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フォーラム記事

ざがねくん
2024年4月02日
In デジモン創作サロン
第一話 第二話 第三話    デスメラモンがデジタルワールドからリアルワールドへやってきて数ヶ月。  彼はデジモンの派遣会社「ハッピーワーク」の紹介で、家政夫として働いていた。  家政夫の仕事にも慣れてきたある日、派遣先である本庄家の子、香奈が彼に言った。 「おじさん、あのね、今週の土曜日に授業参観があるの」 「ジュギョウ……何だ?」  窓を拭きながら、デスメラモンは首を傾けた。  今日は日曜日で本来なら香奈の両親が家に居るのだが、二人共休日出勤をすることになり、香奈に謝りながら出勤していった。  その為、家には香奈とデスメラモンの二人だけだった。 「えっとね、学校の授業をお父さんとかお母さんが見にくるの」 「ジュギョウを……面白そうだな」 「それでね、お父さんとお母さんは仕事だから行けないって」 「で、俺を誘ったのか」 「うん」  デスメラモンは雑巾を水で洗いながら言った。 「しかし、俺はそのサンカンというやつに行ってもいいのか?」 「うん。お母さんはいいよって言ってたから。おじさんは行きたくない?」 「そうではないが……」  デスメラモンは少し考えた。  他のコドモ達は父親と母親が来る。  そんな中で親でもない自分が居たら、香奈は他のコドモに嫌なことを言われるかもしれない。  もしかしたらいじめられるかもしれない。 (俺のせいで香奈が傷つくのは嫌だ)  デスメラモンはそう思い、断ろうとした。  そんな胸中は知らず、香奈は期待の眼差しをデスメラモンに向けていた。  デスメラモンはそのきらきらとした眼差しに負けた。 「……分かった。行けばいいんだな」 「うん!」  笑顔になった香奈を見て、デスメラモンは仕方がないと苦笑した。 「おじさん、絶対に来てね。約束だよ」 「約束だ。絶対に行く」  デスメラモンの大きな指と香奈の小さい指で約束の指切りをした。    そして当日。  デスメラモンは家事を終わらせた後、香奈の通う小学校へ向かった。    小学校へ続く並木路を通りながら、彼は学校という場所について考えていた。  ニンゲンのコドモが集められ、様々な知識を身につける。  オトナになっても困らない為のキョウイクだと、園田は言っていた。  デスメラモンが幼年期だった頃は好戦的なデジモンに襲われることばかりで、自分を守る手段は実戦で身につけるしかなかった。  ニンゲンの世界とデジタルワールドを比べるのは些か無理があるが、幼い者が成長した時に必要な事を学べる環境があるのはいい事だと彼は思った。  そんなことを考えているうちに、小学校の校舎が見えてきた。  クリーム色の大きな校舎に立派な門。  ガッコウというのは随分と豪勢な所なのかとデスメラモンは思った。    校門を通り、建物の入り口は何処かと辺りを見回す。  校庭には警備と書かれた腕章を身につけたデジモンが幾人かいた。  あのデジモン達に聞いてみようと思った時、人間の警備員が声をかけた。 「すみませんデジモンさん、学校にご用ですか?」 「ああ、ジュギョウサンカンというやつで来た」 「授業参観に……身分証はお持ちですか?」 「身分証……これでいいか?」  デスメラモンは、大きな体には小さいショルダーバッグからデジモンハッピーワークの社員証を取り出した。  彼の使っているショルダーバッグは会社からの支給品で、中には会社の社員証と財布にIC定期券、会社の連絡先を書いた手帳等、貴重品が収められている。  ハッピーワークでは社員証を紛失するデジモンが多かった為、バッグに入れて持ち歩くよう指導するようになった。  そのため、デスメラモンも厳つい外見には似合わないショルダーバッグを身につけていたのだった。 「ああ、ハッピーワークの……はい、ありがとうございます。保護者の方は生徒さんとは別の入り口になりますので、案内します」 「宜しく頼む」  警備員に連れられ、保護者用の入り口へと向かった。  入り口の扉は開かれていて、来客用のスリッパが並べられていた。  デスメラモンが校舎内に入ると、開かれた本が置かれており、その上には人形のような小さな何かが立っていた。 「こんにちは」  本の上に立っていたのは、ローブを纏ったデジモン 、ワイズモンだった。 「あんたもハッピーワークの?」 「いえ、私は光明コーポレーションです」 「こうみょう……」 「ハッピーワークと同じ、デジモンの派遣会社です」 (そういえば、デジモンのホゴ活動をしている団体は他にもあるんだったな)  デスメラモンはハッピーワークの社員、玄田の話を思い出した。 「今日はどのようなご用件でしょうか?」 「ジュギョウサンカンに来たんだが」 「了解しました。生徒さんとはどの様なご関係でしょうか?」 「俺はカセイフとして雇われている」 「成る程。生徒さんが何年何組かご存知で?」 「確かサンネンニクミと言っていた」 「確認しましょう」  ワイズモンは校舎の見取り図を取り出した。 「ここが現在地です。三年生の教室は東棟にあります。ここから廊下をこう進んで……」  ワイズモンは、自分よりも大きい見取り図の上を歩いて道順を示す。  デスメラモンは忘れないように、ワイズモンがなぞった道を自分の指でもなぞって確認した。 「ここだな、分かった。感謝する」  デスメラモンは会釈すると、教室に向かって歩き出した。  廊下を歩いていると、授業参観に来たのであろう、着飾った成熟期……オトナが多数いた。  デスメラモンは自分の格好を改めて確認した。  大きな体に不釣り合いなエプロンを着て、これまた似合わないショルダーバッグを肩に掛けている。 (もしかして、場違いな格好なのか?)  デスメラモンはそう思ったが、今更着替えに帰るのも面倒だ、別に自分がジュギョウを受けるわけでもない、と開き直った。  そのまま先程教えられた道を進み、三年二組の教室にたどり着いた。 「三年二組、此処だな」  デスメラモンは教室の扉を開けた。   三年二組の教室では、香奈がそわそわと落ち着かない様子で椅子に座っていた。  もうすぐ授業が始まる時間だが、おじさんことデスメラモンの姿がない。  他の生徒は親に手を振ったりして楽しそうにしている。 (おじさん、来てくれるよね。指切りしたもんね)  でも、もしかしたら迷子になっているかもしれない。  もしかしたら、怖いデジモンに追いかけられているのかもしれない。  もしかしたら……。  香奈は段々と不安になっていた。  その時、教室がざわめいた。  香奈が後ろを向くと、デスメラモンが教室内へ入ってきたところであった。  デスメラモンは扉に頭をぶつけないように屈んで入り、他の保護者の横に並んだ。 (おじさんが来た!)  デスメラモン……おじさんが来てくれた!  香奈は嬉しくてたまらなかった。  突然大男が現れたことに周りの生徒や保護者が気になって注目する中、香奈は教科書で顔を隠すとにへへと笑った。  先生が来るとチャイムが鳴り、授業が始まった。  授業参観の科目は算数だった。  生徒達は教科書を開いて、教師の解説を聞いている。    デスメラモンは教室を見渡した。  真面目に授業を受ける生徒、後ろが気になって何度も振り返る生徒、窓の方を向いている生徒など、様々だった。  香奈の様子を見ると、黒板に書かれた内容を熱心にノートへ書き写している。   (香奈は勉強熱心だな)  デスメラモンはうむうむと頷いた。 「では次の問題です。おにぎりが十個あります。これを五人で分けると、一人分は幾つになるでしょうか?」    教師の問いに、生徒達は次々と手を挙げた。  香奈も元気よく手を挙げている。   「では、本庄さん。答えてください」 「はい。えっと、二個です」 「正解です」    やった、と香奈は呟くと、後ろに立っているデスメラモンに手を振った。  デスメラモンも小さく手を振って応えると、香奈はにへっと笑ってノートに花丸を書いた。  両親が共働きで授業参観に来てもらえなかった香奈にとって、デスメラモンが来てくれたことがとても嬉しかった。  彼女にとってデスメラモンは大切な家族になっていた。    一緒にいてくれる、大きくて優しいおじさん。  おじさんが見てくれていると思うと、退屈な授業も楽しく感じる。  心がわくわくして、温かくなって、香奈はにへへと笑った。
デジモンハッピーワーク第四話 content media
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ざがねくん
2021年11月27日
In デジモン創作サロン
日の光が優しく暖かい、穏やかなある日のこと。 デジモンの派遣会社、ハッピーワークに所属するデジモン達は、寮にある食堂に集められた。 「お集まりいただきありがとうございます。今年も健康診断の季節になりました」 ハッピーワークの社員である園田はそう言うと、紙を皆に配った。 それは問診票と健診について詳細に書かれている書類であった デジモン達は、もうそんな季節かと頷いていた。 「また健康診断を受けるのか?」 デスメラモンは、研修中に受けた健康診断を思い出した。 「はい。我が社では年に一回、人間の我々は勿論、デジモンさんにも健診を受けていただいております。皆さんの健康状態を管理するのは会社の義務ですので。また、デジモン研究を進める為に、身体状態のデータは必要です」 「研究……か」 「研究といっても、デジモンさんを解剖したりはしませんのでご安心ください」 そう言って園田はくすりと笑った。 ハッピーワークで働き始めてから数週間経ったが、デスメラモンは園田という職員がよくわからないでいた。 物腰が柔らかく面倒見の良い、優しい「いい人」だというのはわかるのだが、時々ひやりとする言葉を言ったりもするので、いい人と言い切れない不思議な人だと感じる。 そう思っていると、園田はデスメラモンを見て微笑んだ。 心の内を見透かされた気がして、デスメラモンは目を逸らし、配られた書類に目を移した。 デジ文字で書かれた書類には、身長等を記入する欄と、デジモンの研究の為に診断結果を提出することに同意するかどうかを選ぶ欄があった。 「診断結果を提出する義務はありませんので、拒否していただいても構いません。同意された場合でも研究資料としてのみの扱いで、個人のプライバシーに触れることはありません」 「ぷらい……?」 「『あなたの私生活を暴くことはありません』ということです」 「そうか」 特に断る理由はないので、デスメラモンは同意の欄に丸をつけた。 「場所は今日配った書類に記載してありますので、問診票を忘れずに持ってきてください。時間厳守でお願いします」 園田がそう言うと、デジモン達ははーいと返事をした。 返事を聞いて園田は微笑んだ。 「健康診断があるの?」 「ああ」 香奈の問いに、デスメラモンは床を拭きながら言った。 家政夫として本庄家へ通うのも慣れてきて、その日も小学校から帰ってきた香奈を迎えたデスメラモンだった。 「来週の水曜日にな。だからここに来るのが少し遅くなる」 「うん、分かった。健康診断ってことは、デジモンさんも身長測ったりお医者さんに診てもらったりするんだよね?」 「ああそうだ」 香奈はおじさんが神妙な顔で聴診器を当てられる場面を想像してにへへと笑った。 「おじさん身長伸びてたらいいね」 「そうだな」 デジモンの成長は人間とは違うが、もしかしたら背が伸びているのかもしれないと、デスメラモンは少し期待したのだった。 そして健診当日。 場所はハッピーワークの寮から電車で三駅乗った所にある市立病院であった。 院内ではハッピーワークで働いているデジモン達が列を作っていた。 毎年行われているので、看護師も受付の職員も慣れた様子で案内をしている。 デスメラモンも列に並び、順番を待った。 列は少しずつ前に進んでいき、次はデスメラモン、という時だった。 「いやでぃすううう!」 何処かから変な語尾の叫び声が聞こえ、デスメラモンが声のした方を向くと、テリアモンが勢いよく走ってきた。 そしてその勢いのままデスメラモンの足にしがみついた。 「テリア先輩!」 少し遅れて、ハッピーワークの社員である玄田が小走りで近づいてきた。 「先輩、お医者様が待っていらっしゃるので……手を離してください」 「いやでぃす!いやでぃす!歯医者さんいやなのでぃす!」 テリアモンはデスメラモンの足にしがみついて離れようとしなかった。 「テリア先輩、デスメラモンさんが困ってらっしゃるので……」 「いやでぃすうう!!!」 玄田はテリアモンを引き離そうとするが、テリアモンは小さい手に似合わぬ強い力でがっちりと足を掴んでいた。 「歯医者さんは怖いのでぃす……ボクの歯をガリガリするのでぃす……」 「それはテリア先輩が歯磨きをしないから、虫歯が出来てしまったので……」 玄田が言うと、テリアモンはむうと膨れっ面になった。 玄田は少し考えると、テリアモンに優しく話しかけた。 「わかりました。先輩がちゃんと歯の健診を受けたらご褒美をあげます」 「そんなのにボクは釣られないのでぃす!」 「ご褒美は、三丁目の駄菓子屋さんでお菓子買い放題です」 「買い放題!」 テリアモンは少しだけ手を緩めたが、再び渋い顔になった。 「買い放題なんていらないのでぃす!」 「本当にですか?うまうま棒にレタスさぶろう、冷たいアイスにチロリチョコが買い放題ですよ?」 「うっ……」 テリアモンはそわそわとし始めた。 「本当に買い放題でぃすか?」 「はい」 「ノッポも買っていいのでぃすか?ぎゅうにゅうキャラメルもでぃすか?」 「勿論です」 それを聞いたテリアモンは嬉しそうに飛び跳ねた。 「おかし、おかし、買い放題!」 「じゃあ行きましょうか」 「いくのでぃす!」 この後、テリアモンの叫び声が辺りに響き渡った。 「うむ……特に異常はないようだ」 聴診器を胸から離すと、医者はさらさらとカルテに何かを書き込んだ。 「デジコアにもニンゲンの心臓のように鼓動があるのか?」 「いや、音はしないから、鼓動はないだろう。だが……」 「だが?」 医者の言葉が気になり、ついそう問うと、医者はペンをくるりと回した。 「鼓動とは違う微弱な何かを感じる」 「それが何かはわからないのか?」 「わからん。だから『何か』なんだ」 「そうか……」 デジコア……電脳核がどんな形でどのような働きをしているのか、デスメラモンはよくわかっていなかった。 デジモンの進化の仕組みさえ、何故か出来たという感覚で、身体に何が起こったのか彼自身もわからなかった。 「デジモンの体内については未だ研究が進んでおらん。デジモンは死体が残らない。死ねば消えてしまう。だからデジモンの臓器がどうなっているのか調べるには、生きている状態で解剖せねばならん」 「生きている状態で…」 デスメラモンは背筋がぞわりとした。 「だが、それは禁じられている」 「それはホウリツとかいうやつでか?」 医者は腕を組んだ。 「まあ法律もそうだな」 「あんたは気にならないのか?」 「私は気になる。そりゃあもう許されるなら今すぐ君を解剖したいくらいにはな」 そう言って医者はにやりと笑った。 「これは人間の倫理観の問題だ」 「りんり…?」 「ヒトとして、してもいいことと悪いことの線引きのようなモンだ。殺人はしてはならない、というのは法律以前にしてはいけないと認識されている。良心、と言ってもいいかもしれん」 「良心、か……」 自分の中にも良心は存在するのだろうか。 デスメラモンは、デジコアがある筈の胸に手をあてた。 その時だった。 「大変です!誰か来て!」 部屋の外から助けを求める声がして、デスメラモンと医者は立ち上がって扉を開けた。 外では病院に来ていた患者やデジモンが、何があったのかと騒めいていた。 デスメラモンは声の主である看護師に声をかけた。 「一体何があったんだ?」 「デジモンさんが診察中に進化して、診察室で暴れているんです!」 「本当か⁉︎」 「あちらの部屋です!」 看護師が指差した方向から音が聞こえ、デスメラモンは混乱する人々やデジモン達を横目に、音のする診察室に向かった。 中は机や診察台、本棚が倒れており、その影に隠れるように何者かの気配があった。 デスメラモンが部屋に入ろうとした時、彼の前に園田が割り込んだ。 「ここは私に任せてください」 「だが……」 「大丈夫です」 心配気なデスメラモンに、園田は微笑んで言った。 「あの子には力技ではなく話す方がいいですから」 園田は部屋に入ると、しゃがんで優しい声色で言った。 「大丈夫ですか?何かありましたか?」 隠れているデジモンは、ちらりと顔を出してすぐに引っ込んだ。 「安心してください。私しかいませんよ」 デジモンは恐る恐る顔を出した。 隠れていたのは、青いヘルメットを被ったデジモン、カメモンだった。 「何があったんですか?」 園田の優しい声に、カメモンは小さな声で話し始めた。 「ぼく、さっきまで小さかったのに、お医者の先生がチョウシンキをぼくの体にあてたら、進化しちゃったの……」 「そうでしたか……」 カメモンは怯えるようにヘルメットを押さえた。 「どうして進化したかわからないけど、先生も看護師さんもびっくりしてて……ぼくもびっくりして……そうしたら怖くなったの」 「それはどうしてですか?」 「ぼくがぼくじゃなくなったみたいで、よくわからないけどとっても怖くなったの……だからぼくが隠れられる場所を作って、誰も近づけないようにして……」 「それでこの部屋を……」 カメモンはぐすぐすと泣き始めた。 「怖いよ……ぼくって何?ぼくはどうなっちゃったの……?」 泣くカメモンに、園田は一歩近づいた。 「君は君ですよ。大丈夫」 「ぼくはぼく?」 「ええ」 園田は手を胸にあてた。 「私は私、園田という存在。たとえ姿が変わっても、私の一番大切な部分は変わりません。それは君も同じです」 「ぼく、この姿になってもぼくなの?」 「そうです。君は進化しても君なんです」 「そっか……よかった……」 カメモンは涙を拭いた。 「それに、怖い気持ちはわかります。私も怖がりですから」 「怖がり?園田さんも怖いのがあるの?」 「ええ。私はひとりぼっちが怖いんです」 園田はそう言うと、少し悲しそうに微笑んだ。 カメモンは目を見開くと、園田を見つめた。 そして、棚や机で作ったバリケードから恐る恐る出てくると、園田さんの手をとった。 「……ぼくもひとりぼっちは怖いよ。だけど、一緒にいれば怖いのも大丈夫だよね?」 「はい、一緒なら平気です」 園田はそう言ってカメモンの手を握り返した。 「園田さん、健診が終わるまで手を握っててくれる?」 「ええ、構いませんよ」 園田がそう言うと、カメモンは嬉しそうに笑った。 「ずるい!わたしも手を繋ぎたい!」 「ぼくも!」 「私も!」 様子を見ていた幼年期のデジモン達が、園田の所に集まってきた。 「では順番にしましょう。皆さん整列してください」 幼年期のデジモン達はわーいとはしゃぎながら列を作った。 それを見ていたデスメラモンは、感心したように息を吐いた。 「園田はすごいな。戦わずに大人しくさせた」 「そうだな」 デスメラモンと並んで様子を見ていた医者は、腕を組んで口を開いた。 「園田さんは昔デジモンの研究員をしていたそうだ。学生時代からデジモンについて熱心に勉強していたらしい。発表された論文は著名なデジモン学の教授から絶賛され、海外の研究所からスカウトされたと聞いた」 「それは凄いことなのか?」 「ああ、とても凄い。といっても、人間の学問上の話だが」 医者は、園田と楽しそうに手を繋ぐカメモンを見つめた。 「ところが、急に研究を辞めて学会から姿を消した。誰にも何も言わずに。行方を捜されたが見つからず、皆が諦めた頃に、ハッピーワークの社員をしていることが判明した」 「そうだったのか」 園田の過去を聞いて、デスメラモンは驚いた。 そして、園田の過去を知っていた医者を訝し気に見た。 「あんた、随分と詳しいな」 「ああ、私は巳百合くんと交友があってな」 「みゆり……?」 「君もそのうち会うだろう」 医者の意味深な言葉に、デスメラモンは首を傾げた。 めちゃくちゃになった診察室は力自慢のデジモンと整理上手なデジモンが協力して片付け、無事に診察は再開された。 「それで、健康診断どうだったの?背が伸びてた?」 「いや、身長は前と変わらなかった」 「そっか……」 健診後、本庄家に来たデスメラモンは、キッチンで料理をしていた。 香奈は宿題を終わらせて本を読んでいたが、ジュージューといい音がしてきたので、食卓の椅子に座ってそわそわと待っていた。 「ほら出来たぞ」 香奈の食卓の前に置かれたのは、大人の握りこぶし大のミートボールだった。 デスメラモンに何が食べたいか聞かれて、香奈はミートボールが食べたいと言った。 言ったのだが、ミートボールというよりはハンバーグという方がしっくりくる大きさの物が出てきて、香奈は困り顔になった。 「い、いただきます……」 香奈はミートボールに齧り付いた。 「どうだ、美味いか?」 デスメラモンの問いに香奈は頷く。 もりもりとミートボールを食べる香奈を見て、デスメラモンは嬉しくなった。 この嬉しさは良心の一部かもしれないと、デスメラモンは思ったのだった。
デジモンハッピーワーク第三話 content media
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ざがねくん
2021年3月06日
In デジモン創作サロン
[その一はこちら https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/dezimonhatupiwaku-teriamonnoohua ] ボクはテリアモンでぃす。 この喋り方は癖なのでぃす。 ボクはデジタルワールドから来たのでぃす。 そして色々あって、デジモンの派遣会社「ハッピーワーク」で働くことになったのでぃす。 今日はそんなボクの後輩を紹介するのでぃす。 介護ホームからハッピーワークの事務員に異動したボクは、毎日書類とにらめっこをしているのでぃす。 ボクの仕事は、登録されているデジモンのデータの整理に、新しいデジモンのデータ入力、デジモンに会社の事を説明するお手伝い…他にも色々あるのでぃす。 パソコンの使い方を勉強して、書類作りやメールの返信も出来るようになったのでぃす。 ぶらいんどたっちもできるのでぃす! ある日、上司の園田さんがボクに言ったのでぃす。 「テリアくん、来週から新人さんが来るから、指導係になってもらいます。色々教えてあげてくださいね」 ボクが指導係! ボクはびっくりしたのでぃす。 ボクは他の社員さんと比べて半人前だったからでぃす。 園田さんも他の人達もみんなベテランなのでぃす。 だからボクより他の人が教える方が良いと思ったのでぃす。 「ボクでいいのでぃすか?」 そう聞いたら、 「テリアくんなら任せられると思ったから選びました。頼みますね」 園田さんはそう言ってくれたのでぃす。 園田さんに頼まれるなんて、ボクは嬉しかったのでぃす。 だからボクは頑張って指導係をすると決めたのでぃす! 「わかったのでぃす。それで新人さんはどんな人でぃす?」 ボクがそう訊ねると、園田さんはちょっと困った顔で言ったのでぃす。 「男性で玄田さんっていうんだけど、前に勤めてた会社が…その…所謂ブラック企業というやつでね…」 ブラック企業。 ボクでも知ってるのでぃす。 サービス残業させたり、社員さんに酷いことをする悪い会社なのでぃす。 「テリアくん、玄田さんは少し疲れているから、無理しないように気を付けてあげてくださいね」 疲れていると聞いて、ボクは心配したのでぃす。 疲れている時は元気が出ないのでぃす。 「わかったのでぃす!ボクがしっかりサポートするのでぃす!」 それからボクは新人さんの為に準備をしたのでぃす。 新人さんの研修期間に教える仕事を、園田さんと打ち合わせして決めたのでぃす。 会社の業務マニュアルをちょっと手直しして、表や画像を使ったわかりやすいものにしたのでぃす。 机はしっかり拭いてピカピカにして、仕事で使う文具を引き出しに入れたのでぃす。 新人さんの席はボクの隣だから、いつでもサポートできるのでぃす! 寮に帰ってからは、同室のデジモンさん達に新人さんの話をしたのでぃす。 「ボクも先輩になるのでぃす!すごいでぃすよ!」 「楽しみなのは分かるけど、ちょっとはしゃぎ過ぎだよ」 同室のフローラモンさんがそう言ったのでぃす。 「指導係なんでしょ?先輩としてちゃんと仕事を教えられるの?」 「だ、大丈夫なのでぃす!一生懸命教えるのでぃす!」 「まあまあ、大丈夫でしょ」 同じく同室のガジモンさんがお菓子を食べながら言ったのでぃす。 「うちの事務員さん仕事出来る人が多いし、何かあってもすぐサポートしてもらえるって」 「何だかボクがダメな奴って言われてる気分でぃす…」 ボクはしょげたのでぃす。 新人さんが来る前日、ボクはすごくどきどきしていたのでぃす。 「なんだか緊張するのでぃす…」 「テリアちゃんなら大丈夫よ」 同じ事務員の国戸田さんがそう言ってくれたのでぃす。 「テリアちゃん、仕事もバリバリ出来るし、新人さんも安心して頼れるよ」 「そ、そうでぃすか…?」 国戸田さんに褒められて、ボクは嬉しかったのでぃす。 「じゃあボク頑張るのでぃす!」 ボクはガッツポーズをしたのでぃす。 次の日、ボクはそわそわしながら新人さんを待っていたのでぃす。 どんな人なのでぃす?背は高いでぃす?優しい人だといいのでぃすが…。 一人でほわほわ考えていたらみんなが笑ったのでぃす。 「テリアちゃん、変顔になってるよ」 新人さんについて考えていたら、顔に出ていたみたいでぃす。 ボクは恥ずかしかったから、資料の紙で顔を隠したのでぃす。 でも他の社員さんも、新人さんが来るからちょっとそわそわしていたのでぃす。 事務所の扉が開いて、園田さんと一緒に男の人が入ってきたのでぃす。 その人は、背の高い男の人だったのでぃす。 「皆さん、新入社員の玄田さんです」 「玄田一郎です。宜しくお願いします」 頭を下げた新人さんはボクを見るとギョッとした顔になったのでぃす。 きっと前の会社にはデジモンがいなかったのでぃす。 いくらデジモンがシャカイシンシュツしたといっても、デジモンに対するヘンケンが無いとは限らないのでぃす。 ボクはそういうの気にしないから平気なのでぃす。 園田さんは、玄田さんを連れてボクの所に来たのでぃす。 「玄田さん、こちらが指導係のテリアモンくんです」 「ボクはテリアモンなのでぃす。よろしくなのでぃす」 ボクはぺこりとお辞儀をしたのでぃす。 「研修中は私とテリアモンくんが指導係なので、困ったことや質問があれば何でも聞いてください」 「は、はい」 玄田さんはなんだか緊張していたのでぃす。 だからボクはマンメンのエミをしたのでぃす。 それを見たみんなは笑ったのでぃす。 園田さんは笑うのを我慢してたのでぃすが、体が震えていたのでぃす。 国戸田さんはお茶を吹き出したのでぃす。 「テリアちゃん、その顔!面白すぎる!」 ボクはへへーんと得意げになったのでぃす。 マンメンのエミはボクの十八番なのでぃす。 どんなヒトもデジモンも、見れば笑っちゃうとっておきの一発芸なのでぃす。 でも、玄田さんは笑ってなくて戸惑った顔をしてたのでぃす。 ボクの十八番が玄田さんには通用しなかったのでぃす。 ボクはしょぼんとなったのでぃす。 「ゴホン…ではあとはテリアモンくんに任せます」 「わかったのでぃす」 園田さんは自分の仕事に戻ったのでぃす。 ボクは玄田さんに向かい合ったのでぃす。 「では早速研修を始めるのでぃす」 「えっと…よろしくお願いします。テリア先輩」 「‼︎」 玄田さんに先輩って言われて、ボクはすごくすごく嬉しかったのでぃす! ボクは本当に先輩になったのでぃす! 「分からないことがあったら先輩のボクに聞くのでぃす!」 ボクはえっへんと胸を張ったのでぃす! それから研修が始まって、ボクは玄田さんに仕事の内容を説明したのでぃす。 玄田さんはどんな仕事もすぐ出来るようになったのでぃす。 データ入力は、ボクよりもタイピングが速くてあっという間に終わっちゃったのでぃす。 書類作りも、玄田さんは文書作成ソフトを使いこなしてささっと作ったのでぃす。 「玄田さんはすごいのでぃす!」 「そ、そんなことはありません。先輩の教え方が上手なので…私なんて…」 そう言って玄田さんは俯いたのでぃす。 お昼休憩になって、ボクはデジモン寮にある食堂へ向かって歩いていたのでぃす。 そうしたら、玄田さんが階段に座ってお弁当を食べていたのでぃす。 「玄田さん、どうしたのでぃす?」 「ああ、テリア先輩…」 玄田さんは俯いて言ったのでぃす。 「前の職場では、ずっとこうして階段で食べていたので…」 それはひどいのでぃす! こんな寂しい場所でご飯を食べても美味しくないのでぃす! 「玄田さん、ボクと一緒に来るのでぃす!」 ボクは玄田さんの腕を引っ張ったのでぃす。 「テリア先輩!?」 ボクは玄田さんを連れて、デジモンの寮にある食堂に行ったのでぃす。 食堂にはいっぱいデジモンがいてご飯を食べていたのでぃす。 「お、遅かったじゃねえかテリアモン…と?」 エプロンを着けたデビモンさんが声をかけてきたのでぃす。 デビモンさんは食堂のコックさんなのでぃす。 毎日美味しいご飯を作ってくれるのでぃす。 デジタルワールドにいた頃は悪いことをいっぱいしていたらしいのでぃすが、そのことはクロレキシだと言って秘密にしているのでぃす。 「デビモンさん、新人の玄田さんでぃす」 「げ、玄田一郎です。宜しくお願いします」 玄田さんは緊張してたのでぃす。 「ああ、あんたが新人か」 デビモンさんはニヤリと笑ったのでぃす。 「テリアモンが『ボクも先輩になるのでぃす』ってはしゃいでたからな。幼年期相手に先輩ごっこしてたしな。後輩ができて嬉しいか?テリア先輩?」 「わわ!それは言っちゃだめなのでぃす!」 デビモンさんはちょっといじわるなのでぃす…。 「それで今日は何にする?」 「日替わり定食にするのでぃす」 「はいよ」 デビモンさんは調理場に戻ったのでぃす。 周りを気にしながら、玄田さんは小声で言ったのでぃす。 「ここはデジモンさんの食堂ですよね…私が居てもいいのでしょうか…?」 玄田さんは真面目な人なのでぃす。 きっとボク達デジモンに気を遣っているのでぃす。 「大丈夫でぃす。皆んな気にしてないのでぃす。だから安心してお弁当を食べるのでぃす」 周りのデジモン達も頷いたり、大丈夫だって言ったりしたのでぃす。 「今日の日替わりは生姜焼きだぞ」 「わーいお肉なのでぃす!」 焼きたての生姜焼きのいい匂いを嗅いだら、ボクのお腹が鳴ったのでぃす。 「おっ、手作り弁当か。美味そうだな」 デビモンさんは玄田さんのお弁当を見て言ったのでぃす。 玄田さんのお弁当は、サラダに玉子焼きに唐揚げに…美味しいものがいっぱい詰まったお弁当だったのでぃす。 「えっと、妻が作ってくれまして…」 「そりゃいいオクサンだな」 デビモンさんの言葉を聞いて、玄田さんは明るい顔になったのでぃす。 それからごはんを食べながら、色々な話をしたのでぃす。 ボクがハッピーワークで働くことになった時の話や、玄田さんの家族について話したのでぃす。 玄田さんにはヒトの幼年期…コドモが産まれたそうなのでぃす。 「ボクもコドモに会ってみたいのでぃす」 「そうですね…先輩にうちの子を会わせたいです」 玄田さんは優しく微笑んだのでぃす。 ボクが生姜焼きをゆっくり味わっていると、 「ふう。ごちそうさまです」 そう言って、玄田さんはお箸を置いたのでぃす。 でも、玄田さんのお弁当は半分しか減ってなかったのでぃす。 「まだ全部食べてないのでぃす!」 「最近食欲がなくて…」 「大丈夫か?食欲が無いんだったら、粥でよければ作ってやるけど…」 デビモンさんが心配そうに言うと、 「いえ、その…大丈夫です」 玄田さんはそう言ったのでぃす。 でもボクは心配だったのでぃす。 園田さんが言ってたのを思い出したのでぃす。 『玄田さんは少し疲れているから、無理しないように気を付けてあげてくださいね』 きっと玄田さんは、ごはんが食べられないくらい無理してるのでぃす。 お昼からは玄田さんが無理しないように気をつけると決めたのでぃす! お昼の休憩が終わって、ボクは玄田さんを連れて資料室に行ったのでぃす。 「午後は、資料室で書類の整理なのでぃす」 「はい」 資料室には、手書きの書類がいっぱいあるのでぃす。 会社がハッピーワークになる前、「結月商事」の時に作られたものだと園田さんは言ってたのでぃす。 結月商事は、まだデジタルワールドの存在が知られていない頃からデジモンの保護をしていたそうでぃす。 初代社長の結月巳百合さんは、何故かデジモンやデジタルワールドの知識があったらしいのでぃす。 ボクはこの結月さんが実はデジモンじゃないかと考えているのでぃす…。 園田さんには否定されたのでぃすが、この推理には自信があるのでぃす! 資料室で、玄田さんと二人でデータ化する書類を抜き出したり、書類が年代別に並んでいるか確認したり、地道な作業をしたのでぃす。 ボクは時々玄田さんを見たのでぃす。 玄田さんは黙々と作業をしていたのでぃす。 無理をしているようには見えなかったけど、もしかしたら実は辛いのかもしれないのでぃす。 「玄田さん、ちょっと休憩するのでぃす」 「あ…はい…分かりました」 ボク達は少し休憩したのでぃす。 玄田さんはちょっと落ち着かない様子だったのでぃす。 「テリアちゃん、玄田さん。お疲れ様」 国戸田さんがお茶を持ってきてくれたのでぃす。 「ありがとうなのでぃす」 「ありがとうございます」 ボク達はお茶をいただいたのでぃす。 玄田さんはお茶を飲んでも落ち着かないみたいなのでぃす。 「玄田さんどうしたのでぃす?」 「えっと…その…トイレに行きたくて…」 「トイレでぃすか!急いで行くのでぃす!」 「行ってもいいのですか?」 「もちろんでぃす!」 「じゃあすみませんが行ってきます」 玄田さんは小走りで部屋を出たのでぃす。 「玄田さん、ずっとトイレを我慢してたのでぃすね」 「きっと前の職場じゃトイレも自由に行けなかったんだね…」 玄田さんがトイレに行きやすいように、ボクがもっともっと気を付けないと! ボクは先輩でぃすから!
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ざがねくん
2021年1月23日
In デジモン創作サロン
今日もあの子は泥だらけで帰ってきた。 ケラモンは玄関で少女を迎えると、彼女からランドセルを預かった。 少女はにこりと笑うと、 「むらさきちゃん、ただいま」 そう言った。 むらさきちゃんと呼ばれたケラモンは、彼女の背後をついて歩いた。 居間でテレビを観ていた少女の母親は、彼女の姿を横目で見ると、 「さっさと風呂に入って」 と素っ気なく言った。 少女はうん、と小さく言うと、脱衣所に入っていった。 ケラモンは少女が脱いだ服を洗濯機に入れた。 服には赤黒いシミが所々にある。 背面には縦長の切れ目がいくつもあった。 それは、学校で少女の後ろの席の生徒がカッターで服ごと少女を傷つけたものであった。 少女の服はどれもこれも同じようにシミや傷がある。 それは少女が毎日傷ついている証拠だった。 いじめ、と一言で片付けられる行い。 遊びと称して、少女は殴られ、蹴られ、傷つけられた。 ケラモンは風呂場の扉をトントンと叩いた。 はーいと声がして扉が開く。 体を泡でいっぱいにした少女が笑顔をみせた。 「むらさきちゃんも一緒に入る?」 ケラモンは頷くと風呂場に入った。 さり気なく彼女の怪我を確認する。 昨日は無かった傷が増えていた。 ケラモンは少女の背中をタオルでごしごしと洗った。 風呂から出た少女が服を着ると、ケラモンは救急箱を持って彼女の元へ行った。 慣れた手つきで薬を塗り、ガーゼを患部に押し当ててテープで固定する。 「ありがとう、むらさきちゃん」 そう言って少女は笑った。 その夜。 少女の両親が大声で罵りあっていた。 父親が暴れると、母親はヒステリックな叫び声をあげる。 物が壊れる音が酷く大きく聞こえた。 少女達は押し入れに隠れて、嵐が過ぎ去るのを待った。 ケラモンは少女を抱きしめると、手で彼女の耳を塞いだ。 少女は目を堅く閉じていた。 ナンデ…。 これがいつもの生活。 いつもの風景だった。 --- 現実世界とデジタルワールドが繋がり、交流が始まった頃、人間はデジモンにパートナーシップの提案をした。 人間とデジモンがパートナーを組み、お互いに助け合い理解を深める、そのような提案だった。 デジタルワールドを管理するイグドラシルはそれを良しとし、ロイヤルナイツに命じて、現実世界へ行くデジモンを集めさせた。 現実世界という未知の世界に多くのデジモンが興味を持ち、名乗りをあげた。 ケラモンもそのうちの一体だった。 ケラモンは、幼年期の頃から言葉を発することが出来なかった。 自分の思いを他のデジモンに伝えられず、時にはそれを馬鹿にされて生きてきた。 見下されて虐められるうちに、ケラモンはひとりぼっちになっていった。 ケラモンは現実世界に夢を抱いた。 新しい世界には自分の居場所が出来るかもしれない。 ニンゲンなら自分を受け入れてくれるかもしれない。 ひとりぼっちはもう嫌だ! ケラモンは勇気を出して現実世界行きに立候補した。 人間とデジモンのパートナーシップ交流会は、ネット上に作られた空間で行われた。 集まった人間とデジモン達は、お互いにどう接すればいいか分からず、おどおどとしていた。 仲介人としてその場にいたロードナイトモンと人間代表の研究員は、何か交流のきっかけがないか考えていた。 その時だった。 「おじちゃんおっきくてかっこいいね!」 人集りの中から小さな女の子がガルダモンに近づいてそう言った。 ガルダモンは戸惑った。 「私が?…かっこいいかな?」 「うん!かっこいいよ!」 目を輝かせる女の子を見て、ガルダモンは嬉しそうに笑った。 ガルダモンは女の子をそっと両手で持ち上げると、肩に乗せた。 女の子の両親はおろおろしながら見守っている。 「わあ!たかい!」 「そうだろう?私は空も飛べるんだ」 ガルダモンは翼を広げて、ふわりと宙に浮かんだ。 「すごい!おそらをとんでる!」 ガルダモンは上空を少し飛ぶと、女の子を地面に降ろした。 女の子の両親が駆け寄って抱きしめた。 女の子は大きな瞳でガルダモンを見上げた。 「おじちゃん、わたしとおともだちになってくれる?」 女の子の言葉にデジモン達が騒ついた。 「パートナーの誘いだ!」 「あいつ、どうするだろう?」 ガルダモンは驚いた顔になった後、 「私でよければ喜んで!」 そうはっきりと言った。 「おとうさん、おかあさん、おじちゃんがおともだちになってくれるって!」 女の子が喜んでそう言うと、彼女の父親は 「その…娘で宜しいのでしょうか…?」 と困った顔で言った。 「私では駄目か?」 「いえいえ!そういうつもりでは…」 恐縮している父親を見て、ガルダモンはふむと少し考えた後に指を鳴らした。 すると、ガルダモンが光に包まれ、シルエットが小さくなっていく。 光が収まると、其処にはピンク色の小さな鳥、ピヨモンがいた。 「この姿ならいいだろうか?」 「おじちゃんがかわいくなった!」 女の子はピヨモンに抱きついた。 それを見た両親も頷いた。 「これから宜しく」 「宜しくお願いします」 女の子とピヨモンはゲートを通って現実世界へ向かった。 そのことがきっかけになり、デジモンと人間達はお互いにパートナーを探し始めた。 ケラモンも一生懸命探した。 しかし、他のデジモンが次々とパートナーを見つけて現実世界に旅立っていくなかで、ケラモンはパートナーを見つけられずにいた。 ケラモンにとって、会話でコミュニケーションをとることが出来ないということは大きなハンデとなっていた。 ヤッパリワタシナンテ…。 ケラモンはしょんぼりとしていた。 その時、少女と老夫婦がケラモンのところへ来た。 「こんにちは、デジモンさん」 少女がケラモンに声をかけた。 挨拶を返そうにもケラモンは喋れない。 右手を挙げて応答すると、少女はキョトンとした。 「あなたはお話し出来ないの?」 ケラモンは頷いた。 アア、マタダメダ。 ケラモンは俯いた。 だが、少女は笑顔で言った。 「あのね、私のパートナーになってくれるかな?」 パートナー。 確かに彼女はそう言った。 「ダメかな?」 そう言って少女は少し悲しそうな顔をした。 ケラモンは両手で必死にアピールした。 ワタシミタイナノヲエランデクレルナンテ! ウレシイ! それを見た老婆は少女に言った。 「どうやらこの子、パートナーになってくれるみたいだねえ」 その言葉を聞いた少女は、嬉しそうな顔でケラモンの手を握った。 「本当に?私のパートナーになってくれるの?」 ケラモンは大きく頷いた。 「嬉しい!これからよろしくね!」 こうしてケラモンは少女のパートナーになった。 --- 少女は祖父母と三人で暮らしていた。 家はとある田舎の小さな村にあった。 ケラモンは少女と毎日遊んだ。 天気のいい日は野山を駆け回り、雨の日は本を読んで過ごした。 祖母から料理を教わり、包丁も上手く扱えるようになった。 少女が美味しそうに自分の作った料理を食べるのを見て、ケラモンは喜んだ。 優しい祖父母と、パートナーの少女と。 皆んなで食卓を囲むのがとても楽しかった。 幸せであった。 あの日が来るまでは…。 --- 祖父が死に、祖母も病で入院し、少女は別居中だった両親と暮らすことになった。 二人の新しい住処は、ごみごみとした街にある古いアパートだった。 少女の両親は毎日酒を飲んでは騒いでいる、近所の嫌われ者だった。 何か気に食わないことがあると、少女を怒鳴りつけ、暴力を振るった。 少女は、初めは泣いたり叫んだりしていたが、最近は静かに耐えるようになった。 ケラモンは、両親の命ずるままに家事をすることしかできなかった。 学校でも、両親のことで同級生や教師から白い目で見られており、それがいじめになるのに時間はかからなかった。 ある日、身体中泥だらけで帰ってきた少女を見て、ケラモンは何があったのか心配した。 少女は泣きながら、同級生にいじめられたことを話した。 だが彼女の両親は、いじめられるお前が悪いと言って何もしなかった。 そうして、少女は毎日いじめられるのだった。 タスケテ…。 --- その日は朝から雨が降っていた。 少女は骨が折れた傘をさして学校へ向かった。 だが、帰ってきた少女はずぶ濡れで、傘を持っていなかった。 ケラモンは少女を風呂へ入れ、タオルを用意した。 傘がない理由は察しがついていた。 どうせまた、彼女をいじめる奴らが隠したか捨てたかしたのだろう。 ケラモンは悔しかった。 自分が傍にいれば、少女を守ることができるのに。 いじめる者達を打ち負かすことができるのに。 でも少女はそれを望んでいなかった。 「むらさきちゃんはおうちで待っててね」 いつもそう言って出かけていくのだ。 ケラモンは家で彼女の無事を祈ることしか出来なかった。 次の日、少女は風邪をひいて布団の中で眠っていた。 彼女の両親は病院に連れて行こうとせず、そのまま放置していた。 ケラモンは家にあった風邪薬を彼女に飲ませた。 「薬は苦いな…」 少女はしかめっ面になった。 ケラモンは彼女の頭を撫でた。 両親はケラモンに食事を作らせていたが、少女にはパンを一つ与えるだけだった。 ケラモンは少女に美味しいものを食べさせてあげたかった。 その日の夜、少女の両親が寝ている間に、ケラモンは台所へ行った。 米櫃から米を一人前測って鍋に入れる。 それから水で米を軽く研ぐと、水とだしを分量を測って注ぐ。 鍋を火にかけて暫く様子を見て、ゆっくりとかき混ぜる。 弱火にして数十分程置き、卵を溶き入れて少し煮ると、温かい卵粥の完成だ。 一口食べて味を確認する。 美味しく出来たとケラモンは頷いた。 ケラモンは鍋を持ち上げると、少女の部屋へ向かった。 両親が起きないように気を付けながら部屋の扉を開ける。 「むらさきちゃん?」 部屋に入ると、少女は布団から体を起こした。 彼女はケラモンの持ってきた粥をじっと見つめている。 ケラモンはスプーンで粥を掬うと少女の口に運んだ。 少女はもぐもぐと味を噛み締めながら食べた。 「おいしい」 少女は笑顔で言った。 ケラモンは嬉しくなって、もう一口、スプーンを彼女の口に運ぼうとした。 その時。 「何をしてるんだい!」 少女の母親が部屋の入り口に立っていた。 「こいつに粥なんて食わせやがって!」 母親は、ケラモンの持っていた鍋を奪い取って床に叩きつけた。 殆ど手付かずの粥が床に飛び散る。 「あんたは私の食事だけ作っていればいいの!こいつに食わせる物なんて作らなくていい!」 そう言うと、母親は少女を殴った。 「あんたが元気のないふりをするからだよ!このガキ!」 もう一発殴ろうとする母親の腕に、ケラモンはしがみついた。 「ごめんなさい…ごめんなさい…」 少女は蹲って謝った。 それを見た母親は舌打ちをした。 「次に勝手なことをしたら、殴るだけじゃすまないからね。あんた達は私のおかげで住む家があること、忘れるんじゃないよ」 そう言って部屋を出る母親を、ケラモンは睨みつけた。 それから、蹲っている少女の傍へ行き、優しく抱きしめた。 「むらさきちゃんごめんね…」 少女の顔は、殴られて赤く腫れ上がっている。 ワタシノセイダ…。 ケラモンは涙を流した。 ーーー ある日の早朝、物音でケラモンは目を覚ました。 少女を起こさないように気を付けて部屋の扉を少し開けた。 物音は台所から聞こえてきた。 ケラモンは台所を覗いた。 そこでは、父親が何かを探しているようであった。 「畜生あのクソ女!金目のモン全部持っていきやがった!」 どうやら皆が寝ている間に、少女の母親は出ていったらしかった。 父親はケラモンに気付いた。 「なんだよ、何見てやがんだよ」 ケラモンは後ずさった。 「その笑ってる顔がムカつくんだよテメエ!」 父親は拳を振り上げた。 しかし、 「お父さん?」 声がして、父親とケラモンは声のした方を見た。 見ると、少女が眠たげな目をこすりながら立っていた。 ケラモンは彼女を庇うように立ち塞がった。 父親は拳を降ろすと言った。 「いいか、俺が帰ってくるまで、絶対に家を出るんじゃねえぞ。誰かが来てもドアを開けるな。わかったか」 「うん」 父親は上着を羽織って家を出ていった。 少女とケラモン、二人きりの生活が始まった。 ーーー 最初のうちは楽しく過ごした。 家から嫌な奴がいなくなり、少女はずっと家に居る。 もう虐められる心配はない。 美味しいご飯を食べさせられる。 ケラモンはそれが嬉しかった。 二人で掃除や洗濯をし、体が鈍らないようにストレッチやヨガをした。 夜はテレビを見たり、遅くまで起きて遊んだ。 しかし、楽しい時間も長くは続かなかった。 食糧の備蓄という問題がでてきたからだ。 ケラモンは考えた。 今ある食糧だと、数週間は保つだろう。 だが、その後はどうする? 食べるものが無くなれば生きてはいけない。 それなら、食べ物を探しにいけばいい。 お店に行けば、野菜も肉も手に入る。 お金は無いが、盗んでしまえばいい。 ケラモンは決意をし、玄関の扉に手をかけた。 少女の為なら何だってする。 何だって出来る。 悪いことだって、あの子の為なら…。 ケラモンが扉を開けようとしたその時。 「むらさきちゃん?」 いつの間にかケラモンの背後にいた少女が、怯えた顔でケラモンを見た。 「いかないで!私のことおいてかないで!」 少女はケラモンに縋りついた。 「むらさきちゃんもお父さん達みたいに、私を嫌いになったの…?」 少女の言葉に、ケラモンは首を横に振った。 「一人はやだよ…怖いよ…お父さんもお母さんも帰ってこない…むらさきちゃんまでいなくなったら、私…」 少女は大粒の涙を零した。 ケラモンは少女を見て心が苦しくなった。 ヒトリボッチニシナイヨ。 ケラモンは扉に背を向けた。 ーーー やがて食糧は尽き、毎日水で腹を満たすようになった。 少女は元気がなくなり、目は虚ろになっていった。 ケラモンはただ傍で彼女を見守っていた。 少女はケラモンをぎゅっと抱きしめた。 「むらさきちゃんはずっと一緒だよね…」 ケラモンは頷いて少女を抱きしめ返した。 「お腹空いたね…」 そう言って少女は横たわり、目を閉じた。 いつも静かな寝息が、今はもっと静かに聞こえる。 ケラモンは彼女の頬に触れた。 少女の顔は白く、頬は痩けている。 嫌な予感がして、ケラモンは彼女を揺さぶった。 だが少女は起きない。 ケラモンは必死になって彼女を起こそうとした。 しかし、頬を叩いても起きなかった。 何をしても反応がない。 このままでは少女は死んでしまう。 ケラモンは少女を抱えると、意を決して家を出た。 ーーー アパートの外は曇り空だった。 家から出て左右を確認する。 どうすればいいかわからないが、誰かに少女の容態を診てもらわないと、とケラモンは思った。 ふと、隣の家の扉の奥から、何か物音と話し声が聞こえた。 ニンゲンガイル! ケラモンは必死に扉を叩いた。 この扉の向こうにいるニンゲンがきっと少女を助けてくれる。 そう期待して、扉を叩いた。 扉が少し開いて、妙齢の女性が顔を出した。 ケラモンは喋れないながらも少女が命の危機にあることを伝えようとした。 しかし、女性はケラモン達を見て扉をばん、と閉めた。 ケラモンはもう一度扉を叩いた。 だが、扉はもう開かなかった。 それならと、今度はその隣の扉を叩く。 しかし、反応はない。 次の扉、それがだめなら隣の扉と、ケラモンは必死になった。 やがて、アパートの全ての扉を周ったが、誰もケラモン達に応えることはなかった。 ケラモンは少女を抱え、街を彷徨った。 扉を見つけては叩き、人が歩いていたら駆け寄った。 だが、扉は開かず、人々は逃げるように去っていった。 オネガイ、ダレカ…。 少女を抱えて歩いていると、コンビニを見つけた。 明るい照明と流行りの曲が流れている。 きっとここなら誰かがいる、助けてくれる。 そう願ってケラモンは店内へ入った。 「いらっしゃいませ…えっ!」 コンビニの店員はケラモンを見て驚いた。 そして、ケラモンが抱えている少女を見て顔色が変わった。 「店長!デジモンが女の子を!」 その声を聞いて、店長の男性が姿を現した。 「誘拐か!?警察に連絡を!」 ケラモンは二人の言っていることがよくわからず、ただ自分を敵だと思っているのはわかった。 「その子を離せ!」 店員はモップを構えると、ケラモンににじり寄った。 ケラモンは少女をそっと床に寝かせると、コンビニから逃げ出した。 ーーー ケラモンは何処へ行くともなく、街を彷徨った。 思い出すのは楽しかった日々ではなく、辛く苦しい生活だった。 傷つく少女。 暴力を振るう両親。 いじめる子ども達 助けてくれない人々。 ドウシテ…。 ナゼ…。 ケラモンの内に降り積もった感情が、静かに滲み出る。 ヒドイ…。 ケラモンの意識に黒い何かが混ざっていく。 その何かがケラモンのデータを侵食していく。 「グオオオオオオオオオオ!!!」 生まれてから一度も声を出さなかった、喋ることが出来なかったケラモンが、初めて発した声。 それは咆哮だった。 全てを呪う狂気の言葉が、ケラモンの口から吐き出される。 そして、ケラモンの体は変化を始めていた。 イラナイ…。 イラナイ…。 アノコヲカナシマセルセカイハ…。 イラナイ。 ーーー 少女が目を開くと、そこは見知らぬ場所だった。 彼女は巨大な黒き翼を背に持つ女性に抱き抱えられていた。 少女はぼやけた視界の中で、その女性が微笑むのを見ていた。 女性は彼女の頭を優しく撫でた。 「おなかすいたな」 少女がそう言うと、女性は食べ物というにはおぞましい何かを取り出した。 しかし霞んでいる少女の瞳には、それはとても美味しそうなものに見えた。 少女は一口齧ると、ゆっくり味わって食べた。 「美味しい…」 そう言って少女は笑顔になった。 無数の黒い羽根がはらはらと空を舞っている。 憎しみを、呪いを、世界に撒き散らしている。 もういいんだよ。 地面に転がった何かの肉塊も、廃墟と化した風景も、何も知らなくていい。 一人と一体は幸せだった。
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ざがねくん
2020年9月17日
In デジモン創作サロン
彼は走っていた。 暗闇の中を。 ただひたすらに。 走って、走って、永遠に続くかと思われた暗闇に、一筋の光を見つけて。 光に向かって走ろうと思った途端に地面が崩れて、彼はそのまま落ちていった。 「っ‼︎」 飛び起きた彼、デスメラモンの目に入ったのは暗い灰色の壁だった。 一瞬何処か分からず辺りを見回すと、そこはハッピーワークのデジモン専用寮だった。 隣のベッドでは同室のデジモンが気持ち良さそうに寝ている。 そうか、さっきのは夢…。 少し安心した彼は時計を見た。 時間は朝の五時。丁度いい。 デスメラモンは同室のデジモン達を起こさないよう気を付けて部屋を出た。 人通りの無い街を、デスメラモンは走っていた。 リアルワールドに来てデジモンの人材派遣会社ハッピーワークで生活を始めてから、早朝ジョギングをするのが彼の日課になっていた。 と言っても、筋骨隆々の彼にはトレーニングとしては物足りない。体を鍛える為ではなく気分転換の方法として彼は走っていた。 ゆっくりとしたーーと言っても人間と比べるとはるかに速いーーペースで街を走っていると、前方に犬を連れた老婆が歩いていた。 デスメラモンは走るのをやめて歩いて近付く。 「おはよう」 「あら、おはよう。デジモンさん」 老婆はにこにこと笑っている。 老婆の名は海道信子。会社の近所に住んでいて、飼い犬のさぶちゃんと早朝散歩をするのが日課である。 デスメラモンがジョギングを始めてからよくすれ違うようになり、最近では挨拶や世間話をするような仲になっていた。 「お仕事はどう?確か家政夫をしているんだったわね。もう慣れた?」 「ああ。掃除も洗濯も問題無くやっている。あんたはどうだ?」 「私はいつも通りよ。さぶちゃんもほら、元気でしょう?」 デスメラモンはさぶちゃんを撫でる。ふわふわとした毛が気持ち良く彼の手を包んだ。 「今日もお仕事頑張ってね」 「…ありがとう」 デスメラモンは少し照れながら返事をすると、さっきより少し速めに走り出した。 授業の終わりのチャイムが鳴ると、本庄香奈は急いで荷物をランドセルに入れて教室を飛び出した。 後ろから先生の声がしたが構わずに走った。 学校を出ていつもの帰り道を走り抜ける。 途中の公園で立ち止まり、息を整えると、今度は早足で家に向かった。 家に着くと、心臓のどきどきとした動きがおさまるのを待ってからドアを開けた。 「ただいま!」 いつもは返事をしてくれる人などいない。 でも。 「ああ、おかえり」 リビングで洗濯物を畳む、おじさんことデスメラモンがいた。 香奈は自分の部屋に入るとランドセルを降ろした。 そして物陰からリビングの様子を見る。 デスメラモンは正座をして洗濯物を丁寧に畳んでいた。 大きな体のおじさんがちまちまと洗濯物を畳んでいるのが妙に面白くて、香奈はにへへと笑った。 香奈はランドセルから教科書とノート、筆箱を取り出すと、深呼吸してから部屋を出た。 リビングへ行くと、デスメラモンが香奈を見て言った。 「どうした?何か用か?」 「今日は、えっと、リビングで宿題をしようと思って…」 「そうか」 それ以上は何も聞かないデスメラモンにほっとしつつテーブルに教科書とノートを広げると、デスメラモンは興味深げに覗き込んだ。 「ほう、日本語か。字が大きくて読みやすいな」 「おじさんもお勉強してるの?」 「ああ。日本語と英語を少しな」 「英語も?」 「覚えておくといざという時に役立つらしい」 「そうなんだ…」 おじさんが英語で話す姿を想像し、何だか不思議と面白そうで香奈は少し笑った。 そんな彼女に首を傾げたデスメラモンは、時計を見て思い出したように言った。 「そういえば今日の晩飯の用意を頼まれてたな。おまえは何が食べたいんだ?」 香奈は少し考えて、 「カレーがいいな」 と言った。 「カレー…」 頭にはてなマークを浮かべているデスメラモンを見て、香奈はキッチンからカレールウの箱を取ってきた。 「これ、ここに作り方が書いてあるの」 「成る程…野菜と肉を鍋で煮込む…こいつを入れればカレーになるんだな…」 彼は冷蔵庫の中を確認し、足りない材料をメモに書いた。 「じゃあ買い物に行くか」 「うん!」 「ここがスーパーか」 香奈の住むマンションから徒歩15分程の距離に、スーパーオヤシロは建っていた。 店内に入り、カゴを持って先ずは野菜コーナーに向かった。 「じゃがいも、じゃがいも…これか」 陳列棚に並ぶじゃがいもを適当に見繕ってカゴへ入れる。 「それからにんじんか…」 買い物メモを見ながら野菜を物色していく。 他の客はちらりとデスメラモンを見ながらも特に気にすることもなく通り過ぎていく。 「あの、お客様?」 呼ばれた彼が振り向くと、そこには小柄な女性が立っていた。 「む、何か用か?」 「いえ、あの…お客様が迷っていらっしゃるようでしたので…何をお探しでしょうか?」 店内をうろうろしている姿が迷子のように見えたらしい。 「大丈夫だ。買うものは分かっている」 「そ、そうですよね…大変失礼致しました!」 そう言うと、女性は顔を赤くして去っていった。 「あの店員さんどうしたのかな?」 「さあな」 香奈とデスメラモンは二人で首を傾げた。 「まあいい。次は…肉だな」 二人はお肉コーナーへ行った。 其処には牛肉、豚肉、鶏肉が、調理法に合わせた形に処理されていた。 パックされた肉を見渡して、デスメラモンは迷っていた。 「肉にもこんなに種類があるのか…どれを買えばいいんだ…」 彼は困って香奈を見た。 しかし香奈もどの肉がいいのか分からず、二人は再び首を傾げた。 すると、先程の店員が 「あの…大丈夫ですか?」 と声をかけてきた。 「あんたはさっきの…肉を買いたいんだが種類が多くてな…」 「そうでしたか!…はっ!失礼しました…」 大声を出した店員はまた顔を赤くした。 「カレーを作るんだが、どの肉がいいんだ?」 「カレーでしたら…」 店員は陳列されている中から何種類かを取り出した。 「こちらのバラ肉はどうでしょうか?お値段お安くなっております。こちらはカレー用にカットされていますので、パックから出してそのまま鍋に入れられて時短になります。チキンカレーにするのでしたらもも肉が合いますね…」 店員の説明をうんうんと聞いて、デスメラモンは肉を見比べた。 「そうだな…このサイコロのようなやつが便利そうだ。これにしよう」 そう言って、サイコロカットされた商品をカゴに入れた。 店員はそれを見て笑顔になった。 「その…色々教えてくれて感謝する」 少し恥ずかしそうに顔を背けながら、デスメラモンは店員に礼を言った。 「いえいえ!お客様のお役に立つのが店員の仕事ですから!」 店員は顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。 その後も店員に色々と聞きながら必要な品物をカゴに入れていった。 香奈はデスメラモンに訊ねた。 「おじさん、お菓子買ってもいい?」 「お菓子か。いいぞ、持ってこい」 香奈は嬉しそうにお菓子コーナーへ向かった。 他に買う物がないかメモを確認していると、陽気な声が聞こえた。 声の方を見ると、ザッソーモンがソーセージを焼いていた。 「いらっしゃいませ!美味しいソーセージ、いかがですか!」 どうぞ、と焼けたソーセージに爪楊枝を刺してデスメラモンに渡す。 折角だからと食べてみると、なかなかに美味しい。 「これは美味いな」 「でしょう?今なら三割引ですよ!」 「お買い得ですよ!」 「そ、そうか…」 ザッソーモンと店員の勢いに押され、デスメラモンはソーセージを一袋カゴに入れた。 香奈はどうしたかとお菓子コーナーに行くと、彼女はお菓子を二つもって困った顔をしていた。 「どうした?」 「あのね、このチョコとクッキー、どっちにしようかなって」 香奈がそう言うと、デスメラモンは不思議そうに言った。 「両方買えばいいじゃないか」 その言葉に、香奈は驚いて目を見開いた。 いつもなら母にどちらか一個にしなさいと言われるのだ。 だがおじさんは両方買えばいいと言った。 お菓子を二つも買える…それは香奈にとって夢のような話だった。 「両方とも買っていいの?」 「ああ。ほら、この中に入れろ」 香奈はいそいそとカゴにお菓子を入れた。 --- 買い物メモの品が集まり、二人はレジに向かった。 レジで精算して、持ってきたエコバッグに買った品物を入れていく。 「今日は随分と世話になったな。感謝する」 「こちらこそお買い上げありがとうございます!」 店員は大きな声で返した後に今日何度目かの赤面になった。 「すみません…私ってば声が大きくて…」 それを聞いたデスメラモンと香奈はきょとんとした。 「声が大きいことが悪いことなのか?」 「えっ?」 「俺からすればあんたの声は聞きやすいんだが」 「そ、そそそ!そうですか!ありがとうございます!」 店員は声を張り上げて言うと頭を下げた。 「それじゃあ帰るか」 「うん」 「またのご来店を心よりお待ちしております!」 店員に見送られ、二人は家に向かって歩き出した。 「おじさん」 「なんだ?」 「あのね、えっとね…」 香奈は少し迷ってから思い切って言った。 「手をつないでもいい?」 「手を?」 デスメラモンが聞くと、香奈はこくりと頷いた。 彼は手を繋いだ経験がなかったので、彼女がどうしてそんなことを言ったのか分からなかった。 「俺の手でいいなら、ほら」 デスメラモンは手を差し出した。 香奈は笑顔になると手を握った。 そうして二人は手を繋いで家に帰った。 家に帰ると、香奈はリビングで宿題の続きを始めた。 デスメラモンはキッチンに行くと、早速カレー作りに取り掛かった。 まず鍋に水を入れると、デスメラモンは先程買った野菜を取り出してそのまま鍋に放り込んだ。 次に肉を取り出すと、それもそのまま鍋に入れた。 それからカレールウを入れて強火でぐつぐつと煮立たせる。 ルウが溶けてカレーの匂いがキッチンからリビングへ届いた。 その匂いに釣られてキッチンに来た香奈は、鍋の中を覗いて驚いてしまった。 「おじさん…お料理苦手?」 「何故だ?」 「それは…えっと…」 ストレートに言うとおじさんが悲しむかもしれない。 そう思った香奈は一生懸命に言葉を探した。 だが、まだ小学生の彼女には難しいことだった。 香奈が悩んでいる間に、デスメラモンは皿にごはんを盛り、カレーをかけた。 そして彼女の悩みも知らずに椅子に座らせて、机に皿を置いた。 「ほら、出来たぞ」 香奈はカレーを目の前にしてスプーンを握りしめた。 自分がカレーがいいと言った手前、食べたくないとは言えずにスプーンを動かしてカレーを掬う。 緊張しながら一口食べると、意外にも普通のカレーだった。 皮もそのままなじゃがいもに齧りついてみると、中はホクホクとしていい具合である。 人参は少し硬かったが、中まで火が通っていた。 香奈はもぐもぐと食べ進め、気付けば完食していた。 「美味かったか?」 「うん!」 彼女の返事にデスメラモンは嬉しそうにした。 食事が終わり片付けをしていると、 「ただいまー」 と玄関で声がした。 二人が見にいくと、香奈の母が立っていた。 「お母さんおかえりなさい」 「おかえり」 「ただいま!デジモンさん、お疲れ様です」 「そちらこそお疲れ様」 挨拶をすると、香奈の母はカレーの匂いに顔を綻ばせた。 「今日はカレーなのね…良い匂い」 彼女はそのまま匂いを辿ってキッチンに行くと、鍋の中身を見て驚いた。 「こ、これは…?」 「カレーだが?」 香奈の母はカレーとデスメラモンを交互に見てからうーんと唸った。 「お母さん、おじさんのカレーおいしかったよ」 香奈がそう言うと、香奈の母は困惑したまま笑顔を作った。 「じゃあ後で私も頂こうかしら」 「ああ。まだ沢山あるから腹一杯食べてくれ」 デスメラモンは少し自慢げに言った。 それから少し経ってデスメラモンが帰る時間になった。 「今日はこれで」 「ありがとうございました」 デスメラモンと母が挨拶を交わすと、香奈は彼に尋ねた。 「おじさん明日もくる?」 「ああ。明日も仕事だからな」 そう聞くと、香奈は嬉しそうに笑った。 これまでは家に帰っても誰も居なかった。 でも今は違う。 おじさんが家にいる。 ただいまを言うとおかえりを返してくれる存在がいる。 明日もまたおかえりがもらえる。 香奈はそれが本当に嬉しかった。
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ざがねくん
2020年3月21日
In デジモン創作サロン
 暗闇を一体のデジモンが走っていた。 彼の種族名はデスメラモン。全身に炎を纏ったデジモンである。 彼は孤独を愛し、群れを嫌った。他のデジモンと関わることもなく、何時も一人であった。  そんな彼にあるデジモンが勝負を挑んだ。彼はあっさりと倒してしまったが、その後敵討ちだと多数のデジモンに襲われ、彼は逃げるしかなかった。  彼は夜の世界を走った。 追いつかれたら袋叩きに遭うのは目に見えている。簡単にやられる程弱くはないが、多勢に無勢。こんなところでやられるのは御免だ。何処かで隠れてやり過ごそう。 そう思っていたが、運命の女神は変えを見放したらしい。 目の前の道は空虚に消えていた。 「行き止まりか…」  後ろを振り向くと、追手に囲まれていた。 「大人しくやられろよ!」  デジモン達がジリジリと近づいてくる。  どうする…どうすれば…。  彼は空虚を見て意を決し、飛び降りた。 重力が身体を下へと引っ張る感覚。 そのまま彼の意識も落ちていった。 「ここは…どこだ…?」  デスメラモンが目を覚ますと、彼は草の茂みに埋もれていた。 身体を起こして辺りを見回す。どうやらここは公園のようだった。 彼の周りでは、同じ様な顔をした多数の生物が様子を窺っている。 (こいつらは何のデジモンだ?天使型…にしては翼が無い…まさか新種か?)  考えるデスメラモンに一人の生物が近づいてきた。 思わず身構えた彼に生物は言った。 「大丈夫です。危害は加えません。安心して下さい」  安心などと言って油断した所を襲うつもりだな、とデスメラモンは臨戦態勢で相手を睨みつける。 だが、生物は肩をすくめると両手を上げた。 「見たとおり武器はありません。それに武術の心得もございませんので」  確かに目の前にいる生物はひょろっとしていて、デスメラモンが腕を振れば簡単に倒れてしまいそうだった。 彼は緊張を解くと尋ねた。 「ここは何処だ?お前達は何なんだ?」 「話をする前に場所を変えましょう。私と一緒に来て頂けますか?」  初対面の、正体の分からない生き物についていくことに不安はあったが、他に頼るあてもない。彼は大人しくついていくことにした。  案内されてやってきたのは、郊外の住宅街に建つ灰色のビルであった。 「さて…」  ビルの中の一室で、二人は向かい合って座っていた。 デスメラモンが部屋を見回していると、部屋にデジモンが入ってきた。 デジモンはデスメラモンの向かいの席に座った。 「まずは自己紹介を。私、玄田一郎と申します」  玄田はそう言うと、名刺を差し出した。名刺の裏面にはデジ文字で書かれており、デスメラモンでも読めるようになっていた。  玄田の隣に座っているデジモンも同じように名刺を差し出す。 「事務員のテリアモンなのでぃす」  語尾が変な喋り方だが、玄田は特に気にせず話した。 「貴方のお名前は…」 「デスメラモンだ」 「デスメラモンさん。はい」  玄田が言うと、隣に座っているテリアモンが書類に何かを書きこんだ。 「では簡単にお話します。ここはデジタルワールドではありません」 「デジタルワールドではない…だと!?」 「はい」  玄田はデジタルワールドではない世界…リアルワールドについて簡単に説明した。 「こちらの世界のことは何となく分かって頂けたでしょうか」 「あ、ああ…」  デスメラモンは戸惑っていた。 デジタルワールドの他にも世界があるなど考えたことがなかったからだ。 混乱するデスメラモンに玄田は淡々と話す。 「こちらの世界に来て間もないでしょうから、驚かれるのも無理もないかと。ではこれからこの世界、リアルワールドで生きる為の手続きをします」  そう言うと、玄田は書類を机に置いた。 「こちらの書類は、日本で戸籍というものを取得するための書類です」 「こせきとはなんだ?」 「戸籍はこの国に所属している証明書なのでぃす。戸籍があると身分証明に便利なのでぃす」  質問に答えたテリアモンがすごいでしょと言わんばかりのドヤ顔をした。 「近年、デジタルワールドとリアルワールドの繋がりが強くなってきておりまして、貴方のようにこちら側へ迷い込むデジモンが増えました。それで日本ではデジモンが安全に、安心して暮らせるように色々な制度を整備しました。戸籍もその一つです」  玄田は別の書類を取り出す。 「デジモンさんがデジタルワールドに帰れるよう研究も進められています。しかし、今はまだ帰る方法がありません。デジモンさんはこの世界で生きることになります。こちらをご覧ください。ここにはデジモンさんを保護する団体について記載されています。私達はこれ、この会社です」  書類に並んだデジ文字を指でなぞりながら玄田は言った。 「デジモンさんに住む家と食事、そして仕事を提供する…これが弊社『ハッピーワーク』の事業です」  それから一週間、デスメラモンは研修を受けた。 リアルワールドの基礎知識を学び、日本語の読み書きを覚えた。  身体検査と健康診断も受けた。 立ち会った看護師によると、デジモンの身体はリアルワールドとデジタルワールドで大きさが変わり、身体の大きなデジモンでも最大で5m程しかないらしい。 デジモンの身体はリアルワールドに来る時に圧縮されるという説があると看護師は語った。 成程そうかもしれないとデスメラモンは思った。  因みに彼の身長は215cmだった。  研修が終わり、デスメラモンは玄田に呼ばれて再び会った。 「研修お疲れ様でした。ではお仕事の紹介をさせていただきます」 「分かった」 「えーっと、ご希望は…」 「体を動かす仕事がいいのだが」 「少々お待ち下さい。テリア先輩、求人票を」 「これでぃすね」  テリアモンに渡された書類をチェックしていく玄田。 デスメラモンは少し緊張しながら待っていた。 チェックが終わった玄田は、少し残念そうな顔で言った。 「すみません。工事現場や工場などの仕事はもう空きがありません」 「そうか…」 「これ以外の職種に就いて頂くことになりますが宜しいでしょうか?」 「…仕方が無い。他の仕事を頼む」 「分かりました」  そう言うと、玄田は再び書類を読んだ。  そうしてチェックしていくうちに、ある求人票が目に留った。 「おや…これは…」  玄田は少し考えて、真面目な顔でデスメラモンに言った。 「貴方は家事はお得意ですか?」 「ここが貴方が働くことになるお宅です」  高層マンションの5階、右端の扉の前で、立間はそう言った。  デスメラモンに紹介された仕事は、とある家の家政婦であった。 彼は他の仕事にしてくれと訴えたが、玄田に説得され、結局家政婦の仕事をすることになった。それで、職員の立間累と共に雇い主の家へ来たのだった。 「今日は初日ですので、雇い主さんとの挨拶と家電の使い方等をお教えします。宜しいですね?」 「ああ。宜しく頼む」  では、と立間はインターホンを鳴らす。少し間があってから、はい、と小さな声がした。 「すみません、ハッピーワークです」 「ちょっと待ってください…」  かちゃりと音がして扉が開くと、小さな女の子が顔を出した。 「こんにちは。今日からこのおうちで働くハッピーワークです。お母さんはいますか?」  その問いに、少女は困ったように言った。 「お母さんは仕事に行きました」 「お仕事?」 「はい…」 「そうですか…困ったな…」  ちょっと待ってくださいねと立間はスマートフォンを取り出すと、どこかへ電話をかけた。 デスメラモンがふと少女を見ると、彼女は彼をじっと見ていた。  彼は自分の身なりを改めて見直した。 鎖は邪魔だと言われて外し、炎も危ないからと消して、クリーム色のエプロンを着て、胸の辺りには名札を付けている。 デジモンとしては少々迫力に欠けるが、家政婦としては普通の恰好だ。 「俺に何か変なところでもあるか?」  デスメラモンが声をかけると、少女は扉の後ろに隠れた。 それから少しだけ顔を覗かせると、 「えっと、ううん、何もないです…」  そう言って下を向いた。 そこへ、電話が終わったらしい立間が少女に言った。 「お母さんに連絡したから、おうちで待っていていいかな?」 「うん。分かりました」  少女は二人を家に入れた。 「君、お名前は?」 「香奈です」 「じゃあ香奈ちゃん、簡単でいいからおうちを案内してくれるかな?」 「うん」  香奈…本庄香奈の住む家は2LDKで、玄関を入ってすぐ左の部屋が香奈の部屋、右にトイレと洗面所、風呂がある。廊下を真っ直ぐ進むとリビングダイニングとキッチンがあり、リビングに繋がるように寝室があった。 「では依頼主が帰ってくるのを待つ間に家電の使い方を説明しますね」 「分かった」  立間は掃除機や洗濯機、オーブン等の家電の使い方をレクチャーした。 デスメラモンは初めて使う家電をおっかなびっくり使った。 そんな様子を香奈は物陰から見ていた。  諸々の説明が終わり、立間は事務所に電話をすると言って席を外した。 彼と入れ違うように香奈がデスメラモンの傍に寄って来た。 彼女はデスメラモンをまじまじと見つめた。 「なんだ、俺のことが気になるのか?」  そう言うと彼女は、 「えっと、おじさんかっこいいなって思ったの」  と、顔を赤くして言った。 「格好いいか…」  彼は少し機嫌が良くなった。 その時、香奈のお腹がぐうとなった。 「腹が減ったのか」 「うん…」 「ちょっと待ってろ」  デスメラモンは、炊飯器に残っていた白飯と棚にあった海苔を取り出した。そして大きな手で白飯を掴むと、ぎゅうぎゅうと丸めていく。最後に海苔をぺたぺたと張り付けた。  そうして出来あがったのは特大のおにぎりだった。 「出来たぞ。食え」 「う、うん…」  香奈は両手でおにぎりを持つとがぶりと齧った。 もぐもぐと口を動かしてまたひと口、もうひと口と夢中で食べている。 デスメラモンはその様子を見てうんうんと頷いた。 「どうだ、美味いか?」 「うん…おいしいです」  そこへ戻ってきた立間が驚いて言った。 「随分と大きなおにぎりですね!?」 「ああ、幼年期にはしっかり食べて進化…じゃなくて成長してほしいからな」 「そうですか…」    立間はおにぎりを頑張って食べる香奈を見て、少し困ったような顔をした。  香奈はお茶をごくごくと飲み、デスメラモンに言った。 「おじさん、ありがとう」 「…仕事だからな」  感謝の言葉に少々照れながら、彼はそっけなくそう言ったのだった。  その後、仕事を早く切り上げて帰ってきた香奈の母親に挨拶をし、立間とデスメラモンは会社に帰ってきた。 会社と同じ敷地に建てられたデジモン用の寮に、デスメラモンも住むことになった。 同室のデジモンに挨拶をしてから布団に潜り込んだ彼は、香奈の言葉を思い出していた。 (ありがとう、か…)  俺も案外出来るんじゃないか。  家政婦という仕事に少し前向きになったデスメラモンだった。 #デジハピ
デジモンハッピーワーク第一話 content media
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ざがねくん
2020年2月24日
In デジモン創作サロン
 ボクはテリアモンでぃす。 この喋り方は癖なのでぃす。デジタルワールドにいたときからこんな喋り方なのでぃす。  ボクはデジタルワールドで暮らしていたのでぃす。ところがある日崖から落ちてしまったのでぃす。  そうしたらなんと、リアルワールドに来ていたのでぃす!ボクはとってもびっくりしてしまったのでぃす。  リアルワールドはデジタルワールドとは似てたり違ったりが色々なのでぃす。デジモンの代わりにニンゲンやドウブツというのが生きている世界でぃす。  ボクはリアルワールドを彷徨ったのでぃす。ニンゲンに変な目で見られたり、追いかけ回されたりもしたのでぃす。 あの時はとても辛かったのでぃす。  そんな時、あるニンゲンがボクを助けてくれたのでぃす。そのニンゲンはソノダさんと言うのでぃす。  ソノダさんはボクに住むおうちを用意してくれたのでぃす。 それだけじゃなくて、リアルワールドについて色々教えてくれたのでぃす。 そして言ったのでぃす。 「デジモンに住む家と食事、仕事を提供する、それが私達が働いている会社…ハッピーワークです」  ボクはいっぱい勉強したのでぃす。 ニホンゴもエイゴも頑張って覚えたのでぃす。 それから働くということや、デジモンがリアルワールドで生きる為に必要なことをしっかり学んだのでぃす。  そんなある日、園田さんからお仕事をしませんかと言われたのでぃす。 ハッピーワークではデジモンが生きるのに必要なお金を稼ぐ為の仕事を紹介してくれるのでぃす。 ボクはお金が欲しい気持ちもあったけど、それより人間の仕事をやってみたい気持ちでいっぱいだったのでぃす。 だから、「やるでぃす!」と大きな声で言ったのでぃす。  ボクが働くことになったのは、老人ホームというところだったのでぃす。 園田さんによると、ここには人間の究極体が住んでいるのだそうでぃす。 「いきなり究極体に会うなんて緊張するでぃす…」  園田さんに言うと、 「まあ究極体って言っても年齢をデジモンの成長過程に置き換えただけだから、心配しなくても大丈夫ですよ」 なんて笑ってたのでぃす。  老人ホームには、しわくちゃの人間がいっぱいいたのでぃす。 もっとすごいオメガモンみたいなのがいると思ってたから拍子抜けだったのでぃす。 でも、みんな優しくてボクを可愛がってくれたのです。  老人ホームでのボクの仕事は、ごはんのお世話に、散歩に付いていったり、話し相手になることだったのでぃす。  ボクは一生懸命頑張ったのでぃす。 ごはんがおいしくないから食べたくないおじいちゃんには、こっそりおやつをあげて怒られたり、散歩の途中で迷子になったり、失敗もいっぱいしたけど、それでも頑張ったのでぃす。  たくさんいる老人ホームのおじいちゃんおばあちゃんの中でも、橘のおばあちゃんとはとっても仲良しになったのでぃす。 おばあちゃんはボクを「テリアちゃん」と呼んで可愛がってくれたのでぃす。 昼寝の時はおばあちゃんの横で一緒に寝たのでぃす。ごはんの時も一緒だったのでぃす。 とっても楽しくて、幸せな日々だったのでぃす。  ある日、ボクが橘のおばあちゃんの部屋へ行くと、おばあちゃんは泣いていたのでぃす。 「どうしたのでぃすか⁉︎怪我したのでぃすか⁉︎」 ボクが聞くと、おばあちゃんは涙を拭いて言ったのでぃす。 「弘文が…息子が、今日は面会日だったのに来れなくなったって…。先月もその前も、仕事で来られなくて…」 「おばあちゃん…寂しいでぃすね…」  ボクはおばあちゃんを抱きしめたのでぃす。 「大丈夫でぃす。来月は絶対会えるでぃす。それまでボクがそばにいるのでぃす」 おばあちゃんはボクを抱きしめ返してまた泣いたのでぃす。 それからしばらくして、ホームの玄関を掃除していたら、緑色のデジモンが現れたのでぃす。 「おうおうこんな所でお掃除してるんでちゅか〜えらいでちゅね〜」 「ボクを馬鹿にするなでぃす!」  こいつはオーガモンでぃす。 デジタルワールドではデジモンハンターとか呼ばれてる好戦的なデジモンでぃす。 「ここに何の用でぃすか!」 「あ〜ん?チビの癖に強がっちゃって。俺様はここに究極体がいるって聞いたから戦いにこただけだ!ほらとっとと呼んでこい!」 「違うのでぃす!ここに居るのは人間だけでぃす!」 「うるせぇ!まずテメーから叩き潰してやんよぉ!  オーガモンの持ってる棍棒が振り下ろされ、ボクは咄嗟に躱したのでぃす。 「何の騒ぎ?」  騒ぎに気付いたみんなが玄関に集まってきたのでぃす。 「テリアちゃん!」 「来ちゃだめでぃす!」  橘のおばあちゃんがボクに駆け寄ったのでぃす。 「なんだこいつら?しわくちゃでヨボヨボじゃねえか。まさかこんなのが究極体なのかぁ?ふざけるんじゃねえ!」  オーガモンは橘のおばあちゃんを掴むと、ブン、と力任せに投げたのでぃす。 「おばあちゃん!」  助けなきゃ!絶対に!  そう思って走り出したボクの身体が光り始めたのでぃす。 体が大きくなっていくのを感じたのでぃす。  長い耳はそのままに、両手にガトリングアームを装着した姿。 ボクはガルゴモンに進化したのでぃす。  大きくなった体だと走るスピードが速くなったのでぃす。 おばあちゃんが地面にぶつかる前に追い付いて抱きとめたのでぃす。 おばあちゃんは困惑した様子でボクを見ていたのでぃす。 「えっと…もしかしてだけど、テリアちゃんかい?」 「そうなのでぃすよおばあちゃん!」 「随分大きくなって…」  おばあちゃんを地面に下ろすと、ボクはオーガモンを睨みつけたのでぃす。 「この姿なら相手をしてやるのでぃす!」 「進化したぐらいでいい気になるんじゃねえ!」  睨み合いになったその時でぃす。  パトカーが何台もやってきて、中からお巡りさんがいっぱい降りてきたのでぃす。その中にはデジモンも混ざっていたのでぃす。 そしてオーガモンを囲むとあっという間に捕まえちゃったのでぃす。  それでオーガモンはパトカーに乗せられて連れて行かれたのでぃす。  パトカーはホームのヘルパーさんが警察に通報したから来てくれたそうなのでぃす。  ボクは橘のおばあちゃんだけでなく、ホームの皆から感謝されたのでぃす。  その日は葉っぱが紅くなって、秋の匂いがしたのでぃす。  橘のおばあちゃんがとっても嬉しそうな顔をしていたのでぃす。 「おばあちゃん、何か良いことがあったのでぃす?」 「テリアちゃん、明日息子が会いに来てくれるって!」 「それは良かったでぃす!」 「ずっと会えなくて寂しかったけど、やっと会えるんだねえ」  おばあちゃんの笑顔を見ると、ボクまで嬉しくなっちゃうのでぃす。 でもボクは知らなかったのでぃす。 この笑顔がおばあちゃんの最後の表情だってことに。 「救急車来ました!」 「担架を!」  ホームのヘルパーさんも、往診に来ていたお医者さんも、慌てていたのでぃす。 運ばれいくのは橘のおばあちゃんだったのでぃす。  ボクは慌てて追いかけたのでぃす。 そして救急車に飛び乗ったのでぃす。 「あっこらっ!」 「お願いでぃす!連れていって欲しいのでぃす!」 「しかし!」 「…仕方がない。君、橘さんの手を握ってあげてくれないか?」 「わかったのでぃす!」  それから病院に着くまで、ボクはおばあちゃんの手を握っていっぱい話しかけたのでぃす。 おばあちゃんはちょっとだけ目を開けるとボクに笑いかけた…ように見えたのでぃす。  病院に着くと、ボクは廊下でひとりぼっちで待ってたのでぃす。 そうしたら、人が数人現れて、おばあちゃんの部屋に入っていったのです。  それからずっと待っていたら、扉が開いてお医者さんが出ていったのでぃす。 ボクはおばあちゃんの部屋に飛び込んだのでぃす。 そこには。 静かに、音も立てず、ただ体を横たえた、橘のおばあちゃんがいた。 「おばあちゃん…?」  部屋に居る人は皆泣いていたのでぃす。 ボクはおばあちゃんの手を握ろうとしたのでぃす。 そうしたら部屋から追い出されたのでぃす。 「何で!ボクもおばあちゃんと一緒にいたいでぃす!」 「今は親族以外は立ち入り禁止だ」 そう冷たく返されて、扉は閉まったのでぃす。  ボクは泣いた。 優しくて仲良しだった橘のおばあちゃん。 もっと一緒に遊びたかった。 色んな話が聞きたかった。 もう、二度と会えない。  悲しくて、苦しくて、つらくて。 ー寂しかった。  葬儀は無事に終わり、参列者の方々が挨拶や談笑をしていたのでぃす。  橘のおばあちゃんは真っ白な服に、ちょっと明るめの口紅を塗って貰っていたのでぃす。 ボクはお棺におばあちゃんの大好きだった花をいっぱい入れてあげたのでぃす。 「橘のおばあちゃん…」  ボクが一人でいると、男性が近付いてきたのでぃす。 その男性は、橘のおばあちゃんの息子さんだったのでぃす。 「…老人ホームでは母さんの面倒を見てくれてありがとう」 「お礼なんていいのでぃす」 「そうか…なあ、渡したい物があるんだ」 そう言って、息子さんは小さな箱を取り出したのでぃす。 開けると、中には二つの指輪が入っていたのでぃす。 「これ、俺の両親の結婚指輪。もらってくれないか?」 「指輪…でぃすか」 「本当は棺に入れようかと思ったけど、お世話になった君に持ってもらえた方が良いと思って」 「…本当にいいのでぃすか?」 「ああ、それを見て、時々でいいから母さんのこと思い出してほしい」 「わかったのでぃす」  ボクは受け取った指輪を鞄になおしたのでぃす。 「じゃあボクは帰るでぃす」 「ああ、元気でな」    会社が用意してくれた寮に戻ると、ボクは指輪を宝物入れに仕舞ったのでぃす。  おばあちゃん。ボクは忘れないでぃす。  楽しかったことも、悲しかったことも。  だから…。 「おはようございますなのでぃす」 「おはようございます、テリア先輩」  新人の玄田さんと挨拶すると、書類の束が机に積まれたのでぃす。 「玄田さんこれは…」 「連休中に溜まったものです。よろしくお願いします」 「うう…多すぎるのでぃす…」  あれからボクは老人ホームから会社の事務員に変わり、毎日目の回る忙しさでてんてこまいなのでぃす。  でも、ボクはこれからも橘のおばあちゃんを忘れずに生きていくのでぃす! ーテリアモンの日誌 #おまラス #デジハピ
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