺まで……っ!?
例外は無かった、という事だろうか。
他の人間ほど長く見続けていたわけではなくとも、同じく空の裂け目を目撃していた少年の身にも――明確な変化が訪れていた。
右腕の感覚に違和感を覚え、反射的に見やってみれば、少年の右腕は表皮が剥がれ、少し前にも見た緑色の網目による形だけの抜け殻と化していた。
そしてそれは形を変え、見る見る内に赤と黒の色を宿し、三本の爪だけを生やしたものと成り果てる。
更に、続けざまに即頭部に辺りに違和感を覚え、左手で触れてみると――何も生えてないはずの部分に、自分の体としての感覚がある事に気付く。
空の裂け目を眺めていた時間が他の人間よりも短かったためか、結果としてその時点での変化はそれだけではあった。
だが、少年はこの時点で実感として理解していた。
自分はもう、人間と呼べるものではなくなっているのだと。
◆ ◆ ◆ ◆
大人の助けも借りられなくなって、少年と少女は村を出て行くしか無かった。
怪物達の争いに巻き込まれて生き残れる自信なんて無かったし、そもそもの話としてあの村の中に居続けたところで自分達の『これから』が良くなるとは思えなかったから。
何処へ目指せば良いのかも解らないまま、異形の少年と少女は足を動かし続けたのだ。
恐ろしい怪物のいない安全な場所に向かって逃げ、生き延びるために。
現在歩いている山道は、そのために選んだ進路だった。
かつては父が運転する車に乗って、母と共に東京の街に行く過程で通り過ぎていた、車の走る道路が作られている山。
この山を越えて、しばらく進んだ先に東京の街がある。
そこなら村のそれとは比較にならないほど多くの人間が住んでいて、その中には自分達のような子供を助けられる大人だっているはずで、食べ物や住まいになる場所だってたくさんあるはずだと、そう願っての選択。
言うまでも無い事だが、東京へ向かうための道程は最初から厳しいものだった。
どの方角に向かえば良いのかまでは知っていても、車などの乗り物を運転する術など子供二人にあるわけも無く、必然として少年と少女はその足で目的地に向かうしかない。
となれば要される時間は車や二輪を用いたそれと比べて途方も無く、体力の消耗もまた激しい。
加えて途中途中、少女は当然として異形を含んでいる少年もまた、食料を手に入れ腹を満たす必要があって。
崩れて放棄されたコンビニの中に残されていたパンや飲み物、果樹園で育成されていた果物などを、本当はいけない事だと解っていながらその場で食べたりもした。
だが、各所に残されていた食べ物はいずれも少量で、蟲が集っているものさえあり、満足のいく食事なんてかれこれ一度だって出来てはいなかった。
水も食料も、この山に辿り着くまでの時点でとっくの昔に手持ちに無い。
リュックサックやポーチバッグの一つでもあれば何かしらの食料を携帯出来たかもしれないが、そのような都合の良い道具は探す余裕も無く、持ち切れないものはその場に捨てて進むしか無くて。
マトモに眠れもせず、たった一日分の時間があまりにも長く感じられて。
そうしてやっとの思いで辿り着いた山でも、小柄ながら子供一人食い殺す程度は容易いであろう怪物に襲われた。
両親も隣人も友人もいなくなった少年と少女の心労は、既に許容出来ない領域へと踏み入っていた。
見知らぬ怪物を殺してから数十分ほどが過ぎた頃、少女はふとして疑問を漏らす。
「……お兄ちゃん……」
「なんだ……?」
「……本当に、街にいけば大丈夫なのかな……」
「……どうして、そんな事を言うんだ……?」
「……だって、もしかしたら街の方も……」
「…………」
少女の不安は、少年にも理解出来ることではあった。
東京の街に行けば助けてもらえるし食べ物だって手に入る――そんなことは所詮、少年にとってもただの願望でしかないのだ。
もし仮に、空の裂け目を目撃した人間が等しく怪物に成り果ててしまうのであれば、それは街に住む人間たちだって例外ではない。
むしろ、住んでいる人間が多ければ多いほど、余計に大きな争いが起きている可能性は高くなる。
いっそ行かない方が安全かもしれないと、少女は暗にそう告げているのだ。
だけど、他に行く宛なんて思い浮かばない。
それに、誰の助けも頼れないまま、たった二人だけで生きていける希望も見えない。
何でもいいから目的を作らないと、少年はすぐにでも心が挫けてしまうような気がしていた。
だから、
「そんな事……見てみるまでわからないだろ!!」
「……それは、そうなんだけど……」
「大丈夫だ。危ないことになったら、お兄ちゃんがなんとかするから……変なことは考えないでいいんだ!!」
少年は少女を不安にさせまいと、そう返していた。
少女の意見をかき消そうとするような、あるいは自らの不安を押し殺すような、強がった声で。
実際、少女は少年の言葉にそれ以上何も言い返せなかった。
とぼとぼと、少年と共に歩き進んでいく。
(……なにか、食べ物は……)
たった二人で山を登り進むという事は、当然ながら初めてだった。
遠足などの学校の行事で向かう時は他の生徒ともども基本的に引率の先生の指示に従う形で動いていたし、そもそもの話として山道を行くにしても今ほど緑の深い場所へ向かう事は無かった。
だから、山にある食べ物のことなんて大して教えてもらう機会は無かったし、教えてもらった事なんて精々が「図鑑も無しにキノコに手は触れない」という注意ぐらい。
しかし、こうして大人に頼れぬ状態のまま二人で山に来てしまった以上、どこかしらで食べ物を調達する必要がある。
何せ、この山を越えてもまだ東京までの道は続いているのだ。
次はいつ何処で食べ物を口に出来るかもわからない。
食べてはいけない類のものを食べるなど以ての外だが、せめて目で見てこれは安全そうだと思えるものを見つけ出さなければならなかった。
せめて妹の腹を満たせる分の食べ物を――そう思って歩きながら少年は周囲に目をやっていると、ふとして少女から声がかかった。
「……おにいちゃん、それ……」
「? それって、どれ……」
振り向き、少女が何かを指差している事に気付き、指差された方向へ少年は視線を移した。
見れば、茂みの近くに見覚えのある果実が野放しとなっている。
というか、
「……え、ニンジン……?」
子供がよく嫌う野菜の一つ、本来は畑で栽培されるウサギの好物。
よく見ると普通のそれとは色合いや形が異なるように見えるが、一目で見て人参だと判断出来る程度には近しい根菜がそこにあった。
しかも、
「そう、みたい。あっちにも……」
「……パイナップル……?」
続けて少女が指差した方へ目を向けると、数多くある茂みの一つに紛れる形で酸味溢れる果実が一つ存在していた。
少なくとも、それが山の中になど生育されているわけが無い事ぐらいは少年も知っていた。
おかしい、それ以外の感想は出てこなかったが、
(……とりあえず、食べられるか確認はしないと……)
少なくとも毒がありそうには見えなかったため、少年はまず人参から手に取った。
目立った土汚れ一つないそれは何処か作り物のようにも見えて不気味にも思えたが、意を決して先端から齧ってみる。
意外にも、子供の舌でも味は悪くないものだと思った。
食べかけにはなるが食べ物としては問題無いことを確認出来た人参を少女に手渡し、続けて少年はパイナップルに手を伸ばす。
当然ではあるが、パイナップルにはトゲのついた皮がある。
それは子供の手一つで簡単に剥けるものではなく、本来であれば包丁などを使って縦八等分に切ったりすることを基本としているものだ。
無論、今の少年と少女の手にそのような便利で危険な道具は無い。
代用となるものは、少年自身の異形の右手以外に無かった。
少年は左手でパイナップルの葉を掴み、右手の三本の爪をパイナップルの皮に突き立て、強引に捲り上げようとする。
その最中、少年と同じく食べてみたのであろう少女が苦々しげにこう言った。
「……おにいちゃん、これあまり好きじゃない……」
「……我慢して」
「おにいちゃんだってお腹空いてるでしょ。あげる……」
「駄目だよ。野菜だって食べないとってお母さんだって……」
「……お母さんは……」
「…………」
少年は詰まらせた言葉を誤魔化すように、パイナップルの皮を捲る三本の爪の力を強めた。
途端に中にある黄色い果肉が姿を現し、果汁もまた漏れ出てくる。
少年はどうにか口をつけられる程度に皮を剥ぎ取れたパイナップルを一口齧ると、知った通りの味が舌に返ってくるのが解った。
とても甘い味と匂いがした。
だけど、少年の表情が変わることは無かった。
家族と一緒であればあるいは甘味に笑顔を浮かべていたかもしれないが、今の彼にそのような余裕は無かった。
食べられる事を確認すると、パイナップルもまた少女の方へ手渡そうとしたが、
「やめてよ。美味しそうだけど、それもいらない……」
「何でだ、甘くておいしいぞ。なんでこんな所にあるのかはわからないけど、食べられるものは食べていかないと……」
「……お腹、そんなにすいてないから……」
「それでもだ。入れられるだけ入れていかないと……後で腹ペコになってからじゃおそ――」
「――いらないって言ってるでしょ!!」
大きな声で、思いっきり拒絶されてしまう。
言い分が我が侭にしか聞こえなくて、少年は苛立った様子で言葉を紡ぎだす。
「なんで食べないんだよ!! ニンジンはともかく、パイナップルは好きな方だったじゃないか!!」
「好きだけど……いらないったらいらない!! お兄ちゃんが食べればいいでしょ!?」
「俺は……別に腹もそんなに空いてないからいいんだよ!!」
「こっちだってそう言ってるよ!! どうしてそんなに私にばかり食べさせようとするの!?」
「そんなの……!! 食べなきゃお前が死んじゃうからに決まってるだろ!!」
「ちょっと我慢した程度で死んだりしないよ!! それに、お兄ちゃんだって食べないと死んじゃうのは同じでしょ!? 半分こにするとかすればいいのに!!」
「お前は……女の子で、俺よりも年下で……だから、俺よりも量は必要なんだよ!! だから……!!」
互いに互いの言い分を否定するばかりの言い争い。
無論、進展など無かった。
少年がどれだけ理屈を並べ立てようが少女は納得しないし、少女の反論も少年は通す気が無い。
言い負かされているという自覚があっても、少年は少女が食べ物を食べないという話を認めるわけにはいかなかったのだ。
(俺が……俺が守らないと……守れなかったら……そうしたら……)
だが、少年も少女もある意味において危機感が抜けていた。
ここは既に自然溢れる山の中であり、既に一度怪物に襲われもしていた。
そして少年の手には、甘ったるい匂いと共に果汁を漏らす果実が一つ。
であれば当然、
「ゴーッ!! ゴッゴッゴッ!!」
「ひ……っ!?」
「ッ!?」
それを狙おうとする獣がいたとしても、不思議ではない。
吠え声に少年が振り向いた時には既に、棍棒を持った緑色の――ゲームなどで見た事のあるゴブリンのような――怪物が茂みの向こう側から現れていた。
二足で立つそれはいちいち少年と少女の出方など待たず、その手に持った棍棒を振るう。
嫌な音と共にそれは少年の顔面に右側から直撃し、少年の体が軽々と地面に転がされる。
尋常じゃない衝撃と激痛に少年の意識は朦朧とし、目元から思わず涙が漏れ出てきそうになる。
歯の嚙みあわせだっておかしい――もしかしなくとも数本折れたのかもしれない。
だが、直後に聞こえた声が少年の中の全ての前提を置き去りにした。
「っ、返してっ!! それは私たちの……っ!!」
「ゴアアアッ!!」
少女の必死そうな声が聞こえたかと思えば、直後に鈍い音が響いていた。
悪寒を感じ、うつ伏せに倒された状態から起き上がり、怪物のいる方へと視線を向ける。
そうして見えたのは、怪物に殴られたのか背中から地面に倒れこむ少女の姿。
それを視界に捉えた瞬間、少年の頭の中で何かが弾けた。
脱げ落ちたサンダルとか奪われた食べ物とか怪我の傷みとか歯が折れた事実とか、そうした余分なことを微塵も考えられなくなる。
代わりに浮かび上がるのは殺意。
少女を傷付けた怪物に対するそれは爆発的に思考に広がり、少年の視界を赤く染めた。
「があああああああああああああああっ!!」
何かが剥がれ落ちるような感覚と共に、少年は駆け出し怪物に飛び掛かる。
自らに襲い掛かろうとする少年の存在に気付いたゴブリンの怪物は、その手に持った棍棒で少年を殴り打ち飛ばそうとした。
だが、少年は自らを殴打せんとした棍棒に対し右腕の爪を振るう事で逆に打ち砕いてしまう。
怪物は自らの武器を壊された事実に驚きの表情を浮かべたようだったが、少年はそれに構わず右腕を振るった体勢のまま怪物に体当たりしていく。
ドスッと鈍い音が響き、ゴブリンの怪物は少年の体に押される形で仰向けに転んでしまう。
その手から離されるパイナップルを見ても、少年の視線は一ミリも揺らがなかった。
「ゴッ!? ガアアア……ッ!!」
「ぐがあああああああああああああああああああああ!!」
仰向けに倒れた状態から咄嗟に起き上がろうとしたゴブリンの怪物に、少年は再度飛び掛かり馬乗りの姿勢になる。
そのまま右腕を振り下ろし頭蓋を割らんとするが、ゴブリンの怪物は咄嗟に左腕で右腕の一撃を受け止め、続けて少年が振り下ろした左の拳を右の手で掴み取ってしまう。
腕の力による奇妙なつばぜり合いによって状況は膠着するが、それをよしとするほど少年を染める殺意は収まりを知らない。
両の手が届かないのであればどうすれば殺せるのか――その正解を導き出すのに、一瞬も掛からなかった。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
すなわち。
自らの顔を力いっぱい前に押し出し、口を開けて――怪物の喉元に喰らいつく。
それはもはや、人間ではなく獣が取る攻撃手段に他ならなかった。
少年の歯――否、牙が怪物の喉に突き刺さり、血肉を貪らんと凄まじい力が込められる。
怪物は右足を動かし、自らに馬乗りになる少年の腹を蹴って足掻くが、どうにもならなかった。
両腕はつばぜり合いの状態になっているが故に使えないし、蹴っても蹴っても首を噛み切らんとする顎の力が弱まる事は無かったのだから。
張りのあるウインナーでも噛み千切るかのような音と共に、少年は一息に怪物の首を引き千切った。
断末魔の悲鳴などは無く、まるで機械の電源でも落とすようにゴブリンの怪物の体から生気は失われ、山に入って最初に襲ってきた獣と同じくゴブリンの怪物はバラバラの粒子となって弾け飛ぶ。
獣の時と異なる点があるとすれば、ゴブリンの怪物だった粒子は殺害者である少年の体の方へひとりでに吸い込まれていったという事ぐらいか。
数秒、少年は落ち着かない様子で呼吸を荒げていたが、やがてその視線を倒れた少女の方へと向けた。
恐怖を思い出したかのような表情になると、すぐさま傍に寄り添い声をかける。
「――おい!! 大丈夫か!?」
見れば、少女は鼻血を漏らしている様子だった。
おそらくは顔を殴られたのだろう――その事実に少年の殺意が再点火しそうになるが、そもそも加害者は少年がその手で殺めたばかり。
終わらせた奴のことなど考えても仕方が無いため、とにかく少年は少女に呼びかけ続ける事にした。
その背中に右腕を通して担ぎ上げ、体を揺らしながら。
「しっかりしろ!! お願いだから、起きてくれっ……!!」
「……ぅ……」
必死に呼びかけたお陰か、少女は意識を取り戻した。
その事実にひとまず安堵する少年の顔が、静かに開かれた少女の目に入り、
「――きゃあっ!!」
「!?」
気付いた時には、少年は悲鳴と共に突き出された少女の両手で押されて尻餅をついていた。
あまりにも突然の出来事に少年は抵抗する間も無かった。
そもそも理解が出来てなかった。
少女の反応は、明らかに何かに怯えた様子のものだった。
直前の出来事から、自分に触れている相手を先ほどのゴブリンの怪物と見間違えてしまったのか、と最初はそう思った。
「お、おにい、ちゃん……なんだよね?」
「?」
だが違った。
少女は、自分の視界に入っている相手が少年である事を知った上で、なお怯えた様子を見せていた。
暫し呆然とし、直後に少年はようやく自らが抱くべき違和感の正体を知った。
それは、今の今まで自然なものとして認識していた事実にこそ疑問を抱くべきものだった。
(……あ……)
自分の視界の下方に、赤く染まった自分の鼻が見えていた。
まるで獣や爬虫類のそれのように、気付けば少年の鼻口部は前方に突き出たものになっていた。
それだけに留まらず、口の端が大きく裂けて歯は全てが牙と呼べるほど尖ったものになり、そこにはゴブリンの怪物の残骸とでも呼ぶべき赤黒いものがこびり付いている。
まさかと思い改めて自分の体を見回してみると、変化がそれだけでは無いことに気付いてしまう。
膝から下の部位、脱げ落ちたサンダルの代わりに大地に触れている自らの両足、それもまた右腕や左肩、そして鼻口部と同じく赤く染まり、五本の指の変わりに前方二本後方一本の爪が生えた異形のものへと変わり果てていた。
少し前にも同じような変化は起きていたが、今回の変化については少女の怯える姿を見るまで自覚することすら出来ていなかった。
いつの間に変わっていたのかも解らぬまま、それが自分の体の自然な形であると認識してしまっていたその事実に、他ならぬ少年自身が恐怖を怯えてしまう。
家族と暮らしていた村で最初の変化があって以来、暫くは大きな変化など無かったのに、山に入ってから、怪物を殺す必要に迫られる度に自分自身もまた怪物に変わっている。
まるで、そういう毒にでも蝕まれているかのように。
どれだけ変わりたくないと願ったところで、もうその流れは変えようが無いのだと思い知らされる。
こんな姿、こんな有り様、確かに少女が怯えてしまうのも無理は無かった。
殺意のままにゴブリンの怪物を殺したのは変化した自らの牙であり、そんな事が出来てしまう――そんな事をしようと決断してしまった自分を人間だと思えるわけも無い。
他ならぬ少年自身、そう思ってしまった。
一度思ってしまったら、もう不安を拭うことなんて出来るわけもなかった。
自分はもう人間じゃない。
いずれ、体も心も怪物になってしまう『なりかけ』でしかない、と。
「う、ああ……」
もし、このまま何の改善も出来ないまま怪物になってしまったら、その後どうなる。
傍で一緒に歩いている少女を、自分という怪物はどうしてしまうのか。
このまま一緒にいる事が、本当に正しい選択なのか。
元は同じ村に住む住民同士だった人間たちが、怪物に成り果てて争いあっていた光景が想起される。
怪物としての体が大部分を占めるようになってしまった少年には、もう何もわからなかった。
「……おにい、ちゃん……?」
「――っ!!」
恐怖の抜け切らない様子の少女の声が聞こえた瞬間、少年は駆け出していた。
一刻も早く少女から離れなければならないと、そう思い込んで。
自らを呼び止める声も、自分が傍にいなければ少女に身を護る手段は無いという事実も、聞こえなかったし考えられるだけの余裕も無かった。
自分がどの方角に向かって進んでいるのか、これから何処へ向かえば良いのか、自分はあとどのぐらいの時間を経て完全に怪物になってしまうのか、何もかも解らぬまま――ただ走っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……っぐ……!!」
得体の知れない何かから逃げるように走り続けて、どれほどの時間が経ったのか。
小雨が勢いを増して普通の雨ほどになった頃、いつしか息を切らせた少年は、濡れてぬかるんだ地面の上に転んでいた。
今となっては人間であった証明とも呼べる衣服が泥水を吸い、衣服を身に纏っていない部位ともども汚れてしまったが、少年にとってそんなことは最早どうでもよくなっている。
「……ぅ、うぅ……!!」
服が汚れてしまった事などよりも、怪物によって体につけられた傷の痛みなどよりも、胸の奥がずっと痛いと感じていた。
視界の下部に自分の鼻先が見える度に、お尻から伸びる尾の感覚を知覚する度に、今の自分がどういう存在なのかを突きつけられている気がした。
望んでもいなかったのに、自分という人間がまったく違う何かに変わろうとしている事実が、少年の心をどこまでも苛む。
どうして、こんな事になったのだろうと少年は想う。
数日前まで、自分も妹である少女も、両親と共に特別不満も無く生活することが出来ていた。
毎朝学校に行って、授業を受けて、時に友達と語らったり遊んだりして、学校から帰れば母の作ったおいしいご飯を食べられて。
そんな日々を変えてほしいだなんて、考えたことは無かった。
仮に考えたことがあったとしても、こんな形で変わってしまう事は望まなかった。
こんな形で日常が終わりを告げられるなんて、考えたくなかった。
立ち上がると、水たまりの上に今の自分の姿が見えた。
人間の体の半分以上が赤色に染まり、蜥蜴のような竜のような何かに変わろうとしている、まさしく『なりかけ』の姿が。
人間とトカゲ、二つの生き物のそれを混ぜ合わせただけのような、中途半端な怪物の顔が。
「うあああああああ……っ!!」
泣き叫んだところで現実は何も変わらない。
夢なら覚めろと願って右腕を力強く嚙んでみても、ただただ痛いだけ。
少年はただ怪物で、周りに頼れる誰かなどおらず、行く宛も無い。
これからどうすればいいのかなんて、解るわけも無かった。
今さら、妹である少女の傍になんて戻れない。
いつ何処から怪物が襲ってくるかもわからない山の中で離れ離れになる事が、あの少女に対してどれほどの危険を伴うのかを解っていても――他ならぬ自分自身が危険そのものになると考えてしまうと、それは何よりも恐ろしい事だと感じられたから。
そもそも、少女自身が今の少年のことを受け入れられるのかも解らない。
成り行きがどうあれ、ゴブリンの怪物を殺した直後の少年の姿を見て、彼女は確かに怯えていたようにしか見えなかったから。
そして、そこまで考えられていて尚――少年は今この時に少女を一人にしてしまった事に、罪悪感を拭いきれなかった。
「……俺は……っ、お兄ちゃんだか、ら……守らないといけない、のに……」
雨音の中、胸中に留めきれなかった言葉が漏れる。
その場には少年以外の誰もおらず、当然ながら返ってくる言葉も無い。
「……なんでだよ……。なんでこんなことにならないといけないんだよぉ……!!」
もはや、自分自身すら信じることが出来ない。
転んだ状態から起き上がって辺りを見渡しても、自分がいま山の中のどこにいるのかさえ解らない。
とぼとぼと、沈みきった様子のまま足が動く。
東京の街に行けたところで、怪物になってしまった自分に居場所なんてあるとは思えない。
村の中で見た怪物達と同じように、同類を見つけては自侭に暴れ回るだけだと少年は想う。
だったらもう、誰にも会わない方がいい。
誰も傷付かないように、誰も殺してしまわないように、誰もいない場所に一人で寂しくしていた方がいい。
自分のためにも、他人のためにも――そう考えるしかなかった。
半ば自棄に陥りながらも足を動かし続けていると、いつしか少年の目の前には洞穴があった。
曇り空の下でありながら、不思議と中まで明るいように見える、そんな洞穴が。
「……は、はは……」
自分ながら、怪物の居場所としてはちょうどいい場所が見つかったと思った。
こんな場所に好き好んで入っている人間なんていないだろうし、入っている者がいるとしたらそれは動物か怪物ぐらいだ。
そして、動物ならともかく怪物が入っているのなら、殺してしまえばいい。
どうせ放っておいても先の二体と同じように、襲うことしか能が無い奴等だろうから――放っておいたら、いつか妹の少女を襲ってしまうかもしれないのだから。
怪物になりかけの少年は、泥水に足を汚しながら洞穴の中へと入り込む。
見れば、そこは壁面に光る苔のようなものが生えた場所で、曇り空の下であろうと必要最低限の視界を確保出来るようになっていた。
山の中にある洞穴のことなど、当然ながら実際に見るのは初めてな少年からすれば、それは不思議な光景として映るものだった。
辺りには何やら結晶のようなものが生えたキノコのようなものまで見えていて、元々自棄になっていた少年はなんとなくの感覚でそれを採り、咀嚼してしまう。
口が人間のものではなくなった少年にとって、キノコに生えた結晶を噛み砕くことなど苦ではなかった。
美味しいと言えるものではなかったが、かと言って毒のある類のものというわけでも無いようにも思える。
不思議と、体の奥に活力が宿るような感覚があった。
こんなキノコがあったのかと僅かに関心を抱きながら、洞穴を道すがら奥へ奥へと進んでいく。
洞穴の中は特に道が分かれていたりすることも無く、光源となる光る苔が洞穴の至る所に生えているお陰で周囲に存在するものを確認するのに困ってしまう事も無く、いつしか少年は洞穴の中に広い空間を見た。
「ここは……」
そこは、左右の壁や天井を点々と覆っている光る苔によって晴れ間と変わらぬ明るさに彩られた、学校の体育館ほどはあろう大きさの空間だった。
足元には細々とした草が広がっており、至るところに赤や黄色、あるいは白い色の花々が咲き誇っている。
このような洞穴の中に草花が生い茂っているという事実に、見識のまだ浅い少年は素直に驚きを示していた。
よく見ると、光源に照らされた花々の中には見覚えのある花も混じっている。
「確か、彼岸花っていうやつだったっけ……」
過去に、興味本位で手に取ろうとして母親に怒られた覚えのある花だった。
母曰く、その花は上から下まで全ての部分に毒を含むため、子供が誤って食べたりなんてしたら大変なことになるのだとか。
花をわざわざ食べるような子供なんてそうそういるわけも無いと少年は思うが、注意されたという事は当時の母親から見て少年は食べようと考える部類の子供に見られていたのかもしれない。
あるいは、ただ単純に親切心で教えようとしてくれていただけか。
「どちらにしたって、俺もそこまで馬鹿じゃなかったんだけどな……お母さんったら……」
思わず少年の口から笑いがこぼれて、ため息と共に静まり返る。
どれだけ追想したところで現実は何も変わらない。
もう二度と両親に会う事は出来ないし、やってはいけないことをやったとしても叱ってくれる相手などいない。
思い返せば思い返すほど、寂しさが胸を突く。
誰に聞かせるでもない独り言だけがその頻度を増すだけだ。
「……上から下まで毒がある、か……」
ふと、独り言を呟いた後になって少年は思った。
もしも今、怪物に成り果てようとしている自分が彼岸花を食べた場合――死んでしまえるのか、と。
彼岸花に含まれる毒がどれほどのものなのかは知らないが、大人が厳しく子供に言い聞かせようとしていた辺り、本当に「大変なこと」になるだけの毒素は含んでいるのであろう事は想像がつく。
「……まぁ、怪物まで殺せるほどかは知らないけど……物は試しだよな……」
体も心も怪物に成り果ててしまう前に死ぬことが出来れば、それ以上誰かに迷惑をかける事は無い。
自分が誰かを殺してしまうことも、これ以上孤独に苦しむことも無い。
そもそもの話、仮に何かの偶然が働いて、自分が怪物に成り果てることなく人間のままでいられたとして、今更何を目的にすればいいのかがわからない。
以前に少女が言った通り、目的地としていた東京の街にだって怪物が溢れているかもしれない。
いやむしろ、こんな山の中にさえ怪物ばかり見る時点で、少なくとも空の裂け目が見える範囲にある都市は住んでいた村と同じ状況になっている可能性の方が高いと言える。
人間と呼べる存在がどれだけ残っているのかは知らないが、何にせよもう安全な場所なんて何処にも無いのだろう。
怪物の力を前に人間なんて無力だし、そもそもその人間自体が突然怪物に変じてしまうようになっているのだから。
そんな世界で独りで生き延びて何の意味があるのか、少年には解らないし考えることも出来ない。
お腹も空いてきたし、もう楽になりたかった。
妹のことが心残りではあるが、事実上見捨てておいて今更その幸せを祈る資格など無いと少年は思う。
花園に足を踏み入れ、その内から一本の彼岸花を怪物としての右手で掴み取る。
無造作に引っこ抜いたその彼岸花の色は、黄色だった。
異形の部位と同じ赤色に良いイメージは見るからに毒々しく、白色の花はなんとなく石鹸の味がしそうな気がして。
一方で黄色はたんぽぽや菜の花のように食用に使われていた覚えもあって、毒があってもそこまで不味くないかもしれない――と。
どの彼岸花も毒がある事に変わりは無いが、どうせ選ぶのなら不味そうではない色の花が良いとふと思ったのだ。
「……あいつが一緒なら、綺麗だとか言ってたのかな……」
愛でるわけでも供えるわけでも無い花々を目の前に、こぼれた言葉はそんなものだった。
裂けた口を大きく開き、一気に黄色の彼岸花の束を食べにかかる。
ただただ苦いだけのそれをある程度咀嚼し、ごくんと飲み込む。
それから数秒待ってみたが、体の中が痛くなったりすることは無かった。
「……………………うぇ」
怪物の体に通用するほどの毒素ではなかったのか、あるいはそもそも見た目が似ているだけで彼岸花ではなかったのか。
どちらにせよ解ったのは、花を直で食べてもおいしくは無いという当たり前のことだけだった。
というか苦い、ひたすらに不味い。
「……何も無いなら食べなきゃよかった……うぇ、にがぁっ……!!」
良薬は口に苦しと言うが、そもそも良薬を求めてもいない少年にとっては何一つ良いことが無かった。
それならばと、気は進まないが他の色の彼岸花も試してみるかと少年は視線を移そうとして、
「――ゴアアアアアアアアアア!!」
「!!」
洞穴の花園に声が響き渡る。
明らかに獣のものと思わしきそれが聞こえた方へ少年が目を向けると、花園のある空間より更に奥の方から重々しい足音と共に第二の来訪者――あるいはこの洞穴を住まいとする先住民と思わしき怪物が姿を現した。
その怪物は、これまで見てきた怪物の中でも比較的奇妙な見た目をしていた。
ゴリラのように筋骨の発達した体躯を持ちながら顔はヒヒのように赤く、それでいて両手両足を含めた体の各部位を岩石が覆っているという、ただの動物として語るには異様な外見。
よく見ると左肩の部分に黒色のベルトらしきものが二つも巻きつけられているようだが、はたしてそれは何処から手に入れたものなのか。
動物園で見た覚えのある象さえも超える大きさのそれは、少年という侵入者を前に威嚇の吠え声を発していた。
此処は自分の縄張りだと、そう主張するように。
すぐに襲ってはこないその事実に少年は目の前の怪物の知性の高さを察するが、ご丁寧に退こうなどとは考えなかった。
怪物の威嚇を無視し、少年は一歩前に出て前屈みの体勢を取る。
その行動に怪物は少年のことを獲物としてではなく敵として判断したのか、即座に自ら少年に向かって踏み込み、岩石に覆われた右腕を振り下ろしにくる。
少年はそれを左に素早く避け、怪物の顔面目掛けて跳ぶと、異形の右腕を勢いのままに振り下ろした。
瓦割りでもするかのように怪物の額部分を覆っていた岩石が砕け、衝撃が怪物の脳天に伝播する。
が、やはりそこはこれまで遭遇した怪物達よりも強靭そうな肉体を持つだけあり、岩石を纏った獣の怪物は一撃を受けた程度で行動を鈍らせることは無かった。
返す刀で岩石に覆われた左腕を振るい、眼前の少年の体を殴り飛ばしたのだ。
少年の体は強く打ち飛ばされ、彼岸花の花園の上を面白いぐらいにゴロゴロと転がされる。
直前まで食べていたものが赤いものと一緒に胃の中から吐き出され、鈍痛も気持ち悪さも拭えぬまま少年は立ち上がった。
いつの間にか、その瞳もまた人間のものではなくなっていた。
獣のように瞳孔が縦に細まり、虹彩が黄色く染まった、人間のそれより少し大きくなった瞳。
剥き出しの牙と同じく、少年がこれから先に成り果てることになる怪物の凶暴性を示すが如きもの。
実際、少年は自分が口から吐いた赤色の事はおろか、自らの体を苛む痛みにさえ意識は向けなかった。
起き上がってすぐに駆け出し、凶暴な面構えのままに躍りかかる。
当然ながら、そんな少年に対し岩石を纏った獣の怪物は一切容赦などしなかった。
獣の怪物が突如として右腕を構え、左足を一歩前に出すと共にそれを振るうと、右腕に纏われていた岩石が突如として剥離し、数多の飛礫(つぶて)となって少年を襲いだした。
突然の飛び道具に少年は驚きながらも対応し、体を横に捻らせながら倒れこみ、岩石の直撃を免れる。
そして起き上がると、
「がああああああああ!!」
その口を大きく開いたかと思えば、体の何処にそのようなものを内包していたのか、喉の奥底から膨大な熱を含んだ炎を球の形で少年は吐き出していた。
火球は一直線に怪物の踏み出した左足の方に向かっていき、その膝の部分の毛皮を焼いていた。
「グ、ゴアアアアアアア!?」
左膝を焼く炎の熱に、怪物の苦悶が咆哮として彼岸花の花園に響き渡る。
自らの行動に対し、異形の比率が7割ほどになった少年は疑問一つ浮かべなかった。
今の彼にとって「炎を吐き出す」という行為は、出来て当たり前だと感じるようになった事の一つでしかなかった。
それがいつ、どのタイミングで知覚するに至ったものなのかが解らずとも。
使うことで『敵』を殺せるのなら、何でも良かった。
炎を吐き出してすぐに少年は駆け出し、左膝の火傷を負った部分に左の手を擦り合わせている怪物の顔面目掛けて飛び掛かる。
先の火球を、今度は怪物の顔面目掛けて直撃させるために。
しかし。
いつの世においても、獣が最も恐ろしくなるのは、追い詰められたと獣自身が判断した時であり。
それは今、この瞬間も例外ではなかった。
「ゴォアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「!!」
獣が取った行動は、言ってしまえば至ってシンプルなものだった。
岩石を射出するために振るった右腕を素早く戻し、それを足元の地面に向かって突っ込んで――そのまま振り上げたのだ。
結果、怪物の豪腕によって持ち上げられた土壌の塊が飛び掛かっていた少年に向かって放たれる事になる。
翼があるわけでもなし、空中で自由の利かない少年にはそれに対応出来る手段など無く。
あえなく直撃し、勢いを殺され地面に落ちる。
土壌の塊が直撃したところで大したダメージになるわけではないが、土が目に入り込んで状況を把握しづらくなり、隙が出来る。
そして、この瞬間における隙はまさしく致命的なものだった。
跳躍の勢いを殺され落ちたその位置は、既に怪物の間合いだったのだから。
目に入った土を左手ですぐに拭おうとした少年に向けて、怪物は四つん這いの姿勢を取ると――横に一度だけ回転した。
それが必殺の一撃となった。
素早い回転によって手足よりも大きな岩石に覆われた尻尾が遠心力を伴い、少年の体に直撃する。
拳を打ち付けた時などよりも、ずっと致命的な音が少年の体から響いた。
サッカーボールでも蹴り飛ばしたかのような軽さで少年の体が宙を舞い、彼岸花の花園の入り口のすぐ右側の壁に激突する。
頭や口から決して少なくない量の血液が漏れだし、少年の意識が朦朧とする。
「……ぅ……ぐぁ……」
呻き声一つ上げるだけでも精一杯といった様子だった。
自らの命の危機に、少年の思考が今更のように落ち着きを取り戻す。
最初に思ったのは、仕方がないという諦観だった。
(……どう見ても、俺よりも強い事は明らかだったしなぁ……)
自分事ながら、あまりにも馬鹿すぎて笑いがこみ上げる。
勝てる見込みが最初から薄い、あるいは無かったことなど心のどこかで理解していたはずなのに、その上で逃げもせず挑んでしまったその事実。
戦う直前に自分自身の死を望んでおきながら、戦いになった途端に生き残ろうと体を動かしていた事実。
なにもかもが中途半端で、人間として考えても怪物として見てもまるで駄目な自分自身の有様に、少年はもう苦笑いを浮かべるしかなかった。
(……本当に、かっこ悪いなぁ、俺……)
どれだけ強がったところで、彼という子供がちっぽけな存在である事は変わらない。
仮に迷い果てて洞穴に入ることもなく、あのまま少女と共に東京の街に向かう選択をしていたとしても、このような怪物が山の中に現れるのなら、どの道少年が少女を護りぬくことなんて、出来たりはしなかっただろう。
少年は、今の世界を生きていくには何から何まで弱すぎた。
それなのに妹である少女の目の前で強がり続けて、自分勝手に見捨ててしまって。
本当に、何から何までかっこ悪いと少年は自嘲した。
今になって思う。
あの時、怪物に変貌した自分を見て怯えた少女の顔を見て。
自分が怪物になっていく事実を実感して、その変貌が少女に牙を剥かないように逃げたのは。
少女を護るためではなく、他ならぬ自分自身の心を護るための行動だったのではないかと。
自分の心が傷付かないようにするための言い訳に、妹である少女を使っただけだったのではないかと。
だって、ここまでかっこわるい自分が、自分勝手に振舞うことしか出来なかった自分が「誰かを護る」なんてかっこいい理由のために頑張れただなんて考えられない。
結局、自分は自分の心を護ろうとするだけで精一杯で。
今に至るまでの時間の中でも、少女のことを傷付けずに護りぬけただなんて言えなくて。
現在に至っても、わがままに生きていただけだったと思い知るだけだったのだから。
(……仕方無い、よな……)
死んだら、自分は何処に向かうのだろうと少年はふと想う。
山の中で殺した二体の怪物は、死を迎えると共に粒子となって消えていた。
死体と呼べるものなんて何処にも残らなかった。
あるいは同類とも呼べる怪物になろうとしている自分も、死んだら綺麗さっぱりなくなってしまうのだろうか。
それとも消えた風に見えるだけで、何処か別の――それこそ今もなお空に開いている裂け目の中にでも吸い込まれてしまうのだろうか。
何処にいるのかもわからなくなった両親と、同じ場所にいく事は出来るのだろうか。
(……あの子を見捨てた時点で、そんな優しい終わりなんて……)
不安を抱き、後悔をするにしても遅すぎた。
体を動かすための力はもう底を尽きかけているし、此処を縄張りとしているのであろう岩石を纏う獣の怪物が敵として現れた少年のことを見逃してくれるわけも無い。
実際、前方から少しずつ自分に向かって近付いてくる足音の存在を、少年は感じ取っていた。
自分は此処で、独りで死ぬ。
死んで、知らないどこかに消えていなくなる。
その結末はもう、変えようが無い。
走馬灯の一つも浮かべることが出来ないまま、少年は死の足音が近付いてくるのを待って。
そんな時だった。
絶対に聞こえるわけが無いと思っていた声が、花園の中に響き渡ったのは。
「――お兄ちゃああああああああああん!!」
「……ぇ……?」
声の聞こえた方を、死に掛けの少年は首だけを動かして、そして見た。
そこに、自分という存在に怯えていたはずの相手が――自分が見捨ててしまった相手がいた。
少年の妹である少女が、彼岸花の咲き誇るこの空間に足を踏み入れ、涙を浮かべた様子で少年の事を見ていた。
獣の怪物のことなど意にも介さぬ様子で、少女は倒れた少年の傍に駆け寄ってくる。
見れば、その両足からはサンダルが無くなっていた。
「……おまえ、どうしてここに……いや、そんなことより……」
今すぐにここから離れろ、と。
怪物に襲われてしまう前に逃げろと、少年は口に出そうとした。
だが、その前の少女の言葉があった。
「――ごめんなさい……!! お兄ちゃんの事を怖がっちゃって、お兄ちゃんの事を信じられなくなっちゃって……っ!!」
「……それ、は……」
「お兄ちゃんのほうがずっと辛かったことなんて知ってたのに。お兄ちゃんのほうがずっと我慢してたことなんて知ってたのに……わたし、何も出来なかった。お母さんとお父さんとおいしそうに食べてたあの果物を食べれば少しは大丈夫になるかと思って頑張っても、取り返すことも出来ないでぐちゃぐちゃになっちゃった……!!」
「――――」
それは、謝罪の言葉だった。
自分が悪いと思い続けていた少年にとっては、考えもしなかった言葉だった。
少女はここまで、少年の事を想ってくれて――実際に、この洞穴の中まで追いかけ続けてくれていた。
あの時、あの瞬間に少年は少女のことを見捨てたというのに。
少女は、少年の事を見捨てたくないと走り続けていた。
好きだったパイナップルを食べずに少年の方に押し付けようとしていた理由だって、少年の事を想ってのことだった。
その事実に、少年は何も言えなかった。
少女がそんな事を考えてくれていたなんて、知ろうともしなかった。
少女は倒れて動けない少年の事を抱きしめながら、続けざまにこんな言葉を紡いでいた。
「お兄ちゃん、もう離れないで……」
「…………」
「人間じゃなくなってもいい。わたしの事が嫌いになったっていい。もう、独りは嫌なの。お兄ちゃんがどんなに変わってしまってもいいから、わたしが死んじゃってもいいから、お願いだから……ずっとお兄ちゃんと一緒にいさせて……!!」
「……っ……」
近付いてくる怪物の足音も、少女に対して向けられた威嚇の咆哮も、耳に入らなかった。
少年はただ少女の願いを聞いて、心の中で反芻して、確かに噛み締める。
そして、
「……ひとつだけ、駄目なことがある」
「……お兄ちゃん……?」
「死んじゃってもいいから、なんてのはナシだよ。いつかはそうなるんだとしても、今はそんな事になってほしくない」
「……うん……っ!!」
こんな所で死んでたまるかと、奮い立つ。
体の痛みなどに、心の痛みなどに負けてはいられないと、立ち上がる。
自分独りなら、怖くはあるけど死んでもいいと思えた。
だけど、その死を自分を想ってくれた人間が共にするというのは、我慢ならない。
少女は少年の事を受け入れると言った。
少年がどれほど変わってしまってもいいと、怪物としての少年を肯定してくれた。
人間じゃなくても、怪物に成り果ててしまっても――それは自分にとっての「お兄ちゃん」であると信じてくれた。
その決意にどれだけの思考を要したのかはわからない。
だが、決して軽々しく出来る決断ではないと少年は思った。
であれば、少年はどう応えるべきか。
自分の事を信じてくれた少女に対して、自分が出来る事とはなんだ。
(……そうだよな)
答えは既に提示されていた。
他ならぬ自分自身、独りの考えでは踏み切れなかったというだけで。
信じてくれる誰かの事を知ってさえいれば、その誰かの事を信じられさえすれば、いっそ当たり前とも言える回答が。
(こんなに信じられている俺自身を、俺が信じてあげないのは……駄目だよな!!)
「ゴアアアアアアアアアッ!!」
今度こそトドメを刺さんと、獣の怪物が岩石に覆われたその両腕を振り下ろす。
マトモに受ければ少年も少女もまとめて潰される、渾身の一撃。
それを、
「があああああああああああああああああ!!」
真っ向から、両の手を突き出して受け止めにかかる。
当然のように凄まじい衝撃と重圧が体を伝い、少年は両腕どころか全身が砕け散りそうな錯覚さえ覚えた。
実際、骨は砕けているのかもしれない。
先の尻尾の一撃も相まって呼吸する度に全身に激痛が奔っているし、普通に考えて少年の体は既に戦いに耐えられるものではなくなっているのだろう。
それでも、諦めない。
痛過ぎて苦しすぎて涙だって出てくるけど、生きようとする事は絶対に諦めない。
(もう、いいんだ。我慢しなくたって、いいんだ……信じられている、から……!!)
今の自分の気持ちに正直になれ。
妹である少女を護りたいという気持ちも、少女と共に生きていたいと願う気持ちも、そのための邪魔となる目の前の怪物を殺してしまいたいと願う気持ちも、その全てが本物だ。
中途半端に人間の体が残っている、今の自分では本物の怪物に勝つことが出来ないというのなら。
もう、自分は怪物になってしまっていい。
人間でなくなっても、自分の事を信じてくれると言ってくれた妹のように。
自分自身も自分という怪物の事を信じるから。
きっと、どんなに変わり果てたとしても、この気持ちだけは残されているはずだと。
この気持ちが残ってさえいれば、どんなに変わり果てても自分は「お兄ちゃん」のままでいられると。
「グッ……ゥラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!!!!!」
彼岸花の咲き誇る花園に、咆哮が響き渡る。
少女の想いに答え、少年は想うがままに自らの気持ちを解き放つ。
「ゴアアアア!?」
直後に、怪物の両腕を受け止めていた少年の体を、眩ゆい光が覆い出した。
それは怪物の体を弾き飛ばすと共に巨大な繭のような形を成し、花園の上に顕現する。
まるで幼虫が蝶に至る過程である蛹の中身のように、少年だったものが異なる何かに変わっていく。
(――――――)
人間としての部位も怪物としての部位も、身に纏っていた服装も何もかも――その全てが剥がれて剥き出しのワイヤーフレームになる。
中心に0と1の数字が描かれた球体を据えながら、人型の体の輪郭を形作っていた緑色の線がほどけ、球体が高速で回転を始めると共にそれは新たなるカタチを繭の中で描き出す。
角と羽と髪の毛を生やし、元々存在していた部位の面影を残した頭部が。
三本の鋭利な爪はそのままに、刃のような突起を生やした両腕が。
強靭に発達した筋骨により、その巨体の重さを支える力強い両脚が。
力任せに振るえば鈍器にもなろう太さと長さを供えた尻尾が。
身に宿す膨大な力を溜め込み収める胴体と腹部が。
それ等全ての形が、存在の基礎外殻が、緑色の線によって精密に描かれる。
前提として、描かれたシルエットは人間のそれとは比較にならぬほど大きかった。
まるで抑え込んできた感情の大きさを示すが如く、敵対者の怪物を更に越してしまえそうなほどに。
輪郭の全てが描かれると、骨格の中心に存在する0と1の数字が描かれた――まるで心臓のように在る――球体が回転の速度を増す。
すると、緑の線で描かれただけの空っぽの竜のシルエットに、その内側から色が浮き上がってくる。
浮かび上がった色は赤と黄、そして白と黒。
赤色と黄色はひとりでに混ざり合って橙色になると、腹部以外を染めていく。
白色は橙色が染めなかった腹部や爪を染め、黒色はそうして染め上がった全身各部に重なるよう染め上がり、意味ありげな紋様を形取っていく。
新たなるカタチは完成し、色を宿して無は有と成る。
役目を終えたらしい光の繭は糸のように解けて消え、その中で変化――否、進化を果たしていた存在の姿を世界に現出させた。
橙色の体色に黒い紋様を浮かばせ、銀色の髪を生やした竜。
それが、少年だった存在が辿り着いた怪物だった。
その竜は横に裂け広がった大口を開けると、まるで産声のように咆哮を上げる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
獣の怪物のそれを更に超える、空間そのものを震わすような大音響だった。
その声に人間らしさなど欠片もなく、その野性的な姿は誰が見ても畏怖の対象としかなりえない。
されど、そんな竜に向けて少女はひとつの言葉を投げかけた。
信じるままに。
「お兄ちゃん」
「……大丈夫、だ……」
言葉に対する返答は、人間の言葉だった。
声質こそ重々しい、少年と呼ぶには相応しくないものであっても、そこに確かに面影はあった。
竜の中に、少年は確かに残っていた。
その事実を示すように、竜は少女の前で姿勢を低くすると、軽く笑みを浮かべていた。
直後に鋭利な爪の生えた右腕が差し出され、少女は竜に「乗れ」と言外に急かされているように思って、その意に従った。
右腕の上に少女が乗ると、竜はゆっくりと少女を自らの頭の上に乗せ、少女はそこに生えた銀色の髪の毛を掴んで支えとした。
それを知覚した竜の視線が、改めて敵対者に向けられる。
光の繭に吹き飛ばされていた獣の怪物は、新たに姿を現した竜の存在に警戒心を強めているらしく、向けられた視線に対して威嚇の咆哮で応じていた。
「ゴゥッ……グオアアアアアアアア!!」
無視して、竜は少女に対してこう言った。
もう、恐れなんて無かった。
「――しっかり、掴まっててくれ」
「……お兄ちゃん……」
実のところ。
いつの間にか色々なことが思い出せなくなって、自分の名前さえ解らなくなっているけれど。
自分がどう呼ばれているのかは、しっかり覚えている。
そして、自分の事をそう呼んでくれる相手のために、自分が今何をしたいのかも、解っている。
だから。
「オレがお前を護る。これからどんな事があったとしても!!」
橙色の竜はそう言うと共に駆け出し、岩石を纏う獣の怪物に襲いかかる。
獣の怪物は自らに迫り来る橙色の竜に向かって即座に両腕を連続して振るい、纏っていた岩石を飛礫として放つ。
見れば、先ほど放っていたはずの右腕の岩石がいつの間にか元通りになっていた。
更に、素早く横に駆け出して避けても、次から次へと岩石の飛礫は放たれる。
どうやら獣の怪物の体に纏われている岩石は怪物自身の体から生えていたものらしく、岩石の飛礫は少なくとも怪物自身の体力が尽きぬ限り放たれてこなくなる事は無いらしかった。
ただでさえ大きくなった橙色の竜の体に回避は難しく、何よりこのままでは埒が明かない。
故に、橙色の竜は決断をした。
「グゥラアアアアアアアアッ!!」
真正面から、突破をすると。
咆哮と共に移動方向を変え、獣の怪物との間合いを詰めに掛かる。
岩石の飛礫が障害として次々と投げ放たれるが、その度に橙色の竜はその両腕の爪を振るう。
爪が振るわれる度に岩石が砕け、一歩一歩確実に進んでいき。
そうして、岩石の飛礫が通用しない所を見て考えを変えたのか、途中でむしろ獣の怪物の方からも橙色の竜との間合いを詰めていた。
「ゴオオオオオオオオオオッ!!」
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
怪物二体が、改めて衝突する。
体格はほぼ互角、であればこそか竜と獣は互いに腕を振るい殴り合いを始めていた。
竜が右腕を振るうと獣は左腕でそれを受け止め、纏っていた岩石を砕かれながらも返す刀で右の拳を竜の腹部目掛けて突き出していく。
苦悶の呻き声と共に竜の口の端から赤いものが漏れるが、退かずに竜は続けざまに左腕の爪で獣の岩石に覆われた額を打ち据える。
肉薄するまでに放たれていたものと同じように額の岩石は砕け、衝撃が伝播する。
岩石が緩衝材の役割を成したことで決定的なダメージには繋がらなかったようだが、その衝撃は獣を怯ませるのに十分なものだった。
そして、その隙を竜は見逃さなかった。
先に振るっていた右腕を引き戻し、今度は獣の胴体目掛けて振るう。
毛皮ごと獣の肉が抉られ、赤色が漏れる。
今度こそ苦悶の声を漏らした獣は自ら後方へと飛び退き、竜との間合いを開かせる。
本来ならば、竜は攻めの流れを崩さずに再び肉薄しに掛かるべきだったのかもしれないが、竜は仕切り直しとなった状況を前に、先の攻防の中で覚えた違和感を思い返していた。
それは、
(――投げてきていた岩よりも、硬い……)
獣が体に纏っている――否、獣の体から生えている岩の硬度に、違いがあったという点だ。
竜の右腕の一撃を受け止めた左腕の岩石、そして左腕の一撃を加えた額の岩石。
その二つの内、後者は竜が少年であった頃に一撃を見舞い、砕けていたはずだった。
岩石の飛礫を一撃で粉砕出来る竜の力であれば、纏う岩石ごと骨を砕けていてもおかしくはないはずだった。
それでも、先の一撃は明確なダメージには繋がっていない。
岩石の飛礫を何度も放ってきていた時に、獣の体から生えている岩石が再生するものであるという事は理解していたが、硬度に違いがあるなど考えもつかなかった。
左腕の岩石と額の岩石、この二つに違いがあるとすれば、一度砕かれたかどうかという点だろう。
つまり、
(……砕かれる度に、余計に硬くなるのか。あの岩……)
だとすれば、戦いを長引かせるのはまずいだろう。
殴り合う度に岩石の硬度が硬くなり、竜の爪が通用しなくなり、一方で獣の一撃の威力が増すというのなら。
隙を作ろうとする動きさえもこちらの不利に繋がる可能性がある。
であればこそ、次の攻防で決めなければならないと。
必殺技とでも呼ぶべき渾身の一撃で仕留めなければと、竜は認識を改める。
(……必殺技……)
その言葉を頭の中に浮かべた時、自然と思い浮かぶイメージがあった。
あるいは、怪物として持ち得る攻撃手段が。
今の自分であれば、それを使うことが出来て当たり前だという、確信と共に。
「――グゥゥゥゥ……」
気性が獰猛になる。
瞳孔が縦に細まり、意識せずに唸り声が上がる。
喉の奥が熱くなり、口の端から炎が漏れる。
一つの単語が、頭の中に浮かぶ。
「ゴアアアアアアア……ッ!!」
対する獣もまた、戦いを迅速に終わらせようと考えたのか。
突如として高く跳躍すると、縦に回転しながら竜の立つ所に目掛けて勢いよく落ちてくる。
その尻尾に纏った大振りの岩石を、全力で叩き付けるために。
あるいは、それこそが獣の怪物にとっての必殺技と言える攻撃手段だったのか。
応じるように、竜は急速に落ちてくる獣の方を見ると大きく口を開き、
「グライドロッ――」
「――エギゾーストフレイム!!」
自然と漏れた言霊と共に、口の中に溜め込んだ爆炎を一気に解き放つ。
空中から降下していた獣にそれを回避する術などは無く、炎は一本の太い線となって獣の怪物を飲み込み、その体を焼き尽くしていく。
「ゴ、アアアアアアアアアアアアアア!?」
絶叫が響き渡り、勢いも殺された獣が地面に墜落する。
辺りの彼岸花に炎が燃え広がる中、体を焼き尽くさんとする炎を消そうと獣は地面の上でのた打ち回るが、炎はなかなか消えずに暴れる力だけが確実に損なわれていく。
そして、そのような有様を見て、竜は一切の容赦をしなかった。
近付き、胴体を左足で踏みつけ、獣の体を地面に縫い付けるようにして抵抗の余地の一切を封じると、一息に右腕の爪を振り下ろしたのだ。
首を狙って放たれたその一撃は獣の喉笛を貫き、その命を確実に狩り取っていく。
そして獣の怪物は、断末魔の声を上げる間もなくその体を粒子として散らし、何処にも見えなくなった。
終わってみれば、呆気なく。
戦いは決着し、その場には橙色の竜とその髪の毛に掴まった少女だけが残された。
◆ ◆ ◆ ◆
そして。
敵対者がいなくなったためか、あるいは一時の話とはいえ少女の事を護ることが出来たからか、それまでの凶暴な振る舞いが嘘のように橙色の竜は落ち着きを取り戻しており。
今は花の咲いていない所でうつ伏せに倒れ込み、その顔に近寄った少女と向き合っている所だった。
苦笑いしながら、竜は当たり前のことを口にした。
「……ごめん、ちょっと疲れた……」
「……仕方無いよ。ずっと、お兄ちゃん頑張ってたから……」
どうあれ、今この時に至るまでの出来事は十分すぎる厳しさを含んでいた。
マトモに一睡することも出来ず、腹だってろくに満たせてはいなくて、雨にも打たれ続け、そしてこの場では死に掛けもした。
それだけの事があっておいて、たとえ怪物に成り果てていようが、疲労が無かったことになるわけが無かったのだ。
獣の怪物を真っ向から殺しに掛かっていたあの時も、正直なところ限界に近かった。
それでも戦えたのは結局のところ、強がりに過ぎなかった。
「……なぁ、正直に答えてほしいんだけどさ。オレ、今もそのままだと思うか?」
「うん、今もお兄ちゃんだと思うよ。人間じゃなくなっても、そんなに変わってないと思う。だって、馬鹿みたいに強がって無理しちゃってるんだもん」
「……馬鹿みたいは余計だグルルルル」
「怒って驚かそうとしたって駄目だからね。ちゃんと、今は休まないと」
「ちぇっ」
そして、そんな事は少女にバレバレだった。
護りたい相手だからというのもあるが、少年だった竜はこの少女の言葉にだけはどう頑張っても敵わない気がした。
無論、そんな事実は表立って認める気も無いが。
少女の言う通り、少年だった竜は疲れ果ててマトモに動ける状態ではなくなっている。
今はこの彼岸花の花園の上で休んで、戦えるだけの体力を取り戻す必要がある。
とはいえ、ただ休むだけでは時間の無駄であるようにも思えて、橙色の竜は少女に対してこれからの動向を話しあおうと考えた。
その時だった。
「――くちゅん!!」
「……おい、大丈夫か? そのくしゃみ、風邪か……?」
「だ、大丈夫、だよ。あのぐらいの雨で風邪なんて……」
「……はぁ……馬鹿みたいに強がってるのはお前もみたいだな」
少女の言い様に竜は呆れたような声を漏らすと、右手で少女の体を優しく掴み取る。
そのまま体勢をうつ伏せから仰向けに移行すると、なんと少女の体をお腹の部分に押し付けたのだ。
まるで、自分の体をベッドの代わりにしろとでも言わんばかりに、右手と一緒に左手も重ね合わせて少女を逃がさない。
突然の事態に、顔が真っ赤に染め上がった少女が抗議の声を上げる。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃんっ……!! いきなり何するの……!?」
「いや、濡れたのなら暖まらないとだろ。かと言ってオレが吐く炎は加減が出来るかも怪しい。だったらこうした方が……なんだっけ、オシクラ饅頭? になって安全に暖まると思って」
「そ、そのっ、解ってるんだよねお兄ちゃん!? 今、お兄ちゃん服着てないでしょ!?」
「……いや、そりゃオレは……今はドラゴンだし……どうでもいいだろ……」
「どうでもよくなんて無いでしょ!! そんなところまで人間じゃなくなってるの!?」
少女がなんか言っているが、橙色の竜はまともに応じようとはしなかった。
仰向けになったせいか、途端に疲れを実感し始めた体が眠気を訴えてきて、なんかもう色々な事に安心を得た橙色の竜は、
「……ふぁぁ……ごめんもうむり……」
「あ、ちょ、ちょっと!! お兄ちゃんってば!!」
諦めの言葉を口にすると同時、ぐっすりと眠りに入ってしまった。
いっそ、怪物らしいとも呼べる寝息を立てながら。
もうすっかり、自分が完全に怪物になってしまった事については吹っ切れてしまったらしい。
「……もう、お兄ちゃんったら……」
橙色の竜の振る舞いに少女が呆れた声を漏らす。
しかし直後にその表情には安らかな笑みが宿り、彼女は内心だけでこうも呟いていた。
(……本当に、良かった……)
村を出てから、ずっと心配だった。
自分の事を護るために躍起になって、自分を追い詰め続けていた自分の兄の事が。
ゴブリンの怪物に襲われた直後の事で、少年が少女の事を見捨てたと感じてしまった時、同様に少女もまた少年の事を見捨ててしまったと感じていた。
少なくともあの時点で、少年に寄り添うことが出来るのは少女だけで。
少女がもっと違う反応を見せることが出来て、ちゃんと言葉を交わすことが出来てさえいれば、そもそも少年がこんな洞穴の中に入り込んでしまい、怪物に襲われることも無かったかもしれないのだから。
いつかこうなる事が決まっていたとしても、結果として少年を怪物に変えてしまったのは少女だったのだと、少なくとも少女は考えている。
本当のところ、怖かった。
少年が成り果てた橙色の竜の姿が、ではない。
こうなる道に導いてしまっておいて、自分の事を憎んでいるのではないかと。
口では嫌われてもいいと言っていながら、それでも怖かったのだ。
少年と同様に、少女もまた強がっていただけだったのだから。
そして答えは提示された。
少女がそうすると決めたように、少年だった竜もまたこうして少女の事を受け入れると決めてくれた。
一緒にいて良いのだと、こうして行動で示してくれた。
これからどうなるのかなんて、竜にも少女にも解らない。
当初の方針通り、東京の街に先ほどの獣の怪物よりもずっと強い怪物と出くわす可能性はあるし、そうでなくともこうして怪物に成り果てた少年のことを他者が受け入れてくれるかどうかわからない。
いつか少女自身だって、少年と同じように怪物になってしまうかもしれない。
その可能性は決してゼロとは言えない。
あの日、他の人間ほどではないのだとしても、少女もまた空の裂け目を目撃した人間であることに変わりは無いのだから。
(……まだ怖い、けど……)
世界はすっかり変わり果てた。
人間が人間のままで生き続けることすら難しい、ある意味原初に遡った弱肉強食の世界に。
だけど、少女は信じたいと思った。
どんなに姿形が変わり果てても、母親や父親に会えなくなっても。
残されたものは、確かに此処にある。
(……いつか、お兄ちゃんと一緒に、あの村に戻れたら……お母さんとお父さんにいろいろ伝えたいなぁ……)
竜の温もりを感じながら、少女もやがて眠りに就く。
色取り取りの彼岸花の花園の中、橙色の竜と少女は目覚めるその時まで互いに離れなかった。
好き!
まずその一言から!まさかまさかのカワラナイモノと同じような世界観!自分が化け物になる孤独感と兄妹のすれ違いいいぞー!互いが互いを思い合っているが故にぶつかり合うその気持ちすごくグッとくるものがありました。
段々と怪物になるにつれ価値観が変化していく様子が鮮明に描かれてる!!うん!妹さん第一のお兄ちゃん好きだ!!
そして最後にぎゅっと抱きしめて離さないに撃ち抜かれました!!
きゃあああああ!!好き!!!!!ブルわあああああ!!!
感想失礼しました!!
『カワラナイモノ』から始まり、この『のこされるもの』ともう一作の『地獄を染めるもの』と……こういうタイトルに共通性を持たせるの大好きですいいぞもっとやれ
ユキさんの書く短編は敵と味方がハッキリ分かれており、その中でも『主人公は絶対に生き延びて勝利を掴み取ってくれる』というある種の王道展開があるので安心して読めますね。
なんだか平成初期の戦隊ものを観てる気分です。
そんな中でも、緻密な情景描写と熱い逆転劇が何度読んでも手に汗を握らせてくれてとても好きです。
特に今回は成長期・成熟期の戦いがメインなのもあってか、『カワラナイモノ』よりも戦闘描写が血生臭く原始的で、『生き物同士の命の取り合い』感が強くていいですね。生を実感させられると言いますか
それにしても今回はギルモンですか……もう性癖隠す気一切ないですねさては(特大ブーメラン)
妹ちゃんもいずれはデジモン化するかもしれないですが、この兄妹ならきっと乗り越えることができると信じています。
そしていつの日かバンチョーレオモンとオーガモンのコンビに会えたりとか……するんですかね? きっと
彼岸花……僕もお兄ちゃんと同じく食べるなら黄色か、せめて赤ですね。
黄色食べたら高く跳べそうだし、赤なら火に強くなれそうじゃないですか。
逆に白は毒あるから絶対にアウトですね……
違ぇわ彼岸花だから全部毒あったわ
い つ も の
実家のような味がする主人公とその肉体だぁ。一万以上したディーアークを取り出したくなりますねえ。持ってるの青色だけど。
どうして……どうして……酷い世界観だぁ。人が化け物に変わっていく様がこれでもかと伝わってきていたので、なおさら自分自身が化け物に変わりつつあるお兄ちゃんが自暴自棄になっていく様も守ってくれたはずの彼を恐れてしまう妹ちゃんの気持ちも痛いほど分かりました。人の心とかないんか?
だからこそ、窮地に現れた妹ちゃんの声を受け、自分自身を受け入れて彼女の前に立つ姿には感慨深いです。いいか、兄貴はな、妹を守るもんなんだよ!
本編の文章量に比べれば微々たる量で勢い任せですが、これにて感想とさせていただきます。
デジモン化じゃねーか! 夏P(ナッピー)です。
そんなわけで実家のような安心感、知ってたの嵐。それは冗談として、いや冗談でもないですが序盤の崩壊していく人間界の過程が好きです。色々とヤバいことが間違いなく起きてるのにどうしようもないこのアウトブレイク感が好き! 主人公達お二人は逃走してしまったけど、多分あのデジモン化してしまった友達らにもそれぞれのドラマがあったはずなのだ。
こーいうパニックムービー的なノリで一本書こうぜと思いつつ、そうすると友人枠に足を引っ張る無能が追加されてしまうからな……(多分ギャーギャー喚いてゴブリモン辺りに殺される)。
黄色い彼岸花を食したからグラウモン橙になったのかなと思ったら後書きでハッキリと明言されてた。ソシャゲ的に言うところの素材だったんだ彼岸花、ログインボーナス寄越せデジモンリンクスのヒナァ! 多分これ赤だと通常種ってことは白を食ってたらブラックグラウモンになってたな! しかし彼岸担当は普通にグラウモンの方でしたか。敵はバブンガモンだと思いますが、岩の巨人だし巨人を意味するエルヒガンテ、即ちエル彼岸テでコイツが彼岸枠だと思ったのになんて時代だ。
デジモン化が絡んでこそいますが、思えば主人公二人が兄妹ということも前提にあるのでむしろ同時に真っ当な人間とデジモンのバディっぽい印象も受ける罠。これ人間が皆してデジモン化し始めたカラクリに何か理由あるのかしら……?
前日談だったんかーい! こーいうミッシングリンクも好き。
それではこの辺で感想とさせて頂きます。
彼岸花の蕾が開きに参加して頂きありがとうございます。今度は間に合いましたね!
ユキさんがギルモン→グラウモンという種族を選んだ理由はちゃんとわかってます。ユキさんの趣味ですよね。とはいえ、色はもちろんのこと有毒性と利用のされ方というこれまで出てこなかった切り口から語られては私も首を横に振ることはできませんね。ギルモンはお彼岸らしいデジモンと認めましょう。
というわけで感想です。相変わらずユキさんのお話は熱量がすごいですよね、感情の動きが事細かく、淡々と描写されるのではなく強くこちらに語りかけてくる感じ。さすがです。
妹と二人歩みを止めるわけにはいかない兄妹がどうなっていくのか読んでいるこちらも揺さぶられる感じで……昨日読んで寝たら夢に出ました。汗ぐっしょりで夜中に起きました。
最後にあらためて、彼岸花の蕾は開きに参加して頂きありがとうございます。面白く読ませて頂きました。
《あとがき》
まず最初に、今回投稿した作品はへりこにあんさん発案の単発作品企画『彼岸花の蕾が開き』に参加するために執筆したものであり、主役デジモンとお彼岸の関連性について主催者を騙しt しつれい説明しなければならない義務があるので、説明したいと思います。
お彼岸と言えば彼岸花。
彼岸花と言えば赤色、赤色と言えばギルモン。
故にギルモンはお彼岸らしいデジモン、超艶QED証明終了――
――なんて雑な理由だけで選んだわけじゃないんです信じてください!! そもそも途中で色変わったし!!!!!
作中でも説明したとおり、彼岸花は花から茎、球根に至るまで全ての部分に毒を含んだ花です。
つまり頭から脚まで、最後まで有害物質たっぷり。まるでトッp すいません真面目に説明しますのでポッキーをダーツにして投げないで。
ギルモンにグラウモンにメガログラウモン、そしてその進化の先にあるメギドラモンは知っての通り、体に刻まれた『デジタルハザード』の刻印が示す通り世界規模で有害な存在となりえるものです。
しかし、デュークモンという種族が数多の作品において示している通り、有害な力も使い方によっては何かを護るために使えるもの。
彼岸花もまた、土手や畦道で収穫を待つ稲や農作物をモグラやネズミから護るために有害だと知っている人間の手で植えられており、墓地で多く見るのも同じく埋葬された死体を護るためだと言い伝えられているらしいです。
色以上にその有害っぷり、その在り方というか利用のされ方が彼岸花にそっくりだと感じたので、今回はギルモンとグラウモンの2体、より厳密には『デジタルハザード』の刻印を刻まれた代表的な進化の系譜を抜擢したというわけです。まぁ一番それに合致しているであろうデュークモンの出番が今回与えられなかったわけですがふぁkk。
で、本題に入りますが今回の話は見ての通り、久しぶりのデジモン化短編となりました。
両親と突然別れる羽目になり、故郷も抜け出るしかなくなって、大人の助けも借りられないまま旅に出る事になった少年と少女、その最初の物語。
色々と趣味全開で書き上げましたが、お気に召した方が一人でもいれば幸いです。作者的には全力でドラゴンムーブしてる時の元少年グラウモン(橙)を書いてる時が一番アガってましたハイ。
さて。
空の裂け目、という単語が目に入った時点でユキサーンの作品をいろいろご覧になられてる方ならばもしかしたら察するかもしれませんが、今回の物語の世界観は以前NEXT掲示板にも企画作品として執筆し、クソ長文字数で書き切る頃には見事に期限切れに陥った短編作品『カワラナイモノ』と同じものになっております。
つまるところ、います。少年じゃなくなった竜と少女の行く先に、あいつ等。
尤も、時系列としては今回の話の方が先で、青年達が主役となる前の話の方が時系列上では後になるのですが。
結局何で空の裂け目なんて現れたの? という疑問についてはまだ答えられません。更なる続編、もとい前日談を書こうという意欲自体は今もまだあるのですが、まずそれよりも先に書くものがあるだろって状態でして……書くもの増やすもんじゃないですね。
作中で黄色の彼岸花を食べるシーンがありましたが、知っての通り彼岸花には色ごとに異なる花言葉があったりします。
赤は情熱や独立、再開や悲しい思い出。
白は「思うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」。
そして作中でなりかけの少年が食べた黄色が示す言葉は、追想と深い思いやりの心と――陽気と元気。
その辺りの事を知った上で改めて作中の状況や二人の事を見直してみると、何かシンクロする所があるかもしれません。
ちなみに黄色の彼岸花を食べさせる関係上、進化先が通常のグラウモンではなくデータ種の橙色のグラウモンに進化しちゃったわけですが、それについては黄色いものを赤い体の中に入れたから混ざり合って橙、もといオレンジ色になったというだけの話だったり。なので仮に普通に赤色の彼岸花を食べてたら普通のグラウモンに進化してて、白色の彼岸花を食べてたら……いや別に変わらねぇわそもそも彼岸花食べるな馬鹿しぬぞ。
そういえば、彼岸花には橙色のものも存在するらしく、花言葉は「妖艶」らしいですね。
ち、違うんです自分はあくまでも黄色の彼岸花の花言葉をメインに少年と少女が最終的には前向きになれるような話を意識していただけであって別にグラウモンの姿にえっちぃのを感じていたわけではなくてあのその、少女のお腹の上に乗せたアレが割りと願望だったりするって話でもなくてっ、オレは悪くねぇ!!!!!!!!!!!!!!!!
まぁ、何はともあれ。
先週金曜の夜から書き始めた話として、ちゃんと期間内に投稿出来てまずは何より。
願わくばあと一作品書き上げたいというかまだまだ書き足りない心境ですが、ひとまずはこの作品を投稿出来た事実を噛み締めていこうと思います。
へりこにあんさん、今回は素晴らしい企画を発案してくださり本当にありがとうございました。
今回の物語が、デジモンが好きな方々の心を抉れたなr 失礼、暇つぶしになったのなら作者としてとても嬉しくなります。
いつかまた、別の物語――『デジモンに成った人間の物語』などのページをめくった時、お会い出来る事を楽しみにしております(姑息な宣伝)。
PS ぶっちゃけ種族的には『カワラナイモノ』のマッドレオモン青年のほうがずっとお彼岸に適してると思いました。生死の境的に。