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囁くように小さな、若い男の声は不気味な言葉を紡いでいく。一見暴力的なようでいて、その実は愛を孕んだ甘ったるい言葉だ。痛みを我々に齎す彼岸花(リコリス)の毒にも似たようなソレに、正の意味が含まれているとは言い難い。彼はベッドに座り、少女の小さな背を摩る。腕に抱いていた闇色の、西洋人形か貴族の女が着るような華やかなドレスを傍に置いた。彼女の躰を片手で持ち上げるも、小さなその身が目覚めるにはもう少しだけ時間が必要な筈だ。まだそなたのことを拒んでいるのに。容赦というものがないのか、小さな唇に接吻を贈る。少女の名を呼び、まるでぬいぐるみか磁器人形(ビスクドール)のように膝へ乗せた後、彼は大きく無骨な掌で頭を撫でた。横から覗いて見ると、普段の彼からは考えられない程穏やかな笑みを浮かべている。真紅のスピネルの瞳が不気味な程優しいのだ。殆ど表情を動かすことのない死神が小さな少女に見せつける笑みは、とても残酷なものだった。
少女の眼がゆっくりと開かれ、もう一つの紅い眼と目が合うなり、
「……どうして、あなたがここに?」
涙混じりの声で呟いた。彼は何も答えようとはしない。ただ、穏やかな笑みを崩さずに彼女の髪を撫で続けているだけだ。灯りも点けずに、静寂が支配する暗闇の中で。彼女は怖いのだろう、寄りかかったまま動こうとはしない。まるで糸が切れた人形のように、両手をぶらんと力無く下げたまま、賢者の胸に顔を沈めている。
「あなたが悪いのよ……」
「何故だ?」
「……とても痛かった!怖かった!どうしてあんなことしたの⁉︎」
「……そうか、すまない。俺は…………」
彼は珍しくしょんぼりしている。声の調子こそ優しいままだが、心なしか前髪で隠れていない方の眼は今にも泣きそうな顔をしている。言い淀んでいるものの、恐らくその後の言葉は僅かに予想がついてしまう。きっと、彼のことだから、はにかみながらも『お前が好きなだけなんだ』と耳元で囁くのだろう。余りにも無口で、ほぼ全ての感情を我の前では滅多に出さない割に、人形のように愛して止まない少女に対しては、氷のように冷たい眼差しが引っ込んでしまう。何故、アマリリスを愛しているのかは分からない。ただ一つ分かるのは、ありのままの彼女を求めている、ということだけだった。
目の前の彼女にとっての生とは、痛みを伴う残酷なものだった。暗闇の中で独り痛みに耐えていた方が良かった、とは言うものの、ソレが最良の選択だとは思えない。それに、お前が独りになったままだと、いずれ身も心も壊れてしまうだろう?冷たい暗闇の中に沈んだら、確かに心地良いのかもしれない。だが、そんなことをしてもお前の痛みは消せないのだ。血を流し、痛みに泣き叫び続けるよりは、俺がいた方がずっと良いだろうに。何故拒もうとするんだ。お前を得体の知れない闇の中でも捕まえられるよう、黒いドレスを用意したのに。捕らえられたお前は俺に抱かれるだけ。目が見えないという事実はお前をほんの少しだけ心強くするだろう。ある意味、何も怖くはないのだろうから。藻掻くことさえ出来ずに壊れてしまったお前を誰が掬いあげるんだ。俺がお前に首輪を与えたのは、可愛いお人形(おまえ)を生かす以外に、お前と俺達を繋ぎ止める為でもある。お前の紅い眼は魔性の美しさがあるし、薄水色の長い髪も清らかで可愛らしい。自分自身が無理をしようとする辺り、本来はとても優しい子だったのだろう。俺とは違う、限りのある絆を大事にしようとする、心の綺麗な子。小さな掌さえ今はもう愛おしいと感じる。この愛が狂気を孕んだとしても、俺はお前を必ず見つけ、その涙を舐めとってやる。あの燈台にある沢山の壊れた人形がお前そのものだったなら、その中から独りで泣いているお前だけをこの白で包み込んでやろうか。
マトモな服を着てはいるが、物足りない。似合ってはいるが、華やかさには欠ける。淑やかではあるが、愛らしさには欠ける。普通の、ありふれた服が似合う筈はないのに。
「お人形(ドール)?お前に似合いそうなモノを持ってきたのだが?」
「………ソレは、何?」
アマリリスは目の前にある黒いドレスが気になり始めたようだ。別にお前の為に作った訳じゃない。気づいたら目の前に現れたのだ。コレがお前の願いなのか?それとも、俺の望みだろうか?
「さあ、良い子だから起きてくれ」
「………ん」
俺の手を借りながら、彼女は小さな躰を起こし、ドレスの襟を掴んだ。暗闇の中だから分かりづらいが、いつも以上に可愛らしいドレスを持ってきたつもりだ。細いリボンが胸元につき、パフスリーブの長い袖は先の方がふわりと広がっている。黒く艶のあるフリルは袖だけではなく、足首の辺りまでスカートを彩り、まるで彼女を黒百合のように妖しく輝かせてくれる。スパンコールも何もついてはいないが、スカートの腰の辺りにはギャザーが寄り、背中は少し開いていて、まるでコルセットのような編み上げになっている。今は解けているが、俺が何とかして細い腰紐を結んでやれば、彼女は前も後ろも美しくなれる筈だ。傷ついたお前を癒すことは叶わずとも、俺がいる限りお前はずっと美しいまま。可愛いお人形のままだ。
少女の服を優しく脱がせてやると、中から白い包帯で包まれた肌が見えてきた。血が滲んでいる箇所もあるにはあるが、そこまででもないようだ。相変わらずアマリリスは怯えたまま。俺の隣にいるクロは困ったような顔をしている。長い髪を撫でつつ、彼女の躰につるりとした黒いドレスを着せてやると、彼女はすぐさま長い袖で包帯を隠した。どうだ?フリルで縁取られた、ゆったりとした袖は。俺に抱きつくとき、その袖から覗く白い手に触れて貰いたいんだ。その時はひとつ、小さなキスを贈ってやろう。
彼女に黒いドレスを着せ、姿見の前に立たせると、ぼんやりとしてはいるものの、困ったような顔が見える。別にコレは礼装でもなければ死装束でもない。ただ、彼女を本来在るべき姿にしただけだ。俺はじっとベッドの上に座っていて、暗闇の中、アマリリスの艶姿を見つめている。
「………どうして、私に?こんなの、似合わないのに」
「お前だから着せる価値があった」
幼い声は啜り泣いている。全て、理解出来てはいないのだろう。何故俺がお前を無理に襲って穢したのか。何故黒いドレスを着せて悦に浸れるのか。何故ずっとお前の傍にいられるのか。全て『愛しているから』という理由だった。それでもアマリリス、お前は、
「何一つ見えてはいないのか?」
小さな問いは闇の中。結局、俺達はひとりになることが出来ないのだ。欲したからには末期(まつご)まで。今は覗いているだけの、地の闇黒に堕ちるというのなら。絆というのはそういうものだ。今は俺だけじゃない、クロもいる。だから、どうか、どうか。
「アマリリス、俺を、求めてくれ。泣きながらでもいい、俺の名前を呼んでくれ。今は、今だけは。悪い子になって欲しい……」
「良いの…………?」
「お前だけだ。俺がここまで愛せるのはお前しかいないんだ」
少女はぴょん、と小さな足でベッドに飛び込んだ。そのまま護符まみれの、薄汚れた白いマントを小さな手でぎゅっと掴むと、俺の腰に抱きついた。ソレを見た俺は優しく抱きしめ返す。小さな唇にキスを落としてやり、頭を撫でた。一見いやらしいその光景を知っているのは、傍に転がっている、可愛らしいトリケラトプスのぬいぐるみだけだろう。今、この時間を形容するならば、幸せな時間。例えたったの数分だとしても。俺はお前にこうして触れていたい。それがただ一つの願いなのだから。可愛いお人形に縋り付いて何が悪いというのだ。
喪うのが怖い。たったひとつの不安に集約された切なる思いは、彼女の身を傷つける刃にさえなってしまった。お前だって本来ならそうだったんだろう?ソレが偽りの想い(モノ)だとしてもお前はきっと気づけない。見えない分、自分に嘘を吐いても真実であると受け入れてしまっただろうから。大事にしていた存在(モノ)さえ、零れ落ちたことに気づくのは、最期の音を聞いてからなのだとしたら。そうしてお前は壊れそうになっている。今度は自分なのだ、と怯えながら繭の中で待っている。飢えも渇きも抱えつつ、それでいてお前が事切れることはない。自我を引きちぎり、壊れることさえ出来ない。この臆病者め。
一度壊れてしまえば、痛みという軛から脱することは出来るだろう。だが、お前はただの人形になる。その身には温もりしか感じられなくなるのだ。楽にはなれる。その代償はお前にとってはあまりにも重過ぎるから。途切れ途切れの掠れた声も、その虚な眼差しも全て拾い上げてお前を生かしてやる。その黒いドレスはお前を生まれ変わらせる為のモノだというのに。怖くはない筈だが、少女は相変わらず怯えている。俺の身体に抱きついたまま震え続けているという、奇妙な光景が今ここにある。やはり、
「変わらないのか、お前は」
それでも愛しい彼女の涙を拭ってやると、彼女は少しだけ口元を緩めた。
「……ルナ?」
「ふふ……、アマリリス……」
アマリリスは俺に抱えられて居間に戻ってきた。彼女を人形のようにソファに座らせた後、水が注がれたグラスを渡してやる。ソイツに取手などという優しいモノはついていないが、少しだけところどころくぼみがある。良くも悪くも手に馴染むデザインのようだった。無色透明なソレの中に尖った氷も、氷ブロックも入ってはいない。汲んできたばかりの水道水だけが入っていた。
「ん………」
「美味いか?」
彼女は少しだが、こくんと頷く。ほんの数口だけ口を付けただけのグラスを白木のテーブルに戻し、あれ程怖がっていた俺に寄りかかった。小さな手で俺の大きな手を握り、
「もう、大丈夫だから……」
「……そうか、無理はするなよ?」
「……ありがとう」
消えかかっている眼の中の光がそう言った、気がした。
思った通り、彼女は俺から逃げることが出来ない。俺に縋り続けるしかない盲目の少女は、この後あの病室に連れ戻す。本来なら、狭いベッドの上で大きなぬいぐるみを抱きしめながら怯えるだけだっただろう。だが、クロと一緒に連れ戻せれば、おそらくは。ほんの少しだけでも、彼女の笑顔が見たい。ソレが俺に向けられていないのだとしても。
アマリリスは嫌われてはいけない少女(ひと)だと俺は思う。少なくともここにいる二人は好いている。なのに、彼女は俺からの愛を拒む。それどころか、『理想の自分』を愛して欲しいと泣き出すことさえある。理解が及ばない。美しいと思った者を愛して何がいけないんだ。「アマリリス……」「?」少女はきょとんとした顔で俺を見つめている。無邪気で愛らしいその眼だ。俺はその眼と共にいつまでも在れることを願っている。「怖くないからな。此処にお前を嫌う者は一人もいないんだ。だからお前は安心して眠るといい」
どもっス!
オイラっス
ブラカメ屈指のエロ回完成っス!
まさかチョコモンちゃん初登場回がこんな風になるとは思わなかったっス……
幕間はまだ続くっスよ
次回はユゥリくんの回想っス
よろしくお願いしますっス!