「……ん、ドアが開いたな」
「ちょうどいいね、ヒポグリフォモン。お湯も今沸いたところだし」
男は、白い鳥頭に四足歩行、鳥だか獣だかわからない奇妙奇天烈な生き物にそう返した。
「あとジュースも。果汁100%のやつ」
「世莉くんか。この漂流街(ドリフトタウン)に来て半年にも関わらず、彼女が依頼人連れて来るのは週一ペースだからすごいね」
ヒポグリフォモンの言葉に、いいねと頷きながら男はジュースをお盆の上に用意した。
「喜ぶなよ。世莉だけで来てるんじゃないんだぞ」
人の目を気にしろとヒポグリフォモンは言う。
「いや、楽しみだね」
コンコンと扉をノックする音がした。それに、男はどうぞと返した。
扉が開き、まずはそばかすとわかめみたいな髪に三白眼の少しボロいブレザーを着た少女がはいってきた。
そして、その少女に庇われる様に、目深に帽子を被った、しかし僅かに見える部分だけでも美人と確信させるには十分な女性が入ってきた。
「青薔薇探偵事務所にようこそ。僕は所長の国見天青、さて、まずは名前と好きな飲み物からお聞きしましょう」
男こと、国見天青は自分の首元に結ばれた青薔薇の描かれた黒いネクタイをキュッと締め直し、女性に椅子をすすめた。
「では、コーヒーをもらっていいですか?」
「私はジュースで」
「そう言うと思って、実は先に用意してあったんです」
国見はそう言いながらキッチンに入ると、あっという間にお盆にジュースとコーヒーを乗せて出てきた。
「え、なんでわかったんですか……?」
「それは探偵の企業秘密ですよ」
そう言って、国見はパチンとウィンクをした。
「……国見さんは、元から自分の分のコーヒー淹れてたんですよ。そこにちょうど私達が来て、私がジュース飲むの知ってたからそっちだけ用意してた。なので、そこにあるのは元々自分が飲むつもりで淹れてたコーヒーなんです」
世莉はそうちょっと呆れた顔で言った。
「世莉くん、そういう種明かしは野暮だと思うんだけど」
国見はそう言いながら肩をすくめた。
「カルマーさん、この人は親の代から探偵してるそうですし、頼れる人ですけれど……なにかと嘘吐く人なので注意してください」
国見と世莉のやり取りに、女性はじゃあなんでわざわざここに連れてきたんだろうという顔をした。
「いつも通り、世莉くんは依頼人に寄り添う姿勢だね。顔見知りの僕より依頼人側に立つのはちょっと嫉妬を覚えるよ」
わざとらしくそう言う国見に、世莉は呆れた顔をした。
「もう少し慕って欲しいなら、私の依頼もちゃんと解決してください」
「あと、俺もお前と依頼人で選べって言われたら、依頼人選ぶぞ。もうちょいちゃんとしろ」
ヒポグリフォモンも追い打ちすると、それは流石にどうだろうと国見は眉をひそめた。
「まぁ、とりあえずコーヒーはまだ口つけてなかったので安心してお飲みください。僕は……自分のを淹れてきますね」
そうして国見は、流石にそこまでひどいことはしてないと思うんだけどなぁと呟きながらキッチンに向かった。
「で、あんたの名前は?」
ヒポグリフォモンが聞くと、女性は答える。
「キャサリン・カルマーです。私は……人間界から迷い込んだ【漂流者】なんです。それで、私と一緒に迷い込んだ筈の女性を探して欲しいんです」
「カルマーさん。つまり、あなたの依頼は人探しですね」
コーヒーを持ってすぐに戻ってきた国見に、一瞬黒木はおや? さっきは本当に予想してコーヒーを淹れていたのかなと思ったが、大き目のマグカップは縁が濡れ、中身は半分しか入ってなかった。
国見としては、話題が変わる前に戻ってきて、これの濡れたところにすかさず口をつけて飲んだふりをし、さっきのはちゃんと推理して淹れたんだ。自分の分は別にあると主張するつもりだったのだが、残念ながら既に本題に入ってしまっていた。
「はい、そうです。彼女の無事が確認できればそれでいいので……」
「なるほどなるほど、二、三質問してもいいですか?」
国見の言葉に、キャサリンはどうぞと頷いた。
「その女性とこちらに来てから会ったことは?」
「いえ、こちらに来て目が覚めた時には一人だったので……もしかしたらもうこの街にいないかも」
「あなたがこちらに来たのは何年前ですか?」
「六年前です」
「なるほどそうですか……探し始めたのは最近?」
「え? まぁそうですが……」
「元の世界のご職業は?」
「普通の事務職員ですが……」
「お酒はよく飲んでました?」
「あまり好きじゃなくて……基本的に飲まないですし、来た時も飲んでなかったです」
来た時の状況ならともかく、探し始めた時は関係あるのかなとキャサリンは不可解そうな顔で国見を見た。
「なるほど、では依頼をお受けする前に一つ確認しておきましょう。無事を確認したら、絶対に危害を加えたり殺したりなどしないと」
国見の言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。
「何言ってんだ天青」
「彼女の依頼はおそらく友人の無事を確かめたい。というものではないんだよヒポグリフォモン。六年目の今年になってやっと探しているが……この漂流街では大体どんな条件なら一緒に人が来ることになるかは知っているね?」
「……あの、私はよく知らないんですけれど」
世莉は漂流街の多くの人がこの世界に来る時のように、偶発的なゲートで来たわけではなかった。
「じゃあ、世莉くんのために説明しよう。条件は簡単だ、単純に繋がっていることだよ。手をしっかり繋いでいたり、抱き合っていたり、稀なケースではあるが、遊園地の遊具のシートごと複数人がというケースもある。そして、その場合は大抵同じ場所に飛ぶ。挨拶程度の短いハグや握手は確率としては低いね」
「手を繋いだり抱き合うのは恋人や親しい友人、家族で普通は女性なんて言い方はしねぇか……」
ヒポグリフォモンはそう呟いた。
「そう、しかも親しい間柄ならば、六年目になる前から探している筈だ。では、どんな間柄ならば探すこともなく、しかし一緒に迷い込み、且つ目を覚ました時にはいなかったということは、誰かが引き離したか……その女性は意図的に彼女から離れたことになる。僕が想像できる理由は取っ組み合いの喧嘩とかそういう状況だね」
「でも、さっき遊園地のシートごと来たとかいう話もあったじゃないですか。あとは床屋とかも考えられますし……」
世莉がそうフォローを入れるが、国見は首を横に振った。
「この街の人間界からゲートが繋がるポイントは大体知られていて、ある程度大規模なものや大きなものが迷い込めば話題になる。乗り物系に相席はそれで除外できる。床屋とか相手が人に触れる職業だったならば、それも先に口にしただろう。彼女自身は事務職で接客業でもないしね」
そう言って微笑む国見に、キャサリンは押し黙ってまゆを少し吊り上げた。
「今になって探し始めたのはきっと、その姿を街中で見かけたからだろう。この街で、保護者もない人間はのたれ死んでいてもおかしくないし、もしかしたら、先に刃物を刺すなどして致命傷に近い傷を与えていた為に、そもそも死んでいると思ったのかもしれない。でも、生きているとわかってその居場所を突き止めようとした」
「……その通りです。私は彼女の腹を刺しました」
ふうと一つ息を吐くとキャサリンは観念した様に話し出し、世莉はなんでそんなことをと寄り添う様に座りながら促した。
「でも、今はもうそんな気はないんです。私とその子はあるクズ男と付き合ってたんですが、浮気してると知らなくて、彼の部屋でバッティングして……私は熱々の、生姜焼き作ってたフライパンで殴られ、咄嗟に私は包丁で刺しましたそしてそのままお互いに顔面を殴り合い……」
「……壮絶な喧嘩ですね」
これがその時の火傷、こっちがフライパン、これが生姜焼きです。形がよくわかるでしょ。と、太ももについた火傷痕を見せて解説した。
それを見せられて国見は内心困惑していたが、世莉は大変でしたねと共感して辛そうな顔をしていた。
「だけど、アイツが悪いんです。あの浮気野郎が。私が作り置きした料理を自分で作ったと偽って彼女に食べさせてたり、私と彼女の二人共とまともに付き合う気なんてなくて……なので、殺意はそっちに向いてます」
殺意自体抱かないで欲しいとヒポグリフォモンと国見は思ったが、世莉が偉いよくその結論に至れたねという雰囲気だったので黙った。
「では何故、彼女を探しているんですか? 自衛のためですか?」
「いえ、彼女を見かけた時、彼女はデジモンといたんですが、ひどく虚な目をしていて……私が刺したあたりのお腹に、何かが埋め込まれて異様な様子だったんです」
アレは一体……とキャサリンはつぶやいた。
「……おそらく、リンクドラッグですね」
「リンクドラッグって、なんですか国見さん」
「世莉くんが知らないのも無理はない。リンクドラッグは非常に危険、それゆえに一度は廃れた技術なんだよ」
「一体どう危険なんですかッ!」
「落ち着いてください。それそのもので彼女が死ぬことはありません。リンクドラッグは、人間とデジモンを繋ぐことで、感情の昂りに応じて同調する感情と驚異的なエネルギーを発揮させるものです。彼女と共にいるデジモンが楽しくなるには彼女も楽しくさせないといけない」
国見は落ち着いたトーンでそう答えた。
「……なら、安心ですね」
「いや、そうとも言えない。このリンクドラッグは双方向なんです。例えばら彼女が何かを楽しいと思ったとする。すると、その楽しさがデジモンに伝わった後、それをうけてそのデジモン自身が感じた楽しさは彼女に戻ってくる。それを受けて……と、ありとあらゆる感情が極端に大きくなりがちなんです」
「……それは、日常で困りますね」
「それもそうですが、より懸念すべきは脳や身体への負担でしょうね。本来はあり得ないレベルの感情を処理させられ続ければ脳に日常的に負担がかかります。次第に体調が悪化し、体調が悪化すれば気分も悪くなる。その悪い気分がまた増幅され……という負のループです」
そして、と国見は続けた。
「その悪感情達もまたエネルギーになる為、単なる八つ当たりや憂さ晴らしが恐ろしい規模の事件になる」
国見はやはり淡々とそう口にした。
「……となると、ヤベェな」
「そう、やばいので数年前に『役所』によって禁止されました。ここ数年それ系の事件はまぁまぁ頻繁に起きている……『役所』に助けを求めるべきですね。うちじゃない」
国見はそう言うと、もう一杯コーヒーを飲んだらお帰りくださいと言った。
「国見さんがやらないなら私が勝手にやります」
「……世莉くん。君は電脳核を移植された稀有な人間だよ。完全体相応の力と副作用の優れた五感がある。自然な完全体なんて千体に一体もいないのだから、君ほどの力があれば大体のことは切り抜けられるだろうね」
こくりと世莉は頷き、ヒポグリフォモンもそうだそうだと同意した。
「でも、ヒューマンドラッグは駄目だよ。人間とデジモンの組み合わせはデジモンに本来あり得ない力を出させるからね。千体に一体の完全体が、ヒューマンドラッグがあれば十体に一体まで増えてしまう。その時点で君の安全は保証されなくなるよ」
国見はそう言って目を閉じた。
「そして、デジコアだけで五体満足の完全体並の力を出せる君の力も遠いけど近しい、しっぺ返しを受けるのも当然の力という意味では同じ。ヒューマンドラッグの周りを嗅ぎ回れば必ず何かと遭遇するが、切り抜けられたとして果たしてその時君は無事でいられるのか……」
国見の言葉に、世莉は何も迷わなかった。
「私が危険な目に遭うだけで済むなら、何もないのと同じです」
「……世莉君、黒木世莉君。そういうとこだぞ。きっとそういうところがよくなかったんだぞ。それできっといなくなっちゃったんだぞ」
「今、私の親友の話は関係ないじゃないですか。というか、親友探しの依頼も済んでないんですから、天青さんはもう少し本腰入れてください」
世莉の言葉を国見は右から左へと流した。
「君は人の心に寄り添ってたらし込むが、君自身を大事にしない……今や、僕が探偵業をやってる理由の一つに、君が目の届かないところで暴走しないか不安だからが入ってくる」
「まぁ……どうせ言っても聞かないんだし、投げ出すのもどうかと思うぞ、天青」
「えっと……とりあえず、依頼は受けてくれるって事でいいんですよね?」
キャサリンの言葉に、天青は曖昧な顔をした。
「まぁ事情はわかりました。でも、聞いた限りだとあなたがそこまでする理由もなさそうですし、僕達が下手を打てばカルマーさんまで機嫌が及びますよ」
「同じクズに騙され、おそらくお互いに消えない傷を背負った、彼女は私のソウルメイトなんです」
キャサリンは濁った目で微笑みながら、太ももに大きくついた火傷の跡を撫でた。
それを見て、ヒポグリフォモンはひぇっと息を呑んだ。
「……時々思うけど、人間ってやばいよな」
「彼女を人間代表にするのは僕としては遺憾だね」
「国見さんを代表にするのも私はどうかと思いますけど」
ヒポグリフォモンの言葉に国見が、国見の言葉に世莉が反応する。
「まぁ、そういうことなら事情はわかりました。その女性について知ってること、どこで見かけたとか外見の情報とか、教えてください」
そうして一通り聞き終えてキャサリンを帰すと、国見は椅子に座ってパズルを解き始めた。
「……調査しないんですか?」
世莉は呆れたような非難するような目を国見に向けた。
「事情はわかったと言ったけども、依頼を受けるとは一言も僕は言ってないよ。『役所』への報告は世莉くんが行ってくるといいんじゃないかな」
どうせ言っても聞かないのにと、ヒポグリフォモンは呆れた様な顔をした。
「さっきはああ言ったけどさ、世莉くん。君はどこを調べればいいのかもよくわかってないよね」
つまり調べようがない、と天青は笑った。
「目撃された辺りじゃないんですか?」
「……いいんじゃないかな」
「ってことは違うんですね」
「……まぁ、そこはカルマーさんが日常的に過ごしている場所だからね。目撃したのが一度きりということは、そこにいたのは偶然であって生活圏じゃないかな。二度現れるとは限らないよ」
行く価値自体は僕にとってはあるけどね、世莉くんが危険から遠ざかるからと国見は続けた。
「……だったら、どこ調べればいいんですか」
「それを僕は教えない。中毒者達が集まってる様な場所、よく出入りする場所、取引がされてるらしい場所とか、漂流街の裏について君が知らないのを知っているもの。僕は漂流街産まれ漂流街育ちの純漂流街人だが、君はまだこの街に来て半年だからね」
諦めた方がいいよーと国見は完成したパズルの青薔薇を世莉の頭の上に置き、二杯目のコーヒーを淹れにキッチンにむかった。
「……じゃあ、エレットラさんに聞きます」
世莉がその名前を出すと、国見は足を止めてとても綺麗な笑みを浮かべた。
「それはズルじゃないかな。エレットラを巻き込むのはズルだよ。彼女に依頼受けるフリして受けませんでしたなんて言ったら幻滅されてしまうよ」
「『役所』の人に通報するだけなので、至極真っ当ですよ。その過程で国見さんが私の前で働いた幾つかの詐欺の話をしてもそれも問題ない、ですよね?」
世莉はその三白眼でじろっと国見の目を下から睨み上げた。
「……金品は騙し取ってないから詐欺ではないよ、世莉くん」
口では否定しつつ、国見は仕方ないと折れた。
街の空に走ったレールの上を走るトレイルモンに乗って、三人は『役所』に向かっていた。
「……ヒューマンドラッグの歴史はこの街と同じ、およそ三千年ほど前に起因する」
「この街の歴史もそういえば私よく知らないです」
「ならそこからかな。その発端は、およそ三千と二百年前の戦いに遡る」
国見はそう話し始めた。
「その頃、ルーチェモンという極めて強大かつ至高の叡智も持ったデジモンは人間界にいて、数多の王を従え神を名乗って君臨していた。人間界では海の民とか呼ばれているやつだね」
そう言いながら国見は右手の指を一本立てた。
「それに対し十闘士と呼ばれる十体のデジモン達は、敵対する人間の国々に声をかけ、力を合わせてルーチェモンを人間界からダークエリアへと封印。その時、デジタルワールドのある座標を経由してダークエリアに繋げた超大規模ゲートを用いた」
立てていた指を国見は反対側の五本の指で押し潰すようにして隠すと、不意に手の中からパズルのピースをボロボロとこぼした。
「それに巻き込まれた人間が何千人といて、彼等はルーチェモンが封印されたダークエリアまで行かずにデジタルワールドに漂流した」
「……それが漂流街の発祥、ですか?」
「そう、ルーチェモン派も反ルーチェモン派もごちゃごちゃだった……あの辺り、ゴミの山があるのを知っているよね?」
国見はそう言って、自分達が来た方向の街の外れに積まれた巨大なゴミ山を指差した。
「行ったことはないけどあるのは知ってます」
そのゴミ山は漂流街の中の高所であれば、大体どこからでも見える程大きく本当の山の様で、麓には崩れたのを防ぐ為の柵まで設置されていた。
「あのゴミの山がある場所が人間達の落ちた場所でね。今も人間界で偶発的にゲートが開けば、基本的にあそこかダークエリアのルーチェモンの居城に繋がると言われているんだよ。君はあのゴミ山に開いたゲートから来たわけじゃないから、行ったことはないのかな?」
「そうですね。ないです。あの山は全部人間界かはのゴミ……?」
「それはそうでもないよ。三千年前はそうだったけど、人間界から迷い込んでくるものも、要らないものは放置される。すると、そこに自分の要らないものを捨てる奴も出てくるのさ」
国見はそう言ってやだねと笑った。
「話を戻そう。この地に降り立った人間達は、あの場所では過ごせないので近くに見えた城のある街を目指した。それが【役所】の辺りだよ」
天青が指差したのは進行方向にそびえ立つ、石垣や煉瓦、コンクリートが混ざり合う、様々な年代の建物をつぎはぎしたような建物だった。
「じゃあ、元々はあの城が街の中心だったんですか?」
「そう、三千年前、人々がここに来た時点でオニスモンという古代デジモンによって滅ぼされていた街跡で、そこを中心に街を作った。その後、人間界のものを欲したのか、それとも帰りたかったのか、向こうのゴミ山の周りにも人が住むようになり、間を繋ぐ道ができ、その周りに町ができ、細長い街ができた」
適当に話を聞きながら、くぁとヒポグリフォモンは大きなあくびをして目を瞑った。
「【役所】って、警察とか市役所みたいな、自治体のいろんな機能を備えたとこですけれど……そういう歴史があって街の端にあるんですね」
「そうだね。かつてはあそこに王がいたんだよ。絶望する民を導き生活を安定させた王がね……今はもう、そういうのはいらない時代だけれど」
リンクドラッグの話まではできなかったねとあー仕方ない仕方ないと国見がわざとらしく言うと、トレイルモンの車内に【役所】到着を伝える放送が鳴り出した。
「いいですよ、結局エレットラさんの前で話してもらいますし……」
「【役所】なら、僕より把握してるんじゃないかな。ルーチェモンに説教というやつだ」
「初めて聞いたことわざですけど、漂流街ではよく使うんですか?」
「そうだね、意味はなんとなく伝わった?」
「嘘だぞ、世莉。この街にルーチェモンに好意的なことわざなんて基本ないからな」
ヒポグリフォモンにそう言われても、国見は悪びれもせずにそうだねウソだよと笑った。
「鋼の闘士に説教って言葉ならある。この街の人は本人達は神とか名乗りもしなかったのに宗教にするぐらい十闘士が好きだからね」
駅から直通の通路を抜けて、役所の玄関から三人は入っていく。
「げ……エレットラさん、エレットラ・アラベッラ・ガヴァロッティさん。顔だけが取り柄の嘘吐きアメンボ野郎が来ました。相手したくないので正面受付まで可及的速やかにお越しください」
受付に座っていた大きなアリのようなデジモンは、国見の姿を見るなりそう内線で呼び出しをした。
「……国見さん、めっちゃ警戒されてませんか?」
「みんな僕のことを誤解してるようで悲しいね」
「表現はともかく妥当な評価だぞ。日頃の行いを見直せ」
三人がそんなことを言っていると、奥から女性が早足でつかつかと歩いてきた。
「天青!」
銀髪に緑色の目をしたその女性は、そう叫ぶと、凄い勢いで天青に向けて両手を広げて走ってきた。
「エレットラ!」
その女性を迎える様に天青は手を広げたが、広げた腕をするりと抜けられたかと思うと、世莉を天青から庇う様な位置に立ち、国見の腕をねじりあげ、背中から膝を入れて地面に無理やり押し付けた。
「……エ、レットラ、これは一体……」
「この前、結婚詐欺したでしょ」
「アレは、そもそも付き合ってもないのに向こうが盛り上がっただけッでぇ……お金とか取ってないというか向こうが無理やり送りつけてきたというかがっ……痛いからちょっと緩めてよエレットラ」
「ここ半年は探偵とか、また若干怪しいけど、更生したのかなぁなんて思ってたんだけど」
そう言いながらエレットラはさらに腕を強く捻り上げた。
「世莉ももなんかアレだったら天青のことはまぁまぁ強めに止めてね」
小口径の拳銃までは可。とエレットラは治安を維持する側とは思えない言葉を口にした。
「た、探偵業はちゃんとやってる、やってるよエレットラ」
「……まぁ、詐欺でないのは自称被害者の主張聞いてればわかってはいたけど。無理やり送り付けられたは違うでしょ。結婚するとは言ってないけど、曖昧にして貢がれるがままにしていたってことはわかってるんだからね」
「いや、だって探偵業はあまりお金にならないし……あ、そういえば香水変えたね、爽やかで君に似合う素敵な香りだと思う」
「……せいっ」
軽薄な言葉を連ねる国見に、エレットラは何も言わずに力を再度入れ直した。
「きょ、今日は……リンクドラッグについて話があって来たんだ……」
「……真面目にやってる。は嘘じゃないのね」
あと、ちゃんともらったものは全部返しなさいよと言いながら、エレットラは国見を解放して歩き出した。
「ふぅ……世莉くん、こっちらしい」
何もなかった様にスタスタと歩き出す二人に、世莉は一瞬ついていけなくて受付を見たが、受付のアリデジモンは国見に向かって四つある手全ての中指を立てていた。
「あの二人は関節技と親愛のハグを同じジャンルだと思ってる節があってキモいよな」
「公衆の面前でプレイしないで欲しいですね。半年見てるけど慣れない……」
「十年見たって慣れないから安心しろ」
世莉とヒポグリフォモンは呆れながら二人について行く。
そうして二人と一体が通されたのはこじんまりとしているがしっかりした作りの部屋だった。
「リンクドラッグについてはうちでも調査を進めているけど、その、探偵とやらやってる関係で行き当たったの?」
「……そういえばなんですけど、国見さんって父親の頃から探偵なんじゃないんですか? そう聞いてたんですけど……」
「うん、父は花屋を営んでいたよ。今は別の人がやってるけど」
国見は悪びれもせずにそう言った。
「一年前まではモテ指南みたいなうさんくさいセミナーしてたわね。受講料や教材費に加えて、女性に送るプレゼントとして元は父親の店だった花屋の花を買うようにしむけ、自分は客が花を買う度に店からのキックバックでさらにがっぽりという仕組みの」
本当こいつそういうところがよくないのとエレットラは言った。
「半年前、初めて漂流街に来た時に私が訪れた事務所は……」
「廃屋だったんだよ。買い取って何か新しいことをやろうかと思っていたらたまたま世莉くんが来た。それで、前の看板の探偵事務所っていうのを信じてたから、じゃあ探偵をやってみようかなと」
そんな経緯だったわけで探偵でさえなかったという国見に、世莉は嫌そうな顔をした。
「……まぁ、今はちゃんと探偵やるつもりだし……それより、依頼人は知り合いがヒューマンドラッグにされているらしくてね。僕は手を出したくない、『役所』で何とかしてくれないかな」
「……なんとかしないとどうなるの? 天青が真面目に働くんでしょ?」
それなら私としてはむしろ安心するんだけどというエレットラに、国見は世莉を親指で指した。
「世莉くんがまた死にかけるかな。この街に来て半年、月一ペースで彼女は完全体が死ぬ規模の厄介ごとに巻き込まれるからね」
「……いい子なんだけど、もう少し慎重になって欲しいわよね」
「まぁ、慎重に深追いしてより厄介なとこでピンチになるだけだろうな」
三人がうんうんと頷くのを見て、世莉は少し苦い顔をした。
「多分、そんなことはない……はず」
しかし、強く否定もできなかった。
「さて、『役所』はなんとかできそうなのかな?」
「そうね。正直に言うと、リンクドラッグの出所はあまりわかってないわ。流通ルートはある程度ならわかってる。既存の麻薬と同じルートが使われてるのは間違いない」
けれど、そのルートが解明してればとうにどうにかできてるわと締め括った。
「それはちょっと情けなくないか?」
ヒポグリフォモンの言葉に、エレットラはでも仕方ないのとため息を吐いた。
「戦闘力が増大するリンクドラッグ使用者を取り押さえるにはそれ以上の力がいる。『役所』にはlevel6、つまりは究極体がいるけれど……たった二人じゃ手が足りない。level5だってこの街全体で三桁行かない数なんだから、こっちの主力はlevel4、数で囲んでどうにかはできるけど、毎回の様に入院するデジモンや死者が出て、捜査にデジモンが回れない、デジモンの能力込みで組まれていた捜査は機能不全に陥って、元々見つかってなかったのにどうにもできない」
「……リンクドラッグの出所は十闘士教だよ、エレットラ」
国見ははぁとため息を吐いた。
「十闘士って、さっき言ってたルーチェモンと戦ったっていう……」
「そう、その十闘士だよ。この街で最も多くの信者を持つ宗教でもある、というのが意味するところはエレットラにはわかるね」
「……[役所】内に薬物の捜査が進まないようにしてるやつがいるのね」
「でも、なら国見さんはどこからわかったんですか?」
「いくつかあるけど、リンクドラッグとは何かって話と、今エレットラから聞いた【役所】が情報をつかめてないというとこの二点かな」
「リンクドラッグは何か特別な由来があるんですか?」
「十闘士はルーチェモンというその時点のデジタルワールドに存在し得る最強の存在を倒す為、異世界に方法を求めた。そして見つけたのが人間、その活用法として考案されたのがリンクドラッグの起源なのさ」
国見はさらりとそう言った。
「一度歴史から製法が消えたものが出てきた時点で古代に精通した存在が絡んでいることは確かで、【役所】が情報を掴みあぐねるだけの理由がある……」
この街の考古学者に確認とってもいいよと国見は言う。
「つまり英雄様は中毒者だった訳だ」
話を聞いて、少し嬉しそうにヒポグリフォモンは十闘士を小馬鹿にした。
「それは定かじゃない。体内に埋め込まなくても使える仕組みでね。体内に埋め込むのは嫌がる人間が勝手に捨てたりできない様にする為の手法。中毒と暴走が確実に起こり得る状態は現代の使用方法に問題がある。頻度が高ければ十闘士も中毒ではあったかもしれないけどね」
「天青、幾らなんでもリンクドラッグに詳しすぎない?」
「……これは全く関係ない昔話なので勘弁して欲しいんだけどね、僕は子供の頃、この街で十闘士とルーチェモンについて研究していた考古学者のとこで物を調達するバイトをしていたんだよ。面白い話を沢山と、正規の金額の二倍近い代金、あと人間に詳しくなかったので、一日五食分の食事代ももらっていたことがある」
呆れた様な顔をしながら、エレットラは国見の額にデコピンをした。デコピンをされた国見は悪びれもせずに笑っていた。
「経緯はわかったわ。でも、十闘士教を安易に敵に回すのはまずいわよ。この街に十闘士教の信者は二人に一人はいる。『役所』内にだっていっぱいいる。せめて十の支部の内どこが関わってるか突き止めないと手が出せない……」
エレットラはそう言って親指の爪を軽く噛んだ。
「十の支部、ですか?」
「闇、炎、水、氷、木、風、雷、鋼、土、光と、十闘士は十の属性を持っていた。それに準えて、十闘士教は統括本部と十の支部で構成されている。お互いに対抗する関係の全部の支部が関わってるとも考え難い、どこかの支部、おそらく一つか二つかな」
国見は指を一本二本ぴょこぴょこと立てた。
「それって、すぐわかることなんですか?」
「まぁ、シンプルに金払いがいいところを探すのが早いだろう。運用の仕方が仕方だからさ。リンクドラッグは一度売れば同時に継続的に薬物も売れる……けど、あとは任せていいよね、エレットラ」
「諦めろ天青。戦うところがあったら全部俺に任せていい。というか戦わせろ、運動不足だ」
ヒポグリフォモンが楽しそうにしているのを見て、天青は嫌そうな顔をした。
「僕としては、依頼人の探している相手さえ見つかって助かればいいという考えなんだけどね?」
「まぁそうはいかないわね。人材不足って話はしたでしょ? 内部の妨害もと考えると……外部の協力者は必要なの。わかるでしょ?」
観念しろと言わんばかりにエレットラは笑った。
「……国見さん、諦めて下さい。私は少なくとも依頼を達成するまで関わり続けます」
「あと、私は弱いわよ。世莉みたいにデジモンの身体も移植してない、純人間でやらせてもらってる。パッと秘密裏に動かせるのも思い当たるのはほんの数人。ギリ戦えそうなので足が速いのだけが取り柄のlevel4もどきぐらい。あとは銃器と根性しか武器がないわ」
国見はうーんと嫌な顔をした。
「すみませーん。エレットラさん、受付に変な人間とデジモンが来ていて……会話にならなそうな雰囲気が……」
コンコンと扉を叩いて顔をのぞかせたのは、ほうきの先端の様な形の青い被り物を被ったヒーロー的な服装のデジモンだった。
「リンクモン、人間絡みだとすぐ私に頼るのはよくない癖よ。少ないけど人間の職員もちゃんといるんだから」
エレットラは自分の倍近くあるそのデジモンにそう苦言を呈した。
「いや、だってクレーマーって察してくれみたいなこと言うけど人間の表情読むのってむずいですし……ていうか違うんですよ! 今日のはなんかやばいんですって……来客が他ならともかく国見ならよくないですか……? 用なくても来るやつですし……」
「はっはっは、自慢の光速でお茶ぐらい出してくれてもいいんだよ?」
国見は穏やかにリンクモンに苦言を呈した。
「そうですね。あとで黒木さんの分だけは持ってきますね」
俺もかよと呟くヒポグリフォモンは無視された。
「いえお構いなく、それよりそういう人とかいるならここに通してもらったらどうですか?受付の前にいたらよくないかもですし」
「なら、とりあえず通してもらうわ。話が通じないがどの程度かわからないけど、level5のヒポグリフォモンいるところに襲ってくる馬鹿はいないでしょう」
立ち上がり、そう言うエレットラの声に、扉が開いて現れたのは。狼の様なデジモンとやけに顔が紅潮して息が荒いキャサリンだった。
「おや、カルマーさん。家に帰られた筈では?」
「……ア、国見さぁん! アハハ、アハハハハハ!」
キャサリンはそう言って突然笑い出した。それを見て、世莉は思わずなんでと呟いた。
「な、なんで!? なんだろう、アハ、アハハハハ、楽しいわぁあアあァあアハハハハ、ウヒヒ、いひ、ひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
異様な笑い声を上げるキャサリンの隣で、銀の毛皮に青い縞の入った狼が、にまぁと堪えきれないという様子で笑みを浮かべ、涎を垂らし引き笑いをしながら、身体を光らせ姿を変えていく。
「……リンクドラッグだ」
天青がそう呟くと、エレットラはある床板の端をダンと踏んだ。
跳ね上げられた床板の下から飛び出てきた、切り詰められたライフルを掴み、そのまま安全装置を外しながら二足歩行に変わりつつある狼の胸に突きつける。
「リンクドラッグにはね、普通の痛みは通じないのよ」
そう言って、引き金を引いた。
「だから無理やり落とすの。死なない程度に喉か胸を殴打とかね」
衝撃に狼の息は詰まり、笑いが止まる。それと同時にキャサリンも胸を押さえてその場に膝をつき、笑いが止まった。
キャサリンの笑いが止まると、狼の身体から光が消え持ち上げられていた上半身も地に伏せる。
狼は息絶え絶えに天青に噛みつこうとするも、ヒポグリフォモンがポンと軽く額に前足を乗せると、急に脚から力が抜けた様にその場に倒れ伏せた。
それに再度立ちあがろうとすると、全身を黒い光沢のある布で包んだ堕天使に押さえつけられた。それはレディーデビモンというデジモンと化した世莉。
襲われた天青は、とうにヒポグリフォモンにソファーの上に転がされていた。
キャサリンがさまざまな刺激に耐え切れずに気絶すると、そこには呼吸の荒いlevel 4の狼だけが残された。
「……せっかく、いい、気分だったのにぃッ!!」
「そう? ごめんなさいね」
狼が暴れようとすると、エレットラはその銃を頭に突きつけて引き金を引いた。
「あとは頭ね。非殺傷のゴム弾で撃つぐらいがlevel4のデジモンにはちょうどいいわ」
そうして狼が気絶すると、世莉はレディーデビモンの姿のままキャサリンに駆け寄った。
「世莉くん、彼女に傷口はあるかい?」
「いや、血の匂いとかはしないですし、見る限りないです。でも、少し胃液? すっぱい匂いがします」
「じゃあ、リンクドラッグは無理やり飲み込ませたんだな。そして、アッパー系の薬物を投与してここに送り込んだ……早過ぎるな。まともに動いてないぞ、僕達」
「とりあえず吐き出させればいいのね。人も集まってきたし、【役所】の病院に搬送してもらうわ」
「お茶をお持ちしまし……何事で?」
お茶やジュースをお盆に乗せて入ってきたリンクモンに、エレットラはちょうどよかったと笑いかけた。
「リンクモン、このレベルは話が通じないで済ませていいやつじゃないわ。人間の方はおそらくリンクドラッグを飲まされている。病院に話をつけて搬送、その間ガルルモンは地下牢のリンクドラッグ使用者用牢で拘束」
「でも、もういっぱいだった筈……」
「今朝人間側のそれを摘出した個体がいたから一つは空いてるでしょ。最悪相部屋でもいいわ。あの牢の素材じゃないとリンクが切れない。意識を戻した途端に牢の中で進化されたらどうなるかわかるでしょ?」
「……ちょっと、見てきます」
お盆をその場に置くと、リンクモンはフッとその場から消えた。そして、あっという間に戻ってきた。
「見てきました。空きがないので同じlevel4のとこに放り込んどきます」
「そうね、離脱症状が安定してるやつのとこね。くれぐれも拘束を忘れずに」
「え、光速? 突然褒めないでくださいよ」
「頭がご機嫌なのはいいけれど、ちゃんと拘束してなくてガルルモンが暴れて相部屋の囚人やガルルモン自身が死んだりしたらあなたの責任になるわよ」
エレットラの言葉に、リンクモンは少しシュンとしながら、ガルルモンを引きずって出ていった。
それから数分して入ってきた救急隊にキャサリンが病院へと運ばれていくのを世莉はなんとも苦々しげな顔で見ていた。
「世莉くん、どうする? 依頼人がああなった以上もう、いいんじゃないかな? というかやめとこうよ、やはり関わり合うべきじゃないのさ」
「いや、カルマーさんは私達を頼ってくれたんです。なのに、このざまです。時間自体を私達が解決しなきゃ……」
「……でも、僕の予想が正しければこれは警告だよ」
国見はコーヒーを飲みながら、少し声を低くしてそう言った。
「警告?」
「おそらく、元々はカルマーさんを狙っていたんだね。理由は……まぁ、人間界でのそれかな。カルマーさんはよくても相手はそうでもなかったということさ。そして、彼女から依頼のことを聞いて、僕達に深入りさせない様にと、警告の意味で今の狼を使った」
そうじゃないと動きが早すぎると国見は言った。
「だから、調査はしないと?」
「そう、大人しくしてるのが一番安全なんだよ。そもそも多分この事件の裏にいる連中は人やデジモン死ぬのをなんとも思ってない。そして、探し人は僕達が思ってるより中核に近いのだろうね」
「でも、世莉はやるでしょ?」
エレットラの言葉に世莉は頷いた。
「そうですね。お節介は求められなくてもするものですから」
世莉は考えもせずそう答え、国見は頭をカリカリとかいた。
「……即答しないでほしかったな」
「俺達しかできねーんだから、理由なんて要らない、だろ?」
「本当は戦いたいだけだろヒポグリフォモンは」
まぁそうかもなヒポグリフォモンは笑みを作った。
「そして私は仕事するだけ。協力者はいつでも募集中、天青は協力してくれないの?」
「……するよ、協力する。世莉くんが来てからこういうボランティアをさせられる機会が増えた気がするよ」
「嫌なら今すぐ留置所に入る? 美味しくないご飯が三食と毎日の取り調べをプレゼントしてあげるわ」
「エレットラの家に留置され、毎日ベッドで取り調べを受けるなら大歓迎なんだけどね」
国見はそう言って肩をすくめた後、世莉の汚物を見るような目を見て気まずい顔をした。
「……国見さん。セクハラですよそれ」
「世莉は世莉の国ではまだ成人してねぇんだしさぁ……」
「正直今のはキモい。モテ指南セミナーは悪質商法の類と思ってたけど……今からでも効果のないセミナーで金を巻き上げた詐欺事件として捜査するべきかしら」
国見はエレットラのその言葉を聞くと、フッと笑った後、ソファに座り込み少しうつむいた。
「十闘士はその力を次世代に託すべく一体が二個ずつ、スピリットと呼ばれる器を造った。魂というには内包されるのは限られたものになるけれど、それでも歴史的価値や十闘士の力含め多大な価値がそれにはある」
「どこの十闘士教の支部もそれを持っているんですか?」
「いや。持っている支部は少ない。二つ揃っているとなると、ここ木の支部ぐらいじゃないかな」
十闘士はこの街に来たことがないからねと国見は資料を手元の空中に資料を映し出しながら続けた。
「あ、そういえばこのデジモンなんかで見たことあります。アルボルモンでしたっけ?」
資料の中にあった写真を指差しながら、世莉はそう言った。
「そう、木の闘士アルボルモン。木の支部では通常の組織体系の上にスピリット使用者の枠を設けていて、スピリット使用者は現人神っていうのかな、神様として信者達の前では振る舞うんだ」
「この街に十闘士来たことないのに十闘士をちゃんと演じられるんですか?」
「だから歴代でキャラがバラバラになるんだよね。ここ五年のアルボルモンは十闘士教以外の人々にも寛容で社会奉仕的な活動を多くする方針らしいよ」
大事なのは、この先の情報だと国見は続ける。
「古代の闘技場を改修して建てられたこの支部は、現在十闘士教で最大の建物であり、リンクドラッグが出回り始めた時期から闘技場周りにただ公園のように大した整備もせず腐らせていた土地に十の離れを建て始めた。資金源は匿名からの寄付としている……というのがエレットラの調べてくれた情報だ」
ビルの屋上から離れて見えるその建物を指差した。
「露骨に怪しいですね」
円形の巨大な闘技場の周りに円を描くように十個の離れがあり、さらにその周りはその闘技場が何個か入りそうな広さの雑木林が広がっていた。一応、一部は広場の様になっていたが、他はほとんど手付かずの森の様だった。
「露骨に怪しいけど、他の支部の構成員達は自分達の名誉に関わるから何か知ってても可能な限り公にしたがらない。木の支部の構成員以外も直接でなく隠す方なら加担するんだよ」
「まぁ、やることは変わらない。僕とヒポグリフォモン、世莉くんは潜入してヒューマンドラッグの証拠を見つける」
『私は三人を【役所】からサポートするわ。十個の離れに関しては【役所】に設計図が提出されてる。勝手に変えるにしてもベースはこの設計図通り、この設計図と異なる部分があればそこが怪しいわ』
イヤホン越しのエレットラの声を聴きながら、世莉は念入りに音量を調整する。
「しかし、エレットラ一人なのは不安だ。君は僕と同じ大して戦う術を持たないし、襲われる可能性もある」
『なら、世莉をこっちにくれてもいいのだけど』
エレットラの言葉に、天青はそれは駄目だと言い切った。
「世莉くんはこの中で最も狙われる理由がある。依頼人を連れてきたという点でもそうだし、それ以外でもね」
「なんで?」
「一部の人間にとって世莉くんは特別な意味を持つのさ」
国見はそう言った。世莉は言おうか少し迷っていたが、口にはしなかった。
『説明になってないんだけど』
「説明する気がないからね。この街に来て僕が最初に教えたのは、世莉くんにとっては当たり前のそれを口にしないということだ」
「まぁ、俺の横より安全なとこはないから安心しな」
「あとは、ヒポグリフォモンは相手を油断させたい訳だが、いかにも不健康そうでボロボロの制服を来た世莉くんは都合がいい」
「国見さんってエレットラさん以外には結構最低ですよね」
「……いや、世莉くんのことはこれで結構尊重してるつもりなんだよ? 僕は君のことを妹の様に思い、世莉くんの前ではエレットラの前ほどではないけど嘘をつかない様にしている」
「父の代から探偵って言ってたのに花屋だったのは?」
「……お花屋さんと探偵の二足の草鞋を履いていたんだよ」
国見はそう言ってにこっと笑ったが、世莉は笑わなかった。
『それで、準備はできてるのよね?』
エレットラがそう確認する。
「できてるよ」
国見は黒のスーツと手袋、そして青薔薇のネクタイをキュッと整えると、ヒポグリフォモンの首についていた翼の生えた卵が先端についた杖を手に持った。
「大丈夫です」
世莉は首元から下げたロケットの中に入ったものを一撫でして服の中にしまう。
「まかせろ」
ヒポグリフォモンは、ヒポグリフォモンの姿ではなかった。金色の四枚の翼を持ち、背中に二本の剣を携えて、赤い布を顔の周りに巻いた女性型天使の姿になっていた。
『侵入方法を確認するわよ。表門には守衛、建物全体は地下に至るまで球状の魔術的なセンサーが張られていて侵入は検知される。建物内はわからないけど、名目上は施錠された建物以外は信者の立ち入りは自由、信者に共通で持たせる様なものもないから、おそらく何もない筈』
エレットラがそう前提条件を述べる。
「了解、僕達はダルクモンに乗って揃って空から入る。そして、僕だけ離れの屋上に飛び移る」
国見はそう言うと、ちらと世莉と天使の方を見た。
「俺と世莉はそのまま地面に降りて、建物の扉をノックするか警備からの接触を待つ」
「ダルクモンと一緒にうまくとぼけて警備を引きつけつつ、あわよくば見学者として中に入るですよね」
「状況によっちゃ戦っていいんだろ?」
世莉の言葉のあと、ダルクモンと呼ばれた天使はそう聞いた。
『ちょっとトラブル起こして足止めする程度ならね。でも、退化して戦力も落ちてるだろうしできれば避けて……』
「まぁそこは俺は大丈夫。いつでも戻れるし、色々あって強さもそう変わらない」
『でも、どんな備えがされてるかわからないわ。くれぐれも気をつけて』
じゃあ行こう、と天青は目立ちにくい様ダルクモンの背中に捕まり、世莉はダルクモンに横抱きにされる形を取った。
二重円の外側、異常に行われた改築の最初に建てられた離れへと向けてビルから飛んで降りていく。
屋根が近づくと屋根の上へと跳び移り、その天青の姿を確認すると、ダルクモンは世莉を抱えたまま建物の周りをうろうろと飛び回った後、扉の前に降り立った。
「ノックするか?」
「……いや、どうだろう」
すると、ほどなくして警備員らしい人間とデジモンが数体、ダルクモンと世莉の元へと集まってきた。
「警報を鳴らしたのはお前か!」
「……警報? 私はただ空がすいていたもので、そちらから訪問したのですが、どうかしました?」
ダルクモンはそうとぼけた口調で口にし、事情がいまいち飲み込めてない風の顔を作った。
その粗暴さを全く匂わせない音声を聞いて、通信機で聞いていたエレットラは思わず吹き出し、世莉は驚きに目を丸くしてしまったが、警備員達には世莉のそれは怒られたことに対しての驚きと見えたのか、奇妙と捉えた様子はなかった。
代わりに、警備員ははーと気が抜けた様にため息をついた。
「……そうなんだよな。俺達は三日に一回はあんたみたいなやつに会う。空を囲ったり高い塀がないから出入り自由だと思ったってやつだろ」
違いますの? とダルクモンは小首を傾げて目をパチパチさせた。
「私達、この街に来るのも初めてで……色々なデジモンや人からお話を聞きましたら、十闘士教は人とデジモンが手を取り合うサポートをしているとか。それで、お話を聞けたらと思ってきたのですわ」
「やっぱりな……」
ダルクモンの言葉に、人間の警備員は一応出していた警棒もしまい、明らかに警戒を解いた。
「いや、お前は違うだろう。お前は並のデジモンではない。このグリズモンにはわかる……お前の身のこなしは単なるlevel4のそれではない、武闘家のそれだ……」
その警備員の前にずいと出てきてそう言い出したのは青い熊の様なデジモンだった。
「おい、グリズモン」
「はて、なんのことでしょう……」
人間の警備員の静止も振り切り、ダルクモンの言葉を無視してグリズモンは歩み寄ると、ダルクモンの襟巻きを掴んだ。
「乱暴はやめてください」
そして、背負い投げをしようとしていたもののできず、傍目から見ると滑稽なパントマイムの様になってしまう。
『馬鹿、ヒポグリフォモン、そこは投げられとくとこだ』
「投げられたの昔過ぎて投げられ方がわからねぇ……」
思わず国見はそう通信機越しに囁いたが、ダルクモンはちょっと困った様にそう呟いた後、ニコッと微笑みながら自分の襟巻きを力一杯掴むグリズモンの手を指を一本ずつ持ってゆっくりと確実に引き剥がした。
エレットラはカメラ越しのそれに、一瞬撤退させるか迷ったがもう少し様子を見ることにした。
『……世莉、危なくなったら一人でも撤退するのよ。そしたらダルクモンも流石に一緒に来る筈だから』
了解と小さく返しながら、世莉はダルクモンの空いてた手を掴んで自分から手を出しにくくした。
「おいおい、グリズモン何やってんだ……普通に見学者だろ、普通に本館へ……」
「いや、違う……びくともしないんだ。まるで大樹、この場に根を張った五百年ものの大樹の様に、全く動くイメージがわかないんだ……ッ!」
グリズモンは元々青い顔をさらに青くしながらそう言った。
「確かに、多少の心得はありますわ……でも、それもこの子を他の人間がいる街へ連れ出す為の力、怪しい者ではありませんわ」
ダルクモンはそう言って、少し悲しそうな顔を作り目にうっすらと涙まで浮かべた。その迫真の演技に世莉は少しホッとしたが、このまま絡まれたらイライラしてきそうだなと思って少し不安になった。
「ほら、グリズモン……謝れよ」
「いーや、謝る必要はねぇよ。そいつは只者(パンピー)じゃねぇな。俺にはわかる」
そう言いながら出てきたのは、申し訳程度に警棒を持ったライオン頭の獣人のデジモンだった。
「おい、グラップレオモンまで……」
「……さっきも聞いたセリフですわ。漂流街って、聞いてたよりも頭の悪い方しかいらっしゃらないのでしょうか……」
口調こそ猫を被ったままだが、若干ヘイトを集めようとする意識の見える発言に、世莉はダルクモンの手を引いて小さく囁く。
「落ち着いて、level5相手じゃ小競り合いじゃすまない……」
「大丈夫、どっちも一捻りできる」
ダルクモンの返答に、世莉はそろそろ退くべきかもと考えていたし、聞いていたエレットラもまた、退くべきではと考えていた。
「こっちに来いよ。お前みたいな修羅(バトルジャンキー)にお似合いの違法闘技場(パーティ)をここじゃやってんだ」
グラップレオモンから出たのは、世莉達の想像していたのとは違う提案だった。
「おい、グラップレオモンッ、それは極秘の……」
「いいじゃねーか。こんなところに修羅(バトルジャンキー)が来る理由なんざ、地下でやってる違法闘技場(パーティ)以外にねぇ。大方、その噂を聞いて来たんだろうよ」
グラップレオモンはゲラゲラと笑う。
「エレットラさん、違法闘技場の件は……?」
『こっちのデータにはない。多分これも揉み消されてるわね。でも、そっちから証拠が抑えられれば踏み込めるわ。そこからヒューマンドラッグ周りを崩していくこともできる筈。乗って』
ダルクモンは聖女の様に微笑むと、ゆっくり胸の前で指を合わせ、かと思ったらその場全体に響き渡るほどにごきごきと勢いよく指を鳴らした。
「そこに、私を満足させられる闘士がいる、と? 信じられませんわ……子猫がじゃれあってるだけのお遊戯会ではないでしょうね?」
ダルクモンの言葉に、グリズモンは子猫って俺のことかよと歯噛みするのが世莉には見えた。幾ら乗るとはいえ挑発し過ぎではとダルクモンの手をぐっと世莉は一度引いた。
「へへっ、いい啖呵切るじゃねぇか。そこにいるのはお前と同じ修羅(戦闘狂(バトルジャンキー))ばっかだからよ。俺のシフト終わるまで無事でいられたら戦ってやるよ」
「あらあら、子猫ちゃんが背伸びしてる。なでなでしてあげましょうか?」
「……ダルクモン、煽りすぎ」
案内される前に戦いになるからやめてと言外に世莉が伝えるも、ダルクモンには全く伝わってないようで、世莉がぐいぐいと手を引く度にそれに合わせて体こそ動かすも、止まる気はない様だった。
「そうでしたわ。自省しないといけませんね、子猫ちゃんは本気で言ってるんですもんね。まじめに受け取ってあげなくては」
ダルクモンはにっこりとそう微笑んだ。
「てんめぇ……」
「おちつけグラップレオモン」「お前に言われたくねぇグリズモン」「でもここじゃ人目に触れるだろうが」「そうだ落ち着けって!」
苛立ち、殴りかかろうとするグラップレオモンを、グリズモンや他のデジモン達が抑える。
取りおさえる側に回れない人間の警備員は、仕方ないとダルクモンと世莉を建物の中へと案内する為に鍵を開けた。
建物の中は世莉とダルクモンの二人が見る限りは普通の倉庫だった。
「この地下だ」
その人間は、そう言って荷物の下の床に隠された階段を見せた。
「ちょっとこういう隠し階段ってわくわくしますね。世莉」
「……なんかあいつ、最初の雰囲気と違くないか」
「えと、戦闘を前に興奮してるんで……近づくとボコボコにされるかも……」
世莉はそうフォローしたが、世莉も正直ダルクモンがどういうテンションなのかよくわかっていなかった。
地下への階段をダルクモン達が降りていくと、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。その内の数カ所には円形に金網が張り巡らされており、二体のデジモンが殴り合ってるのを見ながら、手にチケットを持った客の人間やデジモンがその金網の周りに群がって賭けをしていた。
「面白くないですね……迫力もなく強さもなく……幼年期の子供達のじゃれ合いの方が見てて楽しそうですわ」
「ダルクモン、わかってる?」
目的は違うでしょと世莉が諌めると、ダルクモンはわかってると呟いた。
「おい、お前の行き先はこっちだ。こっちでエントリーしてもらう」
「……面倒ですけれど、仕方ないですわね」
世莉とダルクモンが手続きを始めると、国見は屋根から降りて建物の中に入った。
倉庫の大きさを目測で調べ、いくつかの箱を開けた後、ある壁に寄ると、こんこんとその壁を手で叩き出した。
『どう? 天青』
「外観や設計図から考えると天井が低すぎるし、綺麗にボードが張られているのが違和感があるね。倉庫の場合はこのボードをなくして換気扇やダクトを丸見えにしコストカットするとこも少なくない……置いてある荷物が厳密な温度管理や湿度管理が必要なら外気の影響を避ける為とも考えられるが……そうでもなさそうだ」
木馬の姿をした木の闘士をモチーフにした陶器人形が入った箱を開け、空調が換気しか稼働してないのを確認しながら天青は呟いた。
『倉庫の作りにも詳しいんですね』
「昔、建築事務所で雑務のバイトをしていてね」
『仕事で忙しい彼等に出会いを紹介して仲介料を受け取ってたのよね。それで、破局したカップルに訴えられたのが【役所】に勤めて初日の私が受け持った初めての案件だったわ』
「懐かしいね。あの日も君は綺麗だった、その青い瞳に僕は吸い込まれそうな気がしたよ……あった」
国見は壁の一部をボコっと外すと、その奥に隠されたボタンを押した。すると、天井から縄梯子が降りてきた。
「喜んでくれエレットラ。証拠とのご対面だよ」
国見が縄梯子をするすると登っていくと、そこには先ほど見たのとはまた別の木箱が山と積まれていた。
縄梯子を片づけた国見が、それを一つ開けると。白い粉が大量に入っていた。
『天青、渡した試薬にその粉を入れて』
「お察しの通り、これは例のヒューマンドラッグと一緒に使ってたアッパー系の薬物だね。この通信映像だけでも踏み込む根拠にはなるはず。けれど……」
指示を聞く頃にはもう既に動いていた天青は色の変わった試薬をカメラに映した。
『どうしたんですか、国見さん』
「僕達が調べているのはまだほんの一部に過ぎない、にしては簡単に見つかり過ぎだね」
国見はすっきり腑に落ちないと言った。
『そうね、この支部にはまだ何かある。闘技場も薬物も普通に考えればお金の為……でも、それにしては溜め込むでも散財するでもない。そうして建てた建物は一応の偽装はしてるとはいえ警備もザルだし、警備員がふらっと新しい客を入れたりもできてしまう。怪しまれても構わない……ボロが出て咎められる前に何かを行うという意志を感じるわ』
エレットラもそれに同意する。
「単なる金儲け、ではないだろうね。デジタルワールドの各所で何が価値を持つかはてんでバラバラ……バレてしまってこの街から逃げ出すことになれば意味はなくなる。この漂流街で何かを起こすための資金になっている筈だ」
『でも、そんなのすぐに調べてわかるんですか……?』
「でも今回のチャンスは逃せないよ。空のセンサーを誤魔化す手口も、二度は使えない。木の支部では十闘士を象徴する十の離れを建造し終わっていることから、おそらく設備面において、その何かの最終局面に既に彼等は入っているに違いない」
そう言って、国見は少し考えながら目をつむった。
「……建物本体は人の出入りが激しい筈だが、最初から計画されているなら改築部分には核となるものはおそらくない。中央の地下が怪しいかな」
『国見さん、それはないと思います』
国見の言葉を、世莉は小声で否定した。
「どういうことだい世莉くん」
『さっき私達が闘技場入ったとこ見てましたか?』
「いや、見つかると困るから音声だけで聞いてた」
なるほどと国見の言葉に世莉は納得したらしかった。
『この闘技場、かなり広いです。私達が入ったとこはあくまで入り口で、闘技場自体はおそらくこの支部全体の地下に広がってるかと』
「……その闘技場みたいな場所のリングとかは固定してあるのかい? それとも動く?」
『どうでしょう……』
『よし、俺聞いてくるわ』
ダルクモンがそう呟き、立ち上がる音がマイク越しに天青の耳に届く。
「おい、怪しまれるなよ」
『あの、一つ伺いたいのですが、あの金網とかを撤去して、巨大なデジモンと戦ったりするようなことはしてないのでしょうか?』
『……いや、してないよ。でも、【役所】が入って来た時にでっかい多目的ホールとして説明できるように、金網は撤去できる造りになってる。あんたが人気の闘士になれば、そういうのも企画できるかもな』
『まぁそれはいいですわね。小粒の雑魚ばかりで、期待外れかなと思っていたのですが……そういうことなら私もやる気が出ますわ』
『……やっぱ、あんたイカれてるな』
音声を聞いて、国見はなるほどと頷いた。
「世莉くん、もしかしてその闘技場の床には何か模様なんか描かれていないかい? あと、リングになってる辺りにも、例えば何か丸く囲われていたりとか……何かの儀式場という線はないだろうか」
国見の言葉を受けて、世莉は床をじっくりと見る。確かに円形に模様はある。それは崩された文字の羅列の様でもあり、どこかそれに世莉は見覚えがあった。
そして、それを見ている内に世莉がふと何かに気づいた。
『国見さん、私、これ知ってるかもしれません……』
「なんだい、世莉くん」
『これは、ゲートです。人間界とデジタルワールドを繋ぐゲートの術式です』
「……ふむ、疑うわけじゃないが、そう思った根拠を聞かせてくれ」
『天青さんは知ってる様に私は、自分達でゲートを開いて仲間達とこっちの世界に来ました』
『私は聞いてないんだけど……一部の人間にとって特別な意味を持つってそういう?』
自分でゲートが開ければ、この街の漂流者や人間に興味があるデジモンなどにとっては確かに特別な意味がある。
『そういうことです。私はゲートの開き方を知っています。でも、その時使った方法はデメリットも大きくて……帰る手段として別のゲートの開き方も調べていたんです。この術式には欠陥もあって、使ったことはないです』
「わかった。だとすると、ゲートのサイズが気になるな……この建物は全体だとかなり広い。外周を歩いて回るのはちょっとなかなかしたくないぐらいの広さだ……そのサイズのゲートが開いたら、世莉くん。君の経験則でいい、どうなると思う?」
国見の質問に、少しだけ世莉は言い淀んだ。
『……ゲートには、周囲のものを引っ張る力が働きます。繋がってる先の世界へ送り届ける為に、繋がっている部分の空間に力の流れを作るんです』
「つまり」
『おそらく、この地下空間の上に立つ建物や地面、周囲の人間やデジモン達が呑み込まれて、人間界に降り注ぎます』
世莉の言葉に、エレットラとダルクモンは息を呑んだ。
「降り注ぐ、というのはさっき君が言った欠陥の話かな」
『そうです。デジタルワールドと人間界とで座標が対応する場所にゲートが開くんですが……土の中とかに出ないように、出口は座標が上にズレるんです。その高さはlevel5クラスのデジモンなら怪我もしないでしょうが、人間やlevelの低いデジモンには致命的な高さになります。おそらく、生き残ることは難しいでしょう』
「瓦礫諸共となれば、なおさらか……」
『そうですね。ゲートの中は力の流れが渦を巻きます。洗濯機に一緒に入れられる様なものなのでゲートから出る以前に……』
『なんでそんなひどいことを』
エレットラの漏らした呟きには悲しみがこもっていた
「いや、おそらくひどいことと思ってないんだよ。これを用意したやつは何も知らない、ゲートの吸引力も座標のズレも。知っていれば、地下という場所は選ばないからね。余計なものを吸い込まない様に堂々と屋外に設置しただろう」
『どうする天青、俺ならこの姿でも戦いながら地面ボコボコに破壊するぐらいはできるが』
「いや、魔法陣というものは然るべき素材で描き直せば作動してしまうものだ」
世莉くんはどう思うと国見は振った。
『壊すべきは、起動から安定するまで無理やり流れを作るためのエネルギー源です。一度安定したゲートはある程度の期間自然に流れが生じて押し広げられ続けます。でも、最初に開き、それを安定させするには莫大なエネルギーがいる……私が人が数人通れるゲートを開いた時、level6相当の力を退化するまで消耗しました。規模が大きくなればなおさら……』
『その規模の力を一体二体ではなく爆発的に消費するならば、一朝一夕じゃためられないわ。なんらかの方法で貯蔵してる筈』
「……そのエネルギーは、どこで発動させる?魔法陣の上かい、側とかでも作動するのかい?」
『私の時は、真上でした』
「なるほど、ではこっちの場合は……隠したい事情を考えると真下かな」
国見はそう言って地面の方を見た。
『さらに地下ってことか、天青』
「そういうことだ。僕には大体の事情が読めた。ここが木の闘士の支部であることを考えれば、犯人は自ずとわかる。この犯人は、おそらく悪意なんてものはない、本人は至って真っ当な目的の為に真っ当な手段でことを進めたつもりかもしれない」
『どういうこと……? 天青』
「すまないエレットラ。これから僕は、犯人を説得しに行くよ。溜め込んでいるエネルギーと【役所】の武力と激突したら、どうなるかわからないからね」
国見はそう言うと、手に持った薬物を戻して屋根裏から慎重に降りて行く。
『危険よ。目的がわかったんだし、こっちだってやり方を変えるぐらいはできるわ』
『天青、俺はどうする?』
「とにかく好きに暴れてくれ。観客達がその場に釘付けになれば、迂闊にゲートは開けない」
国見の言葉に、ダルクモンは笑みを作った。
「おい、あんたの番が来たぞ」
「……わかりました」
ダルクモンはそう言いながら立ち上がると、金網で囲われた中に既に待っているグラップレオモンの方へと歩き出した。
「さっきぶりだな」
グラップレオモンは、構えを取るとじりじりとダルクモンに近づく。
「シフトは代わってもらったのですか?」
ダルクモンは動かず、構えさえ作らない。
「そういうことだ。殴り合い(デート)する為にな」
「あらあら……」
不意に、大股でダルクモンはグラップレオモンへと距離を詰め出した。
一瞬唖然としたが、グラップレオモンはすぐ立て直して牽制のジャブを放つが、ダルクモンはそれをパシっと手で受け止めた。
「雑魚とデートする暇はないんですわ」
ミシッとグラップレオモンの拳が悲鳴を上げ始める。
「う、うおおッ! 旋風タービン蹴り!!」
「出始めが遅すぎます。レディファーストの権化かしら」
グラップレオモンが振り上げようとした脚を、ダルクモンはひざを踏みつけて止める。そして、グラップレオモンの気がついた時には天地が入れ替わり、そのままふっと意識を手放した。
ダルクモンのハイキックがこめかみに入り、グラップレオモンは地面に倒れ伏していたのだ。
周りがどよめき、歓声が上がる。何人もの客が紙束になった賭け券を投げ捨てた。
グラップレオモンが運ばれていっても、新しい選手が入場しようとしても、ダルクモンはリングの真ん中から動かなかった。
「……おい、どけよ。お前の闘いはもう」
「あんな蹴りの一発で満足するほど安くねぇんですわよ」
「そんなこと言ってもよ、俺達の番なわけだから、な?」
「ここの客はコスパがいいんですね。可愛らしいおままごとで満足するなんて、私には到底できませんわ」
ダルクモンの言葉に、客達がざわつき始める。
「おい、いい加減に……」
「退かせられるなら退かせてみやがれ、ですわ」
そのデジモンが拳を振り上げて、振り下ろすのに合わせてダルクモンの軽く振るったカウンターが顎を打つ。
その対戦相手も、口から火を吹いてダルクモンを攻撃するが、火の中から手を伸ばすとそのまま喉を掴んで意識が落ちるまで締め上げた。
「身体を温めて動かしやすくしてくれるなんて、暖房器具としてはいいかもしれないですわ」
そう言うと、ダルクモンはその意識を失ったデジモンを金網に投げつけた。
「ねぇ、こんなのを見て満足してるてめぇらに教えて欲しいのですけれど、戦闘種族(デジモン)の誇りは何ゴミに出して引き取ってもらったんですの?」
「なんだとてめぇ!」「袋にしてやろうか!!」「金網に守られてるからっていきがってんじゃねぇぞ!!」「俺がテメェをぶち殺して生ゴミにしてやるぁ!」
ダルクモンの煽りに、金網に何体かのデジモンが張り付いてそう声を上げる。
「やってみせてくれます? 少しでも誇りがあるのなら!」
ダルクモンは剣に手をかけると、三度振るってまた鞘にしまった。すると、ダルクモンを囲っていた金網が切られて崩れ落ちた。
『僕は暴動を起こせとは言ってないが? 世莉くんもなんで止めないの』
カンカンカンと通信機越しに階段を降りる音をさせながら、国見はそう苦言を呈した。
「殺さない程度にボコってここに放置しときゃあ、ゲートだかなんだかしらねぇが開けないだろ」
「……いや、さっき観客の中に探してる人らしい人がいた気がして……ゲートも大事ですけれどまずはそっちが目的ですし」
ダルクモンは怒りに滾った観衆の元へと飛び込んでいき、世莉も既にその荒波の中にいる。
通信機越しに国見はあの二人組ませたの間違いだったかなと思った。
同格の筈の成熟期が、格上の筈の完全体が、ダルクモンに殴られ蹴られ、まともに掴むことさえできずにあっという間に死屍累々の山を築く。
「やめろお前らッ! そいつには束でかかってもてめぇらじゃ敵うわけがねぇ!!」
「おぉ……シュラウドモンだ」「この街に四体しかいないlevel6の一体」「level5を一蹴するとはいえ……いけるぞ!」
観客達がにわかにざわめく。
「俺にはわかるぜ、お前の戦いへの執念」
「どこかで聞いたようなマイクパフォーマンスはやめてくださる? その拳以外に俺とわかり合う方法なんててめぇは持ってねぇでしょう?」
「然り! 俺も雑魚に合わせ過ぎてた様だ!!」
シュラウドモンの拳とダルクモンの拳が正面からぶつかり合い、空気は揺れ、近くで見ようとしていたあるデジモンはその圧に気絶する。
そして、その力の打ち合いが収まると、シュラウドモンはぐらりと揺れた身体を支える為に一歩後退し、ダルクモンは両足が宙に浮いたものの、空中で姿勢を立て直して、その場に着地した。
「まぁまぁなのが出てきやがりましたわね」
「ふふふ、お前ももっとやれるだろう。剣を使うんじゃないのか?」
「あなたも、使っていいですわよ、リンクドラッグ」
ダルクモンは拳を打ち合わせた時に、シュラウドモンの体内に異物、リンクドラッグの受信機がある事を悟った。
「お前が楽しませてくれりゃ俺の相棒もノッてきて効果が出てくる筈だ。だから、もっと力を見せてくれ!」
「なるほど……」
そう言うとダルクモンは剣を捨て、スーッと深く息を吸い込み、ピタと構えを取って微動だにしない。
「あくまで拳闘、ということか」
「種族と嗜好と才能が合わないことは幾らでもあるでしょう? あと、豆知識だけど、剣を二本持つ剣士は性格が悪いんです。色が白くて赤い竜と仲間ってなると子供に見せられませんわ」
ダルクモンとシュラウドモンはもう一度歩み寄ると、拳と拳をぶつけ合う。拳の間で圧縮された空気が逃げ場を求めて爆発した。
そして、その爆心地で二体の修羅は笑みを浮かべていた。
「パワーではシュラウドモンが上……なのかな?」
シュラウドモンの戦法はシンプル。とにかく強くて速くて重いけど出だしに溜めがある普通のパンチと、出だしが早いジャブ、それに蹴り頭突き。体格差が威力に直結する打撃をとにかく打ち込む。シンプルに無駄のない動きで基本の攻撃を打ち込み続ける。
それに対してのダルクモンも打撃を基本としていたが、シュラウドモンの攻撃は最初のぶつかり合いの様にその身体を浮かすことはなく、まともに当たりさえしない。
「ふふっ……わはははッ! よい、よいぞ!! 力が増しても一撃も当たらないのがこんなに楽しいとは!!」
シュラウドモンの言葉にダルクモンは言葉を返さず、代わりに顎に脚に腕に拳を叩き込む。だけどシュラウドモンは倒れない。
「どうも旗色が良くねぇですわ……」
殴れば手応えはある。しかし、すぐ直っている、すぐ攻撃をしてくる。新しい隙が簡単には生まれない。
「大きな隙が一つあれば……」
そうダルクモンは呟きながら、殴れば殴るほど笑みを深めるその鬼を見た。
「何がどうなっている! シュラウドモンは神の護衛だぞ!! 予定外の試合に軽々に出すんじゃない!!」
ある部屋の中で、十闘士教の伝統的な服らしい奇怪な服を着た男がそう叫んでいた。
「し、しかし……シュラウドモンがそうと決めたら誰も止められるものなどおりません」
その男の側近らしい同じような服を着た目の下にクマのある女性の言葉に、男は小さく普通なら人前で言えない様な悪態をついた。
「まぁ、そう声を荒らげるな。私を害せるものなどどこにもいはしない。この木の闘士に護衛は不要」
そういいながら男に話しかけたデジモンは、木で作られた人形の様な独特の姿をしていた。
「……おぉ、アルボルモン様。しかし、御身の依代は今はただの機械に過ぎませぬ。シュラウドモンの戦いの余波で破壊されたりすれば、また作り直すのに時間がかかります」
「我々は正しい道をゆく。それで時間がかかるならば、それはそういう運命なのだ」
アルボルモンはだから気に病むな落ち着けと言った。
「正しい道、とおっしゃられるのですね。あなたは」
国見は、物陰からスッとその身を見せると、タンと杖を地面についた。
「君は……何かな。ここは関係者以外立ち入り禁止だが」
アルボルモンの問いかけに、国見はスッと会釈をした後懐から青い薔薇を取り出してアルボルモンに向けて投げた。
「僕の名前は国見天青、この街に咲く一輪の青い薔薇です」
『天青、その表現、私は気持ち悪いと思うわ。何言ってるかもわからない』
気障なその振る舞いに、反応したのはアルボルモン達ではなく通信機越しに話を聞いていたエレットラだった。
「エレットラ……少しの間スルーしてくれないかな」
天青は出鼻をくじかれて少し嫌な顔をした。
「エレットラだと? 【役所】から派遣されて来たのか……!?」
「権力の犬になったつもりはないさ。青薔薇っていうのは嘘の花なんだ、自然には存在せず不可能なんて花言葉があったのに、最近になって人間界で開発されたのが青薔薇。僕も、この場の真実が知らず知らず解決され、何もなかったという嘘をこの街の真実にしたい」
『気取った言い方はノルマでもあるんですか?』
エレットラが黙ると、今度は世莉がそう言った。
「……嘘にする必要などありませんよ。我々の行いは正しい。あなたもきっと話を聞けばわかってくれる筈です」
「語り合うなら二人でじっくりとですね。三千年前の闘士たるあなたと、この……僕と」
国見はそう言ってアルボルモンをじっと見た。他にアルボルモンの周りにいる幾人かの信者達は目に入ってないかの様だった。
「何を言ってるのか君はわかっているのかね! こんなところまで入り込んで、自分の要求がすんなり通ると!?」
先程文句を口にしていた男がそう口にすると、その脇に立っていた大柄な男がずいと前に出た。
「俺は全身の筋肉にミノタルモンのデータを移植している。人間だからなんとかなると思わない方がいいぜ」
そう言って、男は警棒を振り上げ、そしてそのまま膝から崩れ落ちた。
「……顎や脳は人のまま。顎を殴って脳を揺らすだけでいいというわけだ、簡単だね」
国見はダルクモンから借りた杖で、倒れた男の頬を突いて気絶してることを確かめると、先端の飾りについた血を男の服に擦り付けて拭いた。
「この街の西の外れにサンゾモンが対デジモン護身術を教えている教室があったんだが、そこで家事手伝いをしてたことがあるんだ。人サイズの成熟期までなら、銃がなくとも身を守ることぐらいはできるつもりだよ」
一応銃も持っていると、国見は胸ポケットのふくらみに手を入れて見せた。
「……わかりました。二人きりで話をしましょう。あなたも通信を切って下さい」
「アルボルモン様!?」
「配慮感謝する、木の闘士」
そう言うと、国見は耳にはめたイヤホンを外して杖で叩き割った。
「皆、席を外して欲しい。私は大丈夫だ、むしろ皆が傷つく方が心苦しい」
アルボルモンに促され、男達は倒れた男を回収して国見を睨みながらその場から去っていく。
「さて、これで君は私の話を聞いてくれるだろうか。国見天青くん」
「確かに聞き届けましょう。僕としても、全て勘違いであなたの正義に誤ちがないならばそれに勝ることはない。ただ、薬物と闘技場だけ取っても、考えが変わるとは思えない」
「……私はね、精算をしたいんだ。この世界に私達十闘士が連れてきてしまった人間を元の世界に返したいんだ」
その言葉に、国見は少し目を伏せた。
「その為に、薬物や闘技場でお金を稼いだ?」
「そうだ。儀式には、陣の上で一定量の血を流す必要があった。陣を引いたり、建物を維持したり、いざ実行する時のリソースを用意する為にも金が必要だった。しかし、その方法にも私はそれなりの注意を払ったつもりだ」
「注意、薬物や賭博闘技場のどこに?」
「現代では確かにどちらも抵抗があるかもしれないが、古代ではそう珍しいことではなかった。扱い方を誤らなければ薬物は危険ではないし、闘技場ではファイトマネーも出しているし治療ができる準備も整えている。それでも、しようのない愚か者がいるだけだ」
「……なるほど、犠牲は自分の責ではなくその愚か者達の責だと」
国見はそう呟いたが、皮肉めいた言葉の割に顔は寧ろ同意してる様だった。
「私にも責はあるが、目的は極めて大事。人間達を皆、人間界へと早急に返すにはこの方法が最も効率的だった。三千年という長きに渡って故郷に返せなかったのは我々十闘士の心残りだった。少しでも早く元の世界へ、そう思えばこそだった」
アルボルモンの目は澄んでいて、そこに裏がある様には見えなかった。
「やはり、あなたも僕と同じ嘘吐きの様だ」
しかし、国見は確信に満ちた顔でそう口にする。
「嘘吐き……だと?」
「十闘士はとうに死んでいる。あなたは当人ではない」
「君はスピリットを知らないのかい? 私は二つのスピリットを通じてこの世界に蘇ったのだ。私こそが木の闘士、かつてエンシェントトロイアモンだったアルボルモンだ」
アルボルモンの言葉に国見は首を横に振る。
「スピリットは十闘士の力の結晶、まぁそれに付随する記憶もあるのかもしれませんが……あなたが古代の木の闘士そのものであるならば、スピリットの使用者はどこにいるんですか?」
「使用者……? 私は、木の闘士以外の誰でもない」
「スピリットは肉体と分たれたからこそ魂(スピリット)と呼ばれている筈。誰にも使われていないはあり得ないんです」
あなたは誰だと、国見はもう一度問いかける。
「……君に、十闘士の私達の何がわかるのかね。私達は、ルーチェモンを封印する為に敵も味方も巻き込みゲートを開くしかなかった! その事を気に病んでいて何がおかしい! 使用者などというのは私の中にはいない!!」
アルボルモンはそう答えた。
「この街に十闘士は一度も来たことがない。それは調べれば誰でもわかる。彼等は強さの割に短過ぎる生涯のほとんどをルーチェモンとの戦いやルーチェモン封印後の世界の安定の為に費やした。味方だったのになぜ来なかったか、それはこの街を作った時、十闘士の味方の人間なんていなかったからだ」
「君はこの街では誰もが知る様なことも知らない様だ。この街は、光の民と十闘士の民、合わせて数千人が共に……」
「それは後世の創作。十闘士教が権力を得た時代、他の人達に比べて何故自分達が偉いかの権威づけとして言い出した事だ」
国見は自分も世莉に話したその説を否定した。
「実際には犠牲にしたのは全て異民族の光の民、ルーチェモンを崇める国の人間達。ルーチェモンを崇める祭りの最中に奇襲して都のほとんどをゲートに落とした。生き残ったのは数千だが、死んだのはもっと多い。ゲートは今使おうとしている術式の様に空に開き、生き残った数千人は先に落ちた数万の死体と瓦礫のクッションのお陰で生き延びた」
今も三千年前の地層には夥しい死骸がゴミ山の下に埋まっている。と続けながら国見は一歩アルボルモンの前に歩み出る。
「そんなわけが……なら何故ルーチェモンではなく十闘士を讃える宗教がこの街に根付く!」
「十闘士が勝ったからだ。光の民の王はこの街まで民を導き、生活を安定させ、ルーチェモンを助けに行こうとしたが、十闘士に怯えた民に裏切られた。それ故に十闘士教はルーチェモンの信奉者の存在を許さない教義となった。かつての王が戻って来て、権力を奪われるのを恐れたんだ」
「では、では実際そうだという証拠がどこにある!」
「僕が持っている。正確には僕の一族が三千年恨みと共に伝え続けてきた」
国見はそう言って、もう一歩歩み出るとカンと杖で床を叩いた。
「十闘士に滅ぼされた国の王、この地で民に裏切られた王、その一族はルーチェモンの復活と一族の復興を夢見てこの街でひっそりと恨みと教えを繋ぎ続け、今ここにいる」
もう一度自己紹介しようと国見は言って、またカンカンと杖で床を叩いた。
「僕の名前は国見天青。この街をこの国を見続けてきた本来のこの国の王の末裔。雲一つない青い天(そら)、光たるルーチェモンの威光と恵みが遮られる事なく民に降り注ぐ時代を、三千年の暗雲を晴らすことを望まれし者」
「そんなことがあるはずは……大体君はこの国の主要な人種とさえ異なるじゃないか!」
アルボルモンはそう言って国見の顔を指差した。
「裏切り者の血が混じるのを良しとせず、可能な限り漂流者と交わり、それも無理なら近親婚で済ませてきた狂った風習の末路が、元の人種からさえかけ離れた末裔の姿だ。存分に嘲笑ってくれ」
嘲笑ってくれと言われてもアルボルモンが嘲笑えるわけもなかった。国見は本気でそう言っているし、それは真実だとアルボルモン自身がわかっていた。
「僕も君の立場ならあり得ないというだろう。でも、そうでないのはもうわかっているはず。そんな荒唐無稽の嘘は意味がない。信じられる筈がない嘘を吐く理由は、大きく分けて二つ、それでしか説明できないか、それが嘘ではないか」
単純にアルボルモンの存在の歪さに言及したいのなら、考古学者を名乗るのが早い。
「君の記憶を細かく考古学的資料と付き合わせてもいいが、その時間は惜しいだろう?」」
さて、僕のそれが真実であるならば同時にと国見は杖でアルボルモンを指した。
「ではもう少し踏み込もう。スピリットを使った姿であるアルボルモンの姿を持っていることから、君は人かデジモンか使用者であるのは確か。でも、それだけでは突然リンクドラッグやゲートについて掘り起こしてこれるのに疑問が残る」
また一歩国見が前に出る。
「スピリットの適性が高い人間、ならばスピリットから記憶を継承するのもない話じゃない。でも、本来それなら周りはあなたが十闘士そのものでないとわかる筈。スピリットを二つ持っていることは知られているから、あなたは彼等からスピリットを渡されたのだろうしね。でも、そういう扱いをされないということは、周りがあなたに十闘士であることを望んでいるということ」
そこでこれだと国見は麻薬の入った袋を取り出して床に投げ出した。
「あなたは、自分が十闘士だと思い込む様にされたのではないか。例えば薬物漬けにされるなどして」
「そんな……ことは……」
国見はアルボルモンの横をスッと通り抜けると、立派な椅子の脇に置かれたパイプの中から粉を取り出して試薬につけてみせた。
すると、試薬は真っ青になった。国見はそれをよく見えるよう明かりの下に置いた。
「私は、僕は……俺は……」
「……さっき言った様に、十闘士が返したいと望むのはやや不自然。でも、あなたはそれを強く望み、ここまでのことをした。だとすれば、あなたの動機は人間を元の世界に返したいとは少々異なるのかもしれない」
「なら……僕は、我は何をしたいんだ?」
「帰りたいんだ、元の世界に。あなたは本来この街にたまたま来ただけの漂流者。木のスピリットに適性を持ち、リンクドラッグやゲートの作り方の記憶という、必要なものを引き出せてしまったただの人間」
「いや、違う……私は、俺は! ただ……みんなのためを、思って……願って……十闘士らしく、十闘士だから……」
アルボルモンの姿が歪み、部分的に解け、中から人間の腕がちらりと覗く。そこにおびただしい注射の痕を見つけて、国見はわかっていても思わず眉をひそめた。
「……リンクドラッグが出回り出したのは最近だ。でも、併用されてた薬物なんかはもっと前から出回っていた。【役所】が手を出せないほど根深く……人間が薬漬けで生きている年数はそう長くはない、被害者は君だけじゃない筈だ。アルボルモンが今のキャラクターになったのは五年前、君より前のアルボルモンがこの計画を始め、君はそれを受け継いだ立場にある」
「私が人間? 十闘士の私が、弱く脆い人間? 人間は、庇護されるべき弱者で……私は、私は、十闘士。木の闘士……」
アルボルモンの口にする言葉は、国見に話しかけているのかどうかさえわからないものだった。
「歴代の使用者達も何かはスピリットに残していたのかもしれない。ほんの少しだけ残った正気、その片隅で思い続けた故郷への想いを……あなたはそれも継いでしまった。一千年の哀しみを」
「違う……おかしい……十闘士は、我々はそんなことを考えない? 確かに、彼の言うことは一理あり、でも……僕は神だ。木の闘士、皆を導く神、エンシェントトロイアモン……」
「十闘士は神を自称したことはない。王権さえ与える、人の上に立つ神であったのはルーチェモンだ」
国見の言葉に、プツンと糸が切れた人形のようにアルボルモンは膝をついた。それは、最後の一押しだった。
「お前は……光の王族の末裔だ。だからか? 虚言で私を惑わせ崇高な計画を狂わせようというのか?」
急に戻った声色に、国見は残念だと呟く。
「……僕は、光の民の王の末裔だけど、三千年前とは何もかも違う。ルーチェモンは人を導く意思を失い、恨みを向けるべき十闘士もかつての民も死んだ。何も知らない子孫の彼等に恨みしか知らない僕が復讐しても何も残らない」
国見の言葉を、アルボルモンは最早聞いてさえいなかった。
「そうか! お前は、直接十闘士に復讐できるこの機会が喉から手が出るほど欲しかったのだろう! そして、実行に移した!! 私も君の三千年を哀れもう!! 少々予定に足りないが、君も故郷へと送り返してあげよう!」
アルボルモンの姿の中にどれだけの歪が詰め込まれているのか、国見には想像できてもわからなかった。
ゆらりと祭壇に赴いてアルボルモンは手をついた。すると、地面が揺れ、祭壇が開き、さらに地面の中からケーブルが伸びてきてアルボルモンに突き刺さって地面へと引き摺り込んでいく。
そうして床は崩壊を始める。国見が咄嗟に階段まで戻ると床は完全に崩壊を始めた。
「ここは、広大な地下空間のほんの上澄みに過ぎないぞ、光の王の末裔よ! 魔王ルーチェモンの降誕を望むものよ! 我が真の姿を見よ!!」
そうして地下から現れたのは全身に砲門を持つ巨大な木馬だった。伝説に聞く木の闘士、エンシェントトロイアモン。
「私はゲートを開く!! お前も私も人間はみんなみんなみんなこんな世界にいるべきではないんだ!! 人の身ではデジタルワールドは過酷が過ぎる!! デジモンはそのつもりがなくとも容易く人の肉を裂く爪を持ち、人の弱さを解さない!! そんな中でまともな人は生き残れず異常者だけしか生きていけない!!」
アルボルモンはそう言い、国見は自分の髪を撫でる風を感じて天井を見上げると。小さな穴がそこにあって空気を吸い込み始めていた。
国見は潮時かとポケットから替えのイヤホンを取り出し、つけっぱなしだったマイクの電源をオンにした。
「ダルクモン、世莉くん、エレットラ!! 説得に失敗した。ゲートが開くぞ人々を避難させてくれ!!」
「今手が離せない!!」
ダルクモンは、そう言いながらシュラウドモンの拳を捌いて床を殴らせ、膝を顎に入れる。しかし、口の端から血を流しながらシュラウドモンは悦びに笑うだけだった。
「闘技場の客達は今警備のデジモン達が避難させているんですけど、賭け試合の選手の究極体が戦うのをやめようとしない」
世莉はそう言いながら、レディーデビモンの腕で倒れている客達を抱え上げた。
『それはまずいな……ゲートに飲み込まれるぞ君達』
「というか、ここに関係ないデジモンがいればゲート開かないと思ったのにどうなってんだよ」
『思っていたよりもアルボルモンがこの街を憎んでいたみたいだね。金儲けの手段にリンクドラッグや地下闘技場を選んだのも、もしかするとゲートの開き方さえも、この街への復讐の意味を含んでいた。ただ元の世界に帰りたいだけじゃなかったんだ』
国見の言葉に、世莉は首から下げたロケットをぎゅっと握った。
「私がゲートを……」
「なにしてるのぉ」
身体をレディーデビモンのそれへと変えようとする世莉の肩を、誰かが叩いた。
「このままじゃ危ないんで……」
振り返ったところにいたのは、カルマーの言っていた人相の女性。なかなかに攻めた服装で、黒いレザーのジャケットとパンツとの間はざっくりと分かれて腹に大きな縫い跡が見えていた。
「パートナーの手出しは厳禁よ。やるなら、パートナー同士でしましょ? 探偵さん」
女が拳を振り上げ、世莉の腹を殴る。明らかに人間のそれではないパワーに世莉は口まで胃液が登ってくるのを感じた。
「……どうやら、私も動けなさそうです。天青さん」
世莉は膝をつきそうになりながらそう呟き、その女を見た。
「やはり、あの警告もあなたが……」
「警告? もしかして、あの人にドラッグを呑ませたり打ったこと? それなら警告じゃなくて、お裾分けよ?」
「お裾分け……?」
「幸せのお裾分け。同じカスを愛した仲だもの、親友みたいなものでしょ? だから、彼女にも幸せになってほしくて」
あなたもいる? と、女はさも当たり前の様に太い注射器とそれにセットされた細長い機械を差し出した。
それを世莉は受け取ると地面に叩きつけた。
「……人の好意を無駄にするなって教わらなかった?」
女の肌の色がみるみるうちにシュラウドモンと同じ紫色に染まっていく。
「……お節介は無下にされると思って焼くのがいいですよ。自分自身の為に」
世莉の背中から黒くぼろ布の様な翼が生え、左腕にまとわりつく様に鎖が生じる。
「シュラウドモンのデータを移植して、私と彼は一心同体になったの。そう簡単には負けないわよ」
世莉を殴った拳から血を滴らせながら女は血走った目でそう笑った。
「ダルクモン。そっちってすぐどうにかなりそう?」
女との間合いを測りながら世莉はそう言った。
「……すぐには無理だな」
ダルクモンはシュラウドモンの乱打を受け流してこそいたが、少しずつ後退させられていた。
「こっちもやばい。多分、この人私が普通に反撃したら死ぬ」
「……どういうことですの?」
和ませようとしたのか、そんな風に言うダルクモンに、世莉は少し口元がもにょっとしたが無視した。
「……シュラウドモンがそっちで無事ってことは私みたいに電脳核を移植してるわけじゃない……彼女がシュラウドモンみたいに動こうとしたら、きっと移植してない骨とかがメチャクチャになる」
世莉は女の不慣れな拳や蹴りをなるべく受け止めながらそう答える。
「そうなる前に痛みとかで止まらない?」
ダルクモンの言葉に世莉は首を横に振る。
「多分、既に薬物をつかってる。痛みとか麻痺してるかも」
世莉がパンチを思わず普通に受け止めると、女の肘が変な方向に曲がった。しかし、彼女はそれを見て笑いながらむしろヌンチャクの様に振る舞ってくる。
あまりに痛々しく、まともな感性では正視できない光景だった。
「……シュラウドモン相手に何秒稼げる? 動き止められる?」
「一発攻撃を受けて返すだけならいける」
「それでいこう。世莉が止める、俺が仕留める」
「わかった」
世莉は、その女の足に鎖を絡ませると、後ろに回り込みながら引っ張って、顔から転ばせた。
そして、女が立ち上がる前にシュラウドモンのところへ全速力で飛んでいくと、ダルクモンの背後から顔に向けてレディーデビモンの足で飛び蹴りを仕掛けた。
「どけ、雑魚に興味はない!」
シュラウドモンが世莉に向けたパンチはダルクモンに放っていたそれと比べればあまりに稚拙な苛立ち任せの一撃ではあったが、それはlevel5までなら十分殺せる一撃。
しかし、それは世莉の足先に触れると急に力を失い、世莉の蹴りは勢いのままその腕を弾き、シュラウドモンの右肩に着地する。
「プ、ワゾン」
何かを堪えながら、世莉がそう呟くとシュラウドモンの右肩を思わずうめいてしまう程の衝撃が襲い、世莉の脚の皮膚が弾け、骨も折れて歪に曲がり果てる。
プワゾンはレディーデビモンの扱うカウンター技。相手のエネルギーを受け止めて自身のエネルギーを上乗せして返す。
世莉の脚は一時的にでさえシュラウドモンのパンチのエネルギーを保持することに耐えられなかったが、それでも充分だった。
受け止められるはずがないのに受け止めた状況と、想像だにしてない一撃に、シュラウドモンの身体はほんの数秒、完全に硬直した。
その隙に、ダルクモンが息を吐きながら一歩踏み込む。床を砕いて足が沈み、その歩みと共に放たれた掌底が腹に突き刺さる。
瞬間、シュラウドモンは体内をミキサーにかけられたような感覚と共に手加減されていた事実を悟った。殺すだけならいつでもできたのだ。次いでダルクモンが逆の腕をシュラウドモンの腹に突き刺すと、体内から破壊されたリンクドラッグのが幾らかの血と共に噴き出した。
そして、次の瞬間にはもうダルクモンはダルクモンの姿ではなかった。
ヒポグリフォモンの痛烈な後ろ蹴りが倒れかけのシュラウドモンの顔面に突き刺さる。鼻がめりこみ、角は折れ、シュラウドモンは何を考えることもできず脳を揺らされ沈黙する。
「人のなんとやらを邪魔するやつは馬に蹴られてなんとやらだ」
人間界の言葉だろとヒポグリフォモンは言う。
「それ邪魔するの恋路だけど……」
「マジか、間違えたな……」
そう言いながらヒポグリフォモンが世莉を見ると、折れた脚を投げ出し、長い腕は気絶した女がまた顔から落ちそうになるのを受け止めながら地面に倒れていた。
『ヒポグリフォモン、世莉くん、そっちの片がついたならこっちに来てくれ。おそらく、二人の力が必要だ』
「行くけど、世莉の脚とか死んでるし、こいつらの救助とかどうにかしねぇと……」
『リンクモン達が現着したって報告があったわ。すぐ向かわせる』
エレットラの言葉を聞き終えると、ヒポグリフォモンと世莉の前にリンクモンが閃光のように現れた。
「皆さんの希望の星、リンクモンが来ましたよ……って世莉さん!?」
「私はいいからこの人を……」
「一緒に運ぶこともできますよ?」
「世莉は俺が連れてくから大丈夫。さっさと行け行け、お前じゃシュラウドモンは運べないだろ」
ヒポグリフォモンに言われてリンクモンはえっほえっほとその場を去っていく。
それを見届けて、世莉に背中に掴ませると、ヒポグリフォモンは空中で器用に体勢を整え、地面に後ろ蹴りをして既に入っていたヒビに沿って大きく割るとその裂け目に世莉の服を咥えて飛び込んだ。
そして、割れ目を抜けた先で待っていた天青は、二人に天井に既に人が通れそうなサイズで開いているゲートを指差した。
「アレなら、私が閉じられる……」
『世莉、何をするつもりなの!?」
「……私がマスティモンというlevel6に進化して、能力でゲートを閉じます」
そう世莉は言って、ロケットを外した。
「……いや、世莉くん。君が閉じるゲートはここじゃないんじゃないかな?」
「どういうことです?」
国見の言葉に世莉は聞き返す。
「君は人間界へ行き、このゲートの出口を閉じた方がいいんじゃないかな。ここのゲートを閉じようとすれば、君は下に見えるエンシェントトロイアモンもどきと力勝負をすることになる。それでは勝てるわけがない」
事前の準備があるアルボルモンと、消耗した世莉ではどちらが有利というのは考えるまでもなかった。
「しかし、ゲートの先、人間界でならば、向こうは長大なマジックハンド越しに君と力比べをする様な形になる……と思う。もちろん、こちらで穴を開け続けるエネルギーも消費した上での戦いになるしね」
それなら勝ち目があるはずだと国見は言った。
「そんなことしなくても、俺があの魔法陣全部ぶっ壊せばいいんじゃねぇのか」
「それなら床を砕いて降りて来た時に既に止まっている筈さ。あのエンシェントトロイアモンもどきは伝承のそれと違い身体の各部に模様が刻まれている。床の魔法陣は計画初期の名残かなにかで、本命はおそらくあのエンシェントトロイアモンの身体自身」
『……でも、天青。それって世莉と別れるってことよ? そもそも、世莉は元々持っていた方法は身体に負担がかかるからやめたのよね。大丈夫なの?』
「まぁ、死んでもおかしくないですね」
世莉は焦るでも強がるでもなく微笑んだ。
「……それも僕が人間界に行くべきだという理由だね。この街では治療といえば天使型なんかによる回復だが、聖なるものアレルギーの世莉君には逆に毒。まともな治療ができる病院がこの街にはない」
だから人間界にいくしかないと国見は言う。そう聞けば、ヒポグリフォモンもエレットラも黙るしかなかった。
この街において病院とは国見の言うようなものがほとんど、他にある病院もこの街で信じられて来た民間療法を集めたもので、先に述べられたデジモンによる回復ありきの体制から発展したものだった。