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フォーラム記事

ユキサーン
2024年6月18日
In デジモン創作サロン
前の話へ もくじへ  なんなんだ、こいつは。  それが、自分の尾で胴体を刺し貫き、退化を経てもなお死んだも当然の状態にしたはずの獲物の姿を見た、デビドラモンの率直な感想だった。  この姿に至るまでの過程でそれなりの数、デジモンを糧として殺してきた身の実感として、どのぐらいの傷を負わせれば致命傷になるのか彼は理解しているつもりだった。  だからこそ、目の前の獲物――ベアモンの平然とした様子に驚きを隠せない。  一時的な進化の最中に受けたダメージは、確かに退化と共にある程度無かったことになる。  だが、それは結局ある程度と呼べる程度の話でしかなく、まして致命傷を受けての退化であれば身動き一つ取れなくなって当然だ。 (どういうことだ。この頑丈さ、普通に考えてありえないだろ……?)  にも関わらず、ベアモンは明らかに軽快な挙動で動けている。  無理をしているとか、疲れを押し殺しているとか、そんな素振りは見当たらない。  呪眼が通用しなかったことといい、変化した目の色といい、このベアモンはいったい何者だというのか――そんな疑問など答える気もないといった調子で、ベアモンは一度首をコキリと鳴らした後、デビドラモンに対して駆け出してきた。  グリズモンの姿の時のそれを超えるスピードに対し、デビドラモンはされど動揺したりはせず、素早く右腕を振り下ろす。  が、ベアモンもまた反撃に動じることなく、振り下ろされた右腕の真下をスライディングで潜り抜け、そのまま両手を地に着けると力を込めて跳ね上がった。  身軽に放たれたドロップキックはデビドラモンの腹部に直撃し、成長期デジモンのそれが出力出来るとは思えぬ衝撃が彼の電脳核を揺らしていく。 「グ……!? お前ッ!!」  即座にデビドラモンは左手で腹部付近にいるはずのベアモンの体を掴み取ろうとするが、その手に獲物を掴んだ感触は無く、別の部位から異なる感触が返ってきた。  即ち、尻尾。  自分の尻尾が掴まれている、と気付いた時には遅かった。  ベアモンはその両手と右肩でデビドラモンの尻尾の先端に近い部分を掴み取ると、   「ふんっ」 「な……うおおおおっ!?」  ぐい……っ!! と。  デビドラモンの体を、一本背負いのような挙動と共に、燃えて倒壊した建物の瓦礫に投げ込んでいく。  重量を感じさせる音が響き、苦悶の声が遅れて漏れる。  瓦礫が帯びていた炎が体に燃え移る、なんてことにはならなかったようだが、自らの重量をそのまま攻撃力に転換した一撃を受けて、デビドラモンの口元からは血が滲んでいた。  成長期、と呼ばれる普通のデジモン達とは一線を画す力。  獲物でしかなかった存在が、続けざまに痛手を負わせてきている事実。  その原因も理由も何も解らないデビドラモンの心に浮かんだのは、驚きや恐怖……ではなく、欲望であった。  デジモンは、デジモンを喰らえば喰らうほどに強くなる。  喰らうデジモンが強ければ強いほど、尚の事。 (こいつを喰らえば、俺は更なる力を手にすることが出来る!!)    負ける、殺されるという可能性は、確かに恐れに繋がるだろう。  だが彼にとって、自分を打ち負かしそうなほどの強さは、翻ってそれを踏み潰した時の成長の大きさ――そしてそれに伴う歓びに直結する。  ある種、戦闘種族たるデジモンらしい欲求と思考回路。  不測の事態さえもプラスに考えるその姿勢は、彼自身仲間から皮肉を交じえられながらも褒められたことでもあった。  一方で、獲物としての位を知らぬ間に上げられたベアモンはと言えば、デビドラモンから視線を外しながら、少し困ったような表情を浮かべていた。 「……あ、いけね。加減を誤ったか。ガキ共と顔合わせする前には戻しとかねえと……」  見れば、その視線は自らの左足に向けられており、デビドラモンの巨体を小柄な身の丈のまま投げ飛ばす際に支えとした反動なのか、視線の先にある左足からはどくどくと血が流れ出ていた。  よく見ると、骨格も少し潰れているように見える。  痛みに苦しんだりしている様子は無い。  言葉が帯びる危機感も、玩具を誤って壊してしまった子供か何かのように軽いものだ。  調子を確かめるように触れながら、その視線はデビドラモンのほうへと戻される。  戦意が衰えるどころか強まった様子の邪竜を見て、僅かに呆れを宿した声色で彼は言う。   「力量差を察したなら、さっさと逃げればいいものを」    直後に。  ベアモンは、後ろに向けられていた自分の帽子のつばを前に向かせ直し。  デビドラモンは構わず、自身の周囲に暗黒のエネルギー弾をいくつも展開させていく。  闇の種族が好んで扱う攻撃技の一つ、ヘルクラッシャー。  単なる物理攻撃と比較して、エネルギーの消費が大きい事も相まってグリズモンには使わなかったその攻撃手段を必要と感じる程度には、目の前のベアモンの能力を評価したのか。 「仕方ねえ」  しかし、直撃すれば並みのデジモンの肉体は粉砕されかねない技を前に、特に動揺する様子もないままベアモンはその言葉を呟いた。  死の宣告として。 「――進化――」  直後の事だった。  ベアモンの体を光の繭が覆い尽くし、その内側で彼の体は瞬きの間に再構築されていく。  存在の要たる電脳核が逆巻くごとに、表皮が剥がれ、輪郭は溶けて、臓腑の全てが掻き混ぜられ、異なるカタチへと書き換えられる。  浮かび上がった輪郭を新たな色が満たし、剥き出しとなったワイヤーフレームに毛皮が張り付き、瞳に意志の炎が灯る。  そうして現れたのは、四足歩行の骨格という一点こそ類似していても、グリズモンとは異なる種族だった。  目元の蝙蝠の羽で覆い、四肢に鋭利な刃を束ねて備えた、血を貪る魔性の狼。  成熟期の、アンデット型ウイルス種。 「――サングルゥモン――」  夜風が、その毒々しさすら覚える紫の獣毛をなびかせる。  暗夜に現れたその姿を、つい少し前に見せたそれとは異なる成熟期に進化したという事実を前に、されどデビドラモンは深く考えずに闇のエネルギー弾を解き放った。  一発一発がデビドラモン自身の握り拳の三倍近くの大きさを誇るそれ等は、ほぼ同時にサングルゥモン目掛けて飛んでいく。  サングルゥモンは直進する。  エネルギー弾の隙間を駆け、デビドラモンとの間合いを詰める。  ベアモンの姿の時点で、そのスピードが並みのそれではないことはデビドラモンも把握していた。  だからこそ、続けて繰り出した両手の爪の一振りも含め、避けられるのは予定調和。  本命は、死角からの攻撃を見切っての尻尾の鉤爪!! 「獲ったぁ!!」    最初の噛み付きといい、尻尾を掴んでの投げといい、二度も死角から攻撃を繰り出されたのだ。  目の前の敵が、グリズモンとは異なり死角からの攻撃を好むことは、傾向として読み取れた。  スピードで追いつけないのなら、追いつこうとしなければいい。  動きを制限させ、隙をあえて見せて、致命の一撃を見舞えるチャンスを錯覚させれば、その瞬間こそが逆にこちらから獲物を仕留めるチャンスとなる。  攻撃を受けることが前提にはなるが、体の頑丈さには自信があり、痛みさえ我慢すれば勝ち筋があるという希望的観測は、少なくとも彼にとって最適解として感じられるものだった。  が、   「選択肢としては悪くない」  サングルゥモンは死角に回り込みながらも、近付いたりはしなかった。  いや、厳密には近付こうとする動作自体はあったが、寸前で距離を置いていた――置き土産とでも言わんばかりに刃を投げ放ちながら。  投げ放たれた刃が、先読みで動かされていた尻尾の先端の鉤爪に命中し、三つに分かれた鋭爪を傷付ける。   「チッ」  思い通りにいかなかった事実に舌打ちが漏れる。  ダメージを覚悟して構えている以上、この程度で音を上げている場合ではない。  それを自覚しているデビドラモンは、すぐさまサングルゥモンの姿を目で追っていく。  暗黒のエネルギー弾を牽制として放ち、大振りの一撃を囮に本命を叩き込む。  時には攻撃手段の役割も変えて、タイミングもズラし、サングルゥモンのスピードにも目を慣らしていく。  デビドラモンの選択は、ある程度は間違いではなかった。  サングルゥモンは真正面から攻める事に危険が含まれると認識していて、攻め口が死角に限られている。  ベアモンの姿の時には小柄な体格を活かして懐に潜り込むことも容易だっただろうが、成熟期相応に大きくなったサングルゥモンの体では、あそこまでの大胆な接近は出来ない。  やはり死角からの致命の一撃を勝ち筋としている、と確信した彼は気付けば口角さえ上げていた。 (どんなカラクリがあろうと、一度退化に追い込まれた奴相手に削り合いで負ける道理はねぇ)    ドラモンの名前を持つデジモンは、そんじょそこらのデジモンと比べても再生力が強い。  多少の傷は気付けば塞がっている以上、致命傷以外に拘る理由は無い。  殺されなければ、そのうち殺せる。  魚が餌に食い付くのを待つ釣り人のように、機会を待つ。  事実、最適解を選んだ結果として、サングルゥモンから致命の一撃を貰うことは無く、対してデビドラモンの爪は少しずつサングルゥモンの体を掠め始めた。  あともう少しで、爪が血肉を捉える――そんな確信に明確な笑みが浮かんだ  直後に。  デビドラモンは、激しい眩暈に襲われた。   「――な……?」  傷はそこまで多く負っていないはずだ。  血は大した量流れていないはずだ。  町の獲物も、コイツにやられた仲間も自らが喰らって、力は十分に蓄えられていたはずだ。  突如として自分の身を襲った倦怠感、頭痛に吐き気に、デビドラモンはそれまでの勝利への確信も忘れて動揺していた。  前提が、崩れている。  それも、全く気付かない内に。  息が 「……やれやれ……」  倦怠感に動きを鈍らせたデビドラモンに向け、サングルゥモンは呆れたように口を開いていた。  彼も彼で、デビドラモンの戦い方は間違いは無く、戦いが長引けば『もしも』は有り得るものと見ていた。  無論、だからこそ戦いを長引かせる気など毛頭無く、サングルゥモンにとってこの異変は狙い通りのものでしか無いわけだが。 「まさかとは思うが――」  そう。  デビドラモンの思考には、サングルゥモンの能力に対して一つだけ致命的な楽観があった。 「――吸血鬼が、牙からしか『吸血』出来ないとでも思ってたのか? 流石に見くびりすぎだぞ」  サングルゥモンとは、そもそも吸血――敵対者の生命たるデータを根こそぎ吸い尽くし、自らの糧とする事――を得意とするデジモンの一種だ。  同じような性質を有するデジモンは他にも多々いるが、基本的には鋭い牙で他者の血を吸い取ることを特徴として語られ、それ等は有名になっている。  だから、デビドラモンも牙での攻撃を最大源に警戒していた。  事実、サングルゥモンに進化する以前の段階で、どうしてかベアモンの姿でもその牙で吸血を行っていたのだから、牙に警戒心を抱くのも当然ではあっただろう。  だが、そもそも根本的な話として。  牙からしか吸血が出来ない、なんて情報は語られてすらいない。  吸血鬼と呼ばれる存在を根源としているデジモン達の血肉は、どのようなカタチであれ血を吸うことを可能としている。  つまり、   「指であれ刃であれ、血に触れさえすれば吸うことは出来る」  デビドラモンの血液は、攻防の最中に吸われ続けていた。  一撃一撃、体に傷をつける度に、そうして出血させると同時に、それこそ生き物のように。  牙ではなく、サングルゥモンが四肢から合間合間に投げ放ち、デビドラモン自身も生じた傷の程度を軽んじた――鋼鉄の刃によって。  傷はすぐに治るから平気、出血も少ないから問題は無い、などと楽観が許される話ではなかったのだ。  吸血を特技とするデジモンの攻撃という時点で、それ等全てに吸血の効果は含まれている。  だから、表面上の傷の塞がり様とは裏腹に、デビドラモンの体力は着実に枯渇の一途を辿ってしまう。 「博打は避け、抵抗する力を極限まで奪う。この程度は狩りの基本だぞ」 「――っ、ぐ……」    力は入らない。  呼吸は荒れ続ける。  疲れが許容ラインを超える。  狩る側と狩られる側、その優劣は反転した。 「さて、と」 「――まだ、だ俺、はもっと」 「仕上げだ」  獲物の言葉を頭が受け付けられない。  倦怠感と頭痛が重なり、思考も動作もおぼつかない。、  そんな敵対者の事情など意に介さず、吸血狼は一気に駆け出していく。   「命を貰うぞ」    あっけない幕引きであった。  動きが決定的に鈍ったデビドラモンの喉元にサングルゥモンが食らいつき、その勢いのまま上体に体重をかけて押し倒す。  デビドラモンの身体を構築していたデータが、彼が自らを高めるために糧としてきたデータが、恐ろしい速度で抜き取られていく。  デビドラモンの意識は恐怖や後悔を覚える間も無いまま闇に途絶え、肉体は数秒のちパラパラと塵となって消滅した。  燃え盛る町の一角には、もうサングルゥモン以外のデジモンの姿は無い。  敵対者の生命を吸い尽くした狼は、その視線を別の方向へと移しながら、呟く。 (――クソマズいが、流石に闇の種族。糧としては最適か)  向けられた視線の方角は、ベアモンが今に至るまで進んで行ったそれとは真逆。  それまでの『自ら』の行動を拒絶するような形で、サングルゥモンは走り出す。 「……ったく。雑兵でこれだと、ガキ共は大丈夫なのかね」    鮮血が飛び散る。  進化して大きくなった体のあちこちが痛む。  グラウモンに進化したユウキとコカトリモンに進化したトールの二人は、揃って白き凶器の人型に圧倒されていた。  燃え盛る橋の上で、立て続けに肉を裂く音が響く。   「グウッ……!!」 「ユ――ぐあっ!?」  喉の皮膚を浅く裂かれたユウキが苦悶の声を上げ、それに反応したトールもまた眉間を斜めに斬られてしまう。  反撃を繰り出しても、腕を振るったり体格差を活かして踏み付けようとしている頃には、その怪物はとっくに間合いの外に出ている。  攻撃にしろ移動にしろ、速度が段違い過ぎる、というのがユウキとトール二人の共通の見解だった。  白き凶器の人型の取っている戦法は、言葉にすればシンプルなヒット&アウェイに過ぎない。  攻撃しては離れ、攻撃しては離れを繰り返し、という堅実な立ち回り。  それ自体は別に特別なやり口ではないのだが、それが実行される間隔があまりにも短い。  一秒ちょいで肉薄され、二秒目には狙われた部位を斬られ、そして三秒目には離れられている。  ユウキの――人間の感覚で例えれば、蚊や蝿などの羽虫が刃物を携えて、通常と変わらぬ速度で迫っているようなものだ。  辛うじて致命傷だけは免れられている理由など、本能に引っ張られての反射行動のおかげ以外の何でもない。   (クソッ……このままじゃ嬲り殺しだぞ!! 何か……何か隙とか無いのか!?)  息つく暇もない、とはまさにこの事だろうとユウキは思った。  攻撃は、離れている時にも飛んでくる。  腕や脚が振るわれる度に、エアーナイフと呼ばれる真空の刃を放つ技が繰り出され、ユウキとトールの体のあちこちを刻み血を流させてくるのだ。  これまで、チーム「チャレンジャーズ」として少なくない数のデジモンと対峙してきた二人だったが、ここまでの速さを備えたデジモンとは戦ったことが無かった。  速度の一点だけ見ても、トールからすれば山で交戦した狂暴化ガルルモンなど軽く超えている。  敵が少なく見積もっても成熟期かそれ以上の位に位置するデジモンである以上、対抗するためにグラウモンに進化したこと自体はやむを得ない選択だったが、体格と重量の増大が戦況の好転に繋がることはなく、むしろミサイルの炎が燃え広がり続ける今の環境下では頑丈さと引き換えの移動範囲の制限にしかなっていない。  このままではただの延命にしかならない。 (エギゾーストフレイムは使えない。当たるとも思えないし、この状況で火気を増大なんかさせたら助かる可能性を余計に縮めちまう。出来ることは……) 「プラズマブレイドッ!!」    言霊と共に、ユウキは両肘にある刃状の突起に青白いプラズマを帯びさせる。  直後に真空の刃が迫り来るが、その軌道にプラズマの刃を添える形で構えると、真空の刃はプラズマに分解されて無害化される。  続いて白き凶器の人型が直接切り込みに来ると、ユウキは即座に刃を備えた腕を振るう。  ジャギン!! と金属同士が擦れ合うような音が響いた時には、既にユウキの右腕のプラズマ帯びた刃と白き凶器の人型の右手にあたる刃が鍔迫り合いを起こしていた。  至近距離で最小限の言葉が交わる。 「――このぐらいは出来ないとね」 「――八つ裂きにすんぞクソボケ」  余裕と悪態、言葉一つ取り上げても互いの優劣は見て取れる。  回数を重ねたことで、姿こそ捉えられずとも攻撃の感覚は掴めたため、勘頼りの一撃が偶然にも当たりはしたが、偶然は偶然――そう何度も起こりはしない。  防戦を続けていても、勝機など来ない。  だが、かと言って反撃の糸口も無い。  ユウキにもトールにも、白き凶器の人型のスピードに追いつける能力なんて無いのだから。 (どうすれば……)  奇跡が起きて完全体に進化出来たとしても、その力でトールやアルスを助けられるビジョンが見えない。  ただ強く大きくなるだけではどうにもならないのに、そのどうにもならないビジョンが頭から離れない。   「ぐ、ぎああああああっ!!」 「トールッ!!」  そうこう焦っている内に、攻撃は更に苛烈になっていく。  白き凶器の人型の刃がトールの体を横一線に切り裂き、ダメージの許容量を超えた体はすぐさまコカトリモンのそれからエレキモンのそれへと退化してしまう。  マトモに立ち上がる力も残されていないのか、倒れ伏したままのエレキモンは息をするだけでも苦しげな様子だった。  無理も無い。  炎を必殺技として用いるグラウモンの体ですら、熱いと感じる環境――炎に関する攻撃手段を持っているわけでも無いエレキモンには耐え難いものだろう。  そういう意味では同じ条件下にあるはずの白き凶器の人型は、何故こうも平然と動いていられるのか。  何か、種族単体では説明出来ない何かを感じる。  だが当然、それを推理している暇など、追い詰められている側の彼等には無い。   「まずは一匹――」 「――やらせるかッ!!」  退化したエレキモンをそのまま即座に仕留めようとした白き凶器の人型の刃を、間一髪でユウキが左腕で遮ることでエレキモンを護る。  だが、代償として刃はユウキの――グラウモンの左腕を貫き、直後に引き抜かれた箇所からは決して少なくない量の血が吹き出てしまっていた。  激痛のノイズが思考に雪崩れ込む。  意識するまでもなく瞳孔が細まり、苦しさに伴って怒りが増す。  痛みを感じ続ける左腕どころか、脳髄さえ燃え上がるような感覚があった。 「グ、グゥ……ッ!!」   その灼熱を耐えるように、尻尾が地面を打つ。  歯の隙間から炎をチラつかせつつも、意思を強く持つ。 (――出来ない、なんて決め付けている場合じゃない)    白き凶器の人型のスピードには追いつけない。  グラウモンの巨体では小回りが利かず、鋭さを帯びたあの人型デジモンを捉えることが出来ない。  ――そんな前提で考えて、無理なものは無理だと決め付けている自分自身の思考に、熱を宿す。 (やらないといけないんだ。そんな自分に成れなければ、護る事も助ける事も出来やしないんだ)  出来ない、という前提で考えてはどうにもならない。  出来る、という自分自身を信じる他に道は無い。  不可能だと思い知るに足る前例があるとしても、それを覆さなければ道が途絶えるというのなら。  途絶えそうな道を、それでも進み続けたいと願うのであれば。 「……死んでたまるか。死なせてたまるか……」  誓え、そして戦え。  それが出来なければ望みが叶わないという一点において、人間とデジモンの間に差は無いのだから。 「――帰らないといけない場所があるんだッ!!!!!」  言葉の直後だった。  突如として、ユウキの体の周囲にノイズのような何かが生じたかと思えば、その姿がカゲロウのようにブレた。  まるで、その姿が幻であったとでも言うように、深紅の魔竜の巨体がザラザラとした何かに変じ、直後に異なる何かが出現する。  瞬きの間に現れたそれは、直進していた白き凶器の人型に対して同じく真っ向から突っ込むと、右手を拳の形に固めて殴りかかった。 「何……!?」 「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」    突然の出現に驚いたという事も相まってか、右の拳は見事と言えるほどにクリーンヒットした。  その威力に圧されて後方へ飛ばされると、硬く鋭い金属の体の持ち主にとって、快くは無い音が遅れて響く。  今回の対峙において、白き凶器の人型が初めてダメージらしいダメージを負った瞬間であった。  予想外の出来事、それを引き起こした張本人の姿を、白き凶器の人型とトールはそれぞれ凝視する。    銀の髪、赤い鱗肌、長い尻尾、黒の線と危険視の刻印――それ等を兼ね揃えた、ヒトガタ。  グラウモンというデジモンの特徴を余さず有しておきながら、人型の輪郭と体格を有する何か。  ユウキの、これまで見たことの無い異質そのものな姿に、トールは言葉をかけずにはいられなかった。 「ユウキ……!? お前、その姿は……!?」 「――っ!? え、何だ、この姿っ!!」  他ならぬユウキ自身、自らの変容に驚いた様子であった。  実際、彼自身の感覚の話として、ギルモンからグラウモンへと進化を果たした時のような力の漲りは無い。  しかし一方で、体が軽くなったような錯覚がある。  竜種らしく延びた口元や、頭に生えた羽や角、両肘付近から突き出た刃を為す突起、前屈姿勢に適した骨格の両脚、そして腰元から伸びる尻尾など、デジモンとして――グラウモンとして馴染んだ感覚と特徴はそのままでありながら。  ふと両手にあたる両前足――のはずであった部位を見ると、そこには人間のそれに近しい五指があった。  指先から伸びる爪の長さも、人間のそれよりほんの少し長い程度で。  身長も、ギルモンだった時のそれというよりは、人間だった時のそれと近しいものへと縮んでいる。    それはまるで。  グラウモンという種族が持つ特徴、および戦闘能力を、人のカタチに無理やり押し込めたような姿だった。  さながら、深紅の竜人。  突然の自らの変容を目にして、ユウキは内心で驚きながら、されど静かに知覚する。  異なる何かの、実感を。 (……人間に戻れたわけじゃない。でも、人間に近付いたって感じだ……)  細かい理屈など知りようは無い。  だが、確実に言えることが一つだけあった。 「――この姿なら、やれるッ!!」 「チッ!!」  明らかに血相を変えた様子の白き凶器の人型が、その身に電気を帯びて高速で動き回り、死角から右手にあたる部位の刃を正面に据えて突っ込んでくる。  魔竜のカタチであれば、本能で感知することが出来ても体が追いつかないかもしれない速度。  だが、人のカタチに成った今のユウキの体は、その動きを感知した上で動作を可能とした。  矢の如く突き込まれた手刀に対し、ユウキはプラズマを帯びた左肘の刃を振り向きながら繰り出して受け止める。  刃同士が衝突し、辺りに青白い電気が飛び散る。 「エアーナイフ!!」 「ふっ!!」  一瞬拮抗した鍔迫り合いは、少し前の攻防の繰り返しのようにも見えたが、直後に白き凶器の人型は至近距離で真空の刃を放ってくる。  即座にユウキもまたプラズマブレイドで応戦し、白き凶器の人型もまた苛烈な勢いで刃を繰り出していく。  つい少し前までであれば、動きが間に合わなかった速度域。  一つの動作に対して、二つ三つは動かれているかのような。  でも、もうその優位は無いに等しい。  速度は凄まじい。  だが、もう感じてから動ける。   「うおおおおおおおおっ!!」 「ようやく歯ごたえのある獲物になったな!! 予想外の形ではあるけど!!」 「いつまでもそんな風に、いられると思うなぁ!!」    拳で、手刀で、プラズマブレイドで、凶器が人の形をしているような姿の怪物が生み出す刃を捌く。  無論、全て完璧にとまではいかず、傷はどんどん増えていくが、それでも対応出来ている。  残る問題は、   (決定打が無い)  言うまでもなく。  このまま傷を負い続けていては、いつか倒れて戦えなくなる。  自分が倒れるよりも先に相手を倒す――言葉にすれば単純だが、実現は難しいというのが実情だ。  現時点でユウキ一人に取れる攻撃手段は、雑に分けて三種類。  腕っぷしにモノを言わせた殴打と、両肘の突起を用いたプラズマブレイド。  最も攻撃力があると断言出来る火炎の攻撃――エギゾーストフレイムは使えない。  体が変化したこととは関係無く、燃え盛る建造物に囲まれた今の状況で軽率に使っては、仲間の退路を塞ぎかねないという危険性から。  そして、結果として残る二種類の攻撃方法は、共に攻撃射程が短すぎるという欠点がある。  高速で間合いを離しては詰め、離しては詰めを繰り返す白き凶器の人型に対しては、初撃こそ(偶然にも)動揺を突くことでクリーンヒットさせられたが、二度目はそう都合良くいかないだろう。  こちらから間合いを詰めようとすれば真空の刃を放ちながら距離を取られ、かと言ってこちらから間合いを離すことは難しい。  であれば、 (――これしか無いな) 「……くっ!!」  内心で回答を出すと、ユウキはふとして白き凶器の人型に近付こうとするのを止め、すぐ近くに落ちている――進化の際に捨て置いていた――鋼鉄の剣《アーティファクト》を右の手に取り、次いで倒れ伏すトールの方へと素早く駆け出していく。  それを見た白き凶器の人型は、ユウキのその判断に若干の疑問を抱いた。 (今更手のひら返しして、どうしようも無いと判断して逃げる気か?) 「フッ!!」  彼は牽制するようにユウキとトールの間の空間に真空の刃を放つが、ユウキはそれを左腕で受けながら強行し、倒れ伏していたトールの首根っこを同じく左手で掴み取ると、そのまま自らの背にしがみ付かせていく。  明らかに逃走最優先の動きと焦り様だ、と狩る側は判断した。   (本当に、逃げる気か) 「舐められたモンだな……!!」  燃え盛る橋の上、倒壊した建造物だらけの戦場。  その脱出ルートぐらいは彼の頭の中にも入っており、故にこそユウキの移動方向はしっかり読みきれていた。  間合いも十分に離れ、獲物二匹は背を向けてこちらの姿など見てはいない。  そして何より、深紅の竜人は疲弊している――魔竜として対峙していた時のダメージと疲労が消えたわけではないからだろう。  絶好の機会、としか言えない構図と状況だった。 「スパーク――」  だから。  狩る事を目的としている白き凶器の人型が、その全身に電気の力を溜め、必殺の一撃を繰り出す選択をしたのは、当然と言えば当然ではあった。 「――ブレイドッ!!」  言霊と共に、飛び込み姿勢にも似た体勢を取ったその身が光の刃と化す。  明らかに、それまでの攻撃を超える速度で、一直線に突貫する。  前に進むごとに、勢いを得るごとに、ただでさえ尋常ではない速度が更に増す。  増した速度が、そのまま攻撃力として出力される。  反応されて抵抗されたとしても、その抵抗ごと貫ける――そんな確信があった。  だから。   「――ユウキッ!!」 「おおおおおおりゃあああああああああああ!!」  反応ではなく、予測でもってユウキは抵抗した。  右手に握り締めていた鋼鉄の剣を、今まさに突貫して来た白き凶器の人型に向けて、力いっぱい投げ放ったのだ。  真っ直ぐに突っ込む光の刃に、それを回避するという選択肢は無く。  鋼鉄の剣もまた、光の刃に吸い込まれるように、円を描きながら――命中する。  ガギンッッッ!! という音が、強く強く響く。 「な……ッ!? くっ!!」 (――誘い込みか!? だが、このぐらいで……!!)  鋼鉄の体を持つその怪物に、それ以下の硬度の剣を投げ放ったとしても大したダメージにはならない。  だが、重量に伴う衝撃があった。  竜の腕力でもって投げ放たれたそれは、光の刃と化していた怪物の速度を殺し、必殺の体勢を崩させ、思考を生じさせた。  再び距離を置くか、それとも突貫を強行するか、彼は考えてしまった。  そして、その思考こそが明確な隙だった。  鋼鉄の剣を投げ放ったその時点で、踵を返して一転攻勢――勢いを殺しきれずに後退が遅れた白き凶器の人型に向かって走り出していたユウキは、その右腕に渾身の力を込める。  もうこれ以上のチャンスは無い。  ここで、この一撃で勝負を決めるしか無いと、己自身に言い聞かせる。 (動きに気付ける今、一気にキメるしかない!!)  先に述べた通り。  彼一人では、決定打となる一撃を放つことが出来ない。  ここまでのお膳立てをしても、ただの格闘やプラズマブレイドでは仕留め切れる確信には至らない。  根本的なリーチの問題もあるが、何より攻撃力が足りるかどうかが一番の問題だった。  故に。 「トール!!」 「――解ってらぁ!!」  今出せる手は、今全て出す。  ユウキの呼び声を至近で聞いたトールが、その身から電気を放出し始める。  一見すれば単なる仲間割れ、自殺行為。  だが、彼等にとっては明確な協力行為。    樹海の中を進んでいく中で、彼等は偶然にも同伴することになったドゥフトモンから、道中こんな事を聞いていたのだ。 『君達、仲は良いのか悪いのかイマイチ掴めないけど、息は謎に合うね』 『俺達のどこが仲良しに見えんだよ。こんな世間知らず馬鹿のギルモンと俺の何処が?』 『あのなぁトール、単にお前のツンデレがドゥフトモンにもバレバレなぐらい解りやすいってだけの話じゃばばばばばば!!』 『はいトール、ツッコミにいちいち電撃放たないでね。……というか、加減してるのか知らないけど案外平気そうだねユウキも』 『はぁ。まぁいつもの事なので……』 『いやうん平気とは言ったけど本当に何事も無かった風な振る舞いされると普通に怖いんだけども。……うーん、そこまで電気に体が慣れてる……というか馴染んでるなら、いっそそれも利用してみれば?』 『あん? 利用って何の話だ』 『だから、君の電気をユウキの必殺技に重ねるんだよ。必殺技と必殺技を重ねて、より強い一撃を放てるようにするんだ。都合良く、ユウキの方も電気の属性の技を使えるみたいだし、難しくはないと思うよ』 『……そんな都合良くいくか? というか、必殺技同士が重なり合うとか、ちっともイメージ出来ないんだが』 『そう珍しいことではないよ。相反する属性の技なら少し難しくもあるけど、同じ属性の技は簡単に混ざり合う。コンビで活動してるデジモンなんて、それをコンビとしての売り文句にしているぐらいだしね』 『……ふーん? もしかして、ロイヤルナイツの中にもそういう事が出来るやつがいるのか?』 『まぁね。そういう、連携を重んじるデジモン達は、その手の特別な必殺技のことを、こう呼ぶんだ――』  エレキモンの電気が、人のカタチに留められたグラウモンの体に流れ込む。  流れ込んだ電気が、両肘のプラズマブレイドに更なる力として重なっていく。  青白かったプラズマは、赤色を帯びてより激しく鳴り響き、刃の大きさそのものを延長させる。  これこそが、ユウキとトールが力を重ねた結果生まれた新たなる刃。 「これが俺達の……」 「連携技《クロスコンボ》だ!!」  電気の力によって更に力強く跳躍し、肥大化した雷電の刃を構える。  白き凶器の人型には、回避の術が無い。  その身は確かに高速移動に適したもので、反応がやっとの速度を出す事など容易いが。  転じて、一度出した速度を落とし、飛翔した方向とは真逆の方へ同じ速度で動くのには少し時間が掛かる。  そして、その『少し』は近距離での戦闘において致命的な隙となる!!  間合いは決定的に詰まり、そして言霊は紡がれた。 『双電重襲斬《エレクトリックメガブレイド》!!!!!』  空気が弾ける音が瞬きの間に連続する。  赤と青のプラズマの巨刃が白き凶器の人型を捉え、その両腕の刃と僅かに拮抗するが、やがてプラズマの巨刃が刃の両腕を押し始め、 「グ……くっ……!?」 『斬りッ、裂けェェェェェェェッッッ!!』  二人の叫びと共に、拮抗は終わる。  プラズマの巨刃が敵対者の両腕の刃ごとその胴体を切り裂き、絶叫を吐き出させる。  直後に爆発が起き、その姿は爆煙に覆われ見えなくなった。 「はぁ……はぁ……」  敵を仕留めた。  そう確信、いや願いながら着地をした深紅の竜人は、息も絶え絶えといった様子だった。  ただでさえ追い詰められた状況で、限界に近しい力を引き出したのだ――ここまでの道程も込みで、疲弊していない方が異常だと言える。  半ば賭けに等しい選択から導き出した結果ではあるが、現実に上手くいった事に内心で安堵する。  振り返り、敵を仕留めた証とも呼べる爆煙に念入りに視線を向けると、その背にしがみついているエレキモンのトールが声をかけてくる。 「……おい、大丈夫かユウキ……?」 「……なんとかな。まったく、アウェーな戦いにも慣れたものだけど、流石にしんどいって……」 「ハッ、そんだけ言えるなら大丈夫だろ……ホント、ピンチの時だけは役に立つよな」 「一言余計だって」  こんな時だけはちゃんと褒めてくれるよな、という言葉を内心に隠しつつ、ユウキもまた言葉に応じる。  とはいえ、そもそもこの戦いに勝つことが彼等の最優先すべきことではない。  追撃から逃れられないその事実から強いられていただけで、二人がこの町に足を踏み入れた理由は別にあるのだから。  故に、ユウキはトールの事を背負ったまま、近くに落ちていた鋼鉄の剣を改めて掴み取り、その場を後にしようとして、  その声を聞いた。 「――やってくれるな」 「「――ッ!?」」  ありえない。  いや、ありえてはならない声があった。  爆煙の中から、両腕と胴部を大きく損傷した様子の白き凶器の人型が立ち上がるのが見えた。  まだ、生きている。  動くことが、出来ている。 (……嘘だろ。今のは全力だったつもりだぞ……!? どんだけ頑丈なんだ……!!) 「ブレイドクワガーモンの、このクロンデジゾイドの装甲じゃなければ。そして機械の体じゃなければ、今ので死んでただろうな。まったく……」  平気というわけではないのだろう。  ダメージが無いというわけではないのだろう。  だが、生きているという時点で二人にとっては絶望以外の何者でもなかった。  既に体力も底をついている状態、そして竜人への変化があとどのぐらい継続するのかが解らない状態で、未だ底の見えない敵と戦わなければならない事実。  事実を並べれば並べるだけ希望が見えない状況だ。  身構え、次の手を必死にユウキが考えていると、しかし意外にも白き凶器の人型――もとい人型の形を成したブレイドクワガーモン(?)は仕掛けて来ようとはしなかった。  彼はため息でも吐くような調子で、こんな事を言う。 「同類という時点で、想定は高く見るべきだったか。まったく、予定通りとはいかないものだよホント」 「……同類だと? おい、まさかお前……」 「まぁいい、そろそろ潮時だ」    重大な意味を含んだ言葉があった。  だが、その真偽を確かめる間も無く、電気を体から発したブレイドクワガーモンの体が宙に浮く。  その体の周囲に、ユウキと同様にノイズのような何かが生じたかと思えば、瞬きの間にその身は人型のそれではなくなっていた。  一本のナイフに眼球とクワガタムシのハサミを取り付けたような、電気を脚代わりとする鋼鉄の蟲――ユウキの知るブレイドクワガーモンそのものの姿になったのだ。  見る見る内に、ユウキとトールの手が届かない高度にまで上がりながら、人の形を成していたブレイドクワガーモンは言葉を紡ぐ。 「狩れなかったのは残念だが、まぁ仕方無い。リベンジの機会を楽しみにさせてもらおう……次があればだが」 「……!! おい、どうしてこんな事をしやがった!? この町のデジモン達に何か恨みでも……!!」 「恨みなんか無いさ」  そうして彼は回答した。  それがお前たちの勝利の戦利品代わりだとでも、言うように。 「試し打ちと経験値稼ぎが出来る場所が欲しかっただけだ。じゃあなご同類、生き残れたなら仲間にするのを検討しておいてやるよ」 「誰がお前みたいなヤツの……おい待てッ!! 同類って、攻略って、どういう意味だ!! 逃げるな答えろぉッ!!」  それ以上の回答は無かった。  鋼鉄の蟲は燃え盛る橋の惨状など無視し、閃光と化しながらその場を後にしていた。  二人の力では、とても追い着けはしない。  逃げられたと言うべきか、見逃されたと言うべきか。  判断に困る決着と重大な事実を前に沈黙していたユウキに対し、トールは渇を入れるように耳元で怒鳴る。 「おいユウキ!! 疑問は後回しにしとけ!! 今はベアモンのやつを……!!」 「――くっ……あぁ、解ってる!!」 (そうだ、今はあんなヤツのことで時間食ってる場合じゃない!!)  先にも述べた通り。  強敵を相手に生き延びたからと言って、彼等の目的が達せられたわけではない。  ただでさえ、時間の経過と共に移動出来る経路が縮小しつつある状況なのだ。  最優先すべき事案を見誤ってはいけない――そう思って視線を先の道へと向けると、その声は聞こえた。 「――ユウキさん!! トールさん!!」 「!! ホークモンに、ハヅキさん!?」  依頼主であるレナモンが進化した銀毛のキュウビモンことハヅキと、その背に乗っている依頼の護衛対象であるホークモン。  二人もまた先走ったアルスを、そしてそれを追う自分達を追ってきたのだと今更のように理解し、トールは一緒にいないもう一人について問いを出した。 「アンタ等まで来たのか。……レッサーは?」 「レッサー殿は敵の足止めをしてくれているのでござる。それよりも、アルス殿は?」 「まだ先だと思う。死んではいないと信じたいが……」 「急がなければならない。また件のミサイルが飛んできたら、どの道ここで全滅してしまうでござる」 「……そういや、さっきのクソ野郎が潮時だとか何とか言ってたな。クソったれ、そういう意味かよ……!!」  もう時間が無い。  考えるまでもなく当たり前の事実を前に、ここまで来る事になったそもそもの理由である相手は何処にいるのか――そんな事を考えていると、 「――みんなっ!!」  その張本人が、予想外にも自分から踵を返してやってきた。  いっそ、自分自身よりも仲間達の方を心配してきたとでも言わんばかりの声色で呼ばれ、思わず怒りを覚えそうになりながらも、ユウキは声の主――ベアモンのアルスへと言葉を返した。 「ベアモン!! 無事だったのか!?」 「今はそっちじゃないでしょ。他のみんなと一緒に早く脱出しないと!!」 「……チッ、あぁそうだな!! だがお前この棚上げ野郎後で色々と説教は覚悟しとけよ!?」 「はいはい解ってるから!! ……まぁ記憶に無いことになるだろうけど(ボソッ)」 「何か言ったか?」 「何も!!」  いっそ、違和感さえ覚えるレベルでいつも通りな調子のやり取りの直後であった。  警戒心と共に夜空へ目を向けていたホークモンが、叫んだ。 「ッ!! 見えました!! 来ます!!」 「走れッ!! 湖に向かって飛び込むんだ!!」 「レッサーは!? 足止めしてるのなら、このままだと……!!」 「あの方にも見えてはいるでござろう!! 今は無事に脱することを信じて、自分の身を最優先にすべきだ!!」    走る、走る、走る。  燃え盛る橋の上で、倒壊した建物に塞がれていないルートを急ぎ見つけ出し、通り抜けていく。  橋という構造でありながら横幅は広く、故にこそ町として十分に機能していたのであろう残骸だらけの道を進み、 「間に合え……」  そうして、その時はやって来た。 『間に合えええええええええええええええええええええッ!!!!!』  幾度かのミサイルが、天観の橋に着弾する。  爆炎が撒き散らされ、残骸を吹き飛ばし、その一帯に存在していた全てのものを塵に還していく。  絶滅の名を冠した凶器は、その名の通りに役割を果たした。  真夜中、今この時をもって、一つの町は完全に崩壊し。  そこに、デジモンは一匹たりともいなくなった。  湖の水の冷たさを感じ、水面から一つの惨劇の終わりを見届け、自らの無力を思い知らされながら。  暗雲広がる彼等の冒険の、一日目は終わった。  第五節「ファイアーブリッジの遭遇」終
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ユキサーン
2024年5月09日
In デジモン創作サロン
前の話へ もくじへ  第五節『一日目:ファイアーブリッジの遭遇』  見慣れた悪夢があった。  何もかもが手遅れの惨劇が巻き起こっていた。  夜に見る悪夢そのものとしか言えない光景が目の前にあった。    「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」  僕は息を切らしそうになりながらも走る。  橋の上に造られたらしい町の全ては炎を帯び、多くのデジモンたちにとっての害悪と化していた。  炎の熱の強さもそうだけど、炎に込められた毒か何かが強烈なのか、炎でダメージなんて大して受けそうにもない体をしてるはずの、全身が炎で形作られた人型のデジモン――メラモンや、ティラノモンからも悲鳴が聞こえてくる。  炎に耐性を持たないデジモンがどうなったのかなんて考えるまでもない。  崩れて役割を失った建物、燃える瓦礫、その下敷きになって、焼かれながら潰れて消滅――死んでいく住民デジモン達の姿が目に入る度、それを助けようと手を伸ばすけれど、そのどれにも間に合うことはない。  今、この状況から住民たちが助かるためには、湖に身を投げてでも町から脱出する以外に無い。  どんな手段を使ってでも、それが出来ないデジモンの助けにならないといけない。    僕自身さえ、建物の倒壊に巻き込まれてしまいそうになりながら――そんな風に考えていた矢先のことだった。  まだ助けられるデジモンが何処かに残っていないのかと、走りながら周囲を見回していると、その先で耳を突く声と音を聞いた。 「――そぉーら、よっと!!」 「――ぎゃあああ!?」  何処か楽しげな声。  どこまでも苦悶に満ちた叫び。  それ等に混じる、肉が抉られる水っぽい音。  それ等が聞こえたほうへ視線を送ると、そこで――赤い複眼を有し、真っ黒な体色をした悪魔のようにも竜のようにも見える姿をしたデジモンの――デビドラモンが、住民デジモンのはらわたを引き裂いて赤色を撒き散らしているのが見えた。  何もかもが手遅れだった。  僕が何かをする間もなく、目の前で、おそらく成長期と思わしき四人のデジモンが、悲鳴を上げながら――潰されたり、いくつかに分けられたり、食べられたりした。  やめて、たすけて、の一言すら他の音に掻き消されて。  手をかけたデビドラモンも、その事実に何の興味も無い様子で、次の獲物を見つけようと視線を右往左往させるだけ。  気付けば、辺りではデビドラモン以外にも全体的に黒だったり白だったりなデジモン達が楽しげに暴力を振るっていて、手足をもいだり体の『中身』を覗き込もうとしてみたりそうして当たり前に見ることになる反応を愉しんだりしていた。  きっと、僕の視界にいないというだけで、他の場所で同じようなことをしているデジモンは、いるんだろうなと思った。  何故か自然と、そんな悪意しか無い予測が頭に浮かんだ。  ――たすけて。  ――たすけろ。  いつかのように。  ヒーローは、来なかった。  救いの手は、間に合わなかった。 「――ぁ、ぁ――」  何をしているつもりなのかは、不思議と察せられた。  狩りをしているつもりなんだ、こいつらは。  愉しんでいるんだ、この状況を。  つまりそれは、こいつらは何処かからあの大きな爆弾を放ってきた誰かの、仲間であるということ。  大体のことを理解した途端に、僕は僕の胸の中にグチャグチャな何かが沸き立ってくる感覚を覚えた。  答えなんて貰えるわけがない言葉の羅列ばかりが頭を過ぎる。  怖い、嫌だ、なんで、やめて、殺さないで――許せない。  視界が真っ赤に染まる。  僕は、自分がどんな顔をしているのかも、どんな姿をしているのかも、解らないまま走り出して。 「――ん?」 「うわあああああああああああああああああ!! お前たちっ、お前たちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!!」  泣き出すような叫び声と共に、襲いかかっていた。  ◆ ◆ ◆ ◆  ドォォォォォン……!! と、橋の上で倒壊のドラムが鳴り響く。  ベアモンの背中を追って走り続け、ようやく追い付きそうになった矢先、その間の空間を両断でもするかのように崩れてきた建造物の断末魔だった。  危うく押し潰されそうになって、半ば反射的に跳び退いた後には、ベアモンの姿は見えなくなっていた。  遮蔽でしかない建物の向こう側から、彼の声一つ聞こえない。  というか、周囲が悲鳴と怒号まみれで、離れた位置では聞き取れそうにない。  気付けば、ユウキ達の走ってきた道も倒壊した建物と帯びた炎に遮られてしまっている。  ルートを狭められ続ける中、彼等は破れかぶれに言葉を吐き出していた。 「アルス!! おい、無事なら返事をしろっ!? おいっ!!」 「クソ!! ユウキ、こっちだ!! こっちから迂回してくぞ!!」  いち早くルートを特定したエレキモンを追う形でユウキは再び走り出す。  炎を帯びてない道は少なく、下手に進化でもして体を巨大化させようものなら、即座に焼かれるであろうことは想像に難くなかった。  自分がなっているギルモン、そして進化後の姿であるグラウモンという種族は、どちらかと言えば熱に強い体質をしているとユウキは認識していたが、そんな彼でも無事ではすまないと直感してしまえる程度には強い熱が込められていると感じた。  完全体デジモン、スカルグレイモンのものと考えれば納得こそ出来るが、その納得が安心に繋がるわけもない。  こんな地獄の環境で、先に行ってしまったベアモンは無事なのか? 町の住民に助かっている者はどれだけいるのか? と、焦燥を帯びた思考ばかりが過ぎる。  だからこそ、彼は一つ失念していた。  ミサイルを放たれた――つまり襲撃の対象とされたこの町に来た時点で、彼自身もまた襲撃者の標的となりえることを。  倒壊した町の中をエレキモンと共に進んでいった最中のことだ。  先を行ったベアモンが聞いたように、彼等もまた悪意を垣間見る羽目になったのだ。 「――やめてよっ!! なんで……がぎっ」  喉笛に岩石でも突っ込まれて潰された、とでも例えるしかない断末魔の声。  それを認識した直後に、ユウキは自分の右頬と右肩に生暖かな何かが付着したことに気付いた。  反射的に目だけが動き、その視界が捉えたものは、  見ず知らずのデジモンの黄色い眼球と、  何か鋭利な刃物のようなもので剥がれたと思わしき、恐竜のそれと思わしき牙を備えた顎の断片と、  べとべとした、真っ赤な―― 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?」  ユウキは。  状況も忘れて、思わず絶叫していた。  体が震え、呼吸が荒くなる。  恐怖が思考のノイズとなって頭を埋め尽くす。  焼き付いた光景が、その大元がデータの粒子となって消え去っても、思考から離れない。  何が、誰がこんなことを――そんな疑問の答えは、もうすぐそこまで来ていた。 「おや? まだ活きの良さそうなのが残ってるじゃないか。剣なんて握っちゃってまぁ……」    嘲るような声に、自然と視線は誘導される。  恐らくは町の商店通りと思わしき場所に辿り着いたユウキとエレキモンの目の前に佇んでいたのは。  全身を白色の装甲で覆い、四肢から鋼鉄の刃を生やした、人に近い輪郭を有した赤い単眼の、凶器そのもの。  エレキモンも、デジモンの種族に関しては『アニメ』を観た経験から多く知り得ているはずのユウキでさえも、その正体に確信を得ることは出来なかった。  いや、例え出来たとしても、納得など出来るわけが無かった。  何故なら、   (――何だコイツ。白い体色にクワガタの顎に赤い一つ目、鋼鉄の体と刃……まさかブレイドクワガーモン? いや、だけどコイツの体格は明らかに人型のそれだぞ……!?)  そいつは既存の知識に当てはめられない構造を有していた。  本来であれば四肢など持たず、個体によっては体もそう大きくはない、下手をすると成長期のデジモンにも劣る小柄な体格の――大きいものでも大人の人間程度の――成熟期のデジモンであったはずなのに。  目の前の白色凶器には、少なくとも人間のそれと大差無い四肢があり、指があり、単眼に加えて鼻と口を備えた顔がある。  まるで、ブレイドクワガーモンと呼ばれるデジモンの特徴を、人型のそれに無理やり整えさせたかのような、異形の何か。  クワガーモンの名前を有する種に人型の体格を有するデジモンが全くいないわけではないにしろ、こんなモノの存在は、少なくともユウキの知識の中には無かった。  本能的にも所業的にも危険極まると直感したのだろう、トールはいつになく緊張を帯びた声で問いを放っていた。 「――何だ、テメェは……」 「何でもいいだろ。どうせお前達も俺の一部になるんだし、何より――」  じじじ、じじがががが、と。  刃の鋭さを帯びた両足から、街路をなぞる音が鳴る。  たった今目撃した住民デジモンの死因が、ミサイルの炎に焼かれた事ではないと知覚したその時点で、ミサイルを発射した者とは別の襲撃者の存在は思考に過ぎっていた。  だが、それにしたって予想外にも程がある。  そもそも、何故こいつはミサイルに焼き尽くされた今の町の環境下で平然といられている……? 「――言っても解んねえだろ。ただのデジモンじゃあな」 「――ッ!!」  疑問を解く余裕など、言葉を紡ぐ時間など、二人には与えられなかった。  退屈げな言葉の直後、白き凶器の人型の姿がブレる。  ビリ、と空気の弾ける音を知覚した時には、恐るべき速さでもって白き人型の凶器がトール目掛けて右手の刃を突き立てようとしていた。  直前、直感的に駆け出し、白き人型の凶器とトールの間にユウキが割り込み、手に持った剣を盾にしていなければ、今頃トールは何かをする余地も無いまま串刺しにされていたかもしれない。 「ぐっ!!」 「ユウキ!? くそっ、お前ッ!!」  突き出された刃の重みが、剣持つ手と腕と足に圧しかかる。  剣を握る、なんて行為には到底向いてると思えない指代わりの三本爪が震え、思わず剣を放しそうになりながら、どうにか耐える。  耐えられた、という時点で幸運と呼べた。  拾い物である鋼鉄の剣の強度次第では、盾にした剣ごと体を貫かれてしまっていただろうから。 「……へぇ?」  が、幸運がいつまでも続くわけもない。  初撃を防がれた事実に意外そうな反応を示しつつも、白き人型の凶器は続けざまに左手の刃を振るおうとしてくる。  どう見積もっても上位の進化段階に位置する相手、それを前になりふり構っていられるわけもなく、ユウキは二撃目が振るわれる直前に口から火炎の弾を白い凶器の人型の顔面目掛けて吐き放った。  必殺の意志を込めて放った一方で、ダメージは期待していない。  狙いはあくまでも、至近距離で炸裂した炎の爆発によって間合いを一度離すこと。  自分自身の攻撃の威力に意図的に吹っ飛ばされながら、彼は仲間へ言葉を飛ばす。   「トールッ!!」 「解ってらぁ!!」    ユウキが凶器の一撃を防いだその間に間合いを離し、その姿をエレキモンからコカトリモンの姿へと進化させていたトールが、力強くユウキの声に応える。 「ペトラファ 「エアーナイフ」  瞬間、斬撃。  必殺の言霊を紡ごうとしたトールに向かって、爆煙の向こう側から真空の刃が放たれた。  それは白い羽毛に覆われたトールの胴部に直撃すると、強い衝撃によって上体を仰け反らせる。  衝撃によって熱視線が上方に逸れ、石化の効能を有した必殺技は何もない空間を横断して消える。 「ぐ……っ……!?」 「トール!?」  遅れて、苦悶。  見れば、真空の刃が直撃したトールの胴部には浅くはない切り傷が刻まれており、そこから血が流れ出ていた。  距離が離れていようと、この殺傷能力。  加えて聞こえた必殺の言霊に、ユウキは目の前の異形がどうあれ自分の知る種族のそれであると理解させられる。  進化して下手に体を大きくすると危険、なんて前提は最早無視する他に無かった。 (やるしかない……!!)    この敵は。  付け焼き刃でどうにか出来るような類ではなく、逃げようと思って逃してくれるほど鈍くもない。   殺す気で戦わなければ、自分も仲間もやられる。  その認識、その実感、その危機感が。  ユウキの体内の電脳核を急速に回転させ、鼓動を強め、その身を光の繭に包み込む。  瞬く間に体格が何倍にも増大し、銀色の頭髪が生え、耳代わりの蝙蝠の羽のような何かに寄り添うような形で2つの角が生え、両肘には時に刃の役割を担う突起が生え、そうしてギルモンという種族はグラウモンという種族として成熟に至る。 「――ギルモン進化、グラウモンッ!!」    ドスン、と。  足から伝わる反動が変わった事実はおろか、ギルモンだった時に握り締めていた剣が手から離れている事実さえ意識に入れず、グラウモンに進化を果たしたユウキは敵を見据える。  恐怖、混乱、焦燥――そして、それ等全ての感情が入り混じった怒り。  彼自身、今の自分がどんな表情を、どんな眼を他者に向けているのか、把握出来てはいない。  だが、少なくとも。  それが、殺意という名の炎を帯びたものであることは、確かだった。   「ふぅん、進化出来るのか。随分とデカくなったなぁ……」 「――うるせえ。さっさと消えろォッ!!!!!」  黄色の瞳が獣性を宿すと同時、グラウモンが咆吼する。  構図だけで言えば同じ進化段階のデジモンが、二対一で襲い来る明白な数的不利。  にも関わらず、特に焦りの無い様子で白き凶器の異形は涼しげに言い切っていた。 「デカいのは――狩り応えがありそうだ」  ◆ ◆ ◆ ◆  そして、同刻。  ベアモンのアルスの背中を追って行った二人を追いかけに向かったミケモンのレッサー、銀毛のレナモンのハヅキ、護衛対象のホークモンの三名もまた、燃え盛る町の中で倒壊していく建物に阻まれ、迂回を強いられていた。   「チッ、なんつー惨状だ……湖に隣してる町なら消火活動の一つぐらいはとっくに行われてるもんだと思ってたが……」 「水を用いた器具自体はあるのでござろう。が、このレベルの破壊を突然差し向けられたことに伴う住民達の混乱がそれを遅らせている。何より、そうした『動ける』デジモンを優先して狙われれば、この混乱の最中に消化活動に勤しめるデジモンはいなくなってしまう……」 「全て織り込み済みってコトかよ。大火力で荒れ地にした上に皆殺しとか、どんだけこの町に恨みがあるんだか」  レッサーとハヅキの二人のように、いかに身軽に動くことの出来るデジモンでも、完全体デジモンの放った攻撃によって生じた火炎、それを帯びた建築物の合間合間を縫って行くのはリスクの側面が大き過ぎる。  ただでさえ、混乱の渦中にいる住民デジモン達の生き残りが数少ない道を通っているのだ。  小柄な体格のレッサーから見ても隙間と呼べる空間がどんどん無くなり、どれだけ迂回しようとしてもある程度は停滞させられてしまう。  まだ町の中に残っている住民デジモンは、頑張って消化活動に出ようとしているヤツか、単なる逃げ遅れなヤツか、襲撃者の手から逃れられなくなった不運なヤツか、先走ってしまったベアモンと同じく――可哀想なヤツを見捨てられないヤツぐらいだろうが、いずれも町の中を進まなければならない一行にとっては妨げとなる。 (状況が状況だとはいえ、合流場所も何も決めてないまま護衛対象を見えない場所に置いておくわけにはいかねえ。くそっ、こりゃまた恥ずかしい姿を見せるしかなくなりそうだな……) 「お二人さん、クソ熱いが大丈夫か?」 「僕のことは気にしないでください。それよりも、早く三人に追いつかないと……」 「ああ。ここを襲撃しているのが予想通り奴等であるのなら、三人の命が危ない。遭遇していなければいいが……」 「……さっきも訳知り顔で言ってたが、その奴等ってのは何なんだ? そんだけ危機感を抱くとなると、まさか究極体だったりする?」 「そうした世代の話だけでは説明出来ない奴等でござる。こんな状況でなければ、後で説明するつもりでござったが……ッ!!」  不意に、ハヅキの言葉が途切れる。  その理由を、レッサーもホークモンも疑問には思わなかった。  情報共有一つしていられる状況ではなくなった――つまる所、自分達の目の前にも敵が現れた事を知覚したのだから。  そいつはレッサー達の姿を視認するや否や、内に根付いた嗜虐心を隠さぬ様子で言葉を並べてくる。 「――おや? 迷子でしょうか。こちらは出口ではありませんよ? 案内してさしあげましょうか?」 「……この状況でそんな愉しげに喋れるやつが案内する場所を、都合良く信じてもらえると思うか? 口元から血の臭いが滲んでんぞ、ヘタクソ」 「酷い言い草ですねえ。まぁ、畜生に知性を期待するだけ無駄という話かもしれませんが」  悪辣な売り言葉を発するそのデジモンは、レッサーにとって少し見慣れない姿をしていた。  獣の双角に悪魔の翼、上が青で下が黒の高貴な衣装に見を包み、雨が降っているわけでも日が照っているわけでもないのに傘を携え、蹄の二足で立つ。  人型のデジモンなど昔から珍しくはないが、顔つきや胸元の膨らみがバステモンのそれを想起させることも相まって、レッサーは少しだけ親近感のようなものを覚えていた。  無論、それを掻き消すレベルの警戒心を伴って。 (……こいつ、確かに変な気配がすんな。姿を見たことがねえだけならまだしも、何だ……? この感じは……知っているような知らないような……) 「……マトモなデジモンではないらしいな。何モンだ?」  問いに、敵は僅かに肩を竦めると、こう返した。 「答えてやる必要があるとでも?」 「無いだろうな」  直後。  山羊の双角を生やした悪魔が持つ傘、その内側に魔法陣のようなものが瞬時に浮かび上がる。  避けろ、と口にする暇も無かった。  カ……ッ!! と、紫色の毒々しい閃光が魔法陣の中より生じ、レッサー達目掛けて浴びせかからんとする。  直前、ホークモンを抱き抱えたハヅキと、その様子を横目に知覚したレッサーが、真横へと飛び退き紫の光線を回避する。  それに驚いたりすることなく、むしろ意味ありげに微笑しながら続けざまに光線を放つ山羊頭に対し、瞬間的にミケモンの姿からバステモンの姿へとその身を進化させたレッサーが、疾風の如き速さでもって肉薄する。  首筋を貫かんとしたバステモンの右手の爪を山羊頭が魔法陣を盾とすることで防ぎ、女性的な要素を含んだ怪物二名が至近で睨み合う。 「火遊びなど、このご時世に褒められたものではありませんわよ――汚濁」 「おやおや、この程度は後の祭りに向けた余興に過ぎませんよ――メス」  ガガガガガガッ!! と、猫爪の連撃と魔法陣から放たれる紫の弾が炎の橋に音響を撒き散らす。  互いの攻撃は数秒拮抗するが、やがてレッサーの方が光弾の勢いに圧されだした頃に飛び退き、間合いを取る。  僅かな攻防、それだけでレッサーは目の前の敵を即断で評価した。 (……まずいですわね。コイツ、少なくとも今この状況でやり合っても得はないですわ……)  恐らくはバステモンと同じ、完全体の――それも上位の能力を有している――デジモンなのだろう。  そして、もしもこのレベルの強さのデジモンがこの惨劇を産んだ何者かの手下か何かでしかないのなら、一行の誰もマトモに太刀打ちすることが出来ないであろうことは、容易に想像が出来る。  このままでは、まず確実にチーム『チャレンジャーズ』の子供達は殺される。  そして、そうさせないためにはこんなヤツと戦っている場合ではなく。  同時に、誰を襲うかも解らない相手から目を離すわけにもいかない。  どうすることがこの状況において仲間や依頼主達の生存に繋がるか、彼女は僅かに考えて、近くのハヅキとホークモンに告げた。 「……お二方。ここは私に任せ、先に向かってアルス達と合流してくださいまし」 「レッサーさん!?」 「ご安心を。依頼を放って死ぬ気は微塵もありません。生かしたいと思うのでしたら、急ぎなさい」 「――っ!!」 「……承知した。必ず間に合わせる!!」  意図を汲んだハヅキが銀毛のその身をレナモンのそれからキュウビモンのそれへと進化させ、ホークモンがその背に乗ったのを確認すると、即座に炎の町の上を駆け抜けていく。  その姿を見届けたりはせず、レッサーがあくまでも山羊頭の悪魔に視線を向けていると、当の敵対者から嘲るような言葉があった。 「そういう台詞、世間一般的には死亡フラグって言うと思うんですけどね? 知り合いにレオモン種でもいらっしゃったり?」 「知りませんわよ。低俗の騙る一般なんて」 「自己犠牲は得しない、と告げてあげているのですけどね」 「犠牲だなんて、決めつけるのは早計でしてよ? 持久戦は私の得意分野ですわ」  煽り文句に拒絶の言葉。  そのいずれも、それぞれの殺意と共に並べられる。  レッサーは前後左右に不規則なステップを交えながら山羊頭の視界の外に出て、山羊頭はその度に紫の光線で薙ぎ払ったり、魔法の弾で狙い撃ったりしていく。  真正面からの攻撃は完璧に防げても、死角からの攻撃は防ぎきれないため、視線は逸らせない。  余裕ぶった煽り文句を口にしながらも、目の前のバステモンというデジモンが、自分を害しかねないレベルの殺傷能力を備えたデジモンであるという認識が山羊頭の思考にはあるらしい。  そうでもなければ、この手の弱い者いじめが好きそうな悪党は、多少なり油断して隙の一つでも晒してくれるものだ。  警戒心は、ある。  だからこそ、山羊頭も隙は見せられない。  それはレッサーにとって、速やかに殺すという困難においてはマイナスの要素でしか無い一方で、適度に注目を集めて仲間に及ぶ危険性を軽減させるという役割においてはプラスの要素であった。   (辺りの煙の濃さから考えても、ヘルタースケルターは効果が薄いでしょう。狂わせて自滅させられるのなら話は早いのですけれど、それには普段以上の時間と至近距離が必要。今はギリギリまでこの場に留めておくことを最優先とすべきですわね。子供達と依頼主達が合流して逃げ出す流れに持ち込めない限り、それで事態が好転するわけでもありませんが……)  今、この場で襲撃者達を打倒することは出来ない。  生きることをを最優先とし、善悪好悪を今は捨て置け。  炎に包まれたこの町で戦い続けていたら、待っているのは確実な死だ。  何故なら、 (急いで逃げ出しなさい子供達。長々と戦っていては、三発目が放たれた時点で全て終わってしまいますわよ……!!)  ◆ ◆ ◆ ◆  そして。  無策で無謀な独断先行の結果など、考えるまでも無かった。 「っ……がぶっ……!!」  グリズモンへと進化していたアルスの口から、少なくない量の赤が漏れる。  見れば、その腹は裂かれ、右肩は防具ごと抉られ、あちこちに浅くは無い傷がつけられている。  ラモールモンと対峙した時のように片目を抉られたりこそしてはいないが、流れ出る血の量は明らかにその時のものを上回っていた――血だまりと言える程には。  ミサイルの炎に炙られ、嫌なニオイばかりが、充満する。  そして、アルスが苦悶の表情を浮かべる一方で、 「ハハッ……手間取らせてくれたな、本当に。ここまで仲間がやられるなんてね……」    元凶たるデビドラモンは嗤う。  実際問題、単なる殴り合いの話だけであればグリズモンの方がデビドラモンとその仲間達よりも明らかに優勢だった。  腕力にしても膂力にしても上回っていたし、飛行能力がある一方でデビドラモンには飛び道具の類の技が使えないらしく、空襲してきた所を逆にその勢いを利用してカウンターを見舞わすことが出来る程度には、技量も上回っていた。  デビドラモンの周囲にいた仲間のデジモン達も、当の仲間の攻撃に巻き込ませたり、弾き返したりすることで速やかに倒し終えていた。  その上で。  身体能力も技量も上回っていながら、それでも血だまりが出来るほどの傷を負わされている理由は主に二つ。  一つ目は、倒したデビドラモンの仲間のデジモン達のデータが、即座にデビドラモンの方へと吸収――ロ度され、戦いの中で回復も強化もされてしまっていること。  そして二つ目は、その複眼に似て真っ赤な爪を生やした右手に、戦いの最中に掴まれてしまったものがあるからだ。 「それにしても、優しいんだな君って。人質のつもりなんて無かったのに、こうするだけで動きを鈍らせるなんて」 「――ぁ……ぅ……」  コテモン。  アルスには知る由も無いが、それは剣道と呼ばれる人間の世界の競技で用いられる衣装に身を包んだ、爬虫類型の成長期デジモン。  本来であれば竹刀を手に敵と戦うデジモンだが、その手には既に竹刀が無い。  頭に被った面も一部割れ、中に隠された顔が微かに見え、漏れ出る声はとてもか細い。  瀕死、と呼ぶ他に無い状態であることは明白だった。   「……その子を、はな……せ……!!」    別に、このコテモンはアルスの知り合いというわけではない。  たった今、この惨劇の中で偶然生き残っているのを見つけただけの、微塵も繋がりの無いデジモンでしかない。  だけど、弱々しい声を漏らし涙さえ浮かべるそれは、物語であればヒーローの手で助けられなければならない誰かのものにしか、アルスの目には映らなかった。    とても見捨てられない。  これが野生のデジモンの、弱肉強食の自然の摂理の話であればまだ飲み込めた。  でも、町や村である種の枠組みを作って、繋がりの輪を作って協力しあっていたデジモン達の命が、こんな風に食い散らかされるのは。  凄く、嫌だった。  辻褄の合わない考えだと解っていても、嫌だった。  どの道助からない、と心のどこかで気付いていても。  当然、デビドラモンがアルスの訴えに耳を傾けるわけも無い。  彼からすれば、戦いの最中に発見して捕まえたコテモンは、自らの糧として以外の意味も価値も無く、一度アルスと距離を離してから一息に食べてしまうつもりしか無かった。  だが、その行為にアルスは過剰に反応してしまった。  冷静さを欠いて真正面から突っ込み、それまでは喰らわなかった尻尾の刺突をマトモに受けてしまうぐらいに。    その時点で、デビドラモンの視点から右手で掴み取った糧は別の価値を生むことになった。  後のことは、明白。  手も足も、腹も額も。  意識を縛られた状態で、同じ成熟期への進化に至っている相手を前にマトモに抵抗することなど出来ず、アルスはデビドラモンのやりたい放題に傷付けられた。  だからアルスは血まみれだし、その優劣が覆ることは無いと思える程度には血を流させたという確信を持つデビドラモンには、まだ余裕がある。  もう、人質なんて使うまでも無く喰らえる。 「さて、と」  だから。  ぐちゃっ、バリッ、という音がした。  アルスの目の前で、デビドラモンの口の中に放り込まれたコテモンの命が、あっさりと噛み潰され取り込まれた音だった。   「――――」 「食事はさっさと済ませないとだ。ちょうど良く強い肉も見つけられたしな」    もう、アルスとデビドラモンの周りに他のデジモンの姿は見えない。  見えないだけで、離れた位置にいる仲間の声は確かに響いているはずだが、その声も今のアルスの耳には聞こえない。  助けられなかったというどうしようも無い現実と、頭の中で繰り返される誰かの悲鳴。  そして、睡魔にでも襲われたような意識の明滅が、アルスを縛る。  ――たすけろ。  ――たすけろ。  ――たすけろ。 「死ね」  無論、そんなことなど知ってもどうでもいいデビドラモンがやる事は一つだった。  鉤爪の尻尾を槍のように突き出し、アルスの――グリズモンの胴体を刺し貫く。  瑞々しい音と共に胴体を灼熱の感覚が奔り、三本の鉤爪で掴み取られて持ち上げられた彼の体は、そのまま壊れた家宅の残骸に投げ付けられる。 「――が、は……」  ガラガラと派手な音と共に焦げた木材が砕け、鮮血が飛び散り、許容を超えたダメージにアルスの体はグリズモンのそれからベアモンのそれへと退化してしまう。  ボロボロの状態で投げ出され、うつ伏せの格好になったアルスに、もう戦う力は残されていない。  動きたいと思っても、既に意識のほうが限界だった。 (……ごめ、ん……)  それが、この日のアルスの最後の思考だった。  彼の意識は暗闇に沈み、そして……。  目の前に転がったベアモンの死に体を見て、デビドラモンは静かに胸をなで下ろしていた。  町を爆撃したことで抵抗するデジモン、そして生存するデジモンがいることは今回の出撃において前提としていた部分であり、報復によって多少なり子分がやられてしまうことも想定の範囲内ではあった。  対峙した相手が、ミサイルの火力でも仕留められないほどの力を持っていたのなら、尚の事。  だが、まさかたった一体の成熟期デジモンに、同じ成熟期デジモンであった自分の子分達がここまで倒されてしまうとは思わなかったし、何より強さとは異なる部分で不可解なことがあった。 (何でオレの呪眼が効かなかったんだ? あんなに視線を交わしたのに)  デビドラモンの深紅の複眼には、睨み付けた相手の身動きを封じる呪いの力が宿っている。  格上の相手にまで通用するものではないが、同格の相手にはまず通じる隠れた影響力を有しており、同じ成熟期であろう――いや、それどころか進化が一時的なものならばまだ成長期を脱却していない疑惑さえある――グリズモンには、通用しない理由など無いはずだった。  にも関わらず、戦闘中のグリズモンはデビドラモンの呪いの眼の力を受けても平気な様子で、動きが鈍くなることは無かった。  疑問は残る。  が、彼はそのことについて今この時点で考える気にはならなかった。  早く残飯を喰らって自分達の拠点に戻る。  考え事は後回しで良い。  そう考えて、彼はその右手を伸ばしてベアモンの体を掴み取ろうとした。 (まぁいいか。喰らってしまえば、それで終わりだ)  その行為を止められる者はいない。  ただ一人で突っ走ってきた愚者に間に合う者はいない。  だから、 「――は?」    その右手を閉じた時。  掴み取ったはずのベアモンの体の感触が無い事に気付いたデビドラモンが疑問の声を発したのは、当然の反応だったのかもしれない。  腕を上げると、つい数秒前まで自分の目の前に倒れ伏していたはずのベアモンの姿が、見えなくなってしまっていた。  咄嗟に逃げたのか、誰かが眼にも留まらぬ速さで助け出したのかと思い左右を見回してみても、やはり誰の姿も見えない。   (消滅したか? いや、それなら少しぐらい粒が出てロードが出来ているはず……)    獲物は何処へ消えたのか?  解けない疑問に嫌な予感を覚えた次の瞬間、 「痛……ぇッ!? 誰だ!?」    デビドラモンはその背中に灼熱の感覚を覚え、怒りの声を上げる。  誰かが自分の背中に、その牙で噛み付いた。  その事実を痛みから察し、デビドラモンは左手で背中に噛み付いた誰かを鷲掴みにしようとして、失敗した。  鷲掴みにされるよりも早く、その誰かがデビドラモンの背中を蹴って間合いを離したからだ。  そして、即座に振り向いたデビドラモンは不意を打った誰かの姿を視認し、その顔に驚愕の色を浮かべた。 「な……っ、何でそんな平然としているんだ!? 死に体だった癖に!!」 「――ひとつ星。あんまり良いモン喰ってねぇな、小僧」  視界に映ったのは有り得ざる姿。  十数秒前に確かに無力化し、自分の手で死に瀕させたはずの獲物。  ボロボロな格好はそのままに、右瞳が赤色に左瞳が緑色に染め上がったベアモンが、その口元から血を滴らせながら立っていた。  平然と、確かに。
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ユキサーン
2024年4月01日
In デジモン創作サロン
眠って見る夢というものは、誰が見るものにしても、基本的に見る当人と関係のあるものが多い。  過去のトラウマの再現、叶ってほしい願望の具現、まだ見ぬ未来の予測、潜在的な無意識などなど。   所詮は夢だ、と言い捨てるのは簡単だが、時にそれは現実のそれに等しい痛みや衝撃を与えるとも言われる。  そして、トラウマや願望というものは抱えていない者を探すほうが難しいと言える程度にはありふれた概念だ。  捨て去ったと思い込んでいても――いや、考えないようにしようとすればするほど、それは魂の端に膿のように蓄積し続ける。    そうした前提なくしては、広がらない世界がある。  そうした世界でなければ、紡がれない物語もある。  さぁ、薄汚れたインクに塗れた頁《ページ》に親指を乗せよう。  ◆ ◆ ◆ ◆  気取りにしろ何にしろ、神様なんてものが仮に実在するのだとしたら、そいつはトンでもなく悪趣味な野郎だろう――と彼は考えている。  何せ、不幸と呼べる事柄にはほぼ毎日のように遭遇するし、苦労と数えられる事柄は望まずとも放り込まれる。  ただ生きるという行為に対して課せられる試練が、はい今日もバーゲンセールですけど何か? とでも言わんばかりに増加するのが毎日の事で、非日常と認識すべきことが日常と化している現状。  要するに毎日戦っては生き延びての繰り返しなわけで、それが何者かの意図あっての事柄だとしたら、慣れてはきたがそれはそれとして愚痴の一言ぐらい言わせろ何なら殴らせろ焼かせろクソったれ――というのが、現在進行形でデジタルワールドに生きる彼の感想である。  が、事実として生き延びられているという時点で察せられる通り、結果的にトラブルに対する対応力は向上している。  突然の脅威、突然の災害、突然の苦境にも思考を途絶えさせることはなくなっているし、何なら自分一人の力でもある程度は対抗出来るようになっている。  それもこれも、海に漂流していたら釣竿で釣り上げられたり、鉄砲水に空高くまで吹っ飛ばされたり滝からフリーフォールしたり、燃え盛る橋の上をダッシュにダッシュしたりによるレベルアップによる恩恵であり、そんな彼ならどんな状況に陥ってもきっと仲間と共に打開してしまうのだろう。      さて。  ここまでが大前提。  それではお待ちかね、そんな彼の今現在の状況を、直球で述べよう。  ある日突然デジモンに成ってしまった元人間のギルモンこと紅炎勇輝は、ある日突然目を覚ますと草木がロクに見えない荒れ地に野放しになっていた。 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」  唖然、次いで愕然。  記憶が正しければ自分はこんな地獄のような場所では寝ていなかったはずだが? 死ぬほど疲れていたのは事実だけどマジで死んだのか? 死んだとしたらここは要するに死んだデジモンのデータが行き着く場所すなわちダークエリア??? などなど、疑問が頭の中を過ぎりまくるのだが、とりあえずこの場に留まっていても良い事は何も無いであろうことは察せられた。  何せ、それまでの記憶に一秒たりとも存在しない景色しか無いのだ。  安心の前提となる知識もアテにはならないし、何より食料になりそうなものが一つたりとも見当たらない。  無論、捜索するという行為にも相応のリスクが考えられるが、留まり続けて飢え死ぬよりはずっとマシだろうと勇輝は考えることにした。  とりあえず、ここを『開始地点』として爪で目印でもつけておいて、何かが見つかるまで歩いてみるしか無いか、と当面の方針を決めて、一歩。  踏み出した途端の話だった。 「――ふぎゃっ!!」 「?」    周囲には誰一人、目の前には荒地以外何も無かったはずなのに、何かを踏んづけてしまった感覚。  というか、悲鳴と反動。  その正体である灰色の毛むくじゃらの姿を、勇輝はこう呼んだ。   「アルス?」 「痛てて……何だよぅユウキ。寝てる所を踏んづけるなんてひどいじゃない……か……?」  ベアモンのアルス。  勇輝がデジタルワールドに来て一番最初に"出会った"デジモンの一人であり、頼れる仲間でもある寝ぼすけな彼は、自分のお腹を踏んづけた張本人に文句を吐きながら、視界に広がる景色に呆然としていた。  疑問のままに、彼もまた言葉を発する。   「……待って、ここって……ダークエリア……?」 「やっぱりそうなのか? というか、解るのか」 「いやまぁ、何となくだけど……何で僕達ダークエリアにいるの?」 「……普通に考えると、死んだから? いやまぁ俺の……知る通りの場所なのかは知らないけど」 「大体間違ってないにしろ、冗談でも笑えないからやめてね。それより、見た感じユウキ以外に見知った顔が見えないんだけど」 「何なら俺が目覚めた時にはお前もいなかったぞ。突然現れたというか、送り込まれたというか」 「……いつぞやの時みたいに誰かの企みかなぁ。はぁ、とにかく何か見つけるしか無いか……」  どこか暗い雰囲気を漂わせながら、何やかんやでユウキと同じ判断でもって歩きだすアルス。  しかし、彼は彼で失念していた。  ユウキが自分のことを「突然現れた」と説明したその時点で、自分達以外の誰かもまたそうなる可能性を。  ぐえ、という呻き声があった。  ため息と共に一歩を踏み出したベアモンの右足が、まさに「突然現れた」赤毛の電撃ビーストことエレキモンのトールの頭を踏ん付けた、その反応であった。  暗い雰囲気から一変、地雷を踏んでさぁどうしようの表情となったアルスに向けて、トールは額に青筋を浮かべた笑顔のままにこう述べた。 「……おーおーおー、テメェこのクソ寝ぼすけやってくれんじゃねぇか……」 「――え? ちょ、エレキモン? 君まで……って、何でそんなバチバチしてるの!?」 「そりゃテメェがいつも寝坊してる分際で気持ちよく寝てた俺のことは踏ん付け起こしやがったからに決まってんだろぉがこのクソボケスパークリングサンダー!!」 「ぎゃーっ!! いつになく恨みの入った電撃ぃぃぃー!?」 「ちょま、何で俺までえええええええええええええええ!?」  馬鹿二名がこんがりローストしたのはさておき。  どうあれ馴染みの仲間が揃ったのは、ユウキにとってもアルスにとっても幸運と言える話だった。  デジモンが死んだ後に行き着く場所として語られる領域、ダークエリア。  何故そんな場所に、死んだ覚えの無い三名が放り込まれてしまったのか、それを調べるための移動が、今度こそ始まった。  途端の話であった。    ザザギョィィィイィィィィィィィィィィィィ!!!!! と。  まるで、機械が発するノイズ音を何十倍にも増大させたような、あるいは生き物の喉笛でギターでも弾いているかのような異様な大音響に、大地が震えを発する。  ユウキもアルスもトールも、皆同じくして大音響の鳴った方角を向いていた。  見れば、何も見当たらなかったはずの荒野の上に、いつの間にかほのかに桃色を帯びた花々が咲き誇っていて、その美しい景色に見合わぬ巨大なナニカが現れていた。  真っ黒い体に長く伸びた腕、そして何処か気品を感じさせる風貌に見合わず四つん這いで獲物を喰らわんとする凶悪な有り様。  悪魔。 「何だ、あれ……」    明らかに完全体かそれ以上に類する、闇の種族。  少し以前にも闇の種族に類するデジモンと交戦した経験のあるユウキ達でも、思わず疑問を口にしてしまう程度には、異様な雰囲気を漂わせるナニカ。  見れば、そいつは四肢を移動のために動かしながらも何も無い空間から『腕』を生じさせていている。  到底見覚えの無い怪物の姿に、ベアモンは不意に一つの名を口にした。 「――ダンデビモン?」 「知ってるのか? アルス」 「……何となく。でも、あんな巨大な気配、今まで感じ取れなかったのに……」 「……アレも、俺達みたいに突然放り込まれたやつってことか?」  そのデジモン――ダンデビモンと呼ばれたデジモンは、こうしている今も『腕』を振るい続けていた。  叩き潰すために、握り潰すために、抉るために、攻撃のために。  攻撃、ということは少なからず敵と定める誰かがそこにいる、ということ。  ダンデビモンは、戦っている。  戦っているのは、誰だ?  ◆ ◆ ◆ ◆  次の日に備えて仮眠を取っていたはずの、学ランを身に纏った獅子の獣人と、大きな牙を生やし骨の棍棒を携えた緑色の鬼人と共に、その悪魔と戦っていた。  異なる世界であればバンチョーレオモン、そしてオーガモンと呼ばれていたであろう人外の漢たちは、予想だにしなかった状況にそれぞれ言葉を発している。   「だー!! 何処だよここ!? 俺達、少なくともこんな殺風景なトコにいなかったはずだよな!?」 「口より手足を動かせ!! こいつ、あの時の骨の竜とは比較にならないぐらい手ごわいぞ!!」 「お前がそう言うレベルかよ!! ったくよぉ、見知った顔とははぐれちまうし、明らかに食い物とか無さげな場所だし、ここがホントの地獄ってやつかぁ?」  「……お前、さては意外と余裕だな?」  振り下ろされる巨腕に、掴もうと迫り来る巨腕に、彼等は己の拳でもって応戦する。  応戦して、それが実際に対抗手段となりえているその光景は、ある種コミカルにも見えたかもしれない。  無論、当人達は必死そのものであり、どの一撃にもそれぞれ必殺の意思が込められているのだが、いずれも悪魔を打倒する決定打にはなりえていない。  何も無い空間から出現する『腕』の対応に追われ、まだ急所を特定するに至っていないためだ。 「つーか何でもいいけどよぉ、このまま俺達が留守だとレジスタンスやばくね? 新入りの兄妹がいるとはいえ、なぁ」 「その問題をどうにかするためにもこんな場所で野垂れるわけにはいかないだろ。解っているなら真面目に戦え」 「クソ真面目なんだがなぁ俺はいつも!!」  死闘を演じながらも言葉を交えることが出来るのは、彼等もまた戦闘種族と化している故の恩恵と呼べるのか。  どうあれ、戦況は拮抗しており、戦いが長引くであろうことは明らかだった。  遠方からその戦いを発見したユウキ、アルス、トールの三名と。  彼等とは異なる方角に突如として現れた、色白の少女とその傍に侍る騎士の二名の目にも。 「……ここは……?」 「……見たことの無い場所ですね。ゼロ様、具合が悪くなってはいませんか?」 「わたしはだいじょうぶです。それよりも、あそこのたたかい……」 「……特に助ける理由も無い気はしますが、助けたい……といったところでしょうか」 「おねがいできますか?」 「当然です」  最低限の確認、そして応答の後に少女は騎士の左肩に乗り、騎士は悪魔の方に目掛けて駆け出していく。  同じタイミングで、ユウキとアルスとトールの三名もまた走り出そうとしていた。  誰の注目も、等しく巨大な悪魔へと向けられていた。  だから、いきなり『それ』が現れる予兆を、必殺の言霊を。  知覚することなど、出来るわけが無かった。  ――アメミット。  闇より現れる来訪者の姿があった。  それは巨大な悪魔の体躯の中心、存在の核があるとされる部位を精密に喰い、一口でその存在を消滅させていた。  鰐の頭に獅子の上半身、そして河馬の下半身を兼ね揃えた異形の獣。  それが発する、ギュアアアアアアアア!! という鳴き声が、実質的に悪魔の断末魔だった。    その圧倒的な力に、絶対的な裁定に、誰もが言葉を失っている。  ユウキとアルスとトールは口元を震わせ、獅子の獣人と鬼人は新たな敵の出現かと身構え、少女と騎士は平静を装いつつ事態を分析しようとしていた。  が、異形の獣は彼等の存在など意にも介さぬ様子で口元に黒炎を溜め、花畑目掛けて解き放っていた。  瞬く間に桃色の花々が焼き払われていき、気付いた時には異形の獣ともども全ては消え去っていた。  戦っていた獅子の獣人と鬼人の二人を、用は無いとでも言わんばかりに残して。  敵と思わしき悪魔以外、誰も彼もが無事に済んだという現実を前にしても、彼等の中に安心という言葉が過ぎることは無かった。  その圧倒的とも呼べる決着を横目に、獣の主たる存在――神官のような衣装と犬の頭部が特徴的な獣人のデジモンは、遥か遠方より一行のことを"視て"いた。   「……異邦のデジモン。そして人間達、ですか……」  「――社長、どうしましたか?」  犬顔の神官に向けて、投げ掛けられる疑問の声があった。  社長と呼ばれた犬顔の神官の視線の先には、三つの頭を備えた真っ黒な『番犬』が座している。  事の次第を知らない『番犬』に対し、犬顔の神官は以下のように述べるのだった。   「少し、忙しくなりそうだなと思いまして。貴方にも働いてもらう事になりそうです」      そうして、世界のゴミ箱に主役共が集う。  これより始まるは、忘れえぬ感情に王道を打ち砕かれる危険を孕んだ、光当たらぬ物語。  ◆ ◆ ◆ ◆ 《後書き》  投稿日は四月一日。  後は解りますね? 解れ。
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ユキサーン
2024年2月14日
In デジモン創作サロン
前の話へ  もくじへ  次の話へ  所変わって、樹海の中に見つけ出したらしい安全地帯にて。  一匹の子供が涙目になっていた。 「いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたーっ!!!???」 「こらっ! 強いんですから塗り薬一つ程度で暴れないでくださいっ!! 痛いのはきちんと染みて効き目が出ている証拠なんですよ!!」 「痛いモンは痛いんだってばぁ!? なんなのこの新感覚の痛みっ、これならフライモンに刺された時のほうがマシ――あ待って目にまでやるのは聞いてないってもう大丈夫だから唾でもつけてれば勝手に治るからそれ以上――ぎゃーっ!!!!!」  目がー!! 目がー!! と痛みに悶え暴れるベアモンをハヅキが羽交い締めにして封じ込め、彼が持参していたらしい塗り薬をホークモンが爪に乗せてベアモンの傷口に塗りたくっていく。  ラモールモンから受けたダメージはベアモンの想像していた以上に酷いもので、彼の予想に反して退化程度で「無かったこと」にはならなかったのだ。  目を含めた顔面の右半分に3本の線として大きく刻まれた裂傷、カマイタチによって幾度となく付けられた全身各部の切り傷は、ベアモンの姿に戻ってなお残っていて、元通りになって何事も無しとするつもりだったベアモンは言い逃れも出来ない状態になってしまったわけで、怪我人扱いは必然だった。  薬が染みる痛みに悶えながらも、ハヅキによる羽交い締めから開放された彼は内心で呟く。 (うぅ……毎回ここまでの傷を負うことは無いから過信してた。退化で無かったことにならない傷もあるんだ……ガルルモンと戦った後の時だってここまでは残らなかったのに……) 「しかしまぁ、見事なまでにザックリやられてますわね目玉。クスリ一つで回復させられるのでしょうか」 「問題ないでござるよ、これは個々が持つ再生力を活性化させる薬。塗って少し時間が経てばアルス殿自身の再生力が勝手に治してくれるはずでござる。痛いのはまぁ、良薬は口に苦しという言葉を信じて我慢してもらう他に無いのでござるが」 「苦くないというか痛くない薬とか無いの!?」 「あるわけが無いでござろう砂糖やハチミツを塗っても呑ませても傷が治るわけではあるまいし」 「正論も痛いッ!!」  ベアモンがぐだぐだ言っていると、ハヅキは少し思案するように左手を口元に寄せ、直後にその三指の間から(どこに隠し持っていたのか)銀に光る針を出し、こう告げた。 「ふむ、それほど薬が嫌だというのであれば仕方ないでござるな。薬の制作ほど得意ではないのでござるが、ちょっと全身の傷口を十数本ほどの針で縫うとし」 「もう痛くないたい!! お薬ありがとうねッッッ!!!!!」 「どんだけ刺されたくないのですかあなた」  そりゃあただでさえ塗られた薬が傷に染みて痛いってのに追加で針を刺しますなんて言われたら効能がどうあれ拒否したくなるのは当たり前なのであった。  自分が大丈夫であることをアピールしたいのだろう、やせ我慢の笑顔を向けるベアモンの様子に呆れ顔になったバステモンことレッサーは、彼のことを一旦放っておいてこんなことを口にする。 「しかし、まさかラモールモンと出くわすなとわ思いませんでしたわね。犠牲が出なくて何よりですわ」 「本当ですよ。正直、こうして生きていられてるのが不思議なぐらいです。『ギルド』の依頼って、いつもこんな感じなんですか?」 「流石に、ここまで深い樹海に足を運ぶことは滅多にありませんわね。命の獲りあいという意味であれば、別に珍しくもありませんが」 「……その、怖くはないんですか? 死んでしまうのとか……」  突然物騒な、されど現状を考えれば自然な想起がホークモンの口から出る。  問われたレッサーは僅かに思案するように沈黙してから、こう返した。 「そりゃあ私も怖くないわけがありませんわよ。生きてやり遂げたい事の一つや二つぐらい、あるのですから」 「危険なのが解っていたのに、どうして護衛の依頼を受けてくれたんですか?」 「私にとってはこれもやりたい事の一つだから、とでも言えばあなたは納得しますの?」 「…………」 「まぁ、事情は知りませんが、あなたも大変な目に遭った様子ですし。死というものに敏感になるのも無理は無いでしょうけど……今は私達のことより自分の心配を第一になさいな」  返事を聞いたホークモンの視線がレッサーからベアモンの方へと移る。  向けられたその目には少し暗いものが滲んでいるように、ベアモンには見えていた。 「ベアモンさんも、同じ考えなんですか?」 「……そりゃあそうでしょ。君は護衛対象で、僕達は護衛なんだよ? 怪我の一つや二つで心配されても困るよ。信じられてないんだって思っちゃう」 「二つでも一つでも怪我は良くないんですよ。そんな風に自分の命を軽んじられるのは、その……気分が良くないんです」 「…………」    その言葉にベアモンは僅かに沈黙した。  心配をされている、ということを察せられないほど彼もニブくは無い。  自然と、こんな考えが浮かんだ。 (……僕が弱いから、不安にさせちゃったな……)  ラモールモンを相手に無傷で倒せるほどに強くなっていれば。  そこまででなくとも、目に傷を負うなんて大怪我をしないぐらいに強ければ。  そう思うだけで自身の未熟を、非力さを思い知らされる。  なまじ自分よりも頼りになる相手が目の前にいるのだから、より重く感じられる。  自分が知らなかっただけで、レッサーは自分よりもずっと強かった。  ラモールモンを相手に、いっそ遊ぶかのような振る舞いで、無傷で戦闘不能に追い込んでみせた。  自分にもあのぐらい出来れば、きっと心配させる余地なんて無かった。  あんな風に出来たいと、思った。 (……こんな時、主人公なら……絵本に描かれてるような、カッコいいヒーローなら……) 「……心配させたのは、ごめん。次はもっと上手くやるよ」 「次が無いことを願います」  弁明の言葉は、果たしてホークモンにとって信じるに値したかどうか。  どうあれ応急処置は済み、直近の出来事に対する問いかけも終わり、再出発の時間がやってくる。  数分経って塗り薬の効果が浸透しきったのか、右目の傷の痛みも収まってきたベアモンは『ひそひ草』のスカーフに囁き声を流す。 (ユウキ、少し連絡遅れたけどそっちは大丈夫? ドゥフトモンに話は聞けた?) 『――あ、ああ。その辺りはたぶん大丈夫だ。なんか面倒なことになりもしたけど、諸々のことは合流してから話す。メモリアルステラまでそっちはあとどのぐらいだ?』 (もうそこまで遠くはないはずだよ。……あ、こっちが大丈夫だったし、そっちはドゥフトモンが一緒にいるなら尚更大丈夫だとは思うけど、完全体のデジモンが襲ってもきたからユウキもトールも気をつけてね) 『……わかった。それじゃあ、また後でな』  必要最低限の情報交換をユウキと済ませ、ベアモン達は改めて歩きだす。  幸運にもラモールモンのように狂暴化した完全体のデジモンと二度遭遇するようなことにはならず、特に不都合なども無いまま、てくてくと樹海の中を進んでいく。  途中、おかしなことがあったとすれば、 「あ、戻りましたねレッサーさん」 「僕達のと比べても随分と長く進化をしていたみたいだけど、大丈夫? いやまぁ一番大丈夫か心配したいのは言葉遣いとかのほうなんだけども」 「――だー!! やめろー!! バステモンの時のことは言うんじゃねぇよ!! ただでさえこうして退化する度に自分が自分で恥ずかしくなっちまうってのに!!」 「……もしや、無理して口調を変えていたのでござるか? 何の意味があって?」 「意味なんかねぇよ。あの姿の時は正気じゃねぇだけだよ。正気ならあんな口調にわざわざするか!! 誰も得しねぇだろ!!」 「良かった、あの元の振る舞いとかから考えるとふざけてるとしか思えない喋り方ってやっぱり元のレッサーにとっても正気じゃなかったんだ。僕はてっきりオトナになるってああいうものなのかなと思ってたよ。ユウキやトールまで完全体に進化したらあんな風になっちゃうのかなとか考えたら恐ろしくて恐ろしくて……」 「アルス殿、結構失礼なことを言ってる自覚はお有りでござるか?」    進化が解けて元の姿――成熟期のミケモンの姿に戻ったレッサーが、顔を赤らめながら震えてしまっていた事ぐらいか。  そうして一行は歩き続けて、そして、  ◆ ◆ ◆ ◆  結果から言って、二組の集団として分断されていた一行は、無事に合流を済ませることが出来た。  彼等が集ったのは、神秘的な雰囲気を醸し出す板状の物体――メモリアルステラが鎮座、辺り一帯に光の線が奔っている樹海の奥地。  ギルモンのユウキ、エレキモンのトール、ベアモンのアルス、ミケモンのレッサー、依頼主であるレナモン(銀)のハヅキとホークモン。  離れ離れだった六名は互いの無事を実際にその目で確認出来たことに安堵し、自然と寄り添い合って。  そして、予想通りと言えば予想通りの時間がやってきた。 「「「「…………」」」」 「……その、とりあえずその目やめてくれないかな……?」 「……本当にロイヤルナイツに助けてもらっていたのでござるな。いやはや……どんな天運でござるかコレ」 「運ってわからんもんだよな。オイラもアルスから聞きはしてたけどよ、どんなモノ食ってたらあの状況からブッ飛んで聖騎士サマに墜落して助けられるなんてトンでもない成り行きに至るワケ? レッサーさんもビックリだぜ」 「まぁうん、ユウキってば出会った時もいろいろアレだったし、なんかそういう星の下に生まれてきたんじゃないかなと思ったことが無くも無いんだけど……何なの? これがそのお腹の印の効力だったりするの? 今度は七大魔王とかに激突したりするの? 知らない間に剣なんて拾っちゃってさ」 「言うと本当になりそうだからやめてくんない???」  これである。  長くはなくとも同行していた時間があり、その(威厳がロクに感じ取れない)精神性を知れる機会があった分、ユウキとトールの二名だけは少しずつ慣れ始めこそしたが。  やはり、ロイヤルナイツが一体、獣騎士ドゥフトモン(けもののすがた)と偶然出くわして、こうして合流するまでの間を協力してくれた上でこうして目の前にいる――などという事実は、普通のデジモンからすればそれなりの衝撃を受けるものだったらしい。  こうしてデジモンになってデジタルワールドに来てしまうまで、フィクションのキャラクターとしてロイヤルナイツのデジモンを認知していたユウキでさえ緊張したのだ。  人間で言えば突然目の前に有名なスポーツ選手か何かが現れて自分に話しかけてきた、ぐらいに相当するんだろうなとぼんやり思いながら、当事者なユウキは視線をドゥフトモンの方へと向ける。  一身に注目を浴びるハメになった獣騎士は、一つため息を漏らすと、こう言葉を紡いだ。 「君達がユウキとトールの仲間、そして依頼主だね。始めまして。見ての通り、ロイヤルナイツ所属のドゥフトモンだよ。今後ともよろしく」 「……お、おう。オイラは『ギルド』所属なミケモンのレッサー。今後ともって、オイラ達の『ギルド』に何か用事でも?」 「あぁ、故あってユウキ君の先生をする事になってね。時間が取れたら色々教えに来るつもりなんだ。今は君達にも依頼があり、僕にも重要任務があるわけだから、すぐにとはならないけどね」 「――へ?」  真っ先に反応を示したのは、意外にもベアモンだった。 「……えっ、ちょっ、ロイヤルナイツが、ユウキの先生に……!? そ、それは……」 「えぇと、何か不都合でもあったのかな。ベアモン君?」 「い、いや。すごいなーって思っただけだよ。そっかぁ、すごいなぁユウキ。ロイヤルナイツが先生になってくれるなんてさ!!」 「お、おう……完全に勢いで押されただけでどちらかと言えば断りたいけどな……(ボソッ)」 「何か言ったかな不良生徒くん」 「うわあ地獄耳!?」  断れると思うなよ、と遠回しに言われて戦慄するユウキを尻目に、ドゥフトモンはベアモンの反応に一つの思考を過ぎらせた。 (……なるほど、この子か。ユウキと『ひそひ草』のスカーフで通話していたのは。大方、いきなりの好待遇が変に思えて、ロイヤルナイツである僕がユウキのことを怪しんでると察して不安を覚えちゃったってトコかな。実際怪しんでて監視目的でもあるんだけど……はぁ……当然だけど信じられてないね……)  当然、監視の建前としてもそれ以外の心境としても、ユウキとその仲間達の信頼を得られない流れは好ましくない。  なので、ドゥフトモンは即断即決で提案してみることにした。 (予定に無いけど、そういうデジモンだって信じてもらうためには仕方ないか) 「……何ならベアモン君も生徒になってみるかい? トール君には断られたけれど」 「――え、それはまぁ願ったり叶ったりで是非ともお願いすることではあるけど……トール、断ったの?」 「だってベンキョーとかメンドくさいし。今から急いで学びたいことがあるわけでもねぇし。そういうのはユウキとお前に全部丸投げするよ」 「テキトーすぎない!? ロイヤルナイツの生徒だよロイヤルナイツの!! 生きてる内に一回あるか無いかのチャンスじゃないのこれって!?」 「そうだぞ。せっかくの機会なんだからどうせならお前も巻き添えになれトール」 「負け組のルートに俺まで巻き込もうとするんじゃねぇよ殺すぞユウキ」 「出会った時から思ってたんだけど君達失礼すぎというか実は僕達ロイヤルナイツのことナメてるだろ」 「失礼だな!! 俺とユウキは礼儀正しく敬意を込めてお前だけをナメてるわ!!」 「お前もお前で巻き添え狙うな殴るぞ」 「……三人共……そろそろ真面目に話をしようね……?」 「「「ごめん」」」  話題が脱線に脱線を重ねそうになった所で、色々と混乱しながらもベアモンがちょっと苛立った口調で馬鹿ニ名と騎士一名を諭す。  ロイヤルナイツ所属デジモンの生徒になれる、という(一般のデジモンにとっては)トンでもねえ好待遇に困惑こそするが、どうあれドゥフトモンの「今後とも」発言の意図を理解したレッサーはこんな事も聞いた。 「まぁ、こっちの事情を汲んでくれてるのなら別にいい。オイラ達の『ギルド』がある発芽の町の場所は知ってるのか?」 「知らないけど、民間組織のパイプラインが通ってる町なんだろう? それなら少し調べれば知れることだろうし、少なくともユウキとトールのニオイについては覚えたからね。ちゃんと足は運べるさ」 「随分と優秀なこって。そんな優秀な聖騎士サマに質問なんだが、デジモンの狂暴化について何か知らねえの?」 「二人に対して既に答えてるんだけど、まったくだね。技術を用いて人為的に引き起こされてる出来事ってことぐらいしか解ってない。一応ここを調べてる最中なんだけど、進展らしい進展も無し……ってところさ。何か解ったら、ユウキ達の授業のついでに伝えはするよ」 「そりゃありがたい。うちの方でも狂暴化の話は迷惑を被りまくってるからな。あのロイヤルナイツの一人、それも戦略家のドゥフトモンが情報提供してくれるってんなら、これ以上の贅沢はそうそうねぇだろうよ」  ひとまず、偶然の出会いながらもパイプラインを繋げる事になったらしいドゥフトモンの扱いが、当事者の納得の有無に関係無く決まったところで。  ホークモンの護衛任務中な一行の視線はこの場で最も光を灯らせている物体ことメモリアルステラ――ではなく、その裏手側に見える景色へと向けられた。  紆余曲折あったが、そもそも一行がこの場に集ったのは合流が目的であり、それを済ませた以上、この場に留まっておく理由は特に無いのだ。  ユウキはドゥフトモンに視線を向けると、改めての質問をする。   「ここまで来たらあと少しって話でしたっけ」 「うん。メモリアルステラがあるここまで来れば、あとは一時間程度歩けば町に着くはず。トラブルの有無によってある程度遅延はするかもだけど……」    返答しつつ、ドゥフトモンは空の色を見る。  ユウキとベアモンも、それにつられて同じ景色を見た。  気付けば少し前まで青色が広がっていた空には夕焼けの色が滲み出ていて、あとニ時間程度も経てば夜の帳が下りるであろうことは容易に想像がつくようになっていた。  僅かに目を細めると、聖騎士はこのように言葉を紡いだ。 「――思ってたよりも夜になるのが遅いみたいだし、まぁその気になれば今日中に抜けられるんじゃないかな。安全な場所を見つけられるのなら、一度眠って夜を過ぎた上で再出発するのもアリだと思うけど」 「んー。オイラもその案は考えたが、抜けられるなら抜けちまったほうがいいだろうな。樹海と町、寝るとしてどっちが安全かなんて、考えるまでもねえし……」 「それが君達の判断なら、僕からこれ以上言う事は無いかな。ここまで来れるぐらいの強さがあるなら、御守りの必要はないと思うし」 「御守りも何もアンタ俺達が野生デジモンと戦ってるとき見てるだけだったけどな」 「見守ってあげてたんだってば。助けもしたでしょ」  言うだけ言ったところで、ドゥフトモンはユウキ達一行に背を向け、彼等の行き先とは異なる方向に向かって歩き出す。  ユウキ達に目的地があるように、ドゥフトモンにも優先すべき任務がある。  その上で助けてくれて、その上で気遣って、その上で今後も関わってくれると言ってくれた。  威厳の無さに突然の生徒扱いなどなど、色々と複雑な心境になりながらも、それ等の事実に感謝をしていないわけがなく。  ユウキは思わず呼び止めて、こう言った。 「あの」 「……何かな?」 「助けてくれて、ありがとうございました。その、またいつか会いましょう」 「……うん。その内ね」    静かに、どこか微笑んだのような声色でそう言い残し、ドゥフトモンはその場から姿を消した。  単純な膂力でもって駆け出しただけと理解していても、そのスピードには驚かされる他無かった。  見届けた一行は、確保しておいた食料である程度腹を満たしてから、メモリアルステラのある場所から再び樹海の中を歩き始める。  合流を果たし、戦闘要員が増えた都合、戦闘において不足を覚えるようなことはなく、幾度か襲撃を受けながらも大事なく先へと進むことが出来ていた。  それまでの緊張を解すように談笑する程度の余裕が出来た頃、ふとしてレッサーはベアモンに対してこう言った。 「しっかし、幸運なモンだなベアモン。まさかロイヤルナイツの教えを受けられる立場になるなんてよ」 「……あ、うん。そうだね」 「……なんか妙なテンションだな。気にかかることでもあったか? 偽物の疑惑とか? まぁ色々と都合良すぎるもんな」 「いやいや。そういうことは考えてないよ。嬉しいことは嬉しいし、ロイヤルナイツに鍛えてもらえるのなら究極体に到れるのもそう遠くないかもなーとか考えてただけだよ」 「思ってた以上にご都合だったわ」  レッサーの問いに、ごく自然なテンションでそう答えながら。  ベアモンは、言葉とは裏腹に疑惑の思考を奔らせていた。 (……本当に、ただ教えたいってだけの動機でユウキの先生になるって言ってたの? あっちの事情はよくわからないけど、ロイヤルナイツとしての自分の務めを後回しにしてでも……?)  信じられなかった。  ベアモン自身、ロイヤルナイツなどというビッグネームなデジモンと顔合わせするのは初めてで、ロイヤルナイツという組織がどういうものなのかまで詳しく知っているわけではない。  あくまでも、一般的なデジモンが知れる範囲――世界の秩序と平和を守る聖なる騎士たちであるということぐらいしか、知見には無い。  心の底から優しいデジモンかなんて、わからない。  解ることは、ユウキという元は人間であったデジモンが、その存在が世界の秩序という観点から見ると、どうしても怪しいと判断されてしまうであろうことぐらい。 (ユウキや僕等が口を滑らせない限りは、基本的にバレないはずだけど、相手はロイヤルナイツ……楽観なんて出来ない……)  デジモンではなく、人間としての姿でこの世界に立っているならまだ物語にもある範囲での話だった。  自分のことを人間だったと思いこんでいるだけの正真正銘のデジモン、なんて話だったとしてもそれはそれで大事にはならない。  だが、元は人間であったデジモン、なんて存在はどう考えても今までに無い話だ。  特別も特別。  なんならベアモン自身、ユウキという元人間のデジモンに何の危険性も無いのかと聞かれたらマトモな反論を出来る自信が無い。  幸運にも、今まで大事に至ったことこそ無かったが、何も起きてなかったからこそわからないままの事も多いのだ。  証明材料が無ければ、潔白さなんて誰にも示せない。 (……成り行きで僕も関われるようになった以上、ちゃんと見ておかないと。もしかしたら、なんか凄い謎の力とかなんかでユウキの正体か何かしらに感づいてるかもしれない。僕はユウキのことを信じてるからいいけど、ロイヤルナイツまで都合良くユウキのことを大丈夫なやつだと信じてくれるとは限らない。少しでも怪しいと思われたら、良くないことになるかもしれない。だって……)  自分にとって信じるに値するものが、他者にとってもそうであるとは限らない。  その事を、ベアモンはよく知っていた。  痛いほどに、知っていた。 (――トクベツなやつは、ただトクベツであるだけで、フツウのやつに怖がられるから――)    ◆ ◆ ◆ ◆  考え事をするほどに、時間が経つのはあっという間に感じられる。  気付けば、夜の帳は下りていた。  冷たい風が長く伸びた草を撫でる中、静寂に包まれた獣道の上を松明片手にユウキ達一行は歩き続け、そしてようやく待ち望んだ光景を目の当たりにする。   「……やーっと抜けられたのか……」  周囲に巨木や倒木は無く、土は乾いていて、広大な夜空は視界いっぱいに広がっている。  樹海の閉じた深緑から平原の開けた黄緑に景色は移り、樹海を抜けたその事実を認識して、一行はほぼ同じタイミングで大きく安堵の息を吐いていた。  当たり前と言えば当たり前の感想を、疲れきった様子のユウキが述べる。 「……いくらなんでもあの樹海広すぎだってマジで……今までの依頼はもちろんモノクロモンとかと戦ったあの山を登った時と比べても何倍も時間掛かってる気がするんだけども」  その愚痴を皮切りに、各々の言葉が飛び交った。 「流石にそれは気のせいでしょユウキ。色々起こりすぎて感覚が麻痺してるってだけで、いつも今か今より少し前ぐらいには町に戻れてたじゃん。倍は無い。違うのは、ここまでがまだ目的の場所までの通過点でしか無いってことぐらいで……」 「アルス、そういちいち細かく言ってやんなって。ユウキはトールともども、あんなハチャメチャな体験までしてんだ。疲れもたっぷり溜まっている事だろうし、愚痴の一つや二つは出て当たり前だろ」 「愚痴ばかり言ってても仕方無いでしょ。そもそも護衛の依頼なんだからもっと真剣にさぁ……」 「今日のお前はやけに真面目だなぁ。いっつも昼前ぐらいまで寝て約束をすっぽかしたりしてたクセに、どのクチが真面目ぶってんだ」 「ちょっ!! トール、ホークモンとハヅキの前でそんな本当の事言わないでよっ!!」 「……ふむ、ご心配なされるな。眠気覚ましの手段については得手がある。アルス殿であれ誰であれ、寝坊などさせることは無い」 「――えぇと、その手段って?」 「香か、その材料が無ければコブシでござるが」 「起きる!! ちゃんと早起きするから!!」 「えぇと、ハヅキさん。別に熟睡は健康的に悪いことじゃないはずだからそういう物騒なのは……」 「無論、半分は冗談でござる」 「……どちらかもう半分は本気って事じゃん!?」  行く先には広大に広がる湖と、その上に築かれた橋――そしてその上に建てられたらしい町『天観の橋』がある。  ベアモン達の暮らす『発芽の町』と比べても明らかに建造物の数が多く、規模も数倍以上。  月明かりに照らされた湖の美しさも相まって、ユウキはその景色に外国へ旅行にでも出たような錯覚がを覚えた。  ここがデジタルワールドである以上、それこそ現実世界の外国の観光スポットか何かの情報が元になっている可能性もあるだろうが、それにしたって大規模なものである。   「宿は機能しているのでござろうか」 「流石に一部屋ぐらいは空いてるだろ。全員分空いてなかったらホークモンとハヅキ以外の一部は地面で寝てもらう事になると思うが」 「そっか。じゃあ厚意に甘えて俺達は宿で寝るんでレッサーは屋根の上とかで寝ててくれな」 「お、どうしたトール。オイラも誰もお前やアルスやユウキにベッド独占したいから出て行けなんて言う気は無かった気がするんだが」 「レッサーはアレだよね。いっつも『ギルド』の拠点で台の上とかで寝てるし、地面の上でも屋根の上でも変わらないよねきっと」 「アルス? いくらオイラでも夜中にまであんな風に寝ることは無いんだぞ?」 「何でもいいけど剣持ったまま入って大丈夫なのかねこれ。ドゥフトモンとのあれこれもあるから捨てるわけにはいかないんだけども……」  誰もが安心していた。  ひとまず今日の困難は突破したのだと、ゆっくり休むことが出来るのだと。    そんな時だった。  最初に、その音を感じ取ったのはレッサーだった。 「――ん?」  何かが強く風を起こしているかのような。  鳥デジモンが飛翔するそれとは異なる、そんな音にふとして視線を上に上げる。  月光のみが視界を開く夜闇に紛れ、何かが見えた。  よく見えず、目を凝らしてみた頃、次いでハヅキがその音を知覚した。  二秒ほど経って、その表情は安堵していたそれから一変――青ざめる。 「――まさ、か……」 「ハヅキさん?」  傍らのホークモンがハヅキの様子の変化に疑問の声を漏らすが、ハヅキから応じる言葉は無かった。  そしてユウキ、ベアモン、エレキモンの三名もまた、遅れてその音を知覚する。    ごおおおう、ごおおおう、と。  さながら猛獣の低い唸り声にも似た上方から聞こえる音に、ユウキの表情が変わる。  そうして皆が、同じ方向へ視線を送り、その飛翔を見た。   「――な、なんじゃありゃ!?」 「おいおい……何でこんなトコにあんなモンがあるんだよ!?」  エレキモンとミケモンが、それぞれ驚きの声を漏らす。  遥か先の夜空から轟音を伴って近付いてくる、魚か何かを想起させる輪郭と頭部を有する飛翔体。  その造形は、ユウキにとってあまりにも見覚えのあるものだった。  即ち、それは『アニメ』においても数多くの視聴者に大きな衝撃を与えた『間違いの象徴』。  二つの作品を跨いで繰り出され、分類としては現代社会において最も恐れられる攻撃手段。  すなわち、 (――スカルグレイモンの、必殺技の……グラウンド・ゼロ!?) 「各々方!! 急ぎこの場から逃げ――ッ!!」  レナモンのハヅキはそれまでの堂々とした態度から一変、ホークモンの体を咄嗟に抱きかかえて走り出しながら、声を荒げて呼びかけてくる。  が、軌道を確認する余地はおろか、考える時間も無かった。  咄嗟に脅威を背を向けて走り出した直後、夜空を掻き裂いた弾頭は獰猛な笑みのままに着弾する。  爆音が響く。  その衝撃は、地響きと共に離れた位置にいたはずのユウキ達を転ばせる。  何かが砕け、壊れる音、そして悲鳴と怒号とが連続する。  ――同じ爆発が、同じ衝撃を伴って、続けて二回撒き起こった。    急いで逃げるべきだとか他の誰々は無事なのかとか、そういった事を考えられる余裕など無かった。  そうして結果的に伏せた姿勢のまま十数秒ほどが経過し、爆発音が響かなくなったのを知覚して、恐る恐るといった様子で転んだ状態から起き上がり。  そうして改めて、元々見ていた方向を見た一行の視界に映し出されたのは、 「――何だよ、これ……」  地獄。  そう言う他に無いほどに壊され、火の海と化した『天観の橋』の姿がそこにあった。  数多く築かれ、あるいは住民たるデジモン達が居としていたかもしれない建造物が壊れ、石材や木材が火炎を帯び、大火事の中で怒号と悲鳴が幾多にも重なっていく。  ギルモンのユウキは、呆然とするしか無かった。  ただの火災なら、まだ現実の世界でも見たことがあった。  だが、その殆どはテレビのニュースで見るような、文字通り対岸のものばかりで。  こんな間近で、ましてや町一帯全てが燃え上がるようなものを、見たことなんて無かった。  受ける衝撃も、抱く恐怖も、浮かんだ嫌悪も――それまでに見てきたものとは桁違い。  原因、というか元凶と言える存在が何であるかを察してながら、それでも思わず呟いてしまっていた。  何だこれは、と。  これは本当に現実に起きている事なのか、と。  そして。  衝撃を受けているのは、ユウキだけではなかった。 「――あ、あ――」  その声に、ユウキは振り向いた。  今日この時に至るまで、見たことの無い表情があった。  自分やエレキモンの前では、一度たりとも見せなかった顔があった。  ベアモンは。  アルスは、震えていた。  体どころか口元や瞳さえも震わせ、恐怖していた。  そして、他の事になど意識一つ向いていないような様子で、こう叫んでいた。 「……う、あああああっ!! ダメだああああああああっ!!」 「ッ!? 待てベアモンッ!!」 「は? おい馬鹿っ!? お前が行ったところで……ッ!!」 「――!? ま、待つでござるアルス殿!! ユウキ殿!! トール殿ッ!!」  彼はそう言うと、自ら大火事の巻き起こっている『天観の橋』に向かって走り出していた。  その前進に戸惑いを覚えて二秒、遅れてユウキとエレキモンも後を追い始めて。  結果的に、大火事巻き起こる町の方へとあっという間に向かって行ってしまった三人の背中を見て、ハヅキは明確に焦燥を帯びた表情でこう告げていた。 「レッサー殿ッ!! 急ぎアルス殿達を連れ戻し、この場から退かねば!!」 「……アレについて、何か知ってるのか!?」 「私の予想通りであれば、あの凶器を町に放ったのは……」  問いに対し、速やかな返答があった。  今まで以上の震えを見せるホークモンの傍ら、忍びの里から依頼に来た銀の狐はこう述べたのだ。 「……私達の里を壊滅させた、未知の化け物どもでござる!! 今あの町に下っ端であれ何であれ、関係する者が来ているのだとすれば、それはまずマトモに太刀打ちしていい相手ではないッ!!」  直後にレッサーも遅れて駆け出していく。  誰も彼も、樹海を踏破した疲れも癒えず、重い足取りのまま。  弾頭の炎に照らされた夜闇の中を、進んでいく。  第四節『一日目:片鱗、未だ眠りて』完
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ユキサーン
2024年2月03日
In デジモン創作サロン
【現実世界側のキャラクター達】  牙絡雑賀《がらく さいが》  性別:男  年齢:18  宿すデジモン:ガルルモン?  【第二章】の主人公である、カッコつけのつもりか金に染めている髪の毛が特徴的な、とある高校の三年生男子。  七大魔王デジモン、特にベルゼブモンを推しデジモンとするデジモンオタクで、中学からの付き合いがある友人の紅炎勇輝とデジモン関係の遊びを数多くやっていたが、その紅炎勇輝がある日突然『消失』し、自分に出来る範囲で捜索してみようとする内に世界の未来を巡る戦いに首を突っ込む羽目になった。  ガルルモン(と彼自身は思っているデジモン)を脳内に宿し、その姿形と力を人体に宿すことが出来る電脳力者であり、膂力と嗅覚に優れている。  力に目覚めた翌日の抗争で(恐らくは脳に宿るガルルモン? がかつて進化していた姿と思わしき)完全体デジモン;ケルベロモンの力にも覚醒し、第二章終了時点では『専守防衛《セキュリティ》』と呼ばれる組織に加入して活動している。  自分の気持ちに嘘を吐くことを特別嫌い、自らの衝動に従って動く。  司弩蒼矢《しど そうや》  性別;男  年齢:17  宿すデジモン:リヴァイアモン  事故で右腕と右足を失った、水ノ龍高校に通う二年生男子。【第二章】における第二の主人公。  実の親に自分よりも優秀だと認識されている(と彼自身は感じていた)実の弟に嫉妬心を抱き、自分の存在に注目してもらいたい一心で水泳部に所属、好成績を残し続けていたが、ある日の下校中にトラックに轢かれそうになった見ず知らずの少女を咄嗟に助けようとした結果、右腕と右足を失う大怪我を負ってしまう。  事実上、親に自らの存在を誇示するために所属していた水泳部での活動が不可能となった事で絶望、塞ぎこんでいる時に【シナリオライター】のフレースヴェルグから接触を受け、結果として電脳力者としての力に覚醒するが、その時は理性の乏しい野生動物のような有様で、多少の寄り道をしながら開設前の都内プールを縄張りとし、同日に侵入してきた牙絡雑賀と戦闘を繰り広げる。  いろいろあって敗北し、その後にもいろいろあった末に、自身の脳に宿るデジモンである嫉妬の魔王ことリヴァイアモン(後にタイヨウと名付ける)と絆を結び、牙絡雑賀と同じく『専守防衛《セキュリティ》』に所属する。  リヴァイアモンの成熟期、および完全体だった頃の姿らしいシードラモンとメガシードラモンの姿形と力を宿すことが出来、ただの水を海水に変換する能力を有しているらしい。  第二章終了後は、それまで殆ど知らなかったデジモンに関する知識を得ておくため、自由時間が取れる際には原作アニメの鑑賞などに勤しんでいる。  最近の悩みは、脳内の(重度なロイヤルナイツオタクの)リヴァイアモンがアニメ鑑賞の度にうるさい事。  縁芽苦朗《ゆかりめ くろう》  性別:男  年齢:18  宿すデジモン:ベルフェモン  牙絡雑賀と同じ高校に通う三年生男子。  表向きはただただひたすらにあらゆる物事を面倒臭がり、それでいて成績は優秀な天才で、自宅ではエロ本をアイマスク代わりにしながら眠り惚けているダメ兄貴……として認識されている一方、裏では怠惰の魔王・ベルフェモンの電脳力者として世界の未来を左右する戦いに身を投じている強者。  【第二章】のとあるタイミングで、とある人物と交戦――その結果として致命傷を負い、本来ならば回復に専念しなければならない体調ながらも、無視出来ない脅威に対しては側線して立ち向かう程度には責任感が強い。  ワイズモンの能力を利用した事象の再現にベルフェモンの呪力を重ね生み出す、多彩な攻撃手段を自在に振るうその戦いぶりから、【グリード】や【シナリオライター】を始めとする敵組織からは最大源に警戒されている。  実の所、エロいかどうかは無関係に本を読むこと自体が好き。  命を賭してでも護らんとしている義理の妹、縁芽好夢の貧乳っぷりを事あるごとにイジっては金的を喰らっている。  牙絡雑賀、司弩蒼矢、縁芽好夢が所属した組織【専守防衛《セキュリティ》】のリーダーを務めている。  縁芽好夢《ゆかりめ こうむ》  性別;女  年齢:13  宿すデジモン:■■■モン  ツインテールの髪型が特徴的な、野弧霧中学校《のこぎりちゅうがくこう》に通う中学二年生。  縁芽家に養子として迎えられた義理の妹であり、縁芽苦朗を義理の兄としている。  苦朗の同級生である紅炎勇輝や牙絡雑賀をはじめとし、好いた男性のことを「(名前)にぃ」と兄貴分のように親しみを込めて呼ぶ癖があり、将来の夢はメイドさん。  とある遭遇が切っ掛けで荒事に首をつっこむようになり、その過程で司弩蒼矢を中心とした事件に対面、決意と共に電脳力者としての力に覚醒し、成熟期デジモン・トゥルイエモンの力を用いて事件の解決に一役を買う。  脳に宿るデジモンが何者かを正確には知らず、脳内で自らを天使を名乗ったそのデジモンのことを「天使さん」とひとまずは呼んでいる。  【第二章】終了後は牙絡雑賀、司弩蒼矢の二名と共に『専守防衛《セキュリティ》』に所属、なんとなく縁芽苦朗が荒事に首を突っ込んでいると直感しながら、されどその詳細までは知らぬまま、義理の兄の望まぬまま世界の未来を左右する戦いに首を突っ込んでいく。  柔道を習っており、それによって培われた格闘技術は電脳力者として覚醒した際にも活かされている。  宿しているデジモンの力の影響か、発育が控えめ。  捏蔵叉美《こねくら またび》  性別:女  年齢:12  野弧霧中学校に通う縁芽好夢の同級生。  中学生にしては胸がデカい。  野入葉徹《やいば とおる》  性別:男  年齢:17  宿すデジモン:スナイモン  路地裏で不良と交戦している所を牙絡雑賀に助けられた電脳力者。  スナイモンの力で昆虫の甲殻を纏う剣鬼と化し、牙絡雑賀と共に窮地を切り抜けた。  電脳力者になった経緯は現状不明。    鳴風羽鷺《なるかぜ はろ》  性別:男  年齢:16  宿すデジモン:ブライモン  自警団組織【専守防衛《セキュリティ》】の情報収集係を担っている、縁芽苦朗と同じ高校に通う一年生。  剣道部に所属しながらもあまり部活動に顔は出さず、日々の時間を情報収集に費やしている――ちょくちょく怠けながら。  ブライモンの力を有する電脳力者であり、戦闘時には竹刀を変換させた打刀でもって外敵を斬る。  基本的に殺生の域に達するほどの戦闘はせず、撃退したりする程度に留めてはいる。  縁芽苦朗曰く、完全体の力を使うことも出来るらしい。  趣味は高所での日なたぼっこ。    サツマイモ色の服の女  性別:女  年齢:17(自称・永遠・絶対違う)  宿すデジモン:■■■モン  牙絡雑賀に司弩蒼矢の情報を伝え、結果的に電脳力者の力を目覚めさせた切っ掛けな人物。  紅炎勇輝をデジタルワールドに送還したらしい組織【シナリオライター】と繋がりを持ち、【第二章】では縁芽苦朗が致命傷を負った事実を【グリード】に伝え、結果として苦朗や雑賀、そして蒼矢が【グリード】との望まざる戦いを強いられる羽目になる発端だったりもしていた。  青コートの男  性別:男  年齢:正確には不明だが、声質から30代後半と推定されている。  宿すデジモン:不明。  夜中、紅炎勇輝を拉致した張本人。  全身の肌が見えなくなるほどの分厚い青色のコートに身を包んでいる、【シナリオライター】の幹部な男。  【第二章】の物語の裏で縁芽苦朗と交戦し、致命傷を負わせることに成功した強者であり、その行動目的は不明。  夏場であろうがコート姿で、しかも夜中には鍋だって食べる。  当人曰く、当然ながら暑いらしい。脱げよ。  フレースヴェルグ  性別:男  年齢:不明。  宿すデジモン;オニスモン  入院患者時代の司弩蒼矢と最初にコンタクトを取った、【シナリオライター】の監視係な電脳力者の男。  基本的にいつも半裸な格好で、人の目につかない場所から色々なものを監視している。  強者との戦闘を好み、弱者が強者に成り上がることを好み、そして何よりそうして自らと戦うに相応しい力を手に入れた者を相手に【狩り】をすることを好む。逆に、弱いものいじめの類は大嫌いで、小動物の肉を喰らうことも好まない。強者の肉しか食べたくない。  究極体デジモンであるオニスモンを宿すだけあって、恐ろしく高い戦闘能力を有している。  その翼の一薙ぎは、デジモンの力に覚醒したばかりの牙絡雑賀を紙のように吹っ飛ばした。  ちなみにフレースヴェルグは【シナリオライター】の一部構成員に与えられるコードネームの一つであり、彼をはじめとして【シナリオライター】の一部の構成員には北欧神話に通ずる存在の名前を与えられている場合がある。    【デジタルワールド側のキャラクター達】  ギルモン  個体名:コーエン・ユウキ  性格:すなお  進化段階:ギルモン→グラウモン→???→???  本名を紅炎勇輝(18歳)と呼ぶ、元はロイヤルナイツのデジモン――特にデュークモンを推しデジモンとするただのデジモンオタクな高校三年生でしかなかった、元人間のギルモン。  本作品のメインを担う主人公であり、彼の存在を巡って様々な思惑が蠢いている。  青コートの男との邂逅がきっかけで意識を失い、その後に謎の手段でもってデジタルワールドに送還、気がついた時にはギルモンに成ってデジタルワールドの海に漂流していた経歴を持つ。  デジモンに成ったことに対して酷く動揺しながらも、漂流していた自分を釣り上げた(!?)ベアモンと、その友達であるエレキモンの協力を経て『発芽の町』と呼ばれる町に住まい、デジモン達の民間組織【ギルド】に所属。『チャレンジャーズ』というチーム名で活動しながら、自分がデジモンに成った原因の捜索と現実世界への帰還の方法を探り始めている。  デジモンとしての体の動かし方、戦い方に当初こそ不慣れだったが、経験を重ねることによってその素養を開花させていく。  ベアモン  個体名:アルス  性格:こわがり  進化段階:ベアモン→グリズモン→???→???           →?????→???→???  発芽の町で暮らしていて、ある日偶然釣り上げた元人間のデジモンと関係を持つことによって、世界の未来を左右する戦いに巻き込まれる運命を背負うことになった、本作においてデジモン側の主人公を担うベアモン。  愛嬌のある表情とどこか抜けた物言い、頼り甲斐のある立ち振る舞いとは裏腹に、他者から嫌われ距離を置かれることに対して浅くはない恐怖を秘めている、寂しがり。  自分の本音を滅多に表には出さず、友達としての関係を持つエレキモンにすら本音を漏らしたことが無い。  絵本に出てくるような"カッコいいヒーロー"に憧れており、強く勇敢なデジモンとして振舞うことを徹底している。  実力については本物で、単純な戦闘においてはユウキとトールの二人よりも強く、身体能力も判断能力も秀でている。  自己治癒能力も高く、それはフライモンの毒針を受けていながらその同日中に平然と動き回れるようになるほど。  釣った魚は基本的に生のまま食べる。  いっそ料理するよりも生の方が好きな疑惑すらあるが、ユウキが料理をするようになってからは料理を優先して頂いている。  ユウキとトールの二人と共に作ったチームこと『チャレンジャーズ』の名前は彼の発案。    エレキモン  個体名:トール  性格:ワイルド  進化段階:エレキモン→コカトリモン→???→???   ベアモンよりも先に発芽の町で暮らしていて、友達として彼の面倒によく付き合っているエレキモン。  元々は野良のデジモンとして生きていて、ぶらりふらりしている内に発芽の町に迎えられて暮らすようになった経緯を持つ。  口先ではあからさまに他者と距離を置こうとしてたり、厳しいことを言ったりする一方で、事情を細かく整理して分析する頭脳を持ち合わせている。  ユウキとベアモンの二人と活動しているチーム『チャレンジャーズ』における貴重なストッパー係。【第三章】開始時点では自分が進化出来るようになったデジモンが空を飛べない鳥型デジモンことコカトリモンであることを気にしていたり、自分の力不足を内心痛感している。  逆境における判断力はチーム内でピカイチ。  ミケモン  個体名:レッサー  性格:のんき(ミケモン時)→おしとやか(バステモン時)  進化段階:???→ミケモン→バステモン→???  発芽の町の民間組織【ギルド】の福リーダーを担っているデジモン。殆どの時間をダラダラと居眠りして過ごしてたりして、それを発見される度に叱られるが特に反省の色は無い。  【ギルド】のデジモンの中でも最高レベルのスピードを有しており、戦闘においては普段ののんきな性格から一変、素早い挙動から相手の急所を的確に狙う猛獣と化す。  完全体デジモン・バステモンへの一時的な進化を可能にしており、バステモンの姿の時はお淑やかな淑女のそれに性格が変質、圧倒的な戦闘能力も相まって上司としては申し分ない振る舞いを見せるが、実のところその精神性の変化をミケモンとしての彼はとても恐ろしく思っている。  リーダーのレオモンとは幼年期からの付き合い。  レオモン  個体名:リュオン  性格:クール  進化段階:???→レオモン→???→???  発芽の町の民間組織【ギルド】のリーダーを務めているレオモン。ほぼ毎日の時間を依頼の達成に費やしており、求められれば求められるほどに依頼者の希望に応えていく。その性分故に、日によっては夜中まで町に戻ってこないことすらある(そしてレッサーの留守番時間も増える)。多分一日16時間労働ぐらいはイケる。  社員の残業分の案件を全部引き受けてくれるタイプ。    レナモン(銀)  個体名:ハヅキ  性格:クール  進化段階:レナモン(銀)→キュウビモン(銀)→???→???  【第三章】において、発芽の町から遠い地にある故郷の【忍の里】から、付き添いのホークモンの護衛を依頼してきた銀毛のレナモン。レオモンとは知り合いの間柄。故郷の名前が示す通り、忍者としての教育を受けて育ったデジモンであり、種族元来の身のこなしに加えて丸薬作成の技術も有している。  基本的に忍者らしく(?)ござると語尾につけて喋るが、付き添いのホークモンのように特定の相手に対しては普通の喋り方になる。  良薬は口に苦し、という言葉を真に受けるタイプ。    ホークモン  個体名:???  性格:こわがり  進化段階:ホークモン→???→???→???  レナモン(銀)のハヅキが護衛対象としているホークモン。  色々なことに対して怯えており、加えて根暗。  現時点で、それ以外に述べるようなことは無い。  ジュレイモン  個体名:???  性格:おじいちゃん  進化段階:???→???→ジュレイモン→???  発芽の町の町長を務めているジュレイモン。  ドゥフトモン  個体名:???  性格:元気  進化段階:???→???→???→ドゥフトモン  【第三章】において初登場。  森林地帯の調査を任じられて樹海を調べまわっていた所、とある貰い事故によってユウキ達と対面。その後の出来事によって放っておけなくなったユウキの先生を兼任するようになる(半ば強制)。  自分がロイヤルナイツのデジモンとして、ドゥフトモンとして相応しくない者であると思い悩んでおり、それ故に余程の状況に陥らない限りレオパルドモードの姿でいることが多い。  威厳を一分も維持出来ない有様だが、一方でその実力と頭脳は本物で、出会ってそう時間も経っていない段階でユウキが元は人間である事実に薄々感付きそうになっていた。  長く生きているジュレイモンでさえも知らない【人間がデジモンに進化する物語】を読んだことがあるようだが……?  作中で表立った活躍があったキャラクターを、随時更新していきます。
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ユキサーン
2023年11月30日
In デジモン創作サロン
爆発音が連続する。  高層ビルの窓ガラスが幾多も砕け、辺り一面に雨となって降り注ぐ。  既に街の中は火の海と言う他に無い惨状となっており、それだけに留まらず紫色の霧のようなものがどんどんその場全ての生き物の生存圏を狭めていく。  自然と息遣い荒くなり、緊張が高まる。  仲間が全員退場してしまった以上、戦うことが出来るのは自分一人。  彼は、倒壊した建物の瓦礫の影に隠れながら、その手に備えた『得物』を見る。   (……もうダメージエリアが迫ってるし、行くしか無い)  意を決し、パチンコ玉に短い手足と大砲をくっ付けたような姿の彼が瓦礫の影の外に出る。  自分とは別の誰かと交戦中の敵チームの内の一体である狼獣人目掛けて腕の大砲からエネルギー弾を放ち命中させ、余程消耗していたのか回避行動を連続して取り始めた狼獣人の移動方向上にエネルギー弾を『置いて』おくことで追撃――狼獣人の体が粒子となって散り散りになり、その場にはいくつかの色取り取りのカプセルと青と白の縞模様の卵などが残される。  それ等を拾おうと駆け出したパチンコ玉だったが、横槍を入れ、漁夫の利を得んとした彼に向けて戦場の先駆者たちの内の幾人かが視線を向けると同時、各々が自らの攻撃手段を解き放った。  ミサイル、斬撃、銛、岩石――などなど様々な飛び道具が殺到し、パチンコ玉はひたすらに回避しようとしたが、いくつか被弾をしてしまい、気付けば視界の端に赤色が滲むようになっていた。  牽制のエネルギー弾を放ち、兎にも角にも遮蔽物の裏に隠れ直すが、パチンコ玉の彼の表情に喜びは無い。  成果よりも損失のほうが大きいと、現在進行系で理解させられているからだ。 (全回復にはSP《セキュリティポイント》カプセルが足りない……! くそっ、今のはダメージを許容してでもあのワーガルルモンのアイテムを回収すべきだったか!?)  後悔してももう遅い。  持ちうる限りのアイテムを使って回復を終えたのとほぼ同時のタイミングで、遮蔽の裏に隠れていたパチンコ玉に異なる敵が襲いかかる。  回避と逃避に専念するもHP《ヒットポイント》がどんどん削れていき、そして、 (あ)  ドドドドドドドドド!! と。  いっそ工事現場の掘削音を想起させる程度には猛烈な、ガトリング砲の発射音を認識したその瞬間が、パチンコ玉の退場の合図であった。  視界が僅かに暗転し、ふとして戻った時には、ただ周囲の状況を遠目に眺めることしか出来なくなった元パチンコ玉の現在鈍色のタマゴな彼は、数秒のちにその世界から消失した。  そして。  そうしたモンスターたちの戦いを、間近に目撃していた男――米咲乾土《よねさきけんと》はこんなふうにぼやいていた。 「やってるやってるぅ」  戦い、そのための行為の結果として在った、ガラスの雨も燃え盛るビルの姿も瓦礫の山も、彼には視えていない。  視えているのは、色取り取りでありながら同時に半透明のモンスター達が争い、街の上を駆け回る姿――そのホログラムのみ。  新型VRバトルロイヤルゲーム『ゴーストゲーム』――それがこの現実に映し出された現象の正体であり、数多くのプレイヤーに遊ばれているゲームの名前だった。  内容としては、ゴーグルの形をした専用のコントローラーを頭に取り付け、取り付けた人間の意識を電脳空間上に存在するアバター――すなわちデジタルなモンスターの『中』に転送、定着させ、自らの意思で動かせるようになったそれ等を用いて対戦をするというもの。  こと現代に至り、この手の『精神のデータ化』は珍しくもない話であり、ビジネスの話においても学業の話においても多種多様に利用されており、このゲームもまたそうした技術を用いた娯楽の一つであった。  電脳世界においてはそれこそ目に見える形で、世紀末染みた破壊の応酬が巻き起こっていることだろうが、その実害が現実に反映されることは無い。  故にこそ、どれだけ恐ろしい様相の怪物が姿を現そうと、その驚異的な破壊力を示す攻撃のエフェクトが巻き起ころうが、巨大な足で踏み潰されそうになろうと、それを視ている住民達が恐怖の色を宿すことはない。  むしろ、ホログラムとして映し出された怪物たちの戦いに、スポーツでも観戦するような心持ちで黄色い声援を送る者までいる始末だ。  現実に現れているものではない、自分に危険が及ぶものではない、あくまでも風景の一部に過ぎない――そうした前提が、モンスターに対する危機的感情を完全に欠落させている。  時に、道行く人々の中、音漏れの激しい安物のイアホンからいくつかの入り混じった声が聞こえてもくる。 『はいー、どうも野生のたぬきちでーす。今日はフウマモンで活躍するコツを――』 『えぇ? サイバードラモン? 知らない、そんなクソキャラ俺は知らない……ッ!! そんなモンは俺の記憶野からデリートした……!!』 『教えはどうなってんだ教えはァ!!』  どうやら誰かの実況プレイ動画か配信でも見ているらしい。  他のゲームでもそうであるように、この『ゴーストゲーム』にも動画投稿者や配信者の類が数多く活動を開始し、中には収益を得ている人物も存在している。  そして、米咲もまたそうしたゲームの配信者の一人であり、この日彼は知り合いの配信者と会う予定を立てていた。    ブルースクリーン第2区。  技術のステージがいくつもの段階を駆け上がっていくの過程で、新たなる都市のパッケージとしてデザインされることになった東京都のエリアの一つ。  そんな、ホログラムを映し出す機材が建造物の各部に設けられ、青空を映し出す液晶画面だらけの都市を歩き続けている内に米咲の視界に入ってきたのは、一周まわってレトロな雰囲気さえ感じさせるゲームセンター。  その入り口で、目的の人物は待ち構えていた。 「おーっす久しぶりですー。炭水化物さん」 「こんちわー、くるーえるさん。今回は色々すいませんね」  青に染めた短髪が特徴的なその男性と、互いに配信者としてのインターネット上での名前で呼び合うと、それぞれ歩幅を合わせつつゲームセンターの中へ入っていく。  中にはUFOキャッチャーだのモグラ叩きだの、昔馴染みのゲームが設備されており、そうした諸々の奥に大きな液晶画面やスピーカーを天井近くに備えた、ヘリコプターのコックピットのようにも絵本で見るような恐竜の卵のようにも見える球体の形をした筐体が複数見えた。  合計8つほど横に並んでいるそれ等の内、自販機に最も近い位置にある一つに近寄ると、くるーえると呼ばれた青髪の男は米咲に向けてこんな風に言った。 「動画とかで予習はしてるんですっけ?」 「少しだけ。まぁ、進化属性調節とかエリア別のアイテムの傾向とかよく解んなかったですけど」 「そういう玄人向けの知識は後回しでいいんですよ。とにかく、最初はやってみないと」  そう言うと、くるーえるは米咲に対して「入ってください」と簡潔に告げ、米咲は言われるがままに筐体の中へと入っていく。  筐体の中は外殻と同じく真っ白で、大きめの背もたれがある専用椅子とプラネタリム染みた内壁が特徴的だった。  実のところ、米咲が『ゴーストゲーム』を遊ぶのは今回が初めてであり。  くるーえるは今回、同じ配信者のよしみで付き添い指南するために――そして、そうした口実でのコラボ企画のために――協力してくれる事になった相手なのである。  幸運にも住まいは近辺で、それ故に合流は容易な部類だった。  米咲がひとまず専用椅子に座り込んだのを確認すると、くるーえるは軽い調子で言葉を紡ぐ。   「基本はゲームのほうから勝手に教えてくれますし、まずは気楽にやりましょう。どいつ使うかぐらいは決めてるんですよね?」 「まぁ一応は。くるーえるさんがいつも使ってるのは……何ですっけ? パイナップルドラゴン?」 「パイルドラモンですよ。というか出してる動画でそいつの出番が多いだけで、推しは別にいますよ」 「ふーん。推しじゃない割りには気にいってるように見えたんですけどね」  言うだけ言って、米咲は一つの端末を取り出した。  腕時計をゲーム機のように平たく固めたような形の、筆箱よりも少し大きめな程度の携帯端末。  デジヴァイスと呼ばれるそれの、外部を覆うように取り付けられたパーツを取り外し、ゴムバンドを引きずり出すと、まるでゴーグルのように目線を覆う。  手に持ったデジヴァイスからの信号を受け、遮られた視界いっぱいに光が点る。  直後。  米咲乾土の意識は現実の領域より乖離する。  彼の意識は、電脳世界に向けて投射された。    ◆ ◆ ◆ ◆  一方その頃、別の区域ではより一層凶暴さを増すモンスター達の戦いが、ホログラムによって投影されていた。  通称、朱雀杯。  ブルースクリーンと呼ばれる区域の南部の各所で開催されている『ゴーストゲーム』の大会であり、都内最強のチームを決める本選こと黄龍杯への参加資格を賭けたある種の予選にあたる負けられない一戦である。  プレイヤーにのみ視える、踏み込めばダメージを受ける死の霧に囲まれた領域に現存するチームは二つ、頭数はそれぞれピッタリ三体ずつ。  片方のチームは、誰も彼もが機械仕掛けのメカメカしいラインナップとなっていた。   一体目、キャノンビーモン。  蜂の巣の形をした武装コンテナ『スカイロケット∞』を背負い、蜂の毒針を模したが如き主砲『ニトロスティンガー』を下半身に携える機械仕掛けの殺戮虫であり、ゲーム中において屈指の弾幕展開力を有するモンスターの最上位の一体。  その気になれば戦場を火の海にすることは容易いだろうが、どうやら狙うべき敵の姿が見当たらず、かと言って無闇に居場所を悟られるのも良くないと感じているらしく、燃え盛るビルの高度そのものを遮蔽として巨体を隠しながら、虎視眈々と暴力を開放する機会を待っている様子だった。  二体目、メタリフェクワガーモン。  金色の鋼で武装し、人間に近しい形をもって進化を果たした機械虫。  両手の銃口と化した五指からは自らの意思で軌道を操作出来る『ホーミングレーザー』を放つことができ、その技術の応用で近距離戦闘もお手の物とするゲーム中指折りのオールラウンダーの一体。  キャノンビーモンが攻撃を控えて機を伺っているのに対し、彼は断続的に遮蔽に身を隠しながらも五指から放たれる『ホーミングレーザー』によって敵チームの潜んでいそうな場所を虱潰しに探っていた。  ダメージ判定を確認出来れば即座に居場所を報せ、キャノンビーモンの火力を存分に発揮してもらう算段らしい。  三体目、ホバーエスピモン。  水色の鋼によって形作られた、小動物染みた形状の頭部と体躯の半分以上を占める名前通りのホバー機構が特徴的な、潜伏と調査の機能に特化した空飛ぶ情報屋。  光学迷彩『ダイバニッシュ』を用いている間はいかなる速度域においても姿と音を感知されず、ミサイルやバルカン砲による攻撃能力以上にそれ等の索敵能力から戦闘能力こそ劣れどチームに一体はいてほしいと希望される便利な一体。  彼もまたメタリフェクワガーモンと同じく、キャノンビーモンの火力を発揮させるために安全圏内のビル群に潜む敵チームを探すために動いている。    火力担当が一体に索敵担当が二体と、一見偏ったチーム構成はある種の信頼を感じさせた。  そうした怪物達を操るプレイヤー達の間では、状況の把握を深めるためのボイスチャットが繰り返し行われている。 『こっちのビルにはいませんね。そっちは?』 『ホーミング撃ちまくってるがダメージ判定が無い。こんだけ撃ってれば誰か一人ぐらいは流れに当たってそうなもんだが』 『んー、こっちを小突くやつもいません。まだ成長期で小っこいから見つからない……とか?』 『それなら勝ちも当然だが警戒怠って射線を通さないようにしとけよ。小さいは小さいでもマメモンとかの可能性もあるんだ』  緊迫したやり取りの間にも紫色の霧が迫り、無害な領域が失われていく。  安全地帯が全て失われ、全てのプレイヤーがダメージを受け続ける状態まで戦況が長引けば、モンスターの生存権たるHP《ヒットポイント》が高く、尚且つそれを回復出来る物資を多く抱えているプレイヤーのほうが優位となる。  そういう意味では、鋼を宿す三体は危うい状態にあった。  HP《ヒットポイント》の身代わりとなるSP《セキュリティポイント》も含めて万全の状態でこそあるが、激戦を経て既に物資は枯渇の傾向にある。  早々に敵を探り出さなければ、場合によっては敗北するのだと、そう理解しているからこそ彼等に余裕は無い。  メタリフェクワガーモンとホバーエスピモンの二体が建造物を蜂の巣にする勢いで攻撃を放っていくが見つからず、遂に探していないビルが最後の一つになった頃、 『――1体見つけた、シルフィーモンだ』  もう一つのチームの一人が姿を現した。  一体目、シルフィーモン。  猛禽の特徴を各部に含んだ白の上半身と赤の下半身、そして頭に装着したヘッドマウントディスプレイが特徴的な天翔ける狙撃手。  見た目通り強靭な脚力によるジャンプ力と翼を用いた滑空能力、それ等を用いた高速戦闘を得意とする最高クラスのモンスター達こと『完全体』の内の一体。  彼は、居場所を探り当てられたと察してか、ビルの窓を蹴り破りながら自ら姿を現し、両腕の翼を用いた滑空で一気にメタリフェクワガーモンとの間合いを詰め、赤色を帯びたエネルギーの弾丸を繰り出していく。  半ば奇襲に近い形で繰り出された一撃はメタリフェクワガーモンに命中するが、たった一撃では彼のHP《ヒットポイント》どころかSP《セキュリティポイント》さえ削りきるには至らず、メタリフェクワガーモンを操るプレイヤーは焦る様子もなく『ホーミングレーザー』を放ちつつ、仲間へ情報を伝える。 『よし、マーキングした!!』 『――了解。ブチ貫きます!!』  大まかな位置さえ掴めれば問題は無い。  キャノンビーモンの主砲『ニトロスティンガー』には建造物を貫通する性能が含まれており、ビルを遮蔽として隠れた状態からでも敵を攻撃することが出来るのだから。  仲間から伝えられた情報を元に、キャノンビーモンはその膨大な火力を解き放っていく。  避けられること、当たらないことなどは織り込み済み。  遮蔽の無い場所にまで追い込み、仲間の攻撃と合わせて確実に仕留められさえすれば、頭数での優位を獲得して残る二体をより確実に処理出来る。  そんな思考のもと攻撃を続け、キャノンビーモンのプレイヤーは動き回った挙句に射線が通る位置にまで来たシルフィーモンに対し、主砲『ニトロスティンガー』に加えて武装コンテナ『スカイロケット∞』を解き放とうとして、 『待って、もう一体――』 『――え、ちょっ!?』  が、直後のことだった。  一斉攻撃を放とうとしたキャノンビーモンのプレイヤーから、戸惑いの声がボイスチャットに流れた時には全てが手遅れだった。  ドゴォア!! という凄まじい音響が鳴り響いた時には、ビル上方から狙撃をしていたはずのキャノンビーモンは地表にまで叩き付けられ、元いた位置にはそれまで見つけられなかったことがおかしいとしか思えない緑色の巨大な三本角の恐竜が存在していた。 『トリケラモン!? 何であんなデカいのを見つけられ……いや、それ以前に何であんな空中まで一瞬でッ!?』  敵チームの二体目、トリケラモン。  名前の通り恐竜のトリケラトプスを模したような外見の『完全体』であり、見かけ通りの強靭な肉体からくる耐久力と膂力によって実現された凄まじい威力を誇る突進の破壊力を最大の特徴とする、草食とはとても思えぬ重戦車モンスター。  他の『完全体』と比べて特徴らしい特徴こそ多くは無いが、それ故にシンプルな使い心地が玄人プレイヤーに愛される要因となっていると噂されている。  が、その巨体ゆえに隠れ潜む能力は皆無に等しく、これまでの索敵で見つけられなかった事実は何より、キャノンビーモンのいるビル上部付近の空中にまで踏み込まれるなど、まずありえないはずだった。  ありえない――そう、トリケラモンが単独であれば。  回答は、いつの間にか道路上に姿を現していたもう一体のモンスターそのものが握っていた。   『――最後の一人はマクラモンか!! くそっ、道理でこんだけ探しても見つからないわけだ……!!』  敵チーム最後の三体目、マクラモン。  猿のような見た目の人間と大差無い体躯を持ち、神官のような衣装を身に纏う『完全体』であり、その手に生じさせた『宝玉《パオユー》』を用いて様々なものを閉じ込め管理することが出来る、ゲーム内でトリックスターと称されるモンスターの一体。    そう、閉じ込め管理する能力。  マクラモンが敵チームに存在する事実を認識した時点で、メタリフェクワガーモンとホバーエスピモンのプレイヤーは、何故巨大な体躯を持つトリケラモンの存在にキャノンビーモンに接近されるまで気付けなかったのか、その理由を察した。  マクラモンのプレイヤーが、トリケラモンを――そしておそらくはシルフィーモンや自分自身も――『宝玉《パオユー》』の中に閉じ込め隠し、キャノンビーモンのすぐ近くにまで近づかせた上で『宝玉《パオユー》』の中から開放、ほぼ完璧な形で不意討ちを成功させられるように仕向けたのだ。  モンスターの実質的なサイズをソフトボール大にまで縮めてしまうことが出来る以上、隠れ潜むことなど造作も無かっただろう。  そして、それに感付いたところでもう遅い。  キャノンビーモンの至近にて『宝玉《パオユー》』から解放され現れたトリケラモンは、既にその三本の角をキャノンビーモンの命運を確定させている。 『ナナハチさん!! 逃げ――』 『――あーっ、無理ですホロタマ化しました!! こっちは無視して迎撃を……!!』 『くっ……!!』  数的有利は、一瞬で敵に傾いた。  残るメタリフェクワガーモンとホバーエスピモンは、物資の乏しい中でシルフィーモンとトリケラモンとマクラモン――合計三体の『完全体』を二体で仕留めなければならなくなり。  間合いを離そうにも、既に安全圏と呼べる領域は狭まっていて。  そうした優位性を敵チームが活かさないはずもなく。  合計三十二秒ほど持ち堪えた末に、機械仕掛けの三体は卵と化して敗北した。    ◆ ◆ ◆ ◆  米咲乾土は奇妙な圧迫感に囚われていた。  空間自体は卵というよりは繭のそれに近い紡錘形で、椅子のようなものは見当たらないが米咲の背中には背もたれの感触が吸い付いていた。  座っているようで、寝床に横になっているような、そのどちらでも無いような、不思議な感覚。  周りに視える色彩は四方八方真っ白で、出口らしきものはどの方向にも見つからない。  まるで、卵の中の黄身か何かにでもなったかのような錯覚の中、五感情報のうち確かなものは、己の手(?)が掴んでいるデジヴァイスの感触のみ。  そして実際、ここからの米咲に必要なものはデジヴァイス以外特に無かった。 (えぇと、大体は自動でやってくれるって話だったけど)  ポチポチポチ、と。  デジヴァイスに表示された『ゴーストゲーム』のスタート画面を押していくと、思いのほかスムーズに事柄が進んでいく。  ユーザー登録、ログイン処理、サーバー選択、などなど。  その他諸々の処理を含め、無料ダウンロード出来る数多のネトゲと殆ど変わらない必須事項を簡素に済ませると、白一色だった周りの景色が突如として緑の蛍光色を帯びる。  0と1の数字が乱舞するのを眺めていると、突如として米咲の耳を震わす声があった。 『こんばんちわー、ユーザーネーム炭水化物サマ。率直に言いますがそのユーザーネームで本当に大丈夫だったんでしょかマジで。ニンゲンサマの自覚、あります?』 「え、誰? 見知らぬ女の子にいきなりドン引きされてる気がするっ!?」 『あ、これは失礼。私はこの「ゴーストゲーム」内に内臓された、操作方法とかルールとかその辺りの基本を教えるとかその辺りのサポートをするAIのヒカリちゃんですぜぃ、どうもよろしくね』 「このAI少女ってばいきなり対応が塩すぎるし口調めちゃくちゃすぎない……!?」  いつの間にか米咲の視界の左端に表示されていた小さなウィンドウ、そこからビデオチャットのように顔だけを覗かせていたミニマムな自称サポートAIな少女ことヒカリは、AI――人工知能のわりにはやけに人間くさい、軽々とした口調で言葉を発していた。  思い返してみればこの『ゴーストゲーム』のPVを視聴した時もこんな容姿の少女が説明していた覚えがあるが、米咲の覚えている限りこの少女の口調はもっと幼く、可愛げのあるものだった気がする。  同じ顔の人間は二百パターンは存在すると思え、とは誰の言葉だったか――困惑する米咲のことなど気にも留めない様子で、ヒカリは説明を続ける。 『「ゴーストゲーム」に参加するにあたって、まずは炭水化物サマの操るモンスターを作成しなければなりません。とりあえず、何でもいいのでデジヴァイス内のデータを一つこちらの画面にドラッグしてもらいます。何ならランダムにこっちで選ばせてもらいますけど』 「えっ、モロに個人情報使うのこのゲーム!?」 『? 利用規約の中にもしっかり記述がありますよ? プレイの過程で利用者のデジヴァイスのデータを使用することがあるためご了承くださいって。ダメじゃないですかも~う。ネットゲームするならちゃんと利用規約に目を通しておかないと~』 「いやだって大体どこのネトゲもおんなじ規約じゃないか!! 面倒くさいよぅ!!」 『自業自得ってことで流しておきますけど~。何でもいいのでデータ選んでくださいますか? イラストデータとかならより好ましいですね~』  あっあっあっ、と。  何か急かされてるような感じがして、米咲は急ぎ調子でデジヴァイス内に保存していた画像ファイルのデータを漁り、そして選択する。  なんとなくの感覚で選ばれたのは、SNSのプロフィールのアイコンにも用いていた――空飛ぶはんぺんのような何か謎な――キャラクターの画像だった。  データファイルの選択が済むと、見る見る内に周りの景色が色付いていく。  ファイルをドラッグした画面の中でいくつもの0と1の数字が乱舞し、気付いた時には画面に見覚えの無いモンスターの姿が描き出されていた。  まるで魔法使いか何かが被るようなトンガリ帽子を被り、青いマフラーを首に巻いた、蒼い炎が子供の胴体と両手と顔を形取ったような――幽霊そのものと言える見た目の何かが。 『これは「ゴースモン」ですね。名前の通り、幽霊《ゴースト》と呼ばれる不確定のデータによって構築された種族、とデータベースにはあります。ある意味ではこのゲーム"らしい"チョイスとなりましたが、望み通りになりましたか?』 「いや全く望んでないんだけども。提出した画像に書かれてるのはこんな不気味なのじゃなくて、どちらかと言えばその……えと……よく覚えてないけど餅とかの……」 『読み取れる情報が自分でも解らないぐらい空っぽだったから肉体が無い子が構築されたってことですかね』 「最近のAIって皮肉まで実装されてるの???」  意図も何も無く、形作られたモンスターは偶然にもゲームのタイトルをなぞるようなものだった。  どちらかと言えばドラゴンとか狼とかのカッコいい生き物の方が好みな米咲としては心底フクザツではあるが、経緯がどうあれ自分が生み出したものである以上、勝手な都合で放棄してしまうのはあまり良い気分がしないと感じ、米咲はひとまず操るモンスターにゴースモンを選ぶことにした。  次に、と簡潔に告げるとヒカリが言葉を紡いでいく。 『モンスターの作成が完了しましたので、早速チュートリアルへ移行しましょう』  言葉の直後、ゴースモンの姿だけが映し出されていた四角の画面に、見慣れた東京都の街並みが映し出される。  このゲームでプレイヤー達が競い合うことになる舞台。  気付けば、ゲーム画面上でゴースモンの姿は見えなくなり、 (FPSみたいな一人称視点でやるんだな。まぁ、売り文句的にも当然か) 『基本操作のガイドを画面上に反映させますので、まずは試しに動き回ってみてください』 「はいはい」  ふう、と仕切りなおすように息を吐く。  見えない背もたれに体を預けて、いつも自宅でやっているようにそうやってから、指示の通りに手を動かしたり体重を移動させたりしていく内に。  ふと疑問を浮かべた。 (いつもながら、具体的にどういう仕組みなんだろ)  生まれた頃から存在している技術。  当たり前になりすぎて、誰も疑問に思わないもの。  いわゆる『精神のデータ化』が、体感と実体を分離させる技術であることは米咲も学校で習っているため知っているが、具体的にそれがどのような理屈で実現されているものなのかは知らない。  誰もが、きっと何かフクザツな仕組みがあるんだろうなと曖昧に思考を放棄したまま、その恩恵を受けている。  そして、米咲乾土もまたそうした多勢の内の一人に過ぎなかった。 (まぁ何でもいいよね。楽しいならそれで)  どんな形であれ、フィクション上の存在でしかないモンスターになりきれるというのは、楽しい。  不運にも幽霊を模したモンスターであるためか五感の感覚が若干薄い気もするが、冗談抜きにふわふわとクラゲのように軽くなった体の感覚というものは、リアルでは一生かけても感じられないもので、ロマンを感じさせた。  浮遊しての移動、手からエネルギー弾を放つ攻撃手段、透明になる能力などなど、ゴースモンというモンスターに出来ることの実践をある程度済ませると、ヒカリから続けざまにゲームのルールに関する説明があった。 『「ゴーストゲーム」で操ることになるデジタルなモンスター、電子の幽霊ことホログラムゴーストが戦う際、最も必要になるのが画面の左下に見える緑色のゲージで表されるHP《ヒットポイント》と青色のゲージで表されるSP《セキュリティポイント》です。HP《ヒットポイント》の数値が敵の攻撃などによって0になると、その時点で戦闘不能。その場にホログラムゴーストの卵ことホロタマとなって、味方の手で回収されて専用のアイテムなどで蘇生されない限り、退場となります』  ゴースモンの視界越しに、動画サイトで対戦動画を見た際に見覚えがある色とりどりの大きなカプセルが視界に現れる。  合計五つあるそれ等は大小の差異こそあれど、左から緑・青・赤の色を含んでいた。 『そうなる事を防ぐために必要なものが、それ等二つの数値を回復するためのアイテムです。あなた目の前にあるのは、左からHP《ヒットポイント》カプセル、SP《セキュリティポイント》カプセル、リヴァイヴカプセル。それぞれ、戦いの中で各所に用意されたアイテムボックスの中に入っていたり、野放しになっていたりします』 「リヴァイヴカプセルが蘇生用のアイテムなの?」 『はい、説明が省けましたね。それでは次の説明に移行します』  今度は視界に様々な色の、四角い箱のような何かが複数現れる。  これもまた、対戦動画の中でプレイヤー達が回復アイテムよりも優先してせっせと探し回っていたような覚えがあって、実際そんな米咲の記憶は正しいものだった。 『こちらはブレイブポイントといって、ホログラムゴースト達が「進化」をするために必要な、いわゆる経験値と呼べるものです。先に見せた回復アイテムなどと並行してこれを集めることで、自分の操るホログラムゴーストを強くしていって、最終的に勝ち残る……というのがこのゲームの基本になります』 「どれも経験値なんだよね? 何でそれぞれ色が違うの? 経験値の量が違ったり?」 『量の違いは大きさに依存しています。色が異なるのは、それぞれ司る属性が異なるからですね。リュウウ・ケモノ・トリ・ショクブツに、ワクチン・データ・ウイルス・フリー……などなど、どこぞの草タイプや炎タイプみたいに、ホログラムゴーストにもそれぞれ司る属性の違いというものがあって、それ等は全て獲得してきた経験値の内容を強く受けた結果だったりするんです。リュウの経験値を手に入れ続けたらリュウのホログラムゴーストに進化する、みたいな感じですね』 「……あぁ、だから進化属性調節とかそういう動画が投稿されてたのか……」 『そういうことですね。上手なプレイヤーさんは、狙いのブレイヴポイントがどのような場所に出やすいのかをよく知ってるので。もちろん、同じ狙いのプレイヤーさんと戦うことになるのは避けられない選択ですけども、知見のあるプレイヤー同士がチームを組んでいるのなら、事前に合意を取って譲り合うなんてことも出来ますから、チームメンバーとの意思疎通はしっかりやっておくべきですね』  つまり、この四角い箱(?)を多く手に入れればゴースモンは別の姿へと『進化』するということらしい。  どのような姿に進化するかは経験値たる四角い箱の内容次第で、 『進化の方向性を調節したい場合、狙いのブレイヴポイントだけを集める以外の方法だと、マテリアルアナライズを使うのが最適解ですね』 「マテリアルアナライズ?」  突然、初めて聞く名称が飛び出してきた。  疑問の声を漏らすと、ヒカリは変わらず軽快な調子でこう説明する。 『先程ゴースモンを作成するのにも使用していた、補正効果サービスのことですよ。現実世界にある物質から情報を読み取って、その特徴や性質を基にホログラムゴーストを新しく作成したり、元々所持しているホログラムゴーストに組み込んで進化の傾向をカスタマイズしたりする事が出来ます』 「そんな機能、動画とかでも聞いたことないけど……」 『プレイヤーの間では、オプション機能と同じレベルで「わざわざ動画にしてまで説明することじゃない」と認識されているんでしょう。一例として、人間の体を読み取らせると進化後の姿が人間に近いものに成りやすくなったりします。指が5本になったり髪の毛が生えたりが主な傾向ですね。もちろん、これは健全なゲームですので変なものを読み取らせても変なものが生えるようにはなりませんというか生えてたら余裕でアカウント削除ですけどね』 「――変なものって?」 『お答えしかねます』  ここだけ、妙に機械質というかお固い対応だった。  世の中には触れてはならない部分というものがあるのだろう、ひとまず説明は説明としてありがたく頭に叩き込んでおくこととする。 (くるーえるさんのパイルドラモン? に髪の毛が生えてたのもそういうこと、なのかな) 『何にせよ、マテリアルアナライズについては試すにしても現実世界に戻ってからの話になります。今の時点では、それをすることで望みの方向性に「成りやすく」出来るとだけ覚えておいてもらえれば。進化の結果自体は基本的にランダムですので』 「はーい」 『それでは、モノは試しです。ガイドに従って、その場にあるブレイヴポイントを全て回収して、進化を成立させてください』  言われた通りに操作をし、ブレイヴポイントと呼ばれている四角の何かを全て集めると、ゴースモンの視界が突如としてチリチリとノイズを発しだした。  画面上に数多の0と1が乱舞し、意識に酩酊にも似た感覚が生じ、気付いた時には米咲の視点はゴースモンの体を外から眺められる位置に動かされていた。  米咲の目の前でゴースモンの体が、コマが回転するかのように高速で回転し、粒子状に分解され、異なる形へと生まれ変わっていく。  再構築されたその姿は、元の幽霊の面影を僅かに残した姿。  髑髏の飾りをつけた青色のとんがり帽子を被り、同色のマントに怪物の目や口を模ったデザインの衣装を身に纏い、向日葵を想起させる飾りのついた短い杖を手にした、童話にでも出てそうな魔術士。  進化を果たしたその体の周囲に浮かび上がった文字列から、そのホログラムゴーストの名をウィザーモンと呼ぶらしい事を認識した直後、米咲の視点が元に――ゴースモンからウィザーモンへと進化したそのホログラムゴーストの視点に――戻る。  ゴースモンになりきっていた時とは違い、人間のそれと同じように地に足を着いている感覚があった。 『きちんと、最初の進化を成立させましたね。ホログラムゴーストは進化をしていない最初の姿を「成長期」、一度進化した姿を「成熟期」、そして二度目の進化を果たした姿を「完全体」……つまり最も進化した姿としています。チュートリアルの範囲では試しませんが、そのウィザーモンというホログラムゴーストにも次の段階があります。お楽しみに~☆』 「なんか次回へ続くみたいな言い方だけども。チュートリアルはこれで全部?」 『いやいや、流石にこんな中途半端な形では終わらせませんよー。最後は進化したその体で、CPUの操るホログラムゴースト達を全てやっつけて、生還していただきます。CPUはちゃんと攻撃もしてくるので、受けたダメージをカプセルで回復しながら立ち回ってくださいね。倒されたらやり直し、デス♪』 (要するに基本の総集編って事か。ようやくチュートリアルも終わりかぁ) 『それでは、さっさとタイクツなチュートリアルを終わらせたい炭水化物サマの希望に応えて、さっさと始めちゃいましょう。バトル開始ー!!』 「なんか思考読み取られた!?」  妙に人間くさいサポートAIだな、と内心で呟いている間に状況は動く。  ウィザーモンの眼前に、狼や恐竜などといった様々な姿のホログラムゴーストが姿を現したのだ。  残り5体、と視界の左上に薄く表示されたのを認識したのと同時、最も近い位置にいた――赤い毛皮の狼そのものといった様相の――ホログラムゴーストが、ウィザーモンに向けて口から冷気を伴った衝撃波を放ってくる。 「あっぶな」 (えぇと、攻撃はこうするんだった……よな)  視線を向けられた時点で真横に転がり回避行動を取っていたため何事も無く、返す刀で米咲はウィザーモンの攻撃手段である短杖を向け、ゴースモンの時と同様の――手からエネルギー弾を放つ――操作を行った。  すると、杖を向けた赤い狼の至近に黒い雷雲が出現し、一秒経ったのちに炸裂する。  連続でダメージの判定が出ているらしく、数多の青や赤の数字が赤い狼の体から浮き出た直後、赤い狼は卵へと変じていった。  戦闘不能を意味するその変化を見届け、米咲はその視線を別の――赤く、大きな体の恐竜のような姿の――ホログラムゴーストへと向ける。  残り4体、という視界左上のガイドを傍目に、走りだしながら思う。   (本当に魔法使いみたいな性能してるんだな……) 「――これは、大当たりかも」    その後も、巨大な昆虫やロボットなどといった様々な姿のホログラムゴーストと鉢合わせになり、様々な攻撃を仕掛けられたが、危ういと思えるほどのダメージを受けることはなく。  最後に、悪魔のような姿のホログラムゴーストに対して致命の雷撃を加えて卵に還し、米咲のチュートリアルは終了した。  途端に意識が明滅し、立つ場が別の何処かへと切り替わる。  東京の街並みは何処へやら、気付けば米咲の視界には商店街を模したような、どこか古びた街並みが映し出される。  体もウィザーモンのそれからゴースモンのそれへと戻っていて、気付けば周りには頭上に日本語や英語の文字列――というか名前を浮かべた小柄なホログラムゴースト達が見えるようになっていた。 「ここは……」 「ロビーですよ。どうやらチュートリアルは終わったみたいですね」  困惑の声に返す言葉があった。  聞こえた方へ振り返ってみれば、そこには紫色の体色をした、腕が翼のようになっている小柄なドラゴンが立っていた。  声に覚えがあって、思わず米咲は問いを返していた。 「くるーえるさんですか?」 「はい。プレイヤーネームは頭の上に表記されてるでしょう? ゴースモンがいきなり出てきて、炭水化物さんの名前が見えたので、早速こちらでのコンタクトを取らせていただきました」 「……それがくるーえるさんのホログラムゴーストですか。動画だと別のを見た気がしますが」 「収益化を維持する都合、ずっと同じのだけを動画化するわけにはいきませんからね。他にも色々作成してはいますよ」  紫の子竜ことくるーえるは米咲にそう返すと、待ち侘びたとでも言わんばかりに早速切り出してきた。 「では、早速ですが一緒に二人チームのフリーマッチに行きませんか? 基本的な部分は知れたはずですし、コツを掴むならやっぱりランクも何も失うものが無いフリーマッチでの実戦が一番ですよ」 「あー、はい。お手柔らかにお願いします」  若干緊張気味に返事をして、米咲はくるーえると共に商店街の出口――もといフリーマッチモードを遊ぶための入り口へと向かっていく。  歩いていく中でも、各々異なる様相のホログラムゴーストの姿が見えて、米咲はこれがVRの技術を用いたゲームであると理解した上で、まるで異世界か何かにやって来たような感覚を覚えていた。  現実には存在しないモンスターになりきって、商店街を歩く。  到底現実ではありえざる状況、楽しくないと言ったほうが嘘になる。  これからしばらくは退屈しないだろう、そんな確信があった。  そして実際、その確信は間違いではなかった。  退屈なんて言葉とは無縁の特異点が彼を――否、彼等を待ち受けていたのだから。  ◆ ◆ ◆ ◆ 「「「いえーい!!」」」  所変わって、ブルースクリーン南部の一角こと第7区――にあるカラオケボックスにて、祝杯の声が上がっていた。  薄着の黒のシャツを着た赤髪の男と『I LOVE TINPAN』と文字の描かれたライムグリーンのシャツを着た黒髪の男、そしてブラウンカラーに染めた長髪が特徴的な白と黒のストリートスタイルな格好の女。  三人の男女はつい先ほど朱雀杯の予選を勝ち抜いた『ゴーストゲーム』の強豪プレイヤー達であり、今回は予選突破の記念としてカラオケボックスで軽くエンジョイしよう――という誘いを切っ掛けに集っていたのだった。  シルフィーモンを操っていた赤髪の男はコーラを一口飲んでから、マクラモンを操っていたライムグリーンのシャツの男に向けてこんな事を言う。 「しかし、驚くほど上手くいきましたよね。園長さんの、マクラモンの能力を利用した奇襲。思いついたのも凄いですけど、まさか予選の場で実際に成功させるとは」 「いやぁ、実際に成功させたのは攻撃をしっかり命中させた飛鳥《あすか》さんですよ。結局、あんなの一気に倒しきれないと反撃で蜂の巣にされちゃうわけですし」 「責任重大で流石に緊張しましたよぅ。ともあれ勝てたから全部おっけーぃ!! キジ太郎さんもお疲れ様でした!!」  いえーい、とノリノリで歓声を上げる三人。  ゲームの出来事だろうが、勝ったところで人生に影響が出るわけでは無かろうが、何であろうが交友を持った相手と共に何かを成し遂げた瞬間というものには、代え難い歓喜があったのだ。  こればかりは、プレイヤーにしか理解の及ばない範囲の感情である。  各々が菓子やらジュースやらをつまみながら、交代交代しながら好きなアニメの歌を歌い合う。  ありふれた談笑の一場面。  そこで、一つ取り上げられる話題があった。 「――しっかし、あんまり水を刺すような事は言いたくないですけど、最近増えましたよね。文字化けの……超越者なんて呼び方で取り上げられてましたっけ。そいつ等が出たって呟き……」 「ですねぇ。運営も対応中、なんてアナウンスは出してくれてますけど、特に減ってないように感じますよ」 「? 超越者、って何のことですか?」 「あぁ、飛鳥さんはこの辺りの話に興味無かったですか。まぁつまらない愚痴にしかなりませんし、何なら別の話題でも……」 「いや、普通に興味あるので、知ってることがあるなら教えてもらえますか?」  飛鳥《あすか》と呼ばれた女性プレイヤーの問いに対し、園長、キジ太郎と呼ばれたワケ知りな男性プレイヤー二名がこう返す。 「直球で言えば、卑怯者《チーター》ですよ。通常、ホログラムゴーストの進化は今回の予選で俺たちが使ってた『完全体』が最高で、それ以上の進化は無い設定なんですけど」 「無理やり弄くって、それ以上の段階の進化を設定したとしか思えない性能のホログラムゴーストが最近見受けられるようになったんですよね。さっき言った超越者って呼び方を筆頭に、巷では究極体とかルールブレイカーとか、まぁ色々と呼ばれてます。今回の予選では現れませんでしたが、そいつは大会だろうがフリーマッチだろうが何処にでも介入してくるんだとか。いやー、来てたらマジで予選がめちゃくちゃになる所でしたよ。運営が仕事したんですかね」 「ふーん……わざわざズルしてまで勝ちたいって、よくわかんない考えですね」  飛鳥は特に深くは考えず、自然と疑問符を浮かべていた。  ズルをしてまで勝ちたいやつの気持ちなど、いちいち考える事は無いと断じるように。  実際、ただの卑怯者の話でしかないのなら、飛鳥としてはもう脅威を抱く理由は無くなっていた。  だが、噂話はそこでは打ち切られなかった。  超越者、あるいは究極体などと呼ばれるプレイヤーについて、キジ太郎はこんな情報を付け加えたのだ。 「しかも、噂通りならその超越だの究極だの、よく解らないですがそいつに倒されたプレイヤーにはいろんな『症状』が出てるって話なんですよね。足に力が入らなくなったとか、自律神経がめちゃくちゃになったとか、意識不明になったとか……」 「急にホラーな事言うのやめてくださいよぅ!?」 「まぁ流石に眉唾ですけどね。火の無いとこに煙は立たないって言いますけども」  そして。  真偽など知る由も無いまま、軽い冗談のつもりで園長はこんな風に言葉を紡いでいた。 「仮にそんな事が出来るプレイヤーがいるとしたら、そいつはきっと人間じゃありませんよ」  ◆ ◆ ◆ ◆  新型VRバトルロイヤルゲーム『ゴーストゲーム』において、勝利条件はただ一つ。  最後のチームとして、戦場で生き残ること。  ただ一つのチームだけが勝者となり、それ以外の全ては敗者として扱われる。  生き残るための術は全て使うべきであり、卑怯などという言葉は敗者の言い分でしか無い。    そうした前提を踏まえた上で。  ゴースモン、そしてウィザーモンから更に進化を果たした姿――全身包帯まみれの木乃伊の姿をした、マミーモンという名のホログラムゴースト――に成りきっていた米咲は、僅かに苛立ちを乗せた声でこう漏らしていた。 「――いくら何でも、アレは無いだろ……」  東京都を模した電脳空間、その内にある高層ビルの一室の窓から外を覗き見る彼の視線の先。  そこに存在していたのは、一言で言えば暴虐だった。  数多のプレイヤーが、操るホログラムゴースト達が、それぞれの持つ攻撃手段を集中させて尚、衰えを見せない正真正銘の君臨者。    そいつは、全身を純白の鎧で覆う竜人だった。  そいつは、両腕に刃と銃器が合わさったような武具を携えていた。  そいつは、その場の誰よりも光輝いていた。  そいつは、ユーザーネームが文字化けしていた。  そいつは、残りのチーム数が片手の指で数えられる程度にまで減った頃に突如として現れ、見境なく他のプレイヤー達に襲い掛かってきた。  謎の、望まれざる乱入者。  戦いに勝ち残り、ホログラムゴーストを『完全体』まで進化させ、いよいよ大詰めといった状況で、その腕の武具から放たれる光弾や斬撃でもって殆どを一撃必殺で葬り去った理不尽。  どうやら只者ではないらしく、二人チームのパートナーとして共に参戦しているくるーえる――今はクリスペイルドラモンと呼ぶらしい氷の竜のホログラムゴーストに成りきっている――も、明らかに遊びを楽しむ雰囲気ではなくなった様子で米咲に隠れ身を促していた。  彼が言うには、あの謎のホログラムゴーストは『超越者』と呼ばれる盤外の存在であり、あまり良くない噂ばかりを立てているプレイヤーらしい。  倒したプレイヤーから個人情報を抜き取るとか、倒されたプレイヤーが意識不明になるとか、一部妄想の類も含まれるだろうがとにかくロクでもない事になる、と。  そんな厄ネタ塗れのプレイヤーとマトモに対戦する気など起きるはずも無く、どこまでが嘘でどこまでが本当であれ自分達の体で試そうなどと思えるはずもなく、米咲もくるーえるも落胆を覚えながらゲームから抜けようとした。  だが、こうしてこの場に残っていることからも察せられる通り――抜け出すことは出来なかった。  オプションコマンドの欄を開いてログアウトの処理を実行しようとしても、何故かマトモにコマンドは機能せず。  ダメージエリアに向かって自滅してしまおうと動いても、そもそもダメージエリアそのものが消失してしまっている。  ゲームのルールなどとっくの昔に崩壊していた。  まるで、あの純白の竜人が現れたその時点で、ゲームの審判役そのものが切り替わったかのように。  倒されること自体が未知のリスクを内包した純白の竜人を相手に、倒すか倒されるか。  それ以外の選択肢は無くなってしまっている。    カボチャの被り物をした『完全体』は一瞬で右腕に可動した刃に首を断たれて消えた。  巨大な双翼と三本の足を有する黒い鴉の『完全体』は、両腕の銃器から放たれる複数の光弾に貫かれて消えた。  群がるその他多勢も相手にならず、ダメージ一つマトモに通らぬまま、頭数はどんどん減っていく。  米咲とくるーえるが手にかけられていない事実など、偶然以外の何者でも無かった。 (どうやったらあんな無茶苦茶な動きが出来るんだ……?)  米咲やくるーえるを含めた普通のプレイヤーがやっていたのは、あくまでもホログラムゴーストを『操る』という形だった。  手足を動かしたり、武器を使用したり、ジャンプをしたりなどは出来ても、それ等は言ってしまえばゲーム上で決められた操作の範囲でしか無い。  だが、あの純白の竜人を操るプレイヤーは違う。  四肢の動きから些細な挙措に至るまで、明らかに意思の力が体の末端にまで行き届いている。  余計な制限や簡略化などは見受けられない。  これではまるで、成りきっているのではなく、そのものと化しているかのようだ。 『炭水化物サマ、アイツこっち向きましたよ!! 動いて!!』 「!!」  フリーマッチだろうが予定外の状況だろうがチュートリアルの時と同様に付き添ってくれるらしいサポートAIことヒカリの言葉の通り、気付けば純白の竜人の視線は米咲たちの潜むビルの方へと向けられていた。  嫌な予感がして、言われるがままにマミーモンの足が操作に従って動き出すのと同時、純白の竜人はその両腕の銃器を向けた。  直後のことだった。  光弾と斬撃。  その、両腕の動きだけで連続で放たれた二種類の暴虐が一瞬の内に融合し、米咲とくるーえるのホログラムゴーストが潜んでいたビルを×の字に切り裂いていた。 「――――」  もはや言葉も無かった。  オブジェクトの破壊、という行為自体は普通のプレイヤーでも可能な範囲であるにしろ。  ビルそのものが切断され、吹っ飛ぶ――なんてレベルの壮絶な破壊は無かった。  問答無用のフリーフォール。  ビルから放り出される形となった米咲に出来ることは無く、容赦なく地面に叩き付けられる。  幸い、高所から落下したことによるダメージなどはホログラムゴーストに無いが、そんなことで安堵出来るような状況でもない。  最後の獲物として、米咲とくるーえるの居場所を純白の竜人に目視されてしまったのだから。 (く、そ――)  苦し紛れにマミーモンの武器である『オベリスク』の銃口を向けるが、引き金を引くよりも先に銃を握る右腕ごと光弾で消し飛ばされる。  くるーえるの操るクリスペイルドラモンが素早く飛翔し、純白の竜人を凍らせようと猛吹雪を発生させる技『カロスディメンション』を発動するが、恐るべき速度で肉薄した純白の竜人が刃で振るい、氷で構築された外殻ごと左の腕と翼を丸ごと切り裂いてしまう。  呆気なく墜落していくパートナーの姿に、バーチャルの出来事とは思えぬ意識揺るがす衝撃に、危機感が思考を支配する。 「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」  怪物の喉で叫び、喚いて、操作に用いるデジヴァイスを握り締めて。  その時だった。  ピコン、と小さな音が米咲の聴覚を震わせた。  画面として広がるマミーモンの視界、その隅に字幕のように小さな文字列が生じる。  サポートAIの、疑問の言葉があった。   『短文メール……え、でもこれ、差出人のアドレスは、このデジヴァイスそのもの……?』  疑問の言葉。  つまり、彼女にはその先の文字列を読み取れていないということだった。  てをのばせ 『Tヲ乃罵s』  何もかもが理解不能の危機的状況下で、米咲の意識はその文字列に吸い寄せられていた。  この状況はどうしようも無い。  純白の竜人は反則技を使っているのだから勝ちようが無い――という前提は、本当に正しいのか?    アレを特別にしている力は、チートという言葉一つで説明出来るものか。  今この瞬間、米咲には扱うことが出来ないものなのか。  もしも、そうではないのだとしたら。  誰でも、選択それ自体は出来る、目の前にある選択肢の一つに過ぎないのだとすれば。  それは、普通に『ゴーストゲーム』をプレイしているだけなら、絶対に触れることは無いもの。  最初から目の前に広がっていて、気付かず放棄してしまっている一つの選択肢。   (……上等だ)  さながら、試練のよう。  米咲はマミーモンの視界を映し出す画面よりももっと根元、コントローラーとして扱っているデジヴァイスそのものへ目を向ける。  今掴んでいるものが、現実の肉体が感じているものなのか、それともバーチャルなデータとしての感触なのか、何もかも知らないまま。   (こんなに楽しいゲームを、楽しくない形で終わらせられてしまうぐらいなら。あいつに目にモノ見せられるのなら。どんなに危険な賭けだろうが乗ってやる!!)  てをのばせ。  手を伸ばせ。  バキィッ!! と。  次の瞬間、米咲乾土は両手を使って『操作』の象徴たるデジヴァイスをくの字にへし折った。  コントローラーの破壊、操作の放棄。  勝利、いやそれ以前にプレイを前提とするのなら絶対にやるわけが無い、けれどこの電脳の繭の中で許されているただ一つの『操作』以外の行為。  まるで泡沫のように、折れたデジヴァイスがデータとして分解され、0と1の数字となって散らばる。  乱舞する数字の中心に、一際輝く何かがあった。  0でも1でも無い、色付いた、どこか暖かな輝き。  直感で、それこそがホログラムゴーストを構成する核、存在の中心部であると考えて。  彼は、それに手を伸ばした。  伸ばして、掴み取った。  触れて、熱を感じる。  何かが繋がる。    ズバチィ!! と。  それで、何かが決定した。  致命的な脱線に至る。  急速に意識が覚めていく。  視界いっぱいに東京の街並み、その荒れた姿が曝け出される。  何やら驚いた様子の純白の竜人の姿が見える。  そいつはクリスペイルドラモンの首筋に向けていた左腕の刃を米咲の方へと向け、凄まじい速度で接近すると同時に縦に振るってくる。。  目の前にボールが飛んで来たから思わず首を振った――そんな感覚でホログラムゴーストの体を操り、半身を逸らして振るわれた刃を間一髪のところで回避する。  当たり前のようにそう動いてから、遅れて米咲は気付く。 (あれっ)  攻撃が視える。  動きが間に合う。  マミーモンの性能では、今まで純白の竜人の攻撃を見切ることなど到底出来なかったというのに。   (そのはずなのに、実際に出来てる……?)  五感が鮮明になる。  デジヴァイスを操作するまでもなく、ホログラムゴーストを動かせる。  自分自身が、そのものに成ったが如く。  操作という域を出て、自分自身の意思をダイレクトに伝えて、動かせる。  ふと手足に視線を移せば、そこにある手足はマミーモンの包帯まみれのそれでは無くなっていた。  両手の五指は銃口に、両脚は銃身そのものになり、頭に被られたカウボーイの帽子も含め、纏う衣装は全体的に漆黒で統一されていた。  背から伸びる細長い翼は悪魔の象徴か、少なくとも純白の竜人のナリと比べると正義の味方のそれには見えなかった。  アヴェンジキッドモン、という名前が思考に過ぎる。  名前が、その能力が、その体で出来ることが、それこそ手に取るように解る。  つまり。  それこそが、純白の竜人と同じ領域に立つプレイヤーの証。  『超越者』。  その単語が米咲の頭に浮かんだ途端だった。  戦意が瞬く間に沸き立ち、その衝動のままに米咲は――アヴェンジキッドモンは右脚の銃口を振り下ろされた左の刃の側面に向け、即座に『引き金を引いた』。  至近距離で弾丸が炸裂し、爆発が起こり、銃器と繋がっていた刃がその威力に圧される形で折れて砕ける。  ぐっ、という声が聞こえたような気がしたが、アヴェンジキッドモンはいちいち構わなかった。  爆発に圧されて間合いを離した純白の竜人へ、両手五指の銃口を向ける。  発砲、直撃。  高密度のプラズマを弾丸としたそれが、確かに純白の竜人に命中した。  ダメージを表す数字は青く、致命傷に至っていないことは明白。    だが、あれだけ猛威を振るっていた敵に攻撃が届いた、という事実はアヴェンジキッドモンが笑みを浮かべるに十分なものだった。  飛び退き、純白の竜人の銃器から繰り出される光弾の連射を掻い潜り、今度は自分の番と言わんばかりに肉薄する。  飛び蹴りの要領で左足の銃口を純白の竜人の胴部に当て、ゼロ距離で銃弾をぶっ放す。 「デストラクショントリッガー」  と、自然に呟きながら。  青い数字に紛れて赤の数字が浮かび上がる。  銃弾が防壁を抜けて、その生存力を穿ち始めた証明だった。 『ちょちょちょ、待ってくださいどうなってるんですか!? 対応不能なコマンド入力の嵐だってのにホログラムゴーストがしっかり操作に従っちゃってるんですけど!? 何でこんな風に動くのっ、これ絶対単なるバグとか裏技とかじゃない。そもそも進化の段階自体が規定外だしっ!! こんなの余所で行われてる通常の「ゴーストゲーム」の何倍もの情報処理が必要不可欠でマトモに』 「ヒカリちゃん、疑問があるならそっちで勝手に調べといて」 『単純な検索ヒット数なら十五万ほど、その中の頻出ワードを摘出すると「超越者」と「究極体」ってのが1位2位を争ってます!! よくわからないけどヤバいですよこれ!! いやまぁ近頃は得体の知れないバナー広告だの誘導狙いのあからさまなアフィリサイトとかも多いですからどれだけ信憑性があるか怪しいですけどm 「どうでもいいよ、そんな事」  五感の全てが行き届いた状態。  人間としてのそれではなく、ホログラムゴーストそのものの五感と繋がった感覚。  どういう理屈でこんな事になっているのか、と。  あるいは、疑問を覚えるのが正しい判断なのかもしれない。  だが、少なくとも今は何か不都合を覚えるような状況ではなく、むしろその不都合をぶっ潰す権利そのものを得たと言える状況なのだ。  であれば。  何に遠慮することも無い。  ドッ!! という爆音が炸裂した。  アヴェンジキッドモンが、走り出しながら自らの足元を両脚の銃でもって銃撃した衝撃の音だった。  地面が爆発し、その衝撃を追い風のようにして加速する。  勢いをつけて、純白の竜人との間合いを詰める。    相手の様子など伺わない。  こちらはもう臆病に脅えて逃げるしかないウサギではない、生死を決定する手段を得た狩人だ。  共に並び立ち、睨み合って、衝突する。  ガガガガガガガドドドドドドド!!!!! と、大音響が炸裂する。  剣撃、銃撃、爆撃、また剣撃。    成り行きを見守ることしか出来ないくるーえる――クリスペイルドラモンの視界には、具体的に『何が起きているのか』を把握することは適わない。    自分自身にも、純白の竜人からの反撃で少なくないダメージが入っている事実を知覚しながら、アヴェンジキッドモンは笑む。  自分だけが出来る、思うままに戦える、そんな――本来なら初心者が持ち得ない高揚感。  孤高とも呼べる立ち位置に、感情値が目も眩む領域へとはみ出していく。    返礼が出来る。  受けた悔しさをそのままぶつけられる。  この手でぶちのめして、吠え面をかかせられる。 「――ああ」  ぐっ、と。  自分の頭蓋から何かが引き摺り出されるような感覚。  何かが釣り上げられる。  ホログラムゴーストを操作するために用いていたデジヴァイス、それを掴んでいた感覚も既に遠い。  アヴェンジキッドモンは、米咲乾土は、この極限の戦闘において楽しさを覚えるほどの余裕さえ手に入れてしまっていた。 「駄目だよなこんなの。こんなの味わったら、知ってしまったら……さぁ……」 『…………』  サポートAIは完全に沈黙していた。  どんな言葉を出力すべきか、判断出来ずにいるようだった。  プログラム通りに言語を出力するAIに嫌悪や恐怖を抱く機能があるかは知らないが、米咲はもうそちらの方へ意識を向けていない。  純白の竜人との戦闘で思考を回す余裕が無い、というわけではないだろう。  絶対的だった存在を引き摺り下ろす、その快感。  そうあるべきと決め付けられた一つの椅子の隣に、無遠慮にもう一つの椅子を置く。  そんな権利を意識させる。  見れば、戦闘の過程で砕け散ったのか、純白の竜人の左腕からは武具が消え去っていた。  代わりに構えられるは純白の拳。  エネルギーを帯びたそれは、恐らく純白の竜人が切り札としていた攻撃手段。  まだ手札を隠していた。  隠して、一人で愉悦していた。  そんな風に思って、アヴェンジキッドモンの口はこんな言葉を紡いでいた。   「駄目だよな。そういうのは」  直後の出来事だった。  ザッッッ!! という疾風の如き介入があった。  アヴェンジキッドモンがいきなり純白の竜人の攻撃を受けたのではない、新手のホログラムゴーストが戦場に躍り出てきたのだ。  ウサギの耳のような飾りのついた兜をかぶり、分厚い獣毛のマントを風に靡かせる騎士。  そいつは現れると共に純白の竜人に肉薄し、両手に持った剣を交差させるように振り抜いていく。  純白の竜人は即座に反応すると後方へ跳躍し、斬撃を間一髪で回避する。  標的を食いそびれた獣騎士はされど焦る様子も無く、剣先を向けながら竜人に向けてこう告げた。 「選べ。最後までやるか、この場を退くか。私としてはどちらでも構わない」 「……邪魔を……」  呟きの直後、竜人の判断は迅速だった。  光輝く左の拳を地面に打ち付け、込められたエネルギーを解き放つ。  辺り一帯に眩い光が拡散し、数秒の時、景色を光が支配する。  光が収まった時、純白の竜人の姿はどこにも見えなくなっていた。  その事実に軽くため息を漏らすと、獣騎士はその視線をアヴェンジキッドモンへと向ける。  そして、告げた。 「はじめまして。そして、気をつけて」 「……何を……というか、あんたはいったい……?」 「嫌でも解る事になる。これから始まる険しい戦いの準備を、今の内に整えておくんだ」  ダンッ!! と獣騎士が大きく飛び上がる。  倒壊せずに残っていた高層ビルの模型、その上を高速で移っていく。  その直前で、アヴェンジキッドモンは獣騎士が最後に放った言葉を、頭の中で反芻していた。   「――君も、こっち側……虚数の領域に片足を踏み入れてしまったみたいだからね――」  第一話『First Riders』完 《キャラクターor舞台設定》 ・主要登場人物 《米咲乾土//アヴェンジキッドモン》  よねさきけんと。26歳。アヴェンジキッドモンの【超越者】。  今作の主人公であり、【炭水化物】という名前でゲーム実況の配信者をやっている一般の男性。近頃流行しているVRゲーム【ゴーストゲーム】を、同じゲーム実況の配信者である【くるーえる】と初プレイを楽しんでいたところに【超越者】と称されるチーターが操る究極体のホログラムゴーストに襲われ、窮地を脱しようと行動した結果として究極体・アヴェンジキッドモンへと自身のホログラムゴーストを進化させ、知らず知らずにチーターと同じ【超越者】と区分されるプレイヤーになってしまう。  ”思う存分やりたいことをやって生きていきたい”というありふれた欲求のままに生きており、ゲーム実況の配信者をやるようになったのもその一環。楽しくやりたいと思っていたVRゲームとそれにまつわる技術絡みの事件については不快感を覚えている。  配信者としての収入はそれなり。ゲームプレイの技術については、飲み込みが早い。 《多綱蓮//???》  たずなれん。27歳。第一話時点では【超越者】になっていない。  青に染めた短髪が特徴の【くるーえる】という名前でゲーム実況の配信者をやっている男性で、配信者としては米咲の先輩にあたる。名前の元ネタは「隙ありッ!!」という台詞と共にアホみたいな出の速さで殺しに来るどこぞの主人公の技から。お前何歳?  米咲が【ゴーストゲーム】の初プレイをするにあたっての付き添いもとい指導役――という建前でコラボ企画をするために協力してくれる事になったが、前述の出来事が原因で結果的に【超越者】と遭遇、米咲が同類に至った瞬間の目撃者ともなってしまう。  実況プレイに出す動画の中では様々なホログラムゴーストを操作してみせているが、実際のところ最も好んでいるものは”クールな雰囲気を感じさせる”人外キャラ。米咲とのプレイで進化させたクリスペイルドラモンも当然好みの範疇。  配信者としての収入はそれほど高くないが、あくまでも兼業としてきちんと仕事もしているため、生活に苦労はしていない。  ゲームプレイの技術は、高い。 《白い竜人》  正規のゲームプレイでは使えない究極体のホログラムゴースト・シリウスモンを操る【超越者】。  現実世界におけるその正体は不明だが、【ゴーストゲーム】の試合に度々介入してはプレイヤー達を駆逐し、”何か”を回収し続けている。  彼が撃破したプレイヤーには様々な【症状】が確認されているというが……? 《兎耳の獣騎士》  ホログラムゴースト・ディルビットモンを操る【超越者】。  アヴェンジキッドモンとなった米咲とシリウスモンの戦いに割って入り、シリウスモンには敵対の意思を、アヴェンジキッドモンには警告を発した謎の人物。  声色から女性のプレイヤーであるらしいと米咲は認識している。  【ゴーストゲーム】に関連する事件とその黒幕を追っているらしく、彼女が言うには白い竜人とは別に黒幕が存在しているらしいが……? 《ヒカリ》  VRゲーム【ゴーストゲーム】に搭載されているサポートAI。  プレイヤーごとにその性格設定は異なっており、米咲の場合は軽口多めの強火なキャラクターとして設定され、多綱の場合は当人曰くオドオドした気弱な性格のキャラクターとして設定されているらしい。  とある計画のために用意された【保険】の存在。   《八神ヒカリ》  VRゲームに登場しているサポートAI【ヒカリ】と物凄く似た容姿を持つ少女。  波乱のあった直後の帰り際、現実世界で米咲と多綱の二人はゴミ箱に上半身を突っ込ませた状態の彼女を目撃する。  常に眠たげな様子で、日光が苦手なのかあまり目を開けたがらない。暗い所に顔を突っ込ませがち。  ホログラムゴーストに関して妙に詳しく、謎の力によってゲームのシステムにさえ介入することが出来てしまう。  ――その正体は、少女というカタチに折り畳まれた虚数領域《デジタルワールド》そのもの。存在するだけで、世界を認知するだけで現実をデジタルの法則で侵食し、やがて塗り替えてしまう世界樹の芽。世界がデジタルに近付き過ぎた結果として、望む望まぬに関わらず生まれることになってしまったモノ。  彼女を己が欲望のために”管理”しようとする”黒幕”の手より救えなかった場合、この世界は【カワラナイモノ】や【のこされるもの】のそれと同じ末路を辿ることになる。   ・用語 《ブルースクリーン》  精神のデータ化などを含めた最先端の技術でもって発展した、ホログラムの飛び交う都市。  数多くの区に分けられており、米咲と多綱が通ったゲームセンターは2区。【朱雀杯】に優勝したチームが集ったカラオケボックスがあるのは7区。 《VRゲーム ゴーストゲーム》  近頃流行しているVRゲーム。  精神のデータ化によってプレイヤーの意識を架空のモンスターことホログラムゴーストに移し、操ることでもってバトルロイヤル形式の対戦を行う内容となっており、作中における【朱雀杯】をはじめとした様々な大会が開催されている。  ホログラムゴーストとは言うまでもなくデジモンの事であり、普通のプレイヤーは【完全体】までしか操ることが出来ない。 《デジヴァイス》  作中でゲームプレイにも用いられた、”腕時計をゲーム機のように平たく固めたような形の、筆箱よりも少し大きめな程度の携帯端末”。一般に流通している代物で、近年のスマートフォンにも負けず劣らずの多機能を備えており、基本的に【ゴーストゲーム】はこれを用いてプレイすることになる。 《超越者》  通常【完全体】までにしか進化させられないホログラムゴーストを、更にその上の【究極体】の領域へと至らせたプレイヤー。  一般的にはチートプレイヤーの類と認知されているが、実際のところはチートの類ではなく、元々デジヴァイスに内臓されていた機能を開放しているというのが正しい。つまるところデジヴァイスの製作者的には織り込み済みな仕様。 《虚数の領域》  この世界におけるデジタルワールドの通称。  そこには蓄積され続けた情報だけが存在し、それが【裂け目】という形でもって氾濫することは即ち、それまでの現実の崩壊を意味する。
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ユキサーン
2023年11月12日
In デジモン創作サロン
前の話へ (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dezimonnicheng-tutaren-jian-nowu-yu-di-san-zhang-nodi-san-jie-no-2)もくじへ(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mokuzi-dezimonnicheng-tutaren-jian-nowu-yu)  第四節『一日目:片鱗、未だ眠りて』  ベアモン達がラモールモンと遭遇したりして四苦八苦している頃。  聖騎士ドゥフトモンと共に食料の再確保がてら樹海の下層を進み、合流地点として指定された場所へ向かっていくギルモンとユウキとエレキモンのトール。  彼等は彼等で、道中に野生のデジモンに襲われたりしていた。  当たり前と言えば当たり前の話で、樹海には温厚なデジモンもいれば『ウィルス』の影響など関係無しに元々凶暴な性質を有するデジモンだっているのだ。  そうしたデジモン達からすれば、ユウキ達もドゥフトモンも、あくまでも自らの縄張りを侵す侵入者でしか無い。  来てほしくない、そこにいるのが気にいらない、持ってる食べ物が欲しい――理由はそれぞれ似たようなもので。  生かすにしろ殺すにしろ、排除のために行動されるのは不可避だった。  とはいえ、こちらにはデジモンの進化の段階の最終到達点ともされる究極体、その最高クラスとも称される聖騎士たちの一人が同伴してくれている。  ので、とりあえず万事オッケーだろうとタカを括っていたのだが……。 「シザーアームズ!!」「うお危ねえ!?」「ぺトラファイヤー!!」 「シャドウシックル!!」「おおぅ!?」「プラズマブレイドォ!!」 「パンチ!!」「ギィィィ!!」「蹴り!!」「GUOOO!!」「尻尾っ!!」 「ブレイブシールド!!」「え――ぐへぇ!?」「ビークスライドォ!!」    ユウキがグラウモンに、トールがコカトリモンに進化をして。  殴って蹴って、斬られそうになったり挟まれそうになったり、体当たりしたりされたり、てんやわんやあって。  野生のデジモン達――主にウッドモンのような植物型、フライモンのような昆虫型のデジモン達の群れをどうにか追い払って。  深い息を吐き、光と共にそれぞれ成長期の姿に戻った二人は、ほぼ同時に後方へ声を飛ばす。   「「――って、アンタは手伝ってくんねぇのかよッッッ!!」」  二人の視線の先で、四足獣の姿の聖騎士は座りの姿勢を取って二人のことを見ているだけだった。  野生デジモンとの戦闘中、彼は一切の手出しをすることなく、いつの間にやら自分の手で採取していたらしい果実を前足で器用に掴んで食べていたのだ。  さながら見世物か何かのように扱われたことに憤った二人に対し、当の聖騎士は心外だという風な調子でこう返してくる。 「いや、そりゃキミたち。ロイヤルナイツが自然の出来事にまで過度に干渉するのはよくないし、戦いの経験をあんまり横取りするのもアレだと思うよ。望まない事だろうとちゃんとこなして、せめて成熟期の姿に一時的にじゃなくて恒常的になっていられるようにならないと、その方がよっぽど危険でしょ。大丈夫、本気で危険な事になったらちゃんと助けてあげるからもぐもぐ」 「高名な聖騎士様が下々の働きをサカナに肉リンゴつまんでるのはどうかと思うんですけどぉ!?」 「くそっ、本当に腹が太くなってデブになっちまえばいいのに。何でこんな怠けてるヤツが究極体にまで進化出来てんだよ!! 俺もちょっとぐらい楽して進化したいわー!!」 「つーかトール!! 何しれっと俺のこと身代わりにしてんだよこの悪党!! なぁにがブレイブシールドだお前うまい事言ったつもりか!! センスゼロ!!」 「うるせぇ悪党じゃねぇわ適材適所ってやつですぅー!! 大体ユウキこそなんで進化するとあんなに体がデケえんだよコカトリモンの俺の2倍はあるじゃねぇか!! そりゃ意図せずとも盾になるわ、ばーか!!」 「……えぇと、とりあえず本人というか持ち主の前ではそういう事言わないようにね? 特に黒い方はその手のイジりにも容赦無いぐらいには恐ろしいって風評だから……」  わーわーぎゃーぎゃーと憤りの言葉を漏らす二人の姿を見ながら、ドゥフトモンはドゥフトモンで内心で感想を漏らす。 (――うーん、戦闘能力自体はパッと見フツーの子達だなぁ。怪しいと感じたユウキについても特に変わったところは見当たらない。ニンゲン? というものを僕がよく知らないのもあるけど、ただのギルモンにしか見えないな……)  ユウキとトールに対して告げた理由も決して嘘では無いが、野生デジモンとの戦闘を傍観していた最たる理由は一つ。  もしかしたらデジモンではなく、ニンゲンと呼ぶべき存在である可能性を秘めた、不審者のギルモン。  同世代のデジモンとの戦いになれば、少しは普通のデジモンと異なる部分が見えるかもしれない――そう考えて見に徹してみたが、戦闘中の動きも発揮されている能力も、イレギュラーの域に達するほどのものではなかった。  強いて言うならば、進化後のグラウモンという種族については思いのほか理性的というか、過去に見覚えのあるそれ等と比較すると凶暴さは薄いように感じたが、ドゥフトモンはその点については異常とは捉えない。  個々が種族の風評通りに振舞わないといけないルールなど無いし、目に見えて知覚出来る善であることは間違い無く好ましいことであるために。  故にこそ、痛むものもあったが。   (……はぁ、自分で言っておきながらひどい口実だ。強くなる機会がどうとか、ロイヤルナイツの立場がどうとか、僕が言える事かよ……) 「……で? ロイヤルナイツから見て、俺達の戦いはどうだったんだ? 課題山盛りか?」 「……そうだね。技の精度とかはおいておくとして、複数の敵と向き合う場合、最低限角度は意識したほうがいいよ。さっきトールがユウキを盾代わりにしてたアレを、敵のデジモンの体でやるイメージ。味方の体でやるのは余程頑丈な相手でもない限り論外だけど、敵の体を盾にするのはそれなりに効率的だからね。そこさえ改善出来るなら、もっと上手に戦えると思うよ」 「あの、聖騎士とは思えないぐらい悪っぽいというか汚い戦法だと思うんですけど、あの」 「え、多勢で攻めてくる相手のほうが構図としてはよっぽど悪っぽく見えない? そもそも戦いで綺麗さを優先するのって、個としての強さが前提にある話でしょ。善性それ自体は褒められても、それで強弱が変わるわけじゃない。綺麗さを優先してカッコよく勝ちたいなら、それこそ鍛錬を重ねるとかして個として強くなることだね」 「うぅん、思ったよりドライな指摘でござった。もうちょっとこう手心をといいますかですじゃな」 「ユウキ、お前はお前で口調どうしたよ」  現実的に考えればドゥフトモンの言う通りなのだろうが、現代まで生き残ったニンジャが知らぬ間に手裏剣やくないではなくフツーに拳銃とか使い出したのを見て幻想をぶち殺されてしまったかのような錯覚に陥っておかしくなるユウキ。  夢見がちなヤツに変に時間を取られたくない、といった様子でトールが言葉を紡ぐ。 「で? メモリアルステラのある場所がひとまずの合流地点だって伝えたわけだけど、本当にこの道で合ってんの?」 「立場の都合、ここには何度か来てるから覚えてるよ。この先の崖を上がれば、後は直進するだけで到着出来たはず。そしてそこまで行ければ、夜になる頃にはあと少しで此処を抜けられるぐらい進めてると思う」  その言葉に、真っ先に驚きの声を上げたのはユウキだった。  元は人間、そして少なくともアウトドアな野郎ではない彼にとって、今でこそ多少慣れはしたが、数時間単位で継続して森を歩き続けることはとにかく疲れるものだ。  元より『ギルド』のリーダーであるレオモンことリュオンから五日は掛かると聞いていたが、それはそれとしてコンクリートジャングル在住の一般ピーポーメンタルのギルモンには堪えに堪える。  樹海って長く見積もっても二時間で抜けられるもんじゃないの? というかこれ最早ジャングルじゃない!? とでも言いたげな調子で彼は言う。 「夜になる頃って……えっ!? まだ全然日が照ってますけども!? 『ギルド』から出た時は準備込みでもまだ朝だったんですが!!」 「……いやいや、樹海なんてどこもそんなもんでしょ。走ってたわけでも、まして大木の上から飛んでいたわけでもあるまいし。町からここまでずっと、体力温存も兼ねて歩いて行ってる以上はどうしても時間が掛かるよ。ただでさえ、君達の歩幅って成長期相応なんだから」 「……っつーか、夜になったらヤバいな。此処って安全に眠れる場所とかあんのか? 寝首を掻かれるのは勘弁だぞ」 「まぁ、何処かで寝るにしても見張りはつけないといけないだろうね。夜行性のデジモンは此処にもそれなりにいるわけだから、場合によっては寝てる所をガブっと……」 「うおー!! 文字通りお先真っ暗じゃないですかやだー!! 明らか経験則っぽくて全然冗談に聞こえないから一睡も出来ねえ!!」 「ユウキ、君って情緒不安定とか言われたこと無い?」 「安心してくれ聖騎士サマ。こいつはいつもこんな感じだ」 「パニくりまくってる自覚ぐらいはあるが少なくともいつもじゃねえわ!!」  実際問題、ただでさえ視界の開ける場所の少ないこの樹海で夜を越すのはかなり危険だろう。  合流を果たしたら足早に動くことを意識するべきか、と考えていたユウキは、そこでふと何かを思い出したような素振りと共に口を開いた。 「そういえば、樹海を抜けられるのはいいけど、先に何があるのか俺達は何も知らないよな」 「確かに。初めて向かう方向だしな……聖騎士サマってばなんか知らねえの?」 「セントラルノースCITYへ向かう道のりでの話だよね? それなら、湖の上に築かれた町である『天観の橋』が次の経由先になると思う。そこで可能な限り道具や食べ物の補給をして、次は峡谷地帯『ガイアの鬣』を抜けることになる」 「……町で、橋……? てか次は峡谷!? え、もしかしなくても崖とかあったり……」 「そりゃまぁ……あるだろうね。局所的に強い風が吹く地でもあるし、幼年期のデジモンぐらい体重が軽いとあっという間に真っ逆さまじゃない? まぁ進化できるぐらい鍛えてるなら成長期でも最低限大丈夫とは思うし、なんなら成熟期に進化して進めばいいけど……」 「うわおー! ついさっき落ちたばっかなのにまーた落下のリスクあんのかよ!! 次また高高度から落ちる場面があったらどんな状況だろうとお漏らししちまうからな俺!!!!!」 「ぶっ殺してやるからなとでも言いそうな鬼気迫るテンションの割にめちゃくちゃ情けないこと言ってるんだけどエレキモンこの子ホントに大丈夫?」 「大丈夫、こいつはやるときにはやるし漏らす時には例えアンタの背の上であろうと漏らすだけのクソ野郎だ。安心していいぞ」 「……マジでそれやったらその場で振り落とすぞ君達……って、おや?」  若干の呆れを滲ませた言葉の直後、ドゥフトモンは何やら疑問符の声を漏らしていた。  ぎゃーぎゃー喚いていたユウキとトールもその様子に疑問を覚え、視線を追ってみれば、視線の先の倒木の影に鋼鉄で作られたと思わしき刀剣が野放しとなっていた。  およそ樹海という環境には似つかわしくない人工物。  それを見て、ドゥフトモンはこんなことを口にした。   「……珍しいな。アーティファクトじゃないか」 「アーティファクト?」 「あぁ、君達は初見になるのかな。僕が言ってるのはアレのことだよ、あの、倒木の影に落っこちてる剣のこと」    アーティファクト、と呼ぶらしいそれのことを、ドゥフトモンは興味深そうに見ながら説明する。 「僕を含めて、デジモンは進化する度に姿も心も変わって、基本的にはそこから元に戻ることはない……んだけど、そうした変化の際に進化後の自分にとって不要となるデータを無意識のうちに廃棄してるんだ。廃棄されたそれらは微小も微小なデータの粒に過ぎなくて、自然に溶け込むようにして消えるのが殆どなんだけど、稀に集ってカタチを得ることがある。武器や防具、それ以外にもデジモンの面影を宿した見た目であることが多いけど、そうしたものの総称を世間ではアーティファクトと呼んでるんだ」 「……ってことは、この剣も何らかのデジモンが進化の過程で棄て去ったデータの集合体ってことですか?」 「だと思うよ。デジモンの武器は持ち主が死ぬと後を追うように消滅するから、消滅せず野放しになってるってことは、少なくともこれはアーティファクトの類であるはず。構成の元になったデジモンが何なのかまでは判別出来ないけどね。鋼鉄の剣を使うデジモンなんて、それこそ数多くいるし」  進化の過程で棄て去られたもの、他ならぬ自分自身がもういらないと定めたもの、その集積体。  デジモン絡みの単語について『アニメ』の範囲でならば知っていたユウキにとっても、未知の領域にあるもの。  話を聞いて、ドゥフトモンと同様に興味深そうな視線を向けるユウキを横目に、武器というものに縁の無い体躯なエレキモンのトールはこんな事を聞いた。 「ふーん……ちなみにだが、見かけ通り武器として使えるのか? いやまぁ俺は無理だろうけどよ」 「使えるよ。都市や町で取引されてるような武具と同様に、技術的な適正さえあればね。僕は自分の剣があるからいらないし、使えなかったとしても価値を解ってる店にでも売れば足しにもなるわけだから、試しに使ってみれば? ユウキ」 「はぁ。剣とかロクに使ったことないんですけども……」  愚痴りながらも、ユウキは野放しの鉄の剣がある場所まで近寄り、言われるがままに右の三本の爪で掴み取ってみせる。  実のところ、ギルモンの前爪と人間の五指とでは物を掴む感覚も大きく異なってしまっているが、仲間と暮らす中で料理を作るようになって、その過程で得た慣れが地味に活きた。  料理で使う包丁や、図工のノコギリなどとは明らかに異なる規模の刃物。  ギルモンとしての自分の頭から足まではあるように見える長さと、腕の二倍はあろう太さの、どこか歪さを残した刀身。  デジモンの種族、そして個々が扱う武器についてはそれなりに知識を持つユウキだったが、この武器の基となった種族は自分の知識と照らし合わしても見当がつかなかった。 (……ディノヒューモンの剣か? いや、ムシャモンの……いや、うーん……?) 「ユウキ、考え込んでねぇでとりあえず振ってみてくれよ」 「――あ、あぁ。適当でいいよな?」 「すっぽ抜けて聖騎士サマの頭にブッ刺さらないようにしなけりゃ何でもいいよ」 「何なのエレキモンってば一日に十回は誰かイジらないと死ぬ病気なの???」  ともあれ一度握ったからには、一歩間違えると危険であると頭の片隅で察した上で、カッコ良い素振りをしたくなるのが男のサガである。  適当と前置きしつつも、ユウキは頭の中で今まで見聞きした『アニメ』や遊んだ『ゲーム』のキャラクターが剣を振るう様を想起させ、出来る限りそれっぽく形を寄せていく。  右の三本爪で掴んでいだ剣を腰の低さまで下ろし、右だけではなく左の三本爪も剣の塚を重ねて握り締めさせ、体の右側にて構えを取る。  思いの他しっくりとくる感覚を覚えながら、両の腕を振り上げ、身の丈ほどはある大きな剣を振り上げる。  その、むしろぎこちなさの薄い挙動にドゥフトモンが目を丸くしたことに気付くことなく、ユウキは掛け声と共に振り上げた剣で何も無い空間を斬り付けた。 「――てりゃぁっ!!」  本当に、ただ縦に振るっただけ。  覚えのある作品のキャラクターのそれをなぞる形で、ちょっとカッコつけてみたかっただけ、だったのだが。 (――えっ)  直後の事だった。  剣を振るった瞬間、突如として刀身が炎を帯び、剣の軌道そのものの形を成してユウキの眼前で飛び出したのだ。  ゴウッ!! と、真下にあった草花を焼き焦がしながらそれは一本の倒木に直撃し、若干深めの真っ黒な炭の傷跡を残すに留まった。  そんなつもりは無かった、といった様子で目を見開いたユウキは、ギギギとロボット染みた挙動で視線をドゥフトモンとトールの方へ向ける。  見れば、彼等も彼等で目の前で起きた出来事に目を見開いているようで。  数秒の沈黙のち、なんと言えば良いのかわからなくなった赤トカゲは以下のように述べた。   「――それでも俺はやってない。真実はそんなモンだと思うんですよ」 「いやいや通るわけないでしょ余裕で現行犯だよこれ」 「自分で適当っつっただろーが!! 何だよ今の明らかにぶっ殺す気満々の炎の斬撃!!」  トールの言う事はもっともであったが、何だよと聞きたいのはユウキの方でもあった。  ただ剣を振るっただけで、必殺技のファイアーボールと同等か――それ以上かもしれない熱量の炎が出た。  現実の物理法則では到底ありえない出来事だし、非現実がまかり通るデジタルワールドでの出来事であるという前提で考えても、疑問は浮かぶ。  これはアーティファクトと呼ばれる代物の秘める力なのか、それとも別の要因による出来事なのか――と。 「……あぁ!! そういえば流れ流れで言ってなかったね。アーティファクトの中には、元になったデジモンの技のデータが含まれているものもあるんだ。大方、その剣にはモノクロモン辺りのデータでも色濃く含んでたんじゃないかな」 「……モノクロモンと剣って、関係無くね?」 「そういう可能性が無いとは言い切れないでしょ? 形状がどうあれ、技のデータも内臓したアーティファクトがあるのは事実だよ。適性によっては自分の技として行使することも出来る。とにかく、火事とかにならなくて良かった良かった」  ドゥフトモンがアーティファクトについての追加の情報を口にするが、それを聞いたユウキはどこか安心出来なかった。  アーティファクトが、元となったデジモンの技のデータを内臓していて、持ち主はそれを自分のものとして引き出すことが出来る――という話は本当のことかもしれないが。  それはそれとして、ドゥフトモンの口ぶりに違和感を覚えたのだ。  それまでの言葉と比較しても明らかに強い、否定の色を含んだその言葉は、まるで、 (……なんか、無理やり理屈をずらずら並べて、不安に蓋をされたような気がする……)  気遣われていると、感じた。  それは裏を返せば、ユウキ自身に対して少なからず疑惑を覚えているということ。  ロイヤルナイツの中でも戦略家――つまり最も思考の冴えた騎士である相手に、疑われているということ。  ユウキ自身、ギルモンとしての自分の体のことについての疑問を拭えずにいる。  答えが出ないまま数秒が経ち、どこか重い沈黙に嫌気でも差したのか、トールが口を開いた。   「まぁ、強力な武器が手に入って、実際に使えるのなら、使うに越したことは無いんじゃねぇの? 今のやつ、敵に使えばファイアーボールよりも効きそうだし、運が良いと思っておこうぜ」 「……いいんかね、こんな物騒な武器持ってて。なにかの拍子に炎を吐き出す剣とか、よりにもよってこんなとこで持ち歩いて……」 「あのなぁ。今のが武器から引き出された力であれお前自身の力であれ、結局は使い方だろ? 誰かが傷付いたわけでもなし、お前含めて誰も予想できなかった事である以上、一度目は仕方ねえの一言で片付けていいだろ」 「流石に適当……というか無責任過ぎないか? 火事になったらごめんなさいじゃ済まないだろ」 「その時はその時だろ。お前、何にビビって何を悩んでやがんだ? 火なんて、料理の時に毎回利用してるだろうに」 「それとこれとではレベルが……」 「はい、二人共そこまで」  会話が言い争いのレベルに達しようとしたタイミングで、ドゥフトモンが双方の言葉を切る。  聖騎士として二名の成長期デジモンとは比べものにならないであろう経験を積んでいるのであろう先達は、僅かに沈黙してからユウキに向けてこんな言葉を投げ掛ける。 「所感を口にさせてもらうけど、どちらにせよ危ないと感じるのなら捨ててもいいとは思うよ。けど、それなら君は考えておかないといけない。成長出来る可能性を享受するのか、放棄するのかを」 「……成長……」 「それがどんな力であれ、使わないままじゃあ『自分のもの』にすることは出来ない。今の炎の出どころが、僕の予想通りアーティファクトにあるのなら棄てればそれで済むけど、そうじゃなくて君自身の能力だとするなら、剣を棄てたところでまた同じようなことが起きないとは限らない。制御する術を知らなければ、それこそ君の不安の通りになる確率は上がるよ」 「……それは」 「多分、そのデジタルハザードの刻印が示す通り、危険な力ではあるんだと思う。けど、ロイヤルナイツだからこそ言わせてもらうよ。平和のために使えている前例は、あるんだ。それは君も知っていることなんじゃないのか?」  ドゥフトモンが前例と述べているものが何を指しているのか、ユウキにとっては考えるまでもなかった。 (……デュークモン……) 「……解りました。とりあえず、しばらくは使ってみます」 「素直なのはいい事だよ」  方針が決まって、不思議と表情が柔らかくなったユウキを見て、ドゥフトモンもまた和らかに笑んでいた。  しかし内心では、喜びとは相反する感情がふつふつと湧き立ちつつあった。 (……普通のギルモンじゃない。そう確信できる部分を、見ちゃった……)  アーティファクトに秘められた力について語ったことは、嘘ではない。  実際、そうした前例をドゥフトモンは観測したことがある。  だが、 (今の炎の斬撃の熱量、成熟期レベルのデジモンが発揮出来るレベルじゃなかった)  放たれた炎から感じた熱量とそれによって倒木に刻まれた真っ黒な斬撃痕は、ドゥフトモンから見ても『強力』と評価せざるも得ないものだった。  ユウキは火事になったら大変だと言っていたし、実際その通りではあるのだが、この樹海の木々はそう安々と火が燃え広がったりはしない。  樹皮の表面が焼けることこそあれ、それがどこまでも燃え広がったりすることは無いし、時間が経てば燃え痕すら無くなっていることさえある。  それほどまでに強固なのだ、この樹海の自然環境は。  モノクロモンのヴォルケーノストライクやティラノモンのファイアーブレスを一発を受けたとて、それほど被害は広がらない。  そうでもなければ、縄張り争いの度に樹海の何割かが大火事に見舞われていることだろう。  その事実は、この樹海に何度も出向き、縄張り争いの類を遠目に眺めてきたドゥフトモンだからこそ理解していた。  そして、そうした前提を踏まえて考えれば、ユウキが倒木に炭化した斬撃痕が、どの程度の火力によって導き出された結果なのか、大まかに推理することは難しくなかった。 (剣の振り方だってそうだ。ぎこちなさこそ感じるけど、今のは明らかに誰かの剣術を真似しようとしている挙措だった。ゴブリモンやオーガモンのようにただ力任せに振ったんじゃない。わざわざ両方の手を使って足の配置にも気を配って構えも取ってたし、今のユウキの頭の中には型の参考に出来る何かがあった。今の今まで剣を振るったことが無い子なのは違いなさそうだけど、だったら尚更その知識はどこで手に入れたんだって話になる。まさか、一発目から我流を見い出したなんて偶然はないだろうし……)  このまま不信な点が見つからなければ、樹海を出るのを見届けてはいさよならで済んだ所に、思わぬ凶兆を目にしてしまった。  使って技術として会得することを勧めておきながら、反面勧めないほうが良かったのではないだろうかという思考が混じりこむ。  本当にこのまま、樹海を抜けると同時に関わりを断って良いのだろうか。  ロイヤルナイツとしての任務を放棄するわけにはいかないが、目の前の凶兆を黙って見過ごしても良いかと聞かれると悩む。  自分に出来ることは無いだろうか、とふと思考を回し、そうしてドゥフトモンは決断する。 (……きっと、これが今は正しい選択ですよね。先代様……) 「……うん、ロイヤルナイツは世界を護る騎士だからね。世界を滅ぼすかもしれない存在を、そうじゃない存在に成れるように手伝うのも務めだよ多分」 「「……多分?」」  突然独り言じみたことを口にしたドゥフトモンの様子を見て、ユウキとトールは揃って疑問符を浮かべた。  なにか、雲行きが怪しくなってきた。  そんな風に予感したユウキとトールの思考は、結果として正しいものだった。  ドゥフトモンは一度咳払いをすると、二人に向けていきなりこう切り出したのだ。 「じゃあ、そういうわけだから。本当ならこの樹海を抜けた後は赤の他人な関係になる所というかそうあるべきなんだけど、こうして世界規模のナントカに関わるかもしれない可能性に触れたからには、これからしばらくは気が向いたら特訓してあげるよ。君達にとっての先生として、ね」 「「えっ」」 「――何さその微妙な反応……」 「いや、いろいろ話が急すぎるんですけど……」 「つーか先生ってなんだよ。俺達は依頼で遠出してる真っ最中だぞ? ジュギョーなんて受けてられる暇は……」 「大丈夫大丈夫。依頼の後でもいいし、君達だって途中で休んだりする必要はあるでしょ? その時の時間を拝借すれば大丈夫だよ。それに、知識の補強だけなら運動は必ずしも必要じゃない。読み物一つ、最低でも会話の機会一つ用意するだけでも事足りるし」 「……要するに……勉強……ってコトですかぁ!? メンドクサ!!」 「こらっ!! 君らも子供なら学びの機会を逃さないの!! ちゃんと勉強して賢さを養わないと中身スッカスカのスカルグレイモンとかに進化しちゃうかもしれないんだからね!! そうなってから後悔したってお先は頭わるわる害悪なんだから!! もし本当にそうなったら僕は務めとして倒さないといけなくなるぞいいのか!?!?!?」 「うわあ急に荒ぶるな!!」  流石はレオパルドモードとでも呼ぶべきか、駆ける速度も疾ければ決断も早く、止まることを知らないらしい。  使命感とは別の、何か喜びに近い感情でも湧き出てきたのか、彼はどこかルンルンとした様子でこう続けてしまう。   「剣に力を纏わせたりするコツなら僕も色々教えられるからね。いやまぁ本当はあんまりなりたくない姿なんだけど責任をもって教えるためなら仕方無い。君をきっと、デュークモン先輩みたいに……はなれずとも立派な騎士に成長させてみせるよ!! ふふふ、ようやっと僕にもガンクゥモン先輩みたいに先達らしい役回りがやってきたぁ……!!」 「……ユウキ、責任はお前だけが取れよ。ベンキョーとか俺は付き合わないからな」 「そんなぁ、俺達は仲間だろ快く巻き添えになってくれよ!?」  ロイヤルナイツの獅子騎士ドゥフトモン氏、初対面の相手(子供)にいきなり先生を名乗る不審者となるの巻であった。  実のところドゥフトモンからすればそれなりに考えた末の決断なわけだが、そんな思考知ったことじゃねえユウキとトールからすれば何もかもが唐突で、向けられる視線には光栄さなど微塵も無く。  そんなことは知ったこっちゃねぇ、怪しさ抜け切らない謎のギルモンを監視する大儀名分が出来たぞぅ!! あと僕にも遂に先生としていろいろ教えられる生徒が出来たかもしれないぞぉ!! と勝手にお祭り騒ぎになっちゃってる聖騎士を前に、二人は揃ってこんな風に呟きあっていた。 (……つーか、教授してくれる分にはありがたいと思うんだが、何でそんな拒否ってんの?) (……だって色々と恐縮だろ。迷惑かけることにもなるだろ。相手はロイヤルナイツなんだぞ……? アルスと鍛錬するのとはワケが違う……) (……お前、つくづく変な所で畏まるやつだな……)
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ユキサーン
2023年9月20日
In デジモン創作サロン
前の話へ (https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/dezimonnicheng-tutaren-jian-nowu-yu-di-san-zhang-nodi-san-jie-no-1?origin=member_posts_page)もくじへ(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/mokuzi-dezimonnicheng-tutaren-jian-nowu-yu)  ユウキから『ひそひ草』のスカーフを介して安否の確認が行われて。  最終的に、色々あって損なった食料などをロイヤルナイツのドゥフトモンと一緒に回収してから、樹海の目立つ場所で合流する――という方針で妥協することになって。  僕の口からレッサーやハヅキ、そしてホークモンに向けて状況を伝えられると、僕達の中では一番リーダーの立ち位置にあるレッサーはユウキとトールの扱いについて、こう言っていた。 「孤立した状況で言ってる以上、少なくともあいつ等の言葉に嘘は無いだろう。こんなところであのロイヤルナイツのドゥフトモンがいるってのは驚きだが、手助けしてくれるってんならありがたい。数分置きに連絡を取り合いながら、こっちはこっちの心配をしながら進もうぜ。メモリアルステラがある場所辺りなら、合流地点としては目立つ方だろう」  ひとまず。  ロイヤルナイツのドゥフトモンが二人と一緒にいる、という事実については信じる事にしたらしい。  実際問題、レッサーの言う通り孤立した状況であの二人が嘘を言うとは思えないし、ドゥフトモンと一緒にいることは本当なんだと僕も思う。  思いは、するんだけど……。 (いくらなんでも状況がはちゃめちゃ過ぎるでしょ……)  トンネルの中から鉄砲水で押し出されたら、トンネルの出口への角度の関係か知らないけど空までぶっ飛んで、そこから河に落ちて滝からも落ちて。  そんな状況を奇跡的にドゥフトモンに助けられて、そのドゥフトモンは理由こそ知らないけどユウキ達が僕達と合流するために色々と手伝ってくれる。  確かにロイヤルナイツはデジタルワールドで最も有名な正義の味方のデジモン達だけど、それがこんな――野生化デジモンしかいないと思う樹海にやって来ていて、見ず知らずのデジモンである二人を助けてくれるなんて、偶然にしては出来すぎているようにも思える。  いっそ、ロイヤルナイツとは関係の無いデジモンが化けていて、ユウキ達を騙して何かをしようとしているって考えたほうがまだ納得出来るぐらいだ。  僕がユウキに人間の世界のことを聞くように訴えたのは、それも理由だった。  ネットワークの、この世界の最上位であるロイヤルナイツならきっと人間の世界のことは詳しいはずだし、知らないというのならそれだけで本物かどうか疑わしく思える。  少しでもその疑いを持つことが出来れば、最悪の予感が当たっていたとしても二人なら死なずに済むはず。  まぁ、本当の本当にユウキの言っていた通りに落ちて死にかけていたのなら、相当腕の立つデジモンじゃないと助けるなんてことは出来ないと思うし、僕の考え過ぎな気もするんだけど。  どちらにしても、あまりのんびりはしていられない。  レッサーの言う集合地点――この樹海にも存在する、地域ごとの情報をメモリアルステラを目指すため、僕達は僕達で歩きなおす。  その途中。  これまでの道程で怯える時ぐらいしか口を開かなかったホークモンが、ようやく何処か安心した様子で言葉を発していた。 「良かった……です。本当に、その、まだ見て確認出来たわけじゃないのだとしてもっ、お二人が無事みたいで……」 「そうでござるな。正直、死んでいてもおかしくないと思っていたのでござるが」 「言ったでしょ~? 二人共絶対に無事だって。いやまぁロイヤルナイツに助けられてるなんてのは予想外だったけど、きっとそういうのが無かったとしても大丈夫だったよ。二人とも強いからね!!」  咄嗟に笑顔を向けながら、僕はホークモンとハヅキの二人に言葉を返してみせる。  ……内心落ち着いていられなかったなんて、今も不安を覚えているなんて、とても告げられないし告げてはいけない。  そう思っていつも通り表情を取り繕っていると、ふとしてホークモンはこんな『質問』を飛ばしてくる。 「……本当に、すごいです。あんな事があったのに、その……どうしてそんなに強いんですか?」 「? どうしてって」 「やっぱりアレなんですか? 鍛え方が違うとか、そういうの。岩を砕いたり引いたりとか、メイソウとかしてたり……」 「――あははは……ホークモンは想像豊かなんだね。そんな事しなくても、出来る事を重ねていけば自然と強くなれるよ。まぁ僕やユウキならそのぐらいは出来そうだけども……」 「えぇ~、俺お前の修行風景とか一度たりとも見た事ねぇんだけど。出来ることを重ねるも何も、エレキモンと一緒に釣り行ったり山で食い物採ったり、そういうのばっかじゃねぇか」  なんか突然レッサーが口を開いてきた。  流石に誤解を招きかねない言葉だったし、ちょっぴりムカついたから僕は僕で意地になって言い返してしまう。 「それはレッサーがギルドで殆ど昼寝してて僕の事あんまり見てないからそう思うだけでしょー!? 僕だって反復木登りとか丸太割りとか、そういう最低限の鍛錬ぐらいはしてるし!!」 「はぁん? オイラだってずっと昼寝してるわけじゃねぇわ!! リーダーが留守というか遠出しない間は普通に依頼こなしてるし、つい少し前まで無職だったオメーらガキとは一日ごとの貢献の度合いも苦労の度合いも桁違いなんだが!! おら、その手の肉球触らせてみろそれで鍛錬の度合いは測れるからよぉ!!」 「ばっ!! ちょ、こんな時だけマジ速度の間合い詰めとか……っ!! やめてよして馬鹿こらキモチワル」 「……お二人の背景に興味が無いわけではないのでござるが、今は無意味に戯れている場合ではないのでは……?」  どちらかと言えば被害者の僕、レッサーともどもハヅキに叱られるの巻。  正論だし異論はないんだけど、なんか釈然としないなぁ――なんて風に考えた後になって、僕はそんなことを思っている場合ではない事実を知った。  ドシンドシン、と。  耳を澄ましてみれば、樹海の奥のほうから激しい音が聞こえる。  樹木が倒れる音、刻まれる音、嵐のような音、そして野生の証明とも言える吠え声。  何か、強い力を持つデジモンがこっちに近付いてきている――そう知覚した僕は、既に事を察知していたらしいレッサーが近くにあった大木の影に隠れ、ハヅキもまた即座にホークモンを右腕で抱えて素早く隠れ身をした。  ここまで歩いてきた限り、この樹海に生きるデジモンも、進んで害を加えようとする類ではないように感じた。  温厚だからというより、他者に関心が無いというか、マイペースというか、自然体というか。  じゃあ、遠方からこっちに向かって駆けてきていると思わしきデジモンもそうなのか。  答えは、地鳴りの主であると思わしき暴れん坊の眼を見れば明白だった。   「――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 (……マジで?)  金色の獣毛、肘から伸びた翼のような突起、狂気を帯びた赤い瞳。  獣型デジモンであれば誰もが秘めている獰猛さを、野生の本能を旋風という形で表に出した完全体デジモン。  種族名をラモールモンと呼ぶそのデジモンが、視界に入った全ての樹木をその爪で抉り、更には腰元に携えた二振りの刃で切り裂いていた。   (……よりにもよって、こんなところにラモールモン……!?)  発芽の町の住民の間でも、危険な野生デジモンの一体として噂されているデジモン。  噂では、視界に入ったデジモンに即座に飛び掛かり、息の根が止まるまで叩き潰し続ける、直情的で自制のきかない衝動を持つ危ないヤツだって話だった。  最近になって森で見るようになったとは聞いてたけど、よりにもよってユウキ達と分断された今の状況で、少なくともマトモじゃない様子で目にすることになるなんて。  僕の首にある『ひそひ草』のスカーフは、ミケモンが同じく巻いているそれとは繋がっていないから、言葉で判断を伺うことは出来ない。 (……怖い、けど……我慢しないと……)  ひとまず息を殺し、嵐が過ぎ去るのを待つべきか。  そんな風に考えながら木陰に潜んでいる内に、ラモールモンがそれぞれ隠れ身している大木を過ぎ、僕達のことになんて気付きもせず、見向きもしないまま真っ直ぐに駆け去ろうとする。  その時だった。  その荒々しい姿を、目で追った直後――駆け去ろうとしていたラモールモンの足が、急に止まった。  嫌な予感がして、それは実際正解だった。  ラモールモンが、何かを感じ取ったように振り返り、木陰でやり過ごそうとしていた僕達の姿をしっかり目視したんだ。 「――グルルルルルルルル……」 「ひっ」  ラモールモンの視線が、僕でもレッサーでもハヅキでもなく、見るからに怯えた様子のホークモンへと向けられる。  野生のデジモンが標的を選ぶ優先順位にはいろいろあるけど、ラモールモンの場合は『自分を恐れている相手』が最優先となるらしい――そうじゃなければ、一番近い位置にいる僕のほうが真っ先に標的に選ばれるはずだ。  まずい、と僕を含めてみんな危機感を覚えるのは早かったと思う。  殆ど反射的に、意識を集中させて――変わっていた。   「ベアモン進化!!」 「レナモン進化!!」  意識と鼓動が加速する。  色が剥がれてカタチが変わり、大きく強く膨れ上がる。  外から見れば一瞬、自分自身からすればどこか膨大な時間が過ぎ、進化が完了する。    僕は小柄なベアモンの姿から、大柄なグリズモンの姿に。  ハヅキは、二足で立っていたレナモンの姿から、変わらない銀の獣毛を生やした九本の尾を生やして四つ足で立つデジモン――キュウビモンの姿に変わっていた。  町を出立する前に『出来ること』を事前にある程度聞いてたからそれに進化出来るのは知っていたけど、実際に見るのは初めてで、どこか不思議な雰囲気を感じられた。    僕も含めて、これで成熟期デジモンが3体。  完全体デジモンと戦うにはどう考えても分が悪すぎる状況だけど、ラモールモンの足から逃れられるとは思えないし、どうにか戦って切り抜けるしか無い。  そんな風に、意を決して構えを取ると、ラモールモンも視線をホークモンから僕のほうへと向け直していた。 「――グアアアアッ!!」 「ぐッ!!」  敵意はそのまま行動に直結する。  視線を向け直した直後、ラモールモンは僕に向けて両手の鋭い爪を振るってきた。  構えから見て横殴りの軌道、それを察知した僕は咄嗟に両前足の『熊爪』をラモールモンの爪の軌道に重ねて受けとめようとする。  直撃した瞬間、猛烈な風が僕の全身をなぞり、体のあちこちに切り傷を生じさせた。  たった一撃では終わらず、ラモールモンは連続して爪を振るってきていて、僕はどうにか致命傷を受けないよう捌き続けるしか無い。  単純に攻撃の速度が速くて、当身返しを放つ隙なんて探す余裕は無かった。 (っ、痛い……防御は出来ているけど、なんて馬鹿力……!!)  ただ爪を振るっただけで、刃物と同等の鋭さを有した風を吹かせる力。  それなりに頑丈なはずの『熊爪』すら傷付けるその暴力は、成長期のデジモンがマトモに受けたら全身を細切れにされたっておかしくない。  そう思うと恐ろしいって感じる気持ちが強くなって、気のせいかラモールモンからの攻撃の勢いがより増した気がした。  独りだったら絶望的な攻防、だけど先にも述べた通りこの戦いは三対一だ。  期待通り、必殺の言葉が後ろの方から聞こえてきた。    「鬼火球!!」  キュウビモンの九本の尾から放たれる、藍色の炎球が生き物のような挙動でもってラモールモンを襲う。  熱気か、あるいは敵意を感じ取ったのか、狂暴化しておかしくなっているにしては鋭い直感でもって等モールモンは腰元に携えていた刃物の一本を右の逆手で掴むと、力任せに振り回して火球の全てを切り払って。   「ネコクロー!!」 「グアア!?」  その間に、小柄な体格を活かしてラモールモンの死角に移動していたレッサーが、恐るべき速さでラモールモンの足元目掛けて飛び込んでいく。  ザシュザシュッ、と。  小さい、肉を掻き切る音と共にラモールモン自身の口から漏れ出た苦悶の声が傷の程度を示していて。  そして、痛みでバランスを崩したその瞬間は――肉薄させられている僕からすれば隙以外の何でも無くて。  僕はラモールモンの腕の力が弱まったのを感じた直後、即座に弾いて胸の中央を拳で突いた。   「――当身返し!!」 「ガ――――!!」  加減なんかしていられる相手じゃない。  文字通りの本気で、僕は『熊爪』の一撃をラモールモンの胴部に見舞っていた。  けど、 (――浅い……!!)  想像以上に、ラモールモンは頑丈だった。  突き出した拳の威力は分厚い獣毛に吸われ、腕に返って来る反動もそこまで重くない。  ダメージらしいダメージに繋がっていない――そう直感した僕は、殆ど反射的にラモールモンの懐に飛び込んだ。  二人が作ったチャンスを無駄には出来ない、ホークモンに危険が及ぶ理由を早く無くさないと。  そんな考えも、あったかもしれない。 「ガトリン 「――ガアアアアアッ!! 禍災爪ッ!!」  後になってみれば、不正解な判断と言わざるも得なかった。  僕が、成熟期のグリズモンが、完全体のデジモンであるラモールモンより素早く動けるわけがなくて、そんな前提の上で直前に深追いしても、敵の反撃が間に合ってしまうのは当然の話。  仰け反っていたラモールモンの、刃物を持っていない方の腕が動いていた。  受け止めるためではなく、パンチのために拳を構えていた僕にそれを防ぐ準備は出来ていなかった、    グシュッ、と。  音にしてみれば覚えが強い、肉を抉り裂く音が耳の奥を突く。  音源は僕の顔面。  厳密に言えば、僕の右の頬と眼の辺り。  右側の景色が真っ暗になった――どうやら、右目を切り裂かれてしまったらしい。  すごく、痛い。 「――っぐ!!」 「アルス殿!?」 「アルスさんッ!!」  情けなくも声が漏れた。  少し離れた所からハヅキとホークモンの悲鳴が聞こえる。  聳え立つ木々が真横に生えているように見える事実に、引っ掻きとそれに伴った風の威力で横倒しに転倒させられたという事実に遅れて気がついて、立ち上がろうとする直前――左目の視界に今まさに両手に刃を携え飛びかかろうとするラモールモンの姿が映し出された。 (――やば)  右目が潰された今攻撃されたら、今度は防御さえ難しくなる。  だけど、僕がラモールモンの注意を引けなければ、その脅威がホークモンに向けられる可能性が強まっちゃう。  頑張らないと、立ち上がらないと、護らないと。  でも、体は心で願うほど早くは動いてくれない。  今更怖くなったって仕方がないのに、そんな臆病は僕にあってはいけないのに。  痛い、苦しい――と、そんな言葉だけを奔らせてしまった。   「――どっ、りゃあああああ!!」 「グ!?」  だから、僕が助かるとすれば僕以外の誰かのおかげであるのは決まりきってて。  事実、ラモールモンを阻止したのは、今まで見たことも無い勢いで駆けて来たレッサーの飛び蹴りで。  僕が倒れた状態から立ち上がれたのは、それを見届けてからのことだった。  飛び蹴りの威力に飛びかかりの軌道を曲げられて、勢いそのままに離れた位置にあった大木の幹に激突するラモールモンのことを睨みつけながら、レッサーは僕に対してこんな言葉を投げ掛ける。 「――そう先走るな。アイツを倒す事が最優先事項ってわけじゃねぇんだからよ」 「……っ……」 「――フー……!!」  それだけを言うと、レッサーは突然呼吸を荒くした。  というか、よく見るとその両手につけたグローブから赤い血が滴っていた。  ラモールモンの足を引っ掻いた時についたものか、あるいは僕がラモールモンに右目をやられた時に出たものか。  何にせよ、いつになく興奮した様子でレッサーはこう告げた。 「――ミケモン、進化!!」    直後のことだった。  とてもとても見覚えのある光がレッサーの体から迸り始め、それは瞬く間に渦を巻いて繭のような形を成していく。  進化の光だと知覚した頃には、既に繭には亀裂が生じ、中からレッサーの見た事が無い――ミケモンとはまったく違う――姿が現れて、自分自身の在り方を改めるように名乗っていた。 「――バステモン!!」  レナモンのハヅキと大差無い、ラモールモンや長老のジュレイモンと『同じ』進化の段階にあると言われても、信じるやつは少ないように思える体格。  ミケモンによく似た耳と赤く長い髪の毛、気ままにくねくねする二股の尾。  いくつも点々と色付いている黒が特徴的な獣の手足と、その先端に備えたピンクのような色の長い爪。  そして、それ等全てを彩る宝石と金の飾り。  それが今の今まで見たことの無い、レッサーの完全体としての形――バステモンの姿だった。  多分、僕を含めてハヅキやホークモンも、姿の変貌っぷりに少なからず驚いたと思う。  だから僕は、確認の意味も込めてこう聞いていた。 「――進化、出来たんだ……?」 「生憎、気楽になれるモンではないのですわ。さて――」  喋り方も声の質も、ミケモンのそれから明らかに変わっていた。  進化して変貌したレッサーは、その鋭い爪を供えた右手を口元に寄せて笑みを浮かべると、可愛げに見える表情とは相反して明らかに敵意を含んだ声色で、理性も無さげな敵に向けてこう告げていた。 「私の可愛い後輩にここまで血を流させたのです。きっちりケジメはつけさせなければ……ね」 「………………」  正直に言おう。  きっと、僕だけではなくホークモン辺りも同じ感想だと思うけれど。  味方であることに変わりは無くて、助けてもらっているという事も解ってはいるんだけども。  今のレッサー、すっごい、こわい。  そして。  その所感は、ある意味において間違いではなかった。 「――グガアアアアアアアッ!! 風牙烈巻迅ッ!!」  ラモールモンがバステモンに進化したレッサーに対し、敵意を剥き出しにして両手に刃物を振るい、巨大な風の刃を飛ばしてくる。  見るからに必殺の一撃、避けないと危ないのだと解りきっている脅威。  それを前に、レッサーは口元に寄せていた右手を頭上に振り上げ、 「――殺《シャ》ッ――!!」  縦に、一閃。  それだけだった。  たったそれだけの、必殺技でも何でも無さそうな行為一つで、ラモールモンの武器から生まれた風の刃は四散し、無害なただの風に成り果てた。  赤い髪を風に靡かせながら、レッサーは恐るべき速さでラモールモンの眼前へと迫り――その左足を横薙ぎに振りぬいていた。  まるで、小石か何かでも蹴り飛ばしたかのような調子でラモールモンの体が転がり、別の大木の幹にぶち当たる。  体格差を考えればどう考えても異様な光景。  ラモールモンは立ち上がり、自らに攻撃をしたレッサーに対して向き直ると、即座に跳躍――二本の刃を恐るべき速度で振り回しながら突っ込んでくる。  刃の鋭さを宿した風が吹き乱れ、レッサーはそれを両手の爪で切り裂かざるも得なくなるが、その動作にはどこか余裕があった。 「――へルタースケルター」 「ガア……ッ!?」  無駄が無い、と言い換えてもいい。  ラモールモンとの間合いが刃そのものが届くぐらいにまで詰まり、風の刃に続いて鋼鉄の刃に襲われることになっても、その動きに乱れは無い。  合間合間に円を描くその様は、まるで踊っているかのよう。  いっそ、ラモールモンの方こそがわざと刃を外しているように、レッサーの意のままに動いているかのように見えてしまいそうなほど、レッサーの動きは避けられている結果自体が不思議にしか思えないものだった。  左目の視界だけで動きの全てを知ることは出来ないけれど、知れる範囲だけでも僕からすれば驚くしかない。  目を凝らしてみれば、いつの間にかレッサーとラモールモンの周囲には何か薄い紫の霧のようなものが巻き起こっていて、ある種の領域を形成していた。  多分、バステモンとしてのレッサーが持つ技の一つ。  その影響か、最初に相対した時は元気いっぱいに暴れ回っていたラモールモンの動きがどんどん鈍くなり、疲れの色が見えるほどに衰えていた。  状況は決したと判断したのか、レッサーはおもむろに距離を取り、言葉が届くかも怪しい相手に向けてこう告げていた。 「理性があるならまだしも、怒るがままに攻撃する事しか出来ないのでは話になりませんわ。その荒れ様が種族元来のものか、それとも件の『ウイルス』によるものかは知らねぇのですが――」 「グゥ、ガアアアア!!」 「――まぁ何にせよ、変なモノが混じってるかもしれない血を啜る趣味はありませんの。幻とでも舞い踊って、自分から枯れていただきましょう」    レッサーが距離を離したにも関わらず、ラモールモンはその場に留まったまま闇雲に刃を振るっていた。  まるで、そこに敵がいると見えているかのように。  前後左右、所構わずに刃を振るうその様は、あるいは一種の踊りのようにも見えるけど、それはきっとラモールモン自身からすれば望まない動き。  刃を振るう――その、攻撃のために必要な動作一つも、過剰に重なれば疲労に直結する。  まして呼吸する間もなくやっているのなら尚更だ。  疲れて、息がどんどん絶え絶えになってきて、足取りがおぼつかなくなってきて、そうして体を動かすエネルギーが無くなっていって。  十分に衰えさせた、とでも判断したかもしれないレッサーがハヅキに目配せをすると、ハヅキはその意図を察すると共に上へ高く跳んだ。  そのまま縦に回転し、九本の尾から青い炎を生じさせると、それはやがてハヅキの全身を覆い一体の竜のカタチを作り出し、ラモールモン目掛けて突っ込んでいく――。 「――狐炎龍ッ!!」 「ギッ――ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」  当然、直撃だった。  素の状態ならまだしも、疲弊に疲弊を重ねた身に、獣毛では防ぎようのない炎の力。  それはラモールモン自身が纏っていた旋風を喰らってより強大になり、その全身を青く染めあげる。  獣の絶叫が、樹海に木霊する。  だいたい十秒ぐらい、時間をかけて何もかもを焼かれて、ようやくラモールモンは力尽きて倒れ伏す。  同時に青い炎が消え、辺りに光が飛び散ったかと思えば、ラモールモンがいたはずの場所には代わりに白い獣毛を全身からボーボー生やした毛むくじゃらの成熟期デジモン――モジャモンがのびていた。  事情を察したらしいレッサーが、進化前の態度を知ってると頭がバグりそうになる口調で語る。 「なるほど。件の『ウイルス』によって感情に強い負荷をかけられて、いわゆる暗黒進化を促されていたというわけですわね。ただイライラしただけでここまでになるとは、改めて見ても『ウイルス』の件は軽視出来る話ではなさそうですわ」 「……ねぇ、その喋り方……」 「? 喋り方は別に何もおかしくないはずですわよ?」 「マジかよ素なのこれ?」  姿に相応しい喋り方だとは思う一方、面影が無さすぎて別モンすぎて頭が痛くなる。  僕たちデジモンが、進化に伴って性格がいわゆる「オトナ」に近付いていくって話は聞いたことがあるけど、僕やエレキモン、そしてユウキがいつかこんな風になるかもしれないって考えちゃうと進化を素直に喜びにくくなる。  僕が想像してた「オトナ」は、少なくともコレジャナイ。  僕のフクザツな気持ちを余所に、改めて見るとすごい格好をしてるバステモンことレッサーは、僕の顔を覗き込みながらこう聞いてくる。 「……それより、あなたやけに平然としていますけれど、その目の痛みは大丈夫なのかしら? 急いで治したほうが良いかと思いますけれど」 「そうでござるな。今後のことを考えても、急ぎ薬を塗って対処すべきダメージでござる。まずは安全に身を潜められる場所を探すべきかと」 「いや、そんなことより……」    今重要なことはそれじゃない。  自然とそう思って、実際に口を出そうとした、その時だった。 「そんなこと、なんて言っていいことじゃないですっ!!!!!」 「!!」    突然の叫び声。  声の主は、さっきまでラモールモンのせいで怯えに怯えていたはずのホークモンだった。  彼は本当に、今まで見たことの無い表情で近寄ってきて、怒りながらこう続けた。 「怪我をしたのならすぐに治さないと駄目じゃないですか!! しかも目なんて、換えが効くものじゃないでしょう!? すごく痛いはずだし、そんな風に遠慮なんてしたら駄目です!!」 「あ、えと、ちょっと落ちt 「ハヅキさん!! 僕のことはいいので、先に行って何処か安全に休める場所を探してきてください!! ニンジャならそういうアレの目星つけられますよね!?」 「あ、あぁ……了解した……」 「レッサーさん!! アルスさんの体を抱えて走れますか!!」 「余裕とは思いますが、ともあれ退化してくれたほうが好ましいですわね。護衛対象であるあなたを置き去りにするわけにもいきませんし」 「なるほどそうですねではアルスさんクマモンさんベアモンさん退化してください早く元に戻ってくださいさぁほら可愛いのにリバースしてくださいリラックマしてくださいさぁさぁさぁさささささ!!!!!」 「いつになく圧が怖いっ!?」    物凄い形相で迫られたからか、単純に戦いの疲れを自覚してきたのか、今更のように僕は体が萎むような感覚を覚えた。  それもそのはずで、気付けばグリズモンとしての僕の体はどんどん粒のようになって解けだして、進化する以前のベアモンとしての体の感覚が戻ってきつつあったんだ。  眠気にも似たダルさを覚えながら、僕はいきなり白熱しだしたホークモンの勢いに負けて、思わず言いそびれていたことを内心で呟いていた。 (……というか、退化の拍子に進化中のキズって無くなってたような……)  仮に今回はそうじゃなかったとしても、大丈夫だと僕は本気で考えてた。  ユウキと始めて出会った翌日、フライモンの毒針に刺された後の時と、同じように。  この手の痛みには慣れてたし、放っておいても治ってたから。  治ってほしくないと思っていても、治っちゃってたから。  第三節「一日目:予期せぬ邂逅、戸惑いの樹海」終
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ユキサーン
2023年9月10日
In デジモン創作サロン
第一話へ(https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-heavenly-dynamites-di-yi-hua)  少し経って。  荘厳さを失った神域、その瓦礫の山を椅子の代わりにする、神の最高傑作ともうたわれる天使――ルーチェモンは、面倒くさそうに後ろ髪を掻くと、ケルビモンに向けて左手で何かを放り投げてきた。  天使というカテゴリにおいては同胞でありながら、過去現在全ての所業から敵としての側面が強すぎる相手から投げられたもの――と警戒心を抱きつつも受け取ったケルビモンが掴んだ手の中に見たものは、紫色の皮に覆われた黄色のホカホカした野菜。  つまる所、何の変哲も無い焼き芋であった。 「……餌付けのつもりか?」 「あのさぁ。頭脳労働する時は甘いもの食べるのは今の世界の常識でしょ? 智を司る天使がいちいちケンカ越しになってマトモに機能しないとか、敵対してる間ならともかく今は好ましくない。解ったらそれ食べながらでも大人しく話を聞くんだね」  そう言うルーチェモンの手には、どこから取り出したのかチョコレートでコーティングされたドーナツがある。  というか、瓦礫の上に腰掛けた彼の膝の上にはいつの間にか(可愛げなデジモンの顔などで彩られた)紙の箱が乗っかっており、手に持ったドーナツはそこから取り出したのであろう事が見て取れた。  元は同郷の相手の死屍累々をとことん他人事扱いだなと憤る一方、ケルビモンは指摘される程度には自分が冷静でいられてないことを自覚すると、焼き芋をひと齧りし、改めてルーチェモンに対して問いを出した。 「……それで、結局どうなのだ? 貴様は、あのファスコモン達についてどこまで知っている?」 「まずは先に言った通り。ふざけた格好を除けば、あいつ等は見かけこそ成長期のそれだけど、考えるまでもなく実態は違う。アレはデジモンの類というより、いわゆる分身――というか『技』の類。扱いとしては、四大竜のゴッドドラモンが使役してるのとかが近いのかな? まぁ、頑張って一体潰したところで根本の解決にはならないだろうね」 「そこまでは聞いた。あれが分け身の類とは到底信じ難くはあるが、貴様が言う以上は嘘が含まれることは無いだろうからな」  傲慢の魔王、ルーチェモン。  彼はその過剰とまで言える自尊心も相まって、基本的に他者を騙すための言葉などは吐かない。  自らの都合を通す上で、騙しを用いるのは弱者――ひいては邪なる『悪』の為すことだと認識しているためである。  基本的に都合を通すために用いるのは自らの力だけであり、例えその行いが他者から見て邪悪であろうとも彼自身はそれが正義だと信じきっており、魔王に至る以前より変わらぬその在り方から彼は傲慢の大罪を背負うに至っている。  そんな彼が言うには、神域を蹂躙した複数の――怠惰の大罪を司る冠を宿し、実際にそれを有しているはずのデジモンと同じ技を用いることが出来たファスコモン達は、根本からしてデジタマから生まれて育った"普通の"デジモンとは異なる存在であり。  即ち、何らかの特殊な力を持つデジモンの手によって生み出された者達である、とルーチェモンは語っていた。   「で、そのデジモンもどきが七大魔王と何の関係がある? 貴様がそんな傷を負うほどの事柄など、およそ常識外れの事柄ではあるだろうが」 「まぁそうだね。正直言って、今回ばかりは僕も結構驚いてる。色々な偶然が重なった結果なんだろうけど、まさかあんなモノが現実に現れるとは……ってね」 「前置きはいい。事の重さは既に理解している」 「硬いねー。まぁ、頭使えてるのならいいけどさ」  ルーチェモンは持っていたチョコドーナツを食べ終えると、続けざまにフレンチクルーラーを掴み取りながら言葉を紡ぐ。 「事実から言うけど、憤怒と嫉妬と色欲……アイツ等の罪の力が怠惰にちょっと奪われた」 「……何?」  その言葉は、ケルビモンの心に並ならぬ動揺を与えた。  七大魔王――ダークエリアの秩序を担い、表に出れば確実に厄災を招くとされる七体の恐るべきデジモン達。  その内の三体の力が、怠惰の魔王――ベルフェモンに奪取されたと、傲慢の魔王としての側面を持つ天使は言う。 「君も天使なら知ってるでしょ? 魔王が司る七つの大罪は、それぞれ異なるデジモンが異なる姿で司っているけど、その全てはふとした拍子に変質する場合がある。色欲が度を越して強欲と相違無くなったり、嫉妬が深まり過ぎて憤怒に至ったりとかね。いわゆる罪の歪曲だよ。ある程度の歪曲は、捻じ曲がった罪のカタチを元々司っている魔王に力が分配される程度で済むんだけど、度を越えると全ての大罪を内包した……いわゆる超魔王が現れたりもする」 「貴様の……黙示録の竜としての姿。いわゆるサタンモードもその一例か」 「まぁね。見たことは無いけど、事の成り行き次第では他の魔王にもそういう可能性はあると思う。そして、今回の件は実際に"それ"が起きてしまっているって話だよ。怠惰の魔王にね」  超魔王。  一つの大罪だけでは飽き足らず、他の六つの大罪をも貪り、結果として一つの領域を超越した存在。  傲慢の魔王が過去に至った、黙示録の竜の姿をした怪物を始めとして。  憤怒と強欲と暴食と色欲と嫉妬と怠惰――それぞれ異なる姿を持つ魔王にも、在るとされている罪科の到達点。    元々、七つの大罪とは個が犯しうる過ちの中で、大罪へと繋がりやすい『可能性』を示すものだ。  どの魔王にも、現時点で観測こそされてはいないが、そうした危険性を内包している『可能性』は三大天使の間でも認知されていた――なまじ元同胞が前例を作ってしまった故に。  そして、懸念はこうして現実になろうとしている。  ケルビモンから見ても、あの奇妙な姿のファスコモンの存在はこの惨状と合わせて異常と思えたが、事が超魔王に絡んでいるともなれば不思議と納得が出来た。 「怠惰の罪は、全ての罪の中でも一番解釈の幅が広い罪だ。何も知らない馬鹿は食って寝るだけの安息を"そう"だと考えてるみたいだけど、あの罪の本質は『責任の放棄』だからね」 「……なるほど。確かに、それは世の中で最も蔓延っている罪だろうな」 「生じた怒りを自力で整理せずに他者に当て付ける怠惰。欲望を自制出来ない理由を他者に求める怠惰。自らの努力不足を認められずに抱く嫉妬の根源にある怠惰。軽く考えて三つ挙げられる程度には、怠惰の罪は歪曲の対象として成立しやすい。なんと言っても、他の罪とは違って、殆どは誰かから押し付けられたような冤罪ばかりだからねぇ。世界には嫌というほど蔓延ってる罪であり、だからこそベルフェモンは他の魔王と比べても並外れた呪いの力を蓄える事になっていた。それこそ、1000年置きにキレて発散させないと『爆発』しかねないほどに」 「レイジモードのアレも、十分に『爆発』だと思うがな」  デジタルワールドであれ、人間の世界であれ。  自らの責任を放棄する、無責任に害意をばらまく。  そうした愚行に走る者の存在は、少なくない。  世界の平定を望んで活動した時期がある都合、ケルビモンもよく理解している話だった。  今でこそ文明が発展し、社会が構築されて秩序は安定しつつあるが、それでも無責任なデジモンは存在する。  自分の間違いは自分のせいじゃない、何もかもアイツのせいだ――などという見苦しい発言は、人型デジモンと獣型デジモンが互いを差別していた時期にも覚えがある。 「つまり貴様はこう言いたいわけか。本来目覚める時期に無いベルフェモンが、他の大罪の『歪曲』によって過剰な力を得て、超魔王に至ろうとした結果生み出したものが――あの多数の奇妙なファスコモンである、と」 「まぁ、そうだね。アレはあくまでも成長の過程。認めるのは癪だけど、このまま放置したら僕の『あの姿』に匹敵する力を得て、何かやらかすのは確定だと思うよ」  事の危険性は知れた。  だが、明確に無視できない、意味不明な点が残っている。 「だが、そこまで考えたのなら同時に生じる疑惑も解っているな? 傲慢の魔王」 「今はフリーの天使だけどね。……仮に超魔王に至ろうとしてるのが本当だとして、そもそもの話として使い魔を作る能力なんてベルフェモンは有していない。他の魔王の大罪の力が流入しているとしても、あんなモノを生み出せるようになる要因としては考えにくい。なら、そこには魔王以外の何かが外せない要素として内在しているはずだ。疑惑はそんなところでしょ?」 「ああ」 「アレが超魔王としてのベルフェモンの力、と単純に考えてもいい気はするけどね。まぁ、あるよ。まだ憶測に過ぎないけど、アイツがあんな使い魔を使役出来るようになった根源。その見当なら」  怠惰の魔王の使い魔たる、謎のファスコモン達。  その衣装の大本について、古代に君臨した天使はこう述べた。 「見間違えはしない。あのファスコモンの衣装は、かつての『鋼』の十闘士のものだよ」 「『鋼』の十闘士……エンシェントワイズモンか」 「そうそいつ。昔は一時期、僕の側に立ちもしていた叛逆ド腐れ鉄血軍師ね」 「叛逆ド腐れ鉄血軍師」 「アイツと同じ衣装をしたデジモンは、覚えている限りいない。ただ、その力を色濃く受け継いだデジモンであるメルキューレモンやセフィロトモン、そして同じ名を持つ現代のワイズモン。この三体の中には、あの冷血クソ軍師のデータがかなりの割合で混じっている。そして、この三体にはある共通点があるんだけど……解る?」 「……『過去の再現』が出来る、という点か」 「そういうこと」  メルキューレモンの"イロニーの盾"。  セフィロトモンの体を構成する球体、  そして、ワイズモンの所有する"時空石"。  鋼の十闘士であるエンシェントワイズモンのデータを特に継承していると認知されている三種のデジモン達には、共通して過去に起きた事柄を何かしらの形で世界に出力する能力を有している。  その多くが『反射』という形に見えこそすれ、そもそも過去に行われた行為そのものである以上、それはあくまでも『再現』であると認識すべきなのだ。  まして、エンシェントワイズモンというデジモンは、古代の卓越した叡智を全て記録するアカシックレコード的な存在なのだ。  その能力をどんな形であれ継承しているのであれば、他ならぬエンシェントワイズモン自身のデータが混じっていてもおかしくは無く。  データを所有していて、それを再現する術を有しているのであれば、衣装程度再現することなど造作も無いのだろう――必要性はさておいて。 「現代のデジモンの中には、デジタマ化や進化の過程で失うはずの能力をそのまま継承する個体がいる。最近だと継承者《サクセサー》とか呼ばれてたかな? もし仮に、先に述べた三体のように『過去の再現』が出来る能力、および技を継承した状態で、怠惰の魔王に至った個体がいたとしたら。その『過去の再現』を魔王の出力でもって行使出来るとしたら。そして、そいつの中にエンシェントワイズモンのデータが刷り込まれていたのなら。なんでわざわざクソ軍師の外見を模したのかはさておいて、出来るんじゃない? 『過去の記録を魔王の力基準で出力出来る使い魔』の作成って」 「……言葉にしてみると、真面目に悪夢と疑いたくなる話だな」 「まぁアイツの技ってエターナルナイトメアだしね」 「やかましいわ」  奇妙な姿のファスコモンも、この惨状を生んだ別の種族の技も。  全ては怠惰の魔王自身、あるいは別の誰かの過去を現在に編み込んだ結果であり。  恐らく、基となっている技はワイズモンの『パンドーラ・ダイアログ』だろうとケルビモンは推察した。  ルーチェモンの言う通り、確かにこれではあの奇妙な使い魔を倒すだけでは何も解決しないだろうと納得をする。  討つべきは、何処に潜んでいるかも解らぬ本体であり。  そして、それを知る術は今の自分には無い、と。 「先に言った通り、これはあくまでも憶測。それに、根本的にアイツの目的はよくわかってないままだから、今後の動向も読めない。……思考回路があの『鋼』と似通ったものになっているのなら、尚更ね」 「……貴様はどうするつもりだ?」 「きっちり消し去る、と言いたい所だけどね。流石の僕でも、アイツが本当に『鋼』を継いでるのなら、真正面から挑んでも無様を晒すだけだ。まずは、弱点を探さない事には始まらないし、ぼちぼちやっていくよ」  伝えるべき事は伝えた、と判断したのだろう。  ルーチェモンは語りながらも食べ続けた合計6つのドーナツの入っていた紙箱と、手についた油を聖なる光で軽く消し去ると、その視線を改めてケルビモンに向ける。  見下すような姿勢で、何かを試すように問う。 「で、君は君でどうするの? 神域こんなになっちゃったけど。いつまでもそこで絶望してる気?」 「…………」 「一応同じ天使として言わせてもらうけどさ。ハッキリ言って、そんな体たらくじゃとても世界の秩序を任せてなんていられないんだよね。強さの問題じゃなくて、在り方の話として」 「……何が言いたい?」 「きみ、大方墜天するのが怖いんだろ。綺麗じゃなくなるのが怖いから、復讐という解りやすい動機から目を逸らして、あくまでも清廉潔白で在ろうとしてる。……墜ちようが墜ちまいが、天使の役割が変わるわけでもないのにね」  その言葉に、智の天使は僅かに言葉を詰まらせる。  古傷の痛みに苛まれるような、苦悶の表情を浮かべると、彼はルーチェモンに対してこう返した。 「――二度同じ過ちを繰り返す気は無い。ただでさえオファニモンとセラフィモンがいなくなった今、私が墜天などすればどうなるか……」 「あっそ。じゃあここでずっと引き篭もってたら? 今の神域に護る価値があるかはさておいてね」  小馬鹿にさえ、しない。  本当に、特に興味は無いといった様子で、ルーチェモンは踵を返す。  ケルビモンは何も言えない。  呼び止めた所で、これ以上聞く意味のある事柄は無い。  オファニモンもセラフィモンもいなくなり、事実として何も出来なかった自分が、これからどうするべきなのか。  解りきっていても、踏み切れない。  恐怖が、ある。  未知の脅威ではなく、既知の過ちに対する恐怖が、天使の羽を縫い止める。  そんな様子に何を思ったのか、何処かへと飛び立つ直前にあったルーチェモンは、ケルビモンに向けて最後にこんな言葉を残していった。 「――もしも君に奮起する気概が残ってるのなら、憤怒でも尋ねてみな。アイツも、一応は天から墜ちた身だ。少なくとも、ここの惨状を知った上で『後輩』を無碍にはしないでしょ」 「…………」 「僕は行く。この左眼のお礼参りもしないとだからね」  それっきりだった。  浅くはない傷を負いながら、微塵もそれを苦にしていない素振りで、傲慢なる天使は去った。  かつては、誰よりも厳しく護り抜いていた、彼を生み出した光輝の工房から。    智天使は、それをただ見送った。  どこまでも遠くに離れていく白い翼を、罪に塗れていながら善なる輝きを失わない裏切り者を。  ふとして、獣の天使は自らの手に雷槍を生じさせる。  天罰の象徴、善性の証明、何かを貫くためにあるもの。  彼はそれを攻撃に用いる事はせず、しばらく見直していた。  智天使の役割を、悪性に対する自らの在り方を顧みるように。 「……私は……!!」  考えて。  何かに思い至って。  そして、いつしか彼は立ち上がる。  ◆ ◆ ◆ ◆ 《あとがき》  そんなわけで。  どうも、気狂いで鰐梨さんのザビケ作品『Heavenly Dynamites』第二話を書き走りましたユキサーンです。  設定上、および展開上の問題は無いかなどは鰐梨さん当人にX(旧ついったー)のDMで確認してもらって、問題のあると指摘された部分を特に見解の相違が起こらない形に書き直して、こうして投稿いたしました。鰐梨さん、この場をお借りして、確認と指摘をしていただいた事について深く感謝を。  知っての通り、鰐梨さんの顔(文字通り)というか定番とでも言うべき『諸葛孔明の衣装なファスコモン(???)』が今回のザビケ作品の主題となっていて、第一話の時点だと恐らく皆様共通して「?????」となっていたと思います。というか鰐梨さん自身も謎と言っている辺りいろいろとラプラスの魔味がすごい(ぇー)。  なので、新しい展開を書くよりはまずこの物語の主題となる孔明ファスコモン(?)の設定周りを肉付けすることを何よりも優先しました。まずはこいつがどういう存在かどうか解らん事には親の鰐梨さん以外に続きが書けねえ(確信)。  偶然にも私ことユキサーンは自作の『デジモンに成った人間の物語』などで怠惰の魔王・ベルフェモンについての解釈周りについて取り扱う予定もあり、作中でも『ワイズモンの力を扱う実質ベルフェモン』みたいなキャラを戦わせていたので、今回はその発想をちょっと大袈裟めに弄くって、ファスコモンの孔明衣装と彼がアスタモンやベルフェモンX抗体の技を扱えていた理由を「継承技:パンドーラ・ダイアログ(魔王パワーによる魔改造済み)」による過去の再現(と融合)という形で解釈させていただきました。ゆきさんサイバースルゥースのワイズモンからベルフェモンに進化出来るルート好き。  本体は別の何処かにいて、そいつは何かしらの目的をもって活動している。アカシックレコード的な古代の叡智を蓄えとする超魔王に対し、智の天使は如何様にして対抗するのか――という形で第三話にバトンを託しましたが、ぶっちゃけどうすれば勝てるんでしょうね。この実質『鋼』の実質怠惰の魔王で実質諸葛孔明な悪夢に。自分で書いておきながらワケがわからねぇぞこの存在。  果たして、怠惰の超魔王の目的はいかに。神域を襲撃した狙いとは? 色んな謎や疑問を木っ端微塵にする第三話へ続く?  それでは、今回の後書きはここまでに。  とても貴重な経験をさせていただく切っ掛けとなったシル子さん、そして可能性に満ち過ぎた第一話を執筆された鰐梨さんには重ね重ね感謝を。  ご読了、ありがとうございました。  PS 自爆しかありますまい!!(敵陣に放り込んだ分身ファスコモン達全員に『グランデスビッグバン』を再現させるの図)
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ユキサーン
2023年9月02日
In デジモン創作サロン
デジタルワールド・ダークエリア。  人間の世界においてはあの世、冥界、ニブルヘイム、地獄――などなど様々な呼称をされるこの領域には、数多くの「除け者」がいた。  必要とされず、嫌われ、そこにあることが許されないと、何かに決めつけられたもの達。 似たような境遇の彼等の在り方は色々で、表の世界を呪うもの、ただ悪を愉しむもの、思考を放棄して気ままに歩むものなど、形はどうあれ何処かにネガティブを含んでいる場合が殆どだ。  無法、不毛、堕落、狂気。  およそ秩序とはかけ離れた要素には事欠かない住民達の間には、表の世界とは異なる形で社会と呼ぶべきものが形成されている。  その内の一つ――壊れ物を寄せ集めるようにして形作られたダークエリアの街の一つ、ボックスタウンと呼ばれる街の居酒屋にて。  全体的に黒いデジモンと、そうでもないデジモン達とが、飲み合っていた。 「うおーん!! ケルベロモン先輩パイせんぱーい!! モテるモンの秘訣教えてくだしゃー!!」 「別にモテてないし先輩って柄でも無いしうるさいし口臭いしとりあえずいい加減にしろスコピオモン!! 飲み過ぎだ馬鹿!!」  一方は黒い、もう一方は白い甲殻に身を包んだ完全体デジモン――ケルベロモンとスコピオモン。  彼等はダークエリアでとある『会社』の社員として仕事を請け負っている者たちであり、上司から休暇の命を受けて日々の疲れを発散している真っ最中なのだ。  ……言葉の内容こそ何処か和やかなのだが、実際問題として彼等――特にスコピオモンの体はかなり大きく、長く伸びたサソリの尻尾を振ってしまえば余裕で建物の壁は損壊、店長は激怒した必ずやこのクソサソリ野郎に弁償させなければならないになりかねないので、他の面々共々飲み会に参加することになったケルベロモンとしては心休まらない状況でもあった。  視線を泳がしてみれば、当然ながら他のデジモンが楽しげにお酒を飲んでいる姿も見える。 (社長……こんなの楽しんでられる余裕無いですって……)  どいつもこいつも、暴れたら危険度高めのデジモンばかりだ。到底自分だけで何事もなく終えられるとは思えない。  そして実際、その懸念は何も間違ってはいなかった。  右肩越しに絡んでくるスコピオモンとは逆の左肩越しから、ケルベロモンに対して絡んでくるデジモンがいたのだ。 「んほー、かわいい先輩もいっぱいぱぱい飲めめー」 「酔い潰れるの早すぎるだろお前ちょっとま――ごぼぼぼぼ!?」  犯人の名前はウェンディモン。  白い面を頭に被せた、血のように赤い手足が特徴の獣人型デジモンであり、時にこの場に集まった【社員】の移動手段ともなる重要な存在である――見事に酔っ払って使い物にならなそうではあるが。  彼は手に持った酒瓶をケルベロモンの口に思いっきり突っ込み、酒を注ぎ込む。  ダークエリアで出される酒は他の漂流物と同様に、表の世界――ひいては人間の世界において"あってはならない"とされたものが当たり前に取り扱われている。 人間の世界において"人をダメにする酒"と称されている、いわゆる薬草酒《アブサン》と呼ばれるそれは、デジモン達に対しても一種の中毒性と幻覚作用を与えるとされ、秩序を重んじる表の世界においては扱うこと自体を戒められている(現実の世界では禁止ではなくなっているのだが)。  そんな薬物一歩手前なモノをグビグビ注がれたケルベロモンの視界はみるみる内に回りだし、気持ち悪さが頭蓋に滲み出す。 「――ぇ、ふぇぐぇ……」 「おー、あっちもあっちで出来上がってんなぁ。……今日のやつは結構アレな草が使われてるんかね」 「さぁ。少なくとも、花が使われるよりはずっと健全だと思いますけど」  酔ったケルベロモンの様子に、同席しているもう二体のデジモン――アスタモンとゴキモンがそれぞれコメントを残す。  この二体は『会社』においてヒラ社員であるケルベロモンにとって上司当然のデジモンであり、特にゴキモンは廃棄物の転送という唯一無二の能力を買われて『会社』の中でもそれなりに高い階級の持ち主だったりする。  そんな二体のデジモンの軽口が、酔っ払い一歩手前な状態のケルベロモンの耳にも届いたようで、彼は憤りを隠そうともしない様子でこんな風に物申した。 「――というかぁ!! こうやってバカ共がバカになるの解ってるんならもっとちゃんと静めてくださいよぉ!! なんで俺ばっかりバカの集中砲火喰らってんですかぁ!!」 「いやー、まぁ何だ。そんだけお前が頼りになるというか? 見ていて楽しいし楽しそうだし、ウィンウィンだろ? とりあえずこっちには来るな」 「好きで頼られてんじゃないですよ!! わざわざ離れた位置の席、しかもこっちの様子がよく見えるのを取ったのって完全に愉しむためじゃないですか!! いつか地獄に落とすぞこの外道!!」 「まぁここが地獄なんですけどね。落とすも何も落ちてるというか、これ以上深くに落ちるのは魔王とかその辺りの類ですし。とりあえずこっち来ないでね」 「そういう返事は求めてな……ごぼぼぼぼっぼぼぼぼ」  必死の訴えも空しく、ケルベロモンは近くの席からの絡み酒に呑まれていく。  地獄の番犬と称されるその体躯に備わった三つの首に対しそれぞれ薬草酒を注がれ、意識はあっさりとオーバードライヴ、望まない形でいろいろと感覚がぐちゃぐちゃになってしまい、あえなく酒宴の席から真横に倒れてノックアウト。  そんなことなど些細な話とでも言わんばかりに食っては呑んでの繰り返しな社員達を背に、四つ足で這いずるようにしてアスタモンとゴキモンの席に近寄ろうとする。  無論、その視界は既に正しい景色を写しておらず、アスタモンとゴキモンの姿はおろか居酒屋の内装なども絵の具を派手にぶちまけたキャンバスのようにカオスな有様となっていて、思考も正常に回らない状態では正しい方向になんて向かうことは出来ていなかったのだが。 「―――れ? ―長、――で――」 「―――用が―――し―。皆―動―――す―?」  誰かの声が聞こえた気がしたが、ケルベロモンの耳は正しくその内容を認識出来なかった。  こんな状態になる酒など扱うべきではない、と表の世界の住民であれば訴えてくるかもしれないが、生憎このダークエリアに真っ当なお酒などありはしない。  故に、この暗い世界における飲み会とは"こうなること"が当たり前のバカ騒ぎであり、だからこそケルベロモンはあまりこの手の酒宴に付き合いたくはなかった。  他の社員は思いっきり楽しめている中、自分だけが浮いているようにも思えて、尚の事。   「――あー、―に出―上がっ―――よ。多―話は――ない―じ――いで――ね?」 「――や――れ。――ない――が、――しま――……」  聞いたことのあるような声が聞こえて、どこか強く覚えのあるニオイがした、ので。  ケルベロモンはどこかボーッとした頭のまま、ニオイを感じる方へと近付いて、つい獣らしくクンクンと鼻を利かせていた。  途端に、記憶の引き出しが開き、意識が覚めていく。 「――――あっ…………」  ほぼうつ伏せに近い姿勢になっていた都合、真下から見上げるような形でケルベロモンは覚えのあるニオイの相手のことを見た。  黒髪を生やした獣の頭に文様が印された白いぶかぶかした履き物、黄金の翼と腕輪と胸当て。  砂漠を想わせる、どこか乾いた空気を纏う神人型デジモン。  種族名をアヌビモンと呼ぶそのデジモンは、ケルベロモンの所属する『会社』の長――すなわち社長を務める存在だった。  そんな相手の足元で、だらしない格好を晒してしまっている事実を認識した途端、ケルベロモンの顔面は急激に(恥ずかしさで)沸騰した。  バッッッ!! と瞬間的に姿勢を整え、人間の世界の犬で言うところの『待ち』のポーズを取るケルベロモンの姿を見るや否や、アヌビモンは三本指の右手を顎に当て、どこか上品に「あらあら」と前置きしながらこう言ってくる。 「――そう畏まらなくても。そういう所だけはラブラモンの頃から変わりませんね、あなたは」 「む、むむ昔のことはいいんですよ!! どうしてアヌビモンさm……社長が此処に!?」 「急用が出来ましたので。まさか、あなたが甘えてくる姿を見られるなんて思いもしませんでしたが。ふふふ」 「あっ、甘えてなんていません今のはただの気狂いですッ!! ぼk……俺は社員ですよ、まさかそんなっ、社長のニオイで興奮してたとかそんなわけががが」 「おーい、面白い感じにおかしくなってるぞ~」 「……社長のことが好きだとは噂になってますけど、こういう形で発覚するとは。ニオイが好き、ですかぁ……」 「違うわ!! ただ単に尊敬の対象なだけだわ!! アンタ等俺の気も知らないで酒のサカナにしやがってよぉ!!」 「落ち着きなさい。昔からあなたには可愛いところがある事は存じてますし、ケモノのデジモンであればニオイが好きの切っ掛けになることは自然のことですよ。私もあなたのニオイは嫌いではありませんし」 「しつこいです!! 夢見まくりのガキだったあの頃の俺と一緒にしないでくださいよ!! あとなんかちょっと怖い!!」 「怖……っ!?」  ガーン、とでも言わんばかりに解りやすくしょんぼりする犬顔の神人。  いつもながらマイペースな方だ、とケルベロモンは思う。  ダークエリアにおいて、魂の裁定者とされる存在。  デジモンの生と死、輪廻転生の理に"触れる"ことが出来る、他のデジモンとは存在の格からして違う者。  そんな、ある種における超越者が、こんな――事あるごとに誰かを可愛がろうとする保護者紛いである事実など、ダークエリアのデジモン達にはあまり知られたくない。  優しい、という要素はこの世界において、弱さとして受け取られがちだからだ。  同士である『社員』達からすれば優しさはとてもありがたいものだが、それはそれとしてケルベロモンとしてはアヌビモンが誰かに侮られるような事は、望ましくなかった。  ので、彼は迅速に話題を変えるため、見るからに落ち込んだ様子のアヌビモンに問いを飛ばした。 「……で、急用とは何ですか? 落ち込んでないで早く言ってください」 「……そうですね。しょんぼりしてる場合ではありませんでした」  そうして、アヌビモンはケルベロモン――だけではなく、居酒屋の席でバカ騒ぎしている『社員』達に対しても届くように、強く言った。 「――ハナザカリの気配を感じました。不葉(ふよう)の森、灰鬼(はいき)の丘、火滞(ひてい)の沼。合計三ヶ所に……それぞれ大規模のを」 「……色は?」 「それぞれ赤と黄と黒ですね。規模から考えて、既に"染まっている"デジモンもいるでしょう。最も規模が大きい火滞の沼については私が向かいますので、他の二つについて皆で向かってほしいのです」 「解りました。おいウェンディモン!! お前の出番だぞ!!」 「――ぁーぃ? ケルベロモン先輩はどこに向かう~?」 「俺は灰鬼の丘に向かう。ついて来る奴は勝手にしろ。何なら俺だけでも行くぞ」  どこか鬼気迫る表情のケルベロモンから何かしらの圧を感じたのか、ウェンディモンの酔いは薄れ、彼は速やかに意識を集中させていく。  途端に居酒屋の空いたスペースの空間が歪み、一つの『孔』が形成される。  ウェンディモンの持つ、次元を歪ませる能力の産物だ。  その『孔』に体を突っ込ませれば、突っ込んだ誰かは速やかに望む座標に向けて転送される。  それを理解しているケルベロモンは、何の躊躇も無く次元の歪みに向かって飛び込んでいった。  残った――というか酒に酔って出遅れた他の『社員』達を見やりながら、アスタモンはアヌビモンに対してこんな風に呟く。 「……アイツのスタンドプレイ癖、このままだと一生治りそうに無いですね。頼りになると言えばなるんですが」 「そうですね……理由は大方察しがつきますが、そもそも他者との間に壁を作っているような気は私もしています」 「せっかくの飲み会だってのに、ちっとも楽しそうじゃなかったですし……何か切っ掛けが作れればいいんですけどね」  言うだけ言って、アスタモンはアスタモンでウェンディモンに指示を送って『孔』を作らせる。  そうして、時間をかけて、アヌビモンを社長とする『社員』たちはそれぞれ自らの仕事場に向かって行った。  ◆ ◆ ◆ ◆    灰鬼の丘。  そこはダークエリアの中でも一際不気味な雰囲気を醸し出す、名の通り灰の積もった丘。  いたる所に不気味な形状をした巨大な生き物の骨が野放しになっており、森の木々の代わりを担うように景色を悪趣味に彩っている。  大地に活力の色は無く、緑など一片も見えはしない。  基本的に存在するのは灰にまみれた枯れ草と干からびた大地のみ――あるイレギュラーを除きさえすれば。 (クソったれ、つい三日前に焼き払ったばかりだろうが……!!)  後ろなど見ずに駆け抜けるケルベロモンの視線の先。  そこにあるのは、黄色く広大に咲き誇る――人間の世界においてはオトギリソウと呼ばれる――花の群れ。  乾いて栄養などあるはずも無い大地、太陽の光一つ届かないダークエリアの中では、到底育つわけが無いモノ。  言い伝えられし花言葉の名は、恨みと敵意。  美しい見てくれとは裏腹に恐ろしい言霊を内包したそれ等に対し、ケルベロモンは一瞬の躊躇も無かった。 「ヘルファイヤー!!」  その口から業火を放ち、彼は黄色い世界を真っ黒の塵へと還していく。  真正面に見えるもの、左右に見えるもの、その全て。  ケルベロモンの目には、花というものが全て害悪にしか見えず、実際このダークエリアにおいてその認識は正しいものだった。  ダークエリアは、表の世界から不必要とされた『除け者』が流れ着く情報の墓場、あるいは排気孔だ。  つい先ほど居酒屋で飲まされた、表の世界で一時期"あってはならない"とされた薬草酒と同じように、此処には表の世界で"あってはならない"とされたものが様々なカタチで流れ着く。  使われなくなって取り壊しになった建造物とか、多勢にとっての害悪として排斥された生き物とか、個々が見向きもしたくなくなるような――ドロドロしたおぞましい悪感情とか。  即ち、この世界に咲き誇る花々は"そういうもの"だった。  花言葉が示す言霊、その記憶や記録がカタチをもって根付いたモノ。  個の価値観を文字通り"染め上げる"害悪。 「ハァッ……ハァッ……」  ケルベロモンは知っている。  この暗黒界における花の害悪を、嫌と言うほどに理解している。  だからこそ、立ち止まってなどいられない。  三つの首、三つの視界でもって索敵し、見つけ次第に魔性の彩りを焼き尽くす。  灰の大地を駆け、吐く息を焼き、何も振り返らず、ただ塵に還して。  だが、現実は彼の望む通りにはならなかった。 「――ッ!!」  必死になって駆け抜けた先。  灰と骨の丘、その最も高い場所。  遮蔽が少なく、辺りを見渡せて、比較的明るい場所。  そこに、子供がいた。  見るからに成長期、小柄な体格を有した二匹が。  一体はピンクの体色を有した鼠のデジモンことチューモン、もう一体は銀と金の鎧を身に纏う汚物のような輪郭を有したデジモン――ダメモン。  彼等は特に警戒などする様子も無く、いっそ好奇心さえ抱いた様子でオトギリソウ畑に近付こうとしていた。  その気持ちが、ケルベロモンには理解出来る。  花の危険性はダークエリアのデジモンの全てに認知されているわけではないし、話を聞いた上でそれで利口に受け止められるかどうかはまた別の話。  咲き誇る花自体、このダークエリアでは唯一と言ってもいい『綺麗なもの』だ。  見ているだけで心は癒されるし、欲しくなって摘み取ってしまいたいと考えるデジモンだって少なくはない。  だから、 「――そこの二体ッ!! それ以上その黄色に近付いたらダメだッ!!」  ケルベロモンが、経験則から必死に訴えても。  おそらくは何も知らない、知っても信じられるほど見ず知らずの誰かを信じることの出来ない二匹は、こんな風に返すだけだった。 「……誰かな? アイツ」 「さぁ? それより、さっさと採っちまおうぜ」  言葉は届かない。  疾走は間に合わない。  そして。  ジィ……ッ、と。  辺り一面に広がるオトギリソウの真ん中、渦を巻く花びらの中心部から、眼球が浮き出てきたのだ。  それ等は自らに近寄っていた二匹に視線を向ける。 「――えっ」  真っ先に、それを認識したチューモンが気の抜けた声を漏らす。  その間にも花の変化は進んでいく。  眼球を浮かべた花々は突如としてその茎を他の花々と絡ませると、ある一つのカタチに収まっていく。  ほどほどに長い手足、細い胴体、長い髪と幾多の眼球を生やした頭部――即ち『人間』の形へと。  ダークエリアにこれ等の花々を形作った悪感情の源。  その異形は獲物を――自らの拠り所として二匹の姿を見据えると、速やかに躍り掛かった。 「に、逃げ――ぅあっ!?」  咄嗟に逃げようとしたチューモンから悲鳴が漏れる。  見れば、傍らのダメモンがチューモンのことをその手に持ったトンファーで打ち、弾き飛ばしていた。  目の前の異形から、遠ざけようとするように。  そして、その結果は解り切っていた。  ようやくケルベロモンの疾走が弾き飛ばされたチューモンに間に合った時、一方でダメモンは間に合わなかった。  悲鳴の先で、末路が口を開く。  ダメモンの全身が、花びらと茎の異形に呑み込まれて見えなくなる。  抱きしめるように、あるいは覆い被さるようにして、美しくもおぞましい黄色が魂を一つ蝕んでいく。  ケルベロモンは即座に火炎を放ち、何かが起きる前に事を済ませようとした。  が、 「っ、やめてくれぇっ!! あいつは友達なんだよぉ!!」  その言葉に、胸の中心を抉られるような錯覚がして。  必殺の呼吸を途切れさせ、対応が遅れてしまった。  僅か数秒の惑い、されど花の"生殖活動"においては、十分な猶予。  そうして言霊は紡がれる。  花びらと茎を繭として、ケルベロモンの眼前でそれは成る。 「――rr――」    野獣のような、荒い産声。  その主、元はダメモンと呼ばれていたそのデジモンの姿は、変わり果てていた。  体躯は元の十数倍、黒の金属と緑のヘドロを混ぜ込んだような見てくれの、再生と崩壊を繰り返す腐肉。  種族名をレアレアモンと呼ぶそれの目が、チューモンを捉える。  自分のことを覚えている、と認識したのであろうチューモンが、恐る恐る声をかけようとする。  「――だ、ダm 「――■■■■■■■■■!!」    だが、僅かに期待を含んだ言葉を遮るように、レアレアモンは咆哮していた。  自分にとって友達であったはずの相手に向けて、何かの仇でも取らんとするように、敵意や恨みなどといったネガティブな印象しか感じ取れない声色でもって。  即座にケルベロモンはチューモンの左腕を優しめに銜えて駆け出し、レアレアモンと距離を離させていく。  ワケが解らないといった様子で、チューモンは戸惑うしかなかった。 「……な、なんでっ。あいつ、あんな……」 「……もう助からない」  可哀想、だとは思った。  だがその上で、ケルベロモンはいっそ残酷に事実を告げる。 「花に"染められた"時点で、アイツはもうお前の知る友達じゃない。込められた、無関係の何かに上書きされた、別モンだ」 「……嘘だ。そんなの、なんでこんな」 「出来る限り遠くにいろ。アレは俺が処理する」 「――ッ!! 処理って……何様だよお前っ!! 俺たちのこと何も知らないクセにっ!! ゴミを扱うみたいに言いやがって!!」 「………………」 「頑張って、これでも頑張ってやってきたんだよ!! 何処にも居場所が無くて、味方なんて他にいなくて、騙されて腹を空かせながらもどうにか歩いて来たんだ!! それをっ、なんでっ、お前なんかに、会ったばかりのお前に消されないといけないんだよぉっ!!」 「いいから、離れてろ。お前もああなりたいのか」  十分な距離、離れた後で。  ケルベロモンはチューモンをその場に下ろし、改めて敵意の源を見据える。  見てくれが美しいものを原因として生まれたにしては、醜悪極まる外見の完全体デジモン。 (……やるべき事を、間違えるな) 「変身《モードチェンジ》」  チューモンの嘆願を背に、ケルベロモンはレアレアモンに向かって駆け出す。  その最中に、彼の姿は四つ足で駆ける獣の姿から移り変わっていく。  前足は両腕に、両肩に備わった二つの頭は両手の先に武装として備えしモノに。  口元は獣らしく前方に突き出たものから、人間のそれのように平たいものに。  そして、体躯は全体的に小柄で身軽なものに。  ケルベロモン・人狼モード。  度を越えた害悪を処理する際に用いられる、獣の姿とは別に内包したもう一つの姿。  レアレアモンとの間合いを詰めた彼は、両手の顎を開き、獣の姿の時と同じように業火を解き放つ。 「ヘルファイヤー!!」 「■■■■■■――ッ!!」    獣の姿の時とは格段に規模を増したそれはレアレアモンを絶叫させ、腐った血肉を蒸発させる。  時折、生成された複数の口から漏れたガスに反応して爆発が巻き起こるが、ケルベロモンは構うことなく業火を放ち続ける。  抵抗の余地など与えない。  腐肉によって形取られた複数の大口を素早い動きでもって避け、その口から漏れ出る死の空気ごと人狼の業火が掻き消す。  炎が血肉を焼き焦がし、辺り一面の黄色も巻き込んで黒き塵へと還す。  伴う爆風が体を打っても、倍増した熱に体を焼かれても、それ等全てに伴う痛みを感じても、ケルベロモンは行為を止めない。  駆けては焼き、跳んでは焼き、決して肉薄などはせず、どこか淡々とした立ち回りでもって。  敵意と恨みに染め上げられた魂を、この世界以外の何処かから自分と同じく"あってはならない"とされた『除け者』を、この世界から滅していく。  時間にして一分弱。  体躯の巨大さのわりには呆気なく、世界にとっては"その程度"でしか無いと証明させられるように、焼き尽くされたレアレアモンの体はケルベロモンの視界から消え去った。  処理の中で、オトギリソウの花畑もまた焼き尽くされ、周囲にはもう灰と塵以外に何も無い。  喜びは無かった。  達成感は無かった。  虚しさだけが残った。    もうこの辺り一帯に花は見えない。  おぞましい気配は何処にも無い。  その実感でもって、自分の今回の仕事は終わったのだと、そう理解したケルベロモンは元の四つ足の姿に変じた後、チューモンのいる所にまで戻っていく。  当然と言えば当然の話として。  友達の死を遠方から眺めるしか出来なかった子供は、既に気力を失っていた。   「……何だよ」 「…………」 「もうワケわかんねぇよ。俺たちは、ただ頼まれてやって来ただけなのに。悪気なんて、何も無かったのに……」  感謝の言葉は無かった。  当たり前の反応だと、ケルベロモン自身も思った。  ただ、一つだけ気懸かりがあった。 「……誰から頼まれたんだ?」 「言うと思うかよ。友達をブッ殺しやがったやつなんかに」 「……そうか。どうあれ、ひとまずは一緒にきてもらう」 「……勝手にしろ……」  花を採ることを、頼んだ誰かがいる。  その事実がどうしても気になって、ケルベロモンはチューモンを『会社』に連れて行くことにした。  幸か不幸か、チューモンも特に拒否などはせず、ケルベロモンの意向に従う選択をする。  彼等がその場を離れ、時間が経てば、後には普段通りの景色しか残っていない。  その場で誰かが焼け死んだ事実になど、立ち登る煙の正体になど、部外者が興味を抱くことはない。    疑念こそ残れど。  言葉にしてみれば、この場で生じた出来事は、それだけのことだった。  その場で巻き起こった事柄に対する興味など、不要とした全てをダークエリアと言う名のゴミ箱に棄てた何処かの誰かの意識には無い。  ゴミ箱の中身など、仕事でも無ければ望んで覗き込みはしないように。  一方的な放棄と否定、それこそがダークエリアの当たり前であり、これからもきっと変わることは無い定義なのだから。    今日もまた、何かが塵となる。  この物語は、それが当たり前の世界で生きる誰かの証明。  そして、一つの『会社』の業務の記録。
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ユキサーン
2023年8月24日
In デジモン創作サロン
ある日、その男は終電を逃して宿を探す羽目になった。 スマホのGPS機能を頼りに深夜の暗がりの中をとぼとぼ歩いていると、突然GPSにノイズが奔り使い物にならなくなり、気付いた時には目の前に一軒のホテルが見えていた。  男は仕方ないので目の前のホテルで一夜を越すことを決め、自動ドアを介してホテルのロビーに足を踏み入れる。 そうして宿泊予定の管理をしているアテンダントに一泊のチェックインを済ませようとすると、男はこんな事を聞かれていた。 「何階のどれにいたしますか?」 「?」   何処、あるいはどの部屋か。 男はホテルに宿泊した経験がそう多くなかったが、普通はそう聞くものじゃないのかと僅かに疑問を感じる。 次いで視線をカウンターの上にラミネートされて置かれていた「案内図」を見た。  そこには、ルームサービスの種類の説明と、このホテルの部屋構成などが簡素に記述されていたのだが、特に男の目を引いたのは階層の表記についてだった。 Ⅱ階 Ⅲ階 Ⅳ階 Ⅴ階 Ⅵ階……と。 何故かホテルの階層は全て全てローマ字で表記されている。 それが正確だと言わんばかりに。  これが一般的なホテルの当たり前の表記なのか、それとも単にこのホテル独自のものなのか、経験の浅い男にはよくわからなかった。 階層ごとの部屋番号についても数字ではなくアルファベットであるのを見ても、変わったホテルだなぁと思う程度だった。  男はとりあえず一泊して夜を越せれば良いか、と適当に考え、アテンダントにこう返した。 「おすすめってありますか?」 「おすすめですか。お客様の場合だと……ⅣのD号室がよろしいかと思われます」 「じゃあ、それでお願いします」  チェックインが済み、アテンダントから泊まる部屋の鍵となるカードを受け取ると、男はエレベーターに乗った。  どの階に向かうかを決めるボタンに書かれているものも「案内図」と同様にローマ字やアルファベットで、男も薄々察してはいたのだが少しだけ自分の行く階のボタンを探すのに時間がかかった。  うぃーん、と静かな音の後にエレベーターお馴染みの電子音が鳴り、男はホテルのⅣ階に上がり終える。  左右に視線を泳がせてみると、普通のホテルとほぼ同じ間隔にドアが見えた。   数字ではなくアルファベットで一つ一つの部屋が識別されている一方で順番はアルファベット通りではないらしく、Fの部屋のすぐ横にWの部屋があったりして、自分が入ることになる部屋番号……もとい部屋記号を探すのに少しばかり余分に歩くことになった。  他に宿泊客はいないのか、話し声一つも聞こえず、自分の足音だけがⅣ階に響く。  足音以外の音は、空調か何かのものと思わしき機械の駆動音ぐらいだ。 少しばかり聞こえる方向が多いような気もしたが、男は特に深くは考えようとはせず、時間をかけて自分の部屋を見つけ出した。  Dと一文字書かれたプレートが見えるドアと、それに備え付けられたカードの読み取り機。  男がアテンダントから渡されたカードを読み取り機に差し入れると、ドアのロックが外れる普通の音がして――まるで自動のそれのように、ドアが真横にスライドした。  直後に。   男の視界に入ったのは、ありふれたホテルの一室ではなく、黒く無骨な機械とその上に鎮座するパソコンの液晶画面だった。  部屋でも何でも無いモノがドアの向こうにある事実に疑問符を頭上に浮かべている間に、黒い機械から赤外線のような何かが男に向けて照射される。  赤い光に照らされ、疑問と僅かに眩しさを覚えた男は鞄を持っていない右手で顔の前面を覆ってみた。  特に何も起きないまま数秒が過ぎる。 ピピピ、と機械から何らかの電子音が鳴り、それを認識した時――男は自分の体が言うことをきかない状態にあることに気がついた。 足も手も、思うように動かせない。  意識が、まるで睡魔に襲われたように曖昧になる。 体が何かに引っ張られるような、そんな感覚を僅かに覚えた時には全てが決定していた。  機械によって”読み取られた”男の体が、手に持った鞄が、全て粒子となって分解され、上部にあるパソコンの画面に向かって吸い込まれていく。  やがて男の全てがその場から消え去ると、まるで瞼を閉じるかのように、横にスライドしていたドアが機械を隠すように元の位置に戻る。   Ⅳ階の廊下にはもう足音一つ無く、普段通り機械の稼動音のみが呼吸でもするように各所から漏れるのみだった。  男が意識を取り戻すと、その視界には信じられない光景が広がっていた。  足元には岩肌、前方には真夏の猛暑さえ越える熱を放つ火山。 宿泊施設どころか一般的な住まいのそれとは到底かけ離れたその光景は、まさしく自然の原風景。 申し訳程度にベッドや机など家具が置かれているが、思いっきりアウトドアなこの環境を『部屋』として認められはしなかった。   しかし、どういうことだと声を上げていられるほどの余裕など男には既に無い。 灼熱の大気は喉を焼き、仕事に疲れた体から更に力を奪っていく。  不思議な事に、苦しさは無かった。 喉の痛みもどんどん和らぎ、むしろこの熱さに心地良ささえ感じ始めている。 当然疑問が浮かび、思考が回るが、答えは出ない。 それどころか、不自然に感じ出す"居心地の良さ”に思考そのものがほぐされていく。  変化は思考だけに留まらなかった。 その体が、赤と白を宿しながら少しずつ大きくなっていく。  皮膚は少しずつゴツゴツとした鱗に変じていき、腰元からは太い尻尾が伸び、口が前に突き出ながら端を裂いていく。   歯は牙に、手足の指は爪を鋭くしながら三本に、瞳は青く。   服は、いつの間にか消えていた。  体が大きくなっていく間に破けたというわけでは無いらしく、男――普通の人間であったはずの”そいつ”の足元には破けたスーツの切れ端一つさえ見えない。   まるで、最初から存在しなかったように。  存在することが間違いであるというように。   そして”そいつ”は、自分の体が”変わった”と認識していなかった。  大きな大きな、緑の鰭を背から複数生やした赤い恐竜は、自分自身に対して疑問を持たなかった。   ただ、今いる場所が居心地の良い場所であり、自分の居場所であるという認識のみが、思考を占めていた。   ぐぉぅ、と恐竜は軽く鳴くと、自然な挙動で近くに設置されているベッドへと向かった。  疲れたから寝る。 頭の中にはそれだけの単純な思考があって、それ以外の思考は特に無い。 燃え盛る火山の熱に曝されながら、むしろそれが心地良いような表情で恐竜は眠る。 それを何かしらの機能が発揮された証明としたのか、全ての工程を遂行したのであろうシステムが電子音を鳴らす。 『ルームサービス・タイプDを終了します』  客人に望ましい環境を与えるのではない。   客人を、環境に望ましい”何か”に作り変える。   思考も体も何もかも、動物と言っても良い形に染め上げ、”居心地の良さ”を与える。   それが、このホテルの『ルームサービス』だった。  そして、これはあくまでも一つの形式に過ぎない。   他の『部屋』には異なる景色、異なる環境、そして異なる変化が存在している。   現実から隔絶した、電子の箱庭。 それを内包するホテルは、即ち宿泊施設にあらず。   此処は、一つの情報集積機。 人を人ならざる電子の獣へと変える、システムサーバー。  そんな事実などいざ知らず、人から成り果てた恐竜は寝息を立てる。   明日はどうしようだとか、元々の職業だとか、上司とのあれこれだとか――そうした『現実』と繋がる思考は既に無い。   目を覚ました後も、何故か近場に用意されている食物を食べて満足して、ぼんやりした思考で『部屋』の奥へ向かうのみ。  その後、恐竜がどうなったのかなど、管理者以外に知る由は無い。   ただ確実に言えることは、此処にやって来た客はどんな形であれ”満足”すること。  ただ、それだけだった。
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ユキサーン
2023年8月10日
In デジモン創作サロン
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(――っ――)  返事は、すぐには無かった。  六秒ほどが経って、何かあったのかと不安を覚えたそのタイミングで、スカーフ越しにチームメンバーの安否を示す言葉が返ってくる。 (――やっと出た……。ユウキこそ、大丈夫? トールもそっちにいるの?) (ああ、俺もトールも無事だ。そっちに……みんないるのか?) (――うん。レッサーも、ハヅキとホークモンも無事だよ。二人を探すのを兼ねて樹海を進んでるところだけど、二人は今どこにいるの?) (どこに、か……ちょっと待て)  スカーフ越しに聞こえたアルスの問いに、ユウキは辺りを見渡してみる。  遥か上方にまで伸びる滝と、それによって形作られたと思わしき湖に、どこか熱気を帯びた巨大な樹木に倒木。  アルスが言う『樹海』と景色のイメージは合致する。  少なくとも全く異なる地域に墜落したなんてことは無さそうだが、滝から落ちているという事実がある以上、地面の高さについては同じではないのかもしれない。   (――そっか……滝から落ちた……って、それで本当に無事だったの? そこまで高くはなかったとか?) (いやめっちゃ高い。そもそもここには空から落ちて滝からも落ちてきたわけだし) (――え、空? ユウキ何言ってるの?) (マジなんだって。俺だってあの時のことはうまく説明出来ないけど、事実だけを言うとロイヤルナイツのドゥフトモンに偶然助けてもらったんだ。だから無事) (――は? ロイヤルナイツが、こんなところに?) (ああ)  囁き声の形ではあるが、ユウキの語った事実にアルスは少なからず驚いているようだった。  実際、ユウキもトールもこれまでの出来事に十分驚かされているため、気持ちはわからなくも無かった。  が、今はビッグネームの存在にいつまでも注目している場合ではない。  その事を、あるいは二人を必死に探そうとしているアルスの方こそ理解しているのだろう――ドゥフトモンについての事より先に、今後の方針についてのことを口にした。 (――とりあえず、合流するために何か目立つところに集まろう。ユウキ達は僕達より低い位置にいるかもしれないんでしょ? だとしたら滝を探すのが一番ってことになりそうだけど……見つけたとして僕達がそこまで降りられるか、ユウキ達がこっち側に戻ってこられるかは正直難しい話だし……) (だな……トールがコカトリモンに、俺がグラウモンに進化したところでこの崖を登りきることは出来ない。ドゥフトモンに運んでもらえないか頼んでみようとは思うけど……) (――それがいいと思うよ。正義の味方なんだし、一度助けてくれたのなら二度助けてくれてもおかしくはないはず。助けてくれなかった時は……その時にまた考えよう)  そこまで囁いて。  少しの間を置いて、アルスはこんな言葉を付け足してきた。  心なしか、それまでの囁き声よりも更に小さな声で。 (――ユウキ、聞いたりしたの?) (何を?) (――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、人間の世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……) (……それは……)  ユウキ自身、考えてみた事ではあった。  相手はネットワークの最高位、今の自分が知れないことも数多く知っているに違い無い。  しかし、同時の正義の執行者でもある。  デジモンでありながら、元は人間であると記憶しているユウキの存在を、果たしてどのような存在として認識するか。  不穏分子として受け取られたら最後、自分と繋がりを持つトールやアルス達がどうなるのかは解らない。  ユウキ自身、自分という個体がデジモンとして何の危険性も持たないという確証も無い。  フィクション上の存在として、作品のキャラクターとしてどれほど好きであっても。  今ここに在るデジモン達は、紛れも無いノンフィクションであり、自分の意思を持つ存在なのだ。  ここまで、思いのほか話が通じやすい相手だと感じられてはいるが、全てが理想通りなんてありえない。  得難い機会ではあるが、無視できないリスクがある。  ――そうしたユウキの不安を知ってか知らずか、アルスはこんな言葉を紡いできた。 (――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない) (……だけど……) (――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから) (…………)  その言葉に、ユウキは背中を押されているように感じて。  不安を覚えつつ『ひそひ草』のスカーフから耳を遠ざけ、その視線を(何やら興味深そうにこちらを見ていた)ドゥフトモンに向けた。  そして言う。 「……一度助けてもらっておいてなんですが、一つお願いと聞きたいことが……」 「……聞きたい事って?」 「人間の世界への……行き方とかご存知じゃないでしょうか」  その問いに。  ドゥフトモンは、疑心そのものといった表情でユウキの顔を見つめていた。  彼は答える。 「……ニンゲンの世界も何も……実在するの? そんなのが」  それは、ユウキからすれば重大な意味を含む回答だった。  この世界のロイヤルナイツ――全員が全員そうだと確定したわけではないが――は、アルスやトールと同じく人間という存在をフィクション上のものとしか認知していない、と。  現にドゥフトモンは、実在するという前提で問いを出したユウキに、珍種の生物でも見るような眼差しを向けてしまっていた。 「マジか。ロイヤルナイツも人間の世界のことは知らないのか」 「流石に、ロイヤルナイツであっても実在するかも定かじゃないものは知れないよ。僕も御伽噺の形でなら知ってるけど……実在のものとして聞いたことは無かったと思う。逆に聞くけどユウキとトール、君達は知っているのか? というか、何で知りたがっているんだ?」 「……人間の世界に興味があるから、です」 「あー、そういう感じか……まぁ、人間のパートナーになってみたいって言う子はたまに見かけるけどさぁ」 「俺達はチーム『チャレンジャーズ』なんで。何にでも挑戦するチームなんで」 「ヘーソウナンダー」 ((あ、これ全然信じられてないな))    威厳もクソも無い棒読みボイスであった。  この様子だと、ユウキとトールの訴えも本気では受け取られていないだろう――最低でも、自分が元は人間であるという事実さえ察せられなければ問題無いので、これで良かったとも言えるが。  受け取られ方がどうあれ、聞くべきことは聞けたので、ユウキはドゥフトモンに改めて頼み込んだ。 「じゃあ、聞きたいことは聞けたので……崖の上までお願いします」 「はいはい。それはいいけど、荷物とかなくしてないのかい?」 「え?」 「空から落ちて、川でも流されて滝から落ちて……それだけのことがありながら手荷物が何もなくなってないなんて、余程の幸運の持ち主でも無い限りありえないと思うんだけどね。君達がどの程度の準備をしてきたのかは知らないけれども」 「「…………」」  うっかり忘れパート2であった。  連絡に用いる『ひそひ草』のスカーフが無事で、肌身離さず持ち歩いていた鞄も一見無事なように見えていたが、中身まではまだ確認していなかったことを思い出す。  というか、重量感が明らかに減っている事実に今更のように気付く。  慌てて中身を覗きこんでみれば、鞄の中身を食料どころかサバイバルキットの一部までも何処かに放流されてしまった事実を知るのにそう時間は掛からなかった。  ユウキとトールが持つ鞄は、人間の世界で販売されているそれと比較しても密閉が完璧ではない。  落下の慣性と空気の抵抗を考えれば、この損失は当たり前の話だったかもしれない。  わりと今後の生死に関わる損失を目の当たりにして立ち尽くすユウキとトールを哀れんでか、ドゥフトモンはため息混じりにこんな提案を出してくる。 「……はぁ。まぁ調査のついでとしてなら、食べ物探しぐらいは手伝ってあげるよ。ここで見捨てるのは寝覚めも悪いし……」  全体的に赤い二名は即座に食いついた。  この非常時に、プライドとか申し訳なさとかいちいち考えている場合なわけがねぇのだ。 「よっ!! 太っ腹ナイツ!!」 「デブ!!」 「そろそろ子供相手でも怒っていいと思うんだ僕」    ◆ ◆ ◆ ◆  流れ流れで、民間組織所属の二匹と行動することになって。  途中途中、無知故に食べないほうがいいものを手に取ろうとした子に軽く指摘をして。  その度に、軽めの感謝をされながら。  不思議な子達だと思った。  ロイヤルナイツに対しての偏見がやけに強いのはさておいて。  過度な畏怖も尊敬も含まないある種『普通』の態度で会話を試みようとするその姿勢は、近すぎず遠すぎずで僕からすれば望ましい接し方だった。  僕のようなロイヤルナイツは、どの地域に姿を見せても向けられる感情は決まって極端だ。  彼等のように、会話が出来る相手として扱ってくれるデジモンはそう多くない。  これがイマドキの子供達なのかと思うと少しだけ心が和らぐ気はしたが、それとは別に大きな疑問が浮かびもした。  主に、コーエン・ユウキという個体名らしいギルモンが、首に巻いた『ひそひ草』のスカーフを介して仲間と囁き合っていた時の、その内容。  獣の姿を持つ騎士として発達した僕の聞き取る力は、それを確かに知覚していた。  望んで盗み聞きをしたつもりは無いが、僕にとって彼等の内緒話は筒抜けでしかなかった。  そして、聞き取った内容は彼等に対して疑いを抱くのに十分なものだった。  ――ユウキ、聞いたりしたの?  ――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、ニンゲンの世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……。  ――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない。  ――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから。  直感したことは軽く分けて三つ。  一つ目。  コーエン・ユウキが(実在も定かでは無い)人間の世界へ行こうとしている理由は、決して冒険心によるものではないということ。  二つ目。  コーエン・ユウキには、ロイヤルナイツである僕に対して『話したくない事』があるということ。  三つ目。  コーエン・ユウキにとって、ニンゲンの世界に行けるかどうかの話は深刻な『悩み』であるということ。  僕自身、ニンゲンの世界なんて説明した通り、空想の産物としか認識していなかった。  他のロイヤルナイツの方々にとっても、今のデジタルワールドに生きる一般のデジモン達からしても、大方同じ見解だと思う。  だが、目の前のギルモンは違う。  声の調子一つ取っても、それはニンゲンの世界が在ればいいな、などという願望ではないのが解った。  在るという前提で、ロイヤルナイツである僕に質問をしていた。  ニンゲンの世界への行き方を。    怪しい、と思った。  彼は、コーエン・ユウキは僕が考えるに少なくとも普通のデジモンでは無い。  何故なら、ニンゲンの世界というものが仮に実在するとして、そこに行きたいという考えは――即ち、デジタルワールドから出て行きたいという思いが確かに存在しなければ、浮かばないはずだからだ。  興味本位で、ちょっとした旅行感覚で人間の世界に行きたいと口にするデジモン達とは、考えの切迫さが違う。  でも、どうしてそんな事を考えるのだろう。  今の世界にそれほどまでの嫌悪感を抱いているのか、僕の考え過ぎで本当に単なる興味本位なのか、それとも――心の底から、人間の世界が自分のいるべき場所だとでも認識しているのか。   (……まさかニンゲン……って、そんなわけが無いよな……)  文献上の、架空の一例として。  僕が知るニンゲン関係の御伽噺の中に、ニンゲンからデジモンに進化をした個体というものは確かに描写されている。  伝説の十闘士のスピリットを継承し、ハイブリッド体のデジモン達に進化して世界の平和を取り戻す――そんな物語が、確かにこの世界にも存在はする。  このギルモンが実は元はニンゲンで、ニンゲンからギルモンに進化を果たした個体である、と言葉にすることは出来る。  だが、そもそもが架空の話であり、実際にそうした事実があった証拠などは何処にも確認されていない。  しかも、仮にその架空の話を現実の出来事とするなら、トンでもない可能性が生まれてしまう。  それは、伝説の十闘士のスピリットとは別に、ギルモンのスピリットとでも呼ぶべきものが発生していて、彼という元はニンゲンであった存在はそれを用いてギルモンに進化しているという可能性。  論外と言う他に無い。  スピリットと呼ばれるものが生じる条件自体が今なお不明であり、古代に死した十闘士と呼ばれたデジモン達の力を継いだものしか観測されていない。  そもそもの話、死んだデジモンのデータは次代としてデジタマに還元される。  仮にそうじゃない時代があったとしても、今はそういう時代であり、事実としてスピリットという例外が生じたケースはこの世界において観測されていない。    だが、事はニンゲンの世界に関係するかもしれない話だ。  そもそも僕が調査に出向くことになった理由、スレイプモン先輩も述べていた、次元の壁に残されていた【痕跡】の存在がある。  もし、本当にこのギルモンが元はニンゲンであったとしたら、どのタイミングでデジモンになったにしろ、彼の存在自体がニンゲンの世界からこのデジタルワールドにやってきた存在がいるという証明になる。  それも、複数。  別世界から別世界への移動なんて、普通に考えて【痕跡】の生じる理由としては十分だ。  無論、そもそも彼が元はニンゲンであるかもしれないという話の時点で、眉唾ではあるけれど。  何となく、無関係では無いような気がする。  近頃問題になっている例の『ウイルス』の話もあるし。  どうあれ確証が無い以上、この憶測を他のロイヤルナイツや一般のデジモン達に口外する気はないけど。  このギルモンの事を、ひいてはその仲間となっているデジモン達のことを、もう少し見ておいた方がいいのかもしれないと感じた。    (……悪い子たちでは無さそうなんだけどなぁ……)  もしも。  この子達に悪意が無かろうと、世界の秩序を揺るがしかねない存在であるとイグドラシルが判断したら、秩序を護るロイヤルナイツとして僕は彼等を処断する命を受ける事になるかもしれない。  こんな、まだ25年程度も生きていなさそうな子達を、生意気ながらもちょっぴり親しみが生まれつつある相手を。  そう考えると、途端に気が重くなった。    ロイヤルナイツが、悪ではないはずの者を殺す。  そんな出来事、もう二度と起きてほしくないと思っていたのに。  コーエン・ユウキがニンゲンか、それともデジモンか。  そして、秩序を揺るがしかねない異分子として、イグドラシルは判断するか。  頭が痛くなる話だ。  この憶測は妄想が行き過ぎた考え過ぎであってほしいと、僕は彼等の手伝いをしながら願うしか無かった。
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ユキサーン
2023年7月27日
In デジモン創作サロン
 前の話へ もくじへ 次の話へ  第三節「一日目:予期せぬ邂逅、戸惑いの樹海」  青い空と白い雲を覆い隠す深緑、聳え立つ大木の数々に、透き通った太い直線。  森林というよりどちらかと言えば樹海と呼ぶべき領域にて、一体のデジモンが一息つくように河の水を飲んでいた。   「……ぷはぁ……」 (水質とかに異常は無し、と……まぁ辺りのデジモン達を見れば当然か)  全身各部にブラウンカラーの鎧を纏い、頭部から金色の髪を、腰元からは白い翼を生やした丸い尻尾の四足獣。  気品漂うその存在に自ら近寄ろうとする者はおらず、一方で茂みの奥からひそひそと様子を伺う者は数多く、その視線には少なからずの畏怖が混じっていることを、当の獣自身は嫌と言うほど理解している。  獣はそちらの方へ、意識を向けることこそあれど視線を向けることは無い。  望まない感情の向けられ方である一方で、自身がそうなっても仕方の無い存在であることを知覚しているためだ。  なにも、このような視線を向けられたのはこの樹海だけでもない。  つい少し前に出向いた山脈地帯も含め、どんな場所に出向いたところで、向けられる視線のパターンはある程度決まりきっていて、そのどれもが彼にとって好ましいものではなかった。  居心地が良いと思える場所など、そうそうあったものではない。  そして、そう思いつつも自らのやるべき事を放棄するわけにもいかず、彼は今日もまたやるべき事のためにこの森林地帯を歩き回っていた。   (……イグドラシルの観測情報だという以上、異常そのものはあるはずなんだけど……)  世界を隔てる『次元の壁』に生じた痕跡と、同時期に起きているらしい大陸各地の性質変化。  その真相を確かめ解決するための、大陸各所の環境の調査。  特に、野生化デジモン――文明ある都市のデジモン達からはワイルドワンと呼称されている――の生息する大自然の区域の調査こそが、彼の担当することになった役割だった。  実際問題、他の『同胞』たちと自分のどちらがこの環境の調査に適しているかという話になれば、自分の方が適しているということは理解しているし、この配置について間違いは無いと彼自身も思っている。 (……先輩方は、もう何かしら発見出来たのかな……見つけられてないのは、僕だけなのかな……)  が、こうして広大な樹海をくまなく歩き回ったところで、成果らしい成果は無い。  食物は美味しいし、河の水によくないものが混じっているようには感じられないし、生息しているデジモン達は自然体そのものだ。  それ自体は喜ばしいことであり、望ましいことではある。  だが、そうした領域に自分の居場所が無いことも、同時に理解させられる。  自分は異常を解決するための手がかりを掴むためにやってきているのであって、ありふれた平和に安堵していい立場ではないのだと。  異常が確認出来たほうが望ましく、平和しか確認出来ないことを疑わしく思わなければならない。  自分は、そうした世界の危機を解決しなければならない存在なのだから。  そういう役割を、託されたのだから。 (……何で、僕なんかに聖騎士の座を……)  ふと、湖面に自分自身の表情が映っているのが見えた。  他ならぬ彼自身が『らしくない』と言えてしまう表情だった。  見ていられないと言わんばかりに目を逸らし、視線を青空へと向ける。  生き物の姿一つ無い自然の原風景を前に、ついやりきれない気持ちが呟きとして出てしまう。   「……どうして僕が生き延びて、あなたが……」  今の自分の在り方に、寂しさを覚えていないわけではない。  だからと言って、放棄するわけにもいかない役割だった。  逃げてしまうぐらいならば、即座に自死すべきだと、そう思える程度には。 (……ああくそ、いちいちへこたれてる場合じゃないよな……)  止まっていられる立場ではない。  任された事を果たせるように、出来ることをやらねば。  が、そんな風に自らを奮い立たせようとした直後のことだった。  突如として、彼の耳に届く音があった。  ――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―― 「?」  キョトンとした様子で最初に疑問。  聞こえたのは明らかに環境音のそれではない、誰かの声と呼べるもの。  というかこれは、 (悲鳴?)  ――ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ――  次いでも疑問。  悲鳴となるとこの辺りで考えられるのは弱肉強食、もとい弱いものいじめ。  残酷だと思いつつも、それが自然の営みであるのならば感情で介入するべき話ではないのだが、それも何か違う気がする。 (縄張り争い? いや何か聞こえ方がおかしいような……どんどん上から近付いて……) 「――って、ちょぉっ!?」 「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」  気付いて振り向いた時には、全てが遅かった。  超高高度から流星の如く落ちてきた白と赤、もといコカトリモンのトールとそれに抱き付いたギルモンのユウキ、その一塊が絶叫と共に四足獣に向かって斜めに墜ちて来て。  見事に獣の顔面と鶏のクチバシが正面衝突、首の(あまり良くない)異音と共に四足獣は押し出され、勢い余った白と赤と一緒に河にドボン&ドンブラコ。  あまりにも唐突な人身事故を前に、森の住人達は目が飛び出す思いだったという。  ◆ ◆ ◆ ◆  その頃。  鉄砲水によって別のルートに流されてしまったもう一方――ベアモンのアルスとミケモンのレッサー、そして依頼主であるレナモンのハヅキとホークモン――は、それぞれ足を早めていた。  トンネルから水で押し流された先に広がるのは、それまで歩いていた森林地帯のそれとは似て非なる樹海。  気温に湿度、生息しているデジモンの種族とそれに伴う危険の度合いなどなど、一つの山を境に環境の濃さは様変わりしている。  依頼でも来たことの無い領域を前に、明らかな焦燥を帯びた声でベアモンが叫ぶ。 「ユウキ!! トール!! 生きているのなら返事をしてーっ!!!!!」 「……うぅ、なんでこんなことに……」  仲間が突然いなくなった。   予想外に予想外が重なった事態に対応しきれず、つい少し前まで傍にいたユウキとトールの二名は彼等の知見の外に出てしまった。  急いで探そうと、トンネルの出口が見える周辺を回ってみたが、痕跡の一つさえ見えていない。  最悪の予感を消し去れず、ベアモンは普段のそれとは相反する険しい表情を浮かべていた。 (二人ともいったい何処に……っ!?) 「おいアルス、焦る気持ちはわかるが依頼主を放置して何処か行こうとすんなよ。今ここで別行動とか取ったら本格的に詰むぞ」 「……っ……解ってるよ……」 「……アルスさん……」  レッサーの言葉が図星だったのか、何かに耐えるように歯軋りの音を漏らすアルス。  もし指摘されなかったら、ホークモンの事をレッサーに任せて走り出していたと、言外に示すも当然の反応だった。  理屈として解ってはいても、焦る気持ちは抑えられない。  二人のことを探そうと周囲を見回すアルスのことを見ながら、ハヅキは思案するように右手を口元に寄せながら疑問を口にした。   「レッサー殿、貴殿ら『ギルド』にこういった状況への備えはあるのでござるか?」 「あると言えばあるが、もう試した。アルス、スカーフからは何も聞こえないんだよな?」 「……聞こえてない。今も」  アルス達のように『ギルド』に所属するデジモン達に各々配られる特別製のスカーフには、彼等の間で『ひそひ草』と呼称されている特殊な草が織り込まれている。  その草はごく小さな声だけを吸い込み、同じ根から伸びた同種の草と共鳴、遠方で発せられたものと同じ声を囁くのだ。  大声や普通の喋り声などには反応しないそれを織り込まれたスカーフもまた同様の性質を有しており、口元に寄せて囁き声を発すれば、その内容が同じチームのスカーフを通して囁かれる仕組みになっている。  故にアルスも、トンネルを出てユウキ達の不在を知覚したその時点で、すぐスカーフに囁き声を発して『確認』を取っていた。  スカーフの機能については『ギルド』のメンバー全てに伝えられていることであり、ユウキもトールも今までの依頼の中でその機能を頼りにした事がある。  だからこそ、無事であればすぐにでも応じる囁きが返ってくるはずだが、反応は無い。  それが示す意味は、単に囁き声に気付いていないか、あるいは応対出来る状況にないということ。  少なくとも、安全と呼べる状況に無いことだけは確実と言えた。   「……レッサーなら、二人は何処に行ったと思う?」 「こちら側の出口周りにいないとなると、先のほうに進んでると考えるべきだな。出発する前にも言っただろ? もし仲間とはぐれたら、はぐれた側は基本的には引き返すより目的地の方角に向かって進めって」 「それは承知しているのでござるが、トンネルの中に取り残されているという線は無いのでござるか?」 「その可能性も考えはしたが、あのトンネルが形作られた経緯を考えても、まず行き止まりは無い。少なくとも外には出ているはずだ。どの出口からどんな風に出てきたのかがわからないだけで、樹海のどこかにはいるんだろう。まぁ、何で応対出来ないのかまでは解らないんだが。水に押し出された拍子に頭でもぶつけたか?」 「……レッサー、お願いだから真面目に考えて」 「真面目だが?」  ひとまず、依頼と合流のためにも先に進むことが決まって、一行は青空さえ緑が覆い隠す樹海へと足を踏み入れる。  踏みしめる土の質感からしてアルスやレッサーの住まう『発芽の町』周辺の森のそれとは異なり、ジトジトとした湿気を含みながらもどこか硬質で、地中に伸びることが出来なかったのであろう木の根が土の上に張り巡らされていた。  急いで合流したい一心で前に前に進もうとする度に、苔だらけの巨大な倒木に行く手を遮られ、迂回に迂回を重ねてみてもまた倒木。  森と同じ木々の生い茂る環境でありながら、受ける印象は全く違っている。  歩きにくいし進みにくいし、気を抜けば迷いそうだとアルスが素直に感じていると、すぐ近くでホークモンが木の根に足を取られて転んでいた。  アルスがそれに気づいて振り返った時には、既にハヅキが屈み込み、ホークモンの手を握って身を案じていた。 「大丈夫か?」 「……は、はい。このぐらいなら……」 「疲れたり、体に異常を感じたのならすぐに言え。蓄えにはまだ余裕がある」 「い、いや! 大丈夫です! まだ疲れてもいないし元気いっぱいなのでッ!!」 「そうか、ならいい」 「…………」  力のある誰かが、力の無い誰かを案じる構図。  正義の味方を描く物語であれば、どんなものにでも仕込まれているであろう瞬間。  そんな光景に、アルスは胸の内に微笑ましさとは真逆の暗いものを感じていた。   (……突然の出来事だったから、なんて言い訳でしかない。ユウキもトールも、僕がもっと強ければ……あの時ちゃんと手を掴めていれば……離れ離れになんて……)  もしも、このままスカーフから応答の一つも無かったら?  もしも、レッサーの見解が間違っていて本当はトンネルの中に取り残されていたら?  もしも、助けてくれなかった事を恨まれていたら?    沈黙した分だけ不安は増幅する。  自分自身の力不足を、その結果を、嫌でも心に叩きつけられる。 「アルス、耳はしっかり澄ませとけよ。仲間の声にしても、敵の声にしても」 「……え、あ……そのぐらい解ってるよ……」 「……ユウキとトールの事が心配なのは解るが、不安を覚えたところで何にもならないぞ。今から覚悟しとけとまでは言わんが、いつまでも肩を落としてんじゃねぇ」 「解ってるって言ってるでしょ。それに、心配なんてしてない。ユウキもトールも強いんだ。応答出来ないのだって、スカーフを何かの拍子になくしちゃったからかもしれないし」 「そうかい。アイツ等のこと、ちゃんと信頼してんだな」 「当たり前だよ。同じチームなんだから」  ……嘘だ、誤魔化しだと、口に出した言葉とは相反する思考が頭の奥で反芻される。  確かにユウキとトールの強さについては、アルスも疑いはしていない。  スカーフをなくした可能性についても、当事の状況から十分考えられはする。    だけど、本当に信頼しているのなら不安なんて覚えない。  スカーフをなくしただけという可能性についても、推測というよりどちらかと言えば願望の類だ。  早く、とにかく早く、二人のことを見つけ出したい。  安全を確認したい、無事な姿を見たい、いつも通りであってほしい。  ……そうした願望を口にしたら最後、自分自身が強くいられないと感じて、弱音を押し殺す。  だって、今ここで弱音を吐いてしまったら、悲しい気持ちになるのは自分だけじゃない。  今回の依頼における護衛対象のホークモンだって、今までの振る舞いから考えても、自分の事を護ろうとしてきた相手がどんな形であれいなくなってしまったら、何の悲しみも覚えないとは考えにくい。  少なくとも、自分がホークモンの立場なら、そんな状況には耐えられない。  どんな状況であっても、自分は頼りになる自分であり続けないと――そう思って、アルスは無理やり言葉を捻り出す。 「ホークモンも心配はしないで。二人共、絶対に無事だから」 「……そうだと、いいんですけど……あ、いや……そうですよね!!」 「そうだよ。そりゃあ何度も危ない目に遭ったけど、何度も打ち勝ってきたからね。僕たち」  その事実だけが、支えだった。  それ以外に支えに出来るものなんて、少なくとも今の彼の頭の中には浮かばなかった。  ◆ ◆ ◆ ◆  そして、当のユウキはと言えば。  ――がぼぼ、がぼぼぼぼぼぼ!!  絶賛大パニック、もとい溺れてしまっていた。  超高高度からコカトリモンに進化したトールと共に墜落し、何かにぶつかった勢いのままに河の中へ入水――その衝撃でコカトリモンからエレキモンの姿へと退化したトールと、姿をよく見れていない初対面の誰かさんはすっかり気を失い、河の流れに身を任せるままとなってしまった。  辛うじて意識を保つことが出来たユウキだったが、どんなに手足を動かしてもがいてみても、思うように水面に浮上出来ない。  コンクリートジャングル在沖の人間だったギルモンこと紅炎勇輝氏、テレビのニュースで山の川での水難事故の類を視る度に「え、水かさそんなに高くないよな……?」などと浅い認識で疑問を抱いていたものだったが、こうして自分が事故に遭う側になると嫌でも納得させられるの巻である。  感想なんて述べてる場合じゃねぇ。   (冗談じゃねぇって……っ!!) 「――くはぁ!! げはっ!! ごふっ……!!」  どうにかもがき続けて、顔だけ水面から出して、辛うじて呼吸をするユウキ。  身の回りの環境なんていちいち確認していられず、大きく息を吸い込むと改めて河の中に潜っていく。  衝撃で気を失っているトールに向かって泳ぎ進み、腹回りを右腕で抱き留める。  次いで運悪く激突してしまった哀れなデジモンの方を視界に捉えようとして――突如、浮遊感がユウキを襲った。  水の中にいる感覚は薄れ、代わりに背中越しに強い風を感じる。  とても身に覚えがあるというか、つい直前に味わったばかりの感覚に、いっそユウキは口をぽかんと開けていた。   「――は?」  水の流れに乗った先にあるもの。  ユウキの視線の先には、下方に向かって流れ落ちる大量の水があり――つまる所、それは滝であるらしく。  滝があるという事は、即ちそこにはそれが形作られるに足る高さの段差、もとい崖があるわけで。  気付けばユウキは、再び高高度から落ちる羽目になっていた。 「またかよおおおおおおおおおおお!?」  上空からのダイブに比べればマシ、などと納得出来るわけも無い。  河の流れから出た際の慣性によって、ユウキとトールの落下位置は滝壺から僅かに逸れている。  視界に入った景色から、このままいけば河の浅い部分か、最悪そばの地面に頭から落ちることになると察したユウキだが、どうにもならない。  彼の体には、空中で軌道を変える術など無いためだ。 「くそっ……飛べ!! 飛べよッ!! このままだと……!!」    焦りがそのまま口に出る。  地面との激突まで時間は残り僅か。  必死になって進化を試みるが、間に合わない。  落下死、という単語が頭を過ぎり、悲鳴が漏れた。   「くっ……そおおおおおおおおおおおおお!!」  その時だった。  ユウキの視界の外で、動きがあった。 「――ぅ――っ!?」  その、コカトリモンに進化していたトールと頭から激突していた四つ足のデジモンは、声に気付いてか目を覚ますと――視界に入った光景から、即座に行動していた。  大地の代わりに流れ落ちる滝の表面から駆け出すと、さながら一本の線となって落下中のユウキに追い着き、その背でしっかり受け止める。  そのまま勢いを殺さずに降下――地面に着地し、事なきを得る。、  それ等全ての行動が終わるまで、実時間にして五秒も掛かったか否か。  安心したという様子で、四つ足のデジモンは自らが背に乗せたユウキに対して目を向け、次いで声を掛けてくる。 「君達だいじょ……ごほん。お前達、無事か?」 「――――」  結果として自分とトールを地面激突の危機から救った相手。  その姿、というか顔を見た瞬間――ユウキはいっそ放心していた。  口をポカンと開けたユウキの様子に、茶色の鎧を身に纏った四つ足のデジモンは困った様子で声をかけ続ける。   「……おーい、何事も無いのならちゃんと返事をしろ。ぼk……私が困るんだからなー」 (……マジ、で……?) 「……えぇとその、怖くないよー? ねぇちょっと、流石にデュークモン先輩よりは怖くないでしょ。ねぇってば……!!」  そのデジモンの種族名は、いわゆるビッグネームの類であった。  茶色の鎧を身に纏い、金の髪を風に靡かせ、時には人の、時には獣の姿をとって戦場を駆ける聖騎士型デジモン。  ネットワークの最高位組織、ロイヤルナイツにおける戦略家。  その名は、 「……ドゥフト……モン……?」 「あ、やっと返事をした。経緯や素性はよく知らないけど、君たち随分と大変な目に遭ったみたいだね」 「……ぅ……ん? ここ、は……?」 「お、こっちも起きたね。とりあえず、まずは落ち着いて話でもしようか」  予期せぬ大物との邂逅。  それも、個性豊かな騎士達の中でも知性に長けた者。  元は人間のデジモンなんて、どう考えても不穏分子と判断されかねない――そう考えたユウキは、助けられていながら明確な安心を得られずにいたのであった。
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ユキサーン
2023年7月07日
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 人間どもが管理する現実世界、その七月七日。  オレは簒奪者というか捕食者というか何というか――まぁ色々あって体の主導権を有している『白』の内側から、その視界を介して世界を見物していた。  今のオレにとって、そして『白』にとっての兄貴こと天ノ河宙(あまのがわ ひろ)はこの日、自分の部屋の中に置かれた見慣れない細っそい植物に、何かを書き記した紙を吊るしていて、成長期――ガンマモンの姿だと進化後の有り様が嘘のようにガキな『白』は兄貴にただ疑問を投げ掛ける。 「ヒロー。それ何ー?」 「あぁ、そういえば色々あってガンマモンは初めてだったっけ。七夕ではこうやって、願い事を書いた短冊を笹の葉に吊るしてお祈りをするんだよ」 「おー。願い事を、ざくざくにー?」 「刻んじゃダメだからね」 「おー」  いつもながら馬鹿っぽい調子で『白』は兄貴と会話をしている。  ベテルにしろカウスにしろウェズンにしろ、最低でも成熟期に進化するだけでもそれなりに知能も上がってるんだが、それでも『白』は基本的に成長期の姿で兄貴と接することを選んでいる。  デジヴァイスの恩恵が無くとも、成熟期までの進化ならば自力で制御出来ているのに、だ。  大した理由は無いんだろうが、オレの体を使っている以上はもうちっと振る舞いをカッコウがつくものにしてもらいたいもんだ。  兄貴の説明を受けて、タンザクとかいう長方形の紙に『白』はエンピツで願い事を書いていく。  アンゴラモンの奴からたまに教えてもらってるのもあって、何だかんだ人間の世界の言語は理解してやがるから、文字自体は書けるみたいなんだよな――兄貴の書いてるそれとは比べられない程度にはよれよれしてるが。 「お、書き終わった?」 「おー!! ヒロとオレ、サイキョー!!」 「ははは、ガンマモンらしいや」  で、肝心の記された内容はと言えば、言葉の通り。  タンザクには『宙とガンマモン、サイキョー!!』と書かれていた。  ちなみにこいつの言う最強は人間の言葉に置き換えるとチョコレートの事で、戦闘者としての強弱とかを示す意味じゃねぇ。   長い付き合いだ、めっちゃくちゃ簡略化されていることぐらい、兄貴も理解している。  タナバタとかいうものはオレもよく知らないが、これも以前兄貴がハツモウデとかいう日にダチの連中と一緒にジンジャーとかいう所に行ってたのと同じようなものだろう。  願いが成就するために行動する前に、存在するかどうかもわからない何かに叶ってくれと頼み込む、たぶん人間しかやっていない行為。  正直に言って、オレには無意味な行為にしか思えない。    だってよぉ、そうなってほしいって願う事があるのなら、そうなるための行動をするだろ第一に。  存在するのかもわからんカミサマだのホトケサマだの何だのに頼み込むとか、そんな事してられる時間があるのならそれを有益に使えよ、と言う他に無い。  こうしている間にも、世界の全てを喰らうものが顕れるタイムリミットは近付いている。  どんな過程があれど、敗者がオレである以上は勝者である兄貴の方針にも『白』の約束にも従う他にねぇんだが、やっぱりなんつーか……こうして観測しているだけでも、呆れる事に関しては事欠かない。  最早いつも通りになりつつある欠伸を独り漏らしていると、ふとして兄貴はこんな事を言いだした。 「――あ、そうだ。グルスガンマモンも何か願い事書くか?」 「おー!!」  おー!! じゃねぇが。  何か急に矛先が向けられたと思ったら、オレの目の前に『白』が姿を現した。  ここは精神の宇宙であるため、その気になれば『白』がこの場に姿を現すことは容易だ。  GRBで軍団を増やそうとあれこれしてた頃とは真逆の形にはなっちまったが、そこはまぁ重要でもない。  今重要なのは、目の前の『白』がいかにも期待を膨らませた表情を浮かべていることだ。 『お前もネガイ、書くー!』 『いや書く気は……ああくそ、はいはい解ぁったよ。書けばいいんだろ書けば……』  心底ムカつくし同一個体として思いたくもねぇやつのニッコリ笑顔(「約束したよな?」の意)に逆らうことが出来ず、オレは『白』に手を引っ張られる形で精神世界から表に出る。  黒に染まった眼球を開くと、当然目の前にはオレ達の兄貴こと天ノ河宙の姿があった。  数秒の間を置いて、兄貴は『白』ではなくオレに向けて言葉を投げ掛ける。 「ガンマモンから話は聞いてたよな?」 「ネガイを書けって話だろ? ったく、こんな紙切れに文字書いただけで何の意味があるってんだか……」 「まぁそう言うなって。俺も気になってるんだ、お前の願い」 「それならもう知ってるだろ? 兄貴。前に言った通りだ」 「それは知ってるけど、使命と願いは別のものだよ。いつかやりたい事とか、そういうのでいいから」 「……ハァ……」  言われるがまま、されるがままに俺は三本の指でエンピツを握る。  使命と願いは別のものと兄貴が言った以上、デジタルワールドでブルムロードモンの野朗と鉢合った際に語った内容とは別のものを兄貴は期待しているんだろう。  だが、ハッキリ言ってそんなものに心当たりは無い。  オレはこの星に、使命をもってやってきた。  全てを喰らうものを斃すため、ただそれだけのために行動してきた。  窮地に陥った『白』や兄貴(とついでにそのダチ)を助けてきたのも、その過程でシールズドラモンだのアルケニモンだのを殺してきたのも、GRBで軍団を作ろうとしたのも、そのために必要な事だったからに過ぎない。  多少気持ち良さを優先してズレたこともあったが、基本的にオレは使命を果たすために必要な事だけを優先してきた。    願いなんてものを浮かべた覚えなんざ無い。  そんな俺に兄貴は、願いを書くことを要求している。 (……いつかやりたい事、ねぇ……)  気にいらない奴をブチ殺したい、とか書いてしまってもいい気はする。  実際問題、オレの事をどうにか出来たからって兄貴達はまだ解決出来てないデジモン絡みの問題が山ほどある。  いつぞやに殺りあった吸血鬼共の行方、自らゲートを開いて姿を消したリリスモンの動向、その他にも厄介事は尽きることが無い。  殺しちまえば、少なくとも問題はそこで明確な『解決』になって心配事も無くなるんだが、兄貴の方針から考えてもそういう終わらせ方を許すことは無いだろう。  どうあれ最終的には対話での解決を求めるはずだ――いつぞやのレアレアモンのように、殺す以外に何もしてやれないような相手でも無い限りは。    さて、そうなると何を書いたもんか。  色々考えてみても何も浮かぶものは無く、目の前は真っ暗だ。  そんなオレの様子を見て何を思ったのか、兄貴は微笑みながらこんな事を言う。 「お前にも悩むことってあるんだな」 「ハッ、この程度のことも書けねぇのか……ってか? 兄貴」 「いや、嬉しいんだよ。お前っていつも、大体不穏な事しか言わなかったし、してこなかったからさ。そういうの以外の事を考えられるんだなって、知れたことが」 「…………」 「大丈夫だって。確かにやるべき事は山積みだけど、こういう時間も絶対に無駄なんかじゃない。誰にだって、必要なものなんだよ」 「……本当かぁ? よくわかんねぇものに頼み込んでるだけとか、怠ける理由作りにしか思えねぇけどな」 「ずっと頑張り続けてても駄目になるだろ」 「前々から思ってたが、人間って体力ねぇのな」 「デジモンと比べたら、ずっとね」  ……まったく。  どうにもまだ、オレの助けは必要なのかもしれねぇな。   「ああ解ったよ、じゃあネガイは『兄貴が頑張り続けるように』で決まりだな」 「え、そこはせめて『頑張り続け"られる"ように』じゃないの? 強制?」 「ハッハッハ、オレがそんなヌルいと思うかよ。兄貴には出来る出来ない関係無しに頑張ってもらわないとな。怠けてダラけて終末を食い止められないとかオレが許さねえ」 「うわー。こうして話してみても本当に容赦無いんだなお前って……まぁいいけどさ」 「おーう、そうこなくっちゃな。頼み事は断れないんだろ?」 「誰から聞いたのそれ」 「さぁな」  知らんぷりをきめながら、見よう見真似でタンザクとやらを葉に吊るす。  やる事を済ませたから、さっさと意識を沈み込ませて『白』と交代する。  タンザクに書いた願いは嘘じゃねぇ。  嘘をつく必要がねぇんだから当たり前だ。  ただちょっと、ほんの少しだけ省略はしたが。    ……ああ、そうだ。  約束がある以上、GRBを撒き散らして軍団を増やすとかはもう出来ねえ。  だが、だからと言って使命を諦めるつもりはねぇ。  勝者との約束を守りながら、その上で俺は使命を果たす上で必要な事をやる。  どんな無理難題であってもだ。  だからよ、兄貴。  頑張れよ。  オレと同じで、やるべき事から逃げないことを選んでいる限りは。  たまーに、ほんの少しぐらいなら、助けてやるからよ。  ……後に、オレがタンザクに願い事を書いたことそのものをダチ共にバラされた結果、アンゴラモンの『いつもの締め』に使われることになったのは、また別の話。
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ユキサーン
2023年6月17日
In デジモン創作サロン
前の話へ もくじへ 次の話へ 「あー、やっぱこういう時は火を吐けるのって便利だな」 「だなぁ。いやー、火付け係ご苦労ユウキ君。後で肉リンゴとかも焼いてくれね?」 「いやあの、事情に納得はしてるけど、努力をそんな雑い扱いされると普通にムカつくんだが???」  言葉を交えながらトンネルの中を進む一行の手には、紅い炎を先端に灯したたいまつが握られていた。  薄暗く、日の光がろくに通っていない場所を通る都合、当然ながら灯りとなるものが必要となるため、トンネルの中に入る前に全員分の太めの木の枝を採取し、ギルモンであるユウキが火をつけて作成したものである。  デジタルワールドにやってきて数週間、火加減を覚えられる程度にはギルモンとしての体の使い方にようやく慣れてきたユウキとしては努力の成果でもあるのだが、自らの固有の能力を扱えることが当たり前なデジモン達からすれば、特に評価に値する話ではないらしい。 (そりゃまぁ、戦い以外ではチャッカマン程度の価値しか無いのは事実だけども)  雑に「便利」の一言で片付けられ、若干肩を落としつつもユウキはトンネルの壁を見る。  衣食住に困らない現代、人間が作った現実の中に生まれた者であれば、好奇心以外の動機で行くことはまず無い野生の暗所。  その景色とニオイには、多少覚える高揚感があったが、一方で疑念を抱かせるものもあった。  入り口付近から現在の地点に至るまで、全ての壁に刻まれている傷跡。  自然現象などではなく、何か人工的なもので掘り進められたような痕跡に、ふとしてユウキはレッサーにこう切り出した。 「レッサーさん、ここってドリモゲモンとかいるんですか?」 「ああ。そもそもこのトンネル自体、ドリモゲモンが闇雲にあれこれ掘り進んだ結果として形成されたものだからな。住処にしているやつはいる」  ドリモゲモン。  鼻先がドリルになったモグラのような姿の獣型デジモンであり、容姿通りとでも言うべきか、地中に穴を開けることに適した能力を有する種族だ。  当然、鼻先のドリルは戦闘でも用いられるものであり、殺傷能力はまず楽観出来るレベルのものではないわけで、トンネルというある種閉所の環境においては脅威の筆頭として挙げられる。  が、そんなことはこのルートを選んだレッサーも承知の上なのだろう、彼は間を置かずにこう返した。 「が、まぁ奇妙なことに、今までドリモゲモンの中に狂暴化した個体は確認されてない。そもそもそんなのがいたら辺りの環境がもっとドえらい事になってるだろうし、そうなってないって事は、いるとしても普通の……ちょいと恥ずかしがりやなやつぐらいだ。少なくとも殺意をもって襲ってくる可能性は低いさ」 「ふーん……そういうモンなんですか」 「警戒しておくに越したことは無いけどな。そもそもドリモゲモンだけがこの辺りを縄張りにしてるってわけでもねぇんだし……あ、そこは右な」  レッサーの言葉を念頭に置きつつ、紅い炎を灯りにトンネルの中を進み続けていくと、先の道が三つに分かれているのが見えた。  が、経路として選ぶだけあって道順を覚えているのか、あるいは穴を抜ける風音から望む道筋を導き出しているのか、特に迷う様子はなく、レッサーは分かれ道を前にする度に進む方向を口に出していく。  そうして進み続けている内に、いつしか一行は少し開けた空間に足を踏み入れていた。  その空間には、橙色や緑色といった色取り取りな鉱石が壁際にいくつも突き出ていて、松明の明かりに照らされたそれ等は宝石にも等しい煌めきを抱いていた。  そうそう目にした覚えの無いキラキラした光景に、トールが素直に問いを口にする。 「あれは?」 「このトンネル……というかそれが形成されているこの山は、鉱石がよく生成されている場所でな。グリーンマカライトだのパープルクンツァーだの、まぁ色々と価値が高いモノが多くあるんだ。一応言っておくが、この手のヤツを採取すんのは今回の俺達の仕事じゃあない。採りたくても食べたくても、我慢しろよ?」 「いや、採るならまだしも食べる奴なんているのかよ。歯とかボロボロになるしそもそも飲み込めねぇだろ……」 「そう思うのが自然でござろうが……トール殿。ドラコモンやバブンガモン、あとはゴグマモンなど……石を主食とする種族は少なからず存在し、一部の恐竜型デジモンが小粒ながら飲み込んでいる所も確認されているのでござるよ」 (デジモンにも胃石の概念があるのな)    ハヅキの回答に「マジで?」と驚いた様子のトールとは対照的に、そうしたデジモンの事を知りえているユウキは別の事に関心を寄せていた。  やはり、実際に見るデジモン達の生態は現実世界で設定されている話に留まるものではないのだろう。  今後のことを考えても、デジモンに関する知見は深めて損は無い――そんな風に思いつつ色とりどりな鉱石の数々を見回していると、ふとして奥のほうから音が聞こえだした。  自分達以外の誰かの存在――それを示す足音が、隠す気も無い勢いで近付いてくるのを察知し、一行からそれまでの余裕ある雰囲気が消え去り、代わりに警戒心が浮上する。  どすんどすん、と多少の重量を感じさせる音と共に、その主は姿を現した。 「――あん? 何だ、同業者か?」 「?」  それは、知性ある言葉を介するデジモンだった。  少なくとも、狂気に呑まれて視界に入ったもの全てを手当たり次第になぎ倒すような相手には見えない。  ユウキ達と同じく松明を手にしたそのデジモンは、見れば背後に複数の子分と思わしきデジモンを侍らせている、集団のリーダーと思わしき者で。  茶色の体色と機械化した左手を有し、頭部が闘牛のそれとなっている――ミノタルモンと呼ばれる種族だった。  大柄な体格の成熟期デジモンである彼は、松明を手に立つ一行の姿を見るや否や、何かを吟味するように視線を動かし、   「まぁいい。とにかく色々持ってるのは間違いないっぽいし――おい、お前たち」 「……何だ?」 「身ぐるみ置いてけ。痛い目見たく無かったらな」  一方的に要求を告げた。  それを受け、すぐ後ろからレッサーが指示を飛ばしてくる。 「野盗か。お前等、とりあえずボコっちまうぞ」 「話し合いとかしないのな」 「いやまぁ、明らかに話し合いが通用するやつじゃねぇし、賊の要求なんざ飲めんし」  言葉の通りであった。  一行の表情から従う気が無いことを察したらしいミノタルモンは、手下らしいゴツモンやマッシュモンといった成長期のデジモン達に向けて号令を発する。   「――お利口さんでは無し、と。よぉし野朗共、全部奪っちまうぞ!!」 「「「「「やっはー!! 奪えー!!」」」」」 「ひぃっ」  殺意や敵意を含んでいるというよりは、お祭りでも始まったかのような楽しげな声がトンネル内部の開けた空間に響き渡り、ハヅキの傍で縮こまるホークモンの怯えの声を押し潰す勢いで野盗の群れが襲い掛かってくる。  一見すれば、体格においても数の利においても劣る構図。  が、護衛役として最前線に立つユウキとベアモンとエレキモンは、大して怯む様子も無いまま野盗の群れを前に身構え、こう返していた。 「「「邪魔だよ」」」  ◆ ◆ ◆ ◆  デジモン達の喧騒がトンネル内に響き渡る。  殴る蹴るの打撃音、放たれる飛び道具の衝突音。  喚声に悲鳴、そして怒号などなど。  戦闘種族と称されるデジモン達にとって、日常の一部とも呼べる状況の中。  野盗を相手に数の利で劣るチーム・チャレンジャーズ達は、   「うわっ、何だこいつ等強くね!?」 「僕達と同じ成長期だよな!? くそっ、もっとどんどん攻撃だぁ!! アングリーロック!!」 「ポイズン・ス・マッシュ!!」 「パラボリックジャンク!!」 「攻めろ攻めろーっ!! やっつけろーっ!!」  特に悲鳴などを上げることも無く、群れを成す成長期のデジモン達を圧倒していた。  それもそのはずで、彼等は今日まで依頼をこなす中で格上である成熟期のデジモンと戦っていた。  ほぼ毎日、望まぬ事ではあったが、その経験値は確実に蓄積されているわけで。  くぐった修羅場の数の差か、あるいはもっと別の理由か、何にせよ。  ただの成長期のデジモンを相手取ることなど、狂暴化した成熟期のデジモンを相手取ることに比べれば、造作も無かった。 「はい、次!! 泣かされたい奴から早く来なよ!!」 「言い方なんとかならねえのかなアルス君!?」 「どっちがワルなのかわかんねぇなこれ……っと!!」  竜がその前爪で敵対者の頭を殴り、悶絶させたところを右脚で蹴り飛ばし。  子熊が拳を振るい、体当たりで吹き飛ばし、時には自らに放たれた飛び道具の類を掴んで投げ返し。  電撃獣が電撃を放ち、飛び道具を放つ後衛のデジモンを狙って無力化させる。 「トール、後詰めを!!」「おうよ!!」 「ユウキ、よろしくっ!!」「はいはいどいてろよ!!」 「アルス、寝てんなよっ!!」「僕の扱いっ!!」  数の差など関係無い。  単純な戦闘能力でもって、三匹は群れを圧倒していく。  ユウキが前に出てきたゴツモンを群れに向かって蹴り飛ばせばトールが群れごと巻き込むように電撃で追撃し、アルスが殴り飛ばしたマッシュモン目掛けてユウキが口部に形成した炎の塊を噴き放って軽く爆破し、トールが電撃で痺れさせた相手をアルスが足元にあった石を眉間目掛けて投げ放って意識を刈り取っていく。  圧倒されている野盗の側もタフなもので、倒れた者の中には気合たっぷりに声を上げて二度三度再起する者もいたが、当然何度でも殴られ蹴られ痺れてでノックアウトさせられる。    そして、その一方で。  野盗のリーダーであるミノタルモンの相手は、今回同じ成熟期のデジモンであるミケモンのレッサーが担当していた。  ベアモンやエレキモンと大差無い程度の背丈しか無い彼は、されど倍以上の体格を有する闘牛を相手に、いっそ遊びにさえ見える動きでもって翻弄していた。   「チッ、ちょこざいな!!」 「やーい、こっちこっち――だぜッ!!」  ミノタルモンがレッサーの姿を目で追い、右手で鷲掴みにしようとしたり、機械化した左手を振るって渾身の一撃を見舞おうとする度に。  レッサーは跳ねる、跳ねる、とにかく跳ねる。  地面を、壁を、トンネルの天井を。  跳ねて跳ねて、そして視界の外からミノタルモンに肉薄し、その五体に爪や足を振るっていく。  右膝に左肩に後頭部――と、関節部や急所となりえる部位を集中的に狙い、ヒット&アウェイで着実にダメージを与えていくレッサーの姿は、可愛げのある猫のそれではなく、むしろ熊に襲いかかる狼のようにも見えた。 「肉球パンチッ!!」 「んごっ!! この野朗!!」  あるいは、子分達の援護があればレッサーの動きをある程度制限し、ミノタルモンがレッサーの動きを捉えられる可能性もあったかもしれないが、ユウキ達の相手で精一杯な子分たちにそんな余地は無い。  ミノタルモンも、その子分も頑丈ではあるらしかったが、レッサーのスピードによって持ち前のパワーを思うように発揮出来ない実情、体力を削られ続けている事実に変わりは無かった。  そうしてやがて、元気な子分達の頭数が半分以下に減り、ミノタルモンが自らの疲れを自覚した頃。  ミノタルモンは強く舌打ちし、自らの子分達にこんな号令を飛ばした。 「お前等退け!! 一旦諦めるぞ!!」 「えー!!」「まだ頑張れるよー!?」「これで終わりとか悔しいってば!!」 「駄々捏ねんな!! さっさとのびた奴等を抱えて逃げろ!!」  どうやら粗暴な印象に似合わず、損得を判断する程度の知性は宿していたらしい。  ミノタルモンの号令を受けて、チーム・チャレンジャーズの一行の手で倒されていたゴツモンやマッシュモン、その他ジャンクモンやガジモンといった成長期のデジモン達はそれぞれ近い位置にいた仲間に担がれ、通ってきた道をそのまま引き返していく。  そして、手下達の逃げる姿を横目にミノタルモンは機械化した左手を振り上げた。  レッサーの目の色が変わる。 「おい待て、逃げるんなら別に追う気は 「味方じゃねぇ奴の言葉を鵜呑みにしてられる立場でもねぇんだよ――ダークサイドクエイク!!」 「!!」  直後に、ミノタルモンの機械化した左手――デモンアームが地面に向かって打ち付けられた。  凄まじい衝撃と振動がトンネルの空間を駆け巡り、咄嗟に自ら地に伏せたレッサーを除いた全員の姿勢が崩れる。  振動は長く続き、揺れが静まった頃にはミノタルモンも、その子分達もその場からいなくなっていた。 「……何だったんだ? あいつ等……」 「レッサーの言った通り、野盗の類でしかないだろ」 「ユウキにとってどうかはともかく、珍しくはないよ。ああいうの」 「マジか。物騒だなオイ」  戦闘の邪魔になるため足元に落としていた、ミノタルモンの子分が持っていた松明をユウキとベアモンとエレキモンは拾い上げる。  どうあれ、厄介払いが済んで誰も怪我をしていないというのは喜ばしい結果だろう。  そう思うチーム・チャレンジャーズの三名だったが、対照的にレッサーやハヅキの表情は曇っていた。 「ちっ、あんにゃろ余計な置き土産を……おい、走るぞ!!」 「……急ぐべきでござろうな」 「? 二人ともどうしたの……?」  急かしの言葉を口にした二人に対しベアモンが疑問を投げ掛けた、その直後のことだった。  ズズン……!! と、何かが揺れ動くような音が、周囲から聞こえ出したのだ。  そこでユウキもエレキモンも事態に気がつき、表情を強張らせる。  走り出すレッサーと(ホークモンを抱きかかえた)ハヅキの背中を追い、松明を手に同じく走り出す。 「おいおいおいおい、マジの話かこれ!!」 「……まさか、今のミノタルモンの一撃で山の地層がズレでもしたのか? オイオイ、あんな事出来るんなら何で戦いの中では使わなかったんだ!?」 「違う、この程度で崩落は起きない。というか、そんなレベルの振動を起こしたらあいつ等だってタダじゃ済まないだろうよ」 「じゃあこれは!?」 「大方、この辺りで大人しくしてたドリモゲモンがパニくって地層を掘り進んじまってんだろうよ!! ったく、逃げるだけならあんな事しなくてもいいだろうに!!」  ただでさえ、山の中のトンネル――いわゆる地中にいる状況下の話なのだ。  もしもこの地震が切っ掛けでトンネルが『崩落』してしまったら、最悪生き埋めになってしまってもおかしくはない。  それを避けるためにも、一行は灯りを手に暗闇の向こうにどんどん身を乗り出していく。  地鳴りの音が響き続ける中、いつしか行く道は下り坂のような形に変わっていて、駆ける足並みは自然と速くなっていった。  何かしらの目印でも発見したのか、最前を駆けるレッサーが言葉を紡ごうとした。 「大丈夫だ、もう出口は近い。この先の道を右に――ッ!?」 「嘘でしょオイ!!」  が、その言葉は最後まで続かない。  一行の背後から、突如として激流が流れ込んできたことで、全員揃って足を取られてしまった事で。  ドリモゲモンの掘り進んだ地層の近くに、水源でも混じっていたのだろう――結果的に形成された自然のウォータースライダーによって、一行の体は抵抗の余地もなく下り道を流されていく。  頼りだった松明の灯りが次々と消え、暗さと共に混乱がやってくる。 「鉄砲水か……っ!?」 「ぎゃー!! オイラ泳げねぇんだよーっ!?」 「うわぁこんな時に知りたくなかった意外な弱点!?」 「ユウキそんな事言ってる場合じゃ……わぶっ!?」 「ちょ、お前ら手を――がぼぼぼ!!」 「わあああーっ!!」  どうしようもなかった。  アルスとレッサー、そしてハヅキとホークモンの四名が予定通りの右の道に流される一方で。  ユウキとトールの二名は、予定とは異なる左の道に流されていってしまう。  漏れ出る叫び声さえ泡となり、上下左右の方向感覚さえ掴めなくなっている内に一つの出口へと押し出され、二名のデジモンは陽の光の下に出る。  ばしゃーっ!! という水の音を知覚した時、ユウキとトールの視界に入ったものはと言えば。  見渡す限りの木々の群れと。  野生の個体と思わしき炎を纏う巨鳥デジモンことバードラモンの群れからの、珍生物でも見るかのような視線と。  いつもより大きく見える、白い雲。 ((……くも?))  瞬間、ユウキとトールは真顔で下方へ視線を送った。  とてもとても遠い位置に森が見えていて、特に足を動かしてはいないのに森の景色が自分達に近くなっていく。  なんか風が凄く強く感じられる。  というか、どう考えても落ちてますわよこれ。  「「――――」」  現実を理解する。  流れ流れにどういったルートを通ったのかは知りようもないが、ユウキとトールが流されたルートは、さながら間欠泉のように強く上方に向かって吹き上がるものだったらしい。  へぇー、デジモンの体ってこんなに軽いんだー♪ 重力の概念どうなってんだこりゃー♪ と現実逃避するユウキ、約一秒で恐怖をぶちまけるの巻であった。 「キャーッ!! 待って助けておれ高所恐怖症なのーっ!!!!!」 「こんな時にクソどうでもいい弱点漏らすんじゃ……いやマジでたかーい!?」  デジモンの体は人間のそれよりも頑丈なのだろうが、いくら何でも山の山頂を少し越える高さから地面に叩きつけられて生きていられる自信など無かった。  というか、普段から落ち着いたイメージのあるトールですら慌てふためいてる辺り、ガチでヤバい状況であることに違い無いわけで。  恐怖から絶叫しながら墜落することしか出来そうにないユウキとは異なり、全力で生還出来る方法を見い出そうとしていた。  命の危機に陥ると、思考というものは恐ろしいほど加速度的に回るらしい――トールは少し考えて、声を上げた。 「クソッ!! こんなんで死んでたまるかっ!! おいユウキ俺に抱きつけ!!」 「何だどうした急に変な趣味に目覚めたのお前そういうキャラだっけ!?」 「真面目に見捨てるぞこの野朗!! うおおおっ、エレキモン進化ぁーっ!!!!!」  叫びと共にトールの体が輝きを纏い、一時的に繭の形を取ったかと思えば即座に弾け、内側から白い羽毛に包まれた巨鳥型デジモン――コカトリモンが姿を現す。  トールという個体の、成熟期の姿。  言われるがままにその背にあたる部分に抱きついているユウキは、コカトリモンに進化したトールを見て思わず目を輝かせる。  そう、コカトリモンは鳥のデジモンなのだ。  鳥ということは翼があるわけで、たとえその背にお荷物があろうと、空を飛ぶことだって不可能では無いッ!! 「おおっ!! もしかして飛べるのお前!? 不思議パワーで完全体に進化するフラグかこれ!?」 「おうお望み通り飛んでやらぁ!! 見てろよ、俺は今ッ!! 鳥に成るッ!!!!!」  ぶわさぁ!! と両翼を広げて気合の入った声を上げるコカトリモン。  コカトリモン進化ーっ!! という叫び声が風の音に乗って響く。  煌めく風に乗って、その姿は奇跡的に完全体の姿に、  なるわけが無かった。  コカトリモンの体はちっとも光らねえし、その翼が風を掴むことも無い。  そもそもの話、生物学的にも退化しているニワトリの翼では羽ばたかせてみても飛べるわけがねぇ。  非情な現実を知覚し、トールとユウキは走馬灯でも見ているような和やかな声で言う。 「――うん、まぁ。そんな都合の良いこと起きるわけないよなー」 「そっかー。俺って主人公じゃなかったかそっかー。デジヴァイスも無いもんなー」 「「あははははー!!」」  もはや諦めの境地であった。  二人揃って和やかに笑って、涙目になり。  重力に引き摺り下ろされながら、そして最後に叫ぶ。 「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!!!!!」」  第二節「一日目:出発進行、始点に暗がり」終
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ユキサーン
2023年5月05日
In デジモン創作サロン
 前の話へ もくじへ  次の話へ  第二節「一日目:出発進行、始点に暗がり」  護衛依頼、もとい都市へ向けての冒険の準備は徹底的に行われた。  空を長く飛び続けたり、地上をマッハの速度で駆け抜ける事が出来る種族でもない限り、いかにデジモンが優れた戦闘能力を有する存在であろうと、何の備えもないまま長距離を移動し続けることは出来ない。  必ずどこかでエネルギーを補充する手段、言い換えれば空腹を満たす食べ物が要るし、それ以外にも個々が適応出来ない地形に対応するための道具だって必要になる。  そういった、依頼の遂行に必要なものは『ギルド』の方から多く支給されており、今回も目的地であるノースセントラルCITYへ向かう上で、リュオンが到着に掛かる日数として見積もった五日間を目安とした量の食べ物とそれを詰め込めるだけの人数分のかばん、その他にも方角を見失わないためのコンパスや大陸の地形と要所を書き留めた地図など、様々な道具を必要最低限に集めたある種のサバイバルキットとでも呼ぶべきものを、チーム・チャレンジャーズは支給されている。  そのため、消費がよっぽど過剰にならない限り道中で確保出来るであろう分と合わせて、少なくとも成長期五名と成熟期一体のデジモンたち各々の腹を満たす分には事足りるだろう――と、少なくともこれまでの経験から腹持ちの程度を一行は知覚している。  基本的に考えるべきは、道中で遭遇することになるであろう狂暴化デジモンの存在。  護衛の依頼である以上、どうあれ護衛対象であるホークモンについては絶対死守、戦いからは遠ざける方針だというのが共通認識であった。  そんなこんなで、護衛対象であるホークモンの左右には依頼主のレナモンのハヅキと、一行の中で進化の段階が最も上のミケモンのレッサーが侍り、ギルモンのユウキとベアモンのアルスとエレキモンのトールの三名が前方の警護を任されることになった。 「しっかし、何にしてもいきなりだよな……」 「まぁな。まさかこんな唐突に都に向かうことになるとか、俺も考えなかった」  見れば、彼等の首元には深緑色のスカーフが巻かれていた。  これは発芽の町の『ギルド』に所属するデジモン全てに支給されているもので、同時に『ギルド』に所属していることを証明するためのシンボルでもあるので、つまるところ『ギルド』の構成員は依頼の際に体のどこかにこれを巻きつけておくことを義務付けられている。  現実世界にしろデジタルワールドにしろ、身だしなみが重要視されるのは変わらないということなのか――と当時のユウキは意外な事として思ってもいたのだが、慣れとは早いもので今となっては特に不思議に思わなくなりつつあるのだった。 「トールは都に行ったことあるのか?」 「いや無い。行きたいと思う理由も特別無かったし」 「うーん、理由がやけに生々しい」 「あのなぁ、お前は町住まいの俺にどんな返事を期待したんだよ」 「んー、出世してエラいデジモンになりたい、とか?」 「少なくともお前よりはエラいと思うよ俺」 「どゆこと?」  現在地は森林地帯。  通称『開花の森』とも呼ばれ、発芽の町から少し離れた位置にある森の中を『ギルド』の一行は歩き続けている。  デジモンの狂暴化、などという現象がいたる所で起きているわりには静かなもので、森の中で聞こえる音は基本的に風の音と、風に揺られる木々の音ぐらい。  それ自体は自然な事であり、誰かが困ったりするような話ではないのだが、では常に緊張感を保ったまま歩き続けられるかと聞かれると、一部の除いてそこまで堅物でもないわけで。  当然とでも言うべきか、白羽の矢は現時点で最も沈黙している者に立った。 「で、さっきからやけに黙り込んで、どうしたんだアルス?」 「……ん? 何、エレ……トール」 「いや、お前にしては珍しく黙ってるなと思ってよ。依頼の時だろうが何だろうが、こうして歩いてる時はいつも世間話の一つぐらいはしようとしてただろ。何だ、珍しく真面目になれたのか」 「まるで僕がいつも真面目じゃないみたいに聞こえるんだけど」 「真面目なやつは寝坊で約束すっぽかしたりしないし、世間話で突然『昨日、どのぐらい大きなウンチ出た~?』とか聞いたりしねぇよ」 「えー。約束のことはごめんだけど世間話についてはそこまで言われることなくない?」 (聞いた事は否定しないんかい)  アルスの返答に内心でツッコミを入れながら、ユウキはユウキでアルスの素振りに感じるものがあった。  確かに、トールの言う通り今回のアルスは普段の様子と異なっている。  普段のアルスであれば、依頼の中でも大抵の状況に対して余裕と自信をもって振舞っていた。  気になる事や世間話は頻繁に口に出していたし、狂暴化したデジモンと遭遇してしまった際も「僕もいるから大丈夫」と問題が起きる度に口にして、ユウキやトールを――特にユウキを――安心させようとしていた。  だが、今回の依頼――何やらワケ有りらしいホークモンを指定の都にまで送り届ける――を受けてからの事、何があったのか自分からは一言も口を開こうとしない。  当然、依頼に際しての持ち物の相談など、必要な会話については頻繁に口を開いてくれるのだが――どこか、真面目すぎるように見えた。  それが悪いというわけではないし、それだけ事態に集中してくれているという事実は確かに頼もしく思えるのだが、それはそれとして気になった。  気になったので、今更のようにユウキは一つの質問を投げ込んだ。 「そういえばなんだけど、アルスとトールっていつから一緒なんだ?」 「? いつからって……」 「いや、よくよく考えてみると俺は俺の事は出来る限り教えたけど、俺はお前たちの事を何も聞いてないと思ってさ。同じ町に住んでて、俺と会った時も二人一緒だったけど、別々の家に住んでるわけだし。仲良しなのはわかるんだが、それ以外のことはよくわからないままなんだよな。幼馴染とかだったりするのか?」 「仲良しは否定させてもらうとして、確かに俺達だけ何も喋らないのは不公平か……」 「いやそこは否定しないでよ。ユウキから見ても仲良しみたいだし」  アルスの訴えを無視して、トールは歩きながら語りだした。 「俺とアルスは、別に幼馴染ってわけじゃない。そもそもあの町で最初っから生まれ育ったわけじゃないしな」 「え、そうなのか?」 「ああ。俺やアルスは、元々流れのデジモンだったんだよ。行くアテもなくこの辺りの森を通りがかったところで、町の長……ジュレイモンに招かれて、町の住民として家持ちになった。アルスとはその後で会ったんだ」 「そうそう、僕も放浪してる内にあの町に辿り着いたんだよね。長老のジュレイモン、町の周りの森のことはだいたい知ってるというか、解っちゃうみたいで。迷い込んできたデジモンに声を飛ばしたり、無事に町に到着出来るように誘導したり出来るんだって」 「へぇ……」  ジュレイモンという種族の事は、ユウキも知っていた。  完全体のデジモンであり、現実世界で『図鑑』に記述された情報によれば、 『樹海の主と呼ばれ、深く暗い森に迷い込んでしまったデジモンを更に深みに誘い込み、永遠にその森から抜け出せなくしてしまう恐ろしいデジモン』  と語られる程度には危険性の高いデジモンであり、事実として『アニメ』でも主に敵役として登場することが多かった。  が、結局のところ力は使いようということだろう。  森に迷い込んだデジモンを更に深く迷い込ませるために用いる幻覚の霧を、ある種のガイドとして利用することによって、迷い込んだデジモンが逆に森の中を無事に抜けられるように誘導する。  もしくは、あの町こそを『森の深み』として定義付ける事によって、安全地帯に招き入れる。  アルスの口から語られたその情報は、ユウキが発芽の町にやって来たその翌日に会った際の印象とも合致するが、それはそれとして「そんなことが出来るんだなー」とユウキを関心させるものだった。  が、同時に一つの疑問が生まれる。 「……流れのデジモンってことは、お前ら何処から来たんだ?」 「あぁ、そういやオイラもそれは聞いた事なかったな。あの町には流れ者がよく住み着くから興味無かったし」  ユウキの言葉に、後ろの方から話を聞いていたレッサーもまた興味を示す。  その言葉は、端的にユウキという余所者が町にあっさりと受け入れられた理由を語ってもいた。  問われて、トールはこんな風に返してくる。 「何処から、か……んー。遠いところにある山脈……としか言えないな」 「すげぇ大雑把だなオイ」 「元は野生だったんだよ俺。今でこそあの町で家持ちだが、そうなるまではどこにでもいる一匹に過ぎなかった。生まれ故郷に愛着とかあったわけでもねぇし、行く宛とか目的とかがあったわけでもない。ただただ、適当にぶらりふらりしてる内にあの町に着いて、住民になっただけだ」 「……野生のデジモンだったって割には、理知的に見えるんだが」 「あのなぁ。野生のデジモンの全部が全部、グルグルガアガア吠えるしか能が無いってわけじゃねぇんだよ。普通に言葉を交わせるやつだっているし、町での暮らしに飽きて自分から野良に生きようとするやつもいる。まぁ、最近は狂暴化したやつとばかり遭遇してるから、野生デジモンに偏見持っても仕方ねぇけど」  何かにうんざりするように、トールの口からため息が一つ。  野生のデジモンというものに対する偏見に呆れたのか、あるいは狂暴化デジモンが頻繁に現れる近頃のバイオレンス具合に嫌気を覚えているのか。  恐らくは両方だろうな、と内心でユウキは予想した。  そうしてトールの返答が終わると、彼とユウキの視線はもう一人――アルスの方へと移っていく。  何かを考えるように沈黙してから、アルスはこう言った。   「僕は遠くの村で生まれて、そこで暮らしてたよ。色々あって旅に出ることにして、トールと同じような感じで町に着いて、長老から住むことを許されて今に至るって感じ。特に変わったこととかは無い、かな」  その回答に、ユウキとトールはそれぞれ「うーん」と唸ってから、 「なんか普通」 「お前にしては普通だな」 「君達さ、聞いておいて流石に薄情すぎない? そりゃあ僕にだって、あったらいいなーって夢見た出来事とか色々あるから、サプライズが欲しくなる気持ちもわかるけどさぁ」 「夢見たって、例えばどんなの?」 「ある日突然デジメンタルとかスピリットとか、そういうナニカの継承者になって悪者と戦うとか」 「異世界で生まれ変わったらそうなるといいね」 「慰めるにしても他の言い方無かったのかな???」  デジモンにも、ヒーローに憧れる時期はあるようだ。  あるいは、フィクションとして眺める側でしかなかった人間よりも、それが有り得るデジタルワールドという現実に生きているアルスのようなデジモンの方が、そういう欲求は強いのかもしれない。   「デジメンタルにスピリット、ねぇ……前者はともかく後者はおとぎ話でしかマトモに聞かないが、夢のある話だよな。かつて死んだ……十闘士と呼ばれてるデジモン達の魂が、分割されて存在してるって話だろ? 普通のデジモンならまず考えられない話だよなぁ」 「そりゃあな。死んだデジモンの魂がそんなホイホイ残ってたら、世界はスピリットだらけになっちまうよ。あくまでもアイテムの類らしいデジメンタルのほうがまだ信じられるってもんだ」  デジメンタル、そしてスピリット。  どちらも、デジモンを特殊な進化段階へ移行させる効能を有した代物であり、その存在はどうやらこのデジタルワールドにおいても『伝説』の類として認知されているものらしい。  以前、ユウキも『発芽の町』に存在する文献のいくつかに目を通してみたが、デジメンタルやスピリットについては、ユウキ自身がホビーミックスの範囲の話として知覚しているものよりも情報が欠けている印象を受けた。  特に、デジメンタルについては特に重要な『奇跡のデジメンタル』と『運命のデジメンタル』の二種類の記述が確認出来ず、その点についてユウキは疑念を抱かずにはいられなかった。  何故なら、 (……ロイヤルナイツはちゃんと存在するみたいなんだよな。アルスもトールも、会ったことは無いみたいだけど……普通のデジモンに認知されてるぐらい有名なら、メンバーの一体であるマグナモンの事も知られているもんなんじゃ……?)  ロイヤルナイツ。  ユウキが大好きなデュークモンを含めた聖騎士型に該当される、合計13体のデジモン達によって構成されたネットワーク最高位の守護者たち。  その一員として数えられ、とある『古代種』に該当されるデジモンが『奇跡のデジメンタル』を用いることによって進化するとされる聖騎士型デジモン――それこそがマグナモンだった。  そして、そうした聖騎士たちの名前はアルスもトールも少なからず認知しているようで、その事実はこのデジタルワールドにおいてもロイヤルナイツという組織が有名で強大な存在として君臨している事実を物語っている。  にも関わらず、デジメンタルについての情報は欠けている。  単に『発芽の町』に存在する文献には記載されていないというだけで、他の町やこれから向かおうとしている都に存在する文献には記載されている可能性も、単に悪用の危険性を考えて情報を秘匿されているだけという可能性も考えられはするのだが。  それはそれで、少し気懸かりではあった。  そこまで考えたところで、ふとしてユウキは視線を後方へと移した。  視線の先には、俯きながらも歩き続けている今回の依頼の護衛対象のホークモンがいる。   (……そういや、デジメンタルと言えば……) 「ハヅキさん、一応聞くんですけど……ホークモンはデジメンタルって持ってるんです?」  ユウキの問いは単純な疑問でありながら、同時にいざと言う時に戦えるかどうかの可否を問うものだった。  そして回答は、ホークモン自身ではなく彼の傍に侍るレナモンのハヅキの口から紡がれる。 「残念ながらこの子は持っていないのでござる。持っていればいざと言う時の自衛に使えるかもしれないが、基本的に戦力にはならないものと考えてもらいたい」 「……ぅ……役立たずでごめんなさい……」 「……え、いや、そんな風に言ったつもりは……」 「そもそも僕なんかがデジメンタルに選ばれるとは思えないし……選ばれたとしてもどうせずっこけのデジメンタルとか根暗のデジメンタルとか……」 「未知へのアーマー進化やめろ」  わざわざ護衛してもらう相手にまで戦闘能力を秘匿する意味は無い。  護衛対象のホークモンに、いざと言う時の自衛手段は無いというハヅキの言葉は真実だろう。  というか、あまり言いたくはないが当人の言う通り、このホークモンがデジメンタルに選ばれるような光景を現時点では想像しづらい。  可能性はゼロではない――と信じたいが、何よりデジメンタルそのものを所持しておらず、それが何処にあるのかもわからない現状、自衛手段が無いという事実が揺らぐ可能性は薄い。  自衛手段が無い、誰かを頼ることしか出来ない。  案外、そんな現状に最も苦しみを覚えているのは、ホークモン自身なのかもしれない。  少なくともユウキはそう思った。  が、   「大丈夫だよ」  ホークモンの反応を聞いて、アルスはそんな言葉を口にしていた。  いったい何を想っての言葉なのか、普段よりも強い口調で。   「ユウキもトールも、僕もいる。どんな事があっても、君の事は必ず護る。だから心配しないで」 「……う、うん……ごめんなさい……」 「何も悪いことしてないのに謝らなくていいから!! ほら、どうせならもっと楽しい話をしようよ。嫌な事ばかり考えてても仕方無いんだから」 「……お前はお前でさっきまで黙ってただろ(ボソッ)」 「ユウキうっさい」 「急に辛辣!!」  気懸かりな事こそあれ、普段やる気がよくわからないヤツがやる気に満ちているのは悪い話ではない。  ユウキとトールはひとまずそう受け止め、より真面目に依頼を完遂しようと意識する事にした。  というか本音として、脈路も何もなく突然ウンチのデカさを聞いてくるヤツよりもダメなやつだと後方の上司や依頼主に評価されたくはないのだ。  こう、プライドの話として。 「お前等、雑談はいいが気は引き締めとけ。そろそろ安心安全とは言えなくなるぞ」  そうこう喋っている内に、一行の視界に一つの通過点が映る。  広大な森を抜けた先に見えるもの、普段の依頼では向かう事の無い進路。  木々が視界を覆う森よりも、更に視界が狭められる通り道。  通称『彩掘の風穴』と呼ばれる、大きなトンネルだった。
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ユキサーン
2023年4月29日
In デジモン創作サロン
 スパイラル、という存在がある。  姿形こそ数多存在するデジタルモンスター達と瓜二つでありながら、当のデジタルモンスター達からは意思疎通が不可能な怪物、害悪でしか無い存在であると認識されたモノ。  さながら飴細工のような体の色と質感のそれ等は、現実世界にデジタルポイントと呼ばれる特異な領域を発生させながら現れ、人もデジモンも等しく混乱の中に叩き込んできた。  言語が通じることはなく、相互理解など不可能。  突然理由もわからず襲ってくる以上、人間からもデジモンからも消し去るしか無いと判断されてしまうのも、当然と言えば当然だった。  そして、二つの世界から存在することを認められず、その存在理由からして成長の必要が無く、そもそも『個』という概念を持たない空虚なる存在であるスパイラル――その統合意識もまた、人間やデジモンの理解など知ったことではなかった。  誰からもその存在を認識されることが無い、その事実に小波を立てた統合意思の思考は段階を経て変質する。  疑念はいつしか渇望となり、渇望は無数の検証を経て希望を生み、その希望はすぐに絶望へと反転し――時を経て、更なる疑念を生み出してしまう。    スパイラル。  螺旋の名を冠するその存在が思考の空転に陥った事を、皮肉と呼ばずして何とするのか。  彼等の積み重ねによって生まれた、後にエリスモンと呼ばれる事になるデジモンと、どこにでもいるような平凡な少年の邂逅は、彼等の疑念を再び廻らせていく。  そうしていつか――思考の螺旋は憎悪に満ちた激昂の怪物を生み出した。  破壊に次ぐ破壊、それは現実の存在もデジタルの存在も、何もかも否定しようとする意思の表れ。  それは、人間達とデジモン達の努力だけでは、とても止めることの出来ないものだった。  ――ああそっか……ちゃんと、届いたんだね。  ――ボク……頑張ったよ……。  ――良かった、みんなの楽しいや嬉しいが壊れなくて……。  ――みんな、悲しい顔はしてほしくないな。だって――約束したから。    だから。  結果として――彼等という『全』の激昂は、他ならぬ彼等が産み落とした器の意思によって、デジモンでありながらスパイラルでもあるという特異なる『個』の回答によって、静められることになった。  螺旋に貫かれ、空虚の宇宙の中で空転した思考は漸くの出口へと向かう。  一人と一匹の、ひと時の別れという対価を経て。  ――絶対キミに会いに行く。  ――だから、さよなら。    一つの事件が終わり、人間とデジモン達はひと時の平和を手に入れた。  一方でスパイラルと呼ばれた存在は、ある種の『個』と呼べるものを獲得した。  かつて『全』と呼ばれた統合意思は、結果として手に入れた『感情』という名のデータによって、いくつかの『個』として崩れることになったのだ。  見方によっては、それは崩壊とでも言うべき事柄なのかもしれない。  しかしスパイラルは、その統合意思はそれが進化であると受け取った。  ようやく一歩先に進むことが出来たと、抜け出せない螺旋の外に出ることが出来たのだと、人間やデジモン達のように成れるかもしれない――そんな希望が芽生えたのだと。  さて。  ここまでが、当事者であるデジモンが、エリスモンが認知している事の顛末であり。  時を経て転生した彼は、再会したパートナーと共に海外旅行に行ったりなど、苦労してきた分だけエンジョイした後で新たなる事件に挑むことになるのだが。  それとは別に、当然ながらスパイラル"たち"は進化の道を歩んでいた。  自問自答――否、個として分れつつあるその者たちは、時間をかけて『相談』をしていたのだ。  これは、後の黒幕さえ与り知らぬ、検証の物語。  平和になってから、また平和じゃなくなるまでの暫しのぬくもりの中で。  螺旋の中で夢見た『個』が体験した、一つのお話。  ◆ ◆ ◆ ◆  虚構の宇宙。  人間やデジモンどころか動植物の一切が存在しない、オーロラに似た彩りのみが見える概念の世界。  そこでは三角形のポリゴンのような何か――スパイラルと呼ばれる存在が所々で集いきらめいており、星のように光りながら問いと解答を繰り返している。  ――ようやく進むことが出来る。  ――我々が、世界に認知されるための。  ――永い、とても永い時間だったが、ようやくだ。  ――あの偶然は、間違い無く希望だった。  ――学んだからには、二度と絶望に変えてはならない。  一つ一つの言葉は、散らばった星々から発せられていた。  全にして一、一にして全――個という概念を持たなかった存在が、感情というものを獲得することによって生じることになった変化。  全を崩しながら、別々の一として獲得した個の概念――その恩恵。  生き物であれば誰もが持つ概念を手に入れた彼等の中には既に善性や悪性、そして欲求が芽生えつつあり、故にこそ個として目覚める者の中にはそれぞれ異なる願い――いわゆる『目標』が生じつつあった。  世界に認知される存在になりたい、という原初の願いとは別に。  どんな存在になりたいか、何処に行ってみたいか、どんな人間やデジモンと会ってみたいのか、えとせとらえとせとら。  事の経緯がどうあれ、自らの未来と言えるものを求められるようになったのは、孤独であるが故に思考の螺旋に陥るしか無かった彼等にとって、紛れもない前進だった。  既に境界を越え、世界に個として旅立って行ったスパイラルは存在する。  当然、何もかもが順風満帆というわけではなく、過去のいざこざもあって現住のデジモンに倒され駆逐され、この虚構の宇宙に叩き返されてしまうスパイラルも等しく存在する。  ここにいるのは、主に『目標』を定められずに個としての自覚が無いままのスパイラルか、あるいは世界に生きる者の手で消し去られ送り返されたスパイラルばかり。  デジモンの姿や挙措を物真似出来ても、そのものになりきる事が出来ないことは、そう都合よく受け入れてはもらえないことぐらいは、彼等自身とっくの昔に理解していた。  しかし、だからこそ。  前提からして難題であることを誰よりも理解している彼等の思考に、諦観の二文字が生じることは無い。    ――優劣は未だにあるが、諦める理由にはならない。  ――現に、我々を受け入れた者がいるのだから。  ――他に誰一人として受け入れる者が、世界が無いとは限らない。  数多の失敗があった。  幾多の崩壊があった。  それ等が憎悪に転換しなくなってきた事こそ、あるいは彼等の進化の証とも呼べるのか。  そしてやがて、とある『個』が明確な意思を伴って、こんな思考を宇宙に伝播させた。  ――人間と触れ合ってみたい。  ――…………?  反応は疑念。  次いで困惑。  それまで何度も何度も人間の世界に干渉しておきながら今更ではあるが、彼等スパイラルはデジモンに関する情報は構造やデータの配列など、隅々まで調べつくしていた一方で――人間については知らないことが多いのだ。  知っていることと言えば、デジモンと比べて実体が脆弱であり戦闘能力と言えるものを有していない事と、デジモンの進化を促す何かしらの力を持っているという事ぐらい。  認知を求めた存在でありながら、しかしデジモンほど徹底的に調べようとしなかった事には理由がある。  一つ、人間はデジモンに進化を促すなどの影響を与えるが、スパイラルに影響を与えたことは一度も無い。  二つ、デジモンのガワを生み出した時と同じく、人間の真似事をしたところで人間になれるわけではなく――そもそも根本的に、デジモンの時のように精巧な器を作り出すことは出来なかった。  三つ、そうした前提を承知してまで、調べ続ける意味があると当時のスパイラル――その統合意志には考えられなかった。  単独で考えて、無意味だとしか考えられないことに、あるいは余分なことに対し。  試してみよう、と考える程度の意思さえ当時のスパイラルには存在しなかったのだ。  だが、今のスパイラルの中にはエリスモンを介して獲得した感情がある。  検証可能な可能性はいくらでも検証してみようと思う意欲と、なんかそれちょっと面白そうだなと感じる好奇心がある。  だから、こうした興味に目覚める『個』が出現することも決して不自然ではなく、統合意思もまたそうした個の意思を進化のカタチの一つであると受け止めていた。  ――語るまでも無いだろうが、一応は言葉にしてもらおう。どういう意味だ?  ――そのままの意味だ。我々の干渉はこれまで、主に人間とパートナーの関係にあるデジモン達の手で阻害されてきた。器であったエリスモンもまた、人間と触れ合い学習し、デジモンとして進化に至った。  ――それは既知の事実だ。そうした事実があるからこそ、エリスモンは感情というデータを我々に獲得させるに至った。疑問の余地があるのか?  ――我々はデジモンの事を知ろうとするばかりで、人間については知らない事が多すぎる。知っている通り、我々は通常のデジモンは当然、我々から生まれたエリスモンにも本当の意味でなる事は出来ないが、エリスモンと同じように人間に寄り添おうとしてみる事は出来るのではないか? あるいは、そこにこそ新たなる道は見い出せるのかもしれない。  ――そうか。  難しい事であることは承知の話であると、統合意思は理解していた。  分岐しつつある個であるとはいえ、元は全たる統合意思を構成する一に過ぎない。  その考えは、全てではないにしろ容易に予測がつく。  それに何より、これはスパイラルの可能性を模索する検証の話だ。  否定して何かが発展するわけでも無ければ、そもそも今の統合意思に個として分れようとする同類の道行きを塞ごうという思考は存在しない。  ――では行くといい。  ――ああ、行く。  なので、スパイラルの統合意思は一つの分岐を辿ろうとする『個』に向けて、必要最低限の言葉だけを述べる。  少しの間を置いて、虚構の宇宙からまた一つ輝きが消える。  別離の瞬間にしてはあまりにも淡白であっさりとしたものだったが、少なくとも彼等にとっては十分なものだった。  他に語ることがあるとすれば。  その『個』の意向に興味でも抱いたのか、一部――ごく少数のスパイラルが先駆者の後を追って行ったという事実のみ。    ◆ ◆ ◆ ◆ 「はぁ、はぁ……」  雨雲が天蓋を覆う午後六時過ぎ。  その日、都内の中学校に通うボサボサ頭の男子中学生――守野真問(かみやまとい)は、人込みの間を途切れ途切れに走り続けていた。  学生鞄を手に全力疾走する彼の手に傘は無く、当然ながらその全身は雨によってずぶずぶと濡れつつある。  鞄の中身にまで雨水が浸透するのも時間の問題、といったところだ。  コンビニにでも立ち寄ってビニール傘でも買えば濡れ具合は多少マシに出来るだろうが、息を荒くしながら走り続ける真問はコンビニやスーパーの入り口になど目を向けなかった。  何故なら彼の頭の中にある最優先事項は、寄り道などしていては到底間に合わない話だったのだから。  それは、 (――早く帰らないと今週の話リアタイ出来ないじゃねーか!!)  ただ単に、好きなアニメ番組をリアルタイムで視聴したい――というだけの話だった。  同種の興味や関心を持たない人間からすれば、録画や見逃し配信など他の視聴手段がある今のご時勢にわざわざリアルタイムに固執することは無いのでは? と、おかしな物を見るような目を向ける他に無いことだろう。  が、当人にとってはそれだけ重要なことなのだ。  だから雨の中で傘も持たずに走っているし、度々濡れた街道の上で滑り転んでしまいそうにもなっている。  ちなみに傘を持っていないのは、単に彼が天気予報の「30%」を甘く見ていたせい――つまるところ自業自得である。  この時間帯は人込みも激しく、間を縫うことさえ不可能と言える壁がいくつもある。  そのため、仕方なく歩きで行くしか無い時間もあり、彼にとってのタイムリミットはどんどんなくなっていく。  別に、タイムリミットを過ぎてしまったとしても死んでしまったりするわけではないのだが、事実として真問の思考に焦りの色が濃くなっていく。  信号機の青色が待遠しくなるし、人込みの多さに普段以上の困り顔になる。  そうしてやがて、彼は破れかぶれに解決策を導き出す。 (――近道っ!! それ以外に無し!!)  普段ならまず通ることを考えない道。  埃をかぶった、建物と建物の間にあるような裏路地を通路として使うことを、真問は選択した。  幸いにも自宅がある方角は解っている。  ルート選択を間違ったり運悪く行き止まりに遭遇したりしない限り、自宅であるマンションが視界に入る位置にまで時間内に辿り着くことは難しくないはずだと。  楽観的にそう考えて、特にリスクの側面などは考えずに真問はいつもの通学路を外れ、自宅がある方角に一直線になる角度から裏路地へと駆け出していく。  普段見慣れない風景。  何が棄てられているのかも知らないゴミ箱の列とくさいニオイ。  そうした都会の負の側面ばかりを詰め込んだような道を経由しながら走り続けて。  そして、 (――え、何処だここ?)    気付いた時、守野真問の視界には異なる風景が広がっていた。  都会の輪郭はそのままに、その表面がブルーシートでも貼り付けたように青色を宿しており、何より都会であれば当たり前に存在するはずの人込みがいつの間にか消え去っている。  見れば、建造物どころか空の色も夕焼けや夜の色とは異なるものに変化していた。  見慣れた形状の建造物がありながら、全く見知らぬ異世界にでも来たように感じられる。  真問には心当たりがあった。 (……もしかして、ネットで噂になってた神隠しってやつか……これ!?)  噂があった。  曰く、ある日突然にすぐ近くを歩いていたはずの人物が見えなくなる現象があるという。  見えなくなった人物は運良く何事もなく『現れて』戻ってくることもあれば、それっきり家にも戻れず行方不明者として救助隊などの捜索対象になっている場合もあるとか。  理由も原理も不明。  ただ唐突に人間が消えて、現れる時もあれば現れない時もある、という曖昧な噂があるのみ。  事実として語ってしまうと、それが原因で住民がパニックに陥る危険性があるからとも語られるが、何にせよ真実は霧の中である。  現在の真問に眠気があるわけでも無ければ、幻覚を見てしまうような原因を作った覚えも無い。  目の前にある風景は自分が立っている現実そのものである、という事実を認めるしかなくて。  ついつい守野真問は叫んでしまっていた。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!? これ絶対リアタイ出来なくなったじゃねーか!! ああもう神隠しだかナニ隠しだか知らねーけどこんな非常事態に余計に厄介事持ってくるんじゃねぇよカミサマ馬鹿っ!!」  まぁ。  いきなりファンタジーな状況に置かれた事に対する現代人の反応など、所詮はこんなモノなのかもしれない。  さっさとアニメをリアルタイムで見て後々の時間に没頭したいオタクからすれば、神隠しに対する感想などド迷惑の一言以外に存在しないわけである。  見知らぬ場所に来てしまったのなら、迂闊に動き回らないほうがいい――なんて思考は今の彼の脳内には存在しない。  むしろ、本当に異世界に来てしまったのならさっさと脱出するためのルートを見つけ出すため動いたほうが良いと考えており、実際彼は人のいない街路に一歩を踏み出していて。  直後のことだった。  何もかもが唐突でありながら、更なる突然が彼の眼前に訪れる。  ピロリロリン、と。  まるでゲームで聞くSEのような不思議な音と共に。 「――ちょっ!? 何だこいつ!?」  ――…………?  それは、数え切れない微小なる欠片が結集したモノだった。  宿す色彩は赤色のみ、皮膚も骨格もバーチャルなポリゴンによって構成された、四肢を有する小柄なドラゴン――のような生き物。  いや、あるいは生き物という呼び方も不適切かもしれない――生き物と言うには、あまりにも人工物染みた外見をしていたのだから。  しかし、現に真問はその人工物染みた体表の赤いドラゴンから視線(?)を感じていた。  じーっと、吠えたりすることなく静かに見つめるその様子は、まさしく犬や猫のそれだった。   (……えぇと……?) 「――――」  ――…………。  困惑、対して沈黙。  どちらかが特に悪いことをしているわけでもないのに、妙に気まずい空気が流れてしまう。  真問としては、さっさと自宅に戻りたいのだが、かと言って目の前の明らかにアヤシイ生き物を無視するのは何かが違うというか、正しい判断だとは思えなかった。  ただでさえワケのわからない状況に合わせて現れた、ワケのわからない生き物。  そんな生き物と十秒ほど沈黙しあって、守野真問は、 (ええい。これはアレだ。ネコと和解せよってヤツだ多分!!) 「――こん、ばんわ?」  ヤケクソ気味に、挨拶をした。  そもそもドラゴンに人間の言葉が通じるのか、通じたとしてマトモな返事は返ってくるのか。  そんな疑問を、言葉を発してから思い出した真問の脳裏に、 『――こん、ばんわ』 「!?」  耳鳴りにも似た、音が奔った。  ドラゴンの口が開いたわけでもないのに、言葉の羅列だけが確かに真問の頭脳に刻まれていた。  真問は困惑しながらも、今何よりも聞くべきだと感じたことを素直に聞いた。 「……お前は、ここが何処なのか知ってるのか?」 『――知らない――』  言葉の羅列が脳裏を奔る。  こんばんわ、知らない、と続けて応答があった事実に、真問は目の前の赤いポリゴンのドラゴンが知性を有する存在であることを確信する。  その存在は、続けざまにこう述べた。 『――人間の世界と、デジモンの世界。その境界線にある、空間であるという事以外は』  ◆ ◆ ◆ ◆  実のところ。  その赤いドラゴン――ドラコモンと呼ばれる種族のデジモンの体を参照した仮初めの体を操る、統合意思から分離した個の一つたるスパイラルは、困惑していた。  境界を越えて『出現』した場所が、現実世界とデジタルワールドの間で構築される、いわゆるデジタルポイントであった事については特に驚いてはいない。  元々、スパイラルは世界の嫌われ者。  特に現実世界においては、データの存在でありながら実体として出現出来るデジモン達とは異なり、存在してはならない不純物として扱われている存在なのだ。  デジタルワールドならともかく、現実の世界に現れようとすると時空が歪み、現れたスパイラルを中心にデジタルポイントと言う名の特異点を出現させてしまう。  なので、投げ掛けられた言葉から考えても、目の前の人間はデジタルポイントの出現に巻き込まれてこの境界線に存在している、スパイラルの事を何も知らない類の者だと思うのだが、    ――……慌てていたり、逃げようとしたり、攻撃しようとする様子は無い。どのような姿をしていても、我々のことを見た人間の反応はそのぐらいだったものだが……自分から対話を試みようとするとは。  やけに状況に適応しているというか。  明らかに生き物の体を成していないスパイラルという存在を視認していながら、明確に意思ある者として認識した上で言葉を投げ掛けてきている。  人間という存在の脆弱性については、スパイラルも知覚している。  その気になれば、暴力でもって目の前の人間の生命活動を終わらせることは難しくないとも。  そうした危険性を理解していないのか、それとも理解した上で判断をしているのか。  いずれにしても、スパイラルの感想は一つだった。  ――変わった人間だ。  そうした思考などいざ知らず、ボサボサ頭の男は赤いスパイラルに向けてこんな事を言ってくる。 「なぁ、その……デジモンって何だ? 聞いた事無いけど」 『デジタルなモンスターの事だ』 「いや答えになってないから」 『間違ったことは述べていないはずだが』 「間違ってなければ答えになるわけじゃないんだよ」 『……これ以外の解答は思考にないのだが』 「解ったよ。とりあえずモンスターって事だけは覚えてくよ」 『そうか……』  人間からの質問に応対を行っている内に、赤いスパイラルは思う。  考えてみれば、こうして人間と言葉を交えるのはスパイラル全体で見てもこれが初めてなのではないかと。  まだスパイラルが一つの存在でしかなかった頃は、そもそも対話という行為をさして必要なこととして考えた事が無かった。  自らの存在が空虚であると自覚して、人間やデジモン達に自らの存在を認知してほしいと思いだして、そのために取った行動はただただ一方的な検証のみ。  相手の都合や感情のことなど、微塵も考えたことは無かったし。  対話どころか、そもそも言葉というもの自体、少なくとも人間に対して扱ったことは一度たりとも無かった。    単なる意思の疎通。  必要な、あるいは求められた情報を伝え合うだけの行為。  己に利があるわけではないにも関わらず、何か満たされるような感覚がある。  人間と触れ合ってみたい、その思いでこうして個として出現していながら、赤いスパイラルは人間と交流に戸惑いを覚えてしまう。 「ここから出る事って出来るのか?」 『知る限りでは、我々のような存在がいない場所に向かって行けば抜け出せるはずだ。この空間は、我々の存在を中心に生じているものだからな』 「……我々って、そう言うってことはお前には仲間がいるのか? お前みたいなのが、他にもいるって?」 『……此処にはこの一体のみだ。あまり長くいないほうがいい。人間は、デジモンより頑丈ではないだろう。追うつもりは無いから、早く行くことだ』 「……心配してくれてるのか?」 『事実を述べているだけだ』     初対面、しかも未知なる存在。  それから逃避するでもなく、それを攻撃するでもなく、その存在を認めた上で真っ向から言葉を交わす事。  今までに無い反応だった。  いや、今までに無くて当然の反応だった。  人間やデジモンに認知される存在になる、ただそれだけのために取ってきた行動は、その真逆とも言える選択肢でしかなくて。  単一で完結した存在であったスパイラルにとって、それは根本的に不要なもので。  だからこそ、それが何よりも求めていた、認知の証明であったという事実にすら、気付くことは出来なくて。  結果として、暴力に訴える選択しかしてこなかったのだから。  そんなスパイラルにとって、見ず知らずの人間から一切の拒絶もされず、認知を認めた上で言葉を交わすという行為は、未知の刺激以外の何物でもなかったのだ。 「そっか。でもありがとうな、いろいろ教えてくれて」 『…………』  赤いスパイラルは、自らが感じたものに混乱する。  エリスモンから受け取った感情と言う名のデータは、それを『嬉しい』と判断しながら、同時に別の言葉を浮かべさせてもいた。  聞きたい事を聞き終えたからだろう、人間は赤いスパイラルに感謝の言葉を残すと共に、その場から立ち去ろうとした。  赤いスパイラルは、思わずその背中を目で追おうとして、   「あん? オイオイ何だ、変な組み合わせだな」    直後に、遅れてその存在に気がついた。  人間のそれとは異なる声にすぐさま振り向くと、そこには第三者の姿があった。  人間の方もそれに気がつくと、一瞬ポカンとした表情になった後で言葉を発していた。 「……あのかっけーの、もしかしてお前の仲間?」 『違う』  そこにあったのは、信号機ほどの高さはあろう黒き巨体。  長い尻尾に牙を供えた大顎、頭頂部から尾の先までに生えた緑色のたてがみ。  種族名をダークティラノモンと呼ぶ――デジモンが現れていたのだ。  当然ながら、スパイラルの中にエリスモン以外のデジモンと交友関係にある個体は存在しない。  であるからには敵――などと断言するつもりも無いが、なんとなくあのダークティラノモンはエリスモンのように対話に応じてくれるようなデジモンには見えない。  そして、推測は悪い方向でのみ的中していた。 「――まぁいい。何であれ人間がいるんなら……よォ!!」 『逃げろ!! 危険だ!!』 「えっ」  思わず警告の言葉を送りながら、突進してくるダークティラノモンを前に赤いスパイラルはその身にデータの粒子を集わせ、姿を変える。  ――構造参照:スカルグレイモン。 「あン?」  変化はほぼ一瞬だった。  それまで小柄なドラゴンの形をなしていた赤いスパイラルの姿は一変、ダークティラノモンとそう大差無い大きさの――赤いポリゴンによって構築された、脊椎部分にミサイルのような造形の肉塊を備えた骨の竜へと変貌する。  完全体アンデッド型デジモン――スカルグレイモン。  かつてスパイラルが行った『検証』の中で、とあるデジモンが結果として至った種族。  スパイラルが一つだった頃、他を拒絶するために主戦力としていたカタチの一つ。  その姿を目の当たりにしたダークティラノモンは、 「へぇ」  微塵も恐怖を感じた様子もなく、 「面白い事出来るんだな、オマエ」  ただ素直な感想を述べた後、 「まぁ、結局邪魔ってコトに変わりはねぇんだけどなァ!!」  ――……!!  躊躇なく襲いかかってきた。  これが本来の、実体を持つデジモン同士の対決であれば、完全体のスカルグレイモンが成熟期のダークティラノモンを圧倒してハイおしまい――という話で終わることだろう。  進化段階の差というのは、デジモンにとってそれほど大きなものなのだ。  だが、このスカルグレイモンはスパイラルがスカルグレイモンという種族の構造を模造したものに過ぎない。  物真似の産物、見かけだけのまがい物。  そんなモノが本物と同等の能力を有することなどあるわけも無く、スカルグレイモンの形を成したスパイラルに向けてダークティラノモンがその肥大化した左腕を胴体目掛けて振るうと、体格差に反してスパイラルの体躯が後ろに押されてしまう。  返す刀でスパイラルもまた鋭利さを備えた両腕を振るい、続けざまに肉薄せんとするダークティラノモンに抵抗するが、 「はっはァ!! 見た目のわりに弱えなオマエ!!」  ――…………!! 「どういうツクリなのかは知らねえが……戦い方ってのをまるで解ってないらしいッ!!」  ダークティラノモンは、スカルグレイモンの姿をしたスパイラルよりもずっと戦闘に長けていた。  数撃、スカルグレイモンの姿のスパイラルの腕による抵抗を受けて傷こそ負いながらも、その長い骨だけの腕を避けるための適切な間合いをすぐに見切り、笑みを浮かべながら連続で攻撃を仕掛けてくる。  バキリ、と。  そもそもが微小なデータの集まりによって構築された体、戦闘によって生じる損耗に長く持ちこたえられるわけではなかったのか、スカルグレイモンと同形の右腕――その間接部がひび割れ、直後に折れて落ちてしまう。  本来のスカルグレイモンのそれと同等の強度を有していないから、というのが根本的な理由ではあるのだろうが、その事実を理解した上で同時にこうも思考していた。 (――このデジモン、通常のデジモンとは何かが違う……?)  纏う雰囲気、あるいはもっと別の何か。  何にせよ、赤いスパイラルは目の前のダークティラノモンが今までスパイラルが交戦してきたデジモンとは異なる要素を有していると感じていた。  検証のために何度も何度も戦いを続けてきた以上、成熟期のデジモンが生命体としてどの程度の強度を有しているのかどうかは、蓄積させてきた情報により知覚していた。  スカルグレイモンという種族を参照した形を取ったのも、それが本物ほどの強度に至ることは無いにしろ、成熟期のデジモン相手なら確実に抵抗出来得るものであると認知していたからに過ぎない。  だが、このダークティラノモンにその前提は通用していない。  明らかに、このデジモンは強く――何より奇妙だ。  エリスモンとは異なる意味で、イレギュラーな前提を感じる。 (――難しい)  接近戦では脊椎のミサイルを発射しても安全に命中させられる保障は無く、むしろ自分自身ごと巻き添えにしてしまう可能性のほうが高い。  であれば肉弾戦で打ち克つ他に無いが、それによる損耗は明らかにスパイラルの方が大きく、ダークティラノモンの方は小さい。  単独では勝ち目が無い、とスパイラルは判断するしか無かった。  しかし、一つの統合意思として在るスパイラルとは異なり、このスパイラルは既に個として分離した存在――同じスパイラルの援軍を生み出すことは、まず出来ない。  あるいは究極体のデジモンを参照した姿にでも変化すれば、まだ対抗出来るかもしれないが――戦闘の最中にそんな行為を挟む余地など、姿を形作るためのカケラを集める時間など無い。  そして実際、その予測は間違っていなかった。 「グルアアァ!! ファイアーブラスト!!」  ――!!  ほぼゼロ距離の肉弾戦の最中、突如後方にダークティラノモンは一呼吸の間に口の中に溜め込んでいた炎をスパイラルの顔面目掛けて吐きかけてきた。  その威力は凄まじく、放射状に解き放たれた炎はスカルグレイモンの姿をしているスパイラルの体躯を丸ごと飲み込み、炎上させてしまう。  スパイラルの仮初めの体を構築する欠片が、少しずつどこかに向かって消えていく。  燃えて燃えて、灰のように舞い上がって――そうして、呆気なく消え去ったスカルグレイモンの体の代わりに残されたのは、色とりどりの三角形の欠片と、それが周囲に集っている色の無い靄のような何か。  スパイラルという存在の、いわゆる初期状態にあたるものだった。   「――ったく、邪魔しやがるせいで人間を逃がしちまったじゃねぇか」  ――…………。 「一言も喋れねぇ、ワケ解んねぇやつがよ……食事の邪魔なんかするんじゃねぇよ」  どうでもいいモノを見たような口ぶりで、ダークティラノモンはそう言った。  当然、彼の中に自分の邪魔をしたスパイラルに対する温情など微塵も無いらしく、気だるげに近寄るとその右脚を上げる。  実体さえ不確かな状態にあるスパイラルを、踏み潰して消し去ろうとしているのだ。   (終わり、か)  自分の存在がこの世界から消し去られそうになっている――そう理解しているにも関わらず、スパイラルはそのことに対して特に悲観はしなかった。  元々、こんなことはずっと前から続いていた。  器となる存在を生み出しては、その度にその存在を否定せんとする者たちの手で消し去られる。  その繰り返しは、統合意思が数える事をやめる程度には積み重なっている。  異なるものがあるとすれば、このスパイラルは個として分かたれたものであり、消滅した後に虚構の宇宙にある統合意思の下に還元される可能性は低いという点ぐらいだが、赤いスパイラルは自身の消滅について特に感慨は持たなかった。  自分が消えたところで、スパイラルという存在がなくなるわけではない。  自分という個体が消失したところで、誰かが困るわけでもない。  認知される存在に進化するための道筋が、どこからも消え去るというわけではない。  気懸かりがあるとすれば、自分という個の存在を認知した、ただ一人の人間の安否ぐらい。 (無事にこの領域を脱したのだろうか)  彼は人間だ。  自分達スパイラルとは異なり、現実に認知されている存在であり。  代えが利く存在でもない。  であれば、自分よりもあの人間の方が無事であるべきだ。  不思議と、そんな風に思った。  今の今まで――スパイラル以外のものを優先順位に上げることなど無かったのに。    疑問はある。  残念だと思う気持ちもある。  でも、その全てはいつも通り虚構に還る。    初期状態にまで戻らされては抵抗は無駄であると察し、赤の色彩さえ失ったスパイラルは最後に人間と交えた言葉を思い返して、  そして。 「……ん?」    ――…………?  直後のことだった。  スパイラルもダークティラノモンも、理解が追いつかない様子でそれを見た。 「――なんだ、戻ってきたのか?」 「はぁ……はぁ……っ!!」 『――なぜ……』  人間の少年がいた。  スパイラルとダークティラノモンの戦いを前に、逃げる以外の生存方法を持たないはずの生き物が。  初期状態のスパイラルを、実体の有無さえ不確かなそれが踏み潰されるのを我慢出来ないといった様子で、間一髪のところで両腕で抱き抱え救い出していた。  スパイラルを助けた彼の足取りは、即座にダークティラノモンから逃れるように動いていた。  だが、人間の足で巨駆を有する恐竜から逃れられるわけが無い。  当然、元々人間が標的であるらしいダークティラノモンは、どしりどしりと数歩前進して、 「逃がしてやるわけがねぇだろ」 「っ!!」  骨を砕く音があった。  ダークティラノモンが、初期状態のスパイラルを抱えた少年に追いつき、即座に右脚で彼の体を背中から踏み潰したのだ。  手で掴み取るよりも足で縫い止めるほうが楽だとでも感じたのか、何にせよ巨駆の体重に縫い止められ、体の骨をいくつか折られてしまった少年は、その身動きを完全に封じられてしまった。  死んでないだけまだマシといった状態の少年に向けて、スパイラルはその腕の中に護られた位置のまま、少年に言葉を伝播させる。 『――なぜ、戻ってきた。こんなことをする理由なんて無いはずだ』 「……い、から……」 『……?』 「……たすけて、もら……ったのに、みすて、るとか……ダサい、から……」 『…………』  ダサい、という言葉の意味はスパイラルに通じるものではなかったが。  その言葉が、自らに適用されてしまうことが、少年にとって耐え難いものである事だけは、スパイラルにも理解が出来て。  そして、何よりも。  自分を助けてくれたから、見捨てたくないと少年は訴えていた。  彼の口元から、少なくない量の赤色が漏れる。    ――……何だ、この感情は。  己が消える事に関しては、まだ受け入れることが出来ていた。  だけど、この人間が終わってしまう事は。  自分というものを認知してくれた、この存在が消えてなくなることは。  その事実からは、別の感想が浮かんだ。  ――いやだ。  今までが嘘だったかのように、急激に湧き上がるものがあった。  否定の気持ちがあった。  唯一無二のものを失いたくない、そんな思いが膨れ上がっていく。  ――いやだ、こんなことは、絶対に……!!  初期状態のスパイラルに、戦う力は無い。  戦う力を持たない以上、この少年をダークティラノモンから救いぬく事は出来ないし。  そもそも、このままいけば少年の命は誰が手を出さずとも終わる。  実体や五感の概念さえ希薄な状態でも、少年から伝わる熱が、気配が――薄まっていくのを感じるのだ。  出来ることは何だ。  何をどうすればこの人間を助けられる。  スパイラルの援軍は来ない。  感情を伝えてくれた、エリスモンはこの世界にはいない。  この場には、ダークティラノモン以外に己しか少年を認知している存在はいない。  命を繋げて、目の前の脅威に対処する。  そのための方法を、考えに考えて。  そして、その個は他のどのスパイラルも為した事の無い、ただ一つの解を得た。  ――これしかない。  過去にスパイラルは、デジモンに進化を促したことがある。  ティラノモンと呼ばれる種族の個体を、卵のような外殻で包み込んで、その内部でスパイラルのデータを注ぎ込んだ。  結果としてそのティラノモンはスカルグレイモンへと強制的に進化させられ、とある少年少女達とそのパートナーデジモン達を望まぬ戦いへと放り込んでしまったわけだが、今重要なのはそこではない。  重要なのは、スパイラルのデータがデジモンを進化させたという事実。  デジタルポイントにおいては、人間もまたデジモンと同じ、データによって構成された存在だ。  経緯がどうあれ、同じ境界線に在る以上、スパイラルが人間を構成するデータに干渉を行うことが出来る余地が存在するのかもしれない。  つまり、スパイラルが得たただ一つの方法とは、  ――この人間と、融合する。    かもしれない、と語尾につく程度には、不確かな方法だった。  何せ、デジモンに対して行ったことはある一方で、人間の体で行ったことは一度たりとも無い『検証』の話だ。  スパイラルのデータを獲得して、人間の体が無事に済むなどという保障はどこにも無い。  仮に無事に済んだとして、何の変化も促すことが出来なければ、どうにもならない。  それでも、このまま何もせずに少年が終わるのを見過ごす選択肢など、無かった。    この人間に今足りないのは、戦うための力だ。  生きるためのエネルギーもそうだが、根本的に戦闘種族であるデジモンに対抗するには力不足過ぎる。  だから、進化させる。  この人間がデジモンに立ち向かえるように、そう出来るような力を得られるように。  スパイラルは、己自身を再定義し、その存在全てを少年に注ぎ込む。  スパイラルの初期状態、その仄かな輝きが少年の腕の中から、胸の奥に向かって沈み込む。  心臓や脳、その他諸々の臓器に、それ等を伝う神経と電気信号。  スパイラルのデータは少年の体を構成する全てに余さず拡散し、少年の存在を内側から変質させていく。  溶けて曖昧になりつつある意識の中、スパイラルは静かにこんな言葉を残していた。  ようやく、自覚した願いを。  ――もっと、話をしたいんだ。   (……静かになったな。頃合いか)  しばらく人間の少年の体を踏みつけていたダークティラノモンは、少年の体から何の反応も返ってこないことを確認すると、右脚をどけた。  そこにあるのは当然、全身の骨が折れて身動き一つ取れなくなった、哀れな人間だけ。  彼が庇おうとしたモノのことなど、既に思考には入っていない。  そもそもダークティラノモンからすれば、あんなモノは標的ですら無かったのだから。  彼の標的は人間、厳密にはその肉体だけ。   「さて、美味しくいただかせてもらうかね」  踏みつけていた足の代わりに、今度は肥大化した右腕を押し付ける。  そのまま、長い爪を供えた指で少年の体を掴み取る。  呻き声はあったが、抵抗は無い。  ダークティラノモンにとっては、どうでもよかった。  彼は掴み取った人間の体を、自らの口の中に放り込もうとして。   直後に、その変化を目撃した。  ◆ ◆ ◆ ◆  守野真問は真っ暗な世界の中にいた。  体の感覚も無く、幽霊にでもなったかのような錯覚を覚えながら、その意識を取り戻す。 (……俺は……) 『意識が戻ったか』 「っ?」  自分以外の誰かの声に気付き、無い顔を上げてみれば、そこには仄かな光があった。  自分がどうしても見捨てようと思えなくて、難しいと解っていてもなお、つい助け返してあげたかった誰か。  その誰かは、真問と"真正面から向き合って"こう言った。 『今すぐ起きてほしいが、起きただけでどうにか出来る状況でもない。だから、存在し続けるために必要なことだけを伝えようと思う』 「……助けてくれるのか? また? なんで?」 『もっと話がしたいと思っただけだ。そんなことより、お前は存在し続けたくはないのか?』 「……そりゃあ、死にたくはないけどさ。俺は仮面のヒーローでも何でもないただの人間だぞ? あんな恐竜相手じゃあ……」 『だから、そのための方法を与えると言っているんだ。お前はただ、望んでくれるだけでいい』 「望むって、具体的には何を?」 『あのデジモンよりも強い、自分自身のカタチをだ』  目の前の、名前も知らない存在は真問に強く訴えかけていた。  あの脅威に立ち向かって生き延びたいのなら、それが出来得る自分の姿をイメージをしろと。  何もかもが意味不明な状況。  そんな中で信じられるものは数少なく、理不尽の前に常識は何の役にも立ってはくれない。  頼れるものは、正体も何も知らない誰かだけ。 「……俺自身の、カタチ……」 『どんな形でもいい。自分がなりたいと感じるものを、そのまま強く意識すれば、思うままのカタチに成ることが出来るはずだ。今のお前なら、きっと』 「……何もかもわかんねぇけど、そうするしか無いみたいだな……」  だからこそ、だろうか。  真問は素直に相手の言葉を信じ、その通りに行動することを選択した。 「何をしてくれてるのかわかんないけど、ありがとうな」 『その言葉は、まだ早いだろう』 「そこはどういたしましてって素直に言うとこだぞ」 『覚えてはおく』  問答が終わると、真問の意識は痛く辛い現実に引き戻される。  全身の激痛を認知し、自分が黒い恐竜に体を掴まれている事実を認知する。  あまりの痛みに意識が再び朦朧としながら、真問はまぶたを閉じたまま、夢の中で告げられた言葉を信じて望む。 (……イメージ、イメージ……)  コイツに勝てる自分自身を。  自分自身が、コイツに勝てる何かに成れるよう強く、意識する。  勝利の光景を。  カッコいい生き物の造形を。  それが自分自身であるという現実を。  強い意識と共に、体の内側で何かが渦巻いたような錯覚があった。  車酔いにも似た気持ち悪さの後に、自分の体の感覚が希薄になり、手も足も頭も何もかもが、ミキサーにでもかけられて一つの螺旋になったかのような、回転する感覚だけが残る。  そして、回転が収まった時――彼の思考回路が、自らの変わった姿を認知する。  人間のそれから二回り大きくなった体を彩る色は赤と白。  両手の指は五本でありながら、両脚の指は三本。   頭部と鼻先にはそれぞれ二本と一本の角が生えていて、口元は犬のように前方に突き出て裂けており。  お尻のあった部位からは長く伸びた尻尾の感覚がある。  人間の姿から遠く変じたその姿こそは、デジタルワールドにおいて幻の古代種とされる者の姿。  漲る力と共に、変化した自分自身を自覚した守野真問は眼を開き、眼前の黒い恐竜に対して抵抗する。 「――なっ!?」 「――おらぁっ!!」    黒い恐竜からすれば、驚きの一言だっただろう。  自らの手で掴み取っていたはずの人間の体が、突然デジモンのそれと相違無い、それでいてスパイラルとは異なり実体持つ姿に作り変わったのだから。  そして、その驚きは赤の古代竜にとって隙以外の何でもなかった。  五指でもって形作った右拳の一撃が黒い恐竜の顔面に直撃し、体躯に見合わぬ威力でもって黒い恐竜の体躯を打ち飛ばす。  その威力は、黒い恐竜の体を後方へ二転三転させるほどだった。  どうにか体勢を戻した黒い恐竜を遠目に、赤い古代竜もまた地面に両脚を着けて着地をする。  人間から竜へと変じた彼の内側では、今更のように素直な驚きがあった。 (うおっ、本当にドラゴンになってる!! でもち■こは無くなってるってかそもそもマッパ!?) 『そういう姿を参照したんじゃないのか』 (いやまぁ、だって強くてカッコいいって言ったらドラゴンだろ~。男のロマンだぜ?) 『うんまぁお前がそう思うのならそれでいいと思う』 (思ったより辛辣だねお前???) 『?』  無論、黒い恐竜からすれば彼の驚きなど知ったことでは無い。  体勢を立て直した黒い恐竜は、獰猛な笑みを浮かべると赤の古代竜に向けて突っ込み、肥大化した右腕を振り下ろして来る。  対する赤い古代竜は、それを回避しようとはしなかった。  振り下ろされる右腕に対し、真っ向から右のアッパーカットを打ち込んでいく。  体躯の差から考えても、その打ち合いはダークティラノモンの方が力で上回るはずだった。  だが、 「ぐおっ!?」 「負け!! ねぇっ!!」  結果は歴然だった。  赤の古代竜のアッパーカットは黒い恐竜の右腕を弾き上げ、力の差を覆していた。  力負けし、強制的に右腕を上に打ち上げられた事で黒い恐竜の重心が崩れ、古代竜の眼前にはガラ空きの胴部。  見過ごす理由などありはしなかった。  赤の古代竜は即座に突っ込み、黒の恐竜の胴部目掛けて左の拳をねじ込んでいく。  全体重を乗せた拳の威力は空中に浮いた状態で放っていた初撃の比ではなく、黒い恐竜の体を更に強く押し飛ばしていく。  ダメージも尋常ではないらしく、黒い恐竜は血反吐を吐き捨てながら疑問を口にしていた。   「グ……ッ!! 何だ、この力……お前本当にさっきの人間か……!?」 「ああそうだよ、なんかよくわからん内にこうなってるけど、人間だった事実は何も変わらない」 「……ったく、よくわかんねぇのはこっちの方だっての。人間がデジモンに変わるなんて、聞いたことがねぇ……」  力関係が逆転した事実も含めて、黒い恐竜の中ではいくつもの疑問が生じている様子だった。  疑問だらけなのは俺だって同じだ、と内心で呟きながらも、赤の古代竜は黒い恐竜に向けて言葉を投げ掛ける。 「なぁ。どうしても見逃してはくれないのか?」 「そりゃ見逃したくないからな。俺達デジモンにとって、人間ってのは必要な糧なんだからよ。俺以外にも狙っている奴がいて、早いモン勝ちである以上は尚更な」 『……糧? 人間が、デジモンの……?』    その解答には、赤の古代竜の内側に宿るモノも疑問を抱いたらしい。  だが、知らないことが多すぎる今の守野真問にその疑問に対する解答は出せないし、どんな理由があれど黒い恐竜の言葉を受け入れるつもりは無い。 「……よくわかんねぇけどよ。要するに見逃して帰る気は無いんだな?」 「おう。こんな好機に誰かのために妥協してやる理由なんざ、何処にもねぇんだから……なァッ!!」  身構え、次の黒い恐竜の動きを様子見をしていると、黒い恐竜の口部から炎がこぼれ出す。  明らかな必殺の姿勢、当然直後に予想通りの猛威が解き放たれる。 「ファイアーブラストッ!!」  黒い恐竜の口から膨大な量の業火が解き放たれた。  それは、スカルグレイモンの姿をしたスパイラルを容易く焼却したもの。  しかし、避けられない規模の攻撃を前に、 (今の俺が本当にドラゴンなら……やれるッ!!)  赤の古代竜は大きく息を吸って――腹の中に溜め込まれたものを一気に解き放った。 「――必殺のォッ、ファイアーブレェェエエエスッ!!!!!」  言霊と共に古代竜の口から放たれた紅い炎はVの字を成した矢と化し、恐竜の業火と衝突する。  膨大な量の熱が周囲に拡散し、街路の上に大量の火の粉が撒き散らされていく。  灼熱の炎は互いに互いを喰らいあうが、数秒でその拮抗は崩れた。  赤の古代竜が放ったVの字の矢が、恐竜の炎を貫いたのだ。  そのまま矢は黒い恐竜の胴部に命中し、その体躯を持ち上げ、遠くにあった高層ビルの三階にまで突っ込ませ――そして爆発する。  そうして、赤の古代竜の方からは黒い恐竜の姿は見えなくなった。  十数秒、矢が爆発した場所を遠目に眺めてみたが、黒い恐竜がその姿を現すことは無かった。   「……勝ったん、だよな?」 『そのはずだ』 「そっか。……ははっ、色々と夢みたいだ。ぴーす」 『ぴーす?』  脅威がなくなり、赤の古代竜――守野真問はようやくの安堵を得る。  勝利の証とでも言わんばかりに右の五指でVの字を作ると、疲れきった様子でその場に大の字になって倒れこみ、その状態のまま自らの内側に問いかけた。 「……さぁーて、これからどうするかね。今更だけど、人間に戻ることって出来るのか?」 『その姿になった時と同じようにすれば、出来るはずだ。自分の元々のカタチぐらい、記憶しているはずなのだから』 「そっか。それなら……ちょっと休むか」 『いや、待て。まずデジタルポイントから脱出するために……』 「無理ー。流石にこんなクッソだるいままでどっか行くとか無理ー」 『……わかった……』  真問の言葉に渋々といった口ぶりで応対する、彼の内側に宿りしスパイラル。  先ほどのダークティラノモンが言ったように、人間のことを狙っているデジモンが他にもいるのであれば、どうにか急いでデジタルポイントから脱出出来るようにしたいところだが、そもそも当人が疲れて動けないのであればどうしようも無かった。  瀕死の状態から初めての変化を行った件に加え、異様な強さを有していたデジモンとの戦闘。  生き物である以上は疲れなど重なって当たり前で、だからこそ内に宿りし者は仕方なく了承することにしていた。  それが、いわゆる気遣いと呼ばれるものである事を知るのは、また後の話。     そして。  少し経って、真問はふと思い出したような口ぶりで内なる者に問いを出した。 「そういえばさ」 『何だ』 「お前って名前はあんの? よくよく考えてみると、聞いて無かったからさ」 『人間やデジモンからはスパイラルと呼ばれているが、個体を識別するための名前は無い。それが?』 「そうか。名前は無いのか……じゃあさ、俺がつけてもいい?」 『お前……人間が? 俺に、名前を……?』 「駄目か?」 『駄目じゃない、が……何故?』 「だって、よくわかんねぇけどこれから付き合い長くなりそうだし。呼び名ぐらいはあった方がやり取りしやすいだろ。こうしていつでも話が出来るっつってもさ」 『そういうものなのか』 「そういうものなの」  他ならぬ、名前を持つ生き物に言われてしまっては、名前を持たない存在は納得するしか無かった。  理解はまだ出来ないし、必要性も不確かではあるが、不思議と悪いことだと思う事はなく。  スパイラルは、赤の古代竜の口から、自らの認知を示す名を受け取った。 「今日からお前の名前はレドだ。赤でレッドだからレド」 『……………………レド、か………………………』 「ダサいと思うなら素直にそう言ってくれよ。何だよその沈黙。レッドが良かったのか」  互いに、これからの事なんてわからない。  未知の世界に未知の邂逅、突然の神隠しに人間を糧とするデジモンの存在。  パートナーデジモンという概念が存在しないこの世界で、偶然の邂逅によって交わった二名。  望みのままに変わる力を手にした人間・守野真問とスパイラル・レド。  その物語はまだ、始まりのページをめくりだしたばかりだった。 「――って、あーっ!! 結局リアタイ出来ないじゃんどう考えてもこれ!!」 『忙しい人間だな本当に』
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ユキサーン
2023年4月06日
In デジモン創作サロン
前の話へ もくじへ 「そのホークモンを『ユニオン』がある都へと護衛……か」 「それを依頼したいのでござる」 「受領はするが、本当に何があったんだ? 君達の技術であれば、わざわざ俺達『ギルド』に依頼などするまでもなく、自力で保護も護衛も完遂出来ると俺は見ているわけだが」 「そう評価していただけるのは光栄でござるが、残念ながら今は頭領も上忍も別の問題の対応に追われている状況。一人を安全に護衛する、それだけの事にさえ人員を割くのが難しい状態なのでござる」 「君達の里に何かあったのか? まさか……」 「ご安心を。良からぬ事があったのは事実でござるが、リュオン殿が危惧するような事にはなっていないはずでござるよ」 「それもそうか。つまり、そこのホークモンは君達がその身を挺してでも護らなければならないと、そう判断するほどの『何か』を有するデジモンというわけだな」 「察しが良くて助かるのでござる」  明らかな訳知り顔のリュオンと来訪者のレナモンの会話に、ユウキもベアモンもエレキモンも、そしてレッサーも言葉を滑り込ませる余地は無かった。  というか、会話の内容にしろ何にしろ、いろいろとノンストップ過ぎてどこから疑問を投げつけるべきか思考が追いついていなかった。  ともあれ、どうやら銀毛のレナモンことハヅキの依頼を受領する事にしたらしい、リーダーであるレオモンことリュオンに向けてまず最初にユウキが疑問を投げ掛けた。 「……えぇと、その……『ユニオン』ってなんですか?」 「? あぁ、そういえば君はあまり世間の事を知らない身だと長老が言っていたな」 「ユウキ、メモリアルステラの事も知らなかったもんね。まぁかく言う僕も『ユニオン』の事は知らないんだけどさ」 「どっちもどっちじゃねぇか」 (俺も知らないんだけど馬鹿と思われたくねぇし黙っとこ)  どうやらユウキだけではなくベアモン(と沈黙しているエレキモン)にとっても初耳の単語だったらしく、レッサーのツッコミを皮切りに三人は『ユニオン』の説明を受けることになるのだった。  リュオンが言うには、 「『ユニオン』とは、俺達のようなデジモンが住むような町や村よりもずっと文明が発展した場所……ハヅキも言っている都と呼ばれるレベルの環境で作られた組織のことだ。依頼を受領する側という点では、俺達が管理している『ギルド』とそう大差無いな」 「? 大きな違いも無いのなら、どうしてわざわざその『ユニオン』ってとこの方に用事があるの?」 「重要なのは組織そのものと言うより、それがある環境の方だな。組織の規模は、その住まいの文明がどれだけ発展していて、住まい……言い方を変えれば縄張りとして強固であるのかを指すものだ。『ギルド』がある村や町よりも『ユニオン』がある都や国に匿ってもらった方が確実に安全だと考えたということだろう。それ以外にも理由はありそうだが」 「……おい、しれっと匿うとか安全とか言ってるけど……要するに追われてるのか? 敵に?」 「ああ。レナモン……ハヅキとあのホークモンは、敵に追われている身なんだろう。それも、自分達の元の居場所から抜け出さざるもえない状況に追いやられた上で。故に、せめて敵をどうにか出来るまでは安全な場所に置いておきたい。だが『ユニオン』がある場所は遠く、昨今の狂暴化デジモンの出現などもあり、二人で向かうには危険だと判断した。だからこの『ギルド』を頼りに来た。そんなところだろう」 「ご明察。相変わらず、多くを語らずとも理解を得るその賢さは尊敬に値するものでござるな」  要するに田舎のおまわりさんに匿ってもらうよりは都会の警察機関に保護してもらったほうが安全ってことか、と内心でリュオンが口にした言葉の意味を人間社会の言語へ勝手に当てはめて一人納得しようとするユウキ。  というか、短時間に一気に出て来た多くの情報を、一つ一つの言葉を飲み込むだけでも。  具体的な背景こそ部外者であるユウキやベアモン、そしてエレキモンには頭の中で映像化することも出来ないが、どうにかこうにか噛み砕くに、銀毛のレナモンことハヅキの事情はこのようなものらしい。  一つ、敵の襲撃により住まいから脱せざるも得ない状況に追いやられ、今もなお元凶の脅威は迫ってきている。  二つ、それからホークモンを逃すために、通称『ユニオン』と呼ばれる組織が存在し、文明のレベルからも安全性を確約出来る『都』へと向かいたい。  三つ、そのためにリュオンが管理する『ギルド』の援助を受けに来たというか、受けないとあまりにもリスクが大き過ぎるので、助けてほしい。  ――そこまでの情報を時間をかけて知覚し、真っ先に口を開いたのはベアモンだった。 「……ちょっと待って。敵に追われて住まいをって、もしかして故郷をやられたってこと!? 大丈夫なの、まさか皆殺しにされたり……!!」 「既にリュオン殿にも告げている事でござるが、心配は無用。故郷を離れることになるのは心苦しいが、命を懸けるほどのものでもなし。各々無事に逃げ果せているはずでござるし、里はまた作れば良いだけの話でござるよ」 「……そ、そうなんだ……」  ハヅキの回答に、心の底から安堵したような息を吐き出すベアモン。  ユウキもユウキで内心で安堵していると、ハヅキはユウキやベアモン、エレキモンとレッサーの4名をそれぞれ見やり、そして今更のように問いを口にした。 「……ところで、先ほどから無視していたわけではないのだが、君達は『ギルド』の構成員でござるか? それとも単に依頼しに来た者?」 「構成員だよ。俺もベアモンも、そこのエレキモンも」 「そうだったのでござるか。リュオン殿が既に述べてくれたが、私の個体名はハヅキと言う。以後、よろしく頼むでござる」 「お、おう……よろしく。そんで、お前が護衛してほしいと頼んでる、あのホークモンは……」 「……っ……」  何か面食らった様子のエレキモンが、会話中ずっと建物の入り口で顔だけを覗かせているホークモンの方を指差すと、ホークモンは何やら怯えた様子で顔を隠してしまう。  見ず知らずの相手に怖がられたという事実にちょっぴりショックを受けた様子エレキモンに対し、どこか申し訳なさそうにハヅキはホークモンの事について口にした。 「申し訳無い。彼は人見知りというか、誰かと言葉を交わすのが苦手な部類でな。君が怖がられているのは、君が悪いわけではないから気にしないでくれ」 「そ、そうなのか。なんていうかまぁ、俺も気にはしてないから……オイ馬鹿共何か言いたげだな」 「いや、まぁ、なんというか……ねぇ? ユウキ?」 「まぁ、うん。事あるごとに電撃浴びせてくるドS鬼畜生のエレキモンにもそういう側面はあるんだなぁって」 「うんうんなるほどな。後で覚えとけよクソ共」  どうあれ。  どんなに唐突な話であろうと、断る理由は特に無く。  基本的に、余程悪どいことでも無ければ援助するのが『ギルド』の方針らしく。 「チーム・チャレンジャーズ」 「「「…………」」」 「考えもしなかった事態だが、どうあれこれが依頼である以上、無視出来る話でも無い。彼等が元々いたであろう忍び里、それを襲った者達の正体も襲ってきた理由も何もかも現時点では不明。これから追加でいろいろ情報を聞き出すつもりではあるが、全てを知ることは出来ない。そして目的地を考えると、これは今まで君達が受けてきた依頼のそれを越える遠出になる。それらの事実を前提として、聞かせてもらう」  そして現在、他の『ギルド』の構成員はそれぞれ別の依頼で既に出払っている状態で。  手が空いているのは、寝坊やら朝食やらで他のチームより出遅れたチーム・チャレンジャーズと、リーダーのリュオンや副リーダーのレッサーぐらいで。  事情を鑑みると、あまり来訪者をこの町に留まらせ過ぎるのも、双方にとってよろしくなくて。  何をどう考えても、決断は早急に行う必要があった。 「ユウキ、アルス、トール。各自可能な限りの準備をした後、レッサーと共にこの大陸にある中で最も近い『ユニオン』持ちの都――ノースセントラルCITYへとハヅキとホークモンを護衛するこの依頼、受けてくれるか?」 「「受けるっ!!」」 「お前ら揃って安請け合いし過ぎだろ」 「ま、リーダーの言う事なら別にいいけどよ」  ユウキとベアモンはほぼ同時にリュオンの問いに回答しており、エレキモンは呆れた風な言葉を漏らしながらも方針を違えることはなく、レッサーは大して悩む様子もなく同行を容認する。  そもそもの話、この場にいるデジモン達はどちらかと言えばお人好しの部類なのだった。 (事情がどうあれ、助けを求められてるのなら断るのは嫌だしな) (とても放っておけない。本当に故郷を追われてしまったのなら、絶対安心出来るところまで連れていってあげないと……) (まぁ、どうあれこいつ等を放っておく理由にはならないからな)  でもって。  方針が決まって、すぐに出立の準備をしようとユウキとベアモンが踵を返して『ギルド』の拠点から出ようとした、そのタイミングで。  エレキモンは、今更の確認事項としてリュオンに対してこう聞いていた。 「――ところで、そのノースセントラルなんとかってのは、どのぐらい遠いんだ?」  実際のところ。  日本横断なんてやったことがあるわけも無いユウキは当然として、発芽の町から数時間で到着出来る程度の場所にしか日常的に出向いた経験が無いベアモンとエレキモンにも。  こうして問うまで、ユウキとベアモンとエレキモンの中では、自分が立っている場所が大陸のどの辺りの位置なのかとか、そもそもこの大陸がどのぐらいの広さを有しているのか、端から端までを横断するのにどのぐらいかかるのかなんて、ぼんやりとも考えられてはいなかった。  直後に、返答がこう来た。 「大陸の端にあるこの町から、大陸の中心近くにまで行くわけだからな。徒歩になる以上は途中にある山や森なども視野に入れて……軽く見積もっても、行きだけで五日は見積もるべきだろうな」  「「「五日ぁ!?」」」  真剣な表情で告げられた目的地への遠さに、善意で安請け合いした二名と世話焼きの一名から思わず驚嘆の声が漏れる。  行きだけで五日もかかる、なんてことは考えもしなかったのであろう声色だった。  それもそのはず。  今の今まで、チーム・チャレンジャーズは「朝出発して、夕日が落ちる頃には戻れている」程度の距離の移動で済む場所の依頼しか受けたことは無かったのだから。  今更依頼を受けたことを後悔などはしないが、それはそれとして楽をしたいと思ってしまうのが仕事をする者の心理というわけで。   「エレキモン!! 今からでもバードラモンとかに進化出来ない!? 空飛べればすぐでしょ!!」 「唐突に気にしてる事を突きやがってっ……!! ユウキ、お前こそ何か飛べるようにならねぇの!?」 「そこで何で俺に振るんだか!? というか成熟期に進化出来るようになったばかりの俺がそんなすぐにメガロれるわけが無いだろ!?」 「……リュオン殿。このお三方、本当に大丈夫でござるか?」 「……まぁ、レッサーもついていくのだから大丈夫だろう。少なくとも足手纏いには……ならないはずだ……」 「一気にオイラの責任重くなったなオイ。つーかメガロれるって何?」  前途多難なやり取りがありながらも、各々は準備を進めていく。  護衛の依頼というよりは、一種の冒険あるいは遠征とでも呼ぶべきもの。  その先にあるものを何も知らぬまま、彼等は運命に片足を突っ込んだ。    第一節『積もる疑念、来訪の忍』終  
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ユキサーン
2023年4月01日
In デジモン創作サロン
 前の話へ もくじへ  次の話へ  第一節【積もる疑念、来訪の忍】  食事を終えたユウキは、ベアモンとエレキモンの二人と共に足早に『ギルド』の拠点へと向かっていく。  朝の街並みも今ではすっかり見慣れたもので、わっせわっせと道の上を歩くデジモン達の顔ぶれも覚えてきた。  必然、同時にそれはユウキという名の余所者の存在を町の住民にも既に広く知られているということでもあり。 「おぉ、おはよう。ギルモンにベアモンにエレキモン。今日もお仕事かい?」 「バブンガモンおはよう。ああ、今から『ギルド』に行くとこ」 「バブンガモンはこれから何しに行くの? そんなデカい木材を引いて」 「狂暴化したやつ等のあれこれで折れた橋があるらしくてね。みんなとその修繕をしないと」  こんな会話は当たり前のものになり、 「よう、赤と青と赤の三匹。今日は何処に行くんだ?」 「あのさガジモン。二人が赤なのはとりあえずわかるけど僕そんなに青い???」 「エレキモンが黄色だったら見栄え的に完璧だったんだけどな」 「何の話だよオイ。ユウキお前が黄色になれ」 「データ種で橙色のにしかなれる可能性はねぇよ」 「それも何の話???」  こうした与太話も既に日常のものとなっている。 「にいちゃんたちおはようー!!」 「おはよー!! がむっ!!」 「ん、おはようカプリモン。それにトコモンも」 「きょうはどこいくのー? ベアモンおにいちゃん」 「あはは、まだ決まってはいないよ。依頼をまだ受けてないからね」 「……もう慣れたからいちいち突っ込まないし我慢もするけどさ。なんでこのトコモン君ってば出会う度に俺の尻尾に嬉々としてかぶりつきに来るのかね」 「うまそうだからじゃね?」 「ユウキに懐いてるんでしょ」 「泣いていい?」 「「駄目」」  最初の頃は、不安もあった。  長老のジュレイモンや『ギルド』の主要メンバーらしいミケモンやレオモン、そしてベアモンやエレキモンこそ受け入れてくれているが、かと言って他の住民もそれ等と同じだとは限らない。  住民の誰かしらは自分のことを怪しんだり、毛嫌いしたりするだろう。  せめて問題は起こらないように、下手にケンカに発展したりはしないよう勤めよう――などと考えていた時期があった。    が、実際はそんなことは一切無かった。  町の住民たちは余所者のユウキのことを(少なくとも表面から窺い知れる限りでは)疎んじたりはしなかったし、それどころか気のいい隣人のような態度で接してくれていた。  朝に顔を合わせれば当たり前におはようと言ってくるし、仕事を終えて帰ってくればお帰りと労ってもくれる。  流石に家族ほどではないが、居心地の良さを覚えるには十分なほどに町のデジモン達は優しかった。  無論。  自分が元は人間である、という事までは流石に告白する気になれないし。  人間として親に付けられた名前ではなく、デジモンの種族としての名前で呼ばれることについては、未だに心に引っかかりを覚えてはいるが。  それはそれとして、今日までの生活に不満は無く、充実に近しいものがあるのもまた事実だった。  そうして、道中に住民との会話がいろいろありながらも、ユウキとベアモンとエレキモンの三人は『ギルド』の拠点である建物に到着する。  建物内に設備されたカウンターの上では、ここが俺の定位置だと言わんばかりにミケモンのレッサーが雑魚寝していた。  彼はユウキ達の存在に気付くと、顔だけを向けながら気さくに話しかけてくる。 「おーっす、今日も来たなチーム・チャレンジャーズのチビ共」 「いつも思うけどミケモンの方と僕等の背の高さはそんなに変わらないじゃん。何でチビ呼ばわり?」 「だってお前らまだ成長期じゃん。俺は成熟期~」 「俺達も一時的にならなれるんだけどな」 「フッ、そんな風にすぐ反論している内はまだまだガキなのさ。ユウキ、アルス、トール。お前達が俺やリュオンの領域に立てるのはまだまだ先の話よぉ」 「無駄に威張る暇あるならカウンターの上で横になるのをやめろ、レッサー」 「痛てぇっ!?」   三毛猫のドヤ顔が一瞬にして崩れ消える。  気付けば雑魚寝していたレッサーの、より厳密に言えばカウンターの向こう側から、この『ギルド』のリーダーであるレオモンのリュオンが姿を現していた。  一応は『ギルド』の副リーダー的なポジションらしいミケモンことレッサー氏、獅子獣人のチョップで一撃必殺気味に悶絶させられるの巻である。  脳天に出来たたんこぶをさすりながら抗議の視線を向けてくるレッサーのことなど放っておいて、リュオンはユウキ達三人に対して声をかけてくる。   「おはよう、チーム・チャレンジャーズ。此処での仕事にも慣れてはきたか?」 「うん。ユウキもエレキモンも、そして僕も強いからね。よく襲われてるけど大丈夫だよ」 「事実っちゃ事実なんだろうが、めっちゃ強調するなお前。さっきマジ泣きしていたくせに」 「ちょっ!! その話を今ここでするのエレキモン!?」 「ユウキはともかく俺に遠慮する理由は無いし。第一、強いんなら毎朝寝坊すんのやめろ。起こすのめんどい」 「あのなエレキモン、めんどいからって電撃で起こすのはやめてくんない? 朝のアレだってせめてベアモンだけを狙ってさぁ」 「そんな器用な真似が出来るか」 「というかしれっと見捨てられてるんだけど僕」 「ははは、まぁ自信を失ってはいないようで何よりだ」  三人のやり取りを軽く笑い飛ばしていると、頭頂部の痛みに悶絶していたレッサーが口を挟んできた。 「つーか襲われてる時点で大丈夫ではないだろ。前に山で会った時から思ってたがお前ら何かと運が無いな? 日頃の行いが悪いんじゃねぇの?」 「レッサー?」 「すいません調子乗りました二撃目は勘弁しやがれください。……でも、運が悪いのは事実だろ。いくらなんでも依頼でどこかに行く度に狂暴化したデジモンに襲われるって、理由無しには片付けられねぇって。そりゃあ、狂暴化とか関係無く襲われる時は襲われるだろうがよ」 「……まぁ、そこはそうだな。他のチームの報告内容と比較しても、チャレンジャーズが狂暴化デジモンと交戦した回数はここ最近で明らかに多い。偶然だとは考えにくいな。君たちの方で何か心当たりはあるか?」 「「「…………」」」  問われ、三人はそれぞれ暫し考え込む。  当然と言えば当然だが、思考はそれぞれ異なっており、沈黙の理由もそれぞれ違っていた。 (……いきなり聞かれてもな……いくら何でも情報が足りなすぎるし……適当言うわけにも……) (……うーん、ユウキが元は人間であることは流石に関係無い、のかな。ユウキと会うより前から狂暴化したデジモンは現れていたわけだし……) (……流石にリュオンさんやレッサーさんも気付いてはいるか。それで尤も、コイツが元は人間だったってことにまでは気付くわけも無いし、関連性も付けられはしないだろうが……どう答えたもんかねこりゃ)  誰も回答を口に出せないまま十秒ほどが経つと、三人より先にリュオンの方が言葉を紡いでくる。 「……まぁ、答えが出なくても仕方の無い事だ。レッサーの言う通り運が悪かっただけなのかもしれないし、そうじゃなかったとしても君たちに落ち度があったわけでは無いだろう」 「……実際のところ、リュオンさんやレッサーはどう思ってるんですか?」 「俺たちがどう思っているか、か……確かに、それは伝えておく必要があるな」 「つーかエレキモン、オイラだけ呼び捨てかよ。まぁいいが」  どうやらチョップの痛みが和らいできたらしいレッサーが、リュオンと共に自らの見解を述べる。 「前にも言ったと思うが、狂暴化の原因はどこから出たのかもわからん『ウィルス』だ。自然発生したものか、それとも何処かの誰かさんが生み出したものか、出所は不明。狂暴化してたデジモンの体を軽く調べてみても、痕跡らしい痕跡は無し。黒幕がいるとオイラ達は踏んでいるが」 「結局のところ、その存在すると過程している黒幕は足取りさえ追えてはいないんだ。少なくとも、いるとすれば狂暴化させられたデジモンとそう遠くない位置にはいるはずなのだが……」 「多分、俺達みたいなのが狂暴化したやつに対応している間にどっかに逃げてるんだろうな。それも、姿を誰にも見られることなく、残す足跡だって他のデジモンのそれに重ねて特定されないようにして」 「……姿を消せるデジモンが犯人ってことですか? その、カメレモンみたいに透明になってるとか」 「断定は出来ない。単純に気配や足取りを隠すのが上手いだけ、という可能性もあるからな。そういうデジモン達に、俺は心当たりがある」  レッサーとリュオンの回答に、ユウキとエレキモンは表情を曇らせる。  自然発生したのか、誰かが作ったのかも不明な、詳細不明の『ウィルス』によって引き起こされるデジモンの狂暴化。  その実態を、自分たちよりもよっぽど情報を獲得しているであろう二名も掴みきれていないという事実に、今後も狂暴化デジモンとの交戦は頻発するだろうと思うしか無かったためだ。  が、ふとベアモンは回答の中に引っかかるものを感じたのか、リュオンに対してこんな問いを返していた。 「……あれ? ちょっと待って。その、リュオンさんが心当たりのあるデジモンが犯人って可能性は無いの?」 「やろうと思えば出来るだろうが、俺は可能性は低いものだと考えている」 「どうして?」 「そのデジモン達にはやる理由、やる必要性が存在しないからだ。むしろ、彼等こそこの狂暴化の件については調べている事だろう。遠出にはなるが、近い内に直接情報を共有しに向かおうとも思っていた」 「……そのデジモン達って? リュオンさんの友達?」 「友達、か……。私が彼等にそう呼ばれるほどの者だとは考えにくいが、そうでありたいな」  ベアモンの問いに対し、リュオンは困ったように願望で返す。  自分達の所属する組織のリーダーと、少なくとも信を含んだ繋がりを持つ相手――その存在に、ユウキもベアモンもエレキモンも、ある程度の興味を抱いていた。  善悪や立場など知る由は無いが、少なくともリュオンがその技量を認めるデジモン達。  それはいったい、どんなデジモンなのだろう、と。   「――そう言ってくださるとは、光栄でござる」  しかし、その存在を口にしたリュオン自身も予想はしていなかったのだろう。  ギルドの拠点である建物の入り口に、聞きなれぬ語尾と共に、そのデジモンが姿を現すことなど。  声に、リュオンだけではなくレッサーやユウキ、ベアモンとエレキモンもまた建物の入り口の方へと視線を向けた。  見れば、声の主は銀の体毛を有し二足で立つ狐の獣人――レナモンの、いわゆる亜種にあたる個体だった。  その姿を見るや否や、リュオンは驚きの表情と共に言葉を発していた。 「――ハヅキ!?」 「リュオン殿、お久しぶりでござる。此度は突然の来訪、お許し頂きたい」 ((((……ござる?))))  どうやら、互いに個体名で呼び合うことが出来る程度には既知の仲らしい。  ハヅキと呼ばれた銀のレナモンは、その独特な語尾に頭上に疑問符を浮かべる他の四名の視線など気にも留めぬ様子でカウンターに寄って来る。  リュオンは目を細め、率直に疑問を口にした。 「……どうしたんだ? 君たちシノビが里の方からわざわざこの町に来るなんて」 「その件についての説明は、後ほど。今は私のことなどよりも、優先すべき事柄があるのでござる」 「聞こう」  そして。  銀のレナモンはその視線を後方へと移し、建物の入り口の端から警戒心マックスで顔だけを覗かせる赤い羽毛の鳥型デジモン――ホークモンのことを指さしながら、こんな要望を告げた。 「単刀直入に言うのでござる。ホークモン……あの子を、私と共に『ユニオン』のある都の方にまで安全に護衛していただきたい」  ◆ ◆ ◆ ◆  同時刻。  発芽の町より遠く離れた山脈地帯にて、一つのあくびが漏れた。 「……ふぁぁ~……」  あくびを漏らすそのデジモンは、両前足の上に下顎を乗せたその姿勢から気だるげに立ち上がると、その銅の色に彩られた体をさながら猫のように伸ばす。  眠たげなまま、一切の挙動も無しに眼前に一つのウインドウを出現させると、そこに表示された内容に表情を濁らせる。 「……げ!! もう時間過ぎてるや……」  嫌々そうな言葉を漏らしつつ、右前足でウインドウに触れる。  ポチポチポチ、と獣の前足ながら慣れた素振りで操作を続け、約十秒。  彼にとっては予想通りの言葉が、窓枠の向こう側から轟いてくる。 『――遅いッ!!!!!』 「はいごめんなさいでしたッ!!」  一喝。  ウインドウ越しに発せられた大音響はその周囲の茂みに紛れていたデジモン達を驚きで散らし、怒られる対象である四つ足のデジモンから反抗の二文字を一瞬で取り上げた。  声の主――ウインドウによって繋がっているそのデジモンは、怒り心頭といった様子で続けざまに言葉を放ってくる。 『本当に貴様は毎度毎度……朝の定時報告の時間は伝えているだろうが!! それともまさか手負いの状態なのか?』 「……あー、はい。別に手負いというわけじゃないんだけどただちょっと調べものに没頭してたというか」 『……まぁ貴様らしいと言えば貴様らしいか……で、成果は?』 「やっぱりこの山の肉リンゴは美味しい!! 野生デジモン達の気性もそう荒くないし、風も日差しも気持ちがいいし、平和そのもの~。そりゃあ思わず眠っちゃっても仕方無いですよねっ!!」 『――要するにサボっていたわけだな? のどかな環境に、自分の立場とかガン無視して。更に挙句の果てに熟睡していたわけだな?』 「サボりじゃないですサボってたとしてもそれは休憩と言う名の業務です」 『ようし了解した。次会ったら即殴る』 「……え、えぇと、右前足で? それとも後ろ足で?」 『ニフルヘイムで』 「死!!!!!」  わりと本気の悲鳴を上げる四つ足のデジモン。  その腰元から生えている白い翼も尻尾の丸いボンボンも震えている辺り、本気で声の主が恐ろしいのかもしれない。  声の主はため息を漏らしつつ、更に言葉を重ねていく。   『……こちらの収穫も目ぼしくない。ここ最近確認されている次元の壁の痕跡、そして大陸各地の性質変化。その根本的な原因を解明するには至らずだ』 「僕の方でも色々調べましたけど、少なくともメモリアルステラに異常らしい異常は確認出来ませんでしたよ。闇の勢力――今代の七大魔王と関係を持つデジモンの姿も無い。基本的に世界の異変とまで言えるものは観測出来てないですよ」 『この手の問題は、目に見えて危険な場所よりも平和な所にこそ元凶が潜んでいる。そう踏んだからこそお前をその地域の担当にしたわけだが……ここまで何も無いとなると、そろそろ別の地域に飛ばすべきか悩ましいな……お前がサボっていなければ、という前提の話だが』 「だからサボりじゃないですってば!! 変な『ウイルス』が混じってないか食べ物を毒見して確認したりしてそのついでに平和を堪能してるだけ!!」 『モノは言い様だな、本当に。毒見と言えばただ食欲に負けただけの馬鹿野朗も忠臣扱いになるのだから』 「とことん信用が無い!!」 『信用を得たければ真面目に仕事しろ。いかに新入りであろうと、ロイヤルナイツとなった以上は手緩くは扱わん。……先代に顔向け出来る程度には、頑張ることだな』  聞くべき事を聞いて、言いたい事を言うだけ言って。  ウインドウからの音声は途絶え、通信を終えた事実を認識した彼の眼前でウインドウは消失する。  告げられた言葉をしばらく頭の中で反芻していると、どんどん憂鬱になって、気付けば彼は横倒しの姿勢になってため息まで漏らしていた。 「……はぁ……」  自分の立場。  任された役割と受け続ける期待。  自らを取り巻くそれら全てが重苦しいと言わんばかりの声色で、彼はこう呟いていた。 「……やっぱり、僕なんかが聖騎士であるべきじゃないよなぁ……」
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ユキサーン
2023年3月19日
In デジモン創作サロン
 前の話へ  もくじへ  次の話へ  知らぬ間にギルモンになってデジタルワールドにやってきて、はや二週間。  未だにわからない事だらけで、ほぼ毎日のように働き詰めになっているが、ベアモンやエレキモン、そして優しい村の住民たちの援助もあってどうにか生きられている。  思い返してみても、こうして生存出来ていること自体が奇跡のようにしか思えない。  経緯は知らないが、ベアモンに釣り上げられるまで俺は海の中を漂流していたらしいし、デジモンになって二日目の時には野生のフライモンに襲われて、三日目にはモノクロモンにウッドモンにガルルモン……と、成長期のデジモンとして存在している俺じゃあとても太刀打ち出来そうに無い格上の相手ばかり強いられていた。  ベアモンとエレキモンの二人とチーム『チャレンジャーズ』を結成することになってからも、身に及ぶ危険の度合いが変わることは無く、ほぼ毎日のように格上のデジモンと戦う羽目になっている。  そんなことばかりだったから、気付けば進化だって出来るようになっていた。  初めての時――フライモンに襲われた時――には意識なんて無かったし、今だってどこか頭の中がボーッとして何を考えてるのかわからなくなる時があるけど、それでもベアモンやエレキモンとみんなで無事に生き残るために必要な力であることぐらい、俺も解ってる。    俺はどうして、よりにもよってギルモンになったのか。  アグモンとかブイモンとか、他にもいろいろデジモンの種族はあるだろうに、どうしてよりにもよってこの種族なのか。  俺を拉致したのだろう青コートが望んだからこうなったのだろうか――まさか俺がギルモンというデジモンのことを好いていたからこうなったわけでもあるまいし。  不思議な感覚だった。  デジモンという存在について、俺は少なくともフィクションの話としては凄く好きなものだ。  特にギルモンの進化系、その到達点の一つであるネットワークの最高位『ロイヤルナイツ』所属するデュークモンって種族については、ゲームでもよく育てたり愛用したりしていた。  だけど、実際になってみて喜びがあるかと考えてみると、複雑な気持ちになった。  好きだからこそ、同時に知っているんだ。  ギルモンにグラウモン、ひいてはデュークモンも含めてその進化の系譜に該当されるデジモン達には、デジタルハザードという刻印がきざまれていて、それは世界から「お前は危険だ」と宣告されている証に他ならないと。  フィクションの話であれば、あるいはそれも調味料の一種として魅力的に受け取れただろう。  そんな危険性を宿しながらも世界を守る側に立っているからこそ、デュークモンという種族が大好きになったのだと言えなくも無いんだから。  だが、これは今の俺にとってリアルの話だ。  場合によっては身近な存在の安否に直結する、まず魅力的には受け取れない話だ。  もし、自分のせいでベアモンやエレキモンが、町のいいデジモン達が取り返しのつかないことになってしまったらと思うと、怖くて怖くて仕方がない。  このまま進化していったら、自分はどうなるんだろう。  アニメの主人公とそのパートナーのように、デュークモンに進