「お邪魔します」
庭のフェンス扉を開ければ、ふわりとかぐわしいバラの匂いが体を包む。
初夏の暑い日差しと爽やかな風ふく晴れた日の心地よい空気は庭をさらに活気つかせているようだ。
「素敵なお庭、いつも気持ちよくてここ大好き♪」
バラを主に植えた、花々が咲く小さな庭を、ロゼモンが小さくスキップをしながら気持ちよさそうに鼻歌を歌う。
「いい返事がきけるといいな」
「絶対大丈夫よ!楽しみね〜♪」
「そうだな」
◇
「あら、かわいいお客さんが来ましたね」
小さなコテージのガーデンチェアで、1人の老婦人が嬉しそうに声を上げる。
バラの香りの風に、紅茶の華やかな香りと洋菓子のあまい匂いが乗って鼻をくすぐる。
「おばあちゃま、こんにちは」
「おばあちゃまこんにちは〜!いいにおい!」
「キクちゃん、ララちゃん、こんにちは。丁度お紅茶いれてるの。ちょっと待っててね、ケーキも持ってくるから」
コテージに上がった少年、台菊司(うてなきくじ)とロゼモンに、老婦人は笑顔を浮かべたままゆっくりと椅子から立ち上がるが、部屋の中からロードナイトモンが慌てたように顔を出した。
「スミコ、私が持ってくるから座っていたまえ」
「ありがとねえコテちゃん、お願いね」
「ごきげんようキク、砂糖は」
「ストレートがいい」
「ララ」
「きゃーっ♡ありがとうございます〜♡砂糖みっ」
「お前も手伝うんだぞ」
「エーッアエーッ!?わたしお客さマァーッ?!」
悠長に椅子に腰かけたロゼモンの腰に、ロードナイトモンの帯がギチギチに巻きつく。あっという間にロゼモンはそのまま部屋の中へと引きずり込まれた。
「あらあらコテちゃんたら」
「いいよ、ララとコテは師弟関係だし」
「あら、じゃあララちゃんにお手伝いお願いしようかしら、ありがとうねえ。そうそう、キクちゃん、最近学校はどう?」
「楽しいよ。最近テイマーバトルで仲良くなったやつがすごい面白いやつなんだ。1人はベルゼブモン連れてる女子で……」
紅茶とおやつが来る間に、キクジが話す近況報告を兼ねた話に、スミコは小さく頷きながら耳を傾ける。
キッチンでは、手際よく紅茶を入れるロードナイトモンが、皿を戸棚から出すロゼモンの止まらぬ会話に静かに相槌を打っていた。
◇
「でねっでねっ!ススムくんのギギ太郎ちゃんとパル四郎……あっデュークモンとブルムロードモンなんだけどね、紅茶おいし〜♡私が相手だったらやりづらいって言うけど、すっごい強くて〜!ケーキおいしっ♡でねっわたしねサンドリモンのシュシュちゃんとすっごいすっごい頑張って戦ったの〜!負けちゃったけど、みんなで頑張ったのよ〜!」
ロゼモンの口が止まらない昼下がり。
パウンドケーキを食べては喋り、紅茶を飲んでは喋り。
師であるロードナイトモンはうんざりとした様子だったが、スミコは相変わらず微笑みながら頷いて相槌をうち、キクジは静かにパウンドケーキを口に運んでいる。
「……前よりは頑張っているようだな」
「エヘヘ、師匠のおかげですよーう♪」
「だがまだまだだな」
「エェーン"ッ」
「ララちゃん頑張ってるのねえ。カッコイイわ」
「エヘヘおばあちゃまありがとう♡だーいすき♡」
スミコに抱きつくロゼモンにため息をつくロードナイトモンに、キクジは小さく笑いをこぼす。
「今度キクちゃんもテイマーバトルの大会に出るの♡おばあちゃまと師匠も来て欲しいな〜♪ねーキクちゃん♪」
「おばあちゃまが良かったら来てほしいんだ。どうせ母さん仕事で来れないし。あと今メンバーがもう1体欲しいところだから……コテがよければ俺たちのチームの指導役も兼ねて一緒に来てほしいって思ってて今日来たんだ」
「そうか……そう、ん?」
「あらま」
ティーカップを持ったまま停止したロードナイトモンに、スミコが嬉しそうに肩をぽんぽんと優しく撫でる。
キクジは冗談を言うタイプではないし、視線は至って真面目なもの。
期待を込めたロゼモンの熱視線が花弁越しにも分かる。
だが、2人の視線に、ロードナイトモンは顔を逸らして少し俯いてしまった。
長い間、亡くなったパートナーの妻であるスミコの騎士として付き従っていたデジモンだ。
孫であるキクジの頼みとはいえ、やはり自分が出かけた後のスミコが気がかりであった。
「コテが嫌ならいいんだ。おばあちゃまのこともあるだろうし、心配だからな」
「すまないなキク。……そうだな、……この話は」
「あら〜行けばいいじゃないコテちゃん」
重々しく断ろうとしたロードナイトモンの言葉を鶴の一声が吹き飛ばした。
「し、しかしスミコ、君が心配で……」
「大丈夫よ〜。私結構しっかりしてるし、そうじゃなきゃこのお庭はできてないでしょ?」
「だが……」
「コテちゃん、昔フジヒコさんと一緒にテイマーバトルしてたじゃない。強かったわよねえ。今話聞いててうずうずしてたし、せっかくのお誘いだから乗らないと損よ!キクちゃん、コテちゃんをよろしくね」
「スミコ!?」
スミコの独断に、ロードナイトモンはたじたじという様子で困惑していたが、しばらく頭を抱えて悩み……。
「……キク、私は厳しいぞ」
ため息をつきながら、再びティーカップに指をかけた。
「ありがとうコテ」
「きゃーーっ♡♡♡師匠ありがとうーーーっ♡♡♡♡うれしーーーっ♡♡♡♡」
「やめなさい」
感情の高揚に任せて飛びついたロゼモンを帯を駆使して引き剥がそうとするが、テンションハイになったロゼモン相手にどうにもならず再びため息がこぼれる。
多少、嬉しそうな様子を滲ませていることは丸わかりであったが。
スミコも朗らかな笑い声をあげるものだから、すこし気恥ずかしそうにしながらロゼモンの頭を優しく撫でた。
「俺のデジヴァイスへのリンク、おばあちゃまに送っとく。なんかあったらすぐ連絡するから」
「わかった」
「おばあちゃま優先でいいからな」
「助かるよ、キク」
「ううん、こちらこそありがとう。一緒に戦えるのが嬉しい。おじいちゃまに負けないくらい俺も頑張る」
「……楽しみにしている」
「師匠〜〜〜♡♡♡♡♡♡」
「離れなさい」
◇
「カッケェーッ!ロードナイトモンだ!」
「うちのおじいちゃまとおばあちゃまの懐刀だ」
「うおおかっけ〜ッ!はやくバトルしよッ!俺ギギ太郎出すから!ロイヤルナイツバトルしよ〜!!」
「いいぜ、今日は2マンセルバトルでいくぞ」
「よっしゃー!」
広い河川敷にあるフィールドにリアライズしたロードナイトモンの隣で、ロゼモンはニコニコと嬉しそうにステップを踏む。
対戦相手である同級生のススムが繰り出したのはデュークモンとジャスティモン。
先日話で聞いた組み合わせとは少し違うが、相手にとって不足は無い。
……久々のテイマーバトルだ、前日に少々張り切ってトレーニングしてきたがブランクを感じるような無様な戦い方はできない。
緊張はあるが、隣の嬉しそうなロゼモンの様子に、多少緊張が解れる。
「エヘッ、師匠と一緒なら百人力よ♡」
「油断はするな、落ち着いていくぞ」
「は〜い♡」
ロゼモンにもだが、自分に言い聞かせるように語り、肩の力を抜く。
セキュリティシールドが展開し、お互いが臨戦態勢に入る。
「コテ、頼んだぞ」
キクジの一言で、頭の中によぎる記憶。
思わず笑みが零れる。
帯をはためかせ、ロードナイトモンはどこからか取り出したバラを1輪、顔に寄せた。
「いざ、美しく!行くぞ!」
「はい!」
バトル開始の合図が鳴り響いた。
なんとなく進化前の名前でそのまま呼ばれ続けるのっていいですよね、夏P(ナッピー)です。
コテちゃんとかララちゃんって呼ばれることで昔はどんな風だったかが自然とわかるようになっていると言いますか。でも亡くなったご主人のパートナーがそのまま老婦人に付き従うロードナイトモンというのはなんだか素敵な気がします。……ロゼモンの師匠!?
のどかな世界観ながら、人間はいずれ死ぬんだ(=別れが来るんだ)ということも突き付けられて結構物悲しさも覚えますが、そんな中でも少年は他のデジモンテイマーと関わり合い、バトルして育っていくんだろうなという塩梅が心地良い。
「かっけぇロードナイトモンだ!」と言いつつ、そっちもデュークモンじゃないか! ロイヤルナイツバトルとはこれもまた浪漫。冒険や戦いに満ちた小説も勿論好きですが、こういったどこか穏やかな空気感もまた好みです!
それでは今回はこの辺りで感想とさせていただきます。