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こゆきと一緒に黒い龍の背中に乗りながら、ブランは『黒い騎士』がいるという教会へやってきた。建物の真ん前には見覚えのある、派手でかっこいいバイクが停められている。ブランとこゆきは黒い龍から降りて、重たい扉を開けて中へ入った。ブランの耳はその前に、
「ありがとう、レヴィ」
というにこやかで女の子らしい声を聞き逃さなかった。どうも黒い龍に向かって言っているらしい。彼は手を振ってブランたちを見送った。
深夜だからだろうか、人の気配がなく街は静寂(シジマ)に包まれている。本来なら点いている筈の街灯さえ、柔らかな光を灯さない。レナータとクロは入るなり俺の腕を掴んだ。いつもは怖がっている癖に。
「怖い、怖い……」
第三の目が、聖人を描いたステンドグラスの前にいる『黒騎士』を捉える。大剣を手にし、漆黒の鎧を纏った彼は見たところ相当な手練れのようで、年端も行かない少女が敵うような相手ではない。寧ろ命が助かっただけ上等だろう。俺は、兎をぬいぐるみのように抱きながら怯える少女に、
「下がってな、お前らが出る幕はねえんだ。そこにいろ」
一番奥の、朽ちかけた長椅子に座るよう指示をした。
水色髪の少女を横目で見遣ると、力強く兎を抱きしめている。悍ましく、禍々しく感じられる筈の紅眼からは涙が溢れていた。その涙はやがて、水晶のように滴り、藍色のスカートを濡らすだけでなく、床にまで落ちようとしていた。どんな雨上がりの虹も、煌めくダイヤモンドも、この涙には敵わないだろう。それを見たクロは、心配そうに柔らかな耳で少女の髪を撫でている。
「ありがと……、クロ……」
彼女は少しだけ笑顔を見せた。涙は未だに零れたまま。無理に笑みを作っている。両手は神に祈るような仕草を形作っているが、本来ならそんなもの必要ない。何度も一人で荒野を彷徨い続けた記憶が脳裡に蘇る。力を求め、縁としていたモノに溺れ、叫び続けた刻を忘れてはいない。だが、今は違う。彼女の祈りでさえ俺に力を与えてくれる。俺は、目の前の騎士に銃口を向けた。
「てめえか……、此処を塒にしてんのは……」
「……」
彼は何も答えない。口はあるのに言葉を失ってしまったとでもいうのだろうか。彼は俺に刃を向ける。
「それが答えか……。いいぜ、久々に本気で殺れるってことだろ?かかってきな、手加減は無しだ‼︎」
長く、厚く大きな刃が俺に向かって振り下ろされる。それを寸でのところで転がって回避するも、今度は水晶やサファイアを思わせる光の剣が飛んできた。それを鋭利な爪で防ぎながら、相手に近づいていく。俺は高く跳び上がり、二丁のショットガンを取り出した。片方の撃鉄(トリガー)を引くも、騎士の脳天には当たらない。大きな刃が盾となり、弾丸を防いでいた。刃にはほんの僅かだが罅が入っている。このままずっとコイツを撃ち続けていれば、いずれ彼の刃が折れるのは明白だ。しかし、それだと時間がかかるし、弾切れの危険もある。何より彼は、
「⁈」
瞬間移動でもしたのか、俺の真後ろにいた。そのまま彼は俺に向かって刃を振り下ろす。間一髪のところで鉤爪を出し防げたものの、見た目通りにこの刃は重い。このままでは俺の躰が保ちそうにない。
それからは防戦一方で、光の剣を爪で防ぐのが精一杯だった。その上、青白い焔の弾まで飛んでくる。どちらが勝つのか、決着がつきそうにない。後ろから銃弾を撃ち込むも、鎧の装甲が厚いせいかあまり意味はなく、精々鎧を僅かに凹ませるくらいだ。余裕を見せる彼はマントを翻しこちらを一瞥した後、また刃を手に取り戦いに戻った。俺は騎士に問う。
「てめえは何がしたいんだ」
「…………」
「ははは、言わずとも分かるさ。お前の刃には血の臭いが染み付いているからな。てめえは昔の俺と同じ、力ばかり追い求めてたんだろ?」
「………!」
ほんの僅かだが、目の前の騎士は狼狽えている。
「何とか言えよ」
「………⁈」
「なあ………⁈」
俺の眼にはいつの間にか怒りが宿るようになっていた。
何もない廃墟の中では、乾いた音が沢山響いていた。銃弾の音、剣がぶつかる音。恐ろしい戦いが目の前で起きていることだけは、ブランでも分かる。窓ガラスが割れ、絨毯は破れ、石の床からは草が生えている。それは、春になると黄色い大きな花を咲かせ、綿毛を飛ばす花だ。ブランが外の世界にいた時、道端でよく目にした。
「蒲公英って、こんなところにも咲くんだね……」
長椅子の影に、ブランと一緒に隠れていたこゆきが感動していると、流れ弾がこちらにまでやってきた。椅子の背もたれが盾になったから良かったものの、それは罅が入るだけで済むどころか粉々に砕け散ってしまった。しかし、今のブランたちは足がすくんで逃げることが出来ない。こゆきの力はいつ出るか分からないし、また様子がおかしくなったらあの黒い龍が来る。彼女が抑えているから龍は乗り物として使えるものの、いつブランを襲うか分からないので怖かった。長椅子から身を乗り出してほんの少しだけ見たところ、ルナよりも騎士の方が実力は上に見える。ルナは昔見せたように楽しそうな顔をしていながらも、肩で息をしていて苦しそうだ。このままでは、彼に勝ち目はないだろう。それでもブランは祈る。それ以外何も出来ないから。この戦いはルナだけが頼りだから。
「お願いしますクル!どうかルナを勝たせて欲しいクル……」
「大丈夫だよ、ブラン」
こゆきはにこやかな顔でブランの頭を撫でた。小さな、ほんの少し静かな怒りを帯びた声で。こゆきは掌から一匹の蝙蝠を出して、
「頼む‼︎セルダン、アイツの眼を惑わせてくれ‼︎」
と命令した。蝙蝠はキューキューと鳴きながら、何か良くないものを出している。霧のような、魔法のような。なんなのかは分からないけれど、騎士はこちらへ向かっていったと思えば空振りをしたり窓ガラスを壊し始めた。
「こゆき、何したでクル⁈」
「……見ての通り、アイツに幻を見せてやったのさ。それも絶対に見たくない存在の幻覚を、な。だが、この身もいつまで保つか分からんからな。早く片をつけて欲しいものだが……」
「こゆき、何言ってるクル?」
彼女の声は低い。普段のこゆきはもう少し大人しくて怖がりな筈。ブランはこゆきがどこかおかしいな、と感じた。
「今の私では満足に戦えない。魔王とぶつかり合わせておいて正解だったよ」
こゆきはそう言って大笑いした。
少しとはいえ、ルナの戦況は好転しつつあった。脅威であった筈の黒い騎士が、嫌な幻を見せられて苦しんでいるのだから。一方的に撃ったり、蹴ったり、殴ったり。たまに騎士の攻撃が当たることもあったけれど、ルナの方が今は圧倒的に有利だ。
「無理もない、騎士には二人も同時に相手しているように見せかけているからな。両方とも同じくらいの実力だ」
まるでブランの心を見透かしたかのように、こゆきはそう答えた。夜になると、こゆきはいつもこうだった。『兄さま』がいなくなってからいつもこの調子だ。まるで、『兄さま』をそっくりそのまま真似したような言葉で喋るようになった。こゆきが大好きだった『兄さま』によく似た言葉は冷たくて、昔のルナみたいに怖かった。
「……子供騙しの術が、いつまで続くかな」
こゆきはにやりとしながらそう呟いた。
騎士は、戦いの途中で苦しみ始めた。ルナはそれを見て、銃を仕舞った。ついには兜を脱いで、素顔をブランたちの前に晒した。彼の素顔は映画に出てくる俳優さんのような、若くてかっこいい男の人だった。こゆきよりも白い髪に、お人形さんのような青灰色の眼。しとしとと降り頻る雨の夜そのものの色だった。こゆきのオリーブ色とも、レナータの茜色とも違う。ブランがこの世界で初めて見る色だった。セルダンは天井を未だに飛び回りながら幻を見せている。そのおかげでルナには少しだけチャンスが生まれた。
「今だ‼︎ルナ、ソイツを仕留めろ‼︎」
「言われなくても分かってらあ‼︎」
彼は天井に届くか届かないくらいまで跳び上がり、騎士に銃弾を二発撃ち込んだ。そのまま彼は爆散したのかと思ったが、
「死んでない、だと……⁈」
「すごいクル!」
鎧の中からは青いコートの男が現れた。あまり息をしていないけれど、生きている。まるでアンデッドのような生命力を、ブランはただただすごいと感じた。戦いが終わったことを理解した青い髪の少女が、男の前に歩み寄ると、
「おにいちゃん……」
涙交じりの声でそう言って、小さな手で彼の手を握った。男は何も言わないものの、閉じてしまいそうな眼からは一粒の涙が零れ落ちている。ルナがトドメを刺そうとしたその時、レナータがそれを止めた。ぼんやりとした目で、
「駄目……」
と一言。泣きそうな声でそう言った。ルナは舌打ちをしながら不満そうに教会の外へ出ていった。バイクの音がして、レナータも出て行った。こゆきはレヴィを呼ぶと、男を背負うように命令して、自分とブランは歩くようにした。窓の外は少しだけ朝が近づいていて、小鳥の囀りが聞こえる。
「こゆき、大丈夫クル?」
「大丈夫だよ、ブラン……」
こゆきは口に手を当てて、大きなあくびを一つした。
まるでふわふわと空に浮いているかのように、今の俺には感覚がない。少女の声が聞こえてくる。幼く、甘ったるい、無垢で蕩けるような声で、彼女は優しく語りかけてくる。そうか、俺は死ぬのか。母が待つ天国には行けないだろうが、煉獄の底でもう一度弟に会えるなら、その時は遊びに付き合ってやろう。そう考えるのは早計だと気づいたのは、己の意識が目覚めてからだった。
目を覚ますとそこは飾り気のない部屋の中だった。最初、目に入ったのはくすんだ色の天井。窓は開けっ放しで、隙間風がこちらに吹いてくる。痛む上体を起こしてみると、今自分が寝かされているベッド以外の家具が目につく。木製のチェストに本があまり入っていない書棚。それと、ランプが置かれたサイドテーブル。どれもニスが塗られているからなのか、汚れひとつなく輝いて見える。壁の柱時計は古く、下手をすれば螺子穴まで錆び付いていそうだが、カチコチと歯車の音が嫌でも耳に入ってくるので、その心配はなさそうだ。ふと右腕を見遣ると包帯が巻かれていた。右腕だけではない、左腕にも巻かれている。もしやと思い、掛け布団をめくってみると、両脚にまで巻かれているのが分かる。悲しいことに、包帯そのものには銅色に固まった血もついていた。つまり、俺はこの家の住人に介抱されたということになる。ベッドから何とか起き上がり、壁にかけられた楕円形の鏡を見ると、額にまで包帯が巻かれている。それは真っ白なままでこそあるが、未だに熱を帯びていた。痛みに耐えるのは慣れている筈だったが、ここまでの痛みは久々だった。自分の遣る瀬無さ、弱さ。無くしたと思い込んでいた種々の感情が蘇り、涙が溢れてくる。声を押し殺しながら、いつの間にか俺は泣いていた。
痛みに耐えながらベッドの上に横たわっていると、柱時計から十一回チャイムが鳴った。結構大きな音だからか、少し心臓に悪い。時計の針は既に十一時を示している。
「もうそんな時間だったのか……」
そういえば腹が減った。喉も渇いている。何も食べられずとも、せめて水だけは飲みたい。
何をするでもなく流れていく時間をこのまま無為に過ごすのかと思った刹那、優しいノックの音がして、一人の少女が部屋の中に入ってきた。薄い灰色の短い髪を紫のリボンで上に束ね、もみあげもリボンで結んでいる。前髪は右目が隠れる程長く、事実、右目は見えない。左目は穏やかなオリーブ色の目をしている。彼女自身は、オフショルダーの白い服に黒いジャンパースカートというガーリッシュだがカジュアルな格好をしていた。
「お食事を、お持ちいたしました……」
少女が持っているお盆の中には、卵とじ粥と解した鮭が入っていた。湯気が立ち上っているあたり、まだ出来てから時間は経っていないようだ。きちんと木のスプーンも付いている。粥からは出汁の優しい匂いが漂い、鮭の皮は鈍色に光っている。身にはクリーム色の脂が乗り、皮と身の境目にはタルタルソースがかかっている。
彼女は、部屋を出る直前に、
「お茶、お持ちいたしますね……」
そう言って出て行った。そのうち、階段を下っていく音が聞こえ、少し経つと消えた。俺は時計の針が少しずつ時を刻む中、柔らかな粥を掬い、口の中へ運んだ。
どもッス
バトルシーンを書くのは苦手ッスね
どうしても日常とかに偏っちゃうッス
クロスオーバーしたやつについてなんスけど、単に「同じ声優さんで他の作品の世界に入ったらどうなるかな」って思っただけッス
クロスオーバー先の声優さんは、片方は死亡フラグ、片方は兄さまッス!
いずれ同じ声優さん同士のキャラとの絡みも書くつもりッス!
ではまた