タイトルのイメージ
の20番
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建物の外は真っ暗で、人はおろか動物の姿さえ見えない。厳密には灯り自体はついていて、道もある。だが、緑は見えない。通常なら、舗装された道の隙間に蒲公英が四方八方に葉を伸ばしていることも、そこまで珍しいことではない。ああいう草は生命力が強く、どこでも生き延びられる。名も知れぬ太い草が茂りすぎた挙句、通行の邪魔をしていることも少なくない。その草はベリーの実によく似た小さな黒い実がなっているのだが、毒があるせいで食べることは叶わない。これだけ暗くて大気も涼しいのなら、ドクダミが生えていてもおかしくはないし、食べられそうな見た目の茸の一本や二本あってもいいだろう。だが、この地には何故だか他の生き物が誰一人として存在しなかった。水が流れる音はするし、電球からジジジという音もするのに、鼠一匹いない。全てが全て、壊れかけた人工物で占められていた。
言いようのない懐かしさを覚え、廃墟にさえ見える燈台の地下には俺の部屋がある。俺が入ってきた時から誰もいないその部屋は、元々管理人か誰かの部屋だったのだろうか。さほど広い訳ではなく、質素で古く、壁紙は剥がれかけている上、壁にはいくつものシミがある。殺風景なそこにあるのは、小さな衣装箪笥(クローゼット)と一人が寝られるくらいのベッド。それと、カラーボックスと見紛う大きさの本棚。テレビもラジオもないのはまだマシだろう。この部屋には何故だか時計さえないのだ。灯りも、裸電球が天井から一つぶら下がっているだけで頼りない。この部屋の居心地はそこまで悪くないのだが、一つだけ気がかりなことがあった。俺の部屋の奥にある、汚水道に繋がる扉のことだ。
新しい金属扉などどこにもない。あるのは部屋の近くにある重い鉄の扉と、その先にある鍵付きの格子扉だけだ。重く錆びついた扉にドアレバーという親切な代物などなく、丸くてつるりとした掴みづらいドアノブが付いている。真ん中には鍵穴があるものの、長いこと使われていた形跡がなく、今も使えるかどうかは分からない。鉄格子には銀の南京錠が付いている。だが、今は何故か外されていて開いた掛け金だけがそこにある。鎖は床に落ちていて、省みられることはない。俺はソレを踏みつけ、扉を開けた。
ここには時計がない以上、時間を知る手段がない。だが灯りは点いている。弱々しく、頼りないソレには蛾でも寄ってきそうなものだが、植物さえないこの世界には存在しない。仄暗く、どこまでも閉じたこの世界は魔界というよりは繭と呼ぶに相応しいものだった。この繭の主である少女は、この中に他人が入り込むことを頑なに拒み続けている。誰からも愛されない、という事実を引き摺り続けていたからだ。過去の記憶がそうさせたのは明白だろうが、繋がれないということもあり、彼女にとってこの世界は『ほんのちょっとだけマシ』な場所にしか過ぎない。夢の中に逃避しても、いい結果を望むことは出来ない。そのまま、恐らくはこの汚水の中に沈むのだとすれば、結果として死ぬことは出来る。誰も看取る者がいないだろうこの世界で、ソレがもし叶ってしまったならば。俺が思うに、彼女は必要以上に臆病なのだ。だから繭の中で果てることを望むのだろう。汚水の中に『還る』為だけに。
暗く、冷たく寂しいだけの道を進んでいくと、今までのコンクリートから木の床に変わり始めた。歩くとギシギシという音がする。床には鍵が捨てられていた。俺はソイツを手に取り、濁り切った真っ赤な目で見つめる。千切れそうなゴムヒモがキーホルダーの代わりになっているが、鈴はおろかマスコットの類は一つも付いていない。鍵そのものはくすんだ銀で、数字が刻まれている。ツマミのようなところはゼンマイを巻く為の巻鍵のようになっており、楕円形。それ以外に目立ったところはなく、只の鍵にしか見えない。通路には小さな足跡があり、辿っていくうちにこの汚水道のどこよりも明るく、温かい光が俺を照らしてくれた。目的の人物はこの光の向こうにいるのだ。
木の床を歩くにつれて、銅色の、途切れ途切れに曲がった細い線が見えてきた。床に落ちたその染みからは微かに鉄の臭いがする。ソレが完全に途切れたのは、薄汚れたボロ布に包まっている小さな少女を見つけてからだった。くすんではいるが、足首まで届きそうな長く美しい薄水色の髪。相変わらず包帯以外は何も身につけてはいない。よく見ると、下腹部から乾いた血がじわりと滲んでいる。その様子を見た俺は、彼女が何をしていたのかを悟ってしまった。
彼女は怖がっているのか、俺の方を見ようとはしない。足音を聞くだけで震える素振りを見せてはいるので、気づいていない訳ではないのだ。狭苦しい行き止まりには何もない。お気に入りである筈のぬいぐるみさえ持ってきてはいないところを見るに、彼女は入水でもしようとしたのだろうか。只一つ言えるのは、彼女は自ずから求めることが出来ない程に弱り果てているということ。汚れたボロ布に包まることさえ彼女にとって必要なことなのだとしたら、それこそが彼女にとって僅かに残された『望み』なのではないだろうか。
彼女が言葉を一向に紡ごうとはしないので、何も分からない。少なくとも、俺のことを嫌っているだけならまだいい。だが、こんな調子では彼女の本心を聞くことは叶わないのだ。別に拒絶でも構わない。何故口にしないんだ。
「どうして……。あなた………」
漸く口にした言葉はそれだけだった。呼吸を荒くしてまで言葉を選び、絞り出している。その後口にしたのは、
「………もう、来ないで」
その言葉を待っていた。だが、立ち去ることはできない。濡れた足元。足首のあたりまで包帯が汚れている。一度は試みたことは理解出来てしまった。どうにもならないところまで来てしまったからこそ自殺に踏み切るのだ。だが、生への執着か、未練が残っているのか、はたまた、ただ怖いだけなのかは分からないが、彼女はソレが出来なかった。
「あ…………」
彼女は怯えた目つきでこちらを見ている。無理もないだろう、目の前にいるのは彼女からしたら怪物にも等しい大男なのだから。しかもそんな奴が片目を隠して、血のように不気味な赤い目で見つめていたら誰だって逃げ出したくなるだろう。尤も、あれだけ動けない時に世話を受けておいて、死にたいと思った時には自殺を図ろうとするなど都合が良すぎる。通常であればそう考えていい。
この繭の中は主の心を映す鏡のようなもので、彼女の望みが全て反映されている。だが、この中でさえ安らげる場所にはなり得なかったと考えていいだろう。本来であれば、恐怖と闘いながらたった一人で過ごさねばならないのだ。あの病室の中で、逃げることも出来ずに。それでも、今より僅かにマシではあったのかもしれない。自分以外誰もいないということは、逆に考えれば安全だからだ。けれども彼女は望んでしまった。だからここには俺がいる。にも拘らず、少女は俺を嫌い、逃げ続けている。痛む躰を引きずって、涙が止まらないのによろよろと歩いていた。鍵をどこからか盗み出し、肩で息をしながら暗い通路をゆっくりと。誰もいないところへ隠れようとして、追いつかれた。お前はこのまま眠っていたら良かったのに。
「お前の望みを知らない程、俺が馬鹿だと思っていたのか?全てではないが、お前の望みくらい分かる。だから戻って来い」
名も知れぬ少女は立ち上がろうとはしない。這って、流れる汚水の近くまで行くと、水の中に、未だ包帯で巻かれた小さな手を入れた。後ろを向いているせいで、こちらからは一切表情が伺い知れない。そのうち、彼女はボロ布を脱ぎ捨て、小さな足をもう一度汚水の中に浸した。もう彼女は何も言わない。涙も流さない。こちらに振り向こうとさえしなかった。そうまでしてお前は死にたいのか。治り切っていない、深い傷を抱えてまで『楽に』なりたいのか。刃物を持ってはいない。それでも彼女は『楽に』なろうとして水に浸かろうとする。腰のあたりまでだろうか。力を抜こうとしているのが分かる。薄水色の髪が海月のようにゆらゆらと揺蕩う頃、彼女は首の辺りまで浸かっていた。やがて、底無し沼に身を沈めると、彼女の姿は見えなくなった。
少女が沈んだ汚水は濁り切り、工場廃液のように嫌な色をしている。その上一部は泡立っている。とても入りたくはない場所だが、気づいた時にはもう自分自身が汚水の中に飛び込んでいた。雨水程ではないが冷たく、変なものが浮いている。長くはいたくない場所だ。目的が目的だからか、遠くには行っていないのが救いだった。早く、早く探し出さなければ。
「お前が壊れて潰れる前に、俺が……!」
汚水の中に潜り込むと、確かに沈みゆく少女がいた。後もう少し遅ければ、もう少し底に近ければ手遅れになっていただろう。現に、今はどうにか運び込んで俺の部屋で寝かせているが、目を覚ます様子はない。濡れて汚れた包帯は全てふわふわの新品に取り替え、可能な限り躰も拭いた。今、彼女は一枚の真新しい毛布に包まりながら眠っている。息はほんの少しだけしているが、脈と同じでいつ絶えるか分からない。今は点滴を刺してはいないから、最低限の水分さえ入ることはなかった。それでも彼女は、少し解けそうになっている包帯を掴み、僅かに口元を緩ませながら、まるで生まれてくる前の胎児のように眠っていた。
愛らしい寝顔を覗き込み、俺は彼女の髪を撫でてやる。ぬいぐるみも何もないが、真っ白なシーツの上には長い髪が広がっている。くすんで血と錆に塗れた金の髪を持つ俺とは違う。何もかもが正反対だった。包帯から見える肌は白く潤っていて、頬は珊瑚色に染まっていた。この世のものとは思えぬ程白い。強いて言えば、作り手の理想を全て詰め込んだアンティークドール、だろうか。唇はハナミズキを思わせる薄紅色で、艶やかに煌めいている。そんな作り物めいた口元にキスをすれば起きるだろうか。起きないことは薄々理解していても、俺は希望を捨てたくなかった。
現の彼女は大人しい性格だが、音楽や海の生き物、恐竜を好み、ぬいぐるみ達を『お友達』として可愛がる、穏やかで優しい子でもあった。兎がいなければ片目だけとはいえ目がマトモに機能しない、というのもあるかも知れない。対して、現の俺は元々乱暴者だったからか、それとも単にサイズが大きいからなのか、少女には怖がられてしまう。彼女は小さいから仕方がないのだろうが、俺にとっては初めてのことだったからとても悲しかった。内に籠もろうとする少女を連れ出し、抱きしめる。ほんの少しだけ心をほぐせたのは、小さな足を舐めた時くらいだろうか。触れたら壊れそうなくらい小さな彼女を優しく愛で、俺の大きな躰を人形のように白くて小さな掌で抱き返してくれた夜を今でも忘れることはない。だからだろうか、彼女には傍にいてくれることを期待してしまうのだ。
未だに彼女が眠っているのは何故だろうか。包帯を全身に巻いているのと関係があるのだとしたら、俺は彼女に何をしてやれるだろう。辛うじて息はしている。躰は『生きたい』と訴えている筈なのに、心は『死にたい』と叫び、喘いでいた。そうでなければ俺の目の前で入水などしない。だが、殺し合うよりかは遥かにマシだろう。どんなに泣かれようと、彼女の腕や足を折ってでも、挙げ句の果てには傷物にしてでも、俺は彼女を生かすつもりだから。
暗い中で見た彼女の紅眼は、俺のソレよりも美しいと感じた。だから、こうして生死の境を彷徨う前にもう一度見たかった。汚泥の中に沈んでいった、価値のない屑ルビーのようなその眼が俺にはとても愛おしく思えて仕方がないのだ。例え何も映していないのだとしても、お前の温もりさえ感じられるなら。俺はお前を撫で続ける。ソレが、今唯一お前に出来ることだから。
時折震えながらも、彼女は眠り続けていた。怖い夢でも見ているのか、泣いてもいる。だが、その躰はもう胎の中に還ることは叶わないのだ。だからこうして彼女の手を優しく握っておいてやる。独りではないことを証明する為に。他に誰も入って来られない繭の中で幸せに暮らす為に。
本棚の中に置いてある、キャニスターにもよく似たガラス瓶の中には潰れた紅い眼が入っている。ソレをぼうっと見つめていると、ベッドの方から呻き声が聞こえてきた。小さな血塗れの左眼は悲しそうにこちらを見ている。急いで棚の上に瓶を戻すと、苦しそうに息をする少女がいた。変わらず横たわったままだが、目は開いている。そうして途切れ途切れの言葉で、 「……お、願い………」 「どうした?」 「こっち……、来て………?行かない、で………」 現と同じ、怯えた眼をしている。その上本人は泣いたままだ。話せない訳ではないというのは分かる。何を言いたいのかも少しだが分かる。 「お前……」 「怖い……………。だから………」 「分かってる、お前が寂しいことくらい。それに、独りだと心細いんだろ?」 「………、わ、わ、私は………」 よろめきながらも起き上がろうとする少女を、俺は制止する。包帯で辛うじて隠れているとはいえ、小さくて可愛らしい胸をじっと見つめていると正気であっても何故だか触れたくなってしまう。柔らかくて心地良いのだろうか、と考えてしまうくらいには。まだ幼いのに、艶めかしく感じる肢体に見惚れそうになっていると、少女が口を開き、 「……アマリリス。それが私の名前。生まれた時に誰かから貰った、たった一つの……」 か細く低い声で名乗った。感情がこもっているのかは分からない。据わった目でこちらを見ながらも、口は僅かに笑みを形作っていた。
ども、怖がりなレナータちゃんと同じくらい怖がりなオイラッス
オイラ、ガラージュやってたンスよね
それで曲気に入っちゃって……
えへへ……
夢のルナは精神年齢(19〜21)の都合上、進化前ッスけど、進化前でも充分かっこいいッス
ちなみにリアタイで「知識王」の話見た時は、「声若⁈口調が合わない!」って思ったッス
そして思い浮かんだのは、やたらフランクな口調でべらべら喋り、行く先々でギャグ漫画みたいな展開を引き起こすバアルモンくん……
ちなみにこの話のバアルモンくんは、声の都合上冨岡義勇さんとか、スザクくんみたいなイメージで書いてるッス!
次はダークエリアの話ッス!
ではでは