待ちかねたよ、お客様。ちょうどカウンターの席が空いているので、そこに座るといい。と言ってもウチは一席しかない辺鄙で変な店なんだがね。その分ただ一名のお客様には全霊を持ってもてなすのさ。
お金がない? ああ、それなら気にしなくていい。対価を支払う方法など金銭でなくともいくらでも手段はある。――そう、例えば表情を曇らせていたお客様がウチの食事を口にして暖かく晴れ渡るその瞬間とか、サ。
……一気に胡散臭い物を見るような目になったね。まあいいとも。それほどの感情の機微が残っているのならまだ目があるというもの。先の言葉を気障な冗談と取っても構わないが、料理店の店主としてのプライドとして放置できないのは本音だ。何より、ここでまた死なれても迷惑だからね。そもそも君は何故そんなに死にそうな顔をしているんだい? ……どうやら、まだ思考がぼやけているようだね。なおさらここは私に任せてもらおう。ああ、ニンニクはないから安心してくれ。今の君は本能的に拒絶するかもしれないからね。
とりあえずはスープでも飲んで落ち着こうか。……ん、手間が少ないならもてなされる側も気が楽だって? ああ、まあ……私からすれば何であろうと手間は一律なんだよ。あれだ。百聞は一見に如かず。見てもらった方がいいだろう。――そぉれ、「ワッサムリングジャック」
……さて、PONと現れたるは白い器にみちみち満ちた黄色のポタージュ。私が育てた――ような気がしないでもない――渾身のかぼちゃを煮詰めた逸品だ。どうだ、実に美味しそうだろう。
これではシェフじゃなくて手品師だって? 何を言う。私は一度もシェフだと名乗ったことはないぞ。私はあくまでただの店主。プライドに懸けてシェフを名乗るなど烏滸がましいのだ。……自分で言ってて泣けてきたな。この話は止めにしたいから、黙って召し上がってくれると助かる。
どうだろうか……美味しいか。そうだろう。そうだろう。クリームのようになめらかで飲みやすくもありながら、濃厚な甘味が口いっぱいに広がる、と。……ふふん、あれだね。悪くない食レポ力だ。褒めて遣わそう。遠慮せず一気に飲み干してしまいたまえ。
……良い飲みっぷりだね。随分表情もマシになった……と言いたいが、どうした? 何か嫌なことでも思い出したかのように青ざめて。
なに、自分はこんなものを食べていいような奴じゃないって? 私としては振る舞うに値するお客様だと判断したからもてなしたのだが。――なるほど、友達を殺してしまったと。詳しく聞いてもいいだろうか。
自分でも理由が分からない? そうか、元々はここ最近どうしようもなくイライラして、自分でもおかしいと思ってずっと引き籠っていたんだね。ただその引き籠り生活も結局は自分の内で抑えの効かない衝動を熟成しているだけだった。部屋の中で壊せるものは手当たり次第壊して、衝動のまま部屋を飛び出すのも時間の問題だというところで、連絡を受けた友達がタイミング悪く乗り込んできた。で、自我も半分失った君はそのまま彼らを殺してその血を啜ったという訳か。
……なるほど、よほど腹が空いていたんだね。なら、もう少し腹に溜まるものをメイン料理として振る舞おう。そぉれ、再び杖を振るってPONと出したるは、かぼちゃを丸ごと器にしたライスグラタンだ。
どうだい、このボリューム。蓋替わりの皮を持ち上げれば、表面カリカリのチーズがお出迎え。そこをこのスプーンでほじくれば、ホワイトソースに絡んだチキンライスがざくざくと掘り出せるんだ。
……今さら食えるかって? 友達も殺して、自分を慕ってくれた女の子も殺して、最後は好きだった人に殺された死人の自分が何を食えるっていうのか、か。――なんだ、ちゃんと思い出しているじゃないか。
ああ、勘違いしないでくれ。私は君の素性と結末しか知らない。気の狂った君は確かに親しい人を殺したうえで、事態を重く見た専門家――君の想い人だね――に殺された。で、哀れな君の魂には行くべき場所があるんだが、ちょっとした暇としてここに寄ってもらっているんだ。
ふざけてはないよ、何も。必要だから、君はここに居る。少なくとも、何故こんな結末に至ったのかは知る権利があるしその義務がある。少なくとも、「思い出すくらいなら、消えた方がよかった」なんて逃げを私は許さない。……そうだね。全身から溢れ出すくらいに先ほどのかぼちゃスープを流し込んでもいいんだよ。バッドエンドはバッドエンドでもまだ笑える方だろう。……そうでもない? そうか、そうか……だって、好きでもないエンド考えるの嫌だもん。
まあ、何であれ今は活力を高めるべきだろう。ほら、美味しいぞ、このライスグラタンは。なんで魂だけで食事できているのかがどうでもよくなる程度には。
……チキンライスはしっかり粒が立っているから、ホワイトソースと絡んだ時にそれぞれの存在感が際立つ。側面のかぼちゃ果肉が絡まるとまたさらに旨味が重なっていい。うん、素直に誉め言葉が出るのは良い傾向だ。
さて、そもそもなぜ君は気の狂った衝動を抱えたのか。元々、そういう危険人物なのかい? ああ、ノータイムで反応しなくても違うのは分かっているよ。要するに、いつからおかしくなったのかということだ。
元々、君は成り行きで吸血鬼どうしの殺し合いに巻き込まれた。ただ君には吸血鬼を殺しうる異能があったから、学生生活の傍ら、街の平穏のため自ら戦いの中に身を置いた。
その前提から考えるに、戦いの中で君に何かが起こったと考えるのが自然だね。それこそ、吸血鬼相手だから戦いの中で噛まれて同族にされそうになったとか。心当たりは……ない? そもそもおかしくなる周辺で血なまぐさいことはなかった。潜伏期間とか……も考えづらい? なるほど、なるほど。……他、何かないかな。身体を晒すようなイベントとか。
学校の予防接種? 生徒に対する健康意識が高いのは何よりだけど、そんなに気に掛けるようなことかな。なに、変な先生が自分の番だけどっちの注射がいいか聞いてきたって?
選択肢A:効果があってとても楽な人間用の注射
選択肢B:効果はないけどしんどくて怪物になる注射
で、君が選んだのはどっちなんだい?
選択肢A:効果があってとても楽な人間用の注射
⇒選択肢B:効果はないけどしんどくて怪物になる注射
なるほど……なるほど……あれかな、一通りのバッドエンドを回収していたのかな、君は? 違う。そうか。そうであってほしかったよ。
なに? デザートはないのかって? このタイミングで厚かましいね君は。そこまでの態度を取れるならもう問題ないだろう。――はい、かぼちゃプリンだ。これ食べてさっさとそのドアから行きたまえ。食レポもいらないよ。
急に態度が冷めた、か。なんでだと思う。分からないなら踊ろうか。「ネタ選択肢で死んだプレイヤーに反省を促すダンス」を。鳴らない言葉を~……おお、スプーンの動きの速いこと速いこと。
完食確認。はい、お粗末様でした。幸い例の選択肢の前でロードはできるようだから、二度と同じような理由でここに来るんじゃないよ。
そうだ、すべての視聴者が笑顔になれる結末を見せてくれたら、フルコースをご馳走してあげよう。それまで会わないことを切に願うよ。
ルツキです。今回パラレル様の作品に初めてコメントさせて頂きます!
ノーブルパンプモンが店主のファンシーな絵本のような辛くも優しい話かな…と思ったら、最後にズコーっと落とされました。
好奇心は猫をも殺す。深読みしすぎの場合もありますけど(私的経験談)選択肢って、メタ読みするべき?主人公的には?…とかどう考えて良いか分からなくて苦手なんですよね。
バットエンドで店主さんに会いたいですが。しかしねぇキミ。反省を促されるのは…マ○ティーかは分かりませんが店主さんからは清廉さを感じます。これは空前の店主さんブーム待ったナシ!
…このネタ楽しいんですよね。
語り口調…独白の文章ではありますが、流石パラレル様!
短い文章でありながら満足感があり、とても読みやすくて、すごい(語彙力の消失)私が同じように書こうとすると、どこまで説明して良いのか分からなくなって何言ってんだコイツ状態になってしまいますので。
あと文章でも飯テロが出来ることが十分すぎるほど伝わってきました。もう夏なのにカボチャが食べたい。そして最後は憔悴していたお客様も元気になったようでなによりです。
こちら拙すぎる文ではありますが感想になっていれば幸いです。では乱文失礼しましたー!