「天使のオートクチュール」にて登場したアコちゃんとベルゼブモンの王道系のはなしです。
◇
誰もが電子デバイスを経由して、"デジモン"と共に生きる時代。
デジモンをパートナーにし、お互い高め合い、バトルで力を競い合う"テイマーバトル"は今やメジャーな競技となっており、テイマー人口も多い。
お互いを信頼し、力を合わせるテイマーの影で、問題も多い。
デジモンを道具としか見ておらず過酷な育成を重ねるテイマーや、高個体値のデジモンのみを育て他は育成放棄する悪質ブリーダー等。
デジモンとの歩み方は千差万別。後者の検挙率は年々高まってはいるが、前者の問題は育成の方向性を理由に、検挙が難しいのだ。
◇◇
「まーまー。ただいまー」
真夏の夕方は明るいとはいえ、その日は娘の帰宅が大変遅かった。
まだ幼稚園に通う小さな娘に何かあったのか……。夫にも連絡をし、不安なまま鍋の前でスマホを握り締めていた。
そんな矢先に、玄関から間延びした娘の声が響いた。
「アコちゃん!もう!ママとパパ心配したよ!どうした、の」
エプロンで手を拭いながら玄関へと急ぐと、いつものようにへらりとした顔の娘が多少土汚れ目立つ姿でそこにいた。
傷だらけのインプモンと手を繋いで。
空になったアイスクリームのプラ容器をペコペコと膨らませて遊ぶ音が間抜けに響いていた。
「わ〜情報量が多〜い」
「まーまー。アコプモちゃんとごはんたべるー。きょうのごはんなにー」
「ミートスパゲティだけど」
「プモちゃんミートスパゲティすきー?アコねーミートスパゲティすきー。じゃあさままーおふろはいってくるねー。プモちゃんもおふろはいろー」
「え、ぇ……?」
娘のアコは自他ともに認めるかなりのマイペースな性格ではある。だがこれまでの経緯もガン無視にいつものルーティーンを優先するアコのマイペースぶりに、母は頭を抱える。
そこでキッチンから顔をのぞかせたサンフラウモンが間の抜けた声を上げた。
「アコちゃんおかえり〜!インプモンだ〜かわいい〜!待っててね〜パジャマ持ってくる〜」
「フラちゃんありがとー。プモちゃんにゅーよくざいなにがいーい?リンゴー?アコもりのにおいはやだよー」
「え、えぇ〜……」
すっかりマイペースぶりに困惑したインプモンが視線をこちらに向けるが、同じ気持ちだと母は首を振る。
「……アコちゃん、プモちゃん。フラちゃんとお風呂入ったらご飯にしようね!フラちゃんよろしくね〜」
「あーい」
「は〜い」
「ぁ、あ、は、はぃ……」
流されるしかない。送り出した母の言葉に、訳ありなインプモンは困惑の色を深めたまま。風呂場へと手を引かれて行った。
◇◇
「アコちゃんがインプモンを?」
「アコちゃん、どうしてプモちゃんとおうちに帰ってきたの?」
夕食が終わり、丁度仕事帰ってきた父と合わせて母は問いかける。
おなかいっぱいで満足そうな様子でリビングのクッションに腰掛け、インプモンと一緒にテレビを見ていたアコはぱち、と瞬きを繰り返す。
「プモちゃんだからー」
気の抜けるような答えに、2人は深くため息を着く。多分アコの中で答えは完結しており、これ以上話すことは無いの……かもしれない。言葉が足りなさすぎるのはアコの悪い癖だ。
「あのねアコちゃん。もしインプモンがね、他の人のデジモンだったらインプモン探してるかもしれないよね?
そうだったらパパ、お巡りさんとお話してインプモンのテイマーさんを探さなきゃいけないから」
「えー。プモちゃんはプモちゃんなのー。アコといっしょにいるんだもーん。ねープモちゃん」
アコに抱きつかれたインプモンは困惑してはいるが、アコを嫌がるような仕草はなく、潤んだ目を向けて耳をシュンと下げた。
「……あ、の……おれ、数日前に捨てられて……弱いからって言われて……おなかへって、さみしくて……」
ようやくはっきりと口を開いたインプモンに、2人は顔を見合わせる。
捨てデジモン。
テレビやネットで昔から話題にはなっていたが、実際に遭遇するとは。
溢れた大粒の涙に、アコはすかさずティッシュを押し付けた。
「プモちゃんなかないでープモちゃんはアコんちのプモちゃんだよー」
「……そうだな!プモちゃんはうちのプモちゃんだ!ねえママ」
「そうだね、プモちゃんはうちのプモちゃんだね」
大人からの言葉に、耳がピン、と上を向く。
今まで向けられたことがない優しい表情や声音。驚きに目を丸くするインプモンを、アコはさらに抱きしめて喜びにコロコロと笑い出す。
「い、いいの?ほんとうに……?」
「あたりまえじゃーん!プモちゃんはアコとみんなとー、ずーっといっしょだよー」
◇◇
「プモちゃんウィザーモンにしんかしたのー?!すごーいウィザちゃんだねー」
「アコちゃんのおかげだよ、ありがとう」
「じゃあさーウィザちゃんさーいつかアコとテイマーバトルいっしょにでよーよ、さいきょーめざそーね」
「……!うん、アコちゃんと一緒ならおれがんばるよ!」
「むりしないてーどにがんばろー」
「うん!」
「きょうはウィザちゃんのすきなごはんにしてもらおーね」
「ミートスパゲティがいいなあ」
◇◇
「ウィザちゃん進化したねー!バアルモンだからーバルちゃんねー」
「最近おれ達凄く調子がいいね。アコちゃんのおかげだよ」
「当たり前じゃーん、だってバルちゃんがんばってるもーん。アコとバルちゃんはサイキョーだよー」
「そうかな……。……いや、アコちゃんとならおれは最強だ」
「えへー。今日お祝いのケーキ何がいいか考えといてねー」
「ああ」
◇◇
街中のスポーツスタジアムから、歓声が湧き上がる。
3日間行われる大人気スポーツ「テイマーバトル大会」の会場では、一番の盛り上がりを見せる3日目……決勝戦が行われていた。
参加するのはテイマー1人につきデジモン3体。
テイマーはデジモンへの指示でバトルの補助を行うことが可能。
デジモンはバトル中の進化も可。
テイマーバトルでは一番スタンダードなルールだ。
多くの参加者のいる中、勝ち残ったのはアコとバアルモンのチームと、究極体を3体連れた相手の決勝戦となった。
「ピエちゃーん!」
膝をついて体勢を立て直そうとしていたピエモンだったが、それもかなわず力尽きてフィールドに倒れ伏す。
「ありがとーピエちゃん、すごくかっこよかったよーゆっくり休んでねー」
申し訳なさそうな顔をするピエモンへと声をかけつつ、アコはスマホへとピエモンを戻す。
「レイちゃんとピエちゃんおつかれさーん。あとはバルちゃんだけだねー、ふーん」
相手のテイマーとアコ、2人の残りメンバーは1体ずつ。
相手のラスト1体はシュラウドモン。
こちらはバアルモン。
分は悪いが、ここまで来たならバアルモンも引かないだろう。無論、引く理由もない。
「バルちゃーん、がんばー!」
「"ギルティッシュ・改"!」
フィールドにリアライズしたバアルモンがマントを広げると同時に、翻した裏地から無数の御札が弾幕の如く展開される。
素早く拡散し不規則に、かつ一部は直線的規則的に飛び交う。複雑怪奇、軌道の混合する御札の連鎖。
満遍なくフィールドを埋めつくす御札をシュラウドモンは振り払うように片手で吹き飛ばすが、その隙を縫って大きめの御札がシュラウドモンの急所を狙った。
腕で弾いた程度では消えないそれは、宙をくるくる回りながら何度もシュラウドモンへと飛びかかる。細やかな御札と追尾式の御札の攻撃は体に突き刺さり、貼り付き、視界をも制限していく。
「"カミウチ"!」
バアルモンが懐に入り込むと同時。打神鞭を持ち直し、電気を帯びた刀身を鳩尾に抉り込むように突く。柄をさらに押し込むと、激しい電撃に呼応してシュラウドモンに貼りついた御札がその効果を倍増させ、さらにその激しさを増していく。
「イイねーバルちゃんキレキレだよ」
「……いや、ちょっとまずいかも」
観客席で2人の活躍を見守る父は、バアルモンの活躍に期待を膨らませていくが、反面パートナーデジモンのガブモンが冷静に戦局を見つめていた。
「バルちゃん、手が震えてる」
甲高い金属音が会場に響く。
勢い良く空回りしながら空へと弾かれた打神鞭を、バアルモンは赤い目を見開き追う。
シュラウドモンの身体に貼り付いた御札が、弾けるように燃え散るのを確認したバアルモンは急ぎ足元を踏みしめ後ろへ飛び退こうとするが、それよりも先に、左からの拳がバアルモンを捉えた。
「が、ァッ」
バアルモンの細い体に容易く拳がめり込み、鈍い音が響く。
硬いフィールドの床に叩きつけられ、殴られた強い勢いに体ごと地面を一直線に抉られた。
「バルちゃん!やばー」
その場に蹲り咳き込むバアルモンだが、それすら容赦なくシュラウドモンは攻撃をやめない。
右袖を掴まれ、ぎゅうと静かに握りしめられたことで、袖の中に潜ませた銃器が破壊され、バアルモンの口からうめき声があがった。
「マジでちょっとヤバいかもー、バルちゃーん!」
「……お前、あんなふざけた名前で呼ばれているのか。腑抜けは変わらないな」
「はー?バルちゃんは腑抜けじゃないもーん。てかかわいいじゃーん、それともうらやましいー?アコ呼んだげるよー?シュラちゃん♪」
「アコちゃん、ちょっと静かに……!"ギルティッシュ"!」
御札を投げつけ、攻撃で隙が出来ると同時にシュラウドモンの胸を蹴り上げ脱出する。
多少ぎこちなく着地したバアルモンだが、右腕を庇い、……顔色が悪い。
「……バルちゃんだいじょーぶ?顔色やばいよー……?」
「……大丈夫だよアコちゃん」
「いやーだいじょばないっしょー」
「大丈夫だっていってるだろう!おれを舐めないでくれッ!」
「あらー」
普段から穏やかな口調のバアルモンには珍しい厳しめな物言いに、アコの嫌な予感が的中する。
トーナメント戦を勝ち抜く中、今向き合っている対戦者の顔を見た頃からずっとバアルモンの様子がおかしい。なにか、焦燥したような、必死すぎるような雰囲気を纏っていたのだ。
微妙に調子が悪いとは思っていたが。
「バルちゃんメンゴメンゴー」
「ヘラヘラしないでアコちゃん!今決勝戦なんだよ!」
弾かれた打神鞭を引き戻し、再びバアルモンは駆け出す。
シュラウドモンの拳と激しく鍔迫り合う。顎を狙い繰り出した蹴りをあしらわれ、再び殴り飛ばされ地面に叩きつけられる。
まるで手負いの獣。らしくない戦い方に、アコは眉根をじわりと寄せた。
「君、バアルモンだけ進化させてないのわざと?」
「えー?」
向こう側のテイマーからの突然の呼び掛けに、アコは首を傾げる。
「いや、君のバアルモン、進化できるほどの才能がないのにエースに添えてるからさ」
「アコがそーしたいからそーすんのー。バルちゃんアコの一番だもーん」
相手のテイマーは高校生。小学生のアコからしてみれば大人同然だが、これで怯む肝ではない。
だが、バアルモンは違ったようだ。
打神鞭を持つ手があからさまに震えている。
「パルスモン、お前随分とデカく進化したな」
「どうにかバアルモンに進化できたんだな、インプモン」
動揺に震える口が無理をして軽口を叩くが、相手は反面余裕がある。
相手のテイマーがバアルモンを見る目がやたらに下卑たものだった理由も合わせて、アコは理解した。
「バルちゃんしりあーい?」
「こいつは元々俺の持ちデジモンだったんだよ。個体値は悪くなかったが才能値が低くてね。落ちこぼれだったんだ。勝手に出ていったんだけど、まさか拾われてこんなとこにねえ」
「やめろ!」
バアルモンが叫ぶ。
スマホのアラームがけたたましく鳴り響く。「ステータス異常」、バアルモンのメンタル値に激しいゆらぎが起こっていた。
「おれは昔とは違う、アコちゃんと一緒に頑張ってきたんだ、皆が応援してくれてここに」
「じゃあさっきのレイヴモンやピエモンとか、他のメンバーみたいに究極進化できてないのなんでだよ」
相手テイマーの言葉に、ひゅう、と気道から高音が抜ける。
それと同時に、鋭い拳がバアルモンにめり込んだ。
吹き飛ぶ軽い体を追いかけ、シュラウドモンは容赦なく次の連撃を薄い腹に打ち込み、攻撃の手を緩めない。
「お前を待っている間に俺はシュラウドモンに進化した。お前より後から入ったデジモンだってあっという間に進化したんだぞ。……ずっと待っていたのに、やはり変わらなかったな」
少し寂しそうな言葉と反対に、最後の一撃を放とうと拳を握り直す。
なんとか持ち直したバアルモンが寸のところで拳を避け、下に潜り込んで腕を蹴り上げ隙を作る。
体勢を崩したシュラウドモンにギルティッシュを放って動きを止めるものの、受けたダメージは大きく、その場へ膝をついてしまった。
その様子を鼻で笑う相手テイマー。
バアルモンが振り返ると、冷ややかな目をしたアコがこちらを見つめていた。
デジコアが、冷たいなにかで締め付けられるように苦しい。
「……あ、アコちゃん、ごめ、おれがんばる、から、……おれ勝つから、お願い、」
「君もさ、落ちこぼれインプモン拾っちゃって大変だったね」
「アコちゃん、……」
「君が頑張って育成したってこいつはこれ以上強くならないよ。君才能あるしこいつより……」
「すてないで……」
フィールドに一粒、雫がこぼれた。
「あのさーーーーーーーおまえさーマジでうざーい」
吐き捨てるような言葉に、バアルモンとシュラウドモンの肩が震える。
冷ややかな視線がまっすぐ、相手を捉える。
「よそはよそ、うちはうちって言うじゃーん。何?おまえ。アコのバルちゃんなんですけどー?何えらそーにしてるわけー?アコのバルちゃん泣いちゃったじゃんか、謝れや」
突然のマシンガントークに、相手テイマーも会場も呆気に取られて静まり返る。
鼻息荒いアコとは反対に、静まり返った会場の空気にバアルモンは周りをキョロキョロと見渡し、困り果てたようにシュラウドモンと目を合わせた。
シュラウドモンは小さな溜息と共に肩を小さく竦める。
「……アコちゃん、口悪いよ……」
「……お前に合った良いテイマーに会えたんだな。戦いがいがある」
「だっしょー?シュラちゃん見る目あんねー。じゃあアコたちもさー期待に応えなきゃだよねー」
振り向けば、アコが微笑んだ。
優しく被せた絆創膏のように、自信と信頼を宿した目はバアルモンの心に安心をもたらしていく。
「だいじょーぶ。いけるよ」
穏やかな声音に、頷く。
スマホを持つ右手に力が篭もる。
左手首に巻いたバイタルブレスが静かに高揚する心拍をとらえ、バアルモンへその鼓動を届ける。
「バルちゃんとアコ、ふたりでサイキョー。そーでしょ?」
バイタルブレスから、甲高いアラームが鳴ると同時に、バアルモンの体に未知の力が湧き出す。
未知、とは言ったが、これは経験したことがある感覚だ。
インプモンからウィザーモン、ウィザーモンからバアルモンへ"進化"した時の感覚に、バアルモンは確信した。
『バアルモン、進ッ化ァアアア!!!!!』
会場全体に響き渡る咆哮。
フィールドに力強く打ち据えた打神鞭が砕け散ると同時に、進化の輝きが周りを包み込んだ。
会場がどよめく中、客席のガブモンと父は、カメラを構えながら身を乗り出し、感涙を止めることもしない。
そして、驚愕する相手テイマーの様子に反して、シュラウドモンは嬉しさを滲ませながら眩さに目を細めていた。
投げ捨てられた白いマントと貼り付いていた御札が宙を舞い、その姿を顕にした。
紫に輝く仮面、靡く金髪。黒いライダースーツ。
歓声の中、軽やかに二丁の銃を指で回しながら、銀色の金具輝くブーツが力強くフィールドに一歩を踏み出した。
「『ベルゼブモン』!」
自信に満ち溢れた晴れやかな表情で、ベルゼブモンは高らかに名乗りを上げた。
その姿に、アコはクールに上げていた口角を思い切り釣り上げ、力強くガッツポーズを見せる。
「ベルちゃーん!ふぁーいと!」
アコの一言に力強く頷き、ベルゼブモンはシュラウドモンに銃口を向け、軽く銃で拱く。
ようやく対等に戦える存在に、シュラウドモンもその場で軽くステップを踏み、構えた。
2体が深く踏み込むと同時。
瞬きを許さぬ速度で、フィールドに紫電が駆け巡り弾けた。
ぶつかり合う拳と二丁銃が激しく火花を散らし、烟る硝煙が周りを包む。
先程のバアルモンとは全然違う、キレのあるベルゼブモンの動きに、シュラウドモンは気持ちを高揚させていく。
それはベルゼブモンも同じだった。アコからの信頼と進化できた自分への自信が、シュラウドモンと対等に渡り合える実力になっている。
拳を受けても、先程よりもダメージは少なく、反撃の余地も余裕もある。
シュラウドモンの拳を払い、蹴りと尻尾打ちの2連撃を叩き込む。
「行けッ!シュラウドモンッ!」
「"獄炎破回蹴"!」
モロに受ければダメージは小さく済むわけが無い、そんな破壊力と炎を纏った回し蹴りの威力は凄まじく、そして速い。
咄嗟にベルゼブモンは背中を仰け反らせ、回し蹴りを回避する。
地面についた手をバネに、下から突き上げる踵でシュラウドモンの一瞬の隙を狙い、顎を蹴り貫いた。
さすがのシュラウドモンも急所への強烈な一撃に、ぐわり、と頭を揺らす。
体勢を直しつつ、銃を後ろへ高く放り投げたベルゼブモンは指に力を込める。
「"ダークネスクロウ"ッ!」
「ッがァ!」
ガラ空きの胴体を深く引き裂いた傷はパーティクル分離を軽く起こし、新しい急所を生み出す。
よろけながらも体勢を立て直そうとするシュラウドモンだが、深い傷にリソースを割かれなかなか呼吸が整わない。
折角できた大きな隙を逃さまいと、ベルゼブモンは後ろへスライドするように身を転がし、丁度降って来た銃をノールックでキャッチすると銃口を構えた。
「ベルちゃん!いっけー!」
「"ダブルインパクト"!」
アコの掛け声と同時に、火薬が爆ぜる。
銃身を多少前後させる構えから連続で放たれる銃弾は、絶妙な時間差を生みながら集中的に胴体を的確に撃ち抜いた。
ベルゼブモンの魔弾をパーティクル分離した傷にまともに受けたシュラウドモンには、それを払い除ける力も残っていない。
「しゅ、シュラウドモン?!マジかよ、そんな……?!」
相手テイマーの動揺の声に、ベルゼブモンは銃を遊ばせながら、鋭い犬歯を見せつけるように口角を上げる。
「アコちゃんとおれの魔弾、結構効くでしょ」
試合終了のサイレンが響く。
膝をつき動けなくなったシュラウドモンに対して「戦意喪失」の判定が下された。
『勝者、ベルゼブモン!よって、今大会優勝はチーム吾妻アコに決定致しました!』
会場から巻き起こる優勝の歓喜の声。
熱気の中、膝をついたシュラウドモンの手を、ベルゼブモンが引っ張り立ち上がらせた。
パルスモンとインプモンの時は真逆の立場だったものを。シュラウドモンはらしくなく笑う。
「……化けたな。次は負けん」
「バアルモンの時殺されちゃうかと思ったよ。また戦ろうな」
軽く拳同士を突き合わし、お互いの健闘を称え合う。
拳を離したベルゼブモンは軽く手を振りシュラウドモンに別れを告げると、すぐにアコの元へと駆け寄った。
「ベルちゃん!」
「アコちゃん!」
しゃがみ込んだベルゼブモンに飛びつくように抱きついたアコは、すかさず金髪をわしゃわしゃと撫で回し、頬を紫の仮面に押し付ける。
ベルゼブモンもそれに応えるように、細くて小さな体を傷つけぬよう、力加減をしながら優しく抱きしめた。
「ベルちゃん進化できたねー!すごいねー!しかもさ勝っちゃったねー!やっぱりアコとベルちゃんサイキョーだよねー」
「アコぢゃ〜〜!!お゛れ゛やっと進化できた゛よ゛〜〜!!勝てたよ゛〜〜!!アコちゃん゛のおかげだよ゛〜〜!!アコちゃん゛おれをパートナーにしてぐれ゛であ゛りがとぉ゛〜〜!!」
「めっちゃ泣くじゃん、うけるー」
もはやヴォイ泣きの勢いで泣くベルゼブモンの涙をアコは雑にハンカチで拭う。
この後父親とガブモンの涙も拭わないといけないのに、ハンカチが足りるかどうか。
妙な考えを巡らせる片隅。
ずっと淡々と歩いてきた道のりのつもりだったが、インプモン、ウィザーモン、バアルモン、そしてベルゼブモン。
歩幅こそ変わっていくが、このパートナーがいたから見れた景色の頂点の一つに自分が立っているのだと考えると、柄に似合わず熱くなる胸の感覚も悪くない。
アコはふ、と呼吸を漏らしながら笑う。
そうベルゼブモンに言ってもいいのだが、また泣き止まなくなってしまうだろうから、敢えて言わないことにした。
◇
それから、アコとベルゼブモンは表彰台に立ったり、まだ泣き止まぬベルゼブモンに抱き上げられつつトロフィーを掲げたりしたのだが。
「最後に何か一言お願いします!」
最後のヒーローインタビュー。
アナウンサーにマイクを差し出され、何を言うべきか照れたり緊張したり悩むそぶりを見せたベルゼブモンの代わりに、アコはマイクを引き寄せた。
特に何も考えていなかったが、言いたいことはひとつあった。
「今日の夕飯はー、アコとベルちゃんの好きなミートスパゲティがいいでーす」