かつてここには秩序があったという。デジタルワールドにおいて絶対的な弱肉強食の世界ではない、誰もが死ぬことのない新たな秩序【ルール】が敷かれていたという。その代わりに進化も失われていたが、平穏だったという。
だが、それはもはや失われた。黒き竜人と赤き魔女により支配者が討たれた、この隔離世界にもたらされたのは終わりだった。世界の根幹、手綱を失えば世界を揺るがしかねない超巨大デジモン二体を倒すことには成功したらしい。しかし、魔女も竜人も相討ちに終わったのか、この世界に新たな支配者が現れることはなく、世界の終わりを前に住民たちは消え去った。そして、秩序が失われたこの世界は、外界から隔絶されたまま、放置されそのまま忘れ去られるはずだった。
ーーこの俺様が生まなければな、と。
ただの偶然だった。支配者たるリリスモンはその存在に気づいていたが、自分の支配が盤石な限り芽吹くことがないからと放置していたことが功を奏した。絶望から羽化する存在である彼は、かの魔王が敷いたレールでは目覚めることはできなかった。芽吹く為の土壌たる絶望が育まれることもない“楽園”がそこにあったのだから。
そう、特異なジエスモンとワルダモンなどという新種が支配者を討ったことが、彼ーーシェイドモンにとっての幸運だった。崩壊する世界、救世の女神を失った住民たちの絶望。支配者が利用していた世界の仕組みの正体たる二大デジモン、クオーツモン・オルディネモンの天災ともいうべき暴力の本流。立ち向かう挑戦者たちの奮闘虚しく零れ落ちる命、それら全てがシェイドモンの糧となった。
時空の狭間にて、世界の残骸や消えていったモンスターたちのデータクズの中、宿主たる影の主の肉体データの崩壊が始まる寸前に、シェイドモンは目覚めた。栄養分となった全ての絶望から、事の経緯や事情を吸収し理解した上で、はてさてどうするか、と考える。
実体を持たない彼が、影の主たる宿主すら死んだ今も形を保っているのは、この特殊な隔離空間が故だ。もはや死んでるこの世界にそれ以外何の価値があるかと言えば、長年蓄積されたデータの溜まりに怨嗟の声、素材はいくらでもあり、利用価値は残っている。シェイドモンは思考する。腹はだいぶ膨れた。羽化できるだけの絶望は吸えたから。でも、まだ足らない、満足できない。
『進化し続けてこそ生きてるってモンだろう?』
より強くより凶悪に成長したいという欲望が彼の本能だ。であれば止まることはない。幸いここには素材がいくらでもある。世界の残骸も数多のデジモンのデータクズも再利用の価値がある大量の資材だ。
ーー新たな世界を構築せよ!
まずは人形を作る。自分が潜む影を産むヒトガタ。それに相応しいのは、自分を封じていたヤツの似非に他ならない。本来なら絶対に自分を認めない存在を宿主にするなんて最高だ、そいつ自体はもうここにはいないだろうが、知れば絶望するだろう配役。ウキウキとした気持ちでシェイドモンは残骸を集めデータを構築する。素材に不足はあれど、それらしい型になればいいと築いていくそれは、外見だけなら同じように完成する。不足を補い作った結果の産物の為、多少の変色など起こしているが、所詮は操り人形、問題ないと判断して自分自身と繋げる。
「私ハ……コノ世界ノシハイシャ……」
赤き衣の人形が口を開く。オリジナルの模倣たる美声は、無機質に言葉を紡ぐ。シェイドモンの意思に従う操り人形はきちんと機能し始めた。その人形を通して、更に構築を続ける。次に作るのは、シェイドモンの意思のままに世界を構築する補助をする、分身だ。
そもそもの話、シェイドモン自身は実体を持たないので、実体を持ちつつシェイドモンと同期し影のように振る舞えるそんな存在が必要だ。リリスモンモドキに魔術構築をさせ、自身の精神分体をデータ残骸と混ぜて作るソレは、アイズモンという種。似て非なる存在を、その類似性だけで確実に形作り召喚する。そいつの能力が必要なのだ、本来ここには残骸すらないものを作り出すのにも。
「……ん?あぁ、そういうことか」
形がくっきりとできるにつれてアイズモンに自我が芽生えた。シェイドモン自身によって作られ、目の前の魔王の影にいるソレが創造主と理解してる彼に反逆という思考はない。大元で繋がっている為、シェイドモンが死ねば自分も死ぬことを本能で理解し、自分自身が好き勝手に振る舞うよりも前に、主の意を叶える必要があるということを理解しているからだ。
「世界を作れって? 産んで早々、人使いの荒い親だなぁオイ」
リリスモンの周りを舞う新たな影は、身体にある無数の目を光らせて、周囲のデータクズを一身に吸い上げる。データの収集と貯蓄、それはかつてこの地にあったクオーツモンの役割。部分的にそれを模倣することもシェイドモンの悪意の一つ。リリスモンの楽園を再利用して、自分にとっての楽園を構築する意趣を彩る。
「愚幻!」
アイズモンが、蓄えたデータをもとにシェイドモンの意思に沿うよう、世界の構築を始める。リリスモンが立つ残骸の大地を中心に、少しずつ世界が作られていく。元々あった世界とは違うシェイドモンとアイズモンの意思によって形作られる世界は、影の世界。影を作るために光があるだけの闇の為の世界。そんな楽園に相応しい花は、四季の失われていたリリスモンの楽園には咲くことを設定されなかった花が相応しい。知識だけはあるので、本当にその花と同じかは置いておいて、人形と同じように、見てくれだけ再現できればそれでいい。
そうして出来上がるのは、シェイドモンの箱庭。彼岸花、地獄花とも言うべき暗黒の花咲き乱れる、幻想的な赤の蜘蛛の巣。獲物を迎え入れるべく、シェイドモンはアイズモンへ命じる。
「ほんと人使い荒いねェ、はいはい、わかりましたよ、と」
リリスモンが無言のまま、アイズモンの作った新たな城へと歩いていく中、伸びる異形の影と目が合ったアイズモンは理解する。創造主とのアイコンタクトだけで、ツーカーで意図を察する自分が悲しい。馬車馬のように働くことになるのがよくわかる。だが、まあ、創造主と同じで、絶望だけがアイズモン自身も欲望を満たすスパイスなのだろう、やりたいことを理解して大きく口を開いて笑みを浮かべる。アイズモンは大きく身体を震わせると、分散し、新たなこの世界と別世界との境界線に自分自身達をリンクさせていくのだった。
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リコリス・ラジアータ
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毒花りりす
@dokubanalilith
毒花の咲く頃に…、良い夜ですね
貴方は知ってますか、とある妖精の話
彼岸花に囲まれた黒い世界に案内してくれる目が無数にある妖精がいるということを
幸せの楽園らしいのですが……
ところで、今日の配信は、繧「繧、繧コ繝「繝ウ繧医j繧キ繧ァ繧、繝峨Δ繝ウ
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人間世界においては、SNSを通じて密かに、箱庭に囚われる素養のある人物の目に届く形で、拡散していく。それを拾うは、夢追い人たち、一人また一人と影に飲まれてやってくる。
「私は、リリスモン、この楽園の女神。あなたの望む人を蘇らせます。……わかりますとも、愛したあの人ですね?」
「ようこそいらっしゃいました勇者様。私はこの国リコリスの女王リリスモン。世界は、影の王に支配されています、貴方の力が必要なのです。そのバディモンスターとともにこの世界をお救いください」
「選ばれし毒花の眷属よ……もっと特別なメンバーシップに興味はないかや? 興味があればここをクリック……」
人形はせっせとその都度に応じた役割を持って迷い人を導く。時には、愛しき人を蘇らせる救世主。時には、モンスターゲームの勇者を導く案内人。時には、人を魅了するネットの偶像。それぞれに応じた劇を幕開く。
感動の再会の恋愛劇に、心熱くなる勇者の物語、愚者の欲望に彩られた退廃的な欲望の酒池肉林。最初は良くても、結末は決まってる。悲劇以外は認めない!絶望こそが我が糧なのだから!!!
「なんで、どうして、私を殺すの!?」
『お前のことが心底嫌いだからさ、そもそも…』
「なんでだよ相棒……俺たち二人で……」
『相棒?何を言ってるのだか、俺は元々魔王シェイドモンの一部!この世界はそもそもシェイドモンによってできていて、誰一人とて本物はいないんだよバァカ!ヒャーッハハハハハ!!楽しかったぜェ、お前との相棒ごっこォ!! 』
「りりす様……なんで……」
『人形ごっこ、楽しかった? そんなものは本当にはありはしない。これはただの人形だし、いくらでもあるただの形だけのモノ。残念でした』
絶望を作るストーリーはいくらでも。種明かしをするもしないもその時次第。甘いのは一時だけで、全てが全て人を死に至らしめ、養分としていただく、ただそれだけの世界。
アイズモンは、拡散し獲物を運んではその様を見て楽しみ、シェイドモンは絶望を糧に成長し世界は膨らんでいく。ここは楽園、影なるもの達が光ある世界から引き摺り込んだ獲物を取り込み笑う、シェイドモンの楽園。
【単発作品企画】ヒガンノセカイ【彼岸開き】
ここは、デジタルワールドでも現実世界でもない、彼岸の地。人間達を中心に捕食するだけでなく、デジタルモンスターも例外なく取り込み喰らう、シェイドモンの食卓。
更なる世界を食らうその日まで、シェイドモンが私腹を肥やす為の箱庭。聖騎士は気付かない、魔王も気付かない。ただひっそり膨れ上がっていく絶望の花園。いつの日か、牙を剥くであろう行き止まりの世界。潰えた魔王の夢を、絶望が成り代わった行き止まりの世界。
◯
絶望への片道切符が、甘い言葉を添えて、今日もまた誰かの元に届けられる。拡散する影が今日もまた誰かを見つめてる。
〈終〉
【後書き】
これ単体でも読める内容だと思ってるんですけども、もしダメなら取り下げますのでよろしくお願いします。
進化がない代わりに誰も死なない楽園を築いたリリスモンが討たれる話がありまして(前提)
まあリリスモンのその夢は潰えてしまった訳ですが、それを歪めて再利用したいなとなったのが、変異リリスモン(デジモンリンクスのカラーリングが赤になり金髪のリリスモン)が彼岸花の赤とイメージが合うなとふと思ったからで。
企画に追加で投稿したいな〜と思って、前の『甘い昨日の彼岸花』同様に突貫工事で作りました。
登場デジモンについて
シェイドモン、アイズモン→彼岸といえば、先祖を供養したり、故人の在りし日の影法師のイメージがあるかな、影といえばぼくはシェイドモン からの眷属としてアイズモンをどうしても使いたく。愛する故人の似非などを作る影、お彼岸らしいのではないでしょうか。
変異リリスモン→赤い衣が赤い彼岸花的なイメージのデジモンではないでしょうか。
改めて、素敵な企画を開催してくださったへりこにあん様に感謝を。
後、短編ばかりの私じゃなかなか書かない文字数で(投稿時)執筆中のユキサーン様にも感謝を。
彼が彼岸企画どうするかなみたいに呟いてたから存在を知ったところありますので、あれがなきゃ前のザッソーモンの話をまず書いてないのは確実。
最後にここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
それでは、またどこかで
9/26追記
ちなみにぼくはシェイドモンが主でアイズモンが従と、アイズモン誕生以来ずっとシェイドモンがあくまで上やぞと思っているのでこの本文でも堂々と『アイズモンよりシェイドモン』と書いてたりします。自分の主張は強くやっていくぜ、とネタバラシ。
推しをどんな目に合わせようとそれが愛なら仕方ないですね。それがたとえかつて封印した存在に似姿を作られて箱庭を凌辱するための操り人形として使われるような話でも(ぐるぐる目)。
リコ(リ)スモンという感じかなと思いきやそこに変異という色合いを踏まえたうえで、そもそも主役は影法師からの連想でシェイドモン、アイズモンとくれば、もうお彼岸の作品として文句なしですね。
行き詰った世界は形を変え行き止まる。さて、新たな世界の行く末は如何に……といったところで、短いですが感想とさせていただきます。
いやリコリスってお前、そーいや変異リリスモンって赤くて金髪で巨乳やな……夏P(ナッピー)です。
つまるところ黒髪の狂犬女が必要ということになるが、まあそれはともかくこれは他の作品の外伝なのですかな。そちらを読めておらず申し訳ございませんがどちらかに保管されておりますでしょうか。ちょうど自作でも出していたのでクオーツモンの名前言及されたのにちょっと歓喜。
もう15年ぐらい前だったら「このメールを何人に回さないと不幸」的な奴が来たのかなと思いつつ、この急転直下好き! 俺達は相棒だったはずじゃねえのかよぉー!
シェイドモンとアイズモン同時登場させつつ差別化しておる。企画期間中の突貫工事と言いながら、その辺をしっかり書けるのは、普段からデジモンに特定の設定や序列を自分なりに持っておいているが故ですな。
それではこの辺で感想とさせて頂きます。
QLさんがリリスモンを死なせた……だと……? 『楽園』を作ったリリスモンが討たれたというお話も気になりますが、ひとまず感想をば
シェイドモンとアイズモン、キャラ被りがちな両者をあえてどちらも登場させるという逆転の発想がすごく面白かったです。
似ているからこそ容易に生み出せ、似ているからこそ目的に向かう意志も違わない……と。
誰もいなくなった『楽園』を自分の思い通りに書き換えていく……これまで我慢して辛酸を舐めさせられ続けたからこそやりたい放題できるってものですね。
ただし現実世界の人間を巻き込む事態にまで発展してるのはOh my God……
甘い誘惑で人間を誘い絶望を味わわせるその手口が、なんと言うか種族としてのリリスモン本来のやり口を再現してるみたいでゾッとしました。
そして今回のパロ枠は真月ゥゥゥ!!?
彼岸花の蕾を開きに二作品目の投稿ありがとうございます。
在りし日の影法師から影に潜む二種のデジモンへと繋げるのみならず、変異リリスモンの色も合わせて確かにこれはもうまず間違いなくお彼岸らしいデジモンですね。
短いながらもいかにもありそうで生々しいSNSの投稿など、もしかすると自分のそばにも思わせるようなぞくっとする短編でした。
最後の絶望への片道切符が〜なんて詩的なモノローグも合わさってとても素敵な作品でした。
改めて、参加して頂きありがとうございました。楽しく読ませていただきました。