アポカリモンは数百年ぶりに夢を見た
狭い空間で小さく丸くなった自分
温かい羊水に満たされた空間で唯一命綱ともいえるへその緒を通じて栄養を与えられながら自分はプカプカと漂っているのだ
ここは誰の腹中なのだろう
そういえば人間はお腹の中で胎児を育てるそうだったな
我々デジモンは違う
デジモンは皆デジタマから生まれる。たまに自然発生で誕生するデジモンもごく稀にいる。
しかし何故?
何故自分は母親の胎内の記憶を見ているのだろう
『〜♪』
外から聞こえてくるのは恐らく子守唄
声の主は女性だろうか、優しく自分の腹を撫でながら愛情を注ぎ、すくすくと育つことを願いながら歌っていた
『私の坊や、早くあなたに会いたいわ』
この言葉にドクンとアポカリモンの心臓が跳ねた
自分が望んでいた言葉だ
誰かに愛され誰かに必要とされる存在がどれだけ願い欲しかったことか
アポカリモンはへその緒を抱きしめ頬を寄せる
無念の魂の集合体であるアポカリモン
怨念と悪霊が密集して常に誰かを恨み憎み、この世の全てを怒らねばならない存在である彼にほんの僅かな穏やかな時間が流れた
しかしこれは夢に違いない
ああ
これはきっと誰かの夢なのだろう
暗黒デジモンである自分が
こんなに愛されるわけがないのだから
『坊や、愛してる』
私もだよ、お母さん
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「アポ?どうしたの?何処か痛いの?」
ピコの声で現実に戻される
そうか、デジタルワールドでアバターを用いてスリープモードに入ってしまったのか
「やはり夢だったか」
一人で目覚めていたら絶望して苦しんでいたかもしれない。ピコがいるお陰で怒りの感情がだいぶ治まってきた
「ありがとうピコ」
「なぁに改まってさ」
「お前がいるから私にも平穏な日々を送ることができるのだ」
「アポは今、幸せ?」
ピコの言葉でザワザワと風が吹く
遠くの原っぱで誰かの帽子がはじまりの街の踏切を超えて飛んで行くのが見えた
何度も見た光景
ひと夏が始まり終わりを迎えたあの日を
何も無い世の中でさえも翼を羽ばたかせ
遠くまで飛んで行くことが出来る勇気を
そんな少年少女たちを見てふと思った
私もいつの日か…
「いや、私は幸せになるべきではない」
「アポ…」
「だがピコ、お前といる今がとても幸せだ」
「ピィ…/////」
どうしてもやるせなく
押し付け与えられた犠牲の人生
お前と私
ふたりならきっと、飛べるはず
𝑭𝒊𝒏