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こゆきの部屋にもう一つぬいぐるみが増えたその日は雨だった。少し前に買って貰った羊さんのぬいぐるみ以外にも、彼女は何もない机を飾る為のインテリアとしてぬいぐるみが欲しかったのだという。
「羊さんにもお友達がいなきゃ、でしょ?」
とも言っていたので、羊さんのお友達づくりも兼ねているのだろう。ブランもその中に入りたいが、ぬいぐるみ達はお喋り出来ない。なのに、何故枕元に置いているんだろう。ブランの頭にはハテナマークが浮かんだ。
パステルカラーの黄緑色の傘を差したこゆきが、古めかしい門の扉を押し開けようとした時、突然大きな音が聞こえてきた。ゴロゴロというとても嫌な音が耳に入ってくるのだ。
「今日はやめた方がいいんじゃないでーすか?」
「売り切れ必至の大人気ぬいぐるみがあるから今日じゃなきゃ駄目‼︎」
怒りにも似た強い調子で彼女はそう言った。フードから覗く薄い銀色の髪は、既に先の方がリボンごと濡れているし、薄い藤色のレインコートは斜めに降り注ぐ雨と暴風のせいでふわっと捲れ上がっている。これでスカートだったら危なかっただろう。スミレ色の長靴も、泥濘を歩くには丁度いいが、少しサイズに余裕があるからか、たまにストッキングの方にまで冷えた汚水が飛んでくる。それでもこゆきはずんずんとなだらかな丘を下っていく。
目的地は森を抜けた先にある大きな街、フィニアの文房具屋さんだ。普段なら昼間であっても、乗り物として便利に使えるデジモンのレヴィを呼んでから行くのだが、今日は雨だからかこゆきの力が弱まってしまう。唯一の救いは太陽が照り付けていないことだろうか。こうなってしまえば彼女は心が読め、ナイフを扱うのが他の人より上手いだけのただの人になってしまうから。それでも死なない辺り、彼女には『兄さま』がついているのかもしれない。いいことばかりではないものの、彼女にとっては傍にいてくれるだけで嬉しいのだろう。時々様子がおかしくなったり、偉そうに喋ったり、男の子みたいに丈の短いズボンを穿くようになる、といった変化はあるが。今だってそうだ。レインコートの下は七分袖の白いブラウスに濃紺の短いサロペットなのだ。グレーのストッキングはガーターリングで押さえ、それは太腿のところに少しだけ食い込んでいる。目立ちにくい黒ということもあり、『兄さま』がこの場にいたらどんな反応をするだろうか。やはり、怒られるのだろうか。それとも……。
森の中に咲いている花達は皆蕾ばかりで、いつもなら元気そうにしている茸達もなんだか落ち込んでいるように見える。背の高い木の葉は尖っているものばかりで、クリスマスツリーによく似た木が森を構成しているようだ。途中、切り株ばかりで開けた広場のようなところがあり、その向こうには優しいレモン色の灯りがついた小屋があった。家の目と鼻の先には、斧が刺さりっぱなしの切り株や、積まれた薪が幾つもあって、その前には少し錆が目立つブリキのバケツや三、四つくらい樽がある。そのうち一つは酷い壊されようで中身が空になっていたが。玄関に繋がっているであろうドアの隣には、大きなスコップが立てかけられている。屋根も含めて、この小さな家はどうも丸太で出来ているようだった。あんなに円いものをよくもまあ器用に組み上げられるものだ、とブランは不思議に思った。
再び獣道に戻ると、途中から石畳の道に変わっていた。泥で汚れていて、浅い溝には雨水が流れ込んでいるが、空の色よりも濃い灰色の地面がそこにはあった。
「漸く、件の店に行けるのか。思ったより短い道のりだったな」
こゆきは少しだけ安心したように、そう呟いた。ほんの少し風でゆれた前髪からは藍色の冷たい目が見えている。だが、その眼差しは何処か楽しそうだ。彼女はレインコートのポケットから一枚のメモを取り出し、暫く見つめた後、真っ直ぐに走り出した。霧の中、朧げに見える時計台はもう少しで三時を指し示す。だから、大丈夫だろう。
「こゆき、待ってクルー‼︎」
彼女を追いかけた先には文房具屋があった。それも、年頃の女の子が好きそうなノートや鉛筆、ペンに消しゴム、鉛筆削りに便箋以外にも沢山のぬいぐるみがある。濡れてぼやけたショーウィンドウには仔猫や仔熊、小鳥といったオーソドックスなものから、羊や寝そべった牛といった変わり種もある。よく見ると、端っこの方にはメンダコやイルカ、クマノミ、クラゲといった海の生き物がいた。どれもこれも、本物そっくりという訳ではなく、ぬいぐるみらしく、女の子が抱っこしても違和感がないようにデザインされていた。小さなステンドグラスがはめ込まれた扉を彼女は開け、ブランもそれに続いた。
黄緑色の傘は外の傘立てに置いてあるので心配は要らないものの、レインコートは濡れたままだ。ナチュラルで落ち着いた内装の店内には、パステルカラーの文房具や子供がすぐに飽きそうな安っぽい玩具、女の子が好みそうなぬいぐるみ。こゆきとブランだけだからまだいいとはいえ、生前の私がこの二人を連れて入ったら周りから訝しげな目で見られていただろう。店の中には客が少ない。目立つ客はこゆきとブランだけで、他の客はノートか何かを見ている者が一人いるくらいだ。レインコートを着ているからそれなりに軽減出来ているとはいえ、やはり雨の日は動きづらい。人間の少女に無理矢理取り込まれたことがおかしな意味でプラスになるとは。自嘲気味にそう考えながら店内を歩いていくと、こゆきが棚の真ん中辺りで立ち止まり、一つのぬいぐるみを手に取った。それは薄青緑(ミントグリーン)の小鳥。つぶらな焦茶色の瞳にレモン色の柔らかく小さな嘴。まるで太古の賢人か老爺の髭にも見える、白い腹回りの毛。あの羊程ではないが、クレーンゲームの景品になっていてもおかしくはないデザインだ。丸っこくころころとしている割に、頼りない二つの足がついているそれを、彼女は両手で抱えながらレジへ持っていった。小銭入れをもう一つのポケットから出し、四枚の大きなコインをトレーの上に置くと、丁度というわけではなく、ほんの少しの釣り銭として銀色のコインが二枚だけ返ってきた。
何故かは分からないが、店員の女は親切にラッピングまでしてくれた。桜色の可愛らしい五弁花が散らされた包装紙が透明なテープで留められ、表は花形のリボンで飾られている。少女はそれを大事そうに抱えながら外へ出た。再び黄緑色の傘を差し、フードを被りながら嬉しそうな顔をして。
店に入った時よりも雨足は強くなりつつあった。その上勢いも増している。人影は疎らで自転車はおろか、車などの乗り物さえ殆ど見かけない。まるで街全体が眠ってしまったようだった。傘の中に入っているブランはまだいいとして、私の場合は風邪を引くだけでは済まないだろう。足早に、水溜りの上を跳ねるようにして、私はあの小さな小屋へ向かった。
あれ程綺麗だった包みは止めどなく降り注ぐ雨で濡れてしまい、ボロボロになっている。持っているだけで気持ち悪く感じられるので、ビリビリに破き、道端に捨ててしまった。過剰包装というやつだろうか、ビニールの透明なフィルムでラッピングされていて、買ったぬいぐるみが見える。ソレは森にいそうだが、自然界にいる小鳥はこんな風に丸くはない。仮にこんな小鳥がいたら、啄む力さえ弱くて即座に絶滅するだろう。
獣道を外れたその先に、温かみのあるレモン色の灯が見えた。こゆきとブランはすぐさま扉の前まで走り、三回ノックをする。
「ごめんくださーい!」
「クル〜」
扉の中から出てきたのは十歳前後に見える幼い少女だった。亜麻色の、腰まで届きそうな長い髪の一部を結わえ、松葉色のエプロンドレスを着ている。頭には頭巾(フード)を被っているが、左端には偽物の木春菊(マーガレット)の花が飾られていた。目の色はオリーブよりも澄んだ深緑だが、中には露草色の五弁花がぼんやりと浮かび上がっている。
「雨宿りでもしに来たのかい?ここまで歩くの大変だったろ?大した持て成しも出来ねえが、ゆっくりしてってくれよな」
目の前の少女はニカっと歯を出して笑い、こゆきとブランを小屋の中へと通した。
ログハウスの中には囲炉裏があり、その前には二人分の座布団と一人分の円座がある。天井からは裸電球がいくつか吊り下げられ、室内は随分と明るくなっていた。自在鉤にかけられている手鍋の蓋は閉まったまま、囲炉裏そのものに火はなく、灰ばかりが積もっていた。狭いがこの際文句は言えない。私は円座に座ってブランを膝に乗せ、少女が出してくれた番茶と、漆塗りの器に載った饅頭を頂くことにした。私は器から白い饅頭を手に取り、もう一つの茶色いのをブランに渡した。ほんの少しだけ口にしたが、ひとつまみ分の欠片でさえも口にすると甘く感じられる。だが今の私には分かる、これは心地良く舌を楽しませてくれる類の甘さなのだと。柔らかな餡子の甘さと皮の滑らかさが相まって、見事な調和を生み出している。これほど私の舌を唸らせた菓子は久々だろう。私の顔にはいつの間にか素直な笑みが出ていたようだ。膝上にいるブランは、ひょっとしたら私以上に美味しそうな顔をしながら茶色い饅頭を頬張っていた。飲み込んだあとは全て食べ終えたのか、湯呑みに手を伸ばそうとしている。二つあるうちの一つ。取手などついていない、少し薄い土の色をした肉厚のそれを彼女は覗き込んでいる。水面は緑色の抹茶が降り積もり、底の方に溜まっている。周りは黄色を濃くしたような色。私とこゆきは飲めるが、ブランは嫌がる類のものだ。彼女は両手でソレを掴み、ゆっくりと飲み干していく。予想通り、かなり嫌そうな、苦虫を噛み潰したような顔をしている。それでも半分くらい減っているところを見ると、これでも頑張った方なのだろう。
「偉いぞ、ブラン」
私はブランの頭を優しく撫でた。彼女は嬉しそうな顔をして、
「クル!」と座ったまま返した。
ずぶ濡れになった客人に出した菓子と茶はすっかり空になっていて、二人とも満足しているように見える。ソレを見た私は気分が良くなって、
「もっといるかい?」
と尋ねた。くすんだ銀の髪をした少女は、
「お茶のお代わりを少し貰おうかな」と返す。
美しい前髪の隙間から覗く藍色の眼は、凪のような穏やかさを見せていた。表面上は彼女としても機嫌がいいのだろう。だが、その奥底に見てはいけない何かが蠢いている。私にはよく分からないが、怒り、狂気、嫉妬などの良くない感情が混じった何かが閉じ込められているのだ。気のせいか、と思いながら、私は空の湯呑みを盆に載せた。
茶を淹れたばかりの湯呑みはほかほかと湯気を立て、私の周りにだけいい匂いを漂わせている。客人の目の前にソレを差し出し、彼女はソレを手に取った。私は白いのを膝に乗せ、薄青緑の小鳥のぬいぐるみを愛でて遊んでいる彼女に尋ねる。
「お前さん……」
「何だ、私の顔に何か付いているのか?」
「違う、眼だ。お前さんのその眼、生来のモンじゃないんだろ?」
「よく分かったな……」
隣の少女は驚いた顔をするが、すぐにニヤリと笑って見せ、
「だが、お前の眼も……。お嬢さん、一度お前は死んでいるんだろう?眼の中を見れば分かる。何かが浮かんでいるということは、死人かヒトの身を捨てた何かか……。ソレ以外は有り得んだろう」と返した。
「そうだな、この躰は仮初のモンだ。私が昔住んでいた故郷の村は一度灼かれてるからな。でも、私はコレで良かったと思ってるよ」
「何故だ?」
「前の躰は癖っ毛だったから、オシャレさえ自由には出来なくてね。髪型一つ、セットするのに苦労したのさ」
「なるほどな……」
確かに彼女が言う通り、この少女の外見は全て人間という枠を超えていた。髪の艶、肌の色、眼の色。こゆき以上に白く、ヒトとしての温かみを感じられない肌。いかなる時も同じ形に流れるように出来ている髪。よく見ると、眼も僅かに瑕が付いている。分かりづらく、明るい光に晒さなければ視認出来ないものだが。服は、十九世紀の幼い少女達が着ていたようなエプロンドレスで、実用性よりも可愛らしさに重点を置いている。被っている頭巾のせいか、田舎娘にも見えるが、あちこちを縁取るフリルがそうではない、と告げていた。
「何故そんな服を着ている?他にも動きやすい服はあるだろうに」
「なあに、コイツは作業着みたいなモンだよ。普段着も部屋着も別にある。よそ行きも、な」
彼女が言う通り、辺りをよく見渡せば、畳まれた布団のすぐ側に桐の箪笥がある。その中に衣類や小物が入っているのだろうか。箪笥の上にはやけにカラフルな厚紙の箱が二、三個積まれている。大きさからして靴か何かだろう。
「しかし、そんな可愛らしい服を汚していいのか?」
「コイツはその為にあるんだ」
少女がエプロンを指差して言った。確かに白いエプロンだけなら汚していいのだろうが、作業着と呼ぶにはあまりにもガードが甘い。よそ行きとしても充分に通用するだろうに、勿体無い。
窓の外を見たが、雨は未だに止まない。この家の主はこんな天気だというのに買い出しに、近くの街へ出掛けていってしまった。壁にかかっている時計を見ると、四時半ぐらいだろうか。まだそこまで暗くなっている訳ではなかった。少女の膝にいる白いのは、眠ったまま目を覚まさない。彼女は穏やかな目でソイツのことを見つめ、頭を撫でている。ぬいぐるみは変わらず彼女の隣にあった。彼女に寄り添うようにして置かれている。囲炉裏からある程度離れていて、火が付いていないのが救いだ。これなら仮に落ちたとしても灰をはたくだけでいい。時折片手で撫でられているそのぬいぐるみは、心なしか嬉しそうに見えるが、撫でている本人は少し不機嫌そうな顔をしている。納得できなくもない、窓の外は雨音がするばかりで他の音は何もないのだから。ラジオでも点けようかとスイッチに手を伸ばした瞬間、後ろから声が聞こえた。
「信じろ、と言うのか?」
「何を?」
「お前が言ったこと全てだ」
「信じるかどうかは自由だぜ?まあ、私は本当のこと以外何も言ってねえけどな」
ソレを聞くと、彼女は妖しい笑みを浮かべ、
「なら、私が『助けを求めている』と言ったら、本当だと信じてくれるのか?」
「ん〜?見たところ、お前さんそこまで不自由してるようには感じられんが。寧ろ、ある意味姉ちゃんの中で愉しんでるように見えるぜ?」
「何だと⁈」
「大方、予想だけどその姉ちゃんに『飼われてる』みたいだからねぇ。お前さんは右眼以外使えねえけど、姉ちゃんと感覚共有してんだろ?それにお前さんはまだ死んだって決まった訳じゃない。はは、良かったじゃねえか。こっちとしても危ねえところだったんだ、姉ちゃんじゃなけりゃ危うく追い返してたとこだぜ」
「………」
「まあ、普通はこんなとこ来ねえだろうけどな。しっかし、お前さんも悪趣味だよなあ、こんな年頃の姉ちゃんに憑くなんてさ。もっと憑く相手は選んだ方がいいぜ?」
「……仕方ないだろう。彼女が望んだことだ」
外見の割に落ち着き払った声だが、その中には諦めが含まれているのか元気が無さそうだ。藍色の眼は僅かに『困った』という顔を見せている。彼女は溜息をつき、
「雨、まだ止まないんだな」
と、窓の方を見ながら呟いた。
「今日は夜まで雨みたいだぜ?どうする?」
「……帰れそうもないのか。もう少し居座らせてくれ」
ラジオからノイズ混じりの声が伝える。
「この後の天気をお伝えします。今日から三日間は雨の天気が続くでしょう……」
はい、通常運転に戻ったオイラッス
マリーちゃんがヒトじゃないことが分かるスゲー話書いちゃったッス!
マリーちゃんはちびっこに見えるッスけど、ちびっこじゃないッス
あと、マリーちゃんのキャラデザはモブ同然なんスよね
モブキャラを元ネタにしたから仕方ないんスけど
次もしくよろ!
それじゃッス
雨のふるひとときも何か懐かしく感じました