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マダラマゼラン一号
2019年12月28日

ブルー・ジーンズの花嫁 第二話

カテゴリー: デジモン創作サロン


#鰆町奇譚 #CoffeeTownTrilogy




 三月九日 宇佐美司


「──っ!」

 何者かが彼女と僕の結婚について調べているというニュースを聞いたのち、落ち着けずに詩集のページを手で弄んでいたぼくの隣で不意に二匹の蜂が、声にならない声を上げて飛び上がった。ぼくは肩をびくりと震わせ、サヌキとイナニワに目を向ける。

「どうしたんだ?」

「“88コール”です。ゴトウから」

「ほんとに久しぶり。ヤバいんじゃないの」

「なんだいその、はちはち……」

「わたし達の間で使われてる連絡手段よ。いくつかのサインを働き蜂みんなで共有するの触角の色といくつかの数字の組み合わせ。中でも“赤の88”は敵対意思との緊急性の高い接触──要するに、戦闘」

 その言葉に、ぼくは眉をひそめる。戦闘、現代日本で生きていたらおよそ聞くことのない言葉だ。ただ、ぼく自身の曖昧な実感以上に、突然鋭くなった二対の目が、事態の切迫を告げていた

「ただの尾行の筈だろう。なんでそんなことに……」

「はっきりとは分からないわ。でも、ゴトウの報告によれば、相手に撒かれて、その上で尾け返された」

「人が? 君たちを尾ける?」

 イナニワの言葉にぼくは素っ頓狂な声を上げる。サヌキたち働き蜂は空も飛べるし針もある。その気になれば人間に見えないように姿を消すことだってできる。かく言うぼくも彼女たちによってあっという間にここに拉致されてしまったのだ。そんな彼女たちがただの人間に気づかれるわけもないし、追い掛け回されてメーデーを発する必要に迫られるなんて夢にも思えなかった。

 そんなぼくの疑問に、サヌキが重々しく首を振る。彼女たち働き蜂は性格は各々違うのに、こんな風に問答をすると、みんなで一つの意思を共有しているかのように振る舞う。イナニワも、サヌキの答えが自分の答えだと言わんばかりに黙っていた。

「ゴトウの報告では……相手も、わたし達と同郷の者だということでした」

「……つまりは、怪物?」

 漏れ出る言葉が、死体のように冷えているのが自分でもわかった。サヌキの話では、彼女のようなモンスターは人間世界の外からの来訪者らしく、彼女たち以外にも色んな姿の者たちがこの世界に忍び込んでいて、それと同じ数だけ、ぼくのようにモンスターに取り憑かれた人間がいるらしい。そう、つまりはぼくと同じような──。

「君らが尾行してた奴も“雄蜂”ってことかい?」

「つまりは、そういうことになります」

ぼくは深くため息を吐く。

「……それで、君の仲間たちは、そいつと戦うのか。危ないだろう。やめてくれ」

「なんか勘違いしてるみたいね。事の発端はあなたの頼みだけど、戦闘命令はあなたのものじゃない。女王のもの、わたしのもの、わたしたちのもの」

 イナニワが冷たい声を出す。背筋を冷たい汗が伝った。

「じゃあ、どうあっても戦う?」

「そうなります。制圧するとまではいきませんが、とにかく尾行を中断させなければいけません。この場所が知られてはいけませんから」

「……君たちに言うことに意味があるのか分からないけれど、気をつけて、」

 ぼくの言葉に、サヌキは心底不思議そうな、何を言っているのかわからないと言いたげな調子で首をかしげた。その調子に、ぼくは突然、この場から逃げ出したくなった。恐ろしさに体が震える。

 彼女たちはぼくとおんなじ言葉を話す。けれど、それでも彼女たちは蜂なのだ。群れる生き物で、自分たちの命に興味はない。必要なのは巣の維持、巣を統べる女王の目的。

蜜蜂がどんなふうに外敵を倒すのか、その知識を、ぼくは頭から追い払った。




     *****




 三月九日 マミーモン


「……おいおい、こりゃあどういうことだよ」

 追跡者を撒いたうえで尾け返したその道、路地につながる角を曲がったその先で、マミーモンは深々と息を吐いた。その角の先は昼間でも薄暗い、人気のない路地で、彼と春川も町の小悪党と話す時に足を踏み入れたことがある。あそこなら騒ぎになることを気にせず、少々手荒な方法に訴え出て追跡者を捕らえることができる。そう思っていたのに──。

「ファンビーモンが一体、二体、三体……何体だ?」

 路地をびっしりと埋め尽くしていたのは、巨大な蜂の群れだった。その小さな羽ばたきの音が集まり、空気を、地面を、マミーモンの心臓を酷く震わせている。ファンビーモンは成長期、マミーモンにとっては取るに足りない相手だ。

「本気でやりあおうってのか?」

 彼の言葉に、蜂の群れは無言で羽を震わせる。威圧の構え。立ち去れと言うシンプルなメッセージ、そういう野生の掟に従ったやり方は、マミーモンにとっても久しぶりで、おまけに懐かしいものだった。


 まあ、俺にとっては昔の話だ。


「なあ、俺だってことを荒立てたいわけじゃない。ちょっと話をしたいだけだ。そうすれば、あんた達だって傷つかなくて済む。穏便に行こうじゃ……うおっと」

 マミーモンは言葉をきり、咄嗟に飛びのく。足元のアスファルトに食い込んだ針を一瞥し、彼は舌打ちをした。

「分かった、分かった。分かったよ。そっちが先に撃った。その意味は、分かってるよな?」

 彼は腕をだらりと下げ、その鉤爪に紫の稲妻を走らせると、地面を蹴った。


    *****


 マミーモンは“死霊使い”の種族だ。


 この世界において、死んだデジタル・モンスターたちの残存データは、多くの場合そのほとんどがどこかに流れ込み、新たなモンスターの構成データになる。

 しかしその中の一部は行き場を失い、大気に混じって残存することになる。そのエネルギーを集め、エネルギーに変えるのが彼らの死霊術──〈ネクロフォビア〉だ。死霊から取り出したエネルギーの表出の仕方は、“死霊使い”の個体のイメージそれぞれに依存している。自分の辿り着く進化の袋小路を見据え、毒の霧を選んだり、蝙蝠の群れを選んだり、或いは単なる黒いオーラの形をとることもある。

 そんな中で、マミーモンが選んだ力が雷だった。元より彼は同種の仲間に比べて“死霊使い”としてのポテンシャルにかけていて、霧を撒いたり闇の手を伸ばしたりすることはできない。それをカバーするための近距離戦闘を主体とした戦闘スタイルをカバーするためのものとして、紫電はうってつけだ。才能の欠如を誤魔化していると周りの仲間から揶揄されることはあったが、その電撃は彼の誇りだった。


「(そんな俺が、この力を選んだことを後悔する日が来るなんてな)」


 彼は自嘲気味に唇を歪め、背後から迫るファンビーモンに回し蹴りを浴びせる。その足にはきっちりと紫の電撃を走らせていて、一撃に乗る威力は凄まじい。彼はこれで何体もの強力なデジタル・モンスターを──時には格上の相手さえも──屠ってきたのだ。

 この世界に来て、春川と共に探偵をするようになってからは、この力は攻撃の手段としてだけではなく弱い電圧で相手を拘束するのにも役に立った。彼は今回もその要領でファンビーモンを一網打尽にして、自分たちを尾行した事情を吐かせようとしていたのだ。

 しかし今、蹴りを受けたファンビーモンは、地面にたたきつけられはしたものの、打撃そのもののダメージしか受けていないようだった。ファンビーモンは雷の力を利用するデジモンの系譜にいる種族。稲妻に多少の耐性があるらしい。


「(電圧を上げたら加減を間違っちまいそうだし、そもそもこの数に格闘は無理があるか……成長期を殺すのは気が引けるが、このままじゃ俺が危ないな)」


 ファンビーモンは次々とマミーモンに群がり、しがみついてくる。数でこちらを押さえつけようという魂胆らしい。こちらの世界に来てからの彼は、春川の相棒として無用な殺しは避けるようになっていたが、もとより決死の覚悟を決めた相手だ。いくら大きな力量差があるとはいえ、こちらが手加減をしたらすぐに手詰まりになりそうだった。

「悪く思うなよ」

 彼は手を一振りして、マシンガン“オベリスク”を呼び出す。五カ月前の戦いでスクラップと化したこの武器もどうにか直り(普通物は勝手に修復されないって早苗はしつこく言ってくるけど、んなこと俺だって知らねえよ)、問題なく扱えるようになっている。街中での乱射は早苗に怒られそうだが、他に手があるわけでもない。


──ねえ、ちょっと待って。


 不意に頭の裏側で声が響き、彼は目を見開いた。その一瞬のすきに群がってくれうファンビーモンをマシンガンを振り回して払いのけながら、彼は叫ぶ。

「サイバードラモンか? わりいが今手が放せな──」

 サイバードラモン、五カ月前の事件でマミーモンが戦い、殺したデジモンの一体だ。マミーモンにとっては厄介なことに、現実世界で殺したデジモン達のデータはその全てが大気中に霧散したままらしく、“死霊使い”相手にかなり流ちょうに喋ったりするのだ。強い因縁──例えば殺したり殺されたりとか──を持つ相手の声なら、彼のように才能の無いネクロマンサーにも聞こえてしまうらしい。


──まあ聞いてよ。


「うるせえな。人が忙しい時に後ろからぐちゃぐちゃ喋ってくるってのはどういう料簡だよ」

 既に彼の腕には何本かの針が撃ち込まれている。咄嗟に体を覆う包帯を硬質化させることで皮膚を突き通すことは避けられたものの、そのぎざぎざとしたかえしのついた刃が体に食い込むことを考えるだけで、思わず目を瞑りたくなる。

「で、なんだ? 頼むから俺が体中刺される前に言えよ」


──彼ら、キミに纏わりついてるファンビーモンのことだけど。あ、いや、彼女ら、かな?


「どっちでもいい! さっさとしろ!」


──じゃあ彼女らで。彼女らはウィルス種だ。で、キミは彼女らを効率的に鎮圧しつつ、かつ殺したくない。


「……分かってきたぞ」


──そう、じゃあボクを……。


「ああ、やり方は知ってるさ」


 彼はにひりと笑い、右手を持ち上げると、指を鳴らす。その腕を紫電が駆け抜け、次の瞬間、その手には、黒く輝くリボルヴァ―が握られていた。

「さあ、いこうぜ。撃たれる覚悟はできたかよ?」


 


 




 三月九日 春川早苗


 マミーモンと別れた後、僕は人の多い商店街の方面に向けて歩を進めた。結婚式場の辺りの地理には明るくないが、追跡者を振り切るための策はいくらでも思いついた。

早足で角を曲がると、県道沿いの道に出る。ここは鰆町商店街からは大きく離れた、駅に至るまでの道で、インスタントな色調の道路を、インスタントな色調の鉄の塊が、サバンナを走るヌーの群れのように走っている。

 申し訳程度に植えられた街路樹から垂れ下がる枝をよけながら、僕は歩調を早める。この道は見通しがいいから、何度か振り返ってやれば、追跡者も距離を取らざるを得ないだろう。そんな風な期待と共に、僕は視線の照準を道路沿いに並ぶ建物に合わせる。マクドナルド、焼き肉屋、ファストファッションの店、ドン・キホーテ、家具店、そしてまたマクドナルド。それを見届ける終わるころには、足は交差点前の横断歩道に差し掛かっていた。後ろに注意を向けつつ、スマートフォンをいじるふりをしながらも、僕は十メートル先の歩行者信号をじっと見つめる。まったく、自分にこんなマルチタスクができるなんて一年前は知りもしなかった。


 歩行者信号が青に変わっても、最近の若者である僕はすぐには気づかない。ほら、こうしてスマートフォンをいじっているうちに、信号は点滅し始める。

スリー、ツー、ワン。小さな声でカウントをとり、僕は歩き出す。うまくいけば、僕が横断歩道を半分渡りきるくらいのところで信号が赤になるはずだ。背後で距離を置いていた男が慌てて走り出すのが、スマートフォンの内カメラ越しに見える。しかしながら、僕が渡りきるころには信号はすっかり変わっていて、僕と追跡者の間には、無数の金属製のヌーの群れが横たわっていた。

 さあ、走れ。僕は厚手の靴で地面を蹴る。交差点の先にはスーパーマーケットがあって、追っ手を撒くのにはうってつけだ。信号が次青になるころには、追跡者の目を振り切れるだろう。

 やたらと広い駐車場に飛び込み、家族連れの奇異の視線を一身に集めながら、立ち並ぶ車の屋根に隠れるように身をかがめる。

 僕の目の前に、ワゴン車の助手席で退屈そうに外を眺めていたトイ・プードルが顔を出し、愉快そうに前足で窓を小突いてきた。僕は苦笑して、唇に指を当てて見せる。君はバニー、僕はラッフルズ。頼むから静かにしててくれよ。

 車の窓を通して、僕の目が追跡者を捉えた。マスクをしたその男は、きょろきょろとあたりを見回し、その広大な駐車場に早々に諦めたらしかった。スマートフォンのカメラで遠目からながら彼を撮り、僕は唇を引き上げる。元来た道を引き返していく彼の背中も写真に収め、僕はトイ・プードルにウィンクした。

「よし、それじゃ尾行し返すとしようか。バニー、良ければまた会おうよ」




   


 三月九日 マミーモン



──────────────────



 五カ月前、彼はその拳銃を手に入れた。




 スミス・アンド・ウェッソン M36 “チーフ・スペシャル”。




 紫電に次ぐ新たな〈ネクロフォビア〉のかたちとして、彼が手に入れた力だ。

「なんで、俺の銃がこの形になったんだ?」

 人間の使う銃のことなんか知らねえのに。五カ月前の事件の後、閉店後の〈ダネイ・アンド・リー〉のカウンターで銃をいじりながら、マミーモンはふとそう呟く。それを危なっかしそうに眺めながら、マスターが笑う。

「有名な銃だ。沢山のドラマを持ってる。君のそれは改良後の銃身が長いタイプだね。V.I.ウォーショースキーも使ってる」

「そしてもちろん、フィリップ・マーロウも」

 マミーモンの隣で、気のない調子で早苗が言う。その様子にマスターは眉を上げた。

「おや、銃は嫌いかい?」

「まあ、あんまり。拳銃は、ハード・ボイルドの象徴ではあるけど、本質じゃありません。それにその銃を見ると、ハーヴェイを思い出します」

「誰?」

「マスター、『深夜プラス1』は読んでないんですか?」

 首を振る彼と怪訝そうに話の続きを促すマミーモンに、早苗は微笑む。

「ハーヴェイ・ロヴェル、ヨーロッパで三本の指に入る凄腕のガンマン」

「最高じゃねえか」

「グリップを改造しただけのm36を使ってた」

 ハーヴェイは孤独で儚げな男で、ごてごてと改造の施された旧時代の銃を使いハード・ボイルドな雰囲気を漂わせる主人公とは、コンビを組みながらも終始対比的に描かれる。

「酒におぼれがちで、破滅的な男だった」

作品の結末を想い、僕は息を吐く。

「ちょっと、不安だよ」

彼の言葉に、マミーモンはからからと笑う。

「大丈夫さ。それに、どっちにしたって、今、こいつは撃てない」

手の中で銃をくるくると回し、収めながら彼は言う。

「どういうことだい?」

「こいつも結局は〈ネクロフォビア〉の産物さ。撃つのは世界に漂う死霊だ。だからこの弾丸は。不死者にも届く。ネオヴァンデモンにだって傷をつけられる」

けれど。彼は続ける。

「今のとこ、こいつの弾倉は空っぽだ。五発全部な」

彼が親指を滑らせると、その円柱状の弾倉は小気味よく、しかし軽い調子で回って見せた。

「でも、ネオヴァンデモン相手に撃ったんだろ?」

「まあな。でもこいつは探偵の銃として生まれた。最後に誰かの話を聞く者の銃だ。結果として、どこかの誰かと同じで無駄にこだわりが強くて融通が利かない」

「聞こえないね」

「面倒くさく仕上がったこいつは、しっかりと対話をして、協力をしてくれる気になってくれた死霊の力しか使えないんだ」

「撃つのに弾丸の許可がいる銃?」

 顔を見合わせて呆れたように笑う早苗とマスターに、マミーモンは肩をすくめた。全く厄介極まりないが、そういう仕組みだから、落ちこぼれの“死霊使い”でも強力な弾丸を撃てるのだ。

「あの時はネオヴァンデモンという共通の敵がいたから、三体とも力を貸してくれたが……」

「何もなくちゃ、ブラックラピッドモンやデスメラモンが力を貸してくれるはずもないか」

事件の中で二人にと殺意むき出しで襲い掛かったでしたル・モンスターたちの名前を挙げながら、早苗が息を吐く。

「今後対話をする予定は?」

 マミーモンは息を吐いた。

「どうにかやってみるさ。まずは、どうにか話が通じそうなやつからな」




──────────────────




「あの頃は簡単に協力してくれると思ってたが、お前も案外強情だったな」


──ボクを見くびられても困るなあ。サイバードラモンはウィルス種と分かり合えない。そういう風にできてるんだよ。


 拳銃を手に、虚空に声を放るマミーモンに、頭の裏からサイバードラモンが声を返す。

その声に向けて、彼はうんざりしたように息を吐いた。

「強がりはよせよ。俺相手に本気の一つも出せなかったくせに」


──君にはボクの機構に引っ掛かるような悪虐さがなかったんだ。この世界に来るデジモンはみんなその種に本来あるべき何かが欠けた“落ちこぼれ”。キミもそうだっただけの話さ。


「死に際の独白は忘れてないぜ。お前の機構がまともに動いてないだけだろ」


──かもね。結局ボクらはこの世界に逃げてきた落伍者なのさ。


「俺はそうは思わないね」


──え?


 マミーモンはにやりと笑う。


「俺は自分の意思でここにきて、ここで自分の意思で探偵をやってる。お前も今、自分の意思でこうして、この虫どもの命を救おうとしてる。俺たちはこの世界に逃げてきたんじゃない。羽ばたいてきたんだ。俺にいわせりゃ、お前は周りの奴より少し優しかった。それだけさ」


──へえ、なかなかロマンチストなんだ。


「うるせえ」

肩をすくめるマミーモンの前で、ファンビーモンたちが威嚇するように羽を震わせる。

「さあ、奴さん達も待ちくたびれたらしいぜ。いくぞ」


──オーケー。キミの五つの弾倉の一つ、埋めさせてもらうよ。

 その言葉と共に、マミーモンのチーフ・スペシャルがずっしりと重くなる。彼は唇を引き上げ、銃を構えた。

「──さあ、力を貸せよ」


──オーライ。


 ウィルスを殲滅できない出来損ないのサイバードラモン。でも、彼は少し優しかっただけだ。マミーモンはそう考え、そうして、彼の言葉に、想いに応えた。それが彼が相棒から学んだ探偵の流儀だ。

 飛び掛かってくる蜂を見据え、彼は引き金を引く。その銃弾は本来そうあるべきであるようにまっすぐ進むことなく、一筋の閃光となって、ぐにぐにとした軌道を描きながら蜂の群れの中を突き進んでいく。




 第一の弾丸──救済の鉤爪(イレイズ・クロー)。




 次の瞬間、無数の蜂たちは、光の糸によってみなじめじめとしたアスファルトに縫い付けられていた。ぶるぶると無様に羽を震わせる蜂たちで埋まった路地を見渡し、マミーモンは満足そうに息を吐く。

「ウィルス種に対して滅茶苦茶に効くけど、殺しはしない弾丸か。便利なもんだな」


──ボクもこううまくいくとは思ってなかったよ。


「とにかく、こいつらに話聞かないとな。これだけ数がいたら手がかかる……」

彼がそう言った瞬間だった。じたばたと身動きをしていた蜂たちが皆、観念したように動きを止めたかと思うと、身をよじりながら──。




──周りの仲間に、自らの針を突き刺した。




「──ッ! おい!」


──もう一度! 撃って!


 一つの機械のように統率された動きで仲間を殺していく蜂たちを呆然と眺めるマミーモンの頭の裏で、サイバードラモンが叫ぶ。その声に弾かれたように彼がとっさに腕を持ち上げ引き金を引くと、銃口から伸びた光の糸が一匹のファンビーモンを救い上げた。同胞の針を逃れたその蜂が彼の手元に戻ってくるときには、目の前にいた蜂の群れはみな塵となって消えていた。マミーモンは呆然と、再び静寂に包まれた路地を見つめる。


──一体しか救えなかった。


「……上出来だよ」


──だといいんだけど……。


 その言葉を残して、サイバードラモンの声は冬の空に消えていく。息を吐いて、彼は手元でじたばたと暴れるファンビーモンに目を向けた。その蜂はくりくりとした目を彼に向け、甲高い声でわめく。

「放してよ! わたし、ここで死なないとえらい目にあわされるんだから!」

「だれにだ? その辺を場所を変えてじっくり聞きたいな」

「いいから! 放して! 死なせてよ!」

「こいつら、一体何なんだよ……」


 マミーモンはため息をつき、トレンチコートの襟を立てる。それを見て、ファンビーモンはまたわめきたてた。


「何よカッコつけちゃって! 私を引っ張ってくだけでしょ!」

「分かってねえなあ。探偵が襟を立てるのは、ことが終わった後なんだぜ」

 彼はそう言って、死に満たされた路地を一瞥し、踵を返すと、息を吐いて立ち去った。



 三月九日 春川早苗



 尾行することと尾行されること、果たしてどちらが楽なのか、実経験をもとに比べてみることができる人はほとんどいないだろう。そんな貴重な比較をできる機会を与えられた僕だが、結局のところ、答えは一つだ。背後にいてあちこちに目を光らせてくれる不可視の木乃伊がいない限り、ただの男子高校生にはどっちもキツい。

 向こうも僕の顔を知ってる状態でつけ返すなんてそもそもが到底無理な話なのだ。自分が結局は一般的な男子高校生を少し下回る注意力しかもっていないという現実と向き合っているうちに、男は路線バスに乗ってしまった。一緒に乗り込めば確実にばれてしまう。彼の乗った路線を控え、タクシーか何かで追いかけたいと思った矢先、僕は自分がただの男子高校生ではなく、金欠の男子高校生だという事実と直面することになった。無様な話だ。「エーミールと探偵たち」に出てくる幼い少年たちだって同じことをもっとまともにこなしていたのに。

 僕は息を吐いて、男を含めた皆を飲み込んだバスが走り去った後のバス停を見渡し、ベンチに腰掛けるると、近くの自動販売機で買った缶のブラック・コーヒーを啜った。とにもかくにも僕は探偵だ。J.J.マローンだってタクシー代のやりくりに困るようなときにもバーで酒を飲むことだけは欠かさなかった。僕だってコーヒーでおんなじことをしたって許されるはずだ。

 もっとも、マローンにはいつも酒代をつけにしてくれる馴染のバーテンダー、天使のジョーがいた。我らがマスターだって人の好さではアジアで五本の指に入るレベルだけれど、天使のジョーのそれには負ける。今後の調査を続けるうえで、僕にもスポンサーが必要だ。


 思考をそこで取りやめ、僕は冬の東北の寒さに異常なほど充電の減りが早くなっているスマートフォンで、時浦彩芽に電話をかけ、簡潔に要件を伝えた。依頼を受けること、依頼料は取らないが、必要経費は負担してもらうことと、金欠の探偵を支えるための一万円を最初に持たせてくれること。彼女はその全てに僕に負けない簡潔さで了承し、〈ダネイ・アンド・リー〉で会う約束を取り交わすと、電話を切り、それと同時にスマートフォンの画面もブラック・アウトした。

 僕は小さく微笑みを浮かべ、きりりと冷えた冬の空気を思い切り肺に取り込む。残された電力を振り絞って上手に金策をできたという事実は、尾行に失敗した僕を慰めてくれた。脳をスペース・シャトルの速度で走り抜けていた血液も今は落ち着きを取り戻したようで、僕はそんな頭で、男の乗っていったバス路線を見直した。小学校前、なんとか二丁目、なんとか坂、市民ホール、神社前、なんとか一丁目。


 市民ホール?


 その文字列に、僕の血液はまた大気圏を突き抜ける速さで巡りだす。最初に彩芽に見せられた写真、あれは売れない役者であった宇佐美司を、市民ホールの楽屋で写したものだった。

「劇団絡みで誘拐された?」

 声に出してみて、僕は首を振る。誘拐、売れない役者、悲劇の花嫁。まったく、荒唐無稽が過ぎる。自分がこの物語を小説で読んでいたとしたなら。もうとっくに部屋の反対側に本を投げつけているところだ。


 でも、だからこそ。


──面白い、だろ?


 その言葉と共に、僕の背後にマミーモンが現れる。僕は息を吐いて、彼に必要以上に非難がましい声を向けた。

「来るのが遅い」


──うるせえ。こっちも大変だったんだ。それともあれか? 俺がいないと尾行もできないかよ。


「頼むから黙ってくれ。もう十分自分を責めたよ。そっちの成果は?」

 僕の問いかけに、彼は右手を突き出して見せる。その手の中でぎゃあぎゃあとわめく巨大な蜂のようなモンスターを、僕は呆然として見つめた。


──ちょっと、ねえ! さっさと放してよ! それとも一生こうやって私のこと掴んでるわけ? そんなことできっこないわよね! みてなさい!? 隙を見て逃げてやるんだから!


「こいつが手掛かり?」


──言いたいことは分かる。分かるけどな……。


──ねえ、私をほったらかして話さないでよ! 大体あんたたち何者? なんで私たちと戦うのよ!


──うるせえ! 痛い目見たくなかったら黙ってろ!


「二人とも、頼むから静かにしてくれ」

 頭の裏でガンガンと鳴り響く二体の声に、僕は息を吐く。まったく、面白そうな事件だ。

「とにかく、次の行動の指針は立った。今日のところは引き上げよう」


──〈ダネイ・アンド・リー〉か?


「うん」


──それじゃ、俺は先に行ってるな。


「え、置いてくなよ」僕は慌てて声を上げる。


──霊体でも寒い日は寒いんだよ。それに、抜け駆けして珈琲飲んだのはそっちじゃねえか。


「いや、これは……」


──それに、この虫もどうにかしないとな。ワイズモンの本にでも放り込んどきゃいいだろ。


「それは同感だ」


──え、何!? 私に何する気よ?


──それじゃお先に。


──ちょっと、ねえ! 私どこにつれてかれるわけ? ねえってば!


「あ、おい、待てよ!」


 霊体特有の身軽さで飛び去るマミーモンを睨みつけ、僕はバス停に向かい合う。次のバスは二分後。しかし悲しいかな、財布には二十円しか入っていない。僕は息を吐いて、思い切り珈琲を飲み干すと、冬の大通りをとぼとぼと歩き出した。


1件のコメント
パラレル
2019年12月29日

さっきまで命だったものが辺り一面に転がる~オーイェエッ!! ……これが人間のやることかよオオォッ!!!!


衝動的な慟哭はさておき、二話にして二陣営初接触。とはいってもまだ末端の名も知れぬ可愛い子らとの初戦といったところ。二つの視点の物語はこういう交差していくところがやはり見どころであるわけで、その点今回の話はこれからの期待感を高めてくれますね。


ネクロフォビアを銃へと昇華して、そこにかつて敵だった者の力を弾倉に籠めるというのは浪漫の塊ですね。ここで籠められた弾丸はサイバードラモン。抹消の申し子にしては機構が不完全だからこそ、ウィルス属性を殺さず動きを封じるという特性がまた最の高です。


ただその助力も虚しく、ファンビーモン達は続々と自害を選択。助けられたと思いきや死屍累々の有様でこの時はマミーモンにシンクロしていた気がしないでもないです。ロイヤルベースとしてのプライドかと思いきや落ち延びた後が怖いという理由。もしかして、「ロイヤルベース ブラック企業」


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