タイトルのイメージ
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流行るかどうかは別だとしても、『いつの時代も必要とされる店』というのは一定数存在する。それは昔ながらの小さな商店かもしれないし、カラフルな塗装が施された移動販売車かもしれない。民家にしか見えないような民宿という可能性もある。大きな店はテーブルの数も多く、客が入りやすいのだろうが、近頃は合理化やらなんやらといった理由でロボットやAIが導入されている店もあり、一部の者たちからは反感を抱かれていた。こういった現象は老人や頑固な連中に多く、彼らは口を揃えて「人間味がない」と宣う。しかし、自分の店はロボットの類を一つも導入してはいない。そもそもそんな近未来的な設備に投資出来る程儲けが出ないからだ。それに、あの手の代物は店の中を嫌でも明るい雰囲気にしてしまうと聞く。この町に賑やかという言葉は似合わないし、ひっそりと営業しなくてはならない理由があるのだ。なら俺達に出来るのは現状を維持することだけだろう。
こんな小さくて暗い町に来るモノ好きな人間など、年に一度いればいい方で、しかもこの店に態々やってくる奴とくればさらに少なかった。こんなところに店を構えて採算は取れているのか、と彼らに聞かれることもあるが、『少なくとも下働き共の給料が払える程度には儲かっている』と答えている。そもそもの話、地元の碌でもない連中が利用することの方が遥かに多いし、この定食屋(ダイナー)はそういう奴らの為にある。
この町は数年前から過疎化が進み始めた。それこそ今まで順調だった店がある日突然店じまいをすることも珍しくはない。元々昼も夜も暗い、冥界とも魔界とも云われるような地にある唯一の町だから、作物を育てようにも碌に育たないし、鉱山が発見された訳でもないのでそういった産業とは無縁である。一住民として暮らしている俺でさえ、何故この地に町があるのかと思わざるを得ない。だから、物凄く面倒くさいが、地上から食材を送って貰うことで俺は漸くこの店で営業出来るのだ。
この町のみならず、近隣で育っている植物に碌なものはなく、唯一マトモに食べられるじゃがいもでさえ芽が生えたら最後、毒のせいで食べられなくなってしまう。数年前に地上から持ち込まれたコイツは、どんなに寒冷な地でも丈夫に美味しく育つようにと品種改良がされている。見てくれはでこぼこしていて不恰好だが、中々に使える貴重な食材なので、業者に頼んで定期的に仕入れてもらっている。幸い、地下水はとても澄んでいて汚染された様子は見受けられない。工場で合理化さえすれば、この芋から澱粉を採って地上に輸出することも出来るだろう。だが、それには大量の澱粉が採れるよう、品種を変えなければならない。おまけにそういった品種の芋は味を考えて作られている訳ではなく、あくまでも商品の一種なのだ。日々食べていくのがやっとの連中が、そんなことを考えられる筈も無かった。
意外にも、この町は迷い込んだ人間には優しい方だった。単に珍しいから、という理由かもしれないが、それでも地上一悪名高いスラム街ドゥーレンに比べれば、ここクレヴィオはまだ優しい。行き倒れた人間を見かければ、民宿の主がすぐさま駆けつけて一夜の宿を提供してくれる。空腹の人間を見かければ、俺か下働きの少女のツケではあるが、ハンバーガーと水を提供してやる。もしこの町に住みたいと申し出れば、住人総出で小さな家を建ててくれる。何もないこの町に居着いてくれるのが余程嬉しいのだろう。
今日も今日とて、いつも通りに料理を作り、ごろつきと見紛うような客に提供する。下膳や給仕などは下働き共がやってくれるから別に問題はないだろう。その割に、客席には空席が目立つ。時計はもう少しで丁度六時を指すというのに、テーブルはおろか、カウンターにも殆ど客がいない。扉の外を見てみると、少しだが地味な色合いの雨傘を差している奴らを見かける。音は聞こえないが、店の前に植っている背の高い草の葉が濡れているので雨が降っていることは分かる。そのまま数十分が何事もなく過ぎていき、七時を回ろうとしていた時、バイクのエンジン音がし、その数分後に扉のベルを鳴らして新たな客が入ってきた。
その紅い眼を見た瞬間、二、三人しかいない客が一斉に彼らの方を向き、俺の身に戦慄が走った。入ってきたのは扉につっかえそうな身長の、黒い革ジャンを羽織った大男と、ぬいぐるみのようにも見える兎を抱えた小さな少女。彼女は、藍色のシンプルなワンピースを着ていて、下には黒いストッキングと、踵の低い黒光りするパンプスを履いている。ワンピースには白いリボンが付いていて、これからちょっとしたパーティーや観劇に行くかのようだ。髪は薄水色で、低い位置で緩い二つ結びになっている。その上に白い帽子を被っているその様は、少なくともこんなシケた食堂には似合わない。黒い魔王とはまた違った美しい紅眼をした彼女は、少し怯えているようにも見える。それよりも気がかりなのは、何故この地を統べる魔王の一人が、こんな小さな少女を連れてわざわざこんなところに来るのか。
「あ、あの……。あなた様は……」
「ここいらに凄腕の情報屋がいると聞いてやってきたんだが……。アンタ、何か知らねえか?」
「ルナ、ボクおなかすいた……」
カウンター席に着くなり、少女と兎はメニュー表のページをパラパラとめくり始めた。魔王はそんな彼女たちをよそに、
「世界の何処かに曰くつきの刀があるって話、聞いたことあンだろ?」
「……はあ、バレちゃしょうがねえです。確かに俺は定食屋を此処で営んどりますが、本業はしがない情報屋でしてね。まあ、取り敢えず話だけなら聞きやすよ?」
それを聞くと、彼の顔に妖しい笑みが浮かんだ。俗に言う『黒い笑顔』というやつだ。
三者がそれぞれカウンター席へと座り、別々の料理を注文してから二十分が経つ。小さな二人のコップは空になる寸前まで水が減っていたし、魔王に至っては目の前に置かれた水差し(ピッチャー)からコップに水を注ぐという動作を二回繰り返している。三人のコップには氷が一つも入っていない。そのうち少女も水を注ぎ入れ、次いで兎のコップにも水が注がれた。彼女は何をするでもなくぼんやりとコップの中を覗き込んでいる。それを見た兎が彼女に話しかけるが、彼女は眩しそうに目を細めながら相槌を打っている。話すにしても言葉が足りな過ぎる。一応意味は通じているのか、会話自体は成立しているようだ。
「あ、あの……」
「何だ」
彼の声は低く、短くとも他者を圧倒するような声だ。若くはあるが、粗暴で近づきがたい雰囲気を纏っている。一緒にいる二人は怖くないのだろうか。
「あの小さい子とはどういった関係で……?」
俺がおずおずと尋ねる。当たり前だ、相手の機嫌を損ねてしまえばこの店が潰れるだけではない、最悪自分自身の命さえ危なくなる。
「………知りてえのか?」
「は、はい……」
「そんなに?どうしても?」
「ちょ、ちょっとだけ気になりまして……‼︎」
「……別に隠すつもりもねえが。特別に教えてやるよ」
俺はごくりと固唾を飲み込んだ。そして、彼の口から出たのは、
「アイツは、レナータは俺のテイマーなんだ。あっちは単にお友達としか思ってねえみたいだけどさ」
「え、ええええ⁈じゃあ、あの茶色いのは……」
驚く俺をよそに、彼は続ける。
「レナータは元から目が見えてねえからな。まあ、クロは彼女が来る前からウチに住み着いてたが。それがそのままお友達になっただけだ」
また驚きそうになったが、同時に全てが腑に落ちた。確かにあの少女は『普通の子』とは言えないような雰囲気がある。ぽわぽわとした柔らかい雰囲気が、まさか盲目故のものだったとは。そもそも普通なら、彼女は此処には来ないだろうし来られない。魔王に魅入られた彼女はさぞかし不幸だろうと、周りの客がヒソヒソと話しているのが聞こえる。
魔王と少女たちから注文が来てから約三十五分後、漸く三人の席に料理が運ばれてきた。運んだのは下働きの少女と、彼女の足元にいる青いチビ竜だ。
「こちらBLTサンドセットと」
「ケイジャンジャンバラヤの、フライドエッグ添えでございまあす!」
栗色のポニーテールの少女と、チビ竜が元気よく出来上がったばかりの料理を渡す。サンドイッチセットは茶色い兎が自分の席に運んで行き、耳でナイフを器用に動かして一つのサンドイッチを半分に切り、取り皿に載せた。サラダは兎の元へ、カップに入ったオニオンコンソメスープは青い少女の元に渡る。
「ご注文は、以上でお揃いでしょーか?」
レナータと呼ばれた少女は、
「デザート、ちょうだい……?あとでで、いいから」
とか細い声で伝えた。チビ竜は、
「かしこまりましたぁ、また何かあったらお申し付けくーださい」と言い、小さな尻尾を揺らしながら席を後にした。
「いいのか、レナータ?」
「足りない、かもしれないから……」
「なら構わぬ」
兎はそう言って、口を大きく開けてサンドイッチに齧り付き始めた。
魔王は二つにつながっている目玉焼きの片方の黄身をスプーンで乱暴に刺し、そこから滴る山吹色のとろりとした液体を掬い、米にかけた。卵そのものにはソースや醤油どころか、塩すらかかっていない。美味しいのだろうか。
「あの、ソースとかかけないんですか?」
「んあ?なモン後でいいだろ?それより『潮凪』だよ、『潮凪』」
「ああ、アレですか……」
目の前で下品な食べ方をしている彼は、丸まった海老をスプーンで掬い口にした。食事をしている三人は何も感想を口にはしないが、よく見ると兎と少女は少しだけ口が緩んでいる。その微笑ましい光景のすぐ横に、ガツガツと忙しなく炊いた飯や魚介類を口に運んでいる場違いな奴がいるのだが。俺は何でコイツがいるんだ、という気持ちを抑え込み、目の前の彼に件の刀のことを話し始めた。プラスチック製の透明なコップを、薄いタオルと見紛う布巾で順番に拭きながら。
「アレは、ここ数ヶ月の間に外の世界から流れついたモンでして、俺も詳しいことは分かりやせん。ただ、ここ周辺にないことは確かですし、誰かが所有しているという可能性もありやす」
「………」
「それと、あの刀には魔を祓えるという噂がありましてねえ……」
「それは本当か⁈」
「あ、あくまで噂ですけどね……」
「レナータに持たせてやろうと思ってなあ」
「こんな小さな子に、ですか?あなた様が戦えば済む話では?」
「そうしたいのは山々だが、コイツは『自分で戦いたい、ルナが傷つくところを見るのは嫌だ』って言って聞かねえんだ」
「はあ」
「ルナは、ボクのお友達、だから……」
あまり口を開かなかった少女が割って入った。見た目に違わず、幼く愛らしい声をしている。だが、スピネルのようにもピジョンブラッドのルビーのようにも見えるその妖しい眼は何かに怯えている。目が見えないながらも魔王の腕を力強く掴むその様は、彼を失いたくないという意思の現れだろうか。
「離せよ、おい!」
「やーなの、やーなの!」
「……ったく、飯は?食い終わったのか?」
「全部、食べた……。でも、まだ足りない」
「デザートでも頼むか?」
「ん、そうする……」
そうして俺の元に新たな注文が入った。耳がキンキンするくらい大きな声で、
「メイプルウォールナッツチーズケーキを一つ‼︎」と。
少女はフォークでケーキのスポンジをつつき、目の前の魔王に渡す。次いで兎にも渡し、最後には自身が口にした。皿の上にあったクリームやフルーツなどは綺麗に平らげられている。ちびちびと、けれども美味しそうに小さな口で食べている。今まで暗い表情しか見せなかった彼女が分かりやすく、年相応の笑顔を見せていた。
「ん……」
食べ終えた彼女は元の暗い表情に戻ってしまった。だが皿には何もなく、綺麗に片付けられている。クリームがついたフォークと、分厚いパイナップルの皮以外は殆ど何も付いていない白い皿が、それを物語っていた。
会計の時、魔王が信じられないことを言い出した。
「悪いがツケといてくれ」
いくら天下の魔王様の頼みでも、と俺は断りたかったが、小さな少女が咄嗟に、
「ルナ……、駄目……。お金、払って」
「ったく、しょうがねえなあ」
渋々懐から黒いレザーの財布を取り出し、その中から三枚のお札を出した後、乱暴に叩きつける。
「釣りはいらねえからな」
そう言って、彼らは店から出て行った。
「ありがとうございました」
と言った頃には、バイクのエンジン音が聞こえてきて、少しした後に消えてしまった。
はい、どもッス!
今回は、案外すごいやつが来店しちゃった的な話ッスね
ルナは金遣いが荒いし、レナータを拾ってからは本人が望まないのにかわいい服ばかり買い与えるようになったから、借金しててもおかしくないッス
ちなみに、このダイナーのメニューは現実にあるモノを組み合わせて書いたッス
あと、足元にいた(チビ龍)のはチビモンッス
次回もしくよろッス!