エピローグ
「そっか~、じゃあ~サリエラって~、つまりはぼくのおじさん~?」
関係性としてはそうなるかもしれないが、その呼び方は少しなぁとサリエラは眉をひそめる。
対する杭は、相変わらずのんびりと間延びした声で、ご機嫌にころころと笑うばかりなのだが。
あの後『宿』に帰還し、皆が眠りについて。
当初の宣言通り、翌朝になっても女が寝室から出てくる事は無かった。
今度は部屋にしっかりと鍵がかけられていて、サリエラにも杭にも、そして赤ずきんにも、中の様子を窺い知る事は出来なくて。
「以前にもこういうことはありましたから。だから、猟師様なら大丈夫ですよ、サイコロ様」
と少なくとも赤ずきんが心配している風では無かったので、サリエラはやはり、それこそ天運に出目を任せなければいけない転がったサイコロのように、結果を待つ事しか出来ないのだったが。
なので、女に言われた通り。
女の眠っている間託された杭と、いくらか、話をした。
「ま~ぼく~、自分で言うのもなんだけど~、色んな事が出来る、っていうのは~、解ってるよ~。この世界でならある程度~モノの形とか好きなようにいじれるし~そもそもこうやってみんなとおしゃべりできてるのもそういう力だし~」
でも、と、杭はさらに続けた。
「正直~、『神』の子とか~そういう実感はあんまり無いんだよね~。ごはんを食べればどんどん出来る事が増えるらしいんだけど~、ぼく自身は~ごはんをたくさん食べられれば、それでいいから~」
きっと。
僅かに聞き出す事が出来た、女から聞いた姉の話を踏まえて考えると。
彼女は杭を『神』の子として産みはしても、その責務までは押し付けなかったのだろうと、サリエラはそう思う。
姉が欲しがっていたのが、あくまで、家族だったと言うのならば。
だからこそ、サリエラは考えてしまう。
もしも父親の先の妻が死ななければ。
もしも姉の髪が赤色でさえなければ。
父が冷静に、姉が自分の子である事を確認していれば。
そうすれば。姉は、そもそも「家族が欲しい」だなんて望みを抱かずとも、良かったかもしれないのに。
「でもそうすると~」
「ん?」
「サリエラは~、産まれてくるの~?」
「……」
わからないな、と、少年は思った。
同時に、それでも――否、そのほうが、良かったのかもしれないとも。頭の片隅で。
杭はどうやら、それを察したらしい。
彼にしてはやや真剣みを帯びた、それでものんきな印象自体はぬぐえない声音で
「ぼくは~、今のままがいいな~」
そんな言葉を、かけてきて。
「ぼくは狩人さんが好きだし~、赤ずきんの事も好きだし~、今はサリエラの事もやっぱり好きだよ~。……それに~、おいしいモノも。おいしかったモノも」
「……」
おいしかったモノ。
杭は、姉の事を、「きっとまずくはなかったんだと思う」と言っていたっけかと、サリエラは振り返る。
「ぼくは~、好きなモノがたくさんある、今の方が、やっぱり、いいな~って」
「……そもそも」
「?」
「「今のまま」じゃなかったら、杭、産まれてきてなくない?」
「はっ!」
雷に打たれたかのように、杭に震えが走った。
「じゃ、じゃあ~、やっぱり今のままじゃ無きゃダメ~~~~!! このままじゃなきゃヤダ~~~~!!」
駄々をこねるように叫ぶ杭に、一瞬苦笑いしてから、サリエラは彼をあやし始める。
まあ、そもそも。
いくら「もしも」について考えた所で、終わった事が覆るでも無い。
誰が望もうと、望まなかろうと……どうしようもないのだ。
ただ1つ、出来る事があるとすれば。
「……ねえ杭」
「? なに~、サリエラ~」
「杭ってさ、狩人さんの身体を元通りにしたみたいに、他の人の身体をいじったりできるんだよね?」
「できるよ~。まああれだけの事できるのは死なない狩人さんの身体があってこそだし~この前力を使ってその後なんにも食べてないから~今は大した事できないんだけど~」
でも、できるよと。杭は言う。
「……」
ただ1つ出来る事。
それは、この『今』を生きている人物に、その者にとっての真実を確かめる事だ。
「杭。ひとつだけ、頼んでもいいかな」
*
「うっわ白髪増えてる」
言ってから、数日ぶりに発した言語がコレだと気付いて、女は1人、鏡の前で頭を抱える。
『バグラモン』になった後はいつもこうだと、女は苛立たしげに目を細めて、右手で髪の先を玩んだ。
……ついでに右目もあのまま赤色になってくれないものかと、改めて。ねめつけるように鏡を覗き込むが――そこにあるのは、最初から赤茶けているだけの、いたって普通の目玉しかなくて。
本物の『レオモン』のように綺麗な青色でもいいのに、と。それなら聖母と少しだけお揃いだったのに、と。無い物ねだりに、女は嘆息する。
『レオモン』の『デジコア』が女に特別に与えてくれた能力は、後付けの不死のみだ。
それ以外のスペックは、他の成熟期とそう大差無い。だというのに強敵に挑む機会が多いとなれば、よほど頭の良い個体でも無い限りそれは死ぬだろう、というのが女の見解だ。
「でも、種として正義感を持った、ある意味で最初から『理性持ち』に近い『怪物』だと言うのなら」
男性の声が、聞こえたような気がした。
「きっと、この『デジコア』は君を食い殺しはしないと。そう考えたというのは、実はある。私の研究の果てに、君がそのままの姿でいてくれたら、まあ、それなりに嬉しいしね」
「はぁ……」
深い、深い、溜め息を吐いた。
どこまでも身勝手で、自分勝手な男だった。
身勝手と自分勝手が極まり過ぎて、『神』さえ自分の思い通りにしたいと、そう願った男。
『神』が現状全ての生きとし生けるものの頂点だとしたら、『神』を意のままに出来るようになれば、自分は何になれるのだろうかと。あるいは、人未満に成り下がった『神』は、一体何になるのだろう、と。そんな不遜極まりない知的好奇心を満たしたいがために、そのために必要ない倫理観などかなぐり捨てて、目的のためなら手段も材料も選ばなかった男。
「私の遺志を継ぐのが君なら、それもまた悪くは無い」というのが、男の最期の言葉だった。
……そんな男について誰よりもよく知っていたせいで、実のところ、女は聖母が欲しがっていたモノの、聖母が思い描いていたような素晴らしさや美しさについては懐疑的だった。
口が裂けても。もし実際に裂かれたとしても。女は、そんな事声に出して言ったりはしなかっただろうが。
聖母は家族を欲した。
零は『神』をも超える立場を。
杭はおいしい食事を望んで
……『この世界』にやって来た少年は、姉を探していた。
だったら、自分は何をしたかったのだろう。
そんな事を、女は考える。
研究棟の外に出て、様々な『ゾーン』を渡り歩き。
見た事も無かった美しい景色には、杭以上に女自身が、魅了されたりはした。
だがそれはたまたま手に入ったモノで、最初から欲しかった訳では無い。
鏡の向こうの自分に問いかけるようにして、穴が開く程見つめては見ても――何も、答えは返っては来ないのに。
と、
「あ、猟師様」
不意に鏡面の端に、洗面所の前を通りかかった赤ずきんの姿が映し出される。
「そうでした。わたくし、赤ずきんちゃんの事が吸いたかったのです」
そして女は、結論を出して大きく頷いた。
「? 猟師様?」
「赤ずきんちゃん、ちょっと失礼」
洗面台の前から移動した女は、そのまま女の様子を伺っていた赤ずきんに抱き着き、鋼鉄に覆われた彼女の腹部に顔を埋める――事は当然出来ないので、顔面を押し付けた。
「ほひゃっ、猟師様?」
「あ"ー……生き返る……」
「申し訳ございません猟師様、『アンドロモン』である赤ずきんの腹部に猟師様の体力を回復する機能は備わってはいないと思うのですが……はっ。というか猟師様は数日ぶりの起床とあって体力値も相応に減少しておられるはず。だというのに赤ずきんときたら、猟師様のご朝食の準備もまだといった始末。赤ずきんは駄目な家政婦です。ああ、お恥ずかしい、お恥ずかしい……」
「ああいえ、事前にいつ起きると伝えて置かなかったわたくしの落ち度なので。それに少なくとも今気力は間違いなく充電されているのでどうかしばらくこのままで」
「ええっと……はい、猟師様がそうお望みなのであれば……?」
思う存分鉄とオイルの臭いの混ざった空気を肺に取り入れながら、女は視線を上げた。
無機質な目玉にそれでも戸惑いの浮かぶ赤ずきんは、やはりいつもの通り、名前の通りに赤い頭巾を頭にかぶっていて。
「……」
頭巾の前はただのボロ布で、その前は使い古されたスカーフだった。
その子供は『理性持ち』になる前から、いつもそれらの赤い布を頭に巻いて、聖母の真似をしていたのだ。……いつも聖母の隣にいる、女の気を引きたかったがために。
『理性持ち』の『アンドロモン』となり、当時の記憶など失っていた筈なのに、女とこの『アンドロモン』が初めて出会った時、彼女は、それがまるで自分の身を守ってくれるものだと言わんばかりに、赤いボロ布を頭にかぶって、震えていたのだ。
その姿に、彼女の元となった子供が意図していた通り、女は聖母を連想して。
零の置き土産を全て潰して回る気でいた女は、『アンドロモン』を連れ帰り、赤ずきんと名付けたのである。
そこにはやはり、聖母の代替品を求めた自分が居たのだと。解りきっている事実が、改めてちくりと女の胸を刺した。
「いやまあ、それはそれとしてやっぱり赤ずきんちゃんどちゃくそ可愛いんですけれども」
「?」
「なんでもないです。……なんでも」
名残惜しさを隠さずに、女はようやく赤ずきんから離れる。
赤ずきんの事を心から愛おしいと想う気持ちは、杭を大切に想う気持ちと同様、本物なのだ。
少なくとも、今は。
「……では、申し訳ありませんが、朝ごはんの準備をお願いします、赤ずきんちゃん。昨日の残りご飯とかあるなら、おかゆとかにしてもらえると助かるのですが」
「了解いたしました、では、赤ずきんは猟師様のご朝食を用意してくるのです。……あっ、その前に。忘れてしまうところなのでした」
「?」
「サリエラ様が、お庭で待っているのでもし猟師様がお目覚めになったらお伝えして欲しい、との事でした」
「はあ、そうですか。まあそうでしょうね、まだまだ聞きたい事もあるでしょうし。しかし赤ずきんちゃん、彼の名前はサリエラなので、サリエラだと……ん?」
赤ずきんと女は、同時に首を傾げた。
「どうか、なさいましたか猟師様」
「サリエラだと、サリエラですね」
「そう、ですね。サリエラ様は、サリエラ様ですね」
お互いきょとんとしていた2人だったが、先に赤ずきんが「あっ、猟師様のお食事を用意しなければ」と動き始める。
「そう急がなくても大丈夫ですよ」と赤ずきんの背中が廊下の角を曲がって見えなくなるまで眺め続けた後。
もう一度、不思議そうに首をひねってから、それから、洗面所の方へと振り返った。
「さて、そろそろ出てきたらどうですかシメール。どこから入り込んだのかは知りませんが」
ぎょろり、と突然壁に現れた丸く巨大な目玉が動いて。
次の瞬間には、目玉の大きさに見合った巨大なカメレオンの『怪物』の姿を取る。
「人聞きの悪い! 大丈夫大丈夫大丈夫。ちゃんと弟くんとお坊ちゃんくんの許可はもらってるよ」
「今後許可しないよう言い聞かせておきます。貴女さえいなければ、あと4、5分……贅沢を言えば10分ほどああしていたかったのに」
「固い堅い硬い事言わないでよもぉ。あと普通に気持ち悪い事言うな。……ま、我々今日はサボりじゃ無くて昼休憩の自由時間を不本意ながら消費している状況だから、用事はさっさと済ませてすぐに帰りますよーだ」
「では早くしなさい。一秒も無駄にしないで」
うざいなと3回繰り返しながら、カメレオン――『カメレモン』の姿を取っていたシメールは二足歩行で立ち上がり、元の青い髪の人型へと形を戻す。
そのまま腰にパペットを装着した手を当てて、にっと、彼女は笑っていた。
「お兄ちゃん、ちゃんとちゃんとちゃんと死んだ?」
「……さあ」
「さあ、って事は、魂をこう、こう、こう……キュッと潰した感じかな? じゃ、死んだんでしょ。良かった良かった良かった。これで独りよがりな盲信からも、さよならできたんだねぇ」
見苦しかったからね。本当に良かった。
屈託なく微笑んで、シメールは心底どうでも良さそうに吐き捨てた。
「……で、用事とはそれだけですか」
「ううん、こっちは正直ついで。一応の確認。……我々はただ、お前に我々の意見を伝えて置かなきゃと思っただけだよ」
「意見?」
「うん。我々は、絶対絶対ぜーったい! ……聖母様を殺したお前の事、未来永劫永久に許さないってコト!」
「……」
「我々って言うか、我々その他全部。って感じなんだけれど」
シメールはそう言って、腰に当てていたパペットを両方とも、持ち上げて自分の顔の隣へと並べる。
「許さないぞ、お前の事」
「『神』の子を殺したお前の事」
「謝ったって、許してやらないんだからな」
そしてそれぞれの口が、同じ声音で、同じことを言う。
「どんな理由であれ『この世界』の未来の可能性をひとつ潰したお前に、『神』は未だに腹を立てている。だからいつか、創り出すぞ。お前を殺す、『怪物』を。あの男がお前を恨む最後の者だとは思わない事だね」
「で、となると次は貴女かもしれないと? シメール」
「そうならいいけどね! とってもとってもとってもいいんだけど! でも、そこはわかんない。これはただ単に、メッセンジャー的な役割を持つ『怪物』の『デジコア』が我々の中にあったから、使い走りをさせられただけ。やんなっちゃうね。また次があったらとてもとてもとても面倒だから、さっさと死んでよ、 」
言いながら、シメールは女の隣をすり抜けて、近くの窓を開け放つ。
そこから出るつもりなのだろう。
「じゃ、我々の仕事、これで終わりだから」
「……それでは、こちらからも1つだけお尋ねしてもいいですか、シメール」
「は?」
シメールは怪訝そうに眉を吊り上げた。
「えっ、何何何。早く帰れって言ってたお前が何のつもり? 気色の悪い。良いか悪いかで言えば悪いんだけど、まあ、何だよ。さっさと言いなよ」
「では、遠慮なく」
そう言って、女はシメールの腰へと視線を移す。
それだけで言いたい事が半分ほど解ったのか、シメールはあからさまに顔をしかめた。
「サリエラを『この世界』に寄越したのは。それからあの砂漠の『ゾーン』で彼を襲ったのも。貴女ですよね? シメール」
「無茶苦茶無茶苦茶無茶苦茶痛かったんだからな」
シメールが服の裾をめくる。
サリエラに見せた時よりかは幾分か塞がっていたが、それでもまだ、詰め込まれた『デジコア』の光が覗く穴が開いていて。
「でも、なんで気付いたの?」
「なんでって、貴女、頻繁に腰を庇っていましたから。貴女に手傷を負わせられる手練れなんて、わたくしくらいのものでしょう?」
「自分で言うなよ鬱陶しいな」
台詞と乖離無い表情を浮かべて、シメールは裾を元の位置に戻す。
「我々としても、お前が来るのは想定外だったんだけど。なんでなんでなんであの『ゾーン』の鍵なんて持ってるんだ。そして来た」
「『神』の子だから、杭ちゃんはクリスマスが誕生日だとでも思って『この世界』がプレゼントしてくれたのかもしれませんね」
「適当な事言って……」
「で? 結局貴女は、何がしたかったんですか、シメール」
「それこそ、クリスマスプレゼントのつもりだったんだけどさ」
シメールの――『メタモルモン』の『選ばれし子供』としての身体が、また、変貌を始める。
「聖母様に会わせてあげたかったんだよ。あなたには弟さんがいらしたんですよって。死んだ親と捨てた親は兎も角、何も何も何も知らない弟なら、死後の世界的な場所でも仲良く出来るかと思って」
赤い羽根と白い羽が、全身をくまなく覆っていく。
あの日と同じように。
「『向こう』で殺したら、同じところに逝ってくれるかわからなかったからさ。こっちでこっちでこっちで殺すつもりだったのに。お前と来たら、あーあ」
きっとシメールがこの『怪物』の姿を選んだのも、赤い少女を偲んだからなのだろうと、女はぼんやりと、そんな事を考えながら、窓の外に飛び出していく彼女を見送った。
「『わたし』だって、聖母様の事が好きだったんだよ。だから、お前の事なんて大嫌いだ」
シメールの姿は、すぐに見えなくなったし、そもそも女は、その姿を目で追おうとまではしなかった。
女の足は、食堂では無く、庭の方へと向く。
そうやって重なった要因のせいで、どこまでの人生の狂った少年が、そこで待っている筈だったから。
*
この『ゾーン』の『ゲート』となっている丸い石の前に、彼はいた。
色とりどりの、季節感をまるで無視した花々の中で、それでもひと際目立つ少年が、どこにでもあるような、金属でできた尖っていない方が丸い杭を携えて。
その姿を見つけて。
女は、何も、声をかけられないでいた。
杭の力で、髪を真っ赤に、炎のような赤色に染めたサリエラが、そこに佇んでいたからだ。
「 」
そしてサリエラは、女の名を呼んだ。
そこにある花々にも負けないくらい、鮮やかに微笑みながら。
聖母のように。
「……いくらなんでも、悪戯が過ぎますよ、サリエラ」
言いながら、女の声が震える。
「わたくしだって、理解できますよ。普通殺したら人間は死ぬんです。わたくしが殺したんですから。覚えているんですから。貴方が聖母様じゃないってことくらい」
そう、頭では理解しているのだ。
理解しているのに
それでも会いたくて会いたくてたまらなくて、一日だって忘れた事の無い、一度だって思い出せないその姿が、嘘のように、嘘であるのに、目の前にあって。
だから、ようやく、零れたのだろう。
「どうして。どうして無理だとしても。嘘でもいいから一緒に行こうって。そう言ってくれなかったんですか、聖母様……!」
女が本当に、したかった事が。
少女の願いを叶えるために、無かったものとして片付けた言葉が。
女がその場に崩れ落ちる。
『怪物』の皮膚でさえあっさりと引き裂く爪が、柔らかい土を浅く引っ掻いて、言葉と一緒に溢れ出した感情が、雫となってその上に斑点を作り出す。
それを見て、少年も。
サリエラもようやく、求めていた物を、手に入れた。
ありとあらゆる不幸が重なって。
どうしようもない死に方しか出来なかった人だったけれど。
でも、確かに。
姉は誰かに愛されて、『この世界』で、生きていたのだと。
……姉は、ここに居たのだと。
「ごめん、姉さん」
サリエラは虚空に向けて呟いた。
「俺は頑張って、もう少し。なんとか幸せに暮らす事にするよ」
選ぶ言葉は、もう、変わってしまっていたけれど。
そうして彼は、泣きじゃくる女の元へと歩み寄って、膝をつく。
本来あるべきところへと、彼女の『武器』を、差し出しながら。
「師匠。俺。あんたの事、どう思ったらいいのか。やっぱりわからないし、化け物だとしても生き物を……殺すのは。嫌だし、怖いんだけど」
小さく、彼は息を整える。
これを言ってしまえば、今度こそ。
サリエラは、もう元の自分には戻れない。後戻りが出来ない。
両親はいなくても、元の世界に帰れば、安全に生きていける手段はいくらでも存在している。
だが
それでも
「それでも。それでもいいなら、俺を。サリエラをまだ、ここに置いててくれないかな。姉さんの望んだ世界を、ちゃんと自分の目で、見てみたいんだ」
もう、決めた事だった。
サリエラという名の少年が、決めた事だった。
女が顔を上げる。
滲んだ視界にも、やはり赤い髪と碧い瞳は、鮮やかだった。
「ねえ~、どうする~狩人さん~」
そんな中、やはりどうしようもないくらいゆったりと。
穏やかに、間延びした声が、響き渡る。
「ぼくは~、いいと思うんだけど~」
*
『デジタルワールド』
偶然によって生み出され、そのままいくらかの時が流れたこの世界にも新たな年がやってきて、同時に細やかな変化が訪れた。
各々の目的を持って訪れる者は相も変わらず後を絶たないが、そんな中で、1人だけ。
1人と1本だけだった観光客は、2人と1本に増えて。
今日もどこかでおいしい食事と、美しい景色を探している。
『0426』Fin.
夏P(ナッピー)様
この度も『0426』への感想、ありがとうございます。最後までお付き合い頂けた事、作者として心より御礼申し上げます。
自分は基本的に「つづく」で物語を終わらせるのが好きなので、区切りは付けつつも今回もこういった形での幕引きとさせていただきました。
テイマーズでのレオモン回の予告では死という単語が3回出てくるので狩人さん3ストック分ですね(謎理論)。
実質ラスボスのサイクロモンの人は、レオモンに縁のあるデジモンとして選んだのですが、完全体については結構悩んだ記憶があります。
ちょうど書く直前にメタルグレイモンのアルタウラスモードが出てきたので、そちらを採用するか最後まで迷ったのですが、結局不意打ちするなら伸びる方がいいよねという事になりました。トライデントアーム、いいですよね。
ついでにエピローグ中の狩人さんの所感は中の人の感想もちょっと混じってたりします。色んな所に首突っ込みすぎでしょレオモン……。
もう最後に色々詰め込み過ぎて「はい! 実はこうでした! これもこうです!!」みたいなのばかりなのですが、杭ちゃんの正体が霞まなかったのであればホッと一安心です。……最後に赤ずきんちゃんがもっていったのは作者としても予期していない部分だったのですが、まあ、この小説最初から赤ずきんちゃん推しだったので、逆にやったぜという感じです。
こちらこそ、最終回までありがとうございました。今後とも楽しんで頂ける作品を作れるよう、精進していこうと思います。
羽化石様
感想ありがとうございます。そして、最後まで読んでいただけた事、心から嬉しく思っています。
『0426』執筆中は、「これ、本当に読んでる方に納得してもらえるんだろうか」とずっと不安でいっぱいだったので、驚きの連続と言ってもらえると、本当に救われるような思いです。何度かTwitterの方でしそうになったネタバレつぶやきを毎度我慢して来た甲斐があったなと……。
そして可愛いでしょう。赤ずきんちゃん。アンドロモンは可愛いんです(これは何回でも言う)。
特に杭ちゃんはほぼほぼ原点となった自作小説通りの設定で来たキャラクターなので、デジモン小説のキャラとして受け入れてもらえるがずっと心配だったのですが、神の子であるのと同時に狩人さんの相棒でありサリエラの友であり血縁という関係性はすごくお気に入りなので、曲げないでよかったなあと、心から、今はそう思っています。
最後になりましたが、狩人さん達の観光に暖かな言葉をいただけた事、心より御礼申し上げます。
「会いたい人に会った」後の物語としてリスタートする彼女達の物語は、きっとこれからも続いていく事でしょう。ここまでの応援、本当にありがとうございました。
今後とも読んで下さった方が驚いてくれる作品が書けるよう、頑張っていこうと思います。
完結おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。 素敵なお話を読ませていただいたお礼として、遅ればせながら感想をお伝えしに上がりました。 6話とエピローグは驚きの連続でした。まさかタイトルが他でもない狩人さんの名前だったなんて……。快晴さんは普段から「小説で使いたいネタ」として、因果が収束して不死身になったレオモンを上げていらっしゃいましたが、まさかそれが狩人さんのことだったなんて……。そして狩人さんの究極体としての力はバグラモンの力だったなんて……。実はシメールがサリエラを連れてきていたなんて……。赤ずきんちゃんの正体……。あんないじらしい生き物可愛がりたくなるにきまってる……。狩人さんは……そうやって泣くんですね……。 一番驚いたのは勿論、杭ちゃんの正体なのですが、同時に納得も得ました。 杭ちゃんに対しては常々「この世界で一番不可解なのは杭ちゃんだけど、一番サリエラに距離とかノリが近い感じがするのは杭ちゃんなんだよな……」と思っておりましたが、血筋的な意味でも近いですし、杭ちゃんのもサリエラもまだ子どもと考えると友達のような距離感だったのも頷けました。 生まれてすらこなかった可能性もある杭ちゃんとサリエラが、友人のような関係になれたというのがこう、キますね。 多くの犠牲や悲劇の末に始まったサリエラと狩人さんの物語ですが、両者の目的が達成され、聖母/サリエラの姉の願いも叶った優しい結末を迎えたことは、一読者としてとても嬉しいことでした。 狩人さんご一行の“観光”がこれからも素敵なものでありますように。
新作の方に先に感想を書いてしまいましたが、遅ればせながらこちらにも、そんなわけで夏P(ナッピー)です。
シメールのおかげで「俺達の戦いはこれからだ」感もありますが、皆が皆どこかで願っていたことを叶えられたということでしょうか。最初の時点で『0426』って何だろうな……0423だったらSHIBUMI(水野さん)なんだけどな……と思ってましたが、レオモン絡んでたので当たらずとも遠からずと言ったところか(いや遠いな)。旧アニメ鋼の錬金術師で錬金世界と現実世界の理がちょうど対になってたみたいな感じで、アニメ及びゲームで死にまくるレオモンがいたが故の不死性ということですか。あとゴムゴムの実を食べつつトライデントアームとは卑劣な、カッコいいじゃねーか!
ていうか、最後の最後でタイトル名の由来明かされるの超・燃ゑる!
元から姉上と狩人さんが何らかの形で絡んでいただろうことは匂わされていましたが、どこか異質だった杭ちゃんお前アレかよ! いやその可能性は考えなかった! 最後の最後でバグラモンが絡んできたのも戦慄しましたが、これが一番衝撃だったぜ!
赤ずきんちゃんは最後の最後のシーンのおかげで、実は全編通して活躍していたような錯覚を抱く。アイツも7話頑張ってきた奴なんだ……侮ってはいけなかった。
それでは完結お疲れ様でした。『Everyone wept for Mary』もお待ちしています。
パラレル様
この度は『0426』を最後まで御覧いただきありがとうございました。毎度の感想、本当に心の支えになっていました。
本作のタイトルであり狩人さんの本名である0426は、それ自体にはこれといって特に意味が無いというのがお気に入りポイントです。ちなみに好きなSCPの番号から取りました。聖母についても同様です。
一応、一番手前にある0だけは狩人さんの製作者であるい零の名字から来ているので、タイトルを読む時は「ゼロヨンニロク」なのですが、狩人さんの名前として読むときは「イチノマエヨンヒャクニジュウロク」になるという裏設定があったりします。
原作の時点で杭ちゃんは喋ってたので、喋っても良さげな武器を持っている成熟期……と、探した時に「獅子王丸は意思を持った妖刀」の一文を見つけまして。じゃあ前々から使いたいとは思っていたけれど使い処の見つからなかった「不死のレオモン」をここで使うか、となりまして。
最後にバグラモンを使う事は決まっていたので、完全体狩人さんを何にしてレオモンとバグラモンを繋げるか、が進化ルート関係では最終的に一番悩んだ部分だったと記憶しています。チラッとしか使わなかったんですけれども……。
サリエラの『武器』を購入する回で狩人さんの生爪で調節した『武器』が聖属性とレオモン要素を両立しているテイルモンの手袋なのは地味に伏線だったりしたのでした。
『0426』は最終的に主人公達が「会いたい人に会う」物語だったので、そこだけはどうにかやり遂げられたかなぁ、と。
きっかけは代替品だとしても、忘れ形見だとしても、そっくりさんだからだったとしても。これから狩人さんは呪いやら罰やらと同じくらい大きなものを沢山抱えながら、前を向いて歩いて行くし、今日も赤ずきんちゃんを吸っているのだと思います。
そんな彼女の隣で杭やサリエラもまた、家族の面影を色んな所に見出していくのかもしれません。
彼ら彼女らの旅路に幸運を祈って下さった事。作者としても、心より御礼申し上げます。
そしてこちらこそ、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
完結後で3話分まとめての簡潔な感想になりますがご容赦を
シメールが語る過去。「選ばれし子供」という結果を生み出す実験を繰り返す研究者がまともなはずもなく、壊れた「神」の代替品が手段に出るのが皮肉に思えるほどに狂信者のような印象すら覚えます。実質的なラスボスがああなるのも納得です。
事実として起こっていたという狩人の皆殺し。そこには護衛として慕っていた筈のサリエラの姉――聖母も含まれている。予想はしていた事実にサリエラはまっすぐ向き合うことを決意する。……ただ一点、その理由が聖母自身の望みだったことですべてが反転していく。
そしてNARUT〇やト〇コのようなタイトル回収。何のナンバーかと思っていたら本人の認識番号だったというのは盲点でした。
真実を求めて向かった御蔵で待ち構えていた零 一の狂信者。彼が生き延びた理由がサイクロモンのデジコアだと明かされたタイミングではなかなかコアなチョイスだとしか思っていませんでした……まさか狩人のデジコアがレオモンだったとは。それもサイスルでサヨが出てくる七大魔王シナリオのような世界を跨ぐ、メタ的な不死性を持っているという……。これだけで膝を打つには十分なのに、獅子王丸に秘められた杭とともに糧にしたバグラモンに進化するとは。漫画版XWの如く神の残骸的なものでその姿に至るのがまた。
そして狩人の口から明かされる彼女の行動の真意と聖母の望み。それはただの母親として当たり前の望みでありながらも、手段は言ってしまえばこれ以上ない程に最悪なもの。それでもどちらにせよ救いのない世界なら月並みの幸せが叶う可能性のある道を選んだ聖母はやはり母だったのだなと。
エピローグ。すべての真実を知った上でサリエラが出した答えを評価するのは野暮な気がするのでただ彼らの未来に幸があらんことをとだけ。そう締めようかと呼んでいたら赤ずきんちゃんの真実という予想外の爆撃を受けましたよ、ええ……鉄の臭いにむせるのもよいですね。
以上で最後の感想とさせていただきます。改めて完結おめでとうございます。ありがとうございました。
完結後で3話分まとめての簡潔な感想になりますがご容赦を
シメールが語る過去。「選ばれし子供」という結果を生み出す実験を繰り返す研究者がまともなはずもなく、壊れた「神」の代替品が手段に出るのが皮肉に思えるほどに狂信者のような印象すら覚えます。実質的なラスボスがああなるのも納得です。
事実として起こっていたという狩人の皆殺し。そこには護衛として慕っていた筈のサリエラの姉――聖母も含まれている。予想はしていた事実にサリエラはまっすぐ向き合うことを決意する。……ただ一点、その理由が聖母自身の望みだったことですべてが反転していく。
そしてNARUT〇やト〇コのようなタイトル回収。何のナンバーかと思っていたら本人の認識番号だったというのは盲点でした。
真実を求めて向かった御蔵で待ち構えていた零 一の狂信者。彼が生き延びた理由がサイクロモンのデジコアだと明かされたタイミングではなかなかコアなチョイスだとしか思っていませんでした……まさか狩人のデジコアがレオモンだったとは。それもサイスルでサヨが出てくる七大魔王シナリオのような世界を跨ぐ、メタ的な不死性を持っているという……。これだけで膝を打つには十分なのに、獅子王丸に秘められた杭とともに糧にしたバグラモンに進化するとは。漫画版XWの如く神の残骸的なものでその姿に至るのがまた。
そして狩人の口から明かされる彼女の行動の真意と聖母の望み。それはただの母親として当たり前の望みでありながらも、手段は言ってしまえばこれ以上ない程に最悪なもの。それでもどちらにせよ救いのない世界なら月並みの幸せが叶う可能性のある道を選んだ聖母はやはり母だったのだなと。
エピローグ。すべての真実を知った上でサリエラが出した答えを評価するのは野暮な気がするのでただ彼らの未来に幸があらんことをとだけ。そう締めようかと呼んでいたら赤ずきんちゃんの真実という予想外の爆撃を受けましたよ、ええ……鉄の臭いにむせるのもよいですね。
以上で最後の感想とさせていただきます。改めて完結おめでとうございます。ありがとうございました。
あとがき
まずは、『0426』を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。快晴です。
『0426』は前話でもちらっと申し上げました通り、書き上げるごとに反省点の増えていく作品ではありました。自分の文字書きとしての弱点がいくつも浮き彫りになったような気さえします。
ただ、その分自分の「書きたい」という感情には良くも悪くも正直に向き合いながら、ここまで辿り着く事が出来たように思います。兎にも角にも完走自体は出来た事実に、胸を撫で下ろすばかりです。
案の定最終話も詰め込み過ぎたとは思っていますけれど、この作品の原作だったオリジナル作品を構想していた過去快晴くんも予定した通りのエンディングには辿り着きましたので、デジモンと言うコンテンツの力を借りた上で、その上でホントに何年越しかになってしまったんですけど「よかったなぁ」って感じです。見てるか俺。
改めまして、『0426』いかがでしたでしょうか。
読んでいただいた方がもし、もし1人でも多く「アンドロモン吸いたい」と思って下さったなら、この作品は成功だと思っています。みんなでアンドロモン吸いましょう。
最初から最後まで赤ずきんちゃんは可愛かったとそれだけは胸を張って言える。言う。みんなで愛でよう、アンドロモン。
狩人さんと杭ちゃん、そしてサリエラの物語は、本編終了後も、なんだかんだと続いていく事でしょう。
無事に育った杭ちゃんが新世界の神になるかもしれないし、その前に狩人さんがなんだかんだでバグラ軍を作り上げるかもしれないし、『手袋』が最終的にナザルネイルまで進化してリリスモンポジにつくサリエラがいるかもしれないし、狩人さんの弟がどこかから生えてくるかもしれないし……みたいな妄想自体はたくさんあったりします。
まあ、それをお披露目する機会は、少なくとも当分は訪れないとは思いますが……そうやってとにかく風呂敷を広げ続けるのは、私としても本当に楽しい時間ではありました。
改めまして、ここまで読んで下さった全ての方々に、多大なる感謝を。
本当に、ありがとうございました!
では、いつか。また次の作品でお会いしましょう。