タイトルのイメージ
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窓から見る夜の景色は嵐そのもので、かつて私が愛した夜の面影は何処にもなかった。そもそも、今寝泊まりしている廃教会には長椅子とステンドグラス以外何もない。聖画も、祭壇も、十字架も。パイプオルガンは辛うじてあったがそれも錆びついて久しく、音を奏でるのは難しいようだった。神聖なモノはとうの昔に誰かが取り去ってしまったようだ。窓硝子には雫がとめどなく、勢いよく降り注いでくる。耳に入ってくる音さえ無ければ好都合だったのだが。
「こゆき、怖くないでクル?」
「大丈夫だよ、ブラン……。それに、兄さまが……」
こゆきと呼ばれた少女は言い淀んだ。長椅子の上に立っている奇妙なデジモン、クルモンのブランは尚も心配そうに見つめている。無理もない、私は今こゆきの中にいるのだから。だが、思うように力を出すことは出来ない。彼女の声をした、性別さえ分からない化け物が私を内側から押さえ付けているのだ。そんなことを知らないこゆきは呑気に眠っている。枕は黒いリュックサック。ブランは少女の細い腕に抱かれて眠っている。二人とも雨音が耳に入っていないのだろうか。気にする程でもないと言われればそれまでなのだが。
暗闇の中、重々しく乾いた足音が聞こえてきた。扉が開く音と共にこちらへ近づいてきたそれは、ステンドグラスの前で立ち止まると、この世のものとは思えない声をあげる。気になったのか、少女は妖精を抱いて起きてしまった。
「なんだお前は……」
彼女は不機嫌そうな声で、私の言葉を口にした。目の前には外の世界から来たのか、異形の黒い騎士がいる。厳めしい兜を被っているせいか、素顔や表情は伺い知れない。身に纏う鎧は見る者が見たら、ある種の処刑人に見えてしまうような、武骨な代物で美しさなど欠片も感じられない。そのうち、騎士はこちらに気づいたのか徐々に近づいてきた。手にした刃をこゆきめがけて振るい、斬りつけようとする。
『こゆき、避けろ‼︎』
少女は少し眠そうにしながらも両眼を見開き、太腿のホルダーからナイフを取り出すと、目の前にいる騎士に向かって突き立てた。しかし刃に弾かれ、そのままナイフは床に刺さってしまった。
「ぐっ……」
誰か、誰か。私を、助けてくれ。神でも悪魔でも誰でもいい。その一心で念じると、少女の藍色の右目が一瞬紅く煌めいた。同時に教会の窓を蹴破り、ずぶ濡れの黒龍が入ってきた。彼は黒騎士を捉えるなり鋭い爪で切り裂こうとするも、騎士が抵抗するせいで中々攻撃が当たらない。仕方なく私は黒龍をこちらに呼びつけ、荷物と、起きたばかりのブランごと彼の背に乗せ、最後にこゆき自身も乗り込んだ。
「行け‼︎」
少女の声で命令された黒龍は、教会の窓硝子を思い切りぶち破り、大雨の中空高く飛び去っていった。まだ、ほんの少し夜が明ける前の話だ。
雨音は止まず、外ではシャワーのように勢いのある冷水が、建物や人、デジモン、その他の生き物めがけて降り注いでくる。当然、この館も例外ではない。雷まで鳴り始めたせいで益々絶望的な天気になっていた。何をするでもなく浅い眠りについていた時、兎とも犬ともつかぬデジモンを抱いた少女が入ってきた。
「怖い……」
「雷の音が、か?」
「ルナは、怖い……。でも、雷はもっと怖い、から……」
紅目の少女は相変わらず足りない言葉で喋っている。無理もない、右眼は弱視、左眼は失明。それが生まれた時から当たり前だったせいか、ぽわぽわとしていて弱々しい印象を与える。だからこそクロが常に傍にいなければならず、俺が彼女を護るのだ。
「ったく……。クロがいるだろ?」
「クロは怖く、ない……。あなた、怖い……。だから、お友達に、なるの……」
そう言ってレナータは俺のベッドに座り、スリッパを脱ぐ。
「何しようってんだ」
「足、舐めて……。そう、しないと……」
そう言って彼女は俺に右足を差し出した。爪は綺麗な桜色をしている。白い肌と紅い眼、薄水色(クリスタルブルー)の髪は妖精か人形のように美しいのに今は違う。暗闇に包まれた部屋で、水色の、オフショルダーでフリルが散りばめられたネグリジェと、揃いの、大きく結ばれたリボンが付いたナイトキャップを被っているのに、それが却って恐ろしさを引き立てる。その上、本人は表情が乏しく見える。今だってそうだ。歳に似合わず、据わった目でこちらを見ながら、
「早く」
と、か細い声で言うだけ。俺は渋々彼女の細く小さい足を掴み、舐め始めた。
暗くてよく見えないものの、丈の短いネグリジェの中からは下着(ズロース)のフリルが見えている。シンプルながらも中々に見事なもので、彼女のこだわり故だろうか、白く柔らかな感触をしている。その下の太腿には片方だけガーターリングを着けているが、口調が少年のような彼女らしく、このリングも例外なく水色で揃えていた。隣に寝そべるクロは、まるで嫌なものでも見るかのようにこちらをじっとりと見つめている。不気味な色の眼と冷たい眼差し。俺は、早くこの地獄が終わることを願いながら、只ひたすら幼い少女の足を舐め続けていた。
宵闇の中で、少女の両足は官能的な輝き方をしていた。水に濡れた時以上にエロいのではなかろうか。この時、俺は彼女の脚も舐めていた。美しく、愛らしい人形を厭らしい方向に愛で倒すようにして、そこにありったけの愛を込めてやる。レナータは困惑したような顔をしている。見ようによっては恥じらいを持っているようにも感じられる。
「やめて……」
頭上から幼い声が聞こえて、俺は舐めるのを止めると同時に我に返った。
「もっと舐めてやっても良かったが、今回はここら辺でやめとくか?」
「お願い、そうして……」
彼女の声は今にも泣きそうだ。目は少し伏せられている。表情をあまり感じられない紅眼が、俺を憐れむように見つめている。
怯える彼女をベッドの上で抱きしめながら、俺は少女の髪を撫でていた。クロは既に眠っている。彼女は枕がなくても眠れるようだ。獣だからだろうか。
「眼、見ないで」
少女は目深にナイトキャップを被り直した。少しはにかんでいるのか、それとも何か理由があって見て欲しくないのかは分からない。
「何故だ?俺だって眼が紅いだろ?だったら怖がる必要無えだろ」
俺の第三の目がレナータを優しく捉える。すると、彼女は、
「怖い、から……。怖くて、嫌われる、から……。ずっと、ずっとそうだった……。みんな、ボクの眼、怖いって……。クロの眼を通して、見たの……」
奇跡的に長く喋ったが、声は震えている。それでも彼女は俺の身体を抱き返した。
「ルナ、あったかい……」
雨が止んだのは明け方のことだった。窓の外からでも分かるくらいには草木が瑞々しく輝いている。時計のチャイムは既に七回鳴っているというのに、少女は起きようともしない。ルナと一緒にハグをしながら、そのまま眠っているようだった。二人の上には薄いブランケットと掛け布団が掛かっている。
「レナータ、起きろ。風呂に入るんだろ?」
「……クロ、おはよ」
少女は眠そうにしながらも、我を抱きしめて風呂場に向かった。風呂場の中はさして広くはない。洗面所と化粧室、それとメインである風呂が一緒くたになっているからだ。部屋の三分の一は猫足バスタブが占拠していた。その中には半分くらいまで湯が溜まり、彼女は一度シャワーを浴びてから湯船の中に浸かった。シャワーそのものはバスタブとも直結している上に、隣には洋式の便器や洗面所がある。我も彼女と一緒に湯船の中に入ろうとよじ登ったが、途中で足を滑らせ、湯船の中にドボンと突っ込んでしまった。
「大丈夫……?」
我は座っているレナータに抱きかかえられ、水の中から顔を出した。その時、少しだけだが少女の身体つきが分かってしまった。痩せ気味の小さな躰はもちもちとして柔らかく、小さいながらも膨らみかけの胸がある。脚は細く、進化した我が触れたら折れてしまいそうだ。長く美しい髪は水面で海月のように揺蕩っている。どう見ても十代前半の少女なのだが、口を開けば少年のような一人称に、中性的な口調の柔らかい言葉ばかり飛び出してくる。呆としていることも多く、何を考えているのかは分からない。そのうちレナータは湯船から出て風呂椅子に座った。我が彼女の髪や躰を洗うのを待っているのだ。
我の体躯ではこの少女に届かないので、取り敢えず進化してから石鹸を包んだボディタオルを手に取り、よくそれを泡立ててから優しく彼女の背や胸などに当てて躰全体を泡で包み込んでやる。それが終わったらシャワーを浴びさせ、今度は髪にシャンプーを馴染ませる。我の手か丁度いい具合に洗っているからなのか、彼女は目を瞑りながらも気持ちよさそうにしていた。
「痒いところはないか?」
「……ない」
長く、絹のような髪についたシャンプーの泡を全て洗い流した後、仕上げにリンスを髪に擦り込んだ。それも流した後、少女は再び湯船に浸かった。しかし、バスタブを洗い場にしようと栓を抜いてしまったので、また一から溜め直しになってしまった。我は、湯船に栓をした後、蛇口からほどよい温度の湯を出してやり、十分後にシャワーへ切り替えた。今度は我の番だから、元の姿に戻りつつ椅子に座った。
我はヒト型ではないのでシャンプーは要らない。石鹸で全身を洗うが、途中泡が目に入ってしまった。じわりと涙が滲んでくる。シャワーのハンドルをひねり、湯を出せばほんの少しだが、冷たい水が混じっていた。これ幸いと目を開けたその時、丁度いい温度の湯が土砂降りの如く我の頭上に降り注いだ。音で察したのか、レナータは湯船から出て我と共に上がり湯を浴びた。
我と彼女は風呂から上がり、レナータはスリップとズロースだけを着けて自室へと向かった。部屋の中は少し暗く、誰もいない。ソファの上には白いブラウスと藍色のジャンパースカートが置いてある。その下には黒いニーソックスとフリルのガーターリング。それらを全て着た少女は、ぼんやりと歩きながら鏡台の前にあるスツールに座った。我はまた進化をし、抽斗の中から木の櫛とリボンを二つ取り出した。リボンは白いサテンのもので、普段我の首に巻いてあるのと同じものだった。一通り髪を梳かし、髪の両端にリボンをつけてやればゆるい二つ結びの出来上がりだ。
「そなたが戦う訳でもない。これで充分だろう」
「ん、ありがと……」
カーテンを開けると、心地良い朝日が目の中に飛び込んできた。が、それ以上に気になったものがある。少女と白く小さなデジモンが倒れていたのだ。彼女は見たところレナータより少し歳上で、髪が短い。両端は獣耳のようにはねている上、前髪で右眼が隠れている。淡い藤色のワンピースに、登山にでも行くのだろうかと見紛う黒いリュックサック。もみあげはリボンで結ばれ、少し神秘的な印象を与えた。
「だい、じょう、ぶ……?」
レナータは少女に恐る恐る近づいた。起きる気配もないので、仕方なく庭で掃除をしていたユゥリを呼んで、少女を館の中の空き部屋に運ばせた。
気づけばこゆきは簡素だが清潔なベッドの上に寝かされていた。足にはストッキングだけを身につけている。ナイフホルダーは既に誰かに外されたようだった。躰には白く厚手の布団がこゆきの躰に掛けられていた。こちらを心配そうに、ブランとぬいぐるみのような茶色いデジモン、それと鮮血のように紅い、私好みの色の眼をした少女がこちらを覗きこんでいた。
「こゆき、良かったでクルー‼︎」
ブランがこゆきの胸に泣きながら飛び込んできた。少女とデジモンも、
「良かった……。生きてた……。ボク、レナータ……。こっちは、クロ……。よろしく、ね?」
「よろしくな、二人とも」
「あ、はい……。よろしく……。私はこゆき。こっちの白い子はブラン、だよ」
「よろしくでクル!」
和気藹々とした空気が流れる中、部屋の扉が開き、
「チビども、飯だぞー」
という声が聞こえてきた。何処かで聞いたような、妙に間抜けな声に、こゆきも含め、
「はーい」と異口同音の返事をし、こゆき達は居間へと向かった。角形の大きなテーブルの上にはパンが沢山入った大きな籠と、それぞれの席にはシチューが入ったカップとスプーン、それと水が入ったグラスが置かれていた。見たところ、パンはフランスパンのようで、小さく丸い形をしている。こゆきはその中から一つを手に取り、バターナイフを使って千切ったパンの欠片にバターを沢山塗りたくった。彼女はそれを口にすると、
「美味しい‼︎」
と目を輝かせた。手に取ったパンを食べ終えると、今度はスプーンを手に取り、カップの中のシチューを掬った。人参と豚肉、しめじとじゃがいもが入ったそれは、熱いが、優しくまろやかな味がした。隣に座っているブランもにこにこしながらパンを食べている。
「美味しい?ブラン」
「おいしいクル‼︎」
レナータもクロに助けられながらシチューを少しずつ口に運んでいた。神秘的な色の髪も相まって、その顔は神話の中の妖精(ランパス)のように無邪気だ。
食べ終えて、少し後のこと。家主である巨躯の男、ルナはこゆきを見て声をかけた。
「なあ、こゆき。その前髪、鬱陶しく無えか?なんだったら切ってやるよ」
「だ、駄目です……‼︎こっちは……」
こゆきは前髪を手で押さえるが、ルナは力ずくで彼女の前髪を上げると、
「……目の色が違う⁈」
ルナは驚いた様子を見せている。私は、
「だから言ったのだ……」
「何だてめえは」
「今はまだ種明かしをするつもりはない。ただ、一つ言うなら、私は彼女のお陰で生き永らえている、それだけだ」
私はフッと笑顔を見せた。それを見たルナは唖然とした表情を隠さなかった。
こゆきは尊大な口調で倒れていた理由などを全て話した。それによると、廃教会で一晩だけ寝泊まりしようとしていたところ、いきなり『黒騎士』が現れたらしく、彼女とブランは命からがら逃げてきたのだという。
「ルナ、私に力を貸してくれないか?私一人ではどうにも対処し切れなくてね」
「………。わーったよ、別に街の治安とやらを守るつもりは無えけどよ、強い奴と戦えるなら何だってしてやらあ」
部屋に戻ったこゆきは、着替えやナイフ、携帯食糧などが入ったリュックの中から羊のぬいぐるみを取り出し、そっと抱きしめた。ベッドの上に座りながらそれを撫で、
「兄さまぁ、兄さまぁ……」
「こゆき、もう兄さまはいないクル……。兄さまがいなくなった時からこゆきが変になっちゃったクル……」
「ブラン、大丈夫だよ……。兄さまは私の中にいるから」
少女はそう言って、ぬいぐるみを抱えたまま力無く笑みを浮かべた。
メインメンバーが全て揃いましたッス!
そして、カプコンの世界からあのキャラがやってきた!もう一人はだいぶ後に出てくるッスよ!
こゆきちゃんについてなんスけど、
実はみかけはオッドアイで、隠れている右目はとあるデジモンと同じ色ッス!
そして、右目にはソイツの意識が宿ってて、こゆきちゃんはたまに意識を乗っ取られてるッス!
(偉そうな口調がそれッス)
ではでは!
ユゥリくんはゴスゲにもいた、白衣着た奴で合ってますよ
ブランちゃんがこゆきちゃんのところにいる理由、いずれ分かります
イメージソングにはいずれ、インストも混ぜますので(上のリンクからご覧になってください)
ちなみに、こゆきちゃんが大事にしている羊のぬいぐるみは、今は亡きお兄ちゃんから贈られたモノです。お兄ちゃんの正体は、02かゴスゲをご覧になっていればお分かりになる筈です
名前の由来をお知りになりたいのでしたら、今ここでお教えいたします
ルナはrenald(ゲルマン語で神々から与えられた力)
クロはclochette(フランス語で小さな鈴)です
イメージCVやイメージソングを付けて頂けるととても嬉しい夏P(ナッピー)です。
マミーモン(で結局良かったのかな)のユウリ、前回に引き続き凄まじく「気付いたら死んでる」ようなポジションなのにやっぱりお役立ちキャラであった……このデジタルワールド、喫茶店だけでなく(人間用の)ブティックまであるなど割と人間の文化が根付いてるっぽいんですね。それはそれとして地の文でサクッと人間は数少ないけど奴隷とか実験体とかにされていることが明かされて戦慄。あとルナイイ感じに壊れてる。
僕らの死亡フラグが現れましたがこれは……?
そして語尾だけでわかるクルクルクルっとデジエンテレケイアが登場! 名前はクロと対応するブラン(白)だ! と思いましたが、クロは黒が由来ではないんでしたか。しかしクルモンまで混じってくると完璧にテイマーズだ……そしてぬいぐるみ! またぬいぐるみ!?
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。