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晴れ渡る空が森の外ではどこまでも続いているのだろう。この森の中に、木漏れ日は届きこそすれ、青空も雲も、見ることは出来ない。我々が住まう番屋から程近い川のほとりには、血のように紅い彼岸花の絨毯が広がっていた。とても美しい光景であると同時に、何処か恐ろしくも感じられるが。傍にいる小さな少女マリーは花畑の中で歌い、踊りながら遊んでいる。細く短い二つ結びを揺らしながら、いつも通りに頭巾(フード)を被り、作務衣(エプロンドレス)のフリルを靡かせるその様は、普段全く子供らしいところを見せない彼女が見せる、数少ない子供らしさでもあった。
私は足元にある魚籠を持ち上げ、水面のすぐ近くに移動させた。少しだけ深い水の中に活き餌を付けた釣り針を投げ入れ、魚が来るのを待つ。この釣竿にはリールなどという便利なモノは付いていない。簡単に釣れる反面、射程は短い。その上、一度に一匹しか釣れないこともあり、効率は悪い。補助としてマリーがビンドウを数箇所に仕掛けているものの、獲れる魚の数は然程多い訳では無かった。早朝から夕方まで続けてもノルマに届かないこともあるにはある。それでも、食用になり得る魚が捨てる程いるこの川は、我々にとって無くてはならない場所だ。
陽の光が真っ直ぐ、木々の間に差し込みつつある頃、マリーと私は持ってきた鞄を開けた。中にあるのは二人分の水筒と、四つの握り飯。私の水筒は焦茶色で、マリーの水筒は桜色でフタの部分がコップになっている。彼女のソレは肩からかけられるように太い紐が付いていた。この握り飯は料理が不得手な彼女が初めて成功させた、今のところ唯一のモノ。少し前に無茶をしてまで買った、塩と紫蘇だけの少し高い梅干しを鰹の削り節と混ぜて潰したモノの味がする。当然、真ん中に丸くて大きな梅干しが丸々一つ入っているということはない。飯の隅々まで梅干しの酸っぱい味がするのだから。漬け込む時、紫蘇の量が少なかったのか、色は赤茶色をしているが、塩辛い味よりも酸っぱい味の方が優っている。こんなに美味いのに、この小さな少女は梅干しの存在を、ここに来るまで知らなかったようだが、味見はしたのだろうか。
「マリー、コレを作る時、味見はしたのか?」
「ああ、したさ。今まで食ったことない味だったぜ?ビネガーより酸っぱい気もする。でも悪くなかった。たまになら食っていいタイプの味だな」
そう言って彼女は歯を見せてニヒヒヒと笑った。
「なら良いんだが……」
彼女の言う通り、ラップで包まれた握り飯を一口食べてみたが、飯の僅かな甘み以外は殆ど梅干しそのものの味だった。鰹節の味と食感はあまりしない。彼女自身は海苔の存在を知らないのか、海苔を巻いてはいないので、半分くらいまではラップの助けが必要となる。形そのものはマリー自身が不器用なのか、それとも何かおかしな勘違いでもしたのか、私がよく知る三角の握り飯ではなく、最早ただのボールにしか見えない。野球のボール大という大きさもあってか、少し食べづらい。
少し強い風が葦原を靡かせ、私達が座っている茣蓙を飛ばそうとしている。だが、錘(おもり)の代わりにこそならないが、こちらには釣りの道具が入った箱や魚籠、ステンレス製の水筒などといった強力な味方がいるのだ。ただの風如きで飛ばされる程ヤワではない。風の所為か、少女のスカートも捲れてしまっている。胡座をかいている上、下にズロースを如何なる時でも穿いているからか、そこまで恥じらってはいないようだが。スカートから見えるスリップの白いフリルも相まって本来なら可愛いと言うべきところではあるのだろう。しかし、本人の性格もあってか、可愛さよりも豪快さの方に軍配が上がってしまう。せめてもう少し女の子らしく座って欲しいと思う。
「なあ、レオモン」
私の心配をよそに少女が問うてくる。
「ここへ来る度に思い出すことがあるんだ」
「何をだ?」
「私達が初めて会った時のことだよ」
見渡す限り真っ暗な空、氷のような冷たい色をした岩ばかりの川辺に私は立っていた。いや、その時の私は立っていたと云えるかも怪しい。その時の私には形がなかった。つまり、私は一度死んで魂だけの状態になっているのだ。どうやってモノを見ることが出来ているのかは分からない。どうして冷たい風の音が聞こえてくるのかは分からない。何より、私はここに独りきりだ。何一つ分からないまま、私は彷徨い続けていた。自分の名前は呼ばれてこそいないが朧げに分かる。年齢も分かる。故郷の村の名前も。何一つとして持たない魂(モノ)でも、泣くことだけは出来たのだ。冷たく寂しい風だけを浴び続けるうちに、私は一つの何かを見つけた。
近づいてみると、先端が削れた石柱のすぐ傍には仕立ての良さそうな白い服を着た少女が倒れている。しかし、彼女の髪はボサボサで、松葉色の目は透き通った硝子のようだ。触れることさえ出来ない、フリルの膝丈のワンピースは薄らと透けている。艶やかな花の色をした唇と頬。私は確信した。コイツは只の人形なのだ、と。まるで引き寄せられるように、私はソイツの唇に触れる。すると、次の瞬間、私の視界は人形のものになっていた。視界だけではない、手も足も動かせる。意図しない形とはいえ、私は自分の躰を再び手に入れたのだ。ソレも、生前はどんなに欲しいと思っても叶わなかった、美しい躰を。早速、覚束ない足取りで歩いてみる。千鳥足とさえ呼ぶのが憚られる程無様な形で歩くが、裸足だからか、足元の尖った小石の所為でバランスが崩れそうになる。立ち止まったその時、水面を覗き見ると、そこには小さな少女がいた。目の中にはぼんやりとだが、露草色の花が浮かんでいる。底は黒いが、ゆっくり手を浸してみると水そのものは澄んでいることが分かる。生きているものは岸辺にも、川の中にもいない。只、静かに底なしの闇だけが広がっていた。私は呆っとしつつ、その中に足を踏み入れた。嫌な声が聞こえてくる。悍ましく、地の底から獣が唸るような声。恨み辛み。他にも良くないものが声に乗せられ、聞こえてくる。それでも良かった。ここに独りでいるのは辛かったから。不思議なことに、その闇の中にはするりと入り込めてしまう。左手以外の全てが沈み込み、改めて目の前を見ると、見えにくいものの、黒くて細い人間の手が私を取り囲むようにして蠢いていた。逃げることなど出来ないし、そもそも逃げようとも思わない。そのまま意識をコイツらに委ねようとした時、私の左手は誰かに引っ張られていた。私がそのまま目を閉じた時、
「呑まれるな!まだその時ではない‼︎」
いつの間にか私の躰は岸辺に戻されていた。目の前には生前、一度だけ動物園で目にした、大きな獅子の顔に、筋骨隆々な人間の男の躰をくっつけたような奴がいる。私はソイツをぼんやりと見つめていたが、彼は何をするでもなく私の手を取って歩き出した。片手には短めの剣を持っているが、脅そうとはして来ない。ただ、静かに、私の目に語りかけてくるのみだった。
「危ないところだった……。もう少しで君は呑み込まれるところだったんだ……」
「あン中に呑み込まれるとどうなるんだ?」
「……二度と戻ることは愚か、再び生まれ変わることが出来なくなる。例え、人間だったとしても、な」
「別に、私は焔に灼かれて死んだんだ。それに生きててもしょうがなかったんだし、二度目の生なんて今更……」
「……私も一度死んだ身だ。何故ここにいるのかは思い出せない。ここに来る前、紅い光を浴びたことだけは唯一思い出せるのだが」
「……紅い、光?」
「私にも詳しいことは分からないが、アレは良くないモノかも知れん。不用意に触れない方がいいだろう。風の噂では、外の世界から流れ着いた紅い石が発しているとも、魂に直接語りかけてくるとも言われているが。しかし、君も……。灼かれて死んだ、と言ったな?遠ざかる術もあったろうに」
「あんたこそ……。私の生まれ育った村が奴らに灼かれて何処にも逃げ場が無かったんだよ‼︎教会から飛び降りて逃げようとしたけど、無理だった……!」
「逃げ場などなかった、か……。私も同じだ。人形のように力という名の糸で踊らされていた彼の手で、な。死など一瞬だ。哀れな奴だったよ、アイツは」
「……そっか、そうなのか。あははははは‼︎あはははは‼︎あんた、ソイツに関わらなきゃ良かったんじゃねえの?私だったら逃げるけどな?」
「……お節介になろうが、反駁されようが、何だろうが、彼には悔い改めて欲しかったのだ。それに、動き始めた歯車は、錆びつくか歯が折れるか、擦り切れなければ止まらない。お互い、歯車がそこで錆びついただけの話だ」
尖った小石が転がっているだけの、何もない殺風景な岸辺を歩いていくと、少し大きな岩の上で眠っている黒い仔猫を見つけた。ソイツは欠伸をしながら、二股に分かれた長いしっぽを振った。私達と目が合うなり岩の上から降りて行ってしまったが、同時にどこかへ去ろうともしている。仔猫を追いかけたその先には、山吹色の、どこか懐かしく感じられる、温かな光が満ちていた。仔猫はその中に飛び込み、それっきり行方が分からなくなってしまった。私達も光の中へ飛び込み、次の瞬間、目の前には緑の草原と青空が広がっていた。
「で、あんたが森に住もうって言ったんだよ、レオモン。目的が何なのかは分かんねえけどさ」
「……目的は、紅い光の中で知ったことと少しだけ関わっている。ソレはな……」
彼は私にそっと耳打ちした。余りにスケールが大き過ぎて変な声が出てしまったが。
「……紅い光は、人も我々も狂わせてしまう。だからこそ彼が必要なんだ。無論、私も出来る限りの力添えはする」
のんびりと昼食を食べている我々の元に足音が近づいてくる。片方は小さく、もう片方は大きな靴音だ。名もなき草たちを掻き分け、時には踏み潰しつつ近づくその音は、私よりも大きな何かの存在を感じさせた。懐かしいような、そうでもないような。けれども少し優しい音だった。やがて、音が止まり振り向くと、五つの紅い眼と、二つの黒い眼がこちらを見つめていた。黒ずくめの懐かしい顔の傍らには、高い位置で、長い髪を黒いリボンで二つに結んだ薄水色の髪の少女と、彼女の腕の中にはぬいぐるみのような茶色い兎がいる。彼女は黒い帽子を被っていて、着ているワンピースは紺色のフリルで裾が縁取られている上、スカートからは白いフリルがチラリと見える。黒いニーハイソックスには薔薇のレースがあしらわれていて、ソレを同じ色のガーターベルトで吊っていた。それも素っ気ない代物ではなく、派手な装飾が施されており、見た目が幼い彼女には勿体無い位大人の色気が滲み出ている。彼女は黒く大きな腕をぎゅっと掴み、怯えた目でこちらを見ていた。彼女よりも大きな三つの眼は怯え、涙さえも流しかけている。正気に戻ったのだろうか。
「ルナ……、どうしたの?」
「レオモン……!何で、何でお前が生きてるんだよ⁈俺がこの手で一度は殺した筈なのに……!」
「……久しいな、ベルゼブモン」
名を呼ぶと、彼はその場に頽れ、泣き出してしまった。紅い眼の少女の声さえも届かず、その叫びは森の外まで響き渡っていた。
「私はお前を責めるつもりはない。死んで償えと言うつもりもない。ただ、一つだけ頼みたいことがある」
彼は顔を上げ、慈悲を乞うようにして、
「恨み言の一つも言わねえのかよ……。アンタは優し過ぎる……」
「勘違いするな、私はお前を赦すとは言っていない。だからこそ、その力を利用させて貰う。それで手を打とう」
彼にとっては余りに不利な内容かも知れない。だが、傍にいる小さな少女と仔兎の存在は、彼が以前よりもずっと優しくなったことを示していた。
「頼む、コイツら二人には手を出さないでくれ……!特にコイツは、レナータは目が見えねえんだ……。それに、クロだって弱い。俺はどうなってもいい、けど、二人には……」
「ルナ……、駄目……。あなたは、ボクの……」
目の前の彼は大粒の涙を流しながら、優しく少女の髪を撫でている。恐らくは、彼女の服や靴も彼が用意したのだろう。真っ当な方法で金を稼いでいる可能性は限りなく低いが、彼女を大事に思っていることは伝わってくる。
「ルナ、怖くない、よね……?」
「俺がいるんだ、怖がらなくていいぜ……?お前を苛めるやつは皆、皆……」
特有の危うさこそ残してはいるが、これでかつての悪魔が心優しき戦士として生まれ変わったことは証明された。今の彼ならば喜んで力を貸してくれるだろう。
腐れ縁の獣人から聞かされたのは耳を疑うような内容だった。量子の世界の各地で紅い光の存在が見られること。それが幽世でも、地上でも。同時に、世界各地で紅い宝玉が発見され、その光を浴びた後は、一時的な奇跡の後に、必ずそれを上回る破滅が訪れるという。
「紅い宝玉のせいで滅んだ国もあるそうだ」
「……んなことが⁈嘘だろ⁈」
「私にも原因は分からない。ただ、少なくともお前は影響を受けていないからな。それに、あの紅い光は特定の者達には効果がないそうだ」
「俺を利用して、毒を以て毒を制すって魂胆が見え見えだぜ?まあ、あのクソ王に近々聞いてみるさ」
「……本当か?」
「アンタの頼みだ、断る訳にもいかねえからな……」
少し呆れ気味に、俺は渋々協力を申し出た。この談義が終わったところを見計らったかのように仔猫の鳴き声が聞こえ、同時に草同士が擦れる音がした。ソイツの群青色の眼と一瞬だけ目が合った気がしたが、気の所為だろうか。
DWに異変が起きていると分かっちゃう回ッス
死亡フラグの聖人っぷりが分かる回でもあるッス
この紅い光でおかしくなった人も沢山いるッス
鉱石って形で発見される分、タチ悪いッス
だって、アクセサリーって形で売り出されたら……
次はポップンの曲イメージ回ッス
よろしくッス