タイトルのイメージ

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お世辞にも金持ちが寝そうにないような、それこそきちんとした家具屋であればどこにでも売っている、作りこそ簡素だが、一流の材木で作られたベッドの上にも朝が来た。山吹色の、白熱電球とは似て非なる柔らかな光が、我と水色の少女の上に降り注ぐ。とはいえ、天蓋という名の蚊帳が僅かだが、陽光を閉じ込めているからか、そこまで眩しくはないだろう。これが普通の人間であればの話だが。この部屋の主である彼女は、いつものように海洋生物のぬいぐるみを抱きしめたまま眩しそうに目を細めている。毎回彼女は違うぬいぐるみを抱きながら眠っているが、今日はどうやら鮫のぬいぐるみを抱きしめているようだ。大人しくいつも一緒に遊んでいる露草色の甚兵衛鮫ではなく、気性が荒く時には人間さえも襲ってしまうというあの灰色の頬白鮫。そんな恐ろしい魚でさえぬいぐるみとしてデザイン出来てしまう外の人間達には恐れ入る。頭の中に蛆でも湧いているような輩が作っているのか、風の噂によれば、鮫や恐竜といった通常なら男の子が好みそうなモノ以外にも、古代魚や得体のしれない古代生物でさえ、外の世界ではぬいぐるみになるのだという。幸福を呼ぶ魚(シーラカンス)くらいならばまだしも、そこまで来ると我の頭が混乱する。眠っているこの変わり者の少女、レナータは喜んで飛びつくのだろうが。
この部屋の中にはどう考えても女の子には相応しいとは思えないような、海洋生物や恐竜のぬいぐるみばかりがある。その一方で、テディベアやらうさぎのぬいぐるみは一つもない。部屋の主は年頃の少女であり、我々の目から見ても十二分に美しいが、何故だかお洒落に気を遣うことはない。どうも動きやすく、飾り気のない服を好んでいるらしい。その割にはスカートの裾にフリルが付いていたり、膝下まであるワンピースやドレスばかり着ているが。本人曰く、これでも動き易いモノばかりを選んでいるつもりのようで、膝丈のスカートを好んで穿いていることも多い。だが、数日前にルナから買ってもらったという、黒に近い紺色のドレスを見た時には目玉が飛び出るかと思った。というのも、そのドレスはどう見てもお嬢様が着るようなモノだったからだ。まず、肩から胸元まで白いフリルで縁取られている。腰のあたりはリボンで飾られ、ドレスと同じ色のフリルがまるでフレームのように裾を縁取っていた。彼女曰く、カジュアルな服らしいが、他所行きか茶会の時に着るような服にしか見えない。スカートが膝丈だからという理由で、彼女は割と気に入っているようだが。その上、下着には常にズロースとスリップを着ていて、長いドレスを着る時などには、ペチコートにシュミーズという組み合わせになる。だからだろうか、色気や動き易さとは無縁だった。レナータからすればコレが普通、とのことだが、我々にとってはこの時点で何処が普通なのかが理解出来ない。ベッドの隣、部屋の隅にある素朴な木の衣装箪笥(ワードローブ)の中はそんな風に、清楚にしか見えないモノばかりで埋め尽くされていた。ハンガーに掛かった服ばかりではない、靴までも。横に長い箪笥の中にも、普段着という名の大量の他所行きが詰め込まれているが。当然、彼女自身がこんな感覚だからか、下着も靴下もその他の小物も全て清楚なデザインのものばかりだった。下着の中にはコルセットやガーターベルトも紛れ込んでいる辺り、彼女の服装はある意味で恐ろしく感じられる。服の色合いを気にしなければ。或いは少女らしくないその口調さえ無ければ。人形のように見えるのだが。一応、風でスカートがめくれた時にはしっかり恥じらう辺り、曲がりなりにも少女ではあるのだろう。恥じらう箇所はズレているが。
いつものように彼女は、ドアノブカバーにもよく似たナイトキャップを目深に被り、水色のネグリジェを着ている。布団の中からもぞもぞと起き上がると、寝ぼけているのか、我に抱きつきそのまま眠ってしまった。横目でクラシカルなデザインの淡い水色をした目覚まし時計を見遣ると、もう少しで七時を差そうとしている。秒針の音がこちらに向かってやってくる。ソレが十二を差した瞬間、けたたましい電話のベルにも似たような音が部屋中に鳴り響いた。後ろを見ると薇が解けつつある。同時にベッドの中から小さな少女がむくりと起き上がり、長い髪をさらりと揺らしながら目をこすった。
「ボク眠いよぅ……、クロ……」
「もう朝だ、起きろレナータ」
「やだよう……」
毎度のやり取りが今日もまた始まった。彼女は日光に弱いこともあり、朝が苦手だった。無理矢理ぐいぐいと引っ張って着替えを手伝うことさえある。今日もほぼ同じようにして一日が始まる。
我はベッドの上に普段着という名の外出着を用意すると、彼女の頭から急いでナイトキャップを外す。すると、中からするりと長い髪が出てきた。まるで海坊主のようにも見えるが、前が見えないこともあり早く髪を整えてやらねばならない。フリルが三段重ねになった藍色のスカートに、シンプルな白い丸襟のブラウス。彼女に青系統の色がよく似合うのは、髪色のせいだろうか。白いフリルのスリップを身につけているからか、ペチコートは要らない。スカート自体が膝丈というのもあるが。黒いフリルのタイツをガーターリングで留め、ベッドの下に揃えられている黒いストラップシューズを履き、レナータの一日が始まった。不機嫌そうに見えるがいつものことだ。
カーテン越しの陽光は、優しくブラン達を包み込み、こゆきの上に降り注いでいく。変わらず髪の両端は跳ねていて、ひょっとしたらブランみたいにぴょこぴょこと動かせそうだ。下の辺りはさらさらと流れるように、ふんわりと広がっている。羊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、楽しい夢を見ているのだろう。そんな笑顔だ。時折優しく羊さんを撫でているが、もう楽しい夜は終わっているのだ。そのうち前髪で隠れた、夜空のような藍色の眼がゆっくりと開き、布団の中に顔を埋めてしまった。ブランは力一杯、彼女に掛かっている羽毛布団を剥がそうとするが、それ以上の力で布団がくっついて離れない。まるで鴉が鳴き始める公園から家に帰るのを渋る子供のように。
「早く起きるでクル!ユゥリが朝ご飯作って待ってるでクル」
「……あと三時間寝かせてくれ」
「お昼になっちゃうでクル!」
「………」
物凄く嫌そうな顔をしながら起き上がった彼女は、溜息を吐きながら、
「邪魔しないで欲しかったな……」
オリーブ色の眼が半開きでそう訴えている。対して、藍色の眼は少しだけ目を瞑っていた。不思議な現象のように見えるが、こゆきにとってはコレが普通のこと、らしい。
薄い藤色のネグリジェをふわりと翻しながら、彼女は箪笥の中から白いブラウスと黒いサロペットを引っ張り出す。ブラウスには黒く、細いリボンが付いている以外は飾りが付いていない。でも、今まで着ていたものよりも柔らかそうな素材で出来ている。黒い、穴のないボタンを一番上まで閉めた後、サロペットを穿いた彼女は眠そうな目をして、今度は一番下の抽斗から黒いストッキングを手に取った。温かいかどうかは分からないが、気に入っているのは確かなようだ。ソレを履くと、黒い革の編み上げブーツではなく、紺色の、紐が交差したストラップシューズで部屋の外に出た。髪はまだ結んではいない。いつもはリボンでもみあげと後ろを結えるのに。今日はまだのようだ。
前を閉めてはいないものの、こゆきはブランが持ってきた薄い墨色のカーディガンを羽織っている。椅子の上にかかっていたのを持ってきたが、特に何も言わない。確かに廊下は隙間風のせいで少し寒い。
「ありがとう、ブラン」
藍色の眼がこちらに向かって微笑んだ。穏やかな笑みを見せるのはいつも左眼だけだから珍しい。この後槍でも降るのだろうか。それとも……。
使用人(ユゥリ)も含めての朝食が終わった後、俺はこっそりと愛車(ベヒーモス)を走らせる。レナータはまたクロやこゆき達と遊んでいるだろうし、バージルは怪我がある程度回復したからか、ユゥリに言いつけられた雑事を嫌そうな顔でこなしている。俺以外は各々居場所があるようで心底羨ましいし、妬ましかった。だが、楽しそうな少女達の邪魔はしたくない。おはじきの遊び方を目隠れの少女から教わっているところを少しだけ垣間見たが、水色の少女は初めて見る形の硝子玉に興味津々だった。ベッドの上に、飴玉にさえ見える色とりどりのおはじきを散らしつつ、きちんとルールを教わりながら遊んでいる。耳打ちという形でだが、クロが通訳をしているからだ。だからだろうか、レナータもこゆきも互いの言葉が分からないなりに楽しそうな笑顔を見せていた。ベッドの上には相変わらず、海洋生物やら恐竜のぬいぐるみが転がり、水色の長く美しい髪と藍色のフリルがふわりと広がっている。長い髪は王(ノエル)の許へ赴いた時とほぼ同じような髪型になっていた。これでフリルやリボンで埋め尽くされたドレスでも着て、ボンネットかヘッドドレスでも被せればますます只の人形にしか見えなくなりそうだが、本人は首を横に振るばかりだ。興味はあるようだが、自分には似合わないから、と諦めているようだった。それでも、彼女には可愛い服だけを着て貰いたい。だから、いずれは二つ結びが似合うような髪留めやらヘッドドレスを買ってやるつもりだ。生きているかどうか分からない程白く、とても大人しい少女には、頭の天辺から足のつま先まで、それこそ下着に至るまで可愛らしく在って欲しい。だからこそ上に着る服は勿論のこと、下着も可愛らしくフリルやリボンで飾られた、淡い色合いのものばかりを買い与えるのだ。本人もソレを半ば当然のこととして受け入れている。目が見えないから、というのもあるかもしれないが、日に日に可愛らしくなっていく彼女の姿を見るのは俺の楽しみの一つでもある。例えその笑顔がクロやこゆき達にしか向けられなくても、悲しくはない。お人形さんは硝子越しに眺めるだけで充分だから。
近くの街の広場までバイクを走らせ、開店したばかりの手芸屋の横にある狭いスペースにソイツを停める。ドアを乱暴に蹴り開け、先ずはリボンのコーナーへ向かう。どのリボンもテープ状になっていて、ソイツを好きなだけ切って買う方式のようだ。絹のように輝く白いやつ、生成色の麻でできていて一見すると紐にさえ見えるやつ、黒くて太い無難なやつ、水色やピンクのフリルがついたやつなどなど。沢山の種類がある。もう少し奥にあるミシン糸と同じかそれ以上にあるのではないだろうか。女の子の服に似合いそうなモノが殆どだが、彼女が喜ぶかどうかは分からない。俺は黒いリボンを選び、籠に入れた。太さは中くらい。フリルなどは付いていない分、どんなモノにも使える優れものだ。ドレスやブラウスは勿論のこと、ぬいぐるみの飾りやポーチなどにも使えるのは嬉しい。
リボンの次はボタン。細長い抽斗の中にそれぞれ、二つ穴、四つ穴、足付きのボタンが入っている。足付きは自由が利くだけあってか、子供用の服にも使える星型やカットされたダイヤなどに見えるやつなど、バリエーションが豊かだった。反面、二つ穴や四つ穴は材質や色、大きさくらいしか違いがない。それでも俺は四つ穴の黒いボタンを選ぶ。今、掌の中には予備も含めて八つある。隣にある足付きの抽斗からも、白い薔薇のボタンを四つ手に取った。真珠のように光るソイツは使い所が難しそうだが、何に使うのかは決めてある。ボタンもリボンも籠に放り込んだので、次は布地のコーナーへ向かおうか。
レナータという盲目の少女は、日頃からルナに可愛がられていた。そのやり方は傍目から見れば歪んでいるが、彼は全く気づいていない。ソレが正しいと思い込んでいるなら尚のこと。我の目から見たその光景はある種の狂気を孕んでいて、一言で言い表わすならば『キモい』。彼女は意に介していないどころか、割と満更でもないようだが。もしかしたら、彼の愛情には気づいているのかもしれない。そんなことを考えながら耳でおはじきを弾くと、
「ふっ……、後一歩のところだったな、惜しいぞ。まあ、次は取れるかもな。運に見放されていなければ、だが」
少女の声と共に、藍色の瞳が黒い笑みをこちらに向けた。ソレを見た水色の少女は、
「ボクは……、こゆきには負けない……!絶対に……」
「受けて立とうじゃないか!負けるつもりはない、精々全力を出すんだな」
年頃の少女二人が見得を切る。全く、童遊び如きに真剣になりおって。我は溜息を吐きながら、耳で菓子鉢の中にある、円い醤油煎餅を摘まみ取った。
こゆきの手元にもブランの手元にも沢山のおはじき玉があって、その全てがカーテンの向こうから柔らかく降り注いでくる陽の光で宝石のように輝いていた。ふとオリーブ色の眼の方を見遣ると、とても真剣な表情でおはじきを選ぼうとしている。一方で藍色の眼は少し苦しそうだ。前髪の僅かな隙間からでさえそう見えてしまう。元々、彼女の前髪は右眼を隠す程に長かったが、それでも少し前までは時々隙間からオリーブ色の眼が覗くことが多々あった。今はまるで兄さまとお揃いの色の眼を守ろうとしている。ソレが彼のモノではないのだと、後から解ってもこゆきは変わらず守り続けるのだろう。兄さまみたいだ、ときっと喜ぶから。
銀色の少女のか細い指が赤い硝子玉を勢いよく弾く。方向からしてクロの陣地だろうか。乾いた音を立てて、ぶつかった黄色いおはじきを手に取った。兎の顔を見ると、悔しそうな顔をしている。こゆきは何食わぬ顔でシンプルな、つるりとしたグラスに注がれたぶどうジュースを一口飲んだ。クロは涙を耳で拭いながら、もう一戦勝負しろと訴える。だが、
「諦めろ、お前達の負けは既に決まっている。我々の勝ちだ」
「ブラン達の勝ちでクル!」
「くっ……」
歯を食い縛るクロは拗ねてしまい、レナータの胸の中へと飛び込んでいった。ソレを見た彼女は、何も言わずに優しく白い手で抱きしめ、そのまま頭を撫でる。
「泣かないで、クロ……」
「ううっ……、うっ……。あんな小童共に、何故……」
少女の手は壊れそうなくらいか細いのに、温かくクロの頭を撫で続けていた。
俺が街から帰ってきた時、いつも通りに少女達は仲良くお茶会をしていた。茶色いチョコカップケーキや、砂糖をまぶしたワッフルといった菓子以外にも、テーブルには苺ジャムのビンと、二、三種類、蜂蜜のビンが置かれている。こゆきはカップケーキを美味しそうに摘まみつつ、ジャムのビンに手を伸ばした。そのままスプーンにソイツを一塊乗せ、小皿に置くと、今度は配られたティースプーンで柔らかく赤い塊を舐めとる。全て舐め終えた後に紅茶を口にすると、
「今回は少し甘味が強いな。別に苺ジャムが嫌いな訳じゃないんだが、たまにはママレードとやらを味わってみたいものだ」
「わーったよ、今度街で買ってきますよっと」
ユゥリはその後に、
「折角苺ジャム作ったのに……。自信作だったのになあ、泣けるぜ」
と独りごちた。隣にいるブランは両手でワッフルを美味しそうに食べている。四角いところを一つまた一つと小さな口で噛み、時折食べかすをこぼしながらにこにこと無邪気な笑顔を見せていた。陽はまだ高く、空には雲が一つもない。水色の少女は穏やかな笑みを浮かべながら、一口紅茶を飲んだ。茶色い兎の耳をその小さな手で撫でながら。
遂にやっちゃったス
フルコン曲のイメージ!
ネリと琥珀糖との二択で悩んだッス
ちなみにフルコンまで時間かかったのはこっちッス
次回は2話続けてまた東方の曲イメージッス!
よろしくッス