*2800字程度でサクッと気軽に読める文章です。二ヶ月ロクに書いてないのでまたリハビリがてら、今回は企画に参加させていただきました。
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「……なんて醜い姿だ、僕を否定したザマがこれかい?」
またこの夢か、とため息を吐きそうになった。出てくるのはいつもの通り決まった相手。かつての相棒、無邪気さだけを詰め込んで狂気と化した少年・ピーターモン。彼は進化を否定する、在りし日のそのままの姿で。別れた後の彼の末路を自分は知らないが、きっと死んでしまったのだろう。一面の赤い花の中で、彼はまた自分を馬鹿にする。
「アタシは気に入ってる、ほとんど誰も見向きもしないから気にすることもないこの姿を」
強がりであると同時に事実でもある。かつての自分は、目の前の彼に気に入られようと無邪気な馬鹿を装って愛想を振りまくっていた。それ自体好きではあったが、同時に苦しかったのも確かだ。甘いモノは嫌いじゃないけれど、辛いものや苦いものにだって興味はあった、それを我慢していた。可愛いぬいぐるみや小物だけじゃなくて、セクシーな装飾品にだって興味はあった。それを我慢した。今はどうかって?見てくれこそ酷い物だとしても、例え似合わなくても好き勝手につけて自分は自分だと言えるのは好きだ。……鏡は見たくないけれど。
「は、醜いだけで強くもないその姿が、君が言ってた成長したい姿だったのかい? 僕は言ったよ君は今のままが一番いいんだって。強さがあるならまだしも、弱くて醜いその姿を本当に気に入ってるのだとしたら、どうして僕はここにいるんだい?」
他でもない君自身が自分を受け入れてないからだろうと幻影は言う。そうかもしれない。望んだ姿は果たしてなんだったか、もう覚えちゃいない。それでもきっと、目の前に広がる一面の赤のような怪しい魅力を放つこともない、薄汚い緑の化け物ではなかっただろうと、自分の内からも訴えかけてくるもう一人の自分がいるのだろう。
「今からでも僕の手を取れ、戻ろうよ、懐かしき終わりなき子どもの世界へ。幸せなんてその先にはないよ」
でも、この手を取る訳にはいかない。彼の言う世界こそまやかしで。辛く厳しいとしてもこの現実を生き抜くと決めたからこそ私は進化したのだ。今の姿が嫌いだとしても、私は生き抜かなければならない。幻影に惑わされてはいけない。私があの時手を取ったのは、終わらない夢の少年ではなく、今ある夢を追いかける海賊なのだから。
「またきっと貴方とは会うのでしょうねピーターモン、でも何度でもアタシは断るから」
「君は相変わらず頑固だね、そこだけは変わってないようで嬉しいよ。じゃあまた、現実が辛くなったら僕を呼んで」
そう言って笑うピーターモン。「成敗ゴッコ」と称して容赦なく弱者を虐げる時と同じ、無邪気でありながら酷く悪い笑みだ。見てくれは美少年のソレだけど、心は誰より気持ち悪い生き物。果たして、醜い植物の自分とどっちがマシなのだろうかと思えば、少し自信を取り戻せた。
「そういうとこなのよ貴方って」
だから、怪獣が夢の国を襲った時に、貴方を誰も助けなかったの。子どもの王様、自分自身しか頭にない。誰よりも身勝手で、誰よりも心無い化け物。それでいて誰よりも純粋だから、無闇に周りを惹きつけて。魅了された者たちに対して、夢を見せた責任を取ろうとしない。タチの悪い。この期に及んでまで、夢にも現れ、関わった人たちを離さない存在感。圧倒的だからこそ忘れられない。今のこの苦悩も、貴方という存在を忘れられたらどれだけ和らぐか。きらいできらいで、でも、どこか憎みきれなくて。未だに夢に出続けるのもわかってる。大好きだったのが本当だから。醜い姿を抜きにしても、自分の選択が時に間違いだったのではないかと思わざるを得ないぐらい情熱的で、悲しき思い出で。
「消えて、そろそろ馬鹿みたいな夢と付き合ってられないから」
怪しげな魅力を放ち、ピーターモンを際立たせる花々と共に触手で追い払う。少しずつ、花々もピーターモンも輪郭を失いぼやけていく。強行的に幻影を払ったが、そもそも覚醒が近いのだろう。これで、見たくもないものを見なくて済む。
「やれやれ、それじゃあまた、現実に疲れたら」
最後にそう言い残すと、全てが消え失せ真っ暗闇となった。その暗闇にゆっくりと白い光の穴が開いて、吸い込まれていく。さて、また今日も今日とて鏡を見たくない一日が始まる。
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「やぁリリィ、お目覚めか? 気分はどうだ?最高か?」
「最高そうに見えるかしら、船長」
起きてからいの一番に見たのは、無精髭がチラホラ見える海賊紳士。身嗜みに無頓着ではないはずのその男が、そんな状態な理由は単純。船が進むべき進路を失い彷徨い、余裕を少し失っているからで。否定した過去ではあるとはいえ、顔自体はムカつくほどに良い奴を見てからのこの現実は、ますます気持ちを萎えさせるところではある。
「ハハハ、ご機嫌だな、上々上々。すぐさまそう返せる元気があるならまだ大丈夫だ」
そう言ってこちらにペットボトルを投げてくる。触手で絡めて確実に受け取る。塩水に囲まれたこの状況において生命線ともいうべき真水だ。布団から降り、キャップを開けて頭から浴びるように体内に取り込む。これだけで生き返る心地だ。
「水の貯蓄はどれだけあったかしら?」
「俺たちの分と別にリリィ専用で換算したとしても後一週間は陸地に辿りつけなくても大丈夫なぐらいかねェ……」
「じゃ、船長の命も後一週間ってことよね、アタシ生きていく為なら真っ先に船長を養分にするから」
「おっとっと、おっかねェな!……だがまあそうだな、お前らの命預かって引っ張り出したってんだから、養えなきゃそうなるのも仕方ねェ」
ガッハッハッ、と笑う大男。無神経で不躾な自由人だが、時に紳士的に振る舞える程度には分別のある完全体。だからこそ、船長と慕っているのだから、本当にそれをする気はない。親愛からくる冗談で、こんなやり取りはあの美少年とは出来なかったな、と未だに夢を引きずる自分に嫌気がさす。
「船長、着替えるから出ていってもらえる?」
「おっと、失礼失礼。お前とは一番長い付き合いだからな、ついつい一人前のレディじゃなくて子どものように扱っちまう、じゃあ食堂で待ってるぜ」
部屋の扉が閉まったのを確認して、ナイトキャップを取り、パジャマを脱いでいく。顔を軽く洗ってから、水平服に触手を通し、航海で手に入れた宝石のついたイヤリングを頭の葉っぱに付けて。それで準備完了だ。かつての人肌と違ってメイクは必要ないから気が楽だ。ちょっと物足りないとも思うけど。
さて、絶賛指針を失い漂流寸前の海賊船、今日はどうやって命を繋ぎ明日へ繋げていくとするのか、食堂で腹ごしらえをしながら船員たちと議論をしなければ。気持ちを切り替えていかなければ、ならない。醜くも生き生きとした今の自分こそが正しいのだと。甘い昨日の象徴の、美少年のことなど笑い飛ばせるように。
終
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後書き
例にお彼岸の墓参りですが、雑草がつきものとあったので、ちょうどティンカーモン→ザッソーモンの進化ルートがバイタルブレスで実装されてたのもあり、ザッソーモンもお彼岸らしいデジモンかもなと思ったので書きました。
彼岸の象徴として、永遠の少年ピーターモンってのもアリだと思ったので、それらをブレンドし、彼岸花の花言葉が「悲しき思い出」「あきらめ」「独立」「情熱」ということで、それらをザッソーモンに与えました。
ピーターモンが「悲しき思い出」、彼との依存から「独立」したけれど、今の自分に「あきらめ」つつも前に進む彼女はいつの日か「情熱」を手に入れアヤタラモンにでもなるとは思うのですが、作者のリハビリが足りないので、アヤタラモンになるまでの話、自分を好きになるところまでを描いておりません。
まあ、今を生き抜く雑草魂や気が向いたら海賊頭以外の彼女の今の仲間の一味も描けたらいいですね……
お付き合いくださりありがとうございました。
微睡みの中、選ばなかった分岐のキーキャラクターがその選択を非難する。しかし、その視線を拒んで毅然と選択を誇る。……こういうの大好きです。
しかしてその主人公は誰でどのあたりがお彼岸に繋がるのかと思いきや、ピータモンから進化したザッソーモン。それもDimカードからのルートとは一本取られました。
短いですが、これにて感想とさせていただきます。
遅れましたが感想書きに来ました。いつもツイッターではお世話にならせてもらってるユキサーンです。
今回のお彼岸企画では色々な種族が主役を担ってますが、なるほどピーターモンが初っ端から出てその彼との密接な関係があったということは主役ティンカーモン――かと思ってたらザッソーモンじゃねぇか!!!!!!!!!!??????????
割と完全に予想外でした。いや主催者お墨付きのお彼岸デジモンではありますがそれとティンカーモンを繋ぐとは……バイタルブレスで進化ルート発掘されていたとはいえ、それをこうして物語として描くとは。
物語そのものに登場はしなかったものの、彼岸花の花言葉を想わせる過去との対話と現在の道行き、読みやすい文量でありながら素敵な物語だと思いました。アヤタラモンに進化して情熱を手に入れても、更にその”先”があるかもしれない彼女の道行きを夢想しながら、簡素ながら今回の感想を終えたいと思います。
それはそれとしてザッソーモンはかわいい部類だと思うんですけど醜いってそれどういう(ry
一人称アタシ女口調元メスガキザッソーモンキタァァァァァ!!!!!
ピーターモンにボロクソ言われてるザッソーモンいいぞぉ!!!
ピーターモンの誘惑を振り切って『船長』と必死に生き延びようとするのが、いいぞぉ順調に雑草魂(ザッソウル)に染まっておられる
バイタルブレスで実装されたティンカーモン→ザッソーモンのルートを物語にする考えは僕にもありましたが、こんな続きが気になるお話を出されてはQLさんもザッソーモン知名度向上委員会の会員として認めざるを得ませんね(ザッソーモン知名度向上委員会とは)
ザッソーモンとピーターモンの別れ、そして船長と彼女のこれから(まぁ生き延びることは確定として)等、想像の余地があるなんとも素敵なお話でした。
ザッソーモンじゃねーか! 夏P(ナッピー)です。
そーいやVBのフロンティアDimにティンカーモンがいるのだったか。ピーターモンのポジションはなかなか面白くてナイス。しかし醜い醜い言うからてっきりブロッサモンとかヒュドラモン的なめちゃくちゃヤバそうで怖い顔の奴になってしまったのかと思えば、ザッソーモンならまだまだ全然可愛いじゃないか! わらびさんみたいなこと言ってるけど!
船長ってオレーグモンかと思ったけど普通の人間なんか……?
それではまた続編で(強要)。
>QLさん
彼岸花の蕾が開きに参加して頂きありがとうございます。
という訳でまずはお彼岸らしいデジモンですが、例にも出したザッソーモンにひがんばなのイメージをキャラクター性に組み込んだとなればもうこれは認めない訳にはいきませんね。
3000文字弱で彼女の過去から現在まで思いをはせさせてくれる素敵な短編でした。彼女のアヤタラモンになった姿も気になるので、ぜひ気が向いていただきたいところです。
改めて参加して頂きありがとうございました。面白く読ませていただきました。