タイトルのイメージ
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偶然拾った少女が目を醒ましてから数日が経った。彼女は見た目の割に幼く、今日も『お友達』のぬいぐるみ達と遊んでいる。この先生き延びられるかどうか心配なレベルで、自己主張が無さすぎることに思うところはあるものの、俺が今まで見てきた人間の誰よりも美しいその見た目は、彼女を護りたい、と思わせるには充分過ぎる理由たり得た。この先三人で仲睦まじく暮らしていけるのが一番の幸せだから。けれど、幸せそうなふたりと違って俺はあの輪の中に入れない。入るべきではない。
今でも『誰か』が荒涼とした夜の墓場で啜り泣いている夢に魘されることがある。決して赦される筈のないあの頃を模った夢をあの白い少女が知れば。この血で染められた腕を握ってくれるだろうか。か弱く、白く小さな手で包み込んでくれるだろうか。朧な彼女に今、そんなことをさせるべきではないとも分かってはいるが、胸のどこかにそんな期待がある。けれど、もしこの期待に彼女が応えてくれるのならば。ーーーそんなことを想える程、あの子は慈悲深くないと解っている癖に。内なる声が己に囁く。いつからか深淵に巣食い、蠢いている数多の生命の内一つ。記憶の中の少女の影、鏡像。
ーーーきっと貴方はあの子に受け容れられないわ。壊れるまで愛し続けたのだとしても、ね。内なる畏れ、焦燥。例え一生を彼女の為に捧げて仕えたのだとしても、決して消せない痛み。仄暗い想いを馳せて懐中時計を見つめると、時計はいつの間にか午前十時を指していた。
目と鼻の先にいる少女、レナータはぬいぐるみ達に絵本を読み聞かせているようだった。恐竜や烏賊(イカ)、企鵝(ペンギン)などに混じって少女の隣にはクロもいたが。
「どうした、お前。らしくねぇな」
「見ての通り、付き合わされておる」
「楽しそうだな」
「そんな風に見えていたのか、貴様には」
白い少女は楽しそうに絵本の読み聞かせを続けている。その様は老婆が村に古くから伝わる物語を、幼い孫に語り聞かせているようで、懐かしさの中に夕暮れどきのような温かみと哀愁が包まれている。今は正午にもなっていない時間帯で、影もほんの少し左側に寄っているが、躰に吹き付ける乾いた風は肌寒く感じられた。いつもはのどかなこの地も、今日はやけに不吉な空気を纏っている。その正体はなんなのか、考えを巡らせていると、
「郵便でーす」
若く、はつらつとした声と共に封書が投げ入れられる音がした。コトン、という軽い音からして然程重いものでないことは確かだが、中身はなんだろうと思い、黒い鉄の郵便受けを開け、手を伸ばし、差出人の欄を見た途端、俺の顔は青ざめていく。
どれくらい経っただろうか、レナータがクロを抱いて、心配そうに俺の顔を覗き込み、
「ルナ……?だいじょ、ぶ……?」
と声をかけ、俺の頭を撫でた。咄嗟に俺は、
「あ、ああ……。何でもねえよ」と取り繕うが、
「そう、なの……?ボクには、あなたが怖がっているように……見えた」
少女の眼は、不安そうに俺を見ている。鮮やかな血のような禍々しい二つの紅は俺を優しく捉え、小さな両手は大きな腕を強く握りしめた。
「ボクは、あなたの力になりたい……」
彼女は桜色の小さな唇で訴える。
「……今のお前に出来ることなんてねえよ」
封蝋で綴じられた封筒を、銀のペーパーナイフでゆっくりと開けてやり、中の便箋を乱暴に取り出す。白一色のそれには赤のインクで『今夜ノ九時ニ冥府ノ底ニテ待ツ』とだけ書かれている。下には筆記体で読むことさえままならない署名があった。辛うじてNの字だけは読めるものの、アルファベットの書かれ方が余りにも滑らかで、全て同じに見える程ややこしいのだ。しかも、コレだけ赤黒いインクで書かれているので余計悍ましく感じられる。俺は封筒ごと手紙を暖炉に焚べ、燃え盛る焔に飲み込まれて炭になるのを見届けた。これでいい、アイツの顔を見なくて済む、と思いながら。
二時になり、少しだが陽が傾き始めた頃。俺はレナータ達とティータイムを楽しんでいた。二階のテラスからは丘を一望出来、下を見ると愛車であるバイクや、大きく華やかに咲いた菊の花でさえもミニチュアのおもちゃのように小さく見えた。テラスと地上は、緩いアーチを描く階段と繋がっており、広さも踊り場の四倍近くとそこそこ広い。少なくとも一対のガーデンベンチとガーデンテーブルを置くことは出来るようだった。テーブルにはレースの刺繍が施された白一色のテーブルクロスが敷かれ、その上には三人分のティーカップと、陶器で出来た太く長めの白地に青の模様が入ったティーポット、砂糖が入った小さなキャニスターとシルバーの凝った装飾が為されたティースプーン、そして甘い茶菓子や可愛らしいケーキが乗ったケーキスタンド。俺は三人掛けのベンチを独り占めにしながら、肘掛けから両足を投げ出しつつ、菓子をつまみながら寛いでいた。向かい合うふたりのうち、クロは取っ手付きのカップを両手で持ち、耳を手のように使って菓子を口にする。一方のレナータは小さな手でフォークをつかみ、ケーキを一口ずつ食べていた。その後、キャニスターの蓋を開け、山盛りの砂糖をカップに入れ、小さな口で冷ましながら少しずつ紅茶を飲んでいる。ふたりの間には、少女のお気に入りであろう甚兵衛鮫のぬいぐるみが置かれていて、彼女は時折優しくそれを撫でている。まるで大事な友達であるかのように。
「暇だなあーー……」
自分の菓子を食べ終え、紅茶を飲み終えた俺はカップをテーブルに置き、呟いた。その呟きは穏やかな秋の空へと溶けていく。
夕方の六時になった頃、レナータの部屋で昼寝をしていた俺の耳に電話のベルの音が入ってきた。眠い目をこすりながら、冷たい空気で満たされた廊下へと向かい、サイドチェストの上にある電話機から受話器を取ると、妙にねっとりとした妖しい声が、
「やあおはよう、ベルゼブモンくん。今夜君に逢いたくなって手紙を出したんだけど、届いたかい?届いたよねぇ⁇」
「………届いてねぇよ」
「おっかしいなぁ、今日の夕方までには君の家に届いている筈なんだけど。あー、さては手紙読んでないなあ⁇」
「…………ッ‼︎」
「どっちにしろ、君には僕の城に来て貰うからねぇ?今宵もたーっぷり可愛がってあげるよ、それじゃ」
電話の向こうから愉しそうな狂笑が聞こえるので、こちらから切ってやった。受話器を乱暴に戻し、温かな部屋に戻る時チビふたりは未だに眠っていた。このままふたりを置いて、自分だけ出掛けた方がいいだろうか。危険に晒すよりかは遥かにマシだが、このふたりは飯が作れない。それにもし自分が失踪したとして、レナータの身に恐ろしいことが起きてしまったら。幾度もジレンマを巡らせた末、俺はこのふたりを連れて行くことに決めた。
既に窓の向こうは漆のように黒くなり、まだ夕方だというのに夜と同じくらい暗くなっている。少女の部屋の中には黄色とも橙色ともつかぬ光が満ちているが、場の空気そのものは酷く緊張していてほのぼのとは程遠い。よそ行きの、紺色のワンピースに着替え終わった、白い少女を鏡台の前に座らせ、絹のように輝かんばかりの髪を木の櫛で整えてやる。茜色のリボンでもみあげを飾り、後ろ髪に細い三つ編みを作ってから、黄緑色の玉飾りで留めた。ヘアゴムにビー玉のような玉が二つ付いているだけの安っぽい代物だが、無いよりはいいだろう。まるで仔犬のしっぽのように揺れる一房の髪は、ランプの灯の中で妖しく輝いていた。
やがて彼女は、陽が出ている時間でもないのにベレー帽を被り、黒革の鞄を肩から掛けつつ暗い外に出る。それに続いて、俺とクロも外へ出て玄関の鍵を閉めた。静かな丘には澄んだ鈴の音が響き、荒んだ心を癒やしていくが、今はそんなことをしている場合ではない。冥府の奥深くにある大きな城へ向かうには、どんなに飛ばしてでも間に合わせる必要があるからだ。
「来い、ベヒーモス‼︎」
俺が愛用のバイク『ベヒーモス』を呼ぶと、どこからともなく猛スピードでソイツはやってくる。後ろにクロを頭に乗せたレナータを乗せ、運転手である自分が前に乗れば準備は終いだ。
バイクを走らせること二時間。その間に満天の星々が見える草原、奇しの者達が住まう森、ネオン煌めく派手で品のない街を抜け、荒れた河原へと辿り着いた。髪を撫でる空気は澄んでいて、天を見上げると雲は一つも見当たらない。妖しく輝く星は星座を形作り、天上で神々の物語が紡がれていく。岸辺に生い茂る猫柳の穂を冷たい風が嬲るが、気に留めている暇などない。辺りは暗く、マシンが照らす灯だけが頼りだからだ。何としても辿り着かなければ命はない。
対岸にある洞穴へと潜ると、その奥の行き止まりは不自然な光を放っていた。床には何かの術式だろうか、豪華な装飾が施された紫色の魔法陣。沢山のアルファベットから成る円と、中央に描かれた五芒星は何か不吉な予感さえするもので、足を乗せた瞬間、俺たちは眩い光に包まれた。
転移した先は何処かの遺構のようで、足元にある魔法陣以外に翠玉がはめ込まれた石碑が建っていた。柔らかな光を放っているソレに刻まれた文字は、かすれていて読むことは出来ず、それどころか石碑本体もところどころツタが絡まっていて、刻まれた跡さえ見えない。
少女はクロを抱えたまま、ぼんやりと地面を見つめている。その澱みの先に何があるのか分からずとも、傍にいてやることは出来るだろう。俺が麾くとレナータは小走りでこちらに来た。虚ろな眼はそのままに、相変わらず何かを言いたそうな口。手を差し伸べると優しく病的なまでに白く小さな手で握り返してくれるが、それだけだ。片腕だけでクロを抱えるのは辛いのか、この兎は今彼女の頭の上にいる。少女に「大丈夫か?」と問えば、
「……おなか、すいた」
レナータはぼんやりとそう呟くのみだった。小さな手と大き過ぎる手を繋ぎ、昏い遺構の中を進んでいくと目の前に見えたのは柔らかな光。禍々しくも温かな光の向こうは陽の光も射さぬ、荒涼とした大地だった。枯れた木に澱んだ水溜り、道端に生えている不気味な色の茸など、人間が見たら悲鳴をあげるだろう。花などは咲いていないし永久に夜が続くので、文字通りの日陰者や太陽に嫌われた者達が住まうところだった。決して居心地のいいところではないが、住めば都というやつで、生きていくことは出来る。他にもここには亡者達が巣食っていて、マトモな精神の持ち主なら来ようとすら思わない。ソレが此処、冥府だった。
底へ底へと潜り、歩を進めていくと大きな城が見えてきた。冷たい風がくすんだ短い髪を撫で、白い少女は震えている。俺の腕を力一杯掴み、不安そうな顔をしながら。紅く、澄んだ眼はそのままに。黒光りする門扉を乱暴に開け、俺たちが城の中へ入ると、狗とも狼ともつかぬ生き物が躍り出てきた。
「案内役か?ご苦労さん」
俺は目の前の狼に黒胡椒がきいた干し肉を与えた。彼は嬉しそうに寄ってきて、涎を垂らしながらソレに飛びつく。まるで、いつの日か外の世界で見た光景に少しだけ似ていた。あの小さな二人のきょうだいも、犬におやつとして肉を与えていたことはよく覚えている。此処が不死の王の城ではなく、目の前にいる獣が只の犬であれば微笑ましく映ったろうに。
狼について行った先には、テレビの中でしか見たことがないような絢爛豪華な晩餐が用意されていた。天井から吊り下げられたシャンデリアが、裸電球のような温もりのある光を放ち、並べられた料理が華やかに見える。ざっと二十人は収まるであろう食卓にはスープとサラダが用意され、澄んだ茶色のスープを覗き込んでみると、はっきり自分の顔が見えた。禍々しい瞳の色。隣にいる白い少女とは違う悪魔めいた姿。思わず声をあげそうになったが、彼女は変わらず俺の腕にしがみついている。彼女の顔を横目で見遣れば、ほんの僅かに穏やかな笑みを作っていた。
席に着くと、まず俺はサラダに目が行った。ソレにはドレッシングが既にかかっているのか、光の反射でレタスの表面がキラキラと光っている。他にミニトマトやキュウリ、ピーマンやアボカドなども入っている。ところどころに黒い茶葉のような点が付いているのだが、気にしないでおこうか。客人である俺達が席に着いたにもかかわらず、城の主は未だに来ない。
レナータは俺の隣で、一人静かに出された食事を食べている。眼は変わらず虚ろなまま、けれども口は嬉しそうに緩んでいた。クロは警戒しながらも忙しなく食べ物を口に運んでいる。パンも手で千切ることはなく、バターを乱暴に塗りたくり、悪ガキや仔豚のようにかぶりついていた。元を辿れば獣だから仕方ないとはいえ、マナーに欠けているのではないだろうか。俺も人のことは言えないのだが。メインディッシュの、和風おろしサイコロステーキが運ばれてくる頃になっても不死の王は姿を見せなかった。
「一体何の為に呼び出されたんだか……」
そう思いながら、付け合わせのニンジンに手を伸ばそうとしたその時だった。
「遅くなって済まないね、僕の仔猫ちゃん」
不死の王がテーブルの向かい側に腰を下ろした。
目の前にいる、怪獣の躰にヒトの上半身が繋ぎ合わさったような奴。白い少女はその姿の異様さに怯え、涙目になっている。王は彼女を見るなり、
「ああ、お嬢ちゃん。怖がらせてすまないね。僕はノエル。君とその茶色い兎さんは?」
「ボク、レナータ……。こっちはクロ……」
「可愛いね、その紅い眼……。ベルと同じで気に入っちゃったよ。血みたいで綺麗」
「おい、俺はベルじゃねぇ‼︎今はルナだ‼︎」
「その小さい子から貰ったのかい?可愛いじゃないかあ。まるで女の子みたいだね。らしくないけど」
「おい‼︎てめぇ、いい加減にしろよ‼︎つーかベルも女みてぇじゃねぇか」
「ルナ……。喧嘩しないで……」
少女が俺達の間に割って入った。心なしか虚ろな目が悲しそうに見える。
「悪りぃ」
デザートとしてティラミスが運ばれてきた時、注がれていた赤ワインとぶどうジュースは底が見えるくらいなくなっていた。この瑞々しい紫の果実から血のような妖しい色の飲み物が出来るなんて、外の世界にいた時は思っていた。しかし、本格的に酒を嗜むようになった今なら分からなくもない。もうコイツの虜になってしまった。
「全部飲み干してくれたみたいで嬉しいよ。君の為に百年物を開けたんだよ?ああ、チビ達は子供だからぶどうジュースをあげたよ」
「ああ、有難うな」
「いつもなら容赦なくがっつくのに。今日の君は上品過ぎるよ」
「……レナータに合わせてんだよ」
「ふうん?」
仮面の奥の様子は伺い知れないが、声色からしてきっと碌でもないことを考えているのだろう。そもそも俺達とは力量が格段に違う相手だ。クロはおろか俺でさえ敵うような奴ではない。その上、声は妖しの者にふさわしい、蠢く蟲のように低くも甘ったるい声ときた。レナータに何かあったらただでは済まないだろう。
デザートを食べ終えた時、チビ二人は既にいなくなっていた。俺の背筋に寒気が走る。
「チビ共を何処へやった⁈」
「あの二人には大人しくして貰ってるよ。僕達の遊びを邪魔しては困るんだ。ルナ、何して遊ぶ?ビリヤードとか?」
「………そんな平和なことする為に俺を呼び出した訳じゃねぇだろ」
「流石だね。よく解ってるじゃないか。さあ、愉しい夜へ……。今宵も溺れようじゃないか」
狂笑と共にノエルが嘯く。散々神という存在に抗い続けた俺でさえ、今は祈りたい気分になった。あのふたりの無事を。俺が死んだとしても生きていけるように。そうして、俺の躰は大きな腕に引き摺られていった。
長い耳が大きな足音を捉え、我は目を覚ました。白くてふわふわとした枕の上に乗っている我の目の前には、冷たく無機質な光景が広がっていた。出入り口に当たる扉は鉄の檻。灯は点いているようだが、それでも充分とはいえず薄暗い。隣にいる少女はすやすやと寝息を立てている。よく見ると、簡素な備え付けの寝台のすぐ下には黒光りする革靴が揃えられていた。ワンピースのまま横たわった少女が目を覚まし、鮮血を思わせる茜の眼が開かれる。 「………おはよ。落ち着くね……、ここ」 「レナータ……?」 彼女の目は悦んではいない。愉しんでもいない。その不気味な程美しく澄んだ瞳は何処を見ているのか。 「……ボクってこんな顔?悪魔みたい。ここ、牢屋?お似合い………‼︎」 「………」 彼女は鏡を見ていない筈なのに、自分の貌を見ていた。その様を不気味に思った我が問う。 「其方は何を見ているのだ」 「……あなたが見ている、モノ。あなたの眼を借りるの」 「……盲目の人間の中には稀に幻視が出来る者がいるという。もしかして、その眼は見えていないのか?」 「……そう、でも左だけ、だよ?」 「辛くはないのか?」 「クロがいる、から……」 言い終えて、少女は我の躰を抱きしめる。優しく、小さな白い手で。その貌は穏やかな笑みを浮かべ、何処か愉しげですらある。幼い手で耳を撫でると再びぬいぐるみのように抱き始めた。悪い気はしないが、戸惑っている自分がか細い腕の中にいる。
足音が扉の目の前で止まり、鍵が開けられた。中に入ってきたのは全身が包帯で覆われた大男。彼は扉を閉め、何をするでもなく簡素な丸椅子に座り、レナータの頭に手を伸ばした。そのまま優しく撫でると、 「どうだ、ここも中々悪くねぇだろ?」 と見た目の割には明るい声で問うてくる。 「うん……」 「どうした、俺を見ても怖がらねぇみたいだが⁇」 「レナータは目が見えぬからな」 それを聞くと、男は驚きのあまり蜂蜜色の眼を見開いた。我は淡々と説明を付け加える。 「と言っても左目だけだ」 「でも、目が見えねぇって苦しく無えのか?」 「………?」 少女は、少しだが戸惑う様子を見せている。ピンと来ていない辺り、恐らくは生まれた時からそれが当たり前だったのだろう。 「右目は?」 「わかんない」 男は水の入ったグラスを少女に渡して、 「これが何だか分かるか?」 「………⁇」 彼は少女を大きな手で優しく抱き寄せると、 「可哀想になあ……」 溜息と共にそう呟いた。 レナータは、彼が渡したコップの中身を少しだけ飲んだ後も彼の膝の上に収まっていた。相変わらず紅い眼は何も映していない。とはいえ、我の目を介してモノを見ることが出来るというのが不幸中の幸いだろうか。彼女は穏やかな笑みを崩さぬまま、彼と談笑していた。 「普通なら怖がったり逃げたりするモンだけどな」 「……ボクね、あなたが可哀想だなって思った」 「可哀想?オレが?」 「……そう、クロの目を通して見た時。あなたが怪我ばかりしてる、から」 「……これは、その……」 目の前の彼は混乱している。同時に、我の中ではレナータが彼を恐れることが無い理由が解せた。彼女が向けている笑みには、自分よりも哀れな者がいるという安心感も含まれているのだろうか。それとも、歪んだ優しさだけを向けているのか。 「大丈夫、だよ」 少女は屈託のない笑顔でそう告げた。
冷たい牢の中では、穏やかな時間が少しだけ速く過ぎ去っていく。男は白い少女を気遣ってか、紅茶と菓子を携えて戻ってきた。少女は菓子鉢の中からビスケットを一枚つまみ取り、澄んだセイロンの紅茶を一口飲んだ。穏やかだが、虚ろな笑みを崩すことなく、彼女は只夜が明けるのを待っているのか。今の我に解る筈もない。
レナータは男の腕に抱かれながら座ったまま、一言も言霊を紡ぐことはなく、固く結んだままの小さな唇。何も映さぬ瞳から、一筋の涙が零れ落ち、一言。
「……いいの、これで」
「嬢ちゃん?」
「……生まれた時から、こう。だから」
「それは、どういう………?」
「空っぽな筈のボクが、覚えていること。一つだけあるの……」
「何だそりゃ」
「………」
我は只ひたすらに二人の会話を聞いていた。言葉は冷たいリノリウムの床に溶けていき、やがて形さえもなくなっていく。
男は少女の眼を愛おしそうに見つめ、
「似てるぜ、お前。オレが昔惚れてた奴に。アイツもこんな紅い眼をしてたっけな。水色っぽい髪に」
手の甲にキスを贈った。
毎度お騒がせしてるッス、オイラッス
またまた東方の曲をイメージしたッス!今回は毛色が違うから、意図的に避けてる曲もあるッス
ちなみにこの曲については、歌詞を入れ替えながらイメージしたッス!
結構好きな曲でもあるし、歌詞からしてベルちゃんに似合ってるッスからセレクトしたッス!
(テイマのあの話を思い出しちゃったッス)
次もよろしくお願いします
ではまた